因果応報、その果てには

第五十五話

presented by えっくん様


 ミサトはマンションの自室に篭っていた。

 部屋には食べ終えたカップラーメンの容器と、飲み終えた缶コーヒーが大量に放置されていた。

 ゴミが缶ビールでは無くて缶コーヒーというのが、ミサトの状態を如実に表していた。

 ミサトはそのゴミを片付ける気力も無く、机に伏せて加持の残した留守番電話のメッセージを聞いていた。


『葛城、俺だ。多分この話を聞いている時は、君に多大な迷惑を掛けた後だと思う。済まない。

 りっちゃんにも済まないと謝っておいてくれ。後、迷惑ついでに俺の育てていた花がある、俺の代りに水をやってくれると嬉しい。

 場所はトウジ君が知っている。葛城、真実は君と共にある。迷わず進んでくれ。

 そうだ。頼まれていた御祓いが出来るところだが、第二東京市で良い所を見つけた。電話番号はxxx-xxxx-xxxxだ。アスカと行ってくれ。

 もし、もう一度逢える事があったら八年前に言えなかった言葉を言うよ。じゃあ』


(鳴らない…電話か……トウジ君はもう治らない……アスカはあれから外泊ばっかり。御祓いにも行けないわね)


 ネルフに行けば作戦課長としての職務もあって、空元気だったが仕事をこなしていた。だが、家に戻ればただの女に戻っていた。

 シンジという使徒戦の切り札を無くし、ケンスケの乗る参号機にそれほどの信頼が置けないのは分かっていた。

 今の人類のEVAの戦力で頼りになるのは【HC】に居るレイだけだ。ミサトは使徒戦の先行きに不安を感じていた。

 それに巨大隕石の件も気になっていた。ネルフに何も出来ないのは分かっているが、どうしても気にはなる。

 加持という存在を失ったミサトのプライベートは、時が止まっていた。ミサトの部屋をペンペンが寂しそうに見つめていた。

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 夕食後、宮原コウジは自室でベットに横たわって、携帯電話を見つめて考え込んでいた。

 何度もアスカに電話を掛けても、繋がらない。アスカとキスをした後は、会ってもいない。

 怒らせるような事はしてないはずだ。でも、何故アスカが電話に出てくれないのか?

 中学校に問い合わせても答える事は出来ないと言われ、校門まで行って他の女の子に聞いたが最近は学校に来ていないと教えられた。

 ヒカリの姉のコダマにアスカの様子を確認してくれないかと頼んだが、妹は入院中なのでと断られてしまった。

 アスカの自宅までは知らないし、ネルフに問い合わせる事も出来なかった。

 この前に何らかの戦闘が行われたとの噂がネットに出回っており、その中に赤と黒のロボットが錯乱して街を破壊したという情報が

 あった。コウジはアスカの乗る機体の色までは知らないが、アスカが戦闘で負傷をしたのでは無いかと思い至っていた。

 そこに同じ高校に通う一つ年下の妹が部屋に入ってきた。


「どうしたの、最近のお兄ちゃんは元気が無いわね。さては彼女にふられたの?」

「まだ分からないけどな。携帯電話に電話しても出てくれないんだ」

「あーあ。それじゃ駄目よ。女の子が電話に出ないようじゃ、諦めた方が早いわよ。

 普通の女の子だったら、絶対に好きな人からの電話に出ない事は無いわ」

「…………(普通の女の子じゃ無いから悩んでいるんだよ。でも、アスカがネルフのパイロットとは言えないしな)」

「来週にはロックフォード財団の臨時診察所に行って面接を受けるのよ。合格したら一家全員がスペースコロニーに移住するわ。

 そしたらその彼女とも会えなくなるわよ。今のうちに気持ちの整理をしておいた方が良いんじゃ無い。

 あたしのクラスメートでも、移住が決まって喜んでいた子もいたけど、会えなくなるって寂しがる子もいたわ。

 移住したら簡単には日本に帰ってはこれないわ。心残りははっきりさせた方が良いと思うけど」

「……そうだな。もうちょっと頑張って確認してみるか」


 宮原コウジの一家は、祖母と両親、そして妹の五人家族だった。

 家は第二東京市にあった。親戚が第三新東京市にあって、その為に度々遊びに行くうちにアスカとデートする仲になったのだ。

 一家はロックフォード財団のHPに移住を申請して、面接の認可のメールを受け取っていた。

 父親は日本政府の関係の仕事をしており、移住する日本人の纏め役として期待されていた。

 確かに面接を受けて合格すれば、一ヵ月後には五人は日本を出国する事になる。

 それまでにはアスカの事をはっきりさせようとコウジは決意していた。

 気分を変えようと窓の方を振り向くと、窓の外には小さい動物の両目が赤く光っているのが見えた。コウジは胸騒ぎを感じていた。

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 弐号機と参号機の損傷は無かったが、パイロット二名が精神障害を受けて戦闘不能の状態に陥った。

 医者からはトウジは再起不能の診断が下されていた。急遽、参号機のコアを入れ替えてケンスケがシクススとして選出された。

 トウジと同じくド素人であり、訓練スケジュールの整備などネルフスタッフにかなりの負担が掛かっていた。

 それとは別に精神面での負荷もあった。

 シンジが死亡したと判断された為に対使徒戦の戦力低下が懸念されて、使徒戦をこのまま乗り切れるかの不安が職員に漂っていた。

 さらに巨大隕石の地球への衝突回避作戦の件も大きく影響していた。

 使徒戦を乗り切れても、巨大隕石の回避作戦が失敗すれば人類は滅亡する。その懸念もあった。

 特にネルフに何が出来るというものでは無いが、多くの職員はもどかしさを感じて浮ついた雰囲気になっていた。

 そんな雰囲気の中、日向と青葉の二人は休憩室でコーヒーを飲みながら雑談していた。


「ロックフォード中佐が抜けた穴が、こんなに大きく感じるとはな」

「最大の戦果を誇る最強のEVAである初号機が使えないからな。シクススはATフィールドは張れたが、フォースより出力は低い。

 本当に使徒戦に投入して大丈夫なのかと疑問に思うよ」

「でも、残された戦力で凌ぐしか無いんだよな。弐号機のダミープラグに期待出来るかも知れないしな」

「まあな。でも使徒戦をそれで凌ぎきれたとしても、巨大隕石群の問題もある。これからどうなるんだ?」

「確かに一般には使徒戦の事は情報封鎖されているから、巨大隕石群の方が一般世論には大丈夫かと懸念する声がある。

 でも、俺達に出来る事はあるのか?」

「それはあるけどさ。人類全体の危機なのに北欧連合だけに任せるのは、どうも納得がいかないんだ」

「そうは言っても、ロックフォード財団はテロを受けたばかりだからな。他からの支援もほとんど断っているという話しだ」

「ロックフォード中佐が生きていれば、だいぶ状況は変わったんだろうな」

「最初は世間に公表しないで、巨大隕石に単独で対処しようとしていたらしいからな。とは言っても亡くなったんだから仕方無いだろう」


 この時点で残りの使徒の数を、日向と青葉は知らなかった。その為に、何時まで続くか分からない使徒戦を心細く感じたのも当然だ。

 このような知る、知らないの情報格差は、明確な違いを発生させる。

 ネルフの上層部は当然知っているが、それ以外の職員は使徒の数を知らない。この事は精神衛生上でかなりの差を生み出す事になる。

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 不知火は自分の執務室にライアーンを呼んで、今後の状況について打ち合わせをしていた。

 使徒の残りは二体だが、シンジを失って戦力低下は著しい。気を抜く訳にはいかなかった。


「……使徒戦は従来通りに我々に任せて、北欧連合はスペースコロニーへの移住計画と巨大隕石の衝突回避作戦に全力を注ぐのだな」

「はい。事態が事態ですので隕石への対応を最優先にします。移住に関しても枠を増やしましたが、隕石の衝突回避が間に合うまでは

 移住は終わりません。仮に隕石の衝突回避が失敗した時に、移住が出来ているのは二百万人程度との試算が出されています」

「地球からスペースコロニーへの輸送力も限度があるだろうしな。万が一の時は、その二百万人が生き残れるのか。

 それで肝心の隕石衝突回避作戦の成功率はどうなんだ?」

「本国では成功率は高いとだけで、数字は発表はしていません。動揺を避ける為かと思われます」

「巨大隕石はどうしようも無い。……使徒は残り二体だが、油断は出来ない。戦力不足が痛いな。

 こちらも負ければサードインパクトで人類は滅亡だ。ここに来て中佐を失ったのが、ここまで影響するとはな」

「今のうちの稼動機は零号機のみですからね。彼女も一回起動試験を行っただけで、後は部屋に篭りっぱなしです。

 気落ちするのは分かりますが、少しは気分転換させた方が良いですね。

 もっとも彼女は【HC】の職員では無く、民間の協力者ですから無理強いは出来ませんが」

「家内に定期的に彼女達の様子を見させている。男の我々が行ってもどうしようも無いからな。こういう事は女性に頼むしか無い」

「最近は彼女と司令が一緒に居ても、違和感を感じなくなりましたよ。発表した時の騒ぎは凄かったですからね」

「勘弁してくれ。百人以上の若い連中から吊るしあげをくらったんだぞ。あんな事は二度とごめんだ!」

「あんな美人を嫁にしたんですから、その程度の嫉妬は受け止めないと駄目ですよ。最近の唯一の楽しい話しですから」

「見世物になっているようで、あまり面白くは無いんだが」

「女性職員の白い目は堪えましたか?」

「ああ。家内が説明してくれたから助かったが、大勢の女性の白い目があれだけ怖いと感じるとはな」

「年の差がありましたからね。司令がパワハラしたという噂もありました。まあ、今では司令を変な目で見る女性職員はいないでしょう」


 シンジを亡くして戦力不足が心配されていたが、表面上は穏やかな雰囲気の【HC】であった。

 後日、これが嵐の前の静けさだったのかと納得したライアーンだった。

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 暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、暗い表情で話しこんでいた。


「ネルフは参号機のコアを変えて、シクススを選出したか。予測通りだな」

「素人でしょう。それで使徒に勝てるつもりなの?」

「最悪は使徒を道連れに自爆でも構わない。それに零号機には期待出来る。少なくても弐号機よりは戦闘能力は上だ」

「確かに。最初のES部隊の根拠地が消滅した時に、彼が一緒に消滅した時は焦ったがな。

 幸いにもバックアップの彼女が残っていたから、そちらは大丈夫だ。

 それはそうと、【HC】支持国に対して残りの使徒の数の情報が出回っている。何処から情報流出したのか確認しないと」

「あの始末した節操無しかも知れん。どの道、そんな事の確認より準備すべき事は山ほどあるぞ」

「ああ。魔術師を始末した時に使い潰した八十人の予知能力者の補充は時間的にも無理だ。訓練生も片っ端から投入したからな。

 北欧連合でテロを行わせたES部隊の喪失も痛い。実務部隊が一気に半分以下になってしまったぞ」

「後は上の直属のアフリカでの部隊編成が何時終わるかだな。予知能力者に関しては、あそこからも引っ張ったしな」

「イギリスとアメリカの訓練中の部隊の編成を急がせよう」

「ネルフに関しては特に干渉すべき内容は無い。【HC】も同じだ。これ以上は使徒戦力を減らす訳にはいかない」

「北欧連合とロックフォード財団については、上からの命令で無干渉なんでしょう」

「そうだ。量産機の手配を急がせているが、万が一でも補完計画が遅れて、隕石の衝突回避作戦が失敗したら、目も当てられない。

 財団の隕石衝突回避作戦は失敗させる訳にはいかない。出来るなら支援したい程だ。スペースコロニーへの移住計画は潰すがな」

「それもスペースコロニーがラグランジュポイントに到着してからだ。タイミングを計る必要がある」


 彼らの目的は人類補完計画の実行だ。幼い頃からの洗脳であり、それを行えば自らも滅ぶと分かっていても、逆らう事は出来ない。

 北欧連合が専念している巨大隕石の衝突回避作戦は、彼らとしても成功を望んでいる。

 だが、スペースコロニーへの移住計画は人類補完計画の意義を無効化するものであり、断固として認める事は出来なかった。

 その為に、ゼーレは対宇宙への攻撃手段を着々と準備しつつあった。

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 北欧連合の友好国の一つである某国で、政府要人達の秘密会議が行われていた。

 使徒も残りが二体という情報が入り、サードインパクトの脅威からやっと解放されるかも知れないという時に、巨大隕石が地球に

 衝突する危険性が北欧連合より発表された。【HC】支持国という事で、北欧連合からの経済支援や追加拠出金の負担は無くて

 経済は上向き傾向にあった。この国だけを考えれば喜ぶべき事であった。だが、外部に目を向ければ世界の危機が迫っていた。

 二つの人類滅亡の危機にどう対応するか、密室で熱心な討議が行われていた。


「我が国は以前から北欧連合の友好国として振舞ってきました。2008年の中国の核事故の風評で、一時的には国内世論は

 北欧連合との関係悪化の方向に向かいましたが、我々の努力の成果で関係を維持。そして現在に至っています。

 【HC】支持国という立場になって余分な出費は抑えられ、その時の決断は間違っていなかったと断言出来ます」

「その通りだな。仮にあの時に北欧連合との関係が悪化して、ネルフ支持国になっていたら、今よりかなり悪い状況になっていたろう」

「隣国がその典型だ。あの時に北欧連合と国交を断絶して、ネルフ支持国になった為に経済が悪化して今は崩壊寸前だ」

「喜んでばかりもいられません。隣国が我が国への侵略を目論んでいる可能性が軍部からあがっています」

「分かっている。北欧連合とは秘密の軍事協定を結んでいる。隣国が我が国に侵攻して来た場合は、北欧連合からの支援が期待出来る」

「北欧連合の派遣艦隊は我が国の領海近辺にはいないが、宇宙からの支援攻撃は期待出来るか。【ウルドの弓】だったな」

「面制圧能力はありませんが、ピンポイント破壊には最適の兵器です。敵の急所を破壊すれば、我が国の軍隊で対応出来ます」

「北欧連合か。我が国も核融合炉の設置を求めていたが、どうなった。日本のようにあれだけの効果があるなら導入を進めたい」

「核融合炉関係の最高責任者である魔術師が核ミサイル攻撃を受けましたので、待ってくれとしか回答がありません」

「……そうだったな。使徒も残りは二体と情報が入って、もう少しでサードインパクトの脅威から解放されると思った矢先に巨大隕石か。

 まったく、世も末だな。我が国の移住状態はどうなっている?」

「我が国は約五万人が応募して、今のところは約二万人が審査をパスしています。

 最初の方に審査を合格した二千人は既に北欧連合で研修に入っています。子供が約半分を占めていますね」

「巨大隕石の衝突回避作戦が成功すれば良いのだがな。財団に期待するしか無いのか」

「移住計画を拡大した為に物資が不足していますので、財団には我が国から支援物資を届けています。この程度の支援しか出来ませんが」

「それで十分だろう。我が国は小国だ。無理をしてまでも支援は出来ない。身の程にあった支援が出来れば十分だ」

「定期的に北欧連合の大使との会談を行うようにしてくれ。重大な情報があれば、直ぐに連絡するように頼んだぞ。

 今は情報が何より貴重だ。間違った情報で間違った判断をすれば、国が滅びかねない。ここにいる全員はそれを肝に命じるように」

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 アスカは自宅待機を命じられていた。だが、そんな事に素直に従うアスカでは無かった。

 最初の使徒戦のビデオを見た事。そして浅間山と虚数空間でシンジに助けられた事。今まで弐号機で戦果をあげていない事。

 自分の愛機である弐号機に暴走するようなシステムを組み込まれた事。そしてこの前の使徒に心の傷を抉り出された。

 加持とも会っていない。ファーストキスを捧げたコウジは、他の女と親しく話していた。

 様々な要因が絡み合い、アスカの精神はボロボロだった。最初はネルフを信じていたが、最近は疑心暗鬼の視線しか向けられない。

 とは言っても、EVAのパイロットであるという自負は捨てられない。アスカはジレンマに悩んでいた。

 そんな状況で自宅待機など出来はしない。かと言って、この第三新東京で自分を泊めてくれるような友人はヒカリしかいなかったが、

 まだ入院中だった。その為、高級ホテルの一室に篭って、何故かゲームに集中していた。

 そのゲームにも疲れて、アスカはベットに横たわって考えていた。


(ドイツでは散々持て囃されたけど、あたしの実力じゃあEVAで使徒に勝てなかった。

 ……もう、あたしの価値なんて何処にも無いのね。嫌い。大っ嫌い。皆、嫌いよ。でも、一番嫌いなのはあたしなの。

 加持さんは連絡が取れない。コウジは他に女と仲良くしてるし。サードは死んじゃうし。何かもう、どうでも良くなっちゃったわ)


 アスカは幼少の頃から軍事訓練を受けており、兵士としては一人前にはなっていた。同世代の平均を遥かに超える能力を持っている。

 だが、人格の形成はまだ途中であり、同世代の多感な少女と同じだった。様々なストレスが掛かってアスカは鬱状態にあった。


 そんなアスカの行動を、窓の外から一匹の鷹が見つめていた。

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 リツコの部屋の灰皿は、口紅で少し赤くなった吸殻が山になっていた。昨今の喫煙事情は個室内での禁煙は御法度だ。

 だが、リツコは自分の自室であり、作業効率が落ちるからという理由から自室での喫煙をしていた。

 珍しい事に、滅多に電話を掛けてこない祖母が自ら電話をしてきたのだ。胸騒ぎを感じながらリツコは祖母の話しを聞いていた。


「そう……居なくなったの、あの子……たぶんね。猫にだって寿命はあるわよ。もう泣かないで、お婆ちゃん。

 うん、時間が出来たら一度は帰るわ。母さんの墓前にもう三年も立ってないし。今度はあたしから電話するから。じゃあ切るわよ」


 リツコは祖母との電話を切ると、独り言を呟いた。


「そう……あの子が死んだの」


 リツコは机の上にある白と黒の猫の置物を見つめた。可愛がっていた猫だったが、祖母に預けていた。

 その猫が居なくなったという連絡だった。この時期に猫が死んだ。

 それはこれからの事態を暗示しているかのようにリツコには感じられていた。

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 日本政府からの依頼を受けた事もあり、冬宮はスペースコロニーの移住計画の責任者であるクリスに連絡を取っていた。

 目的は日本からスペースコロニーへの移住の便宜を図って貰う為である。


「……そういう訳で、日本の重要文化財の一部をスペースコロニーに持ち込みたいのですが、便宜を図って頂けませんか?」

「その文化財の所属はどうなるのかしら?」

「そちらの自治領に寄付という形になります。ただ、我が国からの移住者が直ぐに見れるところに置いて頂きたい」

「……分かったわ。忙しくて博物館の準備をしている余裕は無かったけど、第一号として受け入れます。

 後で物品リストを送ってくれる。希望を言えば、あんまり大きいものは避けて欲しいけど」

「運べる物量に余裕が無いのは分かっています。全て小型の物を選定します。譲渡証明書もちゃんとつけます」

「隕石衝突回避作戦が上手くいけば、後で戻しても良いわ」

「いいえ。我が国の国民がそちらの自治領に移住するのですから、彼らへの餞別の意味も含めています。お気遣いは無用です。

 我が国に後から贈与した文化財の返却を求めるような恥知らずの人間は居ないと思いますが、後世にも残る形の譲渡証明は準備します」

「その文化財の管理が出来る人を数人、ピックアップしてくれるかしら。私達では満足な管理も出来ないわ。

 受け入れ準備はしておくけど、その文化財の管理はそちらに任せるわ。出来れば四十歳未満の人をね。一応、審査は受けて貰いますが」

「感謝します。では文化財の管理と説明が出来る人を用意します。

 それに電化製品、医療品等の生活必需品も出来る限りは数を揃えてそちらに送ります。有効に使って下さい」

「ありがとう。でも日本の受入枠を増やすのは十万人が限度よ。それ以上は他の国の関係もあるから駄目よ」

「それで十分です。それはそうと、衝突回避作戦の方は大丈夫ですか?」

「北欧連合政府の要人の家族と、財団の首脳部の家族は移住はしないわ。それで納得して」

「分かりました。作戦の成功を祈っています」

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 北欧連合とロックフォード財団は、スペースコロニーへの移住計画と巨大隕石の衝突回避作戦に全力を注いでいた。


 移住計画に関しては、予め財団は離れ小島(全島が財団の所有物)に必要と考えられた施設を建設していた。

 各国からの海上輸送船を受け入れられる港湾施設。そして各国からの飛行機を受け入れる空港。物資保管用の巨大な倉庫群。

 そして宇宙へ飛び立てる宇宙船の離発着施設が、その離れ小島に建設されていた。極秘プロジェクトの時から準備していたものだ。

 各国から移住の許可を受けた人々は、宿舎への移動中に巨大な宇宙船を見せられた。

 従来の飛行機とはまったく形状が異なり、長方形の無骨なスタイルである。大きさも桁違いに大きい。本当に飛ぶのか不安になる程だ。

 極秘プロジェクトのままなら亜空間転送で瞬時に送り込めたが、公開プロジェクトに変更になってから製造に着手していたものだ。

 その宇宙船三隻が宇宙港に停泊していた。それは見る者の目を引き付けた。

 一度に三千人を収容出来る宿泊施設。それと移住後の注意事項等の説明を行う研修施設もあった。

 ここで一週間の研修を受けた後、此処に来るまでに見せられた宇宙船でスペースコロニーに移住するのだと説明を受けた。

 勿論、テロを警戒している為もあって、港や空港の受け入れ検査はかなり厳しい。だが、それさえ過ぎれば後は自由だ。

 移住者の研修とスペースコロニーへの移住は今のところは順調に進んでいった。


 一方、巨大隕石の衝突回避作戦の為の、各国の核兵器の集約は三箇所の島で行われていた。

 危険な核兵器を集約するのだ。万が一でも事故が起きて、本国が被害を受けないようにと集約場所は海上の島で行われていた。

 その内の一つ。フレヤ島では北欧連合とその同盟国と友好国の核兵器が集約されていた。

 そこには一隻の巨大な宇宙船が停泊していた。移住用の宇宙船と大きさは変わらないが、内部構造がまったく異なった。

 移住船は人間を運ぶが、こちらは核兵器を運ぶ。気密ブロックは無く、ただの内部空間に次々に核兵器が運び込まれていた。

 北欧連合と同盟国、友好国の保有する核兵器の総数は全体の一割にも満たなかった為、ここの宇宙船は一番早く飛び立って行った。


 もう一つはバルト海の小島に集積場所が設けられていた。以前のネルフの干渉があった時の賠償で割譲された島であった。

 そこを改造して、主に欧羅巴近郊のネルフ支持国からの核兵器の集約を行っていた。こちらは空港は無く、海上輸送のみであった。

 こちらは核兵器の数が多い為に二隻の巨大宇宙船が停泊して、欧羅巴近郊から集められた核兵器を次々に搭載していった。

 運搬距離が短い事もあって期日以内に欧羅巴近郊の核兵器は集まった。集約された核兵器を搭載後、二隻の宇宙船は飛び立って行った。

 因みに、核兵器を無償で提供してくれた事から、この宇宙船の飛び立つ様子は海外の報道機関に公開されていた。


 最後の一つは、本土からかなり離れたノルウェー海のヤンマイエン島に集積場所が設けられていた。

 こちらは空港もある事から遠隔地のネルフ支持国からの核兵器を集約していた。アメリカ大陸とアジア諸国からの集約がメインである。

 こちらも核兵器の数が多い事から、二隻の巨大宇宙船が停泊して、各地から集められた核兵器を次々に搭載していった。

 集約率が八割を超えた時に事件は発生した。アジア方面から直接きた大型輸送機が空港に着陸しようとした時、いきなり爆発した。

 それも普通の爆発では無く、核爆発だった。

 巨大なキノコ雲がヤンマイエン島に立ち昇り、島のあらゆる施設と大量の核兵器を搭載中だった巨大宇宙船を蒸発させた。


 核兵器の受け入れには、国連の監視団が立ち会っていた。

 どこの国から何個の核兵器が搬入されたかをリアルタイムで監視して、国連の担当部署に送っていた。

 万が一でもテロ組織に奪われたら大変な事になるし、紛失等を未然に防ぐ為でもあった。

 そしてこの監視団の送ったデータに、核爆発した大型輸送機は中国大陸から飛来してきたものである事が示されていた。

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『臨時ニュースをお知らせします。巨大隕石の衝突回避作戦の為に全世界から核兵器が集められていますが、事件が発生しました。

 ヤンマイエン島でアメリカとアジア各国の核兵器が集約されていましたが、本日の中国大陸から来た輸送機が核爆発を起こしました。

 事故なのかテロなのかは未だに不明です。ですが、本日までに集約していた全世界の約四割に相当する核兵器が全て失われました。

 核兵器の運搬用の宇宙船もです。現地には北欧連合の軍とロックフォード財団の担当者、それと国連の受入監視団が駐在していました。

 それらの人員は全て核爆発に巻き込まれた模様です。国連の事務総長は中国政府に原因追及を求めています。

 中国政府はこれは謀略であると発表。事態は混沌としてきている状態です」

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 ヤンマイエン島で核爆発が発生して、集約していた全世界の約四割の核兵器が失われた。

 そして島にあった設備一式(宇宙船も含む)と関係者全員も失われた。この非常事態の時に、この損失は大きかった。

 核爆発の原因は後できっちりと追究するとして、核爆発で生じた放射能を放置すると北欧連合の本国に深刻な影響が発生する。

 それを危惧したミハイルは空中に散布された放射能を、以前にシンジが使用した放射能除去装置を使って秘かに無効化していた。

 人員と設備の消滅は正直言って、きついものがあったが、原因を追究して隕石衝突回避作戦が遅れては本末転倒になる。

 その為、原因追及は国連と北欧連合政府に委ねられ、ミハイルは隕石衝突回避作戦を継続して指揮していた。

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『ヤンマイエン島の国連監視団の送っていたリアルタイム映像で、核爆発した大型輸送機は我が国のものである事は認める。

 だが、これは謀略だ! 我が国は隕石衝突回避作戦を妨害する意思はまったく無い! 現在は我が国の総力をあげて原因を究明中だ。

 今しばらくの時間を頂きたい。必ずこの事件の真相を発表する事を約束する!』


 巨大隕石が地球に衝突すれば、完全に人類は滅亡する。その非常時に衝突回避作戦を妨害する事は、全人類に対する裏切りである。

 そんな論調で各国政府は中国政府を強烈に責め立てた。世界各地で中国政府を責める声が蔓延していた。

 当の中国政府はまったく身に覚えの無い事だった。隕石の衝突回避作戦を妨害する意思はまったく無かった。

 だが、状況証拠は犯人が中国政府関係者である事を示していた。この為、中国政府当局による徹底した調査が行われた。

 そして核爆発した輸送機に搭載されていたのは、自国の核兵器だけでは無く、衛星国である独裁国家の所有していた核兵器も

 あった事が判明した。自前では北欧連合に運搬出来る輸送機を用意出来なかった為に、宗主国である中国政府に頼んでいたのだ。

 この為、宗主国である中国政府は徹底して衛星国である独裁国家を調査した。

 その結果、血と汗の結晶である核兵器を泣く泣く無償で提供せざるを得なかった三代目の独裁者の意趣返しである事が判明した。

 提供する核爆弾に時限装置を取り付けて、輸送機から降ろされてから爆発させれば誰の仕業か分からないだろうという考えだった。

 だが、不幸にも輸送機のエンジントラブルの為に、十時間以上も出発時間が遅れた為に誰の仕業かが判明してしまった。

 あまりに愚かな行為だ。苦労も無く血統だけで独裁者の地位を受け継いだ為に、物事の成否の判断が出来なかったのかも知れない。

 大型隕石が地球に衝突すればどうなるかを想像出来なかったのかも知れない。だが、この行為は独裁国家に致命傷を与える事になった。

 衛星国の独裁国家が崩壊すれば、数百万もの難民が自国に押し寄せて来る可能性があった。

 その事態を恐れたからこそ、中国政府は独裁国家に様々な援助を行ってきた。

 だが、この事実を公表しなければ、中国政府そのものが崩壊する。そう判断した中国政府は、物的証拠を添えて真実を世界に公表した。

 その結果、世界の非難は独裁国家に集中した。もっとも、この非常時に国連軍を組織して攻め入る訳にもいかない。

 その為に、全ての国連加盟国が独裁国家に対して経済制裁を行う事が決定された。

 今までは中国政府は独裁国家への経済制裁に同調した事は無かった。だが、以前と同じように経済制裁に参加しなければ、

 非難の矛先は自国にも向けられると判断していたので、初めて中国政府は独裁国家への制裁に参加した。

 陸続きで常時食料不足に悩まされている独裁国家にとって、中国政府からの支援は命綱だった。

 元々から生産力は低くて最貧国レベルだったが、その命綱である支援も切られ、独裁国家は滅亡への道を歩み始めていた。

 そしてその状況は周辺国に様々な影響を与える事となる。

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 その日の訓練を終えて、ケンスケはネルフ本部内に用意されている部屋に戻ってきた。今日の訓練は格闘訓練だった。

 ケンスケは身体能力は高い方では無い。むしろ平均以下であった。ある意味オタクな生活を送ってきたので当然だった。

 射撃をメインの教育プログラムが施されていたが、格闘レベルが素人レベルで良い訳が無い。少しでも底上げする必要があった。

 その為に、必要最小限と思われる格闘訓練も行われていたが、体力不足のケンスケに格闘訓練は苦痛でしか無かった。

 ケンスケは大きく溜息をついて、ベットに横たわった。


(はあ。訓練がこんなに厳しいとは思ってもいなかった。やっぱり趣味と本業じゃあ違うんだな。でも、本物の銃が撃てて最高だ。

 俺の射撃の腕があがっているって教官も褒めてくれたし、これはやっぱり初陣を勝利で飾らないとな。

 そうなりゃあ、女の方から俺に近寄ってくる。それで暗黒時代ともおさらばだ! クラスメートの女の子なんて、子供っぽいしな。

 葛城さんなんかグラマーで良いよな。他にもネルフは美女揃いだし、選り取り見取りだな。やっぱり大人の魅力ってやつか。

 俺が勝てば『ケンスケさん、素敵!』ってなるかも知れない。そうなりゃあ、大人の階段だって上れるさ。将来はハーレムだ!

 トウジだって一体の使徒を倒せたんだ。俺ならもっと戦果をあげてやる。トウジが戻って来た時は俺は英雄になっているさ。

 あの碇は死んだし、俺の邪魔をする奴はいない。そういや綾波も結構な美人だったよな。上手くすれば綾波ともやれるかな)


 ケンスケがATフィールドを張った時は、所詮はシミュレーションという事もあって命の危険は感じていなかった。

 あくまで痛みから逃げたいという気持ちからATフィールドが張れていたのだ。

 実戦の恐怖をケンスケは知らない。そしてその事は、ケンスケの致命傷となるのであった。

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 ネットの某掲示板 (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)


『スペースコロニーへの移住が本格的に始まったな』

『ああ。財団のHPに移住船が飛び立つ動画が置いてあった。だけど、あんなロケット噴射程度であんな大きな宇宙船が飛び上がるのか?

 何か物理法則を無視しているような気がするんだが。スペースシャトルより遥かに大きいのに、ロケットの噴射炎が遥かに小さいぞ』

『それがロックフォード財団の企業秘密なんだろう。粒子砲や核融合炉の実績もある。宇宙関係でも隠している技術はあるんだろうさ』

『それが無ければ、地球の衛星軌道上の全ての人工衛星を打ち上げるなんて無理だろう。スペースコロニーもそうだ』

『まだスペースコロニーはラグランジュポイントに向けて移動中なんだよな。距離があるはずだけど、大丈夫か?』

『財団のHPによれば、現在のスペースコロニーの人口は約八万人。

 電話とかの通信はまだ出来ないけど、HPにはコロニー内の状況が映っている。まあ、大丈夫なんだろう』

『はあ。俺は申請したけど検査カプセルで落されたよ』

『何で落されたんだ?』

『嫁が結婚前に整形手術をしてた。俺にも言って無かったんだ』

『ご愁傷様だな』

『今は大喧嘩して別居中だ』

『財団は全体の受入枠を増やしたと発表したが、各国がどんな受入枠かは発表していない。日本の受入枠は増えたんだろうか?』

『正式発表が無いから判断出来ないな。噂だけど重要文化財の一部をスペースコロニーに持ち込むって話しだ。

 それが本当なら、財団は日本の受入枠を増やした可能性がある』

『まあ、どこの国の受入枠が何人と発表したら、混乱を招くに決まっているからな』

『でも、そうだと言う事は、日本が財団から評価されたという事で、日本からの撤退は無いのかな』

『最近は随分と風通しが良くなったしな。少しは息苦しい気もあるが、日本らしさが戻ったような気がする。活気が出て来た』

『TVもあのうんざりしていたドラマを流さなくなったしな。煩いバラエティ番組も激減したしな』

『でもあのドラマを良いという意見もある。決め付けは良く無いぞ』

『一部では混乱がある。原発事故で瓦礫を受け入れなかった自治体や、売国行為をした政治家を選出した選挙区の人間が、

 スペースコロニーへの移住申請で誰一人として認可されていない事が分かって大騒ぎになっているぞ』

『俺もその件は聞いた。瓦礫を受け入れなかった自治体のトップや売国行為をした政治家が、徹底的に吊るし上げをくらっているらしい』

『その自治体や選挙区の有権者全員に責任がある訳じゃ無いだろうがな。嫌な連帯責任の取り方だな。まあ一番効果はあるだろうが』

『近々総選挙があるが、これで結果は見えたな』

『そうでも無いぞ。今の与党でも汚職行為の摘発が進んでいる。確か五十人以上は逮捕されたんじゃ無いのか』

『何でも今の与党にも海外からの資金援助を受けていた政治家が居たらしいからな。まったく、与野党共に汚職まみれか』

『荒療治だな。でも、こんな外圧を利用しないと政界の浄化が出来ないとはな』

『でも、お蔭で国内の風通しは良くなったんだ。海外関係もだいぶ改善されたろう』

『近隣諸国への支援も選択して、ODA総額がだいぶ減ったしな。そろそろ期限が過ぎた借款が戻ってくるらしいから、余裕が出てくる』

『デモで騒ぐ奴は直ぐに拘束されたからな。今じゃ地方の復旧で汗を流している事だろう。報道も適正になってきている』

『でも、借款の返済を求められた国では凄い反日デモが起きているそうじゃ無いか。大丈夫か』

『マスコミはそんな事を報道しなくなったからな。あそこの国内だけで反日デモが起きる分には大丈夫だろう』

『今までは世界各地でデモを起こしていたが、あんまりやるとネルフ支持国と【HC】支持国との対立激化に繋がるから、

 現地の警察の取り締まりも厳しいらしい。ネルフ支持国も北欧連合をあまり刺激はしたくは無いだろうからな。結構な事さ』

『反日国家と言えば、独裁国家はあれからどうなった? あんまりにも報道されて無いから分からないぞ』

『隕石衝突回避作戦に使用する核兵器に時限起爆装置を取り付けて、北欧連合の集積基地で爆発させたやつだろう。

 宗主国からは完全に支援を打ち切られ、かなり悲惨な状況らしい。責任を取らされて幹部の何人かは銃殺刑だとか』

『三代目の独裁者は責任逃れか』

『時間の問題だろう。でも、大陸国家の国境では軍隊が越境者を厳しく取り締まっている。

 それとあまりにも食料不足が進むと、軍隊や難民が南下してくる可能性もある。そうなったら戦争の再開だ』

『戦争が始まれば、難民が日本に大量に来る可能性もある。戦自は警戒態勢に入ったみたいだ』

『海上を完全封鎖出来れば良いんだが。大丈夫か?』

『そうだよな。あの独裁国家が直接日本を攻撃してくる事は無いのかな?』

『燃料が無いだろうから心配無いだろう。あるとすれば陸続きの国にしか攻め込めない』

『もし日本に直接攻め込んで来たら、北欧連合が助けてくれるんだろう。だったら心配無いさ』

『馬鹿か!? 日本人が先に立って自国を守らなければ、あそこが助けてくれる訳も無いだろう! 他力本願もいい加減にしろ!』

『戦争になったら他国に逃げれば良いと言う奴がいる。それは本人の自由だが、その結果がどんな事になるのか想像してみるんだな。

 こんな御時勢で戦争が怖いからって、日本を捨てた奴を暖かく迎えてくれる国などあると思っているのか? 迫害されて野垂れ死にだ』

『今の日本には少しは余裕があるんだろう。少しはあそこの国に援助したら、こんな戦争騒ぎには為らないじゃないか』

『そんな事をしたら、日本は全ての国から批判を浴びて孤立する。北欧連合との関係も直ぐに切られて日本は滅ぶだろう』

『争いを避けたい気持ちは分かるが、相手と状況による。何でも相手の言う事を聞く事がベストでは無い』

『以前ならマスコミが絶対に支援すると言い出していたな。でも、国内の掃除が終わったから静観する報道が多い。何とかなるかな』

『隕石衝突回避作戦もか? 本来使用する全世界の核兵器の四割が失われたんだろう。作戦は大丈夫なのか?』

『それは分からないな。この前の欧羅巴の生放送のTV討論会に三賢者の一人が電話で割り込んだだろう。

 テロを恐れて財団単独で回避作戦を行うとか言ってたしな。財団を信用するしか無いだろう。逃げ出すところなんて無いんだ』

『スペースコロニーと絶対に何かを隠している宇宙船か。不安な気持ちはあるけど、どこか期待している気持ちもある。複雑だな』

『はあ。なんか混沌としてきたら。宇宙に行けば、こんな心配はしなくて済むのかな?』

『あそこはいくら財産があっても労働の義務はある。ニートなんて認めていない。苦労もしないで生活出来るところなんて無いだろう』

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 ゲンドウの周囲をモノリスが取り囲み、この前の使徒の時に無断で『ロンギヌスの槍』を使用した事の査問が行われていた。

 『ロンギヌスの槍』は最後の補完計画を行う時の必須のものだった。それを無断で使用されて、失われてしまった。

 ましてや、槍を使用しても使徒は倒せなかったのだ。ゼーレは厳しくゲンドウを追及していった。


『ロンギヌスの槍。回収は我らの手では不可能だよ』

『何故、使用した!?』

『EVAシリーズ。まだ予定には揃っていないのだぞ!』

「使徒殲滅を優先させました。止むを得ない事情です」

『止むを得ないか。言い訳にはもっと説得力を持たせたまえ。しかも無断使用したのに、使徒を殲滅出来てはいないのだぞ!』


 モノリスの厳しい追及をかわしているゲンドウに電話が掛かってきた。

 本来、ゼーレとの審議中に電話が掛かって来る事は無い。ゲンドウはある予感を感じながらも冷静に受話器を取った。


「冬月、審議中だぞ。…………分かった」


 ゲンドウは態度には表さずに普段の表情のまま、受話器を置いた。


「使徒が現在接近中です。続きはまた後ほど」

『その時、君の席が残っていたらな』


 モノリスの嫌味にも何の反応を示さずに、ゲンドウの立体映像は消えた。


『六分儀、ゼーレを裏切る気か?』


 最近のネルフは何一つ能動的に動けなかった。戦力が弐号機と参号機のみという事もあり、積極的に使徒戦に挑む事が出来なかった。

 あくまで使徒が来た時に対応するという受動的なものだった。損害も当初の予定を遥かに超えていた。

 補完計画の遅れもあり、今回は槍の無断使用もあった。この事により当初予定していた補完計画を修正しなくては為らなくなった。

 元々、人格を信用していた訳では無い。ゲンドウの能力を信じたからネルフの司令を命じたのだ。

 だが、最近は成果に乏しい事もあり、槍の無断使用と重なって、ゲンドウへの猜疑心が膨らんでいった。

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 ミサトは運転しながら、日向と車内電話で会話をしていた。


「後、十五分でそっちに着くわ。参号機を三十二番から地上に射出。弐号機はバックアップに回して。じゃあ」


 ミサトは車内電話を置くと、窓の外に視線を向けた。

 かなり遠距離だが、白く輝くリングのようなものが空中に浮かんでいるのが目に入った。


「使徒を肉眼で確認……か」


 ケンスケの戦闘能力はまだ期待は出来ない。アスカは弐号機で戦えるか不安だし、ダミープラグに何処まで期待出来るか不明だ。

 実際のところ、今のネルフにはケンスケの乗る参号機を使うしか手段は無かった。ミサトは不安に包まれていた。

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 ミサトの指示を受けて、ケンスケの乗った参号機が射出された。


『参号機発進。地上直接迎撃位置へ』

「弐号機は現在位置で待機を」

「いや、発進だ」

「司令!?」

「構わん。囮ぐらいには役には立つ。いざとなればダミープラグを使用する」

「……はい」


 日向が弐号機に指示を出している最中にゲンドウが割り込んだ。

 アスカは精神障害から完全に回復していないからバックアップが妥当だと日向は思ったが、ゲンドウの思惑は異なった。

 確かにダミープラグを使えば弐号機も戦力としてカウント出来る。そう考えた日向はゲンドウの命令に従った。

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 アスカは弐号機に乗っていたが、嘗ての覇気は消えうせていた。


『EVA弐号機発進準備』

「……のこのこと、またこれに乗ってる。未練ったらしいったらありゃしない」

『弐号機は第八ゲートへ。出現位置が決定次第、発進せよ』

「はん。あたしが出たって足手まといなだけじゃないの」


 スピーカから行動指令が聞こえてきたが、今のアスカは独り言を呟くだけだった。


『目標接近、強羅絶対防衛線を通過』

「……どうでも良いわよ、もう」


 今のアスカは完全にやる気を消失し、その目からは光が失われていた。

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 【HC】の戦闘指揮所では使徒の来襲を受けて、緊急警報が鳴り響いていた。

 正面の大型モニタには無人偵察機から撮影された使徒が映っていた。白く光ってリングのように回転しながらも空中に浮かんでいる。

 今までに無い使徒の形状に不知火は不安を感じていた。隣にいるライアーンに声を掛けた。


「あのリングのようなものが使徒なのか。今までに無いタイプだな。ネルフの対応は?」

「参号機を出しました。弐号機は見当たりません」


 今まではネルフの内部情報はシンジから得ていた為に、不知火やライアーンはアスカとトウジの現在の状況を知らなかった。

 当然、今の参号機に新参パイロットであるケンスケが乗っている事も知らなかった。ネルフの防諜能力はそれほど低くは無かった。

 衛星軌道上からの監視体制を布いている事もあって、逆にこのような人間関係の情報は【HC】の情報収集能力では集まらなかった。

 辛うじて把握していたのは、前回の使徒で弐号機と参号機が錯乱した事だけだった。

 弐号機が出ていないのは、前回の使徒の時にパイロットが何らかの負傷を負ったのか?

 ならば参号機だけでは心許無いと不知火は考えていた。


「参号機一機だけではな。零号機はどうなっている?」

「レイ君には連絡済みです。現在は零号機に搭乗準備中です」

「良し。準備が出来次第、発進する。護衛戦力としてワルキューレの第一中隊と第二中隊も出撃だ」

「分かりました。手配します」


 現在の【HC】の戦力は零号機のみだった。初号機は無傷だが、パイロットがいない。

 かと言って、ネルフが参号機しか出さないのであれば、各個撃破される可能性もある。

 不知火は内心の不安を隠しながらも、零号機の出撃を命令した。

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 レイはパイロットスーツに着替え終わると、更衣室から出て来た。そこにはミーシャとマユミが不安そうな表情で待っていた。


「レイ、気をつけてね」

「今晩は天ぷらを作るわ。楽しみにしていて」

「ええ。ちゃんと帰るから。護衛もいるから大丈夫よ。でも、万が一の時は、あの計画通りにして」

「……分かったわ。でも、そうならない事を祈っているけど」

「……そうね。レイも自分の身体は大切にしてね」

「大丈夫よ。万が一の時はお兄ちゃんの所に「レイ、それは駄目よ!」……分かったわ。じゃあ、行ってくるわ」


 ミーシャの強い口調にレイは僅かだが、口元を綻ばせた。

 そしてレイは真剣な表情をして、零号機のエントリープラグに乗り込んでいった。

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 使徒と思われる巨大なリングは、DNA構造を模した二重螺旋の形をして白く光って空中で回転していた。

 それを参号機に乗ったケンスけが、興奮した状態で見つめていた。


(あれが使徒か。命令が出れば俺がこのライフルで撃ち抜いてみせるさ)


 この時のケンスケは自分が狩人になったかのような気持ちであった。

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 ネルフ:第二発令所


「目標は大涌谷上空にて滞空、定点回転を続けて居ます」

「目標のATフィールドは依然健在」


 そこに息を切らせたミサトが発令所に駆け込んできた。それを見たリツコが冷たい声でミサトを叱責した。


「何をやってるの!?」

「言い訳はしないわ! 状況は!?」


 リツコに言い放つと、ミサトはオペレータの方に視線を向けた。


「膠着状態が続いています」

「パターンは青からオレンジに周期的に変化しています」

「どういう事?」

「MAGIは回答を不能を提示しています」

「答えを導くにはデータ不足ですね」

「ただ、あの形が固定形態では無い事は確かだわ」

「……先に手は出せないか……」


 ミサトは大型モニタに映っているリング状の使徒を見て考え込んでいた。あの形状ではどんな能力を持っているかも分からない。

 先手を取るのは危険だと考えていた。

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『ケンスケ君。先に仕掛けるのは危険だわ。少し様子を見るわ』

「はい。了解です」


 初陣では興奮はしていたが、ケンスケに恐怖心は無かった。

 これが本当の戦闘だと認識しないで、サバイバルゲームと勘違いしていたかも知れない。

 だが、そんな事は関係なく、使徒に動きがあった。

 今までは静かに空中に浮かんで回転していたのだが、いきなり輪の形が崩れて紐の形状になって参号機に向かってきた。

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 それを見たミサトは必死の形相でケンスケに指示した。


「ケンスケ君、応戦して!」

「駄目です! 間に合いません!」

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 慌てたケンスケは恐怖の為にATフィールドを強化したが、あっさりと使徒に突き破られ、参号機の腹部から内部に入られてしまった。


「ひっ!!」


 ケンスケは左手で使徒を掴み、パレットライフルで使徒を攻撃したが、全然効かなかった。

 そして腹部と使徒を掴んでいる左手から、使徒の侵食が始まって参号機にミミズ腫れのようなものが拡大していった。

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「目標、参号機と物理的接触」

「参号機のATフィールドは?」

「展開中、しかし使徒に侵食されています」

「使徒は積極的に一次的接触を試みているの!? 参号機と!?」


 今まで第十三使徒にEVAが乗っ取られた事はあった。だが、こうもあからさまに侵食してくる使徒は初めてだった。

 リツコ達スタッフが使徒の行動に驚いている間にも、使徒の参号機への侵食は進んでいた。

 ケンスケの腹部にミミズ腫れのようなものが広がっていた。使徒は参号機と一緒にパイロットであるケンスケまで侵食していた。


「な、何だよ、これは!? うわあああああ! 助けてくれ!」

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 参号機が使徒に侵食されていく様子は、第二発令所のモニタに表示されていた。


「危険です! 参号機の生体部品が犯されていきます!」

「EVA弐号機発進! ケンスケ君の救出と援護をさせて!」


 ミサトの顔は酷く歪んでいた。まさか、使徒がこのような攻撃方法を取るとは想像すらしていなかった。

 ケンスケの技量は低いのだ。このままでは取り返しのつかない事態になるのではと恐れていた。

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 ミサトの命令で弐号機が射出された。

 その間にも使徒の参号機とケンスケへの侵食は進んでいた。

 さっきまでは腹部の周囲にしかなかったミミズ腫れのようなものが、ケンスケの胸部にまで広がっていた。

 そして使徒の侵食はケンスケに激痛を与えていた。


「誰か!? 誰か助けて!? 痛いよ! 凄く痛いんだ!! このままじゃ死んじゃう! 誰か助けて!」


 使徒を獲物と見ていた時は、ケンスケにも余裕はあった。

 だが、獲物と思っていた使徒に襲われている今では、僅かな余裕さえも残っておらずにパニック状態になっていた。

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 参号機とケンスケが使徒に侵食されている様子は、逐一モニタに表示されていた。


「目標、更に侵食」

「危険ね、既に5%以上が生体融合されているわ」

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 ミサトの命令で射出された弐号機が、地上に姿を現した。


「アスカ。あと三百接近したら、ATフィールド最大でパレットガンを目標後部に撃ちこんで! 良いわね!

 EVA弐号機、リフトオフ!」


 ミサトはアスカに指示を出したが、弐号機は動き出す気配は一切無かった。ミサトが苛立ちを含めた声で、アスカを叱責した。


「出撃よ、アスカ! どうしたの? ……弐号機は!?」

「駄目です! シンクロ率が二桁をきっています!」

「アスカ!?」


 前回の使徒の精神汚染をアスカは受けていた。その他にも様々な要因が重なって、アスカは精神的ダメージを負っていた。

 調子が悪いのは分かっていたが、まさか弐号機とシンクロ出来ないまで悪化しているとは思ってもいなかった。

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 一方、弐号機のエントリープラグ内のアスカは俯いて、両手でレバーを操作していたが、動く気配は無かった。


「くっ、動かない……動かないのよ……」

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 弐号機が動かないのを見たミサトは、弐号機のダミープラグを起動させようとと考えたが止めておいた。

 ダミープラグは力任せの攻撃しか出来ない。それは参号機と一緒に弐号機をも侵食される危険性がある。ミサトは咄嗟に判断していた。


「このままじゃ、餌食にされるわ! 戻して! 早く!」


 ミサトの命令に従って、日向は弐号機を回収した。

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 その間にも参号機とケンスケへの侵食は徐々に進んでいた。既に侵食は頭部にまで達していた。

 ケンスケは激痛と悪寒の為にパニックになって、涙と鼻水を垂らして喚き散らすだけだった。


(な、何で俺がこんな目に遭うんだ!? 俺はヒーローになる男だぞ。これは絶対に夢だ! 夢に決まっている!)


 そのケンスケはいきなり意識が途絶え、気がついた時には何処か別の空間にいた。

 そして目の前には、もう一人の自分がいて、ケンスケに話し掛けてきた。


(ボクと一つにならない?)

(嫌だ! 何が悲しくて男と一つにならなくちゃ為らないんだ! 絶対に拒否する! そんな趣味は無い!)

(そう……でも駄目だよ。もう遅いんだ)

(嫌だ! 絶対に男と一緒になるなんて嫌だ!)

(ボクの心を君に分けてあげる。この気持ちを君に分けてあげるよ。痛いだろう。ほら、心が痛いだろう)

(止めてくれぇぇぇ! 男は嫌だ! 女が良いんだ!)

(女? 一人は嫌なんだろう。だったらボクでも良いじゃ無いか?)

(嫌だ! 俺は男だ! 一つになるなら女とが良いんだ!)

(そう……女なら良いのか? その気持ち……知りたいな)


 この時、参号機から使徒の身体の一部が噴出した。

***********************************

 レイの搭乗した零号機はキャリアに乗って、使徒に侵食されている参号機の上空に居た。

 そして零号機とキャリアを、ワルキューレの二個中隊が護衛していた。

 そのレイに不知火から連絡が入った。


『レイ君、参号機の状況は見ているな。ネルフの参号機とはいえ、見捨てる訳にもいかない。参号機のパイロットを救出するんだ』

「はい」

『ワルキューレの各中隊は零号機を援護。使徒から零号機を守れ!』


 零号機はキャリアから分離して、降下を開始した。レイはATフィールドを操作して、重力干渉が出来るレベルにある。

 そしてそれを見たワルキューレの各機は、参号機に寄生している使徒へ粒子砲での攻撃を開始した。

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 ワルキューレの粒子砲は全て使徒のATフィールドに防がれた。

 だが、その間に零号機は地上に降り立ち、持っているスナイパーライフルを参号機に発射した。

 その攻撃もATフィールドによって防がれた。


「あれは零号機! という事は綾波が乗っているのか!?」


 ケンスケは零号機にレイが乗っている事を知っていた。そしてケンスケに侵食している使徒は、その情報を得た。

 そして白く光る紐のような本体を、零号機に伸ばしていった。

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「くっ!」


 使徒の接近速度は速く、スナイパーライフルでは捉えられなかった。そしてあまりに至近距離の為に、ライフルは使えない。

 零号機は左手で使徒を捕まえた。そして今度は零号機の左手から、使徒は侵食を始めた。

 左手からミミズ腫れのようなものが拡大していった。


「嫌っ!」


 シンクロシステムの違いから、零号機が使徒に侵食されてもパイロットであるレイには影響は出ていない。

 だが、零号機からのフィードバックはレイに嫌悪感を感じさせた。

 レイはスナイパーライフルを投げ捨て、プログナイフで左手を侵食している使徒を斬り付けた。

 使徒の白く光る部分から赤い血が噴出した。


『うわああああああ』


 侵食された為、使徒が痛みを感じれば参号機とシンクロしているケンスケも痛みを感じる。ケンスケの絶叫が響き渡った。

 そして零号機の掴んでいる白く光る部分が変化して、ケンスケの上半身になっていた。

 目をギラギラに光らせたケンスケもどきは、零号機に急速に接近していった。

 それをケンスケは参号機から見ていた。零号機には美少女であるレイがいる。

 レイが中学に在学中は話した事は無かったが、それでも妄想でレイと一緒になる事を考えた事があるケンスケだった。


こ、これが俺の心。綾波と一つになりたい俺の心か。うぉぉぉぉ! 男になってやるぞ!


 ケンスケは使徒に侵食され、パニックになっていた。その為、ケンスケの本心が曝け出されていた。

***********************************

 ネルフの第二発令所で、参号機の状況を表示していたモニタが一気に変化した。


「参号機のATフィールドが消失! 逆に使徒を取り込んでいます!」

ま、まさか使徒と一緒になって零号機を、レイを襲おうと言うの!?


 ケンスケの独り言は全て第二発令所に流されていた。そしてスタッフ全員が冷や汗を流していた。

 とは言っても、弐号機は起動出来なくて、ネルフの職員は参号機と零号機の戦いを見守る事しか出来なかった。

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 使徒を掴んでいる左手からの零号機の侵食は進んでいた。既に零号機の左肩にまで侵食は進んでいた。

 幸いな事に、シンクロシステムの違いから、パイロットであるレイへの物理的侵食は防がれていた。

 だが、レイがATフィールドを最大にしても、使徒の侵食は防げなかった。侵食速度を遅らせるので精一杯だった。

 しかも零号機には使徒が変形したケンスケの上半身が擦寄ってきていた。それはレイに嫌悪感しか感じさせなかった。

 エントリープラグまで使徒に侵食されてしまっては、レイの身体もケンスケと使徒と一緒になってしまう。

 レイは最後の手段を使う事を決意していた。

***********************************

 零号機が使徒に侵食される様子は、【HC】の戦闘指揮所の大型モニタに映し出されていた。

 それを見た不知火は慌てていた。自分は参号機が無理ならば、そのパイロットを助けようと考えただけだ。

 決して零号機を捨て駒にした訳では無い。だが、今の状況は参号機を助け出そうとした零号機までが使徒の餌食になろうとしていた。

 ミイラ取りがミイラになってしまう。援護に差し向けたワルキューレの攻撃は、一切使徒には通用しなかった。

 このままではEVA二機とも使徒に乗っ取られると判断した不知火は、オペレータに急遽命令していた。


「直ぐにネルフとの通信回線を開いてくれ!」

「了解しました」

***********************************

 零号機が使徒に侵食される様子、いやケンスケに襲われている光景は第二発令所の大型モニタに映し出されていた。

 今のネルフには打つ手が無い。とは言っても何もしなければ、EVA二機が使徒に乗っ取られる。

 そのジレンマに捕らわれていたが、そこに【HC】の不知火から緊急通信が入ってきた。


『不知火だ。戦況は見ての通りだ。直ぐに参号機を自爆するように要請する!

「参号機を自爆!? ケンスケ君を見殺しにしろって言うの!?」

『ならば、参号機と零号機を使徒に乗っ取られても良いと言うのか!? 何か対策はあるのか!?』

「そ、それは……「分かった。参号機を自爆させろ!」司令!?」

「この使徒で二機のEVAを失う事は出来ない。早くしろ!」


 ミサトは参号機を自爆させる事を躊躇したが、ゲンドウは躊躇わなかった。

 既にレイへの拘りは無いが、最後の使徒に対応する為に零号機だけは残しておきたいと判断した為である。

 ミサトもこのままでは参号機と零号機が失われる事は分かっていた。直ぐに頷いた。


「分かりました。参号機の自爆装置を起動させて」

「は、はい。……駄目です! 既に参号機の中枢は使徒に侵食されています! 自爆装置は起動しません!」

『何だと!?』

『もう良いわ。零号機を自爆させます』


 不知火がネルフとの通信中に、零号機のレイからの通信が割り込んできた。

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 十四歳の男の子が異性に興味を持つ事は、ある意味当然の事である。それはケンスケも同じだった。

 使徒に侵食されて一つになったケンスケには、使徒の感じる情報も伝わってきた。

 零号機の中にレイが居る。もう少しでレイと一つに為れる。そう察したケンスケは、さらに零号機へ侵食する速度を上げていた。

 今のケンスケは目が血走り、使徒と一つになった事で理性が失われていた。

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 レイは必死になって零号機のATフィールドを張っていたが、使徒の侵食を止める事は出来なかった。

 既に侵食は零号機の胸部にまで達していた。そして使徒が変形したケンスケに押し倒されていた。

 このままでは零号機は完全に侵食され、レイもケンスケと使徒と一緒に為らざるを得なくなる。

 それはシンジを想っているレイにとって、耐えられる事では無かった。


「このままでは状況を変える事は出来ません。零号機を自爆させて参号機と一緒に使徒を殲滅します」

『ま、待て! それなら零号機の自爆装置を起動させた後は、緊急脱出するんだ!』

「無理です。既にエントリープラグの一部も使徒に侵食されています。脱出は出来ません。これ以上、時間を取られれば零号機だけで

 無く、あたしまで使徒と参号機パイロットに侵食されます。あたしはお兄ちゃんのもの。汚されたくは無いわ!」

『ま、待て!』

「さようなら」


 既にエントリープラグの内部にまで使徒は侵食していた。このままでは使徒とケンスケに汚されるだけ。

 一刻の猶予も無いと判断したレイは、零号機の自爆装置を操作して、起動させた。

 レイの脳裏に今までシンジと出会ってからの出来事が次々に流れていった。

 海水浴……温泉……料理……抱っこ……他にもミーナやミーシャ、マユミとの思いでもあった。

 そしてシンジに少女から大人の女性に変えてもらった。それらの事が次々に思い出されていった。そしてレイは涙を流した。


お兄ちゃん……これからお兄ちゃんのところへ行けるのね……


 レイの目にシンジの姿が映っていた。レイはシンジに手を伸ばした。そして……零号機は自爆した。

 凄まじい爆発が発生し、参号機と使徒を消滅させ、さらには第三新東京市の大部分を吹き飛ばしていた。

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 零号機の爆発で、第二発令所の大型モニタは真っ白になった。

 それを見ていたネルフの職員に声は無かった。


「……目標……消失……」

「……現時刻をもって、作戦を終了します。第一種警戒体制に移行」


 青葉の呆然としたる報告に、ミサトは激情を堪えて震えた声で命令した。自分は何も出来なかった。

 ただ参号機と零号機を生贄にして使徒を倒しただけだ。ミサトは内心の激情を抑えるのに必死だった。


「了解。状況イエローに速やかに移行」

「……参号機と零号機は?」

「参号機のエントリープラグの射出は確認されていません。零号機はこちらとは制御が切り離されているので不明です」

「……生存者の救出を急いで……」

「もし……いたらの話だけどね」


 リツコの冷たい言い方を聞いて、ミサトは歯を食い締めてリツコを睨みつけた。

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 【HC】の戦闘指揮所の大型モニターには、零号機が使徒に乗っ取られた参号機と共に自爆した光景が映し出されていた。

 それを見た不知火とライアーンは椅子に崩れ落ちた。


「……まさか侵食タイプの使徒だったとは。私は何も出来なかった。中佐の時もそうだ。全て彼らに任せて、何も役に立てなかった……」

「……確かに参号機一機では心許無いと判断した司令は間違ってはいなかったでしょう。ですが、EVA二機が同時に失われるとは……」

「場所は第三新東京だが、こちらも回収部隊を派遣する。副司令は部隊の編成を進めてくれ。私はネルフと話す」

「……分かりました」


 レイはATフィールドを反転させて、零号機を自爆させた。

 エントリープラグには様々なパイロットの保護機能がついてはいるが、あの爆発規模ではレイは駄目だろうと不知火は考えていた。

 だが、確たる証拠も無しでは結論は出せない。その為の回収部隊だった。

 ライアーンが回収部隊編成の為に戦闘指揮所を出て行くと、セレナのすすり泣く声が聞こえてきた。

 不知火はレイと同居していたミーシャとマユミの事を思い出した。辛いだろうが二人に零号機の最後を話さない訳にはいかない。


「セレナ。あの二人には私から話す」

「……いえ、これは同性であるあたしから話した方が良いでしょう。あなたは司令の職務があります。そちらを優先させて下さい」


 セレナは泣きながらも不知火にはっきり答えた。そしてミーシャとマユミに零号機の顛末を話そうと戦闘指揮所を出て行った。

 不知火は深い溜息をつくと、ネルフへの通信回線を開かせた。

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 EVA二機の爆発は凄まじく、第三新東京に大きな穴が開いていた。そしてその大穴に芦ノ湖から大量の水が流れ込んでいた。

 爆発した周囲には早速立ち入り禁止の札が立てられ、ネルフと【HC】の捜索隊が出動していた。

 ちなみに、使徒からの感染を防ぐ為に全員が防護服を着用している。


 そして原型を留めてはいるが、かなり破壊された参号機のエントリープラグの周囲にネルフの捜索隊が集まっていた。

 そのメンバーの一人はエントリープラグの中を確認すると、リツコに周囲に聞かれないように小声で報告した。


「赤木博士………………」

「……この事は極秘とします。プラグを回収。急いで!」

「……了解しました」


 一方、【HC】の捜索隊は零号機のエントリープラグと思われる破片を見つけていた。


「隊長。これは零号機のエントリープラグの破片と思われます」

「……分かった。出来る限り回収してくれ。それから撤収する。この事を不知火司令に報告してくれ」

「……了解しました」

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 今回の使徒が倒された事で、モノリス十二個が集まって今後の計画に関して会議を行っていた。

 今までの来襲してきた使徒は十四体。それらを思い出していた。


『遂に、第十六までの使徒を倒した』

『これでゼーレの死海文書に記述されている使徒は後一つ』

『約束の時は近い。その道のりは長く……犠牲も大きかったが』

『さよう。ロンギヌスの槍に続き、EVA零号機と参号機の損失』

『今回の零号機の損失に関して、北欧連合より抗議が来ている。何故、参号機を早く自爆させなかったとな』

『ネルフに弁明させれば良い。それとも責任を取らせるか』

『六分儀の解任には十分過ぎる理由だな』

『冬月を無事に帰した意味の分からぬ男でもあるまい』

『新たな人柱が必要ですな。六分儀に対する』

『そして事実を知る者が必要だ』

『北欧連合と言えば、スペースコロニーへの移住計画は着々と進んでいるようだな』

『あれがラグランジュポイントに到達すれば、我等の手は届く。補完計画の最終段階の直前に潰す予定だ』

『巨大隕石の衝突回避作戦は必ず成功させなければ為らぬ。絶対にそちらの邪魔はしないようにな』

『下部組織にも絶対命令は出している。問題無かろう』

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 リツコは自分の執務室に居た。そして、机の上にある白と黒の猫の置物を見ていた。

 この前、祖母から猫が死んだ事を聞かされた。やはり何かを暗示していたのかと考えた事があったが事実になってしまった。

 ふと思い出して、リツコはキーボードを操作してモニタに若かりし頃の写真を出していた。

 そこにはゲンドウと母であるナオコ、そして学生時代のリツコが映っていた。

 リツコは面白く無さそうな表情で、その写真を無言で見つめていた。

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 今回の被害で第三新東京市は甚大な被害を受けていた。そして物理的な被害以外にも人的被害もかなりあった。

 だが、正式な葬儀を行う余裕などは無く、見つかった遺体はそのまま焼却処理されていた。

 そしてケンスケの死も極秘処理されて、葬儀が行われる事は無かった。






To be continued...
(2012.08.04 初版)


(あとがき)

 少々、駆け足気味でしたがアルミサエル戦はあっさりと終了させました。

 隕石の件と使徒戦の両立のタイミングが結構大変です。

 隕石の件ではトラブルを書いてしまいました。有り得るかどうかの異論はあるでしょうが、納得して下さい。



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