因果応報、その果てには

第五十話

presented by えっくん様


 第二東京市の路地裏で、ある浮浪者が死に掛けていた。その男は少し前まではある報道社の編集局員であり、その時は高額な給与も

 あって結構派手な生活をしていた。その時は自分の行く手を遮るものは無く、前途洋洋たる将来が待ち構えていると考えていた。

 凋落の原因はネルフの特別宣言【A−19】であった。あれで勤めていた報道社は潰されて男は職を失った。退職金も無かった。

 嘗ての上司である編集長は、さっさと日本を出国して祖国に戻っていた。だが、日本人であるその浮浪者には行き場所は無かった。

 特別宣言【A−19】の適応を受けた組織に勤務していた人達はブラックリストに載せられ、同業種への再就職もままならなかった。

 その為に定期収入は断たれて、恋人も離れていった。貯金は少なく、すぐに生活に困り出した。

 金を無心した親戚や友人達は、男から徐々に距離を取り始めた。

 やがてはマンションを追い出されて、最終的には浮浪者に為らざるを得なかった。

 最近は残飯漁りも上手くいかずに、ここ一週間は水しか飲んでいなかった。空腹で眩暈がしてきた浮浪者は、過去を思い出していた。


(あの頃は良かったよな。スポンサーの意向に従って、その指示のまま記事を書いていれば贅沢な暮らしが出来たんだ。

 事件が起きても大きなニュースにしないでくれと、取材中に臨時収入も結構あったしな。それがネルフの所為で全て無くなった!

 俺達は民間企業に勤めていたんだぞ! スポンサーの意向を聞いて何が悪いんだ!? どこの会社もやってる事だろう!

 臨時収入だって、取材先の希望を聞いただけじゃ無いか! それくらいの役得はどこにもあるだろう!

 少しぐらい恣意的に報道したって良いじゃ無いか! わざと報道しなかったぐらいの報道の自由はあるだろう!

 北欧連合とあの餓鬼を非難する事ぐらいは良いじゃ無いか! どうせ金は持っているんだ。出させて当然だろう!

 この国は民主主義なのに、何で言論の自由を封鎖するんだ!? それで会社が潰されるなんて、絶対におかしい!

 この前会った以前の同僚も俺と同じ浮浪者になってたな。ネルフの所為で何人こんな目に遭ったんだ!?

 俺達にも生きる権利はあるはずだ! 何で補償も無いんだ! 飯ぐらいは食わせろ! 今更肉体労働なんか出来るか!?

 怒ったら余計に腹が減って眩暈がしてきたな。まずい、眠くなってきた…………)


 ブラックリストに載った人間でも、地方での肉体労働等の職業の斡旋等の救済処置は取られていた。

 地方ではセカンドインパクトの復旧がまだ済んでいないところがまだ多かった。その復旧には人手が必要だったのだ。

 つまり、職の選り好みさえしなければ、ブラックリストに載せられて希望の職業に就けなくても生きていける環境はあった。

 今の日本政府にはある程度の余力はあったが、無職者に無条件に食事を提供するような甘い政策は取られていなかった。

 基本的には『働かざる者、食うべからず』である。一部の政党や市民団体から抗議の声があがったが、一部の職業を優先的に

 斡旋している事を理由にされては抗議の声も長くは続かなかった。そして抗議した団体は自腹を切って支援したが、

 やがては資金が無くなり支援は終わった。被支援者は支援が終わると、文句を言いながらさっさと散ってしまった。

 だが、この男にはプライドがあって、今更肉体労働などする気は無かった。デスクワークを希望していた。

 そのうちに以前のような職場で働けるかもという幻想を抱いて、第二東京市から離れなかった。それが現在に繋がっていた。

 やがて浮浪者の意識は遠のいていき、そして静かに息絶えていった。

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 第二東京市のある高級マンションのベランダで、初老の男が一人で昼間から酒を飲みながら考え事をしていた。

 部屋の間取りもかなり広くて、家具も高級品が置かれていた。そこだけ見れば、その男は豊かな生活をしていると見えただろう。

 だが、その男の顔は苦渋に満ちていた。その原因はネルフの特別宣言【A−19】であった。

 その男は辛口で定評があった評論家だった。ネルフの特別宣言が出される前は、頻繁にTVに出演し知名度もかなりあった。

 実際に今でも道を歩けば、一般市民からも見た事あるとか噂されるぐらいだった。

 著名人であり、番組のスポンサーの意向を受けて話しをする為に、出演料もかなり高額だった。一部の企業からはTV出演の時に、

 世論をある方向に誘導するように頻繁に依頼を受けていたので、そちらの方の臨時収入も多くて裕福な暮らしをしていた。

 その為に、北欧連合の批判の急先鋒に立って、技術公開や世界平和の為の資金提供をするべきだとの論法を展開していた。

 だが、ネルフの特別宣言【A−19】の施行以降は全てが変わった。

 その男は特定のTV局に出演する事が多かったが、そのTV局は真っ先に潰れてしまった。これにより定期収入が断たれてしまった。

 そしてそのTV局のスポンサーにもネルフや政府の圧力が掛かって、潰れる寸前の状態だった。これで臨時収入も見込めなかった。

 さらには男は以前の発言の為に、警察からも目を付けられていた。

 そして国税局の捜査が入って脱税を告発され、莫大な追徴金が課せられていた。

 以前はTV局の方から出演してくれと頭を下げられたが、今の男にそんな依頼を持ち込むTV局は無かった。

 生き残ったTV局に次々に電話を掛けたが、どのTV局も男の以前の発言を覚えていて、TV出演を依頼するところは無かった。

 プライドを捨て去って、自分からTV局に出向いて頭を下げたが、それでも出演を依頼するTV局は無かった。

 嘗て築いた人脈も効果は出なかった。まだそれなりの生活をしている人間は、評論家からの電話にも出ず、自分より惨めな生活を

 していた嘗ての同業者からは逆に支援してくれと懇願されたくらいだった。

 結局、収入源を断たれて脱税の追徴金を払うために、今のマンションを一週間以内に退去しなくてはならない状況だった。

 既に妻と子供は、妻の実家に帰ってしまった。男は一人の為に、次に入るのは築30年の1LDKのボロアパートだった。


(全てはネルフの特別宣言【A−19】の所為で、この国はおかしくなってしまった。

 私はTV局のスポンサーや各企業の意向を受けて持論を言っただけだぞ。その私が何故こんな目に遭うんだ? 絶対におかしい!

 何故、北欧連合を批判してはいけないのだ? 持てる者が持たざる者に施しを行うのは当然だろう。

 そんな当然の事を言った私が何故こんな目に遭う? 絶対に理不尽だ!

 北欧連合の技術を世界に公開すれば、それを推し進めた私に称賛が集まるはずだったのに!

 北欧連合が溜め込んでいる資金を世界平和の為に供出が出来れば、世界の称賛は日本に集まったはずだ!

 今や政府や官僚は北欧連合、いや、あの子供の御機嫌伺いしかしていないではないか! 日本人のプライドは無いのか!?

 あの子供もどこかおかしい! 日本人なんだから日本の為に尽力するのは当然だろう!

 なのに、北欧連合に所属しているとは、日本人として恥そのものだ! 絶対にいつか因果は廻ってくるぞ! 何時か報いを受けろ!

 ……このマンションに居られるのは後一週間か。食う為とはいえ、この年で肉体労働する嵌めになるとはな。

 あのスペースコロニーに行ってみたかったが、今の自分じゃあ無理だな。このまま老いてゆくだけなのか?)


 その元評論家はマスコミ関係の仕事の見込みが無いと判断して、地方の肉体労働の応募に応じていた。

 今まで肉体労働などした事が無かったが、飢えるよりはマシだ。そう覚悟を決めて、引越しの準備を始めるのだった。

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 ある著名な女性の芸能人は、自宅であるマンションで友人と話しこんでいた。


「まったく、ネルフの特別宣言【A−19】の所為で、商売あがったりよ! 最近じゃあろくな出演依頼も来ないわよ!

 これじゃあ、セカンドインパクト直後と同じじゃ無い!」

「あたしもそうよ。TV局が結構潰れて、バラエティ番組を組むところなんて激減してるしね。これじゃあ食べていけないわ!」

「ネルフもそうだけど、北欧連合のあの餓鬼が余計な事を言った所為で、肩身が狭くなってんのよ! 何とかなんないの!?」

「うちらの祖国をあれだけ批判されちゃあね。あの中央○報の記者が馬鹿な事をしでかしたから余計よ!

 あれが無ければ少しはマシだったのに! 本国もあの報道社にかなり雷を落したらしいけど、前には戻れないわよ!」

「まったく、あの記者の個人的な意見を、あたし達全員の意見と勘違いしないで欲しいわ!」


 芸能界にも激震が走っていた。偏向報道が指摘されて、特定国の番組を垂れ流すTV局の多くが潰れてしまった。

 その結果、そういうTV局に良く出演していた芸能人の出演機会は激減していた。勿論、残っているTV局はまだあり、そこの番組に

 出る事はあったが、以前のように回数は多くはなかった。それに発言内容も細かくチェックされていた。

 特定国への贔屓だけを言おうものなら、さっさと番組を降ろされ、次の出演依頼は来ないような風潮になっていた。

 以前はまったく逆の風潮だったが、ネルフの特別宣言とシンジの記者会見の為に、芸能界の流れは正反対になってしまった。

 事実、以前と同じように特定国の良い所だけを発言したある芸能人は、それ以降は残っているTV局から一切の出演依頼は来ていない。

 その結果、多くの芸能人が職を失って転職を余儀なくされていた。殆どの人達が流れが元に戻らないと判断していた為だ。

 だが、この二人は違った。ある意味、芸能界と共に生きてきた。今更、他の業界にはいけない。

 今まで稼いだ資産はかなりある。仮にこのまま出演依頼が来なくても、老後を過ごすぐらいの蓄えがあるから心配はしていなかった。


「若い連中は祖国に戻れるけど、あたしらは此処が居場所ね。今更戻れないわよ」

「そうね。この日本に骨を埋める覚悟よ。でも、住みづらくなったわね」

「仕事が無い若い連中も呼んで、騒ごうか?」

「偶には騒ぐのも良いわね。早速、手ごろな連中に声を掛けるわ。それと酒の準備をしなくちゃね」


 二人の女性芸能人は憂さを晴らそうと、酒を酌み交わし始めた。

 そこに仕事に干された多くの芸能人がやって来て、大宴会に発展していった。

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 とある上場企業の広告部の部長は、デスクで大きな溜息をついていた。それを見ていた部下の一人が、部長に声を掛けていた。


「部長。大きな溜息をついて、どうしたんですか?」

「ああ、君か。ここの所、TV局が軒並み潰れたろう。それでTV広告をするところが減って、広告費が上がっているんだ。

 上には報告してあるが、今まで潰れたところに広告を出していた事を責められてな。まったく踏んだり蹴ったりだよ」

「まあ、ネルフの特別宣言には逆らえませんからね。あの後、態度を改めなかったTV局が悪いんでしょうけど、余波を受けるこっちは

 たまりませんよね。家の女房も好きなドラマを放送していたTV局が潰れて、文句を言っていましたが」

「俺自体はあんなドラマは好きじゃ無かったから、個人的には構わないがな。

 ただ、限られた広告費でCMを流す時間が減ると、業績に影響するんだ。そうなって責められるのはこっちだぞ」

「まあ、今は景気は持ち直していますからね。需要はあります。広告もある程度は減らしても大丈夫じゃ無いですかね。

 今までが過当競争過ぎたんじゃありませんか?」

「その傾向は確かにあるがな。今の世の中の風潮は俺としては良いと思っている。日本人なのに、何で態々他の国のドラマを見なくちゃ

 ならないんだ。偶になら良いだろうが、あれだけ流されちゃウンザリしていたところだったからな。時代劇が復活したのは良いな」

「うちの女房は好きでしたけどね」

「それは個人の趣味だろう。男と女の違いはあると思うぞ」

「それはそうと、広告代理店の構成が大分変わったんですね」

「ああ。あの大手の広告代理店に警察の手が入って、潰れた。今は小さな広告代理店が多くてな。選ぶのに一苦労だ」

「あの大手の広告代理店がCMの価格を吊り上げていたんですよね。今じゃその分は安くなったんでしょう」

「まあ、その分の経費は下がったな。それは確かにメリットだ。暇な芸能人が増えた事で出演料の相場は下がっているしな」


 ネルフの特別宣言の為に、多くの偏向報道を行っていたマスコミ関係各社は潰れていた。

 そしてそのマスコミから見ると客の立場である広告代理店業界にもネルフと警察の手は入っていた。

 ある大手の広告代理店は、客の立場で各マスコミに圧力を掛けていた。その結果が北欧連合への批判報道に繋がった。

 その事を追及されて、経営者は逮捕されて会社も潰されていた。その結果、中小の多くの広告代理店が乱立していた。

 その為に、嘗ての半独占状態だった広告代理店業界にも新風が吹き荒れて、広告費の経費の一部の値下げ合戦が始まっていた。

 もっとも、TV局だけは数が減った事もあって、広告費は上がっていたが。部長が悩んでいたのはそこの部分だった。

 だが、今の日本経済は電気の燃料費の削減効果が出始めており、景気は上昇傾向にあった。

 その為、広告費をある程度は削減しても、その企業の売り上げにはさほどは影響しないような状態になっていた。

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 ある企業を定年退職した熟練技術者が、たった一人の家族である中学生の孫娘と居間で会話をしていた。


「じゃあ、お祖父ちゃんは海外に行かなくて済むようになったのね!」

「ああ。つい数ヶ月前までは、わしらみたいに定年退職した者が勤める事の出来る職場は少なかったがな。何でも政府が熟練技術者の

 技術継承センターってものを作って、わしみたいに定年退職した技術者を雇う方針になったらしい。わしらがその第一号か」

「良かったわ。あたしは学校があるし、今更海外になんて行きたくなかったもの」

「わしもお前一人残して行くのもどうかと考えていたんだがな。まあ、少し通勤時間は増えるが残業はほとんど無い。

 手取りも以前とはかなり違うが、住み慣れたここに居続ける事が出来る。此処なら墓参りも直ぐに行けるしな。政府に感謝だ」

「お祖父ちゃんを勧誘しに来ていた、あの外国の人の目は、何か怖かったの」

「まあ、彼らも日本の技術を出来るだけ吸収しようと必死なんだろうがな。わしの前に定年退職した技術者でも、かなりの数の人間が

 海外に高待遇で迎えられている。日本で食べていけなければ仕方の無い事だ」

「そうか。お祖父ちゃん以外にも外国に行っている人が結構いるのね」


 企業を定年退職しても契約社員の扱いで、今までの会社に継続して勤務する人もいれば、再雇用されない人もいた。

 退職しても直ぐに年金生活に入れれば良いが、年金が出る年齢が引き上げられた今、その間の定期収入が無ければ暮らしてはいけない。

 こうして日本の熟練技術者の多くが、高待遇の条件で海外の企業に雇用される動きがあった。

 いわゆる技術流出である。世界全体から見れば、技術の底上げいう観点からは望ましい事である。だが、日本に主眼を置くと、

 技術的に遅れていた海外に日本の技術が流出して行く事になり、それはブーメラン効果で跳ね返ってくる事になる。

 つまり今の日本を支えてきた優れた技術が海外に流出し、数年後にはその技術を吸収した国が日本と同等の製品を作り出す可能性が

 あると言う事だ。その場合、人件費の高い日本製品に勝ち目は無く、一方的に市場で日本製品は敗退し続ける事になるだろう。

 技術的に遅れた国からしてみれば、企業間契約で大金を払って技術指導を受けるより、一個人を高待遇で迎えた方が費用も安い。

 自国民を犠牲にしてでも世界全体の技術の底上げを図るか、やはり自国民優先の政策を取るかはその国の施政者の自由だ。

 技術流出する量や分野によって効果が現われてくる時期はずれるだろうが、十年単位で見れば必ず効果は出てくるだろう。


 冬宮からの提言もあって、日本政府は技術流出に歯止めを掛けようと、退職した熟練技術者の雇用場所を各地に設置する事にしていた。

 今までは資金難もあって少ししか実施が出来なかったが、核融合炉発電が本格的に稼動した今は莫大な燃料費が浮くようになっており、

 資金的に余裕が出てきている。日本の将来を見越して、若い技術者を育成するのも国の務めであった。


「一時期はTV局は○流と言って、あの国のドラマを垂れ流しにしていたが、今じゃわしらの好みの番組を流してくれるからな。

 そういう意味でも日本に住み続けられて嬉しいと思っているよ」

「あたしはあのドラマは好きだったけどな」

「まあ、各人の好みという奴だな。わしらにゃちょっと受け入れられん。それにTVで整形を進めるような番組があったろう。

 わしらからしてみれば、お前みたいな可愛い子供が何で進んで整形手術をしなくちゃならないのか疑問だよ」

「確かにTVの影響で美形が良いって風潮になって、皆が揃って外見を気にするようになっちゃったもんね。

 でも、あたしは外見を重視する男は嫌だな。内面を見てくれないと。そういう意味からもあたしは整形手術なんかしないわ!」

「それで良いんじゃ無いのか。確かに顔についた傷を消すぐらいは良いだろうが、堂々とTV番組で整形手術でどんなに綺麗になったかを

 競うなんて馬鹿げていると思うがな。そんな事をしたら、どんどん内面が薄っぺらくなっていくような気がする。

 まあ、整形手術を堂々と勧めたTV局はさっさと潰れたから、これで良かったと思うが」

「女としては、誰でも綺麗に見られたい気持ちはあるわ。でも、あたし的には整形はしたくは無いわ。

 だったら、技能や内面を磨いた方が、よっぽど良いと思うよ」

「最終的には個人の自由だ。だが、何事にも『過ぎたるは及ばざるが如し』だ。整形のし過ぎで顔が元に戻らなくなった人もいる。

 TVで見た事はあるが、お前にあんな顔にはなって欲しくは無い。今のお前の笑顔があれば、わしは十分幸せだよ」

「もう、お祖父ちゃんたら。あたしは整形はしないって言ってるでしょう!」

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 ある地方自治体の職員は上機嫌で、同僚と居酒屋で酒を酌み交わしていた。


「そういや、最近のお前はやたらと機嫌が良いよな。彼女でも出来たのか?」

「……そっちはまだだ。最近は仕事がやたらと上手く進んでいるからな」

「そっちか。仕事熱心な事だな。ちょっと待てよ。お前の仕事って、原子力発電所の事故の放射能に塗れた瓦礫の撤去じゃ無かったか?

 うちの県だけじゃ処理出来ずに他県に処理を依頼したけど、何処の自治体も住民の反対があって受入を拒んで、中々処理が

 進まなかったんじゃ無かったのか? あれが急に進みだしたのか?」

「ああ。事故当時はどこの自治体も言い訳がましく地元の住民の反対があって、受け入れ出来ないって言ってたろう。

 それが此処に来て、内密に瓦礫を受け入れるって連絡してきた自治体が増えているんだ」

「何で今になってなんだ? 理由はあるのか?」

「あまり大きな声では言えないがな」

「教えろよ」


 二人はカウンターでは無く、座敷に座っていた。二人は顔を近づけて、小声で会話をしていた。


「政府から各地方の自治体に連絡があったんだ。自分達の都合だけを優先させていると、ロックフォード財団が日本から撤退する

 理由になる。財団を撤退させずに日本全体の事を考えるなら、瓦礫を受け入れろってさ」

「……それって、完全な脅迫なんじゃないのか?」

「それでも構わないさ。実際に瓦礫の放射能レベルは一般市民に影響の無いレベルまで下がっているんだ。それを受け入れないのは、

 完全な風評被害の為さ。自分達の生活が脅かされるという心配は分からないでも無いが、それを言うなら地震で原発が壊れて被害を

 受けているうちの県はどうなるんだ? 事故が起きるまでは原発のメリットを受けて、実際に事故が起きて放射能の瓦礫を受け入れる

 のは嫌だなんて、完全な我侭じゃ無いのか? あの事故からかなり経ったがまだ瓦礫の半分も処理出来ていないんだぞ」

「まあ、確かにうちの県だけでリスクを負うのは納得はいかなかったがな。でも良く反対住民を説得出来たな」

「各地の説明会で財団の撤退のリスクと瓦礫受け入れのリスク。どちらが良いかと説明したそうだ。

 それでも受け入れなければ非協力的な自治体というレッテルを貼って、国からの補助金の減額をちらつかせたらしい」

「はあ。かなり強圧的だな。民主主義国家としては、住民の反対を利権をちらつかせて黙らせるのはどうかと思うが」

「それは一理ある。だけど、こういう異常事態に全体の総意を纏める事なんて出来るのか? 『小田原評定』の実例があるだろう」

「それはそうなんだけどな。何か納得がいかないんだ」

「もう一つある。これは噂に過ぎないけど、瓦礫の撤去を拒んだ自治体に住んでいる人のスペースコロニーへの移住申請は、

 落されるという話があるんだ。これについては俺も本当かどうか確認が取れていないけど、国の担当者から内々で聞いた話しだ」

「……今までの経緯を判断すると確かに真実味があるな。理想は各自治体が自主的に協力してくれる事なんだけどな。

 まったく、この国は外圧が無いと意見が纏まらないのかよ!」

「それがこの国の歴史だ。住民の良識に期待するにも限度があるって事さ。今回の事で勉強したよ」


 二人は小声で話していたつもりだったが、実際には周囲にも聞こえていた。

 そしてこの噂はネットにアップされて大きな反響を出す事になった。

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 第二東京市の喫茶店で、青年二人が深刻な表情で話し込んでいた。

 一人はかなりやつれていて、もう一人はそれを気遣う素振りを見せていた。


「そういや、お前はいきなり会社を懲戒免職処分になったんだって。しかも携帯電話や固定電話も契約が切られている。

 メールアドレスまで消されてたけど、何をやったんだ? 今日だって、お前のアパートに行かなきゃこうして会えなかったんだぞ」

「……ネルフの特別宣言【A−19】あれに引っ掛かったんだ」

「あれにか!? そうか、お前はネットにどっぷりだったしな。じゃあ、魔術師の批判を散々繰り返したって事か?」

「……ああ。十四歳の子供があんな事を出来ると思う方がおかしいだろう。ネットの風潮に乗って、散々書き込んだよ」

「ネルフから停止勧告メールは来たのか?」

「ああ。だけど、あの時の情勢でネット規制なんて脅かしだけでやるはずが無いと思ってたんだ! この国は民主主義国家だろう。

 言論の自由があるんだ! それなのにあんな事で言論の自由を奪うなんて、出来るはずが無いと思ってたんだ!」

「……ネルフを甘く見た訳か。まあ、確かにあの時は本当にネルフがネット規制を行うのか、疑問視していた意見もあったな」

「そうだろう! 普通に考えて批判しただけで取り締まるなんて全体主義国家じゃないか! ファシズムだ!」

「警告を無視したお前も悪いんだろうけどな。マスコミ各社が潰れた時点で止めておけば良かったのに」

「それでもだ。マスコミみたいな企業はともかく、俺みたいな民間人には関係無いと思っていたんだ」

「……お前が甘過ぎたと言う事か。ところで再就職はどうなんだ? お前は一人身で両親の残してくれた貯金はあるって聞いたが、

 何時までも働かない訳にもいかないだろう。当てはあるのか?」

「今はバイトで食いつないでいる。正社員に応募は何度かしたけど、全てブラックリストに載っているから駄目だと断られた」

「ブラックリストに載ったのか!? あちゃあ、それに載っちゃあまともな職にはつけないぞ。精々が地方の肉体労働者だ」

「それもおかしく無いか!? たった一度の過ちでブラックリストに載せられて、まともな職につけないなんて異常だ。

 敗者復活が出来るようにするべきじゃ無いのか!? これは立派な差別だ!」


 十人十色というように、色々な考え方がある。その全ての主張をまともに取り上げていたら、その意見の集約だけで行動が出来ない

 場合がある。それでも議論するのが民主主義のやり方だが、平和な時はともかく、今の使徒戦を行っているような非常時に、

 そんな悠長な手法は取れないと政府は判断していた。もっとも、政府広報で現在の規制は一時的なものであり、三年以内には

 規制を解除する事を発表していた。そして一時的に規制に引っ掛かった者でも、地方の復旧作業の職は用意していた。


「平和な時代ならその主張は通ったろう。政府の発表でもあったように、今は核融合炉発電の効果が出始めて、輸入していた燃料費が

 激減した分、景気が上向いている。でも、財団が撤退すれば、あっと言う間に不況になるぞ。それに食糧輸入が途絶えたら、こうして

 喫茶店でコーヒーを飲む事さえ出来なくなる。平和な時代は人権は手厚く保護されていたが、今は皆が生き延びるのに必死なんだ。

 一歩間違えば、セカンドインパクト直後と同じような状況になるんだぞ。あの時に、個人の自由なんかあったか!?

 皆が飢えに苦しんで、食料の奪い合いで死者が大勢出たんだ。それを繰り返しても良いと言うのか!?」

「そんな事は言ってはいない! ただ、俺にまで影響が及ぶとは思わなかったんだ!」

「それが甘いんだ! 自分だけ良ければ良い。自分だけは大丈夫だ。そう考えたんだろう。今の政府の広報でしきりに流しているが、

 一見日本は平和なように見えるが、世界単位で見れば激動しているんだ。平和な時の常識が何時まで通用すると思ったら大間違いだ」

「ルールなんて適当に守っていれば良いと思ってた。自分一人でも生きていけると思ってた。

 でも、組織から外れる事が、こんなに辛い事だなんて思わなかったよ」

「基本的に日本人は組織に守られている事を意識していないからな。水と安全はただで手に入ると思っている。お前もそうだろう」

「ああ」

「噂だけどお前のようにネルフや警察の摘発にあったのは一万人から二万人ぐらいらしい。確かに再就職はきついだろうが、

 浮浪者になって治安が悪化する前に収容して地方の復旧事業に従事させる方向で動いているらしい。お前も気をつけろよ」

「収容か。この国も住みづらくなったんだな」

「住みづらくか。一応言っておくが、ルールをきちんと守っている俺にとっては住み易い国だぞ。だが、ルールを守らないお前みたいな

 人間にとっては住みづらくなったかも知れんがな。国が崩壊したら、こんな会話も出来なくなるんだ。

 自分一人ぐらいルールを守らなくても良いと思う人間が増え過ぎたら、絶対に国が纏まらなくなる。そんな事も分からないのか?」

「…………」


 やつれた友人を見つめていた男は内心で溜息をついた。この友人は根は悪い人間では無い。それは長年の付き合いで分かっていた。

 だが、調子に乗り易い癖があった。セカンドインパクトでもそんな苦労はしなかったと聞いている。

 かと言って、目の前の友人の心配だけをしている余裕はその男にも無かった。


「俺はスペースコロニーへの移住を申請する予定だ。お前と会うのもこれが最後かも知れんな。達者でな」

「スペースコロニーに移住するのか? あれはロックフォード財団に生殺与奪権を握られるんだぞ。

 あそこを信用してスペースコロニーに行って上手いように使われて、用が済めば殺されるかも知れない。それでも行くのか!?」

「確かにその可能性もゼロじゃ無い。要はロックフォード財団を信用するか、しないかだ。今までの財団のやり方は確かに右寄りで

 息苦しいところはあると思っている。でも、全体的に見れば皆の生活向上に寄与しているんだ。

 それに満足に働けない子供達も積極的に受け入れると言ってる。心の底に善意が無ければ無理だろう」

「財団の良い様に教育して、いや洗脳してロックフォード帝国をつくる気かも知れないぞ!」

「悪いように考えれば、その可能性もあるがな。要は信用するか、しないかだ。俺は信用する事にしたから移住を希望する」

「……俺も一緒に申請してくれないか?」

「はあ? 俺は彼女と一緒に申請する予定なんだ。そして申請単位で部屋割りが決まるんだ。お前と一緒に申請出来る訳が無いだろう。

 そもそもブラックリストに載っているお前と一緒に申請したら、俺達まで落とされてしまうじゃないか!」

「俺を見捨てるのか!?」

「自業自得って奴だろう。今のこの規制は長くは続かない。最長でも三年間ぐらいだそうだ。

 つまりブラックリストに載せられていても、三年以内には無効になる。それまで頑張るんだな」


 やつれた友人とは長い付き合いだったが、流石に一緒に移住を申請してくれとは図々しいと思った男だった。

 機嫌を悪くした男は、会計を済ませるとさっさと喫茶店を出て行った。

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 初老の女性と教頭の職にある男性が、他には誰もいない中学の職員室で言い争いをしていた。


「教頭先生は個人の思想の自由を認めないと言うのですか!?」

「せめて学校行事ぐらいは学校の指示に従って下さいと言っているんです。私達は教職にあるんですよ。

 その教職の私達が学校の指示に従わなかったら、生徒に先生の言う事を聞きなさいだなんて、胸を張って言えないじゃありませんか!

 そういう思想の自由は、学校の外で言って下さい」

「それとこれとは別の話しです。生徒は子供ですから教師の言う事を聞かなければなりません。

 そして大人である私達には思想の自由があります。これは憲法や法律にも謳われています。誰であっても制限は出来ません。

 その事を生徒達に私が身を持って示さなければなりません」

「じゃあ、この次の卒業式にはどうあっても起立して国歌を歌わないと?」

「当然です!」

「……では、これからは学校行事に一切出席しないで下さい。それに、あなたには職場を移動して貰いますから」

「そんな事が許されると思っているんですか!? 教育委員会に訴えますよ!」

「これはその教育委員会からの通達です。ネルフの特別宣言【A−19】の為に各地の教育委員会のメンバーのかなりの人数が拘束され

 役職者がかなり入れ替わっているのは知っての通りです。そして今回は特別に政府から通達があって、一回説得しても駄目な教師は

 外すように指示が出ています。裁判所に訴える自由もありますが、その場合は教職にありながら教師の思想を生徒に強要したとして

 逆提訴する用意も出来ています。その場合は懲戒免職でしょうね。退職金は出ませんよ」

「そんな! 日本は軍国主義に戻ると言うのですか!? そんな事が国際的に認められると思っているんですか!?」

「やれやれ。自分達の意見が通らないと直ぐに軍国主義呼ばわりですか。

 こちらは学校という公共の場ではルールを守って下さいと言っているだけです。

 あなたのプライベートまで干渉しようというのではありません。それを軍国主義呼ばわりで自分の主張を通そうとする。

 そんなやり方はもう通用しません。税金で支払われる給与を受け取るなら、ルールは守って貰います。嫌なら外れて貰います」


 緩みすぎた組織を立て直すには強制力がいる。ロックフォード財団から掛かっている外圧はちょうど良い理由になった。

 何もプライベードまで制限しようと言うのでは無い。あくまで学校という職場での規律を守る事を徹底させただけだ。

 又、公務員でありながら勤務時間中に政治活動を行った場合は、免職処分を含む罰則が適用される事になっていた。

 要は自分勝手な公私混同は認めないという事だ。プライベートでは各自の自由は当然の事だが保障される。

 しかし、職場では個人の自由より組織の規律が優先されるという見解を明確にしていた。

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 日本の各地方ではセカンドインパクトの時の被害の復旧が遅れていたが、ここに来て急ピッチで復旧作業が進み出していた。

 復旧作業には重機が多く投入されていたが、細かい作業はどうしても人力が必要だった。

 今までは人手不足もあって中々作業が進まなかったが、此処に来て大勢の作業者が集まり出していた。

 その作業者の多くが、ネルフの特別宣言【A−19】によって失職、又は拘束された人達だった。

 そこにはある思想の持ち主が多く集められていたが、まったく逆の思想の持ち主も集められていた。


「くそっ! ボクは頭脳労働者なんだぞ。まったく、ボクに肉体労働を強要するなんて、この国は間違っている!」

「ふん。左よりだから、手より先に口が動くか。そんなんだから、真っ先に摘発されたんだぞ」

「ふん。そういう右寄りのお前こそ、調子に乗ってたら摘発されたんだろう」

「仕方無いだろう。真っ先に左寄りの人間が摘発されたから、政府は右寄りの政策を取ると思ったんだ。

 日本人なら日本の為に尽くすのは当然だと主張しただけだぞ。俺は普通だ!」

「どうせ、魔術師が日本人だから日本に貢献すべきだろうとか言って捕まったか」

「そうだ。それを主張して何が悪い!?」


 ネルフの特別宣言【A−19】で最初の頃に拘束されたのは、左寄りの人間が多かった。

 北欧連合やシンジに謝罪や賠償を求めて、ネルフの中止勧告を聞かなかった為である。主にマスコミ関係とネット関係の人達だ。

 左派系の人間達が次々に失職、又は拘束されたのを見て、右寄りの人間は狂喜した。

 政府は自分達を保護して右寄りの政策を取ると判断した人達は、調子に乗って日本国粋主義の主張を繰り返した。

 日本は最高。日本人なら日本の為に尽くして当然。国の言う事には逆らうな。左寄りの人間は売国奴。

 外国人を排斥しろ。外国人を追い出せ。何時かは日本に嘗ての軍国主義を復活させよう。

 それらを声高に主張した。その主張の中に、シンジは日本人だから日本に尽くすのは当然という内容もあった。

 だが、今の日本政府は中道を目指していた。

 左寄り過ぎると、行き過ぎた権利の主張や過保護によって国内を食い荒らされて、何れは国は荒廃して滅びる可能性がある。

 右寄り過ぎると、国内優先主義の為に海外勢力との対立が激化して、何れは戦争で国が滅びる可能性がある。

 そんな考えから、他者の考えを認めないような極端な双方の主義者を徹底的に取り締まっていった。

 今までの国内は左寄りの傾向が強かった為に、取り締まられた人達は左寄りの思想の持ち主が多かった。

 だが、行き過ぎた主張を繰り返す右寄りの思想を持つ人達も取締りの対象になっていた。

***********************************

 日本にある某国の大使館で秘密会議が行われていた。


「今の我が国の置かれている状態は極めて悪い。これと言うのも、あの北欧連合の所為だ。とは言っても、あの国を敵には回せん。

 何とかしてあの国との協力関係を築かないと、我が国は徐々に衰退するだけだ。半万年の歴史ある我が国を潰す訳にはいかん!」

「全ての原因は2008年の中国の核事故の騒ぎに乗じて、北欧連合と国交断絶を行った当時の政権に問題がある!」

「それを言ったら、あの当時のマスコミとネットもそうだ。北欧連合と魔術師の非難報道一色だったぞ」

「我が国の国民は一度熱くなると収拾がつかなくなるからな。あの時は火病で何人が倒れたかな?」

「我々がどう対応するかを協議しているのだ。そんな過去の事を何度も蒸し返して責任追及する習慣は止めろ!」

「実際問題として、我が国の同胞は北欧連合にはいない。国交断絶前は少しは居たのだが、あの時に全員が帰国してしまったからな。

 正直言って、あの国とは何も伝手が無い状態だ。この前に国会議員が第三国経由で乗り込んだが、全て入国拒否されて帰された」

「国交が無いから移民もあの国に送り込めない。かと言って不法入国させて、ゆっくりと勢力圏を作る時間的余裕も無いな」

「第三国経由ではどうだろう。北欧連合と国交がある国に同胞を送り込み、そこから北欧連合に移住させる」

「実は送り込んだ事はあるのだが、税関で入国拒否されている。

 まあ、ホテルの予約が出来なくて、観光ビザも無い状態で無理やり入国しようとしたんだがな。

 抗議したが、不法入国されて住み着かれて、数十年後に強制連行されたと騒がれても困ると嫌味混じりに言われたそうだ。

 不法入国者に住み着かれて治安が悪化するなら、事前に規制を強化しようとしているのだろう。

 あそこは外国人の土地の購入に厳しい制限を掛けているし、生活拠点の構築は無理だ。

 今の北欧連合は中東連合からの移民だけで手一杯で、他の国からの移住実績はゼロだ」

「そうなると、移住先の同胞でデモを頻繁に起こして世論に訴える方式は駄目か。今まではそれで上手く行ってたが」

「第三国に関係改善の仲介を依頼するのはどうだ? 我が国と北欧連合と国交がある国は複数ある。打診してみてはどうだ?」

「こちらから国交断絶した事を理由に、全て拒否されたがな。彼らの大使館前で国旗を燃やした事や、優秀な民族なら他国の力を

 借りずとも繁栄は約束されているでしょうと、嫌味を言われた事もある。

 彼らは日本を嫌っているが、それ以上に我が国を嫌っている。生半可な事では関係改善など出来ないぞ」


 出席者達の表情は深刻だった。ネルフの特別宣言【A−19】までは日本のマスコミ業界に彼らの影響力は及んでいたが、

 ネルフの介入により影響力は激減してしまった。全滅という訳では無いが、既に日本の世論の誘導は困難な状況になっていた。

 彼らが強い影響力を持っていた市民団体の半数以上は、ネルフの特別宣言により拘束され、収容されていた。

 それを批判した多数の弁護士は弁護士免許を取り消され、擁護した政治家もネルフの特務権限の下で議員資格を剥奪されていた。

 さらには違法献金の実態を暴かれて、議員資格の剥奪どころか逮捕された議員も出る有様だった。

 彼らの国に部品を輸出して利益を得ている企業から支援の動きはあったが、政府の介入もあって何の効果も無かった。

 そして【HC】でのシンジの記者会見報道により、日本の至る所で白い視線が彼らに向けられるようになっていた。

 現在の彼らの祖国はセカンドインパクトからの復旧が終わっておらず、経済的にはかなり低迷していた。

 ネルフ支持国の為に、追加拠出金を捻出しなくてはならないのも辛い。辛うじて、日本からの支援を引き出して何とか

 やり繰りしていたが、此処に来て日本からの支援も減り続け、このままでは近い将来に停止するのも時間の問題になっていた。

 今まで日本が貸し付けていた巨額の借款の返却を求められていた。今までなら彼らの影響力を行使して、借款の棒引きや返還の延期

 の処理が出来たが、今ではとてもそれを要求する事は無理だった。だが、巨額の借款を返せば、それだけで祖国は崩壊するだろう。


 日本での影響力を取り戻して、祖国を支援させようと目論んでいた彼らの考えを変えたのは、フランツ首相の記者会見だった。

 今まで【HC】支持国は科学レベルこそ高いが、経済レベルはネルフ支持国に比較して圧倒的に低いというのが世界の常識だった。

 だが、スペースコロニーを擁して宇宙資源の開発を行うという事は、将来的にその常識が覆る事を示唆していた。

 経済レベルでも【HC】支持国がネルフ支持国を上回る可能性が示されたのだ。

 経済的に苦境に立つ祖国だが、スペースコロニーを利用した宇宙資源の開発に参入出来れば、経済的に飛躍が期待出来るだろう。

 そう考えた彼らだが、北欧連合との関係は途絶していた。2008年の中国の核融合炉の大事故の被害は彼らの祖国にも及んでいた。

 その時に北欧連合に謝罪と賠償を求めたが相手にされずに、国中のマスコミとネットは北欧連合とシンジを盛大に非難していた。

 実際には北欧連合は中国の核事故とは何の関係も無かった。寧ろ、機密情報を盗まれた被害者側だった。

 だが、祖国のマスコミはそんな事は知らずに、北欧連合とシンジの非難報道を激化させていった。当然、世論もそれに誘導されていた。

 元々交易自体が少なかったが完全に停止し、大使館前では十数万人規模のデモが頻発した。

 国旗を焼かれて、投石で窓ガラスが割られるなどの被害も出ていた。指を切る者や、ガソリンを浴びて抗議の焼身自殺する者も居た。

 そして世論の高まりを受けて、何時まで経っても謝罪と賠償をする意思を示さない北欧連合に、彼らから国交断絶を通達していた。

 後から本当の事情を知った彼らだが、後の祭りだ。寧ろ、不確定情報でそこまでの判断を下す方が異常である。

 だが、北欧連合との関係改善を行わなければ祖国の未来は開けない。そしてその打開策を協議しているのであった。


「何とかして北欧連合との関係を改善しないと、スペースコロニー計画に参入出来ない。

 あれに参加出来れば、将来的には宇宙圏に我が国の勢力範囲が築ける。輝かしい未来が待っているのだ!」

「宇宙か。偉大なる我が民族こそ、宇宙に覇を唱えるのに相応しい!」

「それと日本と同じように核融合炉を設置出来れば、我が国の経済状況も一気に改善されるだろう。燃料費の削減効果は凄まじい」

「メリットは分かるが、現実を見ろ。こちらから国交断絶を通達した事もあるし、この前の記者会見に本国の報道記者が不正を行って、

 勝手な事を言ったから、我が国の信用は地に落ちている。正攻法は無理だろう」

「日本から我が国の影響を排除しようとしている事も考えると、かなり悪い感情を持っているだろう。

 まあ、当時のマスコミ報道やネットでの非難を覚えていれば当然か。さて、どうするかだな」

「まずは北欧連合とどう関係を改善するかだ。世界に誇る我が国のドラマでも売り込んでみるか。芸能人を送り込んでも良い。

 かなり格安にすれば、以前の日本のTV局のように飛びつくかも知れん。枕営業をさせれば効果的だろう」

「無駄だ。あそこのマスコミは民族色がかなり強い。中東連合だけは別枠であるが、それ以外の外国枠の放送時間は一定以下に

 制限されている。割り込むのは無理だ。それに国の費用を使って、世界への文化浸透政策を進めるのもどうかと思うが?

 以前に北欧連合の文化担当者に『良い文化なら自然と世界に広まる。作為的に自国の文化を国家予算を使って広めようとするのは

 どれだけ自国の文化に自信が無いんだ。押し売り行為は止めろ』と怒鳴られた事もある」

「だったら、魔術師が我が国の同胞の血を引いていると噂を流させてみてはどうだろう。そこを切欠に話しが進む可能性もある」

「キリストや孔子の二番煎じのつもりか? 魔術師の怒りを買うだけだぞ。無駄どころか、悪影響が出るぞ!」

「だったら、北欧連合の製品を我が国が大量に輸入しようと打診してみてはどうか? 高度技術品が国内に出回れば、経済効果も大きい」

「コピーされて特許を侵害されるだろうし、将来に起源を捏造されるのは分かっているから嫌だと、はっきり断られている」

「だったら我が国の誇るキ○チやマ○コリでも売り込もう。絶対に欲しがるはずだ!」

「……お前がやって見るんだな。恥をかくだけだと思うが。言っておくがそれで寄生虫が見つかったら、それこそ最後だぞ。

 北欧連合の担当者は『Kの法則』を知っていた。極力、我が国と関わらない方が良いと思っているんだ。

 以前にロックフォード財団との合弁会社の設立を申し込んだ事があったが、日本のホ○ダのように技術が習得出来たら

 さっさと縁を切って、恩を仇で返すのだろうと言われた。我々を受け入れたら、留学生の銃撃殺人事件のような事が起きないかと

 危惧しているんだ。彼らは我々の実態を良く知っている。彼らとの関係を改善させる為には、並大抵の譲歩では無理だ」

「…………」


 出席者の一部は自国民の特性を良く理解していた。長年の両班制度という身分制度で下の者を管理し、搾取する事には慣れていたので、

 企業の中間管理職や上層部などの仕事には向いていた。だが、それを高貴なものとした為に、職人などの生産職は軽視され続けていた。

 その為に、自国だけでは技術が蓄積されずに、生産効率も低かった。生産に携わる人々の意識が低いのも影響していた。

 辛うじて国民の半数以上に恩恵を行き渡らせずに、一部の企業に利益を集約して輸出産業を振興させる事によって国を保ってきた。

 それも海外から資金と技術を導入してだ。その資金と技術導入の多くが日本からであったが、今後の雲行きは怪しくなってきていた。

 何とかして次の宿木を探さない事には、国が保てなくなる可能性があった。その為に出席者の表情は真剣だった。


 結局、妙案は出ずに後日に同じような会議を繰り返す事になっただけだった。

 もっとも、北欧連合との交渉窓口さえも確保出来ずに、目論みはあえなく潰える事になったが。

***********************************

 日本にある別の某国の大使館でも秘密会議が行われていた。


「現在の我が国の置かれている立場は極めて悪い。2008年の核融合炉の大事故が全てに起因している」

「日本の核融合炉から機密情報を盗み出した技術者は、あの大事故の時に死んでいる。今更、責任追及は出来んぞ」

「その指示を出した人間はまだ生きているだろう。日本にあった機密情報を盗み出し、それのコピーに失敗して大事故とはな。

 それでいて事故の責任が北欧連合にあるように仕向けたんだ。情けなくて涙が出てくるぞ」

「今更だ。技術のコピーに失敗して大事故が起きたのは高速鉄道の例もある。我が国の技術レベルはそういうレベルだ」

「それで数億もの人民が被害を受けたんだぞ。高速鉄道の比じゃ無い。証拠共々、地下に埋めて隠滅するなんか出来はしない」

「あの国から我が国が一番恨まれているのは間違い無いだろうな。それでも将来の為には、あの国との関係改善を進めなくてはならん!」

「確かにスペースコロニーを使用した宇宙資源の活用や、核融合炉のメリットを甘受出来れば我が国の将来は明るいものになるだろう。

 だが、核融合炉の大事故で政府は知らぬ振りをして、世論の風評被害を全て北欧連合に向けさせた。

 しかもその後に彼らの大使館を人民のデモ隊が襲って、大使館員全員を殺害してしまった。未だに賠償すらしていないのだぞ。

 さらには2009年に北欧連合への国連軍侵攻に賛成票を投じている。ここまでやって関係改善が出来ると思っているのか!?」

「ならば、このままで良いと言うのか? 核融合炉技術開発は我が国でも別途行っている。数十年後には実用化は出来るかも知れないが、

 宇宙開発はあの国との関係改善を行わなければ、参入さえ出来ないんだ。独自の宇宙船を打ち上げても、撃ち落とされるだけだ」

「直接交渉は絶対に無理だ。仲介者が必要だが、北欧連合には僅かだが同胞がいると聞いている。彼らは使えないか?」

「残っているのは少数民族系の一部だけだ。それに国内に身寄りが無くて、戻れなかった奴らだけだから、連絡の取りようが無い」

「不法入国させてゆっくりと拠点を作る手法は今回は使えないな。その時間的余裕も無い」


 出席者達の表情は深刻だった。彼らの祖国はセカンドインパクトの被害から完全復旧出来ていない状態だったが、2009年の

 北欧連合への国連軍侵攻の報復処置によって各地の発電所が徹底的に破壊され、その影響は未だに残っていた。

 他の常任理事国や日本からの援助によって徐々に復興は進んでいたが、まだ完全復旧には程遠かった。

 そしてネルフの特別宣言【A−19】により日本への影響力が低下して、日本からの援助は先細り状態になっていた。

 そんな状態ではあっても、常任理事国という立場から国連の拠出金を提供する義務を持ち、さらにはネルフ支持国として

 ネルフの求める追加拠出金にも応じなければならない。

 そんな状態で、フランツ首相の記者会見で正式にスペースコロニー計画が発表された事は、彼らに大きな衝撃を与えていた。

 彼らの国は大国であり、国民の数も大分減ったが、それでも世界一の人口を有している。

 世界の至る所に同胞が存在しており、各地で中華街などの生活拠点があり、本国の情報網の一部になっていた。

 だが、宇宙開発が可能だと明示された今、自分達がそれに参入出来ないのは将来的な発展が閉ざされた事になってしまう。

 本来なら、世界一の人口を活用して宇宙に覇を唱える可能性だってあった。だが、現在の宇宙空間は全て自分達と深く対立している

 北欧連合が完全管理している状態なのだ。関係改善を進めない限り、自分達は宇宙への勢力圏を確保出来ないと気がついた。

 とは言っても、自国と北欧連合は休戦状態にあった。こんな状態では関係改善を望めない。

 さらに言えば、2008年の核事故の時の機密情報盗難と大使館員殺害の賠償すら済んでいない。

 こんな状況で北欧連合との関係改善が出来ると楽観視している人間は誰もいなかった。

 誰もが抜け道を探して、どうやって宇宙開発に絡んでいくのかを考えていた。


「他の常任理事国各国からは、支援は続けるが北欧連合との関係は現状を維持しろと連絡が来ている。正面から関係改善は出来ない。

 出来るとしたら、数十年、いや百年後以降を見込んだ北欧連合内に同胞の生活拠点を作る事。

 それと【HC】支持国の同胞に呼びかけて移住させて、宇宙での我々同胞の生活拠点を作らせる事ぐらいだろうな」

「北欧連合と中東連合以外の国には、我々の同胞が多数住んでいる。その手なら宇宙開発に将来的には参入出来るかも知れんな」

「時間は掛かるが、仕方あるまい。現状では正面きって北欧連合との関係改善を進める事は出来ないからな」

「交易の再開は出来ないのか? 国交断絶前は細々だが交易はあったのだ。

 民間ベースで少しでも交易があれば、そこが交渉窓口になる。他の常任理事国だって、その程度は行っているぞ」

「何を交易するつもりだ? 以前に北欧連合の工業製品を輸入したいと打診したが、断られた事があるぞ」

「あれはプログラムのソースコードの公開も要求したからだろう! そんな事を要求したら、コピーするって宣言しているも同じ事だ。

 そんな事を言い出した馬鹿を絞め殺してやりたいくらいだ!」

「あそこは保護貿易体制で既に安定しているからな。食い込むのは難しい。出来るとしたら嗜好品関係だな」

「我が国の食料品の輸出は駄目だろうか? 加工食品でも良い」

「北欧連合は食料の輸出国だ。逆に我が国が第三国を経由して輸入しているくらいだ。確かに北欧連合で生産していない品種だったら

 輸出が出来る可能性はあるが、汚染された食料だと分かったらどうする? それこそ状況はさらに悪化するぞ。

 以前の毒ギョーザ事件と同じような事件が起きたらどうする? 日本なら誤魔化せたが、北欧連合にそれが通用すると思うか!?」

「…………」

「パンダを送ってみるか。あれなら子供受けするだろう。北欧連合も気候が温暖になったから生育も大丈夫だ」

「他の国へはパンダを送って、レンタル料で年間約九千万円を貰っているんだ。北欧連合にその費用が請求出来ると思うのか?」

「い、いや、あそこだけは無料にすれば良いだろう」

「あそこだけ贔屓すると、ちゃんとレンタル料を払っている国が騒ぎ出すから無理だ。あのレンタル料も貴重な収入源だからな」

「……北欧連合との関係改善は難しいだろうが、魔術師とは関係改善が出来る可能性があるかも知れん」

「どういう事だ? 確かに魔術師は記者会見の時には主に半島の奴らを非難していたが、我が国へも批判的な言動があった。

 実際に【HC】基地に潜入して捕まったマスコミ関係者には我が国の者もいる。魔術師との関係改善が出来るとは思えないが?」

「それは本人から聞いた方が良いだろうな。以前に魔術師と何度か話した者がいる。その者に説明させよう」


 そう言って男は控え室にいた人物を呼び出した。

 予め説明を受けていた王は、会議室に入ってくるとシンジと会った時の事を話し出した。

***********************************

「私は第二東京市で中華飯店を経営している王と申します。以前に彼と何度か話した事はあります」

「ちょっと待て! 何で君が魔術師と繋がりがあるんだ!? 何か特別なコネでもあるのか!?」

「そうだ! 何で今までそれを報告しなかった! それが分かれば、やりようもあったはずだ!」

「ちょっと待て! 魔術師は客として王の店を訪れただけで、王から魔術師に連絡を取る事は出来無い。勘違いするな!」

「そ、そういう事か。焦って済まなかった。魔術師と直接コンタクトが取れると早合点してしまった」

「いえ。私が彼と話したのは五回だけです。その時は彼が魔術師だなんて、想像すらしていませんでした。

 仕事が忙しくてTVなど殆ど見ない自分ですが、最近の雑誌の写真を見て驚いて、それで同志に連絡したんです」

「なるほど、分かった。君と魔術師の会話の内容を話してくれ。魔術師の人柄が少しでも分かれば、打開策が見えてくるかもしれん」


 王は用意されていたペットボトルで喉を潤すと、その時の事を思い出しながら話し始めた。

***********************************

「自慢話じゃ無いですが、うちの店は結構良い評判なんです。それで日本人の人達も結構来てくれています。

 最初の時期は覚えていませんが、凄い金髪の別嬪さんとアラブ系の顔をした可愛い女の子を連れて三人で店に来ていました。

 年甲斐も無く、金髪の別嬪さんに目が向いた事はしっかりと覚えています。その時は彼の印象は薄くて、話した記憶はありません。

 でも三人とも若いはずなのに、高級料理の満漢全席を頼んだ事は覚えています」


 王の話しを聞いていた出席者の目が光った。シンジの家族構成の事は一般には知られていないが、彼らは知っていた。

 これは信憑性があると判断した彼らは視線で話しの続きを促した。


「二回目と三回目は四人で来ました。長い黒髪の可愛い女の子が増えてましたね。

 でも、室内なのにサングラスを外さなかった事は覚えています。二回目も満漢全席でしたが、三回目は単品で注文していました。

 結構印象に残る人達だったので、最初にこちらから声を掛けたのは三回目でしたね」

「何と声を掛けたんだ?」

「そりゃあ、贔屓にして頂いてありがとうございますってお礼の言葉ですよ。何度も言うようですが、その時は魔術師だなんて

 知らなかったんですよ。若いのに良い食べっぷりと、金払いの良さ。別嬪さんを連れているぐらいの記憶でしたね」

「そ、そうだな。済まなかった。話を続けてくれ」

「四回目は、彼は一人で来ました。チャーハンを食べてました。そして土産に、シューマイと餃子を五人前づつ頼んできたんです。

 その時に一人でくるのは珍しいと思って、他の客は居ませんでしたから、テーブルの対面に座って話したんです」


 やっと本題に入ったかと出席者は少し真剣な表情になっていた。経緯は分かった。視線で話しの続きを促した。


「中国に興味を持っているみたいでしたね。主に三国志の話しで盛り上がったのは覚えています。

 劉備より孫権の方が好みだって言ってました。赤壁の戦いや美髯公の話しが多かったですかね。

 その時の彼は昔の中国人は凄いと言って、かなり褒めていました。

 中国拳法の各流派の事も詳しく知ってましたし、中国各地の観光地の状況も自分達より詳しかったですね。

 その時には店の若い連中も会話に加わってまして、一人が各地の料理の話しをした時から雲行きが悪くなりました。

 彼は中国の各観光地には行ってみたいが、中国本土の料理は食べる気は無いって断言したんです。

 下水油の事を言い出しまして、あんなものが含まれている料理なんて食べたく無いって言い切ったんです。

 そこからは店の若い連中と口論になりました。今の中国政府は駄目とか、教育を変えなければ滅ぶだけとか。

 かなり強烈に中華主義を批判してました。そこで店の若い連中の堪忍袋が切れて、五人が彼を囲んで、店の表に出ろと迫りました」

「ま、まさか、魔術師に喧嘩を売ったのか!? 怪我なんかさせなかったろうな!」

「若い連中の一人は太極拳の師範代で、残りの四人に教えていたんです。かなりの使い手だったので、自分も客を傷つけるなんてと

 止めに入ったんですが、止め切れませんでした。ですが、あっさりと彼は店の若い五人を気絶させたんです。

 あまりの早業で自分も何が起きたのか分かりませんでしたけど」

「……まあ、怪我をさせなかったのは良かったな」

「彼は会計を済ませて、そのまま土産を持って帰りました。店の若い五人はどうやって倒されたか分からないってぼやいていました。

 ですが、強い人間に敬意を払う度量はあります。若いもんは根には持たずに次に来た時は、歓迎してやるって楽しみにしていました。

 もっとも自分は、彼が次に店に来る事は無いって思ってましたが」


 ここで王はペットボトルを一口飲んだ。他の出席者も一息ついていた。

 彼らはシンジの事を多少は知っていたが、シンジの格闘能力までは知らなかった。それを知っているのはネルフとゼーレだけだった。


「五回目……最後に彼が店に来たのは、ネルフの司令の子供が魔術師だって発表した直後ぐらいでしたかね。その時も一人で来たんです。

 まさか彼が来るとは思わなかったんで、嬉しくなって結構盛大に歓迎したんですよ。勿論、若い連中も一緒ですよ。

 土産もサービスして、注文品以外もおまけにつけたんですよ。その時も、シューマイと餃子でしたかね。

 彼も上機嫌で話しは弾みました。でも、その時に臨時に雇っていた伊達って日本人が彼に絡んだんです」

「伊達? 日本人を雇っていたのか?」

「ええ。この時代に武者修行の旅をしているとか言って、金が尽きたから数日で良いから雇ってくれないかと言われまして。

 皿洗いとかやらせたんですが、この前の時に店の若い五人が彼に一瞬で倒された事を知って、彼に自分と試合をしろと迫ったんです」

「……何処にでも馬鹿はいるんだな」

「ええ。その伊達はそこそこの使い手だったんですが、店の若い者よりは腕は落ちました。

 それなのに、彼に挑戦したんです。勿論、我々も彼も止めましたよ。でも、伊達は聞きませんでした。彼を挑発し続けました」

「…………」

「彼の表情は普段のままでしたが、『こちらの事を知って挑んでくるなら、死ぬ覚悟は出来ているのか』って言ったんです。

 かなり怖い雰囲気になりました。そこまで行けば、誰も止められません。伊達も退けずにそうだと言って、試合は始まりました。

 まあ、結果はお分かりでしょう。伊達は彼に手も足も出ませんでした。ですが、以前と違って一瞬で倒さずに伊達を嬲り続けたんです。

 降参しない伊達も悪かったんでしょうけど、最後の方は流石に止めに入りました。伊達は全治二ヶ月の重傷でした。

 勿論、入院費なんて無かったんですが、驚いた事に彼が伊達の入院費を出したんです。私に三百万の札束を預けて、これで頼むと」

「……魔術師はその時に、伊達について何か言わなかったのかね?」

「言いましたよ。『これに懲りたら次からは注意するんだな』ってね。その時は彼が魔術師だなんて知りませんでしたが、

若いくせに渋いってもんで、その後は店を閉めて若い連中と一緒に彼と酒盛りを始めてしまいましたよ。勿論、自分の奢りです。

彼も若いのに結構飲みましたよ。それから…………」


 そこで王は口篭った。流石にあの事を言い出して良いのか、少し迷ってしまった。

 だが、他の出席者は王の態度を不審に感じていた。


「? それからどうしたのかね?」

「い、いえ。何でもありません!」

「何か隠していないかね。今の我々は魔術師の人格や行動形式を知りたいのだ。祖国の窮状は知っているだろう。

 魔術師との関係改善を我々は望んでいるのだ。決して君の行動を追及している訳では無い。安心してくれ」

「は、はい。……酒が程よく回って、その時に若いもんが○×□に繰り出そうかって言い出したんです……」

「ちょっと待て! あの魔術師を○×□に連れ出したのか!? 確か十四歳。未成年だぞ!?」

「それを言うなら飲酒も駄目だろう。それより魔術師の夜の行動が気になる。それでどうなった?」

「は、はい。彼も酔いが回っていたのか、一緒に行くと言いました。そして○×□の支配人とうちの若い者が知り合いでして、

 気に入った彼に、店一番の娘を出してくれって頼んだみたいなんです」

「ちょっと待て! 当時の○×□の一番は……今は引退したリンか! 俺のお気に入りだった娘だ!」

「あの娘か! 本国の女性諜報部員と遜色無いテクニックの持ち主だったぞ! 俺は一分と耐えられなかったが」

「ふん。俺は二分は耐えたぞ。しかし我が国四千年のテクニックは凄まじいの一言だな。あれをやられると病みつきになる」

「あ、あのう、話しを続けて良いのでしょうか?」

「……済まん。続けてくれ」

「ま、まあ、当然彼とその娘でどういう事が行われたかは知りません。ですが気がついた時は彼は帰っており、残されたその娘は

 その後は仕事をする気になれずに店を辞めたのは御存知の通りです」

「……何たる事だ。あの娘が辞めたのは魔術師の所為だったのか! この恨み、どうしてくれよう!」

「公私混同するな! それから魔術師は君の店に来た事は無いのかね?」

「はい。それが最後でした」

「貴重な情報を聞かせてくれてありがとう。これからも何か情報が入ったら知らせて欲しい」

「は、はい。では失礼します」


 王は部屋を出て行き、残された出席者は今までの情報を整理して、再び会議を始めた。

 捕捉だが、その店の味はシンジ好みだった為、今は顔が知られていないマユミが偶に買出しに行っている事は、誰も知る事は無かった。

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 最近の日本国内の急激な動きを見て、それを憂えたロムウェル大使は公開記者会見を開いていた。


「最近の日本の急激な動きに少し懸念を感じまして、この記者会見を開きました。最近のマスコミ報道を見ると、我が国を理想な国だと

 持ち上げて報道していますが、それは止めて貰えませんか。確かに我が国はセカンドインパクトの惨禍からいち早く復興。

 気候も寒冷気候から温帯気候に変わった事と、ロックフォード財団の尽力もあって発展してきました。

 一応、世界の大国の一つに数えられるという自負はあります。ですが、欠陥がまったく無い訳ではありません。

 我々は日本人とは違って自虐報道はしませんから、何が欠陥とは言いませんがね。

 部分的には日本は我が国より優れたところがあるのに、マスコミは報道しませんね。それどころか自虐報道一色です。

 ネルフの特別宣言前までは、日本のマスコミ報道は特定国に関しては賛美しかしませんでしたね。

 関係を悪くする事は避けたいとマスコミ関係者が平然と口にして、良い事は報道しましたが悪い事は一切報道していない。

 そのような以前と同じ報道スタイルを、我が国にも適応するのは止めて下さい。

 穿った見方の人々には、我が国が日本のマスコミに圧力を掛けていると誤解されかねませんから。


 それに我が国は友好国は欲しいとは思っていますが、隷属国のような追従は不要です。これははっきり言っておきます。

 日本のマスコミが追従さえしていれば大丈夫と考えるのであれば止めませんがね。ですが、我が国は何の保障もしません。

 それに追従した報道の傍らで、我が国の政策をこうした方が良いだろうとか、誘導するような報道がちらほらと見られます。

 それも有益な案ならともかく、全体のバランスを無視した利己的な提案しかありませんでしたが。

 日本のマスコミは我が国の実情を知らないのに、アドバイザーにでもなったつもりですか?

 親切そうな素振りを見せてこちらを誘導しようとしているのは、上から目線で見られている感じで不愉快になります。

 それも以前は我々を批判していた記者が、態々名前を変えて我々を誘導する記事を書いているのも分かっています。

 菓子折りを持参してきた記者も居ましたが、そんなものは不要だとはっきり言っておきます。

 そういう姑息な手段しか、日本のマスコミは取れないのですか? 褒めるべき時は褒め、批判する時は批判する。

 それがマスコミの本来の姿でしょう。プライドは無いのですか?


 どの国や民族にも良い所と悪い所があるでしょう。それは我が国も一緒です。今は批判一色の特定国も同じです。

 良い点と悪い点の比率は当然違うでしょうが、どちらか一方だけという事はありません。

 それを平等に報道するのがマスコミの責務では?

 今までの偏向報道のし過ぎで、バランスが取れた報道が出来ないのであれば、一刻も早く是正する事をお勧めします。

 内政干渉をするつもりはありませんから、これ以上は言いません。

 ですが日本駐在大使として気になっていましたので、意見を述べさせて頂きました」


 本国の世論が裏切った日本に対して冷淡だったが、今更日本が追従してきても見苦しいだけだ。

 せめて毅然とした態度をして欲しいのだが、追従だけではまともな交渉さえする気は無くなる。

 日本の滞在年数が多いロムウェルは、日本の美徳と欠点の双方を知っていた。

 だが、この程度の提言では変わらないだろうと内心で溜息をつくロムウェルだった。

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 加持には強力な暗示が掛かっており、その為に『人類補完計画』の一部の情報や冬月の拉致の事など重要情報をシンジに送っていた。

 そしてとうとう冬月が一人の時を狙って記憶を吸い出して、『人類補完計画』の全貌とネルフの目的を知る事が出来た。

 今まででも拉致ぐらいは簡単に出来たが、それをネルフやゼーレに知られたくは無かった。今回こそがそのチャンスだったのだ。

 冬月から得られた情報はあまりに膨大であり、一点毎に確認など取る術も無かった。

 さらにはあまりにも重大である為に、おいそれと不知火達に知らせる事も憚られた。

 一応、得たデータは全て電子ファイル化されて、シンジしか見れない場所に保管された。

 支障が無いレベルの情報はナルセスやミハイル達には連絡するつもりだが、それ以外のメンバーには連絡しないつもりだった。


 加持の人格や下半身に大きな問題があったとしても、シンジに重要情報を齎したという実績は変わらない。

 如何に問題があっても、功労者を蔑ろにするシンジでは無い。その為、加持のダミー体を用意して、本人はシンジが保護していた。

 そして戦闘用アンドロイドに左右を押さえられた加持は、月面基地のシンジの執務室のソファに座っていた。

 今までは部屋にあるモニタで、加持のダミー体が射殺されるところを二人で見ていた。因みに部屋の窓の外には月の荒野が見えていた。


「今の映像を見たとおり、特務機関ネルフ特殊監察部所属、加持リョウジ。同時に日本政府内務省調査部所属、加持リョウジ。

 そしてゼーレの諜報部員だった加持リョウジは死にました」

「……助けてくれた事は感謝するが、君は何処まで知っているんだ!? さっきも俺が準備した車に何故、君が居たんだ!?

 冬月副司令に何をしたんだ!? 俺をどうやって月まで連れてきたんだ!?」

「順番にいきますか。……以前、ボクの執務室に無断で入ろうとして、電気ショックで気絶した時の事は覚えていますよね?」

「……ああ」

「その時にあなたの身体に複数の針を埋め込み、強力な暗示を掛けさせて貰いました。

 あなたが得た機密情報を、内々でボクに連絡するような暗示をね。マルドゥック機関、フィフスの選定、使徒の来襲、人類補完計画。

 その他にも結構ありましたね。あなたからの情報でたいぶ助かりましたよ」

「あ、あの時に暗示を掛けたのか!? 俺を都合の良い情報源として!?」

「そうです。あなたの人格と下半身は信用出来ませんが、能力は少しは信用出来ると思っていましたからね。

 最初は此処までの情報を教えてくれるとは思っていませんでした。嬉しい誤算ってやつですね。あなたを助けたのはその報酬です」

「くっ! 俺は都合良く使われていたと言うのか!?」

「あなたもボクを情報を得ようとしていましたしね。お互い様です。まあ、ボクの方が上をいったという事で諦めて下さい」


 加持は屈辱を感じたが、それを一瞬で消していた。シンジに上手くやられたのは確かに屈辱ものだが、優先するものは別にあった。

 今後の事が重要なのだ。加持はシンジと目を合わした。


「……俺と葛城はどうなる?」

「へえ。葛城さんが心配ですか?」

「当たり前だ!」

「まあ、情事の度に彼女に掛けられた精神誘導を薄めようと努力してくらいだから、それもありか」

「何故、それを!? ……そうか、暗示の為か」

「ええ。流石に一晩で四回は辛かったみたいですね。……年ですか?」

「ちょっと待て! ……見ていたのか!?」

「一回は興味本位ですけどね。どうやって精神誘導を薄めるのか興味がありましたし」

「……悪趣味だな」

「ええ。それは認めます。でも、ボクはおばさんに手を出す程は困ってはいませんよ」

「葛城はおばさんじゃ無い! ……済まん。ちょっと話しを戻したいんだが」

「良いですよ。基本的には今のボクは忙しくて、ネルフに手を出す気はありません。

 全てが終わって審判の時が来るまでは、葛城さんをこちらからどうこうするつもりはありません。全て葛城さん次第ですね。

 あなたがメッセージを残した御祓いに来る事があれば、一回は話すつもりですけど。

 でも、ボクは葛城さんを嫌いですから、対価が無い限りはこちらから手を差し伸べる事は期待しないで下さい」

「葛城は上手く誘導されているだけだ。あいつに罪は無い!」

「罪は無い? 作戦妨害して、色々と迷惑を掛け捲ってくれましたが? 精神誘導されていたから罪は無いと?」

「あいつは道具として使われただけだ! 君は殺人した人間を裁く時に、それに使われた道具までも罰するのか!?」

「ええ、もちろん。仮にナイフを使った殺人事件があってボクが全てを裁くのなら、殺しに使ったナイフは破壊処分にしますよ」

「…………」


 加持は何とかしてミサトを救う手立てが無いものかと考えた。シンジの底は加持にも見えてはいない。

 シンジを説得出来れば、ミサトを救う事が出来るかも知れない。だが、直ぐには妙案など出ては来なかった。


「あなたの残したメッセージを聞いて、葛城さんが号泣したのは知ってますから、御祓いに来た時にはあなたと会わせてあげます。

 その時に彼女を説得してこちらに協力する事に同意すれば罪の減刑は考えても良いですが、彼女を説得出来なければ何もしません。

 逆に、彼女の為に被害が拡大した責任を徹底的に追及します」

「……分かった。チャンスをくれて礼を言う」

「まあ、今までの情報を送ってくれた事に対する報酬のおまけ程度に考えて下さい。

 それはそうと、葛城さんが御祓いに来るまではボクがあなたを預かりますが、ちゃんと働いて貰いますから」

「助けてくれたし、面倒を見てくれるんだろう。それは当然だろうな。それで何をするんだ?

 俺は死んだ事になっているからあまり堂々とは動けないが、それでも裏の伝手はある。ゼーレの動きを探れば良いのか?」

「農園の手入れを御願いします」

「…………は?」

「あなたを自由にすると何を仕出かすか分かりませんからね。それに必要以上の情報をあなたに与えるつもりはありません。

 ジオフロントでスイカ畑を作ってた事だし、何かを作るとか育てるのは好きなんですよね。

 地球から隔離してある試作のスペースコロニーの農園の手入れを御願いします。作業内容は作業ロボットから指示を出します」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。それって人間は誰もいないって事なのか?」

「勿論ですよ。あなたの周囲に女性を置くと、手を出しかねませんからね。だったら隔離した方が安全です」

「……こう見えても寂しがりやなんでな。出来れば周囲に人が居た方が良いんだが」

「偶には人混みを避けて、ゆっくりと過ごすのも良いですよ。あなたの年齢で一晩で四回が限界というのは、どうかと思いますし、

 疲れを癒せば、一晩の回数が増えるかも知れません。そうしたら、再開した時の彼女も喜ぶんじゃ無いですかね。

 それとも【HC】基地の近くの樹海にでも送りましょうか? あの時の夢が正夢になっても良いんですよね?」


 シンジの笑顔に邪悪なものを感じた加持は身震いした。そして以前に【HC】へ潜入しようとして、悪夢を見た事を思い出していた。

 あの夢はまさに悪夢だった。思い出すたびに加持は咄嗟に尻を隠す習慣がついていた。


「あ、あの夢を知っているのか!? ま、まさかあの夢は君が見せたのか!?」

「その通りです。一応、教えておきますが、あの夢に出て来た連中は実在します。

 あの時はあなたを連中の犠牲者にする訳にはいきませんでしたからね。でも、今なら良いか。

 どうします? あの連中の居住区に送りましょうか?」

「い、いや、激しく遠慮させてもらう!!」

「だったらスペースコロニーの農園で、葛城さんが御祓いに来るまでは農作業に従事していて下さい。

 手作業用の農具はあります。趣味の園芸と本業の農家さんの違いを体験してきて下さい」


 加持は戦闘用アンドロイドに左右を捕まれなら、スペースコロニーに連れて行かれた。

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 加持が連れていかれて一人になると、シンジは冬月から得られた『人類補完計画』に関して考え始めた。


(儀式に必要なもののうち、アダムは細胞劣化を促進するナノマシンを投与したから大丈夫だろう。

 リリスはレイにどんな波及効果があるかは分からないから、まだ手付かずだけどな。最悪はリリスを亜空間に転送すれば良い。

 後は量産機を無効化出来れば、儀式自体が成立しなくなる。

 だけど、補完計画は『ロンギヌスの槍』を使って行われるけど、師匠が予知で見たと言った『依り代』は記載されていない。

 どういう事だ? だとしたら、ボクや弐号機パイロットが依り代にならない可能性もあるのか?

 それに精神の一体化を目論むのでは無くて、新生の為の滅びを考えていたのか。こちらの推測とは少し違っていたな。

 『ロンギヌスの槍』はボクが呼べば応えてくれる関係になっている。補完計画の発動直前に呼べば、補完計画は発動出来なくなる。

 師匠の予知は間違い無いはずだが……この件は少し様子見だな。

 コロニーへの移住が始まれば、人類全体が対象という補完計画の前提も崩れる事になるからゼーレへの圧力になるだろう。

 ゼーレの弱体化を考えれば、量産機を製造させて完成間近で潰した方が効果的だ。経済的にも大きな負担が掛けられる。

 S2機関を内蔵してあるとはいえ、潰す手段は色々とある。準備が必要だけどな。

 ゼーレの方は量産機を潰す算段をしていれば、大丈夫だろう。後はネルフか。


 碇ユイと会う為にサードインパクトを起こすか。まさか、そんな事が目的だったとは。呆れるというか感心すべきか迷ってしまう。

 墓参りの時にもやたらと執着した訳だな。さて情報を取り出せない魂玉にあまり価値は無いけど、【ウル】の協力があれば

 魂玉から実体化が出来そうだ。それだけ執着していると言う事は、碇ユイの実体を返せば、『人類補完計画』の阻止に協力するか?

 いや、計画を実行すれば死ぬ事も無く永遠に一緒に居られるから、計画阻止に協力するとも思えないし、いまいち信用がおけない。

 ちょっと待て! 碇ユイは結婚前からゼーレと繋がっていた。そしてあいつと結婚した。何故、あんな奴と結婚したんだ?

 可愛い人……あっさり騙されるから? 何故、研究者が被験者になるんだ? 最初は普通は動物実験とかだろう……自ら望んだ?

 ……永遠を望んだ碇ユイ……結婚と出産……補完計画……新たなる神……永遠

 まさか、そうなるように全て計画して誘導したのか!? ……この件は少し様子見だな。まだ結論を出すには早過ぎる。

 使徒は後三体。ネルフは使徒の情報を知っているとか言っていたけど、こんな曖昧なものだったとは。

 良く、あそこまで大見得を切れたものだ。これでは事前準備が出来る事は限られる。


 後は弐号機かラングレー二尉を無効化する準備をしておけば良い。この計画では『依り代』の事は書かれていないけど念の為だ。

 儀式自体を無効化出来れば不要になるけど、最悪の場合を想定して何時でも彼女を拉致出来るようにしておけば良い。

 加持二尉の伝言に入れさせたけど、御祓いに来た時に細工をすれば良いだろう。

 ネルフで残りの注意すべき人物は、葛城二尉か。ゼロチルドレン。初めて使徒とシンクロした存在。

 二度に渡る洗脳で使徒への憎しみを植え付けられている。直情径行タイプな訳だな。

 行動が読めない事もあるが、二度に渡る洗脳が何処まで影響しているか分からない。後は加持二尉の努力次第だな。

 彼女が自制出来れば良し、自制出来なければ滅ぶだけ。彼女一人の為にボクが動く必要は無いし、するつもりも無い。

 恋人が死んで嘆き悲しむのは普通の女性だ。だけど、それが世界規模で起きていると知っているのか?

 自分がそれを誘発、拡大させていると分かっているのか? 悲劇のヒロイン気取りは止めて欲しいな。

 それにしてもあれが本当に来るとは。何とかしないと人類は破滅する。ボクが動くしか方法は無いな。

 相談するのは、財団首脳部とフランツ首相ぐらいだな。さて、準備を急ぐとするか)

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 加持はスペースコロニーにある一軒家の居間で、呆然と佇んでいた。

 シンジとの会談の後に連れて行かれる途中で気を失った。目が覚めれば、この家の寝室に寝かされていたのだ。

 一応は確認したが、生活に必要なものは一通りは揃っているから、当面の生活は大丈夫だろう。

 TVは日本の番組を流していた。加持は一瞬、此処は日本の何処かでは無いかと疑ったが、窓の外を見て絶句していた。

 窓の外には空が無く、曲線を描いた大地が見えていたのだ。

 スペースコロニーの形状までは知らないが、円筒状の内部ならこんな眺めになるだろう。

 その事に思い至った加持は、その広大な面積に身震いしていた。まさか、こんな広大な農園を一人で面倒みろと言われているのか!?

 どうも釈然としない加持は、気分を落ち着けようと冷蔵庫にあったビールを取り出した。ビールを見ると、ミサトが連想された。

 さて、次にミサトに会った時、どうやってミサトをシンジに協力させようかと考えながら加持はビールを飲み始めた。

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 シンジはミーシャとレイとマユミを連れて、ゲンドウから暴行され捨てられた自分を保護してくれたオルテガのところに来ていた。

 オルテガは予知能力者だったが能力の使い過ぎで失明して、後の事をミハイルとクリス、シンジに託した後は使い魔のシルフィードと

 結界により通常空間とは分離された屋敷で引退生活を送っている。(外伝:2005年の布石)

 時間が取れて、使徒戦も終盤が近づいた事の報告と、ミーシャ達を紹介しようと八年ぶりにシンジはオルテガの屋敷に訪れていた。


「八年ぶりか。目が見えんから姿は分からんが、気配は感じる。シンはだいぶ大きくなったようだな」

「お久しぶりです師匠。状況報告と家族の紹介をしに来ました」


 シンジはオルテガの力を譲り受け、魔術師としての教えを受けていた。まさにオルテガはシンジにとって師匠であった。

 両目を失明した事で引退はしたが、その恩義は忘れた事は無かった。シンジがオルテガに会うのは八年ぶりの事だ。

 当時の事を思い出し、シンジは僅かに頬を緩めながらオルテガを見つめた。そして連れてきた三人をオルテガに引き合わせた。


「初めまして、ミーシャ・スラードです」

「初めまして、碇レイです」

「初めまして、山岸マユミです」

「ワシはオルテガ・ローウェルだ。シンの魔術の師匠だ。三人の姿は見えぬが、気配は分かる。さすがに若々しいな。

 さて、クリスが定期的に来てくれるから少しは状況は分かっているつもりだが、お前の話しも聞きたい」

「分かっています」


 シンジが目配せすると、シルフィードがミーシャ達三人を別室に案内した。そしてシンジは今までの状況をオルテガに話し出した。


 …………

 …………


「成る程な。あの異形の怪物もあと三体か。だいぶ頑張ったな」

「ええ。やっと終盤が見えて来ました。まだ油断は出来ませんけど、このままいけばサードインパクトは防げるかなと思ってます」

「……そうか、サードインパクトは防げるか。ところでシン。お前の話しにあったネルフの娘のパイロットの事だが……」

「ラングレー三尉の事ですか。彼女が何か?」

「ワシも力が少し戻った。だからクリスに頼んでシルフィードを日本に派遣し、その娘と会わせたんじゃ」

「……何か分かりましたか?」

「一時的にワシの能力をシルフィードに与えて、あの娘の未来を水晶で占った。あの娘が生贄で間違い無い」

「……そうですか」 (あの補完計画では『依り代』は書かれていない。という事は何処かで計画が変更される可能性があるのか)

「それと番の相手を既に見つけているようじゃな。相手の男がその娘の運命に深く関わっている。分かったのはそこまでじゃ。

 そこで力が尽きてしまった」

「……相手の男? 後で調べておきます。ですけど、今はサードインパクトを起こす儀式に必要なものを徐々に潰しています。

 儀式に必要なものが無ければ、サードインパクト自体が起き得なくなります。ボクはその為に動いています」

「歴史の修正力を甘く見るな。シンから感じる力は八年前とは比較にならん事は分かる。それはお前の成長の結果だ。

 だが、お前の敵もまた巨大だ。油断しては足元をすくわれるぞ」

「そうですね。肝に銘じます」

「……お前と会えるのもこれが最後になるかも知れぬか。シンよ、ワシの懺悔を聞いて欲しい」

「師匠の懺悔ですか?」


 そう言ってオルテガは静かにシンジの保護した時の様子を語り始めた。

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「十一年前、お前が生贄になってサードインパクトが起きる事をワシは予知した。

 そしてお前と接触する機会が無いかと考えて、ワシはお前の近い未来を占い、お前が親から捨てられる事を知った。

 その後、ワシはシルフィードと一緒に日本に向かった」

「…………」

「予知でお前が捨てられる場所と日時は予め分かっていた。

 そしてお前が親に置き去りにされようとした時、ワシはお前の親に干渉してしまったのだ」

「……師匠が干渉?」

「……ああ。お前が捨てられるのは確定していた。だが、お前の親……確か碇ゲンドウと言ったか、お前を捨てる事に躊躇したのだ。

 ワシは隠れて見ていたが、その時迷った。生贄であるお前をワシが保護し、鍛え上げればサードインパクトを防げるかも知れぬという

 計画を考えたが、お前が捨てられなくなってしまえば計画が瓦解する。後から考えれば、捨てられる事自体は確定していた事だったが、

 その時は少し混乱して最初の予定通りにさせようと、ワシは不得意だったが精神干渉能力をお前の親に使ってしまった」

「まさか!?」

「そのまさかだ。ワシはほとんど予知しか出来なかったが、僅かに精神干渉能力を持っていた。

 その不慣れな精神干渉能力で躊躇しているお前の親に干渉して、最初の予定通りに捨てさせるだけにするつもりだったのだが……

 その結果がお前への暴行だった」

「そ、そんな!?」

「シン、済まぬ。お前の左目が失われたのは、ワシが不慣れな精神干渉能力でお前の親、碇ゲンドウに干渉した結果なのだ


 オルテガの懺悔はシンジに大きな衝撃を与えていた。






To be continued...
(2012.05.12 初版)
(2012.07.08 改訂一版)


(あとがき)

 ネルフの特別宣言【A−19】の影響を受けた色々なケースを書いてみました。

 それとちょっと思い立った話しを入れて見ました。


 シンジが捨てられる時に暴行を受けたというのはオリジナル設定ですが、理由は第三者の介入があった為です。

 ゲンドウがどんな酷い性格であれ、流石に三歳児に左目を失明させる程の暴行を加える理由はありません。(一応は実の子です)

 ですから最初からこういうシナリオを考えていました。



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