因果応報、その果てには

第四十一話

presented by えっくん様


 暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、暗い表情で話しこんでいた。


「日本に派遣したES部隊が全滅後、時間を空ける事無く、こちらの本隊と本拠地が彼と一緒に消滅した。

 おまけに工場プラントと捕獲部隊を収容していた拠点も全滅だ。証拠は一切残っていないが、報復と考えて間違い無かろう」

「恐らくな。ES部隊には捕まるぐらいなら自爆するように洗脳してあるが、どうにかして捕らえて本拠地の位置を知ったんだろう」

「その事だが、本拠地は地下にあって出入り口は地下トンネルを使うしか無かった。

 どうあっても10キロの地下トンネルを、どの探知装置にも引っ掛からずに潜入出来るはずが無いんだ。

 本拠地との通信が途切れた後、地下トンネルの入口を封鎖したが、誰も戻ってくる人間はいなかった。

 敵の強襲部隊が本拠地と共に、N2爆弾で消え去ったと考えるのにも無理がある。他の消滅した工場プラントも似たような状況だ」

「ちょっと待って! あたしは天武の事を調べていたんだけど、一つの可能性が浮かび上がったわ」


 セシルの発言に三人の目の色が少し変わった。天武はどうやって使徒のATフィールドを突き破れるのか、それが不明だった。

 三人の男は黙ったまま、セシルの次の説明を待っていた。


「ES部隊の本拠地の消滅でピンと来たんだけど、北欧連合は空間移動技術を開発したんじゃ無いかと思ったの。証拠は一切無いわ。

 でも、使徒のATフィールドを破った事と今回のES部隊の本拠地の消滅が同一勢力で為されたと考えた場合、共通するものは

 何かと考えたの。それが空間移動技術じゃ無いかってね」

「成る程。使徒のATフィールドを空間移動技術で無効化。今回のES部隊の本拠地も同じ技術で消し去ったと言うのか。

 直接、N2爆弾を目的地に転送すれば可能になる。そう仮定すると辻褄は合うな」

「証明するものは無いが、確かに可能性は捨てがたいな」

「それが事実なら由々しき事だ。もし事実なら、場所さえ知られれば、如何に強固な防衛陣を敷いても瞬時に攻撃を受ける事になる。

 地下であっても逃げられない」

「確かめる必要があるわ」

「確認するにも力ずくはまずい。もしばれて報復があれば、我々にも被害が及ぶ可能性がある」

「北欧連合に直接探りを入れるのはまずいわ。探るとすれば魔術師よ」

「魔術師も【HC】の壁があるが、北欧連合本国よりはましか。天武の事もある。その技術を開発したのは彼かも知れんな」

「諜報部から報告が上がってきたけど、彼の周囲から親しかった女性が姿を消したらしいわ。どこに姿を消したかは不明だそうよ。

 ひょっとしたら魔術師の懐に食い込むチャンスかも知れないわ」


 何処から調べたかは不明だが、ミーナがシンジの周囲から消えたという報告はあがっていた。

 ゼーレの諜報部も、何とか上手く利用出来ないかを検討している最中だった。


「あの美貌の魔眼使いが落せなかった相手だ。並大抵の女では無理だろう」

「同じ年の女の子には手を出していないという報告だから、夜の相手はいないと見て良いわ。十分な隙よ。

 それに選ぶタイプが間違っているわ。ああいう相手には完璧な美女より、か弱い女の子の方が有効だわ」

「……そうなのか?」

「そうよ、絶対に高慢なタイプは駄目。かと言って弱弱し過ぎても駄目。適度な自意識と保護欲をそそられるような態度。

 それと、ある程度はスタイルが良く無いと駄目みたいね。年齢もプラス5年ぐらいが許容範囲かな。と言うと未成年か。

 選ぶのに苦労しそうだけど、やってみる価値はあるわ」

「分かった。その方向でも検討しておこう。他にも手段が無いか、検討しなくてはな」

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 二−A:教室

 シンジに聞きたい事があったのに会った時に聞くのを忘れた事で、不満が溜まっているアスカとトウジは口数が少なくなっていた。

 それを見ていたクラスメートは、二人に何かがあって落ち込んでいるのだと考えていた。

 ヒカリもその一人である。マナの事でトウジに激怒した事はあったが、アスカから事情は聞いていた。

 鼻の下を伸ばしていた事は癪に障ったが、マナがいなくなった後のトウジの落ち込み(勘違い)を見ていると何も言えなくなっていた。

 アスカも不機嫌なのははっきり分かる。恐らくはネルフの事で何か拙い事でも起きているのでは無いかと考えているヒカリだった。


 ケンスケもトウジの様子を見て、何があったのかと問い詰める事も無かった。クラスに暗い雰囲気が漂っていた。

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 朝食時にセレナと侍女のナターシャを呼んで、一緒に食事を取るという習慣はミーナがいなくなってからも続いていた。

 セレナとナターシャはミーナが何処に行ったのかを知りたがったが、シンジはミーナ本人の意思という事で誤魔化し通した。

 ミーナの事を聞きだすのを諦めたセレナだが、シンジの相手が居なくなったと知った後は露骨なモーションを取るようになっていた。


「セレナさん、そんなに胸元が開いた服でシン様の前に座らないで下さい!!」

「駄目っ! 何でお兄ちゃんの料理を置くのに、お兄ちゃんの背中に回るの!? 態々お兄ちゃんにくっ付かないで!」

「もう、あたしが何をしようと良いじゃない。選ぶのはシンなのよ。それとも自信が無いのかしら?」

「何ですって!?」 「何を言うのよ!?」

「もう、止めっ!! これ以上騒ぐのなら、ミス・ローレンツの出入りを止めます。これからは注意して下さい!」

「「やった!」」

「何でよ!? あたしは何も悪い事はしていないわよ!?」

「朝の平穏な食事の時間をかき乱さないで下さい。服装も入室時にミーシャかレイが駄目出ししたら、入室を認めません。良いですね」

「……分かったわよ」


 セレナにしてみれば、今のシンジの相手は誰もいない。そこに自分が入り込めればと考えていた。

 自分の容姿には人一倍の自負があり、少し日本の乱れた風習に染まってきているセレナであった。

 シンジが受け入れれば結婚を待たずとも最後まで……と考えていた。決して以前されていた洗脳が甦ってきた訳では無い。


 シンジにしてみれば、セレナは少し料理が出来るようになっており、それなりに味わえる料理になっていた。

 レイのレパートリィはまだ少なく、ここでセレナを出入り禁止にすると食事が毎回代わり映えしない料理になってしまう。

 流石にセレナを出入り禁止にして、料理が上手いナターシャだけを呼ぶという訳にもいかない。

 やはり食事というものは大切である。何とかこの食事環境を改善したいとシンジは考えていた。

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「私の朝食か? 自炊なんてする暇は無いからな。外食した時のテイクアウト品か、コンビニ弁当を夜と朝の二食分買うとかしている。

 馴染みのスナックで飲んだ時は、朝食の分ですと言ってパックに料理を包んでくれる店もあるぞ。基本的には和食だ」

「……それは【HC】の司令官としては、どうかと思いますけど? 不知火司令のやってる事は若い独身サラリーマンと同じですよ。

 高給取りなんですから、身の回りの世話をしてくれるメイドさんを雇っても良いんじゃないですか?」

「それなりの給与は貰っているが、国連軍の前の自衛隊の頃からやってきたところだからな。今更習慣は変えられん。

 それにメイドを雇う程の身分になったとは思っていない」

「そこら辺は、日本と海外との認識の差ですね。ある程度の収入を得ている人は、世の中に還元する義務があるんです。

 人を雇うのもその手段の一つです。絶対にとは言いませんけど、誰かを雇って食事や掃除をやって貰う事を考えた方が良いですよ。

 ライアーン副司令はどうなんですか?」

「私か? 朝は買っておいたパンをバターを付けて食べるだけだ。昼と夜に量を食べるから、朝はパンだけだぞ。コーヒーもセットでな」

「……副司令は国に家族を置いての単身赴任でしたね」


 シンジは不知火とライアーンに朝食の内容を聞いていた。

 少しでも参考になるかなと考えていたが、これなら自分の方が遥かにマシという事が分かっただけだ。


「そういう中佐はどうなんだ?」

「うちは、ロシア料理、ドイツ料理、北欧連合、中東連合の各料理が日替わりで出てきます」

「……中佐のところが一番恵まれているじゃ無いか! 自慢する為に聞いてきたのか!?」

「可愛い女の子の作る料理を堪能出来て良いですね!? 残してきた妻の事を思い出しましたよ」

「ですけど、毎朝騒がしいんですよ。偶には静かな朝食を取りたいんですが」

「贅沢だな。でも、中佐は和食は食べないのか?」

「うちの料理のレパートリィには入っていません。外食した時だけです」

「それは問題だ。うーーむ。和食の出来る料理人を探した方が良いぞ」

「今は五人で食事をしているんですよ。それで十分です。あまり増えても騒がしくなるだけですから」

「しかし日本に居て和食を食べていないのは問題だ。これは少し考えねばな」


 食堂は朝から営業しているが、利用者は少なかった。やはり出かける前に朝食を済ます人が多い為だろう。

 朝食を取らないと身体の健康状態に影響が出る事がある。その場合は戦闘能力の低下に繋がる。

 ミーナが退職した事でシンジの健康状態に不安要素が出るようでは困るのだ。

 【HC】の福利厚生施策の一環として対策を検討する必要性を不知火は考えていた。

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 ミサトとアスカは、昨日の夜に買っていたコンビニ弁当をレンジで温めて食べていた。この辺はどこかの独身の若い男と同じである。

 料理スキルを持っていない二人は、これを当然の事と感じており、特に悲壮感は漂ってはいなかった。

 軍隊仕込の二人は、食事は単なる栄養補給と割り切っているかもしれない。


「そう言えば、例の御祓いが出来るところは分かったの?」

「それが加持からまだ連絡が無いのよ。そろそろ連絡があっても良い頃なんだけどね」

「もう、加持さんたら、最近は全然顔を出さないわね。携帯に連絡しても何時も留守番だし」

「……そう言えば、この前の高校生とのデートの時に、何かあったの?

 この前の使徒から少し塞ぎ気味だったけど、デートの後はさらに落ち込んでいるのが分かるわよ」

「げっ!? 知ってるの!?」

「当然よ。前にも言ったけどアスカはVIPで、隠れて護衛がついているの。そういう隠し事は出来ないと思いなさい」


 前回の使徒の時の事で悩んだのは確かである。だが、それは自分を見つめるという意味であって、そう深刻には考えてはいない。

 今のアスカは最初の使徒の時の流出ビデオを見た事で、ネルフのやり方とシンジに対する疑問が膨らんでいた。

 それとこの前の占いも気になっていた。コウジが自分の運命に関わり、変なものが憑いていると言われたのだ。

 だがミサトにその事を相談する気には、今はなれなかったのである。

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 ミーナの素性はナルセスは知らなかったが、それなりに会話もした事があって性格などは把握していた。

 勿論、シンジとの関係も知っていた。そのミーナが一時的とは言え、シンジから離れていったとの連絡を受けて、少々悩んでいた。

 ある程度、自分の意見が纏まってから息子のハンスに相談を持ち掛けた。


「あのミーナがシンと一時的でも離れた事は知っているな。本人の自由意志という事だが、シンの事を考えると捨て置けん」

「……シンの生活環境を支えてくれたミーナですからね。今のシンの側にはミーシャとレイっていう娘の二人ですか。

 年齢はシンと同じだから、ちょっと不安ですね」

「ああ。シンもまだ若いからな。変に不満を溜めて爆発されても困る。

 これが軍の情報部辺りに知られると、情報部の女性メンバーを派遣すると言い出しかねない」

「シンの保護と監視を含めてですか……確かにストレスを溜め過ぎて、ネルフやゼーレに隙をつかれても困りますからね」

「情報部が介入してくると厄介な事になる。財団から派遣出来る女性がいるか、調べておいてくれ。料理上手な事が前提だ」


 基本的に重要人物が敵地とか勢力範囲外に長期滞在する場合、大きな組織では事細かく生活環境も考慮される。

 当然、若い男を単独で派遣するという事は無く、必ず女性とペアを組まされる。敵対組織に篭絡されるのを防ぐ為である。

 今回の場合はシンジにはミーナが居た。だからシンジのペアを準備する必要が無かったのだが、ミーナが居なくなると話は変わる。

 苦笑いすべき内容かも知れないが、シンジがハニートラップに引っ掛かる可能性を極力下げる必要があったのだ。

 こうして、ハンスは派遣可能な女性を探す事になってしまった。

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 ミーナの情報はミハイルとクリスにも届いていた。ナルセスと同じように放置は出来ないという事になったが、対処手段は異なった。

 二人はベットの上で絡まりながらも、その件について話し始めた。


「じゃあ、シンのところへ派遣する人間は日本から出して貰うのか?」

「今は依頼中よ。不知火財閥と冬宮理事長に人選は任せてあるわ。放置も出来ないけど、態々こちらから出すほどの事は無いと思うわ」

「まったく、シンがミーシャとレイにさっさと手を出せば、こんな事を悩む必要は無いんだがな」

「……手が早過ぎるのも問題よ。同じ女としては道具にされるみたいで嫌だけどね。

 一応は、選出する条件に料理が上手な事と容姿の件は伝えてあるわ。まったく、男って我慢出来ないの?」

「……シンも若いしな。それが男の本能だ」

「スケベ!」

「クリスみたいな美女を前に、我慢なんて出来ないさ」


 ミハイルはそう言うとスタンドのライトを消して、クリスに手を伸ばした。

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 地球の衛星軌道には多くの人工衛星が浮かんでいる。軍事用、気象観測用、通信用等と様々であり、その高度も区々である。

 その全ての人工衛星は北欧連合の管轄下にあった。その中の一つの監視衛星は、北米大陸を観測していた。

 北米大陸をカメラに収める位置にあるその衛星は、あるポイントに小さい光が発生した事を撮影していた。

 その撮影データはリアルタイムで北欧連合にある衛星管理センターに送られているが、突然通信が途絶えてしまった。

 衛星管理センターの職員は原因を探ろうと、残っている監視衛星などを北米大陸に集中させた。

 そして通信が途絶える前の撮影データの解析を始めていた。

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「消滅!? 確かに第二支部が消滅したんだな?」

『はい。全て確認しました。消滅です』


 冬月は司令室に掛かってきた電話で、ネルフのアメリカ第二支部消滅の連絡を受けていた。

 ゲンドウは冬月の話しを聞いて内容を理解していたが、動じる事無く今後の事を考えていた。

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 ネルフに激震が走っていた。アメリカのネルフ第二支部が消滅したとの報告が駆け巡っていたのだ。

 情報を集めようと技術部のメンバーが総出で動いていた。残った第一支部からの情報も入り、やっと概要が分かったところだ。

 主要メンバーを集めて、これから状況を説明するところだ。


「……参ったわね」

「上の管理部と調査部は大騒ぎで……総務部はパニック状態でした」

「で、原因は?」

「未だ分からず。手掛かりは北欧連合から提供されたこの衛星からの映像だけで、後は何も残っていないわ」


 画面に衛星軌道上から撮影された映像が映し出された。拡大処理してあるので画質は荒いが何が起きたかを確認するには十分である。

 マヤのカウントダウンがゼロを告げた瞬間、何かが爆発したように赤く輝きながら拡大していき、そして画面が消えた。

 地上の爆発が衛星軌道まで影響を及ぼしたのだ。ただの爆発であるはずも無かった。


「酷いわね」

「EVA伍号機、並びに半径89キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました」

「数千の人間を道連れにね」

「タイムスケジュールから推測して、ドイツで製作したS2機関の搭載実験中の事故と思われます」

「予想される原因は、材質の強度不足から設計初期段階のミスまで32768通りです」

「妨害工作の線もあるわね。この映像は北欧連合からの提供なんでしょう。

 都合良く撮影出来たなんて【HC】が裏で動いた可能性もあるんじゃ無いの?」

「でも、爆発では無く消滅なんでしょう。つまり消えたと」

「多分、ディラックの海に呑み込まれたんでしょうね。先の弐号機みたく」

「じゃあ、折角造ったS2機関も?」

「パーよ。夢は潰えたわ」

「良く分からないものを無理して造るからよ」


 ミサトの脳裏には、ターミナルドグマに十字架に磔にされていた白い使徒アダム(実際はリリス)と

 前回の使徒を倒した時に見せた初号機の光の羽の事が浮かんでいた。

 何故初号機は使徒と同じく光の羽を発生させられたのか? ターミナルドグマの使徒は何の為に磔にされているのか?

 ミサトの疑問は解消されてはいない。ネルフは何を目指しているのか、ミサトの疑念は深まっていった。

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 結局、事故原因はS2機関の暴走だろうとの結論に達した。第二支部消滅の後処理はアメリカ第一支部が行う事になっている。

 ミサトはエスカレータに乗りながら、今後の事をリツコに尋ねた。


「で、残った肆号機はどうするの?」

「本部で引き取る事になったわ。アメリカ政府は第一支部まで失いたく無いみたいね」

「肆号機と伍号機はあっちが建造権を主張して強引に造っていたんじゃない。

 今更危ないところだけこっちに押し付けるなんて酷い話ね」

「あの惨劇の後じゃ、誰でも弱気になるわよ。仕方無いわ」

「……それで起動実験はどうするの? ダミーを使うのかしら?」

「……これから決めるわ。技術部としても突然言われても、準備はこれからだしね。

 それに事故を起こした伍号機と同型の肆号機の受け入れを、日本政府が認めるかどうかの確認も必要だわ」

「【HC】は何か言ってくる可能性もあるんじゃ無い」

「……それも十分考えられるわね。まったく頭の痛くなる事ばかりだわ」


 ミサトにはダミープラグの情報は一切知らせていない。そのミサトがダミープラグの件を言ってきた事にリツコは内心で驚いていた。

 ミサトの情報収集能力は意外と侮れないかも知れない。

 おそらくは加持からの情報だろうが、機密保持体制の見直しが必要かとリツコは考えていた。

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 ターミナルドグマ

 『ASUKA-00』と書かれたエントリープラグの前に、ゲンドウとリツコが立っていた。


「試作されたダミープラグです。アスカのパーソナルが移植されています。

 ですが、人の心や魂のデジタル化は出来ません。擬似的なものです。パイロットの思考のマネをするただの機械です」

「EVAにパイロットが居ると思わせれば良い。弐号機と参号機にデータを入れておけ」

「まだ問題が残っていますが?」

「構わん。EVAが動けば良い」

「はい」


 アスカが多過ぎると思っていたシンクロ試験。その試験時に採取された情報を元にダミープラグは製造されていた。

 もっとも、人間の感情パターンを全てデジタル化などはまだ出来ない。

 中途半端な性能しか出せないが、それでもパイロット無しでEVAを動かせる第一歩になる。

 それはパイロットに知らされる事無く、弐号機と参号機に取り付けられる事になった。


「機体の運搬は国連軍に一任してある。週末には届くだろう。後は君の方でやってくれ」

「はい。調整並びに起動試験は松代で行います」

「テストパイロットは?」

「ダミープラグはまだ危険です。候補者の中から」

「五人目を選ぶか。予め予定された犠牲者か。任せる」

「はい」


 この時、リツコの精神状態は安定していた。ゲンドウとの関係は義足になっても続いていた。

 義足になったから捨てられるかもと危惧してリツコにとって、ゲンドウの以前と変わらぬ態度は救いになっていた。

 リツコはゲンドウの命令に素直に頷いていた。

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 【HC】会議室

 ネルフのアメリカ第二支部消滅の連絡は、北欧連合から入っていた。当然、監視衛星の撮影した映像付きである。

 その映像を不知火とライアーン、シンジの三人が確認していた。


「あの爆発は何だ? 核爆発ならキノコ雲が立ち上るだろうが、それが無い。衛星軌道まで影響があった事と、半径89キロ以内の

 施設が尽く消えたしまった事を考えると、普通の事故じゃ無い事は明らかだ」

「中佐。何か知っているのかね? と言うか、君がこの件に一枚噛んでいるという事は無いだろうな?」

「入った情報では、ネルフのアメリカ第二支部がS2機関を製作して、その稼動試験中の事故らしいですね。

 あれは普通の爆発じゃ無くて、この前の使徒のように別空間に吹き飛ばされた可能性があります。

 それとボクは最近は欧羅巴方面でかなり忙しかったので、ネルフのアメリカ支部までは手を伸ばしていませんよ。心外ですね」


 シンジが言った事は事実である。

 ゼーレの使徒細胞を摂取した特殊能力者とサイボーグ部隊の関係で、欧羅巴方面の対応に追われて忙しい日々を送っていたのだ。

 ネルフのアメリカ支部の動向までは手が回らなかった。

 今回の情報に関しても事故が起こってから情報が入ってきたのであり、特別な情報は持っていなかった。


「そうか。疑って済まなかった」

「色々と暗躍していますから疑られても仕方無いと思いますが、こういう工作をする時は事前に相談しますし、

 こんな大事故を起こすような下手な手は打ちませんから」

「分かった。重ねて言うが済まなかった。初号機に搭載してあるS2機関と同じ物を製作して、起動しようとして失敗したのか。

 ネルフも初号機の真の実力を見て焦ったのかも知れんな」

「司令の仰る通り、ネルフが焦って実験して失敗した可能性は高いと私も考えます」

「そうだな。前回の使徒を倒した時の初号機を見た時は、私もかなり驚いたからな」

「私もですよ。中佐が前もって初号機にS2機関を搭載してあると教えてくれていても、あれほどまでの力があるとは

 思っても見ませんでした。あれを見ればネルフ、いやゼーレも焦って当然でしょう」


 シンジは初号機の全力訓練を亜空間で行っていたので、不知火とライアーンはその実力を見た事が無かった。

 事前に使徒の力の源であるS2機関を搭載しているとは聞かされていたが、知っているのと見るのはまったく違った。

 初号機の造り出した巨大な光の柱で使徒を焼き尽くしたのを見て、二人は初めて初号機の真の実力を知ったのだ。


「ところで、ネルフの今回の事故に関して、どう対応すべきと考える?」

「これに関しては特に対応すべき内容があるとは思いませんが? 中佐はどう思う?」

「被害が大きいだけで、単純に言えばネルフが試作品の実験を失敗しただけですよね。

 日本で同じ試験をやると言うなら別ですが、今は静観しても良いと思います。もっとも情報収集は怠りませんが」

「やはり、そう考えるか。分かった。世界各地のネルフの情報収集を強化するようにしてくれ」

「そうですね。今までは日本のネルフをメインに考えていましたが、今回のような事故があると各国のネルフ支部の動きも

 注意しなければなりませんね。本国に要請は出しておきますが、衛星による監視がメインになります。

 我が国の諜報機関は実力的には一流とは言えませんから、内部の細かい情報は無理です」

「それでも十分だ。頼む」


 ライアーン経由で北欧連合本国に依頼し、世界各地のネルフの情報分析を行う事になった。

 だが、人員もそれほど配置されていない北欧連合の諜報機関の実力ははっきり言って二流止まりであった。

 平行してシンジは姉のクリスに頼んで、無理しない範囲で情報収集を頼もうと考えていた。


「それはそうと、EVA用のキャリアの件はどうなりました? 製造元に超特急でと発注しましたよね」

「補完委員会からも圧力が掛かっていて、製造元は急いで製作に掛かっている。特急料金を吹っかけられたがな。

 だが、材料調達から始めているから、どうしても時間はかかる。今回の事故がキャリアの納期に影響しなければ良いがな」

「キャリアが来るまでは、零号機の出撃は無理か」

「そうですね。初号機が抱いて飛べば移動は出来ますが、現地で電源車が用意出来なければ、零号機は三十分で稼動を停止します。

 飛行時間を含めてですよ。こんな事になるんなら、EVAが持てる電源ユニットでも開発しておくべきだったかと思いますよ」

「何だ、『こんな事もあろうかと』という技術者の決め台詞は出てこないのか?」

「予算も時間も有限なんですよ。特に必要とされなければ、それなりの労力を費やして開発して無駄にしたくはありません。

 電源なら運用次第で何とかなるじゃ無いですか。それなら使えそうな武器とか防御機構を開発した方がよっぽど有意義です。

 キャリアに関しても、こちらで設計と製作は可能ですが、時間は掛かります。

 だったら性能は劣っても、前と同じものを使用した方が楽です。どこぞの不沈戦艦の技術者みたいな台詞は、ボクには無理ですね」

「……まあ、そうだな」


 【HC】の予算はかなりの余裕はあるが、戦自への支援に対する報酬やEVAの修理等を考えると無駄使いはしたくは無かった。

 実際、シンジから上がって来ている予算申請書を何度も却下して事がある不知火は、シンジの言葉に冷や汗をかいていた。

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 シンジは冬宮の連絡を受けて、核融合開発機構(NFDO)の理事長室を訪れていた。


「あなたから呼び出しとは珍しいですね。何かありましたか?」

「ええ。どうしても博士とゆっくりと話したい事がありまして、来て頂きました」


 シンジが北欧連合で行った記者会見は、日本でも中継されていた。その記者会見で支援の主役であるロックフォード財団が日本から

 撤退する可能性を仄めかした事もあって、冬宮としては何とかシンジの日本への印象を良くしたいとの思惑があった。

 日本政府からもロックフォード財団が撤退する事が無いようにしてくれと要請を受けている事もある。

 その最初のカードが準備出来たので、シンジを呼び出したのであった。


「クリス・ロックフォード博士から依頼があって、条件に合う人間を探していました。

 何とか見つかりましたので紹介しようと思い、御足労頂きました」

「姉さんの依頼? 何の事ですか。ボクは何も聞いていませんが?」

「あなたの身の回りの世話をしていた女性が、ある事情があってあなたの元を去ったと聞いています。

 そしてその人の代わりという訳ではありませんが、料理が上手で年頃の女性をあなたの所に派遣して欲しいとの依頼がありました」

「本当なんですか!? まったく、姉さんも余計な事を!」

「あなたに話しは行ってなかったんですか?」

「ええ。まったく聞いていません。確かに料理上手な人が欲しいとは思っていますが、年頃の女性なんてとんでも無い。

 うちには同い年の女の子が二人同居しているんですよ。そんな環境に年頃の女性を入れられるはずも無いでしょう」


 シンジの本心であった。ただでさえセレナに掻き回されている状態である。そんな中に新たな火種を抱え込むつもりは無かった。

 丁重に断ろうとシンジが口を開く前に、冬宮は先手を打った。


「今は昼時ですが、食事を用意しておきました。ここで食べませんか?」

「……ここでですか?」

「はい。ちょっと待って下さい」


 そう言うと冬宮は内線電話をかけて、食事を理事長室に運び込むよう指示を出した。

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 しばらくすると割烹着を着たシンジと同世代と思われる黒髪の女の子が、ワゴンを押して理事長室に入ってきた。

 シンジはその女の子を観察した。容姿は高水準である。スタイルはミーナには及ばないが、ミーシャとレイを僅かに上回っていた。

 その女の子はシンジの前に立つと、ペコリとお辞儀をした。


「初めまして。山岸マユミと申します。今回は冬宮理事長からの指示で私が食事を作りました。どうぞ召し上がって下さい」


 山岸マユミと名乗った女の子はシンジの目を見て挨拶した。見た目は少々気が弱いように見えるが、目には自信が篭っている。

 これは料理は期待出来るかもとシンジは考え、目の前に置かれた料理に視線を移した。

 御飯に味噌汁、野菜炒めと天ぷらの簡単な料理である。お新香もちゃんと用意してある。純和風の慎ましく見える料理だった。

 シンジは食事を始めると無口になった。通常の食事の時もそうだが、今回は目に真剣さが篭っていた。

 御飯と味噌汁を御替りして、料理全てを平らげた。普段の食事量の五割り増しは食べたろうか。

 シンジは箸を置くと、冬宮を見つめた。冬宮とマユミの目には勝利を確信しているかのような輝きがあった。

 溜息をつくと、シンジは二人に頭を下げた。


「ご馳走様でした。久々に料理で感動させて貰いました。正直言って、ここまでの料理だったとは見た時は想像出来ませんでした」


 シンジは軍隊生活を経験している事もあって、粗食には慣れていた。とは言っても偶には高級料理も食べている。

 今まで料理が美味しいと思った事はあっても、料理に感動した事など無かった。料理に感動を覚えたのは初めての事だった。

 しかも、高級食材は使わずに普通の材料を丁寧に処理して仕上げた料理だ。料理人たる目の前の少女の腕は如何ほどのものなのだろう。

 これが高級食材を使った料理なら、シンジは決して感動などしなかっただろう。

 高級食材の余った材料を平気で捨てるような料理は、如何に美味しくてもシンジは積極的に食べようとは思わない。

 普通の材料を使って極上の味に仕上げたところが、シンジの心に深く響いていたのだ。


「まさか君のような女の子が、ここまでの料理を作れるとは正直驚きました。これなら冬宮理事長が推薦したのも納得します」

「そこまで褒められると逆に恐縮します。でも、ありがとうございます」

「大和会の関係者と不知火財閥からあがってきた候補者は五百人を超えていました。その中から選抜して、最後に残ったのが彼女です。

 同世代の女の子では、彼女の料理の実力は群を抜いています。両親は事故で亡くなっていて、このままでは孤児院に行く事になります。

 ですから、住み込みでどうかなと思いまして」

「……正直言って、料理の腕だけで言えば、文句の付けようがありません。こちらから御願いしたいと思います。ですが……」

「何か問題でも?」

「ええ。可愛くてスタイルも良いから、住み込みは問題があると思います。同居の女の子の同意が得られるかも問題です」


 シンジの言葉を聞いてマユミは顔を赤らめた。

 自分の容姿に多少の自信はあったが、ここまで正面きって褒められるのは初めてだった。

 マユミはシンジの記者会見は見ており、シンジが日本にどんな感情を持っているかを知っている。

 冬宮からはシンジの日本への印象を改善させて欲しいと頼まれており、それとなく夜の生活の事も仄めかされていた。

 勿論、冬宮はマユミに強制している訳では無い。嫌なら拒否しても良いと言われている。

 マユミは人身御供になるつもりは無かったが、両者の合意が出来れば構わないとも思っている。

 何と言ってもシンジは超優良物件であり、これから先にシンジを超える超優良物件の男と巡り合わせる可能性など無いと思っている。

 ある程度の打算は働いていたが、それでも年頃の女の子という事もあり、あからさまな言葉は使えない。

 遠まわしにマユミはシンジに迫っていった。


「それなら同居している女の子に、あたしの料理を試食して貰っても良いでしょうか? それで駄目なら諦めますから」

「試食? それぐらいは構わないけど、君の貞操の危険性を考えた方が良いんじゃないの?」

「…強引に迫ってくるような人なら、そんな事を言わないと思います。それに冬宮理事長からあなたは人を試す事が多いと聞いています」

「私は彼女に無理強いはしていません。あくまで彼女の意思です。それに孤児院に入るよりは、あなたの世話になった方が良いでしょう」

「はい。是非とも御世話になりたいと思っています」

「むうう」


 シンジとマユミは視線を合わせて見つめ合っていた。その時、シンジは違和感を感じた。

 マユミの胸のあたりから何か感じるものがあって視線を向けていると、マユミは手で胸を隠した。

 胸を凝視された事でマユミは顔を赤くしていた。羞恥と少し怒りが混ざった複雑な表情だった。

 マユミに勘違いされたが、シンジが胸を凝視したのは事実である。シンジは慌てて釈明を始めた。


「こ、これは失礼」

「博士、あまり女性の胸をじっくりと見つめない方が良いと思いますが? いえ、二人きりの時は構わないと思いますが」

「い、いや、本当に失礼しました。……では料理の試食の件は日が決まったら冬宮理事長に連絡をすれば良いですか?」

「ええ。それまでは彼女は私が責任を持って預かっておきますから」

「御願いします」


 冬宮とマユミには勘違いされたが、それを正す事は今は出来ないと考えてその場を切り上げる事にした。

 だがマユミから感じた気配を無視する訳にもいかない。馴染み深い気配だが、普通の少女から感じて良い気配では無いのだ。

 正体が分かるまでは、自分の監視下に置いた方が良いだろうと考えた。

 シンジはマユミの住み込みを、ミーシャとレイにどうやって認めさせるかで悩む事になった。

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 リツコの部屋

 最近は以前と同じような態度でリツコと話せないミサトは、リツコに背を向けて机に寄り掛かっていた。


「何よ、改まって」

「松代での肆号機の起動実験……テストパイロットは、五人目を使うわ」

「五人目? フィフスチルドレンが見つかったの?」

「昨日よ」

「……マルドゥック機関からの報告は受けてないわよ」

「正式な書類は明日届くわ」


 リツコの話しにミサトは眉を顰めていた。肆号機の起動実験を行うと決めてから、直ぐに見つかる五人目の候補者。

 しかも自分より先にリツコに連絡があるとはどういう事なのか? 本来は自分とリツコは同格のはずだ。

 だが、自分が疎外されているとミサトは感じていた。


「赤木課長。またあたしに隠し事をしてない?」

「別に」

「まあ良いわ。それで選ばれた子って?」


 リツコはキーボードを操作して画面に情報を出した。リツコの隣に移動したミサトは、その情報を見て目を吊り上げた。

 以前に居酒屋でアスカから友人だと紹介された事がある。見間違う事は無かった。


「この子なの!?」

「仕方ないわよ。候補者を集めて保護してるんだから」

「話しづらいわね。これ以上アスカに辛い思いをさせたくないわ」

「あたし達にはそういう子供たちが必要なの。皆で生き残る為にはね」

「綺麗事は止めろって事か」


 この世は弱肉強食だ。いかに平等だとか平和だとかを唱えても、結局は強い者、持つ者が生き残る。

 多数が生き残る為には、少数を切り捨てる事も迫られる。確かに十四歳の女の子に背負わせるには酷な役だが、

 これをやらなければ、自分達が生き残れない場合は目を瞑るしか無いだろう。

 でも、アスカの気持ちを考えると、良心を納得させる事は出来ない。

 それにリツコの説明にも納得出来ない事は結構ある。ミサトはジレンマを感じていた。

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 ゲンドウと冬月は、肆号機の受け入れの件で日本政府と交渉した。

 条件を付けられたが何とか肆号機の受け入れは認められた、帰りのリニアで夕日で赤く染まった街並みを眺めていた。


「街。人が造り出したパラダイスだな」

「かつて楽園を追い出されて、死と隣り合わせの地上という世界に逃げ込むしか無かった人類。

 その最も弱い生物が弱さゆえに、手に入れた知恵で造りだした自分達の楽園だよ」

「自分を死の恐怖から守る為、自分の快楽を満足させる為に、自分達で造ったパラダイスか。

 この街がまさにそうだな。自分達を守る武装された街だ」

「敵だらけの外界から逃げ込んだ臆病者の街さ」

「臆病者の方が長生き出来る。それも良かろう。第三新東京市。ネルフの偽装迎撃要塞都市。遅れに遅れていた第七次建設も終わる。

 いよいよ完成だな。だが、ここまで費用を掛ける必要があったかどうか」

「どういう意味だ?」

「先の使徒戦で初号機の光の柱で、一瞬にして直径1キロの街並みが消え去った。復興費用も莫大な額になっている。

 直ぐに壊れるものに、ここまでの費用を掛ける必要性に疑問を感じてな。ああ、人心の安定という効果は認めているぞ」

「…………」


 既にリニアは地下部分に入っており、窓からは天井にぶら下っているビル群が目に入った。


「伍号機の事故は、どう委員会に報告するつもりだ?」

「事実の通り、原因不明だ」

「しかし、ここに来て大きな損失だな」

「伍号機と第二支部は良い。S2機関もサンプルは失ってもドイツにデータは残っている。こことEVAが残っていれば十分だ」

「本音を言えば、初号機さえ残っていれば良いか。いやユイ君が戻ってくれば良い。それはそうと、委員会は血相を変えていたぞ」

「予定外の事故だからな」

「ゼーレも慌てて行動表を修正しているだろう」

「死海文書に無い事件も起きる。老人には良い薬だ」

「【HC】の行動を視野に入れた計画を組まないと、S2機関の搭載実験の失敗で慌てているゼーレの老人達を笑う事は出来んぞ。

 起動試験前に【HC】の検査官が肆号機のS2機関を搭載していない事を、確認させられる羽目になってしまったでは無いか」

「ふん。問題無い」

「実際に搭載していないから、問題は無いだろう。起動試験自体はネルフが取り仕切れるからな。

 【HC】の検査が入って、起動試験に日本政府と【HC】の職員が立ち会うという条件だからな」

「日本政府を説得出来なかった委員会の不手際だ」

「日本政府は【HC】を支持したからな。アメリカ第二支部の二の舞は避けたいというのは仕方無かろう」


 当初、日本政府はEVA肆号機の持ち込みを認めなかった。伍号機の事故をみれば、あれが国内で起きる事など想像さえしたくは無い。

 だが、肆号機には事故原因であるS2機関は搭載されていない事と、補完委員会からの圧力があった為に、渋々だが肆号機の国内への

 持ち込みを認めた。だが、ネルフの今までのやり方から、口先だけでS2機関が無いなど信用出来るはずも無い。

 従って、【HC】が肆号機のS2機関が無い事を確認し、肆号機の起動試験に立ち会う事を条件に出した。

 ネルフとしては【HC】に肆号機を触らせたくは無かったが、日本政府はこの点は頑強に主張して、結局はネルフは日本政府の

 出した条件を認めたのである。

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 ネルフ:休憩所

 缶コーヒーを飲みながら加持はマヤと話していた。珍しい組み合わせだが、マヤの持っている情報は貴重なものがある。

 加持にしてみればマヤから情報を得られれば、大きなポイントとなる。そしてチャンスを逃すつもりは加持には無かった。


「せっかくここの迎撃システムが完成するのに、祝賀パーティの一つも予定されていないとは、ネルフってお堅い組織だね」

「六分儀司令が、あの通りですもの」

「君はどうなのかな?」


 加持は飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨て、マヤに急に近づいた。

 ここまで男性に近寄られた事の無かったマヤは、警戒感を露にした。

 持っているファイルで胸を隠して、加持の正面を向かないように身体の向きを変えた。

 加持の噂はネルフの女性スタッフに、それなりに広まっている。

 『ネルフの種馬』、『節操無し男』、『抱きつき魔』などの色々な異名が飛び交っている。

 男性経験の無いマヤにとって、加持はある意味理解し難い存在だった。どう逃げれば良いのかも分からず、咄嗟に上司の名前を出した。


「それ以上近づくと、葛城さんや赤木先輩に言いつけますよ」

「その前に、君の口を塞いじゃおうかな」


 加持の顔がさらにマヤに近づき、マヤが悲鳴をあげる寸前に横から声が掛かった。


「お仕事は進んでいる!?」


 ミサトだった。手を腰にあてて、少し怒ったような表情で加持を睨んでいた。


「いや、ぼちぼちかな」


 ミサトの態度に加持は動じる事は無かった。マヤはこれ以上、加持とミサトに付き合う気は無く、さっさと休憩室を出て行った。

 そんなマヤを見ながら、ミサトは溜息をついて加持を睨みつけた。


「あなたのプライベートに口を出すつもりは無いけど、この非常時に若い子に手を出さないでくれる」

「君の管轄じゃあ無いだろう。葛城なら良いのか?」

「……加持の返事次第よ。地下のアダムとマルドゥック機関の秘密を知っているんでしょ!?」

「さてね」

「とぼけないで!」

「他人に頼るとは君らしく無いな」

「アスカの事を思うと、そうもいかないわ! 形振り構ってらんないの。余裕が無いのよ!」

「自分が他人を利用するのは許せても、他人が自分を利用しようとするのは許せないか?」


 加持の皮肉にもミサトは動じなかった。アスカと一緒に生活した日々が続いて、ミサトにとってアスカは家族という認識だった。

 偽善と言われるかも知れないが、アスカを守りたいと思う気持ちに嘘は無かった。

 その為には他人を利用する事への躊躇いは無かった。最近は最初の使徒の頃ほど、激しい感情が湧いてこない事も微妙に影響していた。


「都合良く、フィフスチルドレンが見つかるなんて……この裏は何なの!?」


 ミサトは加持に詰め寄った。その迫力を見て、ミサトは諦めないと感じた加持は観念してヒントを告げた。


「一つ教えておくよ。マルドゥック機関は存在しない。影で操っているのはネルフそのものさ」

「じゃあ、マルドゥック機関がネルフの自作自演と言うのは、本当の事だったの!? シンジ君が正しかったと言うの!?

 ネルフという事は、六分儀司令が黒幕なの!?」

「コード707を調べてみると良い」

「コード707……アスカの学校!?」


 ミサトはさらに加持から情報を聞き出そうとした時、トウジがミサトを探して休憩室に入ってきた。


「ミサトはん。リツコはんが出張の件で呼んでまっせ」

「ありがとうね、トウジ君。……またね、加持君」

「はいはい」


 ミサトは休憩所を出て行き、後には加持とトウジが残された。加持は思うところがあって、トウジを見つめた。


「偶には一緒にお茶でもどうだい。トウジ君」

「ワシは男やけど?」


 トウジは加持とあまり話した事は無かった。居酒屋で少し話した事と、アスカやミサトから聞いた程度であった。

 そして女性職員の噂話も少しは耳に入っている。そんな加持が自分に話し掛けて来る理由に心当たりは無かった。

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 良いものを見せると言われ、トウジは加持に連れられてスイカ畑に来ていた。

 そんなに広くは無いが、スイカはそれなりの大きさに育っていた。食べ頃かも知れない。


「スイカ?」

「ああ。可愛いだろう。俺の趣味だ。皆には内緒だがな」


 そう言って加持はスイカに水を撒いた。加持の顔には裏の無い笑みが広がっている。


「何かを作るとか育てるというのは良いぞ。色々な事が分かってくる。力ずくだけじゃ駄目な事もあるしな」

「作る事……育てる……それは【漢】のやる事かいな?」

「別に作物でも無くても良いさ。何でも良い。自分の能力や仲間との仲、色々とあるだろう」

「……はあ」

「ただ、作るとか育てるには根気がいるんだ。例えば、飽きっぽくなってこのスイカに水をやらないとスイカは枯れる。分かるよな」

「……はあ」

「気分屋で気が乗った時にしかやらないというのは駄目だ。コツコツと地道な行動が成果をあげるんだ。分かるだろう」

「……はあ」

「辛い事もあるだろう。逃げ出したい時もあるだろう。だけど、そこで諦めたら全てが終わる。特に君はEVAのパイロットだ。

 君の双肩に世界の運命が掛かる事だってある。そんな時に諦めないで欲しいんだ」

「しかし、ワシはアスカにまだ追いつけへん。碇なんて、遥かに先におる」

「君だって追いつこうと努力しているだろう。いつかきっと追いつく事が出来るさ。諦めなければな」

「ほんまに?」

「ああ。君が頑張れば、君の大切なものを守る事に繋がるんだ。君は妹さんを守りたいだろう」

「勿論や」

「……良い返事だ。最初はアスカを君に任せようかとも考えたが、アスカは別の彼氏を見つけている。俺としても少しは安心出来る」

「…………」

「変な事を言って済まなかったな。お詫びにこの自家製スイカを進呈するよ。持って帰ってくれ」

「ほんまに?」

「ああ」


 トウジはスイカ二個を加持から受け取った。戻る途中、何故スイカを持っているのか怪訝な目で見られたが、問われる事は無かった。

 部屋に戻り、スイカを割って塩を掛けてから食べだした。食べながら加持の話していた内容を振り返った。

 これから先、トウジはスイカを食べる時に加持の言葉を思い出すようになっていた。

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 弐号機と参号機に搭載するダミープラグの完成度を、少しでも上げようとアスカのシンクロテストが行われていた。


「やっぱりアスカのシンクロ率に低下の傾向が見られるわ」

「この前の使徒の時に何かあったのかしら? でも、これじゃあ肆号機パイロットの件は話せないわね」


 アスカに肆号機パイロットがヒカリだと話せば、アスカは動揺してシンクロ率はさらに下がるだろう事は予測出来た。

 この為、ミサトはアスカに対し、肆号機パイロットの事は話せないでいた。

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 二−A:教室

 授業の合間の休憩時間に、ヒカリとアスカは話しをしていた。最近はアスカとトウジの元気が無いのは、見ているだけで分かる。

 ネルフの機密情報を聞き出すつもりは無いが、二人の悩みが少しでも軽くなるように出来ればとヒカリは考えていた。


「アスカ、本当に最近は溜息ばっかりついておかしいわよ。鈴原もそう。何かあったの? あたしに出来る事は無いの?」

「……ヒカリ。心配してくれてありがとね。でも大丈夫よ。これはあたしの問題だから、あたしが何とかするから。

 トウジもそうよ。ヒカリが心配する事は無いわ。あたしがビシバシ扱いておくから、気にしないで良いわよ」

「そう……」


 アスカが最近悩んでいるのは、最初の使徒の時の流出ビデオを見てネルフが本当に信頼出来るのか疑心暗鬼に陥っていた事と、

 浅間山のマグマの中とディラックの海から助けてくれたのはシンジでは無いかと疑い、それを確かめる事が出来ないからであった。

 他にも厄が祓え無いとか、コウジと加持とこれからどう付き合っていけば良いかとかの悩みもある。ペンペンは癒しになっているが。

 だが、正直にヒカリに悩みを告げる訳にもいかない。自然とアスカの溜息が増えて、落ち込んでいるという雰囲気を漂わせていた。

 トウジは妹のチアキを助けてくれたのがシンジだと知り、自分の行ってきた事が正しかったのかを悩んでいた。

 だが、二人の悩みを知らないヒカリや他のクラスメートは、アスカとトウジが落ち込んでいる事でネルフで大きな問題が

 あったのでは無いかと密かに推測していた。

 ヒカリは親しい友人のアスカと、密かに想っているトウジの力になれればと思っている。

 だが、アスカがトウジを呼び捨てで呼んでいるのを聞くと、胸の奥に微かな痛みを感じていた。

 まだ自分はトウジを呼び捨てで呼べる関係にはなっていない。普通のクラスメートと同じく、苗字で呼ぶだけだ。

 昼の弁当こそ余り物で作ったという苦しい言い訳でトウジに渡していたが、それだけである。

 トウジの名を呼び捨てに出来るアスカに、ヒカリは羨望の念を覚えていたが、それを態度に出す事は無かった。

 他のクラスメートはそれぞれ雑談しており、教室内は騒がしい雰囲気だったが、いきなり全校一斉放送が行われた。


『二年A組の洞木ヒカリ。洞木ヒカリ。至急、校長室まで来るように。二年A組の………………』

「えっ!?」

「ヒカリ、何かやったの?」

「そんな……身に覚えは無いわよ」

「そうよね。ヒカリが呼び出しされるような事をするはずも無いわよね」

「あたし、行ってくるわ」


 アスカの心配顔を横目に、ヒカリは校長室に向かって行った。

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 ヒカリが校長室に入ると、リツコとマヤが応接セットに座って待っていた。ヒカリはリツコとは初対面だった。

 マヤとは居酒屋で同席した事はあるが、それでも少し話した程度だった。

 校長はリツコとマヤをネルフの技術部の人だと紹介した後、席を外した。

 残ったのはリツコ、マヤ、ヒカリの三人である。リツコは真剣な表情でヒカリを見つめて話し出した。


「初めまして。あたしはネルフ技術課長の赤木リツコよ」

「あたしはネルフ技術部の伊吹マヤです。一度は会っていますよね。今日はあなたに正式に要請があって来ました」

「……ネルフの技術部の人があたしに要請ですか?」

「ええ。単刀直入に言うけど、洞木ヒカリさん。あなたにEVA肆号機のパイロットとして、フィフスチルドレンに就く事を要請します」

「……パイロットって……それってアスカや鈴原と同じ!?」

「そうよ。アスカは弐号機、トウジ君は参号機、そしてあなたには肆号機のパイロットになって欲しいの」


 ヒカリの目と口は大きく開かれて、内容を理解するまでしばらく掛かった。あまりにも想像外だった内容だった為である。

 だが、理解し終わるとヒカリは顔を真っ赤にして抗議し始めた。


「無理です!! あたしに戦うなんて出来ません! 料理なら自信はありますけど、運動音痴なあたしにはパイロットは無理です。

 他の人を探して下さい!」

「駄目なの。マルドゥック機関というパイロットの選出機関が、あなたを選んだのよ。世界で五番目のEVAのパイロット。

 フィフスチルドレンとしてね。他の人を探す事なんか出来ないわ」

「そ、そんな!?」

「ニュースでも知っているとは思うけど、今のネルフは厳しい状況にあるわ。その皺寄せがアスカとトウジ君に掛かっているの。

 あなたがフィフスチルドレンになってEVAを動かせれば、アスカとトウジ君の負担は減るのよ。

 あたし達大人がフォロー出来れば良いんだけど、全部は無理なの。だからあなたに二人の負荷を軽くする事に協力して欲しいの」


 ネルフの厳しい状況の皺寄せがアスカとトウジに掛かっていると聞き、ヒカリは内心で動揺していた。

 最近の二人は雰囲気が暗く、何か悩んでいる事がはっきり分かる。自分がパイロットになれば、二人の負担を軽く出来ると言う。

 戦闘はおろか、相手を殴る事さえも自分は出来ないだろう事は分かっていた。でも、パイロットになればトウジの側に居られる。

 トウジを名前で呼ぶような関係にもなれるかも知れない。でも自分にパイロットなど務められるとは思えない。

 親の承諾も得られないだろう。でも、トウジの事を考えると、すんなり断る事も出来ない。

 ヒカリの乙女心は大きく揺れていた。そしてヒカリの動揺はリツコとマヤにも分かっていた。

 アスカと仲が良く、ヒカリがトウジを密かに想っている事は事前に調べてある。

 二人は良心に痛みを感じていたが、これも仕事と割り切ってヒカリがパイロットになるように誘導していった。

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 ケンスケはトウジを屋上に連れ出して、誰も聞いている人間が居ない事を確認するとトウジに質問を始めた。


「トウジ、EVAの肆号機が来るんだろう?」

「EVA肆号機やて? 何の事や?」

「アメリカで建造していた機体だ。完成したんだろう」

「知らんわ」

「守秘義務があるのは分かるけど、少しぐらいは良いだろう」

「知らんものは知らん」

「松代の第二実験場で起動試験をやるって噂が広まっているんだ。パイロットはまだ決まって無いんだろう。俺にやらしてくれないかな。

 トウジからも頼んでくれよ。どうしても俺はEVAに乗りたいんだ!」

「ほんまに知らんと言うちょろうに」

「じゃあ、伍号機が欠番になったと言うのは?」

「何やそれ?」

「本当に知らないのか? アメリカの第二支部ごと吹き飛んで、大騒ぎになったらしいけどさ」

「ほんまか? 何も聞いとらんが」

「……末端のパイロットが知らなくても良い事なのかな。変な事を聞いて悪かったな。忘れてくれよ」


 トウジが何も知らない事で、ケンスケは少し焦っていた。

 ケンスケは以前の盗撮騒ぎで、パソコンやデジタルカメラ等を全て持てない事になっている。

 今回の肆号機の件は父親の資料やパソコンを使って入手したものだ。十分な機密情報と言える。

 その自分がネルフの機密情報を知っている事がばれたらどうなるか? ケンスケは冷や汗をかいていた。

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 ケンスケは用事があると言って、そそくさと帰っていった。

 トウジは偶には一人で帰ろうとした時、ヒカリから声がかかり、二人で一緒に帰る事になった。


「ね、ねえ鈴原。パイロットって大変なの?」

「何や急に。まあ辛い事もあるけど、大事な人を守れるっちゅう事もあるんや。頑張るしか無いんや」

「……そう。アスカも同じなのかな?」

「分からん。アスカは子供の頃から訓練しているさかい、ワシより格闘技術は上や。でも、女子やしな。人に言えん事もあるやろな」

「……そうだよね」

「何や委員長は暗いな。何かあったんか?」

「え? 何も無いよ。ただ、聞いてみただけ」

「ほんまか? 委員長には何時も昼飯を作って貰っているさかい、その内にお礼でもせんとな」

「……そ、そのお弁当だけどさ、少し先に家の用事で学校を休む予定なのよ。その時はお弁当を作れなくなるけど」

「そうなんか。委員長の弁当は美味いから、残念やな」

「えっ? そうなの」

「ほんまや。学校休む時は仕方無いけど、また戻って来たら頼むわ」

「ええ。任せて」


 ヒカリはトウジと一緒に帰るのは初めてだった。以前にお弁当のお礼だと言って、アクションものの映画を見た事はあるが、

 何気ない下校途中が一緒だとトウジとの距離がさらに短くなったような気がしてきた。

 そこに、作ったお弁当が美味しいと聞かされ、ヒカリの胸が少し温かくなった。ヒカリの心の中にある決意が秘められていた。






To be continued...
(2012.03.03 初版)
(2012.07.08 改訂一版)


(あとがき)

 事故原因が32768通りって、16進数に直すと8000Hになりますよね。その数値にした理由があったんでしょうか?

 ソフト関連には馴染みがある数値でしたので、少し気になりました。

 フィフスはヒカリに決まりました。まあ、色々と事前に書きましたから、予測が出来たと思いますけど。

 マユミが初登場です。料理上手な女の子で孤児という設定にしています。



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