第五十九話
presented by えっくん様
作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。
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復帰したシンジから最後の使徒が消滅した事が、ロックフォード財団と北欧連合政府に伝えられていた。
これで長かった使徒戦が終わった事になる。だが、まだゼーレの最終計画が残っていた。
その為に【HC】をどうするかに焦点が移り、その会議が北欧連合政府内部で行われていた。
「最後の使徒が消滅して、使徒によるサードインパクトの危機が去った事は喜ばしい事だ。だが、ゼーレは最終計画を実行するつもりだ。
各地でEVA量産機の建造が進んでいる。さて、【HC】をどうしたものか?」
「最近は不知火司令の精彩も無い。既に【HC】の役割は終わったのだ。速やかに【HC】を解散。
そして同盟国と友好国にも真実を伝えるべきだろう。それが隕石衝突に不安になっている世界に安心感を与える事になる」
「【HC】を解散すると、ゼーレにつけ入れられる危険性は無いのか?」
「次の使徒が現われれば【HC】を解散した事で責任放棄と言われるかも知れないが、それは無い。シン博士の保証付きだ。
万が一の場合があれば、シン博士が責任を持って対処すると言っている。大丈夫だろう。
それと組織を解散しても、基地保安部隊は残る。派遣していた航空隊はそちらに編入させる。機動歩兵と装甲歩兵も同じだ。
国連軍から出向していた部隊員が戻るぐらいで、基地の陸戦能力は低下するが最低限の防衛能力は維持出来る。
元々、対人戦闘能力は殆ど無く、対地攻撃能力が若干減るだけだ。【ウルドの弓】が健在である以上は、さほどの影響は出ないだろう」
「初号機はどうなるのか?」
「【HC】を解散する関係から、日本に残していても仕方が無い。最悪はゼーレの最終計画に使用される危険性もあるからな。
対外的にはシン・ロックフォード博士は死亡した事になって、操縦者が居ない事から解析を行う名目で我が国に搬入する。
博士から初号機を欲しいとの要望がある。所有権は国にあるが、唯一の操縦者でもあるし、功績に報いる事から博士に渡すつもりだ」
「使えない兵器を所有していても意味が無いし、シン博士の要望なら構わないだろう。賛成する」
「話を戻すが、零号機を失って初号機を我が国に搬入してしまえば、【HC】を存続させる意味は無い。速やかに解散させたいと思う」
「賛成だ」 「異議無し」 「良かろう」 「これであそこの基地機能は全て財団の管理になるのか。良いだろう」
ゼーレの妨害工作を警戒していた為に、未だシンジの生存の情報は公開されていない。だが、準備は着々と進められていた。
こうして最後の使徒の殲滅した事で、【HC】が解散される事が決定した。
発電施設としては稼動を継続しなくてはならない為に、基地保安部隊の戦闘能力は維持したままだ。
そしてシンジは別の思惑から初号機の所有権を欲しがっており、その希望は聞き入れられていた。
確かにS2機関を内蔵した初号機は脅威であり、個人所有させるには抵抗はあったが、巨大隕石の衝突の脅威が差し迫っている今、
そんな些細な事に拘る閣僚は居なかった。北欧連合政府がシンジを何処まで信頼しているかを、具体的行動で示す事も必要だった。
「対ゼーレ戦はどのような形で行われるのか?」
「今のところは不明だ。ただ、国内は戒厳令を布いている事もあって、ある程度の奇襲にも耐えられるだろう。
問題は同盟国や友好国だ。ある程度の被害は止むを得ないと考えている」
「先手は取れないのか? 先制攻撃が出来れば、こちらの被害が少なくて済むし、奴らの息の根を止める事も可能だ」
「口実が無いからな。こちらが先手を取れば、後世まで汚名を被る事になるだろう。第二次世界大戦の日本の二の舞は避けたい」
「奴らがどこから攻めるかだな。量産機の建造も最終段階に来ているとの情報もある。警戒体制を維持しなくてはな」
「量産機がネルフを目指すのは間違い無い。そちらへの監視体制は万全だ。問題はそれ以外の場所をどう攻めてくるかだ」
「こればかりは受身に回らざるを得ないか。隕石衝突回避作戦もあるしな」
対ゼーレ戦が行われる事は最初から想定していた事だった。この会議の出席者全員は未来で発生するであろう映像を見ていた。
だが、ゼーレがネルフだけを目標にするはずも無く、対立している自分達にも牙を向いてくる事は最初から分かっていた。
問題は何処から攻められるかだった。だが、現在の北欧連合は使徒戦以外の重要懸案も抱えている。会議の議題はそちらに移った。
「使徒戦の件はそれぐらいだな。隕石衝突回避作戦の状況は?」
「ドリルミサイルに核兵器を組み込み、既に宇宙船に搭載して迎撃ポイントに向かっている。三日後には作戦を実施する予定だ」
「第一段階の作戦は無事に成功したが、第二段階は各国の核兵器の起爆装置が上手く働くか不安が残る。TV報道はどうしたものか?」
「ミハイル君とも相談したが、第一段階を報道して第二段階を報道しないのは、世論を不安にさせる可能性がある事からTV中継は行う。
万が一でも失敗した場合のフォローの手段も用意してある」
使徒戦と巨大隕石の衝突回避作戦。どちらも失敗すれば人類は滅亡する。だが、使徒戦が一区切りした事は会議に出席している
メンバーに安堵感を与えていた。残るはゼーレと巨大隕石の件。出席しているメンバーは顔を引き締めて会議を続けた。
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人類補完委員会は最後の使徒が殲滅された事は公表しなかった。
ネルフ支持国の各国政府にその事実を通達すれば、量産機の予算を都合した整合性が取れなくなる為でもある。
だが、北欧連合はそんな委員会の都合など気遣う必要は無かった。既に最終的に対立する覚悟を決めて準備も整っていた。
その為に【HC】支持国へは最後の使徒が殲滅された事と、【HC】を解散する事を連絡していた。
もっとも、一般市民には使徒戦の事も伏せられていたので、世間一般には【HC】を解散する事だけが公表されていた。
この事でネルフ支持国の各国から補完委員会に真偽の確認要請があったが、委員会は沈黙を守っていた。
そして【HC】の解散の命令は不知火に伝えられ、既に職員は動き始めていた。
「【HC】は解散か。あの使徒警報は本当だったのだな。弐号機が最後の使徒を殲滅したのだろうか?」
「我々は対使徒戦力を失っていましたからね。弐号機しか使徒を殲滅出来なかったでしょう。あくまで推測ですが」
不知火とライアーンには、まだシンジの生存の情報は伏せられていた。
二人に伝えられたのは、単純に最後の使徒が殲滅されたから、【HC】を解散するという連絡だけだった。
不知火は使徒殲滅の詳細情報を求めたが、北欧連合政府は詳細は不明としか回答しなかった。
もし、次に使徒が現われた時は北欧連合が責任を持って対処するという事も伝えられていた。
不知火に不満はあったが、雇われ司令官である為に北欧連合を深く追及する事は出来なかった。
「北欧連合政府は、ネルフ内部の事をどうやって知ったのだろうか?
あの時、使徒警報は発せられたが、ネルフ内部だけで処理されてしまった。遠い地にある北欧連合が知るはずも無い事だと思うが?」
「それは私にも分かりません。ですが、中佐が亡くなっても本国にはまだ『騎士』と『魔女』がいます。そちらで動いたのでは?」
「その可能性は十分にあるな。まあ、良い。もう使徒が現われなくなったのは喜ばしい事だ。だが、まだゼーレは残っている。
ここで【HC】を解散しても良いのだろうか? 補完計画の阻止はどうするつもりだ?」
「中佐から見せられた映像では初号機が生贄になって儀式が行われていました。初号機を本国に送った関係から、最後のゼーレの儀式は
弐号機を使って行われる可能性が高いでしょう。それに今の【HC】は対使徒戦能力はありませんから、残しても大した事は出来ません。
ゼーレを放置する事は無いと思いますが、今の本国は隕石衝突回避作戦に全力を注がなくてはならない状態ですから」
「その辺りは北欧連合政府を信じよう。初号機は既に北欧連合に着いた頃か。国連軍の出向メンバーも既に引越しを始めている。
私は最後だが、古巣の国連軍に戻る辞令も受けた。君と一緒に仕事をするのも、後僅かだな」
「短い間でしたが、充実していた日々でした。私は基地保安部隊の司令として此処に残ります」
「頑張ってくれ。それと何かあったら直ぐに連絡してくれ。出来る限りは力になろう」
「ありがとうございます。不知火司令も中将に昇進と聞いています。おめでとうございます」
【HC】は解散するが、日本の電力事情の為に富士核融合炉発電施設は残して稼動を続けねば為らない。
ライアーンはその基地保安部隊の司令として、日本に残る事が決定されていた。(この機会に本国の妻子を呼び寄せていた)
その為にワルキューレや機動歩兵、装甲歩兵の戦力はそのまま残し、国連軍から出向で来ていた陸戦隊を含むメンバーは国連軍に
戻りつつあった。因みに、国連軍から出向で来ていたメンバーにはスペースコロニーへの優先移住権があったが、その権利を使う
メンバーは誰もいなかった。不知火も【HC】での戦功に報いる形で中将に昇進して戻る形になっていた。
もっとも、セレナを正式に籍にいれた関係から、独身用の官舎から家族用の官舎に変更になっていたが。
そして北欧連合が【HC】解散を発表して一週間後には、国連軍からの出向メンバー全員が原隊に戻っていた。
これにより、富士核融合炉発電施設内は完全に北欧連合のメンバーで占められる事となった。
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【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)
国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。
「此処で飲むのも今日が最後か」
「ああ。最後の使徒が殲滅されて、サードインパクトの脅威からやっと解放された。過ぎてみればあっという間だったな」
「犠牲も大きかった。中佐は核ミサイル攻撃で亡くなり、レイちゃんも零号機と一緒に自爆した。まだ十代の二人を死なせたと思うとな」
「それは分かる。尊い犠牲だと思うしか無いさ。それでもまだ巨大隕石の衝突回避作戦の成否も心配だ」
「あれも失敗すれば人類滅亡だからな。とは言っても俺達に出来る事は無い。ロックフォード財団に期待するしか無いさ」
「ロックフォード財団か。以前のTV報道で中佐が独力で隕石衝突回避作戦を進めていたと言っていたよな。
十四歳の中佐が独力で計画を進められる訳も無い。中佐のバックには何があったんだろうな?」
「さあな。今となってはそれも不明だ。スペースコロニー計画も中佐の独力で進めていたんだろう。
普通じゃ無いのは分かるが、俺達で事の真相を分かるはずも無い」
「初号機を北欧連合に搬送したんだよな。パイロット無きEVAをどうするつもりなんだ?」
「解析するとか言っていたな。何でも委員会の横槍が入ったが、北欧連合は無視したそうだ。
それでネルフ支持国と北欧連合の関係も悪化している。もっとも、隕石衝突回避作戦の邪魔は出来ないから抗議に留まっているらしい」
「やはり一波乱ありそうだな。古巣に戻っても平穏な生活は当分は無理か」
「まあな。今は半島が危ない状態になっている。俺達の出番があるかも知れないぞ」
「半島か。あそことは嫌な因縁があるな。まったく関わりたくも無い」
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ネットの某掲示板 (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)
『【HC】が解散したって、どういう事なんだ? サードインパクトの脅威から人類を守る為に設立されたんだろう』
『さあな。俺達庶民には知らされない何かがあるんだろう。とは言っても、富士核融合炉発電施設は今までどおりに稼動だ。
電気が止まる事は無いし、別に俺達の生活に問題は無いだろう』
『もう一つの特務機関ネルフはそのまま残っているんだろう? どういう事なんだろうな』
『あの特別宣言【A−19】でネルフの悪名が知れ渡っているからな。何か変な事をするつもりかも知れないな』
『うわあ。あの特別宣言【A−19】以上の事が起きたら、日本を逃げ出すしか無いよな』
『あれ以上の事は出来ないとは思うんだが、油断は出来ないな。その前に潰した方が良いんじゃ無いのか?』
『それより隕石衝突回避作戦の方が不安だ。第一段階は成功したけど、第二段階は成功確率が低いって聞いてるぞ』
『マジか!? TV中継するって言ってたな。本当に大丈夫なのか?』
『各国の核兵器の動作保証が無いからな。でも全部失敗とも限らない。第三段階で挽回出来るチャンスはあるのかな』
『ロックフォード財団に任せるしか無いんだよな。今は隣国の方も危なくなっている。そっちも心配だ』
『独裁国は深刻な飢餓が始まっているらしい。あそこは食料を独裁国に提供したが、足らないからもっと寄越せと言われている。
足らないと判断すれば、すぐに独裁国が食料や物資を求めて侵略戦争が始まるだろうな』
『あそこの政府が日本に食料の提供を要求したらしいが、日本政府は断ったそうだ』
『そりゃまあ、そうだろ。今の日本政府はあそこに歴史教育の変更と、今までの侮辱行為の正式な謝罪を強く求めているんだ。
それが為されない以上、日本があそこを支援する事は絶対に無い。あそこを無条件に支援しても、日本には何のメリットも無いからな。
日本からの要求を断って独裁国と単独で戦うか、日本の要求に従って支援を受けて戦うかのどちらかだ』
『どっちを選ぶかは、あちらの自由だ。日本に火の粉が飛んで来なければ、どうでも良いさ。彼らの判断を尊重しよう。
まったく、日本の大使館にトラックで突っ込んできたり、陛下に謝罪を要求したりして、本音を言えばもう関わりたくは無いな。
今まで世界一優秀な民族と言ってきたから、独力で何とか出来るはずだろう。この機会に是非とも証明するべきだな』
『日本人だって馬鹿な奴はいるけど、一定以上の立場の人間は発言をして良い内容と悪い内容を区別している。
好き勝手言ってるのは責任が無い奴が多い。日本で立場のある人間が暴言を吐いたら、あっと言う間に集中砲火にあって潰される。
でも、あそこは国のトップやら主要マスコミが率先して暴言を吐いているからな。それを批判する勢力は無い。
つまりは殆どの国民がその暴言を支持しているって事だ。そんな国と対等な友好関係なんて維持出来ると思うか?』
『一部には日本から宣戦布告するべきだとの意見もあるが、それは行き過ぎだろう。彼らにも権利はある。当然我々にもな。
お互いが納得出来ないなら、関係を絶つのもありだろう。隣国だからと言って、無条件に友好を深めなくてはならない事は無い。
以前のように友好に反するからと言って、一方的な彼らの要求を聞く事は無いさ。それが普通の外交ってもんだろう。
あそこの市民が可哀相な気もするが、それはあそこの政府が責任を持つべきもので、我々には関係が無いからな』
『既に、日本海から対馬海峡、そして東シナ海に戦自の無人偵察機の哨戒ラインが引かれている。
密入国者には容赦ない対応をしているってさ。仮に大量の難民が発生しても、日本には来れないだろう』
『そう言えば、大陸の方にも同じ要求を出していたな。あっちはどうなったんだ?』
『あっちは戦禍が迫っている事は無いから、あそこ程の切迫感は無いな。でも、政治交流は縮小されて、民間の経済交流も減少傾向にある。
途絶える事は無いだろうが、関係は冷えきるだろうな。既に国内の留学生やら労働者は大量に帰国を始めている』
『じゃあ、これからは大学の研究内容や企業秘密の情報漏洩が起きなくなるのかな?』
『さあな。ネットの世界なら距離は関係無い。それこそネットへの侵入は何処に居ても出来る。
北欧連合みたいに難攻不落のネットワークを構築しない限りは根絶は無理だろうな。
今からあそこのシステムに変えるのはコスト的に無理だな。それにあそこは輸出に消極的だしな』
『やだやだ。隣が馬鹿だと、こっちが迷惑するな。宇宙に行けばこんな煩わしさから解放されるかな?』
『宇宙に行ったって、隣と対立するのは十分考えられるけどな』
『財団の審査はかなり厳しいけど、日本からスペースコロニーへの移住は順調に進んでいるか。
マスコミの発表だと現時点で五万人が移住したと言っていたな。十分に日本人街を造れるな』
『はあ。俺も行きたかったな』
『何で応募しなかったんだ? 審査で落されたのか?』
『俺の住んでいる選挙区で当選した議員が馬鹿をやったんだ。俺はあいつには投票しなかったんだけどな』
『連帯責任ってやつか』
『これからは政治家を良く見てから投票する事にしたよ。マスコミの誘導に乗った為に、こんな結果になってしまったからな』
『当時の偏向報道に関わったマスコミ関係者のほとんどが地方に飛ばされているか、あそこの国に逃げ帰っている。
それで溜飲を下げるしかないさ。これからは他人の言う事を鵜呑みにせずに、自分の目で確かめて投票する事だな』
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ゲンドウのところへ、最後の使徒タブリスが消滅した件の調査報告書が届けられていた。
もっとも、ミサトが指示した調査隊はヘブンズドアの先には諜報部から制止された事もあって行けなかった。
その為、ミサトが指示した調査隊の報告書は弐号機の損傷関係、及びターミナルドグマの周辺設備の被害関係に関する報告書だった。
それに目を通した冬月は溜息をついて話し出した。
「弐号機は頭部が消滅。四肢も全て破壊されたか。コアは残っているが、もはや修理する事は予算的にも不可能だ。
そして破壊された痕跡から、粒子砲かそれに類似する光学兵器によって破壊された可能性が高いとある。
やはりあのパターンイエローは北欧連合の手によるものと考えた方が良さそうだな」
「最後の使徒が倒された事は良い。問題はリリスが失われた事だ。タブリスがリリスを吸収したとは考えられん」
「レイが失われた事が関係する事は無いのか?」
「…………」
ゲンドウは右手にアダムを宿していた。タブリスが消滅して条件が揃ったとしてアダムとリリスの禁断の融合を試みようとしたが、
リリス自体が消失していたのだ。これではゲンドウの目論見は実行する事が出来ない。
何故、リリスが消えたのか? その原因は不明だ。
だが、タブリスとパターンイエローの正体不明の何かが関係しているのは間違い無いと見ていた。
ゼーレの先手を取れると思ったが、これではゲンドウの修正計画は実行出来ない。
このままゼーレの計画する補完計画の実行を待つしか無いのか? ゲンドウは不安に揺れていた。
「このままではゼーレの老人達の良いようにやられてしまう。何か手を打たねばならん。北欧連合に協力を打診してみるか?」
「無駄だ。奴らは隕石衝突回避作戦で余力が無い。タブリス戦に介入する事が精々だったのだろう。
それに協力を打診するには情報を渡せねばなるまい。それは出来ない」
「ではどうする?」
「…………」
ゲンドウには初号機を【HC】基地から北欧連合に搬送する事も伝えられていた。
北欧連合に初号機の秘密が解析出来るとは思えなかったが、自分から遠く離れる事はゲンドウにとって認められる事では無かった。
だが、所有権は北欧連合にあり、抗議する事すら出来ない状態だ。強奪も考えたが、あの北欧連合がそれを許すとも思えない。
ゲンドウにあるのは、右手の魂が抜かれたアダムだけだ。もっとも、ゲンドウは右手のアダムに魂が無い事を知らない。
そして槍は無く、リリスもいない。この状態でどんな手が打てるのか? ゲンドウは静かに深く考え始めた。
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暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、暗い表情で話していた。
コウジとアスカを拉致したES部隊を指揮していたのはこの四人である。
タブリスは殲滅されたが、それは四人が計画したものでは無く、予測もしていなかった正体不明のパターンイエローによってであった。
その為、今後の最終計画の事もあって一度集まって善後策を協議していた。
「今回はタブリスが弐号機を持ち出したのは予想外の事だった。
危うく計画は失敗してサードインパクトが起きると思ったが、正体不明のパターンイエローに助けられた形になったな」
「ああ。折角復活したセカンドを用意したのに無駄になってしまったな」
「もっとも、セカンドを復活させたのは北欧連合だったけどね。まさかあんな乱暴な手段でセカンドを復活させるとは思わなかったわ。
まったく、女をどう考えているのかしら? 最悪はダミープラグでタブリスを殲滅する事を考えていたから偶然だったのよね」
「あの二人はどうする? 本当ならリリスから造られた初号機を儀式に使いたいが、北欧連合に持っていかれたから無理だろう。
既に何処に搬入されたかさえも不明だ。残されたのは弐号機だけだ。既に頭部と四肢は失われていて、起動さえも出来ないだろう。
セカンドを保護しておく必要はあるのか?」
「何とも言えんな。セカンドの価値は既に無い。かと言って、このまま釈放と言う訳にもいくまい。
セカンドとボーイフレンドは知り過ぎている。取り敢えずは、このまま保護で様子見だろうな」
「セカンドを探している二人組みの存在も報告されていたな。ES部隊の追撃から逃げ切った事もある。ただの人間では無いだろう。
北欧連合がセカンドを再び探している可能性はあるが、セカンドを保護しても何も使い道は無いのに、どんな魂胆があるんだ?」
「さあな。何れにせよ弐号機があの状態の今ではセカンドの価値は無いが、北欧連合に渡すのも問題はある。
かと言って処分するのも躊躇われるな。どうしたものか?」
「生かしておけば、使い道が見つかるかも知れんしな。そう手間な事では無いだろう。それより最終計画を急がなくてはな」
既に四人組は最後の使徒タブリスが倒されたとして、最後の計画の実施に向けて動いていた。
後は量産機が揃えば計画を発動出来る。だが、その前にもするべき事は山ほどあった。
「タブリスを倒したのはパターンイエローだ。正体は不明だが、北欧連合の手の者と考えるべきだろうな」
「ああ。最後の使徒が殲滅された事を知って【HC】を解散させた事から間違い無いだろうな。
あのパターンイエローはいきなりターミナルドグマに現われた。以前に話していた魔術師の空間転送技術が使われた可能性は高い。
そう考えると、魔術師が遺した何らかの技術集団が動き始めた可能性がある。騎士がどう絡んでくるかは不明だ」
「弐号機をあっさりと破壊。そしてタブリスとリリスまでも殲滅した事を考慮すると、放置して良い存在では無いな。
『天武』よりも脅威になるかも知れん。しかもそれが複数だったら、再生能力を持つ量産機でも危ない」
「やはり最終計画を発動させる前に、北欧連合に先制攻撃を加えて致命傷を与えておかねば邪魔が入るだろう。
とは言っても隕石衝突回避作戦を行わせてからだ。上からもそういう指示が来ている」
「準備は進めておこう。三日後には第二作戦が開始される予定だ。それによって第三段階の成功率が分かる」
「もし、第二段階の作戦が失敗し、隕石の衝突が回避出来ないと判断された時は、時間を置かずに補完計画を発動か。
その場合は量産機の準備が間に合わない場合がある。それでもやるしか無い」
「既に北欧連合の軍事衛星とスペースコロニーを落す準備は出来た。迎撃基地にはES部隊による強襲攻撃を行う。
それが成功すれば北欧連合は丸裸になる。そうなれば、残った弾道ミサイルで止めを刺せる。巡航ミサイルを併用すれば完璧だ」
「後は北欧連合の艦隊を始末すれば良い。既に我々の潜水艦隊の準備は出来ている」
「潜水艦隊は大丈夫か? 以前に魔術師を仕留めた時に、水深一千メートルの潜水艦を捕捉されていたんだぞ。
我々の潜水艦隊が殲滅される可能性も十分にある」
「確かに海中でのリスクはある。だが、北欧連合の本土が被害を受ければ、艦隊の影響力など高が知れている。
補完計画の邪魔にならなければ、生き残ったところで無用の長物だ」
「では、量産機の状況を確認しておこう。後は北欧連合の隕石衝突回避作戦の成功を待つだけだな」
「ああ。精々、我々の補完計画を遂行する為に、頑張って貰うとしよう」
ゼーレの方は補完計画に使用する量産機の完成を待つのみで、北欧連合へ先制攻撃する準備は整っていた。
隕石衝突回避作戦の状況が微妙に絡んでいるので、その発動タイミングを見計らっていた。
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アスカとコウジは最初はネルフ本部内の一室に監禁されていたが、タブリス殲滅を受けて何処かの山荘に移されていた。
周囲には他には家は無く、移動手段も無い。電話も無く、唯一TVだけが情報の入手手段だった。
此処に連れられてきた時は、誰も干渉しないから二人で自由にしてくれと言われ、定期的に食料や生活必需品の補給されていた。
最初は何処かで監視されているのでは無いのかと疑ったが、何処にもその兆候はなかった。
何時しか、アスカとコウジは監視されているかも知れないという事は忘れて、二人の爛れた生活を送るようになっていた。
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【HC】が解散した事を知ったミサトは、今後の対策をどうするかで悩んでいた。
(北欧連合は最後の使徒が倒されたとして【HC】を解散させた。という事は北欧連合は使徒の数を正確に知り、あの時のターミナルドグマの
状況を知っていたという事ね。そうなると、パターンイエローも北欧連合の手の者と考えるべきかしら。
加持の件もあるし、一度彼らと話し合いたいけど伝手が無いわ。でも、このまま放置して補完計画を実行させる訳にもいかない。
もう、どうすりゃ良いのよ!? アスカも行方不明だし、弐号機の修理は行わないってネルフの意味が無いでしょう!
国連軍に行っても、北欧連合に行っても門前払い。隕石衝突回避作戦で忙しいのは分かるけど、人の話しぐらいは聞きなさいよ!)
弐号機は頭部と四肢を失った状態で修理は行われておらず、ネルフの戦力は皆無に等しかった。
残るは外部の勢力の力を借りて、委員会の企む補完計画に対抗するしか無いとミサトは考えたが、ネルフに協力するような組織は無かった。
今までの使徒戦で国連軍や戦自と協調した事は無い。特務権限に胡坐をかいて、命令しただけであった。
しかも特別宣言【A−19】の為に、ネルフの信用はほぼゼロに近かった。これでは他の組織がネルフに協力が出来るはずも無かった。
本命は北欧連合だろうが、隕石衝突回避作戦で忙しく、話し合う伝手さえ持っていない。
ネルフ内部にミサトが相談出来る相手は居なかった。その為、ミサトは一人悩んでいた。
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「うわぁぁぁ、凄い眺め!」
「プラネタリウムみたい!」
「馬鹿だな。これは本物だぞ」
「あっ、地球が見える。地球って宇宙から見ると、あんな風に見えるんだ。前に見たTVと同じだ」
「あっちにはこれと同じスペースコロニーが見えるよ。このスペースコロニーはあんな形になっているんだね」
「ねえ、後で無重力体験ゾーンにも行ってみようよ」
「そうだね。じゃあ次はあそこで遊ぼうか」
スペースコロニーの展望台は一般公開されており、居住する子供から大人まで自由に出入りが出来た。
約三百人が入れるその展望台からは、宇宙の星々や地球、そして同型であるスペースコロニーも肉眼で見る事が出来た。
もっとも、同じ光景を何度も見ると飽きてくる。
移住直後は大人気であったが、最近の展望台を訪れる人々は移住してきたばかりの人達になっていた。
「へえ。これは凄い眺めだな」
「住居も若干の狭さを感じるが、まあ不便は無いな。食料も豊富だ。部屋に居ると宇宙にいる事を忘れる時があるよ」
「まったくだ。偶にはこうやって宇宙にいる事を実感しないとな。それにしても地球で不安定な生活を送っていたのが嘘みたいだ」
「でも、食料は結構豊富だけど、香辛料の種類が少ないのは困るわ。一応、改善要求は出しておいたけど、どうなるかしら?」
「あんまり贅沢は言うなよ。結構、このスペースコロニーは突貫工事で建造されたんだぞ。そこまで行き届かない事もあるさ」
「食料不足に為らないだけでも有難いと思うべきなのか?」
「上下水道の整備も問題無いし、緑も多い。結構住み易い環境だと思うぞ。
今、準備している生産工場の稼動が始まれば、もっと暮らし易くなるさ」
「遊園地も準備中だったな。あれが出来れば、子供を連れて遊びに行かなくちゃな」
「学校は各エリアで運営されているけど、元の出身国別でクラスは別れているのよね。今のところは順調に運営されているわね」
実際にゼーレの諜報員の何人かは移住民に紛れ込んでいた。(ES部隊員はDNA検査で全員が落ちていた)
もっとも、電子データ送信は出来る環境は無く、外部との連絡手段は電話による会話だけだった。
そして彼らはスペースコロニーの様子を電話で親族を装った仲間に連絡していた。
その会話の中には、展望台から地球が見える事等のスペースコロニーの位置を示すような情報も含まれていた。
そして展望台から見えるのは、肉眼では無く撮影されたリアルタイム映像を映しているという事が一般に知られる事は無かった。
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ある地下の大きな部屋で秘密会議が行われていた。出席者は某国の良識派と呼ばれる政治家五人と、急遽招かれた軍の幹部三人である。
良識派の政治家五人の意識統一は出来ていた。これから軍の幹部に協力を要請するところだ。
軍の幹部も困難な今の事態にどう対応するか、頭を悩ませていたところだ。
内密の話しがしたいと呼ばれてきたが、この会議で何が決まるのか? 藁をも掴む思いで軍の幹部は会議に臨んでいた。
「我々から軍部への協力要請の内容については後に回したい。まずは軍事的状況を説明して欲しい」
「……分かりました。まずは北は我が国との境界ラインに各師団を集結させています。恐らくは、その後方には我が国の首都を射程圏内に
入る超距離砲も射撃準備に入っているでしょう。我が方も部隊を集結させていますが、陸上部隊の規模はあちらが上です。
それに首都への砲撃は避けられないでしょう。食料や弾薬の備蓄も多くはありません。開戦したら、二週間で備蓄は切れます」
「我が国の航空部隊は優勢なはずだ。それで食い止められないのか?」
「確かに装備は我が軍の方が優れていますが、稼働率が悪く配備数も多くはありません。北もある程度の対空ミサイル装備を持っていますから
それなりの損害が出ると予想されます。正直に言って、侵攻速度を遅らせる事は出来ますが、阻止する事は不可能です」
「となると、早めに首都を放棄して、国民を南に避難させる必要があるという事か。以前の計画通りという事か」
「その通りです。兵器の質では我が軍が完全に上回っていますが、陸上部隊の規模の違いから数の暴力で潰されます。
他から支援が無ければ、我が軍は実際に消滅します。政治的な問題がある事は承知していますが、日本に支援を要求は出来ないのですか?」
かなり前から両軍の戦力比較は行われていた。
そして侵攻が行われた場合は首都は陥落するが、他からの支援を受けて反撃する計画が立てられていた。
だが、実際には支援してくれる勢力が無ければ、絵に描いた餅に過ぎない。それが現実だった。
単独で迎撃すれば、間違いなく磨り潰される。如何に兵器の質が上回っていても、弾薬が尽きれば無用の長物に過ぎない。
それを軍の幹部達はしっかりと認識していた。それは良識派の政治家も認識を共有していた。聞いたのは念の為である。
そして良識派の政治家の一人は疲れた表情で、現在の政治問題を語り始めた。
「量は多くは無いが、あそこには食料を提供して協議を打診している。
もっとも、追加の食料支援を強硬に要求されているが、世界的に食糧不足の傾向があるから他国からの購入も難しい状態になっている。
つまりはあそこの侵攻は確実に行われるという事だ。この状態で日本に支援を要請したが、ある条件を履行する事が前提だと回答があった」
「……どんな条件ですか?」
「我が国の国史が捏造されたものである事を国内外に正式に認め、今までの日本に対する証拠無き誹謗中傷行為の謝罪と賠償をする事を
求められている。これが為されない場合は、日本は我が国に一切の支援を行わないし、国交を断絶する事を仄めかしている」
「何ですって!?」 「そんな横暴な!」 「政府はどうするつもりですか!?」
「静かにしたまえ! 君達三人は我が国の真実を知っているだろう。その上で聞く。
日本の要求を断って単独で戦うか、日本の要求を呑んで支援を受けるかだ。勿論、今までの国史が捏造されたものである事を正式に
発表しようものなら、民族強硬派の強硬な反発があるだろう。民衆の大暴動が起きるだろう。だが、生き延びるチャンスは出来る。
今までの我々の増長行為の為に、支援してくれるような関係の国家は他には無い。さあ、君達はどちらを選ぶ?」
プライドを守って孤立無援で戦って国を滅ぼすか、プライドを捨てて支援を受けるかの二択を迫られていた。
もっとも、外交部門を独占している民族強硬派は日本の要求などに従う気は無く、強硬に日本に抗議しているだけだった。
デモ隊も北の脅威より、日本に対する抗議デモに熱中していた。今までの教育結果からの必然とはいえ、亡国の道を歩んでいた。
これを憂いたのが少数ではあるが、政府の良識派のメンバーだ。そして軍を味方につけようと、状況改善に向けて行動していた。
勿論、こんな重要な事を即決出来るはずも無かった。軍幹部の三人は苦渋の表情を浮かべていた。
「……そ、それは……」
「…………」
「……今はあそこに備える事を優先すべきです。
最終的に真実を国民に知らせる必要はあるでしょうが、今それを実行したら国内が混乱するだけです。
何とか日本の要求を実行する事を先延ばしする事を交渉出来ないのですか!? 国内が混乱した状態では迎撃作戦も上手くは行きません」
「……日本の我が国に対する信用は地に堕ちている。今までの民族強硬派の所為だな。いや、責任転嫁をしても仕方が無い。
それを止められなかった我々も同罪だ。既に信用を無くして地方自治体レベルの交流も途絶えて、我々をサポートしてくれる組織は無い。
内々で先延ばし交渉を打診したが、後で前言撤回するのだろうと皮肉を言われて終わりだった。
以前の締結した条約や約束を無視して、いきなり態度を変えた事や、謝罪や賠償を求めた事も指摘されて、何も反論は出来なかったよ。
我が国は簡単に約束を破る国だと認識されてしまったのだ。日本政府からは要求を拒否するか、実行するかの二択を迫られている。
回答期限を明示されていて、先延ばし交渉ははっきり言って無理だ。責任転嫁で日本を非難しようものなら、その場で交渉は打ち切られる。
彼らは我々の弁明など聞く気は無く、我々が従わないなら関係を絶とうとしている。今までの報いとはいえ、酷いものだ」
「……国内の日本企業はかなり撤退していますが、まだそれなりの数の日本人は残っています。
国際結婚をした日本人妻とかを経由して日本政府に働きかけは出来ませんか? 探せば政治家とのつながりのある人間も居るでしょう。
日本政府との交渉を諦めるのは早いかと思いますが?」
「内々で日本政府に打診した時に日本人妻達を見捨てるつもりかと聞いたが、既に我が国の国籍になっているから関係無いと返された。
それに彼女達が我が国寄りの発言をした事もあって、既に洗脳されていると見做されている。宗教法人に属している事もばれているしな。
他の日本人に関しても帰国勧告が出されており、自主的に我が国に留まっているのは自己責任だと言われている」
既に大部分の日本企業は撤退していたが、婚姻などの理由によって生活基盤をこの国に移している日本人も大勢いた。
日本政府はそれらの人々に帰国勧告を出していた。そしてそれに従わない場合の身の安全は保障しないという厳しい通告もだ。
ここまで両国間の関係が悪化しては、安全を保障出来ないのは当然の事だ。戦争に巻き込まれる可能性だってあるのだ。
それに従わない人々までは面倒を見る事は出来ないと公言はしていないが、日本側の担当者は内心では割り切っていた。
本来、国家とは国民の生命と財産、権利を守る義務がある。だが、無条件では無い。
過酷な世界情勢もあって、人道最優先主義は力を失っていた。まずは大多数の国民と国家が生き残る事が最優先とされていた。
一部の人のエゴや身勝手の為に大多数の国民に危険が及ぶのなら、切り捨てる覚悟を政府の職員は持っていた。世論もそれを支持していた。
「本当に交渉の余地も無いのですか? 両国間の友好を破棄しても構わないと日本は考えているんですか?
北の脅威が迫っている時に、こんな理不尽な要求をしてくるなど国際社会に訴えるべきでは?」
「我が国の諺に『泣く子は餅を一つ余計に貰える』というのがあるだろう。
国内では通じるかも知れんが、国際的には何時までも通用しないという事だ。
両国の友好を謳って、国民の感情を前面に出しての交渉はもはや通用しない。相手の嫌悪感を引き出すだけなのだ。
日本政府も堪忍袋の緒が切れたらしい。内々の事前交渉でも冷たくあしらわれたよ。彼らは我々を『厄』として見做してしまったらしい。
日本の世論には我が国を滅ぼすべきだとかの強硬意見もあるが、それを日本政府が抑えている状態だ。
馬鹿な政治家やマスコミが、日王に謝罪を要求した事や対馬の領有権を主張した事で、さらに日本の態度の硬化に拍車が掛かっている。
まったく今までのように強く主張すれば、絶対に日本は折れてくると考えたんだろうが、逆効果も良いところだ。
強硬な国内世論と関係改善が為った北欧連合の権威をバックに、日本の外交担当者はかなり強気だ。
多少の損失は覚悟の上で、我々に関係断絶か謝罪かを求めてきている。既に対等な立場での交渉は不可能だ」
今までの関係もあり、日本が国交を断絶するとこの国にあった資産を失い、一部の国内業者の輸出先が失われる事になる。
確かにそれは損失だが、それ以上に国交を継続させる事のデメリットがあると判断されていたので、損失を許容する決断をしていた。
痛みを恐れて抜本的な手術をしないで、徐々に衰弱死するような判断をしなかったと言う事だ。
日本の国内世論には開戦するべきだとの意見もあったが、戦争をしても得るものは少ない。逆に損失が増えるだけだ。
その為に、要求を呑まない場合は国交断絶が最も効果的で望ましいという判断が日本政府で結論されていた。
「……民族強硬派が考えを変えて、日本の要求に従う可能性は無いのですか?」
「今の日本の強硬姿勢は民族強硬派も危機意識を持っている。この前の会議では、全員が顔を青褪めていたよ。
だが、今までの発言を急に180度変えられると思うのかね? 虚勢を張って日本非難の言葉を口にするだけだったよ。
彼らの強烈なプライドが邪魔をして、日本に譲歩する事が出来ないのだ。支持者を失う恐怖、それと弾劾と粛清される恐怖。
現在の地位や権利を失う事が怖くて、抜本的な対策を採る事が出来ない。二律背反に悩んでいるんだ。
仮に一人が行動に移っても、残りの民族強硬派によって弾劾されて粛清されるのは分かっている。マスコミも同じだ。
過去からの捏造された歴史観が全ての国民を雁字搦めにしている。過去の指導者達の呪縛に囚われているのだ。
ある意味では我が国の歴史観は、宗教のレベルに達しているといって良いだろう。この強烈な呪縛は生半可な事では解けない。
この呪縛を解くには軍事力を使って、一気に国内の民族強硬派を葬り去るしか手段は無い。
仮に独裁国の侵略を単独で撃退出来たとしても、今のままでは対外的な信用は取り戻せずに我が国は衰弱死してしまうだけだ。
我が国の『国家百年の計』の為にも、此処でショック療法を試みる以外に我が国が生き延びる可能性は無い。
この機を逃したら我が国の改革は永久に出来ないだろう。だからこそ我々に軍部は協力して欲しい!」
軍の幹部達は深刻な表情で考えていた。北の脅威が迫る状態で、日本と戦火を交える事など出来はしない。
北の脅威が無かったとしても、日本に侵攻する能力は無いのだ。確かに陸軍の数は多いが、空と海の兵力は日本と比べて圧倒的に少ない。
海を渡らない限り、優位な陸軍を生かせない。日本からの侵攻があれば別だが、こちらからの侵攻は出来ない。
それにこちらから言い掛かりをつけて国交断絶した経緯があって、北欧連合は自分達の国を毛嫌いしている。
日本と開戦という事態になれば、北欧連合が日本を支援する可能性は十分にある。勝率など最初からゼロであった。
経済においても、自国の経済力は日本の二割程度に過ぎない。こちらから経済制裁など発動出来るはずも無い。
残るは世界世論に訴えるしか無いが、隕石衝突回避に慌しい状況と旧【HC】支持国とネルフ支持国の対立が高まっている
現在、協力してくれるような国家は無いだろう。それ以前に、親しい関係と言える国家は対立している日本しか無かったのだ。
だが、日本の要求に従うと言う事は、自国の尊厳を失うと言う事だった。誰しも自分が生まれ育った国への愛着はあるだろう。
軍人は一般人より強く愛国心を叩き込まれるので、軍の幹部の葛藤は人一倍だった。
確かに馬鹿な政治家やマスコミは日本の尊厳を汚してしまった。だが、日本が自分達の尊厳を汚す事が許されるのだろうか?
先に仕掛けたのはこちらだが、報復行為で自国の尊厳を汚すのはやり過ぎでは無いのか? 他に方法は無いのか?
日本からの要求を呑めば、民族としての尊厳は完全に失われ、諸外国から白眼視されるだろう。
信用を取り戻すのに、百年以上は掛かるかも知れない。それに二度と今のような発言権を持つ事は出来なくなるかも知れない。
そんな事態に国民や国家は耐えられるのだろうか? 自尊心無き国家など、求心力も無くて繁栄するはずも無い。
それに自分達は軍の幹部として真の自国の歴史を知ってはいるが、下士官や兵士は洗脳されたままである。
説得に応じてクーデターに協力してくれるか、軍の幹部達の胸に不安が過ぎっていた。
「……時間を頂きたい」
「分かっている。こんな事は即断は出来ないだろう。だが、我々に協力する気になったら連絡してくれ。
民族強硬派の連中を一気に拘束しなければならん。政治家やマスコミ関係だけでは無く、北の脅威を忘れて反日デモに熱中している輩もだ。
我々は少数派だが、やらなければ国は滅びるだけだ。是非とも我々に協力して欲しい」
「軍も一枚岩ではありません。下士官や兵士が素直に我々の命令に従うかも疑問が残ります。その上で何が最善かを検討します」
「北へ渡せる食料も残り少ない。となれば、北が攻めてくるのも時間の問題だ。早めに答えをくれ」
「……分かりました。一日だけ待って下さい」
国内の現実を正確に知り、世界の標準と自国内の標準の差を把握している良識派と呼ばれる人達は少数派である。
それも公言しようものなら周囲から徹底的に批判されて潰されるので、隠れ良識派と呼ぶ方が正確である。
日本からの要求内容を実行するには、多数派の民族強硬派の政治家や各報道機関、警察上層部のメンバーを拘束する必要がある。
それに加え、本来なら自分の手足となって動く警察や軍部の実行部隊の反抗も十分に予想される。
だが、困難を乗り越えてそれをやらなければ、北の軍隊に侵略されて略奪されるだけだ。
同胞とは言え、飢えた軍隊に理性を期待出来るはずも無い。多くの市民に多大な被害が出るだろう。
そして全土を占領されては、逃げる事さえも出来ずに、多くの市民が死に絶える事は容易に想像出来た。
そんな事態を起こさせない為に、何が一番良いのか、軍の良識派の三人は別室に移動して協議を始め出した。
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ある地下の大きな部屋で秘密会議が行われていた。出席者は某大陸国の政治家達だった。
隣国ほどの切迫感は無かったが、今までの反日行為に対する謝罪要求を日本政府から突きつけられていた。
もっとも、それを断ったら国交断絶とかの脅しは受けていない。
実際に食料関係の輸出量は減り続けたが、原材料の輸出は維持。日本からの製品の輸入額はほぼ変わらずという状態だった。
そして最も問題となるのは、日本からのODAの減少だった。他のゼーレ支配国からの支援はあるが、日本からの支援の額は
かなりのパーセンテージを占めていた。今後の北欧連合との関係改善の問題もあり、日本との関係改善も迫られていた。
「我が国は大国だからな。日本もあそこほどは強い要求を出せなかったという事か」
「日本に一部の市場を開放しているし、食料や原材料を輸出しているからな。あそこほどは簡単にはいかないという事だ」
「青臭い理想主義者なら憤慨ものの対応だが、国際政治では普通の判断だ。そういう意味では日本の政治も成熟化したと言う事だ」
「国際政治の場に理想論を唱えても仕方が無いからな。本音と建前を使い分けなければ、国際政治では相手に付け入られるだけだ」
「あそこの問題はどうするべきかな?」
「あそこには我々も手を焼いているからな。日本の行動を掣肘すべきでは無いだろう。
無闇に我が国が干渉すると問題が拗れる可能性がある。我が国としては、日本のあそこへの内政干渉に関わるべきでは無いだろう」
「仮にあそこが北に吸収されても問題は無い。寧ろ、そちらの方が我が国にとっても利益になる」
「北との国境線には守備隊を配置している。どんなに北が馬鹿でも我が国に攻め込む事は無いだろう。
今、北に支援したら我が国が一斉に非難されるし、北も放置だろうな。難民が我が国に雪崩れ込んできたら追い返すだけだ」
「南を吸収した場合、北が暴走する危険性は無いのか? あの民族性だ。南の資産を使って我が国にも牙を向きかねないぞ」
「規模がまったく違う。仮にその場合でも国境に配備した軍で、撃退は容易だ。心配する事は無い」
「では、あそこに関しては北も南も無干渉という事だな。北の難民の問題が発生しなければ良い」
「今は使徒戦もそうだが、隕石衝突回避作戦がどう転ぶか予断は出来ないからな。仮にあそこが荒廃しても、余裕が取れた時に圧力を
掛ければ問題は無かろう。それより日本の要求にどう対処するかだ。日本のODAが打ち切られるのは正直痛い」
セカンドインパクトの時の被害もまだ完全復旧していない状態で、核融合炉の大事故、そして北欧連合の報復処置で国内の一定規模以上の
発電所が尽く破壊された事があって、国内の経済は低迷していた。ゼーレ支配国と日本からの支援で、徐々に復興は進んでいたが、
まだ完全復旧には程遠い状態だった。かと言って、日本の要求を呑めないという国内事情もあった。
「日本からの要求は、あそこと同じく反日教育の撤回と、今までの根拠無き批判行為に対する公式謝罪か。これは呑める条件では無いな」
「ああ。これを呑んだら我々政府の面子が丸潰れだ。呑めるはずが無い。
我々が何より面子を重要視している事を知りながら、この条件を出して来たのか? だとしたら厳重抗議しなくてはな」
「日本からのODAは打ち切られる可能性は高いが、それは大丈夫なのか?」
「復興の進行が遅くなるだけだ。仕方の無い事だと割り切るしか無いな。今の我が国では日本に政治的、軍事的圧力は掛けられない。
この状況下では世界世論の形成さえ無理だ。我が国だけで抗議しても無駄だ」
「うむ。日本としても我が国の市場を失いたくは無いはずだ。食料の輸出は減ってはいるが、原材料の輸入は打ち切れるはずも無い。
政治的に対立状態にはなっても、経済的に関係が続けば、何時かは関係改善が見込めるだろう。今は耐える時だろうな」
「国内の不満はこれまで通りに日本に向けさせる事は変わり無いな。丁度良いガス抜きになる」
「日本への留学生と労働者が大量に戻って来ている。例の情報漏洩で日本政府はかなり過敏に反応しているからな。
今しばらくは日本の技術情報の入手活動は控えた方が良いだろう。日本にいる情報局員には、その旨の通知を出しておく」
「北欧連合が日本との関係を深めたからな。この前は我が国のコンピュータが逆にハッキングされて、諜報組織のリストが漏れたらしい。
お蔭で日本国内の組織のダメージが深いからな。もっとも、ハッキングを受けたのはあそこの政府組織も同じだ。
今まで日本の端末にハッキングをした事はあったが、今回は逆にハッキングされてしまった。どうやら少しずつ対応が変わって来ている」
「しかし、日本の海上栽培プラントや海底地下資源の回収ノウハウは是非とも入手したい。そちらについては引き続き作業者の手配を
進める事としよう。まずは日本人を安心させてからでも遅くは無い。我々は数十年、いや百年以上の長期的視野に立って行動が出来る。
欧米諸国や日本のように、短期的に結果を出せなくても焦る必要は無いからな」
「では、その方向で行こう。日本の支援が無くなるのは痛いが、我々の面子には変えられない」
国が変われば考え方も変わる。国民の生活を最重要視するのか、国家の面子を最重要視するのかは其々の国の施政者の考え方だ。
それに政策の結果も、短期的に効果をあげる事を重視するのか、数十年単位での成果を見込むかでもやり方は変わる。
そして短期的視野でしか動けない国が、長期的視野で動く国に対抗するのは難しいのは当然の事だった。
この事により、大陸の国家は日本からの要求は無視する事となった。
そして政治的には対立状態になったが、経済的な交流は規模は縮小したが途絶える事は無かった。
「我が国にとって日本の経済力は脅威だが、少し安定期間をおいて信用させれば日本経済の内部に食い込む事は十分に可能だ。
一時的に不仲であっても、数十年後には回復は見込める。だが、北欧連合はそうはいかない。
この機に何とか関係改善をしておかないと宇宙開発に食い込めなくなる。宇宙の利権は我が国にとって核心的利益だ。放置は出来ない」
「北欧連合の要求する内容は呑めないものばかりだ。とは言ってもあそこは日本と違って、信用を得る為に僅かな交流さえ認めていない。
何とか草の根レベルからでも交流を始めて、相手を信用させて懐に入らないと、関係改善が進まない」
「やはり第三国の華僑達に橋頭堡を確保して貰うしかないな。スペースコロニーに同胞の拠点が出来れば、そこから勢力の拡大が見込める」
「それを基本方針として、それ以外の関係改善方策が出てくれば、その方策も検討する事としよう。今は焦るべき時では無いからな」
これにより大陸国の方針は決定した。
そして裏では大陸国からのスペースコロニーに移住する人達への干渉が、頻繁に行われるようになっていた。
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北欧連合にある山奥の別荘
シンジは疲れた身体を引き摺って、近くの椅子に腰を下ろした。そして自己嫌悪に陥って、独り言を呟いていた。
「最低だ。ボクって……」
シンジの視界にはキングサイズのベットに横たわるミーシャ、レイ、マユミ、カオルの四人が居た。
四人とも息が荒く、呼吸を整えていた。このままでは復活に時間が掛かると判断したシンジは、気を流し込んで四人を直ぐに復活させた。
そして今後の事を話そうと、何故か五人で浴室に向かった。
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浴室の浴槽は五人が余裕で入れる程度の大きさだった。身体の汚れを落した後、五人は温泉に入って疲れを癒していた。
ちなみに、カオルが混じった直後は女性陣の内部で揉め事が起きていたが、シンジが奮闘した結果、女性四人は和気藹々の雰囲気だ。
「シン様。カオルさんも一緒に暮らすんですか?」
「ああ。この別荘と月面基地にカオルの部屋を用意するよ。ボクが言うのも何だけど、四人とも仲良くして欲しいんだ」
「お兄ちゃんがケダモノだって知ってたけど、ここまでのレベルだとは思わなかったわ。まさかタブリスまで引き入れるなんて!」
「タブリスでは無くて、カオルって呼んで。今のあたしは使徒じゃ無いわよ」
「では、食事当番も決めなおさなくては駄目ですね。カオルさんは料理は出来るんですか?」
「全然駄目よ。教えてくれる?」
「ええ、勿論」
「嬉しいわ。あたしの料理をシンが食べるのを想像すると幸せを感じるわ。そう、これがリリンの幸せなのね」
「順番は守ってね」
「勿論よ。今までの和を乱す真似はしないわ」
「でも、身体が普通の人間の女性に変わってしまうなんて信じられないわ!」
「普通じゃありえないわよ。でも、中途半端なサードインパクトが発生したから出来たのよ」
カオルはその時の事を思い出しながら、語り始めた。
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「まったく、アダムの魂とリリスの本体とタブリスだったあたしを纏めて、別空間で地球には影響が無いからと言ってサードインパクトを
無理やり起こさせるなんて想像すらしていなかったわよ」
「い、いや、別にサードインパクトを起こすつもりは無かったんだよ。だからカオルにこれが分かるって、アダムの魂を見せたんじゃ無い」
「使徒はアダムに還ろうとする本能があるのよ。アダムの魂があんな形で存在しているとは思わなかったし、リリスまで居るじゃ無い。
アダムの肉体は無かったけど、あたしの中に居た他の仲間の魂はアダムに戻ろうとして、さらにリリスが居たから中途半端な
サードインパクトが起きてしまったのよ。今更だけど、そんな興味本位でアダムの魂を見せて欲しくは無かったわね」
「……ごめん」
「過ぎてしまった事だから良いわ。結局、あたしの中にいた仲間とあたし自身の使徒の魂はアダムに還ってしまったわ。
そこにリリスが居たから中途半端な反応が起きてしまったの。今頃はあの空間で新しい生命が発生している頃ね。
まったく、良くあたしが生き残って此処に帰ってこれたと思うわよ」
「じゃあ、その時にカオルは自分の身体を造り替えたって言うの!?」
「そうよ。今のあたしは人間と同じよ。既に身体のS2機関は無くて、使徒の力は失っているわ」
カオルの話を聞いたミーシャ、レイ、マユミは、改めてカオルの身体をじっくりと見つめた。その視線には複雑な感情が込められていた。
シンジは上を向いたままだ。ここでカオルの身体を見つめようものなら、他の三人から冷たい視線を浴びる事は経験から察していた。
(シン様から聞いた話しだと、使徒の時は洗濯板だったのよね。それが身体を造り替える時に、あそこだけ大きくしたと言うの!?
まったく詐欺も良いところだわ! メガネっ娘というのも要注意ね。しばらくは目を離さない方が良いわね)
(あの時、一瞬だけど身体が違和感を感じたのよね。あれが別空間でサードインパクトが起きた時だったのかしら。
今のあたしもまったく普通の人間になってしまったけど、あの時にあたしも一緒にいれば身体を変えられたのかしら?
カオル程のサイズはいらないけど、あたしはもう少し欲しかったな。お兄ちゃんも気が回らないわね)
(今まではあたしが一番大きかったのが、あっさり抜かれてしまったわ! でも、料理の腕だけは誰にも負ける訳にはいかないわ。
シンジさんも平等に接してくれるから、受け入れない訳にもいかないわね。あたしと同じで身寄りも無いしね。
でも……あそこまでのサイズを見るのは初めてだけど、触ってみたいわね。後で頼んでみようかしら)
三人の何かを含んだ視線をカオルは感じたが、表面上は堂々としていた。何と言っても、積年の懸案が解消された事が大きい。
(ふふっ。今までは憐れみの視線が多かったけど、今じゃ羨望の視線か。悪く無いわね。
まったく、あの別空間でのサードインパクトで死ぬかと思ったけど、こんな結果になるなんてね。災い転じて福と為すか。
体力的には普通の女の子になってしまったけど、悔いは無いわね。もっとも、シンのあれを受け止めるのも一苦労だけど。
さて、あたしは四人目。この娘達と仲良くやっていかなくちゃね)
カオルはニコリと笑って、これから一緒に暮らす三人の少女に改めて挨拶していた。
「あたしも身寄りが無い事だし、これから宜しくね」
「こちらこそ」
「宜しく」
「じゃあ、お湯に浸かりながらこれからの事をゆっくり相談しましょうか。シンは席を外して」
「えっ!? 何で?」
「これからは女同士の会話なの。シンは邪魔なのよ。察しなさい!」
「シン様、女同士の会話を盗み聞きするつもりですか?」
「お兄ちゃん、KYって言われるわよ」
「シンジさん、もうちょっと空気を読んだ方が良いと思いますが」
女性四人の冷たい視線を浴びては、シンジに抵抗出来るはずも無かった。
心の中で『ボクを裏切ったな。父さんと一緒でボクを裏切ったんだ』と言ったかは不明だが、シンジは肩を落して浴室から出て行った。
(カオルが皆と仲良くしてくれたか。五人揃って一緒に暮らせれば良いけど、二年以内には準備して結論を出さないとな。気が重いな)
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トウジは何処か分からない荒れ果てた荒野を一人で彷徨っていた。
何故か空腹も感じなかったが、誰とも会わず一人ぼっちで当ても無く彷徨っていた。心は既に折れていた。
気力も湧いてこない。どうすれば良いのかも分からない。
そこに黒いマントを纏った人間がトウジに近づいてきた。顔にも覆面していて、誰だか判断はつかなかった。
だが、この荒野に自分以外の人間が居る事に興味を惹かれ、トウジはその不審人物に視線を向けた。
その不審人物はトウジに話し掛ける事も無く、いきなり手首を掴んで空中に引っ張り上げた。
慌てたトウジだが、一瞬眩い光が自分を包んで気を失った。
気がつくとベットに寝ている自分がいた。そして横には裸のヒカリが自分を心配そうに覗き込んでいた。
「ヒカリ!」
「良かった! 本当に良かった! トウジは戻ってきてくれたのね!」
「此処は何処や!? 何で裸のヒカリが……って、ヒカリの足がある!?」
「そうよ。あたしはミリオムさんとモニカさんの二人に連れて来られて、治療を受けたの。
あたしもまさか両足が再生出来るなんて想像すらしていなかったわ。そしてトウジも一緒に此処に来たのよ。
トウジは酷い精神障害を受けていたけど、何とかするってモニカさんは言ってくれたわ。そして、こうしてトウジも回復出来たのよ」
「じゃあ、ここはネルフじゃ無いのか?」
「そうみたいね。でも、あたしとしては何処でも良いわ。あたしの足が再生出来て、トウジがこうして戻ってきてくれたんだもの」
そう言ってヒカリはトウジに抱きついた。ヒカリの目には涙が浮かんでいた。
そして不覚にも裸のヒカリに抱きつかれたトウジは、身体は弱ってはいたが、下半身は敏感にも反応してしまった。
どうすれば良いのか、判断に悩むトウジにヒカリは笑った。
「あたし達はEVAから、そしてネルフから解放されたのよ。もう少ししたら、家族の下へ帰してくれるって。
……トウジはあたしが退院したらって約束を覚えている?」
「と、当然や! ……良いんか?」
「馬鹿! そんな事を聞かないでよ!」
モニカからは経過観察もあるので、一週間はトウジと一緒にこの部屋で過ごすようにと言われていた。
勿論、食事は差し入れるが、絶対に誰も部屋には入って来ないと言われていた。
一時期はトウジの事を諦めるべきかとも思ったヒカリだが、こうしてトウジが元に戻ってくれた。
失われた時間を取り戻そうと、二人は顔を赤くしながらも動き始めた。
因みに、トウジの祖父と妹、そしてヒカリの姉妹はスペースコロニーに移住していた。
そしてトウジとヒカリの二人は、経過観察後にスペースコロニーに移される予定になっていた。
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シンジはミリオムと電話連絡していた。
「では、彼の精神は少々強引でしたが治しました。後遺症は無いと思いますが、念の為の経過観察は御願いします」
『分かりました。ですが、彼と話し合いをしなくて良かったんですか? 彼女もそうです。彼ら二人はあなたに助けられた事は知りません。
それで良いんですか?』
「別に感謝されたくて助けた訳じゃありませんよ。それにボクは忙しい。彼ら二人に戦力的な価値は無く、後は普通の生活を送ってくれれば
十分と考えています。予定通りに経過観察に問題が無ければ、スペースコロニーの彼らの家族の下に送るようにして下さい」
『お人好しですね』
「あのまま放置していたら、寝覚めが悪くなると思っただけですよ。それで彼と彼女の情報は掴めましたか?」
『申し訳ありません。一度はネルフ本部に連れ込まれたのは分かりましたが、その後に何処かに移送されました。
ですが、その移送先はまだ不明です。あのES部隊の管理下にあるようで、我々も何度か襲撃を受けました』
「弐号機を潰したから、彼女の使い道は無いはず。だったら放置しても良いんでしょうが、彼の方は家族から捜索願いも出ています。
ボクは忙しくて動けません。申し訳ありませんが、無理しない範囲で二人の捜索を引き続き御願いします」
『分かりました。新しい情報が入り次第、御報告します』
シンジにとってトウジとヒカリの利用価値は無く、二人の傷病の後始末をすればスペースコロニーで生活して貰うだけと考えていた。
例外はあるが、普通の中学生を戦闘に巻き込むつもりは無かった。
***********************************
シンジの使い魔である【ウル】とユインは暇そうにしていた。僅かに監視の仕事があったが、それも終わってする事が無かった。
<最近は暇だ。何とかならぬのか?>
<何とかって言われてもね。今のマスターは世間的には死んだ身で、ゼーレの襲撃も無いからね。監視の仕事も終わったし、どうしようか?>
<初号機の出番も無い。今は北欧連合だから知らなかった土地を飛び回るのも良いが、飽きてしまったぞ>
<ミーシャさん達も海底に篭りっぱなしで、護衛の任務も無いからね>
<そう言えば、マスターの周りの人間も増えたようだな>
<マユミさんに続いてカオルさんも増えたしね。でもあのカオルの胸は脅威だよ。前に抱きしめられて息が止まるかと思ったよ>
<我も抱きしめられてみたいな>
<君は身体が大きいからね。話しは変わるけど、再生治療の終わったマスターが少しおかしい。分かっている?>
<……ああ。何故だか分からぬが、力が以前より増大している。抑えようとして抑えられない雰囲気だ>
<そうなんだよね。あの再生治療で何かあったのかな?>
<分からぬ。今度、直接聞いてみるとしようか>
**********************************************************************
世界は不安に包まれていた。最後の使徒が倒されて、使徒によるサードインパクトの脅威から解放されたのを知るのは一部の人のみだ。
【HC】支持国の政府には最後の使徒が倒されたとして【HC】解散が通達されていたが、ネルフ支持国にはその事情は知らされていない。
各国政府での情報格差もあったが、一般市民には使徒戦の事情はまったく知らされていなかった。
唯一、一般市民に公表されたのは【HC】が使命を終えて解散するという事だけで、これから何かが起きるだろうと噂になっていた。
それに加えて、巨大隕石の地球衝突の脅威が指摘されてから、世界各地の世情は不安定になっていた。
隕石衝突回避作戦の第一段階は、直径五十キロもの小惑星を巨大隕石の側面に衝突させ、無事に地球衝突コースから逸らす事が出来た。
だが、続く第二段階と第三段階の作戦が成功しなければ、人類は滅亡する。第一段階の成功だけで喜んではいられない。
そしてこれから始まる第二段階のTV中継が行われる。世界各地で早朝だろうが深夜だろうが、大勢の人々がTVに見入っていた。
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アメリカに住んでいるリッキーは、妻と一緒にリビングでTVを見ていた。時刻は深夜だが、眠気は無かった。
これから報道される隕石衝突回避作戦の第二段階の結果次第で、人類の未来が閉ざされるのかまだ続くのかが決まるの可能性が高いのだ。
普段なら寝酒を飲んでベットに入っている時間だが、酒も飲まずに眠気も感じずに真剣な表情で二人はTVを見ていた。
直径が百キロを超える巨大隕石は第一段階でコースが変更出来た。第二段階では直径が百キロ未満、十キロ以上の隕石が対象である。
ドリルミサイルに各国から提供して貰った核兵器を組み込み、対象となる隕石の表面では無く、少し地中にはいったところで爆発させる。
これも隕石の破壊を目的としないで、隕石の軌道を変更する事を目標にしている。その為に出来るだけ遠隔地で作戦を行うほうが良い。
TVの左画面には標的となった隕石の軌道と、ミサイルを撃ち込む予定の軌道が表示されていた。
右画面は巨大な宇宙船が搬入口を開けて、これから発射される予定の多数の巨大なドリルミサイルを映していた。
そして第二段階の発動まで十分となった時、TVからミハイルの声が流れ出した。
『私はミハイル・ロックフォードです。私はまだ怪我が治っておらず、病床の身ですが、第二段階の計画について説明します。
画面の左側に巨大隕石の分布マップが表示されています。今回目標とするのは五十個の隕石です。便宜上、10個単位で識別して、
グループ1〜5で分類しています。これに各国から提供して貰った核兵器を組み込んだドリルミサイルを撃ち込みます。
小さめの隕石にはドリルミサイル一基を使用しますが、直径が五十キロを超える隕石には二〜三基のドリルミサイルを使用します。
隕石の周囲には小さい破片が散乱していますが、今回使用するドリルミサイルは周囲にシールドを展開出来ます。
この為、周囲の小さい破片に邪魔される事無く、隕石の地表に到達出来ます。ドリルミサイルが隕石の地表に到達した後は、ドリルで
隕石を掘り進み、約数十メートル進んだところで起爆させます。今回の作戦は隕石を破壊するのでは無く、軌道を変えるのが目的です。
では、これから中継を現場に切り替えます』
TVから流れる声はミハイルから、少女の声に変わった。顔は出さずに音声のみだ。
『ドリルミサイルを搭載した運搬宇宙船の近くにある宇宙船から中継しています。一度に発射出来るドリルミサイルは10基です。
時間差をつけてグループ1〜5の隕石に向けて発射します』
ゲンドウもこのTV中継を見ていた。聞き覚えがある声にゲンドウは一瞬眉を顰めたが、他人の空似だろうと考えて動く事は無かった。
そしてTV画面の右半分の映像に変化が出た。巨大な噴射炎を出しながら、運搬宇宙船からドリルミサイルが次々に発射されていった。
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運搬宇宙船に搭載していたドリルミサイル全てを撃ち出すと、右画面の映像は最大望遠で隕石がある宙域を映し出した。
そしてTV画面の左側に映っている隕石の分布マップに、噴射炎を吐き出しながら進むドリルミサイルの軌道が映し出された。
『ドリルミサイルは順調に目標に接近中。今回は衝突エネルギーを使用するのでは無く、隕石の地中で核兵器を起爆させますので、
突入速度は低く抑えています。最初のグループ1への着弾予定は約十分後です。シールド展開機構を組み込んでありますので、
目標周辺の破片によるドリルミサイルの破損はありません』
リッキー夫妻はTVに見入っていたが、結果が出るのが十分後と聞いて表情を緩めた。
そしてトイレを済まして、冷たい飲み物を用意した。さすがにTVを見ているだけでここまで緊張したのは初めてだった。
今頃は世界中で自分達と同じような事をしている人が居るんだろうなと考えながら、喉を潤して再びにTVに視線を向けた。
画面の左半分に表示されている分布マップに表示されている着弾までの残り時間表示は一分を切っていた。
そして引き続き見ていると『着弾』の表示が出た。そして赤の表示でカウントダウンが始まった。
今は隕石の表面に着弾してドリルを使って掘削中との表示が出ている。
そして赤の表示のカウントダウンがゼロになると、TV画面の右の望遠映像に小さい10個の青白い光が見えた。核爆弾の爆発である。
右半分は隕石がある宙域を映し出しているので真っ暗だった為に、小さい光でもはっきりと識別出来た。
そして左半分の画面にも変化が出た。先頭の隕石群の軌道が変わったのが映し出された。
『グループ1の隕石群へのドリルミサイル攻撃は成功。無事に隕石の軌道変更に成功しました。グループ2の隕石群への着弾まで後、約五分』
「やった! 成功だぞ! これで俺達は死なずに済む!」
「待って。まだ残りはあるわ。安心するのは早いわ」
「それもそうだな。残りを見守るとするか」
TVから流れてくる若い女性の報告に、リッキー夫妻だけでは無く、世界中でTV中継を見ている人々から歓声があがった。
そして引き続いて作戦の結果を確認しようとTVに視線を向けた。この時の各国のTV視聴率は過去最高を記録していた。
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グループ2とグループ3の隕石群への対処も問題無く行われた。ドリルミサイルが無事に隕石の地表に到達して、地中で核爆発を起こした。
そしてあるものは破壊されて破片となり、あるものは半壊状態になりながらも地球への衝突コースから外れていった。
TVの前の視聴者達は作戦が順調に進んでいる事を喜び、これなら隕石の衝突回避は問題無いだろうと楽観し始めた。
そんな状況の中、グループ4の隕石群への対応の時に問題が発生した。
ドリルミサイルは隕石の地中に潜ったが、核爆弾が起爆しなかったものがあったのだ。
『識別番号4−08から4−15の7基のドリルミサイルの核爆弾が起爆しません。核弾頭に組み込まれた起爆装置の故障と推測されます!』
『どこの国の核爆弾だ!?』
『全てR国のものです』
『R国の核爆弾は他にも使用しているのか?』
『グループ5に対応しているドリルミサイルに装備されているものは、全てR国製の核爆弾です。
グループ5のドリルミサイルは既に各隕石表面に到着。現在は掘削中。後五分で起爆する予定です』
『最悪はグループ5は全て不発の可能性もあるか。分かった。様子を見る』
ドリルミサイルを運んだ運搬宇宙船の付近に別の宇宙船があって、そこで隕石衝突回避作戦の実行指揮が執られていた。
そしてその慌しいやり取りは隠される事無く、全世界に中継されていた。
今まで流れてきた声は十代頃の少年と少女の声だった。普通なら、こんな若いメンバーが作戦を実行しているのかという疑問の声が
湧き上がるところだろうが、今はそんな些事に拘っている状態では無かった。隕石の地球への衝突の危険性が増したのだ。
本当に隕石が地球に衝突しないように出来るのか? そこに世界中の不安と注目が集まっていた。
だが、聞き覚えのある声に首を傾げる人間も少数だが居た。ゲンドウ、冬月、ミサト、不知火、ライアーン、冬宮達だった。
もっとも、この緊迫した状況下で誰の声だったか、直ぐには思い出せないでいたが。
そしてグループ5の隕石群でも、やはり問題は発生した。少女の緊張感に満ちた声がTVから流れてきた。
『駄目です! グループ5へ撃ち込んだドリルミサイルに組み込んだ核爆弾は全て起爆しません!』
『R国から提出された起爆装置の仕様が間違っていたか、ドリルミサイルが隕石の表面に到達する時の衝撃で壊れたかのどちらかだな。
懸念されていた事が現実に発生してしまったか。残った中型隕石は15個。どれも直径が五十キロ以上の大物が残ってしまったな』
『コロニーレーザーでは無理ですか?』
『無理だ。直径が十キロ未満の小型隕石は無数にあるんだ。一定以上の範囲にエネルギー攻撃を加えて消滅させる必要がある。
コロニーレーザーは小型隕石の対応で精一杯で、中型隕石に対応している余裕は無い』
『では、あの十五個の中型隕石への対応は出来ないんですか?』
『今まで用意していた第一から第三段階の作戦では無理だろうな。
残った核兵器はあるが、普通のロケットに搭載して撃ち込んでも隕石の周囲の破片に邪魔されて届かない。
それに、今から新たなドリルミサイルを用意する時間的余裕は無い』
第二段階の作戦は完全には成功しなかった。十五個の中型隕石が地球への衝突コースにあり、それを回避する方法は無いと言う。
直径が五十キロ以上の隕石が地球に衝突したら、落下地点に直径が数千キロもの巨大なクレーターが出来て、その周辺は壊滅する。
そして巻き上げられた粉塵で気候は激変して、人類は滅亡するという予測がされていた。
一つでもそれなのに、十五個の隕石が地球に衝突されたら人類滅亡は回避しようが無い。
だが、TVに見入っていた全世界の視聴者がパニックになるのを防いだのは、引き続き語られた少年の冷静な言葉だった。
『R国には一応クレームをつけるとして、第四段階の作戦を発動するしか無いな』
『やっぱりあれを動かすのですね』
『お兄ちゃん。まだあたし達はあれの訓練中なのよ。ギリギリ間に合うのかしら』
『では、後はミハイルさんに任せて、あたし達は戻るとしますか』
『残った核兵器をあれに使ってからで良いでしょう。予備のロケットに搭載してあるのよね』
『そうだな。核兵器なんて持ってても仕方無い。搬送宇宙船に積んである予備のロケットをあの隕石群に発射した後に、この宙域を離脱する。
戻ったら、あれの仕上げを急ぐとしようか。あれさえあれば、最後に見つかった直径が三百キロの巨大隕石にも対応出来るからね』
そしてTV画面が変わって、宇宙船の艦橋内部の映像が映し出された。
そこにはシンジと、ミーシャ、レイ、マユミ、そしてカオルの五人の姿が映っていた。
シンジは真剣な表情でカメラに視線を向けると、これからの事を話し始めた。
『ボクはシン・ロックフォードです。以前に核ミサイルの攻撃を受けてかなりの重傷を負いましたが、やっと復帰出来ました。
今までボクの生存情報を伏せていたのは、これ以上妨害工作を受ける訳にはいかないという理由からでした。
ですが、隕石衝突回避作戦の第二段階が完全な成功を収めなかった以上は、隠し事をしても意味は無いと判断しました。
ボクは全力で隕石衝突回避作戦の第四段階の準備を継続して行います。全世界の皆さんはパニックにならないよう御願いします。
さて、ボクを狙っていた人に警告。二度とあんな事をさせる気は無い。隕石衝突回避作戦が終わったら、徹底的に潰してあげるよ。
その前に動くのは自由だけど、今までみたいに手加減するとは思わない方が良い。精々、覚悟しておくんだね』
画面のシンジは不敵な笑みを浮かべていた。シンジが生存していた事が、世界に知れ渡った瞬間だった。
To be continued...
(2012.09.16 初版)
(あとがき)
【HC】が正式に解散しました。まあ政治の道具でしたから、役割が終えたから当然の流れかと。
トウジのヒカリは無事に治りましたが、これから先の出番は無いと考えて下さい。普通の中学生がどうこう出来る状況ではありませんから。
隕石衝突回避の第二段階作戦が完全な成功を収めなかった事と、シンジの生存が世間に公表された事で事態は一気に動き出します。
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