因果応報、その果てには

第五十四話

presented by えっくん様


 ネルフの司令官室で、ゲンドウと冬月、リツコの三人が、今回の使徒戦の処理に対する打ち合わせを行っていた。

 物理的な被害はEVA二機には無く、二機が錯乱した事で第三新東京の街並みが破壊されていたぐらいだった。

 深刻なのは二名のパイロットが使える状態に無いという事である。現在、ネルフのEVA二機の稼動は出来ない状態だ。

 ゲンドウは何時もの表情(頭は全て剃ってある状態)だが、冬月とリツコの表情は暗かった。

 リツコはゲンドウの頭に違和感を感じていたが、それを口に出す事は無く、割り切って現状の報告を始めた。


「弐号機と参号機の損傷はありません。ですが、パイロットが使徒から精神攻撃を受けた事で二名とも深刻な状態です。

 セカンドは錯乱状態から回復しましたが精神状態は酷く、恐らく戦闘は無理でしょう。つまり現在は弐号機は対使徒戦には使えません」

「回復の見込みは?」

「今のところはありません」

「参号機はどうなのだ?」

「フォースは自我境界線を破壊され、現在は言葉も話せません。復帰は無理であると判断します。参号機のコアの入れ替えを提案します」

「許可する」

「シクススの出番という訳か。以前に布石を打っていた子供がいる。本人もやる気がありそうだから、その子供にするか」

「ならば、その子供との交渉は副司令に御願い出来ますか?」

「分かった。私が交渉しよう」

「セカンドは現状維持だ。弐号機は最悪はダミープラグを使用する」


 この結果、アスカは最終段階まで放置。トウジは病院で飼い殺しが決定された。アスカに関しては対ゼーレ用の対応であった。

 そして参号機のコアを入れ替えて、新たなチルドレンが選出される事も決定した。


「槍の件で委員会からまだ文句は言って来ていないが、その内に査問会議があるだろう。大丈夫か?」

「……何とかする」

「分かった。その件は任せる。しかし、槍が目標から外れた理由が分からん」

「シンジが介入した可能性もある」

「確かに一時的にシンジ君が槍を管理していたのだったな。だが、あの槍が小細工などを受け付けるのか?」

「…………」

「それと結局槍は何処に行ったのか、分かったのかね?」

「いえ。槍がコースを外れてからの所在は不明です。あれだけの質量を持ち帰る技術はロックフォード財団にしか無いでしょう」

「今の財団に槍に時間を割いている余裕など無いだろうな。まあ良い。その件は任せる。

 だが、あと二体の使徒はどうする? 我々ネルフの稼動戦力は参号機だけ。【HC】は零号機だけだ。

 それで二体の使徒に対応出来るのか?」

「最悪はEVAを自爆させれば良い。それで二体の使徒は殲滅出来る。初号機と弐号機が最終的に残れば良い」

「最初から捨て駒扱いか。零号機は無理強い出来んがな。赤木君、アダムの状態はどうなのだ? 細胞劣化は食い止められそうかね?」

「何らかのウィルスに犯されていると思われますが、それを無効化する手段が分かりません。

 既に全身や内部まで細胞劣化が進んでいます。……今のところは手立ての方法がありません」


 アダムの細胞劣化を止められなければ、計画は水泡に帰す。ゲンドウはそれを回避する為にある事を実行しようと考えていた。

 だが、まだ決断が出来ていなかった。それを為すのはもう少し先だと考えていた。


「……北欧連合と【HC】の動きはどうだ?」

「一度ですが、零号機の起動試験が行われた事が確認出来ていますので、レイは【HC】基地に戻っていると思われます。

 それと北欧連合に関してですが、スペースコロニーへの移住計画と巨大隕石群の衝突回避作戦に全力を注ぐと表明しています。

 実際に『天武』を核攻撃した潜水艦と補給基地が消滅した事を発表してからは、対外的な動きはありません」

「巨大隕石が地球に衝突とは、まさに映画の世界だな。衝突回避作戦が失敗すれば、確実に全人類は滅亡する。しかもそれが複数か。

 ゼーレとの全面抗争はそれが片付いてからか。補完計画とどう絡むかだな。……我々が北欧連合に協力出来る事はあるのかね?」

「何もありません。宇宙空間は北欧連合、いえロックフォード財団の完全管理下にあって、他国は一切関われません。

 彼らもこれ以上のテロ行為は許容出来ないと考えて、戒厳令を布いて入国を厳しく制限。ネルフ支持国からの支援は全て断っています。

 独自に支援しようにも、現在の我々の技術では宇宙に大量の物資を送り込む事は出来ません。彼らに任せるしかありません」

「では、我々は使徒戦に専念するとしよう。それはそうと、残りの使徒の数が二体という連絡が北欧連合政府からあったと、

 日本政府に潜り込ませている者から連絡があったそうだ。どこから情報が洩れたのだ?」

「…………」

「……彼が情報を洩らした可能性もあるな。まあ今更言っても始まらん。では、出来る事から始めるとするか。

 しかし、シンジ君が居なくなったらこうも心細くなるとはな。計画の大幅な修正が必要だな」

「シンジが居なくなっても、計画は変更して進める。既に構想は出来ている」

「分かった。期待させて貰うぞ」


 シンジ亡き今、初号機の中のユイを出してくれる人はいない。それでもゲンドウは諦める事は出来なかった。

 巨大隕石が地球に衝突すれば、全人類は死に絶える。だが、その件に関しては、ネルフには何も出来る事は無かった。

 その為に、ゲンドウと冬月は使徒戦に専念しようと結論を出していた。そして独自の補完計画を進めていた。

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 現在、ネルフの病院には三人の中学生が入院していた。アスカ、トウジ、ヒカリの三人であった。

 三人の中で一番症状が良いのはヒカリであった。両足は失われたが、義足は出来上がって現在はリハビリ中だった。

 リハビリが終われば退院して、中学にまた行く事が出来る。唯一、最近はトウジが来なくなった事が気掛かりだ。

 看護婦に聞いても、パイロットの事は機密だから分からないという返事だけだ。

 怪我をしていなければ良いなとトウジの事を案じるヒカリだが、想い人であるトウジが、壁一つを挟んだ隣の病室で

 廃人と化している事をヒカリは知らなかった。退院したら乙女の大切なものをトウジに捧げる約束を交わしている。

 シャワー室での出来事も恥かしい思い出だ。退屈な入院生活の中、その事を考える時だけはヒカリの頬は赤くなった。

 偶に健診にやってくる看護婦達もヒカリを温かい目で見つめていた。


 アスカは錯乱状態からは脱したが、俯いて独り言をぶつぶつと小声で呟いている有様だ。

 医局からは再起不能との判断を下されていた。恐らく、シンクロ試験をしても駄目だろう。


 トウジは最悪の状態だった。自我境界線を破壊され、現在は自意識があるかも疑わしく、言葉も話せない状態だ。

 勿論、こんな状況をヒカリには見せられないとして、厳重に隔離されていた。


 これがネルフの三人のチルドレンの状況だった。

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 最初に巨大隕石群の事を発表してから一週間が経過して、再度フランツとナルセスの共同記者会見が行われた。

 衝突回避作戦が失敗すれば、人類は滅亡する。事態の重大さを認識している記者達は、静かに二人の発表に聞き入っていた。


「詳細はこの後でナルセス総帥から発表するが、まずは戒厳令で窮屈な生活に耐えてくれている全国民に感謝したい。

 今は我が国の総力をあげて巨大隕石群の衝突回避作戦に挑む予定だ。引き続き、全国民の協力を御願いする。

 『ゼウス』を偽る組織に鉄槌を下すのは、巨大隕石群の回避作戦が成功してからだと、ここに正式に表明する」


「まずは我がロックフォード財団の体制から説明します。巨大隕石回避作戦の指揮はミハイルが執ります。

 まだ安静が必要な状態ですが指示は出せますので、退院させて実務に入りました。居場所は安全の為に、機密とさせて頂きます。

 スペースコロニーへの移住計画は、引き続きクリスが責任者で担当します。

 肝心の巨大隕石衝突回避作戦ですが、三段階の手順を踏みます。

 第一段階はこちらから小惑星に推進器を取り付けて運んで、地球から遠距離で巨大隕石に横から衝突させて軌道を逸らします。

 第二段階で残っている中程度の隕石を、大量の核兵器で爆破、又は軌道の変更をします。

 第三段階で残った隕石群をコロニーレーザーを使って破壊します」


 ここでナルセスは一旦言葉を区切って、記者達の反応を確認した。全ての記者は疑心暗鬼にかられていた。

 だが、最後まで話しを聞かないと判断がつかないとして、記者達は視線でナルセスの話しを促した。


「第一段階の小惑星を巨大隕石に衝突させる作戦ですが、既に直径五十キロ程度の三個の小惑星に推進器を取り付けて移動中です。

 これについては問題無く計画を実行中です。もっとも、推進器の手配の限度もあって、これ以上の小惑星は準備は出来ません。

 第一段階の作戦で直径が百キロ以上の隕石の軌道を逸らしますが、それでも直径が百キロ未満十キロ以上の隕石が約五十個残ります。

 これを第二段階で大量の核兵器を使用する事で、軌道を逸らします。

 これについては政府の同意が取れまして、我が国の保有する十二個のN2爆弾全てを使用しますが、それだけでは不足しています。

 従いまして、各国に保有する全ての核兵器の供出を要請します。勿論、任意ですが、全人類の危機の為に協力を強く御願いしたい。

 それでも残った直径が十キロ未満の比較的小型の隕石は、試作コロニー二基を改造したコロニーレーザーを使って迎撃します。

 勿論、【ウルドの弓】も併用します。これが隕石衝突回避作戦の骨子です。既に第一段階の三個の小惑星は目標に向けて移動中。

 核兵器運搬用の宇宙船の手配と、コロニーレーザーを撃てるような試作コロニーの改造工事には着手しています」

「それでは地球上の全ての国家に対し、所有する核兵器の提供を求めるというのですか!?」

「そうです。勿論、これは各国の任意です。ですが、この緊急事態に核兵器の供出を拒むような国家があるとは思っていません」

「コロニーレーザーへの改造工事と言われましたが、それでは移住計画に支障は出ないのですか?」

「改造するのは試作の二基のコロニーです。移住計画にはまったく影響しません」

「コロニーレーザーの威力はどうなんですか? 本当に巨大隕石を破壊出来るのですか?」

「巨大隕石は小惑星の衝突と核兵器の集中使用で、軌道を逸らすだけです。

 直径が十キロ未満の比較的小型の隕石なら、十分にコロニーレーザーで破壊は可能です」


 今までの説明を聞いていた記者達は、本当にそれで問題が無いかどうかを自問自答していた。

 作戦が失敗すれば、本当に人類は滅亡する。念には念を入れるべきだと考えていた。


「では計画は全て財団が行うという事ですか? 政府は支援はしないのですか?」

「宇宙では我々政府では何も手は届かない。だから我が政府は財団のバックアップに徹する事にした。必要な資材と場所は準備する。

 勿論、我が国の保有する全てのN2兵器は作戦に使用する予定だ」

「政府が我々の背後で安全を守ってくれるからこそ、我が財団はこの作戦に専念出来ます。

 決して、政府が何もしないという事ではありません」

「シン・ロックフォード博士の計画を分析すると前回の記者会見でお聞きしましたが、その計画が今回の作戦内容だったんですか?」

「……一部は違います。シンの計画は三つの案から成っていました。第一段階の小惑星はシンが準備していたもので、『天武』が

 消滅した時には既に三個の小惑星は推進器を取り付けて移動中でした。今はそのまま継続して使用しています。

 コロニーレーザーも同じです。シンが設計したものを継続して改造中です。既に進捗率は63%ですから何とか間に合います。

 シンの計画の第二段階は『素粒子爆弾』と呼んでいた特殊兵器を開発して使用する作戦でした。

 ですが、このような事態になったので、特殊兵器の開発は諦めざるを得ませんでした。核兵器の集中使用は我々独自の作戦です」

「素粒子爆弾とはどのような爆弾なのでしょうか?」

「シンの残した計画案では、一定範囲の物質全てを素粒子レベルに分解するような特殊爆弾との事でした」

「そ、そんなものが開発途中だったのですか!?」

「シンが月面基地で開発を進めていましたが、このような事態になってしまい、残念ですが開発は中断されています。

 残された我々では研究成果を引き継いで、完成までは持っていけないでしょう。時間が無いのです。

 だからこそ、人類の持つ最大の破壊力を有する核兵器を使用する事にしました。各国政府の供出に期待しています」


 記者達に不安そうな雰囲気が漂った。かと言って他の代替手段など思いつかない。

 直径五十キロの三個の小惑星を横から衝突させた場合のエネルギーはどれほどのものなのか?

 人類の持つ全ての核兵器の集中使用とは、どれほど巨大隕石の軌道を逸らすのに有効なのだろうか?

 専門外の事なので、それが本当に有効かなどか判断は出来ない。

 記者団の不安そうな雰囲気を察したフランツはナルセスの言葉を引き継いだ。


「計算上では三段階の計画を実行出来れば、巨大隕石の衝突が回避出来るというレポートが出てきている。

 問題は第二段階の作戦を行う時間と距離だ。それと量。どれだけ遠距離で核兵器の集中使用が出来るかに作戦の成否は掛かっている。

 距離が近づいてしまうと、軌道を逸らしても重力の干渉が働く可能性もある。出来るだけ遠距離で作戦を行うのが好ましい。

 各国には五日以内に全ての核兵器を我が国に持ち込むように依頼する。持ち込むところは、北海にある小島を準備する。

 それと残念な事を発表しなくてはならなくなった」

「残念な事? 何でしょうか?」

「コロニーレーザーはれっきとした大量破壊兵器になる。それをこれから製造する訳だが、宇宙条約に違反する事になる。

 こんな人類の危機に宇宙条約違反を責め立てる国など無いと信じたいが、危機が回避された後で難癖をつけてくる国は必ずあるだろう。

 その為に、事前に我が国は宇宙条約を破棄する事を此処に正式に表明する。

 この事により我が国の信用が落ちて、色々な弊害が発生する事が予想される。

 だが、宇宙条約に縛られてコロニーレーザーの製造を諦める訳にはいかない。御理解頂きたい」


 宇宙条約は宇宙に大量破壊兵器を配備する事を固く禁じていた。コロニーレーザーは使い方次第で大量破壊兵器に十分に為り得る。

 もっとも、こんな緊急事態に宇宙条約を律儀に守って、コロニーレーザーの製造をしないという訳にもいかない。

 本来、このような世界的な条約を一方的に破棄すれば、非難が集中して様々な弊害が発生する。

 多国間で結ばれた他の条約などが次々に各国から破棄されたら、北欧連合は甚大な被害を被る事になるだろう。

 勿論、公式協議の場を設けるなら、この緊急時だから条約違反も仕方の無い事だと認められるだろう。

 国連総会で決議案が出れば、必ず例外措置として採択されるはずだ。

 だが、一歩進んでフランツは条約からの脱退を明言していた。これはこれから先の展開を踏まえての事であった。

 そして、北欧連合が宇宙条約から脱退した事を非難する声明を出した国家は存在しなかった。

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 ミハイルは財団の本社ビルで爆弾テロに遭って、全治二ヶ月の重傷を負っていた。

 爆発現場を検証した警察の担当者はミハイルが生き残ったのを見て、奇跡的だと呟いた程爆弾の威力は凄まじかった。

 何しろミハイルの居たフロアは勿論の事、上下のフロアも完全に破壊されて死者も出ていたのだ。

 そんな中でミハイルが全治二ヶ月の重傷で済んだのは、以前にシンジが贈った緊急時に障壁を自動展開してくれる指輪のおかげだった。

 ミハイルは緊急入院をしたが、そのまま継続して入院出来る程、状況は甘くは無かった。

 最低限の治療を済ませてから退院して、ロックフォード家の地下の一室で療養をしながら隕石衝突回避作戦の指揮を執ろうとしていた。

 そこに共同記者会見を済ませたフランツとナルセスが、事前連絡をしないで見舞いに訪れてきた。


「私だ。入るぞ」

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


 ナルセスはドアをノックして声を掛けたが、返ってきたのはクリスの慌てた声だった。

 部屋の中からドタバタした音が聞こえてきたが、やがては止んでドアが開けられた。


「お待たせしました」


 ドアを開けたのは、何故か顔を赤らめているクリスだった。フランツとナルセスは訝しげな表情で部屋に入った。

 ミハイルは身体の至る所に包帯を巻いて、パジャマ姿でベットに横たわっていた。

 そして何故か焦ったような雰囲気を漂わせていた。空気に微かな匂いも混じっている。

 混乱している二人は気がつかないだろうが、外から入って来た二人は室内で何が行われていたかを察していた。

 フランツとナルセスは老人と呼ばれる年齢だが、若い頃はかなり無茶な事をやった経験を持っていた。

 ミハイルは三十代、クリスは二十代だ。元気があるのは良い事だと考えて、深く二人を追求する事はしなかった。

 もっとも、小声でクリスに注意はしたが。


「口紅が落ちているぞ」

「ちょっと席を外します」


 顔を真っ赤に染めたクリスは慌てて部屋を出て行った。残されたのはミハイル一人だ。

 まだ全身に痛みがあって無理は出来ない状態だが、二人から追及されるのかと考えて狼狽していた。

 フランツとナルセスはそんなミハイルを見て、微かな笑みを浮かべた。


「全治二ヶ月の重傷だが、そんな事を出来る元気があるようなら大丈夫だな。相変わらずマニアックな趣味だと思うが」

「ミハイル君との接点は秘密会議しか無かったからな。こんなミハイル君を見るのは新鮮に感じるぞ。親しみが湧いてくる」

「勘弁して下さい。まだ全身が痛くて局部麻酔を使っているんですよ」

「あの爆発現場で生き残れただけでも奇跡的だと言われているからな。それにしても下半身は別だという事か。

 私も若い頃は無茶をやったからな。偉そうに言うつもりは無いが、今は体力は温存した方が良いぞ。

 もっとも、頭の方は全開にして貰うが」

「ええ。この身体ですが、指示は出来ますから」

「頼むぞ。それにしてもクリスはもっと理知的な女性と思っていたが、やはり女は男が出来ると変わるものなのか?

 色ボケしてミスしては困るんだが」

「……私達をからかいに来たのですか?」

「いや、フランツ首相も来ているのだ。れっきとした見舞いだ。話しを変えるが、衝突回避作戦の成功率と進捗はどうだ?」

「巨大隕石は三つの小惑星を横から高速で衝突させる事で、間違いなく軌道は変えられます。

 問題は衝突させる座標ですが、これは既に小惑星に推進器を取り付けて目標に向けて加速中です。

 予定通りにかなり遠方で実行出来ます。懸念材料は標的が複数の隕石であるという事です。

 巨大隕石の軌道を変えて、それが他の隕石の軌道にどう影響してくるかまでは想定は出来ません。

 ですから二の手として核兵器の集中使用を準備します。五隻の宇宙船を準備中です。一週間以内には用意出来ます。

 この核兵器の集中使用で十キロ以上の隕石の軌道を逸れさせれば、残りはコロニーレーザーで対処は可能です。

 コロニーの改造には時間が掛かります。完成はギリギリかと思います」


 観測されている隕石群に関しては、三段階の作戦で衝突は回避出来るとミハイルは考えていた。

 だが、大気圏内と宇宙空間での核爆発の影響はかなり違ってくる。宇宙空間では大気が無いので、爆風というものが存在しない。

 一度は宇宙空間で核爆弾を爆発させて、データを収集すべきと考えていた。

 百キロ以上の巨大隕石に関しても、正面から小惑星を衝突させても意味が無いが、側面に速度をつけた小惑星を衝突させる事で軌道の変更は

 出来ると計算出来ていた。質量比は絶望的な比率だが、軌道をほんの僅か変えれば済む事だ。

 その為に、何処まで小惑星を加速出来るかが作戦戦功の鍵となる。


「三段階の衝突回避作戦か。それとは別のあれはどうなのだ?」

「まだ何とも言えません。かなり重傷ですので、まだ動けませんから。ですが、思考そのものは大丈夫です」

「分かった。成功率は?」

「ユグドラシルの計算では、三段階の衝突回避作戦で69.3%の成功率です」

「予想より低いな。80%以上はあると思っていたが」

「不確定要素がかなりありますから。但し、別のもう一つの準備が出来れば成功率は100%になりますが、治療状況が問題です」

「分かった。我々は各国政府に核兵器の供出を要請し、一週間以内には集めるように努力しよう」

「しかし、この機会に全世界の核兵器を全廃しようだなんて、良く思いつきましたね。計算ではそこまでの量は不要でしたが」

「このくらいは思いつかないと首相だなんて務まらんよ。口実もあるんだ。核兵器を全廃させる良い機会だ。

 それに最終決戦の時のゼーレの力を削ぐ事にもなるだろう。この緊急事態に表立って反論出来る国は無いさ。

 さて、万が一を考えてスペースコロニーへの移住計画を進めなくてな。枠の拡大の件は噂で既に広まっている」

「現時点での総応募人数は約一千万人です。それを三百万人まで絞り込みます。輸送準備も整いつつあります」

「今は隕石衝突回避作戦とスペースコロニーへの移住計画に専念しなくてはならないが、それが片付けばゼーレと全面衝突が待っている。

 使徒は後は二体か。そちらの準備もしなくてはな。我々政府上層部の家族は移住申請は絶対にしないと明言して、戒厳令を布いている

 から混乱は抑えられているが、サードインパクトの脅威もまだ残っている」

「はい。使徒の事は【HC】に任せるしか無いでしょうね。今は零号機しか動かせませんが、フォローは出来ますから。

 最悪の時は初号機も考えなくてはなりません。本格移住用の宇宙船も、核兵器運搬用の宇宙船と同時に運用が可能になります。

 想定外の事があって計画は少し遅れていますが、今はその遅れを取り戻しているところです」


 財団の工場は販売用の製品から、隕石衝突回避作戦とスペースコロニーへの移住計画に必要な物資に生産をシフトしていた。

 利益は出なくなるが、この緊急時にそんな事は言っては言られない。今まで貯めてきた利益を全て吐き出す勢いであった。

 今の財団の体制は準戦時体制とも言える状況だ。

 又、移住計画の人数を当初の百万人から三百万人に増やした事で、スペースコロニーの物資の不足が問題になっていた。

 移住させる為にはある程度の物資を用意しなくてはならないが、財団の工場をフル稼働させても足らない状態だった。

 その為、移住を許可された【HC】支持国からの支援物資が、続々と北欧連合に届けられる予定になっていた。

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 フランツとナルセスの共同記者会見の様子は全世界に中継された。

 全世界の全ての核兵器を隕石の衝突回避作戦に使用したいという要請は、国連を経由して各国政府に伝えられた。

 表立っては、核兵器の供出を拒否する国家は無かった。隕石が地球に衝突すれば、確実に人類は滅亡する。

 そんな危機に自国のエゴイズムを貫き通せる国家は殆ど無かった。でも、一部の国家は難癖をつけてきた。

 国民を餓死させてでも強盛国家に成る為と言って核兵器を開発したある国家は、核兵器の供出に条件をつけた。

 我が国の核兵器は平和の為のものであり、人民の血と汗の結晶である。

 核兵器を供出する代わりに、国家の首脳部のスペースコロニーへの移住許可と、北欧連合からの食料支援を要求してきた。

 その国と北欧連合の間に国交は無かった。第三国の大使館経由でその国の要望は北欧連合に届けられた。

 だが、北欧連合はその国の政府と交渉する気は無かった。その要求内容を世界に公表して、その後は無視を決め込んだ。

 忙しい最中、そんな下らない事で僅かな数量の核兵器の為に無駄な外交交渉をする気は無かった。

 その国は何度も国際公約違反を続けてきた国である。『Kの法則』が適応される国家でもあり、国際的な信用はゼロだった。

 結局、後ろ盾である某大陸国家の強い警告と干渉があって、その国は無償で核兵器を提供する羽目になった。

 その国が得たのは、人類の危機に協力せずに自国のエゴイズムを優先させた国家という悪評だけだった。

 その他にも、核兵器を提供するからには、宇宙空間での効果を確認させて欲しいとかの要請をした国もあったが、

 それらの要請は全て無視した。一つを許せば、なし崩し的に要求が増える為である。

 だが、全てを北欧連合に委ねる事を良しとしなかった国家は、別の策動を行っていた。


 実際には供出する数を誤魔化して、核兵器を隠し持っている国家もあった。

 これらを北欧連合は察していたが、知らぬ振りをしていた。全てを清算する時に追及すれば良いと考えていた為であった。

 そしてネルフも核兵器の供出要請を受けていたが、ネルフから核兵器が運び出される事は無かった。

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 欧羅巴の民間TVで、各界の権威と呼ばれる科学者を集めた討論会が生中継で行われようとしていた。

 出席者は宇宙工学の権威のY氏、宇宙物理学の権威のA氏、機械工学の権威のF氏。核物理学の権威のS氏だった。

 出席者全員がネルフ支持国出身であり、今回の財団の行う隕石衝突回避作戦に関与していない。それが事情を複雑にしていた。


「先日の報道で、ロックフォード財団の主導で行われる巨大隕石の衝突回避作戦の概要が発表されました。

 各国政府は北欧連合政府に対して協力を申し出ましたが全て拒否されて、核兵器の提供だけを求められている状態です。

 これは人類の存亡に関わる重大事です。それを一国、いえ民間企業に委ねるのはどうかという考えが一般に広まっています。

 今回は各界の権威と呼ばれる方をお招きしました。この作戦の是非と成功率、そして改善点などについて討論したいと思っています」


 司会の説明を受けて、各界の権威と呼ばれる四人の討論会が始まった。


「巨大隕石が地球に衝突すれば、人類は完全に滅亡する。技術や資材的な面から考えて、財団が主導を取るのは仕方無い事だ。

 だが、我々の存亡にも直接関わってくる事だし、我々の知らないところで人類の運命が左右されるのも納得がいかない。

 核兵器を提供するのだから、我々を立ち会わせる事ぐらいは認めるべきだろう。財団が秘かに核兵器を隠匿する可能性もある」

「政府も弱腰だ。何を言われたのかは知らないが、核兵器の提供と引き換えに我々を作戦立案に参加させるように交渉すべきだ。

 小惑星を衝突させる軌道や速度も全然公開していない。本当に財団だけで実行出来るか不安が残っている。

 確かに財団の技術は突出したものである事は認めるが、我々を作戦立案に参加させれば成功率は上がるだろう」

「衝突させる小惑星の形状も大きく作戦の実行に影響する。本当に成功するのかを我々が検証しなければ安心は出来ない。

 財団はその辺りの事をどう考えているのか? 人心安定を軽く見てもらっては困る」

「そうだな。今の我々の技術では、こちらに向かってくる巨大隕石群は確認出来たが、形状までは識別出来ない。

 財団が巨大隕石の詳細観測データを持っているなら、公開すべきだ。全世界の力を結集して作戦に挑むべきだろう」

「核兵器もだ。集中運用して中規模の隕石の軌道を逸らすとか言ってはいるが、宇宙空間で核爆発しても地上ほどの効果は無い。

 表面を吹き飛ばして作戦が失敗する可能性もある。そういった詳細な作戦内容を公開しないとは納得がいかない」

「確かにロックフォード財団の技術力は認める。現在の地球の衛星軌道上にある人工衛星は、全て財団が打ち上げたものだ。

 それにあのスペースコロニーを建造した技術も認めざるを得ない。だが、我々を蔑ろにする事は許されないだろう」

「まあ、総じて財団の行っている事に反対はしない。だが、詳細内容に関しては情報を公開しないと作戦の成否は判断出来ない。

 ここは政府を通じて、北欧連合政府に情報公開するように強く要請するべきだろう」

「それと我々の何人かを作戦に立ち会わせる事だ。宇宙空間で財団が集めた核兵器を何個か隠匿する可能性もある。監視すべきだ」


 討論会に熱が入ってきたところだったが、いきなりTV局のスタッフがメモ用紙を司会に手渡した。

 司会者はメモを読んで顔色を変えた。そして今回の討論会に参加している各界の権威である四人に声をかけた。


「討論が盛り上がっていますが、今現在、ロックフォード財団のミハイル・ロックフォード博士の電話が繋がっています。

 博士はこの討論会を見ており、参加させて欲しいと言っていますが、電話をスピーカに繋げて宜しいでしょうか?」

「な、何だと! ……隕石衝突回避作戦の最高責任者か。良いだろう!」

「……まだ安静状態と聞いているが、本人が掛けてきたのであれば、良いだろう」

「良かろう。ここで白黒はっきりさせよう」

「構わん」


 ここに生放送中の討論会に、議題の隕石衝突回避作戦の最高責任者であるミハイルが電話参加するという珍事態が発生した。

 参加者の確認を取って、TV局はミハイルから入ってきた電話を会場のスピーカに接続した。


『初めまして。私はミハイル・ロックフォードです。まだ安静が必要でベットに寝ていますが、この討論会を見ていました。

 宜しければ、討論会に私も参加させて下さい』

「全治二ヶ月の重傷と聞きましたが、お身体は大丈夫何ですか?」

『痛み止めを打っています。まだ身体を動かすのは無理ですが、電話ぐらいは出来ますよ。

 さて、私を含めて財団も色々と言われていましたが、反論して良いでしょうか?』

「構わん。こんな人類の危機にただの民間企業であるロックフォード財団だけで計画を進めるとは何を考えているんだ!?

 こんな緊急事態なら全世界の力を結集すべきだろう!」

『この隕石衝突回避作戦を成功させる為ですよ。誰が私の弟であるシンを核ミサイルで攻撃したのですか?

 誰が私をこんな重傷にしたんですか? 誰が我が財団の工場や研究所にテロ行為を行ったんですか?

 全てあなた方の政府が支援するある組織ですよ。ゼウスという名を騙っていますけどね。それを知らないとは言わせません』

「そ、そんな事を言われても我々は何も知らない。そんな事は政府と交渉してくれ!」

『確かに最初は核兵器の提供と引き換えに作戦への立会いを求められました。

 ですが、ゼウスの事を追及されたあなた方の政府はどこも満足な反論が出来なくて、主張を引っ込めたんです。

 作戦への立会いを許可して、そこでテロを起こされたら、それこそ作戦は完全に失敗します。

 今回の作戦に失敗は許されません。だからこそ、財団だけで隕石回避作戦を実行します。余計な雑音は不要です』

「人類の滅亡が掛かったこの作戦を民間企業であるロックフォード財団だけで行うと言うのか!?

 費用は財団だけで賄えるのか!? 人員不足は無いのか!? シミュレーションは完璧なのか!?」

『資材はスペースコロニー建設用の宇宙の加工工場で全てを生産しています。運搬用の宇宙船とシールド機能付きのドリルミサイルもです。

 時価換算で約百億ユーロ(約二十兆円)ぐらいです。

 費用の事を心配してくれるのは有難いですが、この事を聞いたあなた方の政府の高官は費用負担の話しを避けようと必死でした。

 ネルフの求める追加拠出金で余裕が無いのは知ってますが、少し情けなく感じましたよ』


 小惑星に取り付けた推進器や宇宙船、その他の準備等にかなりの資材が使われていた。

 もっとも、他の小惑星から材料を取り出して加工して使っている為に、財団がまともに百億ユーロを負担した訳では無い。

 あくまで時価換算の費用である。それに小惑星にはたまに貴金属などが大量に含まれている事もある。

 一気に市場に放出すれば世界市場が大暴落する程度の量を、以前からストックして事も有利に働いていた。


「……そ、そんな事が!?」

『あなた方がこんなTV討論会を開いて騒がなければ、あなた方の政府は核兵器を提供したという実績だけが残せたんですがね。

 こういう裏話を公表しては、あなた方の政府の信用失墜は必須ですね。

 内緒にしてくれとは言われましたが、このような生放送で我々財団を批判されたら黙っている訳にもいきません。

 あなた達がどういう職務に就いているかは知りませんが、政府から睨まれない事を祈っておきます』

「そ、そんな!?」

『それと、我々が核兵器を隠匿する可能性を指摘されましたが、あんな危険物は不要です。

 あんまり世間を不安にさせても意味が無いと思って黙っていましたが、今回我々が用意した小惑星を地球に衝突させれば、

 それだけで人類は滅亡します。絶対にやりませんがね。保管するにも費用が掛かる核兵器を隠匿する意味はありません。

 これははっきり言っておきます。下衆の勘ぐりは止めて欲しいですね』

「…………」

『もう一つ、言っておきます。我々の行動を認めるとか、反対しないだとか上から目線で言われるのは非常に不愉快です。

 我々の技術レベルもろくに知らない人間が、有用な案を出せると思っているのが間違いです。

 机上の空論しか討議出来ない人間は作戦の邪魔にしかならない。あなた方が知っている範囲が全てでは無いのです。

 知りもしない癖に偉そうに論評などされては、作戦を必死に実行している職員の士気にも関わってきます。

 我々はあなた方には核兵器の提供しか期待していませんし、あなた方の国民を安心させる義務も無い。

 さらには信用出来ないあなた方と共同作戦を取る事など、ありえないと此処に断言しておきます!』


 そう言ってミハイルの電話は切られた。生放送だったので、この政府の醜態は全国民の知るところとなった。

 そして政府の意向を無視して勝手に政府交渉レベルの事に干渉したとして、この四人は職を離れる事となった。

 国民の非難はあったが、核兵器の提供は予定通りに行われた。

 ここで核兵器を提供しなければ、エゴイズム国家のレッテルを永久に貼られてしまう。さすがにその事態は避けたかった。

 他の各国も似たような動きはあったが、この国の醜態を見て騒ぎが拡大する事は無かった。

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 ミサトはリツコの部屋を訪れていた。今のリツコはゲンドウとの関係も良好で、無理な指示も受けていない。

 義足であるが、プライベートも充実しているので、リツコの機嫌は良い状態だ。

 加持を亡くして心の中で悲嘆に嘆くミサトとは正反対の状態だった。

 だが、ミサトは顔に出す事も無く、リツコに今後の対応を聞き始めた。


「病院に行って確認したわ。アスカは明日は退院出来るけど、かなり精神的なダメージを受けている。

 あれじゃあ、弐号機を起動出来るか分からないわ。それにトウジ君は処置無しと言われたわよ。

 これじゃあネルフのEVA戦力は全滅じゃ無い! 何とかならないの!?」

「アスカの精神ダメージは少しずつ治すしか方法は無いわよ。急いでも無理。でも、弐号機に関してはダミープラグがあるから、

 万が一の時はそれを使うしか無いわね。参号機に関しては、パイロット変更を行うわ」


 ゲンドウと冬月との打ち合せで、アスカは最後の時まで現状維持を継続する事が決定されていた。

 そのままミサトに伝える訳にはいかないので、オブラートに包んだ表現でミサトに伝えていた。

 トウジに関しては今のネルフの技術ではどうしようも無く、既にシクススを選出する事が決められていた。


「参号機のパイロット変更!? トウジ君を見捨てるの!? それと新しいパイロットを選出!? 新しい犠牲者を探す訳!?」

「今の人類の技術じゃあ、トウジ君は治せないわ。参号機を遊ばせておけって言うの!?」

「……かと言って、今からパイロットを選んでも訓練で使えるまでには時間が掛かるわよ!」

「それは作戦部の考える事でしょ。技術部としてはEVA二機を稼動状態に持っていくのが仕事よ」

「……また、中学生から選ぶのね?」

「そうよ。勿論、本人の同意は得るわよ。アスカの方は少しは時間を空けて様子を見た方が良いわね」

「……パイロットはマルドゥック機関から連絡があったとは言わないの?」

「もう、カラクリは分かっているんでしょう。此処にまで来て、そんな誤魔化しをしても意味が無いのは分かっているわ」

「……分かったわ。それにしてもシンジ君があんな事になったから、【HC】も零号機しか動けないのか。これからどうなると言うの?」


 ミサトとしてはアスカを心配する気持ちもあったが、作戦課長として弐号機の戦力化を考えなくてはならない。

 参号機も同じだ。人道主義を押し通して、使徒に負けて人類が絶滅してはネルフの意味が無くなる。それはミサトにも分かっていた。

 ましてや切り札とも言えるシンジを失って、戦力は以前の半分以下に落ちているのだ。

 ミサトはプライベートの感情と、仕事の責任感の板ばさみで悩んだが、自分の為すべき事は弁えていた。

 他にも北欧連合から公表された巨大隕石群が地球に衝突する危険性も気にはなったが、宇宙にネルフの手は届かない、

 ネルフは使徒に対応する為に組織された。ならば自分は使徒戦に専念しようとミサトは考えていた。

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『二年A組の相田ケンスケ君。相田ケンスケ君。至急、校長室まで来るように。二年A組の…………』


 授業中に呼び出されて、何を責められるのかと戦々恐々としていたケンスケを待っていたのは冬月だった。

 部屋に入ると校長は席を外し、ケンスケは冬月と向かい合って座っていた。ケンスケが冬月と会うのは二回目だ。

 第四使徒が来襲した時にシェルターからトウジと抜け出し、戦闘妨害をしてシェルター被害を誘発させたと罰せられるところを

 冬月の温情(実際は恩にきせる為)で罪を問われなかった。冬月と話すのはその時以来だった。

 何故かケンスケは目を輝かせて、冬月の言葉を期待を込めて待っていた。


「今日、この中学に来たのは「ボクをEVAのパイロットにしてくれるんですね!」……何故、そう思うのかね?」

「この前の使徒の時に弐号機と参号機が錯乱して、街に被害を与えた事は知っています。その後もトウジも惣流も学校に来ていません。

 負傷したと思います。そこに冬月さんがボクを呼び出したという事は、スカウトに来たと思いました。そうですよね!」


 冬月が言い出す前に、EVAのパイロットの事を言い出したケンスケだった。

 以前の盗撮事件からパソコンやカメラの所持は禁じられていたが、父親のパソコンを使っての情報収集は怠ってはいない。

 失敗はしたが、肆号機の起動試験前にミサトに直談判しようとマンションで待ち伏せした事もある。

 この前の使徒戦の状況は知っていた。そしてパイロット二人が何時までも登校してきていない。

 そこに来て、冬月が自分を呼び出したという事は、パイロットにスカウトに来たのだろうとケンスケは考えていた。

 もちろん、ケンスケの願望もかなり混じっていたが。

 ケンスケの返事を聞いて、冬月は内心で溜息をついていた。本来は機密情報である使徒戦の事を、何で中学生が知っているのか?

 まあ、父親のパソコンを無断使用しているのは諜報部からの報告で分かっている。

 本人もやたらとEVAに興味を持ち、クラスメートの証言からパイロットになりたいとの願望を持っているとの報告もあった。

 だからこそ、この非常時にパイロットになるのを拒まないだろうとの思惑から冬月が中学に来たのだ。

 だが、まさかここまで情報を集めて積極的にパイロットになりたいと言い出すとは思ってはいなかった。

 アスカは精神崩壊寸前。トウジは完全に精神崩壊して医者も見離した。ヒカリは両足切断で、今は義足をつけてリハビリ中だ。

 三人の状況を話せば、ケンスケの興奮が収まるかもと一瞬は考えたが止めて置いた。冬月は仕事を優先にして話を進めた。


「状況が分かっているなら話しは早い。確かに弐号機と参号機のパイロットは負傷している。復帰はかなり先になるだろうが、

 それまでの間の戦力は当然必要だ。君にEVAのパイロットになって欲しい」 (まさか二人が復帰不能だとは言えんな)

「はい! それで弐号機ですか、参号機ですか?」

「参号機だ」 (そこまで知っているのか)

「じゃあ、トウジの機体か! ふふっ。トウジの怪我が治る前に俺が華々しい戦果をあげて見せる!

 これで俺を見下してきた奴らを見返してやれる! 俺が英雄になって、馬鹿にした連中が擦寄って来るのを笑ってやるぞ!」


 ケンスケは盗撮事件の件と、第四使徒の時のシェルター被害の犯人として、学校中から白眼視されていた。

 一度は下校途中に暴行事件に遭って、入院したほどだ。流石にパイロット候補生がクラスメートから暴行があって死亡してはまずいと

 ネルフから学校に圧力が掛かった為に、ケンスケへの二度目の暴行事件は無かった。

 とはいえ、全校生徒から白い目で見られるのは辛い。トウジが学校に来なくなってからは、ケンスケと話す人間は誰も居なかった。

 その為、ケンスケは迫害されていると感じて、クラスメートに屈折した感情を持つようになっていた。

 そんな状況で冬月の持って来たEVAのパイロットへのスカウトは、ケンスケの置かれている状況を一変させるものだった。

 自分自身の悲惨な状況を変える事になるだろうと、ケンスケはパイロットになる事を強く望んでいた。


「では参号機のパイロットになってくれるのだね。君の父親は私から説明する」

「大丈夫です。パパは俺から説得しますから! 絶対に反対はさせません!」

「そ、そうなのか。では、これからネルフに戻るから同行するんだ」

「えっ!? これから直ぐにですか?」

「勿論だ。我々には時間が無いのだ。良いな」

「は、はいっ!」


 ケンスケは教室に戻ってカバンを持つと、直ぐに冬月に合流した。出来れば自分がEVAのパイロットに選ばれた事をクラスメートに

 自慢したかったが、授業中の為に出来なかった。そしてケンスケは冬月と一緒にネルフ本部に向かって行った。

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 スペースコロニーへの移住申請が出来るのは、北欧連合と中東連合、その友好国。【HC】支持国だけだった。

 移住を希望する場合は、財団がHPに記載してある色々な条件を承諾する事が前提になる。移住する人達の権利に関する規定だ。

 衣食住は保障されるが、権利の一部は制限される。犯罪を犯した場合には、財団が指定した組織で裁判が行われる。

 弁護士制度などは無い。最高刑は死刑であり、その次は追放刑である。それ以下の刑は強制労働になる。

 財団が生殺与奪権を握っていると陰口を言われる所以だ。そしてその条件を承諾しない限りは、移住申請は出せないようになっていた。

 それ以外にも周囲とトラブルを起こしたり勤務状況が怠慢と判断されりすると、ある監視組織から勧告が出るようになっていた。

 そして二度の勧告を受けて改善されない場合には、財団が指定する住居への引越しと、指定の職業へ就労する義務が明記されていた。

 基本的に子供以外は、労働の義務を課していた。ニートなど最初から受け入れる気も余裕も無い。

 それにいくら財産があっても、遊んで暮らすような生活を認める気は無かった。大人な何らかの職業に就く事が義務だった。

 スペースコロニーの自治組織はミハイルとクリスが用意したが、人権をメインで考えている余裕などは無かった。

 まずは自給自足の体制を整えて、大勢の人間の居住体制を構築するのが優先だ。それには強権が必要だった。


 その条件を承諾した人は、自分の履歴書に相当する資料と希望の職業、病院で受けた健康診断書をネットを経由して財団に提出する。

 財団は戸籍調査と犯罪歴の有無、それと過去の行動などを出来る限り調査する。(孤児関係の審査はかなり甘い)

 それで問題が無い申請者に、写真と髪の毛を同封して送り返すように返信用の容器を発送する。

 財団は返信されてきた写真を申請データにリンクして保存。そして容器に入っている髪の毛のDNA解析を行う。

 これにより偽装家族や偽装国籍の申請者を識別する。ES部隊などの招かざる客を見極める為にもDNA検査は欠かせない。

 これもパスした人達に、財団から面接する日時と場所が連絡される。そして、財団担当者による最終面接と検査カプセルで

 再度のDNA解析が行われ、本人である事の最終確認と病気持ちかどうか、整形手術の有無の判断が行われる。

 最終面接は財団の明示した条件を承諾するかの最終確認と簡単な性格テストだけであり、一組あたりは十分程度で終わる。

 検査カプセルは技術の粋を凝らしたものであり、一人当たり五分程度の検査時間である。

 合否判定はその場で出るが、落ちた人が騒ぐのは好ましく無い。その為に合否連絡は二十四時間後にメールで送られる事になっている。

 合格のメールを受けた人には、一ヶ月の猶予期間が与えられる。その間に今の自分の財産を処分する為である。

 スペースコロニーに持ち込める荷物は一人当たり、スーツケース二個相当分のみだ。

 そして最後は北欧連合への移動だ。国内の場合は問題無いが、海外の遠隔地で費用面などで渡航費が準備出来ない人達の為に、

 財団は船や飛行機などの移動手段も準備していた。

 そして北欧連合の受け入れ施設で一週間の研修を受けた後に、正式にスペースコロニーに移住する事になる。

 これがミハイルとクリスが準備したスペースコロニーへの移住のプロセスであった。

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 【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。

 何時もは陽気に騒ぐメンバーだが、今回は通夜のように静かに酒を飲んでいた。


「中佐が核ミサイル攻撃を受けて亡くなるとはな。今まで中佐はほとんどの使徒を倒してきたんだぞ。

 その功労者を核攻撃したのはどこの組織だ!? 『ゼウス』なんて誤魔化しだ!」

「核弾頭を装備した迎撃ミサイルを搭載する潜水艦を配備出来る組織なんて、限られている。国家なら常任理事国クラスだな」

「記者会見でES部隊が北欧連合でテロ行為を行っていたと言っていたよな。三賢者の一人が重傷を負ったんだろう。

 ジオフロントで中佐の乗ったVTOL機を攻撃したのと同じ部隊か。ネルフの可能性もあるよな」

「まあな。『ゼウス』を名乗った組織はあれから一度も声明を出していない。偽装行為だというのは間違い無いな」

「中佐が亡くなったから初号機は凍結か。今は零号機しか動かせない。うちの戦力は半減以下だ」

「まあな。零号機のパイロットのあの女の子も月面基地から戻ってきたけど、零号機の起動試験を行ってからは部屋に篭りっぱなしだ」

「ああ。月面基地から戻った時に目を腫らして喪服を着ているのを見たよ。仲が良かったからな。見ていて痛々しくなったよ」

「他の二人の女の子も同じだったよな。今はそっとしておくしか無い」

「そうだな。セレナ嬢が定期的に様子を見ているそうだ」

「セレナ嬢じゃ無いだろう。もう不知火夫人と言わなくちゃな」

「嫌だ! 俺は認めん! あのセレナ嬢が二十以上も年の差がある不知火司令のものになるなんて、俺は認めん!!」

「そうだ! 絶対に不知火司令に騙されたに違い無い! パワハラでもされたに決まっている!」

「いい加減に認めろよ。籍を入れた事を公表した時に百人以上が司令に詰め寄ったけど、夫人の一喝で皆が引き下がったんだろう。

 さすがにお腹に子供がいると聞かされたら、何にも言えんわな。まあ、俺も不知火司令を殴りたくなったけどな」

「ドイツ政府機関が夫人を化け物だって陥れようと報道した時に、不知火司令が彼女を守ったらしい。それから関係したみたいだ」

「あの時も中佐の反論で事態が治まったんだよな。でも、ドイツも酷いことするよな。クローン人間まで作っていたんだろう」

「後で聞いたけど、ドイツ国内で誰がクローン人間だかの追及をしたんだとさ。そしてクローン人間だと分かった子供が殺されたらしい」

「子供に罪は無いだろう! 悪いのはそれをやった人間だ。それなのに子供を殺したのか?」

「ああ。それもドイツだけじゃなくて、他の複数の国でもクローン人間が見つかって、次々に一般民衆に嬲り殺されたらしい。

 ニュースにはならないが間違い無い」

「中佐の記者会見でクローン人間を作った人間は責められるべきだが、クローン人間には罪は無いと言ってたのにな」

「でも、クローン人間なんて、気持ちが悪くないか? 俺は近寄りたくは無いぞ」

「それは偏見だろう。それを言ったら容姿が醜くて近寄りたく無いと言っているのと同じだ。その個人の人格を見るべきだろう」

「まあな。容姿が良くても人格が壊滅状態だったら近寄りたくも無いな。変な教育を受けて人格が普通じゃ無い人間が多くて困るもんだ」

「人は自分と異なるものを恐れるか。それで何の罪も無い子供を、一般民衆が群がって嬲り殺しか。嫌な世の中になったものだ」

「まったくだ。それでもサードインパクトが起これば人類は滅亡すると思って、死にたく無いから頑張ってきたんだ。

 それなのに、この時期に巨大隕石群が地球に衝突する可能性があるとは。まさに世紀末だな」

「そう言うな。使徒も残りは少ない。巨大隕石も北欧連合が全力を傾けて対処すると言っているんだ。もっとポジティブに考えよう」

「でも、巨大隕石群の事が発表されてから、スペースコロニーへ移住を希望する人達が激増しているという話しだ」

「こんな荒れた世の中だからな。財団の言う事を聞かなくてはならないが、新天地を求めようって気持ちも分からなくは無い。

 万が一の時は、生き残れる。そういう保障は、誰でも求めたいと思うのは当然だ」

「でも、北欧連合政府の政治家の家族や、ロックフォード財団の総帥の家族はスペースコロニーには移住しないって宣言してたな。

 あれで人心の動揺が抑えられている。あれが無ければ、皆がパニックになってもおかしくは無い」

「俺達は【HC】勤務だから移住申請は優先されるはずなんだがな。まだ使徒が来るから敵前逃亡する訳にもいかない。貧乏籤だな」

「そう、ぼやくな。今は財団の力を信じて、巨大隕石の衝突が回避出来ると信じるしか無いんだ」

「巨大隕石か。中佐が生きていれば、何とかなったのかな?」

「中佐は底が見えなかったからな。スペースコロニーを財団の資産も使わずに造ったくらいだから、何か手はあったのかもしれん」

「でも、中佐の葬儀をするような報道は無かったよな。あれだけの功労者なら、国葬でもすると思ったんだが」

「今は北欧連合と財団は、巨大隕石の件と移住計画に全力を注ぐと言っていたからな。それとも別に理由があるのか?」

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 『天武』が核ミサイル攻撃を受けて消滅した。今まで北欧連合に対して功績が大なるシン・ロックフォードの国葬を行わないのかと

 声が、国内と同盟国、友好国から上がっていた。だが、『ゼウス』を名乗る組織からテロを受け、その復旧も完全に終わっていないし、

 何より今は巨大隕石の衝突回避作戦とスペースコロニーへの移住計画に全力を注ぐとの理由から、国葬の件は有耶無耶にされていた。

 【HC】支持国はその理由を聞いて、納得して引き下がった。だが、ネルフ支持国の一部の国家からは、国葬には是非出席したいとの

 連絡が北欧連合の各国の大使館に次々に入っていた。ネルフ支持国の国民はスペースコロニーへの移住の資格を持っていない。

 国葬を機に北欧連合に対して弔問外交を行って、少しでも関係を改善したいという思惑が隠れていた。

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 ネットの某掲示板 (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)


『とうとう、スペースコロニーへの移住計画が本格的に始まったな。友人の何人かは財団から面接に関するメールが来たって言ってた』

『スペースコロニーか。行きたかったな』

『かなり審査は厳しいらしい。俺の知り合いの女の子で、最初の申請時に整形をしていないって言ったのが、検査カプセルで

 整形したのがばれたらしい。不合格のメールに理由が書かれていて、何でばれたのかと泣いていた』

『簡単な、傷を消すような整形手術なら構わないみたいだ。だけど、骨格まで踏み込んだ手術レベルだと駄目らしい』

『見た目を重視した結果か。なんか可哀相になってくるな。美人が泣いているのは見たくない』

『美人なら何をしても許されるような風潮もどうかと思うが。容姿と性格や能力は別物だ。以前に美人の議員で問題になっただろう』

『それが財団の選定基準なら仕方無いだろう。虚偽申告した方が悪いんだ』

『俺の知人は不動産を処分中だ。安くするから買わないかと言われたが、このご時勢で不動産を手に入れても仕方無い』

『それでか。最近はやたらと不動産の価格が下落していると思ったら、そんな理由もあったのか』

『外国人に買占めされないだろうか不安だな』

『何でも森林とか山とかの広い面積の不動産を持つ人は、政府が積極的に買い上げているらしい。大丈夫だろう』

『噂だけど、面接会場に乗り込んで国籍による差別は止めるべきだと叫んだ奴がいるらしい。直ぐに取り押さえられたらしいが』

『どんな奴がやったか、想像は出来るな』

『これも噂だけど、DNA検査で引っ掛かって落されたのも結構いるらしいぞ』

『持ち込めるのはスーツケース二個分か。随分と少ないよな。もう少し荷物を持ち込みたい。コンテナ一個ぐらいは駄目なのか?』

『スペースコロニーにどうやって移動するかは知らないけど、その輸送費は全額財団の負担なんだ。

 昔の打ち上げロケットの場合で1kg当たり、いくら掛かったか知っているのか? そんなに大量の個人荷物を持ち込めるはずも無い』

『既に子供が住み始めていたな。無重力で遊んでいる動画を見たぞ。俺も無重力体験をしてみたかったな』

『俺は広い湖で水遊びしている動画を見たぞ。笑っていた小さい女の子は可愛かったな』

『お前はロリコンか。あの動画を撮った奴は、女の子しか撮影しなかった。不公平だ』

『どうでも良いだろう。肝心なのは、既にスペースコロニーで子供達が遊んで暮らせる環境が整っているという事だ』

『そうだな。大人達は当然働くが、子供達は遊んで勉強するのが本分だからな』

『今は子供達がほとんどで、大人は子供の面倒を見ている少数だ。これから大人が増えだすと、本格的に工場を稼動させるって言ってた』

『本当に宇宙で生活が出来るんだな。巨大隕石が地球に衝突して人類が滅亡しても、スペースコロニーに居れば生き延びられるのか』

『財団の計画している隕石衝突回避作戦は本当に実行出来るのか? 本当に成功するのか? 教えてくれ!』

『預言者じゃあるまいし、そんなの俺らに分かる訳が無いだろう。聞く場所を考えろ!』

『ネットで戦争が起きるのかとか、国家機密を教えてくれとか聞く奴と一緒だな。そんな未来の事や機密を一般人が知る訳が無いだろう。

 不安なのは分かるが、その程度の常識は弁えろよ』

『移住枠を最初の百万人から二百万人に増やすという噂はあったが、財団の修正した発表は三百万人だ。

 これだけ見れば、財団が失敗を予想して移住の枠を拡大したという見方も出来る。

 だけど、財団が発表した隕石回避手段は結構まともなものだ。信用出来るかも知れない』

『あれがまともか!? 加速した小惑星を巨大隕石の横から衝突させるなんて、出来るのか!?

 核兵器を使うのは映画のパクリだろう。コロニーレーザーを使うだなんて、正気を疑うぞ。アニメの見過ぎだ!』

『だったら、お前ならどうするんだ? 具体案を言って見ろ!』

『……そんなのある訳が無いだろう』

『だったら黙っているんだな。具体案も出さずに非難だけするのは無責任だ。財団の肩を持つ訳じゃ無いが、隕石の衝突回避は、

 本来は民間企業が行うもんじゃ無い。スペースコロニーもだ。本当なら各国の政府が先導をきって行うべき計画だ。

 どちらも天文学的な費用が掛かるだろう。それを民間企業だけに背負わせるのは本来は間違いだ』

『だったら、今からでも国連が先導をきって指揮すれば良いじゃ無いか』

『国連が正義の機関だとでも思っているのか? 国連は第二次世界大戦の戦勝国が牛耳っているんだ。

 北欧連合はこの前の戦争に勝ったから常任理事国になったが、他の常任理事国の影響が強い国際政治の衝突の場だぞ。

 利害調整なんか出来るか! どうせ各国が自分達の利益を主張して纏まらないのは分かりきっている』

『財団の技術が抜きん出ているのもあるが、他の政府が信用出来ないんだろう。最近はテロを受けた事もある。

 天武を核攻撃したのは、他の常任理事国だって噂がある。核弾頭を備えた迎撃ミサイル搭載の潜水艦なんて普通じゃ配備出来ない』

『各国政府に全ての核兵器を提供しろと言ってたよな。他の政府は協力するのか?』

『あの半島の独裁国家は条件をつけてきたが、最終的には無償で提供せざるを得ない状況に追い込まれたんだ。

 協力しないなんて言えるところは無いだろう。だけど、問題はそれが有効に使えるかどうかだ』

『隕石の地中に核爆弾を埋め込んで爆発させるのかな?』

『それは財団に聞かないと分からないな。だけど、大質量の隕石に大質量の小惑星をぶつけるのは良い手だ。

 衝突する速度にもよるが、かなりの破壊エネルギーが見込める。問題はぶつける小惑星が三個しか用意出来ないって事だ』

『直径五百キロ以上の隕石か。某動画サイトで直径四百キロの隕石が地球に衝突したシミュレーション映像を見たけど、ぞっとしたな』

『地殻津波と岩石蒸気で地球上の生命は全て死に絶えるか。今回はあれより大きい隕石だからな。もし衝突したら完全に人類は滅亡か』

『小惑星と核兵器で大きい隕石の軌道を逸らして、残った隕石はコロニーレーザーで迎撃か。アニメの世界かよ。現実とは思えん』

『スペースコロニーが造れたんだ。コロニーレーザーだって出来るんだろう。でも疑問はそれを魔術師が単独で準備していた事だ』

『財団の総帥が言ってたな。財団とは別の組織を持っていたという事か。どういう事なんだ?』

『さあな。既に死んでいるから聞けない。この先はどうなる事やら』

『魔術師が生きていれば、隕石衝突回避作戦の事も発表しなくて済んだと言ってたな。こんな事を極秘に処理しようとしていたんだな』

『素粒子爆弾か。確かに一定範囲のものを全て分解するような爆弾が作れれば、巨大隕石も対処は可能か』

『でも、そんなものを作れたとしても、何時俺達に向かって使われるかと想像すると怖いぞ』

『結局は運用者、いや運用組織の信頼度だな。そもそも、発案者が死んだから無意味な議論だ』

『奴が生きていれば、状況はだいぶ変わっていたんだろうな』

『そう言えば、最近は半島関係のニュースはあまり聞かないな。確か、日本政府があそこに今までの謝罪を要求してからどうなった?』

『日本じゃ報道されないが、毎日数万人規模のデモが行われているらしい。あそこの政府はこちらの要求を拒否したそうだ』

『まあ、それも彼らの自由だな。スワップ協定を破棄して、借款を返して貰えば、後は関係を絶てば良い』

『世界一優秀な民族と自負しているんだ。日本と関係無い方が彼らの為になるんじゃないのか。それを実証する良い機会だ』

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 ネルフ本部に連れていかれたケンスケは、コアを入れ替えた参号機とのシンクロ試験を行った。

 その結果、無事に参号機が起動が出来る事が確認されると、直ぐにパイロットの登録手続きが行われた。

 ケンスケの父親は冬月の執務室に呼び出されて、ケンスケを参号機のパイロットに就く事を了承しろと迫られた。

 父親はアスカとトウジの事を噂で知っていたので拒否したかったが、副司令である冬月に逆らえるはずも無かった。

 ケンスケの住居はネルフ本部内に用意された。トウジと同じである。

 自宅から通うような暇があるなら、ネルフ本部に住んで少しでも多く訓練を行った方が良いとの判断からであった。

 アスカは自宅待機で、トウジとヒカリは入院中だ。唯一のEVAのパイロットであるケンスケに、厳しい訓練が待っていた。

 学校にも行かずに訓練だけを延々と行い、合間にEVAに関する知識を詰め込まされた。

 遊ぶ時間も好きなネットサーフィンもする余裕は無かった。訓練が終わったケンスケは疲れ果てて、寝るだけの毎日だった。

 オタク系であり身体能力は平均よりかなり低いケンスケだ。だが、この先に栄光が待っていると信じたケンスケは必死に頑張った。

 その訓練の様子をリツコとミサトとマヤの三人は見守っていた。


「どう。使えそう?」

「まだまだね。というより、あの子を本当にパイロットとして戦場に立たせなくてはならないの? それは無謀というものだと思うけど」

「シンクロ率は34.7%よ。フォースの最初のシンクロ率より高いわ。作戦課長の腕の見せ所じゃないの?」

「あのね。ド素人を一人前の軍人に仕立て上げるのに、何年掛かると思っているの。最初がこれじゃあ、先が思いやられるわ。

 トウジ君だって最近はまともになりつつあったけど、まだ完成には程遠い状態だったのよ。

 この子の場合はサバイバルゲームで銃に慣れていたから、身体能力が低くても射撃はそこそこだから少しは助かるけどね」

「まずはEVAに慣らさせる事ね。最初のLCLを吸い込んだ時は、死にそうな顔をしていたものね」

「あの時は酷く取り乱していましたしね」

「……格闘戦はまず無理ね。ATフィールドを中和させて、射撃と他の支援攻撃を考えるしか無いわ」

「そのATフィールドが問題ね。アスカの時は中佐の指導で何とか張り方を覚えたのよ。フォースの場合は死地で目覚めた訳ね。

 この子の場合はどうするの? ATフィールドを張れないまま使徒戦に出せば、アスカの初陣の時と同じ事になるわよ」

「そうだったわね。……リツコ、シンクロ中のあの子にかなり強烈な苦痛を与える事は出来る?

 敵から攻撃をくらったシミュレーションとしてね」

「彼を追い込んでATフィールドを張らせようと考えたの? ……良いわ。明日までに準備するわ」

「お願いね」


 翌日の訓練で、ケンスケは無数の溶岩弾を回避する訓練を行った。勿論シミュレーションではあるが、回避に失敗すると実際の

 痛みを感じるという過酷な訓練であった。EVAが損傷するとパイロットも苦痛を感じるという事をケンスケは初めて体感した。

(実際に参号機が損傷した訳では無い。シミュレーションで参号機が損傷すると、ケンスケに痛みがフィードバックさせられる機構だ)

 座学では聞いていたが、実際に体験するともなるとまったく違う。戦闘中は攻撃を受けると痛みに耐えて反撃しなくてはならないのだ。

 そして人一倍臆病なケンスケは、見ていたミサトが驚くほどあっさりとATフィールドを展開させた。(出力は低かったが)

 この結果、ケンスケは戦力になると判断されて、より過酷な訓練を受ける事となった。

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 加持は試作のスペースコロニーで一人で生きていた。勿論、電気や水は完備されて、食料もあった。一人で生活出来る環境だった。

 だが、周囲に誰もいないというのは寂しいものだ。TVを見る事は出来るが、誰とも話す事の出来ない状態だった。

 そしてシンジが核ミサイル攻撃を受けて死亡したとのニュースを聞いて、加持は考え込んでいた。

 以前は二〜三日おきにシンジからのメールが来ていたが、核攻撃を受けてからはメールは一度も届いていない。

 ここに自分が居る事はシンジ以外は誰も知らないはずだ。そのシンジが死んだら、自分は死ぬまで此処に居るしかないのか?

 それに試作のコロニーをコロニレーザーが撃てるように改造するとの報道があった。このコロニーを改造するのだろうか?

 それなら自分はコロニーレーザーで焼き尽くされるのか? 好奇心もあったが、そんな危機感が加持を動かした。


 シンジからは立ち入り禁止エリアとして指定されているエリアに加持は踏み入った。そこはジャングルのような密林地帯だった。

 熱帯気候の設定になっているので木々の成長は早かったが、それでもコロニーが建造されてからの年数が短いので大木は無かった。

 そんな密林に加持は入って行った。歩いている途中、加持はふと視線を感じた。

 ここは試作コロニーで誰も人間はいないと聞いていたが、それは嘘で誰か別の人間もいるのか?

 加持は振り返り、視界に入ったものを見て絶叫をあげた。


 そこには十匹もの巨大な猿が、不気味な表情で加持を見つめていた。身長は三メートルにもなるだろう。

 あんなものに襲われたら、逃げ切れる自信は無い。武器も無いし、地理も分からない。何をされるのかも分からない。

 加持はゆっくりと視線を逸らさないまま、後ずさりしていた。そして一目散に逃げ出していた。

 農作業で加持の身体はかなり鍛えられていた。勿論、農作業とマラソンでは使う筋肉は使うが、以前より持久力は増していた。


 幸いにも巨大な猿は追っては来なかった。加持は乱れた息を整えながら、静かに流れている川の水を飲んだ。

 水は澄んでいるし、汚染の心配は無いだろうと思っての事だ。水を飲むと座りこんだ。


 パシャ


 小さな水しぶきの音がした。加持は川に視線を向けると、川の中から自分を見ている二つの赤い目が見えた。

 巨大なワニだった。加持は全身に脂汗をかきながらも、慌てずに静かに後ずさった。

 そしてある程度の距離を取ると、一目散に最初に用意された家に逃げ込んだ。


 それ以降、加持は立ち入り禁止エリアに立ち入る事は無かった。






To be continued...
(2012.07.28 初版)


(あとがき)

 素粒子爆弾に関しては、昔読んだ小説の設定から使わせて頂きました。しかし……大部分が隕石関係になってしまいました。(汗)

 ケンスケがパイロットになりました。まあ、今までの扱いから結果は分かりきっているとは思います。

 次回でアルミサエル戦が終わります。


 リアルですが、甲種の防火管理者講習を受けました。その時の講習で興味深い過去の事故の説明を受けました。

 S48年に熊本のデパートで百人以上が亡くなった火災事故があったそうです。

 欠陥だらけの防火計画に加えて、増築工事と防火設備工事が行われている時に火災が発生しました。(自動火災報知機は作動せず)

 勿論、ちゃんとした防火体制を整えなかった経営者の責任はありますが、自分が気になったのは火災が発生したフロア責任者の行動です。

 フロア責任者は火事の通報を受けた後、部下に消火器での消火は命じましたが、その後は全体を把握せずに延焼を防ぐためのダンボールの

 片付けをやっていたそうです。その為、シャッター閉鎖指示や避難指示(女性店員が自己判断で実施)も行わずに被害が拡大しました。

 責任者が本来の責任を果たさずに目先の事に集中すると、とんでも無い被害になる実例でしょう。

 説明ではフロア責任者はパニックになったと思われるとありましたが、今の震災の被害に似ているような感じを受けました。

 余談ですが、少し考えさせられる過去の火災でした。



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