因果応報、その果てには

第四十話

presented by えっくん様


 暗い部屋の中、スポットライトで照らされたミサトは直立不動の体勢で立っていた。


『今回の事件の当事者である弐号機パイロットの直接尋問を拒否したそうだな。葛城二尉』

「はい。現在、彼女の情緒はかなり不安定です。この場に立つ事が良策とは思えません」

『では訊こう、代理人葛城二尉。先の事件、使徒が我々人類にコンタクトを試みたのでは無いかね?』

「被験者の報告からは、それを感じ取れません。イレギュラーな事件だと推定されます」

『彼女の記憶が正しいとすればな』

「記憶の外的操作は認められませんが」

『レコーダーが全てでは無い。パイロットの精神に直接干渉されたかも知れぬ』

『使徒がEVAを取り込もうとした新たな要素がある。これが予測される第十三使徒以降とリンクする可能性は?』

「これまでのパターンから、使徒同士の組織的な繋がりは否定されます」

『さよう。単独行動である事は明らかだ。これまではな』

「それはどういう事なのでしょうか?」

『君の質問は許されない!』

「はい」

『以上だ。下がりたまえ』


 ミサトが消えて、ゲンドウの姿が浮かび上がった。


『どう思うかね、六分儀君』

「使徒は知恵を身につけ始めたようです」

『我々に残された時間は少ない』

『残された費用も少ないのだ。零号機を攻撃して賠償金を余計に支払う事などしたくは無いのだ』

『まったく、部下の管理をしっかりしないから、こうなるのだ』

『我々の苦労も分かって欲しいものだな』

『参号機の暴走で謝罪費で数千億を支払ったのだな。その費用は誰が出すのか知っているのかね?』

『今の様子を見ると精神誘導の影響が大分薄まったようだな。これなら暴走も減るだろう。今後に期待しているぞ』

「…………」

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 【HC】基地の地下のシンジしか知らない実験室の治療カプセルに、囚われた金色の狼が横たわっていた。過去形である。

 ユインから受けた傷は深くて完治までには三日掛かったが、今の治療カプセルには傷が癒えた金髪の白人男性が裸で横たわっていた。

 一見すると二十代前半ぐらいだろうか。アングロサクソン系の顔立ちで、穏やかな表情で寝ていた。

 治療カプセルの側には、シンジとミーナが立っていた。そろそろ脳波が目覚める兆候を示したので、急遽この実験室に来ていた。

 カプセルの中の青年が目を覚まし、周囲を見渡した。何処にいるのか分かっていないのだろう。

 自分の身体を見て怪我無い事を確認し、カプセルの外に居るシンジとミーナを見て、困惑の表情であった。

 シンジは治療カプセルから青年を出して、用意してあった毛布を彼に渡した。


「ボクはシン・ロックフォード。こっちはミーナ・フェール。あなたに危害を加える気は無いから安心して下さい。あなたの名前は?」

「あ、ありがとうございます。私の名はガイです。姓はありません。助けて頂いてありがとうございます」

「記憶はどこまであるのかな?」

「……私は、いや私の一族はドイツの大森林の奥で、人間に見つからないようにとひっそりと暮らしていました。

 ですが約六年前に集落は襲われて、一族の大部分は捕虜になりました。その後は実験と洗脳の日々でした。

 今回、【HC】の基地への強襲を命じられました。灰色の小さい狼に倒された事まで覚えています」

「あなたの体内に埋め込まれていた自爆装置と洗脳装置は既に外してあります」

「ありがとうございます。身体がどこか軽く感じますし、こういう風に話せるから事実でしょう。これでやっと奴らから解放されました」

「あなたの一族は……狼人間の一族なのですか?」

「……そうです。やはり分かってしまいますよね。これから私をどうするつもり何ですか? 実験材料にでもするつもりですか!?」

「そんな事はしませんよ。あなたの一族の生き残りは何人ぐらいいるんですか?」

「そんな馬鹿な!? 人間が我々を捕獲して、実験に使わないはずは無い! 絶対に「静かに!!」……」

「傷は完治したけど体力は落ちたままです。しばらくは休養して体力の回復に努めて下さい。ミーナ、後は良いかな」

「ええ。ありがとう」

「当面はミーナがあなたの面倒をみます。ミーナもあなたとゆっくりと話しがしたいと言ってましたしね。

 あなたの一族の残りの人数、そして囚われている場所はミーナに話して下さい。それから救出作戦を考えますから」

「一族を救出してくれると言うのですか!? 人間のあなたが!? 何故ですか!?」

「ミーナから説明がありますから。申し訳ありませんが、当面はこのフロアから出られません。

 体力が回復してから、これからの身の振り方を相談しましょう。じゃあ、ボクはこれで」


<シン。この人と話す機会をくれて、ありがとう>

<ミーナの気持ちを尊重しただけだよ。ミーナがどんな判断を下してもボクはそれを受け入れる。だから気兼ねはしなくて良いから。

 ああ、彼の一族の残りの人数と場所が分かったら直ぐに連絡して。救出は早い方が良いだろうからね>

<ええ。分かったら直ぐに連絡するわ。しばらくは家に帰れなくなるけど、ごめんね。夜はミーシャとレイに頼んで>

<まだ早いよ。ボクとしてはミーナを忘れられないからね>

<エッチね。でもミーシャとレイもかなり成長したわよ。あたしから見ても、もう十分だと思うけど>

<……まあ良いや。じゃあ、後は宜しく>


 シンジは次の仕事が控えているので、部屋を出て行った。残されたのはミーナとガイの二人だけだ。

 ガイの素性が分かった今、ミーナはガイに聞きたい事はたくさんあった。その機会を与えてくれたシンジには感謝している。

 ミーナはガイに話し掛けようとしたら、ガイのお腹が空腹の為に大きい音を立てた。ガイは顔を赤くしていた。

 笑いを堪えて、ガイの食事を用意しようとミーナは動き出した。

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 シンジはガイの事をミーナに任すと、四人のサイボーグ兵士がいる別フロアに移動した。三人が男で一人が女だ。

 四人は解析カプセルに入ったまま、強制催眠状態にされて今も解析作業は続けられている。

 今までの解析内容にシンジは目を通し始めた。


 サイボーグ部分の解析にはあまり目ぼしいものは無かった。

 確かに脚力や腕力、視力、聴力、嗅覚部分を改造してあり、一般人相手になら脅威になるだろう。

 だが、戦闘装備で固めた部隊なら十分に対応出来る。内蔵された武器も実弾兵器であり、それほどの脅威は感じない。

 唯一、興味を引かれたのは液体金属を使った銃撃装置だ。男は腹部に、女は胸部に内蔵されている。

 普段は隠されているので、不意をつかれれば危ない可能性があるぐらいだ。


 だが、DNA解析結果を見てシンジは眉を顰めていた。

 DNAパターンが使徒のDNAパターンに近い方向で検出されていたのである。セレナと同じだ。

 だが、こういう兵士に使徒に近いDNAパターンが検出されたという事は、何らかの特殊能力に目覚めている可能性が極めて高い。

 こうなるとシンジも悠長に構えていられない。シンジは催眠状態にある四人の精神に強制アクセスして、四人を記憶を探った。


 約500度近い発火能力、十人程度の範囲の強制睡眠能力、重さ200キロの重量物を持ち上げられるサイコキネシス、範囲が6キロ

 ぐらいの遠隔透視能力を持っている事が分かった。確かに放置すれば十分な危険があるだろう。

 本国に潜入されたら多大な被害が出る可能性もある。早急に対処をしなければとシンジは考えていた。

 四人の記憶を辿っていくと、補完計画等の機密情報は一切無かった。さすがに兵士に重要機密情報は教えてはいなかったらしい。

 さらに記憶を辿ると、この部隊のサイボーグ化と訓練を行っている施設の場所が浮かび上がってきた。

 ドイツのとある山脈の地下に、その施設はあるらしい。地下にある為に監視衛星からの情報入手は無理であった。

 だが、場所さえ分かれば、手段は幾らでもある。シンジはその施設の破壊を行う為に、子飼いの隠密部隊を投入した。

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 今回の使徒戦でEVAの被害は出なかったが、第三新東京の中央区のビル施設が深刻な被害を受けた。

 使徒による攻撃では無く、零号機と初号機による被害であるが、使徒戦に絡んでいるので被害復旧はネルフが担当する。

 これは【HC】分離の時に、第三新東京で発生する被害負担は全てネルフが負担するという取り決めになっている為である。

 これにより、予算費が8:2でネルフに有利になっていたのである。


 今回、第三新東京が被害を受けた事で、ネルフは補完委員会を通じて国連加盟国の約9割の国々(ネルフを支持した国)に対して、

 追加予算請求を行った。当然、莫大な金額である。これに負担を担当する国々からクレームが発生した。

「最初と話しが違う」

「【HC】の支持国に比べて、何故ネルフ支持国の負担が大きいのか?」

「金額が大き過ぎる。見積りが甘いのでは無いか?」

「もう余裕は無い。金は出せない」

 大まかに纏めれば上の4項目ぐらいになる。【HC】の分離後の費用負担状況は以下の通りである。


 第八使徒  ネルフ  派遣したメンバーがほぼ全滅。弐号機は左足を失い、参号機も装甲板を半分以上を交換
         【HC】 被害無し

 第九使徒  ネルフ  参号機の損傷は軽微。使徒の爆発により市街地の復旧費用が発生
         【HC】 被害無し

 第十使徒  ネルフ  被害無し
         【HC】 【ウルドの弓】一基を破壊。但し、ロックフォード財団から被害補償は不要と連絡があり、費用は発生せず。

 第十一使徒 ネルフ  誤報という事で、放射能除去費用はネルフの予備費を使用する。これに関しての費用請求は無し。
         【HC】 被害無し

 第十二使徒 ネルフ  弐号機の被害は無し。参号機は装甲板の全交換。第三新東京の中央区のビル群が大被害を受ける。
            参号機暴走の為の謝罪費も発生。
         【HC】 キャリア二機とワルキューレの一個中隊を失う。当初の予算内で処理。


 【HC】を支持した国に比べ、ネルフを支持した国の負担額が極端に多いというクレームが多く出ていた。

 事実として、【HC】は追加予算請求を一度も行っていないが、ネルフの追加予算請求は三回目である。

 しかも金額は多い。文句が出るのは当然だろう。だが、ネルフを支持したのは自分達だ。

 補完委員会は不満を表明する各国への調整を行い、今回も何とか拠出金を集める事が出来た。

 これが四回目、五回目となると不満を抑えられるかは分からない。この対応をどうするか、委員会の担当者は頭を悩ます事になった。

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 ドイツのとある山脈の地下に、兵士のサイボーグ化と使徒細胞の摂取後の訓練設備を備えた施設があった。

 当然、警備も厳重であり、出入りには延長10キロもの地下通路を使用するという徹底振りだ。

 施設の管理責任者も情報隠匿には自信があった。周囲は身内の勢力で固められている事もあり、襲撃などありえないと思っていた。

 その施設内のある部屋で緊迫したやり取りが行われていた。


「何で戦闘態勢を取らないんだ!? 俺の能力を忘れたのか!?」

「君の予知能力の事は十分に知っている。だからこそ警戒態勢を布いているんだ。戦闘態勢はまだ早過ぎる。

 それに君の予知の範囲は明確な情報じゃ無い。この後に派遣される予定の北欧連合での危機感知かも知れないんだ」

「そ、それはそうだが、やはり嫌な予感は消えない。全職員に態勢を取らすべきだ」

「警戒態勢に入っていて、保安要員は全員が配置についている。そもそもこの施設の出入り口は地下トンネルだけで、地上へは

 通風ダクトぐらいしか無いんだ。当然、そこにも人員の配置はしてある。心配は無用だ」


 あまり強くは無い予知能力を持った能力者が、施設の管理責任者に施設の襲撃の可能性があると告げていた。

 管理責任者は予知能力者の言った事を全面否定はせずに、警戒態勢を布く事に止めた。

 予知も間違う事はあるし、警戒態勢だけでも襲撃があったとしても十分に撃退出来る自信があった為である。

 管理責任者が自信満々に予知能力者に告げた次の瞬間、大きな揺れが施設を襲った。


「どうした!? 今の揺れは何だ!?」

『こちらは管理センターです。武器庫が爆破されました! 敵はコンピュータルームに向かっています!』

『細胞培養室に侵入者あり。現在、交戦中。敵は戦闘用ロボットです!!』

『サイボーグ工場が襲撃を受けています! 敵の総数は約二十名。現在迎撃中!』

『こちらは通信室。通信ラインは切断され無線も使えません。外部との交信は不可!』


 この施設を襲ったのはシンジが創った隠密部隊のメンバーである。

 指揮官はアルファ、ベータ、ガンマと名づけられた三体のアンドロイドだ。それぞれが部下である戦闘用のアンドロイドを率いている。

 悲しいかなシンジにはこういう裏の仕事をしてくれる信頼出来る仲間はいない。それ故にアンドロイドで代用している。

 超小型の自律型コンピュータを内蔵しており、シンジの命令を素直に遂行してくれる。機密洩れは当然だが無い。

 細かい作業には向かないが、こういう殲滅戦では威力を十二分に発揮する。

 この施設はシンジが能力を使って把握していた。広範囲を探すのは無理だが、場所が分かれば離れた場所でも構造の把握は可能だ。

 いきなり爆破しなかったのは、他の施設の情報の収集とサンプルの奪取の為である。

 要注意である特殊能力タイプのサイボーグに関しては、初撃でナパーム弾を部屋に転送して焼き尽くしてあった。

 生き残ったメンバーは少数であり、通常の保安部隊などは戦闘用アンドロイドの敵では無い。

 必要な情報とサンプルを入手した後は、隠密部隊は亜空間転送によって撤退。

 後にはN2爆弾三基で痕跡もろとも全てを吹き飛ばしていた。

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 シンジの執務室

 執務室には立体映像投影装置が常時置かれていた。これは定期的にキール・ローレンツとゲンドウとの三者会談を行う為である。

 決められた定刻になると、キール・ローレンツとゲンドウの立体映像が浮かび上がった。

 三人の間では基本的には挨拶は交わさない。さっそく本題に入った。


『この前の使徒の虚数空間とはどのようなものだったのだ?』

「何も無い空間でしたね。参号機に突き飛ばされて間抜けにも虚数空間に入ってしまいましたけど、慌てて脱出しただけですよ」

『まさか初号機がS2機関を積んでいるとは予想していなかった』

「光の羽を見せたから分かりましたか。本来なら、もっと隠しておきたかったんですけどね」

『S2機関のデータを貰えぬか?』

「お断りします。そちらが機密情報を出さないのに、こちらから情報を出す事はありません。ボクも聞きたい事がありました。

 先日、ドイツ国内で地下や僻地でN2爆弾の反応が感知されました。それも五箇所も。何があったんですか?」


 ES部隊の生産工場と訓練施設を兼ねていた施設が、突然爆発し消滅してしまった。

 それに加えて離れて配置してあったサイボーグ部品工場が一つ、使徒細胞の培養プラントが二つ、人外の生物を捕らえて実験を

 繰り返してきた捕獲実験場が一つ、その全てがN2爆弾で消え去ってしまった。

 サイボーグ技術や使徒細胞の培養に携わってきたプラントと技術者の消失はかなり痛い。

 このままではドイツのES部隊の再建は間に合わないというところまで来ていた。

 期待していた部隊の消滅に、ゼーレでも慌てて善後策の対応を練っているところだ。しかもある重要人物まで同時に失ってしまった。

 可能性が一番高いのは北欧連合の手の者だろうと推測していたが、証拠は何も無い。全てN2爆弾で消え去っていた。

 情報漏洩には気を使っていたのに、何故襲撃されたのか?

 この前の【HC】への襲撃の報復と考えるのが妥当だが、施設の位置が判明した理由が分からない状態だ。

 それに今まで北欧連合がこのように積極的に攻勢に出る事は無かった。何かの前触れなのか?

 シンジがこの場でその事を言い出したからには、北欧連合の可能性は高まったとキールは見ていた。

 老獪なキールは感情を表情に出す事も無く、口調も変わらない状態で返答した。


『今は原因調査中だ。事故の可能性もあるのでな。報道は差し止めてあるのに良く知っていたな』

「うちの監視衛星は優秀ですからね。ところで何の施設だったんですか?」

『……お前の知るべきものでは無い』

「へえ、そうきますか。隠すところを見ると相当重要な施設だったみたいですね。何かミスって自爆装置でも働きましたかね?」

『……お前は弐号機パイロットをどう考えている?』

「急に話しを変えますね。弐号機パイロットが何か? 接点はほとんど無く、文句を良く言ってくるぐらいしか覚えていませんが」

『好みのタイプか?』

「はあ? いや失礼。あなたからそんな言葉が出てくるとは思いませんでしたよ。あの娘が好み? それは絶対に無いと言っておきます」

『最近は同居の女の姿が見当たらないと聞く。逃げられたのか?』


 シンジの耳がピクピクと動いた。ミーナは確かに長期休暇を申請して、業務を休んでいる。

 だが【HC】内部の事だけであり、キールが知る由の無い事だと思っていたのに。シンジは内心で動揺したが、顔に出す事は無かった。


「調子が悪いから温泉療養しているだけですよ。でも良く知っていましたね」

『連絡してくれる者がいるのでな。若いから夜は寂しかろう。何なら夜の共を差し向けても良いぞ』

「お断りします。それなら…………」


 シンジとキールの陰険漫才とも聞こえるやり取りはしばらく続いた。この間、ゲンドウは一言も話す事は無かった。

 以前の三者会談でゲンドウが不用意な事を言った時、シンジとキールから睨まれて『黙れ』と言われた事がある。

 それ以後は意見を求められない限り、ゲンドウから話し出す事は無かった。

 今までの経緯からシンジの立場は、公的にはゲンドウには及ばないにせよ、裏ではゲンドウを上回っている。

 キールに対しても対等に近い立場でシンジは物を言える立場にあった。ゲンドウはキールからの指示を受ける側だ。

 自分の立場は何なのか。ゲンドウの心に隙間風が流れていた。

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 強い御祓いが出来るところをミサトに頼んで探して貰っているが、中々見つからない事にアスカは苛立っていた。

 休日にデパートに遊びに行った時に、水晶占いのコーナーがあった。ふと興味を引かれたアスカは、占い師の老婆の前に座っていた。


「あたしを見て貰える?」

「何が見て欲しいんだい」

「あたしの運命よ。あたしがこの先、どうなっていくかが知りたいわ」

「ククッ。そんな事は分からん。だがお前さんの運命を握るものを見せてやろうか?」

「何よ、それ? 良いわ、見せてよ」

「じゃあ、この水晶を意識して良く見てごらん。お前さんの求めるべきものが映る」

「本当かしら?」


 アスカは面白半分で水晶を覗き込んだ。だが、何も見えてこない。


「何も見えないわよ」

「もっと意識を集中するんじゃ」

「分かったわよ」


 言われた通りに意識を集中させた。水晶に人間らしきシルエットが映ってきた。まさか本当に!? アスカはさらに意識を集中した。

 どうせイカサマだろうと思ってアスカだったが、水晶にはっきりと映った人物を見て、大声をあげた。


「何でコウジがここに!? これは何!? あんたはコウジの知り合いなの!?」

「ワシはそのコウジという男は知らん。その水晶に映ったのは正真正銘、お前さんの運命に関係する人間じゃ。

 まあ信じる信じないは、お前さんの自由だがな。それとお前さんは凄まじい運命を持っているな。

 その為に変なものがお前さんに憑いておる。注意した方が良いぞ」


 老婆の言う事は半信半疑だったが、水晶には何の仕掛けも無い事は確かめた。

 頭の中が混乱したアスカはひとまず老婆の前を離れ、休憩所で少し考え込んだ。

 アスカが再び占いがあったところに戻ったら、そこには老婆の姿も机も何も見当たらなかった。

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 管制ビルの中には食堂があり、【HC】に勤務している職員は通常はそこで食事を取っている。

 不知火は司令官だが特に食堂から出前を取るような事はせずに、食堂に食べに来ていた。

 偶々時間があったシンジと食事をしている時、いきなり不知火のPHSが鳴り出した。

 受付からの連絡では戦自の榎本准将だと言う。溜息をついた不知火は食事を中断して電話に出た。


「はい、不知火です」

『榎本だ。今日は頼みがあってな』

「聞ける頼みと、聞けない頼みがあります」

『そう言うな。【ウルドの弓】で探して貰いたいものがあるんだ。そちらの魔術師に頼んでくれないか』

「お断りします。それは【HC】の業務範囲を超えています。そんな戦自の都合を彼に頼む訳にはいきません」

『そこを何とか。俺とお前の仲じゃ無いか!』

「それは公私混同です。絶対にお断りします」

『その辺は融通を利かせろ』


 戦自の榎本の声は結構大きい。電話のスピーカから洩れた声はシンジにも聞こえていた。不知火に合図して、電話を変わった。


「ボクに頼みたい事って何ですか?」

『おお。隣にいたのか。ありがたい。機密に関わる事なんで電話では話せない。出来ればこちらの御殿場基地に来て欲しい』

「お断りします。冬宮理事長が言っていた通り、ボクの窓口は冬宮理事長だけです。戦自の頼みを聞く義理はありません。

 これ以上、何か言おうものなら日本政府に正式抗議しますよ。良いんですか!?」

『わ、分かった』

「二度とこんな電話はしないで下さい。次にこんな事をしようものなら、戦自にどんな事が起こっても知りませんよ」


 そう言うとシンジが外線を切ってPHSを不知火に返した。

 不知火にとって恩義のある榎本の扱いは難しいが、シンジにしてみれば何の関係も無かった。気遣う必要性はまったく無い。


「済まないな」

「この程度は構いませんよ。……戦自の御殿場基地とか言ってましたね。調べて見ますよ。何か面白いものが分かるかも知れません」


 そういうとシンジはニヤリと笑った。

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 アスカは宮原コウジとのデート(水族館)の時、前回に約束した最初の使徒の時の流出ビデオのコピーを受け取った。

 デートの余韻は醒めないが、流出ビデオの内容も気になった。部屋に戻ったアスカは早速着替えて、貰ったDVDを再生した。

 ビデオを見ていくとアスカの顔が徐々に強張っていった。


(何よ、これ! リツコやミサトってこんなに強引なの!? それにリツコがファーストを洗脳してたって言うの!?

 そうか、リツコがあいつの左目に気をつけろって言ったのは、この時の事があったからなのね。

 それにしてもファーストも衆人環視の中であんなキスをするなんて、結構情熱的なのね。あたしも……はっ。何を言ってんのよ!

 天武が使徒と戦うところはリツコから見せて貰ったのと同じね。そう、リツコは態とこの前半部分を見せなかったのね。

 ……そう言えば、この前の使徒の時に聞いた声は、浅間山のマグマの時に聞いた声と同じだったわ。あれは絶対に幻聴じゃ無いわ。

 そうすると、マグマの中のあたしを助けたのはあいつって事なの!? でも、どうやって!? これは聞き出すしか無いわね)


 アスカの心に迷いが生じていた。確かに弐号機で使徒を倒して、世界に、皆に認めて貰いたいという気持ちはあった。

 だけど、あんな風に強制されるのは激しく遠慮したい。しかもパイロットを洗脳!? そこまでするかという強い思いがあった。

 かと言って今まで所属してきたネルフを批判する気にもなれない。何といっても十年間所属してきた組織である。愛着もある。

 ビデオの再生が終わって画面が消えても、アスカはしばらくの間、TVの前から動く事は無かった。

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 参号機で初号機を突き飛ばした事で、トウジは書きたくも無い反省文を書かされ、シンジからの激しい叱責を受けていた。

 機嫌が極端に悪いトウジはネルフ本部内の自室に戻ると、ベットに横になりシンジへの悪態をついていた。

 いきなりトウジの携帯電話が鳴り出した。番号を見ると海外の電話番号が表示されているが、相手は妹のチアキである。

 関西方面に住んでいると聞いているが、事情があって態と海外の中継ポイントを経由して電話してくるのだ。

 機嫌を直して、顔を綻ばせたトウジは直ぐに電話に出た。


『兄ちゃん、うちや』

「おう、チアキか。元気でやっとるか!?」

『うん。うちとじいちゃんで元気やで』

「良いこっちゃ。こっちはちょいと辛いんやけどな」

『どしたん?』


 トウジは少しでも気分が軽くなればと、妹のチアキに愚痴を話し始めた。もちろん、機密情報は一切話していない。

 ほとんどがシンジに対する悪態だった。だが、チアキはトウジの悪態を最後まで聞く気は無く、トウジに怒鳴り返した。


『兄ちゃん、ちょっと聞きや! うちは碇さんに助けられたんやで。詳しゅうは言えんけど、そっちに居たら危ないって、こっちに家を

 用意して貰ったんや。じいちゃんも碇さんの紹介で働いているんや。言わば恩人やで! その恩人になんちゅう事を言うんや!』

「な、何やと!? お前は碇の用意した家に居るっちゅうのか!? あいつが恩人やて!?」

『そうや。いきなりこっちに来て、家なんか用意出来る訳があらへん。じいちゃんも仕事もやで』(11話参照)

「な、何で碇はワシにその事を言わんのや!?」

『兄ちゃんは単細胞やしな。あん時は碇さんがパイロットやと言うたらあかんと言われとった。

 でも今じゃあ皆が知ってるさかい、言えるんや。あん時に兄ちゃんに教えたら、絶対に喋ったに決まっとるもん』

「……ワイが悪いっちゅうのか!?」

『あん時言わなかったんは兄ちゃんの性格やもん、どっちが悪いっては言えんわ。でも、今の兄ちゃんは拗ねてるだけや!

 自分の言いたい事を押し付けてるだけやん』

「ワシが【漢】を目指したのが間違いっちゅうのか!?」

『間違いやあらへん。でも力の無いのに言えんとちゃう?』

「…………」

『兄ちゃんの性格が真っ直ぐなのは知っとる。でも、それが世間で全て通用すると思うのが間違いやと思うけど』


 妹のチアキから聞かされた内容にトウジはショックを受けていた。祖父と妹がシンジの世話になっているとは思ってもみなかった。

 今でこそシンジがパイロットをやっているというのは周知されているが、あの当時は周囲に知られる訳にはいかなかったという理由で、

 自分は信用されずに知らされなかったのか。自分は間違っていたのだろうか? トウジは電話を切った後もしばらく考え込んでいた。

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 シンジは自分の執務室で【ウルドの弓】を使って、戦自の御殿場基地の周辺の様子を確認していた。


(へえ。基地内の大型格納庫が二棟が破損。フェンスも破損。そして部隊が緊急配備された形跡があるな。そして何かを追跡している。

 追跡はあの大きな物が通り過ぎた後を追っている訳か。その行き先は第三新東京に向かっている。よし、その周囲をサーチ。

 ふむ。熱源はこの湖で消えているか。ならばこの湖に潜伏している可能性はある。何だろう。

 よし、ここを自動探査ポイントに設定しておくか。これなら不在時でも何があったか分かるからな)


 シンジは新しい玩具を手に入れた子供のように、笑いを浮かべていた。

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 二−A:教室

 担任の教師がホームルームの最初の時点で、クラス全員に告げた。


「今日は皆さんに、転校生を紹介します。入って来て下さい」

「霧島マナです。宜しくお願いします」


 茶髪のショートカットの少女は教壇から自己紹介して、頭を下げた。

 見るからに元気そうで、発育状態はやや悪そうかもしれないが、容姿は平均レベルを上回っていた。

 男子生徒の間からは、少々ざわめきが聞こえてきた。


「では霧島さんの席は……鈴原君の横の席に座って下さい」

「はい」


 マナは戸惑う事無くトウジの隣の席に座った。

 初対面のはずのマナが何故トウジの顔を知っていたか、それを疑問に思う人間は教室には居なかった。


「鈴原君ね」

「お、おう」

「ふふ、宜しくね。そうそう、あたし教科書がまだなんだ。鈴原君の教科書を見せてくれるかな」

「…ああ、大丈夫や」


 マナは自分の席をトウジの席にぴったりとつけて、トウジの教科書を一緒に見て授業を受けていた。

 当然、マナはトウジの直ぐ隣にいて、マナの腕がトウジに接触している。まあ、マナが押し付けていると言い換えても良い。

 トウジは今まで同世代の異性をここまで近くに感じた事は無かった。柔らかそうな感触と微かに漂ってくる甘い香りに戸惑っていた。

 横を向くとマナの開いた胸元から、膨らみかけた双胸が僅かに見えた。

 トウジの視線を感じたのか、マナがトウジを見ると、トウジは慌てて正面に顔を戻した。トウジの顔は少し赤くなっている。


 そんな二人を、アスカとヒカリは目を吊り上げて見つめていた。

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「何なのよ、あのマナって子は!? トウジにベタベタしちゃってさ。ヒカリは大丈夫なの?」

「で、でも、転校生には優しくしなくちゃならないのよね」

「ヒカリ。目が笑っていないわよ」

「…………」


 昼食こそトウジはヒカリの作った弁当を食べていたが、授業中の二人は完全密着状態だった。

 それを見ていたヒカリの機嫌は極端に悪くなり、アスカも面白く感じるはずも無かった。

 ただ、委員長として転校生には優しくするべきだと建前を言っただけである。

 マナから学校を案内して欲しいと頼まれて、トウジはマナと二人で学校を回っているところであった。

 明日のトウジの弁当を作るのは止めようかと考えているヒカリであった。

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 マナはトウジと二人で屋上に来ていた。周囲には誰もいない。それを確認したマナはトウジと正面から向き合った。


「本日、私こと霧島マナはトウジ君の為に午前六時に起きて、この制服を着て来たのよ。どう? 似合うかしら?」


 そう言うと、マナはその場で一回転をして見せた。


「あ、ああ。でもワシらは初めてやのに、ワシの為ってどういうこっちゃ?」

「お、男の子はそんな細かい事は気にしちゃ駄目よ。ねえ、この後はトウジ君の時間はあるのかな。何処かに行かない?」


 マナは自然とトウジの名前で呼んでいた。そしてトウジの横に移動して、トウジの腕を抱きかかえた。

 腕に感じる柔らかい感触に顔を赤くしたトウジだったが、予定を忘れるほどはのぼせ上がってはいなかった。


「こ、これからネルフに行って、訓練があるんや。明日なら、何も無いんやが……」

「そっか。トウジ君はEVAのパイロットだもんね。じゃあ、今日は仕方無いわよね。でも、明日は約束したからね」


 トウジは妹のチアキから聞いたシンジの事で悩み、そして落ち込んでいた。

 そこに今まで経験した事が無いほどの近距離に美少女が居て、自分に近づいてくる。柔らかい感触と甘い香りがトウジを刺激した。

 地獄に救いという訳では無いが、トウジの心の中にマナという少女の存在が入り込んでいった。

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 マナが転校してきた日の格闘訓練で、トウジは久しぶりにアスカにノックアウトされて失神した。


 アスカは流出ビデオを見た事は、ネルフの誰にも言っていない。確かめるのが怖いという感情があった。

 そしてシンジの真意を聞きたいが、【HC】の分厚い壁の先に居るシンジと連絡の取りようが無いという事情がある。

 最近はシンクロ率はほとんど上がっていない。気を抜くと、下がってしまうほどである。

 この悩みを吹っ切ろうとアスカはトウジに八つ当たりして、ストレス発散をしていたのだ。


 トウジから見ればアスカは自分より上の能力を持っている戦友である。上官とまではいかない。

 口は悪いが、やる事はやる。ある程度は信頼出来ると考えている。だが、この攻撃の容赦無さは納得いかない。

 アスカの攻撃を受けて気を失う瞬間、マナの柔らかい感触と甘い香りを思い出したトウジだった。

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 アスカは一人で下校中、マナと見知らぬ男が喫茶店で言い争っているのを目撃した。

 トウジに色目を使っている癖に、他の男と喫茶店に居る事に眉を顰めたが、何も言う事は無かった。

 この時、ユインが隠れて見ていた事にアスカが気がつく事は無かった。



 学校内でマナがトウジを誘惑していく様子は、段々とエスカレートしていった。

 他のクラスメートさえ引く様な有様に、ヒカリの目は限界まで細められて怒りが溜まり、アスカにしてもデレデレしているトウジの様を

 見ると不愉快になっていった。最初に我慢しきれなくなったのはアスカだった。


「あんた達もいい加減にしなさい!! ここは学校であって、いちゃつくところじゃ無いのよ!! キャバクラじゃ無いのよ!

 場所を弁えなさいよ!! この前の喫茶店の男とトウジで二股かけてんの!! 節操無さも、同じ女として見ていて不愉快よ!!」

「なっ!?」 「何やて?」


 アスカの怒鳴り声にマナは真っ青になり、教室から出て行った。その日、マナが教室に戻る事は無かった。

 怒鳴られたトウジは浮かれていた気分から一瞬にして切り替わり、悔しそうな顔をしながらもそのまま授業を受けていた。

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 放課後、アスカとトウジが一緒に下校途中に、三人の男が抵抗するマナを車に連れ込もうとする光景に出くわした。


「何をやっているのよ!?」 「女子(おなご)に何しとんじゃあ!」


 嫌いなマナだが、目の前で拉致されるのを見過ごす事の出来ないアスカは、三人の男に飛び掛った。

 まだ気持ちの整理がつかないトウジも、目の前で知り合いの女の子が拉致されるのを見過ごす事など出来はしない。

 いきなり襲い掛かられた三人の男達は不意打ちを受けて倒れた。追加攻撃をしようとするアスカとトウジをマナが止めた。


「ちょっと待って! この人達は違うの!」

「えっ!? 人攫いじゃ無いの!?」

「じゃあ、何者やねん」

「その三人は戦自の御殿場基地の隊員だ。その女の子もな」

「あんたは!」 「げっ、碇か!」 「あ、あなたは!」


 そこに現われたのはシンジだった。タイミングが良い登場だったが、決して様子を伺っていた訳では無い。偶々である。

 倒れていた戦自の三人は立ち上がったが、そこにシンジが居るのを見てマナの連行を躊躇した。

 さすがにシンジの目の前での暴力沙汰は避けたいと考えていた。シンジもその事は分かっている。

 路上で話すつもりは無く、場所を変えて話し始めた。

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「そこの二人は知らないだろうから最初に言っておく。その霧島マナって子は戦自の御殿場基地の隊員だ」

「何ですって!?」  「ほんまか!?」  「…………」

「戦自の御殿場基地から、トライデントと呼ばれる試作兵器二機が奪われて逃走した。この第三新東京付近まで逃げてきた。

 その試作兵器を奪った二人と彼女が同期で親しい間柄だったから、彼女が二人への接触を命じられてここに来たんだ。

 それとネルフの内情を探る為にパイロットである鈴原に接近していた。

 まったく、この年頃の女の子にスパイの役をやらせるなんて、何を考えているんだか?」


 シンジの視線を受けて、戦自の三人は目を伏せた。

 三人にもマナにこんな事をやらせるには抵抗があったが、上からの命令だったので、已む無くマナにやらせていたのだ。


「戦自は逃亡したトライデントの潜伏場所を見つけ出した。そこで彼女を餌にトライデントを誘き寄せ、破壊するつもりだ。

 彼女を連れて行けば、彼女もろともトライデントの二人も死ぬ。知っていましたか?」

「そ、そんな!? 上からはマナを戻せとしか聞かされていない」 「その通りだ」 「俺もだ」

「じゃあ、あんたは何でここに居るのよ!? 【HC】のあんたが第三新東京に居るのがばれたら、ネルフが五月蝿いんじゃないの?」

「確認したい事があってね。ボクは他人の為だけには動かない。自分の利益がなければ嫌だからね。そこで君に確認したい事がある」


 そう言ってシンジはマナを見つめた。マナの心臓の鼓動は一瞬にして跳ね上がった。血圧も急上昇中である。

 シンジがEVAと天武のパイロットであり、魔術師である事はマナは知っている。ある意味、雲の上の人間だった。

 そんな人間が自分に何を確認すると言うのだろう? マナの不安は急激に増していった。


「君がトライデントの潜伏場所に連れて行かれれば、間違い無くトライデントのパイロット二人と一緒に処分される。

 御殿場基地司令の命令を傍受したから間違い無いだろう。その前提で尋ねる。トライデントのパイロット二人を助けたいか?」

「も、もちろんです。あの二人はあたしの同期で仲間です。助けられるものなら助けたいです!」

「喫茶店で会っていたのは、その片方だろう。言い合いをしていたのは知っている。内容は?」

「……あたしはトライデントと一緒に投降した方が良いって勧めました。

 でも、ムサシはそんな事をすれば処分されるだけだと言って言い合いになりました。これがその時の内容です」

「では君は自分がどんな目に遭っても、彼らを助けたいと思っているのか?」

「はい! 御願いします。二人を助けて下さい!!」

「……良く見ると良いお尻をしているな。安産型だ。胸は少々物足りないが、これからが期待出来るかもしれない」

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 シンジは顔を少し崩してマナの身体を遠慮無く、嘗め回すように見つめた。視線は胸と腰に集中している。マナにもそれが分かった。

 自然と身体が震えだし、手で咄嗟に胸を隠した。シンジの悪魔の囁きは続いた。


「ボクのオモチャになると承諾すれば、あの二人のパイロットは責任を持って助ける事を約束しよう。大丈夫、退屈はさせない。

 メイド服を着て貰って、朝から奉仕をして貰う。昼でも夜でもボクを拒む事なんて許さないから。

 こう見えてもそっち方面の技術はあると思ってる。直ぐに気持ち良くなる。回数は一日十回ぐらいで良いかな。

 ああ、体力が足らなければ改造してでも、出来るようにするからさ。さあ、どうする?」


 シンジはニヤニヤ笑いながらマナを見つめた。マナは自分の未来を想像して、顔が真っ青になっていた。

 そしてシンジの言葉を聞いて、我慢が出来なくなった二人がいた。


「お前は何を考えている。こんな子供をオモチャにすると言うのか!? 見損なったぞ! 何が魔術師だ。ただのエロガキじゃないか!」

「お前はそれでも【漢】か!? 困っとる女子(おなご)を助けるんは、男の本分じゃろうが!?」


 戦自の三人の中の一人とトウジがシンジに殴りかかろうとしたが、戦自の残る二人とアスカによって止められていた。

 暴走を止めた戦自の二人とアスカは、何故か呆れたような視線でシンジを見ていた。

 自分を助けてくれる人が誰もいない事を知ったマナは、身体を震わせながらもシンジを見てはっきりと答えた。


「……分かりました。あたしを好きにして下さい。その代わりにムサシとケイタは助けて下さい! 御願いします!」

「へえ!?」


 マナの言葉を聞いて、シンジは意外そうな表情でマナを見つめた。だが、続くマナの言葉を聞いて顔を強張らせた。


「あたしのこの美貌が悪いんですね。この美貌が男の人を狂わせてしまうのね。でも最初は優しくして下さいね。

 経験が無いから分かりませんけど、最初の頃は一日三回程度にしてくれませんか。慣れたら大丈夫だと思いますけど。

 胸は今は控えめですけど、大丈夫です。成長させますから、協力して下さい。それから子供は何人が良いかしら……」

「もう良いから! 合格と認める!!」


 マナが何かを勘違いして話を脱線させていくのを聞いて、シンジは脱力感を感じたが、それを断ち切ろうと大きな声で合格と言った。


「じゃあ、あたしがオモチャで決まりですね」

「違う! さっきの話は君の覚悟が知りたかっただけ。うちには君と同じぐらいの女の子が二人いる。

 そこに君をオモチャとして連れて帰ったらボクが殺されてしまう。だから、さっきの話は忘れてくれ。

 ああ、パイロット二人の救出は約束する。心配しなくて良いから!」

「へっ!?」

「やっぱりか」 「予想通りだな」

「お前達はこれを予想していたのか!? だから俺を止めたのか!?」

「そうだ。彼の家族構成を知っていたし、彼の性格の分析レポートも読んでいる。こうなるだろうとは思っていた」

「アスカも碇がこうするって、知ってたんか!?」

「そうよ。あいつの隣には嫌味な女が何時もいたのよ。そこに他の女なんか連れ込める訳が無いと思ってたわよ」


 戦自の二人とアスカはこうなる事を予測していたから、戦自の一人とトウジの暴走を止めていた。

 もっとも、三人は心の中ではシンジを悪趣味と罵っていたが。


「じゃあ、あたしはどうすれば良いんですか?」

「それはこれから考える。戦自の所属だからボクが勝手に決める事は出来ないから。取り敢えずはトライデントのところに行こうか」


 シンジが全員を連れてトライデントの潜伏しているところに行く事になった。

 戦自の三人は上司に連絡しようとしたが、シンジに止められた。後からフォローすると言われれば、平の隊員には何も言えない。

 アスカとトウジは、ここまでくれば最後まで見届けるという気持ちで付き合った。

 シンジ、アスカ、トウジ、マナ、戦自の三人の総員七名は、トライデントの潜伏する湖まで移動を開始した。

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 トライデントを誘き出す為、シンジとマナの二人だけで湖畔に立っていた。残りの五人は確認の意味を含めて、隠れて見ていた。


「はあ。これからどうするんですか?」

「君はトライデントに乗っている二人との連絡手段を持っているんだろう。それで呼び出してくれ。それからだ」

「二人は絶対にトライデントからは降りませんよ。あなたが危険になります」

「まあ、その辺は大丈夫だと保証する。だから呼び出してくれ」

「通信機はさっきの騒ぎで壊れてしまいました。けど、絶対にこっちを見てますね。あなたが居るから用心して出てこないだけです。

 でも、こうすれば絶対に二人は出てきます」


 マナはシンジの右手を掴んで自分の胸に当てた。警戒していなかったシンジだが、右手の感触に本能的に手が動いてしまった。

 小ぶりだが弾力はそれなりにある。ミーナが地下施設に篭っているので、久しぶりの感触にシンジはつい悪戯心が出てしまった。


「えっ!? ちょっと待って! そんな急に! そこは駄目っ!」


 マナは自分を欲しがらないシンジに少し不満を持っていた。マナはシンジを挑発する為に、態とシンジの手を自分の胸に当てたのだが、

 シンジの手がここまで動くとは予想はしていなかった。胸から感じる感覚に顔が赤くなったが、シンジの手を退ける事はしなかった。


 バシャァァァァァ


 マナの痴態を見かねたのか、トライデント二機が湖から出て来た。上陸してシンジとマナを囲むと、ハッチを開けて顔を出してきた。


「マナ、その男から離れろ!! 誰だか知らんがぶっ飛ばしてやる!!」

「馬鹿! ムサシは分かんないの!? あの人は魔術師だよ。殺しちゃまずいって!」

「そんなの知った事か! マナの胸を触った罪は重い! 絶対に殺す!!」


 ムサシの乗るトライデントに装備された銃の照準がシンジに合わさろうと動いた瞬間、上空から多数の青白い光が降り注いだ。

 その光の一撃は出力を絞ってあったので大爆発はしなかったが、トライデントの武装と関節部分を次々に破壊していった。

 コクピットは外されていたが可動部分はほとんど壊され、瞬く間にトライデントは動かぬオブジェと化していた。

 左手首のものを使っても良かったのだが、シンジは敢えて【ウルドの弓】を使った。

 ムサシとケイタは動かなくなったトライデントを乗り捨てて、シンジの前に立っていた。


「うおぉぉぉ!」


 絶対の自信を持っていたトライデントがあっさりと動かなくなった事で、ムサシは怒り狂っていた。

 シンジに殴り掛かったが、鳩尾への反撃を受けて一撃で沈んだ。シンジはケイタに視線を向けた。


「君はどうする? 掛かって来ないのかい?」

「ムサシを一撃で倒したのに、ボクが敵う訳が無い。投降します」

「良い判断だ。君達の身柄はボクが預かる。まあ、悪いようにはしないよ。彼を担いで運んでくれないか」


 シンジはマナとムサシとケイタを連れて【HC】に戻って行った。

 アスカとトウジは戦自の隊員に送られて、第三新東京に戻ってきた。二人はシンジに聞きたい事があったのだが、聞くのを忘れていた。

 その事を思い出したのは自室に戻って、一息ついた後だった。

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 動かなくなったトライデント二機は戦自によって回収されたが、マナとムサシ、ケイタの三人はシンジの預かりとなっていた。

 三人の事情聴取も済んで、状況を理解したシンジは御殿場の戦自の基地に赴いた。

 大きな会議室に通されて、席に座った。

 シンジ側にはマナとムサシとケイタ、それと護衛の三人が並び、向かい席には御殿場基地の司令と榎本准将が座っていた。

 因みに、ムサシだけは暴れないように拘束具を付けてある状態だ。全員が席につくと榎本准将が笑顔で話し始めた。


「いやあ、君がこうして来てくれるとは思わなかったよ。トライデントは損傷を受けたが修理は出来るし、こうして脱走兵を引き渡しに

 来てくれるとな。戦自の面目も立ったし、これから君の協力が仰げる思うと嬉しい限りだ」

「何か勘違いしていませんか?」

「何をだ?」

「トライデントの所有権は戦自にあると思ったから、そのまま引き取って貰いましたが、この三人を引き渡すとは言ってません」

「…では、何故連れてきたのだ?」

「じゃあ、説明して」


 シンジの視線を受けたマナは、孤児であった自分達が戦自に引き取られ、基地にいた時の劣悪な環境の事を説明した。

 マナの話しを聞いていた榎本と基地司令の顔が段々と青くなっていった。この話しが公開されれば戦自のダメージは大きい。

 それを咄嗟に考えたが、シンジが居ては誤魔化しも出来ない。どうすれば良いか、必死に考え始めた。

 マナの話しが終わり、シンジが話しを引き継いだ。


「孤児の引き取り自体は美談で済ませられますが、義務教育もせずに少年兵を育成してきたのは法律違反では無いですか?

 それも食事もまともに与えない環境でしょう。逃げ出して当然。戦自の予算はそこまで切迫していなかったはずですが」

「そ、それは……」

「しかも教育が悪い。浅利ケイタの方は冷静な判断が出来ますが、ムサシ・リー・ストラスバーグなんか狂犬そのものじゃ無いですか。

 戦自は凶暴な兵士を作るつもりなんですか? まあ、あの劣悪な環境で育てられた被害者という事も言えますけどね。

 それにこのマナっていう女の子にスパイをやらせようとした。これが公表されたらどうなります?」

「…………」

「回りくどい言い方は止めますが、まずは戦自の少年兵部隊は全て解散。直ぐに軍学校に組み入れて教育をして下さい。

 そうすれば、今回の件はマスコミには流しません」

「……分かった」

「それと榎本准将は今直ぐ戦自を止めるか、予備役に入って下さい」

「な、何でだ!? 何で俺が退く必要があるんだ!?」

「あなたは以前の不知火司令の上司で、不知火司令は恩義があると言ってました。

 その昔の恩義を元に、【HC】に対して不当な要求をしてきましたね。あなたが現役だと同じ事を繰り返すからです」

「……分かった。二度と不知火君には連絡を取らない事を約束する」

「あなたの言動と分析すると、その場凌ぎの言葉が多い。だから信用出来ません。

 強制ではありませんから、断っても結構です。ですがその場合、戦自との協力関係は御破算にする事を通告します」

「ま、待ってくれ!」

「今の会話は多父神中将に中継してあります。三日以内に結果を連絡して下さい。それとこの三人はボクが引き取ります。

 異存は無いですね!?」

「……分かった」


 今回のシンジの目標は榎本であった。民族派であるが、公私の区別のつかない人間は困った事を仕出かす可能性が高い。

 事実、不知火に何度も私用ではないかという依頼が持ち込まれ、シンジが対応するはめになった事が何度かある。

 うんざりしていたシンジは、この機会を利用して榎本を排除する事を決め、それを実行したのだった。

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 シンジは自分の執務室でマナ達と向かい合っていた。今後のマナ達の進路に関する打ち合わせを行う為だ。

 三日間、それなりの待遇を与えられて気分も一新した三人は上機嫌であった。


「さあ、これからは何でも命令してくれ。こんなに待遇が良いなら、頑張るからな」

「ムサシは、はしゃぎ過ぎだよ。少しは落ち着きなよ」

「そうよ。ご飯が美味しくて、ベットもフカフカだけで良いところだけどさ」

「念の為の確認だが、三人は別れての行動は嫌で、三人セットで行動したいという事で良いのか?」

「ああ、勿論だ」  「当然」  「そうよ」


 三人のテンションは高かったがシンジはそれに引き摺られる事無く、淡々と事務仕事のように割り切って話を進めていた。


「ならば三人には中東連合に行ってもらう。拒否も出来るが、その場合はボクの管理下から外れる」

「ちょっと待て、何でだ!? 俺達をヘッドハンティングしたんじゃ無いのか!?」

「そ、そうだよ。ボク達を欲しいから戦自から引き取ったんじゃ無いの?」

「えーー、何で!?」

「静かにしろ!! まず言っておくが君達三人は年齢平均以上の身体能力は持っているが、学力は平均以下だ。つまり頭が悪い。

 君達以上の身体能力を備えている大人は大勢居るから、即戦力にはならない訳だ。つまり、君達の使い道が無い。ここではな」

「それなら何故俺達を引き取ったんだ? そのまま見殺しにすれば良かったじゃ無いか!?」

「そこまで冷血漢では無いつもりだ。話を戻すが、君達の居場所は【HC】には無い。

 ここは戦闘をする場所であり、勉強をするところじゃ無い。かと言って、ここを出れば戦自の目が光っているが、国外は別だ。

 そこで勉強をして一人前になって生活すれば良い。君達は一般常識さえまともに知っていないんだぞ」

「「「…………」」」


 榎本を排除する関係で三人を保護したシンジだが、扱いに悩んだ。部下にするには経験不足と能力不足が著しい。

 採用したら他のメンバーとの年齢差もあり、トラブルの元になるのははっきりしている。

 まだ個別に配置するならともかく、三人一緒に配置出来る部署など【HC】には存在していない。

 かと言って、放り出すのも後味が悪い。結局シンジが選んだのは新天地を彼らに用意する事だった。


「君達は十代で本来なら学業に勤しんでいるべきなんだ。態々、こんな戦闘に巻き込まれる事は無い。第一、戦闘の役には立たない。

 大人達には戦闘力では負けるだろうし、連携作業とか頭を使った業務は出来ないだろう」

「で、でも、年齢を言ったらお前だってそうだろう」

「ボクの実績と能力を知らない訳じゃ無いだろう。一緒にするな。それとその言葉使いだ。礼儀を弁えない人間を使うつもりは無い。

 礼儀を弁えない人間は能力があったとしても、命令違反を繰り返す傾向がある。直情径行タイプもだが、そんな人間はここでは不要だ。

 彼女の胸を触ったからと言って、トライデントで生身の人間を攻撃しようとしたのは誰だ? 戦場でそんな事が許されると思うか?」

「「「…………」」」

「ここで数年間勉強と訓練を続ければ、君達は使えるようになるだろう。だが、そんな余裕は無いし、する気も無い。

 中東連合は新興国だ。チャンスはある。行くなら二年間は職業訓練学校に居られるようにしておく。言語もそこで覚えれば良い」

「何でそこまでしてくれるんだ?」

「勘違いするな。中東連合は人手不足だ。そこに数年後になるが、使えそうな人材を送り込むだけだ。

 当然、勉強期間中に掛かった費用は後で返してもらうがな。中東連合の概要資料は準備した。三日以内に回答を出せ。以上だ」


 三人は悩んだが結局は中東連合行きを承諾した。【HC】に居場所は無いと宣告された事もあるが、新天地では希望がある。

 何より、今まで一緒に過ごしてきた仲間と別れたく無いという気持ちがある。こうして三人は中東連合に旅立って行った。

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 翌日に人狼族との会談を控えて、ミーナは久しぶりにマンションに戻ってきた。

 ミーシャとレイの熱い出迎えを受け、ミーナは久しぶりに料理の腕を振るった。

 そして四人での夕食後、シンジとミーナは明日の件の打ち合わせをする為、二人きりで部屋に篭っていた。


「人狼族として安住の地を求めているか。対価として人狼族の忠誠と労力か」

「シンでも難しい?」

「……安住の地は提供出来る。でも対価として考えると、人狼族の忠誠と労力では不足しているかな。

 まあ、そこまで損得勘定だけで動くつもりは無いから。ミーナの同族という事と、同じ人間がした事の罪滅ぼしも兼ねて、支援するよ」

「シン、ありがとう!」

「……ミーナはどうしたい? ボクとしてはミーナに残って欲しいけど、人間の中にたった一人だったミーナの孤独感も分かる。

 同族と一緒にいたいという気持ちと、子供が欲しい気持ちも知っている。

 ボクには叶えられない事だから、最終的にはミーナの気持ちを優先させるよ」

「……正直言って迷っているわ。シンを好きなのは間違い無いわ。最初はともかく、あなたと一緒に居ると楽しいわ。

 シンと一日中一緒に居る事が出来ないのは分かっているけど、独りの時は孤独感があるの。でも、皆と居ればその不安感も無くなる」

「この前の満月の時はどうだった? ボクが居なかったけど発作は我慢は出来たの?」


 今まではシンがミーナの体内に力を注ぎ込む事で、ミーナの発作を抑えてきた。(16話参照)

 だが、ミーナの回答はシンジの予想を上回っていた。


「今まではシンの力で抑えていたけど、この前は駄目だったわ。いえ、我慢すらしなかったわ」

「……まあ、周囲の全員が同じだったろうしね。壮観かも知れないな」

「発作、いえ変身はあたし達人狼族にすれば当然の事なの。その時は久々の開放感に浸ったわ。あの感覚は口で説明しても分からないわ」

「ボク達と一緒に居ても変身は大丈夫だよ」

「駄目よ! 他の人に何時見られるかも知れないし、それに神経をすり減らしたくは無いわ。それにシンにあの姿を見られたくは無いわ」

「遺伝子治療は?」

「同族が居なければ考えたわ。でも同族が見つかった今、父さんと母さんの残してくれたこの身体を改造するなんて耐えられないわ」

「…………」

「シン、ごめんなさい。今のあたしじゃ結論は出せないわ! 時間をくれる?」

「時間?」

「一年間。一年間だけ待って。シンが用意してくれる安住の地に皆が行ったとしても、橋渡しは必要でしょう。それをあたしがやるわ」

「……分かった」


 シンジはミーナの提案を渋々だが了承した。ミーナの希望を優先させた事もあった。

 だが、ミーナが居なくなるとシンジは少々困った事になる。シンジはそれを口に出す事は無かったが、ミーナから言い出していた。


「あたしが居なくなったら、シンが困るわね。そろそろミーシャとレイに手を出しても良いんじゃ無いの?」

「な、何をいきなり……ミーナが時々戻ってくれば良いんじゃ無いの」

「今のあたしは腰が抜けた状態なのよ。地下の施設にいた期間だけで、普通の人間の数倍の体力を持つあたしをシンは圧倒するのよ。

 時々じゃあ、あたしの身体が持たないわよ。それにシンだってそんなに時間が空いたら、我慢出来ないでしょう。

 ミーシャとレイなら最初から予定していた事でしょう。あたしが許すわ」

「ボクの事を色欲魔人と勘違いしてない?」

「勘違いじゃ無いわよ。でも、ミーシャとレイの二人だけじゃ不安よね。出来ればもう一人ぐらい加わればいいんだけど。

 本当に二人の身体を壊さないようにしてね。でもセレナは駄目よ」

「セレナが駄目?」

「そう、セレナは自分が一番じゃ無いと気が済まないタイプだから、絶対に駄目。ミーシャとレイと一緒だなんて認められないでしょう」

「そうかな?」

「そうよ。さて、そろそろ回復したかしら。人狼の回復力を今日はシンに徹底的に見せてあげるわ。覚悟してね」


 その夜、防音結界の施された部屋の中でシンジとミーナが疲れて寝入った時、時計の針は午前三時を示していた。

***********************************

【HC】基地の地下のシンジしか知らないエリアの大きな部屋には、五十人以上の人狼が集まっていた。

 そして集まった全員が見守る中、長老と呼ばれているソルンとシンジの会談が始まった。


「初めてお目に掛かります。ワシは皆を纏めているソルンと言います。今回は我々一族を救って頂きまして、ありがとうございました」

「ボクの都合もありましたからね。そんなに気にしないで下さい」

「捕らわれてから、人体実験に晒され何人の仲間が死んでいった事か。あそこからは死ぬまで抜け出せないものと諦めていました。

 全員の自爆装置と洗脳装置を外して頂き、今は一族全員が幸せを感じています。あなたにはいくら感謝しても感謝し足りない。

 ミーナさんから事情は全て聞いています。本当にありがとうございました」

「お礼は一回言って貰えば十分です。ミーナから希望と条件は聞いています」

「我が一族の差し出せるものは忠誠と労力しかありませんが、我等の安住の地をあなたの力で何とかしては頂けませんか?」

「地球上ではどの国もあなた達の事を知ったら捕まえに来るでしょうね。今の人類に異種族と共存する度量は無いと思っています」

「では、我々は隠れて住み、何時捕まるか怯えながら暮らすしか無いと言うのですか!?」

「地球上では無いと言いましたが、地球以外なら問題は無いでしょう」

「地球外ですと!?」

「約十万人が居住可能なコロニーがあります。実験的に製作して、水や空気、動力源や自然環境まで全て整えてあります。

 当然、今は誰も住んでいません。地球から運んで行った動植物だけの生態系のコロニーです。そこをあなた達に開放します」

「そ、そんなものがあるんですか!? 普通の人間がまったくいない新天地ですと!? しかも地球外に!?」


 長老とシンジの話しを黙って聞いていた五十人以上の人狼からも驚きの声があがった。

 それが事実なら、一族の安住の地が確保された事になる。そんなものが今の今まであるとすら想像していなかった。


「住居はあって最低限の電気は使えますが、病院や生産工場施設はありません。食料生産用の試作コロニーです。

 既に穀物関係の生産は軌道に乗っていて、草食動物も少ないですが居ます。自給自足生活が出来る環境はあります。

 正直言って、今の世界から見れば原始生活を送るしかなくなりますが、それでも良いですか?」

「我々にとっては、その方が寧ろ望ましい環境です」

「コンピュータ制御で内部の気温などは自動調整されています。自動防衛機能もついていますので、隕石等の外的脅威は排除出来ます。

 太陽光発電機能を備えていますから、壊れない限りは無補給での稼動が可能です。勿論、予備用の発電設備もあります」

「本当に我々がそこに住んでも良いんですか?」

「ミーナからの御願いと、同じ人間があなた方にした罪滅ぼしの意味を含めて、使って下さい。ここに居るミーナも皆さんに同行します」

「……宜しいのでしょうか? 彼女はあなたの……」

「ミーナの希望ですから。ただ、コロニーの集中管理室や通信室はミーナしか入れないようにロックします。これは誤操作を防ぐ為です。

 そしてミーナにはボクとあなた方との橋渡し役になって貰います。良いですか?」

「こちらとしても、あなたとの橋渡し役で来てくれるなら、大歓迎です」

「不足物資があったらミーナを経由して連絡をして下さい。出来る限りは支援します」

「ありがとうございます。それと我々の労力に関してですが、どのような事をすれば良いのでしょうか?」

「……コロニーへの移住後はしばらくは生活環境に慣れるのと整備するのに忙しいでしょう。

 落ち着いたらで良いですから、男女のペア二組をボディガードとして協力して下さい。それを対価として認めます」

「……ありがとうございます。我々一族はあなたから受けた恩を決して忘れる事はありません。今後とも宜しく御願いします」

***********************************

 【HC】基地の地下エリアには、予め非常用の物資が大量に用意されていた。

 その物資の一部を人狼達が移り住むコロニーへ運び込めば、後は実際に移住するだけだ。移住の準備期間は数日で済んでいた。

 そしてその準備期間中、ミーナはミーシャとレイに自分の気持ちを正直に伝え、そして教えられる限りの事を二人に伝えていた。


 人数もそんなに多くは無かった為、一回の転送でコロニーへの移住は終わってしまった。

 そして説明や手続き等を済ませたシンジはマンションに戻ってきた。

 少々気落ちしていたシンジを、笑顔のミーシャとレイが出迎えた。二人に両腕を取られたシンジはそのまま三人でソファに座った。


「どうしたの? 二人ともやたらとテンションが高いんじゃない」

「シン様」  「お兄ちゃん」


 ミーシャとレイはシンジに寄り添い、腕を胸に抱きかかえた。

 しばらく何も話さず穏やかな雰囲気だったが、ミーシャが口を開いた。


「姉さんからは気持ちが揺れているって正直に言われました。姉さんがどう結論を出すかまだ分かりませんけど、

 あたしとレイはずっとシン様の側に居ますから。ですからシン様は元気を出して下さい」

「お兄ちゃん。料理はあたしが作るから。お姉ちゃんの代わりはすぐには無理だけど、頑張るから」

「……ありがとう。でも二人をミーナの代わりだなんて、思ってはいないよ。ミーシャにはミーシャの、レイにはレイの良さがある。

 これからも宜しく。だけど、夜は当分は一人で寝るからね」

「「えーー!?」」

「二人には少し早いからだよ。二年とは言わないけど、一年ぐらいは待って欲しい」


 シンジは毅然と言ったつもりだったが、その言葉を聞いたミーシャとレイに悪ふざけを考えているような笑みが浮かんでいた。

 ミーナから夜のシンジの実態を聞いていた為である。二人はシンジを当てこするようにシンジの腕を強く抱きしめた。


「……待つのは良いですけど、シン様は我慢出来るんですか?」

「お兄ちゃんはケダモノになるって聞いたけど?」

「ど、どういう事かな?」

「姉さんから全て聞きました。あの体力が有り余っている姉さんをシン様は圧倒するって。

 だからシン様の相手をする時は、二人一緒じゃ無いと駄目だって。一人だと壊れちゃうかもって言われました」

「……そ、そんな事は無いよ」

「お兄ちゃん。あたしも待つのは良いけど、セレナさんには手を出さないでね」

「……ああ、約束する」

「返事に間が空いたのが怪しいですね。ばれなければ大丈夫と思っていません?」

「お兄ちゃん、何か怪しいわ?」


 この後、ミーシャとレイの追及をかわすのに、シンジは並大抵ではない努力を強いられる事になった。

***********************************

 シンジは一人でベットに寝ていた。昨日までミーナと一緒に寝ていたので、寂しいと感じていた。

 ミーナは人狼の一族と一緒にコロニーに移住して行った。一年後に結果を出すと言っていたが、どうなるだろうか?

 四年前にミーナに出会った。それからの出来事をシンジは順番に思い出していった。今まで一番深く理解し合えていた相手だった。

 この世の人間関係に絶対は無い。盛者必衰の理のように、栄える者は何時かは滅ぶ。人間関係でもその通りなのだろうか?

 まだ結論は出ていないが、漠然とした不安をシンジは感じていた。これからの生活はミーシャとレイの三人の生活になる。

 ミーナが居なくなった分、今までとは少し違った関係になるだろう。

 これからどう二人との関係を築けば良いのか、シンジは静かに考えていった。






To be continued...
(2012.02.18 初版)
(2012.03.03 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)


(あとがき)

 またまた本編とはあまり関わらない話しを書いてしまいました。

 感想でミーナの行動に異論が続出したので、話しを修正しました。(描写不足があった事は認めます)

 一応、関係は残る形にはなりますが、しばらくはミーナの出番はありません。(まだ検討中)

 一方、マナ達の方の出番はまったく考えていません。進行の関係で出てくる可能性はありますが、極めて低いです。

 そろそろフィフスの出番です。さあ、誰が選ばれるでしょうか。(伏線を結構書きましたから、分かると思いますが)



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