因果応報、その果てには

第四十三話

presented by えっくん様


 弐号機が使徒(肆号機)を解体して、エントリープラグを抜き出して握り締めている最中に停止した様子は大型モニターに映っていた。

 それを見ていた不知火とライアーン、シンジの三人は深い溜息をついていた。


「これで今回の使徒は倒されたと考えて良いのか?」

「ここからは使徒の情報解析が出来ませんが、ネルフが救出作業に入っているから使徒警報は解除されたと見て大丈夫でしょう」

「それにしても、途中から弐号機の動きが変わったな。まるで獣みたいだ」

「そうですね。弐号機パイロットが意識してあんな行動をとってとは考えにくい。中佐はどう考える?」

「……断言は出来ませんが、何らかのEVAの遠隔操作可能なシステムを造り、EVAの本能で使徒を殲滅した可能性はあります」

「EVAの遠隔操作システムか……しかしEVAの本能とはあんなに原始的なものなのか?」

「ですからあくまで推測です。それに本能と言っても様々です。人間の本能だって結構原始的ですよ」

「まあ、そうかもな。でもEVAの本能であそこまでの戦闘能力が引き出せるのか。あの弐号機の動きは脅威に値する」

「人間でも火事場の馬鹿力は凄いと言いますから、それと同じですよ。通常、我々人間は何らかのリミッタを掛けて動いています。

 そのリミッタを故意に外したという事です。それに理性的な動きでないなら、罠に掛かり易くなります。

 さっきの弐号機の動きなら、大丈夫ですよ」

「罠か、そうだな。……ところで、肆号機のパイロットは無事だったと思うか?」

「エントリープラグが少し歪んだ程度ですから、肉体的損傷は少ないと思いますよ。

 もっとも、内部機器にどれだけ圧迫されたかで被害状況はかなり違ってきますから、楽観は禁物です。

 それと精神的にどれくらいの被害を受けたかは分かりません。仮にシンクロしている時に、あの解体作業をされたら苦痛で発狂します」


 シンジが初号機で出撃したなら、使徒(肆号機)は跡形も無く殲滅されただろう。その場合、ヒカリは百パーセントの確率で死ぬ。

 それに比べれば、今回の結末は自分が出撃した時より良かったかも知れないとシンジは考えていた。

 死んでいなければ、肉体的損傷は何とかなる。精神的に異常をきたしてもシンジなら記憶を消して元に戻せる。

 別にシンジがヒカリを助ける義務は無いが、ネルフがヒカリを助ける事が出来なかった場合は、その程度のフォローはするつもりだ。


「そうか、ネルフのシンクロシステムはEVAの痛みをパイロットにフィードバックするんだったな。忘れていたよ」

「彼女がシンクロしないで気絶した状態だったら、精神的には大丈夫でしょう。何れにせよ、ここからでは分かりません」

「我々が直ぐにする事は無いな。ならば中佐は直ぐに病院に戻りたまえ。今の君は身体を直す事が最優先だ」

「しばらくは入院生活になりますね。何かあったら連絡して下さい」

「ああ。後で見舞いに行く。しっかり休んでくれ」

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 肆号機の起動試験が行われた松代の仮設実験場は、巨大なクレーターになっていた。その大きさを見れば、爆発の規模が想像出来た。

 周囲には大量の土砂が飛び散り、多数の建設物が崩壊していた。まさに修羅場だった。

 その現場を、赤十字のマークを付けたヘリと車両が慌しく行き来していた。ネルフと【HC】、戦自の部隊も居た。

 シンジを真っ先に救出した部隊は、さっさと撤収している。その時の混乱も若干は尾を引いていた。


「こっちにもいたぞ! 生存者だ、息はある。急いで救護を回してくれ!」


 ミサトは応急処理を受けて包帯を頭と腕に巻いていた。そして担架に乗せられて運び出されてきた。

 周囲の騒々しさと身体を襲う痛みで目が覚めた。


「生きてる?」


 周囲を見渡すと、自分の隣に加持が居た。


「良かったな、葛城」

「リツコは?」

「義足は駄目になったが、命に別状は無い。君と同じくらいか」

「そう……肆号機はどうなったの?」

「使徒……として処理されたよ…………弐号機にな」


 加持の言葉にミサトは顔を青褪めた。肆号機パイロットのヒカリとアスカが親友とも呼べるほど仲が良いのは知っている。

 そのアスカがヒカリが乗る肆号機を処理したと言うのだ。どれほどの精神的負荷がアスカに掛かったのか推測すらも出来ない。

 どうアスカを慰めようか。ミサトはそれを考えようと静かに目蓋を閉じた。

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 アスカは弐号機を降りると憔悴しきった表情で、回収作業中の肆号機のエントリープラグに近寄った。

 エントリープラグの周囲は回収チームの職員が大勢いて、変形したエントリープラグを工具を使って開けようとしている。

 誰もが忙しく動いており、アスカに注意を払う職員はいなかった。

 そしてエントリープラグの蓋が開かれた。回収チームの職員が慌てて内部を確認した。その後に大きな声が響いた。


「生きてる! 生きてるぞ! 担架を用意しろ! ヘリで救急搬送だ!!」


 それを聞いたアスカはヘナヘナと地面に座り込んだ。それなりに被害を受けているだろが、死ぬよりはましだ。

 生きていれば何とかなる。そして後でヒカリに謝ろう。そう思ったアスカは涙が止め処なく流れるのを感じていた。

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 参号機の左腕の強制切断を受けて、トウジは左肩からギブスで固めていた。そのトウジは病院のラウンジでアスカと話し合っていた。


「じゃ、じゃあ、肆号機には委員長が乗ってたってのは、ほんまなんか!?」

「……そうよ。どの程度の怪我をしたかは分からないけど、生きてるってはっきり聞いたわ」

「委員長の怪我が心配やな」

「今は治療中よ。どの程度の怪我かは教えてくれなかったわ」

「……待つしか無いっちゅう事か。しかし、何で委員長が肆号機に乗ってたんや」

「分からないわよ。マヤ達に聞いても知らなかったって言ってるし、今はリツコもミサトも入院中だからね。退院したら絶対に聞くわよ。

 あの時、弐号機が再起動した後はあたしの操縦を受け付けずに暴走したわ。何であんな事が起こったかも聞かなくちゃね。

 でも今のトウジは怪我を治す事を考えなさい」

「……そうやな」


 何故ヒカリが肆号機のパイロットに選ばれたのか、何故弐号機はアスカが動かさないのに勝手に動いたのか?

 アスカの心には疑念が少しずつ育っていった。

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 シンジは右足を複雑骨折して、左手は単純骨折の重傷だ。その為に今は【HC】の病院の個室のベットに横たわっていた。

 無理をすればEVAでの出撃は可能だが、それをすれば傷が悪化し治りが遅くなるだけだ。大人しくしているしか無い。

 骨折箇所は石膏で固められており、移動はすごく困難である。もっとも、男の尊厳を守る為に、トイレには自力で行くようにしている。

 ミーシャとレイ、マユミの三人が交代で看病にあたっているが、三人に下の処理は頼む勇気は無かった。

 ミーナなら構わないかとも考えたが、今はコロニーの生活環境整備の為に忙しい事は分かっていたから連絡はしていない。

 ミーシャとレイは病室に備え付けられている尿瓶に興味津々の視線を向けていたが、シンジはそれを使うつもりはまったく無い。

 ただ寝ているだけでは無く、左目を使ってユグドラシルネットワークに入って、様々な指示を出したり情報収集を行っていた。


 ミーシャ達三人の看病は朝から夕刻までで、夜には帰る。日中に三人が交代でシンジのベットの側に座り、シンジの面倒を見ている。

 不知火を初めとして、色々な人がシンジの見舞いに来ていた。


「今は身体を治す事に努めてくれ。今まで中佐が行ってきた業務作業はアーシュライト課長にやって貰う。安心してくれ」

「本国からも今は無理をしないで身体を大切にするように連絡があった。中佐はくれぐれも無理はしないように」

「しばらくは寝たきりね。あたしが看病してあげるわ」

「駄目です。看病はあたし達がしますからセレナさんは要りません。変な事は考えないで下さい!」

「たまには美味しいロシア料理を作って持ってきます」

「博士。後で良いですから簡単に引き継ぎをさせて下さい」

「山岸さんはどうですか? 彼女を宜しく御願いしますね。彼女は立派な大和撫子です。彼女で日本の良さを感じて下さい」

「中佐、これで退院までは組み手は中止ですよね?」

「退院したら約束どおりにワルキューレの改造を御願いしたい」


 入院当日は引っ切り無しに見舞い客が訪れて、病院側から見舞いは止めてくれと要望が出たほどだった。


 地下にある治療カプセルを使えば僅かな時間で骨折程度は完治するが、それをしては疑われることになるので使用は出来なかった。

 その為、シンジは横になって居る時、気を巡らせて回復を早めようとしていたが、少々困った事になっていた。

 夜は別だが、日中は美少女三人が交代でシンジの側にいる。

 普段は夜とかの限定された時間しか一緒にいなかったのに、入院してからは一気に一緒にいる時間が増えたのだ。

 セレナに刺激されたのか、最近はミーシャとレイはそれなりに胸元が開いた服を着る事が多くなっていた。

 やる事が左目を使った指示ぐらいなので、暇を持て余したシンジはミーシャとレイ、マユミに視線を向ける事が多くなっていた。

 ミーナが行ってから、それなりに時間は経過してシンジの不満も溜まっている。このままではまずい事になるとシンジは考えていた。

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 シンジが重傷だというニュースは北欧連合で大々的に報道された。ライアーンが軍司令部に報告し、軍から連絡があった政府の指示だ。

 『ネルフの新型兵器の起動試験の失敗で、試験に立ち会ったシン・ロックフォード博士が重傷』という見出しで、

 全身に包帯を巻かれてベットに横たわっているシンジの写真付きの報道が駆け巡り、それは日本を除く世界各国に波及した。

 シンジに対し好感を抱いている国はシンジに対して同情的な報道をし、北欧連合に対して好感度が低い国々は事実のみを報道した。

 共通しているのは、ネルフの不始末に対する報道である。

 ネルフのアメリカ第二支部消滅の情報は報道規制が敷かれていたが、それでもネットではかなり知られていた。

 そのネルフが引き続いて起動実験に失敗して、多数の死傷者を出して、シンジも重傷を負ったのだ。

 ネルフの管理体制や技術レベルに対する疑念が世界中から巻き上がっていた。

 唯一、日本だけはネルフの特別宣言による規制の為にシンジに関する報道がされる事は無かった。

 もっとも、海外サイトをアクセスした人からの口コミで少しずつ広がっていった。

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 ロックフォード財団

 ナルセスは夕食の後、ハンスとミハイルとクリスを自分の書斎に呼び出した。


「シンが重傷を負ったが、命に別状が無くて何よりだ。しかしあのベットに寝ている写真は、ミイラと間違われるぞ」

「最初に連絡があった時、一瞬誰だか分かりませんでしたよ。左目の色と声でシンだと納得しましたが」

「EVAは思考制御だから無理すれば出撃出来ると言ってましたが、無理はさせたくは無いですね」

「まったくだ。ところで、不始末続きのネルフの対応はどうなっている?」

「肆号機が使徒に何時寄生されたかは不明ですが、アメリカ第一支部長の責任という事で、懲戒免職処分になっています。

 事故で生き残った第一支部の技師達も責任があるという理由で、全員が解雇されています。第一支部は解散だそうです。

 日本の本部は、シンの検査要求を断った赤木博士は減給処分。松代支部長も降格と減給処分ですね。

 起動試験に立ち会って死亡した日本政府の職員に対し、一人当たり十億円の補償金が支払われています。

 【HC】から派遣して死亡した職員はうちの財団からの出向メンバーですが、これも同じ金額が支払われています」

「ん? ネルフはシンに対しては何もしていないのか?」


 ネルフの不始末で重要人物であるシンジが重傷を負ったのだ。ネルフがシンジに対して何もしていないというのは許せない。

 ナルセスはそう思って、眉を顰めた。


「シンからのメールを見ていませんでしたか。シンは総責任者のネルフ司令と実行責任者の赤木博士を二日後に呼び出しました。

 今回の事故に関する釈明を聞いてからで無いと、今後は一切の協議には応じないと言っています。

 本来なら査問会議を開きたいと言ってましたが、重傷の為に釈明を聞くだけに止めたそうです。

 シンに対する賠償は、ネルフの釈明を聞いてからになるでしょうね」

「ええ。世界各国でネルフの管理体制と技術レベルに対する疑念が湧き上がっているのも追い風になりましたしね。

 ネルフはすぐに呼び出しに応じたそうです。さて、どんな釈明をするやら楽しみですね」

「そうなのか。メールはまだ見ていなかったな。済まなかった。ではその結果は後で知らせて貰うとしようか」


 シンジが事故に巻き込まれた経緯をナルセスは知っていた。そしてシンジがかなり怒っている事もだ。

 ネルフの釈明がどのような内容になるかを想像して、ナルセスは不気味な笑いを浮かべていた。

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 日本政府は今回のネルフの肆号機の起動試験の事故を受けて、かなり混乱していた。

 ネルフのアメリカ第二支部がEVAの起動試験で消滅した事に恐怖し、消滅の原因のS2機関さえ無ければ大丈夫だという目論みから

 今回の松代の肆号機の検査を【HC】に依頼したのだが、今回は使徒が寄生していた事で事故が発生した。

 アメリカ第二支部ほどの被害は出なかったが、それでも被害が出た事には間違い無い。


「死亡した職員の賠償金は確かに届いたが、明日のネルフのロックフォード博士への釈明の時に、日本政府からも職員を派遣すべきだ」

「事故を起こしたS2機関が無い事を確認してくれと要請したのは、こちらだからな。

 事故責任はネルフだが、日本政府も博士が重傷を負った原因の一端がある。博士の見舞いをするべきだろう」

「冬宮理事長の協力で少女一人を送り込めた。だが、このまま放置しては、印象は悪くなるだけだ。

 この辺で政府の態度を正式に表明すべきだろう。閣僚級の派遣が妥当だな」

「これから人選に入ろう。しかし、ネルフの実験は失敗続きだ。

 今回でも修理費の追加請求があるだろうが、【HC】を支持した我が国の費用負担は無い。【HC】様々だな」

「ネルフの管理体制、いや技術そのものに疑念を感じざるを得ない。一度監査する必要がある」

「そうだな。第三新東京でネルフのアメリカ第二支部のような事故が起きれば、被害は第三新東京に止まらない。

 ネルフが新型兵器を開発しても、それが問題無いかを確認する必要がある」


 協議の結果、ネルフに対する圧力を強化する事と、シンジに対するフォローを強化する事が日本政府内で決定された。

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 ヒカリの意識が戻ったとの連絡を受けて、アスカはヒカリの病室を訪ねていた。

 具合が良いのか、ヒカリは微かな笑みを浮かべてアスカを迎えていた。


「ヒカリ、具合はどう?」

「……しばらくは入院ね。両足は無くなったけど、ネルフが義足を作ってくれるって。そうしたら学校にも行けるわね」

「でも、以前みたいに走り回る事は出来ないのね」

「それは仕方無いわ。あれは事故だって聞いているもの。ネルフから補償が出るって」

「……あたしの弐号機がヒカリをこんな風にしたのよ。ヒカリはあたしを責めないの?」

「そんな事はしないわ。あの時、肆号機は使徒に乗っ取られていたんでしょ。アスカは正しい事をしたのよ。悩むのは止めて」


 ヒカリの言葉はアスカの胸に深く突き刺さった。冷静に考えれば、使徒に寄生された肆号機を倒すのは当然の事だった。

 だが、アスカの感情はそれを認められなかった。ましてや、覚悟を決めたアスカが使徒を殲滅したのでは無い。

 ダミープラグによって制御された弐号機が使徒を殲滅したのだ。自分の意思では無く、勝手に弐号機を使われたのだ。

 アスカは釈然としない気持ちだった。そしてヒカリの言葉を聞き、自責の念に駆られていた。


「ヒカリ、何でパイロットに就いたの? ヒカリみたいな優しい子はパイロットには向かないわよ」

「…………」

「もしかして、何か脅迫でもされたの?」

「……違うわ。……あたしはアスカが羨ましかったの。あたしがパイロットになれば、アスカと同じに為れるかもしれないって思ったの」

「……ヒカリ?」

「あたしは鈴原が好きだった。その鈴原の名前を呼んでいるアスカが羨ましかった。パイロットになれば、あたしもってね」

「何で過去形なのよ。今でも好きで良いじゃ無い!」

「あたしは両足が義足になるのよ。そんな女じゃ鈴原に迷惑が掛かるわ。「ちょっと待ちい!」鈴原!? 聞いていたの!」


 ドアをいきなり開けて入ってきたトウジに、ヒカリは恥かしい告白を聞かれた事で顔を真っ赤にしていた。

 咄嗟に毛布を被って顔を隠した。トウジはヒカリの告白をドアの外で聞いていて、ある意味感動していた。

 【漢】の感性が強く刺激され、トウジも顔を赤く染めていた。


「委員長、いや、ヒカリ。ワシもヒカリの事は好きやで!」

「えっ!?」

「ヒカリの作ってくれた弁当は上手かった。あれで惚れたんや。ヒカリが義足だってかまへん。

 それで虐める奴がおったら、ワシがぶっ飛ばしたる。だから安心せい!」

「……同情なら要らないわ」

「ふざけんな! ワシが同情からこんな事を言うわけあらへん! 信じろ!」


 そう言ってトウジはヒカリの顔を隠している毛布を払いのけた。ヒカリの目には涙が浮かんでいた。

 トウジが必死になってヒカリと話しているのを横目に、アスカはそっと病室から出て行った。

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 ゼーレの会合

 今回の使徒戦の結果を受けて、ゼーレは緊急会合を開いていた。

 初めてネルフだけで使徒を倒せたのだが、次の使徒の事を考えると楽観は出来ないという予測があった為である。


『ダミープラグのデータは届いた。量産機への改良を急がせる』

『弐号機のダミープラグの試験が上手く行ったのは良いが、予想したほどの威力は無いな。

 確かに十三使徒には勝てたが、次の使徒に対抗するには心許無い。対策を打つべきだ』

『参号機は左腕の修復に時間が掛かる。元から参号機の戦闘能力はさほどは当てに出来ぬからな』

『弐号機パイロットもだ。どうしても【HC】のパイロットと比較すると見劣りする。次の使徒が来るまでの時間は短い。

 保険を掛けるべきだろう』

『……やはり零号機と初号機か』

『そうだ』

『仕方あるまい。ネルフにはそう指示を出そう。補完委員会を経由して【HC】に正式に要請する』

『あちらが条件を呑むか?』

『それは交渉だ。ネルフにやらせる。【HC】も使徒に負けてサードインパクトが発生する事は望んでいまい』

『しかし、あの魔術師が巻き込まれて重傷とはな。普通の人間だった訳だ。それで初号機に期待出来るか?』

『EVAは思考制御で動かすから問題無かろう。次の使徒戦までは魔術師、いや【HC】に一切の手出しをしないように通達せねばな』

『攻め手になればともかく、受け手に回れば怪我もする普通の人間か。最終段階での選択肢が増えたな』

『ああ』

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 ネルフ:司令室

 シンジへの釈明を明日に控え、ゲンドウと冬月は打ち合わせをしていた。

 伍号機と肆号機の実験失敗により、ネルフの管理体制や技術レベルが疑わしいという目が集まっている。

 その中で日本政府の立会いの下で、肆号機の起動試験時の事故(使徒が寄生)で重傷を負ったシンジに釈明するのだ。

 生半可な内容でシンジが納得するとは思えない。それに補完委員会からの命令もある。

 明日、【HC】に行くのはゲンドウとリツコだけだ。緊急事態に備えて、冬月は本部で待機している予定であった。


「しかし、委員会も無理を言ってくるな。委員会からも要請を掛けると言うが、【HC】が渋る事は最初から分かりきっている」

「それは何とかする」

「分かった。しかし今のネルフはボロボロだ。赤木君は義足が間に合わずに車椅子。葛城君も打撲が酷くて、やっと退院だ。

 パイロット二名の精神衛生もかなり悪い。フィフスは両足切断か。まあ、フィフスの役割はこれで終了だがな」

「予定通りだ」

「ダミープラグが上手く行ったのは良かったがな。これで万が一でもセカンドが戦闘不可状態になっても使徒を迎撃出来る。

 ところでアダムの細胞劣化が進んでいる件と、ユイ君の件はどうする。

 特にユイ君の件はシンジ君をその気にさせなければ駄目だというではないか」

「アダムの件は技術部に対策を施すよう指示を出している。シンジの方は検討中だ」

「……今回の要請で上手く事が運べば良いのだがな。今回は松代支部が被害を受けた事以外は、参号機の左腕だけの損傷だ。

 比較的小規模な追加予算で済んで助かったがな」


 アダムの問題は大きい。このままでは補完計画の実行前に、アダムが細胞崩壊して消滅する可能性があるのだ。

 リツコに対策するように命じてあるが、効果的な対策は取れないでいる。シンジが施した処理なので、リツコでは何も出来ないだろう。

 そしてアダム以上にやっかいなのが、ユイの事だ。

 シンジの言葉を信用すれば、ユイは初号機に封印されており、シンジが望まないと出て来れないと言う。

 言い方を変えれば、シンジが望めば今直ぐでもユイと会えるかもしれないと言う事だ。

 シンジの行った封印がどんなものなのか、どうやってユイを初号機から出すのかは一切が不明だ。

 だが、今までのシンジの実績を見ると、一概に信用出来ないとも言い難い。そこでゲンドウと冬月は悩んでいた。

 明日の【HC】への訪問は困難が待ち受けていると思われるが、何とか突破口が見えないものかとゲンドウは思案するのだった。

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 ゲンドウとリツコは【HC】が差し向けたVTOLの機内に居た。リツコは義足が潰れてまだ製作が終了していないので、車椅子だ。

 ネルフのVTOLで行く事は拒否されたので、仕方なく【HC】のVTOLに乗った二人だった。

 機内での検査で、危険物や通信機などを持ち込まない事は確認済みだ。到着後、二人は管制ビルの会議室に通された。

 待っていたのは不知火とライアーン、そしてシンジとミーシャだった。(ミーシャはシンジの車椅子の移動の為)

 シンジの顔の包帯は取れたが、右足は石膏で固められており、左腕は首から包帯で吊るされている状態で車椅子に座っていた。

 その他にはスーツ姿の日本政府から派遣された二人が席に座っていた。


 ゲンドウは席に座り、リツコはゲンドウの隣に車椅子で移動した。

 全員の厳しい視線が集まる中、ゲンドウは席を立って頭を下げた。


「この度はネルフの不始末で御迷惑を掛けてしまい申し訳無かった。この通りだ」


 そう言って、ゲンドウは頭を下げたまま、カツラを外した。そこには見事に剃った頭部が晒し出されていた。

 あまりの事に同席者全員が固まった。リツコもである。

 あの傲岸不遜なゲンドウが人に頭を下げて謝罪するなど、誰も予想していなかった。しかも頭を丸めているのだ。

 シンジは左目でゲンドウの頭の下に毛髪が隠されていないかを確認したが、それは無かった。本当にゲンドウは頭を丸めていた。

 不知火とライアーンは自分の頬を抓って、これが夢で無い事を確認した。シンジも自分の右腿を抓って痛みを感じていた。

 ゲンドウ以外の全員が呆気に取られる中、ゲンドウは席に座った。

 ゲンドウとリツコが来た時、どのようにしてチクチクと問い質そうとシンジは考えていたが、さすがに毒気を抜かれた。

 だが、このまま済ます訳にはいかない。不知火とライアーンがまだ戻って来ていないが、シンジは話を進めだした。


「……ネルフの六分儀司令の謝罪は受け取りました。ですが、赤木博士の行った事は見過ごせません。

 まずは、肆号機の詳細検査を拒否した理由と、ボク達が待機していた部屋がバラックであった事の理由を説明して下さい。

 装甲車だったらとは言いませんが、それなりの頑丈な部屋だったら、あそこまでの被害は出なかったでしょう。

 ボク以外は全員死亡。生き残ったボクも左腕と右足を骨折しましたからね」

「……肆号機の起動試験のスケジュールを厳守せよとの命令が出ていた為です。

 待機して貰っていた部屋は松代支部の方で手配したのですが、やはり同じ理由で適当に済ませたと思います。

 結果で言えば、完全に私達のミスです。申し訳ありませんでした」

「……アメリカの第一支部の全員が解雇されて処分されたと聞いています。肆号機が使徒に寄生されたのは、第一支部でですか?」

「分かりません。ですが、ネルフの不始末である事は確かです。お詫び申し上げます」


 こうも素直に自らの非を認めて、ゲンドウとリツコが謝罪するなど思わなかったシンジの矛先は鈍った。

 そのシンジを見透かしたかのように、リツコは先手を打った。ポケットから小さな瓶を取り出して机の上に置いた。


「この前の寄生使徒のサンプルです。肆号機に寄生していて純粋な使徒サンプルは少量しか採取出来なかったのですが、お持ちしました」

「……受け取ります」

「そしてこの白紙小切手を御受け取り下さい。金額は好きな額を書いて下さい。

 他の方々には十億円の補償金を支払わせて頂きましたが、中佐の命に値段はつけられません。御希望の額を記入して下さい」


 シンジは内心で唸っていた。ここまで下手に、そして用意周到に準備されては、こちらのペースに巻き込めない。

 さらに希望の金額と言われても、他の死亡した人達の補償金以上の金額を書けば、死亡した人を貶める事になる。

 シンジは重傷を負ったが、命に別状は無いのだ。自然と小切手に書く金額もある程度は制限される。


 シンジ達が動揺している事を察したゲンドウは、心の中でニヤリと笑った。

 最初の頃はシンジを子供と侮って様々な失態を犯したが、対等な相手と思えばゲンドウであってもこの程度の事はする。

 事実、【HC】のメンバーはゲンドウが真っ先に謝罪し、頭を丸めた事に度肝を抜かれていた。

 流石にこれだけでユイが戻ってくるとは思っていないが、初めてシンジの先手を取れたのだ。

 ゲンドウの頭の中には、どうシンジを誘導していくべきかのシナリオが組み上がりつつあった。


 押し込んでいると感じたリツコが口を開く前に、シンジは気を取り直した。


「ところで肆号機のパイロットだった『洞木ヒカリ』さんはどうなっていますか?」

「……彼女は両足切断の重傷です。ですが、ネルフで責任を持って治療します。勿論、今後の生活に関しての補償はします」

「後で会わせて下さい」

「分かりました。話しは変わりますが、一定期間の間、零号機と初号機をネルフ本部の以前の場所に戻して欲しいのです。

 補完委員会からこちらに要請があると思いますが、ネルフとしても正式に要請します」

「ネルフ本部の以前の場所にだと!? 何故だ!?」


 不知火の怒号が響いた。最初はゲンドウの行動に呆気をとられていたが、途中からは我に返って黙ってシンジの会話を聞いていた。

 態々【HC】を設立して零号機と初号機の管理を分けたのに、今更ネルフ本部に戻せとはどういう意味か?

 確かに以前に使用していた設備は封印して、何時でも使える状況だと思うが、戻す意味が分からない。

 それにシンジはまだ負傷が治っておらず、自由に動けない状態だ。

 こんな状況で以前に使用していたネルフ本部に戻す意味が不知火には分からなかった。

 そんな不知火を冷静に見ていたゲンドウが話し出した。


「次の使徒がまもなく来る予定だ。機密だから話せないが、次の使徒は今までの中で最強だ。

 参号機の左腕の修理は多分間に合わず、弐号機だけでは心許無い。だから零号機と初号機を一時的にネルフ本部に配置したい」

「……ネルフは使徒の情報を持っていたな。初めて使徒の情報を事前に出してきたが、本当だと証明するものは?」

「機密だから何も説明は出来ない」

「……ならば信じる訳にはいかんな」

「使徒に負けてサードインパクトが起きても良いのか?」

「そもそも、使徒に負けてサードインパクトが起きるというのが証明出来ないだろう。この件に関しては少し検討する。即答は出来ない」

「分かった」

「中佐から何か言う事はあるか?」

「弐号機と肆号機の戦闘の録画映像は見ました。弐号機の動きが途中から変わりましたね。あれは何をしたんですか?」

「……あれはダミープラグというシステムで、EVAにパイロットは居ると擬似的に認識させるシステムです。

 あの時、弐号機パイロットの精彩が欠いていたので、止む無く使用しました」

「ではそのシステムのデータを下さい。それを検証します」

「……分かりました。直ぐにデータを用意します。零号機と初号機の件は早急に検討して下さい。あまり時間はありません。

 ネルフとしては二日以内に零号機と初号機を本部に配置して頂けるよう要請します」


 ダミープラグの情報をシンジに渡しても、EVAが零号機と初号機だけの【HC】では意味が無い。

 あれは量産機に使用して初めて意味が出る。流石に生体部品は渡せないが、デジタル部分だけ渡せば格好はつくだろう。

 シンジとレイのパイロットとしての技量は高い。零号機と初号機に使われる心配は無かった。

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 シンジはキールから緊急連絡用のメールアドレスを教えて貰っていた。

 次回の定期会合まではまだ時間はあるが、その連絡用のメールアドレスに問い合わせ有りと送ったところ、返事があった。

 メールの返信で指定された時間になると立体映像投影装置にキールの姿が浮かび上がってきた。

 ゲンドウ抜きの二人だけの話し合いが始まった。


『いきなりの呼び出しは初めてだな』

「白々しい。機密情報を隠して、こっちを翻弄させるのは楽しいですか? 零号機と初号機の派遣の件ですよ」

『あの件か。確かに理由があって使徒に関する情報は全て機密に指定しているが、嘘をついている訳では無い。

 次の使徒が最強というのは本当の事だ』

「今まで、事前に使徒の情報を教えて貰った事がありませんでしたからね。いきなり言われも信用出来ません」

『……確かにお前の立場なら、そうだろうな。だが、今回は絶対に零号機と初号機を出して貰わねばならん。

 さもなくば、ネルフは敗れサードインパクトの危機が迫る』

「今までは、ネルフが負けてから出撃しても間に合いましたが?」

『次の使徒では間に合わない可能性が高い。恐らくだが弐号機と参号機では瞬殺される。唯一、対抗出来るのは初号機だけだろう』


 これはキールの本心だった。

 使徒に関しては死海文書の記述を信じたという事もあるが、弐号機と初号機の戦闘内容を見てきたキールの正直な評価でもある。

 今までの使徒なら弐号機や参号機で足止め程度は期待出来たが、次の使徒ではそれさえも期待は出来ない。

 【HC】からの移動時間が致命傷になる可能性が非常に高い。特に今は【HC】のキャリアは破壊されて、配備されていない。

 超特急で発注してあるが、まだまだ納品には時間が掛かる。現時点で使徒が現われれば、初号機の飛行能力に期待するしか無い。

 何としても零号機と初号機をネルフ本部内に配置して、タイムロス無しに使徒を迎撃しないとアダムに到達される可能性が十分にある。

 だが、今まで何も使徒関係の情報を公開して来なかったので、シンジを信用させる事は出来なかった。


「随分と持ち上げてくれますが、それが誘導で無いという保証はありませんね」

『お前はサードインパクトが起こっても構わないと言うのか?』

「そのサードインパクトの根拠も公開されていませんからね。どちらが先に降りるかの、チキンレースなら受けて立ちますよ。

 何時までも言われっ放しという訳にはいきません」

『……もし、五日以内に使徒が現われなかったら、休戦協定の破棄と見做して構わない』

「……そこまで言い切りますか。……ならばその主旨を補完委員会の正式見解として、北欧連合に要請して下さい。

 本国が承認すれば、こちらも動きます。しかし、五日以内か。これまでで最短期間ですね」

『本当の事だ。お前の怪我も間に合わぬな』

「確かに戦闘機に乗れと言われも無理ですが、EVAなら思考制御装置がありますから出撃は大丈夫ですよ。

 しかし、五日間以内に使徒が来なかったら、あなた方は破滅ですよ。良いんですか?」

『期限内に使徒は必ず来る』

「……ならば早急に手配をして下さい。こちらも出来る範囲で準備はしておきますが、正式な指示が出ないと大っぴらには動けません。

 それと、今回の件でネルフが如何に油断していたか、はっきりしました。

 零号機と初号機をネルフ本部に一時的に戻しても、ネルフの干渉があれば、即座に戻しますよ」

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 シンジとの会談の後、キールは直ぐに補完委員会からの正式要請を北欧連合政府に対して行った。

 フランツは緊急閣僚会議を開いた。会議の結果、補完委員会の要請を承諾し、【HC】に対して零号機と初号機の派遣を指示した。

 これらは一日の間で行われたが、キールが提示した期限までは後四日間しか無い。

 幸い、以前にネルフで使用していた設備は休眠状態で封印してある。

 全てを復旧させるつもりは無く短期間の派遣なので、零号機と初号機以外には保安部と整備部の人員を派遣するつもりだ。

 その準備には急いでも一日は絶対に掛かる。今は時間を最優先させようと、不知火とライアーンは精力的に動いていた。

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 アスカはコウジと水族館でデートしていた。ヒカリの事もあってあまり気は乗らなかったが、約束を断るのも悪いと考えた末の事だ。

 トウジがヒカリに告白したのは見ていたので、少しは気が軽くなったが、それでも弐号機が暴走した事に違いは無い。

 腕は組んでいないが、二人は並んで歩いている。アスカの様子が何時もと違うと察したコウジはアスカを気遣った。


「どうしたの。何か嫌な事でもあったのかい?」

「……ちょっとね」

「アスカがボクらとは違う責任を負っている事は分かっているよ。でも、ボクに手助け出来る事は無いのかい?」


 コウジの言葉はアスカの心に少し響いた。周囲に人がいない事を確認してからアスカは愚痴を話し始めた。


「機密だから細かい事は話せないけど、あたしは親友とも言える友人を重傷にさせたの。彼女はこれから一生その重荷を背負い続けるわ。

 その事と、あたしの存在は何なのかなって考えていたのよ」

「アスカの親友が重傷か……でも、アスカは何の理由も無く、その子を傷つけた訳じゃ無いんだろう。

 それで救われた人が大勢いるんだろう。確かにその重傷を負った子は大変だと思うけど、救われた人の事も考えるべきじゃ無いのかな」

「……それは分かっているつもりなんだけど、実感が無いわ。そもそも、あたしがパイロットだって言うのは機密なのよ。

 いくら頑張っても、それを知る人は限られているの。でも、非難だけは来るのよね。最近のネルフ叩きは知っているでしょう」


 ネルフはシンジ関係の報道を特別宣言を使用して制限した。だが、伍号機と肆号機の事故の件では特別宣言を使用出来なかった。

 ネルフの特務権限が制限された事も影響している。マスコミ各社には圧力は掛けられても、ネットへの制限は出来なかった。

 自然とネルフが立て続けに事故を起こした事がネットで出回り、噂されていた。

 中学ではほとんどの学生の親がネルフ勤務という事もあり、露骨な態度は取られていないが、ネルフへの不信感が増しているのは

 雰囲気で分かった。それは確実にアスカに影響を与えていた。


「でもアスカは努力しているんだろう。何時かはきっと分かってくれるさ。大丈夫だよ」

「最近は嫌な事が立て続けにあったのよ。パイロットという自負はあるけど、偶には逃げ出したくなる時もあるわよ」

「……悩みを言うとすっきりする事もあるよ。ボクで良かったら、いくらでも聞き役になるよ」

「ありがとう、コウジ」

「ボクがアスカを好きなのは本当だからね」

「えっ!?」


 コウジが自分を好きだとはっきり聞こえた事で、アスカは顔を赤らめた。

 そして、自分の顔にコウジの顔が近づいてくる事に内心では慌てたが、拒む事は無かった。

 加持の顔が一瞬はアスカの脳裏に浮かんだが、アスカは目を瞑り、唇にコウジの唇の感触を感じていた。

 自分のファーストキスをコウジに捧げた事に、アスカは後悔する事は無かった。

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 零号機と初号機をネルフ本部に一定期間派遣する事が決まり、不知火達が慌てて準備している頃、シンジは病室で静かに寝ていた。

 二機の移動は明日であり、レイはマンションに戻ってミーシャと一緒に荷物を纏めている。

 技術的な内容は部下のアーシュライトが仕切っている。シンジは特にする事も無く、身体を治す事が優先だった。


 車椅子か松葉杖を使えばシンジは自力で移動出来るが、風呂には入れなかった。右足を石膏で固めてあるので、当然の事である。

 だが、身体の汚れが溜まるのは自然現象であり、不快感も増してくる。定期的に身体を濡れたタオルで拭く必要があった。

 そしてシンジの身体をタオルで拭くのは、看病をしているミーシャ、レイ、マユミの三人で、今日はマユミの番だった。


 マユミはシンジのパジャマを脱がせて身体を拭いていた。マユミも年頃の女の子であり、顔を少し赤くしていた。

 顔を赤くするのはミーシャとレイも同じである。そして拭いてもらう場所はシンジの背中と足の部分と決まっていた。

 流石に上半身は自分で拭けるし、パンツの中まで女の子に拭いて貰う趣味は無い。そこは自分でやっている。

 だがミーナが居なくなって、シンジもかなりストレスが溜まった状態になっていた。

 美少女が顔を赤く染めて自分の身体をタオルで拭いてくれている。そしてマユミから微かな甘い香りが漂ってくる。

 マユミは薄着であり、前屈みなので胸元がシンジに丸見えだった。シンジの視線を感じつつもマユミは顔を上げる事は無かった。


(料理も上手だし、十分な美少女だよな。スタイルも気立ても良い。冬宮理事長からは一生面倒見て欲しいと言われているけど……

 この娘に手を出したら絶対にミーシャとレイにばれるよな。何時まで我慢すれば良いんだ?

 いや、そもそも我慢する必要があるのか? ミーシャとレイだって時間の問題…えっ!?)


「きゃっ!」


 かなり力を入れて、マユミはタオルでシンジの足を拭いていた。そしてタオルを滑らせて、シンジの上に倒れこんできた。

 マユミの豊かな胸部がシンジの腹部に接触した。その刺激にシンジの心の堤防は遂に決壊した。


「ご、ごめんなさい。えっ!?」


 マユミの視線がシンジの変化があった下半身に向けられた。マユミは顔を真っ赤に染めたが、シンジから離れる気配は無かった。

 戸惑いながらも、マユミは伏せ目でシンジに声を掛けた。


「あ、あの、あたしで良ければシンジさんの、その………」


 シンジの精神は老獪さを備えており、知識は計り知れない深さを持つ。だが、身体は十六歳の健全な少年である。(公表年齢は十四歳)

 精神は肉体の影響を強く受ける。それはシンジもそうである。老獪さと知識を併せ持っていても、肉体の影響は隠せない。

 ストレスを抱えたまま戦場に赴く事は避けたいという考えもあり、人間の男が持つ自然な欲求を何時までも抑える事は出来なかった。

 マユミにしても、今までのシンジの対応を見て、好ましい人物であると判断していた。

 いきなり襲われても抗議出来ない立場だったが、シンジは家政婦としてでは無く、同居人として丁寧に扱ってくれた。

 シンジの顔は並みクラスだが、マユミは外観だけで判断するような短慮は無かった。シンジと話してみても好感が抱ける印象がある。

 将来の事を考えても、シンジが有望株なのは間違い無い。

 マユミの純粋な女の子としての理想と、将来保証の打算の双方がシンジを求めていた。


 最後に一つ。肆号機に寄生していた使徒が殲滅された後、マユミの胸から感じていた使徒の雰囲気が濃くなった。

 この原因を確かめるには、マユミの身体を徹底的に調べる必要がある。普通なら駄目だが、二人が繋がっていればそれも可能だ。

 シンジは自分の心に色々と言い訳して、マユミを優しく抱き寄せてキスをした。

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 マユミは下半身に痺れるような鈍い痛みを感じながら意識と取り戻した。

 そして自分がシンジの上で気を失っていた事に気がついた。慌てて確認して今の自分の状況が分かると、動揺して身動ぎした。

 顔を真っ赤に染めてシンジを見ると、シンジは爽やかな笑みを浮かべて自分を見ていた。


「目が覚めたか。身体は大丈夫?」

「……あんまり大丈夫じゃ無いです。初めてだったのに、あんなにするなんて……身体が壊れるかと思いました。

 それに……まだあたしの中で元気に……男の人って皆、こんなに凄いんですか?」

「い、いや、その……久しぶりだったもので、つい。……ごめん」

「い、いえ、あたしも……その……同意した事ですし……結婚なんて言いませんけど、でも責任は取って下さいね」

「分かった。でももう一回良いかな」

「きゃああ」


 シンジはマユミが気を失っている間、マユミの身体を探っていた。

 そして使徒の雰囲気を漂わせているものをマユミの体内で見つけた。使徒の欠片と呼ぶべきものか。

 それから危険なものを感じたシンジは、マユミの体内から取り出して亜空間に封印した。

 勿論、アダムの魂を封印した空間とは別のところだ。それと念を入れてマユミの記憶を垣間見た。

 どこで使徒の欠片を受け入れたのか疑問だったが、マユミの記憶にはそれは一切無かった。

 それにネルフやゼーレの紐がついていない事も確認した。これで安心して側に置けると思ったシンジはマユミの腹部に手をあてた。

 そして一定期間有効な不妊の術式を起動した。

 責任を取るのは構わないが、さすがに十四歳で母親になるのは早過ぎるとシンジは思っていた。

 マユミが気を失っている間に、それらの事を済ませたシンジは安心して第二ラウンドに挑んでいた。


 第二ラウンドが終わった時には、かなり時間は遅くなっていた。この時間では病院の出入り口は閉鎖されている。

 マユミは泊まるしか選択肢は無かった。

 シンジの身体をタオルで再度拭いて、汚れたシーツを交換した後、マユミは部屋にあるシャワールームに入っていた。

 シンジは軽い溜息をついて、覚悟を決めてミーシャとレイに呼び掛けた。


<ミーシャ、レイ、聞こえる?>

<シン様、どうしましたか? マユミさんがまだ帰ってきていませんが、何かありましたか?>  <お兄ちゃん、どうしたの?>

<彼女は今晩は帰れない。部屋にある予備のベットで寝るから>

<えっ!? 付きっ切りで看病するって言うんですか? シン様は何か具合が悪くなったんですか?>  <そうなの?>

<……ボクは彼女と……マユミと関係した。病院の退出時間は過ぎたから、今日はここに泊まるんだ>

<な、何ですって!? あたしの前にマユミさんと一線を越えたんですか!?>  <お兄ちゃん、あたしは要らない子なの!?>

<……ミーナが行ってから結構時間が経って、ボクも結構溜まっていた。まあ、言い訳だな。

 それと彼女に体内にあったのは使徒の欠片だ。その摘出も済ませた。勿論、不妊処理もしている>

<イヤッ! あたしよりマユミさんが選ばれるなんて!?>  <お兄ちゃん、あたしを捨てないで!>

<話しは最後まで聞いてくれ! ……彼女は普通の女の子であって、ボクが全開になったら彼女は壊れる。

 つまりボクは満足し切っていない。だからミーシャとレイもボクの女にする。良いね!>

<……姉さんの言った通り、シン様は二人でも満足出来ないのね。だから三人なのね>

<……やっぱり、お兄ちゃんはケダモノだったのね>

<そうだよ! 悪いか!?>


 シンジは開き直っていた。確かにミーシャとレイの身体の事を考えて我慢していたが、マユミとこうなった以上、

 二人に遠慮しても意味は無い。むしろ、この状況下で二人に手を出さないのは失礼に値すると考えていた。


<いえ、そんな事はありませんわ。なら、早速シン様の病室に<待った!>……えっ!?>

<二人とはボクの怪我が完治してからにさせて欲しい>

<な、何でですか!? マユミさんとは……シン様の右足は石膏で固められて、動かせないんですよね。今もその状態ですか?>

<そうだよ。今も石膏で固まっているから、ボクは動けない。意味は分かるよね>

<……分かりました。では、シン様の完治を待ちます>

<ミーシャ、どういう事?>

<レイ、後で説明するわ。初めてがあれじゃあ、ちょっとね。やっぱり普通が良いし……>

<納得してくれたか。正直に言ったから、次は逃げる事はしないから。楽しみにしてるよ>

<……いざこうなると、嬉しい気持ちと怖い気持ちが……>

<お兄ちゃん、あたしを壊さないでね>

<大丈夫、優しくするから>

<シン様、約束ですよ>  <お兄ちゃん、今度は逃げないでね>


 ミーシャとレイが納得した事でシンジは内心で安堵の溜息をついた。ミーナには後で連絡すれば良いだろう。

 その夜、久しぶりにすっきりとしたシンジは、夢を見る事も無く熟睡していた。

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 ゼーレ所属の科学者であるオーベル、キリル、ギル、セシルは会議室で打ち合わせをしていた。


「やっぱりS2機関の起動試験は我々が行うべきだったな」

「ああ。アメリカ支部の横槍で持っていかれたからな。データは残っているが、損失は大きい。ヤンキーの癖に出しゃばるからだ」

「そう言うな。リスクを教えてくれたと思えば良い。次は我々の手で起動試験を行う予定だ。その時の参考にさせて貰う」

「候補地は南大西洋の周囲には何も無い孤島か。何があっても大丈夫ね」

「我々はヤンキーとは違う。実験は必ず成功するさ」

「でも、肆号機は使徒に寄生されて破棄。伍号機の失敗と合わせて、かなりの痛手になったな」

「だが、今回の使徒でEVAが一台破棄されるのは想定済みだったぞ。今更、何を言っている」

「死海文書の記述か。それはそうだが、あれは予想外の出来事だった」


 伍号機のS2機関の起動試験は失敗したが、既に次のS2機関の製造に着手していた。

 肆号機に寄生した使徒の件は、結果的には記述通りの結果になるだろうと予想していた。


「話しは変わるが、あの魔術師が重傷を負った件は知っているな。上からは、次の使徒戦までは絶対に手を出すなという命令が来ている」

「肆号機の起動試験の時の爆発事故か。魔術師は化け物かと思ったが、普通に怪我をするんだな」

「本当に重傷なのか? 偽装という事は無いのか?」

「松代支部の救出チームが活動中に、【HC】のヘリ部隊が割り込んで来て、魔術師を助け出したわ。

 その時に松代の救出チームのメンバーが、魔術師の右足が折れて血だらけになったのを見ている。間違い無いわよ」

「想定外の事は反応出来ないという事か。奇襲なら通用するな。というか、今がチャンスだ」

「次の使徒戦が終わったら、仕掛けて良いんだな」

「ああ。だが、暗殺はまずい。拉致出来れば最高だが、駄目でも腕か足の一本くらいは奪いたいな。

 次の使徒が終われば、力ずくで戦う事は無くなる。そうなれば、初号機の戦闘能力が下がっても問題は無い」

「魔術師で一番やっかいなのは【ウルドの弓】だが、屋内に入れば使用は出来ない。ジオフロントは絶好の襲撃ポイントだ」

「ES部隊の生き残り四人と、腕利きの暗殺部隊三十人ぐらいを送り込むか。今なら右足が使えないから、上手くいけば拉致が出来る」

「そうね。左腕の携帯用粒子砲を最初に無効化出来れば、ES部隊の敵じゃ無いわね。絶対に拉致出来るわ」

「ネルフの保安部には部隊を派遣する事を伝えて、拠点も準備させよう。拉致出来れば、早速情報の吸出しと洗脳だ。

 これがうまく行けば北欧連合との力関係が一気に変わるぞ」

「ならば、次の使徒戦が終わって、気持ちが緩んだところを狙うか。

 魔術師をどうやってジオフロントに誘い込むか、早めに部隊を派遣させて検討させよう」


 ゼーレにとって、シンジは不可解な存在だった。十四歳にも関わらず、あそこまでの開発実績をあげて、且つ戦闘能力は化け物クラス。

 だが、怪我が治りきっていない今なら、シンジの拉致と洗脳が可能だと思われた。

 シンジから情報が得られれば、ゼーレにとっても大いなる福音となる。四人の会話には自然と力が篭っていた。


「ところで、セシルが動いていた女エージェントを魔術師のところに派遣させる件はどうなった?」

「ああ、あれね。候補者を選抜して、どうやって送り込もうかと検討しているところだわ。

 でも、新しい情報では魔術師のところに十四歳の日本人の女の子が送り込まれたらしいの。もしかして、こっちの手は使えないかも」

「仕方あるまい。画策した策の全てが上手くいくはずも無い。次の使徒戦の後に拉致出来れば、十分に挽回出来る」

「そうね。まずは日本に送り込む部隊を早急に準備しましょうか」


 ネルフの保安部にはゼーレの息が掛かっている。その保安部を使って、派遣する部隊の拠点準備と行動のサポートをさせる予定だ。

 こうして、シンジへの襲撃準備は着々と進められていった。

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 【HC】のキャリアは破壊されており、未だ補充機は納品されていなかった。

 その為、ネルフから派遣されたキャリアを使って、零号機と初号機はネルフ本部の以前に使用していたエリアに運ばれていた。

 同時に、【HC】の保安部と整備部の人員も以前に使用していたエリアに戻っていた。

 今回の派遣は最長で三週間という期限つきだ。従って以前に使用していたマンションでは無く、ネルフ本部内に寝泊りする予定である。

 封印解除と設備の復旧、食料等の搬入。やる事は色々とあった。【HC】のメンバー全員が忙しく動いている。

 ちなみに、これらに掛かる経費は全てネルフに請求する予定だ。(ネルフも承認済み)

 冬月はこの事を聞いた時は、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それを【HC】のメンバーは知る事は無かった。


 その【HC】のメンバーをネルフの職員は複雑な目で見つめていた。

 参号機の左腕が修理中という事もあり、現在のネルフの主戦力は弐号機だけである。

 その弐号機が信用出来ないから、零号機と初号機が一時的に本部に戻って来たという事は知れ渡っていた。

 自分達の戦力が当てにされていないと言われて、嬉しく感じる人間はいない。かと言って、初号機の実力が高いのも承知している。

 伍号機と肆号機の起動試験の失敗で、世間のネルフを見る目が厳しいのも承知している。

 そんな訳で、ネルフの職員は【HC】のメンバーと会話する事も無く、遠くから見ているだけだった。


 ミサトも同じだった。【HC】設立前に、零号機と初号機の扱いで、散々問題になった事を思い出し、頭を痛めていた。

 シンジ達がネルフを出て行った後は、ミサトの精神衛生上の問題は少しは緩和されていたのだが、それが舞い戻ってきたのだ。

 ミサトが悩むのは当然の事だった。もっとも、ミサト個人の都合など、シンジ達は一顧だにしていなかったが。


 今日はEVA二機の搬入と準備だけであった。明日からはシンジとレイが常駐になる予定だ。

 これで使徒の迎撃態勢が整うと誰しもが考えていた。






To be continued...
(2012.03.17 初版)
(2012.07.08 改訂一版)


(あとがき)

 流石にヒカリは殺せませんでした。まあ、苦悩は負って貰いますが、最終的には……という事にします。

 交渉の席でゲンドウがカツラを取って、丸めた頭を見せて謝罪する……かなりの衝撃だと思います。

 まあ、そんな程度で許して良いのかとの意見もあるでしょうが、話しの流れ(勢い)で納得して下さい。

 拙作は嬲るのをメインにしている訳では無く、駆け引きとかそっちをメインに考えていますので。

 マユミとの関係を進めてしまいました。ミーシャとレイも時間だけの問題になっています。

 そんな状態でシンジ達は以前使用していたネルフ本部内の施設に向かいます。当然、何かが起きます。



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