因果応報、その果てには

第六十話

presented by えっくん様


 作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。

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 明るい部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、真剣な表情でTVに見入っていた。

 ロックフォード財団の実施する隕石衝突回避作戦の成否は、補完計画にも大きく影響する。その成否の確認をするのは当然だろう。

 TV中継は途中だったが、グループ4と5の核兵器が起爆しなかった事を受けて、補完計画の前倒しの実施を四人は考え始めた。

 だが、画面に映し出されたシンジを見て、四人全員が驚いて立ち上がっていた。


「魔術師が生きていただと!?」

「嘘!? あの核ミサイル攻撃から生き延びたと言うの!? 信じられないわ!」

「零号機と一緒に自爆したはずのファーストチルドレンも生きているのか!?」

「タブリスもだ。何故、彼女が生きているんだ!? 彼女が生きていてサードインパクトが起きていないとはどういう事だ!?」

「落ち着け! まずは落ち着け!」


 シンジが生きていた事を知って全員が動転したが、リーダーのオーベルの言葉に、四人は視線を交わして再び座った。

 四人とも驚きの表情ではあったが、用意されていたコーヒーを飲んで一息入れると、気持ちを切り替えた。


「……まさか魔術師が生きていたとはな」

「ES部隊の予知能力者八十人の犠牲は無駄だったという事か」

「魔術師はかなりの重傷を負ったと言っていた。と言う事は、あの核ミサイル攻撃は魔術師に有効な被害を与えたという事だ。

 もっとも、あの核ミサイル攻撃からも生き延びるとは非常識の塊だな」

「もう予知能力者の余裕は無いわ。二度と魔術師の先手を取る事は出来ないのね。

 でも、あの核ミサイル攻撃から生き延びられたという事は、やはり空間移動技術を実用化していると考えるべきね」

「その可能性は非常に高いな。そうでなくては、あの核爆発から逃げられるはずも無い。

 零号機の自爆で死んだはずのファーストチルドレンが生きている以上、その空間移動技術で助けたと考えるべきだろうな」

「そうなると、ネルフ本部にいきなり現われたパターンイエローも魔術師だと考えるべきだろうな」

「間違い無いわね。でも納得いかないのは、タブリスが生きている事だわ。彼女は生きている限りはアダムを目指すはず。

 何故、魔術師と一緒に居るのか、そしてリリスは何故消えたのか、そこら辺が不明ね。しかもタブリスは胸のサイズが変わっていたわ。

 以前は洗濯板だったのに、今はあたしより大きいなんて、どういう事よ! 説明を要求したいわ!」

「魔術師が生きていたとなれば、隕石衝突回避作戦が成功する確率は高いだろう。

 だが、補完計画を考えた場合、魔術師を生かしておく訳にはいかないだろうな」

「当然ね。あたし達ゼーレが核ミサイル攻撃を仕掛けたのは、魔術師も分かっているでしょう。彼は既に正面対決を決意しているわ。

 北欧連合の動きも、それを裏付けている。初号機を北欧連合に運び込んだのも、魔術師の使える札を増やす考えでしょうね。

 隕石衝突回避作戦が無事に成功したら潰してあげるか。これは先手を打つ必要があるわね」

「隕石衝突回避作戦の最終段階を待たずに、補完計画を実行する必要があるな。上に確認する必要が出てきたな」

「まあな。どの道、魔術師が生きていたとなれば、上も戦略の組み直しを考えざるを得まい。これから激しく動き出すぞ」

「上手くいけば、魔女の行動を見張って気がついたあれを利用出来るかも知れないな」

「あれか。確かに魔術師を誘き出すのに使えるかも知れん。早速、検討に入ろう」


 シンジが生きていたとは四人にとっても想定外の事だった。シンジは既に補完計画の最大の壁になると思われていた。

 もっとも、予知能力者は既に全員が死亡しており、シンジの先手を取るには並大抵では無い苦労が必要となる。

 それでもシンジに対して受けに回る危険性を察していた四人は、先制攻撃の準備を進めるのであった。

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 隕石衝突回避作戦の第二段階の実況中継を、キールは自室で見ていた。

 まだ量産機の全ては完成していないが、隕石衝突回避作戦の成否で補完計画を前倒しするのか、計画通りに行うのかが左右される。

 その意味もあって、ゼーレ全員の注目が集まっていた。だが、ロックフォード財団が行った第二段階の作戦は、完全には成功しなかった。

 補完計画の前倒し実施が必要だろうと考えていたキールは、TVに映るシンジを見て驚愕していた。


(馬鹿な!? あのES部隊の予知能力者八十人の犠牲の下に行われたN2爆弾の爆発からも生き延びていたというのか!?

 あ奴は化け物か!? いや、以前に報告のあった空間移動技術を使用した可能性はあるか。

 大気圏突入時なら、そんな小細工を使う余裕も無いはずだが、念をいれてN2爆弾五基を使用した攻撃が無駄になったか。

 しかも零号機と一緒に自爆したはずのファーストチルドレンも生きており、最後の使徒であったタブリスも生きているとは!

 体型も変わっているし、使徒の本能であるはずのアダムを求めないのか? リリスが失われた事もある。どんな因果関係があるのだ?

 ……こうなるとあのパターンイエローはあ奴の仕業と考えた方が良いだろう。

 しかも隕石衝突回避作戦の第四段階だと!? お前は何処まで我等を欺く? お前の手は何処まで伸びる?

 お前との決着をつけねば、補完計画の発動も出来ぬ。良いだろう。我がゼーレの底力を見るが良い!)

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 隕石衝突回避作戦の第二段階の実況中継を、ゲンドウと冬月は司令室で見ていた。

 槍もリリスも無く、今のゲンドウの手札は右手にあるアダムだけだ。これではゲンドウの考えていた計画は実行出来ない。

 とはいえ、まだ諦める気は無かった。それに隕石の地球衝突が避けられるか否かは、今後の計画にも深く影響する。

 そういう思惑から、第二段階作戦のTV中継を見ていた二人だが、TV画面にシンジが映ったのを見て驚愕していた。


「シンジ!? 生きていたのか!?」

「まさか!? あの核爆発からどうやって逃げたのだ!?」


 ゲンドウと冬月は思わず視線を交わした。だが、直ぐに冷静になり、計画の変更を考え出した。

 何といってもユイは初号機の中にシンジが封印したと聞いていて、シンジの気持ち一つでユイが戻ってくるのだ。

 シンジの生存は予想外の事であったが、手札が切れ掛かっているゲンドウにとっては朗報だった。

 しかもTV画面には、零号機の自爆の時に死んだはずのレイと、最後の使徒として処分されたはずのカオルも映っていた。


「シンジ君が生きていたか。しかもレイやタブリスまで生きていたとはな。パターンイエローの正体は決まったな」

「間違い無い。だが、あの核爆発を回避出来るとはな。リリスが失われた事もシンジが画策したのだろう」

「これで計画の練り直しが出来るな。初号機を北欧連合に持って行ったのも納得した」

「ああ。何とか新たなシナリオを急いで作る必要がある。ゼーレも動くだろう。我々に残された時間は少ない」


 最初は都合良く使える駒としてしか見ていなかったシンジだが、今のゲンドウでは満足に連絡さえ出来ない状態だった。

 だが、シンジが生きていると分かれば、打つ手はそれなりにある。ゲンドウの頭脳はフル回転を始めていた。

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 最後の使徒は殲滅出来たが、ゼーレの補完計画が実行されるだろう事は加持の残した資料からミサトは知っていた。

 加持が生きていた事を知ったが、ミサトの手札は殆ど無い。EVAは大破した弐号機だけだ。修理する予定すら無い。

 この時点でアスカの不在は問題外とした。ミサト個人としては不安に感じていたが、それを上回る問題があった為である。

 唯一、残った初号機もパイロットは亡く、解析の為に北欧連合に搬送されていった。

 どうやってゼーレの補完計画に対抗すべきか考えていたが、隕石衝突回避作戦の成否も無視する事は出来なかった。

 その為に、ミサトはマンションに戻ってTV中継を見ていた。ドリルミサイルに組み込んだ核兵器が起爆しなかった事で落胆したが、

 その後にTV画面にシンジの顔が映し出された事で度肝を抜かれていた。


(まさかシンジ君が生きていたなんて! しかもレイやカオルまで生きている。レイは自爆して、カオルは殲滅されたのでは無かったの!?

 しかもつるっぺただったあの娘が、あたしよりスタイルが良くなっているなんて、どういう事よ!? 説明を求めるわ!

 い、いや、それはどうでも良い事よね。肝心なのはシンジ君とレイが生きていた事。

 カオルも一緒だって事は、パターンイエローはシンジ君に間違い無いわね。

 という事は、隕石衝突回避作戦もそうだけど、使徒戦、いや補完計画もシンジ君は手を打っているという事か。

 加持のところにあたしを送り込んだのもシンジ君という訳ね。

 だったら、何とかシンジ君と連絡を取らないと。加持も戻ってきてくれれば良いけどね。アスカが行方不明だって事も気になるわ。

 ……そうだ! 加持が残したメッセージにあった御祓いの電話番号に掛ければ、シンジ君と連絡が取れるかも知れないわ!)


 ミサトは加持が残したメッセージにあった御祓いの電話番号に掛けてみた。

 だが、今のシンジはミサト個人に構っている余裕などは無かった。その為に、ミサトからシンジに連絡がつく事は無かった。

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 【HC】基地から転送されたミサトと会い、その逢瀬を楽しんだ事で加持の精神状態はかなり改善されていた。

 だが、相変わらず農作業がメインな日々を送り、話し相手は誰もいない寂しい毎日だった。

 日本のTVは見れる為、ある程度の世界の状況は加持は把握していた。

 そして隕石衝突回避作戦の成否は、加持にとっても重大事だった。何も介入は出来ないが、今後の行動指針を決める材料にはなる。

 加持は真剣な表情でTVに見入っていたが、画面にシンジの顔が映し出された事で目を瞠っていた。


(シンジ君が生きていただと!? あの核ミサイル攻撃からも逃げ果せたというのか!? どこまで予想の斜め上を行ってくれるんだ!?

 ……まてよ。という事は葛城を俺のところに連れて来たのはシンジ君の仕業か!? どんな魂胆だ!?

 まあ、俺も久しぶりで暴走したが……まさか俺の暴走したあれを覗き見する……はずも無いな。分からん。

 しかし、こうなってくると隕石衝突回避作戦の成功率はかなり上がっただろうが、ゼーレとの衝突も間近に迫ったな。

 一体、どうするつもりだ? シンジ君と連絡を取って、何とか協力する方向に持って行きたいが……)


 趣味の農作業は楽しいが、それが専業農家になるとかなりの重労働になる。やはり農家の方には敬意を表すべきだろう。

 まあ、それはともかく、シンジに協力を申し出て、何とかミサトと合流して対応を考えたいと思う加持であった。

 下心に、またストレスが溜まってミサトの柔肌を思い出した事は、加持以外が知る事は無かった。

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 隣国で戦火の臭いが漂い始めたが、日本国内はある程度は落ち着いていた。スペースコロニーへの移住も順調に進んでいた。

 この前は第一弾の日本の文化財を北欧連合に送ったところだ。

 そんな状況ではあったが、隕石衝突回避作戦の第二段階のTV中継を、冬宮は核融合開発機構(NFDO)の理事長室で見ていた。

 そしてグループ4と5の隕石群への対応が失敗したのを見て、スペースコロニーへの移住を出来るだけ早く進める必要があると

 考えた冬宮だったが、TVに画面にシンジの顔が映ったのをみて、驚きの声をあげていた。


「まさか!? 博士が生きていたのか!?」


 シンジが『天武』で大気圏突入を果たした後、不明潜水艦から核ミサイル攻撃を受けたのは当然知っていた。

 死んだとは確かに言われなかった。まあ、ゼーレのあれ以上の妨害工作を受けたく無いだろうから、生存情報を公開しなかったのだろう

 とは予測は出来た。だが、文句の一言ぐらいは言わないと気が済まないと、顔に笑みを浮かべた冬宮は考えていた。


(第二段階作戦が問題無く終了していたら、まだまだ生存情報を明らかにしないつもりだったんだろうな。

 だが、作戦が失敗して世界中に不安を撒き散らす訳にはいかないから、このタイミングで公表したのも納得出来る。

 敵を欺くにはまず味方からと言うが、まんまと騙されたな。喜ばしい事だが、一言ぐらいは文句を言わせて貰おう。

 でも、博士の生存がはっきりした以上、ゼーレの妨害工作も激化する可能性は十分にある。これは気の抜けない日々が続きそうだ)


 シンジが生きていた以上、隕石の地球衝突は防がれるだろうと冬宮は考えていた。問題はゼーレがどこまで足を引っ張るかだ。

 だが、シンジなら……冬宮の顔には笑みが浮かんでいた。そんな冬宮にシンジから電話が掛かってきたのは十時間後の事だった。

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 不知火財閥の総帥である不知火シンゴは書斎で、隕石衝突回避作戦の第二段階のTV中継を見ていた。

 以前にシンジからシンゴの子供夫婦(メグミも含む)のスペースコロニーへの移住を勧められた事はあったが、家族で相談した上で

 断っていた。仕事もあるし、地元に愛着もある。それを見捨ててスペースコロニーに行く決断は出来なかった。

 幼いメグミの事は気にはなったが、最悪の場合はこの地に最後まで居るつもりだった。

 そしてグループ4と5の隕石群への対応が失敗したのを見て、今後をどうするか思案を始めていた。

 だが、TVに画面にシンジの顔が映ったのを見て、思わず立ち上がっていた。


「シンジ! 生きていたのか!?」


 冬宮からの連絡と、その後のTV報道でシンジが核ミサイル攻撃を受けたのは知っていた。

 原爆ドームは核の威力を訪れる人達に無言で示している。シンゴも幼い時から何度も訪れており、核の威力は知っていた。

 だが、シンジは個人を抹殺する為に使用された核攻撃からも生き延びたという。重傷を負ったが、復活したのだ。

 その事を実感すると、シンゴは自然と顔が緩んできた。


(シンジが存命なら、隕石の地球衝突は間違いなく避けられるだろう。だが、ゼーレとの正面衝突は近い。

 これから世界は激動の時を迎える。さて、こちらに出来る事は何があるだろう? 一度、冬宮理事長と話し合う必要があるな)


 そんなシンゴにシンジから電話が掛かってきたのは、十一時間後の事だった。

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 不知火は【HC】の解散を受けて、中将に昇進して、古巣の国連軍に戻っていた。当然、籍を入れたセレナも一緒である。

 そして現在は戻る職場の調整中という事もあり、不知火は長期休暇中の身体だった。

 使徒は全て殲滅されたが、ゼーレとの直接対決が迫っている事を不知火は感じていた。

 だが、古巣の国連軍の受け入れ体制が整っていないので、何も打てる手は無かった。

 そんな状況だったが、巨大隕石の地球衝突の脅威は誰しも気になる事だった。

 その為に、家族用の官舎で不知火はセレナと二人で、隕石衝突回避作戦の第二段階のTV中継に見入っていた。

 セレナの身体は安定期に入っており、少しお腹が出て来たところだ。このままでは隕石の地球衝突は避けられないかも知れない。

 不知火もセレナも、これから産まれてくる子供をどうするか悩んでいた。不知火は立場があるから無理だが、セレナだけでも

 スペースコロニーに移住させるべきかと考え始めた時、TV画面にシンジの顔が映った事で、二人は驚いて大きな声をあげていた。


「中佐!? 生きていたのか!?」

「本当に本人なの!? あの核爆発から生き延びるなんて!?」


 不知火とセレナは二人とも驚いた表情で、視線を合わせた。そして次の瞬間、二人とも笑い出していた。


「レイ君も生きていた。まんまと上手く騙されてしまったな」

「まったく、あたしと会うのを避けていたのは、こういう事だったのね。まったくしょうがない子達ね」

「しかし、見た事が無い女の子もいたな」

「あのシンの事だから、新しい女の子に手を出したんでしょう。まったく、スケベなんだから」

「おいおい、中佐はお前に手を出さなかったんじゃ無いのか?」

「それはそうだけど、胸やお尻にシンの視線を感じたのは片手じゃ済まないわよ。それもかなり強烈な視線だったわ。

 あれこそ視姦というものよ。もっとも、あなたからの視線もかなり感じていたけどね」

「……ばれていたのか……」

「女は男の視線に敏感なのよ。もっとも、男の視線を感じて嫌がるようなら、まだまだ子供だって事。あたしは割り切っていたわ」

「降参だ。さて、中佐が生きていたとなると状況は変わってくるな。隕石の地球衝突は回避される可能性が高くなった。

 そしてゼーレとの直接対決の時期も早まる可能性も高くなった。お前は出産までスペースコロニーに行った方が良くは無いか?

 その程度の融通はロックフォード財団もしてくれるだろう。俺から頼んでみようか?」

「良いわよ。あなたの食事の準備もあるし、夜はあたしがいなくなったらどうする気? あたしは絶対に浮気なんて認めないわよ」

「おいおい、俺はそんなに節操無しじゃ無いぞ。子供が産まれてくるまでぐらいは我慢するさ」

「ベットの中のあなたを見ていると、とても我慢出来るとは思えないわ。だから、あたしはあなたの側を離れる気は無いわ」


 不知火とセレナは目を合わせて会話をしていた。そして二人とも笑みが浮かんでいた。

 言葉には出さないが、二人で通じ合っていたものがあった為である。

 そして不知火はセレナに対して、二度とスペースコロニーに行く話題を出す事は無かった。

 その不知火にシンジから電話が掛かってきたのは、十二時間後の事だった。

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 【HC】解散後、富士核融合炉発電施設の管轄はロックフォード財団に移され、アーシュライトが臨時施設長になっていた。

 そしてライアーンは基地保安部隊の司令として、指揮を執っていた。

 治外法権エリアであり、日本の国連軍からの出向メンバーも撤退し、人員も殆どが北欧連合から派遣されたメンバーになっていた。

 人員の減少によって一時期の活気は失われていたが、それでも士気は高かった。

 アーシュライトはライアーンと二人で、隕石衝突回避作戦の第二段階のTV中継に見入っていた。

 グループ4と5の隕石群の対応には失敗して、二人は落胆したが、その後のTV画面にシンジが映し出されても動揺する事は無かった。

 アーシュライトは前々からシンジの存命を知らされており、ライアーンもその事を【HC】解散後に聞いた為であった。


「やはり各国の提供した核兵器の起爆が懸念されていましたが、実際に問題になってしまいましたか」

「事前に起爆するか確認は出来なかったのか?」

「現実問題として、全ての核兵器を確認するような時間的余裕は無かったらしいですね。もっともR国か。

 結構いい加減なお国柄ですから、間違った資料を渡されたか、起爆装置が振動に弱かったとかそちらの問題の可能性もあります」

「今更、過ぎた事を騒ぎ立てても無意味だな。しかし、中佐が生きていたと発表する事で、世論の動揺を抑えたか。想定済みの事なんだろう」

「勿論です。もっとも、第二段階作戦が無事に終了したら、部長の、いえ、博士の存命は公表しなかったでしょうけど」

「ゼーレの動きは大丈夫なのか? 中佐を核兵器で攻撃したくらいだから、また裏で策動する可能性はあるだろう」

「まあ、そうなんですが、博士は基本的に月面基地か宇宙で活動しますから、ゼーレの手は届かないでしょう」

「……それもそうか」


 今のライアーンとアーシュライトに求められているのは、富士核融合炉発電施設を問題無く稼動させる事だった。

 既に【HC】は解散しており、対使徒戦闘は起きる予定は無かった。ゼーレと直接戦闘する事も予定はされていない。

 その為に、二人の行動は施設の防衛体制の一層の強化を指示する事だけに留まっていた。

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 コウジとアスカはカオルが訪れた時から、ずっと拉致監禁されたままだった。

 一時期はネルフ本部内にいたが、その後に所在不明の山奥の別荘に移されて、軟禁状態のままだった。

 移動手段も道も無かったが、不思議と食料などは定期的に補充されていた。

 二人以外には誰も居なかったが、監視されているのではという懸念もあった。

 だが、禁断の果実の甘みを知った二人は何時までも我慢出来るはずも無く、二人だけの世界を作って爛れた生活を送っていた。

 もっとも、TVだけは置いてあった。その為に、世の中の動きはある程度は知っていた。

 そして寝室のベットに二人とも裸で横たわり、隕石衝突回避作戦の第二段階のTV中継に見入っていた。

 作戦の失敗の中継を見ていて二人とも落胆したが、その後の画面にシンジの顔が映ったのを見て、二人は抱き合いながら視線を交わした。


「彼が生きていたのか!? 核ミサイル攻撃を受けたのに生き延びるなんて、普通じゃ無いぞ!」

「あいつが生きていたのね……まったく、皆を騙すなんて、酷い人よね。後で文句とお礼を言わないと気が済まないわ!」

「お礼? そうか、アスカは彼に二度も助けられたんだったな」

「ええ。それにあたしを第三新東京の廃墟から連れ出して、コウジと会う様に手配したのも多分あいつよ。

 結果的にコウジとこういう関係になれて良かったけど、あたしの意思を無視した事には一言ぐらいは文句を言わないとね。

 でも、ファースト、いえレイもカオルも生きていた。まったくあいつは何処まで手が回るのかしら?」

「彼の長い手で、ボク達を助けてはくれないかな? アスカと一緒なのは嬉しいけど、何時までもこれじゃあ息が詰まるよ」

「……今のあいつは隕石の件があるから、あたし達に構う余裕は無いはずよ。だから、あたしを第三新東京から連れ出したのも、

 あのミリオムとモニカって二人に依頼したんでしょう。でも、これで隕石の地球衝突は多分大丈夫ね。

 カオルが生きていたって事はどういう事なのかは良く分からないけど、これで事態は直ぐに動くはずよ」

「予測はつくのかい?」

「駄目よ。情報も無いし、全然分からないわ。……でも、明日からトレーニングを始めた方が良いわね。

 いざという時に、身体が動かなくての失敗はしたくは無いわ」

「そうだな。でも、今日からじゃ無くて、明日からで良いのか?」

「コウジが元気にあたしに当たっているのは分かっているわよ。我慢出来ないんでしょ。だから、明日からよ」

「そういうアスカだって我慢出来るのか? じゃあ今日はとことんやってやるさ!」

「期待してるわよ」


 まだ日中だったが、コウジは手元のリモコンを操作してカーテンを閉め、そして照明を切った。

 まだまだ二人だけの世界を堪能するコウジとアスカだった。

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 トウジとヒカリは【HC】の地下の秘密エリアの一室で、二人だけの世界に浸っていた。

 とはいえ、トウジの体力は無限では無い。休憩途中に、二人はTVに見入っていた。

 経過観察が良好ならスペースコロニーに移住する事は知らされていたが、巨大隕石の件は二人も不安だった為でもある。

 ベットに二人して裸で横になった状態でTVを見ていたが、画面にシンジの顔が出ると二人は奇声をあげていた。


「碇!? 生きておったんかいな!?」

「碇君!?」


 シンジが核ミサイル攻撃を受けた事は、寝物語の最中にヒカリからトウジに告げられていた。(ヒカリは病室のTVで知っていた)

 その為にシンジが生きていた事は二人にしても衝撃だった。

 そしてヒカリは自分達二人がスペースコロニーに移住する予定だったと考えた時、ある事に思いついていた。


「……ねえ。ひょっとして、あたしの足を治してくれたのも、トウジを治してくれたのも碇君じゃ無いのかな?」

「何でや? ワシは碇と仲は悪いんや。その碇がワシを助けてくれるんか?」

「でも、あたし達は優先的にスペースコロニーに移住出来るのよ。あたし達とロックフォード財団の接点というなら、碇君ぐらいしか

 考えられないけど、どうかしら? あたしの家族もトウジの家族も既にスペースコロニーに行っているのよ」

「……あいつが何を考えとるのか、分からん」

「あたしも分からないわよ。でも、そうかも知れないって思いついたのよ。でも、そうか碇君が……ってあたし達の事を知ってたの!?」

「ど、どうしたんや急に?」

「此処にはダブルベットしか用意してなかったのよ。そこにトウジとあたしを運び込んだって事は……」

「ワシらの関係が碇にばれとるって事か!?」

「それしか考えられないんじゃ無い?」


 トウジとヒカリは顔を真っ赤にしていた。今は全然接点は無いが、それでも嘗てはクラスメートだった相手に、

 こんな事をしているのを知られるのは恥かしいと考えた為だ。

 もっとも、二人が知れば絶句するような事をシンジは既に行っている。

 自分達より遥かに恥かしい事をシンジがしているなど知らないトウジとヒカリであった。

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 以前に戦自の少年兵部隊にいたムサシ・リー・ストラスバーグ、浅利ケイタ、霧島マナの三人はシンジの紹介で中東連合に渡り、

 現在は職業訓練学校に通っていた。寄宿舎付きの施設であり、部屋は狭いが個室を与えられて生活している。

 今の三人は一般常識レベルの教育は当然義務付けられていたが、専攻分野として軍事部門の知識も学んでいた。

 もっとも、中東連合の軍の上層部は古い常識のタイプの人が多く、少年兵を戦場に連れ出す事は認められていなかった。

 従って、三人が戦場に出るのは最低でも三〜四年後になると説明を受けていた。

 もっとも、他にも有能な人材を欲しがっているところは多方面に渡る。

 仮に三人が軍事方面から進路を変えても、他の分野で才能を発揮してくれれば、それで十分だと考えていた。

 中東連合にとって開発に寄与してくれたシンジの依頼という事もあって、三人にはある程度の特別配慮が為されていた。

 その三人が通う職業訓練学校でも世情とは無縁では無かった。

 【HC】の解散、巨大隕石の地球衝突の脅威などは頻繁に話題にあがっていた。そして三人は休憩室で歓談しているところだった。


「あの【HC】が解散か。彼が居なければボク達はこうやって勉強を受ける事無く、戦死していたかもね。

 彼が死んだって聞いた時は驚いたけど、まさか核ミサイル攻撃を受けても生き延びるか。

 しかも隕石衝突回避作戦のメインスタッフの一人だ。彼も波乱万丈な人生を歩んでいるよね。

 確かにボクら程度では、彼には付いていけないな。ここでしっかりと技術を身につけないとね」

「ふん! 確かに俺達三人の当面の生活の手配をしてくれたが、偉そうなあの態度は無いだろう。俺より年下なんだぞ!

 何時かは必ず俺という存在を認めさせてやるさ!」

「シンジさんはムサシの事なんか忘れているわよ。あたしこそ美人になって認めて貰わなくちゃね。それで幸せな生活を送るのよ!」

「マナ! まだあいつの事を諦めていないのかよ!? マナには俺達がいるだろう!」

「それこそまだ学生のムサシとケイタと、シンジさんを比べる方が失礼よ。あたしはシンジさんに胸をしっかりと揉まれたのよ。

 しっかりと感じさせてくれたし、責任は取って貰わなくちゃ!」

「あれはマナが彼の手を自分の胸に持って行ったんだろう。そんな事を何時までも覚えているかよ。

 それより彼の周囲にはスタイルも良い美少女が四人もいるんだ。そこにマナが食い込めるのか? 完全に容姿で負けているぞ」

「頑張ってみせるわよ! 義務教育課程が終われば軍事教育課程に進むわ。そこで優秀な成績を収めて、実績を出すの。

 そしてシンジさんと感激の再会を行って、二人は結ばれるのよ!」

「言ってろ! 確かに俺達は特別配慮がされているが、それも教育が終わるまでだ。

 何としてもその間に一人で、いやマナを食べさせる程度の稼ぎを得られるようにならないと!」

「何よ、あたしはムサシの世話になる気は無いわよ!」

「絶対にマナを俺の方に振り向かせて見せるさ!」

「ボクもムサシに負けないように頑張らないとな」


 三人はまだ十代半ばであり、知識も実技も世間に通用するレベルでは無かった。特別な教育を受ければまた違った結果が出たろうが、

 そこまでの特別配慮をしてくれる人も組織も居なかった。その為に今の三人は必死に勉強に励んでいた。

 まあ、普通の少年少女が特別な活躍をするなど、小説かアニメの中だけであると三人は思っていた。

 まずは自分の足場を確保する事が最優先だ。その為には最低でも一般人並みの常識と知識、そしてあるレベルの技量が必要だった。


 この時点で三人の軌跡とシンジの軌跡が再び交わる事があるのか、知る人は誰も居なかった。

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 ミーナ達人狼の一族が移り住んだ試作のスペースコロニーは小型だが、約十万人が居住可能なスペースがあった。

 最初は火星軌道付近にあったが、今は移動して地球と同じ軌道に移動している。もっとも、太陽を挟んで地球の反対側にあった。

 その為に、現在の人類の技術では探知出来ない場所であり、人狼族にとっては安住の地だと言えた。

 その軌道の為に巨大隕石の件は人狼族の居住しているコロニーには影響は無いが、故郷である地球の命運に影響するので注目はしていた。

 人狼族の人数は三桁に満たない。その為にある程度の大きな部屋に全員が収容出来た。

 そして全員が集まって、正面の大型モニターで隕石衝突回避作戦の第二段階作戦に見入っていた。

 因みに、ミーナは施設全体の管理者を兼ねている。その為に長老の脇に座っていた。


「核兵器を使用した第二段階作戦は完全には成功しなかったか。まあ、彼がいれば何とかなるだろうがな」

「核ミサイル攻撃を受けて瀕死の状態になった時は焦りましたが、無事復活しましたからね。シンに任せておけば大丈夫でしょう」

「彼の看病に行きたかったのでは無いのか?」

「……確かにその気持ちはありましたけど、今のあたしはこのコロニーの維持管理を行う責任者です。それを放棄は出来ません」

「……済まないな」

「いえ。これも皆の為であり、自分の為でもあります。今のシンにはサポートしてくれる女の子が四人もいますからね。

 あたしが居なくても大丈夫ですよ。それに知らないうちに一人増えてる。まったく、底無しは変わらないですよ」

「此処の生活も大分落ち着いた。移住したばかりの頃は、生活必需品の不足から不便を強いられたが、今では十分な量が揃っている。

 食料の自給自足も目処がついている。少しぐらいなら、彼のところに行ってはどうかね?」

「……正直言って、シンのところにあたしの居場所が無いんじゃ無いかと思っています。あたしが行けば、優しく迎えてくれるでしょう。

 でも、絶対に以前と同じような態度は取れないんじゃ無いかと疑っています。でも、これはあたしが選んだ道です。後悔はしません」

「…………」

「シンを愛しているのは今でも変わりません。でも、シンの子供はあたしは妊娠出来ない。あたしは女ですから、子供は欲しい。

 そのギャップに悩んでいます。これもあたしが結論を出さなくてはいけない事なんでしょうけど」

「一度は彼に相談してみると良い。ひょっとしたら、異種族間でも子供が出来る可能性だってあるだろう。

 自然妊娠は無理でも、そういう治療法があるんじゃ無いのか?」

「! そうですね。その可能性があったか!」

「我が人狼族を救ってくれた対価として、男女二組のペアを差し出すと言ったが、実際にはミリオムとモニカの一組しか出せていない。

 彼は笑って許してくれたが、忸怩たるものを感じている」

「それはあまり気にする事は無いと思いますよ。そこまでシンは狭量では無いです。ミリオムとモニカの扱いだって結構良いでしょう」

「ああ。偶に連絡があるが、こんなに楽な仕事で良いのかと相談された事がある。二人の任務も素性がばれないように配慮して貰っている。

 こんな事では恩義を返したとは言えないな。さて、どうしたものか」

「そこまで深刻に考える事は無いですよ。隕石の件が一段落したらあたしはシンと話し合ってみます」

「うむ。後悔はしないようにな」

「ありがとうございます」

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 北欧連合の首相であるフランツと軍のトップであるグレバート元帥は、首相執務室でTVに見入っていた。

 ある意味では予想通りという事もあって、表面上は二人の態度に変化は無かった。


「やはり第二段階は完全には成功しなかったか。

 各国から提供された核兵器の起爆装置に不安があると連絡を受けていたが、予想通りの事態になってしまったな」

「ですが、シン博士が生きていると知らしめた事で世論の動揺は抑えられました。後は博士の言った第四段階の作戦の準備を急いで貰う

 必要があります。それと対ゼーレ対策ですね。博士が生きていた事で先手を取られる懸念があります。急いで対応を考える必要があります」

「そうだな。既に国内は戒厳令が布かれている。同盟国と友好国にも非常事態への対応の警告を出そう。

 財団からは一連の騒動が収まるまで【ウルドの弓】の管理権を軍に移管すると連絡があった。

 これで非常事態には、我が軍で対応が出来るだろう。それにしても、これからどう動くかだな」

「我が国の機動艦隊は南米とアジア、西アフリカに派遣しています。

 近海の哨戒活動は活発化させていますが、海上の防衛力の低下は懸念材料ではあります。

 世界各地で我が国の友好国に侵略しようとする動きは目立ってきていますから、要注意の状態です」

「うむ。此処に来て、世界各国の動きが加速している。しばらくは監視衛星の情報収集を密にしてくれ」


 ネルフの追加拠出金で国が傾き出した国家は、隣国に【HC】支持国がある場合には、その富や食料を奪おうと略奪する動きがあった。

 既に北欧連合の友好国との間には、秘密の軍事協力協定が結ばれていた。

 今は隕石衝突回避作戦に全力を投入したいのだが、友好国の危機とあっては見過ごす事は出来なかった。

 このまま、何とか隕石の件に目処がつくまで、各国が暴走しないようにと願うフランツだった。

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 ミハイルはまだ傷が癒えておらず、ベットに寝たままの状態だった。

 もっとも、シンジの生存を公表した為に注目度が減ると予想されたので、この後は医療カプセルに入って、一気に身体を治す予定だった。

 ともあれ、隕石の衝突回避作戦の第二段階が完全に成功せずに、シンジの生存を公表した今、計画の変更が迫られていた。

 その為に、ナルセスとクリスはミハイルのベットの横の椅子に座り、今後の件の協議を行っていた。


「では、シンが戻り次第、自分は医療カプセルに入ります。二日もあれば完治に持っていけるでしょう。

 その間に何かがあれば、シンに対応して貰います」

「うむ。シンが復帰した今、対応を急がねばならんからな。ミハイルも早く身体を治してくれ」

「では、あたしは時間が取れ次第、オルテガ様のところに行ってきます。

 最後の使徒の件がクリアした事と、ゼーレとの最終決着が間近である事を報告してきます」

「この前に視力が回復してから、連絡が多くなったな。まあ、元気になったのは良い事だ。宜しく言っておいてくれ」

「分かりました。それとシンと一緒に見慣れない女の子が映っていましたが、聞いていますか?」

「いや、何も聞いていない。シンが戻った時に聞いておくよ」

「コロニーレーザーの方の準備は大丈夫なのか?」

「ええ。後は作業ロボットによる仕上げだけです。専念して指示するような事はありません」


 どうしても小さい隕石(直径が十キロ未満程度)はコロニーレーザーを使って一気に無効化する予定だった。

 そして第二段階で無効化し損ねた直径が五十キロ以上のものは、これから用意する第四段階の作戦で対応する。

 残り時間はあまり無かった。それでも隕石に関しては、何とかなる見込みが出た事から明るい表情で話す三人だった。

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 R国の政府要人達が、会議室で会議をしていた。

 隕石衝突回避の第二段階作戦において、自国が提供した核兵器が起爆しなかった事が生中継で全世界に知れ渡ったのだ。

 これでは国の面子が丸潰れである。まだ各国の非難声明は来ていないが、対処を考えておく必要があった。


「我が国が提供した核兵器全てが起爆しなかったとは、どういう事だ!? これでは我が国の面目が丸つぶれだ!」

「調査したが、軍の技術部から提出された起爆装置の仕様書に間違いがあったらしい。こんな事は公表は出来ないぞ。

 北欧連合には原因を調査中と回答しておいた。もっとも、先方は呆れ返って流してくれたが。まったく情けない限りだ」

「我が国は唯一、北欧連合と国境を有している。以前の侵攻作戦にも我が国の陸軍を派遣した事もある。

 昔からの領土問題の経緯もあって、あそこの我が国への感情は極めて悪い。これ以上は悪くさせないで欲しいんだがな」

「それは重々承知している。軍の技術部の責任者は重罰を与える。問題は北欧連合にどう弁解するかだ」

「北欧連合への回答は、全世界向けの回答にもなる。中途半端な答えでは納得しないだろうな」

「まったくだ。下手な回答をすれば、我が国が隕石衝突回避作戦の妨害工作をしたと見做される。それだけは避けなくては」

「技術の責任者の公開処刑でも行うか?」

「一個人の怠慢だったのか、故意だったのか、どちらだ?」

「怠慢だ」

「ならば公開処刑だな。それが我が国の態度を明確にする事になるだろう」

「良かろう。それで北欧連合には報告しておく」

「あそことの関係改善の動きに成果は上がっているのか?」

「駄目だ。元々、我が国の信用は低いからな。資源外交をやろうにも、あちらは食料や資源の輸出国だ。軍事外交なんて、考えたくも無い。

 詰まるところ、打つ手が無いのが現状だ。だが、何としても宇宙資源の開発には食い込みたい」

「宇宙資源絡みは隕石の衝突回避作戦が無事に終わってからだ。今は無闇に騒ぐと北欧連合に悪印象を与えかねないからな。

 今しばらくは様子見に徹する事としよう」

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 シンジと過去に面識のあった中東連合の某閣僚は、自宅の書斎でTVを見ていた。

 途中、一部の核兵器が起爆しなかった事で肩を落したが、シンジが生きていた事を知って目を瞠っていた。


(彼が生きていたのか!? しかし、核ミサイル攻撃からも生き延びるとはさすがは魔術師の名に恥じない実力だな。

 これで状況は良い方向になる可能性は十分にある。最後の使徒が倒されて【HC】は解散されたが、隕石の件は不安だったからな。

 我が国からのスペースコロニーへの移住は進んでいるが、これなら急がせる必要は無いかも知れんな。

 後でフランツ首相に経緯を確認する必要があるな。次の閣僚会議で今後の対応策をどう変えるか、提案してみるか)


 シンジは以前に中東連合に赴任した事がある事から、関係もそれなりに深かった。シンジの人柄や能力を知っている人間も多い。

 この閣僚もその一人だった。今まで不可能だと判断されていた事を、シンジが何度も実現させてきた事を知っていた。

 シンジが亡くなったと思って巨大隕石の件で不安を抱いていたが、希望が出て来たかも知れないと笑みを浮かべていた。

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 隕石衝突回避作戦の第二段階作戦は全世界に中継されていた。

 そして某国の核兵器が起爆しなかった事で、第二段階の作戦は完全には成功しなかった。

 その事で、一瞬は絶望感に囚われてパニックを起こそうとする人々を止めたのが、シンジの生存情報だった。

 しかも、第四段階の隕石の阻止作戦を発動させると明言していた。

 まだ希望は残っていると知った群集達は、シンジの行動に注目し始めた。


「第四段階の作戦を実施するって言ったけど、何をするつもりだと思う?」

「分かるかよ。でも魔術師が生き延びたって事は、隕石の件も何とかなるかも知れないって事だろう」

「核ミサイル攻撃から生き延びたんだよな。普通なら絶対に死んでるぞ。どうやって逃げたんだろう?」

「さあな。そんな事より隕石の方が心配だ。それ以外にも北欧連合の友好国の周辺がきな臭くなっている」

「世界各地で暴動が起きている。少なくとも紛争の危険性がある箇所は二十箇所以上はある。注意しないとな」

「【HC】を解散して不安だったけど、魔術師が生きていたとなるとまた違ってくるな」

「ああ。スペースコロニー計画を進めたのは彼だからな。成功の見込みはありそうだ」

「スペースコロニーに移住できれば、こんな不安を感じる事は無かったんだがな」


 このような会話が世界各地で行われた。まだ不安は色濃く残っていたが、絶望するにはまだ早い。そんな状況であった。

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 ネットの某掲示板 (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)


『核ミサイル攻撃を受けて死んだはずの魔術師が生きていたなんて、何て非常識なんだ!?』

『個人相手に核ミサイルが使用されたのだって異常なのに、それから生き延びるなんて、どんな事をしたのかな?』

『核爆発で重傷を負ったと言ってたな。ネルフの新型兵器の起動実験の時も重傷を負ったし、やっぱり身体は普通の人間か。

 それで生き延びたという事は、新しい技術でも使ったのかな』

『多分な。そうでも無ければ核爆発の爆心地から逃げられる訳も無い。そんな技術まで持っていたんだな』

『魔術師の持つ技術レベルは何処まであるんだ。こうなると隕石衝突回避の第四段階作戦がどんなものかを知りたくなるな』

『そんな事が俺達一般人が分かるはずが無いだろう。不安になるのは分かるが発表を待てよ』

『でも、これで隕石の件は何とかなるかも知れないって希望が出て来た。後の不安は隣国で戦争が始まるかだな』


『戦自による海上の哨戒ラインは完成しているし、放置しておきゃ良いんだ。海があるから日本に影響が出る事は無いだろう』

『この期に及んでも独裁国の脅威に備えるより、日本非難のデモをやっているくらいだからな。今までのあそこの国の教育の成果だな。

 下手に手を差し伸べても、支援が遅いだとかの言い掛かりをつけられるだけさ。1997年のアジアの通貨危機の時がそうだったよな。

 確かに日本の支援は一番遅かったが、最大の支援額を出したにも関わらず、感謝もされずに遅いとか恩着せがましいとか言われた。

 あの国が破産する危機に支援して、感謝もされないで文句を言われるなら、最初から支援しない方が良い』

『そうそう。何があっても日本は関係無いさ。あそこは世界一優秀な民族って自画自賛しているから、何とかするだろう。

 我々みたいな劣等民族とは関わらずに、この機会に是非とも優秀な民族である事を実証して貰いたいもんだ』

『彼らにも権利はあるが、それは我々も同じだ。我々に彼らを助ける義務は無く、日本に責任転嫁しなければ良いさ。

 何時までも彼らの一方的な主張が通ると思ったら大間違いだ。我々だって怒る時は怒るんだ! 相手を尊重しない国とは付き合えない!』

『日本が発展したのは自分達のお蔭だとか、声高に主張していたしな。最初から断定口調で自分達は間違いが無いと思っている。

 それを批判すると自分達に嫉妬していると返してくる事もある。まったく狂信的な宗教に嵌っているんじゃ無いのか?

 俺は聖人じゃ無いから、右の頬を殴られて左の頬を差し出すなんて事は無い。とは言え、暴力に訴えるなんて事はしたくは無い。

 相手がこちらの反論をまともに聞かないなら、話し合いは出来ない。だったら関係を絶つのが一番平和的だ』

『この前の選挙で落選した元国会議員の大半は、今までのあそこ擁護の発言を地元の有権者から厳しく責め立てられて出国したらしいな。

 元マスコミ関係者や大学教授などの知識人でも、周囲から厳しい批判をされて逃げ出した人間も多い。

 それと各省庁の職員で、あそこに便宜を図って資金を受け取っていた職員も懲戒免職されて国外追放になっている。

 日本国内に居場所は無く、態々戦禍に遭うかもしれないところに行かざるを得なかった。自業自得というやつだな』

『あれだけ賛美していた国に行けたんだから、彼らも本望じゃ無いのかな。仮に戦禍に遭っても悔いは無いだろう。

 やっぱり人間は自分の発言内容に責任を持たないとな。立場がある人間なら尚更だよ』

『国民感情だけで外交は出来ないが、その感情も無視出来ないという事だな。客観的に見て、あの国はやり過ぎた。

 自制無き国家の見本のような国だ。後は彼らの努力と才能に任せた方が良いだろう。栄えるも滅びるのも彼らの自由だ。

 我々はそれに関わるべきでは無いだろうな。あそこと戦争するなんて、無駄な事はするべきでは無い』

『まともな国民も居なくは無いだろうが、馬鹿な事をやっている強硬派を止められない時点で、連帯責任を取らされる事になるだろう。

 その事を分かっているんだろうか? 国が馬鹿な事をしても自分達は関係無いとでも思っているのか?』

『さあな。上が馬鹿をやれば、下も被害を受けるのは何処の組織でも同じだ。会社なら辞めれば良いが、国となるとそうはいかない。

 だからこそ国の行動には責任があって、それを国民が監視しなくては為らないんだが、それを分からない人間が多いんだ。

 以前の日本もそうだったがな。あそこの国民もそれを勉強した方が良い。もっとも次に教訓を生かす機会があれば良いが』


『大陸とは文化交流なんかは縮小して政治的には疎遠になって行くけど、経済交流は続けるのか。同じく反日国だけど、

 この対応の違いは何だろうな? あそこと同じく国交断絶の方向にはいかないのか? ダブルスタンダードじゃ無いのか?』

『国の規模の違いだな。人口と資源。それに日本にメリットがあるか無いかの違いだ。青臭い理想論だと、同じ事をして来たなら、

 同じような対応を取るべきだろうが、そんな事は現実の国際外交においては有り得ない。大国の横暴は非難はされるが制裁は無い。

 だけど、小国の横暴は非難されて制裁される。まあ、国力に見合った行動なら許容されるのが国際外交の舞台だろうさ』

『うわあ、小国の人間が聞いたら怒り出しそうな話しだな』

『それが現実だ。理想論と現実を一緒にすると痛い目を見るのは国も同じだ。会社だって、平社員と重役の発言力は違うだろう。

 幾ら理想論や正しい事を言っても、平社員の発言は無視される事もある。だけど重役の発言は通り易い。それと同じさ。

 発言力が小さければ、幾ら主張が正しくても通らない時もある。逆に発言力があれば、少し無理でも押し通す事が出来る』

『小国なのに、身勝手言って横暴な事をすれば叩かれるだけか。確かに大国だったら、面倒な事になる前に騒動を収めようとするしな。

 ダブルスタンダードって騒ぐ国は小国だって事の証明か。やっぱり、大国って良いよな。日本もそうなれば良いんだが』

『ダブルスタンダードって騒ぐ奴こそ、自分達がしている事が多い。加害者の時は知らない振りをして、被害者側に回ると途端に騒ぎ出す。

 そんな事を言い出す人間ほど、地球は自分を中心に回っていると勘違いしているんだろう。

 都合が悪くなると電話に出なくなる奴とか結構いるしな。責任転嫁の上手い奴に、そんな人間が多いよな』

『大国の許容出来る横暴だって限度がある。限度が過ぎれば紛争になって、最後は戦争になる。

 戦争なんて誰も本音ではしたくは無いだろうけど、攻められたら反撃しないと国は滅ぶんだ。

 限定的な被害で済んでも、抵抗をまったくしなければ国際政治の場で信用を失って、やがては凋落する。

 国際政治の場で、あそこの国は何をしても口だけで反撃しないと分かれば、良いカモになってしまうだけだ。

 個人的には戦争や争いを避けたいとか、逃げ続けたい気持ちは分かる。

 だけど痛みを恐れて対策を取らないと、衰弱死する事だってあるんだ。

 それに争いを避けるだけなんて個人的には許されても、国民の財産を守る義務を持つ国家で、それが許されるはずも無い。

 話し合いが通じない相手から逃げ続けても仕方が無い。そんな事も分からずに、個人的な感傷で国家の行動を批判する人もいるからな。

 自分の意見を言う事は良い事なんだが、責任を持って発言して欲しいもんだな』

『ODAも停止して日本の税金が反日国に流れ込まなくなっただけでも十分だろうな。それに企業関係も疎遠になりつつある。

 情報漏洩事件も起こり難くなるだろう。国内もしばらくは静かになって行くんだろうな』

『我が国の食料自給率が改善されたから、汚染された食料が国内に出回る事も無いだろう。まあ、資源の輸入は止むを得ないと言う事か。

 こちらからの輸出の関係もある事だしな。国際政治はリアリズムの塊だな。綺麗事だけじゃ済まないって奴か』

『セカンドインパクト前の平和な時代だって、そうだった。今は生き残るのにどこの国も必死だからな。綺麗事だけじゃやっていけない。

 そのパワーバランスを取りながら上手くやっていくしか無いのさ。悲しいけど、これが現実なんだよ』


『地上は醜い争いばっかりで嫌だな。やっぱりスペースコロニーに行きたいよ。

 知り合いから電話があって状況を聞いたけど、結構住み易い環境だってさ。

 まあ施設が間に合っていないとか、立ち上げ中だとかはあるけど、食料は豊富で治安は良いらしい。規律はかなり厳しいらしいがな』

『行ければな。俺は書類審査で落されたけどな』

『腐ったみかんの法則は現実に存在する。駄目な人間と接点が多いと、自然とそれに引き込まれる場合が多い。

 逆に、優れた人間との接点が多いと、その人の人間性も磨かれる。そういう事なんだろうな。だからあれほど厳しい審査なんだろう』

『学校は子供を教育して育てるところ、社会は競争するところ。競争社会で負ければ、敗者として扱われる。

 敗者復活はあるだろうが、それでも手厚すぎる保護は自立の妨げに為りかねないからな。

 それこそ理想論が通じるケースと通じないケースがある。それを弁えないとな。立場の違いで考え方も変わってくるさ』

『何れにせよ今の財団に圧力を掛ける事の出来る組織なんて限られる。それこそ不買運動なんて出来る状態じゃ無いぞ』

『そう言えば、魔術師がTVに映った時に、周囲に四人の美少女がいたよな。まさかと思うが、どういう関係なんだ?』

『そんなプライベートな事が分かる訳が無いだろう。そこら辺の国家機密より重要度は高いんじゃ無いのか?』

『第三新東京の元のクラスメートの証言では、茶髪と蒼い髪の二人は一緒に住んでいて親しい間柄らしいぞ』

『ある情報筋からの情報だと、黒い髪の女の子は孤児でやたらと料理が上手いらしい。結構スタイルが良かったよな』

『銀色の髪のメガネの女の子は爆乳サイズだったな。お近づきになりたい!』

『……もし、魔術師があの四人に手を出していると分かったら……殲滅の対象だな』

『返り討ちに遭う危険性が高いがな。でも、気持ちは納得出来るぞ』

『やっぱり、奴は男の敵だな』


『そんな些細な事はもう、どうでも良いさ。これから生きるか死ぬかの非常事態が待っているんだ』

『隕石衝突回避作戦がどうなるか次第で、俺達が生き延びられるかが変わる訳か。もう少しで結果が出るのか』

『そうだな。隕石の件が終わって、それでも生き延びられたら、また会おうぜ』

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 某国の日本人街は、最近急激に人口が増えていた。切羽詰って日本から出国して来た人達の為であった。

 本来は数千人レベルの収容しか考えていない街に、万を超える人々がいきなりやって来たのだ。

 住居は足りなくて移住して来た人々は不便な生活を強いられたが、彼らには他の行き場所が無かった。


 日本国内において、匿名でネットに某国の工作員名簿がUPされた。それには実名と住所、それに今までの行為等が記載されていた。

 それも本来なら大使館レベルでしか知りえないような情報まで記載されていた。

 真実味があると判断された情報はあっという間に裏が取られ、真実だと言う結論に達した。

 そうなると工作員は周囲からの白い目に常時晒され、狭い日本では逃げられる場所など無かった。俗に言う『村八分』である。

 それに近々、国内の取締法が厳しく改正される予定という事もあって、身の危険を感じて慌てて財産を処分して逃げ出したのだ。

 この国に入国する時に、持ち込んだ財産の大半は入国関係費用の徴収という名目で取り上げられている。

 食料も不足勝ちで、農業活動や建築関係の仕事に従事しながら、今までと違う仕事に戸惑いながらも生活を始めていた。

 だが、今までの工作に見合った待遇では無いと考えている人達の不満が消える事は無かった。


「まったく、今まで祖国に尽くしてきたのに、この仕打ちとは。納得出来ないわ!」

「持って来た財産の半分が入居費という事で取り上げられた。多分、戻って来ないだろうな。

 劣悪な生活環境に我々を押し込めるなんて横暴だ! 絶対に抗議するべきだ! 我々は祖国に尽くしてきたんだぞ!」

「無駄な事は止めておけ。我々はこの国の人間だが、満足に言葉も喋れないんだ。

 この地区の管理者が我々を胡散臭そうに見ているのが分かるだろう。我々を蔑視しているんだ。抗議なんかしても無駄だ」

「同じ民族なのよ! 同胞なのよ! それに祖国の命令に従って日本で工作していた功労者なのよ。

 工作は結果的には失敗したけど、待遇を改めて貰いたいわ。少なくとも日本にいた時と同じレベルの生活が出来る環境が欲しいわよ!」

「政府が我々を受け入れたのは日本政府との裏取引もあった為だが、我々の資産の没収がメインだ。

 北の侵攻が始まるかも知れないって時に、我々に構っている余裕は無いだろうな。いざとなれば見捨てられる可能性もある」

「我々工作員の実名と住所がネットで公表されてしまったから、痛烈な批判を浴びた。だけど、命の危険性は感じなかった。

 でも、此処にいるとその内に殺されるんじゃ無いかって不安になるよ。何と言っても言葉が通じないのが大きい。

 同じ民族とは言っても言葉が通じないんじゃ、意思疎通も出来やしない。こんな事なら日本で隠れていた方がマシだったな」

「日本のぬるま湯に慣れてしまったけど、此処は戦争状態にあるんだ。昨日、大量の銃が倉庫に運び込まれた。

 もしかすると、我々も前線に送られるかも知れん。北が攻めてくるかも知れん。今のうちに覚悟を決めておいた方が良い」

「何でよっ!? あたし達は軍隊の訓練も受けていないのよ! いきなり銃を持たされても撃てる訳無いでしょ!」

「此処は徴兵制を布いている。ある程度の年齢の男は戦えるのが普通だ。その事に上の組織の人間が気がつかないのかもな」

「嫌よ! 何で祖国に帰ってきてまで、戦争をしなくちゃならないの!? これなら日本で我慢していた方が良かったわ!」

「もう、来てしまったからには手遅れだ。既に俺達はブラックリストに載っているし、日本に行く事すら出来ないだろう。

 もっとも、あいつらの方がよっぽど落ち込んでいるけどな」


 そう言って、ある男は絶望的な表情で惰性で働いている集団を指差した。

 マスコミ関係者や公官庁の職員、法曹界や教育界、様々な職種の人達だった。全部で数百人にもなるだろう。

 全員が日本人で、それなりの年齢で以前はそれなりの立場にあった。だが、某国の工作者だった事が暴露されては日本には居られなかった。

 そして此処の日本人街に辿り着いたが、安住の地では無かった。生活環境も悪く、周囲は温かく受け入れてくれた訳では無い。

 嫌いな日本人であり、さらには裏切り行為を働いたとして、現地の人々からは露骨な侮蔑の対象になっていたのだ。

 時々だが現地の人々は分からない言葉で喚きながら、集団で日本人に暴行を加えていた。

 単なる憂さ晴らし行動だろうが、多数に無勢で抵抗など出来はしない。

 そして、暴行事件があった事を管理組織に訴えても、何も取り締まってはくれない。だが、他に行き場所が無い。

 自分達のした事を深く後悔しても、既に取り返しはつかない。先行きが全然見えない事から、この街全体が暗い雰囲気に覆われていた。

***********************************

 スペースコロニー内でも隕石衝突回避作戦の実況は流れていた。

 もっとも、移住してきた人々でシンジを知っている者など殆どいない。だが、極僅かだが嘗ての中学のクラスメートが移住者に入っていた。

 その一人である女子中学生はコロニー内にある学校の教室で、クラスメートと昨日のTV中継に関して歓談していた。


「えっ!? あなたはシン・ロックフォード博士を知っているの!?」

「そうよ。以前に第三新東京の中学で同じクラスだったのよ。もっとも、あたしは話した事は無いから、忘れ去られているでしょうけど」

「それでも凄いじゃ無い! で、どういう人だったの!?」

「あんまりクラスメートとは話さなかったのよ。昨日のTVに出ていた茶髪のアラブの人と、蒼銀の髪と赤い目の女の子が居たでしょう。

 その二人といつも一緒で、固まっていたのよ。だから殆ど知らないの」

「そうなの? 残念ね。でも、周囲に四人の同じくらいの女の子がいたじゃ無い。どういう関係なのかしら?」

「転校してきた時は、二人は家族だから同居しているって言ってたわね。でも、あたしの知らない女の子が二人もいたのよ。

 そっちはどういう関係かは知らないわよ」

「まさか、深い関係だったりして! 一人のメガネを掛けた銀色の髪の赤い目の女の子なんて、有り得ないスタイルだったじゃ無い!

 きっと深いお付き合いをしているに決まっているわよ!」

「それを言ったら、純日本人っぽい女の子も良いスタイルをしていたわよね」

「まさか、ハーレム?」

「それこそまさかよ。まだ中学生でそんな事をしている訳が無いでしょう。変な小説の読み過ぎじゃ無いの」


 今のスペースコロニーの管理責任者はクリスだが、製造責任者はシンジだった為に、それなりに名前は知れ渡っていた。

 核ミサイル攻撃を受けて死亡されたと判断されていた為に、生きていたのは驚きだった。

 スペースコロニーに移住して、巨大隕石が地球に衝突しても生き延びられるとはいえ、故郷が失われるのは寂しいものがある。

 でも、今までのシンジの行動を考えると、何とかなるかも知れないという希望の火が湧きあがってくる。

 今はスペースコロニーに移住するだけの一方通行だけだが、状況が落ち着けば一時的に故郷に帰れるようになるとTV広報で言っていた。

 その時は地球に残った知り合いに、スペースコロニーの生活状況を話せるだろう。自慢出来るだろう。

 その事で女子中学生同士の会話は盛り上がっていた。

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 十二個のモノリスはシンジが生きていた事を知り、緊急会合を開いていた。

 『ロンギヌスの槍』を失い、シンジが死んだという前提の元で、隕石衝突回避作戦の実行を待ってから補完計画を実行する予定だった。

 もし、衝突回避作戦が失敗するなら、補完計画を前倒しで実行する事で合意していた。ゼーレにしても、補完計画を実行したは良いが、

 その後で巨大隕石が地球に衝突する事で補完計画後の状況に何処まで影響があるかを把握出来なかった事も理由の一つだった。

 だが、シンジが生きているとなると前提は変わる。しかも最後の使徒であったカオルまでが生きていたのだ。

 後手に回っては補完計画が邪魔されるという懸念も十分にあった。その対策をどうするかの緊急会合だった。


『まさか魔術師が生きていたとはな。計画を修正する必要がある』

『既にES部隊の予知能力者の予備は無い。計画の前倒しが必要だ』

『補完計画の邪魔になる北欧連合、スペースコロニー、そして魔術師を抹殺する事が必要だ。受身に回っては此方が不利になるだけだ』

『偶然にも魔術師を誘き出す算段はついた。後はゼーレの総力をあげて計画を実行するだけだ』

『量産機の数は揃ってはいないが、最早時間的な余裕は無い。隕石衝突回避作戦の完了を待たずに人類補完計画を実行する』

『崩壊寸前の各国への根回しは済んでいる。準備を急がせる事にしよう』

***********************************

 暗い部屋で白衣を着た三人の男(オーベル、キリル、ギル)と一人の女性(セシル)が、真剣な表情で討論していた。


「上から命令が来た。隕石衝突回避作戦の第三段階を待たずに、補完計画を実行する。実際に量産機を出す前に、魔術師、北欧連合、

 そしてスペースコロニーを始末する。ゼーレの総力を注いだ作戦だ。失敗は許されない。覚悟を決めろ」

「準備は全て出来ているわ。では、早速行動命令を出さなくてはね」

「ES部隊の主力の指揮は俺が執る。魔術師は俺が仕留めて見せる!」

「俺は対宙戦闘部隊の指揮を執る。スペースコロニーと北欧連合の人工衛星も全て落としてみせる。盛大な宇宙の花火を咲かせてみせるさ」

「私は潜水艦隊を含んだ北欧連合への攻撃部隊の指揮だな。既に準備は出来ている」

「世界各国の【HC】支持国への侵攻タイミングの調整はあたしが行うわ」

「早速、行動に移ろう。まずは世界各国の同時攻撃だ。それに合わせて各作戦を発動させる」

「量産機の行動指示は上が直接行う。これで我々がこうして顔を合わせるのもこれが最後になるだろう。失敗は許されない。成功を祈る!」


 こうして、ゼーレの人類補完計画の前哨戦である北欧連合殲滅作戦が発動される事になった。

**********************************************************************

 シンジ達は隕石衝突回避作戦の第二段階が終わると、月面基地に戻っていた。

 二十畳ほどの広さのリビングのソファに五人は座って、コーヒーを飲んで寛いでいた。


「やっぱり起動しない核兵器があったわね。予想していたけど、残念だわ」

「仕方無いわよ。そのリスクは想定してあったもの。だからあれの準備をお兄ちゃんは進めていたんでしょう」

「そういう事だな。既にあれの準備は最終段階に入っている。四人は睡眠学習である程度の知識は得たと思うけど、これから四人は実地訓練に

 向かって欲しい。ボクは義兄さんのフォローと全体の監視を行う。ボクが生きている事を公表したから、ゼーレがどう動くか。

 ネルフは戦力が無いから無視して良いけど、ゼーレの量産機の動向も注意する必要がある。

 こちらから先手を打って攻撃出来れば良いんだけど、ボクの怪我もあって準備が進んでいないからね。まったく厄介な事だよ」

「じゃあ、これからシンジさんとあたし達は別行動になるんですか? 食事と夜の生活は大丈夫ですか?」

「食事の時間になったら、そっちに行くからボクの分も用意しておいて。夜はそちらで寝るから大丈夫だよ」

「やっぱりね。シンが我慢出来るはずが無いものね」

「……仕事が遅くなって戻れない時は、連絡をいれるからね」

「……まさか、他の女のところに行くんじゃ無いわよね!」

「そんな事をする訳無いでしょ。それぐらいは信用して欲しいな」

「……シン様を信用しておきます。それはそうと、世界各地で紛争の兆しが出てきています。大丈夫なんですか?」

「北欧連合の本国、それに同盟国と友好国の経済状態は良いから、侵略の対象になる事は十分に予想されている。

 だから【ウルドの弓】の管理権を一時的に軍に戻した。これでボクの負担が軽くなる。

 地上の事まで介入出来る程、余裕がある訳じゃ無いから、そちらは本国政府に任せるよ」


 今は隕石衝突回避作戦に全力を注ぐ時だ。ゼーレとの決着は、それの後でつけるつもりでいた。

 だが、自分が生き延びた事を知ったゼーレが先手を打ってくる事も考えられる。

 その時は準備不足という懸念はあるが、力ずくで叩き潰すだけだと考えていた。

***********************************

 リツコはゲンドウから捨てられると判断して錯乱、【HC】ごと初号機を攻撃しようとして失敗。現在は拘束中の身だった。

 メンテナンスが出来ない為に義足の調子が悪くなってはいたが、どうせ拘束中の身で自由に動けるはずも無く、不問にしていた。

 ベットが一つしか無い狭い部屋である。端末も無く外部の情報は一切入って来ない状態で、リツコはベットに横になって夢を見ていた。

 リツコが見ていた夢では、ゲンドウと夫婦になって幸せに暮らしていた。

 地位も財産も要らない。ゲンドウと二人で幸せに生きていければ良いとリツコは思っていた。

 現実には無理だろうが、夢ぐらいは自分の好きな事を見る権利はあるだろう。だが、その幸せな夢に邪魔者が現われた。


「へー。これが赤木さんの夢なんだ。随分と乙女チックなんですね」

「ロックフォード中佐!? あたしの夢の中に何で中佐が!? そもそもあなたは死んだんでしょう!?

 あたしの夢にまで出てくるなんて非常識よ! それとも幽霊!? ああ、もう、どうなっているのよ!?」


 他人に絶対に知られたくは無かった恥かしい願望をシンジに知られて、リツコは一瞬パニックになっていた。顔は真っ赤である。

 そもそも、自分の夢に何故シンジが出てくるのか? シンジは死んだはずでは無かったのか?

 混乱するリツコにシンジは平然とした態度で答えた。


「本音を言いますけど、ボクは赤木さんが嫌いです。倫理観に欠けた科学者は危険であり、許されるものでは無いと考えています。

 あなたが女性として酷い事をされたのは今知りましたが、それでも酷い事をした男と一緒になりたいという気持ちが理解出来ませんよ」

「……男と女はロジックじゃ無いのよ」

「そうかも知れませんが、それでも赤木さんのした事を許す事は出来ませんよ。レイに何をしたか忘れた訳じゃ無いでしょう。

 それに失敗したから良かったですけど、嫉妬に狂った女の為に【HC】基地が核攻撃を受けたら責任は取れたんですか?」

「…………」

「答えられませんか。まあ良いです。普通の女性だったら、世間的には可哀相と同情が集まるんでしょうが、あなたの嫉妬による行動が

 成功した時の被害を考えると、ボクには同情は出来ません。話を戻しますが、ネルフ司令を諦める事は出来ないんですか?」

「……無理よ」

「それで死んでも良いんですか?」

「構わないわ! でも、あたしは身体を持たないユイさんにも負けたのよ! あの人は身体を捧げたあたしよりユイさんを選んだのよ!

 でも! でも! それでもあたしはあの人を捨てられないの! 馬鹿なのは分かっているわ! それでもあたしはあの人の事がっ!」


 シンジの質問にリツコは激高しながら答えていた。あの時の感情がリツコに甦ってきていた。

 だが、そんなリツコをシンジは冷静に見つめた。正直言って、リツコがここまでゲンドウに執着する気持ちが理解は出来ない。

 でも、それはリツコの自由であって誰も非難出来る筋合いのものでは無いと考えて、話を続けた。


「……ふう。恐ろしきは恋に狂った女性という事か。普段の冷静な赤木さんを見ていると、信じられない思いではありますけどね」

「…………」

「あなたが拘束されてからの動きを教えておきます。まず、フォースとフィフスパイロットはこちらが保護しました。

 フォースの精神異常はボクが治して、フィフスの失われた両足も再生治療を行って、今では普通に歩けますよ。

 今は二人とも疲れて同じベットで就寝中ですね」

「両足の再生治療!? そんな事が出来るの!?」

「ええ、勿論。ですが、ボクは正義の味方ではありませんから、無条件で人に優しくする事はありませんよ。

 フィフスは巻き込まれた被害者と判断した為です。だから嫌いな赤木さんに、再生治療を無償でする気はありません」

「……だったら、代償に何をしたらあたしの足を再生してくれるの!?」

「それは後にしましょうか。ラングレー三尉は一時はこちらで保護して立ち直らせましたが、タブリス戦のどさくさでゼーレに捕まったと

 思われます。もっとも、弐号機は破壊したから彼女の価値は既に無い。今後に影響を与える事は無いでしょうね。

 それにボクには隕石衝突回避作戦を行うという仕事がありますから、あんまり些事に関わりたくは無いです」

「……あなたは何処まで行くの!? あなたはどんな秘密を持っているの!? これからどうするつもりなの!?」

「時間が無いから赤木さんの夢に介入したんですよ。さて、本題に入りますか。ボクとしては初号機の中の碇ユイを解放する気はありません。

 ゼーレも悪いんでしょうが、誘導したのは母さんですからね。きっちり責任は取って貰わないと。

 それでボクが生きていた事を知ったゼーレが、補完計画をどう絡めてくるか予想がつきません。

 でもボクは隕石の件があって、そちらに専念しなくてはなりませんから、少しでも準備をしたいだけです。

 そこで赤木さんの出番です。ゼーレが動き出した時、赤木さんの協力が必要になる事もあるでしょう。

 そして赤木さんがゼーレの動きを止める事に成功したと判断されたら、あなたの両足の再生治療の件は考えても良いですよ」

「交換条件って訳ね。あたしがゼーレの動きを止める事が出来たら、両足の再生治療をしてくれるのね」

「考えるだけですよ。必ずやるとは保証はしません。後は赤木さんの判断で動いて下さい」

「……分かったわ」

「ボクが夢に出て来た事を誰かに話しても良いですよ。もっとも、誰も信じないでしょうけどね」


 そう言ってシンジはリツコの夢から姿を消した。その直後、リツコは深夜だったが目を覚ました。


(シンジ君があたしの夢にまで介入出来るとは、まったくどこまでの力を持っているというの!? 信じられない能力だわ!

 でも、彼が生きていた事でゼーレは必ず動くわ。その時の働き次第であたしの両足が戻ってくる。そしてユイさんが解放される事は無いか。

 だったら、あたしの望みが叶う可能性もあるって事ね)


 自分の夢に現われたシンジが、夢の一部だとは思ってはいない。あれは確かにシンジの意思で介入してきたのだろう。

 他の誰かに話しても信用されないのは分かっていた。でもリツコは夢の中のシンジの言葉を信用していた。

 リツコの両目に輝きが戻って来ていた。そして体力の維持を考えて、リツコは再び目を閉じた。

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 オルテガの所を訪れる回数が一番多かったのはクリスであった。同性でもあり、距離的にも近い為だった。

 この前に来たのはオルテガの視力が回復した時だ。今回はオルテガの呼び出しである。

 視力が回復してからはオルテガの元気も戻っているようにクリスには感じられていた。

 最も、クリスがオルテガの招きを断るはずも無かった。

 最近の状況報告もあったので、クリスはオルテガが隠居している屋敷を訪れていた。


「オルテガ様、お加減はどうですか?」

「クリスか。大分身体の調子は良いな。ところで状況はどうじゃ? サードインパクトは防げそうか?」

「最後の使徒は倒しました。ネルフの黒幕はまだ健在ですが、オルテガ様の予言したサードインパクトは防げると思っています。

 ですが、それとは別に巨大隕石が地球に向かっています。こちらも人類絶滅の十分な脅威ですし、対処には少々不安が残っています。

 因みに、オルテガ様の予言で巨大隕石の事は、以前に見た事は無いのでしょうか?」

「サードインパクトの事は何度と無く見たが、その後の事は全然興味が無かったからな。

 従って、巨大隕石の件は一度も見た事が無い。済まぬな」

「い、いえ、そんな事はありません。オルテガ様もまだお力が戻っていないでしょうし、それくらいは私達が何とかして見せます!

 オルテガ様はそんな事は気になさらずに御過ごし下さい」


 クリスは使徒戦の経過と巨大隕石の状況をオルテガに説明していた。

 ひょっとしてという気持ちからオルテガに巨大隕石の事を聞いたが、サードインパクトの後の事は見ていないという。

 少々気落ちしたが、クリスは顔に出す事は無かった。

 その後は他愛も無い話をして、そろそろ戻ろうかとクリスが考えた時、異変を察したオルテガは険しい顔でクリスに告げた。


「今、屋敷の結界を破った者がいる。クリスの護衛はいるのか?」

「い、いえ、此処に侵入者が来るとは思ってもいませんでしたので、護衛は待機させていません。オルテガ様、急いで退避を!」

「ワシは車椅子だから無理だ。それよりクリスはまだやる事があるだろう。シルフィードが時間を稼いでいる内に早くお逃げ!」

「そんな!? オルテガ様を置いて、一人では逃げられません!」

「時間が無い! ワシは老い先短い身だ。だが、クリスにはやるべき仕事があるはずだ。ワシに構わず、早くお逃げ!」

「そ、それよりシンに連絡を取って援軍を出して貰いましょう!」

「無駄だ! 侵入者は屋敷の結界を破った後に、どういう方式は分からぬが、別の結界を張っている。

 シンなら大丈夫じゃろうが、他の者では結界の中に入れるかは分からん。良いからワシを置いて逃げよ!」


 今まで屋敷の結界は破られた事は無かった。北欧連合の僻地にあり、周囲は人口希薄地帯という事もあって、対人防御陣は用意していない。

 使い魔であるシルフィードが懸命に侵入者の迎撃を行っているが、侵入者の数は多い。時間稼ぎも後少ししか出来ないと判断していた。

 クリスに取って、オルテガは恩人であった。その為に見捨てる事など考えもしなかった。

 そんな二人のやり取りが続く事は無かった。

 オルテガの居る部屋の周囲に、複数の靴音が響き、重傷を負ったシルフィードが窓から部屋に吹き飛ばされてきた。


「シルフィード! 大丈夫か!?」

「マスター、申し訳ありません。防ぎきれませんでした」


 シルフィードは血こそ出てはいなかったが、左腕を吹き飛ばされていた。左足も酷い怪我になっていた。

 顔は無表情のままだが、もう戦えないだろう事は一目で分かった。

 続いて、シルフィードが割った窓とドアから、二十人以上の迷彩服を着込んだ兵士が部屋に雪崩れ込んできた。

 兵士達は部屋の中を見渡すと、ニヤリと笑ってオルテガとクリスを見つめた。


「結界の中に、こんな屋敷があるとはな。婆と『魔女』か。生け捕りに出来たから、早速機密情報を吐いて貰おうか。

 その後は魔術師を誘き出す囮になって貰うぞ!」

「くっ! ゼーレの手の者か!? ES部隊か!?」

「ほう、良く知っていたな。魔女のお前を遠距離から観察していてな。それでこの結界の中に何度か入って事を確認していた。

 最初は罠かと疑っていたが、まさかこんな屋敷があるとはな。そこの婆からも良い情報が入りそうだ。作戦は成功だな」

「お前はサードインパクトを起こしても良いと言うのか? 人類の未来をぐっ!」


 オルテガの抗議は最後まで言えず、兵士の一人に殴られていた。オルテガの口から血が飛び散り、車椅子から床に倒れ落ちた。


「オルテガ様! 何をするの!? 老人に対する礼儀さえ無いと言うの!?」

「オルテガ様ねえ。魔女であるお前が其処まで大事にするなら、色々面白い情報が手に入りそうだ。

 この抵抗した女は人間じゃあ無いな。解剖したら、新しい技術が入るだろう。まったく今回の作戦の成功で汚名挽回が出来るな」


 そう言って、兵士のリーダーと思われる男は、重傷を負って床に転がっているシルフィードを足で蹴飛ばした。

 クリスは失敗を悟った。彼らはクリスの行動を遠距離から観察していたという。海底地下工場へは亜空間転移装置を使っていたので

 分からなかったろうが、オルテガの屋敷の平穏を乱したくは無いという理由から普通の交通手段で来ていた。

 それに屋敷に関しては、一切の防衛手段等の改造を行ってはいなかった。

 オルテガの張った結界を信用していて、破られるとは思ってもいなかった事もある。

 今のクリスに打てる手は無かった。だが、恩人であるオルテガを見捨てる気も無かった。

 クリスは気丈にもオルテガを殴った兵士を睨みつけた。


「絶対に許さない! あんた達に地獄を見せてあげるわよ!」

「煩い女だ。洗脳して機密情報を吐かせた後は、俺達全員で可愛がってやるさ。何だとっ!?」


 クリスの持っている情報は貴重だ。だが、その情報を得てしまえば、クリスの価値はその若い肉体に過ぎないと考えていた。

 そして黙らせる為にクリスを平手打ちしようとしたのだが、兵士の平手はクリスの左手にある指輪のシールドによって防がれていた。

 それを見た兵士のリーダーは、にやけた顔から真剣な表情に変わっていた。


「ほう。その白っぽい膜は魔術師が展開していたシールドと同じものだな。これは良いサンプルになる。

 おい、この女を連れ出せ! 抵抗するなら手足ぐらいは切り捨てろ! 頭と下半身が残っていれば十分だ! 早くしろ!」

「はっ!」

「くっ!」


 指輪のシールドの出力は無限では無い。そもそも緊急防御用のシールドを展開出来るだけだ。

 数人レベルのES部隊の攻撃は凌げるだろうが、此処にいる全員の攻撃を受けたらシールドが耐えられない事は明白だった。

 兵士のリーダーの命令によって、部屋に侵入してきた全員の注意がクリスに向けられていた。

 床に張り倒されたオルテガに注意を払う兵士は居なかった。その事を察したオルテガは最後の力を振絞って、転移の魔術を発動した。


(ワシは予知がメインで、精神操作や転移は苦手だ。だが、この場からクリスとシルフィードを逃がすには、これしか無い。

 転移先は不安定だ。賭けになるが、後はクリスとシルフィードの運に任せる。逃げ延びてくれ!)


 オルテガの発動した魔術により、クリスとシルフィードは結界内の屋敷から転移された。

 突入してきた兵士は驚いたが、何も出来ない。兵士の目の前からクリスとシルフィードは消えて行った。

 そして残ったのは、残っていた生命力を全て使って転移の魔術を発動させ、そして息絶えたオルテガの遺体だけだった。






To be continued...
(2012.09.23 初版)


(あとがき)

 シンジが生きていたと知れ渡り、補完計画の前倒し実施が決定されました。

 これから最終話までイベントが目白押しで、かなり荒れる予定になっています。



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