因果応報、その果てには

第四十二話

presented by えっくん様


 ネルフのEVA肆号機にS2機関が搭載されていない事の確認と、肆号機の起動試験に立ち会って欲しいとの要請が、

 日本政府から【HC】に正式に出されていた。

 そしてシンジから肆号機のパイロットが判明したとの連絡を受けた不知火は、ライアーンとシンジを集めて打ち合わせを行っていた。


「ネルフのアメリカ第一支部から、EVAの肆号機が日本に運び込まれる事になった。

 その時にうちが肆号機にS2機関が搭載されていない事を確認して、起動試験時に立ち会う事になっている。

 そして中佐から報告があったように、ネルフのパイロットが決まったそうだ。ネルフは相当急いでいるな」

「ネルフのアメリカ第二支部の消滅を見れば、さっさとEVAを放り出したいという気になるでしょうね。

 日本政府も暴走したS2機関を搭載していなければ良いという判断でしょう。

 確認と立会いにはアーシュライト課長が行くと伝えてある。指示は中佐からするように」

「待って下さい。肆号機には興味があります。ボクが行きますよ」

「大丈夫か? 何かあったら困るぞ」

「日本政府の職員も立ち会うのですから、ネルフも小細工は出来ないでしょう。

 それにS2機関が無ければ、ある程度の事故があっても大丈夫です。勿論、保安部から護衛メンバーは出して貰いますけど」

「分かった。保安部には私から連絡しておこう」


 肆号機にS2機関を搭載しているか否かを確認するには、それなりの設備と時間が掛かる。勿論、それなりの技術力が要求される。

 現時点でそれが可能なのはアーシュライトとシンジだけ。肆号機とパイロットに対する興味もあって、シンジは自分で行くつもりだ。

 機会があれば、パイロットのヒカリと話したいとも考えていた。

 日本政府職員も居るし、護衛メンバーも同行するので、危険に対する備えは十分だろう。

 肆号機の起動試験が終わっても、パイロットが素人の女の子という事もあり、戦力化出来るのはしばらく先になるだろうとの見込みから

 不知火とライアーンは肆号機の起動試験の事を重視していなかった。シンジも同じである。

 そんな事から軽く考えており、話題を肆号機から別の話しに切り替えた。


「そう言えば冬宮理事長から紹介があった女の子の料理の試食会は、今日だったな。中佐の太鼓判もあって楽しみだ」

「そうですね。中佐が絶賛する料理を試食出来るのは凄く楽しみですよ。でも、同居の話しはどうなった?」

「……同居の件は難航しています。試食の結果次第ですね」

「あの二人を説得させるのは一苦労するだろうが、頑張るんだな。上手くいけば、贅沢な食事環境になるんだろう」

「まあ、そうなんですけどね。それと相談ですけど、今日の試食会で司令の合格が出れば、日中は食堂で働いても良いですかね?

 ボクと同じ年で本当なら学校に行かせなくてはならないんですが、ここには学校は無いですからね」

「……学校か、そっちの問題もあったな。まあ食堂で働くのは構わないが、勉強を疎かにするのは認められんな」

「勉強に関しては、ミーシャとレイと同じように、ある程度はボクが面倒を見て、自己学習して貰うつもりですよ」

「それなら大丈夫だな。では今日の昼食を楽しみにしておく」

「そうですね。同居の件は何もフォローは出来ませんが、頑張って二人を説得して下さい」

「…………」


 ミーシャとレイにマユミの同居をどう認めさせるか、シンジの悩みは尽きる事は無かった。

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 昼食の混雑が一段落した後、【HC】の食堂の端の場所に山岸マユミの作った料理七人分が並べられていた。

 参加者は不知火、ライアーン、シンジ、セレナ、ナターシャ、ミーシャ、レイの七人である。

 料理は御飯と味噌汁をメインにした簡素な和食料理である。

 不知火とライアーンは面白そうな顔をして席に座った。この結果次第でマユミがこの食堂で働く事になる。

 セレナとナターシャは複雑そうな表情で席に座った。最近は料理の腕が上がっているにも関わらず、シンジが新しい料理人の試食の

 話しを持ってきたのだ。つもりシンジは二人の食事に不満があると言う訳だ。二人が面白く感じるはずも無かった。

 ミーシャとレイは不満顔を隠さずに席に座った。まだまだ料理上手とは言えないが、それでも上達しているのに、住み込みで新しい

 料理人と入れるとはどういうつもりなのか? しかも同い年の女の子だと言う。

 自分達には手を出さないのに、その新しい女の子に手を出そうと考えているのか?

 ミーシャとレイは二人で話し合って、どんな料理が出てきても駄目出しするつもりだった。

 シンジが位置につき、全員が席に座っているのを確認すると、目配せをしてマユミを呼び出した。


「彼女が冬宮理事長から紹介された山岸マユミさんです。ボクは一度は料理を食べていますので味は保証しますけど、

 一度皆に確認して貰った方が良いと考えて、この試食会を決めました。食事後に皆の意見を聞かせて下さい」

「山岸マユミです。心を込めてこの料理を作りました。皆さんの忌憚無い意見をお聞かせ下さい」


 マユミはそう言うと、皆に頭を下げた。不知火とライアーンは好意的に、女性四人は複雑そうな顔でマユミを見ていた。

 特にミーシャとレイの視線はマユミの顔と胸の周囲に集中していた。セレナは余裕たっぷりの状態だったが。

 こうして全員が箸をとった。食べ始めると、各人の表情が変わっていった。

 不知火とライアーンは単純な驚きと喜びを含めた表情に、セレナとナターシャは驚きの表情に、ミーシャとレイは驚きと悔しさが

 混じりあった表情になっていた。全員が何も言わずに黙々と食事を続け、食事後はマユミの淹れた日本茶を堪能した。


「君のような少女が、これほどの料理を作れるとは驚きだ。こちらから食堂に勤めてくれと御願いしたい」

「和食はレストランで偶に食べますが、さっきの料理とは雲泥の差がありますね。この料理をこの食堂で食べれるようになれば幸せです」

「……日本料理って極めればここまでの味が出せるものなのね。初めて知ったわ。今まで食べていたドイツ料理を超えているわ」

「……あたしの作るロシア料理は、ここまでの味は出せません。完敗です」

「……あたしの料理の腕はレイにも及ばないけど、この料理がずば抜けて美味しい事は分かるわ。こんな料理はあたしには無理だわ」

「……あたしの作る料理は、今食べた料理の足元にも及ばないわ。あたしはお兄ちゃんに捨てられるの?」

「そんな事は無いよ。レイの作る料理も十分美味しいよ。それに家族だろう。料理で捨てるとか言わないでよ」

「お兄ちゃん、大好き!」

「……えーと、ではあたしの料理は認められたと思って良いんでしょうか?」

「「「「「勿論!」」」」」  「「……勿論よ」」


 ミーシャとレイは一瞬反応が遅れたが、一応は試食した全員にマユミの料理が認められた。

 これによりマユミはシンジ達と同じマンションの部屋に住み込みで働く事になった。(日中は食堂で仕事)

 勉強の方もミーシャとレイと同じくシンジが面倒を見る事になった。残るはミーシャとレイの説得であった。

 マユミの引越しは明日と決まり、その日の夜にシンジはミーシャとレイの説得に努力する事になる。

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 夕食後、リビングでシンジはミーシャとレイにマユミの事を話し出した。


「彼女の両親は亡くなって、このままでは孤児院行きだそうだ。それにあの料理は捨てがたいだろう」

「……だからと言って、シン様が彼女を引き取る事は無いでしょう。何処かに住んで貰って、時間になったら来て貰えば済むはずです。

 それに住み込みになったら、着替えやお風呂の順番とかの問題が出てきます」

「……お兄ちゃん、考え直して! お姉ちゃんだって留守中に知らない女の子が増えるのは嫌だと思うに決まっているわ!

 それともお兄ちゃんは、お姉ちゃんをもう嫌いになったの!?」

「別にミーナの事を嫌いになった訳でも、忘れた訳でも無いさ。

 ミーナの部屋はそのままにしておいて、お客用に空けておいた部屋だったら良いんじゃ無いのかな」

「じゃあ、姉さんに聞いてみますか?」

「そうよ、お姉ちゃんの許可を取らないと!」

「ミーナには後でボクから話しておくよ。話しを戻すけど、彼女にはある気配がある。レイは気がつかなかった?」

「気配? 何の?」

「使徒の気配さ」

「「使徒の気配!?」」


 ミーシャとレイは驚いていた。純日本風のマユミと使徒が関連するなど、想像さえしていなかった事もある。

 シンジがマユミを引き取るのは、料理の腕もあるが、シンジが二人を差し置いてマユミに手を出そうと考えているのでは無いかという

 危惧があった。日本への印象を良くする為に送り込まれたと聞いていた事もあり、二人はマユミを警戒していた。

 だが、使徒絡みだと話しは変わる。二人の目に真剣さが篭っていた。


「彼女の経歴は冬宮理事長から貰って、裏付けも取ってある。不審な内容は無かった。でも、使徒の気配を薄っすらと漂わせている。

 彼女に洗脳された形跡は無いけど、でもおかしいだろう。だから手元に置いて、ユインを付きっ切りにして監視しておきたいんだ。

 でも、あからさまに避けちゃ駄目だよ。彼女は普通の女の子だ。記憶は操作された形跡は無い。身体の一部に使徒の気配があるだけさ」

「じゃあ、無意識のうちにセレナさんみたいに使徒細胞を摂取された可能性があるんですか?」

「そういう事。罠の可能性もあるけど、精神的には普通で身体だけ使徒の気配がするんて、放置も出来ないからね」

「……分かりました。彼女の同居に同意します。あたし達は普通に接していれば良いんですよね」

「頼むよ」


 これでマユミの住み込みの件は一段落とシンジは安心したが、ミーシャとレイの追及の手は緩まなかった。


「……一応確認しますけど、空き部屋にあるベットはシングルのままですよね。ダブルベットに変更はしませんよね」

「当然だよ」

「彼女のお風呂の順番はどうします?」

「ボクは一番最後で良いから、三人で相談して決めてくれる」

「お風呂から出てくる時の格好は…………」


 マユミを受け入れるとは決めたが、その受け入れ態勢に隙が無いようにと気を配るミーシャとレイであった。

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 シンジがマユミを引き取る事は、冬宮からクリスに報告され、クリスからナルセスに伝わっていた。

 ハンスが日本に派遣するメンバーの選考は最終段階に入っていたが、マユミの採用が決定されたのでハンスの選考作業は中止された。

 別に無理して北欧連合から日本に家政婦を派遣する必要は無い。シンジの食事を含む生活環境が維持出来れば良いのである。


「クリスから頼んでいた日本の組織で選抜していた女の子の採用が正式に決定した。ハンスには済まない事を頼んでしまったな」

「本人をどう説得するか悩んでいたくらいですから、この程度は何とも無いですよ。しかし、シンの周りには女の子が集まりますね。

 最近はヒルダもシンの事を聞いてくる事が少なくなりましたからね。親としては複雑な気持ちですよ」

「一時期はシンをヒルダの婿にとも考えたが、こうなると無理か?」

「そうですね。ヒルダが大きくなる前に、シンは誰かに捕まるでしょう。今はヒルダは友人との遊びの方が楽しいみたいですね。

 それはそうと、ネルフの状況はかなり悪化していますね。予定していた事とはいえ、少し憐れみを感じてしまいます」

「ああ。【HC】を設立してからネルフの費用請求は莫大な額になっている。

 今回のアメリカ第二支部の消滅でも、賠償費用がかなり発生する見込みだからな。さらにネルフの財政事情が悪化する。

 その補填を請求される各国の費用負担も限界に近づきつつある」

「【HC】支持の我が国と同盟国、友好国は良いですが、それ以外のネルフ支持国は悲惨な目になりそうですね。

 既に数ヶ国からネルフ支持から【HC】支持に変更したいと外務省に申し入れがあったそうです」

「そんなものは直ぐに却下だろう」

「勿論です。そんな風見鶏のような国は付き合う価値もありませんからね。外務省の職員も相手にしなかったそうです」

「……今までの規模のネルフの追加予算請求が後二回もあれば、各国の財政事情は極端に悪化する。

 そうなれば、負担が軽い我が国とその友好国に略奪目的の戦争を仕掛けてくるかも知れん。注意しなければな」

「流石に我が国と同盟国である中東連合に牙を向けるような馬鹿な国は無いでしょうが、その他の友好国はその可能性はありますね。

 万が一の時は、我が国の軍事支援が可能なような手続きをしておかないと、まずい事に為りかねません」

「そうだな。ミハイル経由で、それとなく首相に話して貰おうか。情勢が大きく動きそうだからな」


 事実、ネルフの追加予算請求を受けた国の財政は、少しずつ悪化していた。国連加盟国の約九割の国である。

 福祉関係や社会保障関係の費用を切り詰め、ネルフの求める予算を拠出したのだ。

 収入は現状維持か減額され、物価は段々と上がっていく。まさにその国の国民は生活が苦しくなっていくのを肌で感じていた。

 そしてネルフの追加予算請求を負担しない国々に対し、邪な視線を向けていた。

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 不知火財閥の総帥である不知火シンゴは、冬宮が選んだ山岸マユミがシンジに採用されたとの連絡を受けて安堵の溜息をついていた。

 自分が選抜した子では無く、冬宮が選抜した子だったが、残念には思っていない。まずはシンジの日本への印象を良くする事が目的だ。

 まずはその第一段階であるマユミの採用が決まった事は、朗報である。次の手も準備段階に入っている。

 シンゴは晩酌の酒を静かに飲みながら考えに耽った。


(しかし、シンジがあそこまで日本に冷淡だとは思わなかったな。確かに産まれた国ではあるが、育った国では無い。

 愛着を持つ理由が無かったからな。あの件の対応で日本を支援してくれたから、日本に愛着を持っていると勘違いしていた訳だ。

 だが、まだ手遅れにはなっていない。何としても日本の良さを理解して貰って、日本に好意を持つように誘導しなければな。

 それが日本の利益にもなる。日本の発展の為にも北欧連合との関係を深める事は絶対に必要だろう。

 騒がしいマスコミは少しは静かになった。うちにインサイダー取引の疑惑を向けてきたマスコミは真っ先に潰れたし、国税局も

 あのネルフの特別宣言以降は何も言って来なくなった。政治家や官僚の浄化も徐々に進んでいる。法曹界もそうだ。

 まだまだ大掃除する余地はかなりあるが、これは一度では無理だからな。

 少しでも住み易い日本にすれば、シンジの考えも変わるだろう。さて、食事と女の次はあれだな)


 シンジの意識改革の第二段が実現した時のシンジの驚く顔を想像し、シンゴはニヤリと笑っていた。

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 明後日に肆号機の起動試験を控えて、ヒカリは自室で考えに耽っていた。

 殴り合いなど出来ない為に、起動試験が終わったら射撃をメインにした訓練で検討するとリツコとマヤから説得された事と

 トウジへの想いからヒカリはパイロットになる事を承諾した。

 親はネルフが説得する事を条件に入れてあり、ヒカリの親はネルフの圧力に屈して、ヒカリがパイロットになる事を認めた。

 姉と妹には話していない。家族で知っているのは父親だけだ。

 明後日の朝にネルフから迎えが来る。姉と妹には学校行事と伝えてある。

 確かにEVAなんてものに乗るなんて怖いと思うが、それを乗り越えない事にはトウジに手は届かない。

 ぐずぐずしているとトウジがアスカに取られてしまうかもという考えもあった。

 やるしかないと決意を決めたヒカリは、寝不足にならないようにと早めにベットに横たわった。

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 アメリカの第一支部を出発したキャリアは、銀色のEVA肆号機を吊り下げて飛行していた。


「エクタ64より、ネオパン400。前方航路上に積乱雲を確認」

『ネオパン400、了解』


『ネオパン400より。積乱雲の気圧状態は問題無し。航路変更せずに、到着時間を遵守せよ』

「エクタ64、了解」


 管制官の指示を受けて、キャリアのパイロットは進路変更をせずに、機体を積乱雲に突入させた。

 激しい雨と雷が降り注ぐなか、キャリアはそのまま直進している。機体やEVA肆号機は激しい雨に晒された。

 積乱雲を抜けた後、EVA肆号機にあるものが寄生していたが、誰も気がつく事は無かった。

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 朝、アスカが出掛ける時には、ミサトも既に出掛ける準備を済ませていた。

 珍しいものを見て、雨でも降らなければ良いと思ったがアスカは口に出す事は無かった。


「そう言えば、松代でEVA肆号機の起動試験だっけ?」

「そうよ、これから出かけるわ。四日間ぐらいね。留守中は宜しくね」

「分かったわ」


 結局、肆号機のパイロットがアスカの友人のヒカリだと言う事を、ミサトはアスカに告げられなかった。

 アスカの気持ちを考えた為である。肆号機の起動試験が無事に終わったら、ゆっくりとアスカと話し合おうと持っていた。

 アスカにしても肆号機のパイロットは気になるが、起動試験を終わってから聞けば良いと考えていた。

 起動試験が失敗すれば、そのパイロットはお払い箱になる。ならば起動試験終了後でも構わないという考えだった。


 ケンスケは肆号機のパイロットの件でミサトに頼み込もうと、マンションの正面入り口で待ち構えていた。

 住所は知っていたが、一度も入った事が無い事とセキュリティがあって、部外者はマンション内に入れない為である。

 だが、ミサトは車で出掛けたので、ケンスケと会う事は無かった。

 アスカはケンスケに気が付いたので、他のルートを使って学校に向かった。

 結局、ケンスケはマンション入り口で待ち続け、不審者という通報を受けた警察官に職務質問される事になってしまった。

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 シンジのマンション

 ミーシャとレイは内心では考えるものがあったが、表面上はマユミを歓迎していた。

 一応、マユミは家政婦という立場だったが、同世代という事もあって二人はマユミを友人として扱った。

 料理を少しずつ教わっている事もあり、徐々にマユミと二人との関係も親密さを増していた。

 それと朝食にセレナとナターシャが同席するのは変わってはいない。二人がマユミの料理を食べたいと希望した事と、

 マユミを理由にセレナとナターシャを締め出すのも大人気ない対応だと思った事もある為だ。

 そんな経緯から、食事はマユミも一緒にとる事になっており、テーブルにはシンジを含めた六人が座っていた。


「今日からシン様は松代に行かれるんですよね」

「ああ。ネルフのEVAの検査と起動試験の立会いさ。二〜三日中には帰ってこれるかな。

 技術スタッフ三名は検査設備を積んだ大型トレーラーで現地に向かっている。

 ボクは緊急時にあったら直ぐに戻ってこれるように、VTOLで行くから」

「じゃあ、お兄ちゃん、お土産を期待しているわ」

「レイさん、遊びに行く訳じゃ無いんですから、お土産は無理なんじゃ無いですか?」

「そうなの?」

「約束は出来ないけど、チャンスがあれば何か買ってくるよ。希望はある?」

「じゃあ、お菓子」 「あたしはアクセサリー」 「あたしは宝石が良いわ」 「あたしは遠慮します」 「じゃあ、お漬物でも」

「……ま、まあ機会があればの話しだからね。忙しくてそのまま帰って来る場合は無理だからね」

「分かってますよ。あたしとレイでサンドイッチを作っておきました。お昼に食べて下さい」

「ありがとう」


 日本政府の職員と、【HC】の保安部も一緒に行くのだ。シンジの身の安全は保障されていると思っている。朝の長閑な光景だった。

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 学校の帰り道、人気の無い公園でアスカとヒカリは話していた。

 この時点でアスカは肆号機のパイロットがヒカリである事は知らない。

 ヒカリは肆号機の起動実験を控えて、アスカに聞きたい事があったのだ。


「アスカは鈴原と一緒に訓練しているのよね。訓練している時の鈴原はどうなの?」

「訓練の時のトウジ? まあ、最初の頃から比べると大分上達してけど、まだまだよ。組み手であたしには勝てないもの」

「……アスカは鈴原の事を名字じゃ無くて名前で呼んでいるのよね。やっぱり、同じパイロットだと親密になるのよね」

「ドイツじゃ、ある程度親しい友人は全て名前で呼んでいるのよ。だから、ヒカリの事も名前で呼んでいるのよ。

 ヒカリはトウジの事を名字で呼んでいるけど、名前で呼ぶようにしたら良いじゃ無い。付き合いは長いんでしょ」


 アスカはヒカリがトウジに好意を寄せている事は知っている。

 そのヒカリがトウジの事を名前で呼ばすに名字で呼んでいる事に違和感を感じていた。

 まあ、ドイツと日本ではそこら辺の習慣が違うのは分かるが、そこまで遠慮する内容かとアスカは考えていた。


「そ、そんな、まだあたしじゃ鈴原の事は名前じゃ呼べないよ!」

「そこまで考える事じゃ無いと思うけどね。一つ聞いて良い? あの熱血馬鹿のどこが言い訳なの?」


 アスカの質問を聞いたヒカリの頬が赤く染まり、恥かしそうに俯いた。そして小さい声だが、はっきりと答えた。


「優しいところかな」


 ヒカリの答えを聞いたアスカは、しばらくの間何も話す事も出来ずに固まっていた。

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 松代の支部へ向かう大型車両に、リツコとミサトが乗っていた。ミサトは気掛かりな事があって、少々欝気味であったが。


「じゃあ、アスカはまだ知らないの?」

「中々、話すきっかけがね。怖いのよ、時々何を考えているか分かんないし」

「しっかりしなさい。自分で保護者役を買ってでたんじゃない」

「そうなんだけどね。……で、彼女は何時呼ぶの?」

「準備も色々とあるし、明日になるわね。今日は受け入れと【HC】のS2機関の搭載確認作業がメインになるわ。

 平行して、起動実験の準備は進めておくけど」

「はあ、また【HC】なの。どこにでもあいつらは出しゃばってくるわね」

「今回はアーシュライトって言う、ロックフォード財団から派遣された技術者だそうよ。ミサトの嫌いな中佐は出てこないみたいね」

「嫌いじゃ無いわ。うざったいだけよ」


 ミサトの本心だった。ミサト自身、若くして作戦課長の役職に就いている。(一時期は作戦立案主任とか作戦部係長だったが)

 年配の部下が自分を胡散臭そうに見ているのは知っていた。

 だが、才能があれば年齢には関係無く役職に就いて、指揮するのは当然だと思っていた。自分の才能を誇っていた為である。

 ところがシンジは自分より遥かに年少で、組織は違うが役職と階級はミサトの上だ。

 自分が年配の部下を指揮するのは当然と思っても、自分が年少の上級者の言う事を聞くのは、ミサトは我慢出来なかった。

 中東連合では捕虜の姿を見られており、レイプ寸前に助けられた後でハンカチを貰った記憶もある。

 そしてシンジからは散々能無し呼ばわりされてきた。その為にミサトのシンジに対する感情は複雑だった。

 理性ではシンジの言う事を聞くべきだと思っても、感情はそれを認めていない。

 自然と口も悪くなり、対応も雑になった。最近はシンジとの接点は減ってはいるが、皆無では無い。

 シンジの存在はミサトの精神衛生上、極めて悪い存在となっていた。

 今回、【HC】からはアーシュライトを派遣すると連絡があった。その後、シンジに変わった事は連絡を受けていない。

 この事はミサト、しいてはネルフ全体に少なくない影響を出す事になる。

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 遅れる事二時間、肆号機を搭載したキャリアはやっとミサトとリツコの前に姿を現した。

 待ちくたびれたミサトの目は限界まで細められている。


「ようやくお出ましか。あたしをここまで待たせた男は初めてよ」

「デートの時は、待たずにさっさと帰ってたんでしょう」


 リツコの突っ込みにミサトは答える事は無かった。

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 ネルフ:加持の部屋

 コウジが自分を大切にしてくれていると感じているが、アスカは加持への想いも断ち切れなかった。

 偶には加持に甘えて過ごすのも良いかと考え、アスカは気合を入れて加持の部屋に入った。


「加持さん!」

「アスカか。今は忙しいんだ。後にしてくれ」


 加持は振り向く事無く、端末に集中していた。

(ミサトには会っているのに)

 アスカは内心の不満を抑えて、笑顔を作って加持に抱きついた。

 加持の前にある画面のデータがアスカの目に入ってきた。


「こ、こら。今は駄目だ」

「これは、あたし達のシンクロデータよね。えっ……五人目? どういう事なの!? ヒカリが肆号機のパイロットだって言うの!?

 家の用事で明日から学校を休むって聞いていたけど、ヒカリは松代に行っているの!?」


 アスカはパニック状態だった。そのアスカを加持は冷静な目で見つめていた。

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 肆号機は第二実験場の地下仮設ケイジに搬入された。

 これから【HC】のS2機関の搭載確認検査を受けてから、正式にネルフ本部に引き渡される事になる予定だ。

 既に【HC】の職員は検査設備の搬入を行っていると言う。

 【HC】の検査の時はリツコとミサトは立ち会う予定なので、二人は地下仮設ケイジに向かった。

 そこには日本政府から派遣された職員三名とシンジを含めた【HC】の技術スタッフ四名が待っていた。


「な、何で中佐が此処に!? アーシュライトという人が来られると聞いていましたが?」

「肆号機を見てみたいと思いまして、変わって貰いました。別に検査だけで、肆号機に変な事はしませんよ。

 その確認の為に赤木博士は検査に立ち会うんでしょう」

「え、ええ」

「零号機と初号機の違いははっきり分かっていますから、S2機関がどんなものかは分かっています。

 肆号機の内部を撮影して分析するだけですから、検査時間は約一時間を予定しています。早速、検査を始めますけど良いですか?」

「どうぞ」


 リツコの承諾を得た後、シンジは検査設備を動かして肆号機のスキャニングを始めた。

 肆号機には何も触れる事無く、検査は進んでいった。その様子をリツコとミサトは黙って見ていた。

 一時間後、検査が終わったのか、シンジは日本政府職員と一緒にリツコのところにやって来た。


「ロックフォード博士の検査で、肆号機にS2機関が無い事が分かりました。日本政府として肆号機のネルフ受け入れを認めます」


 日本政府の職員がリツコとミサトに告げた。これで肆号機の管轄はネルフに移り、リツコ達は起動試験の準備に入る事になる。


「ありがとうございます。これから起動実験の準備を始めますので、ここから退去して下さい。

 立ち会う時の部屋は用意しておきますので、明日の朝にまた来て下さい」

「はい。分かりました」

「ちょっと待って下さい。S2機関が無い事は確かに確認しました。

 ですが、肆号機から感じる雰囲気が零号機や初号機とかなり違います。もう少し確認させて貰えませんか?」

「お断りします。肆号機の起動試験のスケジュールは決められていますので、これから早速準備に入ります。

 S2機関が搭載されていないと分かった以上、これ以上の検査をする必要性を認めません」

「分かりました。では、肆号機のパイロットと話しがしたいのですが」

「……パイロットは明日にならないと此処には来ません」

「では、明日の起動試験前に時間を取って貰えますか」

「…お断りします。最初の起動試験ですから細心の注意を払う必要があります。パイロットに余計な負担を掛けたくありません。

 面会は起動試験終了後にして下さい」

「……分かりました。一応確認しますけど、本人の同意は取っているんでしょうね。既にネルフには強制徴集権限はありません。

 万が一の時のリスクも説明してあるんですよね? 適当な事を言って誘導したなんて事はありませんよね?」

「……勿論です」

「分かりました。では、『洞木ヒカリ』さんには頑張ってと伝えて下さい。では明日の朝にまた来ます」


 機密であるはずのフィフスチルドレンの名前をシンジが言った事で、リツコとミサトは内心で動揺したが態度に出す事は無かった。

 平然を装う二人を尻目に、日本政府の職員とシンジ達は松代で予約したホテルに向かった。

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 松代:第二実験場:中央統括指揮車

 肆号機はアメリカ第一支部で建造されていた事もあり、起動試験はアメリカ支部の技術スタッフが仕切っていた。

 日本の本部からリツコを含めて数人の技術スタッフが同席していたが、出番はこの起動試験が無事に終了してからになる。

 リツコはアメリカ支部の技術スタッフの動きを静かに見つめていた。


「これだと直ぐにでも実戦が可能だわ」

「……そう。良かったわね」

「気の無い返事ね。EVAが三機も直轄の部隊に出来るのよ。その気になれば世界の半分くらいを滅ぼす事も可能になるわ」

「本気で言ってんの? あの【HC】が黙っている訳無いでしょう。それにあの子達が世界の滅亡なんかに協力しないわよ。

 それに洞木さんを一人前にするのに、どれくらいの時間が掛かるかも予想出来ないわよ」

「……それもそうね。それにしてもアメリカ支部のスタッフは優秀ね。これなら安心して見ていられるわ」

「S2機関が無いのは【HC】が確認してあるから、第二支部の二の舞は無いわよね」

「そうね。そろそろ起動試験が始まるわね。中佐達は部屋で待機しているわ」

「じゃあ、あたしはそろそろ到着する彼女を迎えに行ってくるわ」

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 日本政府の職員とシンジは、ネルフが準備した部屋で待機していた。ソファと大型モニタがあるだけの質素な部屋である。

 急ごしらえで造られていたが、空調とトイレと給湯室は備え付けられており、起動試験をここから立ち会うつもりである。

 今回、特に何かをするつもりは無く、ただ起動試験を見守るだけだ。

 肆号機から感じる雰囲気が零号機と初号機と違うと感じたが、検査をネルフに拒否されては何もする事は出来ない。

 シンジ達はコーヒーを飲みながら、モニタに映し出されている起動試験準備の様子を眺めていた。

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 フィフスチルドレンのヒカリが到着したらしく、エントリープラグが肆号機に挿入された。

 次々と起動処理が進んで行き、絶対境界線を突破した時に異変が起きた。

 肆号機の目が光って、警報が鳴り響いた。咄嗟にリツコは判断して指示を出した。


「実験中止! 回路切断!」


 肆号機へのケーブルが爆破切断されたが、肆号機は動きを止める事は無かった。


『駄目です! 体内に高エネルギー反応』

「まさか!?」


 その時、リツコの目にはEVAにはありえない粘糸のような物が見えた。それらから推測される事にリツコは愕然とした。


「使徒!?」


 次の瞬間、肆号機は咆哮して巨大な爆発が発生。爆風が実験施設を吹き飛ばした。

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 ネルフ:発令所

 肆号機の起動試験中に爆発事故が発生したとの連絡が入り、発令所は大騒ぎになっていた。


「松代にて爆発事故発生!」

「被害不明」

「第三部隊を直ちに派遣! 戦自と【HC】が介入する前に全て処理しろ!」

「了解」

「事故現場に未確認移動物体を発見。パターンはオレンジ。使徒とは確認出来ません」

「第一種戦闘配置」

「総員、第一種戦闘配置!」

「地対地戦用意!」

「EVA全機の発進。迎撃地点に緊急配置」


 ネルフは対使徒戦の準備態勢になっていた。だが、シンジが事故に巻き込まれた事は、誰も知らなかった。

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 衛星軌道上からの監視システムにより、【HC】でも松代の爆発事故が発生していた事は把握していた。

 初号機のパイロットであり、キーパーソンであるシンジが松代に居るのだ。

 万が一でもシンジが負傷すれば、使徒戦に悪影響を及ばす事は容易に想像出来た。

 不知火はシンジを含む派遣メンバーの安否確認を最優先にしていた。


「ワルキューレ全機を緊急発進! 松代の上空で待機させろ。

 それと機動歩兵とヘリ部隊は速やかに松代へ向かい、派遣メンバーの救出作業に入れ! 戦自にも応援を依頼しろ!

 まだ松代から連絡は無いのか!?」

「駄目です。ネルフの松代支部も混乱しており、こちらの問い合わせに一切応じません。

 ロックフォード博士の携帯電話のGPS反応は無し。博士の安否の確認は出来ません」

「くっ。こうなると分かっていれば、松代に行かせなかったものを! とにかく、急いで救出チームを松代に派遣しろ!」

「は、はい!」


 レイは戦闘指揮所の片隅でミーシャと一緒に状況を聞いていた。

 確かにシンジの事は心配だが、零号機で松代には行けないし、この程度でシンジが死ぬなどとは考えてはいない。

 今はシンジからの連絡を待つべきだと二人は考えて、不安を抑えながらも静かに二人で寄り添っていた。

***********************************

 シンジは吹き飛ばされた衝撃で気を失っていたが、右足からの激痛を感じて意識を取り戻した。

 起動試験時に警報が鳴り響いた瞬間、悪寒を感じて咄嗟にシールドを張ったのだが、爆発の衝撃はシールド強度を上回っていた。

 周囲を見ると血塗れの死体とプレハブの瓦礫が散乱していた。日本政府から派遣された職員と、【HC】の技術スタッフは全滅だ。

 シンジは右足が複雑骨折していて今も出血している。左手からも鈍い痛みを感じている。

 身体のあちこちから出血しているが、右足以外はさほど重傷では無い。

 状況を把握したシンジは右足の止血を行い、髪の毛を硬化させて自分のツボに刺して局部麻酔の処理を行った。


(……シールドを張らなかったらボクも死んでいたな。待機部屋がプレハブ小屋だったから、爆風をもろに受けてあっさりと壊れた。

 頑丈に造ってあれば、もう少しは被害は少なかっただろうに……ボク以外の待機メンバーは全滅か。

 しかし何が原因なんだ? ……この爆発の原因を絶対に探し出して、思い知らせてくれる!)


 シンジの左目が赤く輝いた。シンジの脳裏には爆発事故があった場所と、ゆっくりと歩いていく肆号機の姿が浮かび上がっていた。


(……松代の実験施設も手酷い被害を受けたのか。ネルフの仕業じゃ無いって事なのか?

 それで肆号機は……電源無しで稼動しているのか? 何故? ……まさか使徒なのか!?)


 シンジの目は大きく開かれた。まさか肆号機の雰囲気に違和感を感じたのは、使徒が寄生していたからなのかと推測した。

 それならば納得出来た。リツコが肆号機の起動実験のスケジュールを優先して、詳細検査を断ったりしなければと思ったが後の祭りだ。

 そして今後の対応を考え出した。


(キャリアが無いから零号機の出撃は無理だな。ボクはこのざまだ。止血はしたけど、右足と左手が骨折か。右足がかなり重傷だ。

 身体の至る所に裂傷もあるから、早めに治療をする必要がある。全身打撲状態だ。

 ……無理すれば初号機に乗れなくも無いが、今回の不始末はネルフにやらせる。

 弐号機と参号機がどうなっても知った事か! どうなってもネルフの責任だ。二機が負ければ初号機の全力で使徒を叩き潰す!

 その時にはネルフにボクの怒りを思い知らせてくれる! ……でも、その前にここから出ないとな。

 救出チームは動いているけど、ここまで手が回るには時間が掛かるだろう。基地に連絡をしなければな)


 ここから【HC】基地とは距離があり、ミーシャとレイへの念話は使えない。携帯電話は壊れて使えない。

 亜空間転送で医療設備が整ったところに移動するのもまずい。

 極限の状況ならともかく、生命維持に問題が無いなら機密は守るべきだとの理由から、救出チームを待つ事にした。

 シンジは左目を使って、思考内容を文字化したメッセージを不知火に送った。

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 緊急呼び出しを受けたアスカは、エントリープラグに乗ってから状況の説明を受けていた。


『松代で肆号機が事故を起こしたらしい』

「……肆号機が事故!? パイロットはどうなったの!? リツコやミサトは!?」

『肆号機のパイロットの事は不明だけど、赤木博士や葛城さんの事なら、本部の救出部隊が向かったから大丈夫だ』

「…………」

『現在は六分儀司令が直接指揮を執っている』

「六分儀司令の指揮なの」


 肆号機が事故を起こしたと聞いて、アスカはヒカリの事を案じていた。だが、使徒が出たとなれば、まずは使徒の殲滅が優先される。

 ヒカリの事は心配だが、まずは使徒を倒す事だ。アスカは気持ちを切り替えていた。

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 ネルフ:発令所

 肆号機の情報をネルフは全力をあげて収集していた。そして現在の肆号機の位置を特定した。


「野辺山で映像を捉えました。モニターに回します」


 大型モニタには道路に沿って、ゆっくりと歩いている肆号機の姿が映し出されている。

 電源ケーブルは無く、本来なら一歩も歩けないはずの肆号機が歩みを止める事は無かった。それは冬月にある事を確信させた。


「……やはりか」

「活動停止信号を発信。エントリープラグを強制射出」


 ゲンドウの命令で肆号機のエントリープラグが強制射出されようとしたが、白い不気味な粘糸がエントリープラグの射出を妨害した。


「駄目です。停止信号、及びプラグ排出コードを認識しません」

「……パイロットは?」

「呼吸と心拍の反応はありますが、意識不明のようです」

「……EVA肆号機を現時刻をもって破棄。目標を第十三使徒と識別する」

「しかし……」

「予定通り、野辺山で戦線を展開。目標を撃破しろ!」


 使徒がEVAに寄生するタイプだったかをゲンドウが知っていたかは不明だ。だが、ゲンドウは躊躇う事無く肆号機を使徒と断定した。

 ネルフの目的が使徒を倒す事なので、それは当然の事だ。だが、何も知らない十四歳の女の子をパイロットに選んだ責任は免れない。

 ゲンドウの命令を聞いたアスカは激しく動揺していた。

***********************************

 不知火はシンジからのメールを受けていた。重傷だが取り敢えずは命を繋ぎとめているのだ。

 一安心した不知火は松代に向かっている救出部隊に、その事を直ぐに連絡した。


「そうだ、ロックフォード中佐は重傷だが生きている。携帯電話は壊れてGPS機能は使えないが、G28のビーコンが目印だ。

 そこに急行しろ。ネルフの救出部隊より先に中佐を救出するんだ。中佐を収容後は要員の半分は至急基地に戻れ。

 残りの半数は他の職員の収容だ。とにかく急げ! 基地の病院は中佐の治療準備だ。輸血の態勢を整えておけ」


 シンジからのメールには、重傷だが生きていると書かれているだけだった。

 それでもメールが送れるくらいなら大丈夫だろう。聞いていたミーシャとレイは安堵の溜息をついていた。


「今回、使徒の迎撃はネルフにやらせる。もしネルフのEVAが敗れた場合は、初号機が出撃する。まずは中佐の治療が最優先だ」

「待って下さい。重傷のお兄ちゃんを出撃させるんですか!?」

「中佐の意思だ。ネルフが自らの不始末処理が出来れば良いが、出来なかった場合は初号機が使徒を殲滅する。

 手加減は一切しないそうだ。あれは相当、怒っているとみえる」

「……お兄ちゃん」

「まずは回収後の治療が最優先だ。その後は頼む」

「はい」


 ミーシャとレイは救出部隊が到着するであろうヘリポートで待機する事にした。

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 シンジの左目の発信するビーコンを元に、不知火の派遣した救出部隊はシンジを発見した。

 すぐさまシンジはストレッチャーに乗せられ、ヘリで【HC】基地に戻ってきた。

 ヘリポートにはミーシャとレイが待っていた。二人はシンジの姿を見て、大きな声をあげた。


「シン様の右足が!?」 「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「心配掛けてごめんね。命に別状は無いよ。取り敢えずは治療を優先するから」


 シンジは基地内の病院に直ぐに運び込まれて、治療が始められた。ミーシャとレイは心配そうにシンジを見守った。

 右足は複雑骨折であり、完治まではかなりの時間が掛かる。その間は松葉杖か車椅子を使用する事になる。

 そして骨折した左手には添え木をつけ、包帯が頑丈に巻かれた。身体のあちこちにある傷も丁寧に消毒され、処理が行われていった。

 その治療をシンジは目を瞑って受けていた。眠っていた訳では無い。治療中も左目を使って、状況を確認していた。


(弐号機と参号機は分散して迎撃か。電源の手配が出来ずに戦力の集中が出来ないとは、各個撃破されるだけだろうに。

 参号機が先陣で、弐号機は後詰めか。さて、ネルフが使徒を倒せるのか。今までネルフが倒せた使徒は停電の時の使徒だけだ。

 あれは偶然と言っても良い。今回はそんなチャンスがあるとは思えない。

 まだ距離があるから時間的余裕はあるけど、出撃を考えていた方が無難だな)


 応急処理が終わったシンジは車椅子に乗り、ミーシャに押されながらレイと一緒に戦闘指揮所に向かった。

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 車椅子に乗ったシンジ達が戦闘指揮所に入った時は、そろそろ参号機が使徒と接触するというところだった。

 シンジは目と鼻と口を除いた全部に包帯が巻かれていた。左手には添え木が当てられて包帯で首から吊っている。

 普通なら一目でシンジとは分からないだろう。唯一、左目が紫色だと言うのがシンジだと証明するものになる。

 不知火とライアーンは入室してきたシンジを間違う事は無かった。


「中佐、無理はしなくて良い。病室で休んでいたまえ」

「いざとなればN2爆弾の集中爆撃を行って、零号機で止めをさして貰いますから、無理して初号機を出撃させる事は考えなくても良い」

「心配を掛けて申し訳ありません。右足が複雑骨折したので局部麻酔が掛かっていますけど、ネルフが敗退した時は出撃します。

 ボクをこんな目に遭わせてくれた使徒を、このまま放置する訳にはいきませんからね。

 ネルフもです。しっかりと報いは受けて貰います」

「……分かった」

「ネルフと回線を繋いで下さい。話したい事があります」

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 まもなく参号機が使徒に接触しようとする時、固唾を呑んで大型モニターに見入っているゲンドウと冬月に連絡が入ってきた。


「司令。【HC】から通信が入っています」

「切れ」

「……ロックフォード博士からですが、宜しいのですか?」

「……繋げろ」


 大型モニタにシンジの上半身が映し出された。もっとも、ほとんどが包帯で覆われている。

 唯一、左目の色が違う事でシンジだと識別出来る。そのシンジの姿を見て、ゲンドウは眉を顰めた。


「その姿はどうした? 何の用だ?」

『肆号機のS2機関の検査はボクが行った。確かにS2機関が無い事は確認した。

 だけど肆号機からは何か違和感を感じて、赤木博士に肆号機の詳細検査をさせてくれと頼んだけど却下された。その結末がこれだ。

 まさか使徒が寄生しているとはね。

 ネルフが用意したバラック小屋ごと吹き飛ばされて、ボクの右足は複雑骨折で左手も骨折している。その他にも打撲が酷い。

 ついさっき、救出されて基地に戻ってきたところだ。因みにボク以外の派遣メンバーは全員が死亡だ。

 この使徒戦が終わったらネルフの責任を徹底的に追及する。覚悟するんだな』


 ゲンドウにとって、シンジが肆号機の事故に巻き込まれた事は予想外の出来事だった。しかも右足を複雑骨折した重傷だと言う。

 シンジの言葉が異様に冷たいのがはっきり分かった。このままシンジのペースでいくと、今までの報復とは比較にならない程の災難が

 待ち構えているだろう事は容易に想像出来た。ゲンドウは自分が冷や汗をかいているのを自覚しながら、ネルフの言い分を主張した。


「これは事故だ」

『確かに肆号機に使徒が寄生されていたなんて、普通に考えれば不可抗力だろう。でもネルフは使徒の情報を知っていると言ってたな。

 つまりネルフは肆号機に使徒が寄生する事を知っていたんだろう』

「松代支部と本部からの派遣メンバーも被害を受けている。濡れ衣だ」

『冷徹なネルフ司令なら、その情報を隠して部下を平然と犠牲にするだろう。それ以外にも、赤木博士がボクが頼んだ追加検査を拒んだ事

 や用意された待機部屋がバラックだった事、それらも後でじっくりと追及する。こちらが被害を受けたのは事実だからな』

「…………」

『弐号機と参号機が敗退した場合は、ボクが初号機で出撃する。

 その時、第三新東京のネルフの施設が、徹底的に破壊されないという保証は一切出来ない事を先に通達しておく』

「その身体で出撃すると言うのか?」

『お前に心配される筋合いは無い。ネルフが自分の不手際を自分で処理出来ないなら、存在自体が不要だ。覚悟しておくんだな。

 そろそろ参号機が使徒と接触する。ネルフのお手並みを拝見させて貰う』


 そう言ってシンジからの通信は切られた。ゲンドウは顔には出さないが、背中に冷や汗をかいているのを自覚していた。

 シンジの目は本気だった。もし初号機が出撃するような事になれば、使徒を攻撃する傍らで徹底的にネルフ施設を破壊し尽すだろう。

 それを止める手段はネルフには無く、使徒を倒すという建前からは抗議すらも出来なくなる。

 最悪の場合はジオフロントはおろか、セントラルドグマやターミナルドグマにも被害が出る可能性があった。

 そうなれば補完計画は全て水泡に帰してしまう。そんな事はゲンドウにとって認められなかった。

***********************************

 参号機は弐号機よりも使徒に近いポイントに配置されていた。

 第三新東京から離れている為、設備が間に合わずに二機の同時電源供給が出来ないのである。

 夕陽をバックにゆっくりと歩いている肆号機を見て、トウジは身震いしていた。

 トウジの参戦履歴は、浅間山と停電の時の二回だけであり、それ以外は全て待機だけだ。つまりは経験不足だ。

 こうやって使徒とじっくり向き合う事は無かった。敵は肆号機。起動試験時に使徒に乗っ取られ、第三新東京に向かっている。

 パイロットは同世代の人間だろうが、見知らぬ人間の心配をするよりは、これに負けたらサードインパクトが起きる事の方が心配だ。

 そうなれば大事な妹も死んでしまうと考えて、トウジは肆号機を攻撃する事に躊躇いは無かった。

 ネルフのスタッフもその辺りの事は考えており、トウジに肆号機のパイロットの事は一切伝えていなかった。


 トウジは使徒をやり過ごし、背後から射撃しようと身構えた。以前のトウジなら背後から襲うなんて卑怯だと言っていたろうが、

 背後から襲うのは卑怯では無くて戦術だとミサトから教わっていた事が影響している。

 トウジがパレットライフルの引き金を引こうとした瞬間、視界から肆号機が消えた。


「何っ!? どこに行ったんや!? ぐっ!!」


 肆号機はいきなりジャンプした事でトウジの視界から外れていた。そしてジャンプした肆号機は、そのまま跳んで参号機を組み敷いた。

 その衝撃でトウジは慌てたが、使徒の行動は止まらない。肆号機の腕から粘液性の粘糸が参号機を侵食していった。

 参号機が侵食された事で、トウジは激痛と激しい悪寒を感じていた。その時、聞き覚えのある微かな声が聞こえてきた。


『鈴原』

「そ、その声は委員長かっ!? 何で委員長の声がっ!? ま、まさか肆号機におるんは委員長なんかっ!?」


 トウジは侵食された事による激痛と悪寒、そして肆号機に乗っているのがヒカリかもという疑惑に捕らわれパニック状態になっていた。

***********************************

 ネルフ:発令所

 肆号機に寄生した使徒から参号機が侵食を受けている状況は、発令所でも確認されていた。


「肆号機のパイロットですが、一瞬意識が戻りましたが、現在は意識を失っている状態です。

 参号機の左腕に使徒が侵入。神経節が使徒に侵食されつつあります」

「左腕を強制切断。急げ!」

「しかし神経接続を解除しないと」

「切断だ!」

「はい」


 EVAのパイロットはシンクロしていると、EVAの損傷がダイレクトにフィードバックされて痛みを感じる。

 本来なら強制切断は神経接続を解除してからすべき内容だが、その間にも使徒からの侵食は進んでしまう。

 パイロットに与える苦痛を軽減する事を選ぶか、パイロットに与える苦痛を無視しても参号機の安全性を確保するかの二択。

 ゲンドウはパイロットの苦痛を無視して、参号機の安全性を確保する事を選択した。


 マヤの操作で参号機の左腕が神経接続されている状態で爆破し、切り離された。

 その衝撃で肆号機は参号機から離れ、興味を失ったのか、再び歩き始めた。


 神経接続が繋がった状態で参号機の左腕を切り離された事で、言葉に言い表せないほどの激痛がトウジを襲った。

 ある意味、生きた人間の左腕を力ずくで引き抜くようなものだ。

 エントリープラグの中でトウジは激痛にのた打ち回るが、痛みが止む事は無かった。参号機は戦闘能力を失い、戦線を離脱した。


「参号機、中破。パイロット負傷」


 マヤの報告が空しく発令所に響いていた。

***********************************

 参号機が使徒に敗退した事は、【HC】の戦闘指揮所でも確認出来ていた。

 ネルフとは違って音声は入っておらず、衛星軌道上からの撮影映像と、無人偵察機からの撮影映像での確認だ。


「やはり参号機には無理だったか。しかし、戦力を集中せずに分散配置をせざるを得なかったという訳か。

 設備の整備を第三新東京に集中した結果だな」

「ええ。これでは各個撃破される可能性が高い。弐号機の戦闘能力は参号機よりは上でしょうが、あの使徒に対抗出来るかどうか」

「それに使徒に寄生された肆号機のパイロットは、参号機と弐号機のパイロットとかなり親しい間柄です。

 それを弐号機パイロットが知っているかは分かりませんが、知っていたなら戦闘意欲は激減するでしょうね」

「……十四歳の子供に、親しい友人を殺させるのか」

「殺さなければ、殺されるだけ。そこまでの踏ん切りが弐号機パイロットに出来るかは分かりません。

 仮に出来たとしても、弐号機の戦闘能力が使徒に劣れば、弐号機が負けるだけです。

 弐号機が負けた場合には初号機で出撃しますが、出撃タイミングはボクが決めます。良いですよね?」

「中佐、ネルフ本部を徹底的に破壊すると言うのは本気なのか?」

「使徒への攻撃が逸れて、ネルフ施設が破壊されるのは仕方の無い事でしょう。

 ボクは重傷です。何時も以上に照準がずれる可能性はあります」

「……中佐なら肆号機のパイロットを救出出来ないのか?」

「無理です。EVAに寄生する使徒ですから、どこまで破壊すれば使徒が消滅するか、その判断がつきません。

 接触しないで、使徒反応が無くなるまで徹底的に破壊しないと使徒が生き残る可能性もあります。万が一にも使徒の細胞が生き残って、

 初号機が使徒に乗っ取られたら、それこそ破滅ですよ。そんなリスクを冒せとおっしゃいますか?」

「済まなかった。ただ、何も知らない十四歳の女の子を犠牲にするには忍びないと思ってな」

「それはボクも同じです。ですが、彼女を助ける為に破滅のリスクを冒す必要性があるとは思えません。

 運良く助けられる可能性も残っていますが、楽観すべきでは無いでしょう。

 ボクは何処かの首相のように、一個人の生命は地球より重いだなんて思いません。最悪の時は見殺しにします。いえ、ボクが殺します」

「重ねて言うが、済まなかった。戦場に人道主義を持ち込む事自体が、馬鹿らしい事だからな。愚か者はそれで死ぬだけだ。

 分かった。初号機の出撃は全て君の判断で行いたまえ」


 既に参号機は敗退した。これで弐号機までも敗退した時、初号機が出撃する事になる。

 シンジは重傷だが多少の無理は出来るので、初号機で使徒を倒す事は可能だと判断していた。

 それはヒカリの命も尽きるという事を意味している。

 ゆっくりと歩いている肆号機を、複雑な表情でシンジはじっと見つめていた。

***********************************

 アスカは肆号機のパイロットはヒカリであると言う事を知っていた。

 そして参号機が為すすべも無く肆号機、いや使徒に敗退した事も見ていた。ネルフに残された戦力は弐号機のみだ。

 アスカは軍事教練を受けており、戦場では非常に徹するべしと教育を受けている。だが、まだ十四歳の女の子だ。

 親しい友人のヒカリを躊躇う事無く殺す事など出来はしない。この辺は普通の女の子と同じ感性だ。世の中はこれが普通だろう。

 だが、戦場で普通の感性を出していては、死ぬだけだと言う事も理解していた。アスカはジレンマを感じていた。

 そしてそのジレンマを抱えたまま、肆号機と、いや使徒に相対する事になった。


 使徒は弐号機に掴み掛かってきた。その使徒を弐号機は蹴り飛ばして距離をとった。

 参号機の戦いを見ていたアスカは、使徒と接触するとEVAが侵食される危険性があると知っている。

 アスカは肆号機のエントリープラグが粘糸に邪魔されて半分しか射出されていない事を、アスカは見ていた。


(あそこにヒカリが居るのね。……でも、今は戦わないと……)


 アスカはスマッシュホークを低く構えた。するといきなり使徒の両手が伸びてきた。

 弐号機の首を掴もうとしたが、スマッシュホークで跳ね除けた。

 アスカは前進して使徒を攻撃しようと試みたが、弐号機の攻撃を使徒は距離をとって回避した。

 使徒は遠隔から何とか弐号機を捕らえようと試みたが、その全てがスマッシュホークで防がれてしまった。

 弐号機の攻撃は、身軽な使徒には届かない。お互いに決め手が無く、ただアスカの疲労だけが蓄積されていった。

***********************************

 弐号機の動きが何時もより鈍い事は、発令所の全員が分かっていた。

 ただ時間が過ぎていき、アスカの疲労が段々と溜まっていくだけだ。このままでは何時かは使徒に捕まるだろう。

 その場合、弐号機は敗れて、初号機が出撃する事になる。そう考えたゲンドウは切り札を使う事をにした。


「弐号機のダミープラグを起動しろ!」

「し、しかしダミーシステムにはまだ問題が多く、赤木博士の指示も無くては」

「今のパイロットよりはましだ。このままでは弐号機は負ける。初号機にネルフ本部ごと焼き殺されたいのか!?」


 ゲンドウの言葉に、シンジが冷然としてネルフの施設が破壊されない保証は無いと言い放った事をマヤは思い出した。

 今回、肆号機が使徒に乗っ取られた事で、シンジは右足を複雑骨折する重傷だ。当然、ネルフに恨みを持っている事は想像出来た。

 それにあのシンジだ。やると言ったらやるだろう。その事にマヤは疑いを持たなかった。確信していた。

 となれば、危険は承知で弐号機のダミープラグを起動して、使徒を倒すしか生き残る道は無いだろう。マヤはそう考えた。


「は、はい」


 ダミープラグはリツコとマヤの手によって開発された。リツコは松代の実験場での爆発に巻き込まれて、まだ消息不明だ。

 残るはマヤのみ。マヤはゲンドウの命令に頷いて、弐号機のダミープラグを起動させた。

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 弐号機のエントリープラグ内の電源がいきなり落ちて、直ぐに再起動した。


「な、何が起こったのよ!?」


 エントリープラグ内にダミーシステム起動のメッセージが表示されていた。

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「信号の受信を確認」

「管制システムの切り替え完了」

「全神経をダミーシステムに直結完了」

「感情素子の32.8%が不鮮明でモニター出来ません」

「構わん。システム開放。攻撃開始!」


 ゲンドウの命令を受けてオペレータ達が操作を行った。

 その直後、弐号機の目が光り、両手を大きく掲げた。口があれば、咆哮していただろう。

 弐号機は使徒に視線を向けると、スマッシュホークを投げ捨てて使徒に飛び掛っていった。

 そしてそのまま使徒の首を絞め出した。使徒も弐号機の首を締め出した。

 弐号機と使徒。お互いが首を締め合う異様な光景になっていた。

 ゲンドウはその光景を見て、ニヤリと笑った。

 ダミープラグは効果を発揮した。想定通りだ。ゲンドウはそう考えていた。


「システム正常」

「さらにゲインが上がります」


 弐号機と使徒はお互いの首を絞め合っていたが、終に弐号機が締め勝って使徒を大地に叩き付けた。

 その大地に横たわる使徒(肆号機)の頭部を弐号機は殴り潰した。鮮血が周囲に飛び散り、マヤは顔を背けた。

 弐号機は使徒(肆号機)の装甲板や身体のパーツを引き千切り、使徒の解体を始め出した。

 その様子を、ゲンドウは笑いを浮かべながら見つめていた。

***********************************

 再起動したエントリープラグだったが、アスカの操作をまったく受け付けなかった。

 それにも関わらず、弐号機はスマッシュホークを投げ捨てて使徒に突進していった。

 十年間弐号機に乗っているが、こんな事は始めてだ。アスカは酷く狼狽していた。


「何よ、何が起こっているのよ!?」


 アスカが何も関与出来ないまま、弐号機は使徒(肆号機)の首を叩き潰し、そして解体を始めていった。

 ヒカリはシンクロしているのだろうか? だとすれば、どれほどの痛みがヒカリを襲っているのだろうか?

 自分が覚悟して使徒を、いや肆号機を攻撃する分には我慢出来る。

 だが、良く分からない物に勝手に弐号機を動かされて肆号機を攻撃する事に、アスカは耐えられなかった。


「止めて! 誰か弐号機を止めて!! もう嫌よ、あれにはヒカリが乗っているのよ!!」


 アスカは必死になって叫んだが、弐号機は止まる事は無く、肆号機の解体を続けていた。

 四肢が引き千切られ、胴体部分も徐々に解体されていった。

 周囲には肆号機の肉片が散乱し、道路脇の車両、信号機、果ては川までが肆号機の鮮血で赤く染まっていた。

 嘔吐を抑えようとマヤはモニタから目を逸らしたが、アスカは目を逸らす事が出来なかった。

 そして弐号機は肆号機からエントリープラグを引きずり出した。そして上に掲げて握り潰そうと握力を込めた。


「やめてぇぇぇぇ!!!」


 アスカは涙を流しながら絶叫をあげていた。その瞬間、肆号機のエントリープラグを握り潰そうとしていた弐号機が急に停止した。

 握り締めたエントリープラグからLCLが零れ落ちている。固まって動かない弐号機の後ろに、夕陽が静かに佇んでいた。






To be continued...
(2012.03.11 初版)
(2012.07.08 改訂一版)


(あとがき)

 次話は後始末がメインです。理想論ではヒカリを助ける事になるんでしょうが、実際問題として重傷のシンジはヒカリを見捨てました。

 ヒーローなら重傷の身体に鞭打って初号機を出撃させてヒカリを助けるんでしょうが、自分が書いているシンジは泥臭い人間です。

 全能でも無いし、ヒーローでもありません。従って、こういう結末にしました。賛否両論があるとは思います。

 人一人を救う為に、どこまでリスクを冒せるのかは各人によって判断は異なるでしょう。相手の親密さも関係して来るでしょうし。

 まあ、人の命は地球より重いとは思いませんが、どこで天秤を取るかを考えるのも良いかも知れません。



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