因果応報、その果てには

第五十二話

presented by えっくん様


 太平洋艦隊:第六使徒:ガギエル襲来前日

 満月の夜、太平洋艦隊の空母:オーバー・ザ・レインボー(OTR)の甲板にシートを置いて、加持とアスカは寝そべっていた。


「あーあ。明日はもう日本か。お昼にはミサトが迎えに来るって言ってたし……

 あっ、ミサトっていうのは加持さんの前にドイツに居た人。……あんまし好きじゃ無いんだ。生き方がわざとらしくて!」


 アスカは加持とミサトが嘗て恋人関係にあった事など知らない。

 加持にしてもミサトと会うのは久しぶりで、その胸中には複雑な思いがあったが、顔に出す事は無かった。

 自分の話に加持が無反応なのを見て、アスカは愚痴った。


「ちぇっ。加持さんとも暫くお別れか! つまんないの! ぶーー!」

「日本に着けば新しいボーイフレンドもいっぱい出来るさ。まだ詳しい情報は入っていないが、初号機のパイロットは男の子だぞ」

「あーあ。馬鹿な餓鬼に興味は無いわ!」


 この時、アスカはシンジの情報について何も知らされていなかった。

 使徒を今まで三体倒したと聞いていたが、同世代の男など自分から見ればただの餓鬼という思いがあった。

 この時、加持は零号機と初号機の管轄が北欧連合に移った事と、シンジの情報の一部は知っていた。

 だが、この場でアスカに伝えて良いものか考えた。明日、シンジも来ると知っている。その時の状況を見て判断しようと考えた。

 アスカは横に転がって加持の上に乗って抱きついた。


「あたしが好きなのは加持さんだけよ」

「……そいつは光栄だ」


 加持の棒読み台詞にアスカは顔をあげて抗議した。折角覚悟を決めて誘惑したのに、これでは自分の女のプライドに関わる問題だ。


「もう! 加持先輩だったら何時だってOKの三連呼よ! キスだって、その先だって!」


 だが、アスカの猛烈な抗議にも加持は表情を変える事は無かった。アスカを見る事無く、視線は空に向いていた。

 アスカは加持の護衛対象であり、手など出したら加持は抹殺される事は確定していた。それは上司からも念を押されている。

 だが、如何に節操無しの加持とはいえ、十四歳の少女に手を出す気は無かった。それにここは空母の甲板だ。

 誰かに見られているかも知れないのだ。気が高ぶったアスカはそこまで気が回らないが、加持はそこまで用心していた。

 逆に言えば周囲の状況を気にせずにアスカがそんな事を言うのが子供の証拠だ。加持はぶっきら棒に答えた。


「アスカはまだ子供だからな。そういう事は少し大人になってからだ」

「えーー、つまんない! あたしはもう十分に大人よ!」


 アスカはそう言って、ワンピースの胸元を開けて加持に見せ付けた。白いブラジャーと発育途上の胸元が露になった。

 そんな行為をする事自体が子供の証明なのだが、アスカは当然分かっていなかった。


 (あたしは大人よ! だからあたしを見て!)


 孤独感、寂しさからの心の叫びだったのだろうか。アスカの何時もの高飛車な態度は、寂しさの裏返しなのかもしれない。

 だが、そのアスカの心からの叫びに加持が応える事は無かった。

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 悲しげな教会の鐘の音が静かに鳴り響いていた。

 アスカの母親の葬儀の最中であった。そんな中、棺に土をかぶせる音と共に、アスカに参列者の話し声が聞こえてきた。


「仮定が現実の話しになったな。因果なものだな……提唱した本人が実験台とは」

「では、あの接触実験が直接の原因と言う訳か」

「精神崩壊……それが接触の結果か」

「しかし残酷なものさ……あんな小さな娘を残して自殺とは」

「いや、案外……それだけが原因ではないかも知れんな」


 参列者の話し声を聞きながら、幼いアスカは母親が自殺する前の状況を思い出していた。

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 ドイツ支部での接触実験に失敗し、アスカの母親は精神崩壊状態になって病院に入院していた。

 そしてアスカでは無く人形を我が子と思って、優しく話し掛けていた。


「アスカちゃん。ママね、今日はあなたの大好物を作ったのよ。ほら、好き嫌いしてると、あそこのお姉ちゃんに笑われますよ」


 アスカの母のキョウコは抱いている人形をアスカと思い、病室の外から自分を見ているアスカをお姉ちゃん呼ばわりしていた。

 幼いアスカにとって、それはどれほどの辛い経験だったのだろうか? まだまだ甘えたい年頃なのに、母親は自分を見てくれない。

 トラウマになるには十分な状況だ。それに追い討ちを掛けるかのように、父親と女医の話し声が聞こえてきた。


「毎日、あの調子ですわ。……人形を娘さんだと思って話し掛けています」

「彼女なりに責任を感じているのでしょう。研究ばかりの毎日で、娘をかまってやる余裕もありませんでしたから」

「ご主人のお気持はお察しします」

「しかし、アレではまるで人形の親子だ。いや、人間と人形の差など紙一重なのかもしれません」

「人形は……人間が自分の姿を模して作った物ですから。……もし、神がいたとしたら、我々はその人形に過ぎないのかもしれません」

「近代医学の担い手とは思えないお言葉ですね」

「あたしだって医師の前にただの人間……一人の女ですわ」


 その後に女の喘ぎ声が聞こえてきた。男の声は自分の父親である事は分かっている。幼いアスカに女の声が何を意味するのか

 分からなかったが、それでも父親が母親の心配をせずに、他の女と仲良くしている事は分かっていた。

 幼い子供は親のこんな態度を敏感に察知するものだ。幼いアスカの表情は曇ったままだった。

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 『SORYU KYOKO ZEPPELIN 1974−2005』と書かれた墓標の前に幼いアスカは立っていた。


「偉いのね、アスカちゃん。良いのよ、我慢しなくても」

「良いの。あたしは泣かない。あたしは自分で考えるの」


 母親の葬儀でアスカは涙を見せなかった。子供の強がりと心配した中年の女性の心配にも、アスカははっきりと答えた。

 それは幼きアスカが決心した瞬間だった。

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 弐号機のエントリープラグの中にアスカはいた。シンクロ試験中だったが、何故か昔の事を思い出していた。

 誰もから認められる存在になろうと弐号機のパイロットとして、頂点に立とうと決心した。

 だが実際には自力では使徒を一体も倒せていない。強力過ぎるライバルと考えているシンジの存在があった。

 唯一、弐号機で一体の使徒を倒せたが、それはダミープラグによってであった。アスカの手腕によるものでは無かった。

 意気込みだけが先回りし、結果を伴っていない。そして最近はネルフのやり方にも疑問を感じていた。

 そんな状況でアスカの心は揺れ動き、それは数値となって現れていた。


『聞こえる、アスカ。シンクロ率が八も低下よ。何時も通りに余計な事は考えないで!』

「やってるわよ!」


 管制室からリツコの注意が入った。だが、今のアスカにはこれが限界だった。

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「最近のアスカのシンクロ率……下がる一方ですね」

「困ったわね。この余裕の無い時に……でも最悪はダミープラグが使えるわ。やはり弐号機の修理を優先させましょう」


 アスカのシンクロ試験をモニタリングしていたマヤの愚痴に、リツコが律儀に答えた。

 前回の使徒:ゼルエルでは弐号機は頭部と両手、両足を失った。参号機は頭部と両手を失った。

 損傷レベルとしては最大級のものであり、容易に修理出来るものでは無かった。

 やはり補完計画の要である弐号機を優先させて修理すべきとの結論に達していた。

 だが、まだまだダミープラグを当てにするのかと、マヤは内心で忸怩たる気持ちだった。

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 ミサトは離れたところから弐号機のシンクロ試験を見ていた。そして弐号機を見ながら考えに耽っていた。


(あのアダムより生まれしもの、EVAシリーズ。セカンドインパクトを引き起こした原因たるものまで流用しなけば、

 あたし達は使徒に勝てない。逆に、生きる為には自分達を滅ぼそうとしたものを利用する。それが人間なのね。

 ……やはりあたしはEVAを憎んでいるのかも知れない。父の仇か! シンジ君が作った『天武』に期待しても良いのかしら?)


「葛城さん」


 考え込んでいたミサトに日向はある情報を持ってきた。他の人に聞かれたくは無いと、二人は場所を移した。

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 周囲には誰もいない公園に場所を移して、ミサトは日向からの報告を受けていた。


「EVA十四号機までの建造開始!? 世界七箇所で!?」

「上海経由の情報です。ソースに信頼は置けます」

「何故、この時期に量産を急ぐの?」

「EVAを過去に二機失い、現在は二機も大破ですから、第二次整備に向けて予備戦力の増強を急いでいるのでは?

 【HC】に対抗する事も考えている可能性はあります」

「どうかしら? ここにしてもドイツで建造中のEVAからパーツを回して貰っているのよ。最近は随分と金が動いているわね」

「ここに来て予算が倍増ですからね。それだけ上も切羽詰っているという事でしょうか?」


 この予算は量産機の建造を予定していた補完委員会が予め準備しておいたものだった。

 従って、【HC】分割の時の予算には含まれていなかった。足りない分だけ、ネルフ支持国から徴収して予算に当てていた。

 それでも不足分は委員会が独自に資金を調達しようとしていた。


「委員会の焦りらしきものを感じるわね」

「では、今までのような単独では無く、使徒の複数同時展開のケースも設定したものでしょうか?」

「そうねえ。でも非公式に行う理由が無いわ……何か別の目的があるのよ」


 加持が教えてくれた人類補完計画は日向には話していない。だが、日向の持ってきた情報はそれを裏付けるものだった。

 今のミサトは加持が死んだ事によるショックもあったが、人類補完計画の先行きとアスカの事が不安材料だった。

 その為に、加持の残したメッセージの御祓いの連絡先の事は、忘れ去っていた。

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 駅のホームからアスカは加持に電話を掛けていた。今のアスカの体調は悪い。加持の声を聞きたかったのだ。


『お掛けになった電話番号はお客様の都合により、現在は使われておりません』


「変ね。やっぱり繋がらない。……また、どっかに行っちゃったのかな」


 ふと、反対側のホームにコウジが見えた。同い年ぐらいの可愛い女の子と楽しそうに会話していた。


(な、何よ! あたしの事が好きだっていうのは嘘だったの!? 騙したのね! もう嫌! 誰も信じられないわ!)


 ファーストキスを捧げたコウジが、知らない女の子と楽しそうに話しているのを見たアスカに衝撃が走った。

 普通に考えれば、ただの友人とか幼馴染とか色々と考えられるだろう。次に会った時に確認しようと考えただろう。

 だが、今のアスカにそこまでの余裕は無く、コウジに裏切られたと思い込んでしまった。

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 その日の夜、ミサトとアスカは買ってきた日替わり弁当を黙って食べていた。

 ミサトが話し掛けても、アスカは睨むだけで返事を一切しなかった。溜息をついたミサトはしばらくアスカをほっておく事にした。

 ペンペンがアスカに近寄っても、機嫌の悪いアスカは拒否するだけだった。


 その後、ドイツにいる義母からアスカに国際電話が入ってきた。

 ミサトとの険悪な空気など無かったかのように陽気に話すアスカだった。

 だが、電話を切った後、ミサトの不注意な一言でアスカは激怒して部屋に篭ってしまった。

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 アスカは風呂に入らず、裸のままで風呂の栓を抜いていた。風呂に貯まっていたお湯が徐々に抜けていった。


「気持ち悪い……誰が他人の使ったお湯なんかに誰が入るもんか。……他人の下着を洗った洗濯機なんか、誰が使うもんか。

 ……他人の使ったトイレなんかに、誰が座るもんか。……他人と同じ空気なんか、誰がすうものか。

 ミサトも嫌! コウジも嫌! サードも嫌! ファーストも嫌! パパも嫌! ママも嫌! でも、一番自分が嫌!!

 もう嫌!! 我慢出来ない!! 何であたしが!? 何であたしが!?」


 アスカは風呂場の備品をあちこちに投げつけた。そんな様子をミサトとペンペンは居間からじっと見つめていた。

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 翌日のアスカは弐号機のシンクロ試験を行っていた。トウジの参号機も同時に行っている。


「参号機のシンクログラフはマイナス2.3ですが、弐号機のシンクログラフはマイナス12.8。

 弐号機は起動指数ぎりぎりです」

「酷いものね。昨日よりさらに落ちているじゃない。

「アスカは今日は調子が悪いのよ。二日目だし」

「シンクロ率は表層的な身体の状況に左右されないの。問題は深層意識にあるの」

「アスカ、あがって良いわ」


 まだ使徒は三体残っている。トウジの成長は確かに認めるが、アスカに比べれば戦闘能力は見劣りする。

 最悪の場合、弐号機はダミープラグが使用出来るが、アスカの復活の方法は無いかとリツコは考えていた。

 最近のリツコの機嫌は良かった。邪魔と考えていたレイが居なくなり、ゲンドウとの関係も定期的に続いている。

 新しい義足の調子も良い。不運続きのネルフだが、リツコのプライベートは充実していた。

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 アスカのシンクロ試験の結果は深刻だった。

 リツコが煙草を吸いたかったという理由もあり、近くの喫煙可能な場所に移動してミサトと議論していた。


「アスカのプライドは、ガタガタね」

「無理も無いわよ。あんな負け方をしちゃね。それと自分が信用されなくて、ダミープラグを起動しても負けたのが堪えたのかも。

 もう限界かしらね……二人で暮らすのも」

「臨界点突破? 楽しかった家族ごっこもここまで?」

「猫で寂しさ紛らわせた人に言われたくは無いわね! そんな台詞!」


 リツコの悪意が篭った言葉に、ミサトも顔を強張らせてリツコの心の隙間を突く言葉を浴びせ返した。

 二人のつきあいは長い。相手の心理状況など最初から分かっている。反論出来ないリツコは視線を背けた。

 ゲンドウとの関係は良好だが、自宅ではリツコは一人だ。

 ミサトはリツコがゲンドウと関係している事は知らないが、一人暮らしは知っている。

 言い過ぎたと感じたのか、ミサトは最初に謝った。


「……ごめん。余裕無いのよ、あたし」

「良いわよ。あたしも言い過ぎたわ。でもミサトにはアスカのメンタル面をフォローする必要があるのよ。それを忘れないで」

「……分かってるわよ、そんな事は」


 作戦課長という事もあり、アスカはミサトの直属の部下である。そして同居人でもある。アスカを一番分かっているのはミサトだ。

 だが、そんなミサトも今のアスカをフォローする方法など考えつかなかった。

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 アスカは下腹部の痛みを感じて、女子トイレの洗面台に手をついていた。


「女だからって、何でこんな目にあわなきゃいけないのよ! 子供なんて絶対に要らないのに!」

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 シンジと冬宮は電話で会話をしていた。

 シンジが月の基地に行ってからは連絡を取っていなかった事もあり、冬宮の方からの連絡事項はかなりあった。

 ロックフォード財団が日本から撤退するかしないかの判断にも繋がる為、真剣になって冬宮は日本の現状を説明していた。


『……こんな形で国内の取り締まりは順調に進んでいます。偏向報道は無くなって、適正な報道内容に戻ってきています。

 国内の反日の海外勢力は壊滅しており、現時点では彼らが日本の世論に関与してくる事は出来ないでしょう。

 それと今まで不当に日本を貶めようとした行為の謝罪を求めて、彼らと交渉中です。もっとも二国とも激しく拒否していますが』

「こちらとしては日本政府がどのように国内改革をするかを、細かく追及する気はありません。

 しっかりとした長期的視野に基づく国家観と大局観を持って、運営して頂ければ十分です。

 短期的視野だけで国を運営されては、我々が振り回されるだけになりますからね。

 もっとも、日本国内を締め付けるだけで、堅苦しい国を目指されては後々困りますが」

『取り締まった人間の約九割は地方の復旧作業に従事させています。そこで現実を見れば、少しは考えを変えるかもしれませんから。

 変えなければ、そのまま肉体労働に従事し続けて貰います。もっとも、三年後には制度の見直しを行います。

 左に寄り過ぎたのを戻すのに多少は右寄りの政策を取りますが、何時までも締め付けては活気が失われますから』

「それはそうと、ある国立大学の大陸籍の客員教授のところで、彼らの本国にデータを送りつけるウィルスが発見されて、

 大学のかなりのパソコンが感染されていたというニュースがありましたね。あれはどうなっています?」

『早耳ですね。国から補助金が出ている研究成果を盗もうとしたのでしょうが、既に客員教授と留学生の身柄は押さえてあります。

 他の研究施設も平行展開で確認中です。この機に我が国の研究施設から産業スパイは全て排除します。

 以前のイージス艦の技術漏洩の二の舞はさせません。必ず背後の組織を見つけて報復するつもりです。

 それであそこの大使を呼び出して、あなたから貸与された機器を使って十二人で吊るし上げました。内容は以前の半島と同じ内容です』


 日本国内の大陸系の勢力はあまり大きくは無い。半島系の規模には及ばなかった。それに飲食業界の関係者が多く、そちらでは実害は無い。

 政界やマスコミ業界の勢力は少しはあったが、これは壊滅していた。

 だが、少数ではあったが大学等の研究施設に諜報員の触手は伸びていた。以前の核融合炉技術の盗難もこの一環である。

 少し前には戦自から開発を委託されていた民間企業から、イージス艦の技術資料をウィルスに感染させて盗み出した実績もあった。

 そして今回は、国立大学の客員教授がそのスパイウィルス感染に関わって居たと言う。真偽確認はこれからだが、捨て置ける内容では無い。

 この機会に大陸国家の大使を呼び出して、以前と同じような立体映像を使った吊るし上げを行ったところだった。


「あの立体映像装置はどうでした?」

『かなり効きましたね。半島の大使には五人で、大陸の大使には十二人の立体映像で対応しました。

 そして指示通りに、五対一の吊るし上げを『委員会ごっこ』、十二対二の吊るし上げを『ゼーレごっこ』と呼ぶ事をネットに噂で

 流してあります。しかし、こんな幼稚な事をしても大丈夫ですか? あちらの反発を招くだけでは?』

「既にあちらとは完全対立状態ですよ。今更遠慮する必要も無いです。それにこれくらいはしないと、此方の溜飲が下がりません。

 スペースコロニー計画から締め出すという嫌味は行いましたが、それだけでは不十分ですからね」

『……はあ』

「月に居ても、ある程度の情報は入ってきます。本国の日本への感情はまだ改善されていませんから、表立った支援は出来ませんが、

 ボク個人としてなら、手助けしますよ。半島と大陸の方で問題があった時は、遠慮なく連絡して下さい」

『ありがとうございます』


 実際に、半島と大陸で日本に対する大規模な抗議活動が活発に行われていた。

 日本国内では一切報道されてはいないが、現地の日本人に被害が及ぶ事も懸念されており、企業の撤収に拍車が掛かっていた。

 既に両国との貿易額は低下する一方だ。それを察して、日本国内の不法滞在者が徐々に祖国に戻り始めていた。

 問題は実力行使がされた時だ。

 海と言う天然の防壁があるので、日本本土に被害が出る事はあまり無いだろうが、シンジの支援が受けられるというのは有難い事だった。

 日本としては隣国との協調路線は取りたいが、こちらのデメリットを無視してまで協調路線を取る気は無かった。

 既に海上栽培プラントが稼動を始めており、食料自給率は大幅に改善される見込みだ。原材料に関しても、シンジからの技術提供により、

 海底鉱山の試掘が行われようとしており、長期的視野で見れば海外からの輸入を大幅に減らせる目処がついていた。


「それはそうと、移住計画に日本の孤児院の約九割から応募がされています。それと貧困層の人達もそれなりの数です。

 出来れば指導者クラスの人達が何人か居れば良いのですが、冬宮理事長は移住する気はありませんか?」

『私ですか!? 仕事があるから無理です。それに私の立場では日本を見捨ててそちらに移住する訳にもいきません。

 もっとも、移住を希望する人達へは政府と大和会から独自に支援をしたいと考えています』


 冬宮には話さなかったが、サードインパクトとは別の脅威も迫りつつあった。対処は出来るとは思っているが、万が一という事もある。

 此処に来て、スペースコロニーへの移住を早急に進める事と、その枠を広げるかをシンジは悩んでいた。

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 二−A:教室

 ヒカリはまだリハビリ中であって、まだ入院中だった。退院するにはリハビリを済ませてからだ。

 つまり、ヒカリの登校まではまだまだ時間が掛かる。そしてクラスメートにはヒカリは交通事故で入院中と伝えられていた。

 もっとも個人の事情という理由から、何処に入院しているかは明らかにしていなかった。


 アスカとトウジにしても精神的にダメージを負っており、学校に行く気はなかった。

 クラスのムードメーカーである三人が休んでいるのだ。クラスには暗い雰囲気が漂っていた。

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 暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、激論を交わしていた。


「だから五人を使った実験では上手くいっているのよ。それに上の許可も出ているの。私が指揮するわ!」

「ちょっと待て! あの実験で五人は廃人になったんだぞ。再起不能だ。それを八十人もの人数を使うと言うのか!?

 ES部隊の育成に幾らの費用が掛かっているか知らない訳じゃあ無いだろう。もう少し方法を検討するべきだ。

 時間的にあの八十人を失ったら、補充は無理なんだぞ!」

「それでもやるしか無いのよ! 北欧の三賢者の魔術師。彼を抹殺しない事には、あたし達の勝利は無いのよ!」

「……他の二人はターゲットにはしないのか?」

「あの二人も要注意だけど、まだ何とかなる。それは五人の実験でも分かっているわ。でも、魔術師だけは駄目。

 五人の実験の時では、全然届かなかったのよ。五十人だけで上手くいくかも知れないし、駄目かも知れない。

 でも五十人で駄目だったら、その時こそあたし達のチャンスは完全に失われるのよ。それこそ無意味な損失だわ。

 だから八十人の能力者全員を捨て駒にしてでも、チャンスを見出すしか方法は残されていないわ!」

「……魔術師は月面か。だが、この前の記者会見のように不定期に【HC】基地に戻っているようだしな。

 あれで魔眼使いをだしにして、【HC】への潜入しようとした策も潰された。まさに神出鬼没だな。

 魔術師を倒すチャンスを掴む為には、八十人の犠牲は仕方の無い事かも知れないな」

「本格的にスペースコロニーへの移住が始まっていない今がチャンスだ。

 魔術師を先に抹殺して、その後に騎士と魔女を抹殺出来れば、スペースコロニー計画自体が崩壊する」

「騎士と魔女については、他のES部隊を投入すれば大丈夫なのか?」

「ええ。五人の実験ではそう結果は出ているわ。でも先に始末すると魔術師が用心するから、順番には注意しないとね」

「残された技術者でスペースコロニー計画が継続される可能性もあるだろう」

「それについては別の方法で潰す算段は出来ているわ」

「……分かった。私も実験に立ち会おう」


「ところで話しは変わるが、日本のネットで噂になった『委員会ごっこ』と『ゼーレごっこ』の出所は分かったのか?」

「いや、全然不明だ。同時に複数の掲示板にUPされている。何処が元かは判断出来ない」

「上からは出所を確定しろと煩く言われているんだぞ」

「ネルフが出所って事は無いかしら?」

「……上にはその可能性があると報告しておこう」

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 シンジが建設した月面基地は主に中継基地という意味合いが強く、規模も大きくは無かった。

 それでもユグドラシルUが置かれており、シンジはそのネットワークを使ってミハイルとクリスと思考会話をしていた。


<スペースコロニー計画を発表して、結構応募状況は順調だね>

<ああ。否定的な人間を受け入れるつもりは無いから、財団が生殺与奪権を握っている。

 財団を信用しなければ来るなと世界中に公表したからな。もしかしたら、全然応募が無い事もありえると心配していたが、大丈夫だな>

<まあ、子供が働けるようになるまで、財団が全て面倒を見るって公表したのが効いたのかもね>

<最低でも一万人いれば、人類の生存繁殖限界の数を満たす事が出来る。サードインパクトを防げればそれに越した事は無いけど。

 それにあの脅威もあるんでしょう>

<油断は禁物だからな。万が一の避難所は必要だ。既に国内の孤児五百人と中東連合の孤児二千人が新天地で生活を始めている。

 今のところは、生活自体は問題無いな。まあ、遊び場所を増やして欲しいとの要望が出ているが>

<次のHPの更新の時に、スペースコロニーに住んで遊んでいる子供達の映像を載せるつもりよ。そうしたら応募も一気に増えるわね>

<食料生産は既に軌道に乗っているし、嗜好品関係の生産工場も稼動を始めている。今のところは順調だね>

<まあ、利益を出せるような生産工場の稼動はしばらく先になるな。今は生活必需品の内製化で精一杯だ>

<今のところは、不足品があれば地球から持ち込めば良いからね。そんなに焦る事は無いでしょ>

<でも子供なら遊ばせておくだけで良いだろうけど、大人の移住者が来たらちゃんと働いて貰わないとね>

<それこそ生産工場の立ち上げに入って貰うさ。それ以外にも役所関係とか警察に準じる組織の立ち上げとか色々とやる事はある>

<スペースコロニーの管理施設の出入りは厳重に取り締まらないとな。それこそ財団の技術者以外は立ち入り禁止だ>

<移住者の振るい落としの準備は?>

<書類申請にパスした人は、財団の指定した病院で検査を受けて貰って、その時に髪の毛を送って貰ってこちらでDNA検査をする。

 それで偽装申請した人を振るい落とせるだろう。最後は移住する時に検査カプセルに入って貰って、最終確認を行うぐらいか>

<それでも少しは、本来は来て欲しく無い人やスパイが紛れ込む可能性があるよね>

<それは仕方の無い事だ。精神検査まではさすがに人権に関わるからな。それに地球との通信手段は電話だけにする。

 ネットは閉鎖環境にして、データを外部に送信出来ないようにするから大丈夫だろう。コロニー外部の移動手段は全てこちらで管理だ。

 持ち込む荷物検査は徹底的にするから、武器とかの持込は大丈夫だろう>

<その程度で良いんじゃ無い。基本的には各人の自由は保障するんだからさ。まあ、行き過ぎた主張をする人は出て行って貰うだけ>


 今のところはスペースコロニーの移住計画は順調だった。生産には何も寄与しないが、主に生活に困っている子供達を中心に

 移住計画を進め、大人達は最低限の生産活動に従事出来れば良いという考えだった。

 スペースコロニーの大部分は自動化されて、作業ロボットもある。

 子供が半数以上を占めても、生活は可能な程度の自動生産ラインは準備出来ていたのだ。

 もっとも、予想していた以上に大人達がの応募が多く、機密保持の観点からもどうやって振るい落とそうかと悩む事が多かった。

 二基のスペースコロニーで最大約六百万人が収容出来るが、最初の応募人数は百万人。応募の枠を広げるべきかと考えていた。


<そういえば、『ラグナロク計画』の進捗は?>

<以前にも言ったが、ワルキューレの行方不明機が出ているし、ある程度の技術はゼーレに盗まれているだろう。

 対抗策として、次世代の無人戦闘機『フェンリル』の生産は海底地下工場で順調に進んでいる。

 それと海中用では『ガラム』の配備も進んでいる。既に世界各地の海中拠点に配置済みだ。クリスの協力があれば、直ぐに出撃出来る。

 ネットワーク関係においては、こちらの防衛は問題無いし、世界各地のMAGIを直ぐに落せる準備は済んでいる。

 私とクリスはそんなところだな。シンの方はどうだ? 宇宙関係や対ゼーレ対策は全てシンがやっているからな>

<EVAの量産機の製造に着手したとの情報が入ったよ。これに関してはゼーレの弱体化を進める為にも、最後までは手を出さない。

 でも儀式に必要な『アダム』は無効化して、『槍』もこっちの手の内だからね。

 上手くいけばサードインパクトを起こす儀式が出来なくなる。

 宇宙関係で言えば、粒子砲の技術がゼーレに渡った事を考えると、低軌道タイプの軍事衛星は全て破壊される可能性があるね。

 もっともステルス機能を備えて、シールド展開が出来る【ウルドの弓】までは絶対にゼーレの手は届かないだろうけど。

 一応、廉価版の移動式の簡易砲台三百基を生産して、その中の五十基を衛星軌道上に配備してある。

 それに最後の切り札である『あれ』の準備も、もう少しで揃うよ。もっとも、『あれ』は別のあの作戦にも使う予定だけどね>

<お互いに準備は今のところは順調か。では私とクリスは一週間後にはスペースコロニーに移動する予定だ。

 移住計画は私とクリスに任せておいてくれ。シンは使徒戦もあるが、それ以上にあの脅威に対する準備をしなくてはならないからな>

<出来れば使徒戦はネルフに任せて、ボクはあの脅威だけに専念したいんだけどね。まあ、月にいるのは何かと都合が良い。

 『ラグナロク計画』とあの脅威に対する準備を進めておくよ。スペースコロニーの管理権限は兄さんに渡すから、後は宜しく>

<試作コロニーはシンの管理範囲だな。分かった。使徒戦も最終段階が見えてきた。油断はするなよ>

<分かってるって。スペースコロニーがラグランジュポイントに到着したら、一度は顔を出すよ>

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 シンジがユグドラシルネットワークで思考会話をしている時、ミーシャとレイ、マユミの三人は月面基地の厨房にいた。

 食事の支度をしていたのだ。まあ、マユミの指導の下でミーシャとレイが料理の勉強をしていたと言い換えても良い。

 四人分の食事が作り終って、三人はお茶を飲みながら華やかに話し込んでいた。

 レイがゴミを捨てに出て行った後、マユミはふと冷蔵庫にある食料の豊富さに疑問を感じてミーシャに聞いた。


「そういえば、この月面基地にある食料ってかなり豊富だけど、地球から持ってきたの?」

「あら、マユミは聞いて無かったの? これはスペースコロニーで収穫された食料よ」

「えっ!? こんなに豊富な食料全部がスペースコロニーで生産されてるの?」

「主食の米や小麦は当然だけど、寒冷ブロック、温帯ブロック、熱帯ブロックに別れて、それぞれの気候でしか収穫出来ない品種も

 作っているんだって。そうでもしなければ、地球でしか手に入らないものが出てきてしまうでしょう。

 基本的には特殊な土壌でしか栽培出来ないものを除いて、スペースコロニーで作れない品種は無いんだってさ」

「へえ。良く知ってるわね。シンジさんに聞いたの?」

「これは姉さんに聞いたのよ」

「ああ。ミーナさんか。確か、あたしがシンジさんと一緒に【HC】基地に行った時に、レイと一緒に会いに行ったのよね。

 あたしも一度は会ってみたいな」

「そうよ。……思い出すと、あたしとレイが姉さんに会っていた時、マユミはシン様とずっと一緒だったのよね。

 シン様を一人にして他の女に引っ掛かっても困るからマユミについて貰ったけど、その時は二人っきりだったのよね。

 あの時のマユミは何か隠そうとしていたわよね。何があったの?」

「そ、そんな事は無いわよ」


 そこにゴミを片付けたレイが戻ってきた。ミーシャとマユミの態度を怪訝に感じたレイは、素直に二人に問いかけた。


「どうしたの?」

「この前、姉さんに会いに行って帰って来た時、マユミが何か隠そうとしてたのを思い出したのよ。それを聞いているの」

「あの時……もしかして無重力体験の事?」

「レイ!?」

「あの後であたしもやったもの。ほら、月の重力は地球より少ないでしょう。

 だったら次は無重力を経験してみたいって、マユミが前に言ってたでしょう。だけど動きづらいから、一対一じゃ無いと駄目だって。

 最初がマユミで、次はあたし。その次はミーシャに頼もうってお兄ちゃんが言ってたわよ」

「そ、そうなの。(次はあたしか。じゃあ、良いか) 隠そうとしたところをみると、何時もとは違うのね。

 さあ、きりきりと白状して貰うわよ」

「そこまで言わなくても教えるわよ。ミーシャも好きね」

「レイに言われたくは無いわよ!」


 参考までに言うと、月の重力は地球の約1/6である。最初に月に来た時は、身体の軽さに驚いたのは今でも覚えている。

 地球と同じように歩こうとするとジャンプしてしまい、慣れるまでにかなりの時間が掛かったのは記憶に新しい。

 重力が1/6というのは地球では出来ない事も、月では簡単に出来るのだ。

 ましてや無重力なら、どんな事が出来るのか? ミーシャはマユミとレイの話しを真摯に聞き始めた。

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 トウジはヒカリと一緒に病院のリハビリルームに居た。ヒカリの義足のリハビリをトウジがサポートしていたのだ。

 既にヒカリはかなり義足に慣れて、もう少しで退院が出来るかもという状況になっていた。

 とはいえ、今のヒカリにとってリハビリそのものが重労働であった。

 リハビリが終わったヒカリは、シャワールームで汗を流していた。そして何故かトウジも一緒にシャワーを浴びていた。

 今の二人の顔は赤くなり、興奮冷めやらぬ状態だった。トウジは座り込んでいたヒカリを抱き上げて、耳元で囁いた。


「退院までもう少しやな」

「う、うん。退院したら……ちゃんとするから」

「い、いや、これでも十分、気持ちはええんや。でも、喉が痛くはないんか?」

「ば、馬鹿! そんな事を聞かないでよ!」

「す、すまん」

「お腹に当たっているけど……もう一回する?」

「……頼むわ」


 ヒカリはフィフスチルドレンであり、VIP待遇だった。

 乗る機体は無く、書類上だけのパイロットであったが、それでも名目上だけはVIP扱いだった。

 事実、ネルフの上層部の人間は一回もヒカリの病室を訪れてはいない。精々がミサト止まりだ。

 もっとも、トウジは毎日ヒカリの病室に来ていたが。

 ネルフにとって、ヒカリの役割は既に終わっていた。後は義足で生活が出来るようになれば、補償金を渡して終わりと上は考えていた。

 いや、フォースチルドレンであるトウジの精神状態の改善で役立つという役割が残っていた。

 トウジの気持ちを受け入れたヒカリは関係を少し進めたかったが、自分の病室が監視カメラでチェックされているのは知っていた。

 だから、リハビリ後のシャワールームを場所に選んでいた。他にリハビリをしている人は無く、独占状態だ。

 もっとも、こんなところで最後までするつもりは無かった。最後は退院してからだとトウジと約束していたのだ。

 前回の使徒にあっさりと負けて気落ちしているトウジを、どうやって励まそうかと考えた末の行動だ。

 ヒカリも好奇心旺盛な女子中学生である。内緒で女性向けの週刊誌は読んでいて、それなりの知識は持っていた。

 多少は喉と顎が痛かったが、トウジの喜ぶ顔を見てはそんな痛みなどはどうでも良いと思っているヒカリだった。


 ヒカリは自分の行動はネルフには知られていないと思っていた。シャワールームに監視カメラは無い事は事前に確認していた。

 常識的に考えても、裸になるシャワールームに監視カメラをつけたら人権問題になるだろう。大丈夫だとヒカリは判断していた。

 だが、女子中学生のチェックに引っ掛からないように監視カメラを仕込む事など、プロからすれば朝飯前の事だった。

 監視者達はヒカリの行為は見ていたが、上には知らせなかった。PTAに知られれば、顔を真っ赤にしたオバサンの猛抗議に

 あうだろうが、EVAに乗って命の危険を伴う戦闘を行わせている子供達に、世間の常識を押し付ける事はしなかった。

 まだ参号機に乗って戦うトウジの意欲の回復にもなるだろう。そんな思惑も絡んで、ネルフが二人に干渉する事は無かった。

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 ネルフ:第二発令所

 本来の発令所は第十四使徒によってかなり破壊され、破棄決定は時間の問題だった。零号機と初号機を引き上げ、【HC】の

 使用エリアが全て返却されるのを待って、発令所の破棄決定が出されて、ネルフのスタッフは以前の第二発令所を使う事になっていた。

 勿論、本格的に使う前、念入りに盗聴器等の機器が無いかの確認を行ったが、一つとして見つける事は無かった。


 突如警報が鳴り響き、緊急アナウンスが流れ出した。


『総員第一種戦闘配置! 対空迎撃戦用意』

「使徒を映像で確認。最大望遠です」


 その第二発令所の大型モニターには、宇宙をバックにして鳥のような姿をした光り輝く使徒が映し出されていた。

 第十五使徒:アラエルだった。


「衛星軌道から動きませんね」

「ここからは一定距離を保っています」

「て事は、降下接近の機会を伺っているのか、その必要も無く此処を破壊出来るのか」

「こりゃあ、迂闊に動けませんね」

「どの道、目標がこちらの射程距離内までに近づいてこないと、どうにもならないわ。EVAには衛星軌道の敵は迎撃出来ないもの。

 【HC】はどうしてるの? あそこなら【ウルドの弓】で攻撃可能でしょう?」

「この使徒の映像は北欧連合からの提供です。既に【ウルドの弓】で攻撃し、三基が破壊されたと連絡が入ってます」

「念の為に本当か確認して!」

「各地の天文台からの情報でも、あの位置に使徒が居る事は確認出来ています。それと衛星軌道上で三回の爆発が確認されています」

「本当の事か。……リツコは以前に『宇宙からの攻撃なんて、早々無い』って言わなかったっけ?」

「言ったわ。でも、あれが以前と同じように落下してくるとは思って無いわよ」

「どういう事?」

「使徒は今まで同じ攻撃方法は取っていないわ。同じ宇宙に出現したからと言って、以前と同じ攻撃法だと思わない方が良いわ」

「……ポジトロンライフルは使える?」

「何とも言えないわね。一つだけ完成はしたけど、相手のATフィールドがどの程度の強度か測定しないと何も保証は出来ないわ」


 使徒は宇宙にただ浮かんでいるだけだ。以前の使徒のように分身を地球に落下させる事も無く、ただ静かにそこに居るだけだった。

 ミサトは何故か背筋に寒いものを感じた。


「【HC】から連絡は?」

「何もありません。と言うか、EVAの引き上げ以降は、一切こちらからの問い合わせに応答しません」

「まあ、TV報道でコロニーを発表した時、今後の協力は期待するなって、はっきり言ってくれたしね。仕方無いわ」

「この映像を送ってくれただけでも感謝しろってか。まったく人類の危機に協力しないなんて!」

「……今までの対応を考えて、それを正面から【HC】に言えるの!?」

「……ポジトロンライフルは一つだけ。射撃ならトウジ君よりアスカね。シンクロ率が低くても大丈夫か。弐号機に装備させて出撃よ!」


 リツコの言葉に反論出来なかったミサトは、ポジトロンライフルを装備させた弐号機の出撃を命令した。

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 【HC】戦闘指揮所

 まだシンジとレイの治療が終わっていないという理由から、まだ二人は月面基地に滞在していた。(本当は既に完治していた)

 その状況で使徒の来襲の連絡が入ってきた。零号機と初号機を直ぐに発進させられる状況では無いが、使徒が衛星軌道に出現と聞き、

 どの道、直ぐに対応出来る事は無いと開き直った不知火とライアーンであった。

 寧ろ、使徒が衛星軌道に居るなら、シンジが月面基地に居る方が何かと都合が良いかもと考えていた。


「月面基地とは連絡が取れないのか?」

「は、はい。何度か呼び出しているのですが、ロックフォード中佐は応答しません」

「不在なのか。……ネルフの動きは?」

「問い合わせは定期的に入っていますが、指示の通りに全て無視しています。弐号機に超長距離射撃兵器を装備して出しました」

「司令。【ウルドの弓】が三基破壊されたとの連絡が入りましたが、現在はロックフォード財団の管理になっています。

 ですから中佐も連絡が取れないだけで、使徒来襲は知っていると思われます」

「ふむ。直通回線が繋がっているところでは無く、別のところにいて指示を出しているという事か。分かった。ただ呼び出しは続けろ!

 それとメガ粒子砲を何時でも発射出来るように準備しておいてくれ」

「はいっ」


 使徒が衛星軌道上ではEVAでは行く事さえ出来ない。初号機なら別だろうが、パイロットは月面にいるのだ。

 不知火は様子を見る事にし、援護攻撃が出来るようにメガ粒子砲の発射準備を指示した。

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 月面基地

 シンジ達は療養という理由で月面基地に滞在していた。もっとも対外的な理由だけであり、実際には完治していた。

 そして地下の管制室のスクリーンに映し出されている使徒の映像を、シンジ、ミーシャ、レイ、マユミの四人が見つめていた。


「【ウルドの弓】を三基も破壊してしまいましたが、良かったんですか?」

「あれは本体じゃ無くて、幾らでも簡単に補充が利く移動式の簡易砲台だよ。それで使徒を攻撃してみたんだ。

 あっさりと反撃されて爆発してしまったけどね。【ウルドの弓】が三基破壊されたように見せかけただけさ。流石に勿体無いからね」

「そうだったんですか。納得です。でもこれからどうするんですか? 【HC】基地からは呼び出しが続いていますけど?」

「ボクは偶々外に出ていたという事で時間を稼ぐよ。あっさりとあの使徒は簡易砲台を破壊した。

 もうちょっとあの使徒の様子を見ないとね。それはネルフにやって貰うさ。不用意にこちらから攻撃すると危険かも知れないからね」

「どの道、使徒が衛星軌道に居るなら零号機を出しても意味が無いわ」

「そういう事さ。まずはあの使徒の威力偵察が必要なんだ。最初の予定通りにネルフに期待するよ。

 下手に不知火司令と連絡を取ると、直ぐに出撃させられそうだからね」

「大変ですね。長くなりそうですから、お握りでも作ってきます」

「ありがとう」

「あたしも手伝うわ。レイはここで待機していて」

「分かったわ」


 天武とエアーコマンダーを月面基地に運び込んであるので、出撃は可能だ。だが、出るにしても作戦を考える必要があった。

 そして作戦を立てる為に必要な使徒の情報は、ネルフに偵察して貰おうとシンジは考えていた。

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 地上では雨が降っていた。弐号機は新型装備のポジトロンライフルを構えた。


「これを失敗したら、多分弐号機を降ろされる。ミスは許されないわよ……アスカ!」


 シンクロ率の低下や、今までの実績から考えて、アスカ本人は弐号機を降ろされる危険性を十分感じていた。

 それもアスカの精神を圧迫していた一つの要因である。

 アスカはポジトロンライフルを空に向かって構え、使徒が射程圏内に入ってくるのを焦りながら待っていた。


『目標はまだ射程距離外です』

「もう! さっさとこっちに来なさいよ! じれったいわね! はっ!?」


 アスカが目標をじっと睨んでいる時に変化は起きた。雨を横切って上空から光が弐号機に差し込んできたのだ。

 第二発令所の警報が鳴り響いた。


「敵の指向性兵器なの!?」

「いえ、熱エネルギー反応無し」

「心理グラフが乱れています! 精神汚染が始まります!」


 リツコは呆然とした表情でそれを眺め、呟いていた。


「使徒の心理攻撃!? まさか、使徒に人の心が理解出来るの!?」

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「こんちくちょぉぉぉぉ!」


 精神攻撃を受けたアスカは叫んでポジトロンライフルを上空に向けて発射したが、照準も合わせていない状態では当たる訳が無い。

 発射されたものは使徒に当たる事も無く、宇宙に消えていった。


『陽電子消滅』

「駄目ですっ! 射程距離外です!」


 使徒からの精神攻撃を受け、錯乱状態のアスカは今度は上空では無く、周囲の地上施設にライフルを乱射した。

 第三新東京のあちこちが爆発した。だが、ライフルの弾が尽きてしまった。


「弐号機、ライフルの残弾ゼロ!」

「光線の分析は!?」

「可視波長のエネルギー波です! ATフィールドに近いものですが、詳細は不明です!」

「アスカは!?」

「危険です! 精神汚染が警戒域に突入しました!」


 使徒の精神攻撃が止む気配は無かった。既に操縦も満足に出来ない状態で、弐号機の足元はふら付いている。

 そしてエントリープラグ内のアスカは、絶叫して必死になって抵抗していた。


『いやぁぁぁあああああっ!? 私の、私の中に入ってこないで!』


 パイロットであるアスカと同調している弐号機も頭を抱えていた。

 そして激痛に耐えるかのように、背筋を伸ばしたり、蹲りそうになったりと理解出来ない行動を取っていた。


『嫌っ! 嫌っ! 嫌っ! あたしの心まで覗かないで! 御願いだから、これ以上、心を犯さないで!』


 第二発令所の大型モニターには、エントリープラグ内で苦しむアスカの様子が生々しく映っていた。

 ミサトはアスカの様子を見て、どうしようも無いもどかしさを感じて叫んだ。


「アスカ!?」

「心理グラフ限界!」

「ミサト。精神回路がズタズタにされている。これ以上は危険よ」

「アスカ。戻って!」

『嫌よ!!』

「命令よ! アスカ! 撤退しなさい!」

『嫌っ! 絶対に嫌!! 今戻るなら此処で死んだほうがましだわ!!』

「アスカ!?」


 心を抉られるのも嫌だが、弐号機から降ろされるの嫌。アスカは自分のプライドとの板挟みになっていた。

 いや、この時点で錯乱していると言って良い。その為に冷静な判断が下せていない状態だった。

 そしてアスカの精神汚染は止まる事無く、進んでいった。


「弐号機の心理グラフシグナルが微弱!」

「LCLの精神防壁は?」

「駄目です! 触媒の効果もありません!

「生命維持を最優先。EVAからの逆流を防いで!」

「はい!」


 リツコとマヤはアスカの精神状態をモニタリングしていた。出来る事は少ないが、やれる事はやるつもりだ。

 普段は冷静なリツコは額に汗をかいていたが、それを自覚する暇も無かった。


(まるでアスカの精神波長を探っているみたい。……まさか、使徒は人の心を知ろうとしているの!?)

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 【HC】戦闘指揮所

 大型モニターには持っていたライフルを乱射して、もがき苦しんでいる弐号機が映し出されていた。

 衛星軌道からの撮影映像と無人偵察機からの撮影映像の為に、弐号機が何であんなに苦しんでいるのかの原因が分からない。

 使徒から降り注がれる光が原因である事は推測出来たが、それが弐号機にどんな被害を齎しているのは不明だった。


(どうする? まだ中佐とは連絡が取れない。弐号機が錯乱しているのは使徒のあの光が原因だろうが、こちらから支援攻撃を

 した方が良いのか? あの弐号機の錯乱は異常だ。何が行われているのだ? ネルフにはまだ参号機は残っているが……)


「メガ粒子砲の発射準備! 一基だけで良い。それで様子を見る」

「了解しました。……駄目です! メガ粒子砲は機能がロックされています。発射は出来ません!」

「機能がロックだと!? どういう事だ!?」

「恐らくはロックフォード中佐が以前にメンテナンスした時にロックして、そのままの状態では無いでしょうか?

 開発者権限でロックされているので、こちらからはロックを解除は出来ません」

「……分かった。そうするとこちらで出来る事は無いか。月面基地からはまだ応答は無いのか?」

「呼び続けていますが、今だ応答はありません」

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 幼いアスカの足元には、猿の人形が引き裂かれて捨てられていた。

 それを見つけた父親は優しい声でアスカに訊ねた。


「どうしたんだ、アスカ。新しいママからのプレゼントだ。気に入らなかったのか?」

「いいの!」

「何がいいのかな?」

「あたしは子供じゃ無い! 早く大人になるの。ぬいぐるみなんて、あたしにはいらないわ!」


「だから、あたしを見て! ママ! 御願いだからママを止めないで! あたしを見て!」


「……一緒に死んでちょうだい!」

「ママ、ママ! 御願いだから、あたしを殺さないで!」


「嫌! あたしはママの人形じゃ無い! 自分で考え、自分で生きるの!」


「パパもママもいらない。一人で生きるの」

***********************************

「嫌っ! こんなの思い出させないで! せっかく忘れているのに、掘り起こさないで! そんな嫌な事はもういらないの!

 もう止めて! 止めてよう!」


 アスカは思い出したくも無い嫌な過去を無理やり思い出さされ、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっていた。


「違うっ! こんなのあたしじゃ無い! こんなのあたしじゃ無いの!」

***********************************

 アスカは裸のまま、公園のブランコの側に蹲っていた。そこに幼いアスカが近寄ってきた。


「……寂しいの?」

「違う! 側に来ないで!」


 幼いアスカは泡となって消えていった。アスカは大声で叫んだ。


「あたしは一人で生きるの! 誰にも頼らない! 一人で生きていけるの!」

「嘘ばっかり!」


 幼いアスカと思った幼女は、嘗ての自分の母親が抱いていた人形だった。

 必死に隠していた自分の本心を言い当てられ、アスカは絶叫をあげた。


「嫌ぁぁぁぁぁ!!」

***********************************

 既に弐号機はもがき苦しむのを止めていた。

 エントリープラグの中のアスカは泣きじゃぐりながら呟いた。


「犯された……あたしの心が……ひっ……うっ……加持さん……コウジ……汚されちゃった。どうしよう。……汚されちゃったよ」


 弐号機の四つの目から光が徐々に消えていった。

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『弐号機は活動停止! 生命維持に問題発生!』

「パイロット、精神汚染が危険域に入ります!」

「目標は変化無し。相対距離は依然変わらず」


 まだ参号機が残っていたが、ネルフの手持ちの武器では使徒には届かない。

 それにトウジまでやられてしまっては、ネルフの戦力は失われる。

 成功のチャンスがあれば試しても良いが、今の成功確立は限りなくゼロに近かった。ミサトに打てる手は無かったのだ。

 その時、沈黙を守っていた丸坊主のゲンドウから、初めて命令が出た。


「参号機をドグマに降ろせ。槍を使う!」

「ロンギヌスの槍をか!? 六分儀、それは!?」

「衛星軌道の目標を倒すにはそれしか無い! 急げ!」


 ゲンドウの命令を聞いたミサトは胸にある疑念が湧き上がった。


「しかし、アダムとEVAの接触はサードインパクトを引き起こす可能性が! あまりに危険です!

 六分儀司令、止めて下さい!」

「…………」


 地下に幽閉されている使徒は第二使徒リリスである。それをミサトはアダムと勘違いしていた。

 まあ、誰からも説明を受けなかったので当然の事だ。

 リリスをアダムと勘違いして、抗議してくるミサトはゲンドウからして見れば滑稽な存在だった。

 中途半端な知識しか持たない人間が、声高で自分の意見を言うと恥をかく事がある。

 ゲンドウが何も答えないのを見て、ミサトは臍を噛んでいた。


(嘘っ! 欺瞞なのね。セカンドインパクトは使徒の接触が原因では無いのね)


 使徒同士の接触でセカンドインパクトが発生するなら、今までEVAと使徒が接触した時に何も起きなかった事を

 疑問に思わなかったのだろうか? 中途半端な知識に基づいて行動すると、こういう羽目になるのだろうか?

***********************************

 参号機はロープに掴まって、セントラルドグマの最深部目掛けて下降していた。

 それをミサトが複雑そうな表情で見つめていた。


(こんな事では、サードインパクトは起きないと言う訳ね。だったら、セカンドインパクトの原因は何?)


 ゲンドウと冬月は小声で密談をしていた。


「六分儀、まだ早いのでは無いか?」

「委員会はEVAシリーズの量産に着手している。チャンスだ、冬月」

「しかし……なあ」

「時計の針は元には戻らない。だが、自らの手で進める事は出来る」


 参号機は地下に到達して、LCLの中を徐々に進んでいった。


「老人達が黙っていないぞ」

「ゼーレが動く前に全てを済まさねばならん」


 参号機には特殊な仕掛けがしてあった。それは刷り込まれたあるパターンにより、パイロットを一時的に暗示下に置く事が出来るのだ。

 トウジにセントラルドグマのリリスの事を喋られる訳にはいかない。それ故の処理であった。

 そしてトウジはリツコの指示の元、セントラルドグマの十字架に張り付けられているリリスの前に立った。

 そして虚ろな目のまま、リリスに刺さっている『ロンギヌスの槍』を引き抜いた。

 槍を引き抜いた後は、失われていたリリスの下半身が一瞬で再生してしまった。


「弐号機は補完計画の要だ。失うのは得策では無い」

「かと言って、ロンギヌスの槍をゼーレの許可無く使うのは面倒だぞ」

「理由が存在すれば良い。それ以上の意味は無い」

「理由? お前が欲しいのは口実だろう」


 既に弐号機は活動を停止していたが、まだ使徒の光は降り注いでいて、アスカの精神を抉り続けていた。


『弐号機のパイロットの脳波。0.06に低下』

『生命維持。限界点です』

『参号機は二番を通過。地上に出ます』


 大雨が降り注いでいる中、参号機は『ロンギヌスの槍』を持ったまま、地上に出て来た。


「参号機、投擲体勢」

「目標を確認。誤差修正良し」


 MAGIによる計算で、衛星軌道上の使徒を直撃する投擲情報が参号機に伝えられた。コース、力など全てがMAGIの計算通りだ。

 カウントダウンがゼロになった後、参号機は『ロンギヌスの槍』を投擲した。


 投擲された『ロンギヌスの槍』は瞬く間に成層圏に達した。熱で真っ赤になっており、直進している。

 そしてそのまま使徒に向かうと思われたのだが、槍は月面にシンジを感じた。

 自分が認めた相手が居る。そう感じた槍は突然コースを変えて、シンジがいる月面基地の側に突き刺さった。

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 ネルフ本部の第二発令所は、シンジ達が前回の使徒の時まで使っていたところだ。

 そこにシンジは亜空間転送技術を使用した盗聴システムを仕掛けていた。今のネルフの技術では絶対に見つける事は出来ない。

 現在、月面基地の地下管制室のスクリーンには、ネルフの第二発令所の様子が映し出されていた。

 それをシンジとレイは、ミーシャとマユミが用意してくれた梅味噌入りのお握りを食べながら見入っていた。


「『ロンギヌスの槍』がボクに反応してしまったか。本当ならあれで使徒を倒せたんだろうけどね。ネルフも運が無いな。

 しかし、以前に入手した補完計画に『依り代』が無かったのは、こういう事だったんだ。これで本来は槍が失われて計画を変更したのか。

 これで納得した。でも基地のメガ粒子砲を使用禁止にしておいて正解だったな」

「えっ? 基地のあの大きな粒子砲が使えなかったの?」

「いや、何があるか分からないから、使用禁止にしておいたんだよ。不知火司令がメガ粒子砲であの使徒を攻撃して、

 基地にあの精神攻撃があれば、基地の職員全員が死んでいたかも知れなかったな。さて、こうなると出撃するしか無いな」

「……お兄ちゃん、出撃しても大丈夫なの?」

「使徒の精神攻撃にボクが何処まで耐えられるか分からないけどね。でも『ロンギヌスの槍』は此処にある。

 聞き出した通りの力を持っているなら、勝負は一瞬でつく。でも……今後の事も……レイに少しの間、負担を掛けるけど良いかな?」

「えっ、何をするの?」


 地下管制室にはシンジとレイの二人しかいない。そこで今後の対応も考えてシンジはレイに作戦を説明した。

 レイは少し不安そうな表情になったが、結局は頷いた。シンジを信用したのである。

 シンジは食べかけのお握りと、一緒にあった野沢菜を口に放り込むと、天武の格納庫に向かって行った。

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 シンジは『天武』に搭乗し、月面基地付近の地表に突き刺さっている『ロンギヌスの槍』を引き抜いた。

 そして【HC】の不知火との通信回線を開いた。


『中佐か! 今までどうしていたのだ!? 今は何処にいる!?』

「スペースコロニーに行ってまして、連絡がつかなくて済みませんでした。これから『天武』で出撃します」

『状況は分かっているのか? 使徒から不明な光が弐号機と参号機に降り注いでいる。

 二機とも錯乱しているから、精神攻撃を受けているかも知れん。注意してくれ!』

「分かりました。注意します。今から出撃します」

『頼む!』


 不知火との通信を切ったシンジは、軽い溜息をつき、呟いた。不知火の人格はある程度は信頼しているが、やはり立場は異なるので

 こういう咄嗟の場合の対応は異なるのだ。だが、組織上はシンジは不知火に従う義務があった。


「芝居をするのも疲れるな。さて、使徒を殲滅しに行こうか」


 今度の使徒は人間の精神に干渉する事が可能な能力を持っている。如何にシンジとはいえ、不用意に接近したら危険だった。

 だが、不知火はその危険性の度合いが分かっていない。まあネルフの第二発令所の様子を知らないので、当然と言えば当然だ。

 シンジが最初からネルフのEVAを偵察要員に考えた事が知れれば問題になる。だからこそ最初は不在のように振舞った。

 使徒戦とは別の重要案件はシンジしか対応は出来ない。だからこそ、ネルフだけで使徒が倒せるなら任せようと考えていたのだ。

 『天武』は『ロンギヌスの槍』を構えて、エアーコマンダーの上に乗り、使徒がいるエリアまでの移動を開始した。

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 使徒から降り注ぐ光は、弐号機から参号機に移っていた。弐号機への精神攻撃は止んだが、今度は参号機が被害を受ける事になった。


「や、止めろ! ワシの中に入ってくるな!! 止めてくれぇぇぇぇ!!」


 トウジは【漢】を目指して、後ろ指を指されるような事は極力しないようにしているが、それでも思い出したく無い事は色々とあった。

 使徒の精神攻撃はトウジの嫌な過去を全て思い出させていた。それに誰にも知られたくは無い本音も、赤裸々に晒された。

 それに自分の精神の中に異物に入られるというのは、凄まじい嫌悪感を生じさせた。

 硬派を目指していた分、トウジはそのような精神鍛錬には程遠いところにいた。

 つまり肉体的にはある程度は鍛えていたが、精神的には普通の中学生だという事だ。人生経験も浅く、手酷い挫折を経験した事も無い。

 そのトウジが使徒の精神攻撃に耐えられるはずも無かった。まだアスカの方が過去に辛い経験をした分だけ耐性があった。

 さっきまでの弐号機と同じように、今度は参号機が頭を抱え、そして周囲のビル群を破壊し始めていた。

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 ネルフの第二発令所の大型モニターには、衛星軌道にいる使徒と弐号機、参号機の様子が映し出されていた。

 ゲンドウが切り札と考えていた『ロンギヌスの槍』は何故か使徒を直撃せずに、コースを外れて月面に突き刺さってしまった。

 そして使徒の精神攻撃を参号機は受けており、既にネルフに打てる手は無かった。

 必死に弐号機と参号機の状態の把握に努める事と、【HC】への救援要請を叫ぶだけだった。


「弐号機への精神攻撃は止んでいますが、精神汚染レベルは依然として危険域に入っています」

「参号機への精神攻撃は継続中! パイロットへの精神汚染は危険域に突入しています。このままでは生命維持にも支障が出ます!」

「何故だっ!? 何故、槍が外れるのだ!?」

「【HC】はどうしたのよっ!? 弐号機と参号機を見殺しにするつもりなの!?」

「まったく応答はありません!」


 為す術も無く敗れるのかと考えた瞬間、衛星軌道にいる使徒の映像が突然途切れた。この映像は北欧連合の監視衛星から送られている。

 その監視衛星に何らかのトラブルが発生したのかとネルフの職員が見守る中、使徒から参号機への光は消えていた。


「参号機への使徒の精神干渉が止まりました!」

「何ですって!? どういう事なの!?」


 次の瞬間、十字架の爆炎と、火を噴いているエアーコマンダーと、それに乗っている『天武』が大型モニタに映し出されていた。


「あれは『天武』! じゃあ、使徒は倒されたのね!」

「じゃあ映像が一旦切れたのは使徒が倒された時の影響なの!?」

「そんな解析は後で良いわ。今は弐号機と参号機の回収を急いで!」

「は、はいっ!」


 使徒が倒されたなら精神干渉を強く受けたアスカとトウジの状況が気になるミサトだった。

 特にアスカは長時間、影響を受けていた。最近のシンクロ率の低下と重なり、今後の事が気になるところだ。

 だが、ミサトは日向の報告に目を剥いた。


「『天武』の移動キャリアが爆発! 『天武』が吹き飛ばされました! このままでは大気圏に突入します!」

「何ですって!?」


 監視衛星の映像が一瞬切れたので、『天武』がどうやって使徒を倒したのかは分からない。だが、使徒が倒されたのは間違い無い。

 その『天武』はエアーコマンダーの爆発で吹き飛ばされて、現在は大気圏への突入進路に入っていた。

 そして徐々に『天武』は大気の断熱圧縮で生じた熱の為に、赤く光り始めた。

***********************************

 【HC】戦闘指揮所

 北欧連合の監視衛星の情報は、ネルフと【HC】の両方に平等に送られていた。

 そして不知火とライアーンは『天武』が使徒を倒したのを確認して安堵の溜息をついた。

 倒す瞬間が見れなかったのは残念だが、仕方の無い事だと割り切った。

 だが、その安堵した雰囲気はオペレータの緊急報告でかき消された。


「エアーコマンダーが爆発! その衝撃で『天武』は大気圏突入のコースに入っています!」

「何だと!? 中佐と連絡はつかないのか!?」

「駄目です! 使徒の爆発の影響かは不明ですが、強力な電波障害が発生しています。通信不能!」

「『天武』が大気圏に突入します!」


 画面の『天武』は大気の断熱圧縮で生じた熱の為に、赤く光り始めた。それを見た不知火は青褪めた表情でライアーンに尋ねた。


「……エアーコマンダーは大気圏突入の機能は持っていると聞いたが、『天武』が大気圏突入が可能だと聞いた記憶は無い」

「……私もです。『天武』のあの形状で大気圏突入が可能だとも思えません」


 ライアーンの表情も不知火と同じく青褪めていた。ここで『天武』、いやシンジを失えば、今後どうなるか想像するだけで寒くなる。


「大気圏突入時の大気の断熱圧縮の熱は数千度にもなる。突入角度を間違えれば一万度をも超える時がある。

 今の『天武』に突入角度は変えられない」

「『天武』は地球上で運用する事を前提に製造されたと聞いています。そこまでの耐熱性能は持っていないと思います」


 不知火とライアーンが独り言のような台詞を呆然としながら呟いている時、画面の『天武』周囲の空気がプラズマ化し、

 明るく輝いて既に機体の形状が分からないような状態だった。






To be continued...
(2012.07.14 初版)


(あとがき)

 少々可哀相ですが、トウジには戦線離脱して貰います。(後でフォローはしますけど)


 大気圏突入はロマンですね。天武の構想を考えた時から書こうと決めていました。もっとも、宇宙に登場する使徒は二体のみ。

 これがラストチャンスでした。ここまで無理がないように流れを考えるのに苦労しました。

 次回は作者である自分が言うのも何ですが、かなり荒れます。お楽しみに。



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