第五十八話
presented by えっくん様
作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。
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カオルに声を掛けてきたのは、部屋の中央のソファに座る少年だった。
正体が知られているとは思わなかったが、直ぐに自分を攻撃する意思は無いと判断して、落ち着いて少年の顔を見た。
黒い髪、アジア系の顔、両目も黒……いや、左目は紫だ。何処かで見た事があると思って、記憶の中を探ると該当者が出てきた。
まさか!? でも、顔は確かに間違い無かった。
「ま、まさか、シン・ロックフォード君!?」
驚くカオルにシンジはソファに座るように勧めた。テーブルには二人分のコーヒーが準備してあった。
カオルは勧められるがままにソファに座って、少年の顔を再び見つめた。確かに写真やTVで見たシンジに間違い無かった。
しかし、シンジは『天武』で大気圏突入の時に、核ミサイル攻撃を受けて死んだはずだ。
公式発表は無かったが、世間ではそう判断していた。シンジは自分を怪しむように見つめるカオルに笑顔で話し掛けた。
「驚かして失礼。でも、治ったのは昨日なんだ。緊急脱出が間に合ったけど、身体はボロボロで昨日までは再生槽にずっと
入って治療中だったんだ。左足と左手なんて焼き尽くされて、再生処理でやっとこうして五体満足な身体に戻ったんだ。
こうやって動けるのも久しぶりなんだよ。君が【HC】に来るのは知っていたから、こうして待っていたんだ」
「……なる程ね。北欧連合があなたの死亡を正式発表しなかったのは、こういう理由があったのね」
「そういう事。政府と財団のトップの数人しか、知らなかった事だよ」
「まったく詐欺も良いところだわ。あなたが死んだと思って、世間は大騒ぎだったのよ」
「こちらの都合もあったのさ。これ以上、ゼーレに邪魔されたく無かった事もある。巨大隕石の衝突回避作戦の準備で忙しいんだ」
「……確かにそうね。でも核ミサイル攻撃からも生き延びるなんて流石ね。話を戻すけど、あたしがタブリスって知って此処に呼んだの」
「そうだよ。人類補完計画の全貌も知った。まさか第十七使徒が、君みたいな少女だとは思わなかったけどね。
今までみたいに巨体だと想像していたんだ」
「どうするつもり? あたしを殺すの?」
「話し合いたいと思ったからこそ、此処に呼んだんだ。
リニアの中でミス・ラングレーと話していたよね。その君を見て話し合えると思ったんだ」
「リニアの中で誰かの視線を感じていたわ。……もしかして、アスカを連れ出して保護して回復させたのは、あなたの手配なの?」
「あの時はまだボクは治療中だったからね。知り合いに頼んだのさ」
「中々、手配が良いわね。好意に値するわ」
「ありがとう。さて、ボクも少し聞きたい事があるんだ。良いかな」
こうしてシンジとカオルの質疑応答が始まった。二人とも感情に捕らわれて戦うような短慮は無かった。
お互いに興味を惹かれた事もあって、和気藹々の雰囲気である。
「以前にキール氏から、そちらのパイロットは男だって聞いていたんだけど、彼はどうなったの?」
「あなたが報復処置でドイツのES部隊の根拠地を根こそぎ叩き潰したでしょう。その時に私の前任者(?)は成仏したのよ。
まだ覚醒していなかったから、N2爆弾で消滅したわ。
私は予備として別の場所で育てられていたので、彼が亡き後はあたしがタブリスの役を引き継ぐ事になったのよ」
「……それは彼も運が無かったよな。でも、ボクとしては男と話すより、君みたいな女の子と話す方が良いな」
「噂通りの男のようね。今まで何人の女を泣かしてきたの。正直に言って見なさいよ」
「さあ? ボクの回りにいる女の子は泣かせた事は無いよ。正直言って、ボクに近寄ってくる女の子は多くは無いしさ」
「そうなの? 結構、有名人だし能力も財産もある。選り取り見取りじゃ無いの?」
「仕事で急がしいし、芸能人じゃ無いんだから、普通の女の子との接点なんか無いよ。それは誤解だよ」
「……じゃあ、今は隕石衝突回避作戦に専念していると言う事なの?」
「そうだよ。こればっかりは手を抜けない。かと言って、使徒戦も手を抜けない。困ったもんだよ」
「この前は手を抜いて、その為にあなたの妹さんが亡くなったんでしょう。そんな言い方は無いでしょう!」
カオルは厳しい目でシンジを見つめた。核ミサイル攻撃を受けて生き延びたのには驚いたが、それでも零号機パイロットであるレイを
助けられなかったのだ。カオルの立場からしてみれば、みすみすレイを死なせたシンジに厳しい視線が向けられていた。
だが、シンジから返ってきたのは衝撃の事実だった。
「レイの事? 生きているよ」
「えっ!? 零号機が自爆したのに!? エントリープラグでさえ粉々になったんでしょう!?」
「自爆する寸前に助け出したよ。もっとも参号機の方は融合が進んでいたから駄目だったけどね」
(レイに襲い掛かったから、罰を与えるつもりで確認しただけなんだけどさ)
「……あたしの早合点だったのね。ごめんなさい」
「何で謝るの? あれは前回の使徒で、君とは関係無いでしょう」
「……私達使徒の魂は廻り合っているの。前回のアルミサエルの魂が私に融合して、あたしはタブリスになったのよ。
だから、前回の使徒戦の事も記憶にあるわ。そしてあなたに倒され続けた仲間の記憶もね」
「! だから使徒は少しずつ戦い方を変えていたのか!?」
「そういう事ね。だからあたし達を一番多く倒したあなたに興味があったの。もっとも、もう会えないと諦めていたから嬉しいわ」
「ボクに興味? 一番多く使徒を倒したのはボクだから怨んでいるんじゃ無いの?」
「あたし達使徒にとって、生と死は等価値なのよ。身体は滅んでも魂は廻るの。
別にあなたを怨んじゃいないわ。今までの戦いで少しずつリリンを理解していったわ。
そして前回の戦いで男が女を求める事も知ったわ。この星で生きて行く身体は、リリンと同じ形に行き着いたわ」
「生と死は等価値か……流石に達観しているね。共存共栄は出来ないの?」
言葉が通じないなら仕方は無いが、目の前のカオルとなら話し合いが出来るのでは無いかとシンジは考えていた。
目の前のカオルは最後の使徒だ。カオルを抹殺すれば、使徒によるサードインパクトの脅威からは解放される。
だが、話し合いもせずにカオルと殺し合いをするのは、シンジの矜持が許さなかった。
いざとなれば殺し合いも辞さないが、話し合いもしないで相手の性格も見極めないうちに力に訴える事はしたくは無かったのだ。
逆に性格を見極めて話し合いが出来ないと判断すれば、それこそ殲滅するのに手段を選ぶつもりは無かった。
カオルは興味深げな表情でシンジを見つめたが、それに反論はしないでメガネを少しずらしてから話題を変えた。
「……それは後にしましょう。今はまだ知りたい事があるのよ。
……少し汗をかいたからシャワーを浴びたいんだけど、貸してくれないかしら?」
「シャワー? この下に温泉の大浴場があるけど其処で良いかな?」
「温泉!? 温泉に入るというのは幸せにつながるわ。日本に来たら入ってみたかったのよね。案内して!」
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【HC】基地の地下には温泉施設があった。基地の慰安施設として建設されていたものだった。
一般職員にも開放されており、好評である。岩風呂や様々な種類の施設があった。司令である不知火の趣味も結構入っていた。
そしてそれらとは別の隠されたエリアに大浴場があった。
以前に人狼の一族を保護していた時に使用していたが、それ以外の使用者はシンジの関係者くらいだった。
そこにカオルを案内していた。
案内している最中に、カオルは何度かシンジをチラ見していた。だが、シンジは気づく素振りは見せずに、案内していった。
「此処だよ。じゃあ、ボクは外で待っているよ。覗かないから安心して」
「日本の温泉の入り方なんか知らないわ。一緒に入って教えてくれる? それにあなたともっと話しがしたいわ。
温泉で混浴のところもあるんでしょ。他の人もいない事だし、あたしは気にしないわ」
「……本気なの?……」
「こういう時は女に恥をかかせないのがマナーじゃ無いの」
「……分かった」
まさかカオルからお誘いがあるとは予想だにしていなかったシンジだった。だが、カオルの本音を聞き出す良い機会になるかも知れない。
シンジはカオルに風呂場の使い方を説明し、そして二人は脱衣所で着ているものを脱ぎだした。
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大浴場は十数人が纏めて入れるくらいの大きさだった。カオルはメガネをつけたまま、シンジの近くで湯船に浸かっていた。
背後のスクリーンには、昔の雪が積もった富士山が大きく映し出されている。一定時間ごとに季節毎の風景を交互に映していた。
シンジはそれなりにこういう事に慣れていたが、カオルは初めてある。顔を赤くしていたが、シンジから視線を逸らす事は無かった。
カオルはバスタオルを使う事は無かった。濁り湯の為にカオルの下半身は見えなかったが、上半身はシンジの視線に晒された。
もっとも、シンジの視線は直ぐにカオルの目に移ったが。
「……まさか君からお誘いがあるとは思わなかったよ。
ボクは男でこういう事は好きだけど、さっき殺すだとか話していた君がどういう考えで行動しているのか興味があるよ」
「前回の時に参号機のパイロットの心を知って、リリンの男が女を求める気持ちは分かったわ。
でも、リリンの営みはまだ知らない。だから知りたいの。まだ誰とも一次的接触はしていないわ」
「……なる程ね。第十八使徒:リリンは群体となって生きてきた。その源は男女の営み。それを知りたいと?」
「……流石ね。そこまで知っていたとは思わなかったわ」
「こうして見ると、君は魅力的な女の子だ。性格も好ましいと思う。出来れば共存共栄したいんだけど」
「魅力的と言ってくれるのは嬉しいわ。今まで何人かのリリンと会ってきたけど、皆があたしの胸を見て憐れみの視線を向けてきたわ。
でも、あなたからはそんな視線を感じない。どういう事なの?」
「人の趣味は様々って事かな。容姿に拘る人もいれば、そうじゃ無い人もいるさ。ボクは基本的には女性の性格を重視するからね」
「そう言ってくれると嬉しいわね。あなたの噂を思い出して、あたしじゃ嫌だと言われるかもという覚悟はしていたのよ」
怒った顔のミーシャとレイ、マユミがシンジの脳裏に浮かび上がってきた。
カオルと関係すれば、後々で絶対に三人から厳しく追及されるだろう。
だが、最後の使徒のカオルと分かり合えるかも知れない貴重な機会を、捨て去る訳にもいかないという建前もあった。
お互いが今日初めて会ったのだ。恋愛感情では無い事は承知している。種族の壁を越えた理解が出来るのだろうか?
世の中の一般倫理から外れる事は分かっていたが、そもそも自分は三人の女性と関係を持っているのだ。今更というものだろう。
鬼畜だとかケダモノだとか言われる覚悟は出来ていた。まあ、二年以内に結論を出さなくてはいけないが、その事は後で考えよう。
それに自分は品行方正な聖人では無い。間違った事もあるし、失敗もする普通の人間だ。偶には自制を外すぐらいは良いだろう。
シンジは自分の心に都合の良い結果を出すと、カオルに視線を戻した。
「普通に考えれば、ボクは女の子を手玉に取る悪い奴になるんだろうけど、相手の了解を得ていれば良いよね」
「あたしは普通のリリンの考え方が分からないから、質問されても困るわよ。それにあたしをリリンの常識で縛らないで欲しいわ」
「今晩は泊まって良いのかい?」
「ええ。明日の昼までにネルフに戻れれば良いわ」
シンジはカオルの横に移動して、優しく肩に手を伸ばした。そしてカオルはその手を拒む事は無かった。
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怒った顔で池の水で身体を洗っているミサトに、加持は冷や汗を垂らしながら土下座していた。
「葛城、済まん! あれからずっと一人で我慢出来なかったんだ! 本当に済まん!!」
「もう、臭いが染み付いちゃうじゃ無いの! それにしても十回だなんて、どういう事よ! あたしを壊すつもりなの!?
お腹は重いし、腰は痛いわ、身体は臭いわで散々よ! もう、此処は何処なの!? 何であなたが生きてんのよ!?」
加持が生きていた事は嬉しかったが、いきなり襲われた事には怒っていたミサトだった。
しかも以前とは違って、加持はタフになっていた。嘗て加持の体力不足をからかい気味に指摘したミサトは、逆に圧倒されてしまった。
長期間風呂に入っていなかった加持の臭いが身体に染み付いたように感じて、腰の痛みを我慢して池の水で身体を洗うミサトだった。
加持は弁解のしようが無かった。ミサトの柔肌を感じて理性をブッ飛ばしたのは自分である。加持は土下座のままで事情を説明した。
「ここは試作のスペースコロニーらしい。俺は冬月副司令を拉致した後に殺されそうになったんだが、シンジ君に保護されて此処に
いるように言われたんだ。この農場の管理が仕事だ。ずっと一人で寂しくて、葛城と会えて嬉しかったんだ。本当に済まん!!」
「……あたしは【HC】の基地の地下にさっきまで居たのよ。それが何でスペースコロニーになんている訳!?」
「それは俺も知らん。だが、葛城が【HC】基地から此処に来たって事は、シンジ君は空間転送技術を完成させていたのかも知れん」
「でも、シンジ君は死んだのよ! ……でも、他の北欧連合の人間が使っている可能性もあるのね」
「此処にはTVがあったから、今までの事情は知っている。シンジ君が死んだ事もな。
俺が残したメッセージの所に葛城が御祓いの連絡をすれば、俺に会わせるように手配するとシンジ君は言っていた」
「あのメッセージにそんな意味があったの!?」
「結局、葛城は御祓いの手配はしなかったんだよな。俺は待ち草臥れたんだぞ!」
「で、でも、あたしだって加持君が死んだと思って落ち込んだのよ! アスカだって落ち込んでそれどころじゃ無かったのよ!
しかもアスカは弐号機パイロットを辞めるとまで言い出したのよ!」
「アスカが弐号機パイロット辞めるだと!? それは本当か!?」
「ええ。間違い無いわ」
「……問題だな。とは言っても、スペースコロニーに居る俺達には何も出来ないな」
「ここを脱出する方法は無いの!? 誰かに連絡はつかないの!?」
「探したが何も無かった。連絡は一方通行のみで、シンジ君が死んでからは一度も無い」
「もう、どうすれば良いのよ!? 新しいパイロットも来たからネルフに急いで戻らなくちゃならないのよ!」
「一旦、家に戻ろう。何か情報が入っているかも知れん」
「その前に、あんたは一回身体を洗いなさい! 凄く臭いのよ!!」
「…………」
ミサトが身体を洗った後、家に戻る前に池で身体を洗う加持だった。その様子をミサトはせつなさそうな表情で黙って見ていた。
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ミサトと一緒に家に戻ると、加持は風呂に入った。池の水だけでは汚れが落ち切れなかった為もある。
久しぶりに髭を剃って、以前と同じ……いや、肉体的にはかなり逞しくなった加持はミサトの前に現われた。
ミサトは加持が風呂に入っている最中、冷蔵庫のビールを飲んでいた。加持が死んだと思ってから断酒していたので、久々であった。
加持が生きていた事の祝い酒の意味もある。
そして逞しくなった加持を見て、少々胸がときめいている事は絶対に言うまいと心に決めていた。
「さっぱりしたな」
「臭いも落ちているようね。まったく、一人だからって、身嗜みぐらいは気を使いなさいよ!」
「……済まん」
「でも、ビールまで用意してあるとは思わなかったわ。銘柄は北欧連合のやつだけど、結構美味いわ。
久々のビールだから腹に沁みるし」
「不思議と昼間に俺が農作業中に補充されているんだ。まったく、何処から持ってくるのか?」
「じゃあ、あたしもシャワーを浴びるわ。池の水だけじゃ臭いが落ちきらないしね」
「……重ね重ね、済まん」
ミサトは浴室に入って、シャワーを全開にした。適度なお湯が気持ち良かった。
目を瞑ってシャワーを感じながら、今後の事を考え出した。
(加持君が生きていたか。……良かった。でも、このスペースコロニーからどうやって帰れば良いのよ。
アスカの事も心配だし、セブンスのあの子の事も心配だわ。もっとも、あたしを此処に送り込んだから、あの子に危害を加える事は
無さそうね。補完計画の事も対応策を考えなくてはならないし、やる事は山積みだわね。
そう言えば、あれだけやってもまだ加持君は元気よね。夜はまたやるのかしら? あの体力は驚異よね。楽しみだわ)
ミサトが目を瞑って考え事をしていたが、ふと違和感を感じた。そしてシャワーがいきなり止まった。
「えっ!? シャワーが止まるなんて……此処は!?」
目を開けたミサトは周囲を見て絶句した。
今までスペースコロニーの一軒家の風呂にいたはずなのに、今は見覚えのあるマンションの浴室だった。
慌てて浴室を飛び出して確認したが、自分の家に間違い無かった。
呆然としたミサトはリビングに向かって、冷蔵庫のビールを取り出して飲み始めた。気持ちを落ち着かせる為である。
(どういう事? あれは幻覚だったとでも言うの!? いいえ違う! 加持君は生きているわ!
お腹の中に加持君のあれの感覚もある。強く掴まれた胸の痣もちゃんとあるし、あれはちゃんとした現実だわ!
あたしがシャワーを浴びている最中に、スペースコロニーからあたしの家に送ったというの!? 一体誰が!? 何の為に!?
……今は分からないか。はあ、お気に入りの下着は置いてきちゃったか。加持君……変な事に使わないでよね)
誰かの意思で自分は加持の居るスペースコロニーに飛ばされた。そして加持との逢瀬を済ませた後、自宅に戻された。
加持が生きていた事を知ったミサトの元気は戻ってきた。誰かの掌の上で動かされているような気はするが、それは後だ。
まずは自分の出来る事をしよう! そう考えたミサトは下着を身につけようと、部屋に向かった。
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ミサトが何時まで経っても風呂場から戻って来ない事を不審に思った加持は、こっそりと覗きに行った。
まあ、我慢し切れなかったと言い換えても良い。第二ラウンドを始める気持ちは満々だった加持である。
だが、ミサトは居なかった。風呂場から出てくれば、必ず加持の目に入る。ミサトは風呂場で神隠しにでも遭ったと言うのか?
風呂場に抜け道など無い事は最初に確認してある。ならば、ミサトは何処に行ったのだろうか?
慌てて探し始めたが、加持は久しぶりに連絡が届いている事に気がついた。
そこには、『彼女は自宅に戻した。続きがしたくば真面目に働く事』と書かれていた。
それを見た加持は肩を落した。ミサトが戻ったという事は、しばらくはまた一人暮らしが始まるのだ。
まあ、自分が生きている事をミサトに伝えられた事は喜ぶべきだろう。
(拙い! 留守番電話のメッセージに入れておいた八年前に言えなかった言葉を言うのを忘れていた!
会えて嬉しくて、つい忘れてしまったんだよね。この次に言うしか無いな。
しかし、シンジ君が死んだのに、こんなメッセージが来るとは、誰が管理しているんだ?)
加持はミサトの下着と衣類を大事そうに扱って別の場所に移していた。明日からまた農作業の日々が始まる。
それに備えて加持はベットに横たわった。そして、ミサトの事を考えている内に、何時の間にか寝入っていた。
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夜だったが、ミサトはネルフ本部に自分がスペースコロニーに行っている間の状況を日向に確認していた。
【HC】からは自分が先に自宅に帰って、カオルは明日の昼までにはネルフに戻ると連絡が入っていた。
日向からはカオルを【HC】に預けて大丈夫かと危惧されたが、ミサトは笑って誤魔化した。
そしてアスカが家に居なかった事も気になって、日向に探すように指示を出していた。
(【HC】から、あたしが自宅に帰るって連絡があったって事は、あたしをスペースコロニーに飛ばして加持と会わせて、その後に
此処に戻したのは彼らって事なの? そんな技術を持っていたなんて! ……でも、証拠が何も無いから報告も出来ないわね。
加持君が生きていた事は誰にも話せないし。アスカが何処に行ったのかも気になるし、セブンスのあの娘の事も気になる。
明日、彼女が戻ったら様子を見なくちゃね)
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月面基地にいるミーシャとレイ、マユミの三人は疲れた様子でリビングのソファに座っていた。
「シン様の怪我が治ったから快気祝いをやったけど、こんな結果になってしまうとはね……」
「確かにお兄ちゃんを甘く考えていたわ。お姉ちゃんがケダモノ呼ばわりしていた理由も実感したわ」
「シンジさんの事ですから、再生治療中に自分の身体を改造したんじゃ無いですか。以前よりパワーアップしてますよ」
「有り得るわね。核ミサイル攻撃を受けた直後のシン様から考えると、落差が激し過ぎるわよ!」
「あの時はお兄ちゃんの姿を見て、あたし達全員が泣いちゃったものね」
「お芝居も上手くいったみたいだしね。少々【HC】の人達に罪悪感はあるけど、これもシン様の為よ」
「そう言えば、あたしも死んだ事になっているのよね。まあ、あたしを気にする人なんて、あんまりいないから大丈夫だわ」
「まったく、レイはさっさとシン様の側に行っちゃうんだから」
「抜け駆けはずるいわよ」
「お兄ちゃんが迎えに来てくれたのよ。良いじゃ無い。嬉し涙が出ちゃったんだから」
「まあ、あの時は仕方無かったのよね」
「少し怒ったら、お腹が空いたわね」
「御飯はどうする?」
「作る元気は無いわ。冷蔵庫の中の余り物で済ませましょう」
「そうね。まだ身体が回復していないから、それで十分だわ」
「そういうお兄ちゃんは元気ね。【HC】基地にセブンスチルドレンに会いに行ったのよね」
「聞くのを忘れたけど、男? 女? どっちなのかしら?」
「女の子だって言ってたわ」
「まさかと思うけど……」
「有り得ないとは言えないわね……」
「やっぱりシンジさんって鬼畜だったのかも……」
シンジから感じる力が以前とは違ったが、それは身体の再生治療の為だと納得して、それ以上の突込みをしなかった。
ミーシャとレイ、マユミは複雑な表情だった。そして溜息をついてから、夕食の準備を始めたのだった。
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十二個のモノリスが集まり、最後の使徒に関する打ち合わせを行っていた。
『ネルフ。我等ゼーレの実行機関として結成されし組織』
『我等のシナリオを実践する為に用意されたもの』
『だが、今は一個人の専有機関と成り果てている』
『さよう。我等の手に取り戻さねばならん』
『約束の日の前に』
『ネルフとEVAシリーズを本来の姿にしておかねばならん。六分儀、ゼーレへの背任。その責任は取って貰うぞ』
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月面基地とはいえ、ちゃんと時間管理はされている。今は就寝時間であった。
ベットに横たわりながら、ミーシャは考えていた。
(天武が核ミサイル攻撃を受けた時、シン様は亜空間転送で何とか逃げ延びたけど、酷い怪我を負ってしまった。
左手と左足が焼失してしまったものね。あれを見た時はショックだったわ。でも、シン様は再生槽で復活した。
失われた手足も再生するなんて、凄い技術よね。今はあのおさげの女の子の治療中か。
まったく、隕石の衝突回避作戦も準備もあるし、シン様の身体が休まる時は無い……はずなのに、あの体力は何よ!?
本当にシン様は御自分の身体を生体強化手術でもしたのかしら? でも、良い。あたしはシン様の眷属。一生ついて行くだけだわ!)
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月面基地とはいえ、ちゃんと時間管理はされている。今は就寝時間であった。
ベットに横たわりながら、レイは考えていた。
(万が一でも零号機が危なくなるような事態になったら、治療中でもお兄ちゃんは来てくれると言ってくれていた。
そして、本当に来てくれた。あの時は嬉しかった。お兄ちゃんが全快する時間が延びたけど、それはあたしが埋め合わせするわ。
生きていて良かった。あたしはお兄ちゃんと一緒に生きる。お兄ちゃん……ずっと一緒よ! それがあたしの生存理由だわ!
でも、何か胸騒ぎがするわ。何かが起きるとあたしの中の何かが囁いている。やっぱり明日はお兄ちゃんの確認に行かないと駄目かしら?)
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月面基地とはいえ、ちゃんと時間管理はされている。今は就寝時間であった。
ベットに横たわりながら、マユミは考えていた。
(シンジさんが死んだと思わせる為に、芝居をしたけど罪悪感があったわね。でも、此処に来ればそれからも解放されたわ。
後は巨大隕石の衝突回避作戦か。あたし達三人もあれの操作の勉強を明日から行うのよね。大丈夫かしら?
それにしても、シンジさんは何をしているのかしら? 何か、ざわめくものを感じる。
新しいEVAのパイロットと会うとか言ってたものね。……これも女の勘なのかしら?)
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カオルは激しく襲ってくる未知の感覚に、必死になって耐えていた。
(な、なんで群体であるリリンの一人の彼が、タブリスであるあたしをこうも圧倒出来るのよ!?
本来、群体であるリリンの全部と、あたし一人は等価値なのよ。それに彼から感じるこの力は何!? リリンの力じゃ無いわ!
まったく別の知らない力だわ!? くっ、駄目っ! 流される!! 意識が飛んじゃう!!)
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ゲンドウは司令室で初号機の撮影映像を見ながら、一人呟いていた。
「我々に与えられた時間は、もう残り少ない。だが、我等の願いを妨げるロンギヌスの槍は既に無いのだ。
間もなく最後の使徒が現われる。それを消せば願いが叶う!」
ゲンドウの右手は何かと融合したかのように盛り上がり、大きな目が掌の中にあった。
「もうすぐだよ。ユイ」
初号機は【HC】基地内にあった。既にレイは亡くなったと思っていた為に、最初に考えた方法は使えない。
だが、ゲンドウはアダムを体内に取り込む事により、リリスとの直接融合を目論んでいた。
最後の使徒が滅びれば、条件は揃う事になる。それならば、シンジやレイが居なくても、目的は叶うと考えていた。
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カオルは寝起きが良い方だ。朝は自然と目が覚める習慣を身に付けていた。
今朝は何時もと違う枕の感覚と、何やら暖かいものが自分に触れている事に違和感を感じていた。
それに下半身からは鈍い痛みが感じられて、身体全体がやたらと疲れている。とは言っても、何処か清々しい気持ちもある。
カオルは朦朧とした意識のままで、目を開けた。そこには横から自分を優しく見つめているシンジが居た。
「おはよう」
「……おはよう。そうか、あたしは気絶して寝ちゃったのね。……腕枕をしてくれたの。痛くは無い?」
「ああ。このくらいは大丈夫さ。身体の調子はどう?」
「まさかタブリスであるあたしが、此処まで圧倒されるとは思わなかったわ。まったく、あなたは疲れを知らないの?」
「ボクだって疲れたよ。でも十分に満足しているさ。カオルは素晴らしい女の子だよ」
「……ありがと。これで知りたかった事も経験出来た。気持ちも良かったし、満足しているわ。
でもあなたは他のリリンとは違うわね。どういう事なの?」
「何処が違うと感じるの?」
「あなたの身体からは普通のリリンでは有り得ない程の力を感じたわ。身体を合わせて初めて分かった。
リリンとは別の何かがあなたの中にあるはずよ」
「正解。でも内緒にさせて貰うよ」
「……男もミステリアスな方が魅力があるわね。本当に好きになりそうよ。あたしはあなたに会う為に生まれてきたのかも知れない」
「好きになってくれて、一緒に暮らす気は無いの?」
「ネルフに戻ってから考えるわ。そうそう、あたしが呼んだら直ぐに来てね。そうしたらサービスするわよ。
もう少し休むけど、ネルフに送ってくれるんでしょう?」
「他の人にね。申し訳無いけど、ボクが生きている事はまだ内緒にして欲しいんだ」
「……良いわ。誰にも言わない。約束するわ。ネルフと言えば、一緒に来た葛城さんはどうなったの?」
「自宅に送り返しておいたよ。だから心配する必要は無い」
「なら良いわ。さて、シャワーを借りるわね。シンも一緒にどう?」
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アーシュライトに頼んで、女性職員を付けてカオルをネルフに送り出した後、シンジはミハイルと連絡を取っていた。
「やっと戦線復帰が出来たよ。そっちも大変だったね」
『まったくだ。シンが不在で小惑星の制御が大変だったんだぞ。まあ、成功したから良かったがな』
「あれはかなり前から準備していたからね。でも、まだ第二段階と第三段階の作戦が残っている。それに、その後もね」
『頭が痛くなる事ばかりだ。それで切り札の方の準備は?』
「今は超特急で工事を進めている。間に合うかは微妙かな。でも、何とかするよ。オペレータはミーシャ達にして貰う予定だよ」
『分かった。でもシンが生きていた事はまだ伏せておくんだろう』
「ゼーレが核ミサイルまで持ち出してきたからね。まだボクが死んだと思ってくれている方が邪魔は入らない」
『それもそうだな。隕石衝突回避作戦の第二段階と第三段階の指揮は私が執る。シンは切り札の準備と、こちらのフォローを頼む。
それとゼーレ対策もあるんだろう。そっちはどうなった?』
「補完計画の阻止の方は、治療の為にほとんど進んでいないよ。もっとも、いざとなれば力ずくかな。
依り代の女の子は一応は手助けしたけど、後は放置。此処までくれば儀式に使う弐号機を破壊しても良い。
ゼーレの量産機も最悪の時は全て消滅させるか、以前に使った使徒細胞を捕食するアンチ使徒ウィルスを使っても良い」
『放射能を撒き散らすあれか。いざとなれば、放射能除去装置を使えば良いか』
「最後の使徒も、もう直ぐに現われる。どうなるか分からないけど、そちらも大詰めだよ」
『いよいよ気は抜けなくなったな。分かった。シンも頑張れよ』
シンジは最後の使徒であるカオルと会った事は話さなかった。これからどうなるか、シンジにも分からない。
でも、カオルについては身体を合わせて事もあって、何とかなるのではと考えていた。
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カオルは第三新東京の爆発の跡地に来ていた。何故か右手を腰に当てて、擦っている。どうやらまだ、腰が痛いらしい。
だが、表情は真剣だった。これから始める事を決意した事もある。
「人は無からは何も造れない。人は何かに縋らなければ何も出来ない。人は神では無いものね」
(でも、彼は違う。リリンでは無い別の力を持っている。もっと知りたくなったわね)
カオルの独り言を受けてか、カオルの周囲に次々にモノリスが浮かび出した。
『だが、神に等しき力を手に入れようとしている男がいる』
『我等の他に、再びパンドラの箱を開けようとしている男がいる』
『其処にある希望が現われる前に、箱を閉じようとしている男がいる』
「希望? あれがリリンの希望なの?」
カオルは少し顔をあげて、僅かに侮蔑の視線を込めた視線でモノリスを見つめた。
『希望の形は人の数ほど存在する』
『希望は人の心の中にしか存在しない』
『だが、我等の希望は具象化されている』
『それは偽りの継承者である黒き月よりの我等の人類。その始祖たるリリス』
『そして正当な継承者たる失われた白き月よりの使徒。その始祖たるアダム』
『そのサルベージされた魂は、君の中にしか無い』
『だが、再生された肉体は既に六分儀の中にある』
(シンの父親か。あの人も別の何かを考えていると言うの)
『だからこそ、おまえに託す。我等の願いを』
そう言ってモノリスは姿を消した。
「分かっているわよ。その為にあたしは今、此処にいるのだから。しかし、シンにも困ったものね。
まだ痛くて、歩くのが少し辛いのよ。まったくリリンの一人に過ぎないのに、驚愕に値する人ね」
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カオルの状況をミサトは遠く離れた場所から100倍ズームの望遠鏡で見ていた。カオルには何やら事情があると思っている。
そのカオルが朝帰りして、すぐに本部から出て行くとは何か理由があると思っての事だった。
だが、カオルを観察しても何も出ては来なかった。
「駄目だわ。此処からじゃ唇の動きが読めない。それにしても【HC】から朝帰りして、独り言を言う為に散歩とは危ない娘なのかしら?
何か歩き辛そうだったし、腰痛持ち? 昨日はそんな素振りは無かったけど。……まさか【HC】で初体験!?」
ミサトがカオルを見ていると、カオルは振り向いてミサトと視線が合ってしまった。ミサトは慌てて望遠鏡を外した。
「気付かれた!? ……まさかね」
ミサトとカオルの場所はかなり離れていた。普通の人間では気付く事も出来ないはずだ。
釈然としない気持ちであったが、ミサトは車に乗って移動を始めた。
運転しながらも昨日の加持との行為の為に、腰の痛みを感じるミサトであった。
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ミサトからの視線が外されたのを感じて、カオルは溜息をついてから独り言を呟いた。
「全てはリリンの流れのままに」
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ミサトは日向と郊外で待ち合わせしていた。此処なら耳を気にする必要は無いだろうと考え、日向に報告を求めていた。
「どう? 彼女のデータを入手出来た?」
「これです。マヤちゃんから無断で借用したものです」
「済まないわね。泥棒みたいな真似ばかりさせて……何、これ!?」
「マヤちゃんが公表出来ない訳ですよ。理論上は有り得ない事ですから」
「そうね。……謎は深まるばかりだわ。EVAとシンクロ率を自由に設定出来るなんて。それも自分の意思で。
またも形振り構ってらんないか」
カオルに謎があるのは分かっているが、それが何なのかは分からない。ミサトは眉を顰めたままだった。
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カオルは弐号機の格納庫の前に立っていた。手は腰に当てており少し歩き辛そうだったが、表情は真剣であった。
「さあ、行くわよ。おいで、アダムの分身……そしてリリンのしもべ」
そう言ってカオルは一歩踏み出した。だが、LCLの中には落ちずに空中に浮いている。青いロングスカートが微かに揺れた。
その状態で数メートル浮くと、エントリープラグの挿入されていない弐号機の目に光が灯った。
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弐号機が勝手に動き出した事で、ネルフ本部内に警報が鳴り響いていた。
「EVA弐号機、起動!」
「そんな馬鹿な!? アスカの居場所は分かったの!?」
「いえ、まだ不明です!」
「じゃあ、一体誰が!? まさかセブンスのあの娘なの!?」
「無人です! 弐号機にエントリープラグは挿入されていません!」
全然想定していない事態に、第二発令所は大騒ぎになっていた。
(誰もいない……セブンスの彼女じゃ無いの……)
その時、モニタの表示に変化が生じた。それを見た日向が顔色を変えていた。
「セントラルドグマにATフィールドの発生を確認!」
「弐号機!?」
「いえ、パターン青! 間違いありません! 使徒です!」
「何ですって……」
ネルフのEVAは弐号機のみ。その弐号機は使徒に乗っ取られたと言うのか!? ミサトの顔には絶望の色が浮かんでいた。
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カオルは弐号機と一緒にセントラルドグマを下降していた。
本来ならカオルのスカートが捲くれ上がるはずだが、僅かに揺れているだけだ。カオルは笑みを浮かべていた。
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「使徒!? あの少女が?」
第二発令所は大騒ぎになっていた。使徒がいきなり現われて、弐号機と一緒にセントラルドグマを下降中なのだ。
しかもそれを追撃出来るEVAは無い。だが、破滅の時を少しでも伸ばそうと足掻き続けていた。
「駄目です。リニアの電源は切れません!」
「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖! 少しでも良い。時間を稼げ!」
冬月の命令でセントラルドグマの全隔壁は次々に閉鎖された。
だが、使徒を殲滅出来る弐号機は奪われてしまったので、所詮は時間稼ぎにしか過ぎない。
「まさか、ゼーレが直接送り込んでくるとはな」
「老人は予定を一つ繰り上げるつもりだ。我々の手で」
「しかし、どうする!? 弐号機は奪われている。我々に打てる手はないぞ!」
「…………」
アスカが居なくてもダミープラグを使えば最後の使徒は殲滅出来ると考えていた。
だが、その肝心の弐号機が奪われてはネルフの対応策は無い。ゲンドウと冬月の顔には、脂汗が滲んでいた。
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コウジは駅の近くのベンチで、アスカは今まで住んでいたマンションを出たところで気絶させられ、拉致されていた。
二人は一室に閉じ込められていた。ドアには鍵が掛かっているが、寝室やトイレ、浴槽もあり、拉致してきた人間は二人に危害を加える
気は無いらしい。まだ、どうなるか分からなかったが、直ぐに危険でも無いだろうと二人は安心していた。
「あたしが此処に戻るって言わなければ、こうなる事は無かったのよね。ごめんなさい」
「アスカが謝る事じゃ無いさ。それに二人して拉致されたけど、まだどうなるか決まった訳じゃ無い。
どれくらい此処に居なければ為らないのかな。今日にでも戻らないと、恐らく父さんが捜索願いを出すだろう」
「携帯電話は取り上げられたしね。外とは連絡がつかないわ」
「問題は何時まで此処にいるかだな。まあ、アスカと二人きりなのは嬉しいが、監視されている中じゃあする事も出来ないのは悔しいが」
「あたしもコウジと一緒なのは良いんだけど……ベットがシングル二つじゃ無くて、ダブルベット一つってどういう意味なの!?
まさか、ここの人達はあたし達の事をそこまで知っているというの!?」
「ま、まさかね……」
自分達の関係を他の第三者にも知られていると言うのか!? 一瞬、二人の顔は真っ赤になった。
その時、壁のスピーカから中年の男の声が流れ出した。
『その通りだ!』
「何だって!?」 「どういう事よ!?」
『まずは落ち着き給え。我々は君達がどういう関係にあるかを知ってはいるが、邪魔や危害を加える気は無い。
若い二人だから、寧ろ好きなだけやって良いと考えている。我慢するのも身体に悪いだろうからな。おっと話しがそれたな。
君にセカンドチルドレンとして、ぜひとも頼みたい事があるのだ』
「あたしは弐号機のパイロットは辞めたの。カオルが新しい弐号機のパイロットよ! あたしはもうお役御免なのよ!」
『その渚カオルが問題なのだ。彼女が最後の使徒だったら、どうする? 君が逃げれば弐号機を動かせる者はいなくなる。
サードインパクトが発生しても良いと言うのかね? その彼氏と幸せな生活を送りたくは無いのかね?』
「カオルが最後の使徒!? 嘘もいい加減にして! そんな事がある訳無いでしょう!」
その時、アスカの聞き慣れた非常警報が鳴り出した。それを聞いたアスカの顔色が変わった。
「これは非常警報!? ここはネルフ本部なの!?」
『そうだ。早速、動き出したようだな。復活した今の君なら、弐号機を動かせるだろう。
人類の為に、彼女を殲滅して欲しい。人類の為が嫌だと言うなら、隣の彼氏の為でも良い。それとも大事な彼氏が死んでも良いのかね?』
「あ、あたしが弐号機に乗って、カオルを殲滅する。カオルが使徒……そ、そんな事……信じられないわ!」
『事実だ。認め給え。すぐに弐号機に乗って『ちょっと待て! タブリスは弐号機を持ち出したぞ!』 何だと!?』
『何でタブリスが弐号機を動かすんだ!? これではタブリスを殲滅出来ないぞ!』
『ま、まさかこちらの思惑を悟って、わざと弐号機を持ち出したのか!?』
『拙い! 拙いぞ!! 上に直ぐに連絡しろ!!』
スピーカからは複数の慌てた声が流れていた。カオルが弐号機を持ち出した事で、アスカとコウジを拉致した組織の目論見はずれた。
弐号機がカオルによって動かされているのであれば、アスカは何もする事が無い。
スピーカから流れてくる声は、コウジとアスカに脱力感を齎した。カオルが使徒だと信じられない事もある。
二人は同時に溜息をついて、そして抱き合って事態を見守る事にした。お互い相手の体温を感じて、何故か二人に不安は無かった。
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薄暗い部屋で、十二個のモノリスが空中に浮かんで話していた。
いよいよ、第十七使徒:タブリスが行動を起こす時なのだ。これがクリア出来れば、その時こそが補完計画の発動が出来る状態になる。
『人は愚かさを忘れ、同じ過ちを繰り返す』
『自ら贖罪を行わねば人は変わらない』
『アダムや使徒の力は借りぬ』
『我々の手で未来へと変わるしかない』
『弐号機による遂行を願うぞ』
『ちょっと待て! 今、連絡が入ったが、タブリスは弐号機を持ち出したらしい!』
『な、何だと!? それではタブリスを誰が殲滅すると言うのだ!?』
『確かにタブリスならば弐号機でも操れる。拙い! これではタブリスを殲滅する手段が無い!』
『量産機は時間的に間に合わない! 残るは初号機だがパイロットが居ない。どうする!?』
『あそこにあるのがリリスと分かれば、アダムを探し出す為に無差別攻撃を仕掛ける可能性もある。アダムが見つかったら終わりだ!』
『落ち着け! まだタブリスによるサードインパクトが起きると決まった訳では無い! まずは落ち着け!』
カオルがターミナルドグマに向かうのは、分かりきっていた事だった。そして弐号機を使ってカオルを殲滅する予定であった。
その為にES部隊でアスカを監視して、コウジとの情事の邪魔はしなかった。逆にアスカの復活を待ち望んでいた。
だが、弐号機をカオルに奪われたとなると、前提条件が崩壊する。今のゼーレに打てる手は無かった。
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ネルフから発せられた使徒情報は【HC】にも自動伝達されていた。
だが、既に【HC】に戦力は無かった。初号機はあるがパイロットがいない。今の人類に残された対使徒戦力は弐号機だけだった。
実際には違うが、不知火はそう判断していた。
衛星軌道からの映像を見ても使徒らしき存在は確認出来なかった。ならば、以前にもあったようにネルフ本部内に忽然と出現したのか?
どうせネルフに訊ねても、まともな答えが返ってこない事は分かっていた。それならば、【HC】として何もする事は無い。
そう判断した不知火は、第一種警戒体制を命じただけだった。
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セントラルドグマへの隔壁は、弐号機によって次々に突破されていった。
カオルはこれを予想して、弐号機を奪ったのだろうか? だとしたら、深慮遠謀タイプかも知れない。
「装甲隔壁はEVA弐号機により、突破されています!」
「目標は第二コキュートスを通過!」
オペレータの報告にもゲンドウは指示を出す事は無かった。いや、戦力が無くて指示が出せないのだ。
隔壁を閉じた今、カオルを殲滅する戦力は無い。このまま、見守るしかネルフには出来ないのだ。
(しかし、使徒は何故弐号機を!?)
「もしや、弐号機との融合を果たすつもりなのか?」
「或いは、破滅を導く為か」
使徒ならば態々弐号機を持ち出さずともターミナルドグマに達する事が出来るだろう。それなのに何故、弐号機を持ち出したのか?
ゲンドウと冬月には使徒……カオルの考えが読みきれなかった。
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ネルフ本部内の使徒検知の情報は、亜空間盗聴システムによってシンジにも届いていた。
そして、その報を聞いたシンジは深い溜息をついていた。
(昨日の今日でもう動くのか。せっかちだな。もう少し、考える時間が欲しかったんだけど、此処までくれば動かざるを得ないか。
初号機は時間的にも無理だ。それなら装甲スーツで転移するしか無い。弐号機を持ち出しているから、武装は最大レベルだ。
最悪はセントラルドグマが壊滅する。まあ、それもありか。何なら、弐号機を破壊しても良いだろう。
呼んで直ぐに行ったらサービスしてくれるって言ってたな。さて、どんなサービスをしてくれるのか楽しみだな。朝の続きかな?)
シンジはそう判断して、早速装甲スーツを身に付けて、許容出来る最大レベルの武器を用意した。
『天武』は亜空間制御機能の実験用の機体であり、『対外的に見せる為の機体』でもあった。自然と武装もそれなりのものであった。
もちろん、オーバーテクノロジーが使用されてはいるが、見られる事でゼーレ側の危機意識を誘発するような武装は付いていない。
だが、今シンジが身につけている装甲スーツは、単純に使う為に製作されたものだった。
余人に見せずにシンジが使う為に製作された物。目的は敵を殲滅する事。見た者は全て消す事を前提にしていた。
そこには見られて困るという考え方は無かった。あくまで目的を叶える為の最大限のテクノロジーが注ぎ込まれていた。
全長は約二メートル程度の紫色の鎧だ。全身が鎧とシールドで覆われており、宇宙や水中での活動も可能。
エネルギー供給は亜空間を通じて転送され、動力源は持っていない。それ故に、このサイズに納まっている。
腹部に重力制御装置、背中に推進器を内蔵する事により、空中での高速な移動が可能。そして防御用のシールドも展開出来た。
右腕の部分には高出力な粒子砲が組み込まれており、遠隔操作可能な自動攻撃ビット(武装は粒子砲のみ)を六基制御が可能。
高周波ブレードを装備。極めつけは、左手の部分に組み込まれたサ○コガンのシステムだ。
シンジは核ミサイル攻撃を受けて生き延びたが、その時に左手は失われた。同時にブレスレット型のサ○コガンも失われた。
それをカバーするものが、装甲スーツに組み込まれたサ○コガンであった。威力はシンジの精神力で左右される。
そして出力は、以前の左手に装着していたものとは比べ物にはならない程強化されていた。
設計コンセプトは、高速移動、そして圧倒的な破壊力による一撃必殺。一対多の戦闘を想定した装備をしている。
亜空間で試験運用はした事はあったが、実戦で使うのは初めてだ。
準備が出来たシンジは、真剣な顔でターミナルドグマに転移した。
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カオルは弐号機と一緒にターミナルドグマに続く縦坑を降下していた。
「シンも来るのが遅いわね。やっぱりサービスは止めようかしら」
カオルはシンジと身体を合わせた事もあり、秘められた力を察していた。その為にシンジが来る事は疑ってはいなかった。
昨晩と朝の出来事を思い出して顔を赤らめたが、カオルの顔には笑みと期待するような表情が浮かんでいた。
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カオルの座標はリアルタイムでは分からなかった。その為、シンジが転移した場所はカオルのかなり上の方になってしまった。
そしてそのシンジの転移はネルフでも察知されていた。もっとも、エネルギー反応だけで映像データは無かった。
「正体不明のパターンイエローを検出。現在、ターミナルドグマに続く縦坑を下降中です。使徒に向かっています!」
「パターンイエローだと!? 何者なのだ!?」
「今までに無いパターンです! 現在第四層です。使徒と接触します!」
いきなり出現したパターンイエローが何なのかは誰にも分からない。
だが、このタイミングでターミナルドグマに出現する存在が、使徒によるサードインパクトを見過ごす事は無いだろう。
第二発令所の職員には出来る事は無かったが、パターンイエローに微かな望みを見出していた。
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シンジはカオルを追って、縦坑を降下していた。そして終に弐号機が見えた。
「いた!」
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カオルは何かが接近するのを感じていた。正体は不明だが、このタイミングで自分を追ってくるのはシンジしかいないと思っている。
それに気付いたカオルは笑みを浮かべていた。
「待っていたわ、シン」
「カオル!」
装甲スーツの顔面の部分を開けて、シンジはカオルに話しかけた。お互い、空中に浮きながらだ。
「昨日の今日でもう動くのか。随分とせっかちさんだな」
「やっぱり来てくれたのね。待ち草臥れたわよ」
「これでも直ぐに来たつもりなんだけどな。サービスはしてくれるんだろう」
「遅れたから、少し考えさせて貰うわ。邪魔はしないでくれると嬉しいんだけど?」
「邪魔ねえ。今朝の続きがしたいのなら、はっきり言ってくれれば良いのに」
「確かにあれは気持ちが良いものだったわ。でも、それとこれは別よ。あたし達使徒は、アダムに還らなければならないの。
その邪魔は誰にもさせない。御大層なものを持ち出したみたいだけど、それがあたしに通用すると思っているの?」
「見た目で判断はしない方が良いよ。これはボクの個人装備の切り札さ。それで君に勝ったら、朝の続きが出来るのかな?」
「何よ、あなたの方がしたいんじゃ無いの。そんなにあたしとしたいのなら、あたしを止めてみなさいよ」
カオルは笑みを浮かべていたが、目は真剣だった。そして弐号機を嗾けた。
弐号機はプログナイフでシンジに斬りかかった。だが、装甲スーツのシールドであっさりと防がれた。
プログナイフを持つ腕にさらに力を込めたが、シンジのシールドはびくともしない。シールド表面で火花が飛び散るだけだった。
シンジは弐号機を無視して、カオルを見ていた。
「EVAシリーズ。アダムより生まれし、人間にとって忌むべき存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン。
あたしには理解出来ないわ」
「まあ、利用出来るものは何でも利用しようとするのが人類だしね。確かに浅ましいと思う事はあるけど、これも人類の一面だよ。
それにボクの立場では、人類を絶滅させる訳にはいかない理由もあるのさ。それにしても弐号機を持ち出すとはね。
お蔭で、ネルフは大騒ぎだよ」
「EVAはあたしと同じ身体で出来ているわ。あたしもアダムより生まれしもの。
魂さえ無ければ同化出来るわ。この弐号機の魂は自ら閉じ篭っているしね」
シンジは弐号機に視線を向けて、シールドの展開を一部変更した。すると弐号機のプログナイフは滑って、カオルの方に向かった。
だが、弐号機のプログナイフもカオルの展開するATフィールドによって防がれてしまった。
「ATフィールドか」
「そう。あなた達リリンはそう呼んでいるわね。何人にも冒されざる聖なる領域。リリンも分かっているはず。
ATフィールドは誰もが持っている心の壁だと言う事を」
「誰もが持っているか。それで……」
シンジとカオルの会話とも呼べない話し合いは続いていた。
***********************************
『EVA弐号機、最下層に到達』
『目標、ターミナルドグマまで後20』
第二発令所でミサトはオペレータの報告を黙って聞いていた。正体不明のものが使徒を追っているが、どうなるか分からない。
だが、このまま使徒によってサードインパクトを起こさせる気は無かった。
日向の後ろに移動して、小声で指示した。
「正体不明のパターンイエローが消えて、もう一度変化があった時は……」
「分かっています。その時は此処を自爆させるんですね。サードインパクトを起こされるよりはマシですから」
「済まないわね」
「良いですよ。あなたと一緒なら……」
「ありがとう」
日向とて死ぬのは怖い。誰でもそうだろう。人は誰でも死を怖がり、生き延びようとする本能がある。
だが、サードインパクトが起こって全人類が滅亡するくらいなら、ネルフ本部を自爆させる事を躊躇わなかった。
それは個としての生存本能より、種としての生存本能を優先させた考えであった。
***********************************
弐号機は全力で攻撃していたが、シンジの展開するシールドは破れる気配はなかった。
そしてシンジとカオルは見つめ合いながら、縦坑をゆっくりと降下していた。
「定めね。人の希望は悲しみに包まれているわ」
「確かにね。人はお互いを殺し合い、そして助けあって生きてきた。矛盾した存在。
ある時は立派な人間でも、状況が変われば愚劣な行為を平気で犯す存在。
自分達と異なるという理由で、力無き存在を平気で殺す存在。
かと言えば、愚劣な行為を繰り返す犯罪者が、幼い子供を庇って死ぬ事もある不思議な存在。
全人類を見渡して、ボクが守りたいと思うような人間が何割いるのかと疑問に思う事もあるよ」
「そこに生きる希望はあるの? 他者を貶め、財産を奪い、そして殺し合う。そんな人類に希望はあるの?」
「適切な環境と教育。それらが全人類に平等に与えられたら希望はあるかもしれないが、そんな事は不可能だ。だから、足掻き続ける」
「進化の途中という訳ね。でも、今の人類の傾向を見ると将来があるのか、分からなくなるわ」
カオルは溜息をついて、一瞬目を瞑った。
***********************************
第二発令所を大きな揺れが襲った。オペレータ達はさっそく状況を確認した。
「どういう事!?」
「これまでに無い、強力なATフィールドです!」
「光波、電磁波、粒子も遮断しています! 何もモニタ出来ません!」
「まさに結界か……」
「目標、及びEVA弐号機、正体不明のパターンイエローの物体共にロスト!」
サードインパクトが起きるくらいなら、ネルフ本部を自爆させる覚悟だったが、これでは判断が出来ない。
あのパターンイエローの物体が何者の手によるものなのかは分からない。本当にサードインパクトは防げるのか?
今のミサトにその判断はつかなかった。
***********************************
弐号機は縦坑を抜けて、塩の山がある最下層エリアに水飛沫をあげて落ちていた。
だが、カオルとシンジは浮いたままだ。そしてカオルはシンジに背を向けて、アダムと思しき波動が感じられる場所へ移動を始めた。
シンジもカオルの後を追おうとしたが、弐号機が立ち塞がった。そこで初めてシンジは弐号機と正面から向き合った。
カオルは空中に浮いたまま、ヘブンズドアと呼ばれている場所に向かった。
途中、巨大なドアがあったが、カオルが視線を向けるだけでドアのロックが外れてしまった。
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カオルと弐号機、そして正体不明のパターンイエローの様子は分からなかったが、
有線で接続されているドアの情報は第二発令所でもモニタ出来ていた。
「最終安全装置、解除!」
「ヘブンズドアが開いていきます」
「……ついに辿り着いたのね。使徒が……日向君」
ミサトの意図を汲み取った日向は、顔を青褪めながらも頷いた。
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シンジはカオルが向かった先にあるものが、アダムでは無くリリスだと知っていた。
そしてカオルに真実を見せるつもりだった。そしてその後にカオルともう一度話し合いたいと考えていた。
まだ少し時間はある。そして邪魔な弐号機をここで始末するつもりで向き合った。
(弐号機を此処で壊せば、補完計画も実行出来なくなるな。好都合だ。遠慮なくやらせて貰おうか)
シンジは自動攻撃ビット六基を周囲に展開させた。そして右腕の高出力粒子砲の発射準備を済ませた。
そして準備が済んだ時、弐号機は飛び上がってシンジを真上から押し潰そうと試みた。その場所は降りてきた縦坑の場所だった。
シンジは弐号機に視線も向けずに、ただ右腕を上方に向けた。
そして右腕に装備されている高出力粒子砲からは、以前の第十使徒を消滅させたと同じぐらいのエネルギーの奔流が迸った。
そのエネルギーの奔流は弐号機のATフィールドをあっさりと突破して頭部を消滅させて、縦坑を上に目掛けて伸びていった。
そして周囲に展開された自動攻撃ビット六基の連続攻撃は弐号機の四肢を完全に破壊していた。
弐号機は満足な抵抗さえ出来ずに一瞬で沈黙してしまった。頭部と四肢を失った弐号機は、LCLの中に水飛沫をあげて落ちていった。
これで弐号機は無効化出来たと判断したシンジは溜息をつくと、カオルの後を追い出した。
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シンジの放った高出力粒子砲の砲撃は、ターミナルドグマから続く縦坑を伸びていき、そしてネルフ本部施設を直撃していた。
再び、第二発令所を大きな揺れが襲った。日向は自爆装置を動かそうとするのを中断して、原因の解析に入った。
「今度は何なの!?」
「ターミナルドグマから続く縦坑から何らかの攻撃が行われた模様です。ターミナルドグマで戦闘が行われていると推察されます!」
「戦闘が続いているの!? だったらまだ望みはあるの!?」
ミサトの疑問に答えられる人間は第二発令所には存在していなかった。
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コウジとアスカを拉致したES部隊のメンバーは、ゼーレの息の掛かった保安部の協力でネルフ本部内に活動拠点を構築していた。
タブリスを殲滅する時に弐号機にアスカを乗せる予定だったが、弐号機がカオルの制御下に入った為に目論みは潰れていた。
このままではタブリスによってサードインパクトが起こされてしまう。
そしてそれを防ぐ手段は無いと思われた時、正体不明のパターンイエローの反応を検出した事が第二発令所からの情報で分かっていた。
「ターミナルドグマでパターンイエローとタブリスが、戦闘を行っている可能性があるのか?」
「分からん。タブリスの強力なATフィールドでターミナルドグマの様子は一切不明だ。
だが、そのタブリスのATフィールドさえ突き抜けた攻撃があったのだ。可能性があるとしか言えないな!」
「しかし、一体何者なのだ!? いきなりパターンイエローが検出されたのだろう!?」
「それこそエネルギー反応しか検出していないからな。映像があれば少しは正体が分かるだろうが、今は何も分からん!」
「上には正直に報告するしかあるまい。まだタブリスによるサードインパクトが回避される可能性はあるんだ! 情報収集を怠るな!」
コウジとアスカを収容している部屋へのマイクはONしたままだった。
その為、二人はES部隊の慌てふためく会話を聞いていた。だが、二人に出来る事は何も無かった。
お互いを抱きしめ合い、状況の推移を見守っていた。
***********************************
薄暗い部屋で、十二個のモノリスが空中に浮かんで話していた。
一時期はタブリスによるサードインパクトの発生を防ぐ手段は無いと思われたが、突如現われたパターンイエローとタブリスが
戦闘を行っている可能性があるとの報告があがってきていた。
『正体不明のパターンイエローか。何者だ?』
『EVAならパターンオレンジだ。それとは違うという事は別の何かだ。可能性は【HC】、いや北欧連合しか無い』
『騎士か魔女が送り込んで来たとでも言うのか?』
『あくまで可能性だ。奴らは隕石衝突回避作戦で忙しいはずだが、ネルフにも目は届くだろう。奥の手を準備していた可能性はある』
『弐号機がタブリスに奪われて、当初の計画は瓦解した。癪に障るが、パターンイエローに期待するしかあるまい』
『仮にパターンイエローが破れれば、タブリスはあれがリリスである事に気がつくだろう。
そしてアダムを探し出して、サードインパクトが起きるか』
『まだそうと決まった訳では無い。どの道、今の我等ではタブリス殲滅を前提に動くしか無い。次の準備を急がせろ』
『それと情報収集もだ。パターンイエローがタブリスを殲滅した場合、補完計画の障害に為り得る。注意は怠るな』
***********************************
カオルは空中に浮いたまま、十字架に磔にされた白い巨人の前に来ていた。
「アダム。我等が母たる存在。アダムから生まれしものは、アダムに還らなければならないの? 人を滅ぼしてまで……」
此処まで使徒の本能に従って来たが、カオルの理性はこれから行う行為の正当性を疑っていた。
それはシンジと会い、話し合った事、そして関係していた事が影響していた。
確かに今の人類は幻滅する事も多く、将来性が危ぶまれる。だが、全員がそうでは無いというところが判断を複雑なものにしていた。
白い巨人を見つめていたカオルだが、ふと違和感を感じた。
「違うわ。これは……リリス! そうか、そういう事なのね、リリン」
カオルは一瞬驚いた表情になったが、直ぐに真顔に戻っていた。そこにシンジが到着した。カオルはシンジと向き合った。
笑みを浮かべながら、カオルはシンジに話し掛けていた。
「ありがとう、シン。弐号機はあなたに止めておいて欲しかったの。そうしなければ、彼女と生き続けたかも知れないしね」
「弐号機は倒した。それがアダムで無いのは分かったろう。アダムを求める事を諦める事は出来ないのかい?」
「あたしが生き続ける事が、あたしの運命だから。その結果、人が滅びてもね」
「運命か。人間が種として生き延びようとするのと同じ事だよな。諦めるのは無理か」
「だけど、このまま死ぬ事も出来る。生と死は等価値なのよ。あたしにとってはね。自らの死。それが唯一の絶対的自由なのよ」
「魂は輪廻する。此処で死んでも何時か再び甦るか。生と死は等価値だなんて、人間には言えないな。
でも、君は死ぬには惜しいと思っているんだ。前言を撤回して欲しいと思っているんだ」
「あたしの遺言だと思って。さあ、あたしを消して。そうしないと、あなた達が消える事になるわ。
滅びの時を免れて、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないのよ。そしてあなたは死すべき存在では無い」
「自らの運命を諦めて、ボク達人類に生き残る道を譲ってくれると言うのか……」
「あなた達には未来が必要よ。ありがとう。あなたに会えて嬉しかったわ」
カオルは笑みを浮かべながらシンジを見ていた。その表情にはどこか達観しているような趣があった。
シンジは装甲スーツを身につけて空中に浮いて、カオルと話していた。だが、シンジは覚悟を決めて、装甲スーツを外した。
そして普段着の姿になって、浮いたままでカオルの手の届くところまで近づいた。
「あの鎧みたいなもので浮いていたと思っていたけど、生身でも空中に浮かべるのね。まったくリリンにしては規格外も良いところだわ」
「ボクの身体はリリンだろうけど、魂は純粋なリリンじゃ無い。空中に浮かぶ事ぐらいは造作も無いさ」
そう言ってシンジはカオルを正面から強く抱きしめた。咄嗟の事にカオルは顔を赤らめたが、抵抗はしなかった。
カオルも両手をシンジの背中に回していた。
「早くしてくれないかしら。あなたに抱きしめられると決心が鈍るわ」
「今朝の続きをしたくなる?」
「ば、馬鹿! そんな事を言わないでよ!」
「少しボクに付き合って貰うよ」
そう言って、シンジはカオルと一緒に亜空間転送で別の場所に転移した。
そしてカオルにも知らせないまま、リリスを別空間に移していた。
***********************************
いきなりターミナルドグマに張られていたATフィールドが消失した事で、第二発令所は大騒ぎになっていた。
「ATフィールドが消失したって、どういう事!? 使徒は!? 弐号機は!? あのパターンイエローはどうなったの!?」
「不明です。弐号機は頭部と四肢を失って大破の状態ですが、使徒もパターンイエローも存在を確認出来ません!
爆発があった形跡もありません!」
「でも、地下のアダムの側まで行ってサードインパクトが起きなかったという事は、危機は回避されたと思って良いのね!」
「今のところは。としか言えません」
「分かったわ。直ぐに調査隊を向かわせて!」
結局、弐号機は大破になったが、サードインパクトは回避は出来た。だが、パターンイエローの存在は分からない。
相打ちになったのなら形跡はあるだろう。だが、爆発の形跡も無いとは、使徒とパターンイエローの戦闘はどうなったのか?
疑問は尽きる事は無かった。
今回の件について、疑念が解消出来なかったのはゲンドウと冬月も同じだった。
「あのパターンイエローの存在が使徒を殲滅したと考えるべきなのだろうが、何者なのだ?」
「我々以外に使徒戦に介入しているのは、北欧連合しか無い」
「隕石衝突回避作戦で大忙しだと思っていたが、介入する余裕があったという訳か。
しかし、使徒を殲滅出来る機動兵器を別に用意していたとはな。しかも、どうやってターミナルドグマに潜入出来たのか。
調査が必要だな」
「ああ」
予想外の事だったが、パターンイエローの為にタブリスによるサードインパクトは回避出来た。
ならば、ゲンドウの想定したサードインパクトの条件が揃った事になる。
そう考えてターミナルドグマのリリスのところに向かったゲンドウの目に入ったのは、リリスを打ち付けていた巨大な十字架のみだった。
リリス本体は消えうせていた。これでは禁断のアダムとリリスの融合を行う事は出来ない。ゲンドウの心に隙間風がふいていた。
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コウジとアスカを拉致したES部隊のメンバーも、第二発令所からの情報を受けて困惑していた。
「パターンイエローの存在がタブリスを殲滅したのか。タブリスによるサードインパクトが回避されたのは良い事なんだが、
原因を究明しておく必要があるな」
「ああ。ターミナルドグマに潜入出来る機動性。弐号機とタブリスを殲滅出来る性能。どれも脅威的だ。放置してはおけないな」
「そちらの調査はまずはネルフに任せよう。それと拉致した二人をどうしたものか」
「取り敢えずは上に報告してからだな。色々と聞かれては拙い事も知られてしまった。このままで解放という訳にもいくまい」
「おい! マイクのスイッチが入ったままだ! 今までの会話を全部二人に聞かれてしまったぞ!」
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薄暗い部屋で、十二個のモノリスが空中に浮かんで話していた。
既にパターンブルーの検出は無く、タブリスが消滅したとの報告は来ていた。
『パターンイエローがタブリスを殲滅したのか。その存在は捨て置けんな』
『機動性、戦闘能力。共に脅威に値する。天武以上だと思って良いだろう』
『そんな駒を用意出来るのは北欧連合ぐらいだ。魔術師が死んでも騎士が残っていたしな』
『次の隕石衝突回避作戦の第二段階までの時間は少ない。そう余裕があるとは思っていなかったが、やはり侮れぬ』
『セカンドは確保してある。弐号機は大破だが依り代としては使えよう。寧ろ戦闘能力が無いので手間が省ける』
『それと日本政府への手配だ。特別宣言【A−19】でネルフの名は地に落ちている。最終計画の発動も問題あるまい』
『ここまで来れば、量産機の完成を待って計画が発動出来る。長かった。これでやっと我々の崇高な計画が行える』
『その前にスペースコロニーを破壊する必要がある。あれを残しては計画に瑕がつく』
『その計画も準備中だ。まもなく発動出来るだろう』
この時点でリリスの消滅はゼーレにも伝わっていた。パターンイエローとタブリスとの戦闘の影響で消滅したのか因果関係は不明だ。
だが、ゼーレの計画変更した補完計画には支障は無い。量産機の完成を待って、補完計画が発動される手筈となっていた。
To be continued...
(2012.09.16 初版)
(あとがき)
カオルに関する後始末に関しては、ある程度は予想出来るでしょう。次話はその顛末になります。
それと最終計画の発動です。隕石の衝突回避作戦にどう絡めるか、頭を悩ませています。
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