因果応報、その果てには

第五十一話

presented by えっくん様


 オルテガの懺悔は続いており、シンジは険しい表情であったが、静かに話しを聞いていた。


「ワシの精神干渉が少し間違ったのかも知れぬが、お前の親、碇ゲンドウはワシの精神干渉の為に、お前に暴行を加えた。

 その結果、お前は左目を失った。その後はお前の知っている通りだ」

「……では、師匠が魔術師としての力を譲って、ボクを指導してくれたのは贖罪の意味も入っていたのですか?」

「知っての通り、ワシの後継者は居なかった。シンを魔術師として育てようと考えたのは保護する前からだが、贖罪の意思も入っている。

 ワシの命の残り火は少ない。真実をシンに話さぬまま、冥界に行っては後悔するだけだろうからな。こうやって話せてほっとしている」

「…………」

「シンよ。ワシが憎ければ、この場でワシの命を絶て。サードインパクトを防ぐという大義名分があったとはいえ、お前の運命を

 変えた責任はワシにある。お前にはその権利がある。好きにすると良い」


 オルテガの懺悔は終わった。全てを聞いたシンジの顔色は悪かったが、態度に変わりは無かった。

 シンジは冷めたコーヒーを一口飲んで、オルテガの顔に右手を伸ばして行った。

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 オルテガとシンジの話しの邪魔をしないようにと、シルフィードはミーシャ達三人を別室に案内して紅茶を振舞っていた。

 シルフィードの髪は銀色で腰まで届く長髪であり、目の色は灰色。二十代前半ぐらいに見えた。

 今の三人ではどうやっても対抗出来ない幻想的な雰囲気の美女である。スタイルはミーナには及ばないが、三人は余裕で上回っている。

 シンジから師匠であるオルテガの使い魔と説明を受けていたが、ミーシャ達三人からしてみれば話し難い相手であった。

 敷居が高く感じられて会話も最初は遠慮がちだったが、シルフィードがシンジが幼少の頃の話をすると、三人の目の色が変わった。

 シルフィードがシンジが引き取られた頃の写真が貼られたアルバムを持ってくると、三人は食い入るように見入ってしまった。


「きゃああ、シン様が可愛い!」

「お兄ちゃんの小さい頃の写真……欲しいわ」

「シンジさんの幼少の頃の写真ですね。この頃は眼帯をしていたんですね」

「ええ。シン様がオルテガ様に引き取られた時は、まだ左目に秘宝は入っていませんでしたから」

「秘宝? あのシンジさんの左目の義眼は秘宝なんですか?」

「あれはローウェル家に代々伝わる秘宝です。もっとも装着者を極度に選ぶために、過去に使われたのは一度だけだそうです」

「へー。凄いものなのですね」

「はい。慣れるまではかなり時間は掛かりました。最初の頃は月に一〜二回。最後の方でも年に一度ぐらいは力が暴走していました。

 最後の暴走はシン様が十歳の時でした。ミーナ様と会われる前で、偶々オルテガ様の使いでシン様のところに私が行っていた時です。

 その時、シン様は暴走する力の一部を私に注ぎ込み、それからシン様は安定されました。

 私もシン様から力を頂きましたので、この通りオルテガ様の力が衰えても行動する事が出来ます」


 シルフィードの話しを聞いて、ミーシャとレイ、マユミの女の勘が鋭く働いて、目が光った。

 如何にシンジであっても若干十歳の時である。まさかとは思ったが、目の前の銀髪の美女を見ると何故か不安が湧いてきたのだ。


「……参考までに聞きたいんですが、どうやってシン様の力を取り込んだんですか?」

「どうやってと言われましても……力が篭っているシン様の体液を私の体内に取り込んだだけですが?」

「「「それって、まさか!?」」」

「私はオルテガ様の使い魔ですが、行為自体は出来ますからね」

「「「!!」」」


(十歳のシン様と関係したと言うの!? シルフィードさんってもしかしてショタ!? でもシン様が暴走した時だって言ってたけど……

 ちょっと待って! 姉さんと会う前って事はシルフィードさんがシン様の初めての相手なの!?)

(お兄ちゃん……秘宝で暴走したって聞いたけど、十歳の頃からなの……やっぱりお兄ちゃんはケダモノなのね。後で確認しないと。

 でもお兄ちゃんはあたしのサイズがちょうど良いって言ってくれたけど、やっぱり大きい方が良いのかしら)

(四年前じゃあ浮気って言えないけど、でも男の人ってやっぱり大人の女が良いのかしら。

 悔しいけど今のあたしじゃシルフィードさんみたいな雰囲気は出せないもの。やっぱり毎朝牛乳を飲み続けるしか無いのかしら)


「オルテガ様の衰弱が進んで、本来なら私は消滅しているはずなんですが、シン様から力を頂いた為にまだ生きています。

 ですから、シン様は私のサブマスターになっています。特殊能力さえ使わなければ、年に二〜三回の補給で大丈夫です。

 まったくシン様の使い魔のユインが羨ましいですわ」

「年に二〜三回の補給って……じゃあ、シルフィードさんとシン様って今までも定期的に会ってたの!?」

「はい。お蔭様でオルテガ様の看病が出来ます。シン様から力を頂かなかったなら、私は四年前に消滅していたでしょうから」


(迂闊! 亜空間移動技術があるから、シン様が神出鬼没だって事は分かっていた事じゃ無い。

 こうなると、シン様と関係している女が世界各地にいても不思議じゃ無いわ。後で確認しないと。

 でも、シン様がシルフィードさんと関係しなくなれば、シルフィードさんは消滅!? 反対出来ないけど、納得出来ないわ!)

(お姉ちゃんの目を掻い潜ってシルフィードさんと会っていたのね。さすがはお兄ちゃん。でもオルテガさんの看病を考えると……。

 何か釈然としないわ。そう、これが不愉快というものなのね。こうなったら、夜は徹底的にお兄ちゃんを問い詰めないと駄目ね!)

(オーバーテクノロジーの亜空間移動技術は必要が迫られない限りは使わないって聞いてたけど、これじゃ公私混同じゃ無いかしら。

 ……でも、元々は全てシンジさんのもの。消滅やら看病やらを言われたら反論出来ないけど、何か悔しいわ!)


 シルフィードはオルテガによって生み出された使い魔である。

 その行動エネルギーはオルテガから供給され、オルテガの衰弱が進んでエネルギー供給が出来なくなれば消滅するだけであった。

 だが、イレギュラーな方法でシルフィードは行動エネルギーをシンジから得る事が出来た。人型タイプの使い魔だからこそ出来た事だ。


 シルフィードは長年オルテガと共に生きており、外見は若々しいが実際は七十年以上を生きている。

 最初はほとんど無かった感情も芽生え、ある程度は人間の感情も理解出来た。

 そしてシルフィードは目の前の三人の感情の動きを把握していた。本来なら黙っているべきだろう内容を話したのには理由があった。

 オルテガの残りの命はあと僅か。それはオルテガ自身も理解しているし、九十年以上を生きてきたので不満は無かった。

 だが、弟子であるシンジの事が気掛かりにはなっていた。幸いと言っては何だが、シルフィードは自分が死んでもシンジがいれば

 生き延びられる。その為、オルテガは自分の死後はシンジを助けてやって欲しいとシルフィードに依頼していた。


 敬愛するマスターの遺言をシルフィードは承諾した。だが、それにはシンジから定期的にエネルギー補給をする必要がある。

 人間の感情を理解出来ているシルフィードは、シンジから定期的にエネルギー補給する為には家族と紹介された三人の少女の承諾が

 必要だと分かっていたのだ。この場合、三人の本心からの同意は必要ない。エネルギー補給の行為を邪魔されなければ良いだけである。

 言い方に含みを持たせて三人の少女の苦悩を引き出したシルフィードは、マスターであるオルテガの影響を強く受けていた。

 そう、茶目っ気は失わず、人を驚かす趣味を持っているオルテガの影響を強く受けていたのだ。

 シルフィードはそろそろ三人を安心させる真実を話そうかと思案した時、マスターであるオルテガの身体の異変を感じた。


「オルテガ様!!?」


 オルテガと使い魔のシルフィードは繋がっている。そのシルフィードがオルテガの異変を察知した。

 顔色を変えて慌ててオルテガのところに向かうシルフィードに続いて、困惑した表情の三人の少女も後に続いた。

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 オルテガは予知能力の使い過ぎで両目の視力を失っていたが、自分の目の部分にシンジの手が近づいてくるのは分かっていた。

 そしてシンジの手から強力な力が自分に放たれている事を感じた。目の部分の温度が異常に上がっている事が分かる。


(これで良い。百年も生きれば人生に未練は無い。心残りは大義名分があったとはいえ、シンの未来を変えてしまった事だ。

 ずっと心に引っ掛かっていたが、全てを話せた。ここでワシが死んでも、シンは人類を守ってくれるだろう。悔いは無い)


 自分の両目の温度が上がり、オルテガはこのままシンジの手によって死ぬものだと思っていた。

 だが苦痛を感じる寸前で両目の温度の上昇が止まり、しばらくすると温度は下がり常温になっていた。


「師匠、目を開いて下さい」

「何じゃと!?」


 オルテガの両目は失明していたが、目蓋は動かせる。ただ、目蓋を開けても何も見えないだけだった。

 だが、シンジの言葉を聞いて一瞬唖然としたオルテガだったが、約九年ぶりに目を開けた。


「くっ!?」


 九年ぶりに目を開けたオルテガは、あまりの眩しさに眩暈がした。そこにシルフィードとミーシャ達三人が慌てて部屋に入ってきた。

 オルテガの眩しさに眩んだ顔を見て、シルフィードが驚きの声をあげた。


「オルテガ様、目が、目が見えるのですか!?」

「あ、ああ。あまりにも眩しくて少ししか見えなかったが、確かに見えた。シン、これはどういう事だ!?」

「師匠。動機はどうであれ、師匠がボクを保護してくれて、魔術師の力と扱い方を教えてくれた事は間違い無い事実です。

 八年前のボクはまだ未熟でしたから、こんな事は出来ませんでしたが、ボクも修練を積んで技量があがりました。

 その技量をお見せしただけです。それとこれがボクの回答です」

「……良いのか? ワシを恨んでいないのか?」

「ボクは左目を失いましたが、その結果ローウェル家の秘宝を身につける事が出来ました。

 それに師匠も故意にやった訳では無いでしょう。あまり気にしないようにして下さい。老体なのにあまり悩むと身体に悪いですよ」

「言ってくれる。だが、お前の実の父親の事は、ワシが干渉した事は間違い無い」

「捨てられるのは確定していたのですよね。それにあの男が今までやってきた事は、全部とは言いませんが半分以上は知っています。

 後はボクの判断すべき内容です。師匠が悩む類の事ではありません」

「……分かった」

「約九年も視力を失っていたから、この暗い部屋の光量でも今の師匠には辛いでしょう。少しずつ目を光に慣らしていって下さい」

「……シンよ。さっきはあまりの眩しさにお前の顔を見れなかった。だが、目が見れると分かれば無性にお前の顔が見たいと思う。

 ワシの視力が回復するまでは屋敷に居てくれるな」

「勿論です。義父さんや兄さん、姉さんにも師匠の視力が戻ったと伝えておきます。皆が直ぐにでも集まるようにしておきます」

「シン。ありがとう」


 オルテガの両目には涙が零れていた。

 だが、シンジは気がつかないふりをして、以前に使用していた部屋の掃除をすると言って、ミーシャ達と一緒に席を立った。

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 シルフィードの質素だが、心の篭った夕食を全員で食べた後、オルテガは早々に寝室に引き上げた。

 老人は朝が早く、夜も早い。特に今日は両目の回復もあって疲れたのだろう。早めに寝る事にしたのだ。

 その後、シルフィードは今後の話がしたいと言って、シンジの以前に使っていた部屋に来ていた。その部屋にはミーシャ達三人もいた。

 シルフィードから話しを聞いていたミーシャ達の機嫌は悪かった。息苦しさを感じる雰囲気の中、会話が始まった。


「シン様。シルフィードさんから話しは聞きました。年に二〜三回は会っていたそうですね?」

「ああ、そうだけど。何を怒っているのかな?」

「……シルフィードさんの消滅に関わる事ですから反対はしませんが、内緒というのは納得出来ません!?」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんにばれたら絶対にお仕置きされるわよ」

「これは女性に対するシンジさんの行動力を褒めるべきなんでしょうか? 何か釈然としません」

「ちょっと待って! シルフィードは何て説明したのかな?」

「シン様から年に二〜三回、体液を頂く事でエネルギー補給をさせて頂いていると話しました」

「体液? はっきり血液って言わなかったの? ああ、それで勘違いしているのか?」

「「「血液!?」」」

「指先をちょっと切って、数滴の血液をシルフィードに飲ませるだけだよ。指先からもボクの『気』を注ぎ込むけどね。

 シルフィードは師匠と同じ悪癖を持っているからね。三人ともからかわれただけだよ」

「「「シルフィードさん!?」」」

「私は嘘は申し上げておりません。そもそも私は使い魔ですから、皆さんが勘違いされたような事をする器官は備えておりません」

「で、でも行為は出来るって言ったじゃ無い!?」

「シン様の血液を口から摂取していますからね。間違いは無いと思いますが。シン様の指をしゃぶるのは何か背徳的なものを感じます」

「「「…………」」」

「納得してくれたか。シルフィードもあまり三人をからかわないで。後が大変なんだからさ」


 三人がシルフィードにからかわれて機嫌が悪かったと知ったシンジは、これで機嫌が直ると安心したが少し早合点だったようだ。

 シルフィードの続く言葉に三人の表情は強張ってしまった。


「ですがシン様に胸を吸われた時の事は、忘れる事は出来ません。あれは気持ち良かったですね」

「「「胸を吸う!?」」」

「シルフィード! それはボクが三歳の時の話しでしょ。それは恥かしいから言わないでって頼んだのに!」

「「「三歳!?」」」

「シン様が引き取られた直後は、私が面倒を見させて頂きましたので。最初の頃はお風呂とか添い寝もさせて頂きました」

「だから三歳当時の事を言われても困るから! はっきり言っておくけど、シルフィードは七十年以上も生きているんだからね」

「「「七十年以上!?」」」

「女性の年齢をばらすのはマナー違反では?」

「ボクが三歳の時の事を最初にばらしたのは誰かな? もう、この話しは終わり! シルフィードは引き続き師匠の面倒を見て貰う。

 ボクはシルフィードへのエネルギー補給を定期的に行う。これで異議は無いね!」

「「「はい」」」

「宜しく御願いします」


 その後、ミーシャ達三人はシンジの幼少の頃の状況をシルフィードに質問した。

 それを遮るシンジと話そうとするシルフィードの攻防は、夜更けまで続けられていた。

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 オルテガの視力は完全回復は出来なかったが、それでも老眼鏡を掛ければ普通に見れるレベルにまで回復していた。

 連絡を受けて、ナルセスとミハイルとクリスがオルテガの見舞いに来ていた。

 ナルセス達はシンジの怪我がまだ治っていないと聞いていたが、オルテガの屋敷でシンジを会い、それが偽装であると知った。

 シンジの説明を聞いて納得はしたが、それでも心配させるなと三人からシンジは説教を受けていた。

 ミーシャとレイとマユミの三人の紹介も済んで、賑やかな雰囲気の中、会話が進んでいった。

 珍しくワインを飲んで、火照った身体を冷やそうとシンジはベランダに出て、独り考え込んだ。


(師匠の目が治って良かった。後はシルフィードに任せれば大丈夫だろう。老齢だけど、まだまだ長生き出来るさ。

 しかし、あの暴行は師匠が誘発させたものだったとはな。だが、あの男がボクを捨てようとしたのは事実だ。

 ボクもやり過ぎた事はあるかも知れないけど、今までの対応を考えると間違いだとも思えない。今は静観すべきだろうな。

 でも、こちらから積極的に介入する気は無いけど、あちらから手を出してくれば話しは別だ。

 今はネルフを無視する方向で進んでいるから、現状維持で大丈夫だろう。最後にきっちり白黒つけさせて貰えば良い。

 後、三体か。どんな使徒が来るかは分からないが、取り敢えずは『箱舟プロジェクト』を進めなければ。

 それとあれが来るのが確定したから、その準備を急がなくちゃな。最終計画のあれを前倒しで用意するしか方法は無い。

 さて、これから相談してみるか。フランツ首相はこの後だ。こうなると月面基地でやる事は山ほどあるな)


 快気祝いのパーティが終わった後、シンジ達はロックフォードの屋敷に三日滞在した。

 その間、ナルセス達と打ち合わせを行い、その後にシンジ達は月に戻っていった。

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 スペースコロニーへの移住希望者の公募が、ロックフォード財団のHPに掲示された。

 総募集人数は百万人。一民間企業が公募する人数としては空前絶後の数値であった。(もっとも、自治領の扱いではあったが)

 公募期限は人数が集まるまでとして、期日指定は無かった。

 応募の条件は、【HC】支持国の国籍を持つ事。思想的な問題が無い事。犯罪歴が無い事。整形手術をしていない事。

 年齢は四十歳未満の健康な男女とし、二人以上の構成(家族単位可)という条件であった。

 孤児とかの子供だけの応募も可能。孤児院単位でも申し込み出来た。

 北欧連合以外の国の人々は、国籍を北欧連合自治領に変える事が条件になる。

 それと成人であれば労働の義務が生じる。いくら資産があっても、遊んで暮らす事は許されなかった。

 虚偽申告や犯罪を犯した場合はその程度に応じて判断が下され、最悪の場合は死刑又はコロニーから追放される事になる。

 どうしてもスペースコロニーの生活に適応出来ない場合は、申請をすれば自主的な退去も可能にはなっている。


 HPにはスペースコロニーの様々な施設が、写真と動画で紹介されていた。

 住宅に関しては、一戸建ては無かった。全てマンション等の集合住宅だけである。

 これは敷地面積が限られているので、有効利用する為であった。

 二人用から八人用までの住居を間取りも含めて公開している。寝具や調理器具なども全て備え付けだ。

 住居エリアのあちこちに公園や池なども用意されている。さすがに遊園地は無かったが、建設予定だけはある。

 生産設備に関してはまだ農業用プラントしか稼動していないが、工業用の工場については施設場所だけ公開している。

 公園や学校、商業設備に関してはまだ準備中であり、建設途中の状態が写真で掲載されている。

 圧巻なのは農地であった。豊かに実っている米、小麦、トウモロコシなどが映され、その先には空では無く大地の壁が見えるのだ。

 内部が円筒状になっているので考えれば当然の事だが、地球上ではありえない光景だった。

 それがスペースコロニー内であるという信憑性を持たせていた。

 そして豊かに実った穀物があるという事は、自給自足が可能である事になる。放牧された家畜の映像はそれをさらに補強した。

 その他にも貯水槽や様々な生活に必要な施設が稼動している事を、写真と動画は説明していた。


 今まで人類が宇宙で本格的に生活した事は無い。財団が生活を保証すると言っているが、不安がある事には変わりは無かった。

 だが、日々の糧を得られるかを心配する人から見れば、ロックフォード財団の保証付きの生活が待っているというのは魅力だった。

 しかも万が一でもサードインパクトが起きても、宇宙空間には被害が及ばないから生き延びられる。

 そんな理由から、まずは孤児院や貧困層を中心に応募が殺到した。富裕層でも先進の気鋭に満ちた少数の人達は応募に参加していた。


 そんな動きをネルフ支持国の国民は苦々しく見つめ、そして自国の政府に苦情を持ち込んでいた。

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 フランツとシンジの発表したスペースコロニー移住計画は、各国の注目を集めていた。

 サードインパクトの避難所としても魅力であり、その危機が回避された後は宇宙開発の中心地になるだろう事が確定されているのだ。

 宇宙開発が出来るようになれば、無尽蔵の鉱物資源やエネルギー資源に手が届く。その利益は如何ほどのものになるだろうか?

 生産拠点という意味でも見逃せない。地球では広い敷地が必要な工場の立地条件を満たす場所は少ないが、宇宙ならその制約は無い。

 食料生産地としても同じだ。そんな事に目敏い企業家が気がつかない訳が無い。

 だが、ネルフ支持国は締め出され、ロックフォード財団の管理下に入らないと参加出来ないなどという条件を呑めるはずも無い。

 北欧連合政府に直訴しても決まった事だと取り扱われず、ロックフォード財団に掛け合おうとしても、交渉の窓口さえ無かった。

 だが、そんな企業家は自国の政府にそれなりの影響力を持っていた。そしてついにネルフ支持国の政府を動かした。

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 某所で政府要人達の秘密会議が行われていた。


「今の我が国の置かれている状態は極めて悪い。セカンドインパクトで地軸がずれて、国の大半が寒冷化して農作物生産量は激減した。

 嘗ては世界に覇を唱えた事もあったが、唯一の大国から、数ある大国の一つに成り下がってしまった。

 だが、宇宙開発に参入出来ればその情勢も大きく変わるだろう。財界からの強い要望もある。対策を考えたい」

「ネットワークを使っての潜入も何度か試みたが、全て失敗している。噂通りに、北欧連合のネットワーク防衛は鉄壁だ」

「あそこはOSからして独自のものを使用しているし、ハードウエアのプロテクトが施されている。最初から分かっていたがな」

「こうなると現地駐在員からの情報と一般公開されている情報しか分からない。これは諜報戦において致命的な劣勢だ」

「あんまりやり過ぎるなよ。我が国からのアクセスが異常に多いと疑われてしまうぞ」

「大丈夫だ。どこぞの奴らのようなF5アタックなどはしていない。アクセスポイントも各地に分散させているさ」

「ゼーレからは北欧連合との関係は、現状を維持しろと言われている。表立っての関係改善は出来ない。

 かと言って、関係改善が出来なければ、宇宙開発には参入出来ない」

「独自にロケットを打ち上げても撃ち落とされるだけ。仮に出来たとしても、北欧連合ほど大量に物資を宇宙空間に持ち込めない。

 まったく、どんな技術を使って宇宙空間との往復を行っているのだ?

 潜入させたスパイからは、ロケット打ち上げなど一度も見た事が無いとの報告があるぞ」

「それがロックフォード財団の企業秘密というやつか。あの魔術師の開発したものだろう」

「嘗ては月面着陸も成し遂げた我が国だが、今は人工衛星の一つも無いとは。零落れたものだな」

「早めに手を打たないと、我が国から【HC】支持国へ人口や資産の流出が起きる可能性がある。何とか対処しないと」

「今なら、まだ我々側の方が北欧連合より経済力はある。経済力の対比は八対二ぐらいか。

 だが、宇宙開発が本格的に始まったら、十年も経てば立場が逆転する可能性もある。今から手を打っておくべきだな」

「表立っての関係改善は無理。だったら、裏口から攻めるか、正面からぶつかるかしか無かろう」

「正面からだと? 戦争になったら負けるだけだぞ。正気か?」

「戦争では無い。国連総会を開いて宇宙条約や人道主義を前面に押し立てて、北欧連合に譲歩を迫るのだ」

「ふむ。それは良い手かも知れん。各国にも連絡をして共同歩調を取るようにしよう。だが、それだけでは駄目だ。

 やはり裏口からの手も考えねばならん」


 嘗ての繁栄は無かったが、それでも世界の大国として存在感を示していた。

 だが、最近のネルフの第二支部の消滅もあって、経済的には先細りの状態だった。

 常任理事国としての出費に加えて、ネルフの求める追加拠出金にも応じなければならないのは、かなりの負担だ。

 そんな状況で北欧連合が示したスペースコロニーによる宇宙資源開発は、窮状を打破する妙手に見えていた。

 ゼーレの真の意図を知らないので、言われるがままに北欧連合との関係を現状維持する事を守ろうとは考えてはいなかった。

 とは言っても、北欧連合とは休戦状態の為もあって、正面からは無理だと判断しており、裏口からの関係改善を目論んでいた。


「北欧連合との政府要人との交渉窓口は?」

「あそことは国交断絶状態だからな。第三国の大使館経由だが、どこも良好な関係を維持しているところは無い」

「民間の交易ベースはどうだ?」

「我が国から輸出しているものは無い。あちらから不足気味の食料を輸入しているくらいだ」

「食料の輸入停止で揺さぶれないか?」

「世界的に見て食料が不足しているんだぞ。他の国に割り振られるだけだ。逆に我が国が困る」

「以前にあそこから工業製品を輸入しようと打診した事があったろう。あれはどうなったんだ?」

「前に日本車に言い掛かりをつけて、巨額の賠償金と機密情報を得た事があったろう。我が国は訴訟大国だからな。

 それを例に出されて、その手には引っ掛からないと言って向こうから断られたよ。経済ブロックから出てくる気は無さそうだ。

 それに以前に過激な環境テロリストを我が国が擁護した事があったろう。あれで我が国の印象が悪いままだ」

「ああ。あの反捕鯨団体の事か。食料輸入担当者から聞いた話しだが、今でも偶にはその事で嫌味を言われるそうだ」

「組織ベースでの関係改善にはかなり無理があるな。個人ベースで考えたらどうだ?

 個人ベースなら第三国でハニートラップを仕掛けても良い」

「あそこの要人は基本的に同盟国と友好国以外には行かないからな。我が国の強い影響が及ぶところは無いな。

 唯一の例外は日本に居た魔術師だったが、今は月にいるからな。手は届かない」


 出席者は全員が深い溜息をついた。正面から攻める手は当然試すが、それは自国だけに有利になる訳では無い。

 何としても他の国を出し抜いて、自国に有利な形に持っていくには独自の交渉ラインが必要だった。


「日本と言えば、最近はおかしな動きがあるな」

「ほう。どんな内容だ?」

「北欧連合の大使館前で、ある半島の歌手グループを呼んで、コンサートを開いたらしい」

「……は?」

「直ぐに警察に連絡が行って、解散させれらたようだがな。他にもキ○チとマ○コリが大量に大使館に届けられたらしい。

 もっとも衛生面の問題から受取を拒否されたらしいが」

「……何を考えているんだ? 今更、そんな物で関係が改善される訳も無いだろうに。世界の一般常識を持っていないのか?

 あの捏造された国史を平気で国民に教えているくらいだからな。やっぱり教育を変えなければ、あの国は変わらないか。

 まあ、以前のように我が国を巻き込んで騒がないだけましというものか。日本での動きはそれだけか?」

「他の大使館からは大量のシューマイと餃子が、北欧連合の大使館に届けられたという情報もある」

「……まったく、底が浅い手を使うな。北欧連合は一般に知られている以上に保守的だ。中東連合からの移民教育もきっちりやっている。

 公共道徳が身についていない国家とはまともに話し合う事すらしないだろうな。

 あそこも上が変われば少しはまともになるんだろうが、今の政府では無理だろうな。他には?」

「例の記者会見で、ロックフォード財団が日本から撤退する可能性に言及したろう。

 財団を引きとめようと、やたらと国内の左派を締め付けている。もっとも、我が国から見ればまだまだ甘いレベルだがな」

「あそこまで好き勝手に外部勢力に動かれては、日本が衰退するのは時間の問題だった。

 我が国としては日本の国力が削げると思って、何も介入はしなかったんだが。

 上手くいけば財政破綻した欧羅巴のG国と同じ運命を辿ると思っていたんだ。働かない人間が増えた国が衰退するのは当然だからな」

「お人好しの国民性か。日本は能力主義では無くて平等主義を突き詰めていった。

 少数を多数が養うのでは無くて、多数を少数が養うような政策を取っていたからな。

 国民だけでは無くて外国人をあそこまで手厚く保護するから、経済の弱体化の兆しがあったんだが、これで帳消しだ」

「ここのところの日本経済を見ると、中東連合からの原油の輸入が激減している。他にも火力発電用の天然ガスの輸入もだ。

 それでいて、以前と変わらぬ電力を供給して輸出も好調か。まさに核融合炉の効果だな」

「燃料費だけで年間数兆円が削減出来たろうからな。経済の波及効果は大きい。我が国は未だに原子力発電だ。

 しかも一基あたりの発電量は、あそこの核融合炉に遥かに及ばない。我が国で核融合炉が実用化出来るのは数十年後だろうな」


 結局、裏口の交渉窓口は地道に探す事しか無かった。

 だが、国連総会を開いて北欧連合に譲歩を迫る案は採用され、関係国に通達されていった。

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 某国の政府閣僚が集まって、秘密会議を行っていた。

 この国は以前は北欧連合の友好国として、それなりの関係があった。実際に国連総会においても北欧連合寄りの行動を取った事もある。

 だが、【HC】を設立した時に、ゼーレの経済支援に目が眩んでネルフ支持国に鞍替えしていた。

 辛うじて北欧連合との国交は残っていたが、交易はほとんど行われておらずに、ネルフの求める追加拠出金の負担が重く圧し掛かって

 国は徐々に傾きつつあった。現状を打破しなければ国は滅びるだけだ。その危機感に政府上層部は囚われていた。


「では以前に約束していた支援は継続出来ないと言うのか!? それは契約違反だろう!」

「そうだ! あの国が北欧連合以上に我が国を支援すると言ってきたから、ネルフ支持に鞍替えしたんだ。

 今更、そんな事が許される訳が無い! 大使を直ぐに呼び出せ!」

「……書面で契約した支援は既に行われています。ただ、その後の支援は口約束だったので、先方は覚えていないと……」

「何だと!? やはり二枚舌外交のあの国を信用したのが間違いだったのか!?」

「くっ! 今更、言っても仕方が無いか。他のネルフ支持国には支援を依頼出来るか? このままでは国が滅んでしまうぞ」

「無理です。我が国は最初は北欧連合寄りだったのが、いきなり政策を変えたのですよ。ネルフ支持国各国との関係は深くはありません。

 それに各国ともネルフの追加拠出金を出すのに、国内を締め付けて余裕が無くなってきています。今のネルフ支持国で余裕がある国は

 無いと言って良いでしょう。ご存知の通り、アフリカのある国は我が国と同じく北欧連合からネルフ支持に立場を変えました。

 そして、今は経済崩壊の真っ最中です。ネルフの求める追加拠出金に応じたのが原因と言われています」

「……ネルフ支持国が駄目なら、北欧連合に支援を頼むしか方法は残されていないのか?」

「それも駄目です。内々に交渉しましたが、まったく相手にされませんでした。裏切り者呼ばわりされています。

 そして次にこの事を言い出したら、大使を召還すると言われています。既に交易はほとんど無くて、脅しとは思えません」

「……では隣国はどうだ? ネルフ支持に方針を変えてから関係はあまり良く無いが、あそこは【HC】支持国だ。

 追加拠出金を出した事が無いから、支援の余裕はあるだろう」

「それも駄目でした。このご時勢で見返りが無い支援は出来ないと。現在の我が国では、隣国に支援の対価となるものは出せません」

「ならば、長年問題になっていた領土問題をこちらが譲歩すればどうだ?」

「我が国の世論が納得しないでしょう。それに隣国の世論もあの島の所有権は元々自分達にあったと主張しています。

 今更、我が国が主張を取り下げても、支援は無理でしょう」

「……ならば、隣国の富を奪うしか、方法は残されていないのか!?」

「戦争をするつもりですか!?」

「それ以外に我が国が生き残る道が無ければな。このままでは国は滅びるだけだ。

 スペースコロニー計画に参入も難しい。長期的に改善される見込みが無いなら、劇薬と承知で飲むしかあるまい。

 既に貧困層で餓死する者が相次いでいる。このまま見過ごせば国民の数割が死に絶えてしまうぞ」


 良識を守って国が滅びるくらいなら、悪名を覚悟しても隣国との戦争するのも一つの覚悟だろう。

 だが、この施政者は北欧連合が友好国全てに対して、軍事支援協定を結んだ事は知らなかった。

 そしてそれは、この国が隣国に攻め込んだ時に初めて知る事になる。

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 ロックフォード財団の建設したスペースコロニーに関して、国連総会が開催された。(民間企業に対する国連総会は初めてである)

 当然、国連の全加盟国が参加していた。この時ばかりは代理を出席させるような事は無く、ほとんどの国の元首達が集まっていた。

 唯一、当時国である北欧連合はフランツ首相と、スペースコロニーの自治領主に内定しているミハイルが出席していた。

 ネルフ支持国としては、国連総会の圧力でロックフォード財団の宇宙の独占開発を止めさせ、何としても割り込む事を目的にしている。

 対して、【HC】支持国はネルフ支持国からの圧力をかわす事が目的であった。

 結果が決裂で終わっても構わなかった。その時は第二国連組織を立ち上げるだけだ。

 だが、面倒なので出来る限りは決裂しないように心掛けていた。

 両者の比率は加盟国数比で九対一。圧倒的にネルフ支持国の数が多かった。だが、権利を持っているのは【HC】支持国である。

 こうして国連総会で両者の攻防が始まった。(当然だが、国連総会での議論は一般には非公開である)


「北欧連合はロックフォード財団のスペースコロニー計画を許し、一企業に宇宙開発を独占させようとしている。

 現時点で、地球の周囲を回っている人工衛星は全て北欧連合のものでは無いか!?

 GPS機能や気象情報を公開しているとは言え、全ての国の利益の為と謳った宇宙条約に違反していると判断する。改善を求める!」


「北欧連合は直接、宇宙条約を批准はしていないが、前身の三国家は条約を批准している。

 その後継国家として宇宙条約を厳守すべきだ! 特に【ウルドの弓】と呼ばれる攻撃衛星を配備しているでは無いか!

 これは大量破壊兵器の宇宙配備を禁じた宇宙条約に完全に違反している。直ちに【ウルドの弓】を撤去すべきだ!」


「本来、宇宙空間は地球上の全ての国家が平等に利用可能なものである。

 それを技術があるからと言って、一国の独占を認める事は出来ない! 北欧連合は直ちに技術を公開し各国の宇宙開発に協力すべきだ!

 特に各国の打ち上げた人工衛星を北欧連合は尽く撃墜している疑いがある。それを明らかにする義務がある!」


「宇宙開発の独占権益を北欧連合は開放すべきだ。特に月面に基地まで建設している。

 これは天体の領有を禁止した宇宙条約に違反している。このまま行けば、月どころか火星まで北欧連合は手を伸ばすだろう。

 我が国は北欧連合の横暴に強く抗議する。全人類の平和の為に、北欧連合は一刻も早く宇宙技術を公開すべきだ!」


「北欧連合は【ウルドの弓】を使って、各国に圧力を加えている。北欧連合は各国の生殺与奪権を握っている。

 こんな状況は認められない! さらには宇宙にまで手を伸ばし、無限の資源とエネルギーを得ようとしている。

 こんな世界不況の中で、一国だけがその恩恵に預かるなど非常識極まる! 我が国は強く抗議する!」


「我が国は【ウルドの弓】の攻撃により深刻な被害を受けた。あれは立派な大量破壊兵器だ。

 そんなものが我々の上に常にあり、何時攻撃を受けるか怯えながら暮らしている。我が人民の安定に【ウルドの弓】の撤去は必須だ。

 我が国は北欧連合に対し、宇宙条約の遵守を強く求める!」


 イギリス首相から始まり、中国主席までの六人の発言まで聞いたフランツとミハイルは視線を合わせて大きな溜息をついていた。

 確かに北欧連合としては宇宙条約は批准していないが、前身の三ヶ国は全て条約を批准しているから遵守の義務が生じていた。

 だが、言い逃れなど適当に出来るし、責めてきた各国がそもそも宇宙条約を遵守していないのを発言者は知っているのだろうか?

 要は宇宙条約を盾にして、今までの経緯に一切触れずに宇宙への門戸を平等に開けと要求している訳だ。

 あまりの厚顔さにフランツとミハイルは呆れたが、ここは議論の場だ。そう考えてフランツは反論を始めた。


「我々が2009年に始めて【ウルドの弓】を使用した時、衛星軌道上には各国の多数の攻撃衛星があった。

 中にはN2爆弾や本来は廃棄されているはずの旧式の核兵器を搭載したものもあった。

 これらは全て我が国で無効化したが、全てどの国が所有していたか明確な証拠がある。

 つまり我が国を責める前に、大量破壊兵器の宇宙配備を禁じた宇宙条約に違反していた国があった訳だ。これをどう釈明するのか?


 それと【ウルドの弓】が大量破壊兵器だと言ったが、あれはピンポイント破壊兵器だ。

 本来は弾道弾を含めた迎撃システムの一環で開発されたもであり、その一撃の威力はN2爆弾とは比較にならぬほど小さい。

 従って、あれは大量破壊兵器では無い。それに老朽化して落下する人工衛星や、各地に被害を齎すと判断された隕石を処分している。

 【ウルドの弓】が宇宙から地球へ危機を及ぼすものを排除しているのだ。それを撤去など出来る訳が無い。

 そもそも我が国は人口は少なく、侵攻用の歩兵部隊など存在していない。

 それを見れば我が国からの侵略など出来ないのは分かりきっているでは無いか! 【ウルドの弓】はあくまで防衛用の兵器だ。

 攻撃範囲が広くて地球のいかなる地域であっても瞬時に反撃出来るが、侵略用に使用される事は無いと断言する!


 月の基地が天体の領有を禁止した宇宙条約に違反していると言うが、あれは国家の領有を禁止しているのであって、私企業の領有は

 禁止していない。あれはロックフォード財団の所有物であり、我が国が所有している訳では無い事を表明する。

 さらに言えば、我が国の前身たる三ヶ国は宇宙条約は批准しているが、月条約は批准していない。つまり我が国に条約違反は無い。


 それに宇宙開発を平等にすべきだと言うが、セカンドインパクト前に宇宙開発を進めていた国は、その他の国に対して平等に門戸を

 開けていたのかね? 無償で技術公開した国など私の記憶に無いが? どんな根拠から技術公開を求めたか問い質したい。


 まったく我が国に宇宙条約の遵守を求める割には、自国が条約を遵守していなかった事を理解していないのか?

 これ以上の発言があれば、即座に鹵獲している各国の攻撃衛星の証拠をここに発表する」


 フランツの反論に各常任理事国の元首は黙ってしまった。まさか以前に配備していた攻撃衛星が何を内蔵していたかを知られているとは

 考えていなかった。破壊され証拠も残っていないと考えていたのだ。それを公開されては自国政府の立場は逆に悪化する。

 これ以外にも北欧連合は中東連合からの移民以外は受け付けていないとして、人種差別国家であると責め立てようとする考えが

 あったが、結局は実行されなかった。それを責め立てれば、自国にブーメラン効果で跳ね返って来るのを恐れた為であった。

 建前では人道主義を謳っている国家も、裏を見れば弾圧や差別を行っている。汚れていない国家など何処にも無かった。


 北欧連合は他国の人工衛星の所有を認めていない。【ウルドの弓】の稼動以降は、他国の打ち上げた人工衛星は全て破壊してきた。

 自国の安全保障上の問題もあるが、最終的にゼーレとの全面戦争を覚悟している為に余分な力は削いでおく必要があった為である。

 もっとも公表出来る訳も無く、あくまで内々の処理である。他国もそれを知ってはいるが、証拠が揃えられないから抗議も出来ない。

 善良な一般人からすれば憤慨ものの事だろうが、国際政治においてはこのようなグレーゾーンは日常茶飯事の事である。

 その代わりに、衛星通信回線や気象情報、GPS情報は無償で各国に公開して、危険な隕石は責任を持って処理していた。

 あまり事を荒立てて、これらの機能提供に支障があっては困る為に、態々面倒な宇宙条約を建前にした権利拡大を目論んだが、

 自国の宇宙条約違反の証拠を押さえられていては、これ以上の抗議は出来なかった。

 フランツとしても逆襲をする気は無く、追及をかわせれば良いと考えていた。

 シンジから重要な事を相談されて、宇宙での活動が活発化すると予想されていたので、こんなところで邪魔される訳にはいかなかった。

 だが、宇宙条約の違反をしていないネルフ支持国の数は多かった。今度はそちらからの発言が始まった。

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「北欧連合が宇宙条約を遵守している事は理解した。だが、我々ネルフ支持国と比べて負担は軽く、経済的な余裕がある。

 その余裕がある北欧連合がさらに宇宙資源に手を伸ばそうと言うのか? 我々も無条件で参加させてくれと主張している訳では無い。

 今までの事は当然謝罪はするし、相応の負担は当然持つから、我々も宇宙開発に参加させて欲しい」


 数十国ものネルフ支持国の主張を要約すると、上の文章になる。フランツとミハイルはアイコンタクトをかわした。

 この状況は予め予想されていたので、事前に回答は出来ていた。今度はミハイルが回答した。


「宇宙開発はロックフォード財団の技術で進められています。当然、企業秘密があって全ての技術を公開など出来ません。

 そして今はスペースコロニーの移住計画を実施する段階です。かなり煩雑な事もあり、ここでの計画変更は認められません。

 ですが、移住計画がある程度安定し、宇宙での生産が軌道に乗る予定の五年後に参入条件の緩和や門戸の開放条件の見直しをする事を

 お約束します。但し、我が国と国交がある事が前提です。この条件は譲れません」


 元々スペースコロニーはサードインパクトが最悪起きた場合の緊急避難所という位置づけであった。

 使徒の数があと三体という情報が得られた今、最長でも一年以内には決着がつくだろうと考えていた。

 それなら、五年後であれば状況も変わり、参入条件の緩和をしても問題無いと考えていた。

 その時までに他国を圧倒出来る体制を整備出来ていれば、北欧連合の優位は揺らがない。

 それに宇宙での移動手段を全て抑えていれば、全てコントロールが可能だ。

 北欧連合としては自国の繁栄を優先させるが、独占するデメリットも知っていた。利益を独占すれば、絶対に反発が出てくる。

 正面きった侵略行為なら、堂々と撃退出来る自信はあるが、テロ行為ともなると手のつけようが無くなる。

 本国の防諜体制は整えてあるが、友好国への被害は抑える事は難しい。

 それだったら、同盟国や友好国より待遇は落すが、それでも参加する権利を認めるとちらつかせれば納得するだろうと考えていた。

 営利目的ならそれで大丈夫だろう。国交が途絶えた国も、国交を再開させれば参加が出来るのだ。


 もっとも、参加させる国家も選択する必要があった。

 変な平等主義で全ての国家を宇宙開発に参加させたら、必ずルール破りを行う国家が出てくるだろう事は予測が出来た。

 地球でもそのようなルール破りの国家が紛争の原因になってきた。宇宙でそんな事を認めたら、万が一の時は大きな被害が出てしまう。

 その為にも、北欧連合から見てルールを守ると認められる国家しか、宇宙進出を認めるつもりは無かった。

 それも無条件では無い。移動手段は絶対に一般開放するつもりは無く、各国の宇宙開発も全て管理下に置く予定だった。

 独善的な判断だが、この方針を変える気は無い。宇宙の警官を気取るつもりは無かったが、纏め役としての役割は果たすつもりだ。

 ルール破りを行う国家を殲滅する気は無く、あくまで無干渉の方針を貫く事でフランツとミハイルは合意していた。

 それで繁栄すのも衰退するのも、各々の国家の自由だ。


 ネルフ支持国ではあるが、北欧連合との国交がある国の元首達はこれで収まった。

 五年後ではあるが宇宙開発への参入の道が開けたのだ。

 確かに現在はスペースコロニーへの移住を開始するところで、まだまだ混乱するだろうし、国内の体制を整える準備期間は必要だ。

 五年は少し長過ぎるかも知れないが、それまでに北欧連合との関係を深めて宇宙開発に参入する時の条件を詰めれば良いと考えた。


 一方、ネルフ支持国であり、北欧連合と国交断絶状態にある国の元首達は収まらなかった。

 分類としては北欧連合以外の国連の各常任理事国、ゼーレの影響が強い国々。主に欧米諸国である。

 それと2008年の中国での核事故の風評で、国交を断絶した国もあった。

 これからの国は五年後であっても宇宙開発に参加出来ないと宣言されたのだ。

 北欧連合との国交が回復出来れば参加出来るのだが、それはかなり高いハードルであった。


 事実、これらの国々はこれまでに第三国の大使館経由で、北欧連合に対して様々な働きかけを水面下で行っていた。

 だが、色々な事情もあって関係改善は遅々として進んでいなかった。


 欧米各国は国交を回復する条件として、人類補完委員会の完全排除を条件として求められていた。

 だが、ゼーレの表の顔である人類補完委員会のメンバーの引渡しなど、到底出来る条件では無かった。

 他の条件に変更しようと交渉しようとしたが、2009年の北欧連合への侵攻を決めた人類補完委員会への不信の念は強かった。

 北欧連合は条件の変更を認めず、その為に国交回復の進展は無いままだった。


 中国政府も第三国経由で国交回復を水面下で模索していたが、かなり厳しい条件を提示されていた。

 2008年の核事故の後で発生した、当時の北欧連合の大使館の全員がデモ隊に殺害された事の謝罪と賠償、デモ隊の責任者の引渡し。

 中国各地の少数民族への弾圧の即時停止と、居住区を完全な自治区にする事。それと自国偏重の歴史の修正が求められた。

 全面的に中国政府が過ちを認めて北欧連合に正式に謝罪して、それを百年間もの間、全国民に定期的に公布する事も求められた。

 北欧連合が提示した条件は完全に内政干渉と呼べるものだったので、中国政府の担当者は強く抗議した。

 内政干渉に強く抗議するのは当然の権利だ。これらを実施した場合は中国政府の権威は失墜して、国内で大きな暴動が起きるだろう。

 最悪の場合は革命が起こって、国が分裂する可能性もある。そんな事態は中国政府に認められる事では無かった。

 だが、北欧連合政府の担当者から返ってきたのは、それならば国交回復は出来ないという冷たい言葉だった。

 中国政府には中国政府なりの事情があるように、北欧連合には北欧連合なりの事情がある。

 その二者の事情が折り合わないならば、現在の無関係な関係を継続すれば良いと通告していた。

 何もこちらから積極的に国交を結びたいと考えている訳では無い。無理に中国政府に条件の実行を求める気は無かった。

 そもそも自国偏重の歴史教育を行っている国の国民は思想や歴史観で、世界標準とは言い難い独自の価値観を持っている。

 ある水準以上の歴史認識や共通する価値観が無いと、友好関係を結ぶ事は出来ないと突っぱねた。

 他の国家にも同じように自国偏重の歴史の修正と、国民の素養の向上が求められた。捏造された国史を持つ国家とは関係を結べない。

 風評だけで国交断絶を実行するような国家との関係回復は望んではいないと痛烈に皮肉られていた。

 北欧連合はそれらの国を潰す気は無かった。あくまで無関係で居られればそれで良いと考えていたのである。


 これらの事が国連総会で話される事は無く、全て水面下の動きであった。


 国連総会は荒れたが、民間企業であるロックフォード財団に強制する権限は無かった。

 結局、ミハイルの主張が通る事になった。数カ国の元首が声高に非難したが、それをまともに相手にする元首は少なかった。

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 ロックフォード財団が正式にスペースコロニーへの移住を公募した事で、各国の動きが加速していた。

 総募集人数が百万人というのは多いように見えるが、世界レベルで見れば微々たる人数である。

 移住を考えていた人間は、応募が締め切れられない前にと早めに応募申請を出していた。


 北欧連合とその同盟国と友好国の国民は、優先的に受け入れられる事もあって余裕を見せていた。

 現在の生活が安定しているのであれば、無理をせずに第一陣の結果を見てからでも遅くは無いと考えていた。

 今の二基のスペースコロニーは、一般製品で言えば初期ロットという考えから、後に製造されるであろうスペースコロニーの方が

 完成度が高くなるだろうという目論みもあった為である。シンジとしては、今はスペースコロニーの追加など考えていなかったが、

 一般世論ではこれが上手くいけばスペースコロニーは徐々に増やされるだろうと噂されていた。

 その為に、今回は孤児院関係や、生活に苦しい人達が主に応募をしていた。


 だが、これらの事にネルフ支持国は一切関与出来なかった。

 この事から、【HC】支持国への移住や、企業の場合は資本の移動などの動きが顕在化しつつあった。

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 某国の日本に駐在している大使は、憔悴した表情で首相官邸に向かっていた。

 最近の大使が所属する国家への、日本政府の対応はかなり厳しい。

 一時期は大使は日本政府に態度を改めるべきだと強硬に迫ったが、ネルフの特別宣言【A−19】の前では沈黙せざるを得なかった。

 その時の対応で、今の日本政府が自分達の政府をどう見ているか、そして今までのやり方が通用しない事を否応無しに理解させられた。


 嘗ては日本の政界、法曹界、教育界、報道関係にかなりの影響力を持っていたが、それらが根こそぎ刈られてしまった。

 マスコミ業界への影響力を失った事で、公表されては拙い内容も次々と日本国民に知られて、大使の祖国全体が白眼視され始めていた。

 辛うじて経済界の勢力は残っていたが、それも不買運動等で衰退が始まっていた。現状では打つ手は無かった。

 それらを受けて、大使の祖国では日本に対する大規模デモが頻発していた。それだけなら以前と同じだ。

 だが、昨日に発生したデモでは大型トラックが大使の祖国にある日本大使館に突っ込み、少なくない被害が出ていた。

 大使館とは治外法権エリアであり、そこを攻撃すると言う事は、その国を攻撃したと見做されても反論は出来ない。

 今までなら遺憾の意を表明するという程度の謝罪で済んだかも知れないが、今の日本の大使の祖国への対応を考えると、

 そんな生半可な謝罪で済むはずも無い。この件では日本政府も妥協しないだろう。そして祖国の国民も妥協はしないだろう。

 その先には何が待っているのか? 大使は胃の痛みを感じながら、応接室に通された。


 誰も居なかったが、勧められた席に座ると照明が全て落ちた。その直後、五人の立体映像が浮かび上がった。

 大使の正面には首相の立体映像が浮かんでいたが、何故かサングラスをしていた。

 そしてその左右に二名づつ、副首相と閣僚二人、それに冬宮が座っていた。


「こ、これはどういう事ですか? 何故、五人が立体映像なのですか!?」

『気にしないように。話しを進める』


 会議を進行している首相の口調も何故か何時もと違っていた。そして顔には不気味な笑みを浮かべていた。

 その事に大使は内心で動揺したが、そんな事に関係無く出席者の発言は続いた。


『大使館に大型トラックが突入か……今回はあまりに唐突だな』

『以前も同じような事があったな。災いは何の前触れもなく訪れるものだ』

『まったく、散々支援したのに、この有様とはな。我々の支援が無駄だったという訳だ』

『それはまだ分からん。もっとも、我々のメリットにならなければ無駄と判断するしか無い。そうなる可能性は高いがな』

『今や周知の事実となってしまった貴国の反日行為。どう落とし前をつけるつもりだ? 再発防止は出来るのかね?』

「も、勿論、再発防止策は徹底させます。今回の件は誠に申し訳無く、遺憾の意を表明します」


 何故か、薄暗い応接室に浮かび上がる五人の立体映像に大使は妙な圧迫感を感じていた。

 これが某特務機関の司令だったら動揺する事も無いだろうが、この大使にはかなり強烈な威圧行為に感じられた。

 前回の会談で今までのような高圧的な態度を取れば、致命傷になると大使は判断していた。その為にどうしても腰が砕けた対応になった。


『遺憾の意か。その程度の謝罪で済むと思っているのかね? 我々は今まで貴国が我が国に行ってきた行為の清算をするつもりだ。

 早々安易に考えない方が身の為でもある。覚悟を決めたほうが良いぞ』

『貴国は国内の情報を制限して、国史を捏造している。これでは再発防止は無理だと判定せざるを得ない。

 貴国の国民の歴史教育を変えなければ、何時か又同じような事が必ず起きるだろう。今の貴国内で行われているデモが良い例だ』

『我が国の貴国の勢力に対する対応は知っていよう。今までのような曖昧な対応で済むとは思わない事だ。

 セカンドインパクト前なら防共という立場から協力は出来たが、あれ以降は世界の構造が変わっている。

 それに気がつかずに以前と同じような政策を取り続けた貴国の間違いだな。その報いは重い』

『貴国の反日教育が今の事態を生んだのだ。それが日本人に対してどのような不法行為を働いても正当化されるという意識が

 貴国の多くの国民に植え付けられている。それが起源の捏造を生み、技術盗難や犯罪行為に繋がっている。捨て置けんな。

 それが過去の悪評世界ランキングの第六位に輝いた貴国の実情だろう。我が国だけで無く、世界が貴国をそう見ているのだ』

『貴国の国史が捏造されたものである事を国内外に正式に発表して、世界の標準レベルに改変する事を要求する。反日政策の撤廃もだ。

 そして今までの証拠無き我が国への誹謗中傷行為に対する正式な謝罪と賠償を行う事と、二度と行わない事を宣言する事も要求する。

 今まで数々の起源を捏造し、我が国の評価を散々貶めてきた。その清算をしなくては、我が国の国民感情が収まらん!』

「そ、それは内政干渉です! 承諾する訳にはいきません!」


 大使は顔を真っ赤にして抗議した。客観的に考えると、国史の改変を求める行為は内政干渉に相当する。正当な抗議である。

 だが、今まで自国がしてきた事を大使は忘れ去っていた。それを指摘されては大使も黙るしか無かった。

 立体映像の五人は無表情のままで、大使を責め立てていった。


『今まで貴国が我が国に要求してきた事を、逆に言っただけだ。それが嫌なら無理強いはしない。

 貴国の国史が世界史と掛け離れたものである事は、かなり前から世界には周知されている。第三国を巻き込んだ抗議活動は無駄だ』

『我々の要求を拒否した場合は、スワップ協定を含む両国間の条約を全て白紙に戻す事を検討する。

 期限の過ぎた借款も速やかに返却して貰おう。棒引きなどは絶対に認めない。それと貴国籍の不法滞在者を厳しく取り締まる。

 証拠も無いのに数十年後に、強制拉致されたなどと濡れ衣を着せられてはたまらんからな。これを脅しとは思わない事だ』

『我が国への侮辱に対して謝罪をしなければ、協力関係を継続させる必要は無い。既に我が国の世論はその方向になっている。

 今までの貴国の政府やマスコミが行ってきた事は、我が国の国民に周知されていると知り給え。我が国の国民感情は知っているだろう』

『外交の基本は自国の利益の確保だが、相手国を尊重しない国との外交関係を結ぶ必要は無いと考える。

 今までのような一方的な貴国の主張を聞く気は無い。我が国の主張にも耳を傾けるべきだろう。それが嫌なら関係を断絶するしか無い』

『はっきり言うが、我が国の戦力は防衛能力は高くても、国外への侵攻能力は無い事から、貴国に侵略する事は絶対に無い。

 それに貴国の領土や資源、文化、技術に何の魅力も我が国は感じていない。我が国の侵略を危惧する必要は無いと断言しよう。

 仮に貴国が他国の軍隊に侵略されて助けを求めて来ても、我が国の軍が貴国の領土を犯すような愚かな行為は絶対にしないと誓おう。

 そして隣国である貴国の存在が我が国に害を与えるというなら、国交関係を見直すというだけの事だ。

 今までの両国の関係は貴国にはメリットだろうが、我が国のメリットは無いと考えている。

 今回の件の根本的な再発防止が出来ないというなら、大使館員の身の安全を守る為にも大使館を閉鎖せざるを得ないだろう』

「し、しかし……その要求を呑めば、我が国が大混乱になる。そんな事を政府が認める訳が無い!」


 今までの国史が捏造されたものである事を国内外に認め、今までの日本に対する誹謗中傷行為を謝罪したら、国内は大混乱する。

 国民のプライドは粉々に打ち砕かれ、今までの拠り所を失って、大暴動が起きる可能性は十分にある。いや、必ず起きるだろう。

 そして祖国の対外的信用は完全に失墜する。元々高くは無いが、今までのような主張に他国が耳を傾ける事も無くなるだろう。

 国内的にも対外的にも、今の要求は承諾出来る内容では無かった。だが、要求を拒否した場合に発生するデメリットも無視は出来なかった。


『国の形態が変わるにはある程度の痛みは伴うだろう。手術の痛みを嫌がって、病気が悪化して死ぬのもそれは貴国の自由だ。

 以前に汚職が発覚しそうになって自殺した元大統領が言ったように、我が国を仮想敵国として見ているのだろう。

 何ならこの機会に仮想の文字を外しても、我が国としては一向に構わない。貴国が我が国に宣戦布告をするなら受けて立とう』

『五千年の歴史を有して、世界一優秀な民族と貴国の政府とマスコミはしきりに自負していたな。

 それほど優秀な民族で構成される国家なら、我が国と関係を持たない方がよほど発展するのでは無いかね。

 我が国のGDP比率が約二割の貴国が、十年後には我が国を抜いている可能性もあるだろう。この機会に是非とも実証してみてはどうかね』

『貴国の政府やマスコミ、それに洗脳された貴国の国民が、我が国が発展したのは貴国のお蔭だから感謝するべきだと言っていたな。

 この機会に貴国の足を引っ張っていると主張している我が国との関係を断ち切り、貴国が自ら主張する素晴らしい国だと証明して欲しい。

 貴国が自己主張するような優れた民族なら、我が国の資本を引き揚げて、借款を返して貰っても、簡単に発展が出来るだろう』

『一方的に自分の意見を主張する事が民主主義では無い。貴国の歴史教育はそれを歪めるものだ。今回の我々の要求を侮辱と取るか、

 自分達が変われるチャンスと取るかは貴国の自由だ。だが、選んだ結果に責任を取るのは施政者の務めだ。

 責任転嫁して他者を侮辱するような行為を取れば、それは施政者としては失格だ。それを認識すべきだな』

『貴国は被害者意識は高いが、加害者側に回ると知らぬ振りが多く見受けられるな。

 パラオの橋の自然崩落の時に責任を取らずに平然と逃げた事、台湾に売れない自動車を騙し売りして国交断絶した事等、色々ある。

 都合が悪くなると逆切れするか、責任転嫁する習慣が身についているようだが、それでも我々は貴国の主権を尊重する。

 もっとも、それは貴国の国内だけという条件がつく。貴国の悪習が我が国に被害を与えるというなら見過ごす事は出来ん。

 今回のイレギュラー行為の清算は容易な事では無いだろう。だが、それは貴国の負うべき責任だ』

「……分かっております」


 大使は屈辱感に満ちていた。五対一という人数比もあったが、雰囲気に呑まれて満足な反論は出来なかった。

 ここで以前のように感情の赴くままに日本政府に要求を突きつけようものなら、直ぐに日本政府の報復処理が実行されるだろう。

 本国政府と相談して、対処法を定めない事には何も言えないと考えていた。


『大使殿の仕事は、今の我々の要求を貴国政府に間違いなく伝える事だ。これこそが大使殿の急務だ』

『さよう。我々の要求を拒否するも実行するのも貴国の自由だ。我々は貴国の主権は尊重する。

 だが、我々の主権を尊重しない国と外交関係は結べないと考えている。

 貴国の国内教育やマスコミ報道を変えれば、短期的には混乱するだろうが、長期的には貴国のメリットになるだろう。

 我が国の要求を承諾する事が、この絶望的状況下における貴国の唯一の希望になるかも知れん』

『何れにせよ、貴国政府の判断を待とう。その猶予期間中には我々も不必要な発言は控える事としよう。これも我々の温情と思い給え』

『では、後は我々の仕事だ。貴国がどういう判断を下そうともそれを尊重しよう。しかし、その結果に関しては責任を持つのだな』

『大使殿、ご苦労だったな』


 大使の両脇の立体映像は次々に消えて行った。そして最後に残ったサングラスをかけた首相が大使に声を掛けた。


『大使殿……後戻りは出来ないぞ』


 首相の立体映像は電子音と共に姿を消した。残されたのは、苦汁に満ちた表情の大使一人だった。


「分かっている。我々には時間が無いのだ」


(やはり、あの計画を急ぎすぎた反動が出てしまったか。今までは日本の世論を誘導出来たから、両国の友好を妨げるという理由から

 色々な我が国の主張が通ってきた。だが、此処にきてマスコミ業界の影響力が失われた為に、我が国の信用は落ちる一方だ。

 今の日本の世論に我が国との友好を訴えても白眼視されるだけだ。

 日本の要求は、本国政府が認めないだろう。まず国民が絶対に納得しない。かと言って、日本の要求を断れば、我が国は経済的に破滅する。

 仮に日本と国交断絶になってしまったら、我が国の周囲は全て敵性国になってしまう。安全保障上からも絶対に拙い!

 日本政府も時間稼ぎを認めないだろう。一刻も早く本国政府と対応を協議する必要がある)


 日本政府の冷たい態度はネルフの特別宣言【A−19】の適用以後から分かっていた。そして今回の事件を契機に、今までの関係を

 一気に清算するつもりである事も分かった。だが、本国政府がどういう反応を示すか、大使には容易に想像出来た。

 かと言って日本政府の要求を無視すれば、どういう結末になるかも大使には容易に想像出来た。

 今の大使に出来るのは、一刻も早く大使館に持って、今の日本政府の要求を本国政府に伝えるだけだった。


 余談だが、ネットを中心にある噂が駆け巡った。

 五人で一人を吊るし上げる行為を『委員会ごっこ』というものである。誰が言い出したかは不明だ。

 だが、何故か首相官邸でこの『委員会ごっこ』が行われたという噂がかなり広まっていた。そして某特務機関の事もだ。

 その噂がゼーレにも報告された時、ゼーレの数人は配下に噂の出所を探させたが、誰が言い出したのは結局は分からなかった。

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 ネットの某掲示板 (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)


『ロックフォード財団のHPを見たか? スペースコロニーへの移住の申請の件だけどさ』

『ああ。日本語版があって助かったな。どうやら【HC】支持国分の各国向けのHPを用意しているらしい』

『行ってみたい気持ちと怖い気持ちがあるよな。見学だけでもさせてくれないのかな』

『企業秘密の塊だろうから無理だろう。写真と動画を見たけど圧巻だったな』

『移住を募るくらいだから準備はしてあるとは思ったけど、あそこまで用意してあるとはな。農地の様子なんて凄いの一言だ』

『牛とかも放牧してあったしな。あれなら自給自足は出来る。あとは生活環境がどこまで用意されているかだ』

『余裕が出来れば、無重力体験も出来るって書かれてたよな。行ってみたいけど』

『移住申請はネットからの申し込みか。写真を用意しなくちゃいけないけど、申請してみようかな』

『申請内容自体はそんなに記入項目は多くは無かったな。これならあっさりと申請が通るかも』

『注意書きを見なかったのか? 戸籍調査から始まって、犯罪歴や過去の発言内容まで遡って調べるらしぞ。

 DNA鑑定まで行って、病気持ちとかは駄目なんだとさ。それと最後は面接があって検査カプセルで身体を調べられる』

『げっ、そうなのか!? そこまで見なかったな』

『噂じゃDNA鑑定は病気持ちの区別だけじゃ無くて、偽装家族や偽装国籍の人達の区別にも使うらしいぞ』

『整形手術した人も駄目だって書いてあったよな』

『どうやって調べるんだろうな? 最後の検査カプセルでかな?』

『整形手術が駄目だなんて、一部の芸能界関係は全滅確定だな。もっとも、芸能界関係は最初から駄目だって話しだけどさ』

『一般人でも落されるのが多く出そうだ。これも整形手術を勧めるような報道をしたTV局にも責任はあるな。既に潰れているがな』

『申請者の登録カウンタは既に三万以上だったな。最初に孤児院関係を優先させるとか噂を聞いたぞ』

『ありゃあ、本気で問題になる人間を締め出そうとしている。俺達は駄目だな』

『日本語版に、政治家、マスコミ関係、宗教関係、教育関係者は最初から駄目だって書いてあったな。

 唯一、教育関係者の条件が緩和されていたみたいだな。特定組織に入っていなければ申請は可って書いてあったぜ』

『噂だけど、あの原発事故の瓦礫撤去に協力しなかった自治体に住んでいる人は真っ先に落されるらしいぞ』

『げっ。うちの県は確か受け入れてなかったな。拙い!』

『過去にろくな対応をしなかった政治家を選出した区域に住んでいる住民の申請も落とされるって噂もある。

 それと露骨に地元への利益誘導を行った政治家の選挙区も同じだ。住民から非難を浴びている政治家も多くいるらしい』

『ルールや規律を守らずに、自分の都合しか考えていない利己主義者は願い下げって事だろう。日本が甘過ぎるだけさ』

『嫌なら来るなって訳か。【HC】での記者会見で財団が日本から撤退する時に移住者を募るって、この事の前触れだったんだな』

『あの時はスペースコロニーなんてものが、ある事すら知らなかったからな』

『でも、あそこに行くという事は、ロックフォード財団に生殺与奪権を握られるんだぞ。殺されても文句は言えないんだ』

『まあ、信用するか、しないかだな。今までの財団の動きで判断するしか無い。

 もっとも、電話回線は用意してあるみたいだから、変な事をすればあっという間に噂になるさ』

『そんな事になったら、北欧連合がロックフォード財団に圧力を掛けるだろうな』

『聞いた話しだけど、大陸系と半島系の奴らが、北欧連合の大使館の前で移住に関して改善しろってデモをやったらしいぞ』

『ああ、俺も知ってる。でも直ぐに警察隊が来たらしいけどな』

『その後で、何故か大使館前で歌謡コンサートをやってたな。何を考えているんだ?』

『これは差別だ! 私は日本人だが、日本は隣国と協調路線を取って、北欧連合に共同抗議すべきだと考える!』

『そうだ。日本人なら他国に寛容であるべきだ。何を言われようとも耐えれば良い。それが日本人の贖罪なんだ』

『また釣りか。懲りない奴だな』

『日本人じゃ無い癖に、日本人を名乗って誘導しようとしているのか。まったく恥という概念が無いのかな』

『海外で悪い事をして捕まったら、まずは日本人と名乗れと堂々とTV番組で報道しているくらいだからな。

 その癖、僅かでも功績や良い事があれば、拡大解釈して自画自賛する。あそこの政府やマスコミは絶対に異常だぞ』

『大陸が起源の『端午の節句』を自国が起源だと主張して、ユネスコに申請して受理されたからな。

 あれで、あそこの国と大陸との関係が悪化したんだ。日本絡みだと、忍者や剣道、寿司、桜の起源を根拠も無いのに主張している。

 青森のねぶた祭りも文化交流で製造方法を教えてあげたら、自国が起源だとユネスコに申請しようとするぐらいだからな。

 まったく、起源を捏造するのもいい加減にしろと言いたくなるさ。それも政府やマスコミが率先しているから始末が悪い。

 そんな政府を支持している国民が多いからなんだろうな。捏造起源以外にも問題はあるぞ。

 名古屋の味噌カツ屋の商標を無断で使用した実績もあるし、長崎ちゃんぽんを勝手に商標登録しようとした事もある。

 これらは民間ベースでの動きだな。噂だけど『天武』も商標登録しようとしたらしいぞ』

『げっ! ロックフォード財団の『天武』を勝手に商標登録しようとしたのか? 財団は激怒したろうな』

『一個人が申請は出したが、慌てたあそこの政府が却下したらしいがな。申請が通れば面白い事になったろうな』

『ロックフォード財団からの外圧もあって、日本政府もだいぶ変わった。あそこの政府に今までの反日政策の撤回と公式謝罪を求めている。

 あちらが拒否したら、スワップ協定を含む今までの全ての協力関係を取り消すと脅している。既にあそこの国からの輸入制限が始まった』

『捏造された歴史教育の是正も要求していたな。内政干渉だと言って、あそこの政府は強く拒否したらしいが。

 自分達が他国に内政干渉するのは良いが、されるのは嫌ならしい。歪められた教育で多くの国民に大国願望意識があるんじゃ無いのか』

『個人レベルでは普通の人もいるだろうが、国全体が反日である以上は数が少な過ぎて、何の改善効果も出ないだろうな。

 あそこの国内で日本を擁護する発言をすれば、周囲から潰される。実際に自殺まで追い込まれた人もいるらしいからな。

 やはり国家レベルの外圧を掛けるしか無いだろう。それが日本の為でもあり、長期的視野に立てば彼らの為でもある。

 もっとも、目先の事しか考えられないなら、反発するだけだろうがな』

『宇宙に進出すれば、今までみたいに資源の奪い合いで発生していた国境紛争が無くなるかもな。

 もっとも、宇宙進出が認められていない国にしてみれば、焦るのも道理か』

『それよりネルフの特別宣言【A−19】の為に、数万人もの人々が悲惨な状況に陥っている。彼らを救うべきだろう』

『自業自得な奴らだろう。少しは日本も住み易くなったと思うぞ』

『同業種への再就職は制限されているとはいえ、肉体労働での再就職は認められている。それで我慢出来ない奴はどうでも良い』

『問題発言した大学教授が懲戒免職されて、地方の復旧作業に従事しているのを特集した番組もあったな。

 まったく大学教授であんな政治的発言をするなんて、何を考えているんだ? 変な洗脳でもされているのか?』

『それを言えば、虐め問題を放置していた教師や教育委員会のメンバーも居たってな。

 特別宣言【A−19】とは関係無いはずなんだが、まあ給料泥棒と言われてたし、構わないか』

『あれに引っ掛かった奴らは、生活保護の受給すら認められないからな。不正受給者の見直しも入った事だし、良い方向だ』

『それは差別だろう。そんな事が許されて良いのか! 断固として政府に抗議すべきだ!』

『生活保護の不正受給者が報いを受けるのは当然だろう。善意の制度を悪用したんだからな。本来の受給者へ回る分が減った責任もある。

 基本的には働かざる者食うべからずだ。働かずに生活出来るなら、誰だってそうしたいさ。でも、そうなれば国が破産する』

『日本人は働く事を美徳にしてきたからな。何処かの国のように、人を働かせて自分は楽するのを美徳と考える国とは違うさ。

 働けるのに働かない人間を養うなんて、無駄も良いところだ。各地の復旧作業に従事させれば良い。

 そうなれば国全体が豊かになる。セカンドインパクト前の平和ボケした時代じゃ無いんだ』

『国全体が豊かにか。今はその方向になっているんだろうな。一時期は落ち込むだけで日本が潰れるんじゃ無いかと危惧していた。

 これも財団からの外圧の為か。そう言えば、外圧を掛けた張本人はどうしているんだ?』

『【HC】基地でTV会見をして、帰る時にVTOLがミサイルで落とされて、三十人以上に襲われても撃退して、今は月基地か。

 この前にドイツ政府が発表した事が嘘だったってTV発表したのが最後だったかな。まだ車椅子を使っていたしな』

『ああ。あの絶世の美女が化け物だって、ドイツ政府が発表した事に反論したのが最後か。じゃあ、今は月基地に居るのか』

『あんな美女が本当に居るんだな。女王様って呼んでみたい!』

『もしかして、あの絶世の美女にも手を出しているのか!? だとしたら許せん! 俺が天誅を下してやるぞ!』

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 加持は試作のスペースコロニーで一人で生きていた。勿論、電気や水は完備されて、食料もあった。一人で生活出来る環境だった。

 だが、周囲に誰もいないというのは寂しいものだ。TVを見る事は出来るが、誰とも話す事の出来ない状態だった。

 気温は農作物の収穫を考えて高めにセットしてある。その為に加持は腰に布を巻いただけの、原始人のような格好で生活していた。

 誰からも見られないからという理由からであった。以前の加持を知っている人が見れば、絶対に一目では本人だとは分からないだろう。

 農作業は結構辛い。趣味のレベルでは楽しいだけだろうが、それが専業農業となるとかなりの体力を必要とする。

 だが、その辛い作業に耐えて、加持の身体はかなり頑強になりつつあった。

 髭を剃る事も無く、伸ばし放題だった。人恋しくなった加持は、広大な農地を見て心の中で呟いていた。


(葛城……何時になったら会えるんだ。まさか忘れてしまったんじゃ無いだろうな。お前の肌が恋しくなって堪らないぞ。

 今度会う時は、四回でもう終わりだなんて言わせない。お前がギブアップするまで責め続けてやるぞ)


 シンジからは一方通行の連絡は二〜三日おきに入ってきた。

 その連絡内容には、『ミサトとアスカは未だに御祓いに来ていない』と書かれていた。






To be continued...
(2012.07.14 初版)


(あとがき)

 ほとんどスペースコロニーの話しになってしまいました。極秘プロジェクトならこんな苦労は無かったんですが、

 やはり公開したとなると、この程度の騒ぎが起きると思って書いてしまいました。

 宇宙条約と月条約は実在の条約ですが、適当に使いました。解釈の間違いがあるかも知れませんが、その時は御容赦下さい。

 拙作は史実や時事ネタを組み入れて、自分の意見をそれなりに入れていますが、基本的には暇潰し小説です。

 読者様に自分の意見を押し付けるつもりはありません。念押ししておきますが、現実と二次小説の区別はするように御願いします。

 次話は第十五使徒:アラエル来襲です。



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