因果応報、その果てには

第五十六話

presented by えっくん様


 作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。

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 ネルフ:司令室

 ゲンドウが電話で諜報部に指示を出していた。それを隣で冬月が聞いていた。


「そうだ。セカンドチルドレンは監視だけで良い。フォースもフィフスも同様だ。退院させずに監視だけで良い」

「六分儀。初号機の返還要求を【HC】に出して断られたのか!? この時期に初号機の返還要求を出すとは何を考えている!?」

「今のネルフの戦力は弐号機だけだ。初号機をネルフに戻して戦力整備を図るのは当然だ」

「今回でシクススとレイが死んだ。使徒に侵食された参号機が零号機に襲い掛かって、零号機が自爆した。EVA二機を失った。

 何故、参号機が使徒に侵食された時点で自爆させなかったのか、【HC】と北欧連合から責められているんだぞ!

 そんな状況で初号機の返還要求を出したら、あちらとの関係が拗れるだけだ。キール議長が煩いぞ!」

「ゼーレの老人達には別のものを差し出してある。心配無い」


 ゲンドウの目はサングラスで隠され、どんな表情をしているのか冬月には見えなかった。

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 リツコは全裸になって、やる瀬無い気持ちを抑えながらも、モノリスの前で立っていた。

 全裸になると、リツコの両足の義足が丸見えになっていた。

 全裸である事もそうだが、生々しい義足を人目に晒す事はリツコにとって屈辱だった。だが、顔には出さずに平然として立っていた。


『我々も事は穏便に進めたい。君にこれ以上の陵辱、辛い思いはさせたくは無いのだ』

「私は何の屈辱も感じていませんが」

『気の強い女性だ。六分儀が側に置きたがるのも分かる』

『だが、君を我々に差し出したのは他でもない六分儀だよ』


 リツコの目がピクリと動いた。何も知らされずに此処に連れて来られていたが、まさかゲンドウの手配だとは思ってもいなかった。


『弐号機パイロットの尋問を拒否。さらには【HC】に初号機の返還要求を出した。参号機が零号機に襲い掛かった弁明をせずに

 初号機の返還要求を【HC】に出すとはな。北欧連合から強い抗議が来ている。その弁明者として君を寄越したのだよ』


(昨日の夜、ユイさんの事を諦めてあたしと一緒になってと頼んだのに、断られた。その答えがこれなの。

 昨晩の三回の行為はあたしの身体だけが目当てだったと言うの? あたしの価値などどうでも良いと言うの?

 あたしより初号機の方が……本当に戻ってくるのか分からないユイさんの方が……初号機が無くなれば……)

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 ミサトの自室は相変わらず、カップラーメンの食べ残しと飲み終わった空の缶コーヒーの山になっていた。

 加持が死んだと察してから、部屋の状況は変わっていない。好きなビールを飲む気にもなれなかった。

 そして加持が残したメッセージを聞いていた。


『君が欲しがっていた真実の一部。他に三十六の手段を講じて君に送っているが、恐らく届かないだろう。

 確実なのはこのカプセルだけだ。こいつは俺の全てだ。君の好きにしてくれ。パスワードは俺達の最初の思い出だ。じゃ、元気でな』


 以前の加持との逢瀬の時に、冗談がてらにミサトのあるところにカプセルが入れられた。

 その時は変なものを入れるなと怒ったが、加持は八年ぶりのプレゼントだと言っていた。

 そのカプセルの中にはマイクロフィルムが入っていた。ミサトはそのマイクロフィルムを憂いの篭った表情で見つめていた。


「鳴らない電話を気にして、苛つくのはもう止めるわ」


 そう言って、ミサトはカプセルの殻に目を向けた。加持との思い出が次々にミサトの脳裏に蘇ってきた。

 加持が命懸けで入手した資料を活用しなければ、加持のした事が無駄になるだろう。ミサトはそう判断した。


「あなたの心、受け取ったわ」


 ミサトは呟いた。この時のミサトにはある決意が漲っていた。

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 リツコを帰した後も、ゼーレの会合は続いていた。


『良いのか、赤木博士の処置は?』

『冬月とは違う。彼女は帰した方が得策だ』

『EVAシリーズの功労者。今少し役に立って貰うか』

『さよう。我々人類の未来の為に』

『エヴァンゲリオン。既に八体まで用意されつつある』

『残るはあと四体か』

『第三新東京市の消滅は、計画を進める良き材料になる。完成を急がせろ! 約束の時はその日となる。

 巨大隕石の衝突回避作戦が成功するかは分からぬが、その時までに必ず約束の日を迎えるのだ!』

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 【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。

 何時もは陽気に騒ぐメンバーだが、今回は通夜のように静かに酒を飲んでいた。


「……回収班の奴に聞いたが、あの頑丈なエントリープラグが原型さえ保っていないで粉々になったらしい」

「EVAの零号機と参号機の自爆だからな。爆発の威力も大きかったんだろうな」

「第三新東京には大きな穴が開いて、湖から水が流れ込んできている。あれじゃあ再建は無理だろうな」

「零号機と参号機が消滅か。あの蒼い髪の女の子も死んでしまったのか……」

「中佐に続いて、レイちゃんまでもか!? これからどうなるんだ!? 初号機はあっても動かせないんだぞ!」

「今回は参号機が使徒に侵食されて、その参号機から零号機が侵食されたのが原因だ。

 参号機が侵食された時点で自爆していれば、零号機が失われる事は無かっただろう。ネルフはどう責任を取るつもりだ!?」

「責任なんて取らないだろうな。レイちゃんは身を汚されたくは無いと言って、零号機を自爆させた。

 あれ以外に使徒を殲滅する方法は無かったんだろうな。まったく十四歳の女の子を犠牲にするなんて、やり切れん!」

「これで我々の戦力は無くなった。ひょっとしてこれで【HC】は解散なのか?」

「さあな。上が判断する事だろう」

「そう言えば、他にも女の子二人が同居していたよな。どうしているんだ?」

「聞いた話しだけど、荷物を纏めて引っ越したらしい。何でもスペースコロニーに移住するんだとか」

「中佐の関係者でもあったしな。優先されるんだろうな」

「使徒は後は残り一体という話しだが、こんな体制で大丈夫なのか!? 今じゃネルフの弐号機しか動かせないんだろう!」

「今は様子を見るしか無いだろうな」

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 隕石衝突回避作戦の進捗を確認する為に、フランツはミハイルの部屋を訪れていた。

 思いもよらぬ横槍の為に全世界の核兵器の四割が失われて人員や設備に被害を受けたが、それ以外の作戦は順調に進んでいた。

 その事をミハイルから説明した後、フランツからは日本で行われた使徒戦で零号機と参号機が失われた事を伝えた。


「そうですか、零号機と参号機が失われましたか。あの娘が……」

「これで残る使徒は一体だが、EVAはネルフの弐号機と【HC】の初号機だけだ。初号機はパイロットの問題もある。

 どうしたものかと考えてな。それで君に相談に来た訳だ」

「最後の使徒がどういうタイプか分かりませんが、【HC】は現状維持ですね。あそこのメガ粒子砲はまだまだ使用価値があります。

 初号機もです。ここで騒ぐのが得策とは思えません。この状態でゼーレ側が【HC】の戦力が無くなった事を責める事は無いでしょう」

「同じ意見だな。分かった。これで決心がついた」

「万が一でも衝突を回避させる隕石を撃ち洩らした場合、あの基地のメガ粒子砲は必ず必要になります。

 その為にも次の使徒を倒して【HC】を解散させても、基地機能の維持は必要です。発電施設の維持という名目は立ちます」

「【HC】支持国には使徒の残数は説明してあるが、ネルフ支持国には教えていない。そこがどう絡んでくるかだな。

 その辺は私の方で検討しよう。隕石の衝突回避作戦の方はどうかね?」

「小惑星は順調に加速中です。もう少しで第一段階の作戦が実行出来ます。これを中継放送すれば世間の不安も大分緩和されるでしょう。

 問題は第二段階です。ヤンマイエン島の核爆発で世界中の核兵器の四割と輸送宇宙船、それと多くの人材と設備が失われました。

 核兵器の数は何とか足りていますが、輸送宇宙船と人材の喪失は正直言って、痛いですね。支障が出かねない状況です」

「……まったく馬鹿な事をしてくれたものだ。かと言ってあの独裁国家に責任を取らせようにも、そんな経済力も無い。

 今は崩壊中だしな。まったくやられ損だよ。こんな事なら受け入れない方が良かったな」

「まあ世界中の核兵器を集めるというお題目がありましたからね。仕方の無い事です」

「そうだな。亡くなった人々への補償は我々政府が負担する。財団へもな。

 さすがに百億ユーロは出せんが、スペースコロニーへの移住用の不足物資やその他諸々の諸費用は政府からも支援させて貰う」

「ありがとうございます」

「人類全体の危機だ。そのくらいは当然だ。同盟国や友好国からの支援物資も続々と届きだしている。

 それはそうと………治療状況はどうかね?」

「……かなり回復してきています。ですが、まだ動き回れる程は回復していません。まだ裏方で動きますよ」

「分かった。早く治ってくれるとだいぶ助かるんだがな」

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 現在の【HC】の対使徒戦力はゼロであった。前回の使徒戦で零号機を喪失。初号機はあるがパイロットが居ない状態だった。

 そんな状況で司令である不知火と、副司令であるライアーンが今後の対応について話していた。


「本国からは使徒は残り一体の為に、現状維持の命令が来ています」

「やはりか。最後の使徒が倒されたら【HC】もいよいよ解散か。私も荷物を整理しておくか」

「それはまだ早いでしょう。最後の使徒が倒されるまでは安心出来ません」

「そうだな。だが、此処にはパイロットが居ない初号機だけだ。使徒が来ても出撃は出来ない」

「そうですが、ネルフの弐号機は残っています。そちらの支援は出来るでしょう。

 それに初号機のメンテナンスは怠らないようにと本国から注意を受けています。ひょっとしたらパイロットが見つかるかも知れません」


 不知火とライアーンにはマルドゥック機関のカラクリは伝えられてはいなかった為に、EVAのパイロット選定の秘密を知らなかった。

 その辺りの情報は全てシンジに任せて、対使徒戦闘や【HC】の組織の維持に注力してきたのだ。

 使徒は後は残り一体ではあるが、戦力不足は否めない。油断は禁物だと二人は考えていた。


「そうだな。ここで気を抜いてサードインパクトが起きては今までの苦労が水の泡になる。亡くなった二人の為にも頑張らなくてはな」

「そう言えば同居していた女の子二人はスペースコロニーに行ったんですね」

「ああ。出発の時には挨拶に来てくれた。レイ君の荷物も整理して、持って行くとか言っていたな」

「彼女の葬儀を出来なかった事が悔やまれます」

「私もそう思った。彼女達にもそれを伝えたが、レイ君からは万が一の時には葬儀もしないで荷物をどう処理するか伝えていたらしい」

「あの出撃の時に、死を覚悟していたと!? まだ十四歳の子供にそこまでの覚悟を決めさせてしまったのですか!?」

「……今は中佐とレイ君の犠牲を無意味なものにさせない為にも、対使徒戦を最後まで頑張るしか無いだろう」

「……そうですね。基地内の雰囲気も沈んでいますが、これは発破を掛けないと拙いですね」

「分かった。私から全職員に訓示を行おう」


 今の【HC】に設立当初の勢いは無かった。初号機はあるがパイロットはいない。零号機は前回の使徒戦で自爆して失われた。

 だが、まだ使徒は残っている。残された戦力で出来る限りの事をするしか無い。それが特務機関【HC】の義務だった。

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 リツコは自室で一人で考えていた。そして決意した。リツコの目には黒い光があり、どこか狂信的なものを感じさせる表情だった。

 そして端末からMAGIにアクセスして、MAGIを使ってある場所をハッキングし始めた。

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 富士核融合炉発電施設内は治外法権エリアになっている。だが、そこから一歩でも出れば、日本の法律が適用されるエリアである。

 そして超高圧の電気が送られてくる送電線ラインは、日本の中枢を支える最重要ポイントの一つに指定されていた。

 戦自が常時警戒態勢をとっており、その運営は民間の電力会社で行われていた。

 そして現在、民間の電力会社に大トラブルが発生していた。


「どういう事だ!? 何故、送電ラインが次々に切断されているんだ!? これでは広域停電になってしまうぞ!!」

「制御コンピュータが次々にラインを切っています! 恐らく、外部からのハッキングを受けていると思われます!」

「何だと!? 早急に手動に切り替えろ! 過負荷のラインの復旧を急げ! 富士核融合炉発電施設に至急連絡をしろ!」

「は、はい!」


 送電ラインのトラブルは、富士核融合炉発電施設に対しても少なくない影響を与える事になった。

 この為に、施設内のユグドラシルUの処理能力が一時的に低下していた。

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 リツコは最初の攻撃が成功したのを確認して、第二次攻撃の準備に入った。

 ネルフには対地攻撃能力はあまり無いが、皆無という訳では無い。その中の一つにN2爆弾を内蔵した対地ミサイルがあった。

 攻撃力は甚大だが、周囲を巻き込む為に今まで一度も使用していなかった。

 そして最悪の場合には本部の自爆装置に連動して爆発するという物騒なものであった。管理は作戦課である。

 その管制制御ルームにリツコは秘かに入って、対地ミサイルの攻撃目標を【HC】基地に隣接する湖の水中にセットしていた。


 【HC】の対空防御はかなり堅固である。ネルフの虎の子の対地ミサイルを撃ち込んでも、あっさりと迎撃される事は分かっていた。

 だが、隣接する湖が【HC】の対空防御エリアから外れている事は、第十二使徒の時に初号機と零号機のキャリアが撃墜された事から

 分かっていた。そして湖の水中でN2爆弾を爆発させれば、大量の水が津波となって【HC】基地を襲うだろう。

 初号機に致命傷を与えられるとは思わないが、上手くいけば使用不能には出来るかも知れない。


(馬鹿な事をしているのは分かっている。こんな事をしても、初号機を消滅させる事は出来ないのは分かっているの。

 でも……でも……一矢でも報いなければ気が済まない! 今まであの人の為に、この手を汚して尽くしてきた。

 でも……あの人は、初号機の中のユイさんを忘れてはいない。あたしは身体を持たない相手にも劣ると言うの!?

 そんな事は認められない! あの人はあたしを何度も抱いたのに、身体を持たないあの人にも及ばないなんて、断固として認められない!)


 攻撃目標を【HC】に隣接する湖の水中にセットされた対地ミサイルの発射ボタンをリツコは無表情で押した。

 対地ミサイルは五基。ミサイルは轟音を立てながら、垂直に上昇。そして目標に向かっての飛行を開始した。


 N2爆弾を内蔵した対地ミサイルは、その破壊力の為に作戦課の管理下にあり、その発射は直ぐに職員の知るところとなった。

 そして、保安部員を連れたミサトが管制制御ルームに入った時、ミサト達が見たのは泣きながら笑うリツコだった。

 ミサトは躊躇しながらもリツコに銃を向けた。


「リツコ! あんたは自分が何をしたか、分かっているの!? N2爆弾を内蔵した対地ミサイルを何処に向けて発射したの!?」

「【HC】基地に隣接する湖が目標よ」

「【HC】基地に隣接する湖? ……ま、まさか湖の水で津波を起こそうって言うの!?」

「そうよ。もう、【HC】に対使徒戦力は無いわ。初号機も邪魔なだけ。だから、初号機を潰そうとしたの」

「そんな事をしたら、どうなるか分からないあなたじゃ無いでしょう! 【HC】と全面戦争するつもりなの!?」

「それでも構わなかったけど……無理だったわ……」

「どういう事!? いや、それより【HC】に早く連絡しないと!」

「連絡は不要よ。既に対地ミサイルは第三新東京の上空を出た時点で撃墜されたわ」

「何ですって!?」

「多分、【ウルドの弓】ね。使徒も来ない状況で、此処から攻撃用のミサイルが発射される事自体が異常な事。

 だから無条件に撃墜されたんでしょうね。あそこがネルフを敵視しているのを、すっかり忘れていたわ」

「リツコ、何でこんな事をしたの!? 動機は!?」

「人は神様を拾ったって、喜んで手に入れようとした。だから間違ったの。それが十五年前。せっかく拾った神様も消えてしまった。

 でも、今度は自分達が神様を復活させようとしたの。それがアダム。そしてアダムから神様に似せて人間を造った。それがEVA。

 あの人の事を考えるだけで、どんな陵辱にも耐えられた。私の身体なんて、どうでも良いの。でも、あの人は……あの人は……

 分かっていたのよ。馬鹿なのよ。あたしは。親子揃って大馬鹿者ものだわ!」


 リツコは泣き崩れた。そのリツコをミサトは同情の篭った視線で見つめていた。

 どんな事がリツコに起きたかは知らない。だが、リツコは今までここまで感情を露にした事は無かった。

 ミサトはリツコへの同情心を感じながらも、公職者としての責務を思い出して保安部員に指示を出した。

 リツコが保安部員に連行されていくのを横目で見ながら、ミサトは考えていた。


(EVAに取り付かれたのね。でも、あたしもそうなのかも知れない)

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 世間一般には使徒戦が行われている事は伏せられている為、世間の注目は巨大隕石の地球への衝突回避が出来るかに注がれていた。

 とは言っても宇宙での出来事であり、ロックフォード財団以外の組織では介入さえ出来ない。

 精々が、スペースコロニーに移住出来る北欧連合の同盟国や友好国からの支援物資を増やす事ぐらいだ。

 もっぱら作戦の成功率とか実施方法に関しての討議が盛んに行われていた。自分達の運命が掛かっているので全員が真剣だった。


 その中でアジアの某独裁国家の為に、全世界の核兵器の約四割が失われて北欧連合や財団に被害が出た事が取り沙汰されていた。

 某独裁国家の為に隕石衝突回避作戦が失敗したらどうなるのか? 全世界の厳しい目がその事件を起こした某独裁国家に向けられた。

 既に全世界からの経済制裁(宗主国も含む)が行われていたが、その独裁国との国交断絶を行う国家も出てきていた。

 元々、生産力も低くて慢性的な飢餓に見舞われていたが、宗主国からの支援が完全に途切れた事で危機的な状況に陥っていた。

 この危機を回避するには他国の富を奪うしか無いと、その独裁国家の指導者は判断していた。

 とは言っても、この独裁国家が持つ国境は三つ。その二つの国境の先は自国より遥かに強大な軍事力を持つ国家だった。

 残る一つは同じ民族の国家だが自国よりは軍事力は低い。最近の凋落は著しいが、それでも自国よりは遥かに贅沢な暮らしをしている。

 物資も豊富に持っているだろう。その独裁国家には失うものは何も無かった。

 宗主国を含んだ全世界から見放された。他国から支援物資が来る予定も無い。名誉や信用など既にゼロだ。

 そのような理由から、独裁国家の三代目の指導者は軍部に対して隣国に攻め入る準備を命令していた。


 その他にも、ネルフの求める追加拠出金の負担の為に国の経済が崩壊寸前になり、隣国への略奪を行おうと考える国家が次々に出ていた。

 何もしなければ国が崩壊して国民は苦しむ。他国に支援は要請したが、全て断られた。

 この時期、他国を支援するような余裕がある国家は極少数であった。殆どの国家がぎりぎりで運営されていたのだ。

 だったら汚名を被っても、国民の為に隣国への略奪戦争を決意する国家が出てきていた。


 そこに来て、北欧連合が近隣海域に配置している機動艦隊を、世界各地に派遣した事が噂されていた。

 事実であった為に、その情報は瞬く間に全世界に知れ渡った。今まで外部に機動艦隊を派遣した実績は、中東連合以外には無かった。

 だが、此処に来て北欧連合が近隣海域の機動艦隊を世界各地に派遣したという事は、隕石の衝突回避の為の最後の手段と考えているのでは

 という噂が駆け巡っていた。このような状況から世界各地の緊張は徐々に高まっていった。

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 最近の世界の緊張の高まりを受けて、首相であるフランツは軍部のトップであるグレバートを自分の執務室に招いた。

 使徒の残りは一体だが、ネルフと【HC】の戦力不足は著しい。それに巨大隕石の衝突回避作戦の影響は大きい。

 さらには最近の経済的な貧窮の為に世界各地の紛争の目が出てきている。同盟国と友好国の安全保障を保つ義務が北欧連合にはあった。

 そしてそれ以外の国の安全保障の義務は無い。それを念頭において二人の会談は始まった。


「まずは使徒戦だな。残りは一体とはいえ、本当に大丈夫か不安になる。負ければサードインパクトだからな」

「ネルフは弐号機だけ。【HC】も初号機だけ。しかもパイロットがいないですね」

「これに関しては彼らに任せるしか無いだろう。それはそうと補完委員会から初号機のシンクロ試験を行いたいと言ってきた」

「補完委員会ですか? 今まで暗躍してきた彼らが何故? しかもこちらの初号機をですか?」

「弐号機用の新しいパイロットをネルフに派遣するが、その後に初号機ともシンクロ試験を行いたいと言って来たのだ」

「危険では? ミハイル君を負傷させたES部隊はゼーレの手配の者達でしょう。迂闊に初号機に触れさせるのは問題だと思います。

 そのパイロットが初号機とシンクロしてしまったら、S2機関を内蔵した最強のEVAである初号機が奪われる危険性があります」

「私もそう考えてミハイル君に相談したんだ。そうしたら構わないという連絡が来た。今の初号機は絶対に動かないと太鼓判を押すとな」

「……それはそういう意味なのでしょうか? 初号機が絶対に動かないとは何かをしているのでしょうか?」

「それは笑って教えてくれなかったがな。まあ、その件は補完委員会には許可を出しておいた。

 もっとも初号機をくれと言っても渡さないがな。以前にネルフの司令が第三者経由で打診して来たが、即座に断った」

「最悪の時は彼に出て貰うしか無いですね」

「まあな。【HC】支持国には零号機は失われたが、まだ戦力は残っている。動揺はしないでくれと連絡してある」


 初号機の所有権は北欧連合にあった。最初のネルフとの交渉の時に零号機と一緒に所有権は北欧連合に移っていた。

 だが、パイロットがいないという理由でネルフから譲渡要請が来ていたが、フランツは断っていた。

 前回の使徒でEVA二機が失われて戦力不足は分かっていた。

 だが、補完委員会が量産機の製造に着手したとの情報は掴んでおり、自国側の戦力である初号機を手放す気は無かった。


「そうなると次の懸念は巨大隕石の衝突回避作戦ですね。一般人はそちらの方が不安が大きいですね」

「ミハイル君とも相談したが、第一段階の作戦はTV中継する」

「あの小惑星を巨大隕石にぶつけて軌道を逸らすあの第一段階の作戦をTV中継すると言うのですか? 大丈夫なんですか?」

「ああ。ミハイル君とも話したが第一段階の作戦はまずは大丈夫だ。人心安定の意味を含めて作戦を中継する事はかなり有効だろう」

「確かに第一段階の作戦が無事に成功したと分かれば、世論も安心するでしょう」

「問題は第二段階だ。各国の核兵器の起爆装置をドリルミサイルに組み込んで各隕石に撃ち込むが、起爆装置の規格が其々異なっている

 ので、それに苦労しているそうだ。下手をすれば起爆しない核兵器も出てくる。そちらの方が心配だ」

「各国の核兵器を提供させましたからね。規格が異なるのは仕方の無い事でしょうが、確かに不安ですね」

「コロニーレーザーは順調だそうだ。だが、第二段階の作戦で中規模の隕石の軌道を変え損ねると第三段階だけで大丈夫か不安が残る」

「そして最後の奥の手も用意はしてあるんですよね」

「ああ。だが、こればかりは事情が事情だけに確かな保証は無い。間に合えば良いが」

「それは彼に期待するしか無いのですね」

「ここまで段取りしてくれたのは彼だからな。まだ治療が必要な状態だけに無理強いも出来ない」

「まったくゼーレも余計な事をしてくれたものです」

「その報いを受ける時は近い。それはそうと各国に派遣している艦隊の方はどうだ? かなり世間に知られて動揺があると聞いている」

「三艦隊を南米とアジア、西アフリカに派遣させましたからね。目立つから隠し通す事は無理です。

 世間では隕石の衝突回避作戦の最後の砦として友好国の近辺に派遣しているのでは無いかと噂されています」

「事実だからな。実際に【ウルドの弓】で撃ち洩らした隕石の迎撃用だ。今更友好国に迎撃用粒子砲を設置する余裕など無い。

 却って、この緊急時に艦隊を派遣して感謝される程だ。特に政府としては何も説明はしない。

 国内ならば対空迎撃システムを使えるが、友好国ではそれが精一杯だしな」

「艦隊の補給に関しては、友好国が最大限の便宜を図ってくれるとの連絡が来ています。大丈夫です」


 フランツとナルセスが発表した三段階の回避作戦で、全ての隕石が対処出来れば問題は無かった。

 だが、核兵器の四割が失われて人員や設備に被害が出た事もあって、最悪の事態を想定してフランツは三艦隊を友好国に派遣していた。

 北欧連合の国内には各地に対空迎撃用の粒子砲を備えた基地が多数あるから、洩れた隕石を撃ち落とす事は可能だ。

 中東連合には既に艦隊が常駐しており、問題は無かった。友好国はまったく隕石の迎撃システムが無かったので艦隊を派遣したのだ。

 この艦隊の派遣が無駄になれば良いと、フランツとグレバートは考えていた。

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 幼いアスカは嬉しい事を母親に伝えようと、笑顔で走っていた。


「ママ。ママ。あたし、選ばれたの! 人類を守るエリートパイロットよ! 世界一なのよ!」


「誰にも秘密なの! でも、ママにだけは教えるわね!」


「色々な人が親切にしてくれるわ! だから寂しくなんか無いの!」


「だから、パパが居なくても大丈夫よ。寂しくなんか無いわ!」


「だから見て! わたしを見て! ねえママ!」


 幼いアスカが笑いながらドアを開けると……母親が首吊り自殺をしていた。

 それを見てしまった幼いアスカの顔は強張り……そしてドアは閉じられた。

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 マンションのリビングでミサトとアスカは口論をしていた。


「いい加減な事を言わないでよ!」

「だから、何度言ったら分かるの!? もう、加持君は居ないのよ!」

「……嘘……」


 加持の残した遺産を受け継いで前に進む事を決意したミサトは、何時までも加持に拘るアスカに死んだ事をはっきり告げた。

 決意したミサトだったが、それほど余裕がある訳では無かった。ウジウジと悩むアスカに苛立って、声を荒げていた。

 ファーストキスを捧げたコウジは別の女と親しげに話していた。今の自分は弐号機とシンクロさえも出来なかった。

 それに加えて、加持が死んだというのは、アスカに深刻な影響を齎した。

 パイロットとしての価値は無く、誰も自分を見てくれる人は居なくなった。そう感じたアスカは家を飛び出していた。

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 第三新東京市の廃墟ビルの一室。天井も壊れて、太陽の光が注ぎ込む一室の浴槽にアスカは全裸で気だるげに横たわっていた。

 目からは光が失われていた。自分の存在理由を疑い、完全に自分を見失っていた。


「シンクロ率ゼロ。セカンドチルドレンたる資格無し。もう、あたしが居る理由は無いわ。誰もあたしを見てくれないもの。

 パパもママもコウジも、誰も。あたしが生きてく理由も無いわ」


 アスカは家出をして廃墟ビルに篭っていた。生きる気力を無くして、廃人同様の有様だった。

 そのアスカをネルフの諜報部員が秘かに監視していた。だが、諜報部員は何もアスカに干渉する事も無く、ただ監視していただけだ。


 その諜報部員の背後に二人の人影が音も無く近寄っていた。ネルフの諜報部員は近づいた人間を察知する事も無く、気絶させられた。

 諜報部員を倒したのは二人の男女だった。年の頃は二十代半ばぐらいだろうか。

 二人とも金髪碧眼で周囲に他に監視者がいない事を確認すると、虚ろなアスカに睡眠薬を嗅がせて外部に運び出していった。

 そして、その光景を八つの目が見ている事は、アスカを運び出している二人も気がつく事は無かった。

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 宮原コウジは家族五人(祖母、両親、妹)で、スペースコロニーの移住申請の為に北欧連合の臨時診察所に来ていた。

 アスカと連絡が取れなくなって、かなりの時間が経過していた。

 コウジはその事が気掛かりだったが、予定していた移住申請をキャンセルも出来ない。気が乗らない状態だった。

 近郊だったので、家族五人は車で臨時診察所に来ていた。受付で登録を済ますと、呼び出し札を渡されて待合室で待機していた。

 待合室はかなり混んでいた。この臨時診察所だけで一日に数百人の面接を行うという。混んでいるのも当然かとコウジは思った。

 コウジの持っている呼び出し札の番号が呼ばれた。来たのは家族五人だが、面接は一人単位だった。

 内心の不安を抑えてコウジは面接室に入っていった。そこには北欧連合から来たと思われる二十代の金髪碧眼の女性が待っていた。


「初めまして、モニカよ。早速だけどこの性格テストを受けて貰うわ。時間は約五分よ」


 そう言って一枚の紙がコウジに差し出された。簡単な記入内容であり、三分程度で全て記入が終わった。

 性格テストが終わると次は簡単な面談だ。モニカは笑顔を見せながらコウジに話し掛けた。


「性格テストは形式だから、これで良いわ。さて、最終確認になるけど、スペースコロニーに移住すると言う事は日本の国籍から

 北欧連合の自治領の国籍に変えなければ為らないわ。今まではあなたは日本の国籍だったけど、それが変わるの。それは大丈夫?」

「はい。電子申請の時の注意書きにも書いてありましたから、ちゃんと読んでます」

「君みたいな子ばっかりだったら楽なんだけどね。電子申請は内容をちゃんと読んだってところをクリックしないと駄目なんだけど、

 読まないのにクリックする人が多いのよ。この面接で驚く人も多いわ」

「それは普通は駄目でしょう」

「それが分かっていない人が多いって事。さらに確認するけど、国籍がこちらの自治領に変われば、あなたはこちらの国民になるわ。

 財団が責任を持って衣食住を保障するけど、逆に言えば義務を果たさなかったり犯罪を犯したりすれば最悪は死刑か追放になる。

 当然、祖国になる自治領の不利益を働く事は許されない。日本のように好き勝手に生きられなくなるわ。

 自治領と日本を天秤に掛けた場合、自治領を優先させる事が求められます。それは分かっているわね」

「はい。その注意書きもちゃんと読んでいます。大丈夫です」


 簡単に国籍を変えられると勘違いしている人も多い。だが、国籍を変える時は新しい祖国に尽くす事が求められる。

 そうでなければ、好き勝手な人間が増えて収拾がつかなくなる。受け入れ側の国が困るだけだ。

 そもそも祖国を大事にしないような国民が増えたら、発展などはせずに荒廃するだけだろう。

 以前の祖国の事を忘れる必要は無いが、新しい祖国より以前の祖国を優先させるとそれは国家への裏切りになってしまう。

 そんな為に、無条件に国籍変更を認める国など、一部の能天気な国家を除いて普通は存在していない。


「じゃあ面接は終わりよ。……普通ならこの面接が終わった後は検査カプセルに入って五分程度の検査を受けて貰うんだけど、

 あなたの場合は特殊だから部屋を変えるわ。大丈夫、御両親の許可は取ってあるから」

「? どういう事です? 何でボクが特殊なんですか?」

「惣流・アスカ・ラングレーって言えば納得する?」

「な、なんでその名前を!? アスカの居場所を知っているんですか!?」


 コウジの顔色が一瞬で変わった。今までは気が乗らない気持ちだったが、真剣な顔付きで正面の面接官であるモニカを見つめた。


「ええ。今は私達が保護しているわ(本当は拉致してきたんだけど、馬鹿正直に言う事は無いわね)」

「会わせて下さい。ずっと連絡が取れなくて心配していたんです!」

「彼女は色々なストレスの為に廃人と同じよ。生きる気力を無くしているわ」

「廃人!? アスカは大丈夫なんですか!? 元に戻らないんですか!?」

「……あなたが彼女と付き合っていた事は知っています。その上で聞くけど、彼女を助けたい?」

「勿論です!」

「その為に汚名を被る可能性があっても? 彼女を助ける為に犯罪者になっても構わない?」

「……どんな犯罪かが分かりませんから、それには答えられません。ですけどアスカを助けたいと思っているのは事実です!」

「あなたが理知的で助かったわ。ここで犯罪者になっても構わないと言われたら、会わせないつもりだったのよ。

 じゃあ、あたしに付いて来て」


 コウジはモニカの後をついて歩き出した。正直言って、不安と期待が混じっていた。連絡がつかなかったアスカと会えるのは嬉しい。

 だが、ストレスで廃人とはどういう事だ!? EVAのパイロットなのが影響しているのだろうか?

 そんなアスカを自分が助けられるのだろうか? 汚名とか犯罪者とかどういう意味なのだろうか?

 それに此処は北欧連合の臨時診察所であってネルフとは無関係のはずだ。関係があるとすれば【HC】のはずでは無いのか?

 その北欧連合の臨時診察所に何故ネルフのパイロットであるアスカが居るのだろうか?

 コウジは歩きながらも、そんな事を考えていた。

***********************************

 モニカは臨時診察所の建物を出て、少し離れたところにある別棟に入って行った。コウジもその後に続いた。そしてある一室に入った。

 真っ暗な部屋だったのでコウジは怪訝に感じたが、モニカが電灯を点けるとベットに横たわっているアスカが目に入った。


「アスカ!」


 コウジはアスカに駆け寄った。ベットに横たわったアスカには毛布が掛けられていたが、目は虚ろだった。

 コウジが側に来ても何も反応は無かった。コウジがアスカに手を伸ばそうとした瞬間、モニカから声が掛かった。


「ちょっと待ちなさい! 彼女がEVAのパイロットである事は知っているわね。彼女はその使徒からの精神攻撃を受けたのよ。

 それ以外にも親しい人とかが殺されている。そして彼女はEVAで戦績をあげていない。

 そんな色々な条件が重なって、彼女は自分の殻に閉じ篭ってしまったわ。今の彼女は普通の方法では元に戻らないわ」

「……どうすればアスカは元に戻るんですか!?」

「荒療治しか無いわね。時間を掛ければ彼女は元に戻る可能性もあるけど、そんな時間的余裕は無いわ。(あの人が居れば別だけど)

 そこで彼女が好きな、あなたの出番なのよ」

「ボクが? どうするんです?」

「彼女を抱きなさい」

「えっ!? アスカを抱く!?」


 アスカの容態を心配していたコウジの顔が一瞬で真っ赤になった。コウジも健全な男子高校生だ。そっち方面の興味は当然あった。

 だが、廃人同然のアスカを抱けとはどういう意味だ? 何の効果がある? いや、したく無い訳では無いが、理由づけが出来ないのだ。


「数ヶ月から年単位の時間を掛けて、彼女が回復するのを待つ時間的余裕は無いの。

 それに彼女が此処まで追い込まれた原因の一つには、あなたの責任もあるのよ」

「ボクが!? 何でですか!?」

「あなたが駅のホームで別の女の子と親しく話していたのを彼女は見ていたみたいね。それでふられたと勘違いしたみたいよ」

「駅のホーム!? それは妹です。勘違いです!」

「それをあたしに言われても困るわ。勘違いしたのは彼女なんだから」

「……で、でも抱くって本人の承諾も無しにそんな事は出来ません!」

「まあ、それが建前よね。それは分かるわ。だから汚名を被っても良いかって聞いたのよ。

 今の彼女を殻から出すには外部からきついショックを与えなければ駄目なの。かと言って殴ったりして傷つけるのは論外だからね。

 だから彼女が好意を持っているあなたに白羽の矢が立ったのよ。覚悟を決めなさい!」

「で、でも、だからと言って意識の無い彼女を無理やりなんて……」

「だったら、このまま放置する? 断言しても良いけど、このままで看病しても数日では絶対に治らないわ。最低でも数ヶ月は掛かるわ」

「…………」

「少し時間をあげる。しばらく此処で考えなさい。御両親の許可は取ってあるし、此処にはトイレやシャワールームもある。

 それに食事は定期的に差し入れるから。三日間ぐらいはこの部屋で過ごしてね」

「三日間も二人で!? ちょっと待って下さい!」

「今の彼女は自分から食事は出来ないわ。食事をさせるんだったら口移しよ。それが嫌なら早く目覚めさせる事ね」


 コウジの抗議を聞く気は無いモニカはさっさと部屋を出て、外から鍵を閉めた。この部屋は鍵は外から掛けられる構造になっていた。

 そして念を入れて、ある効用の御香を部屋に流し込む操作をすると、部屋の中からドアを叩くコウジを無視して立ち去っていった。

***********************************

 何度もドアを開けようと試みたが、このドアは特殊な作りで鍵は外からでしか開け閉め出来ないと気がついた。

 ドアを叩くのを止めてコウジはアスカの側に戻った。

 そして視線をアスカに向けた。アスカの胸が毛布を持ち上げているのが分かった。

 コウジはゴクリと喉を鳴らした。コウジは経験は無かったが、人並みに異性に興味は持っている。ましてや相手は好きなアスカだ。

 本音は決まっていた。そしてアスカを立ち直す為という口実もあった。ただ、アスカの意識の無い事だけが問題と思っていた。

 部屋に妖しい香りが漂ってきたが、今のコウジにはアスカしか目に入らず、香りに気がつく事は無かった。

 アスカはやつれた顔だった。以前に会った時の元気なアスカの面影はまったく無かった。

 その事を痛ましく感じながらも、毛布の下のアスカは下着を着ていない事に気がついた。

 そこで自問自答した。自分がアスカを好きな事は間違い無い。でも最後までしてしまったら責任は取れるのだろうか?

 自分はまだ高校生だし、アスカは中学生だ。そんな子供である自分達がそんな事をして良いのだろうか?

 そんな事を考えながらも、漂ってくる香りに誘われて次第に理性が無くなりつつあるコウジだった。

***********************************

 モニカはコウジをアスカの居る部屋に閉じ込めた後、用意されていた休憩室に足を向けた。

 そこには相棒のミリオムが待っていた。


「お疲れさん。彼の様子はどうだい?」

「繊細な日本人らしく戸惑っていたわよ。まったく好きな女の子と関係する良いチャンスに、なんで遠慮するのかしら?」

「それが日本人の性質だろう。本音と建前を使い分けるのは彼らの文化だ。でも、細工はして来たんだろう?」

「勿論よ。発破を掛けて媚薬を含んだ御香を焚いて来たわ。あれで三日間は篭りっきりのはずよ」

「余計な御節介かも知れないが、こっちも時間が無いからな。まあ好き合った当人同士だし。後で怒られるかも知れんが」

「あたしだって、好き合っている当人同士じゃ無ければ、ここまでは出来ないわよ。女は繊細なんだからね」

「分かったよ。さて、ネルフの諜報部が彼女をロストした事で慌てて捜索を開始しているが、此処までは手は伸ばせない。

 ところで、四日後に本当に彼女をネルフに戻すのか? このまま保護していた方が良いんじゃ無いのか?」

「それは彼女次第ね。あの人は彼女が治れば、本人の意向を尊重してくれって言ってたしね」

「我々の恩人の意向だから、従うべきだな」


 二人はある人物の意向を受けて動いていた。第三新東京の廃墟からアスカを拉致してきたのも、その指示の為だった。

 そしてコウジが移住申請を行う事を知って待ち構えていたのだ。

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 使徒の残りが一体になったが、ネルフの戦力は弐号機のみでパイロットは精神異常で動かせない。

 辛うじてダミープラグを使えば弐号機の稼動は可能になる。そんなギリギリの状況だった。

 とは言っても、アスカに復活の可能性が無い訳では無い。その為にネルフは緊急体制を布いてアスカを捜索していた。

 その捜索状況はネルフの司令であるゲンドウに入って来た。だが、今までに有用な情報は一切入って来なかった。


「ここにきてセカンドをロストか。委員会から糾弾されるのが目に見えているぞ。監視していた諜報部の三人が一瞬で倒されたのだな」

「ああ」

「このタイミングでセカンドを拉致してメリットがある組織など無いはずだ。まったく何処の組織だ」

「ゼーレの可能性がある。委員会より弐号機の代替のパイロットを送るという連絡があった」

「このタイミングでか?」

「そうだ。しかも此方で弐号機の起動試験を行った後に、【HC】に出向いて初号機の起動試験も行うという」

「弐号機と初号機。両方の起動試験をコアを入れ替えずに行うと言うのか? まさかな……」

「今は何とも言えない」


 何故、この時期に弐号機の代替パイロットと称して新たな人員を送り込んでくるのか?

 ゲンドウはゼーレの真意を図りかねていた。

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 リツコは【HC】基地にある初号機を攻撃しようとして、ネルフの諜報部に拘束されていた。

 そこにゲンドウが訪ねてきた。リツコは振り向く事無く、ゲンドウに話しかけた。


「……六分儀司令。猫が死んだんです。お祖母ちゃんのところに預けていた。ずっと構っていなかった。突然、もう二度と会えなくなる」

「……何故、初号機を破壊しようとした?」

「今の初号機はパイロットもいないただの置物でしょう。何も意味は無いはず!」

「今一度問う。何故、初号機を破壊しようとした?」

「あなたに抱かれても嬉しく無くなったから。私の身体を好きにしたらどうです! あの時みたいに!」

「……君には失望した」

「失望!? 最初から期待も望みも持たなかった癖に! あたしには何も……何も……何も!」


 ゲンドウはそれ以上は口を開かずに、ドアは閉じられた。


「うっ……うっ……どうしたら良いの。母さん……」


 冷静に考えればリツコのした事は、他組織の拠点を破壊しようとした反社会的な行為に過ぎない。

 それはリツコにも分かっていた。だが、感情が抑えられなかった。

 男女間だけの問題なら、リツコに世間の同情は集まるだろう。だが、責任ある組織の人間としては許される事では無かった。

 特にリツコが高名な科学者という立場から、成功した場合の被害は拡大していたのだ。

 自制心無き科学者。倫理観無き科学者の悪しき例であろう。この時、リツコの運命がどうなるか、知っている者は誰も居なかった。

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 暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、暗い表情で話していた。


「彼女の準備はどうだ?」

「教育も順調だし、予定通りに出発出来る。

 最初のES部隊の根拠地をやられた時に彼を失ったのは衝撃だったが、彼女が間に合って良かったよ」

「槍を失った事から、上は弐号機を使う計画を進めているわ。セカンドは女なんだから、今回は彼女で良かったと思うわ。

 これが彼だったら、少し拙かったかも知れないわね」

「セカンドは精神崩壊状態でどうしようと思ったが、意外にも北欧連合が動いていた。これならセカンドも回復するだろう。

 これで弐号機で彼女を始末させれば、計画通りになる。今はES部隊のメンバー四人をセカンドの監視に向けている」

「でも、北欧連合がセカンドを気に掛けているとは予想外だったな。何のメリットも無かろうに」

「彼らには彼らの思惑があるのだろう。最期の彼女の為にも、セカンドには復活して貰わねば為らん。

 こちらにとっても好都合だからな。彼らの思惑に乗っただけだ」

「ネルフの方は計画通りだな。問題は【HC】だ。

 彼女の要望があったから初号機との起動試験を【HC】に要請したが、まさか本当に許可が出るとは思わなかったぞ」

「そうだな。絶対に警戒して断ってくると予想していたからな。こうなったら彼女の希望通りに【HC】に行かせる必要がある」

「此処で彼女の心配をするのは無意味だ。本気になった彼女を害せる存在など、EVA以外には無い」

「そうだな。最後はセカンドの乗った弐号機で殲滅か」


 彼らは殲滅する方とされる方の両方を準備していた。これが終われば最終の補完計画の準備が整うのを待つだけだった。

 とはいえ、巨大隕石の件とスペースコロニーも密接に関わってくる。そちらの準備も怠ってはいなかった。


「残りは北欧連合とロックフォード財団の方だな。移動中のスペースコロニーも観測が出来ている。

 ラグランジュポイントまでは後は数日と言ったところか。コロニーレーザー用の試作コロニーが何処にあるかはまだ不明だが」

「スペースコロニーを落す準備は出来たが、これは補完計画の直前に発動する。下手に手を出せば手痛い反撃を食らうからな」

「それは分かっているわ。でも、あの移民宇宙船はどこか異常よ。あんな少ないロケット噴射で、あんな巨体が飛ぶ訳が無いわ。

 そもそも、スペースコロニーへの移民は空間転送技術を使うと思っていたけど、早合点だったのかしら?」

「空間転送技術に関しては、推測の域を出ていない。それに魔術師だけが管理していたとも考えられる」

「移民用宇宙船にしても、他に何らかの技術を隠しているのは間違い無いな。ところで移民にスパイを紛れ込ませる件はどうだ?」

「……あの検査カプセルで引っ掛かって、ES部隊の五人を失ったわ。

 三人の普通の諜報員は検査カプセルをパスして研修施設に入ったけど、連絡は途絶えたままだわ」

「奴らもその辺りは手を抜かないか」

「繰り返して言うが、奴らのスペースコロニーは潰すが、隕石衝突回避作戦は絶対に成功させなくては為らない。

 そこを間違えるな。タイミング的には量産機の製造が少し遅れている。万が一でも補完計画の実行前に巨大隕石が地球に衝突すれば、

 本当に人類は絶滅だからな。我々以外にロックフォード財団に干渉する組織があるとは思えないが、念の為だ」

「分かっている。もし、彼らの隕石衝突回避作戦の邪魔をする組織が現われたら、その時は我らがその組織を潰すだけだ」

「アジアの独裁国家は、手酷い妨害工作をしてくれた為に崩壊寸前だ。放置しておけば良い」

「戦争を始める気らしいが、どの道自滅するだけだ。海を越えてまで侵攻する能力は無いから大丈夫だな」


 彼らの指揮下に入るES部隊の編成は着々と進んでいた。そして対宇宙戦装備の準備もそうだった。

 今は牙を隠す時だった。そして牙を見せる時は、北欧連合とロックフォード財団が滅びる時と信じていた。

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 ミハイルの回復はだいぶ進んでいたが、それでもまだ歩き回るのは無理だった。その為にまだベットでの療養生活が続いていた。

 そして地下で療養生活を送りながらも巨大隕石の衝突回避作戦を指揮しているミハイルを、ナルセスが見舞っていた。


「少しは体調が良くなったようだな」

「ええ。痛み止めが少なくて済みますから。作戦の第一段階は今のところは順調です。放送の準備も出来ています」

「TV放送か。確かに小惑星を巨大隕石に衝突させて軌道を変えさせるのは、一大イベントだ。放送権を売り出すか?」

「それはお任せします。小惑星の速度も大分上がっています。

 これで直径五百キロと直径二百キロの隕石の軌道を変えます。念の為に直径五百キロには小惑星を二個同時にぶつけます。

 残りは核兵器とコロニーレーザーですね。もっとも、第一段階で他の中規模の隕石の軌道が変われば助かりますが」

「今のところはそこまで計算が出来ないだろう」

「ええ。もうちょっと近づいて細部の観測をしないと計算出来ません。二つの巨大隕石の軌道が変えられれば、残るは直径百キロ未満の

 中規模の隕石群です。それならば核兵器を組み込んだドリルミサイルで何とかなると思っています」

「最後の切り札の方はどうだ?」

「大分良くはなってきていますが、まだ動くには早い状態です。間に合うかはどうかはギリギリまでは分かりません」

「そうか。こればかりは急がせる訳にもいかんしな」


 隕石衝突回避作戦の第一段階の実施が迫っていた。他の準備も着々と進んでいるが、余裕が無い事には変わりは無い。

 二人は真剣な表情で今後の事に関して、話し合っていた。

***********************************

 某所である政府の閣僚が集まって秘密会議が行われていた。

 現在、この国を取り巻く環境はかなり厳しい。出席者の全員は憔悴しきった表情で会議に臨んでいた。

 ちなみに、民族強硬派は招集しておらず、会議出席者は全て良識派と言われているメンバーだけで構成されていた。


「日本の政界、マスコミ、法曹界、教育界に我が国の影響はほとんど残っていない。市民活動組織も約九割の人員が拘束されている。

 苦労して影響力を浸透させた日本の警察や各省庁の官僚も、手入れを受けて壊滅状態だ。

 経済界ではまだ少し残っているが、我が国の資本だと知れ渡ったところは不買運動を受けていて、潰れるのは時間の問題だ。

 以前は我が国を賛美するように仕向けていたマスコミは、今は我が国の事を馬鹿正直に報道してくれている。我が国の評判はがた落ちだ。

 その為に、我が国から日本への入国はかなり厳しい制限が設けられている。特に妙齢の女性に関しては、入国拒否されるケースが多い。

 日本国内に数十万の同胞はいるが、影響力は殆ど無い。寧ろ、日本での財産を処分して我が国に戻ってきている同胞が増えている。

 日本を我が国の精神的支配下に置く『両班計画』は失敗したと言って良いだろう。


 日本政府は国内の掃除が済んだとして、今度は矛先を我が国に直接向けてきた。

 国内の歴史教育の修正と、今まで日本に対して行ってきた数々の誹謗中傷行為に対して、我々政府の正式謝罪を求めてきた。

 拒否すればスワップ協定の破棄と日本からの借款の早期返却、それと両国間の関係を白紙に戻すと脅迫してきた。

 今のところは日本からの要求は全て拒否しているが、その為に政治対立は過去最悪の状態だ。我が国と日本を仲介する国も無い。

 日本との亀裂が深刻化するのを受けて、我が国から日本への輸出はほぼゼロに近くなった。

 こちらも日本からの輸入を制限したいところだが、日本からの輸入が途絶えれば我が国の産業は立ち行かなくなる。

 それを見越して日本の企業は我が国への輸出品の価格を数十パーセント値上げしてきた。それと日本企業の撤退の動きも進んでいる。

 一部は他の国からの購入に切り替えたが、日本でしか調達出来ない部品もある。その為に日本との貿易収支は悪化する一方だ。

 それに日本がはっきりと敵に回れば、我が国の周囲は全て敵国になってしまう。軍事的観点からも日本と手を切る事は出来ない。


 日本の要求を受け入れて、今までの歴史教育を改めて日本に正式謝罪しようものなら、国内で大暴動が起きるだろう。

 最悪は軍のクーデターが起きるかも知れない。そうなったら我々は強硬派の連中に吊るし首にされるだろうな。

 かと言って日本の要求を拒否すればスワップ協定が破棄されて、我が国の紙幣が信用を失って、紙屑と化して国家が破綻する。

 それに今の借款を直ぐに返したら、それだけで我が国は破産するしか無いだろう。他に助けてくれるような国は無い。

 そして日本との関係が途絶すれば、我が国は衰弱死するか、北に呑まれるしか無い。

 日本で近々総選挙が行われる。今の状況を見ると、選挙後に我が国への政策がさらに徹底されると考えて間違い無いだろう」


 今の世界は巨大隕石の衝突回避作戦の成否に注目していた。それと各国の政府や軍関係者は使徒戦の行方にも注意を払っていた。

 どちらも人類の滅亡に直結する出来事なので当然だろう。それに加えて、ネルフ支持国と【HC】支持国の経済格差も問題になっていた。

 相次ぐネルフの追加拠出金請求に国力を落していった国々と、【HC】支持国の為に追加支出が無くて経済的に余裕がある国々である。

 全体的に見ればネルフ支持国の方が、経済力は圧倒的に大きい。だが、余裕は全然無かったし、成長率もマイナスになっている。

 世界的に波乱状態である今、ある国が隣国を声高に非難しても、まともに取り合うような余裕がある国は無かった。

 しかも声高に非難している国が世界からの評判が悪い国ともなれば、尚更であった。今までのツケが一気に出ていたのだ。

 だが、その国からしてみれば死活問題に関わる事である。その為に良識派の人間だけを集めて秘密会議を行っていた。


「今までの我が国の政策のツケが今になって出ている訳か。我が国が出来てからの国是とはいえ、途中で変更は出来なかったのだろうか?

 日本との関係が完全に途絶えれば、我が国は衰退するしか無い。さらに日本が敵対国になれば、我が国の周囲には味方はおらずに孤立する。

 かと言って、今までの歴史教育の過ちを認めれば、国内で大騒動が起きるのは間違い無い。少しずつでも誘導出来れば良かったんだが」

「先人達を責めても仕方あるまい。『漢江の奇跡』が各国の支援による結果だと認めず、自国のみの努力で成し遂げたと国内に説明したのが

 そもそもの間違いだった。国威高揚を狙ったのは良いが、後々の事まで考えていなかったんだろう。

 日本からの戦後賠償は北の分や民間補償の分が含まれていたが、時の軍事政権はそれを民間に還元せずに自分達で使ってしまった。

 本来なら日本から戦後賠償を受けられるはずも無かったんだが、北に対抗する為にアメリカに頼んで日本から賠償の名目で資金を得たんだ。

 あれで日本から資金をせしめたと自惚れてしまった国民は暴走を始めてしまった」

「調子に乗った国民が海外で我が物顔で横柄な態度を取っていたしな。あれで各国の評価は悪い方から数えた方が早い順位になってしまった。

 せめて我が国の発展が自国だけの努力だけで無く、各国の支援の成果だと知らしめていれば、もう少しは謙虚になったんだろうが。

 自らの非を中々認めずに、相手の非を追及する事が上手い人間が多くなってしまった。まったく世界の金メダルクラスだな。

 その為に数少ないスポーツの国際交流からも締め出される有様だ。だが、優れている我が民族に嫉妬していると自惚れている国民も多い。

 もう少し客観的に我が国の立場を考えられないようでは、日本以外の諸外国の印象改善など出来る訳が無い!」

「歴史教育も問題だな。奇跡を成し遂げた民族に相応しい歴史が必要だと言って、あんな歴史観を広めてしまった。

 世界史を教えたら整合性が取れなくなるまで、国史を捏造するなんてやり過ぎだ。その為に義務教育に世界史を入れられない程だ。

 しかも本来は冷静であるべきの大学教授やマスコミが率先して捏造を言い出している。

 ある大学教授は日本から賠償をせしめる新しいやり方を考案したと言って、得意げにマスコミ発表するほどだ。

 諸外国にも知れ渡り、笑いの種にもなっているんだぞ。まったく民族強硬派の連中は、程度というものを知らないのか」

「それを言ったら、我が国の文化をゴリ押し過ぎた。あれほどあからさまにTV報道すれば、どこの国だって反発が出てくるだろう。

 まったく、馬鹿どもは限度というものを知らない。まあ、本気で我が民族の優秀性を信じているんだろうがな。

 冷静に考えれば人種による優劣など殆ど無いと言うのが分かるだろうに。教育や設備に掛ける費用と効率の違いだけだぞ。

 時間を掛ければ我が国の文化が浸透していったものを、一気にやろうとするから反発を受けるんだ。そんな事も分からなかったのだろうか?

 まったく、国家予算を投じて我が国の文化を無理やり広めても、結局は効果は無くて赤字では馬鹿らしいかぎりだ」

「我が国の悲惨な過去を認めたく無い気持ちは自分にもある。だからと言って、平然と起源を捏造しても各国から認められるはずも無い。

 そして起源の捏造を声高に主張する程、諸外国の我々への信用が減っていくんだ。イタリアのビザの起源が我が国?

 起源の捏造を日本だけにしていればまだしも、過去の記録に似たようなものがあるだけで起源を主張するなど白い目で見られるだけだ。

 大国願望意識が国民にあるのは分かるが、身の程を知らないと滅亡するぞ。かつての日本がそうだったようにな」

「過去の事を言い出しても始まるまい。今後をどうするかだ。日本の要求を無視すれば国は滅ぶ。日本に謝罪しても国は大混乱になる。

 もっとも、謝罪しようとしたら民族強硬派が我々を粛清するのは間違い無い。今の市民の大規模デモを見れば分かるだろう」


 国内では数万人規模のデモが頻繁に行われていた。勿論、日本に対する抗議デモであった。

 以前だったら海外の報道メディアが取材に来ていたろうが、今の世界にそんな余裕などは無く、海外へは殆ど報道されなかった。

 だが、市民の感情は日本憎しで固まっており、簡単には収まる気配すら無かった。

 しかし、ここに来て国外の状況が変わってきた。国境を隣する独裁国家が世界中から経済制裁を受けて貧窮。

 こちらに攻め入る気配を見せ出した。とはいえ、市民の意識は同族で構成されている独裁国家より、日本を敵国視していた。

 その為に報道機関が北からの侵攻の危険性を報道しても信じずに、日本への抗議デモに熱中していた。

 これも休戦状態にある同胞の国より、日本を脅威と喧伝してきた政府とマスコミの所為でもあった。

 それを憂慮した良識派のメンバーは、北の脅威を見過ごせないとして対策案を練っていた。


「北欧連合への核兵器提供の時に妨害工作をした北は宗主国からも見放され、かなり窮乏している。そこで我が国がターゲットになった。

 まあ、休戦状態だからな。こちらも警戒レベルを上げているが、攻め込まれたらあっと言う間に首都は陥落するぞ」

「最初から首都の陥落は想定している。何せ、砲撃の射程圏内に首都は入っているからな。問題はその後だ。

 セカンドインパクト前ならアメリカとの同盟関係があって直ぐに支援してくれたろうが、今は国連軍になっているからな。

 我が国が国連の拠出金を出し渋っている事もあって、国連軍の援軍が来る可能性は低い」

「今の北は飢餓地獄が始まり出した状態だ。攻め入ってきたら略奪が行われるのは分かりきっている。何とかしないとまずい。

 犠牲になるのは市民だぞ。虐殺が行われるに決まっている」

「もし北が攻めて来た場合、我が国を支援出来る国連軍は日本に居る部隊だけだ。それと戦略自衛隊だな。

 さすがに大陸の国連軍は動かないだろう。だが、日本の部隊は絶対に我が国の支援には動かないだろうな」

「北より日本を敵視する政策をあれだけしてきたからな。市民感情としても日本の軍隊が我が国に来る事は認めないだろう。

 そんな事態になれば、支援に来た日本の軍隊にゲリラ攻撃をしかねない。まったく今までの歴史教育の為か」

「何処も支援してくれる国が無いなら、我が国は滅びるだけだ。食料や弾薬の備蓄も少ないんだ。

 北が攻めてきたら二週間も抵抗は出来ないぞ。何とかして打開策を考えなくては」

「国史が間違っていたと発表して、日本に正式謝罪をする。同時に政府やマスコミの民族強硬派を拘束する。この手でどうだ?」

「我々良識派が少数派である事を忘れるな。市民で良識を持っている人間はさっさと他国に移民している。

 我々がそんな事をしたら、国民から裏切り者として批判され処刑されるに決まっているだろう!」

「こんな状態になっても政府の民族強硬派は日本批判を止めずに、各国に同調するように働き掛けているくらいだ。

 おまけに日本の象徴に対して、我が国に来るなら心からの謝罪をしろと発表してしまった。

 日本大使館にトラックが突入してしまった件の処理が終わっていないのにあんな事を言えば、余計に日本が立場を硬化させる事は

 分かりきっていたのに! 弱腰を見せられないからと言って、あそこまで言ったらどんな反応が返って来るかも理解出来ていなかったんだ。

 我が国の民族強硬派は近視眼揃いだ! 言って良い事と悪い事の区別もつかないんだぞ!」

「なら、どうするのだ!? 処刑や混乱を恐れて何もしないで北に蹂躙されるのか!?

 日本に謝罪をしなかった場合、最悪は国交断絶もありえる。そうしたら対馬海峡は封鎖され、日本海全域に日本の洋上警戒網が敷かれる。

 北から侵攻があったとしても難民の受入も拒否されるだろう。武器弾薬や食料の提供も日本は断るに決まっている。

 我が国は北と孤立無援で戦わなくてはならなくなるんだ。そうなったら結末は見えている」

「北が攻めて来なくても、日本と国交断絶して経済交流が無くなれば、それだけで我が国は衰退して滅びてしまうか。

 やはり日本に謝罪して何とか関係を維持する方向で考えてみよう。もっとも生半可な謝罪で済むはずも無いが、国が滅びるよりはましだ」

「北欧連合との関係改善はどうなのだ? あそことの国交が回復出来れば、日本との関係改善も進む可能性がある」

「我が国の外交は民族強硬派が仕切っているからな。あそことの関係改善を目論んでいるが、こちらから国交断絶を通告した事もあって、

 あそこの我が国の印象はかなり悪い。確かにあそこの支援が受けられれば、北からの侵攻にも対処出来るだろうが、時期的にも無理だ。

 今のあそこは隕石衝突回避作戦に全力を注いでいる。外交どうのこうのをやってる余力は無い」

「民族強硬派の外交担当者が北欧連合に対して、『我が国が国交回復を望んでいるのに拒否するのは不当だ。国際司法裁判所に訴える』と

 言ったらしいが、以前に日本と領土問題で揉めていた時に、我が国が国際司法裁判所への出廷を拒否した事を持ち出されたらしい。

 そして『世界は貴国を中心に回っている訳では無い』と強烈に皮肉られたそうだ。まったく我が国の将来はどうなるんだ?」


 良識派のメンバーは厳しい選択を迫られていた。

 日本の要求を断れば、孤立無援で北に占領されるだけだ。仮に北からの侵略が無くても国家が衰弱死する。

 かと言って日本の要求を呑めば、今までの国史が捏造されたものである事を公式に認めざるを得ないので、国内に大混乱が発生する。

 一番良いのは日本が要求を引き下げる事だが、今までの経緯から両国間の国民感情は最悪の状態だったので、それも出来ない。

 残された道は国内の大混乱を承知で、将来の再起を心に誓って、日本の要求に従う事だけだった。

 日本の要求に従えば、自国民のプライドは木端微塵に砕かれ、数百年単位で諸外国と満足な外交政策を行えなくなるかも知れない。

 国内は大荒れの状態になるだろうが、北に占領されて国が滅びるよりは良いだろう。そう考えて、良識派は行動に移り出した。

***********************************

 今のアスカは忘我の状態にあった。最初の頃の記憶は全然無かった。

 弐号機の起動が出来なくて、加持が死んだと聞いてショックで家出をした。その頃から記憶が曖昧だった。

 気がついたのは、裂かれるような激しい痛みが下半身を襲った時だった。意識を取りして周囲を確認するとパニックに陥った。

 何で自分は裸で、裸のコウジが自分の上にいるのか? 何で自分はコウジに抱かれているのか?

 コウジは自分を捨てて他の女を選んだのでは無いのか?

 下半身から感じる痛みに耐えながらもアスカは意識朦朧だったが考えた。身体に力が入らないからコウジを押し退ける事も出来ない。

 そんなアスカだったが、ある瞬間から痛みが激しい快楽に変わっていた。室内に立ち込める妖しい香りが影響していたのかも知れない。

 初めて感じるその快楽はアスカを呑み込み、今までの鬱憤を吹き飛ばしていた。

 悪趣味だろうが、その二人の様子を遠隔地から八つの目が見つめていた。

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 加持はたった一人で試作コロニーの農作業を行っていた。加持への作業指示は、作業ロボットが自律判断で下していた。

 最近の加持は体力的にはだいぶ楽にはなっていた。日中の農作業を行って、帰ってから筋肉痛に悩まされる事も無い。

 だが、作業を終えて家に戻って来てからが問題だった。日本のTVは見れるが、話し相手は誰もいないのだ。

 最初の頃は周囲を探索するような元気はあったが、最近は何かやる気力が湧いてこなかった。

 今の加持は軽い鬱状態だった。その為に家に戻るとTVにかじりついていた。

 そして夜になると、何故か無料の2チャンネルを見始めていた。

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 最初にフランツとシンジが共同記者会見で発表した通りに、二基の巨大なスペースコロニーはラグランジュポイントに到着した。

 北欧連合の離れ小島にある施設を飛び立った移民輸送船がスペースコロニーの中に出入りしている様子はTV報道され、

 高性能な望遠鏡でも観察する事が出来た。それを受けて、財団の広報部の担当者は全世界に向けての発表を行った。


『本日、我がロックフォード財団の建造したスペースコロニー二基がラグランジュポイントに到着しました。

 これにより移民の送り込み速度も上がって、移住計画が順調に進むと予想されています。

 今のところ、移住した人々達に関して大きなトラブルは発生していません。中の様子は財団のHPで公開しております。

 又、巨大隕石の衝突回避作戦の第三段階で使用するコロニーレーザーの改造工事も順調に進んでいます。

 今の調子で進みますと、計画の発動までには改造は終了します。第一段階の小惑星を巨大隕石に衝突させて軌道を変える作戦ですが、

 こちらも順調に小惑星を加速中です。三日後には作戦を実施します。尚、第一段階の作戦はTV中継を行う予定です』


 ラグランジュポイントのスペースコロニーは、ある程度の性能を持つ望遠鏡なら誰でも観測する事が出来た。

 そして、移民輸送船がスペースコロニーに出入りする様子もである。これにより本当に宇宙空間での生活が始まった事が実感出来た。

 隕石衝突回避作戦の方も注目を集めていた。第三段階で使用するコロニーレーザーの改造計画が順調である事は朗報だ。

 そして最大の障害である直径五百キロ以上の巨大隕石の軌道を本当に変える事が出来るのか?

 それが成功した光景が放送されれば、世界各地の不安も収まるだろう。

 そんな目論見から、各国の報道局はTVの中継を財団に申し込んでいた。

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 スペースコロニーに移住する前に一週間の研修期間があって、その研修中にコロニー内の行動の制限や注意点の説明がなされていた。

 だが、見ると聞くとは大きく異なる。スペースコロニーの大地に立った人々は多少の困惑感があったが、財団担当者の指導もあって、

 徐々にスペースコロニーでの生活に慣れていった。

 確かに衣食住は全て保障されていた。そして労働も義務付けられていた。

 大人達の数が増えていくにつれて、コロニー内の生産工場も少しずつ稼動を始めていた。

 だが、どんな集団にもイレギュラーな人達はいた。財団が口を酸っぱくして何度も注意しても、義務を果たさずに権利だけ主張する

 人間は居たのだ。それらの人々に財団は強権でもって対応した。今はスペースコロニーの立ち上げ時期である。

 こんな時期に些細な問題で混乱を引き起こしたくは無かった。強制命令による労働。それに従わない人間には追放処理が決定された。

 『一罰百戒』という言葉がある。これらの問題を起こした人々の行動をコロニー内のTVで発表して、処罰内容も同時に報道した。

 これにより、最初の財団の提示した義務を蔑ろにする人間は極度に減っていった。

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 推進器を取り付けた小惑星が三個、宇宙空間を加速しながら進んでいた。二つが先行して、一つが遅れて進んでいる。

 そして進行方向は巨大隕石群の進行軌道と交差していた。正面から衝突させるのでは無く、側面から衝突させる為である。

 その様子は小惑星の制御を行っている小型宇宙船によって撮影され、財団のネットワークを通じて送られていた。

 撮影データはユグドラシルコンピュータによって処理され、画面の左半分には巨大隕石群と小惑星の飛行コースが表示され、

 画面の右半分には小惑星の実際の撮影映像が映し出されて、全世界に対してTV中継されていた。


 世界中の人々は、固唾を呑んでこのTV中継に見入っていた。これが失敗すれば、第二段階も第三段階の作戦も意味は無い。

 確実に人類は絶滅するのだ。自分達の運命を決める一瞬である。注目するのも当然だろう。

 小惑星の撮影映像は推進器の吐き出す光だけが強調されて、小惑星そのものは暗くて良く判別出来なかった。

 だが、その背後に映る星々の光が、その空間が宇宙である事を示していた。


 二つの小惑星が最大限に加速された状態で、同時に直径五百キロもの巨大な隕石に衝突した。

 体積比では一パーセントにも満た無い小惑星だったが、そこは衝突する速度でカバーしていた。

 衝突する時に発生するエネルギーは、速度を上げる程増える事になる為である。

 身近な例で言うと、自転車をゆっくりと壁にぶつけた場合と、目一杯加速した状態で壁にぶつけた場合を比較すれば分かり易いだろう。

 それに破壊する必要は無い。地球より遠く離れた空間で、衝突のエネルギーで巨大隕石の軌道が少しでも変われば十分だ。

 仮に地球近辺で軌道を1度変えても意味は無いが、遠距離で軌道を1度変えれば地球に接近してきた時はかなり離れている事になる。

 宇宙空間で巨大な二つの発光現象が起きた。対比するものが無くて撮影映像では一瞬の光だったが、巨大な爆発光だった。

 やがて光は消えた。巨大隕石は形状こそ若干変わっていたが健在だった。だが、軌道は僅かであるが変わっていた。


 引き続いて、三個目の小惑星が直径二百キロの巨大隕石に衝突した。こちらも発光現象が起きて無事に軌道は変わっていた。


 隕石衝突回避作戦の第一段階の作戦成功を確認して、療養中ではあるが作戦の指揮を執ったミハイルがTVに映し出された。

 画面の左側には軌道を変えた巨大隕石の軌道が表示されていた。その進行方向は地球への衝突コースから外れた事が示されていた。


『世界の皆さん。御覧の通りに巨大隕石衝突回避作戦の第一段階は無事に成功しました。

 直径が五百キロと二百キロの巨大隕石は無事に軌道を変えました。この巨大隕石が地球に衝突する可能性はゼロになりました』


 自宅や職場、様々な場所でTVに見入っていた人達は歓声をあげた。世界各地で大歓声が吹き荒れた。

 近くに知人がいれば抱き合い、一人でTVに見入っていた人は安堵の溜息をついて祝い酒を飲みだす人もいた。

 広場で見ていた群衆でダンスを始めたグループもあった。クラッカーが弾けて騒ぎ始めるグループもあった。

 直径五百キロの隕石など想像を絶する規模である。そんなものが人類の技術で何とかなるのか、本当に不安だったのだ。

 だが、TVに映されている隕石の進行コースは地球から外れていた。

 第一段階の作戦は成功したのだ。喜ぶのも当然だろう。だが、まだミハイルの話しは続いていた。


『第二段階の核兵器を使用した中規模隕石群への攻撃は本日より一週間後になります。

 これは起爆装置をドリルミサイルに組み込む為に、どうしても時間が掛かる為と運搬する宇宙船の速度の関係の為です。

 シールド機能を装備したドリルミサイルを中規模隕石に打ち込み、ある程度地中に埋まった状態で核兵器を起爆させます。

 これにより中規模隕石群を破壊するのでは無く、軌道を変える事を目的としています。

 まだ完全に安心するのは早いですが、決してパニックにはならないで下さい。

 我が財団は全力をあげて第二段階と第三段階の作戦を準備中です。我が財団の力を信じて待っていて下さい』


 まだ巨大隕石の衝突回避作戦は三分の一が終わったところだ。確かに、直径が百キロ以上の隕石の軌道は逸れた。

 残るは直径が百キロ未満の隕石群だ。こちらも地球に衝突すれば、人類は深刻な被害を受けて滅びるしか無い。

 パニックになる必要は無いが、まだまだ安心するのは早いとミハイルは締めくくっていた。


 少し後になったが、直径五百キロの巨大隕石の軌道が変わった後にその後方に新たな巨大隕石が発見されていた。

 ちょうど影になっていて、今までは観測出来なかった。これに対応するには新たな手段を講じなくてはならない。

 だが、その情報は公式発表される事は無かった。






To be continued...
(2012.09.08 初版)


(あとがき)

 隕石衝突回避作戦の第一段階は無事に成功です。まあ、色々と考えましたが消滅は無理だなという結論に達して、加速した小惑星をぶつけて軌道を変えるという手法を取りました。

 アスカはこれで無理やり復活してもらいます。年齢的には早いでしょうが、小説的には遅い春というところです。

 次話はタブリスの登場です。



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