第五十七話
presented by えっくん様
作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。
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コウジとアスカが部屋に篭って二日目になっていた。部屋には媚薬効果のある御香が焚かれており、二人の理性を失わせていた。
アスカが自分を取り戻した時はコウジに抱かれており、その快楽に翻弄されていた。だが、それも何時までも続くはずも無かった。
コウジは満足すると動くのを止めて、アスカの上で息を整えていた。
アスカはコウジの体重と体内の残滓を感じていたが、不思議と不快感は無かった。寧ろコウジの体温で安心感を感じていた。
でも、何で自分を捨てたコウジが自分を抱いているのか? アスカは自分の上に乗っているコウジを厳しく追及し始めた。
「此処は何処なの!? 何であたしが裸なのよ! 何であたしを捨てたコウジが此処にいるのよ!?」
「ボクはアスカを捨ててなんかいないぞ! 今でも好きだ! だからこういう事をしているんだ!」
「駅のホームで他の女の子と親しそうに話していたでしょ! 嘘を言わないで!」
「あれは一つ下の妹だ! 偶々親戚の家に一緒に来ていたんだ!」
「い、妹!?……」
アスカは唖然とした顔になっていた。確かに以前のデートの時に、一つ下の妹が居る事は聞かされていた。
もっとも会った事は無かったので、顔は当然だが知らない。あれがコウジの妹だったと言うのか? 早合点した自分は何だったのか?
室内には媚薬効果のある御香が漂っていた為、コウジは直ぐに復活していた。そしてアスカにも影響を与えていた。
唖然としているのを好機と判断して、コウジはアスカの目を見て口説き始めた。
「ボクはアスカを好きなんだ! 責任はちゃんと取る! だからアスカはボクだけを見てくれ!」
「……あたしで良いの?」
「アスカじゃ無いと嫌だ!」
媚薬の効果があったかも知れない。アスカと深い関係になった事も影響しているだろう。
素面なら恥かしくて絶対に言わないような言葉で、コウジはアスカに迫った。
アスカにしても動揺はまだあったが、コウジとこういう関係になった事が嫌では無かった。自分は誰にも必要とされていないと考え、
生きる意味を見失ったアスカにとって、激しく自分を求めてくれるコウジを嬉しく思っていた。
拠り所を得たと感じたアスカは、コウジの背中に手をそっと回していた。
コウジとアスカはお互いが最初であった。媚薬の効果は、今までは知らなかった世界を二人に見せていた。
二人は外の事や時間を忘れて、二人だけの世界に没頭していった。そして、遠い場所から二人を観察している八つの目があった。
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その日は衆議院と参議院のダブル選挙の投票日だった。
焦点はネルフの特別宣言【A−19】の適用だった。ネルフの特別宣言の為に、多くの人々が職を奪われ権利を制限されてきた。
報道関係を含む多くの企業が潰されて、普通に考えれば憲法違反である言論統制が堂々と行われてきた。
そして今までの日本政府の外交が深く問われていた。要は周辺国重視の政策を取るか、北欧連合を取るかである。
与党は北欧連合寄りの政策を行うと発表していた。だが、拘束されていない野党の一部の政治家は全方位外交を掲げて、
今の与党の政策を激しく糾弾していた。ネルフの特別宣言【A−19】で国内のかなりの左派勢力と右派勢力を無効化出来たが、
今までの浸透が根深かった事もあり、公職者で特定国寄りの行動を取る政治家もかなり残っていた。
その妥当性を問う選挙だった。
開票率が五割の時点で大勢は決まった。与党の圧勝だった。日本国民は北欧連合を選らんだ。
しかも投票率が92%という記録までついていた。地元への利益誘導型政治家、汚職政治家、売国政治家を選んだ選挙区には
財団からの差別があるという露骨な圧力があった為か、選挙権を持つ人々は今までに無い真剣さで選挙に投票した為だった。
今までなら均衡、もしくは左派寄りの政党を選んでいただろう。
だが、偏向報道をしていた報道機関が殆ど潰されて、公平な報道がされていたという事も影響していた。
そして北欧連合と協力するメリットも明らかにされた事もある。様々な要因が重なったが、選挙結果は直ぐに出ていた。
特に売国行為を行ったとされた政治家は尽く落選していた。そして複数の政党が当選者ゼロという事になって、消滅する事になった。
その選挙結果速報を受けて、首相は冬宮に電話を掛けていた。
「……TVでも報道があったから知っていると思うが、我が党が圧勝したよ」
『おめでとうございます』
「ありがとう。国内はこれで落ち着くだろう。問題はあの国だ。捏造歴史教育を止めて、今までの我が国への侮辱行為に対する謝罪を
するように要求をしているが、あそこの多数を占める強硬派は拒否している。今の両国間の関係は過去最悪と言って良いだろうな。
まったく、何処の国だって綺麗事だけではやってはいけない。我が国だってそうだし、世界の何処の国も似たようなものだ。
だが、あそこの国は自分達がやってきた汚い事を隠したまま、我が国に綺麗事を要求して来ている。これでは外交は成立しない。
外交とはお互いの妥協点を見つける行為だが、あそこの国は自分達の汚れたところを認めないしな。
今となっては他の国もあの国の主張に耳を傾ける事も無いだろう。そんな余裕も無いしな。その為に、あの国は外交的に孤立している。
その状態であそこの国の良識派と呼ばれるメンバーが水面下で接触してきた。どうするか、悩んでいるよ」
『良識派のメンバーが? 北の独裁国の暴走が関係してきていますか?』
「ああ。北があそこに攻め込んできた場合、支援出来るのは我が国だけだからな。その切迫感もあるのだろう。
あそこの良識派は国内改革を行って謝罪をすれば、日本との関係を継続出来るのかと水面下で問い合わせてきた。
私としては日本国内の大掃除が出来た事だし、あの国の態度が改まって謝罪をしてくれば、これ以上の圧力を加える気は無い。
そして今後、理不尽な要求を言って来なければな。ただでさえ、揉め易い隣国関係をこれ以上は複雑にしたくは無い。
大使館にトラックが突入してきた件の決着がつかないまま、陛下に謝罪を求めてきた事で国内世論は厳しいものになっているが、
感情の赴くままに外交は出来ないからな。この辺であちらが譲歩してくるなら、こちらとしても対応を変えるべきだろう。
もっとも借款の期間延長は認めても、棒引きは絶対に認めない。そしてきっちりと公式に謝罪はして貰う。
あの国のプライドは粉々になるだろうが、今まで日本を侮辱してきた償いはしてもらうさ」
『あそこの良識派は少なかったと思います。多数の強硬派を抑えて、国内改革が出来るのですか?』
「さあな。北の脅威が迫っている今なら軍部を味方につける事も出来るだろう。軍部さえ味方につければ国内改革は可能だ。
それにこのチャンスを逃したら、あの国は未来永劫に自浄能力は失われる。後は彼らの責任だ。そこまで我が国が関与する事では無い」
『仮に彼らが国内改革に成功したとして、我が国はどの程度の支援を行うのですか?』
「仮定の上だが、北が攻めてきた場合は食料と弾薬の援助。それと航空支援攻撃が精々だろう。難民は受け入れない方向だ。
あそこの国内改革が成功しても、国民の意識は直ぐには変わらないだろうから、陸上部隊は派遣出来ないだろうな。
此方が善意の部隊派遣をしても、将来に侵略されたと言い出す人間も出てくるだろうからな。予防の意味でも部隊の派遣は無理だ。
そして北の脅威が消え去っても、長期間は緊密な関係は築けないだろうな。お互いの国民の意識が乖離し過ぎている。
付かず離れずと言ったところだろうな。まあ、それも彼らの国内改革が実施出来ればの話しだ。
仮に国内改革が出来ずに我々の要求を正式に拒否した時点で国交を断絶する。その後に生きるも死ぬも彼ら次第だ」
首相の個人的意見としては、国内の浄化が出来た今なら隣国が過ちを認めて謝罪してくれば深く追及しない方が良いと考えていた。
支援を行わずに全土を占領させて北の独裁国と対峙しても良いが、出来れば直接的な対峙を避けたいという思惑もあった為だ。
もっとも味方に背中を攻撃されるぐらいなら、敵として正面から対峙した方が良い。
だが、関係改善が出来るなら、ある程度の事は目を瞑るつもりだ。勿論、今までの事を全て水に流すつもりは無かった。
きっちりと今までの言い掛かりとも言える過剰な要求を日本に行ってきた事を正式に謝罪し、その当事者の処分を行う事が前提になる。
それと国内教育の変更だ。今まで教わってきた歴史教育が捏造されたものだと正式に発表したら、あの国の国民は大混乱になるだろう。
だが、それを済まさなければ、関係を維持する価値さえ無いと考えていた。ある意味、通過儀式と考えていた。
何れにせよ、今は隕石衝突回避作戦と使徒戦で緊迫した状態である。日本から積極的に介入する気は無かった。
大陸に関しても似たような要求は行ってはいるが、交易の関係もあって隣国ほどの強硬姿勢はとってはいない。
それでも二国間の関係は過去に無いほど冷え切っていた。
「使徒戦に関しては残りは一体だが、ネルフと【HC】の戦力不足の懸念は残っている。油断すればサードインパクトだ。
第三新東京が壊滅状態になって、そこにいた市民の疎開先を準備するのも一苦労だ。
それに巨大隕石の衝突回避作戦も第一段階は無事に成功したが、第二段階と第三段階の作戦が無事に終了するという保証は無い。
まだまだ気は抜けないのに、こんなつまらない事で悩みたくは無いな」
まだまだ世界の危機は去ってはいない。とはいえ、隣国の危機を見過ごして後々の後悔をしたくも無い。
人道主義的な考え方からでは無く、自国の利益を考えての事である。取り敢えずは選挙に大勝して、今後の対応を考え出す首相であった。
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日本政府からゲンドウ宛に一通の要請書が届けられていた。
その要請書は、EVAのパイロットであるトウジとヒカリの二人の身柄を日本政府が引き取るというものであった。
本来は外部に知られていないはずの二人の病状も詳しく記載されており、引渡しを拒めばネルフが協定に違反して徴集権限が無い
子供を無理やりパイロットにしていると判断すると書かれていた。
さらに、二人を引き渡せば、パイロットを杜撰に扱ったネルフの責任は追及しないとも書かれていた。
使徒は残り一体で、まさに佳境であった。第三新東京は壊滅状態であり、その復旧は出来ないが、使徒には備えなければならない。
それに二人のパイロットの利用価値は既に無かった。寧ろ、ネルフにとっても負担になっていたのである。
こんな事の交渉に割く労力は無いとゲンドウは考えて、総務部に二人を日本政府の代理人に引き渡すように通達していた。
この結果、トウジとヒカリの二人は日本政府の管理する病院に入る事になった。
数日間だが周囲に監視している組織が居ない事を確認してから、二人は秘かに別の場所に移動していった。
トウジとヒカリの移送の手配は、正体不明のミリオムとモニカが関与していた。
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戦自の幕僚会議が行われていた。戦自は使徒戦の最初の頃には深く関わっていたが、最近は影は薄かった。
だが、使徒戦も終盤になり、その他の要因もあって、活発な議論が交されていた。
「使徒も残り一体か。最初の使徒の時はN2地雷を使っても仕留められなかったが、ここまで順調に進むとはな」
「順調と言えるのか? 魔術師は既に亡くて【HC】の戦力はゼロ。ネルフも弐号機だけだ。これで最後の使徒に対応出来るのか?」
「北欧連合からは安心してくれとの連絡が政府に入っている。その根拠は教えて貰えなかったがな」
「世界中の視線は巨大隕石の衝突回避作戦に向いているが、使徒戦は日本で行われている。気を抜く訳にはいかない」
「幸いと言ってはなんだが、最近の国内の改革を見て、ロックフォード財団の日本からの撤退は無いとの連絡が来ている。
宇宙への移住も順調だ。万が一の場合の、民族存続の保険も準備は出来た。後は使徒戦と隕石の件が無事に片付けば良いのだが」
「移住に関しては政府が支援物資を提供して、バックアップしているからな。隕石の件については我々が出来る事は何も無い。
我々は国内の安定に力を注ぐべきだろう。今は隣国がきな臭い事になっているからな」
「政府から連絡が入ったが、あそこの国の良識派がクーデターを起こして国内改革する可能性があるらしい。
その場合、捏造された国史である事を認め、今までの日本に対する不当な要求や言動に対し、全面謝罪する方向らしい」
「あそこは民族強硬派が多数を占めていた。良識派でクーデターが起こせるのか?」
「北の独裁国の侵攻の脅威が迫っているからな。軍部を味方につけられれば、クーデターが成功する可能性はある。
もっとも、その後で国史が捏造されたものであると知れば、国民は大暴動を起こす可能性が高い。
でも、そのくらいの覚悟を示せば、日本はあそこに支援の手を差し伸べるという事だ」
「今までの行いを考えると、その程度で水に流して良いのか!? 奴等に日本国民がどれほど被害を受けたと思っているんだ!?
それに陛下に謝罪を求めるなど許される事では無いぞ! 断固とした対応をするべきだ!」
「セカンドインパクトで失われたが、島の領有権を争って漁民が殺害された事もある。今まで日本の足を散々引っ張ってきたんだ。
マスコミの偏向報道が中止されて、真実が国民に知らされた今では、あそこの国の評価は最低だぞ。国民が納得するのか?」
「それは分かる。だが、北の独裁国があそこを占拠して我が国と直接対峙するリスクを考えれば、納得するしか無いだろう。
我々は感情で動くべきでは無い。国益を最優先に考えるべきだ。もっとも改革が成功すれば、あそこの民族強硬派は全て拘束されて、
粛清の対象になる。それで溜飲は下がるだろう。あの国の事だから国内の弾圧に手は抜かないはずだ」
「政府からの連絡では、支援するのは食料と弾薬、それと航空支援攻撃程度だ。難民の受入は行わずに、陸上戦力は派遣しないそうだ」
「あそこの難民を受け入れれば我が国が混乱するし、我が国の陸上部隊を派遣すれば、絶対に侵略者だと言われるからな。
もっとも、陸上部隊を派遣しようにも高速輸送船などは少ないし、物理的にも無理だな」
「我が国の食料事情も悪くは無いが、あり余っているという程でも無い。大量の難民がくれば、国民の食料が不足してしまう。
難民が我が国に入って来ないように監視する必要がある。それと北の独裁国が我が国にも手を伸ばして来ないとも限らない。
洋上監視を強化するべきだろうな」
「既に日本重工業から納入された無人偵察機システムが稼動し始めている。現場からの報告ではかなり使い勝手は良いらしい。
今までに三十隻以上の密入国船を発見している。無人偵察機システムの拡大をするべきだろうな」
「追加の購入依頼をかけているところだ。あそこは今まで【HC】に納入してきたからな。品質も良い」
「対馬海峡だけで無く、日本海全域に哨戒網を設置する必要がある。漁船などを動員されれば数百隻もの船団が日本に来る可能性がある。
警告しても引き返さない場合は、無人偵察機による攻撃も検討しなくてはな」
「オプションを付ければ機銃の射撃は可能だからな。無人機に攻撃力を持たせれば、運用の幅が出てくる」
「これからは洋上監視は強化すべきだろう。それと対空監視体制もだ。出来れば北欧連合に衛星監視データを依頼したいが」
「それは無理だろう。気象情報ならともかく、各国の監視撮影データは全て未公開だ。要求するだけ無駄だ。
逆に北欧連合との関係が悪くなりかねないぞ」
「仕方無いか。では我々戦略自衛隊は洋上監視と対空監視体制を強化する事にする。各方面へ通達してくれ」
戦略自衛隊は日本政府独自の武力組織である。その存在目的は日本の安全を守り、国民の生活を維持する事に尽きる。
最初の使徒の頃はかなりの被害を受けていた。最近はめっきり出番が減ってはいたが、逆に戦力整備は進んでいた。
今は最初の使徒が来た時を上回る戦力を保持していた。そしてその戦力が本格稼動されようとしていた。
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第二東京の小さなビルの地下室で、二人の男が口論をしていた。
一人は冷静だが、どこか諦めの表情を浮かべて、もう一人は顔を真っ赤にして激高していた。
「お前は此処から出て行くと言うのか!? 同胞を見捨てて自分だけ良い生活をしようって言うのか!?
最近はデモにも参加しないし、ネット工作もしない。何処かおかしいと思っていたんだ。そんな事は許さないぞ!」
「そんな言い方は止めろ! 俺は別に同胞を見捨てるつもりは無いが、誰だって良い生活をしたいって気持ちはあるだろう。
俺はそれに従っただけだ。お前こそ、ネットで嘘を拡散させて同胞の信用を無くしている事に気がつけ!」
「何だと!? 俺が信じる事を行動して何が悪い!?」
「だから、自分達を批判する奴らを矮小だとか馬鹿にするのは止めろって言っているんだ。それもIDをいくつも作って批判する奴らを
叩くなんて、そのうちに目をつけられるぞ。一度ブラックリストに載ったら、もうまともな職にはつけない。
今のお前が良い例だ。深夜のキャバクラの呼び込みで昼夜逆転の生活だなんて、俺は嫌だ。それにネット工作の単価だって安いんだ。
あれで稼ぐなんて出来ないし、虚しいだけだろう。それともお前は、あれで気晴らしでもしているのか?」
「なんであれが気晴らしなんだ!? 我々の主張を言っているだけだろう。それは我々の民族の義務だ!」
「だからお前だけが正義じゃ無いんだ。他者の意見も聞くべきだろう。お前のように自分が正義だと決め付けて、相手が馬鹿だとか非難する
だけじゃあ孤立するだけだ。他の友人の何人かはネット工作員を止めて、地道に働いている。財産を処分して祖国に帰った者もいる。
お前の事を心配しているから、こうやって忠告しているんだぞ!」
「煩い! 我々を批判する奴らを非難して何が悪いんだ!? お前こそ騙されている!」
当初、ネルフの特別宣言【A−19】は使徒戦の障害になるとして、シンジや北欧連合に対する非難中傷の取締りを目的としていた。
だが、日本の当局はこれを拡大解釈して、国内の不穏分子の取締りにも適用していた。
本来なら拡大解釈など許されるはずも無いが、それを批判する勢力を最初に潰した為に、大きな問題とはなってはいなかった。
現在、国内の一部の他国籍滞在者には厳しい国民の視線が向けられていた。これもマスコミの偏向報道を無くした為である。
そして厳しい国民の視線に耐えかねた人々は、厳格化された帰化申請をして日本国籍を取得するか、財産を処分して祖国に帰るとかの
動きを見せていた。そんな状況の中、今までの教育の為にどうしても自分の考えを捨てきれない人間もいた。
「今の世界情勢を知っているだろう。祖国と日本の国交断絶の可能性をマスコミが報道している。
そんな中で我々だけの一方的な主張が通る訳が無い。今までの嘘がばれたから余計に信用を落しているんだぞ。
危機的状況に陥る前に逃げ出すのが利口な人間だ。俺も少し遅かったと思うが、まだ手遅れになった訳じゃ無いからな。
お前のように自分の間違いを認めずに他者を非難するだけじゃあ、最後は強制送還されてしまうぞ」
「だから、そうならないように世論を盛り上げるように働いているんだ! お前はそれに協力しないというのか!?」
「いくらネット工作しても、一人ぐらいの努力で世論が変わる訳が無いだろう。現実とネットは違うんだ。まずそこに気がつけ!
はあ、もう良い。お前を説得するのは諦めたよ。キャバクラの呼び込みのバイトで深夜の仕事は大変だろうが、頑張れよ」
「ちょっと待て! お前は俺を見捨てるのか!? 幼馴染だろう!?」
「俺の説得に耳を傾けないお前が悪いんだろう。俺は地方の復興関係の会社に正式に就職が決まった。明日に此処を出発する」
「日本の会社に就職だと!? お前は日本人に使われて良いと言うのか!? 我々が日本人を使うべきなんだぞ!」
「俺が決めた事だ。お前に言われる筋合いは無い。じゃあな、もう会う事も無いだろう。達者でな」
「待ってくれ! 金を……金を貸してくれ! 十万、いや五万で良いんだ!」
「今までお前に貸した金は十五万だが、まだ返して貰っていないんだぞ!」
「……そ、それは……金が出来たら必ず返す!」
「……お前はネットでは無双だが、現実とのギャップがあり過ぎるぞ。まったく偉そうに言う割には生活は貧弱なんだからな。
そんなにネットにのめり込むより彼女を探した方がよっぽど良いぞ。今のお前じゃ、老人になって孤独死しそうだからな。
まあ良い。どうせ、今のお前には返す金は無いだろう。餞別替わりにお前に貸した十五万はチャラにしてやるよ。じゃあな」
日本には『長いものには巻かれろ』という諺がある。必ずしも良い意味で使われる事は無いが、ある意味では真理を表している。
何処までも自分の信念を貫き通すか、周囲に合わせるかは本人の自由だ。だが、自分の信念を貫き通すには並々ならぬ努力が必要になる。
天動説が主流だった時代に地動説を唱えた天文学者がいた。今から考えると、その天文学者は正しい事を言っていると分かる。
だが、当時は異端認定されて裁判にもなってかなり迫害されたのだ。真理を唱えた人物でさえ、周囲の圧力に屈しないで自らの主張を
貫き通すのは難しい事だ。それが世界の真理でも無い事を信じている人間の場合はどうなるのだろう? それは誰にも分からなかった。
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ネットの某掲示板 (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)
『第三新東京が壊滅して、一般市民が各地に疎開し始めたって聞いたけど何があったんだ?』
『今まで第三新東京には怪物が攻めてくるって噂があったろう。あれの被害みたいだ。絶対に一般報道されないから詳細は不明だがな』
『物騒になってきたよな。でも物騒と言えば半島の独裁国家が暴走しそうなんだって?』
『本当か? 確かに今は全世界から経済制裁を加えられているけど、暴走したら滅亡するって分からないのかな』
『虎の子の核兵器を泣く泣く提供せざるを得なくなった腹いせに、核兵器の時限起動装置を動かしたんだ。そんな分別は無いだろう』
『宗主国には攻め入らないだろうから、攻めるとすればあそこの国か。どこが支援するんだ? 何処の国も無視じゃ無いのか』
『セカンドインパクト前ならアメリカ軍が反撃したんだろうけど、今じゃ国連軍だしな。国連軍が介入するかな?』
『あそこの国は国連の拠出金も満足に出していなかったしな。他の国の国連軍は多分動かないんじゃ無いのか』
『今はネルフ支持国と【HC】支持国との対立が激化していってるからな。此処で戦争が起きても動けないはずだろう』
『私は日本人だが、日本の利益と正義を守る為にも、支援を差し向けるべきだと思う! それが日本が受けてきた恩を返す事になる!』
『また釣りか。いったい、日本が何時恩を受けてんだ? はっきり答えろ! それに日本人を騙るな!』
『聞いた話しだけど、海上からの密入国者が増えているらしい。でも、戦自が無人偵察機システムを使って追い払っているらしいぞ』
『日重の製造した奴だろう。今までは巡視船を差し向けなくてはならなかったけど、無人偵察機でだいぶ楽になったらしい』
『違法操業している漁船とかの監視にも使っているみたいだ。俺の知り合いの漁業関係者が喜んでいたぞ』
『何度か警告して領海外に出ない場合は、無人偵察機で銃撃するらしい』
『以前のアメリカみたいな超大国があれば、調停とかに入れたんだろうけど、今じゃそんな余力のある国は無いからな』
『余力があるのは北欧連合ぐらいだろうけど、あそこは今は隕石衝突回避作戦に掛かりっきりだからな』
『第一段階の小惑星をぶつけて軌道を変える映像を見たけど、何かインパクトがいまいちだったよな。結構、簡単に出来たんだな』
『馬鹿か! 宇宙空間でそんな近くで撮影出来る訳も無いだろう。確かに爆発光は小さく見えたけど、最低でも数十キロぐらいの大きさだぞ』
『げっ! そんなに大きい爆発だったのか!?』
『直径五十キロの小惑星だろう。ぶつけた時の速度は分からないけど、直径五百キロの隕石の軌道を変えたんだ。普通じゃ無理だ』
『良く、そんな事が出来たよな。こりゃあ第二段階も成功するかな』
『成功してくれないと俺達は死ぬだけだ。もっとも、世界の核兵器の四割が馬鹿な独裁国家の所為で無くなったろう。
あれが何処まで影響するかが問題だ。財団はその事については口を閉ざしているしな』
『ドリルミサイルに核兵器を組み込むって言ってたよな。やっぱり隕石の表面で爆発させたんじゃ駄目なんだ』
『隕石の周囲に小さい隕石も一緒にあるだろうからな。普通のミサイルに搭載したんじゃ、周囲の小さい隕石にぶつかって壊れるからな。
しかし、シールド付きのドリルミサイルか。そんなものまで開発していたんだな』
『でも、噂だけど各国の起爆装置の規格がまちまちで苦労しているらしいぞ』
『不安は残るって事か。早く安心した生活を送りたいよ』
『安心した生活か。スペースコロニーに行けば安心出来るのかな』
『財団のHPを見ると、活気があるように見えるけどな。電子データ送信とかは無理だけど電話の接続サービスは始まった。
俺の知り合いから電話が掛かってきたけど、一部で混乱はあったけど大枠では生活に問題無いそうだ』
『へえ。電話が繋がったのか? 俺も知り合いが行ったけど、番号が分からないからこちらからは掛けられないな』
『受信履歴を見ると、北欧連合の電話番号だったぞ』
『宇宙か。俺も何時かは行けるのかな?』
『今後の状況次第だろうな。隕石の件が片付けば余裕が出来る。全てはそれからだ。今は我慢して耐えるしか無いだろう』
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スペースコロニー内には、基本的には個人経営の飲食店は存在しなかった。
野菜や肉などの食料品を売っているスーパーはあったが、料理は自分で作るか、エリア毎にある公営の大型食堂で食べるしか無かった。
これも食料の無駄を省く為である。確かに予め弁当などを作り、それを販売すれば便利だろうが、売れ残った場合の処理が問題になる。
使用者の利便性は落ちるが、食料自体の無駄を省く考え方が優先されていた。
公営の大型食堂の一角には寛げる場所が用意されていた。そこで四人の若い男女が歓談していた。
「来るまでは少し不安があったけど、急遽造ったにしてはかなり準備されているよな」
「そうかしら? 衣食住は確かに保証されているけど、利便性には欠けるわよ。もっと市場経済体制を取って、便利にして貰わないと困るわ」
「それで無駄な物が多く発生したら拙いだろう。ここは閉鎖空間だから地球とは違う。
地球のように勝手にゴミを捨てられないし、ゴミの量を減らす努力が必要だ。広報TVでもそう言っていたろう」
「郷に入りては郷に従えか。まあ、地球と同じ生活を望むのは無理というものか。多少の不便さは仕方の無い事だな」
「それは確かに理解出来るけどね。でも、コンビニさえ無いのよ。
前は深夜でも好きなものを買いに行けたのに、今じゃスーパーの開店時間を気にしなくちゃいけないのよ。少しは改善して欲しいわ」
「スペースコロニーの電力は基本ベースは太陽光発電で、補助で核融合炉を使っているって言ってたな。
宇宙空間だから地上と違って昼夜が無いから、二十四時間連続して太陽光発電が出来るから、効率は地上とは桁違いに良い。
電力料金はかなり低めだが、人件費は掛かるんだ。営業時間を守れば済む話しだろう。
利便性を追及し過ぎて、物資を浪費して環境破壊をしてきたから考え直す良い機会だ」
「地上なら第三新東京で何やら不穏な動きがあって、巨大隕石の事だって怯えて生活しなくては為らないんだ。
ここは治安も良いし、食料も豊富。まあ調味料とか地上ほどは豊富では無いけど飢える事は無い。多少の利便性は我慢するべきだろう」
「部屋だって間取りはそれなりに広いけど、壁だって自分の好きな色に変えたいけど、品揃えが少ないのよ」
「それぐらいは我慢しろよ。一応、俺達は希望して此処に来たんだ。あんまり文句を言うと目を付けられるぞ」
管理者側としては出来るだけ居住者の便宜を図るつもりだったが、それでも程度というものもあった。
あまりにも行き過ぎたと思われる要求を行った居住者は、ペナルティを与えられ、それをTV広報で実名報道されていた。
一罰百戒の意味もあり、それからは過当な要求をしてくる者は減ったが、それでも不満は無くならない。人間の性とも言うべきものだろう。
「脅かさないでよ。あたしはTV広報で名前を晒されるなんて、真っ平御免よ! そんな恥を晒した状態で生活なんか出来ないわ!」
「こうして四人で居る時ぐらいの愚痴なら大丈夫だろうが、他の人にも聞かれるような場所で文句を言うのは気をつけた方が良いぞ」
「分かったわよ!」
「まあ、直接運営組織に文句を言わなきゃ大丈夫さ。それもクレームじゃ無くて提案型の意見なら受け入れてくれる。
調味料の種類も少ないし、不便は色々とあるが、それでも俺達は宇宙空間で暮らしているんだ。
今までの不安定な生活を考えたら我慢は出来るだろう。これから俺達が変えていけば良いんだ」
「そうだな。色々な加工工場も立ち上がってきている。これから便利になると思えば、今の多少の不便さも我慢出来るさ」
「まあね。夜は街灯が点くけどネオンが無いから寂しいけど、これくらいは我慢しなくちゃね」
「そういう事だ。多少の窮屈さはあるけど、何時職を失うかの不安に怯えていた頃を思い出すと、気が楽になるよ」
「まあ愚痴は止められないだろうけど、前向きに生きる事にするわよ。何と言っても巨大隕石の心配をしないで良いのは助かるわ」
スペースコロニー内の生活は多少の利便性に劣る事を我慢すれば、十分に耐ええるものとなっていた。
何より、今は過渡期であり、これから改善される見込みがあるという希望があった事もあった。
出身国別にある程度の区割りがあったが、交流も少しずつ進み始め、都市を形成しつつあった。
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コウジとアスカが部屋に篭って三日目になっていた。コウジはアスカを好いており、アスカもコウジを好いていた。相思相愛であった。
もっとも、こういう事態になるまでは、このような深い関係になるとは二人とも想像していなかった。
いきなり二人がここまでの関係になったのは、第三者の強要があった為である。
二人ともこういう関係になった事は後悔していない。寧ろ嬉しい事だと思っている。
だが、それが第三者に誘導された事は気に入らなかった。
それを休憩の合間の食事の時に、二人は本音を話し合った。此処まで来れば二人の間に垣根は殆ど無かった。
アスカの異様に高かったプライドも、一度はどん底を見た為に失われていた。
同時に幼少の頃から受けていた精神誘導の効果も消えていた。其処にいたのは普通の少女だった。
自分を見てくれる番の相手を手に入れたのだ。コウジに抱かれた時にアスカが感じたのは安らぎだった。
加持の事は脳裏から消えていた。今のアスカの目にはコウジしか映っていなかった。
食事の後は風呂であった。アスカは少しは恥かしがったが、結局はコウジの申し出を受けて、二人で入浴していた。
そこは二人だけの世界だった。外の事を一切忘れて、二人だけの世界に浸りきっていた。だが……
ピンポンパンポン
いきなり部屋のチャイムが鳴り出した。それまで二人は外の事など一切忘れていたので、いきなりのチャイムに慌てていた。
アスカは浴室で滑って怪我しそうになったが、コウジが優しく押さえていた。
慌てる二人の耳に、凛とした女性の声が聞こえてきた。
『最初に言っておくけど、これは一方通行のマイクよ。あなた達がその部屋で何をしていたかは一切知らないから安心して。
でも、そろそろ時間切れなの。状況を説明するから一時間後に迎えに行くわ。それまでに部屋を出る用意をしていて。
そうそう、彼女の着る洋服はあたしが持って行くわ。だから浴衣でも着ていてね。一時間後よ』
部屋にあるスピーカから流れてきた声は、二人に現実を思い出させていた。コウジとアスカは顔を見合わせた。
そして慌てて浴室から飛び出して、部屋の換気と掃除、そして身支度を始めたのだった。
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一時間後、ミリオムとモニカは、コウジとアスカが三日間過ごした部屋に来ていた。
部屋には濃厚な匂いが立ち込めていた。コウジとアスカは部屋の換気を慌てて行ったが、それで消えるはずも無かった。
特にミリオムとモニカは普通の人間を遥かに上回る嗅覚を持っていたので、二人を誤魔化せるはずも無かった。
もっとも、二人はその事には触れずに、顔を真っ赤にしているコウジとアスカに優しく話し掛けた。
「今までの事情も聞きたいでしょう。経緯を話してあげるわ。でも、部屋を変えた方が良さそうね」
アスカは部屋を変えた方が良いという意味に隠された意図を察して、顔を真っ赤にしたまま反論しようとしたがコウジに止められた。
そしてモニカが持って来た服に着替えると、四人で別室に向かった。
別室に入ると、モニカは人数分のコーヒーを用意した。
コウジとアスカは直ぐにでも事情を聞きたがったが、取り敢えずはコーヒーで喉を潤して気分を落ち着けた。
既に自分達の関係はミリオムとモニカにばれているのは分かっていた。何故、こうなるように仕向けたのか?
アスカが自信を無くして家出中だったのは聞いていた。だが、どうしてここまで自分達に構うのか? その理由が知りたかった。
コウジとアスカが落ち着くのを待って、ミリオムは話し始めた。
「此処は北欧連合の施設だけど、私達は無関係だ。名前は出せないが、一族の恩人の依頼で私とモニカは動いている。
その恩人が北欧連合の関係者という理由で、此処の施設を使わせて貰っている。その恩人から急遽連絡が入った。
内容は、第三新東京の廃墟で廃人となっているお嬢ちゃんを保護してくれって事だった」
「その人は誰なの!? ネルフの直轄エリアである第三新東京で、あたしの行動を把握していたなんて普通じゃ無いわ!
それにあたしに北欧連合の関係者の知り合いなんていないわよ」 (あいつは死んじゃったし、一体誰なの!?)
「訳があって名前は出せないがな。話を続けるぞ。二人が何回かデートを繰り返していた事も知っていた。
そして駅でコウジ君が妹と親しげに話しているのを勘違いして、君が癇癪を起こしていたのも知っていた」
アスカは一度は落ち着いていたが、ここで再び顔を真っ赤にしていた。
確かに自分の早とちりで癇癪を起こしていたのだが、面と向かって言われると恥かしいものがある。
それをコウジと一緒の時に言わなくてもと思ったが、コウジが自分の手を強く握り締めたので、抗議する事はしなかった。
「コウジ君の家族が移住申請をしたのは知っていた。そこでお嬢ちゃんを此処に運び込んだんだ。
あのまま廃墟で廃人のように過ごしたら、再起不能になる。
治療して治る可能性もゼロでは無いが、最低でも数ヶ月は掛かるだろう。だからコウジ君に協力して貰って荒療治をした訳だ」
「で、でも、あんな事を無理やりさせるなんて人権侵害だわ!」 (コウジとこういう関係になれて嬉しいけど強要されるのは嫌よ!)
「君が居た廃墟の周囲には浮浪者もいた。君は浮浪者に襲われても良かったというのか?」
(実際にはネルフの監視者が居たから浮浪者が近づけるはずも無いが、言う必要は無いな)
「そ、それは、嫌に決まっているわよ!」 (汚い浮浪者に乱暴されるなんて、死んでも嫌よ! コウジで良かったわ!)
「だったら納得して頂戴。確かにあなたの意思を無視してコウジ君を誘導したけど、あなたを回復させる為に必要だったのよ。
あたしだって女だから、嫌な相手に乱暴されたく無い気持ちは分かるわ。あなたの場合は相思相愛だから仕組んだのよ」
「「…………」」
コウジとアスカは渋々だが、納得した。確かにアスカが廃墟で廃人のままで再起不能になる事を考えたら、この結果が強要された事で
あるとはいえ、自分達の関係を進めてくれたのだ。感謝する気持ちと、掌の上で誘導されている不快感が混じり合っていた。
「さて、お嬢ちゃんは無事に回復したが、ネルフのパイロットである事は間違い無い。そしてネルフはロストした君を必死に探している。
前回の使徒の時はシンクロが出来なかったが、君がセカンドチルドレンである事には違い無いからな。
特に今はネルフは弐号機のみ、【HC】は初号機はあるがパイロットが居ない状態だ。ダミープラグで弐号機が動かせるとはいえ、
君の重要度は変わらない。そして最後の計画の依り代である可能性もある。ネルフが君の捜索を諦める事は無いだろうな」
「ちょっと待って! ダミープラグって何なの!? あたしが依り代ってどういう事!?」
「……そうか。ネルフはそこまで君に教えていなかったのか。ダミープラグは弐号機をパイロット無しに動かすシステムの事だ。
もっとも原始的な動きしか出来ないが、本来の人間の持つリミッタを最初から外しているから、力任せの攻撃は可能になる。
俗に言う『火事場の馬鹿力』をパイロット無しで、最初から発揮出来るというシステムだ。細かい判断は無理だがな。
依り代に関してだが、詳細は言えないがネルフは最終的にある儀式を行おうとしている。それの依り代として君が準備されたらしい。
確たる証拠は無いがな。それは我々の恩人にとって好ましく無い状況だった」
「……なんて事なの」 「それは本当なんですね。アスカが何かの儀式の犠牲にされるって事なんですか!?」
「あなたは非常に危険な立場にあるわ。ここで選択肢をあげる。
あなたがネルフのパイロットを辞めるのなら、ドイツに居る家族と一緒にスペースコロニーへの移住を特例で認めます。
コウジ君の家族もスペースコロニーに移住するから、あっちで二人仲良く出来るわ。
もう一つの選択肢はあなたがネルフのパイロットを続ける事。これをあなたが選択した場合は、あたし達は手を引くわ。
あなたを第三新東京に戻して、あたし達は以後は一切干渉しないわ。そしてその時はコウジ君も諦める事ね。
彼は家族と一緒にスペースコロニーに移住するから、あなたとは次に会えるチャンスは無いと思って」
モニカはアスカに決断を迫った。アスカを回復させた後は、本人の自由意志に任せるような指示が依頼人から出ていた。
ミリオムとモニカに依頼を出した当人は事情があって動けなかった。そして、最後までアスカの面倒を見る気も無かった。
支援の手を差し伸べたが、最終的に判断するのは当人であると考えていた。それによって生きるも死ぬも本人の自由だ。
他にもやるべき事は山ほどあって、アスカ個人に構っている余裕はあまり無かった。
アスカは此処で悩んだ。コウジと離れる事は考えたくも無い。EVAのパイロットの拘りも既に無かった。
自分を見てくれるコウジと一緒に居れば、パイロットなど辞めても悔いは無いと思っていた。
それにネルフは自分をある儀式の犠牲者にしようとしていたらしい。そんなところでパイロットを続ける気は無かった。
初対面のモニカの言葉だったが、今までのネルフの行動を知るアスカには何故か信じられる内容だった。
一度精神が崩壊したが、コウジのおかげで復活した。その為にアスカに掛けられた精神誘導は綺麗さっぱり消え去っていた。
だが、このまま逃げるようにパイロットを辞める事も出来ないと考えていた。やはりケジメはつけなくてはならないだろう。
少なくとも第三新東京に行って、パイロットの解雇契約をしない事には納得が出来ない。それに母親の遺品も其処にある。
「あたしはコウジと一緒にいたい。弐号機のパイロットは辞めるわ。でも、このまま逃げるようにスペースコロニーには行けないわ。
一度はネルフに行ってちゃんと清算しないと。それに弐号機にも最後の挨拶をしたいの」
「アスカ……」
「駄目よ。あなたがネルフに戻れば拘束される可能性も十分にある。この前は廃墟だったから、あたし達はあなたを連れ出せたのよ。
あなたがネルフに拘束されたら、あたし達では手出しが出来ないわ。ここで決断して。移住するかネルフに戻るかのどっちかよ」
「御願い! 一日で良いの。ネルフに未練は無いわ。でも、弐号機にはどうしても別れの挨拶がしたいの。
それに一度はマンションに戻ってママの遺品を持って行きたいの! 御願い!!」
「だからネルフに拘束「モニカ! 彼女の意思を尊重すべきだろう」……そうね。分かったわ。
でもあなたがネルフに拘束されても、その時はあたし達は何も出来ないわ。その時は諦めてね」
「ボクが一緒に行きます!」
「……好きにしなさい。ただ、コウジ君は一度は自宅に帰りなさい。御両親も心配しているでしょう。彼女を紹介した方が良いかもね。
その後はあなた達の自由よ。ネルフから戻ったら彼の自宅に行きなさい。
そうすればあなたもスペースコロニーに行けるように手配しておくわ。あたし達に出来るのはこれくらいよ。
念を押すけど、ネルフに拘束されたらあたし達の支援の手は届かない。それだけは理解して」
「分かったわ。ありがとう。あなた達に指示に出した恩人にお礼を言いたいんだけど?」
「駄目よ。会わせる訳にはいかないわ。でも、後で伝えておくわ」
「御願い」 「ありがとうございます」
「では、二人は私が車でコウジ君の自宅まで送ろう」
こうしてアスカはコウジの家族に紹介され、家族公認の彼女として認められた。同じテーブルで食事をして和気藹々の雰囲気だった。
コウジの両親には別ルートでアスカを特例でスペースコロニーへの移住を認めるから、便宜を図ってくれという連絡があった事もある。
アスカがEVAのパイロットである事は言わなかった。どうせ辞める事もあるし、騒ぎを大きくしたく無かったという理由もあった。
時間が遅くなったので、第三新東京には明日向かう事になった。コウジと一緒に寝たかったが、それは許されるはずも無く、
コウジの妹の部屋で寝る事になっていた。(寝るまでコウジの妹の追及から逃げるのに必死になったアスカであったが)
翌日、コウジとアスカは第三新東京に向かった。それは運命の分かれ道だった。
そして、この間にコウジとアスカを観察している八つの目がある事に気付いた人間は居なかった。
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第三新東京は零号機と参号機の自爆を受けて深刻な被害を受けていた。
辛うじてリニアの施設は被害を免れており、市民の避難もリニアを使って進められていた。
そして殆ど疎開も終了しており、リニアを使う乗客は疎らであった。
その空いているリニアにコウジとアスカは乗って、第三新東京に向かっていた。
「ボク達以外の乗客はいないのかな?」
「この前の使徒戦でEVA二機が自爆したの。それで第三新東京は深刻な被害を受けて疎開が始まったと聞いているわ。
そんな事もあるから今の時期に第三新東京に向かうなんて、あたし達ぐらいね」
「貸切も良いな。アスカと二人っきりで居られる」
「ば、馬鹿。昨晩出来なかったからって、リニアの中じゃ駄目よ。昨日は妹さんに、散々突っ込まれたのよ。
どうやら、ばれてるみたいだけど」
「げっ! それで朝はニヤニヤしながらボクを見ていたのか? だったら親に知られるのも時間の問題だな」
「ま、まあ、あたしは両親公認の仲って事で不満は無いけど」
「ボクだってアスカと離れる気は無いからな」
四人掛けのBOX席にコウジとアスカは隣り合って座っていた。アスカはコウジの腕を抱かかえている状態だ。
周囲には誰もいない。このまま第三新東京に行くまで、二人きりの世界を堪能出来ると思い込まれた時、車両のドアが開いた。
すると、楽しげな声で歌うベートーベンの交響曲第9番のハミングが聞こえてきた。女の子の声だった。
銀色の髪、赤い目。髪はショートカットで、白いブラウスと青いロングスカートを身に付けている。荷物は何も持っていない。
メガネをしている中性的な顔立ちの不思議な雰囲気の少女だった。その女の子は歌いながら、コウジとアスカの前の席に座った。
「歌は良いわねぇ。歌は心を潤してくれるわ。リリンの生み出した文化の極みだわ。そう感じない、惣流・アスカ・ラングレーさん」
「あたしの名前を?」
「知らない者はいないわ。あなたは自分の立場というものを少しは知っておくべきだわ」
使徒戦の事は一部には知られているが、世間一般には情報封鎖されていた。
それなのに自分の事を知っているという目の前の女は何なのか? アスカは不審に感じていた。
赤い目はファースト、いや碇レイの事を連想させていた。顔立ちは中性的で髪はショートカット。何故か、メガネが印象的だ。
言い辛いが胸の起伏が殆ど無く、スカートでは無くてスラックスを身につけていれば男と間違われたかも知れない。
アスカは少女の胸は少し見ただけで直ぐに視線を顔に戻した。アスカの視線には僅かな憐れみが込められていたが、
誰も気付く事は無かった。そして少女を警戒するかのようにコウジの腕を強く抱いた。
「あなたは誰なの?」
「渚カオルよ」
「あたしの名前は一部の人しか知らないはずよ。でも、あなたは知っていた。何の用なの?」
「そんなに身構えなくても良いわよ。あなたと少し話したかったのよ」
「あたしと話す?」
「そうよ。あたしは渚カオル。あなたと同じ仕組まれた子供。セブンスチルドレンよ」
「あなたがセブンス!? でもネルフには弐号機しか……そうか、あたしが駄目だからなのね?」
「そういう事ね。もっとも弐号機のテストをした後は初号機にも乗る予定だけど」
目の前の少女がセブンスチルドレンで弐号機のパイロットとして第三新東京に向かっている事は、アスカを不思議な気持ちにさせた。
既にセカンドチルドレンには拘ってはいない。そもそも自分はパイロットを辞める為に向かっているのだ。
興味を引かれたアスカはカオルと話し始めていた。
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ネルフは第三新東京の廃墟でアスカをロストしてから、組織の全力をあげて捜索していた。
その捜索状況は逐一ゲンドウと冬月に届けられていた。そしてアスカ発見の情報が冬月に届けられていた。
「何だと!? セカンドが見つかったのか? 何処でだ!?」
『第二東京市からリニアに乗って、こちらに向かっているのを確認出来ました。同行者の少年が一人と少女が一人です』
「同行者? 何者だ?」
『一人は宮原コウジ。第二東京に住む高校生です。以前からセカンドと付き合っていました。もう一人はセブンスです。
理由は分かりませんが、セブンスから接触しています』
「……むう。セブンスがいるとなると拘束するのも問題だな。分かった様子を見る。絶対にロストするな!」
『はっ! 了解しました』
アスカは廃墟で廃人寸前だったはずだ。それが自分から第三新東京に向かっているという。
という事は、アスカは自分を取り戻したのだろうか? 冬月はゲンドウとの協議を始め出した。
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ミリオムは専用無線機で今まで行動指示を出していた人物に報告していた。
相手の声は音声変調が掛かっており、年齢や性別の判断さえつかなかった。
「荒療治をしましたが、あの少女は無事に回復しました。今は番の相手と一緒に第三新東京に向かっています。
ネルフで清算した後で戻ってきて、スペースコロニーに移住したいと言っています」
『ありがとうございます。でも第三新東京に行ったか。拘束される危険性があると知っているはずなのにな』
「ええ。それは我々も指摘しました。ですが、ただ逃げるのは嫌だと。ちゃんと清算してくると言ってました。
母親の遺品も持ち帰りたいとも言ってました。我々が動きましょうか?」
『いえ。これ以上ネルフに深入りすると、あなた方が捕まる可能性もあります。それは拙いから駄目です。
補完計画そのものを無効化する準備を進めているし、彼女一人にあまり構っていられません。あなた方は次の計画に移って下さい』
「良いのですか?」
『一度は救いの手を差し伸べました。それで十分でしょう。こちらは正義の味方ではありません。全員の幸せは実現出来ません』
「了解しました。以前に送った少年と少女はどうですか?」
『精神障害の方はしばらく時間が掛かりますが、彼女の両足の方は再生処理に入っています。
リハビリは必要になりますが、一週間で元に戻りますよ。まあ順調な方ですかね』
「では、今はあれの準備ですか?」
『ええ。身体はやっと治りましたので、最後の切り札の準備を急いでいます。もっとも、公開作戦のフォローもありますが』
「それは良かった。では我々は次の計画の実行に移ります」
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ベットで療養生活を送っているミハイルだったが、隕石衝突回避作戦の指揮もあって心休まる時は少なかった。
朗報もあったが、今のミハイルの負担は一向に軽くなる気配は無かった。そのミハイルを首相であるフランツが見舞っていた。
「その後の状況はどうかね?」
「身体の方は少しはましになってきました。隕石衝突回避作戦の第二段階は三日後には実施しますが、核兵器の起爆装置の接続確認に
不安が残っています。ですが、全ての核兵器の起爆装置の動作確認をする時間的余裕はありません。このまま作戦を実行します」
「各国の核兵器の起爆装置の規格がまちまちだからな。確実性を求めて時間を遅らせる事は出来ないのか?」
「今は輸送宇宙船の内部で核兵器をドリルミサイルに組み込んでいますが、技術者が圧倒的に不足しています。
能力的に全ての核兵器の動作確認は無理です。各国から提供された技術資料を信頼するしか手はありません」
「……仕方無いか。そうなるとTV中継はしない方が良いのか?」
「失敗したのを全世界に知られればパニックになる可能性はあります。
ですが、第一段階を中継して第二段階を中継しなければ、逆に不安を撒き散らす結果になりませんか?」
「同盟国や友好国からのTV中継を望む声は多い。国内もだがな。内密に事を行えば、疑心暗鬼を呼び起こす事になる。
これは賭けになるのか?」
「その可能性も確かにあります。ですが、最後の切り札の準備も着々と進んでいます。まだ間に合うか微妙なところですが」
「回復したのかね?」
「はい。今は最後の切り札の準備と、こちらのフォローを行っています」
「……最悪の時は彼に出て貰うしか無いな。分かった。TV中継は行おう。その手配も頼む」
「はい。では手配を進めておきます」
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リニアの中で、アスカは弐号機のパイロットを辞める事を決めた事情をカオルに説明していた。
カオルは黙って聞いていた。そしてアスカが話し終わると、カオルは腕を組んで少し考え始めた。
一瞬、視線を感じて周囲を見渡したが、三人以外には誰も居ない。カオルはアスカに協力する事を決めていた。
「なる程ね。弐号機とシンクロ出来ないし、パイロットよりも隣の彼氏と一緒に居る事を選んだのね。
そしてきちんと清算する為にネルフに戻るのね。……良いわ、協力してあげる」
「本当!? ありがとう。弐号機を動かせないのは悔しいけど、今のあたしじゃ如何にもならないし。でもただ逃げるのも嫌だったの。
あなたが弐号機のパイロットをやってくれるなら安心出来るわ! でも自信満々だけど、本当に弐号機を動かせるの?」
「それは大丈夫よ。でも噂と実物はだいぶ違うわね」
「噂? あたしの事?」
「そうよ。傍若無人、礼儀知らず、天上天下唯我独尊、男嫌い、天狗、暴力女、「ちょっと待って!」……
だから今のあなたを見ると噂と違うと思っただけよ。まったく、彼氏の腕を放さないなんて可愛いわね」
「い、良いじゃ無い! そんなのあたしの自由でしょ!」
「そうよ。羨ましいと思っているから言ったのよ。あなたの彼氏に手は出さないから安心して。
で、リリンの営みを二人は経験している訳ね」
「リリンて何?」
「ああ、そうか。人間と思って。別の言い方をしているの。それで二人は男女の深い関係な訳ね?」
「そ、そんな事を言える訳が無いだろう!」 「なっ!?」
コウジとアスカの顔が真っ赤に染まった。初対面の相手に聞かれる内容では無いが、見透かされた事に少しショックを受けていた。
そんなに自分達はべったりな付き合いのように見えるのだろうか? 他のバカップルのような事はしていないのに!
でも、そんな事を真顔で聞いてくるこの少女の常識が、どういうものなのか問い質したくなったアスカだった。
そんな二人の態度にカオルは優しい笑みを浮かべていた。
「あたしはリリンの営みに興味があるだけよ。二人を見ていて微笑ましい事は理解出来るわ。
こうやってリリンは長い時を生きてきたのだしね。誰でもやる事だし、そんなに恥かしがる事は無いわよ。
あなたの事は少しは理解したわ。これで少しは疑問が解消したけど、出来れば初号機パイロットにも会いたかったわね」
「あなたはあいつも知っているの?」
「当然、噂は知っているわよ。全世界で報道されたしね。ああなってしまって、無理なのは分かっているけど残念だわ」
「……あたしはあいつに何度も助けられたわ。でもお礼は一度も言っていない。逆に喧嘩を仕掛けただけだったわ。
あの時のあたしは何処か狂ってた。EVAに拘って、エースパイロットを目指していた。でも、あいつには全然敵わなかった。
それどころか危険なところを何度か助けられもしたわ。でも、あいつに反発ばかりしていたわ。それで自滅したの。
でも、コウジに助けられて、そんな拘りは全て消えたわ。あいつに一度もお礼を言ってないのは心残りだわ」
「死者は生き返らない。それが世の理よ。生き残った者が頑張るしか無いでしょ」
「そうだね」 「そうね」
「話しが辛気臭くなったわね。話を戻すけど、ネルフに着いたらあなたはパイロットの解任手続きを申請するのね」
「ええ。どういう手続きかは分からないけど、それははっきり言うつもりよ」
「彼氏はどうするの? ネルフには入れないんじゃ無いの?」
「……そうか、ネルフのIDカードは無いか? どうしよう?」
「携帯電話を持っているし、ボクは適当な所で待っているよ。遅くなりそうなら電話をして」
「分かったわ」
こうして、コウジはネルフ本部の外で待機、アスカとカオルはネルフ本部に向かう事となった。
窓の外からは廃墟と化した第三新東京市が見えていた。
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アスカとカオルを待ち構えていたのは、ミサトと日向だった。ミサトはアスカの身を案じていた。
元気なアスカを見て安堵はしたが、無断で行方不明になったのは規律違反である。ミサトはアスカを問い質し始めた。
「アスカ、無事に戻ったのは良かったけど、何処に行っていたの!? 皆が心配したのよ!」
「あたしは廃墟ビルで一人きりだったのよ。気がついた時は第二東京市にいたの。それで一応はケジメをつける為に此処に来たのよ!」
「第二東京市に!? ケジメってどういう事?」
「あたしはセカンドチルドレンを辞めるわ! どうせ弐号機は動かないし、良いわよね」
「アスカ!? 何を言ってるのよ! あなたは弐号機パイロットなのよ! どうして辞めるなんて言うのよ!?」
「この前の使徒戦の時はあたしは弐号機は動かせなかった。もうあたしの価値は無いでしょ」
「そんな事は無いわよ! 少し様子を見れば、弐号機が動くようになるかも知れないじゃ無い!」
「そうだよ。ここまで落ち着けば、弐号機が動かせるかも知れないだろう」
アスカの様子は前回の使徒戦の直後とはまるで違っていた。ミサトはアスカの変わり様に内心で驚いていた。
周りに当り散らすような刺々しい雰囲気は無く、何処か優しい雰囲気を漂わせている。何があったのだろうか?
それを聞く前にアスカの口からセカンドチルドレンを辞めるという言葉を聞くとは思わなかった。
ミサトにしても、今更アスカを放り出す気は無く、保護しなくてはと考えていた。
だが、アスカの口から驚きの事実が指摘された。
「ダミープラグがあれば弐号機をパイロット無しで動かせるんでしょ。それならあたしは不要よね」
「アスカ、何でそれを!?」
「…………」
ダミープラグの事はアスカを戸惑わせるだけと判断して、何も伝えていなかった。そのアスカが何故、それを知っているのか?
第二東京市で誰かから聞いただろうか? ミサトに動揺が走った。アスカは追加の事実を突きつけた。
「彼女は渚カオル。セブンスチルドレン。弐号機のパイロットで赴任して来たって聞いているわ。
彼女が弐号機を動かせれば、あたしはお役御免で良いでしょう!」
「あなたがセブンスチルドレンなの!?」
「…………」
「そういう事。事前に連絡が行っているはずよ」
アスカは隣のカオルをミサトに紹介した。
ミサトはセブンスが来る事は知っていたが、多忙の為に資料をざっと読んだだけだった。
だが、IDカードを見せられて納得した。カオルは微笑みを浮かべながら、アスカを援護射撃しようとしていた。
「では、早速だけど弐号機を見せて貰えるかしら。その後は直ぐにでもシンクロテストをしたいんだけど」
「分かったわ」
***********************************
ミサトとアスカとカオルの三人は弐号機の前に立っていた。
弐号機が日本に来たのは第六使徒の時だった。それから幾多の戦いを経験してきた。アスカの目に涙が滲んだ。
(ごめんね。そしてさようなら。今までありがとう。あたしはこれから新しい人生に踏み出すわ。
あなたの新しいパイロットも来たの。これからはカオルと一緒に頑張って)
もう二度と弐号機を見る事は無いだろうと思って、アスカは弐号機の姿を目蓋に焼き付けるようにじっと見ていた。
そのアスカにカオルは声を掛けた。
「さて、あたしはこれからシンクロテストね。アスカは一度は家に帰ったら」
「そ、そうね。少し家で休むわ」
アスカはカオルの気遣いが分かった。別れを済ませた今のアスカには、弐号機への未練は無かった。
後はマンションに戻って母親の遺品を持ち出せば、そのままコウジと一緒に第三新東京を出るつもりだ。
もっとも、それを言うとミサトに必ず引き止められる。だからミサトの注意をカオルが引き付け、アスカに行動の自由を与えた。
慌しく走り去るアスカを、訝しげな表情でミサトが見つめていた。
だが、ミサトが行動を移す前にカオルがテストの実施を急かしていた。
「ではシンクロテストの準備をしたいけど、プラグスーツはあるのかしら?」
***********************************
行方不明だったアスカが、何故か雰囲気をガラリと変えて戻ってきた。ミサトから見ても、随分と大人の女らしい雰囲気が感じられた。
ミサトはアスカとじっくり話し合いたかったが、今の自分は作戦課長だ。私情を抑えて職務に専念するべきだと考えた。
アスカとは今夜にでもマンションに帰ってから、ゆっくりと今までの事を聞きだそう。
そう考えてカオルのシンクロテストの準備を命令した。シンクロテストの準備中、ミサトは日向から報告を受けていた。
「渚カオル。過去の経歴は抹消済み。レイと同じくね」
「ただ、生年月日はセカンドインパクトと同一日です」
「委員会が直接送ってきた子よ。必ず何かあるわ。でもメガネっ娘か。パイロットでは始めてね。大丈夫なのかしら?」
「マルドゥックの報告書も、セブンスの件は非公開になっています……それもあって、ちょっと諜報部のデータバンクに割り込みました」
「危ない事をするわねぇ」
「その甲斐はありましたよ。リツコさんの居場所です セブンスのシンクロテストはどうします?」
「今日のところは小細工を止めて、素直に彼女の実力……見せて貰いましょう」
(しかし、十五歳のはずなのに全然育って無いわねえ。まあ、その辺りは個人差ってやつか。優しくしてあげないとね。
でも、あの娘に弐号機が動かせれば最後の使徒も大丈夫か。さすがにダミーにばっかり頼る訳にもいかないしね。
それとリツコの居場所が分かったか。後で一度は行かないとね)
***********************************
カオルは弐号機に乗って、シンクロテストを始めていた。
実験には冬月とミサトが立会い、日向とマヤが操作を行っていた。
『プラグ深度、固定中』
「あと、0.3下げてくれ」
「はい」
冬月の指示に従って、マヤが操作を始めた。だが、弐号機のシンクロ率は高い数値を保ったままだった。
「このデータに間違いは無いな?」
「全ての計測システムは正常に作動しています」
「MAGIによるデータ誤差は認められません」
「……よもやコアの変換も無しに弐号機とシンクロするとはな。この少女は」
「しかし、信じられません。……いえ、システム上は有り得ないです」
「でも、事実なのよ。事実をまず受け止めてから原因を探ってみて」
困惑しているマヤに、ミサトの厳しい声が浴びせられていた。
***********************************
カオルを複雑な表情をしたミサト達が出迎えた。だが、そんな事に気遣う事無く、カオルは次の要求を口に出していた。
「弐号機のシンクロテストは無事に終わったわね。では、これから【HC】に行きたいからヘリでも出して貰えないかしら」
「ちょっと待って! 【HC】に行くの!? 許可を取らないとあそこには行けないわよ!」
「許可なら出てるわよ」
「えっ!? そうなの!?」
「そうよ。委員会の方から【HC】に要請して許可が出ているわ。そこで初号機とのシンクロテストを行うのよね」
「初号機とのシンクロテストを!?」
「そうよ。だからヘリを用意してくれる」
「……分かったわ。後で今のシンクロテストの結果を教えて。でも、【HC】にヘリを出すのは良いけど、帰りはどうするの?
ヘリを【HC】の中で待たせるの?」
「帰りは向こうから出して貰うから、片道だけで十分よ」
「あたしも一緒に行くわ」
「向こうでの時間が分からないから一人で良いわ」
「良くは無いわ。あなたはセブンスチルドレンなのよ。そんなあなたを一人で【HC】に行かせられないわ!」
「ふう。仕方無いか。好きにして」
こうしてミサトとカオルの二人はヘリで【HC】基地に向かう事となった。
***********************************
アスカはマンションに戻ると、一目散に自室に向かった。部屋は散らかったままだった。
最後にこの部屋から出た時は、精神が崩壊寸前だった為に、部屋の備品をあちこちに投げ飛ばしていた。
だが、貴重品入れだけは手をつけていなかった。その貴重品入れを開けると、ネックレスと指輪が出て来た。
今亡き母親の遺品である。他にも高価なものはそれなりにあったが、それらには目もくれなかった。
これからコウジと一緒に第二東京市に戻れば、スペースコロニーに移住出来る。
苦労はあるだろう。嫌な事もあるだろう。でも、コウジと一緒なら何とか耐えられると思っていた。
パイロットの給与はかなり貯まっていたが、そんなものより母親の遺品だけは持って生きたいと考えて戻ってきた。
アスカはネックレスと指輪を大切にポケットに入れた。そしてペンペンに名残惜しそうににキスをすると、マンションを出た。
だが、背後に人影を感じた後に首元に強烈な衝撃を受けて意識を失った。
同じ時間、アスカからの連絡を待っていたコウジも気を失っていた。
***********************************
今の【HC】は開店休業状態だった。零号機は失われ、初号機はあるがパイロットはいない。つまり対使徒戦の能力が無いのである。
それでもワルキューレやメガ粒子砲を使った支援攻撃は可能だとして、解散はしないで通常通りの勤務が行われていた。
戦闘指揮所に居る不知火とライアーンに、通信士から報告があがってきた。
「不知火司令。ネルフのヘリが間もなく到着します。此処への着陸許可を求めています」
「初号機とのシンクロテストか。あちらは新しいパイロットを用意したのか。本当に初号機を奪われないんだろうな?」
「理由は分かりませんが、本国からの許可は出ています。何でもミハイル博士が大丈夫と、太鼓判を押したそうです」
「……良いだろう。着陸許可を出せ。その後はアーシュライト課長に案内は任せる。本人にも伝えてくれ」
「了解しました」
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ネルフのヘリからミサトとカオルが降り立った。その二人をアーシュライトが出迎えた。
「ようこそ【HC】へ。私はアーシュライトです。ここの技術関係の纏め役です」
「葛城ミサトよ。ネルフの作戦課長をしているわ」
「渚カオル。セブンスチルドレンよ。弐号機のシンクロテストは済ませてきたわ。宜しく」
「では、初号機まで案内します」
アーシュライトが先頭をきって歩き出した。それにミサトとカオルが続いた。その後を保安部員二名がついてきていた。
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ミサトとカオルは初号機の格納庫に通されていた。ミサトは感慨深げに初号機を見つめていた。
S2機関を内蔵した最強のEVAである初号機。そして最大の戦果をあげた機体でもある。今まで何度この初号機に助けられてきたか。
一時期は自分の言う事を聴かない事で憎悪した事もあったが、過ぎた事だと割り切っていた。
(加持の処置でミサトの精神誘導の効果は、殆ど無効化されていた)
今のミサトの脳裏にあるのは、どうやって使徒戦を乗り切るか、それだけだった。
一方、カオルは怪訝な表情で初号機を見つめていた。
(どういう事なの? 初号機の中には何も無いわ。これはただの抜け殻よ)
「どうしたの? シンクロテストを行うんでしょう。大丈夫?」
「あたしは大丈夫だけど、この初号機は動かないわ」
「……どういう事? 乗らないでも分かるの?」
「分かるわ。この初号機は抜け殻に過ぎないわ」
「抜け殻? どういう事なの?」
「その理由を説明しましょうか?」
「御願い」
「では、場所を移します。こちらにどうぞ」
カオルは弐号機は問題無くシンクロしたが、初号機は乗る前から駄目だと言う。どういう事なのか?
ミサトは怪訝に感じながらもアーシュライトの後に続いた。
一方、カオルも怪訝に思いながらも何か新しいものが分かるのかもという好奇心があった。
アーシュライトを先頭に、ミサトとカオルが続いた。
そして初号機の格納庫を出て地下に向かう途中、廊下の床がミサトが乗っている部分だけ、いきなり開いた。
「きゃああああああああ」
ミサトは廊下の地下深くに落ちていった。ミサトが落ちると、直ぐに床は塞がった。どうやら故意にやったようだ。
それを見たカオルは自分も危害を加えられるのかと考えて、アーシュライトに厳しい視線を向けた。
だが、アーシュライトは笑ったままだった。
「彼女の心配は要りません。責任を持って送り返します。彼女を待ちわびている人に会って貰うだけですから。
それと、あなたと会いたがっている人が居ます。会って頂けますか?」
「……なる程。仕組まれたって事なの。良いわ。会ってあげるわ」
「では、このエレベータに一人で乗って下さい。安全は保障しますから、安心して下さい」
アーシュライトの指し示すところに小型のエレベータがあった。何が待っているのだろう。
カオルは湧き上がる好奇心を抑える事も無く、期待に満ちた表情でエレベータに乗り込んだ。
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「きゃああああああああ」
アーシュライトの案内の後に続いて廊下を歩いていると、いきなり床が抜けてミサトは落下していった。
周囲は暗くて何も見えない。だが、加速度をつけて落下している。これでは下に落ちた瞬間にミサトはペシャンコになる。
(くそっ! あのアーシュライトって奴に騙されたのね! あの子をどうするつもりなの!? ネルフとの全面戦争を始めるつもり!?
その前にあたしは墜落死!?)
かなりの速度で落下していたミサトだが、一瞬違和感を感じた。その直後、身体に感じていた加速感が無くなり、無重力状態になった。
「えっ!? これって無重力? どういう事よ!?」
自分に何が起きているのか分からなかったミサトだが、いきなり周囲が眩しくなった。
「くっ!」
ミサトは一瞬目が眩んで、再び重力に引かれる感覚が戻ってきた。そして…………
ばっしゃああああん
「きゃあああああ」
大きな水しぶきを上げながら、ミサトは小さな池に落下していた。少し身体を打ったが、異常は無い。
衣服の為に泳ぎ辛いが、そこはなんとか岸辺まで泳いだ。そして息を整えてから周囲を見て絶句していた。
ミサトの目には広大な農園が広がっていた。そして広大な農園は地平線で区切れる事無く、内側に湾曲していた。
そう、以前にロックフォード財団のHPに乗っていたスペースコロニーの中の光景そのものだった。
(ど、どういう事なの? この光景は地球じゃ無いわよね。でも【HC】に居たあたしが何でスペースコロニーに居るのよ!?)
動転したミサトだったが、服がびしょ濡れなのに気がついた。周囲を見渡しても誰も居ない。
気候は温暖だが、このままでは風邪を引くかもと案じたミサトは服を脱ぎだした。
流石に誰も周囲に居ないとはいえ、下着は脱げなかった。ミサトの女としての矜持である。
ブラウスと上着、そしてスカートを脱いで乾かそうとした時、がさっという音が聞こえてきた。
ぎょっとして周囲を見渡すと、腰に布を纏っただけの髭を長く伸ばした原始人が見えた。
性別は男に間違い原始人は、じっと自分を見ている。ミサトは脂汗を流していた。
(拙い! この格好じゃ襲われるわ! でも武器は無いし……ええい、無手でもあたしが強い事を見せてやるわよ!)
その原始人はゆっくりとミサトに近づいて来た。自分の方に手を伸ばしていて、直ぐにでも襲ってきそうな気配だった。
何処とも分からないところで原始人などにレイプされる訳にはいかない。ミサトは真剣な表情になって、腰を低くして身構えた。
そして距離が三メートルほどになり、ミサトが原始人に先手を取ろうと飛びかかろうとした時、声が掛かった。
「葛城……だよな」
「えっ……その声……加持君!?」
ミサトは唖然とした。加持の声を聞き間違えるはずも無い。それに向こうから自分の名前を呼んだのだ。
それに良く見ると確かに加持だ。髭を無造作に伸ばして、お洒落な加持の面影はまったく無いが、確かに加持だった。
だが、加持は冬月の誘拐事件に関わって命を落したはずだ。その加持が何故、生きているのか?
いや、それは後でゆっくり聞こう。今は加持が生きている事を喜ぼう。そう思ってミサトは込み上げてくる涙を堪えて加持に駆け寄った。
だが……長期間風呂に入っていないと見えて、加持の体臭は凄まじかった。ミサトは抗議しようと加持の目を見て、身体が固まった。
加持の目はギンギンに光って、ミサトを放すまいと抱かかえていたのだ。
「葛城、済まん。もう我慢出来ないんだ!」
「えっ、どういう事よ!? かなり臭いわよ! きゃああああ!!」
ミサトは下着姿で加持に抱きついており、二人の肌は接触していた。
今まで誰とも話す事も無く、一人で寂しく過ごしてきた加持の臨界点を突破させるには十分過ぎる刺激だった。
加持は一言ミサトに謝ってから、襲い掛かって行った。
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チン
カオルは一人でエレベータに乗り込んだ。行き先を指定するボタンは無く、行き先は固定のようだった。
そしてエレベータは自動で止まり、カオルはその先に進んだ。
廊下にはモーツァルトの交響曲が流れており、空調には気分を落ち着かせるだろう花の香りが混じっていた。
(へえ。中々趣味が良いわね。さて、誰が待っているのやら)
自動ドアが開くと、そこは大きな部屋が見えた。カオルは迷う事無く、その部屋に入って行った。
そして自動ドアが閉まると、カオルに声が掛かった。
「ようこそ、渚カオルさん。歓迎するよ。それとも第十七使徒:タブリスと呼んだ方が良いのかな?」
それは若い少年の声だった。
To be continued...
(2012.09.08 初版)
(あとがき)
タブリス登場です。今までの話しでそれなりに書いてきましたから、予想は出来たと思います。
カオルはメガネっ娘で洗濯板という設定になっています。次話でタブリス戦が終了します。
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