因果応報、その果てには

第五十三話

presented by えっくん様


 隕石などが大気圏突入の時に燃え尽きるのは、大気との摩擦熱では無く、断熱圧縮によって高温になって燃え尽きる為である。

 突入角度や速度によっても異なるが、数千度から一万度以上の熱が発生し、周囲の空気がプラズマ化して明るくなる。


 エアーコマンダーの爆発の衝撃で『天武』は吹き飛ばされ、地球の重力圏に捕らわれていた。

 『天武』に飛翔システムはあるが、大気圏内用であって宇宙空間では使えない。つまり、このまま大気圏に突入するしか無かった。

 操縦席には複数の異常警報の音が鳴り響いていた。


(くそっ! エアーコマンダーが爆発してしまうとは! もう地球の重力圏に捕らわれているから脱出は無理か。

 それにしても爆発の衝撃で『天武』の亜空間制御システムが故障とは。最悪はボクだけを転送出来るけど、『天武』を見捨てるのもな。

 宇宙船を呼んでも時間的に間に合わない。こうなったらギリギリまで試してみるしか無い!)


 『天武』は地上戦と空中戦を考慮して製作された機動兵器であり、大気圏突入を考慮した耐熱装備はされていなかった。

 それは設計者であるシンジが一番分かっていた。某少年のように慌ててマニュアルを捲り、大気圏突入の方法を探してはいなかった。

 そして設計者として『天武』の機体性能だけでは、大気圏突入が無理な事だとも知り尽くしていた。


<霊力コンバータと亜空間ジェネレータの出力最大! 霊子シールドシステムは突入面に最大出力で展開!>

<了解>


 『天武』はシンジの霊力と亜空間位相差エネルギーによって動いている。

 霊力コンバータの出力を最大にした事で、シンジからかなりの量の霊力が吸い出されていった。

 身体にかなりの負担が掛かったが、まずは霊子シールドを最大出力で展開した。

 霊子シールドは物理攻撃防御用なので断熱効果はあまり見込めないが、それでも無いよりは遥かにマシだ。

 そして、このままでは『天武』は持たない事も分かっているので、魔術を併用した。

 シンジが使う結界には断熱効果に特化したものは無いが、それでもある程度の効果はある事から、三重の結界を『天武』の周囲に展開。

 そして天武の表面を冷却する魔術を展開した。

 今まで冷却系はコップの水を凍らせる程度しか使用していなかったが、ここに到っては藁をも掴む思いであった。

 どこまで有効かは分からないが、リミッタを外して最大出力で魔術を行使した。

 霊力を吸い上げられ、魔術を最大出力で同時に使う事は身体にかなりの負担になったが、命には代えられない。

 必死の努力の結果、何とか操縦席で常温を保てるレベルになっていた。


(まさか『天武』で大気圏突入をする事になろうとは思わなかった。

 『ロンギヌスの槍』で使徒を倒せたけど、その瞬間に使徒から反撃があるとは油断してしまったな。

 こりゃあ戻ったら『天武』のフルメンテナンスを行わないと駄目だな。幾つの制御系がやられた事やら。

 予定では北大西洋上に着水か。さて、エアーコマンダーを失ったけど、本国まで行けば日本に、何っ!!?)


 画面に表示されている位置情報を見て現在位置を確認したシンジだったが、いきなり至近にレーダー反応があった事に驚いた。

 周囲がプラズマ化していた為に、レーダーが無効化されて探知が遅れてしまったのだ。シンジは悪寒を感じた。

 次の瞬間、『天武』を目標にして飛来してきた五基の迎撃ミサイルは、近づくと弾頭として備えられているN2爆弾を起爆させた。

 北大西洋の上空に巨大なキノコ雲が立ち昇っていった。

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 『天武』を目標にした弾道弾用の迎撃ミサイルは、所属不明の潜水艦から発射されていた。

 その潜水艦は迎撃ミサイルが天武の近距離で爆発したのを確認した後、静かに潜行していった。

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 ネルフ:第二発令所

 北欧連合の監視衛星からの望遠映像の中継は続いていた。そして大型モニターには大気圏突入を果たした『天武』が映し出されていた。

 ロックフォード財団の所属とはいえ、使徒を倒せる能力を持つ貴重な機動兵器である。

 大気圏突入で燃え尽きずに『天武』が健在なのを知ると、第二発令所のスタッフからは安堵の溜息が流れていた。

 だが、次の瞬間、大型モニターに巨大なキノコ雲が立ち昇った。それを見た全員が信じられないとばかりに愕然としていた。


「『天武』を核攻撃したのか!? 馬鹿なっ!?」

「あ、あれではシンジ君でも……」


「ま、まさか、『天武』ごとシンジ君を核で消滅させたって言うの!? どこの組織よっ!?」

「あれじゃあ……流石の中佐も……」


「場所は北大西洋上の上空です。最低でも戦術クラス級のN2爆弾が四基以上爆発したものと思われます」


 ゲンドウと冬月は『天武』が核攻撃を受けた事で愕然としていた。ユイを取り戻すにはシンジの同意が必要だった。

 そして使徒の機密情報と引き換えに、ユイのサルベージを頼むつもりだった。

 ゼーレがシンジの抹殺に動いていたのは知っていたが、使徒を倒した直後にまさか核攻撃を仕掛けるとは予想だにしていなかった。

 初号機は健在だが、パイロットであるシンジはもう居ない。これからどうするべきか、ゲンドウと冬月の心に木枯らしが吹いていた。


 ミサトにしてもシンジを苦手というか嫌ってはいたが、その実力は認めざるを得なかった。

 対使徒戦においては最後の砦とも言うべき存在だと考えていた。そのシンジが使徒を倒した直後、まさか同じ人類の手によって

 核攻撃で消滅するなど信じられない思いだった。だが、現実は大型モニターに映っている巨大なキノコ雲が示していた。

 加持の残した情報によって、ある意味核心に近づきつつあるミサトにとっても、シンジの消滅は大きな衝撃になっていた。


 リツコは困惑していた。『天武』を核攻撃したのはゼーレの配下で間違い無いだろうと思っていた。

 だが、あれで本当にシンジが消滅したとはリツコには信じられなかった。今まで何度も予想を覆されているのだ。

 流石のシンジも核攻撃にはという気持ちと、シンジならひょっとしてと言う気持ちが鬩ぎ合っていた。

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 ミハイルはロックフォード財団本社ビルの第一技術部長室で、監視衛星から送られてくる『天武』の様子を心配そうに見つめていた。

 当初、シンジからの連絡は、使徒を倒した後はエアーコマンダーで大気圏に突入し、その時に負傷をしたかのように装って、

 当分は【HC】にも戻らずに、裏方で動くという内容だった。使徒戦とは別の人類の危機に対応する為だった。

 だが、実際にはエアーコマンダーは破壊されて、『天武』で大気圏に突入していた。

 プラズマに全体が覆われている時はミハイルの脳裏に不安が過ぎったが、無事に『天武』が姿を見せた時は安堵の溜息をついていた。

 そんなミハイルの安堵は、いきなり画面に現われた巨大なキノコ雲で掻き消されていた。


「何だとっ!? ゼーレの仕業かっ!? しかもN2爆弾まで使ったのか!?」


 ミハイルは慌てながらもシンジとの秘密回線を開いたが、シンジからは一向に応答が返ってこなかった。

 そこにグレバート元帥からの緊急連絡が入ってきた。


『ミハイル君。私だ。北大西洋艦隊には直ぐに現地に向かって、シン君の安否確認と攻撃してきた潜水艦を追うように指示を出した』

「潜水艦!? 潜水艦から『天武』は攻撃を受けたのですか?」

『そうだ。参謀本部管轄の衛星管理局が監視衛星の録画データを分析して、潜水艦から迎撃ミサイルを発射した事が分かった。

 画像は荒いが潜水艦の撮影映像もある。潜水艦のミサイル発射位置と撮影映像は別回線で君に転送しておく』

「ありがとうございます。ですが、こちらとしても独自に動きます」

『分かった。北大西洋艦隊が一番近いが、応援として北海方面艦隊とノルウェー海方面艦隊にも動員をかけた。

 絶対にあの潜水艦は逃がしはしない』

「シンの安否確認を最優先で御願いします」

『分かっている。だが、あの核爆発では……』

「最悪の事態も予想はしています。ですが、まずは確定した安否情報が必要です」

『分かった。情報が入り次第、君に直ぐに連絡する』


 グレバート元帥との電話を切った後、ミハイルは端末をアクセスして潜水艦の情報の取得に努めた。

 そして目を瞑って溜息をつき、海底地下工場に居たクリスを呼び出した。


「私だ。『天武』が使徒を倒した後に大気圏突入を行い、核攻撃を受けた。今は軍が艦隊を派遣してシンの安否確認をしている」

『……映像は見ていたわ。シンと連絡を取ろうとしたけど駄目だったわ。亜空間移動していれば良いんだけど、プラズマによる障害で

 迎撃ミサイルの接近を探知していたかの疑問が残るわ。亜空間移動システムの起動時間があれば良かったけど……』

「軍には亜空間移動技術の事は話せないからな。今はシンからの連絡を待つしか無い。だが、シンを攻撃した潜水艦は必ず捕らえる。

 クリス、時期は早まったが、『ガラム』を起動させる。プログラムを準備してくれ」

「あれは『ラグナロク計画』用よ。それを今使うの!?」

「そうだ。マーメイドの最大水深は百二十メートル。移動速度が八十ノットだから海中の王者と言われているが、それより深く

 潜行出来る敵には対応出来ない。だからこそ、マーメイドさえも凌駕する性能を持つ『ガラム』を切り札として準備したんだ。

 シンを攻撃した潜水艦は深海に潜行して探知を逃れようとしている。軍の探知機じゃあ見つからない。

 今こそ『ガラム』を使う時だ。それにシンを攻撃した潜水艦を、みすみす見逃す事など許せないからな」

「……十分後には起動が出来るようにしておくわ。行動指示はミハイルの方で御願い」

「ありがとう」


 既にシンジを攻撃した潜水艦は潜航しており、現在は北大西洋艦隊が向かっていたが、潜水艦をロストする可能性は非常に高かった。

 だが、ミハイルは諦めるつもりは無かった。ある程度の大きさと速度で海中を進む物体は、海水を押し退けて進むために、海面に

 変化が生じる。軍に使用権限を開放している低軌道の監視衛星の処理能力では無理だが、【ウルドの弓】による海面監視で

 ある程度の水深までの探知は可能だ。そして、現在はまだ【ウルドの弓】の探知範囲に潜水艦は入っていた。

 早急に『ガラム』を起動して目標海域に投入出来れば、深海の潜水艦でも一瞬で沈める事も可能だ。

 ミハイルは早速、行動プログラムの作成に入った。

 その時にロックフォード財団本社ビルの第一技術部長室の防弾ガラス仕様の窓ガラスが割れ、外から何かが飛び込んできて爆発した。

 窓から爆炎が噴出し、第一技術部長室の中を爆風が荒れ狂った。そして上と下のフロアまで吹き飛ばしていた。

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 『天武』を核攻撃した国籍不明の潜水艦は、最先端の技術で製造されており水深一千メートル以上の航行が可能であった。

 核爆発を確認した後、その潜水艦は即座に最大深度まで潜航した。北大西洋は北欧連合に近く、捕捉される危険性を避ける為である。

 その潜水艦の艦橋では、上機嫌の艦長と乗組員の会話が行われていた。


「あのES部隊の予知能力というのは大したものだな。まさか『天武』の大気圏突入と、その位置と時刻まで当てるとはな。

 お蔭で北欧連合の艦艇に発見される事無く、邪魔な『天武』と『魔術師』を始末出来た。大殊勲だぞ」

「あの『魔術師』を殺せたんですから大殊勲は間違い無いですが、その予知の為にES部隊の予知能力者八十名が命を落したそうです。

 無理やり八十人の予知能力者の精神を、一人の精神感応能力者が繋いで予知させたとか。予知の後は、全員が息絶えました」

「だが、『魔術師』を殺せればお釣りが来るだろう。どうせES部隊など替えが効くし、こんな無茶を何度も要求する気は無い」

「それもそうですね。ですが、ここは北欧連合の勢力範囲内です。何時見つかるか、結構不安ですね」

「我が艦は現在は水深一千二百メートルのところを潜行しているのだ。浅いところで北欧連合のマーメイドに見つかれば確かに

 撃沈されるだろうが、あれの活動水深範囲は精々百メートルぐらいだという。我々を探知する事は出来ん。大丈夫だ」

「浮上と潜行時のリスクさえ回避出来れば、我が艦を探知出来るものは存在していないと言う事ですか」

「そういう事だ。補給の為に一旦は基地に戻るぞ。進路を変更しろ」

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 【HC】戦闘指揮所

 『天武』が無事に大気圏突入が出来たのを見て安堵した不知火だったが、北大西洋の上空で核攻撃を受けたのを見て愕然としていた。


「北欧連合に直ぐに連絡してくれ! 中佐の安否確認を最優先だ!」

「勿論です!」


 ライアーンは直ぐに北欧連合の軍司令部に連絡を取った。

 北大西洋艦隊が現場に急行していると言うが、あの核爆発では『天武』の残骸さえ回収出来るか怪しいものだ。


(恐らくは中佐を抹殺しようと目論んだゼーレの仕業か! まさかここまで露骨な行動を取るとは!? 

 如何に中佐が本当の『魔術師』であっても、N2の爆発から逃げられるとも思えん! 中佐が死んだらどうなる!?

 零号機が残っているとはいえ、対策を練らねばならん!)


 数時間が経過し、北欧連合の軍司令部から連絡が入ってきた。

 『天武』の腕と思われるかなりの高熱が掛かった破片が見つかったが、本体はN2爆弾の爆発に巻き込まれて消滅したものと思われる。

 現場付近ではミサイル攻撃を行った潜水艦は見当たらず、現在は索敵網を広げて捜索中という報告だった。

 さらには、三賢者の『騎士』であるミハイルが財団の本社ビルで襲撃に遭い、現在は安否の確認中だという。

 呆然とする不知火とライアーンだったが、月面基地から連絡が入っていると聞いて、気を取り戻した。レイからの通信だった。

 レイは泣き崩れた後があり、目は真っ赤(元々からだが)だった。レイの後ろには俯いているミーシャとマユミの姿が見えた。


『不知火司令……あたしの怪我はほぼ治りましたので、【HC】基地に明日戻ります』

「中佐の『聞きたくありません!!』……分かった」

『お兄ちゃんの意思はあたしが継ぎます。次の使徒が来たら、あたしが零号機で出撃します!』

「……分かった。頼む」


 レイは無表情のままだった。それが余計に不知火を苛立たせた。自分は【HC】の司令として何もしていない。

 全てシンジに任せただけだ。立場の違いというのもあるが、まだ十四歳のシンジに頼り過ぎはしなかったか?

 そんな自戒の念が不知火を責めていた。

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 弐号機と参号機が錯乱した結果、第三新東京市の市街地はそれなりの被害を受けていた。

 そんな中、弐号機と参号機の回収作業が行われていた。


『弐号機は健在。機体回収は二番へ』

「アスカは?」

「パイロットの生存は確認。しかし精神汚染のダメージがあり、病院に収容されました」

「そう」


『参号機は健在。機体回収は三番へ』

「トウジ君は?」

「パイロットの生存は確認。同じく精神汚染のダメージがあり、病院に収容されました。但し、こちらの方が弐号機より被害は深刻です」

「分かったわ」


 アスカとトウジはすぐさま病院に収容された。精神的苦痛への耐性が低かった分、アスカよりトウジの方が深刻な被害を受けていた。

 アスカはまだ周囲を拒絶するなどした行動が出来るレベルだが、トウジの目は虚ろになり言葉さえ出せない状態だった。

 弐号機と参号機の物理的被害は無かった。だが、パイロット二名が精神的に致命傷を受けてしまった。

 つまり、この時点でネルフは一切の使徒への対抗手段を持たない事になってしまったのである。(ダミープラグは除く)

 『天武』が核攻撃を受けて絶望視されている事と重なって、早急に対使徒戦の態勢を一刻も早く整えられる事が要求されていた。

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 ミハイルを襲撃したES部隊十二名は、ミハイルの執務室が爆発したのを確認すると、即座に撤退行動に入った。

 今までこのようなテロ行為を北欧連合に対して行った事は無かったが、重要拠点への侵入は全て失敗に終わっていた。

 今回は外部からの攻撃だったので、上手くいったのだ。各重要拠点内部に配置されているだろう対諜報部隊を侮ってはいなかった。

 何より此処は北欧連合のホームグラウンドだ。如何にES部隊と言えども物量で攻撃を受ければ、何時かは力尽きる。

 救急車や消防車などの緊急車両が慌しく走り回るのを横目に、十二人全員はばらばらになってアジトに戻ってきた。

 リーダーは予め決めてあった襲撃成功の暗号を司令部に送ると、安堵の溜息をつきながらソファに深々と座り込んだ。

 他のメンバーも緊張から解放されて、リラックスしていた。


「これで『騎士』は始末出来たな。予め透視能力で奴がいるのは確認出来ていた。あの爆発を防ぐものは何も無いのは確認している」

「ミサイルなんか持ち込んだら、直ぐに見つかるからな。小型の爆弾なら見つからない。その爆弾をサイコキネシスで投げ入れるとはな」

「能力を使ってあの部屋を攻撃しても良かったんだが、地上からだと角度があったからな。爆弾の方が効果はあっただろう」

「防弾仕様の強化ガラスを、サイコキネシスでシールドした爆弾で突き破るとは流石だな」

「『魔術師』に続いて『騎士』も始末出来たが、『魔女』が残ってしまったな」

「一週間も見張ったが、『魔女』の居場所は全然分からなかったからな。ひょっとして宇宙にでも行っているのか?」

「分からん。だが、三賢者の二人を始末出来たんだ。これでスペースコロニー計画は潰れ、北欧連合の勢力は一気に衰退するだろう」

「我々の勝利だな。後はこの国から脱出すれば全て終わりだ。帰ったら殊勲ものだぞ」

「夜になったら車で港に移動する。後はクルーザーに乗って脱出すれば良い。迎えの船に乗り換えてそのまま帰国だ」


 作戦が無事に終了したので、十二人全員が寛いでいた。ソファに横になったり、コーヒーを飲んだりしていた。

 そこにいきなり窓ガラスを割って、何かが飛び込んで来た。


「何だ!?」

「ぐわっ」

「敵だ! 応戦しろ!」

「何故だっ!? 能力が使えないぞ!」


 十二人が居た部屋に飛び込んできたものは、外見は小さな首輪をしている子犬八匹だった。一見すると可愛い子犬だ。

 だが、その子犬の目は赤く光っていた。そして口からメカメカしい伸縮自由なロープのようなものを出していた。

 そのメカメカしいロープは変幻自在に軌道を変えながら伸びていき、次々とES部隊の身体を貫いて絶命させた。

 ES部隊は能力を使って反撃しようとしたが、何故か能力は発動しなかった。

 反撃の手段は封じられ、数秒後にはES部隊全員の死体が部屋に横たわっていた。

 部屋の外には、大型犬が一匹いた。その大型犬は口を開けて何かの振動波のようなものを部屋に出していたが、子犬八匹が部屋から

 戻ってくると一緒になって現場から去って行った。


 通報を受けた警察は後から部屋に踏み込んだが、あまりの凄絶な光景に何人かはその場で嘔吐していた。

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「ミハイル!?」


 クリスは海底地下工場にいて『ガラム』の起動処理を済ませたところだったが、ミハイルの執務室が爆破された事は直ぐに分かった。

 今までロックフォード財団がテロの標的になった事は何度かあった。だが、本社ビルの壁やガラスはかなり強化されており、

 ライフルぐらいでは撃ち抜けなかった。あれを突破するにはそれこそミサイルぐらいの破壊力が無いと無理なはずだった。

 そして市内の至る所には監視カメラが置かれ、武器らしいものを所持していたら直ぐに通報されてテロを未然に防いでいた。

 今までの常識で言えば、ロックフォード財団の本社ビルに被害を与える事など出来ないはずだったのだ。

 だが、ミハイルが襲撃されてしまった。それに国内各地の二十箇所以上の財団の工場や研究所も同時に襲撃されていた。


クリス、私だ。怪我はしているが大丈夫だ

<ミハイル、無事だったのね! 良かった。あの爆発だから心配したのよ!>

シンの贈ってくれた指輪のおかげだ。咄嗟に物理障壁を展開してくれた。右手が骨折して全身打撲の状態だが、命に別状は無い。

 それより襲撃してきた奴らを追ってくれ


<今は救急隊が向かっているから、ミハイルは少し待ってね。あたしは襲撃した奴らを処分するから!>

頼む


 弱弱しい念話だったが、はっきりとした意思は伝わってきた。救急隊も向かっている事だし、ミハイルは大丈夫だろう。

 そうと分かれば大事なミハイルを襲った奴らを許す事など出来はしない。クリスは早速監視カメラの映像を確認した。


(ミハイルを襲った奴らはゼーレの超能力者達か。シンから連絡があったES部隊という奴ね。

 各地の工場と研究所でも被害が出ている。もっとも、一番大事な海底地下工場は無事だけどね。

 それに各地の核融合炉発電所は、警備が厳し過ぎて手を出さなかったのか。それとも別の思惑があったの? まあ良いわ。

 ……シンとミハイルを……あたし達を襲った事を心の底から後悔させてあげるわ。

 確かに武器とか所持していないから、見ただけでは一般人そのもの。超能力者だなんて区別が出来ないわ。

 人混みに紛れ込まれたら、ちょっと前なら手も足も出なかったけど、今なら対抗手段はあるわ。

 今までゼーレのスパイを次々に葬ってきた『北欧の狼』の力を存分に見せてあげるわ)


 いかにES部隊と言っても、攻撃側に立てばかなりの脅威だが、受身に回れば生身の人間である事には変わりは無かった。

 以前に【HC】基地を離陸しようとしていたEVAのキャリアがES部隊に攻撃され、撃墜された事があった。

 シンジはその時にES部隊の四人を拘束(39話)しており、脳波の分析やジャミング方法などを研究していた。

 今まで北欧連合の重要施設に侵入したスパイを始末した事はあったが、ES部隊のメンバーは居なかった。

 でも、いずれはES部隊が潜入してくれだろうと予測し、ES部隊の脳波を探知し、能力を発揮出来ないようなジャミング

 システムは完成していた。それを組み込んだ犬型ロボットも完成し、従来の対諜報部隊『北欧の狼』に配属されていた。

 『北欧の狼』はオーバーテクノロジーを使用した、見た目は可愛い子犬達で構成されていた。(他にも鳥やイルカなどのタイプもある)

 体内に超小型の生体コンピュータを内蔵し、変幻自在に動き伸縮可能なロープという攻撃手段を持っている。

 今までに『北欧の狼』が始末してきたスパイは四桁にも及んでいた。そしてその責任者はクリスだった。

 工場と研究所を襲ったES部隊には、数人は生きて捕らえろと命令を出していたが、ミハイルを襲撃したES部隊には全員抹殺を

 命令していた。大事なミハイルを襲ったES部隊に掛ける情けなど、クリスは持っていなかった。

 恐ろしきは、愛する人を傷つけられ怒った女性なのだろうか?

 『北欧の狼』への行動命令を出したクリスは、『ガラム』が勝手に動き出したのを見て一瞬慌てた。だが、直ぐに笑みを浮かべた。

 そしてミハイルを襲撃したES部隊が殲滅された後、各地の『北欧の狼』の戦果の報告を次々に受けていた。

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 暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、明るい表情で話しこんでいた。

 現時点で『天武』の消滅は確認出来ており、ミハイルとロックフォード財団の各施設の襲撃は上手くいったと連絡を受けたばかりだ。


「ES部隊の予知能力者八十人の犠牲は痛かったが、やっと魔術師を始末出来た。これは立派な成果だな」

「ああ。だが、予知能力者を根こそぎ集めたからな。あんな真似は二度と出来ないぞ」

「そうだが、一番やっかいな魔術師と騎士を始末出来たから、魔女一人だけなら大丈夫だろう。再度ES部隊を投入すれば済む事だ」

「だが、スペースコロニー移住プロジェクトはまだ進行中だ」

「今回のES部隊の実験で、過負荷の為に八十人が息絶えたが、良い教材になった。応用すればスペースコロニーも落せる」

「本当に? 今は火星軌道付近からラグランジュポイントまで移動中よね。それに手が届くの?」

「流石に火星軌道は無理だがな。ラグランジュポイントなら手は届く。それに改良した粒子砲の生産も順調だ。

 地下施設でしか試験出来ないのが辛いところだがな。だが、これがあれば地上から人工衛星を落せる。

 一気に全ての衛星を落せば形勢は逆転する」


 ゼーレにとって、シンジは使徒殲滅に関しては頼れる存在ではあったが、人類補完計画から見た場合は立ちふさがる障壁とも

 言える存在だった。特にスペースコロニーの件は、補完計画自体の意味を失わそうとしている。見過ごす事は出来なかった。

 既にジオフロントでのVTOL機襲撃事件で、両者の対立は決定的となっていたのだ。

 その為にシンジの抹殺は最優先課題になっており、貴重な予知能力者八十人の犠牲を元に『天武』を攻撃して消滅させた。

 後は、北欧連合の衛星軌道上の戦力とスペースコロニーさえ片付けば、補完計画は遂行出来る。

 その準備は着々と進められていた。


「ふむ。それは期待させて貰おう」

「そうだな。ちょっと確認だが、魔術師を仕留めたあの潜水艦はどうなっている?」

「二週間以内には南大西洋の基地に到着する予定だ。北欧連合の探知を避ける為に、深く潜行しているから連絡はつかないがな」

「北欧連合とロックフォード財団は血眼になって、あの潜水艦を追っているだろう。万が一でも尾行されていたら事だぞ。

 あの基地が落されて情報洩れが起きたら、我々にも影響が出るぞ」

「ああ。尾行が無いかは徹底して確認させる。大丈夫だ」

「信用しておくぞ」

「北欧連合に居るES部隊はどうなっている?」

「全部隊から襲撃成功の連絡が入っている。今のところ欠員は無い。半数は今夜に北欧連合を脱出するが、残り半数は次の襲撃に

 備えて待機状態にしてある。主だった武器は所持していないから、一般人に混じれば見分けられる事は無いからな」


 この時には北欧連合内のES部隊のアジトは次々と襲撃されて、部隊全員が抹殺、又は拘束されていたが、まだそれを知る事は

 無かった。この四人が派遣したES部隊全員の全滅を知るのは、連絡が取れなくなった翌日以降であった。


「では、当初の予定通りに偏執的なテロリスト集団『ゼウス』からの犯行声明を出す事とするか」

「各国政府や軍の上層部は我々の仕業だと分かっているだろうが、一般大衆の目を逸らす為か。少し情けなくなるがな」

「そう言うな。【HC】支持国への人口と資産流出を止める為だ。納得しろ」

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 『ゼウス』と名乗る組織から、世界各地のマスコミに今回の行為に関する犯行声明が送られてきた。

 送られてきた犯行文は以下の通りだ。


『我々は地球を愛する人間が集まって結成した組織『ゼウス』である。

 我々はロックフォード財団がスペースコロニーを造って、地球を捨てて宇宙に行く事を断固として認めない。

 我々は北欧連合と対立する立場では無いが、ロックフォード財団の存在を認めない。

 今回のロックフォード財団に対する攻撃は、我々の意思を強く示したものである』


 今回の襲撃がゼーレの手によるものだとは、各国上層部や軍高官には予測はついていた。

 北欧連合の国内の財団施設への攻撃や、『天武』を攻撃したN2弾装備の迎撃ミサイルを装備した潜水艦を配備出来る組織など、

 限られてくる。当然の予測だろう。だが、一般人にはゼーレの存在は知られていなかった。

 その為に、態とこのようなダミーの犯行文を発表したのだ。

 効果は乏しいだろうがが、標的をロックフォード財団だけとして、北欧連合政府と財団への楔を打ち込む事も見込んでいた。

 それに、これによってスペースコロニー計画は頓挫して、ネルフ支持国から【HC】支持国への人口と資産流出に歯止めが掛かると

 予測されていた。ゼーレにしてみれば児戯に等しい小細工だが、『魔術師』と『騎士』を抹殺出来たと思い込んだ事が、

 ゼーレを楽観視させていた。だが、ゼーレの余裕も北欧連合より発表された驚愕の事実によって、あっさりと覆される事になる。

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『臨時ニュースをお知らせします。北欧の三賢者の魔術師で知られるシン・ロックフォード博士ですが、本日、機動兵器『天武』で

 宇宙での戦闘後に大気圏突入を果たしましたが、その後北大西洋上で国籍不明の潜水艦からの核ミサイル攻撃を受けました。

 最低でも戦術クラス級のN2爆弾が四基以上が爆発。『天武』の腕の一部と見られる残骸が見つかっただけです。

 シン・ロックフォード博士の生死は不明ですが絶望視されています。

 それとロックフォード財団の本社ビルに爆弾テロが行われて、ミハイル・ロックフォード博士の執務室が爆破されました。

 博士は重傷を負いましたが、生命に別状はありません。それと北欧連合各地にある財団の各施設に関して爆弾テロが行われた模様です。

 この一連のテロ行為に関して、『ゼウス』を名乗る集団から犯行声明が届けられています。

 『ゼウス』はロックフォード財団がスペースコロニー計画を進め、地球を捨てる事を認めないと強く主張しています。

 この犯行声明を受けて、北欧連合のフランツ首相とナルセス・ロックフォード総帥の記者会見が行われ、重大発表が行われました。

 この後にその記者会見の内容を放送しますが、視聴者の皆様は冷静にお聞き下さるようにお願いします。

 かなり危機的な状況ですが、まだ絶望的になった訳ではありません。けっしてパニックにならないようにお願いします。

 では、フランツ首相とナルセス総帥の記者会見の様子を御覧下さい』


 顔を真っ青にしたアナウンサーだったが、声に震えは無かった。だが、発言内容は聞き捨て出来ない内容だった。

 TVを見ていた視聴者は怪訝に思いながらも、チャンネルを変える事無くTVに見入った。

 画面には顔色は優れなく、どこかに苛立たしさを感じさせるフランツが映し出された。


『シン・ロックフォード博士の業績は巨大なものであり、その輝きは今だ眩く光り輝いている。

 本日も宇宙空間において『天武』で戦闘していたのだ。戦闘には勝利したが、その後の爆発の衝撃で予期せぬ大気圏突入を

 行う事になり、それも何とか果たした後に核ミサイル攻撃を受けたのだ。全人類の功労者に対して何たる仕打ちか!

 それにロックフォード財団の本社ビルにいたミハイル・ロックフォード博士への爆弾テロが行われた。

 国内各地の二十箇所以上の財団の工場や研究所にも同時にな。ミハイル博士は重傷を負ったが、命に別状は無い。

 各地の工場と研究所の被害も一ヶ月以内には復旧出来るだろう。だが、シン・ロックフォード博士は…………

 これら一連のテロ行為の犯行声明が『ゼウス』を名乗る集団から出されたが、真の黒幕は分かっている。

 国内のテロの実行犯は全て処分した。そしてシン・ロックフォード博士を以前にVTOL機襲撃の時に襲ったES部隊と同じだと

 いうのも判明している。そこまで分かれば、『ゼウス』が偽りの姿だと言うのははっきりしているだろう。

 最も、捕らえたES部隊から背後の組織に繋がる物証は出ていないがな。

 今は北大西洋艦隊に命令して、『天武』を攻撃した潜水艦の追尾を行わせている。

 水深一千メートル以上の深海にいるから今は手を出せんが、浮上してきたところを一気に叩く!

 北大西洋艦隊が南大西洋に向かっている事と、潜水艦の水深を明言した事から分かるように、我々は『天武』を攻撃した潜水艦を

 既に補足している。如何に水深一千メートルの深海でも、我々の手から逃げる事は出来ない。

 ES部隊の黒幕、そして『ゼウス』を偽る組織は、我々の報復に怯えるが良い! 物証が出次第、本格的に攻撃を始める予定だ。


 それともう一つ、全人類の安全に関わる重大発表がある。シン・ロックフォード博士が無事なら、発表しなくて済んだ内容だがな。

 …………現在、巨大隕石群が地球への衝突コースにある。細長い帯状の隕石群で、その全てが地球への衝突コースにある。

 先頭に直径が約二百キロの巨大隕石があり、その後には直径が一キロから数十キロサイズの隕石が数百個確認されている。

 そして最後尾には直径が約五百キロの巨大隕石がある。

 これらが地球に衝突した時は大気圏では燃え尽きずに、地球は深刻な打撃を受ける。

 材質は不明だが、光を殆ど反射せずに観測しにくい。各地の天文台もその存在を知らないだろう。私も存在を知らされたのは、

 スペースコロニー計画を公表した後だからな。隕石群の軌道データは後で財団のHPに載せるから、確認してくれ。

 現在の人類の技術では、宇宙から飛来する直径五百キロ以上もある隕石の衝突を回避する事は非常に困難だ。

 我が国の誇る【ウルドの弓】で攻撃しても、表面を削る程度しか効果が無いのだ。

 だが、シン・ロックフォード博士は何とかして見せると、隕石群の対処を請け負ってくれたのだ。

 怪我の治療の為という名目はあったが、博士が月面基地にいたのは、その隕石群への対応策の準備をしていたのだ。

 だからこそ隕石群の件は我が国の政府上層部だけは知っていたが、不要に世情の不安を煽っても仕方ないと考えて伏せていた。

 それなのに、シン・ロックフォード博士に核攻撃を仕掛ける馬鹿な組織があるとは!!

 今はロックフォード財団の残った人員で、隕石群の迎撃が可能かを検討して貰っている。詳しくはナルセス総帥に説明して貰おう」


 記者会見の席にいた各記者は顔を真っ青にしながら、黙って聞いていた。

 まさかこんな形で人類滅亡の危険性を聞くとは想像すらしていなかった。だが、最後まで話しを聞かないと判断は出来ないだろう。

 そう考えた記者達は静かにナルセスの話しに耳を傾けた。


「御存知のように、北欧の三賢者の三人は開発分野を完全に分離していました。そして宇宙関係は全てシンの担当範囲です。

 機密情報の塊であり、総帥である私も全貌は知らされてはいません。資金調達、開発と配備、全てシンは独自にやってきたのです。

 今はシンが計画して準備していた内容の分析を行っているところです。ミハイルは全治二ヶ月の重傷ですが、このような状況ですので

 一週間後には退院して、業務に復帰させます。スペースコロニー計画は継続し、クリスが責任者になって管理します。

 国内の工場や研究所の復旧には時間が掛かり、現在の財団の各工場の生産能力はかなり低下しています。

 ですが、これからの財団の各工場の生産は、全て巨大隕石群の対応に専念します。尚、復興支援に関しては一切不要です。

 同盟国や友好国の各位様から申し出があるとは思いますが、これ以上はゼー……失礼、『ゼウス』を騙る組織の妨害工作を

 受ける訳にはいきません。財団の生産工場などは軍の警戒管理下に入ります。一週間後には対応策の概略をお知らせ出来るでしょう。

 今言える事は、何とかして巨大な隕石の軌道を変えて、衝突を回避する事しか方法が無いと言う事です。

 直径が百メートル程度なら【ウルドの弓】でさらに細かく砕く事が可能ですが、大量の隕石が大気圏突入の時に燃え尽きる時の熱量も

 無視出来ません。下手をすると急激な地球温暖化を招く可能性さえあります。ですから、隕石群のコースを変える事が最善です。

 正直に申し上げて、衝突が回避出来る可能性はあります。我々の財団の力を信じて、パニックにならないようにお願いします。

 既に孤児二千五百人がスペースコロニーでの生活を始めていますが、巨大隕石群が地球に接近する前には、本格的に一般の移住が

 開始出来るでしょう。今の財団はスペースコロニーへの移住と隕石群の迎撃に専念します。どうか、皆様の御理解を頂きたい」


 シンジが資金調達や開発と配備を独力で行ってきた事や、総帥が全貌を知らないとはどういう事かという疑念を記者達は持ったが、

 今はそんな些事を追及する場合では無いだろうと考え直した。あまり細かい事を聞くのは財団の負担になるだろう。

 宇宙空間は財団の独壇場であり、隕石群に対応するには財団に依頼するしか方法は無い。

 魔術師が生きていれば問題無く対応出来たのだろうが、N2攻撃を受けて消滅してしまった。

 こうなったら、騎士であるミハイルに頼むしか方法は残されていない。

 財団の力は落ちているが、総力を結集しなくてはならない状況だ。こうなったら一週間後の財団の対応策に期待するしか無い。

 そんな考えが記者達の脳裏を過ぎった。ナルセスの発表をフランツが受け継いだ。


「こんな事は出来れば騒ぎにしないで、内密に処理したかった。だが、シン君がこのような状況になり、ミハイル君も重傷だ。

 これ以上の財団へのテロを許す訳にはいかないのだ。これ以上財団の被害が拡大したら、それこそ残された人々での隕石群の対応が

 出来なくなる。だからこそ、この危機的な状況を公表した。全国民の協力を御願いしたい!

 これから我が国は巨大隕石群の回避が無事に終わるまで、戒厳令を発令する。パニックを事前に抑える事も目的だが、

 これ以上の『ゼウス』を騙る組織の暗躍を許して、財団に被害を与える訳にはいかない。

 全国民には協力を要請したい。そして財団の力を信じて、自暴自棄にならないように強くお願いする!」

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 フランツとナルセスの共同記者会見の内容は、一斉に全世界に配信された。そして深刻な影響を及ぼす事となった。


 北欧連合の場合

 【ウルドの弓】とスペースコロニーに代表されるロックフォード財団の技術力には定評はあったが、それでも直径五百キロ以上以上の

 巨大隕石の衝突を回避出来るかと考えれば、疑問符を付けざるを得なかった。

 この為に、一部の国民はロックフォード財団の本社に押し掛けようとしたが、全て戒厳令で出動した軍によって抑えられた。

 そして別の一部の国民は慌ててスペースコロニーへの移住申請を出してきた。

 残る人達は不安を抱きながらも、財団を信じて待とうという姿勢を示していた。この行動パターンを取る人は大半を占めていたので、

 国内の混乱は最小限度に抑えられていた。そして財団を信じた一部の人々が率先して財団の工場や研究所の復旧に協力した為に、

 当初の予定より早く復旧工事が終わるというメリットを齎す事になった。

 多少の混乱はあったが直ぐに抑えられたので、不安を抱えながらも通常通りの生活が続けられた。


 北欧連合の同盟国と友好国の場合(【HC】支持国という括りで分類出来る)

 事前に巨大隕石群の情報が連絡された事もあって、各政府は国民の混乱を予想して軍の出動準備を済ませていた。

 各政府の公式発表と同時に、捕捉としてフランツとナルセスの記者会見の様子が報道され、事実が全国民に知れ渡っていた。

 確かに一部の混乱はあったが、それは軍によって抑えられ、スペースコロニーへの移住申請を慌てて行う者と、財団を信じて待つ者の

 二種類の行動パターンが見受けられた。ここら辺は北欧連合と同じような動きであった。

 確かに国民の間に不安感が漂っていたが、特に経済的な混乱は見られずに、以前と同じような日々を送っていた。


 ネルフ支持国であるが、北欧連合と国交がある国の場合

 事前に巨大隕石群の情報は各国の大使館経由で各政府の首脳に伝えられたが、信じる者と信じない者に分かれていた。

 北欧連合からの事前情報を信じた国は、事前に軍の出動態勢と整えて、一時的な混乱の収拾に成功していた。

 一方、北欧連合からの事前情報を信じない国は、何の事前準備もしなかった為に、発表当日から国中が大混乱になっていた。

 どちらもネルフ支持国という事でスペースコロニーへの移住申請は出来ない。

 この為に、【HC】支持国に移住する動きと、政府を非難する動きが顕在化しつつあった。

 そして政府上層部は、この事態の原因が補完委員会にあると推測し、委員会への追及の手を強めていった。


 ネルフ支持国であり、北欧連合と国交が無い国の場合(各常任理事国が含まれる)

 事前情報がまったく入らない状態で、フランツとナルセスの記者会見の様子が中継された為に、一時的に大混乱が生じた。

 政府にしても、まったく『寝耳に水』の状態だったので、国民の混乱の収拾にかなりの時間を要していた。

 だが、北欧連合の発表を鵜呑みにする訳にもいかない。財団のHPに乗っている隕石群の軌道を各天文台に確認させた。

 その結果……北欧連合の発表が真実であるという事が再確認出来ただけだった。

 先進国が多く、市民レベルも高い為に、事実を隠しきれないと悟った各国政府は渋々ながら北欧連合の発表が真実であると認めた。

 一部で暴動が起きたが、混乱は短時間で収まった。だが、この事態を引き起こした『ゼウス』を騙る組織に一般市民の非難が集中した。

 もっとも、『ゼウス』に実体は無く、犯行声明も一回だけだ。

 こうなると、怪しいのは何処かという事になり、大勢の市民は犯人探しに躍起になっていた。

 ゼーレの実態を知らない政府上層部と軍上層部も同じ動きだった。

 だが、ゼーレの存在を知っている者は、批判を控えて沈黙を守っていた。


 以上がフランツとナルセスの共同記者会見で引き起こされた各国家の国民の大まかな反応だった。

 これとは別に、使徒戦に関わってくる組織の対応は少し異なった。確かに巨大隕石群が地球に衝突すれば、人類は滅亡する。

 だが、サードインパクトが起きても人類は滅亡するのだ。その備えを疎かには出来ないと考えていた。

 しかし、使徒戦のキーパーソンとも言えるシンジを失ってしまった。残りの使徒は少ないとはいえ、油断は出来ない。

 現実に今のネルフのEVAの稼動機は、パイロットが精神障害の為にゼロである。【HC】では零号機のみだ。

 この事態は各国政府や軍部に深刻な不安を引き落としていた。どの道、巨大隕石群に関しては何も手の打ち様が無い。

 ならば、補完委員会の提唱するEVA量産機計画の支援になればと、各国政府は量産機用の不足予算を追加で提供していた。

 このように事態は複雑に絡んで、混迷の色合いを深めていった。

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 暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、暗い表情で話しこんでいた。

 『天武』を消滅させ、ミハイルと財団の各工場や研究所の襲撃成功を聞いた時の意気揚々たる雰囲気は微塵も無かった。


「巨大隕石群を北欧連合が、いや魔術師が見つけて、地球衝突を避ける為に動いていたとはな。まったく想定外も良いところだ!」

「直径が約五百キロ以上の隕石の飛行コースを、各国に協力を要請せずに単独で変更しようとしていたとはな。

 まったくどこまで魔術師は手が伸びるんだ!? スペースコロニーを単独で建設した事といい、技術的にどこか異常だ!」

「本当に隕石群は地球との衝突コースを取っているの? ハッタリじゃ無いの!?」

「ロックフォード財団のHPに載っている情報を元に、複数の国立天文台に確認させたところ、間違い無いとの回答があった。

 観測しにくい材質で、飛行コースもかなり見極めにくい。事前に情報が無かったら見落としていただろうとの注釈つきでな。

 衝突の時期は、量産機が全部揃って補完計画の最終ステージが行われる頃だ。計画の発動前に隕石が地球と衝突したら、人類は滅亡だ」

「補完計画が上手くいったとしても、その後に直径隕石が衝突したら地殻津波で海は無くなり、陸地は全て粉砕される。

 その後の岩石蒸気が地球全体を覆って、海は全て干上がってしまうだろう。その場合はどうなるんだ?」

「総帥のナルセスが興味深い事を言っていた。資金調達から開発と配備も全て魔術師が単独で行なっていたとな。

 そうなるとロックフォード財団以外に、魔術師は別の組織を率いていたと言う事になる。これはどういう事だ?」

「確かに興味深い内容だが、魔術師が死んだ以上は別組織の残った人間がどれくらいいるかも分からん。

 これに関しては様子を見るしか無いだろう。それより問題は騎士の生存だ。

 確かに奴の執務室は完全に破壊出来たが、騎士は重傷を負ったが生きている。

 これは魔術師の時と同じく、何らかの存在が騎士を守っている事になるだろう。

 北欧連合に派遣したES部隊全員の死亡が確認出来た。確かにロックフォード財団に被害を与えたが、派遣したES部隊の全滅では

 割に合わない。各国の非難が補完委員会と我々ゼーレに向けられている。今後をどうしたものか? 上からの指示は?」

「上からは北欧連合に対しては、何もするなと連絡があった。さすがに各国の非難の集中砲火は堪えたらしいな。

 各国からの量産機用の拠出金が増えたのは嬉しい誤算だが、これで隕石の衝突前に補完計画が実行出来るかは微妙なところだ。

 上としては、北欧連合の隕石対応に関しては妨害する意思は無いとの事だ」


 巨大隕石が地球に衝突するような題材で、過去に複数の映画が作られた事がある。

 しかし、実際に巨大隕石が地球に衝突する事を本気で考えた人が居たのかと問うと、疑問系に為らざるを得ないだろう。

 だが、各地の天文台からの観測データはそれが事実である事を示していた。補完計画の前に衝突すれば、人類は完全に滅亡する。

 物的証拠は何も無いが、状況証拠ではゼーレ以外にロックフォード財団への襲撃を行った組織は存在しないと、各国の政府上層部と

 軍の上層部は考え、シンジを核ミサイル攻撃した事を暗に鋭く追及されているところだった。

 ゼーレとしては、敵であるシンジが巨大隕石の地球衝突を回避しようと単独で動いている事など、当然であるが知らなかった。

 だが、結果的に考えれば知らなかったでは済まされない。ロックフォード財団の各施設が被害を受けて生産力が低下し、重要人物で

 あるミハイルも重傷で巨大隕石の対応に不安が強く残るが、宇宙での対応は財団に任せるしか無い。ゼーレでは手が及ばないのだ。

 補完計画の最大の障壁であろうと判断されていたシンジの排除に成功した事もある。これ以上は事を荒立たせずに、補完計画が

 実行出来ればゼーレの勝ちは揺るがない。その為に、これ以上のロックフォード財団への干渉を中止する事をゼーレは決定していた。


「では、ネルフ支持国から【HC】支持国への人口と資産流出は避けられないけど、それは見逃すという事なの?」

「量産機の計画は順調だ。現時点で多少は【HC】支持国の経済力が上がっても、補完計画には支障は出ないからな」

「では、我々としては北欧連合に関しては、以後は無干渉という事か。隕石の対応については少し支援した方が良いと思うが?」

「各国政府の上層部が既に動いている。もっとも、ロックフォード財団は同盟国や友好国の支援は受けるが、ネルフ支持国からの支援は

 一切断っている。これ以上の財団の被害は何としても避けたいという理由からだ」

「でも、巨大隕石が地球に衝突すれば、全人類は滅亡するわ。こんな時こそ世界の力を結集するべきところなのに!」

「そのキーパーソンたる魔術師を抹殺した我々の言って良い台詞では無いがな」

「…………」

「各国の宇宙の専門家達が隕石迎撃方法について、ロックフォード財団に協議したいと申し込んでいるが、全て断られている。

 映画の方法のパクリや、技術的な裏付けの無い空想小説の粋を出ない案だがな。

 敵ながら、そんな奴等の話しを持ち込まれるロックフォード財団担当者には同情するよ」

「どこの世界でも、知ったかぶりをして偉そうに注釈する人間はいるもんだ」

「では、財団に関しては以後は無干渉か。でも、魔術師を始末した潜水艦はどうする? 記者会見でも言っていたが、北大西洋艦隊が

 南大西洋に向かって進路を取っている事と、水深一千メートルの事に言及した事から考えて、潜水艦が追尾されている事は間違い無い。

 このまま基地に戻ったら、我々にまで奴等の追及の手は及んでしまうぞ」

「潜水艦は当然処分するが、南大西洋の基地も処分だ」

「あの基地まで処分する必要は無いだろう」

「北欧連合の索敵能力を甘く見るな! 潜水艦の進路から南大西洋に基地があると奴らも判断しているだろう。衛星軌道上から集中的に

 探られたら基地は絶対に見つかる。万が一でもあの基地から脱出して、それが追尾されたらどうなる?

 それこそ芋づる式にこちらの拠点が知られてしまうぞ。だったら、この時点で潜水艦とあの基地を処分した方が良いだろう」

「……潜水艦をわざと泳がせて、我々の拠点を次々に燻りだすつもりという事か。有り得るな」

「水深一千メートルの潜水艦を追尾出来て、撃沈出来ないという方が怪しい。奴らは態と見逃していると考えるべきだろう」

「魔術師をあんな方法で殺されては、彼らも甘い報復で済ます気は無いという事か。

 損害は大きいが、それ以上のリスクを回避すべきだろうな。損切りか……分かった。あの基地と潜水艦は処分しよう」


 この四人は今まで北欧連合の関係で手痛い目に何度も遭っていた。敵を軽視して、損害を拡大させるような愚は犯さなかった。

 これにより『天武』を消滅させた功績を持つ潜水艦の処分と、その母港である基地の処分が決定された。


「ネルフの方も問題だ。今回の使徒でパイロット二人に精神攻撃が行われて、その被害は大きい。

 弐号機パイロットはまだ回復の見込みはあるが、参号機のパイロットは再起不能だ。現時点でネルフのEVA稼動機はゼロだ。

 【HC】にしても魔術師が居ない今は、零号機が一機だけだぞ。次の使徒をどうするかが問題だ」

「それはネルフが考える事だがな。恐らくは参号機のパイロット変更で対応するだろう。もしネルフが動かなかった時こそ、我々が動く。

 今はそちらの件は様子見で良いだろう」

「そうね。その程度の事はネルフに期待しても良いでしょう。もっとも、勝手に槍を使った事をどう弁明するか、見物だけどね。

 あれで補完計画の根本が瓦解してしまったわ」

「それは上が問責を行うだろう。疑問なのは槍が何故使徒から逸れたかだ。勝手に使った事も問題だが、あの槍が目標から逸れた

 のは納得がいかない。原因を追究すべきなのだろうが、槍は失われたからそれも無理か」

「懸案を曖昧なまま終わらせては駄目な事は分かっているのだが、こうも問題が多いと後回しにもなるな。まあ良い。

 魔術師を始末出来た事だし、我々は補完計画を遂行するのみだ」

***********************************

 ロックフォード財団の秘密回線から送られてくる情報を元に、北欧連合の北大西洋艦隊は大西洋を南下していた。

 その艦隊の旗艦である空母のブリッジで艦隊司令と副官の会話が行われていた。


「この海域の水深一千メートル以上の深海に、魔術師を核攻撃した潜水艦が潜んでいるのか。まったくソナーの探知も届かない深海か。

 財団はどうやって、そんな深海の物を探知しているんだろうな」

「さあ? 彼らの技術レベルは世間の常識と掛け離れていますからね。マーメイドがあれば、海の覇者を名乗れると思っていましたが、

 確かに深海には手が届かない。それを財団は見越して、新兵器を開発していたのでしょう。流石としか言えませんね」

「まったく、巨大隕石群への対応と言い、最近は異常な事ばかりだな。魔術師を失った今、我々は厳しい岐路に立たされている」

「そうですね。彼を失った事は我々に大きな影響を齎すでしょう。【ウルドの弓】といい、スペースコロニーといい、彼の功績は我が国に

 とって金字塔ものの実績です。これから先の事を考えると、頭が痛くなるばかりですよ」

「まあな。せめて仇を取らない事には、彼への手向けにも為らないだろうし、我が国の面子にも関わる。

 ところで、潜水艦の進路から敵の補給基地の目星はついているんだろうな」

「はい。潜水艦は韜晦航路を取っていますが、南大西洋は小島が少ないですからね。既に参謀本部管轄の衛星管理局が候補地を

 ピックアップして、そこに監視の目を光らせています。逃げ出す者がいたら追尾して、他の根拠地も判明するでしょう」

「そうやって芋づる式に敵の根拠地が判明すれば、大分楽になりそうだな」


 周囲の索敵は怠ってはいないが、それでも北大西洋艦隊に攻撃を仕掛けてくるような存在は無かった。

 弛緩した雰囲気だったが、そこに緊急連絡が入ってきた。


「提督。深海での爆発反応を検知しました」

「深海で? まさか追尾している潜水艦か?」

「いえ、そこまでは不明です。ちょっと待って下さい! …………衛星管理局からの連絡です。

 追尾中の潜水艦の補給基地と思われていた小島で戦術級と思われるN2爆発が確認されたそうです!」

「何だと!? くそっ! 奴らは証拠隠滅を図ったのか!?」

「フランツ首相の脅しが効きすぎましたかね。敵の補給基地から脱出する前に、補給基地そのものを爆破してしまうとは」

「総司令部に状況を報告しろ。追尾する対象を失った今、我々がこのまま南下するのは意味が無い」


 結局、『天武』を攻撃した潜水艦とその補給基地は自爆したとして、北大西洋艦隊は撤退するようにと総司令部からの命令が下った。

 『天武』を攻撃した潜水艦は消滅した。芋づる式に敵の根拠地が分からなかったのは残念だが、取り敢えずは『天武』の仇は討った

 事になる。北欧連合の面子は保たれた事になったのだ。巨大隕石群への緊急対応が迫られている今、他に為すべき事は山ほどある。

 そのような理由から、北大西洋艦隊は母港に向かって進路を変更した。

***********************************

 北欧連合から正式発表は無かったが、一般にはシンジは死亡していると判断されていた。

 普通に考えて、核攻撃を受けて生き延びられる人間はいない。妥当な判断だろう。誰もがそれをはっきりと口にしないだけである。

 そんな状況の中、月面基地から戻ったミーシャとレイ、マユミの三人は、喪服姿で不知火とライアーンの前に立っていた。

 五人の表情は暗かった。『天武』を失って、最強のEVAである初号機は使えない。【HC】に残された戦力は零号機だけだ。

 やっと失ったキャリアの補充機が納入されたが、それすらも空しいだけだ。残りの使徒は後は二体だが、不知火に不安が漂った。

 さらには巨大隕石群の件もある。【HC】としては隕石群への対応でする事は何も無いが、衝突回避に失敗すれば人類は滅亡する。

 そんな危機的な状況の中、目を潤ませているレイは小さな声で不知火に報告を始めた。


「月面基地から戻りました。次に使徒が来れば、あたしが零号機で出撃します。ですが、気分が優れませんので自宅待機にさせて下さい」

「……分かった。中佐の「止めて下さい! 聞きたくありません!!」……済まなかった。では、自宅で待機してくれ。

 出撃の時は直ぐに連絡する。それまでは休んでくれ」


 レイは元々だが、ミーシャとマユミの目も赤くなっており、三人とも目が潤んでいるのが不知火とライアーンにもはっきり分かった。

 何より、喪服姿で来たというのが三人の心情を表していると思っていた。

 使徒戦になれば、レイに出撃を頼まなくてはならないが、それまでは静かにしておこうと考えた二人だった。

 ミーシャとレイ、マユミの三人は左手の薬指にシンジから贈られた指輪をしていたが、不知火とライアーンが気づく事は無かった。

***********************************

 ミーシャ達三人は基地内では有名人の扱いであった。水着コンテストにも出た事はあるし、シンジの家族である事。

 レイが零号機のパイロットである事もあり、居るだけで人目をかなり引いた。十代の半ばという年齢も目を引く要因になっている。

 その三人が喪服でマンションに戻って行くのは、かなり周囲の視線を集めていた。

 勿論、【HC】基地内の職員はシンジが核攻撃を受けた事を知っており、三人が喪服を着ている意味も分かっていた。

 自然と同情が篭った視線が三人に向けられたが、誰もが三人の心情を思いやってか、声を掛ける者はいなかった。

 三人は誰とも会話をせずに、マンションの部屋に戻っていた。


 セレナは不知火の副官である。不知火の書類の整理をしたり、スケジュール調整等が主な仕事であった。

 だが、今のセレナは新妻という役割も担っており、不知火と同居している状態だった。

 まだ籍は入れていないが、ライアーン等の幹部には結婚間近という話はしてある。幸いと言っては語弊があるが、その直後にシンジの

 件があったので周囲の空気が悪化し、不知火は周囲から嫉妬の視線の集中砲火に遭わずに済んでいた。

 そのセレナが夫である不知火から頼まれて、ミーシャ達の様子を見る為に部屋に訪れていた。

 以前は一緒に食事をした関係である。その時はシンジの絡みで騒がしかったが、今となっては関係無い事だ。

 今の自分は不知火という伴侶を得て、さらに子宝も授かっている幸せ絶頂な状態である。(妊娠初期の体調不良は無かった)

 それに引き換え、精神的な支柱だったシンジを失った三人の胸中はどれほどのものなのか?

 セレナは不安を感じながらもチャイムを押した。


「あたしよ。セレナよ。様子を見に来たんだけど、ドアを開けてくれるかしら?」

『……セレナさんですか。不知火司令との事は聞いています。おめでとうございます。ですけど、今はそっとしておいて貰えますか』

「……分かったわ。何かあったら連絡して。力になるからね」

『ありがとうございます。では』


 ミーシャの声がスピーカから流れてきたが、ドアが開かれる事は無かった。

 それでもミーシャの話し方を聞いて、大丈夫だと判断したセレナは不知火の夕食を作る為に自室に戻って行った。

 セレナが去った後、部屋の中で小さな声で三人が話をしていた。


「マユミ、ありがとうね。目薬は返しておくわ」

「いえいえ、ミーシャのポケットから落ちそうになった時は慌てましたけどね」

「二人は寝不足でしょ。少し休んだら?」

「そうね。ここはレイに任せて、少し部屋で横になってくるわ。後は御願いね」

「良いわよ」

***********************************

 シンジに不満を抱いていた北欧連合の軍の士官の数はかなり多かった。過去形である。

 その中心グループの若手士官十二名は、暗い顔をして会談していた。


「魔術師がエコ贔屓されていると元帥に上申して、彼が軍を退役してから色々な事があったな」

「ああ。スペースコロニーに始まって、巨大隕石群の対処までしようとしていたとはな。その彼も大気圏突入の時に核ミサイルで

 攻撃されて亡くなってしまったか。彼が軍に留まっていれば、最悪の事態は回避出来たのだろうか?」

「それは関係無いだろう。彼の一連の動きは財団の一員としてと【HC】の職員としての動きだった。我が軍とは無関係だ」

「今回の隕石群の対応は本当にロックフォード財団に一任するのか? それこそ無責任じゃ無いのか。

 こういう事態にこそ、我が軍が動くべきだろう。存在意義にも関わってくるぞ」

「技術的な裏づけも無いのにか? 邪魔だと言われて終わりだ」

「しかし、人類の滅亡に関わる危機に我々軍部が関わらずに、民間企業だけに任せるというのはどうかと思うが?」

「実を言うと、元帥には一度は上申したが却下された。魔術師が軍部に留まっていれば、彼に指揮権を与えて軍が関与出来たが、

 こういう事態になった今は、政治レベルで動かざるを得ない状況になっている。既に元帥の関与出来るレベルでは無いとな」

「……彼を軍から追放した事が、こんな形で跳ね返ってくるとはな」

「過去を悔やんでも仕方あるまい。今の軍に与えられた使命は、国内の混乱を防ぐ事だ。これ以上、ロックフォード財団への攻撃を

 許せば、それこそ巨大隕石群への対処も無理になるだろう。今の我々に出来る事をするだけだ」

「魔術師……シン・ロックフォード博士か。つくづく惜しい人材を亡くしてしまったな」

***********************************

 日本政府は一連の事件を受けて、緊急閣僚会議を開いていた。

 シンジは【HC】の主戦力であり、ロックフォード財団の極東の総責任者だ。富士核融合炉発電施設の総責任者でもあった。

 現在はアーシュライトが技術方面のフォローに入っているが、それでも日本への大きな影響が出ないかが大いに懸念されていた。

 ネルフに対抗すべく設立された【HC】の擁する初号機が起動出来なくなり、戦闘能力が激減した事への懸念もあった。

 極めつけは、巨大隕石群の地球衝突の危険性だ。どれも一つ間違えば、日本だけで無く全人類の存亡に関わってくる。

 出席者全員の顔色は悪かったが、真剣な議論が行われていた。


「まずは経済に対する影響ですが、核融合炉の稼動は現状通りの為に、今のところは問題はありません」

「そうか。では問題は次のメンテナンスの時にどうなるかだな。

 シン・ロックフォード博士が亡くなっても、核融合炉のメンテナンスが出来れば、取り敢えずは問題は無いだろう」

「うむ。使徒の残りは二体という連絡が北欧連合よりあったが、【HC】が健在のうちは核融合炉関係は大丈夫だ。

 問題は使徒戦が終わる時だ。それと【HC】の戦力が彼が抜けた事で、ガタ落ちしている。そちらでも懸念は残る。

 EVAは二機あるが、動けるのは一機だけだ。戦力不足が十分に懸念されるぞ」

「かと言って、今更ネルフ支持には戻れん。そうしたらロックフォード財団は直ぐに日本から手を引くぞ」

「当たり前だ。国連総会でも言っていたが、彼らは義理堅い。こちらから裏切らなければ、彼らが日本を切り捨てる事は無いだろう」

「2008年の時は日本が彼らの期待を裏切ってしまったのだったな。まったく、あのアホな奴等の所為だ!」

「それを言い出せば、そのアホな奴等に政権を奪われた我が党の責任も追及されるぞ。それに選んだのは国民だ。日本国民全ての責任だ」

「……昔の事を蒸し返しても仕方が無いか。最近は財団がアホな政治家を選んだ選挙区の人間の移住申請は受け付けないという噂が

 出回って、その政治家は有権者から非難の嵐を浴びている。近々行われる総選挙でも落選決定だろうな」

「ネルフの特別宣言【A−19】とロックフォード財団の撤退をちらつかせたから、国内の掃除もだいぶ進んでいる。

 三年程度の時限処理というのと、外圧がうまく働いたな。友好国へのODAは続けるが、反日国家へのODAは止める方向で

 動き出している。その浮いた予算が国内に回って、経済が活性化している。燃料費の節減効果も大きいがな」

「冬宮理事長は魔術師から財団の撤退は無いと連絡を受けていたな。出来れば正式発表をして欲しかったな」

「彼を攻撃した潜水艦とその補給基地は報復処理を受けたのだったな。その後の北欧連合の動きは?」

「潜水艦と補給基地は北欧連合の報復で消滅したのでは無く、報復を恐れたゼーレによって自爆で処分された可能性が高いです。

 北欧連合はゼーレへの報復を後回しにして、スペースコロニーへの移住計画の実行と、隕石群の対応に全力を注ぐつもりです。

 内々の情報ですが、当初の百万人の限度枠を倍の二百万人に拡大するらしいです。

 もっとも、北欧連合本国と同盟国と友好国への割り振りだそうです。我が日本への枠の増加があるとは聞いていません」


 核ミサイルを装備した迎撃ミサイルを搭載出来る潜水艦を配備出来る組織は一部の国家と組織に限られ、ましてやシンジを攻撃する

 ような組織はゼーレしか無いと各国の上層部では判断されていた。その為に北欧連合とゼーレの支配する国家の間で全面戦争が勃発する

 のでは無いかという懸念が一部で強く囁かれていた。だが、北欧連合が巨大隕石群への対応を最優先させた事により、全面対決が

 先延ばしされたと事が分かり、各国の政府上層部は安堵の溜息をついていた。もっとも、これは一時的なものである事は分かっていた。

 そしてサードインパクトの懸念もあるが、それ以上に巨大隕石群への対応も懸念されていたのだ。

 今まではシンジが極秘裏に計画を進めていたらしいが、それを無事に引き継いでミハイルが計画を実行出来るのか。

 問題はそこだった。もし、ミハイルが指揮する巨大隕石群の衝突回避作戦が失敗すれば、確実に人類は絶滅する。

 ロックフォード財団が移住計画を一時停止して、隕石群の対応計画だけに専念すれば、このような懸念は広まらなかったろう。

 だが、財団にしてみれば、ここまで進めたスペースコロニーへの移住計画を中止する訳にはいかない事情もあった。

 それにスペースコロニーへの移住枠を倍に増やしたという噂が一般に広まった事もあり、財団は巨大隕石群の衝突回避作戦の失敗を

 想定して、万が一の人類の避難所であるスペースコロニーへの移住計画を行っているのだろうという噂が出回っていた。

 辛うじてその噂がデマとして拡大するのを防いでいたのは、北欧連合の政府閣僚全員が、自分達及び家族のスペースコロニーへの

 移住申請は絶対に行わないという宣言だった。これにより北欧連合政府は隕石群の衝突回避作戦に全面的に取り組むのだろうと言う

 認識になって、デマの拡大を辛うじて防いでいた。

 日本の政府首脳部がこのニュースを聞いて、当然と思ったか、真似出来ないと思ったかは明確にされてはいない。


「使徒に対する備えは【HC】に任せて、隕石群への対応を最優先か。スペースコロニーへの移住枠を増やしたという事は、

 彼らも隕石群の対応は難しいと考えているのだろうな。万が一の避難所か。そこが唯一の人類の生存エリアになる可能性がある」

「こんな事態になって、北欧連合とゼーレの本格戦争にならないのは、僅かな救いだな。我が国の移住申請の状況はどうなっている?」

「若年層を中心にかなりの申請がある。特に地方の貧しい孤児院などは、殆ど申請を出している状態だ。

 これで全ての申請が通れば、我が国から孤児院が無くなるかもという勢いだ。やはり衣食住の保証は大きな魅力だ」

「……地方の復旧は後回しにしていたからな。言い方は悪いが、最悪の場合は彼らが日本民族の継承者になるかも知れん。

 我々はどの道、年齢制限で引っ掛かる。ならば政府の予算を使っても彼らの移住をバックアップしても良いだろう」

「そうなれば、ある程度の文化財も用意したいところだな。それと一般消費財も用意出来るな」

「サードインパクトを回避出来て、巨大隕石群の衝突回避作戦が成功すればベストなのだがな。確かに今の状態では危ういな」

「そういう事だ。何事も保険は必要だ。だったら、移住する人々に日本民族としての保険を掛けさせてもらおうか」

「我々政府からロックフォード財団へのコネは無い。ならば冬宮理事長に頼むしか無いな」

「分かった。私から正式に冬宮理事長に依頼する。移住のバックアップについては詳細を詰めておいてくれ。

 それと国内の大掃除は継続して行う。各治安組織には取締りを強化するように通達してくれ」

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 冬宮は核融合開発機構(NFDO)の理事長室で、大きな溜息をついていた。

 シンジが核攻撃を受けたという事は、ロックフォード財団のクリスからの連絡で知り、TV報道でも聞いていた。

 冬宮はシンジが本当の意味で『魔術師』である事は知っていた。だが、流石のシンジでも核爆発から逃げられるとは思ってはいない。

 今までシンジに協力して使徒戦を勝ち抜く為、そして日本の為にと裏方で必死になって頑張ってきた。

 途中までは問題は無かった。だが、ネルフの暴露戦術でシンジの素性が世間に洩れてから様子がおかしくなり始めた。

 その為、ロックフォード財団が日本から撤退する可能性さえ指摘されるようになってしまった。

 現在の日本は財団の支援無くしては成り立たない。【HC】支持国になった事でネルフから追加要求される予算捻出に悩まされる事は

 無いが、電力事情は全て財団の、いやシンジの支援に支えられている状態だと言って良かった。

 国全体のGDPを比較すると日本全体の国力は見劣りするものでは無いが、基幹産業と原材料を押さえられている状態だった。

 そしてサードインパクトの脅威もあったが、最近明らかになった巨大隕石群の脅威も迫りつつあった。

 寧ろ、民間では使徒戦の事が一般公表されていない為に、巨大隕石群の衝突回避作戦の方が心配されていた。

 その全てにシンジはキーパーソンとして関わっていた。その肝心のシンジが居なくなっては、どうすれば良いのか?

 冬宮は今後の事に関して考え始めた。


(博士を核攻撃した潜水艦というのはゼーレに間違い無いだろう。それは北欧連合や財団も当然、承知しているだろう。

 幸いと言ってはなんだが、潜水艦と補給基地が自爆した事で、最低限の北欧連合の面子は保たれた。

 そして北欧連合と財団が移住計画と隕石衝突回避作戦に全力を注ぐ事を表明した事で、全面戦争は一時的に回避出来た。

 あくまで一時的だ。何時かは全面戦争になるだろう。両者はどの道衝突する運命にある。それが遅いか早いかだけの違いだ。

 我が日本はそれに巻き込まれたくは無いが、ネルフ本部が国内にあるから、完全に知らぬ振りも出来ない。

 それに逃げれば財団から見捨てられるだけだ。そんな事は出来ない。それにスペースコロニーの件もある。

 移住枠を増やしたという事は、隕石衝突回避作戦の成功率は低いと考えているのか?

 日本政府から移住のバックアップを頼まれてしまったし、一度はクリス嬢との会談は必要だな。

 こうなると車椅子は邪魔だな。博士とは使徒戦が終了するまで偽装する約束だが、死人との約束か……いや、守ろう。

 彼は日本の為に尽くしてくれた。死人との約束を守るのは馬鹿に見えるかも知れないが、私は守る。それが彼への餞だ)


 今の冬宮は日本国内において、唯一ロックフォード財団と直接連絡が取れる貴重な存在と見られていた。

 その為、日本政府は元より、ネルフ支持国の大使館からの面会要求も多かった。特に北欧連合と国交が無い国からが多かった。

 だが、ネルフ支持国の大使館からの面会要求は全て断っていた。

 国連総会直後から増え始めたので、移住に関する便宜を図ってくれという依頼である事は分かりきっていた。

 中には強引に押しかけてくる人間もいたが、その全ては強制排除されている。中々気苦労が絶えない冬宮だった。

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 不知火財閥の総帥、不知火シンゴは夜の自宅の廊下に酒を持ち出し、月を見ながらコップ酒を静かに飲んでいた。

 シンゴの隣には、もう一つのグラスがあり、それには酒が注がれたまま置かれていた。シンジの分だった。

 核攻撃を受けたのは冬宮からの連絡で知り、その後のTV報道でも聞いていた。

 シンゴもシンジが本当の意味で『魔術師』である事は知っていた。

 だが、魔術は万能では無いと知っていた事もあり、流石のシンジでも核爆発からは逃げられないと諦めていた。

 シンゴの脳裏には、以前にシンジが広島に来て酒を飲み交わした時の光景が浮かんでいた。


(使徒戦が終われば、もう一度酒を飲む約束だったがな。しかし十四歳で命を落すとは……しかも核が使われるとは。

 たった一人の為に核を使用するか。この広島の原爆ドームを見ると、核の悲惨さが良く分かる。

 まだ正式発表は無いが、唯一残っている碇家の縁戚として供養してやらねばな。使徒は後は二体。

 この段階では、我が財閥の為すべき事はほとんど無い。後は【HC】のマモルと北欧連合、それと冬宮理事長に任せるしか無いだろう。

 こんな老人が生き残って、十四歳の少年が命を散らすか。戦争とはいえ、虚しいものだな。

 それと巨大隕石群が地球との衝突コースにあるとは。サードインパクト以上の人類への脅威だ。

 まったく生き辛い世の中になってしまったな。シンジが生きてさえいれば、希望の光は見えるんだろうが)


 シンジへの追悼の意味を含めて、シンゴの酒宴は深夜まで続いていた。

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 ネットの某掲示板  (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)


『あいつが核攻撃を受けて死んだだって!?』

『ざまあ。天罰だ! 我々同胞を散々馬鹿にした報いだ! 因果応報だ!』

『魔術師の死亡を御祝いします。後で垂れ幕を作っておくよ』

『まったく程度が低い奴がいるな。人が死んで楽しいのか? 同じ日本人なら恥かしいぞ』

『同感だ。だけど影響はどうなるんだ? 電気とか移住計画とか色々あるだろう? 極めつけは巨大隕石の衝突回避がどうなるかだ』

『電気はしばらくは今まで通りだとさ。移住計画の最高責任者は三賢者の魔女がやるってさ。

 流石に隕石の衝突回避は分からないな。もう少しで財団の総帥が作戦に関して発表するんだろう。それを待つしか無いさ』

『だけど、巨大隕石が地球に衝突したら人類は滅びるんだろう。そんな重大な事を民間企業に任せて良いのか?』

『実際問題、宇宙は全てロックフォード財団が管理しているんだ。他の国は出来る事は無いだろう』

『宇宙か。しかしあの天武で大気圏突入が出来たんだ。凄いよな』

『しかし十四歳で戦死か。宇宙空間で戦っていたって言ってたけど、何と戦っていたんだ?』

『さあ? 一般人には公表されないだろう。でも核攻撃を受けたのは大気圏突入した後だぜ。どこかの潜水艦の攻撃らしい』

『核弾頭を装備した対空ミサイルを搭載した潜水艦か。配備出来る国は限られてくる。そうなると、また戦争になるのか』

『いや、潜水艦とその補給基地は爆破されたらしい。北欧連合はそれで矛を収めたみたいだ』

『戦争にならなくて良かったな。でも次は巨大隕石の問題か。どうなるんだろうな?』

『某動画サイトで直径400キロもの隕石が地球と衝突したシミュレーション映像があったぞ。

 衝突したら、地殻津波と岩石蒸気で人類は痕跡も残さずに消滅する。今回はあれよりも巨大な隕石だからな』

『俺はスペースコロニーに移住したいな。あれに移住が出来れば、戦争や隕石に怯える事も無くなるだろう』

『財団は最初にコロニーへの移住人数を百万人と発表したが、内々で二百万人に増やしたという噂がある。

 それが本当なら、財団が隕石衝突回避作戦の成功率が低いと認めているという事になる』

『それって拙く無いか!? でも、移住枠を広げたって事は俺の移住申請が通る可能性もある訳か』

『馬鹿言ってろ! 移住枠が広がったのは北欧連合本国と同盟国、そして友好国だけだ。噂だけど日本の枠は増えてはいないそうだ』

『何だと!? 日本は【HC】支持国だぞ! 北欧連合の友好国の扱いじゃ無いのか!?』

『馬鹿だな。財団が日本から撤退するしないを言っている段階で、友好国扱いされていないのは分かるだろう』

『だけど、実際の移住申請はどうなっているんだ? 俺は年齢で落とされるのが分かって申請はしなかったんだが、誰か知ってるか?』

『かなりの高確率で落されるらしい。審査は厳しいんだとさ。逆に孤児院とかは簡単な審査で通るって。

 実際に地方の孤児院にロックフォード財団の審査員が行ったって情報がある』

『でも、一部の報道では財団の独裁自治領だって報道があったぞ。大丈夫か?』

『財団のHPで基本的人権の保障はするが、財団を信じられない場合は応募は御遠慮下さいって書いてあったぞ。今更だ』

『日本に財団の拠点が無いから、北欧連合の大使館前で色々なデモがあったらしいぞ』

『今度は日本人らしい。宗教関係や教育関係、弁護士関係の団体だってさ』

『成る程。移住申請を最初から却下される連中か。デモなんかしたら、余計に排除されるのが分からないのかね』

『今までは人権を前面に押し立てれば、全てが上手く言ったからな。成功の味が忘れられないんだろう』

『それとある女性団体だけのデモもあったらしいぞ』

『女性団体だけ? 珍しいな。どんな団体だ?』

『整形手術を受けた女性達が急遽作った団体らしい。何でも女性が美を追求するのは当然の欲求だ。

 それを認めない財団は主張を撤回しろとシュプレヒコールを叫んだらしい』

『一理あるが、それを選ぶ権利は財団にあるからな。枠がある以上、俺なら整形していない女性を選ぶ』

『何を言っているんだ!? 美人に間違いは無い! 美しい女性を保護するのは男の義務だ!』

『そうだ! 美女は世界の真理だ! 美女は嘘をつかないんだ!』

『まあ、そう思うのは個人の勝手だ。一応言っておくが、今の財団の移住計画の責任者はクリス・ロックフォード博士。

 結構な美女だそうだが、大使館の大型モニタに出て、痛烈にデモ隊を批判したらしい。そしたらデモ隊は直ぐに解散したってさ』

『何て言ったか聞いて見たいな』

『デモ隊の参加者に聞いたが、誰も教えてくれないそうだ』






To be continued...
(2012.07.22 初版)


(あとがき)

 隕石が燃え尽きるのって、大気との摩擦熱じゃ無くて、断熱圧縮(空気が圧縮される時に発生する熱)なんですね。

 ハヤブサの大気圏突入の時の事を調べていたら知りました。

 神出鬼没のシンジの先手を取るのはかなり困難という事もあって、予知能力者八十人を使い捨てにして行動を予測。

 そして待ち構えてN2爆弾内蔵の弾道弾迎撃ミサイルを使用したという事になっています。(52話で前振りあり)

 さて、話をかなり大きくしてしまいました。しかも、細い帯状の巨大隕石群全てが地球への衝突コースを取っているなど、

 普通ではありえないでしょうが、設定だと納得して下さい。使徒戦の情報を隠されている一般市民にとっては、無視出来ない脅威です。

 天武が核ミサイル攻撃を受けた事で、本来ならゼーレとの全面戦争に移行すべきなのですが、巨大隕石衝突の危機の回避の為に

 全面衝突は先延ばしにするとういう状況になっています。これでスペースコロニーの価値がさらに上がります。



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