因果応報、その果てには

第四十四話

presented by えっくん様


 【HC】の職員が昨日のうちにネルフ本部に出向いて、以前に使用していたエリアの封印を解除し、施設の立ち上げ作業を行っていた。

 予め、何時でも使えるようにしていた為に、復旧作業は短時間で済んでいた。

 そんな中、【HC】からネルフ本部に向かう、一機のVTOLがあった。シンジ、ミーシャ、レイ、マユミが搭乗している。

 今回、零号機と初号機の派遣期間が短期間という事もあり、最低限のスタッフだけが派遣されている。

 保安部と整備部がメインであり、その他の部署は基本的には派遣されない。戦闘指揮関係と技術スタッフが少数だけだ。

 居住も以前使用していたマンションは使用しない。本部内の空いている部屋に寝泊りする予定だ。

 不知火とライアーンは【HC】基地に居る。そして今回の派遣メンバーの総責任者は、車椅子を使用しているシンジだった。

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 ネルフ:発令所

 零号機と初号機は前日に【HC】が使用していたエリアに運び込まれており、今日、シンジ達が到着した事も連絡されていた。

 ゲンドウは毛髪を全て剃ってテルテル坊主状態だが、サングラスを外す事は無かった。その状態でいつものポーズで席に座っている。

 冬月は笑い出すのを必死に堪え、オペレータ達も戸惑った顔をしている。そこに通信が入ってきた。


「ロックフォード中佐からの通信が入っています」

「出せ」


 大型モニターにシンジの全身が映し出された。車椅子に乗り、右足は石膏で固められ、左手は首から包帯で吊るされている。

 顔の包帯は取れている。その状態を見たネルフのスタッフから溜息が漏れたが、シンジは気にする事無くゲンドウと話し出した。


『【HC】のシン・ロックフォードだ。今回、ネルフの要請により短期間ではあるがここに派遣されて来た。

 最初に言っておくが、使徒が来ない限り、我々はネルフと基本的には接触しない。

 以前にあったゲートを開けたが、原則的に出入りを禁止する。これは問題無いだろうな』

「構わん。一応確認するが、その身体で戦えるのだな?」

『勿論だ。我々が駐在するのは短期間だ。細かい取り決めをしても意味が無いが、これだけははっきりと言っておく。

 使徒が来た場合、我々は独自の判断で出撃する。ネルフとの共同作戦は一切行わない事を通達する』

「何を言ってるの!? 共同作戦をしないなら、何でここに来たのよ! 此処に来たなら、あたしの指揮下に入るべきでしょう!」

「止めないか、葛城二尉!」

「しかし、副司令!」

「共同作戦を行うなら、ネルフが【HC】の指揮下に入らねばならんが、それはしたく無い。だから、これで良いのだ」

「【HC】の独自判断行動を認める」

『当然だ。前々回の参号機の命令違反は記憶に新しい。あの時みたいに後ろから攻撃されるなら、最初から不要だ。

 さっきの葛城二尉のように勘違いされても困るしな。我々はネルフに一切の期待はしていない。

 ただ、邪魔をしなければ良い。そして邪魔をした時は容赦なく殲滅するだけだ。覚悟しておくんだな』


 シンジは真顔で言い切った。ゲンドウが謝罪をした事は驚いたが、それだけで今までの行為が帳消しという訳では無い。

 そもそも、弐号機と参号機と連携が取れるとは考えていない。だったら、零号機だけと組んだ方がよほど安心出来る。

 後はネルフの武装ビルにも期待はしていない。同等の事なら、【HC】、国連軍、戦自に依頼すれば済む事だ。

 緊急時には、【ウルドの弓】を使用した直接攻撃も可能だ。唯一、気掛かりなのは自分の怪我がどこまで戦闘に影響するかだけだ。

 その辺りの事はゲンドウと冬月も当然と割り切っていた。納得していないのはミサトぐらいである。

 そしてシンジはまともにミサトと話し合う気も無かった。既にネルフの権限は削っており、シンジの関心も低かった。


『午後にはこちらも落ち着くだろう。その頃にフィフスチルドレンに面会したい』

「分かった。用意させておく。他に何か要望はあるか?」

『今のところは無い。精々、ネルフは我々の邪魔をしないようにしてくれれば良い』


 そう言ってシンジからの通信は切られた。シンジの態度を見て、やはりネルフを嫌っているなと全員が実感していた。

 そんな中、ミサトの表情はどこか歪んでいた。

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 オペレート業務が一息つき、日向と青葉とマヤの三人は休憩所で休みながら雑談をしていた。


「ロックフォード中佐は相変わらずネルフが嫌いみたいだな。何とかならないのかな?」

「最初の頃はあちらと我々が協力しないと使徒を倒せないと考えていたが、今までの結果はどうだ?

 ネルフが単独で使徒を倒したのは、この前の使徒だけだぞ。中佐がネルフを当てにしないのも分かる気がする」

「でも、共同作戦を行わないって事は、また弐号機と参号機に被害が出るのかしら」

「さあな。最初からあちらが出ればネルフの損害は無いだろうが、ネルフの面子が丸潰れだ。

 かと言って、最初からこちらが出れば損害を受ける事は間違い無いだろう。面子を取るか、実利を取るか、司令が判断するだろう」

「最初の頃の事を考えると、ここまで差がつくとは思わなかったな」

「まったくだ。あの初号機の光の柱で使徒が焼き尽くされた光景は忘れる事は出来ない。あれがS2機関の威力なのか」

「だけど、この前無事に動いたダミープラグは凄いじゃ無いか。あれがあれば次の使徒だって大丈夫だろう」

「まだ、ダミープラグには問題があるのよ。確かにこの前の起動試験は上手く行ったけど、まだまだ改良しないと駄目なの」

「あれって参号機にも装備されているんだよな。参号機の方は動くのか?」

「まだ起動試験をしていないから分からないわ。でも、パイロットが居なくても動くのはメリットがあるのよね。

 暴走するのが問題だけど」

「中学生に殺し合いをさせるよりかは、マシかも知れないな」


 アスカとトウジ。十四歳の中学生を戦地に追いやる事を考えれば、ダミープラグで使徒が倒せれば、それに越した事は無い。

 だが、ダミープラグの真の材料を知った時、日向と青葉はどんな反応をするだろうか? マヤはここでそれを試す気には為れなかった。

 純粋に日向と青葉はダミープラグに期待し、マヤは良心との板ばさみ状態になっているが、それを態度に表す事は無かった。

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 ミサトはリツコの部屋に居た。さっきのシンジとの通信でリツコに確認したい事があった為である。

 ミサトはまだ左腕が治っておらず、首から包帯で左腕を吊っている。リツコもまだ新しい義足が出来ていないので車椅子に乗っている。

 二人ともボロボロの状態だが、その事には触れずにミサトは話し出した。


「リツコ、【HC】がうちに来たのは、うちが要請した為なの?」

「そうよ。今の参号機の左腕は無くて、修理には時間が掛かるわ。弐号機一機じゃ、不安でしょう。だから短期間の派遣を要請したのよ」

「……だけど共同作戦は一切行わないなんて、何様のつもりよ!?」

「【HC】様のつもりでしょ。初号機はS2機関を搭載しているから、弐号機を遥かに超える戦闘能力を持っているわ。

 言わば最強のEVAなの。パイロットの能力も含めると、弐号機では到底届かないわ。それにこれまでの事を考えると当然の態度ね。

 確かに中佐の左腕と右足は骨折して動かせないけど、EVAは思考制御だから問題は無いはずよ」

「……それにしても、あのネルフを馬鹿にした態度は無いんじゃないの」

「ミサトの行動を含めて、今までの結果が全てね。あなたが中佐に何をしてきたか、忘れた訳じゃ無いでしょう。

 それでいて友好的な態度を期待する方が間違っているわよ。ミサトは中佐に完璧に嫌われている事を自覚しなさい。

 まあ、中佐が嫌っているのは、ミサトだけじゃ無くてネルフそのものみたいだけどね」

「EVAの最強のパイロットに嫌われているか……何とかならないものなの」

「無理ね。六分儀司令が謝罪して頭を丸めても、今までの事が影響するもの。信頼を失うのは一瞬でも、信頼を得るには時間が掛かるわ。

 ここまでくれば、ネルフが中佐の信頼を得るのは無理だと断言するわ」

「……それでもネルフは零号機と初号機を当てにしないといけないのか。参ったわね」

「あたしを含めてだけど、自業自得というか因果応報というか、今までのツケが一気に回ってきたみたいね」


 リツコはシンジとの関係改善は無理だと割り切っていたが、ミサトはそうでは無い。

 技術部と作戦部という違いはあって、使徒との戦闘時にシンジの重要度はミサトの方が一気にあがる。

 ミサトの心には、自分の指揮で何としても使徒に一矢でも報いたいという気持ちが残っている。

 それを実現させる為にはシンジはどうしても必要と考えている。どうすれば良いのか、ミサトの悩みが尽きる事は無かった。

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 アスカとトウジは学校には行っていなかった。トウジは左腕の負傷という理由があり、アスカは精神的に安定していなかった事もある。

 二人はジオフロントにあるベンチに離れて座っていた。


「そう言えば、トウジが病室に飛び込んで来てヒカリに告白したのは聞いたけど、結末は聞いてないわね。どうなったの?」


 アスカの言葉で、その時の事を思い出したトウジは一瞬で顔が真っ赤になった。


「な、内緒や!」

「顔が赤いわね。さてはキスぐらいはしたんじゃ無いの?」

「そ、そんな事言える訳無いやろ!」


 実際はもうちょっと先の事までしたのだが、そんな事をアスカに教える義理は無かった。

 ヒカリが退院したら、ある事をする約束をしてあるのだが、それは絶対に教える訳にはいかない。

 言われっぱなしも癪なので、トウジは反撃を始めた。


「そういうアスカはキスの経験はあるんか?」

「えっ!? と、当然よ。あたしみたいに良い女に言い寄ってくる男は多いのよ。選り取り見取りなんだからね!」

「……ほんまか?」

「本当に決まってるでしょう!」


 アスカは内心で狼狽していた。この前のコウジとのデートの時が初めてのキスの経験であった。

 トウジに教えるつもりは無いが、その時の事を思い出すと顔が赤くなり、胸の鼓動が早くなる。

 加持の事を諦めた訳では無いが、コウジの事も想っている自分にアスカ自身戸惑っていたのである。

 自分が話し出した内容だったが、雰囲気を変えようと、アスカは強引に話題を変えた。


「そ、そう言えば零号機と初号機が昨日届いて、ファーストとサードが今日来るみたいね」

「ファーストとサード? ああ、綾波と碇の事か。もう着いたんとちゃうか」

「ネルフから要請があったって聞いているけど、何か釈然としないのよね。要はあたし達が当てにならないから呼んだ訳でしょ」

「そやかて、参号機の左腕が治るまでやと聞いとるが」

「それでもよ。この前は弐号機が暴走したのよ。今まで一度もそんな事が起きなかった弐号機がよ。

 リツコに聞いても原因を調査中の一点張り。どこかおかしいわよ」

「おかしいと言うたかて、どうするねん」

「それが分かれば苦労はしないわよ! 後であいつに会いに行ってみようと思ってるんだけどね」

「……何時や?」

「明日か明後日ね」

「なら、ワシも一緒に行くわ」

「分かったわ」


 ミサトとリツコからは【HC】のエリアには絶対に入らないように言われているが、今の二人の抱えている疑問を解消するには、

 シンジと話し合う必要があった。シンジの方は話し合う気が無くても、二人にはシンジに聞きたい事があった。

 実際には【HC】のゲートには検問があって、ネルフの人間が入る事はシンジの許可が必要になる。

 そしてアスカとトウジに、通行許可が下りる事は無かった。

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 次の使徒の襲来が迫っている中、零号機と初号機をネルフ本部内に配置出来た事で、ゲンドウと冬月は内心で安堵していた。


「やっとこれで次の使徒に備える事が出来たな。補完委員会の要請があったから【HC】は無視出来なかったか」

「議長から北欧連合に次の使徒の襲来時期の情報が伝わった事もある」

「シンジ君は相変わらずだが、結果さえ出してくれれば問題無いな。ところで、次の使徒は初号機を最初に出すのか?」

「状況次第だ。弐号機と参号機のダミープラグを使用しても倒せなかった場合の保険という意味合いもある」

「……そうだな。第十三使徒を圧倒したダミープラグなら、次の使徒を倒せるかも知れんな。ところでユイ君の件はどうする?」

「……まだ検討中だ。だが、シンジが此処にいる間に、何とかして誘導するつもりだ」

「と言う事は、シンジ君がユイ君を封印しているのは事実だと言うのか?」

「証拠はまだ無い」


 シンジがユイを初号機の中に封印しているというのは、シンジから話した事だった。

 その真偽が分からぬまま、状況が進んでいくのは好ましく無かった。

 一刻も早く、その真偽を確認したかった二人だが、シンジが本当の事を話すという保証はどこにも無い。

 初号機の管理は【HC】に移っているので、ネルフ側では確認も出来ない。ゲンドウと冬月はジレンマに陥っていた。


「ところで頭を剃った感想はどうだ? 結構涼しいのか?」

「…………」


 冬月の質問にゲンドウが答える事は無かった。

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 シンジ達四人には二部屋が割り当てられていた。元々派遣されたメンバーは少数であり、空き部屋の数は多かった。

 簡易ベットが並んでいるだけの、仮の住まいだ。最長でも三週間という事もあり、最低限の機能が果たせれば問題は無かった。

 持ち込んだ荷を解いて、全員がシンジの部屋に集まっていた。(部屋は男女別である。女性三人は一部屋に一緒に寝泊りする)


「シャワーとベットがあるだけの仮住まいだけど、三人は我慢出来るの? 今回はボクとレイだけでも良かったんだけど」

「何を言ってるんですか、シン様は重傷なんですよ。看護する人が必要なんですからね!」

「そうです。それに食事も大切です。こんな環境でも美味しい食事を取れば、気分も違います。頑張って作りますから」

「……あたしとお兄ちゃんだけでも良かったのに」

「何を言ってるの。シン様とレイを一緒にしたら、間違いが起きるに決まっているでしょう。

 零号機がガニ股で出撃するような事になったら一生ものの恥よ。それでも良いの!?」


 確かに零号機がガニ股で出撃した事を見られたら、超恥かしいものがある。

 それを想像したレイは身震いしたが、レイの妄想は顔を真っ赤にしたマユミの声で中断された。


「ミーシャさんは何を言っているんですか!? そんな恥かしい事は言わないで下さい!」

「でも、マユミさんは今も少しガニ股よね。朝よりはマシになったけど、まだはっきり分かるわ。……そんなに痛いの?」

「そ、そんな事は言えません! シンジさん、助けて下さい」

「ま、まあ、ミーシャも落ち着いて。これからレイと打ち合わせをしたいんだけど、良いかな」

「分かりました。じゃあ、あたしは大人の階段をあがったマユミさんと部屋に戻っていますから」


 そう言って、ミーシャは渋るマユミを引き摺って部屋に戻って行った。

 ミーシャがどんな尋問をマユミに行うのか興味はあったが、シンジは意識を目の前のレイに戻した。

 二人が部屋を出るのを確認すると、レイはシンジの車椅子の横に椅子を移動させて座った。そしてシンジの右手を胸に抱かかえた。

 シンジは右手にレイの柔らかい感触を感じながら、話し出した。


「レイ。嘘か本当か分からないけど、次の使徒は今までの使徒より遥かに強い、最強の使徒だそうだ。

 絶対に零号機の単独行動は止めるんだ。必ず、ボクのフォローに徹するんだ。良いね」

「うん。もう、あたしの替わりはいないもの。あたしが死んじゃったらお兄ちゃんも悲しむでしょう。お兄ちゃんが悲しむ事はしないわ」

「それで良い。レイは大事な家族だ。レイは絶対に守るさ。出来るならレイには出撃して欲しくは無いんだけどね」

「駄目よ。お兄ちゃんの横に立てるのはあたしだけ。あたしだけの権利なの。だから出撃するけど、無理はしないわ」

「安心したよ」

「……あたしは安心していないわ」

「レイ?」

「お兄ちゃんが完治したらって言われたけど、戦いの前にその証が欲しいの。あたしがお兄ちゃんの女だっていう証が。

 ……それにお兄ちゃんは、マユミさんに満足していないんでしょ。だったらあたしが手伝うわ」


 戦いの前に気が高ぶるのは誰にもあるだろう。そして次の使徒は最強と聞かされたレイも例外では無かった。

 シンジに無理はしないと言ったが、それで生き残れる保証は誰も出来ない。最悪の場合は死ぬ事もありえるとレイは覚悟を決めていた。

 自分が死ねばシンジは悲しむだろうが、それでもシンジが死ぬより良いだろうと思っている。

 いざという時は初号機の盾になるつもりだ。戦いの前にシンジとの確かな絆が欲しいと思ったレイは、シンジに顔を近づけていった。

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 ES部隊の生き残り四人と暗殺部隊三十人は、ゼーレの息が掛かっているネルフ保安部の用意した拠点で身体を休めていた。

 チームのリーダーはES部隊の生き残りである『012』だ。ES部隊のメンバーの名前は無い。コードナンバーで呼び合っている。

 ES部隊と暗殺部隊は別々の部屋で休んでいる。そしてES部隊のメンバーで話し合いが行われていた。


「仮住まいとしては中々の設備だな。これなら長期任務にも耐えられる」

「長期任務などする気は無い。あの魔術師が我々の本拠地を潰した本人だと分かれば、俺が八つ裂きにしてくれる!」

「『104』は少しは落ち着け。上からは次の使徒戦が終わるまでは絶対に手出し無用と命令されているんだ。

 それに使徒戦が終わってからも、暗殺では無く、拉致と洗脳が目的だ。片腕ぐらいは吹き飛ばしても構わんが、そこを間違えるな」

「仲間を殺されても黙っていろと言うのか!? 俺は妹を殺されたんだぞ!」

「気持ちは分かるが、上からの命令だ。今はジオフロントの構造把握と襲撃ポイントの選定。それと誘き出し方法の検討だ。

 仕掛けるのは次の使徒戦が終わってからだぞ。上手く拉致出来れば『104』が洗脳するんだ。間違えるな」

「……分かった」

「ネルフの保安部からの連絡で、魔術師が昼ぐらいにフィフスの病室に行くそうだ。標的の顔を直接確認した方が良いな」

「そうだな。暗殺部隊は待機で良いだろう。我々四人が出向けば良い。保安部にはターゲットが見られるように指示を出しておく」


 四人は部隊の本拠地が襲撃された時、偶々他の場所に派遣されていたので難を逃れていた。

 本拠地に親しい人間が居た『104』は、襲撃者が北欧連合の可能性が高いと聞き、シンジを異様に憎むようになっていた。


 四人とも使徒細胞を摂取した事で特殊能力に目覚めており、身体の一部をサイボーグ化して戦闘能力を飛躍的に高めている。

 条件さえ整えられれば、一人で軍隊を相手に戦闘する事も可能であった。

 命令では次の使徒戦が終わってから、シンジを拉致、洗脳するように言われている。

 シンジの戦闘能力全てを分析出来てはいないが、暗殺部隊三十名とES部隊四名の手に掛かれば、シンジの怪我が無くても

 倒せるだろうと考えている。今のシンジは右足が使えない、二度と無いだろうチャンスである。

 そのチャンスを逃がすつもりは無いと、部隊全員が考えていた。

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 シンジは車椅子に乗って、ミーシャと保安部三名と一緒にヒカリの病室を訪ねていた。

 ネルフの保安部も立ち会って、シンジはヒカリと話し出した。


「洞木さん、久しぶりだね」

「来てくれたのね、ありがとう。……碇君も大怪我をしたのね」

「ああ。肆号機の起動試験の爆発に巻き込まれてね」

「ごめんなさい」

「別に君が謝る事じゃ無いさ。今日来たのは、一度君の様子を見たかったのと、聞きたい事があったんだ」

「聞きたい事?」

「そう。フィフスチルドレンになって後悔した?」

「……両足切断だから後悔していないとは断言出来ないけど……あたしは過去の事を悔いるよりは、未来の事を考えたいわ」

「……分かった。義足はネルフが準備してくれるのかな?」

「ええ。そう言われたわ。今後の生活の補償もしてくれるって」

「……何時頃退院出来るって?」

「それはまだ教えて貰って無いわ」


 肆号機が使徒に寄生された事で、マユミと同じようにヒカリにも使徒の欠片が入り込んでいないかと、シンジは危惧していた。

 直接会ってヒカリの気配を探ったが、使徒の気配は微塵も感じなかった。適当に話を切り上げてシンジは病室を出て行った。

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 ネルフの保安部の職員に案内されたES部隊の四人は、モニターに映るシンジを見ていた。

 病室に入る時から、ヒカリとの会話、動き、その全てを見聞きしていた。


「車椅子か。いくら化け物級の使い手と言っても、不意打ちには弱いし、攻撃が当たれば怪我もする。大丈夫だろうな」

「右足が石膏で固められているからな。機動力はゼロと考えていい。攻撃が回避されるリスクは無いな。

 それに左腕も首から吊るされているから、携帯用の粒子砲も使えるか怪しいもんだ」

「それって赤子の手を捻るようなものだって事だな。暗殺部隊を三十人も投入する意味は無いか?」

「いや、念には念をいれる。全員を投入する」

「まあ、俺達の出番が無くても構わないがな。上からの命令さえ実行出来れば良い」

「そういう事だ。……おい、『104』は何処に行った?」

「トイレじゃ無いのか?」

「……まさか!? 今、探す! …………まずい!! 『104』はネルフ職員を使って魔術師を襲うつもりだ。何としても止めろ!

 急ぐんだ!」

「何だと、あいつが命令違反をしたと言うのか!? 分かった、直ぐに向かう。指示を出してくれ!」


 『067』と『068』は急いで部屋を飛び出した。部屋に残った『012』は透視能力を使って、『104』の居場所を探し出し、

 飛び出した二人に伝えた。上からの命令は絶対であり、次の使徒戦までは絶対にシンジに手を出すなと言われている。

 ここでシンジが怪我でもして出撃出来ないようになれば、初号機をネルフ本部に配置した事が無意味になる。

 『012』は背中に冷や汗をかいている事を自覚していた。

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 ネルフの保安部にゼーレの息は掛かっているが、全員では無い。逆に言えば半数以上は普通の職員である。

 その普通の保安部の職員と、諜報部の職員は監視カメラでシンジの動向を監視していた。

 初号機の戦闘能力を当てにしている事もあってシンジには何も出来ないが、重要人物であるシンジの動きを知る事は必要だ。

 そしてヒカリとの会話も一言一句、全てが録画されていた。

 シンジがヒカリの病室を退出して廊下を車椅子でゆっくりと進んでいる映像を、ネルフの職員は何事も起きなくて良かったと

 安堵の表情で見ていた。ところが、シンシ達が【HC】の管理エリアに入る直前に変化が起きた。

 ネルフの制服を着用した職員八名がいきなりシンジの後方に現われて、シンジ達に拳銃を発砲したのだ。

 シンジは反応出来なかったが、灰色の小さい狼が立ち塞がり白っぽい膜のようなものを展開した。

 ネルフ職員の撃った銃弾はその膜のようなものに弾かれ、シンジとミーシャに当たる事は無かったが、シンジの周囲を警戒していた

 護衛三人のうちの二人に当たった。そこから廊下で銃撃戦が始まった。

 ネルフ側も次々に増員され、【HC】の管理エリアに近かった為に【HC】の保安部も直ぐに駆けつけた。

 シンジとミーシャは真っ先に避難したが、それでも総勢五十人を超える人間が集まっていた。


「な、何をやっているんだ!? 直ぐに保安部のメンバーは現場に直行しろ! 良いか、【HC】との戦闘は絶対に拡大させるな!

 速やかに鎮圧するんだ! 銃撃戦をやっている職員を拘束しろ! 抵抗すれば射殺だ! それとこの事を司令に報告するんだ!」


 慌てて指示を出した保安部の職員だったが、ネルフが【HC】に直接武力行使した事でどんな影響が出るか想像した時、

 顔が真っ青になっていた。

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 シンジはヒカリの容態を見て、これなら自分が手出しをする必要は無いと判断した。残るは次の使徒に対する備えである。

 近隣の戦自や国連軍には事情を説明して、臨戦態勢を布いて貰っている。どこで使徒が発見されるかがポイントになるだろう。

 ミーシャに押されている車椅子にシンジが乗って、そんな事を考えていると、いきなり使い魔のユインがシンジに念話を送ってきた。


<マスター、危ない!!>


 シンジは戦士であるが、科学者でもあり、裏方の仕事も多かった。

 戦士としてだけで生活するなら四六時中周囲に気を張り巡らして、敵を近寄らせる事などさせないだろうが、それは許されない。

 裏方の仕事の方が重要であり、影響も大きい。今回は考え中だった為にシンジは反応出来なかったが、それはユインがフォローした。

 シンジとミーシャに向けられた銃撃は、ユインの張ったシールドで無効化出来たが、護衛の二人が負傷した。


「こちらはロックフォード。近くの廊下でネルフ職員の襲撃に遭っている。至急、応援を出して下さい!

 ミーシャ、車椅子の方向を反対にして、少しずつ後退するんだ!」

「は、はい!」


 シンジは左腕のリストバンドを外して、銀色に輝いている円盤を出した。

 左腕を動かした事で痛みが走ったが、そんな事は言っていられる状況では無い。そして襲撃者八人をあっという間に射殺した。

 ネルフ側の人数は徐々に増えていった。そこに【HC】から増援が到着した。


「ネルフの追撃を抑えられれば良い。全員が撤退したら、通用ゲートを爆破して閉鎖する! 負傷者は必ず回収するように!」


 今回は短期間の派遣という事であり、【HC】から来ているメンバーは少数だ。ネルフが物量で攻めてきたら、対応仕切れない。

 ネルフが【HC】エリアに攻め入った時の反撃の手段を用意する必要があるのだ。

 シンジとミーシャは保安部のメンバーにここを任せると、以前に使用していた第二発令所に向かった。

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 冬月は司令室でゲンドウと次の使徒の事とユイの事で話し合っていたが、そこに急に電話が掛かってきた。


「何だと! うちの職員複数が中佐に銃撃を加えただと!? まだ銃撃戦が続いていると言うのか!? 速やかに鎮圧しろ!

 ああ、【HC】の職員には絶対に銃を向けるな! 攻撃した職員だけを拘束して、直ぐに尋問するんだ! 自白剤を使え!

 中佐の怪我はどうなのだ!?」

『ロックフォード中佐への銃撃は不思議な膜のようなもので防がれましたので、中佐の怪我はありません。

 中佐は真っ先に撤退しています』

「分かった。銃撃戦を速やかに鎮圧する事を最優先にしろ! それと尋問結果は直ぐに知らせてくれ!」

『はっ! 了解しました』


 冬月の電話を聞いていたゲンドウの顔色が変わっていた。【HC】に攻撃した事で、完全に両者の関係は崩れるだろう。

 弐号機と参号機のダミープラグで使徒が倒せれば良いが、もし駄目な場合はサードインパクトの危機が迫る。

 最終的にはシンジは出撃するだろうが、ネルフへの配慮はまったく望む事は出来ない。

 その場合、ネルフの被害はどれほどのものになるだろう。それを想像したゲンドウは胃が痛みだした。


 冬月は受話器を置くと、【HC】への内線電話をかけた。だが、コール数が十回を超えても誰も出る者はいない。

 そこにリツコから内線が掛かってきた。


「赤木君か、中佐の事情は知っているか?」

『はい。保安部から連絡がありました。まだ【HC】の使用エリアから飛び立ったVTOL機はありません。

 中佐は本部内に居ると思われますが、まったく連絡が取れません』

「……まずは銃撃戦を止めるのが最優先だ。次に【HC】に攻撃を仕掛けた職員を尋問する。どんな背景があったか探らねばならん。

 それと今回の襲撃はネルフの意思では無い事を彼らに納得して貰わねばな」

『……納得してくれるでしょうか?』

「納得してくれない場合、ネルフは破滅だ。私は【HC】の不知火司令と話す。赤木君は中佐と連絡を取ってくれ」


 冬月がリツコとの会話中に、いきなり警報が鳴り出した。第十四使徒:ゼルエルの襲来であった。

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 使徒警報が鳴り響く中、発令所は緊迫した雰囲気に包まれていた。


『総員第一種戦闘配置!』

『地対空迎撃戦用意!』

「目標は?」

「現在進行中です! 駒ヶ岳防衛線を突破されました!!」


 空中に浮かびながら接近してくる使徒に、地上の迎撃システムからミサイルやロケット弾が発射された。

 使徒はそんな攻撃など意にも介せず、顔面が一瞬光ると地上に十字架の火柱が立ち上った。


『第一から第十八番装甲まで損壊!!』

「…十八枚もある特殊装甲板を一瞬に……」


 日向が唖然として呟いた時、左手を包帯で首から吊っているミサトが発令所に入って来た。


「パイロットは!?」

「参号機は搭乗済みで、何時でも発進可能です。弐号機は現在搭乗中。出撃まで後八分かかります!」

「EVAによる地上迎撃は間に合わないわ! 二機ともジオフロント内に配置!! 本部施設の直援に回して!!!」


 ミサトの指示で左腕の無い参号機が射出された。

 この緊急時だ。左腕が無いからと言って、参号機を待機させる余裕はネルフには無かった。


「トウジ君には目標がジオフロント内に侵入した瞬間を狙い撃ちさせて! 零号機と初号機はどうなっているの!?」

「通信回線が繋がりません! 現在、【HC】を襲撃した職員を保安部が鎮圧中です」

「まったく、こんな時に【HC】を襲うなんて何を考えているのよ!?」

「……弐号機にはダミープラグをバックアップさせて出せ!」

「はい」


 ゲンドウは何時ものポーズで命令を出した。坊主頭のゲンドウに戸惑いを感じたミサトだったが、直ぐに了承した。

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 迎撃システムを次々に破壊し、接近して来た使徒の顔面が光った。次の瞬間、複数の十字架の火柱が立ち上った。

 発令所のアラームが鳴り響いた。


「駄目です! あと一撃で全ての装甲が突破されます!!」

「……頼んだわよ、トウジ君」


 片腕しか無い参号機に接近戦は不利である。だから銃撃戦を指示したが、今までの使徒の攻撃を見て銃撃戦が通用するか、

 ミサトの脳裏を不安が過ぎっていた。だが、そんな事を口に出す訳にはいかない。

 ミサトに出来たのは、不安を抑えてトウジに期待する事だけだった。

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 最後の装甲が破壊され、ついにジオフロントの天井部が崩れ落ちた。

 その光景を右手に銃を構えた参号機に乗って、トウジが見つめていた。

 参号機の周囲には多数の銃が置かれている。弾切れになったら直ぐに交換する為である。

 トウジの目には闘志が篭っていた。


「来たか。ワシとヒカリの明るい未来の為に、碇がおらんでもワシ等だけでもやってやるわ」


 トウジは自分の実力をある程度は把握している。参号機で使徒を倒せるとは思わないが、足止めぐらいは出来るだろうとの判断だ。

 もう少しで弐号機の準備が出来る。ここで参号機が使徒を食い止めれば、弐号機と挟撃出来る。そうなれば勝てると思い込んでいた。


 天井部から使徒がゆっくりと降下してきた。その使徒に参号機は銃撃を加えた。

 だが使徒は銃撃などまるで感知していないかのように、悠然としてジオフロントに降り立った。


「このっ!!」


 弾切れをした銃は投げ捨て、側に置いてある新しい銃やバズーカを弾が続く限り使徒に打ち込んだ。

 だが、使徒はまるで反応しない。そのまま参号機の攻撃を受けているだけだ。そして攻撃の効果は一切見られなかった。


「ATフィールドは中和しているはずやのに!?」


 参号機がいくら攻撃しても使徒には通じず、使徒の反応も無かった。トウジに焦りが広がっていった。

 この使徒に負ければサードインパクトが起こり、大事な妹とヒカリが死ぬ事になる。

 トウジはそんな事になるくらいなら、刺し違えても使徒を倒すと決意していた。

 ふとヒカリの唇と胸の感触をトウジは思い出した。ヒカリが退院したら、トウジは大人の男になる約束を交わしている。

 こんなところで死ぬ訳にはいかない! 【男】と【漢】の両方の本能がトウジを突き動かしていた。


「何で効かんのや!? 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!! お前はワシのばら色の未来の邪魔なんや! 落ちろ!!!」


 使徒は両腕にあたる部分に折りたたんであった白い布のようなものを開放すると、それを参号機に向けて伸ばした。

 次の瞬間、銃撃をしていた参号機の右腕がバッサリと斬り落され、右肩から鮮血が噴出した。


「ぐっ!! な、何やと!?」


 参号機の右腕を斬り落された事で、トウジの右肩に激痛が走った。この前の左腕の爆破とはまた違った激痛だ。

 だが、トウジの目はまだ死んでいなかった。両手が無い状態であるが、まだ足は残っている。


「うぉぉぉぉぉ!!!」


 トウジは雄叫びをあげながら使徒に突っ込んで行った。両手は無いが、頭突きで使徒に攻撃するつもりだった。

 だが、使徒はむざむざ参号機の攻撃を受けるつもりは無かった。両腕の白い布のようなものを再度、参号機の方に向けた。

 それを見たミサトが叫んだ。


「トウジ君、待ちなさい!! 全神経接続をカット! 早く!!」


 幸いにも参号機の頭部が斬り落される前に、トウジのシンクロはカットされた。

 これが間に合わなかったら、トウジの首に如何ほどの衝撃が掛かっただろうか? 下手をすればショック死していたかも知れない。

 参号機は両手と頭部が無い状態でシンクロがカットされたので、立ったまま活動を停止した。


「参号機大破! 戦闘不能!」

「トウジ君は?」

「無事です! 生きています!」


 シンクロが切られ、活動を停止したエントリープラグの中でトウジは打ちひしがれていた。

 使徒に瞬殺され時間稼ぎも出来なかった自分は何なのか!? 右腕の痛みを感じながらトウジは一人で呻いていた。

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 頭部と両腕を失って活動停止した参号機に興味を失ったか、使徒はそれ以上の攻撃はせずに静かに移動を開始した。


「使徒が移動開始」

「弐号機の状況は!?」

「ダミープラグの搭載完了。何時でも発進出来ます!」

「弐号機をジオフロントに緊急射出!」


 アスカの戦闘能力はネルフの誰しもが認めていた。

 前回はダミープラグを使用したが、それでもネルフ単独で初めて使徒を殲滅したのだ。

 ネルフの期待を一身に背負って弐号機とアスカはジオフロントに姿を現した。

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 ネルフ職員の襲撃から逃れたシンジとミーシャは第二発令所に戻って、【HC】基地の不知火に状況を連絡していた。


『何だと!? ネルフ職員の襲撃に遭ったと言うのか? それで状況は!?』

「保安部の六人が銃弾を受けて負傷していますが、死者はありません。ネルフ側の人数は最後に確認した時点で三十人は超えていました。

 通用ゲートを爆破して防いでいますが、人海戦術で来られたら何時まで防げるか保証はありません。

 ボクが迎撃出来れば良いんですが、使徒が来ていますよね」

『ああ。既に使徒はジオフロントに入ったから、衛星軌道からのモニターは出来ない。後は中佐に頼むしか無いな』

「ボクとレイが出撃した後、ネルフ職員の襲撃で残された人達が皆殺しに遭うのは許容出来ません。

 ですから、出撃するのは残された人達の安全が確保出来てからです」

『こちらからはモニター出来ていないが、それで間に合うのか?』

「参号機は既に敗退しました。弐号機はこれからですから、少しの時間的余裕はありますよ。

 弐号機で使徒が殲滅出来れば良いんですけどね」

『それは期待出来ないのか?』

「さあ、それはボクにも分かりません。今はネルフの暴挙に対応するのが優先です。

 ライアーン副司令はボク達が使徒の来襲直前に、ネルフ職員に襲撃された事を本国政府に連絡して下さい。

 ネルフ司令部の意思で襲撃した事は無いでしょうが、ネルフ職員の襲撃があった事は確かです。責任を取らさねばなりません」


 ネルフの司令が何かを企んでいるにせよ、このタイミングで襲撃するなど考えないだろうとシンジは思っていた。

 だが、ネルフ職員が襲撃してきた事は間違い無い。第三者の介入があったと考えるのが妥当だろう。

 そして、このチャンスを有効に活用しようと考えた。シンジの意思を汲み取ったライアーンは静かに頷いた。


『分かった。私から連絡しよう』

「これを機に、ネルフの特権を剥奪するのも良いかも知れません。そこら辺は本国に任せます。ボクは目の前の事に専念しますよ」

『分かった。安全を確保してからで良い。何とかして使徒を殲滅してくれ』

「前回の使徒を倒した時のダミープラグとやらで、弐号機が使徒を倒してくれれば良いんですが。それでも駄目な時は出撃しますよ。

 前々回のように、後ろから攻撃されてはたまりませんから」

『分かった』

「ボクは今から最終防衛システムを稼動させます。これでネルフの襲撃者を殲滅出来れば、安全は確保出来ますから」

『ちょっと待て! 今、ネルフの副司令から通信が入った。そちらも聞いててくれ』

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 【HC】の大型モニターには畏まった冬月が映し出されていた。


「ロックフォード中佐から連絡があって、ネルフ職員から襲撃を受けたという事は知っている。何の用だ? 宣戦布告か?」

『違う! これはネルフ司令部の意思では無い。つい先程、襲撃者を全員拘束した。現在は尋問中だ。

 結果が分かり次第、そちらに連絡する。だから至急、零号機と初号機を出撃させて欲しいのだ。今は一刻を争う時なのだ!』

「今は中佐と話し中でな、中佐は残された職員の身の安全が確保されない限り、出撃はしないと言っている」

『襲撃者は全員を拘束している。だからこれ以上のそちらへの攻撃は無いと保証する』

「その保証が信じられると思うかね? 補完委員会とネルフの要請があって、零号機と初号機を派遣した直後にこのざまだ。

 護衛が間に合ったから良かったものの、間に合わなかったら中佐は死んでいたかも知れない。その責任はネルフに無いのか?」

『…………サードインパクトが起きても良いと言うのか?』

「馬鹿の一つ覚えのように、何度も同じ事を言うな!

 サードインパクトが発生する根拠が明示されない以上、ネルフを完全に信用する訳にはいかない!」


 零号機と初号機の派遣を要請してきたのは、補完委員会とネルフであった。

 ならば、派遣中の安全確保はネルフの義務だと不知火は思っている。

 その義務を蔑ろにした上で、サードインパクトの脅威をちらつかせて譲歩を迫る冬月を不知火は不愉快に感じていた。

 確かに被害を少なく収めるには速やかに零号機と初号機を出撃した方が望ましいのは分かっているが、

 ネルフを信用出来ない状態で二機を出撃させるのは問題があると不知火は考えていた。


『では【HC】は何もしないと言うのか!? サードインパクトが発生しても良いと思っているのか!?』

「中佐は残された職員の身の安全が確保出来たら出撃すると言っている。

 ああ、この場合の安全の確保とはネルフの保証では無いぞ。あくまで中佐が安全と判断した時だ。

 それとこちらに出撃を要請するなら、ジオフロントの戦闘映像ぐらいは転送しろ!

 ジオフロントに入られた後は、こちらでは状況をまったくモニター出来ないんだ。それぐらいは判断しろ!」

『わ、分かった。使徒の映像はこれから中継する。それと参号機は既に敗退した』

「参号機の件は聞いている。参号機の戦闘記録も別途で直ぐに送れ!」

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 ES部隊の『067』と『068』は、ネルフ職員を精神支配下においてシンジ達を襲撃させた『104』を拘束していた。

 勿論、黙って捕まる『104』では無い。抵抗はしたが、精神感応能力しか持たない『104』はサイコキネシスを使用する二人には

 対抗は出来なかった。あっさりと気絶させられ、拘束具と目隠しをされた状態でリーダーの『012』の前に連行されたところだ。


「馬鹿が! こいつの所為で態々零号機と初号機をネルフ本部に配置した事が無駄になったぞ。

 よりにもよって使徒が襲ってくるタイミングを狙って魔術師を襲わせるなんて最悪だ! 死罪は免れないな」

「では、『104』はこのまま処分しますか?」

「……いや、魔術師にぶつける。お前らは知らないだろうが、魔術師には灰色の小さい狼が護衛でいた。

 銃弾を防げるレベルのシールドを張っていたし、魔術師は左手の携帯用の粒子砲も使っていた。やはり侮れる相手じゃ無い。

 こいつは魔術師を憎んでいたし、奴を襲って洗脳させる事で責任を取らせる。その後の処分は必須だろうがな」

「上にはどう報告します?」

「正直に言うしかあるまい。【HC】を襲撃して失敗したんだ。生き証人はごっそりいるし、映像も残っている。

 フォローは上にやって貰うしか無いだろう。もっとも、管理責任を俺が問われると思うがな」

「……分かりました。では、魔術師を襲う時まで、『104』はこのまま拘束しておきます」

「頼む」


 ES部隊のメンバーは強力な力を持っているが故に、裏切らないようにゼーレに対する徹底的な忠誠を洗脳で刷り込まれていた。

 『104』は妹を殺された為に、例外的に洗脳が歪められたのかも知れない。

 だが『104』以外、この場合は【HC】、ネルフ、ゼーレ、その他勢力の都合を考えると、非常にまずい事になっていた。

 個人が自分の都合を優先させると、全体に悪影響を及ぼす良い例だろう。そして今回の件は、かなりの影響を使徒戦に与える事となる。

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 アスカは使徒に向かい合っていた。参号機が何の抵抗も出来ずに瞬殺された事は聞かされた。

 使徒が両腕の部分にある白い布のようなものを伸ばして、参号機を切り刻んだ事もだ。アスカは油断せずに使徒を睨んでいた。

 アスカはスマッシュホークを腰を低くして構えていた。次の瞬間、使徒は白い布のようなものを弐号機目掛けて放ってきた。

 弐号機は僅かに身体を捻って、スマッシュホークで使徒の攻撃を弾き返した。


 いける!


 参号機は瞬殺されたが、自分なら使徒に十分対抗出来ると判断した。

 二体に分離した使徒の時の訓練は有効で、体術は来日当初から比べると格段にあがっている。使徒の攻撃を回避するのは何とかなる。

 問題は攻撃だ。参号機の銃撃が使徒にまったく効かなかったと聞いている。目の前の使徒の装甲は今までの最高レベルなのだろう。

 ならば近接戦闘しか無いと判断したアスカは、スマッシュホークを構えて使徒に突進していった。

 途中、使徒の攻撃があったが、全て払いのけて使徒を間合いに捉えた。そしてスマッシュホークを使徒のコアの部分に叩き付けた。


 ガシャーーン


 直撃する直前にコアの前面のカバーが下りて、音を立ててスマッシュホークが砕け散った。


「えっ!? きゃああああ」


 武器が折られて唖然とした次の瞬間、使徒の顔の部分が光った。咄嗟にATフィールドを前面に張ったが、弐号機は吹き飛ばされた。

 弐号機はかなりのダメージを負ってしまった。装甲板の半数以上が剥離し、素体にも被害が出ている。

 事実、アスカは全身の痛みが止まらなかった。


「パイロット負傷!」

「弐号機の装甲板大破。素体にも影響が出ています」


 オペレータの報告にミサトは眉を顰めた。このままアスカで戦闘を続けても使徒を倒せる可能性は極めて低いと思われた。

 ここがダミープラグを使用するタイミングだろうか? 参号機のように頭部や腕が失われてから起動しても遅いのだ。

 だが、アスカの意思を無視するダミープラグを使用した場合、ミサトとアスカの間に埋め難い溝が出来る可能性がある。

 ミサトは考え込んだが、それはゲンドウの命令で中断された。


「弐号機のダミープラグを起動しろ!」

「は、はい。了解しました」


 ゲンドウの立場ではアスカの感情など考慮する必要は無い。結果を出す事が優先だ。そして弐号機のパイロットは負傷したが、

 まだ弐号機の攻撃能力が失われていない今こそが、ダミープラグを使うタイミングだった。ゲンドウはそう判断した。

 それはリツコやマヤも同じだった。そして速やかに弐号機のダミープラグが起動された。

 ミサトは一瞬躊躇したが、異論を言い出す事は無かった。

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 弐号機のエントリープラグ内の電源がいきなり落ちて、直ぐに再起動した。

 プラグ内にはダミーシステム起動のメッセージが表示されている。前回の使徒の時と同じだ。


「前と同じじゃない! やっぱりこれは暴走じゃ無いわ。態と弐号機を暴走させるシステムを作動させたのね!」


 アスカは身体の痛みを堪えながら叫んだ。二度も同じようなタイミングで同じ現象が発生したのだ。

 偶然では無く、仕組まれたものである事ははっきりした。だが、アスカには何も出来ない。

 シンクロは切られており、アスカの操作は受け付けない。アスカに出来るのはモニターに映る映像を見ているだけだった。

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 弐号機の目が妖しく光って、両手を大きく掲げた。口があれば、咆哮していただろう。次の瞬間、弐号機は使徒に飛び掛かっていた。

 蹴りを受けた使徒は一瞬よろめいたが、直ぐに体勢を整えて弐号機と向き合った。

 使徒の両腕の部分から白い布のようなものが弐号機に伸びていった。弐号機はそれを回避して、使徒に肉薄した。


 弐号機のパンチが使徒を捉えようとした瞬間、再度使徒の顔の部分が光った。そして弐号機は再度吹き飛ばされた。

 地響きを立てて地面に倒れ伏したが、弐号機は直ぐに立ち上がった。そこに使徒の白い布の攻撃が弐号機を直撃した。


 バシュ!


 弐号機の両腕が斬り落され、両肩から鮮血が噴出した。だが、弐号機は動きを止める事は無かった。

 両腕が無い状態で、使徒目掛けて走っていった。そこにまた使徒の白い布が伸びていき、弐号機の頭部を切断した。

 首からも鮮血が噴出した。それでも弐号機は動きを止めなかった。そして使徒の攻撃も止む事は無かった。


 終に弐号機は両足をも切断されて、地面に倒れこんだ。両手、両足と頭部を失って、胴体だけになっても動こうとしているが、

 既に動く事すらままならない。使徒は弐号機に興味を失ったか、攻撃もせずに弐号機の横を通り過ぎて行った。


 アスカは全身の痛みに耐えながら、ただ見ているだけだった。そして悔し涙を流していた。

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「弐号機大破。ですが、まだダミープラグは稼働中です」

「もう良い。ダミープラグを切れ」


 前回の使徒を倒したダミープラグは、今回の使徒には通用しなかった。

 弐号機が為す術も無く、使徒に敗退した有様は発令所の全員に失望感を与えていた。

 胴体だけになっても蠢いているのは滑稽なだけであり、これ以上の攻撃を受けてパイロットやコアに損害を受けてはかなわない。

 現状なら費用は掛かるが弐号機は復旧出来る。だが、これ以上の損傷を受けてはそれも無理になる。


 使徒は施設への攻撃を再開した。本部施設の頂上が吹き飛ばされて、発令所にも大きな振動が響いてきた。


「最終装甲板が融解!」

「まずい!! メインシャフトが丸見えだわ!!」

「目標はメインシャフトに侵入! 降下中です!」

「目的地は!?」

「そのままセントラルドグマに直進しています!」

「ここに来るわ! 総員退避!! 急いで!!」


 オペレータからの報告は絶望的なものだった。今までの使徒でここまで侵入してきたものはいない。(細菌使徒は除く)

 ネルフの戦力である参号機と弐号機は敗退した。後は【HC】の戦力だけが頼りだ。


「零号機と初号機はどうなっているの!?」

「まだ連絡がつきません。状況不明!」


 ネルフ側の戦力は全て壊滅したが、人類として戦力が無くなった訳では無い。S2機関を内蔵する最強のEVA初号機は健在だ。

 ネルフ職員の襲撃事件の為に出撃が遅れているが、こうなったら【HC】の戦力に期待するしかネルフに出来る事は無かった。

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 シンジはネルフ職員の襲撃者達が、ネルフ保安部によって射殺、又は拘束されて無効化されたのを確認していた。

 これで一応は、【HC】の残された職員、ミーシャとマユミも含むが、それらの安全が確保された事になる。

 念の為に、最終防衛システムとして準備してあった戦闘アンドロイド部隊の稼動準備は済んでいた。

 これが公になると色々と面倒な事になるので、出来れば人目に晒すのは避けたいと考えている。


 シンジとレイはエントリープラグに乗り、ネルフから送られてきている戦闘映像を見ていた。

 弐号機が暴走した状態で、使徒に両腕、頭部、両足を斬り落されるシーンまで見ていて、シンジはレイとの通信回線を開いた。


「レイ、あの使徒の前後には立たないように注意して。あの白い布のようなものは、ATフィールドでコーティングした鋭利な刃だ。

 零号機のATフィールドの出力だと、破られる危険性が十分にある」

『分かったわ。でも初号機は大丈夫なの?』

「初号機でも危ないかもな。あの刃はATフィールドをかなり凝縮してある。通常展開のATフィールドじゃあ、破られる可能性はある。

 レイはボクの支援に徹底してくれ。それに使徒の腹部にある顔の部分が光ったら、直ぐに回避動作に入るように」

『了解』

「使徒はセントラルドグマへの竪穴を侵入中だ。使徒がセントラルドグマに降り立ってから迎撃する。場所が狭いから、やりずらい。

 チャンスがあれば、広い場所に誘き出すから、その事に留意して」

『お兄ちゃん、気をつけて。絶対に死なないで!』

「ああ、さっきみたいに、レイと気持ちの良い事もしたいしね。無理はしないよ」

『お兄ちゃんのエッチ!!』


 出撃前にシンジにした事を思い出したレイの顔が、真っ赤に染まった。だが、シンジは笑うだけで、それ以上は突っ込まなかった。

 シンジの右足の怪我は治っておらず、石膏で固めたままだ。左手は首からの包帯は外してあるが、添え木はそのまま付けてある。

 零号機と初号機は思考制御装置がついており、身体の怪我は影響しないはずだが、それも被害を受けなければである。

 被害を受けて怪我が悪化すれば、それはシンジの集中力の低下に繋がる危険性はある。

 だが、人類の最後の砦となる零号機と初号機は出撃しなくてはならない。

 シンジとレイは真剣な表情になり、使徒の迎撃ポイントに向かって行った。






To be continued...
(2012.03.24 初版)
(2012.07.08 改訂一版)


(あとがき)

 少年マンガのように、盛り上がるところで『乞う次回』という形になりました。次話をお待ち下さい。

 弐号機のダミープラグは二回目の起動ですが、最強の使徒には敵わなかったという形にしました。

 初号機とは違い、精神だけが溶け込んでいる弐号機は、元々認識力が低いという設定です。



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