因果応報、その果てには

第四十五話

presented by えっくん様


 ミサトから総員退避の命令が出され、全員が退避しようとしている時に発令所の壁が破壊され、使徒が姿を現した。

 何を思ったか、使徒は直ぐに攻撃せずにミサト達に近づいていった。そして十メートルほどの至近距離で動きを止めた。

 使徒を目の前にした発令所の全員が、顔を青褪めて逃げ腰になっていた。


「ひっ!!」


 使徒と目線があったミサトは小さな悲鳴を上げた。如何に使徒を憎み倒したいと思っていても、使徒を目前にすればその意欲も失せる。

 そもそも使徒とは矮小なる人間が単独で挑むべきものでは無いだろう。事実、他の発令所の職員も硬直し、声も出せない状態であった。

 傍若無人の代名詞のゲンドウでさえ動けなかった。そしてこのまま使徒が破壊行動に移れば、ネルフの司令部は確実に全滅する。

 使徒の目が光って発令所を破壊し尽くそうとした時、棍を持った初号機が割り込んで来た。使徒に蹴りをいれて発令所から引き離した。

 ここで戦闘を始めればネルフの首脳部は全滅し、後々が楽になるかなという誘惑に駆られなかったと言えば嘘になるが、

 不要な損害を敢えて出す事は無いと思い直した。それに狭い故に、戦い難いという理由もある。

 そして目に入ったEVAの射出システムに使徒を押し付けた。この時、初号機は使徒を正面から押さえ込まずに側面から押さえている。


『今だ! 早く射出しろ!!』

「えっ!?」

『ここを戦場にして、死にたいのか!? 嫌ならさっさと射出しろ!!』

「は、はい! 射出!」


 シンジの通信指示で慌てながらも、使徒と初号機を射出した。射出先はジオフロントだった。

 ジオフロントに出ると、初号機はいったん使徒と距離をとって対峙した。そこには零号機も待ち構えていた。

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 使徒の正面に初号機が、そして使徒の右側面に零号機がスナイパーライフルを持って構えていた。

 三体とも動かない静かな時間だったが、その静寂は使徒によって破られた。

 使徒の白い布のようなものが初号機に伸びていった。初号機は棍でそれを叩き落し、同時に零号機の射撃が使徒を直撃した。

 数発が使徒に直撃したが、使徒にはまったく被害は無い。

 今までの戦いを見ているので、使徒の装甲が強固である事はレイも承知している。

 初号機の支援の意味で使徒の注意を引ければ良いと考えている。そして使徒は零号機に向きを変えた。

 距離はあったが、使徒の顔が光って零号機を吹き飛ばした。そして直ぐに向きを初号機に戻した。


「レイ!?」

『大丈夫よ』


 レイは零号機の前面のATフィールドを強化して、使徒の攻撃に耐えていた。

 弐号機のATフィールドより遥かに強固な為に、零号機の被害は微弱である。戦闘に支障は無いレベルであった。

 シンジは目の前の使徒を速攻で攻める事を決断した。今までの使徒と違い、その攻撃を受けるだけで戦闘能力喪失の危険性がある。

 どこぞの格闘マンガの主人公のように、相手の全力を見極めてから叩き潰すような『M気味』の趣味をシンジは持っていない。

 相手の全力が出せないように仕向けて、敵の弱点を突いて、速攻で叩き潰す事が最善だと思っている。

 光の柱は広範囲の攻撃が可能だが、エネルギーの密集度は低く目の前の使徒には効かないだろう。

 ならば棍の先端にATフィールドを集め、一点突破で決着を付けた方が良い。シンジはそう判断した。


「レイ、悪いけどもう一度使徒を攻撃して、注意を引いてくれるかな」

『了解』


 零号機は再びスナイパーライフルを構えて、初号機に向き合っている使徒に攻撃を加えた。

 使徒に被害は無かったが、再度零号機を攻撃しようと使徒は向きを変えた。初号機から見ると、使徒は側面を見せている状態だ。

 流石に使徒の正面から突っ込むつもりはシンジには無かった。そして零号機が作り出したチャンスを無駄にするつもりも無い。


(今だ!)


 初号機は『縮地』を使い、あっと言う間に使徒の左前面に移動した。そして右手に構えた棍に捻りを加えた攻撃を仕掛けた。

 俗に言う『撚糸棍』だ。だが、この時シンジの身体に異変が生じた。

 『縮地』は身体にかなりの負担を掛ける技である。正常時であっても負担が掛かるのに、今のシンジは右足と左手が重傷の状態だった。

 その結果、右足の傷口が開いて激痛が走った。だが、シンジは歯を食い縛って痛みに耐えて、棍を使徒に突き出した。

 激痛の為に本来の威力が出せなかった『撚糸棍』だが、使徒のコアを直撃した。

 だが、コアは砕き散らずにヒビが入っただけだった。そして初号機の持っている棍の半分が砕け散ってしまった。


「くっ!」


 攻撃が失敗した事を悟ったシンジは、直ぐに初号機を使徒の正面から離脱させた。

 使徒から攻撃があったが、身体を捩って回避した。エントリープラグ内の透明の衝撃緩衝液に、右足から滲み出る血が混じった。

 その様子は通信で繋がっている零号機でも確認出来た。


『お兄ちゃん、出血したの!?』

「済まない。右足の傷口が開いたみたいだ。だけど大丈夫だ。まだ戦えるさ」

『無理しないで! 後は零号機がやるわ!』

「零号機じゃ無理だ。危ない! レイ、避けろ!!」


 レイとの会話中でもシンジの目は使徒を捉えていた。そして使徒が零号機の方を向いたので慌てて警告を発した。


『きゃああああ』


 レイはシンジの事が心配だったので、使徒では無くモニターに映るシンジを見ていた。

 その為に使徒の行動を把握するのが遅れて攻撃を受けてしまった。

 使徒の攻撃によりスナイパーライフルが切り裂かれ、それを持っていた左腕にも被害が出た。

 幸いにも斬り落されてはいないが、零号機の戦闘能力は奪われてしまった。

 因みに、新しい思考制御システムなので、レイに痛みがフィードバックする事は無い。レイの悲鳴は攻撃を受けた時の衝撃の為だ。

 使徒は零号機に再度攻撃を加えようとしたが、それは初号機が残った棍を使徒に投げ、それを受けた使徒がよろめく事で回避出来た。


「レイは下がって!」

『でもお兄ちゃんの怪我は!?』

「怪我の事は良い。スナイパーライフルを失った零号機は危険だ。早く撤退するんだ!」

『……了解』


 レイは悔しそうな表情を隠す事は無かった。実際、零号機のATフィールドはあっさりと使徒に破られた。

 遠距離攻撃手段を失った零号機が近接戦闘を挑むのは、無謀という事はレイにも分かっていた。

 レイは視界の片隅にある物が目に入り、それに向かって撤退行動に入った。

 シンジは零号機が安全圏内と思われる距離までは、油断無く使徒と向き合っていた。

 そして零号機が安全と思われると、シンジと【ウル】は気を集中し始めた。

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 ミサトが出した総員退避命令により、発令所のスタッフはジオフロントに移動していた。

 そして全員が肉眼で初号機の異様な光景を見て、驚愕していた。


「初号機の周囲に強風が! 何でっ!?」

「くっ! ここまで影響があるなんて!」

「あ、あれはまさかっ!?」

「何よ、リツコは何か知っているの!?」

「以前に発令所で中佐が【私】と言っていた時も同じ状況だったわ。第五使徒の時にミサトが零号機を無断射出した時よ!」

「あ、あの時と同じって事なの!?」

「マヤ、初号機の状況は分かる?」

「駄目です。元々初号機とは回線が繋がっていませんし、センサ類は全て破壊されています。モニター出来ません!」

「あれは『気』なの!?」

「どういう事ですか?」

「弐号機にATフィールドの張り方を教える時に、中佐は初号機で『気』を使えると言っていたわ。EVAで『発勁』が使えるってね。

 あたしはそっち方面の知識は無いけど、あれがそうじゃ無いのかしら?」(26話参照)

「そんな! マンガじゃあるまいし『気』で身体の周囲に強風が起きるだなんて、聞いた事が無いわよ!」

「実際に第五使徒の時に見ているじゃ無いの! それ以外の解釈で説明が出来るの?」

「…………」

「伝説級の武術の達人の技とEVAが組み合わさった時、何が起きるのかしら? ここまで来たら初号機に全てを託すしか無いわ」


 ネルフの稼動戦力は全て沈黙していた。後はシンジに全てを託すしか、方法は残されていなかった。

 棍の半分が砕け散った時は一瞬絶望感で覆われたが、周囲に強風が渦巻いている初号機を見ると望みはまだ途絶えていないと思える。

 それはジオフロントで観戦しているネルフ職員全員の共通した考えであった。

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 シンジは自分の身体に『気』を巡らせ、身体の損傷部分を急速に治療すると同時に、初号機の中の【ウル】と話していた。


<そうだ。そのまま『気』を全身に隈なく巡らすんだ。亜空間で訓練した事がやっと役に立つ>

<この『気』を使えるまでに大分時間が掛かったが、何とかものに出来た。これで身体能力が飛躍的に向上する。まさに奥の手だ>

<『気』は万能じゃ無い。でも、使いこなせれば色々な使い方も出来る。使徒も様子を伺っているのか>

<マスターが我と今以上に同調すれば、マスターに負担を掛けずともあんな奴など楽勝なのだが>

<それは最初のシステムなら可能だけどな。今は【私】の開発した思考制御システムを搭載しているから、自然とリミッタが掛かる。

 【六分儀ユイ】のようにシンクロ率400%は、現状のシステムでは無理だ>

<マスターを我の管理する空間に招待出来る良い機会だったのだが……残念だ>

<【ウル】とは何時でも話せるから、【私】がそこに行かなくても大丈夫だろう。身体の応急処置は終わった。これから始めるぞ>


 初号機と向き合っていた使徒だが、初号機の周囲に強風が渦巻き始めてから僅かに後退していた。

 今までなら平然と攻撃してきたろうが、何故か向き合うだけで攻撃してこない。

 このままでは睨み合うだけだと判断したシンジは先手を取った。

 初号機の全身に張り巡らせた『気』の一部を右手に集中させた。

 そして右手を野球のアンダースローのような動きで使徒目掛けて突き出した。

 すると、初号機の真下から使徒までの地面が一瞬で裂け、その延長線上にある使徒に衝撃が走って、身体に傷が入った。

 もっとも、使徒の傷は瞬く間に修復された。

 だが、『気』とATフィールドをまじえた攻撃が使徒に有効と分かり、シンジは不敵な笑みを浮かべた。

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「嘘っ!?」

「あれで使徒に損傷を与えられるのか!?」

「あ、あれはまさか!?」


 現在の初号機は武器を持っていない。だから初号機は接近してからでしか使徒を攻撃出来ないと考えていたネルフのスタッフは、

 初号機の行った事に目を瞠っていた。某副司令は一瞬は元ネタを叫びそうになったが必死に堪えた。

 ここで元ネタの事を言い出そうものなら、『KY』と呼ばれる事は間違い無い。それぐらいの事は分かっている冬月であった。

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 『気』とATフィールドの混合技が有効だと分かった今、躊躇う事は一切無かった。

 そこにレイから通信が入った。


『お兄ちゃん、参号機の残した銃を持ってきたわ。これで援護するわ』

「レイか! ……頼む!」

『任せて!』


 レイは何としてもシンジの力に為りたかった。零号機でシンジを助けられるのは自分だけの特権だと思っている。

 使徒に武器を壊された事で一時は戦線離脱を余儀なくされたが、参号機の残した武器を見つけたので再度の参戦が可能になった。

 使徒の隙をどう作るか悩んでいるシンジにとって、レイの申し出は正に天の助けであった。

 初号機と睨み合っている使徒に、零号機は攻撃を加えた。そして使徒が零号機を攻撃しようと向きを変えた直後、初号機は動いた。

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 それは一瞬の事だった。ジオフロントに居るネルフのスタッフは、使徒が零号機を攻撃しようと向きを変えた直後に突風を感じていた。

 全員がその突風を咄嗟に避けようと、手で顔を防いでいた。そして突風が止んで、視線を初号機に向けた。

 見えたのは使徒のコア部分に初号機の右手がめり込んでいる状態だった。使徒の背中からは初号機の右手が突き出ていた。

 そう、初号機は『縮地』で一瞬にして使徒の目の前に移動。

 そしてATフィールドと『気』を込めた『貫手』で使徒のコアを貫いたのだった。

 すぐさま、初号機は手を抜き取り、使徒との距離を取った。そして使徒は力尽きて地面に倒れこみ、そして爆発した。

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(ATフィールド展開!)

(ATフィールド全開!)


 使徒が爆発し、十字型の閃光が立ち昇った。生じた爆風はジオフロント内で荒れ狂った。

 初号機と零号機はATフィールドを展開して爆風を防いだが、普通の人間はただ地面に伏せて爆風をやり過すしか無かった。


「くっ!」

「きゃあああ」


 ジオフロントに避難してきた職員の多数は使徒が爆発した時の爆風で負傷したが、幸いにも死者が出る事は無かった。

 やがて爆風が収まって初号機と零号機が肉眼で確認出来ると、使徒が殲滅された事を実感した。

 受けた被害の甚大さに空恐ろしさを覚えたが、何もしない訳にもいかない。そもそも参号機と弐号機の回収もこれからだ。

 一番早いのは、零号機と初号機に弐号機と参号機の回収を頼むのが良いのだろうが、使徒襲来前に起きた事件の事を考えると、

 拒絶されるのは目に見えていた。そこまで考えたリツコは溜息をつきながら、弐号機と参号機の回収の指示を出すのであった。

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 ジオフロントにあるスイカ畑で、加持は水を撒きながら使徒戦を見ていた。

 加持は戦闘に巻き込まれる事を考えなかったのだろうか? それとも自分の好奇心を優先させたのだろうか?

 それは本人だけが知っている。

 初号機が『貫手』で使徒のコアを貫くまでは、平然として観戦していた加持だったが、使徒が力尽きて倒れこむ瞬間に悪寒を感じた。

 そして咄嗟に地面に伏せ、その上を爆風が荒れ狂った。

 何とか爆風をやり過した加持の目に入ったのは、爆風でほとんどのスイカが吹き飛ばされ、残っているスイカはヒビが入り、まったく

 収穫の望めなくなったスイカ畑であった。


「……俺のスイカ畑が……くそっ! 俺は諦めないぞ。必ず俺のスイカ畑を再興させてみせる!

 しかし、参号機と弐号機があっさり倒され、初号機のさらなる奥の手が分かったか。さて、ゼーレがこれを見て、黙っているかどうか」


 シンジから暗示を受けているので、加持は得た機密情報を密かにシンジに連絡するようになっている。

 当然、加持は自分が自ら機密情報をシンジに横流ししている事は自覚していない。

 シンジとしては加持から得られる情報は中々貴重なものがあり、加持の価値は上がっていた。(あくまで諜報員としての価値である)

 この事は加持の未来において、少なくない影響を与える事となる。

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 零号機と初号機は使徒の殲滅後、ネルフの復旧を手伝う事無く、さっさと地下の格納庫に戻って行った。

 冬月は現在の惨状を理解して溜息をつくしか無かった。

 地上の迎撃システムの半数以上は破壊され、ジオフロントやセントラルドグマの被害も甚大である。発令所にも大きな被害が出ていた。

 これを元通りに修復する期間と費用を考えると、溜息しか出ないのは当然の事であろう。

 そして最大の問題は、ネルフの擁するEVA二機の状態だ。

 参号機は頭部と両腕が失われ、弐号機に至っては頭部と四肢全てが失われていた。つまり、限りなく全損に近い大破である。

 人間なら即死の状態だが、幸いにもコアやエントリープラグに被害が出ていないので、二機の修復は可能であった。

 それも、それなりの時間と天文学的費用を掛ければである。今回の使徒による被害は、今までで最大だ。

 だが、時間と費用を掛けてでもEVA二機を修理しない事には、ネルフの存在意義を揺らがしかねない。

 そして修理が完了するまで、ネルフの戦力は皆無と言う事になる。その間の防衛は【HC】に依頼するしか無い。

 使徒来襲直前に、ネルフ職員の襲撃を受けた【HC】に防衛を依頼するしか無いのだ。

 襲撃した職員には自白剤が投与され、催眠術か洗脳に相当する術でシンジ達を襲撃した事は判明していた。

 その事を【HC】に説明しても、容易に納得してくれるとは到底思えない。だが、やるしか方法は残っていない。

 そこまで考えた冬月は、頭痛のしてきた頭を抑えながら、復旧の指示を出し始めた。

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 エントリープラグから回収されたアスカとトウジは酷く憔悴していた。

 トウジはフィードバックを受けた事で右腕を損傷、主に肉体的ストレスからだった。

 アスカは自力で使徒に敵わず、途中から制御をダミープラグに奪われて、その結果でも使徒に敵わなかった事による精神的な物だった。


 二人は回収後、直ぐに病院に入院したが、しばらくの間、口を開く事は無かった。

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 シンジは初号機を格納庫に戻した後、第二発令所に行って【HC】との通信回線を開いて、不知火と会話していた。


『状況は見ていた。御苦労だったな。怪我は大丈夫か?』

「戦闘中に傷口が開きましたけど、今は大丈夫です。もっとも、完治までの時間は延びてしまいましたけど」

『そうか。施設の被害状況はどうだ? 派遣した職員の状況は? 不都合は生じていないのか?』

「うちが使っているエリアは小さいですからね。以前の倉庫として使用していたブロックが少し被害を受けた程度で、

 使用しているブロックの被害はありません。ネルフの施設の被害は甚大でしょうけどね。職員の数名は負傷していますけど、軽傷です」

『出撃が遅れたのも影響しているのか?』

「最初から零号機と初号機がジオフロントで使徒を迎撃していたなら、ここまで被害は拡大しなかったでしょうけど。

 でも、うちの職員の安全と引き換えには出来ませんよ」

『それは分かっている。攻撃を仕掛けてきたのはネルフ側だからな。この件に関する交渉は私と副司令で行う。中佐は休んでてくれ』

「いえ、交渉時はボクも含めて下さい。通信回線での協議なら参加出来ますからね。現在はネルフ側との連絡通路は完全封鎖中ですが、

 地上出入り口からの回り込みもありえますから、警備は怠っていません」

『分かった。北欧連合政府から各常任理事国にネルフが行った事を告発すると連絡があった。

 おそらく常任理事国会議に諮る事になるだろう。その結果次第だがな』

「分かりました。本国のフランツ首相にはボクから連絡を入れておきます」

『……分かった。後でまた連絡する』


 【HC】のスポンサーは北欧連合であり、司令の不知火もスポンサーの意向には逆らえない。

 そしてそのスポンサーと直に連絡が取れるシンジの存在は、不知火にとってやり辛いものだった。

 だが、不知火はその事を態度には出さずにシンジとの通信を切ったのだった。

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 ゲンドウと冬月は被害が及んでいなかった司令室に戻っていた。復旧作業の大まかな指示は既に出してあった。

 二人は今後の対応の件で、早急に結論を出す必要があった。


「今回の被害は甚大だ。全てを修理する余裕は、時間的にも費用的にも無いな」

「ああ。必要最低限のものだけ修理する」

「それでも今までに出した追加資金要求の中でも、最大の額になるな。補完委員会から文句を言われるのが目に見えるぞ」

「…………」

「今回の使徒はまさに最強だった。事前に零号機と初号機を配置していなかったら、あっと言う間にアダムに到達されていたぞ」

「だが、使徒は初号機で倒された。問題無い」

「何処が問題が無いだ! ダミープラグを起動した弐号機は使徒に敵わなかった。量産機には使えるだろうが、弐号機においては

 予備パイロットの扱いに過ぎん。若干の戦闘能力が上がる程度だ。これでは残りの使徒に対応出来んぞ!」

「ゼーレの手前、弐号機を温存しなければ為らないが、初号機が健在なら構わない」

「……しかし、初号機は、いやシンジ君は何処まで実力を隠しているんだ。S2機関を搭載し、さらに『気』まで使えるEVAか。

 こんな事態など想定外も良い所だ。シンジ君が後ろから襲撃を受けた時、ペットらしき灰色の狼が白っぽい膜を張って銃撃を防いだ。

 彼を不可思議な力が守っているようだ。こうなるとシンジ君がユイ君を初号機に封印しているという話しも現実味を帯びてくる」

「……『死海文書』の解読情報と引き換えに、ユイのサルベージをシンジに依頼する」

「何だと!? そんな事を委員会が認めると思うのか!?」

「ユイさえ戻ってくれば、ネルフに未練は無い」

「……確かにユイ君が戻ってくれば当初の目的は果たせるが、機密情報をシンジ君に渡せば裏切りと見做される。暗殺されるぞ。

 それに、シンジ君がその条件で頷くのか?」

「ゼーレの件は何とかする。シンジの件は説得する」

「分かった。お前に任せる」


 ゲンドウにして見れば、ユイさえ戻ってくればネルフに未練は無かった。

 その場合、ゼーレの計画する人類補完計画を逆に防ぐ方が好ましい。【HC】に情報提供して身の安全を確保する事も考えていた。

 今回、シンジに情報提供するつもりなのは、あくまで『死海文書』の解読情報(使徒情報のみ)だけだ。

 この時点で『人類補完計画』の全貌を教えるつもりは無かった。教えれば共犯者、いや実行者として自分の身も危うくなる。

 冬月にしては、ユイの夢見た未来を見れるなら、当然ユイが戻ってきた方が良いと思っている。

 得てして加害者は被害者の痛みが分からない。その為に、加害者はある程度譲歩すれば、被害者が受け入れると考える傾向を持つ。

 勿論、全てのケースに適合する訳では無いが、この場合はどうだろうか?

 加害者がある程度譲歩したからと言って、今までやって来た事が全て許される訳では無いのだ。

 その事をゲンドウが認識していたかは、本人だけが知っている。


「シンジ君達を襲撃した職員は、催眠術無いし洗脳処理を受けた可能性があると報告を受けている。背後関係が出てくると思うか?」

「無理だろう。恐らくはゼーレの駒による行動だ」

「ならばいくら背後関係を探っても出てくるものは無いか。まったくあの襲撃の所為で、被害は拡大したんだぞ。

 ゼーレに損害請求したいくらいだ」

「無理だ」

「それは分かっている。はあ、【HC】に頭を下げてまた謝罪しなくてはならないのか。

 この状況だと、二機のEVAの修理が終わるまで、零号機と初号機を帰す訳にはいかんしな」

「その方が好都合だ」

「取り敢えずは委員会に報告だな。そっちはお前に任せるぞ。俺は【HC】と折衝する」

「分かった」

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 人類補完委員会

 五人のメンバーの立体映像が浮かび上がり、今回の使徒戦に関する協議を行っていた。


『EVAシリーズに生まれいずるはずの無いS2機関。それを搭載している初号機がこれほどの力を持つとはな』

『魔術師が怪我をして戦闘能力が落ちている事も考慮すると、初号機が最強の使徒をこれほどあっさりと殲滅した事は脅威だ』

『我らゼーレのシナリオとは大きく違った展開になっている』

『この修正は容易では無いぞ』

『六分儀ゲンドウ。あの男にネルフを与えたのが、そもそもの間違いでは無いのか? 魔術師との確執も大きく影響している』

『だが、あの男で無ければ全ての計画の遂行は出来なかったであろう』

『六分儀……頭を丸めて……何を考えている?』

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 被害を受けた発令所で、リツコ達は今後の対応に関して話していた。


「EVA二機の損傷はヘイフリックの限界を超えています」

「時間が掛かるわね……全てが戻るには」

「幸い、MAGIシステムは移植可能です。明日には作業を開始します」

「でも、ここは駄目ね」

「破棄決定は、もはや時間の問題です」

「そうね。取り敢えずは第二発令所を使用するしか無いわね」

「ですが、今の第二発令所は【HC】が使用しています。それにMAGIはまだ使えません」

「【HC】も何時までも此処に居る訳じゃ無いわ。EVA二機の修理が終わったら、【HC】のエリア全てを返して貰わないとね。

 それまでは、ここを無理やりでも修理して使うしか無いわ。破棄決定はそれからね」

「今は使えるものはとことん使わないとって事ですか」

「そうよ。今のネルフに贅沢を言っている余裕なんて、何処にも無いのよ」


 リツコの話しで少しは気を取り戻したスタッフは、早速動き始めた。


「そう言えば、MAGIでネット検閲をやっていましたけど、あれも継続するんですか?

 あれってMAGIのリソースをかなり使うから、出来れば止めたいんですけど」

「……ああ、特別宣言【A−19】の事ね。本当ならやりたくは無いけど……契約だから仕方無いわね」

「この状況でロックフォード博士の批判をする人って居ないと思うんですけどね。分かりました」

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 補完委員会の協議は、終わる事無く続いていた。


『だが、事態はEVA初号機の問題だけでは無い』

『さよう。弐号機と参号機の大破。本部施設の破壊。セントラルドグマの露呈。被害は甚大だよ』

『我々がどの程度の時と金を失ったか、検討もつかん』

『各国に追加の資金請求をして揉めるのが目に浮かぶ』

『恐らく、今までの最大の金額になるだろうな』

『弐号機と参号機の修理が済むまで零号機と初号機の駐留延長依頼が出ているが、これは了承せざるを得まい』

『ますます【HC】の動向に注意を払わなくてはならなくなったな』

『これも六分儀の首に鈴をつけておかないからだ』

『鈴はついている。ただ鳴らなかっただけだ』

『鳴らない鈴に意味は無い。今度は鈴に動いて貰おう』

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 首相のフランツは自分の執務室に、軍を代表するグレバート元帥とロックフォード財団を代表するミハイルを其々呼んでいた。

 協議の内容は、使徒来襲前にネルフの職員がシンジ達を襲った事に対し、どうするかを話し合う為だった。

 初号機が使徒との戦闘に入る前の時点でライアーンから連絡が入り、フランツは各常任理事国に事件を連絡し、会議の議題にあがる事は

 確定していた。次の常任理事国会議で具体的にどう各国の譲歩を引き出すか、その具体案に関してである。


「ネルフは素直に事件があった事は認めましたが、襲撃者全員が催眠術又は洗脳によってシン達を襲撃したので、その背後を探る時間と

 情状酌量を求めてきました。ご丁寧に、襲撃者全員に自白剤を投与して自白させた記録映像も付けています。どうされますか?」

「ネルフのEVA二機の修理が済むまで、零号機と初号機のネルフ本部駐留を延長させてくれとの要請もあった。

 それなりの無理な要求も通るだろうが、どこまで要求すべきか、我が国の国益を考えて案を出して欲しい」

「経済的な賠償はもう不要と考えます。既に使徒戦が始まる前に、総額三百億ユーロ(約六十兆円)の賠償金を得ています。

 大半が不動産とはいえ、我が国と友好国の経済活性化の原動力になって、その効果は既に出ています。

 これ以上の賠償金請求は、ネルフ支持国の国民の怨嗟の声が我が国に直接向きかねません」

「だが、金は幾らあっても困らんだろう。ブロック経済をしているから、交易の無い国の市民の怨嗟が強くなっても、困らんと思うが」

「現時点の我が国と友好国の経済実力値は、ゼーレ影響下の国々と比較すると二割強程度です。

 使徒戦が始まる前から少ししか変わっていませんが、我が国の経済実力値は拡大傾向にあり、この差は徐々に狭まってくるでしょう。

 対してゼーレ影響下の国々の経済実力値は下降傾向にあります。【HC】を設立させてから下降傾向はさらに強まっています。

 つまり、経済的にはこのままの状況で行けば、いずれは勢力範囲が逆転します。どの道、ブロック経済ですから資金運用も限られます。

 ここで各国の恨みを買ってでも賠償を請求するのは得策では無いと考えます」

「うむ。我が国の友好国が栄えて、ゼーレ勢力下の国が衰退する。離れていれば問題は無いのだが、これが隣国だと衰退した国家が、

 我々の友好国に侵略戦争を起こす可能性さえある。政治的には加減が問題になってくる。中東連合は既に同盟国だから危急の場合に

 我が軍が支援するのは問題無いが、その他の友好国とは軍事同盟を結ぶ準備をしているところだ。

 従って、現時点では政治的にはゼーレ勢力下の国々が一気に衰退するのは好ましく無いと考えている」


 A国とB国という隣国があったとする。A国は栄えて食料が豊富で、片やB国が貧乏で食料不足であったとしよう。

 B国がA国に支援を要請し、A国が断ったらB国はどう思うだろうか? 国とは国民を養う義務がある。それはA国もB国も同じだ。

 A国も微額なら支援もするだろうが、国を傾ける程の支援をメリット無しにするはずも無い。

 そもそも自国民を飢えさせて、隣国を支援する国家などあろうはずも無い。誰しも、まずは自国民を食べさせるのが優先である。

 しかし、飢えた国民を抱えたB国はA国に支援を断られ、そのまま何もしないであろうか?

 飢えたB国の国民はA国に不法侵入しようとし、それを追い返すA国の国軍と混乱状態になる。

 そして組織だってA国の物資を強奪する可能性がゼロだと、誰が保証出来るのだろうか? 軍を脅しに使わないと誰が保証出来るのか?

 『衣食足りて礼節を知る』というのは、ある意味では全ての人間に当てはまる。逆に言えば、飢えた人間に理性だった判断は出来ない。

 結果としては、紛争や戦争に繋がる可能性が高くなる。そんな状況はフランツは望んでいなかった。

 最終的にはそんな状況になる可能性はあるが、全ての友好国に対し軍事支援が可能な環境が整うまでは時期尚早と判断していた。


「今回のネルフの損害は莫大なものだ。ネルフから出される予定の追加予算請求は、今までの金額を遥かに上回るだろう。

 それにネルフ支持国は資金を用意せざるを得ない。こんな事が続けば、確実に経済崩壊する国が出てくる。

 黙っていても崩壊するのに、そこに我が国が加担して崩壊させたと言われたくは無いしな。

 最終目標はサードインパクトを防ぐ事。これに尽きるが、現状を鑑みるに【HC】は良くやってくれているから、

 まずは大丈夫だろうと思われる。よって、欲張らない程度の要求に止めたいのだがな」

「一番欲しいのは、ゼーレやネルフが隠している機密情報ですが、絶対に出さないでしょうね」

「うむ。ならばネルフの権限の縮小ぐらいか?」

「とは言っても、ネルフの権限は最初の頃に結構制限していますよ。我々に影響を及ぼすようなものは残していません。

 何を縮小しますか?」

「うむむ、困ったな。何も要求しないというのは拙いし、シンも納得はしないだろう。考えなくてはな」

「ならば、ゼーレ配下の企業が持っている特許などを譲り受けますか。それならこちらにも経済的メリットはあります」

「特許か……それと資源も含ませてもらおうか。さすがに食料は飢餓を誘発する可能性があるから拙い」

「では、常任理事国会議で、それらの物を要求する事にしよう。後は苦労したシンに何か報いたいのだが」

「軍を離れたから、昇格で報いる事が出来なくなってしまったしな。さて、彼が喜ぶものは何がある?」

「では、許可を頂きたい事があります」


 こうしてミハイルは『箱舟プロジェクト』の件をフランツとグレバートに説明を始めた。

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 ES部隊のメンバーである『012』、『067』、『068』の三人は拘束された『104』の側で話していた。

 因みに、命令違反でシンジを襲った『104』は薬で眠らせている状態である。


「『104』の暴走の為に、大分拙い事になっているらしいな」

「ああ、俺も上から責任を追及された。これが片付いたら処分されるかもしれん」

「こいつの為にか!」

「妹を殺された恨みはあるだろうが、個人の感情で暴走した結果だ。馬鹿な奴だ」

「俺達は所詮は駒に過ぎん。その駒が自己主張し過ぎると、碌な結果にならないと言う事か」

「痛い勉強代だったな。だが、これで魔術師の護衛の件も少し分かったな」

「ああ。あの灰色の小さい狼が銃弾を防げるレベルのシールドを張れるとはな。それと魔術師の左腕の携帯用粒子砲も侮れない。

 EVAが『気』を使えた事を考えると、魔術師も使えるだろう。やはり総力戦になるのを覚悟しなくてはな」

「いや、あの護衛と思われる灰色の狼を引き離せれば、魔術師だけなら何とかなる。家族と思しき少女三人を拉致しても良い」

「ふむ。その線で検討して見るか。ところで使徒戦は終わったが、何時になったら襲撃するんだ?」

「今は待機命令が出ている。恐らく、後始末が一段落したら襲撃命令が出るだろうな」

「ならば準備を急ぐか。暗殺部隊が全滅しても、俺達兄弟の『ダブルサイクロン』にかかれば、人間なんてあっと言う間にミンチだ。

 勿論、拉致が最優先なのは承知しているが、あまり手ごたえが無いのも寂しいがな」


 超能力を発現させたES部隊のメンバーに、一般の人間が対抗出来るはずも無い。

 事実、『067』と『068』の合体攻撃に掛かり、アフリカのある国家の反乱勢力が壊滅した事もある。

 こうしてシンジの襲撃計画が徐々に進められる事となった。

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 ゼーレ所属の科学者であるオーベル、キリル、ギル、セシルは会議室で打ち合わせをしていた。


「『104』の暴走の為に、随分と上は機嫌が悪かったな」

「当然だろう。零号機と初号機の事前配備の効果があまり出なかった事で、ネルフの被害額がかなり増加している。

 一個人による被害額としては、史上最高額になるのは間違い無い。もっとも、公開なんか出来ないがな」

「だが、魔術師の能力がこれで分かった。護衛の灰色の狼さえ切り離せれば拉致は出来る。EVAで『気』が使えたのは驚いたがな。

 洗脳して情報を引き出せれば、形勢は逆転する」

「あの灰色の狼を捕獲して調査したいな。シールドを張れるというのは実に興味深い。狼人間とも違うし、どういう種族だ?」

「そこら辺はES部隊に任せるさ。上手くいけば、灰色狼の秘密もセットでついてくる」

「まあ良い。ところで以前にセシルが言っていた奴等が空間移動技術を開発したかも知れないという件だが、検証はどうだ?」

「あまり芳しくは無いわね。物証がある訳でも無く、あくまで推論だもの。今回の使徒戦でも使われた形跡は無いわ」

「ふむ。やはり拉致して洗脳してからで無いと分からないか。話は変わるが、ネルフの支援はどうなっている?」

「EVA二機の修理部材を各国支部から提供させるように動いているぐらいか。後はどうしても費用が掛かるからな。

 量産機の手配もそろそろ動く時期だ。予算不足が痛いところだ」

「予算か。最大の敵だな」

「仕方あるまい。こればかりは勝手に持って来る訳にもいかない」

「ダミープラグに関しては?」

「量産機への対応を考慮した改良中だ。だが、弐号機で使用してもあの程度だったとはな。期待外れだ」

「S2機関を搭載していないからな。どうしても出力が低いから戦闘能力も制限される。量産機なら大丈夫だし、数の優位が生かせる」

「なら良いがな。さて魔術師を襲撃するタイミングをどうするかだ。理想を言えば、弐号機と参号機の修理の目処が立ってからだな」

「それが良い。修理の進捗を確認しながらだな」

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 ゼーレの会合

 最強の使徒と目されていた第十四使徒:ゼルエルが殲滅された事で、ゼーレは緊急会合を開いていた。

 ネルフの被害が予想以上に酷く、【HC】や北欧連合まで関係した事後処理まで絡んでくるので、早急に意見を纏める必要があった。


『ネルフから追加予算請求が届いたが、これを各国に納得させるのは一苦労するな』

『ES部隊の暴走が無ければ、もう少し被害額は抑えられたのだがな。暴走した奴は死罪だ』

『当然だ。だが【HC】への説明はどうする。ネルフが事件背景の調査を行っているが、ES部隊が介在したなど知られる訳にはいかん』

『言い訳などネルフに考えさせれば良い。それより常任理事国会議で北欧連合から提案のあった件をどうするかだ』

『特許と資材か……まあ襲撃事件で休戦協定が破られる事がありえた事を考えると安いものか。仕方あるまい』

『それで北欧連合は抑え込めるが、【HC】は別だな。それはネルフにやらせるしかあるまい』

『四人組から連絡があったが、弐号機と参号機の修理の目処が立ち次第、魔術師を拉致、洗脳する。これが為れば状況は一気に変わる』

『本当に大丈夫なのだな? 魔術師は初号機で『気』を使って使徒を倒したのだ。

 万が一でも失敗した場合の報復を考えると、空恐ろしいものがある』

『失敗はありえないとの報告だ。失敗した場合でも、我々までは魔術師の手は届かないし、責任は四人組に取らせる』

『良かろう。成功した時の成果を考えると、やらせる価値はある。話は変わるが、ダミープラグの件はどうなっている?』

『量産機へは改良したものを搭載する。既に改良作業に入っている』

『それとネルフの監視を強化する必要がある』

『誰かを呼び出して尋問するか。良いだろう。だが、魔術師の件が片付いてからだ』

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 アスカは比較的軽症だったので直ぐに退院していた。肉体的な被害はさほどは無かったが、精神的には大きな被害を受けていた。

 今までアスカが自力だけで倒した使徒はいない。肆号機に寄生した使徒を倒したのはダミープラグの成果だ。

 そして今回の使徒には、そのダミープラグさえ通用しなかった。

 まだ負けていないと思っていたのに、勝手にダミープラグを起動させて弐号機の制御を奪われた事は、アスカにとって

 自分が信用されていないのでは無いかという疑念を増す十分な理由になっていた。

 最初の使徒の時の流出ビデオを見て、ネルフに対する疑念を募らせているアスカにさらに不安を増長させる結果になっている。

 自室に篭り、荒れ狂うアスカを慰めてくれるのはペンペンだけだった。


 トウジも比較的短時間で退院していた。だが、トウジの精神状態もアスカに負けず劣らず酷いものだった。

 大事な妹とヒカリを守りたいと思い、参号機で使徒に立ち向かった。

 参号機だけで使徒を倒せるとは思ってはいなかったが、弐号機が来るまでは何としても時間を稼いで挟撃するつもりだった。

 だが、何も使徒にダメージを与えられずに瞬殺されてしまった。

 最近の参号機のシンクロ率が上がり、ネルフ職員の期待の視線を感じていたトウジにとって、大きな痛恨だった。

 トウジは自分のパイロットとしての適性に疑念を生じさせていた。

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 ネルフのEVA二機の修理が完了して【HC】に戻る時には、今まで使っていたエリア全てをネルフに返却する事で合意していた。

 第十四使徒戦後、ネルフは復旧工事でほとんどの職員が多忙な日々を送っていたが、被害があまり出なかった【HC】の職員は

 持ち帰る設備の解体作業に入っていた。当然、ユグドラシルUや小型核融合炉などは持ち出しリストに入っている。

 時間的な余裕はあるので、ゆっくりと、だが確実に作業を進めていた。


 常任理事国会議で北欧連合には多数の特許と資源が譲渡される事が決まっており、スポンサーレベルの折衝は終わっていた。

 スポンサー同士が納得すれば、その下部組織であるネルフと【HC】の動きは、ある程度は制限されてしまう。

 ネルフが襲撃事件の背景を確認すると表明した件だが、結局は不明な第三者勢力の介入があったという灰色の報告レポートだけだった。

 【HC】の負傷者に対しては、高額な見舞金をネルフは出していた。零号機と初号機の駐留延長を依頼したので当然の事だ。

 だが、ネルフと【HC】の間の交流は一切無く、武装中立状態というのが一番合う言葉だろう。

 そんな中、シンジは怪我の治療を進める傍らで、極秘プロジェクトをゆっくりと進めていた。

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 ネルフ本部に派遣されているシンジの日常業務は多くは無かった。

 日中は【HC】の不知火に定期報告を行い、各部署の報告書に目を通して問題点があれば指摘して、変更などの指示を出すぐらいだ。

 まだ怪我が完治していない事もあり、シンジは早めに部屋に戻った。そこには三人の美少女がシンジを待ち構えていた。


「シン様、足の怪我はどうですか?」

「まあまあかな。最近はあまり動いていないから、治りも少し早くなっている気がするよ」

「ネルフは修理で大忙しの状態ですからね。こっちの絡んで来ないのは助かりますね。でも早く帰りたいですね」

「弐号機と参号機の修理が終わるまでだから、まだ当分は居ないとね」

「定期的に食材が来るのは良いんですが、偶には新鮮な野菜も欲しいです」

「流石にネルフの提供する食材は危険だから使えない。手間が掛かっても、第二東京から運んでくるしか無いのさ」

「そう言えば、あの襲撃者の件も誰が仕掛けたか結局は不明のままだったのよね。少し不安だわ」

「だからこうして、こっちのエリアに固まっているんでしょ。誰も危険なネルフのエリアに行こうとはしないもの」


 上(北欧連合)が納得した事もあり、【HC】としてはネルフに強硬な態度に出る事は無かった。

 だが、襲撃事件が不明な第三者勢力の手によって引き起こされたという報告は、態度を硬化させるには十分だった。

 結局、ネルフは零号機と初号機の本部駐留を依頼したが安全確保に失敗し、その原因さえ分からないと表明したのと同じである。

 まさに責任放棄と言って良い。冬月は平謝りだったが、不知火が激怒した。だが、分からないものは分からない。

 結果が曖昧に終わったが、【HC】の派遣メンバーは用心をしてネルフエリアに行く事は無かったのである。

 シンジ個人としては、ネルフの権限をそれなりに削いでいる事もあり、積極的にネルフに干渉するつもりは無かった。

 煩わしさを嫌った事もあるが、あまり虐めすぎると弱いもの虐めをしているような錯覚に陥る事があった為もある。

 ネルフが強行に出てくれば、こちらも強行に出るが、ネルフが大人しくしていれば関わるつもりは無かった。

 何より、『箱舟プロジェクト』の政府の承認が出た事もあり、そっち方面で多忙だった。


「ネルフ司令から会談要請が来ているけど、無視しているよ。襲撃事件があったのに、真相が不明だなんて信用出来ないからね」

「そうですね。ではしばらくはここでのんびりと過ごしますか」

「お兄ちゃんの足が完治するのが早いか、【HC】に戻るのが早いかのどっちかね」

「そうね。それで帰ったらシン様は約束を守って下さいね」

「今更だろう。もうミーシャとレイにはボクの女という証をつけているんだ」

「そうですね。早く二人に加わって貰わないと、あたしの身体が持たないような気がします。今はあれで駄目ですけど、次が怖いです」

「あれ? マユミには加減したつもりなんだけど?」

「それでも、きついんです! ま、まあ気持ち良いのは確かですけど、回数が多過ぎます」

「もっと詳しい話しを聞かせてくれる?」  「そうそう、逃がさないわ。お兄ちゃんの事を洗いざらい話してね」


 マユミとは最後の一線を既に越えていたが、ミーシャとレイにはまだそこまでの関係にはなっていなかった。

 とは言っても、ミーシャとレイとの関係も今までとは違った濃さがある。

 間近に迫った期待もあり、マユミの体験談を聞きだそうとする二人であった。

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 世界のネルフ支持国は国連加盟国の約九割になる。その国々は大きく揺れていた。原因はネルフからあった追加予算請求の為である。

 第十四使徒:ゼルエルによってネルフが受けた被害は今まで最大のものであり、その修復費も過去最大になっていた。

 被害を受けた施設全部の修復費では無く、必要最低限の修復費だと表明したが、それで費用を負担する各国が納得する訳が無かった。

 【HC】支持国が一度も追加予算請求を出していないにも関わらず、ネルフ支持国は五回目の追加予算請求である。

 しかも金額は過去最大だ。社会保障費等を切り詰めて資金を捻出している各国にしてみれば、いい加減にしてくれと言いたくもなる。

 中には年金基金を取り崩して資金を拠出した国もある。補助金などは真っ先に打ち切られている。

 身近な例で言うと、今まで年金の100%の金額を受け取っていた人が、いきなり70%の金額しか受け取れなくなる。

 そしてこの先、さらに減らないという保証は一切無い。そんな状況だ。

 国によって異なるが、物価も上がり、一年前の価格に比べて数割から二倍程度のインフレが進んでいた。

 確かにサードインパクトを防がなければ人類は滅亡し、生き残る事は出来ない。

 だからと言って、先の滅亡を防ぐ為に今の生活を投げ捨てる事など出来はしない。

 しかもこれから先に、何回追加予算請求があるかも不明だ。(使徒の総数は機密情報に入る為)

 だが、国連総会でネルフ支持を表明した各国は、追加資金要求に応じる義務を持っていた。

 この為に、無理やりネルフの求める追加資金要求に応じた為に、経済が悪化しつつあり、最終的には国の組織さえ崩壊する国が

 多数発生する事になる。多くの国民はそんな不安を感じていた。

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 【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。


「今回の使徒は来るのが早かったな。前回の使徒から一週間と経たずに来るなんて初めてだ」

「まったくだ。ところでロックフォード中佐は今もネルフ本部に派遣だよな。怪我はどうなったんだ?」

「右足が複雑骨折で、左手が単純骨折と聞いたぞ。それでもEVAに乗れるって言うから凄いよな」

「あの爆乳美女のミーナさんが故郷に帰って、気落ちしているんじゃ無いのか?」

「お前は知らないのか? ミーナさんが居なくなって、間を置かずに新しい美少女が中佐のところに来たんだぜ」

「食堂に入った新しい娘だろう。あの娘のおかげで食堂の料理がかなり美味しくなったのは知ってるぜ。今は居ないから元通りだけどな」

「その食堂の娘の事なんだけどな、早朝にあの娘が中佐の病室から出てきたのが目撃されている。少し歩きづらい様子だったとさ」

「えっ!? それって、中佐があの娘に手を出したって事なのか?」

「それは分からん。ただ言えるのは、俺達から見れば若過ぎる娘でも、中佐から見ればちょうど合うのかもな」

「まあ、俺達があの娘達に手を出したら、法律に引っ掛かるな」

「……こっちが相手を必死になって探していると言うのに……許せん!!」

「他にも美少女が二人居るんだぜ。全部で三人で看病しているって聞いている。羨ましい限りだ」

「抑えろ! 今回の使徒の迎撃で中佐はEVAに乗って、右足の怪我が悪化したそうだ。命を掛けて戦っているんだ。

 そのくらいの特典が無いと、やってられないのかも知れないぞ。知らない俺たちが、あれこれ言うべきじゃ無い」

「そうかもな。ネルフ職員の襲撃事件でも真っ先に中佐が襲われている。VIPも辛いな」

「お前らもそういう話が好きだな。ネットじゃ変な噂が飛び交っているんだ。少しは気を使えよ」

「変な噂?」

「ああ、中国や半島国家を中心に、今回のネルフの甚大なる被害は『【HC】が出撃を遅らせて、ネルフの被害を拡大させた』

 って言う噂が広まっている。一波乱あるかも知れんぞ」






To be continued...
(2012.03.31 初版)
(2012.07.08 改訂一版)


(あとがき)

 個人的な趣味としては、多数の打撃を入れる北○神拳よりかは、一撃必殺の南○聖拳の方が好みです。

 以前に考えたのは、一旦初号機が沈黙し、レイの叫び声でシンジが再起動するシーンを考えていたのですが修正しました。

 『ドクン』と鼓動が開始して再起動するのも格好良いとは思いますが、初号機の実力を比較すると今の方が良いと思ったからです。

 元々、S2機関を搭載しているので、シンクロ率400%は行うつもりはありませんでしたし。

 次回は少しエッチな話しで、その次はアクションものの予定です。



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