因果応報、その果てには

第六十三話

presented by えっくん様


 作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。

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 シンジは治療中のクリスと念話で話していた。既に量産機は消滅しており、ゼーレの補完計画は完全に潰した状態だ。

 後はネルフの後始末を不知火にして貰えば、自身は隕石衝突回避作戦に専念するつもりだった。

 シンジは正義の味方などは目指していない。一般人よりは力はあるだろうが、それでも限りある人間だと思っていた。

 全てを救う事を目指すような自惚れを持った時こそ、破滅への第一歩だと認識していた。その為に、任せられる事は他の人に頼むつもりだ。


<……そう、オルテガ様は亡くなっていたのね>

<ああ。何時、息を引き取ったかは不明だけど、ボクが行った時は既に事切れていたよ>

<そう……>

<師匠の遺体は亜空間に置いてある。事が済んだ後にちゃんと埋葬するよ。話しは変わるけど、姉さんに頼みがあるんだ>

<『北欧の狼』は臨戦態勢にあるから良いわね。『ガラム』は引き続き海中を監視させているわ。

『フェンリル』も空中で待機中だし大丈夫よ。それで頼みって何かしら?>

<ネルフのMAGIを落して。それも隠さずに派手にね>

<シンのTV中継は見ていたわ。戦自を引き上げさせて、後は国連軍に無血占領させようとしているのね。

 それでネルフのMAGIを落してしまえば、抵抗は出来ないからっていう事ね>

<そういう事。大丈夫?>

<治療中だけど、その程度は出来るわよ。でも、今のネルフのMAGIは外部接続を絶っているんじゃ無いの?

 いくらユグドラシルが優秀だからって、ネットワーク接続していないコンピュータは落せないわよ>

<ネルフ本部にはユグドラシルUが設置してあるでしょう。ネルフに使用していた施設を返す時に小細工して、ネルフ本部内の端末接続を

 亜空間接続で直接アクセス出来るようにしてあるのさ。だから、こちらからは666プロテクトの内側にアクセスが出来る。

 それなら大丈夫でしょう>

<用意が良いわね。それなら大丈夫よ。じゃあ、以前のお遊びのあれを使ってみましょうか?>

<あれか。そうだね。派手に見せ付けた方がショックも大きいから、不知火中将も抵抗が無くて助かるだろうしね>

<じゃあ、任せて! シンは第四段階の準備を進めて!>


 シンジの身体は休息が必要だったが、周囲の状況はそれを許さない。

 その事を誰にも悟られずに、自分の責務を果たそうと務めるシンジだった。

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 ネルフ内部の全ての画面には『ZZZ』の文字の羅列が映し出されていた。

 そして猛烈な勢いでMAGIは侵食されて、それを止める手段をネルフは持ってはいなかった。

 リツコは以前にシンジを調べた時に『ZZZ』の意味を知った。

 アニメネタでMAGIが落とされる事に理不尽さを感じたが、シンジの事を思い出したリツコは首を横に振るだけで、

 何の対抗手段も施してはいなかった。だが、その事に納得していない冬月の怒号が響いていた。


「馬鹿な!? 今のMAGIは『666』プロテクト動作中だろう! 外部からハッキング出来るはずが無い! どういう事だ!?」

「分かりません! MAGIが『666』プロテクト中なのは確かですが、確かにハッキングを受けています!

 防御不能! MAGIが乗っ取られます!」

「マヤ、無駄な事はしない事よ。これはロックフォード中佐の仕業よ。本来なら『666』プロテクトで外部との通信回線は遮断したけど、

 以前にあったユグドラシルUにつながるMAGIの内部回線を確保してあったんでしょう。

 如何に『666』プロテクトとはいえ、内部接続ラインからのハッキングは防げないわ」

「もう良い。これはシンジの仕業だ。抵抗しても無駄だ」

「……ならば、このまま降伏すると言うのか? 確かに無差別攻撃していた戦自は撤退して、国連軍が我々を包囲しているが、

 どうなるか分からんぞ。国連軍による無差別虐殺が起きないという保証は無い」

「大丈夫だ。シンジが全世界向けのTV放送で、ネルフがサードインパクトを企んでいたのはゼーレの嘘だと公表している。

 その状態でネルフへ無差別攻撃を仕掛けられる訳が無い。既にゼーレの幹部リストが全世界に公開されている。

 それにゼーレの用意したEVA量産機九機はシンジによって消滅している。これ以上の抵抗は無駄以上に有害になる」


 ゲンドウは別回線で外部の情報をモニタリングしていた。

 その為にシンジがTVに出てきて日本政府と交渉、そして量産機九機を一瞬で消滅させた事を知っていた。

 これ以上の抵抗は心証を悪くするだけで、無意味な事だと判断していた。ゲンドウが負けを認めた瞬間だった。


「EVA量産機九機が消滅だと!? それは本当なのか!?」

「ああ。全世界への生中継をしながら量産機を一瞬で消滅させた。間違い無い」

「……そうか。分かった」


 EVAの量産機九機が一瞬で消滅だなどとは、EVAの力を熟知している冬月から見れば信じられない事だった。

 だが、ゲンドウの目が真実である事を語っていた。それを悟って、冬月は肩の力を抜いた。

 冬月が抵抗を諦めた次の瞬間、ネルフ内の全てのモニターに加持の顔が映し出された。

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 既に戦自の部隊は完全に撤退して、今度は不知火が率いる国連軍の部隊が第三新東京の周囲に布陣していた。

 その臨時司令部に、シンジから連絡があった事もあって加持を不知火は招き入れていた。


「ロックフォード中佐から連絡があったから受け入れよう。だが、きちんと働いて貰うぞ」

「分かってますよ。シンジ君には大きな借りがありますからね。で、どんな事をするんです?」

「中佐はネルフのMAGIを落すつもりだ。そしてMAGIを落したら連絡が入る事になっている。

 そうしたらお前がネルフの職員を説得してくれ。もし、MAGIを落されても抵抗するなら、容赦無くネルフを潰すつもりだ」

「俺も生きているからには、説得力はあるか。良いでしょう、やりましょう」

「こちらとしてもネルフが抵抗しなければ、無闇な殺戮は行わない事を約束する。頑張って説得するんだな」

「勿論ですよ。あそこには知り合いが結構いますんでね」


 戦自が攻めていたなら、ネルフの職員は皆殺しになっていたろう。だが、シンジが日本政府と交渉して戦自を撤退させ、国連軍をネルフに

 派遣するようにした事は、ネルフの職員にとっての生き残る為の最後のチャンスだと加持は判断していた。

 EVAの量産機九機がシンジの手によって一瞬で消滅したので、もうゼーレに打つ手は無いだろう。

 ミサトを救う最後のチャンスを、加持は無駄にするつもりは無かった。

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 クリスからMAGIを落したとの連絡を受けて、加持はカメラの前に立ってネルフの職員に呼び掛けを始めた。

 第二発令所の大型モニタでも加持の顔が映し出され、てっきり加持は死んだと思っていたミサト以外の職員は目を瞠っていた。


『自分は臨時に雇われた国連軍の交渉官です。ネルフの抵抗は無意味です。降伏をお勧めします』

「君は生きていたのか!?」

『ええ。シンジ君に助けられましてね。スペースコロニーで過ごしていました。健康そのものの身体ですよ』

「……そうか。我々の身の安全は保障されるのかね?」

『シンジ君が戻ったら裁きが下る可能性はありますけどね。取り敢えずの身の安全は保障します。もっとも、抵抗しなければの話しです』

「それは分かっている。六分儀、良いな?」

「ああ」

「分かった。我々ネルフは国連軍に降伏する」

『MAGIにあるネルフの機密情報は、北欧連合の魔女の手で既に吸い出されています。

 今までネルフが行ってきた事も全て知られたでしょう。ある程度は覚悟を決めておいた方が良いですよ』

「ここまで来て、悪足掻きはせんよ」

『流石は副司令ですね。あなたの英断に感謝しますよ』


 こうしてネルフ職員は全員が武装解除されて、国連軍の管理下に置かれる事となった。

 高級幹部は拘束されて国連軍の基地に連行されて行った。

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 シンジの隠密部隊の指揮官である『アルファ』は加持を同行させて、コウジとアスカを救出した後、スペースコロニーに転移していた。

 加持はまだ別の仕事があるので国連軍の不知火中将のところに行っていた為、コウジとアスカの周囲に知っている人間は誰も居なかった。

 ここがスペースコロニー内であり、二人に危害を加える人間は既に居ないと聞かされていたが、不安な事には変わりは無い。

 しかも二人の周囲には戦闘用アンドロイドが多数控えており、唯一話しが出来る指揮官の『アルファ』も堅苦しい雰囲気であった。

 このままの沈黙に耐えられずに、アスカは状況を知ろうと、『アルファ』に質問していた。


「ここがスペースコロニー内って事は、あなた達は空間移動技術を持っているの!?」

『それを答える必要性を認めない』

「あたし達はどうなるの?」

『今はその男の家族と連絡を取っている。連絡が取れ次第、お前達を引き渡す予定だ』

「良かった。これで父さんと母さんのところに帰れるのか」

「あたし達の口止めはしないの?」  「アスカ!? どういう事だよ!?」

「あたし達は色々な機密を知っているわ。その口止めはしないのかって事よ」

『既にマスターはある程度の技術を全世界に公表している。お前達の口止めをする必要性は無い』

「それもそうか、良かったわ。お礼を言いたいから、あいつと連絡を取れないのかしら?」

『無用な事だ。マスターは忙しい。お前達に関わっている時間的余裕は無い。気にしない事だ』

「ちょっと待って! このまま礼も言わせないで、あたし達を解放しようと言うの!? せめて助けたお礼を言わせてよ!」

『お前の個人的都合を優先させる理由は無い。既にお前は何の力も無い、ただの少女に過ぎない。

 お前の都合を優先させてマスターの負担になって、世界に悪影響が出たら責任を取れると思っているのか!?』

「そ、それは……無理よ!」

『既にマスターとお前達では住む世界は違っている。二度と会う事も無いだろう。お前達は自分の事を考えていれば良い。

 そこの家族と連絡がついた。これからお前達を転移させる。二度と我々に関わろうとは思わない事だ

「ちょっ、ちょっと待って!」


 もう少しアスカには聞きたい事があったが、『アルファ』はそれを無視した。

 シンジからは次の作戦指示が出ている。もう、コウジとアスカに構っている余裕は無かった。

 コウジとアスカは家族の住んでいるマンションの一室に転送されていた。

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 フランツのTV中継でゼーレが自国の政府や軍部を操って、北欧連合に核攻撃を仕掛けた事は一般市民も知るところとなった。

 その後でゼーレの幹部リストまで公表されたが、その後の動きは鈍かった。

 何と言っても政府や軍部の高官が名を連ねており、拘束しようにも警察や軍部の指揮系統はゼーレの手に握られていたのだ。

 市民は国会議事堂や軍施設に押し掛けたが、警察と軍部はゼーレ側についていた。

 一部に義憤に駆られた警察官や軍人はいたが、上官の命令に逆らえる人間は少なかった。フランツのTV報道を信じ切れなかった為だ。

 その為にフランツのTV中継の効果でゼーレの行動を糾弾する各市民グループの動きは鈍く、ゼーレのメンバーの拘束に繋がる事は

 無かった。そして政治家や高級軍人同士での糾弾が行われた事もあり、各国は大混乱状態になっていった。

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 フランツは自分の執務室で一人で考え事をしていた。


(今回の件で我が国は甚大な被害を受けてしまった。最低でも三百万人が失われたか。

 この損失を取り戻すには最低でも数十年は掛かるだろう。シン君が戻って来てくれれば、立ち直るのも早いと思うが、問題はゼーレだな。

 ゼーレは各国の中枢部を掌握しているから、あのTV放送を見ても幹部の拘束は出来ないだろう。

 かと言って、何の賠償も無しという訳にもいかない。これはシン君が戻ってから相談だな。

 補完計画は潰せたし、これ以上のゼーレの攻撃を受けなくて済むのは助かる。何とか、同盟国と友好国の危機も回避は出来た。

 本土の各地の混乱も収束方向に向かっている。国内の混乱は抑えられるだろう。

 これで隕石衝突回避作戦の第四段階が成功してくれれば、希望が湧いてくるというものだ。さて、どんなものを用意したんだか?)


 一国の元首としてフランツには責任があった。多大な被害を受けたからと言って、そちらだけに専念出来る立場に無い。

 巨大隕石の地球への衝突が回避出来る事が前提だが、今後の世界構造をどうするべきかをフランツは静かに考えていた。

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 戦自が無事に撤退して、MAGIを北欧連合の魔女が落して、ネルフが国連軍に降伏したとの情報は日本政府に届いていた。

 その報告を受けて、首相は自分の執務室で秘書官と話していた。


「人類補完委員会のバックアップを受けて設立されたネルフが降伏したか。しかし、委員会が我々を騙してネルフを攻めさせ、

 その隙にサードインパクトを企んだとはな。まったく、この責任を何処に取らせるべきかな?」

「補完委員会は北欧連合を除く各常任理事国の信任を受けて設立されましたから、責任を取らせるとしたら各国しか無いと思いますが」

「本来はな。だが、フランツ首相のTV演説でゼーレの幹部リストが公開されたが、各国の混乱は続いている。

 つまり、まだゼーレは力を失ってはいないという事だ。これをどう収束させるか、頭が痛いよ」

「一度は北欧連合のフランツ首相と会談された方が宜しいかと」

「そうだな。あちらは本土に核攻撃を受けて甚大な被害を受けている。今は余裕は無いだろう。

 会談するにしても、隕石の件が無事に片付いてからだろうな」

「確かに」

「ネルフの件は一段落ついた。隕石の件はロックフォード博士に任せるしか無いだろうな。ところで隣国の様子はどうなっている?」

「既に首都は砲撃を受けて、市民にはかなりの被害が出ている様子です。政府の閣僚は南の軍基地に避難しています。

 しきりに我が国に支援を要請してきましたが、御指示通りに全て無視しています。

 気掛かりだった難民は戦自の海上の哨戒ラインで引っ掛かり、我が国への不法入国は完璧に防がれています」

「それなら良い。汚れ仕事だが、やって貰わないと我が国の国民が困るからな。後で慰労の電話でも入れておこう」

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 十一個のモノリスは状況を見守っており、依然としてその組織が崩壊する事は無かった。

 とはいえ、不利な状況である事は間違い無い。モノリスから流れてくる声には危機感が篭っていた。


『MAGIの『666』プロテクトをあっさり破って、ネルフを国連軍に無血占拠させるとはな』

『構わん。どの道、量産機が失われた今ではネルフには何の価値も無い。捨て置け』

『ネルフが占拠されたからには六分儀と冬月の身柄も国連軍に渡ったか。まあ、補完計画が潰えた今ではどうでも良い事だ』

『本来の人類補完計画は実行は出来ぬが、隕石衝突回避作戦の妨害を行う事で人類は滅びる。再生の為の滅びだ

『我等の手駒も残り僅かだ。魔術師の用意したという第四段階を無効化出来るのか?』

『さてな。此処まで来ては望みを託すしか無い。既に我々の実戦部隊の殆どが失われた。あの四人組でさえ生き残ったのは一人だけだ』

『残り一人とES部隊のテレポータが五人か。ここまで戦力が失われるとは、当初からは想像も出来なかった事だ』

『それを言えば、我々の実名が世間に知られ渡ってしまったな。まあ、後は滅びを待つだけだから構わぬが』

『各国は大混乱しているが、我々にまでは手は伸びては来ない。安心して最後を待てるな』

『浅ましい人間達。一度は滅んでやり直しをせねば地球は滅びる。それも又自然の摂理だ』

『魔術師が勝つか、我々が勝つか、さて結果はどうなるか。じっくりと待たせて貰おうか』

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 ゼーレの戦力を尽く潰してシンジが動き出した今、ミハイルは約二百万人が住んでいるスペースコロニーの治安維持に努め、

 クリスは国内の混乱を治めようと努力していた。既にネルフのMAGIは落していたので、クリスの負担はそうは重くは無い。

 MAGIの機密情報は全て吸い上げて、マスターユグドラシルに送ってある。

 そしてMAGIの機密情報でレイに関する情報は全て消去していた。


<クリス、国内の様子はどうだ?>

<各地で放射能除去装置を動かしたから、軍の各部隊が負傷者の救出に動き出しているわ。ゼーレの攻撃手段は尽きたはずだから、

 これ以上の攻撃は無いと思うけど、各地の『北欧の狼』には厳戒態勢を執らせてあるわ。でも、油断は出来ないわ>

<スペースコロニーもゼーレの諜報員が紛れ込んでいたらしく、細菌兵器を押収した。

 まったく、コロニー内部で細菌兵器を散布されたら全滅していた可能性もある。こちらもまだ気は抜けない状態だよ>

<後はシンの用意したあれで隕石の軌道を逸らす事が出来れば、人類の危機を回避出来るのよね>

<長かったな。最初はゼーレの補完計画に本当に対抗出来るか不安だった。でも、今のゼーレは壊滅状態に近い。

 隕石の件が終われば落ち着いた生活が……無理だな。当分は復興で忙しい日々が続くだろうな>

<気が早いわよ。確かにゼーレは壊滅したけど、シンの用意したあれが本当に隕石の軌道を逸らすまでは気を抜かないで!>

<そうだな。さて、私は引き続きスペースコロニーの治安維持に努める。クリスも頑張ってくれ>

<ええ。これ以上は混乱しないように監視体制は続けるわ。『ガラム』と『フェンリル』も引き続いて警戒体制にしてあるわ>

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 ナルセスは財団の本社ビルの自室で、国内の状況の確認と被害復旧に関する指示を行っていた。

 本土の十箇所が核攻撃を受けて、三百万人以上の一般市民が一瞬で失われた。

 その中には財団の社員も含まれており、研究所や工場なども甚大な被害を受けていた。その復旧指示をする傍らで、今後の事を考えていた。


(本土が核攻撃を受けたが、基幹産業の施設は生き残っているから何とか復旧は出来る。同盟国や友好国もそれ程被害は受けなかったしな。

 ゼーレの用意していた各攻撃部隊とEVA量産機は消滅したから、これ以上の被害を受ける事も無いし、補完計画が発動する事も無い。

 当初に考えていた人類の滅亡の危機は回避出来た訳だ。残りは隕石群の問題か。

 これさえシンの力で何とかなれば、人類の未来は開けるだろう。とは言っても、我が国や友好国は良いが、それ以外の国の荒廃が激しい。

 ゼーレの武力組織は壊滅出来たが、経済組織をどうするかでこれからの世界の未来が決まってくる。頭の痛いところだな。

 我が国の受けた三百万人以上の損害賠償をどうするかも絡んでくるだろう。いずれにせよ、今までのような世界体制は無理だ。

 落ち着いたらフランツ首相とじっくりと打ち合わせをする必要があるだろうな)


 国内各地の核攻撃を受けたところには軍の部隊が派遣されており、混乱の収拾に努めていた。

 国内ならば食料を始めとした物資にも余裕はある。国内の混乱の収拾は政府と軍部に任せれば大丈夫だろう。

 そう考えたナルセスは、戦後の復興計画にロックフォード財団をどう絡めて行くかを考えていた。

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 世界各地で起きた侵略行為はゼーレの企みによるものだった。

 だが、北欧連合を揺さぶろうと、友好国に攻め入った各国の軍は全て撃退されていた。もっとも、被害が皆無という事では無い。

 侵略当初は【ウルドの弓】の支援攻撃があって、侵略側の司令系統が破壊されたが、中盤以降は各国が自力で侵略者を撃退したのだ。

 しかし、北欧連合とは国交が無い国で略奪の対象になった国々では、未だに侵略行為が続いていた。


「抵抗する者は軍人であっても民間人であっても容赦無く殺せ!」

「おい、食糧倉庫にトラックを向かわせろ! 必ず物資を奪うんだ!」

「食料以外にも金目の物があったら、奪って良いぞ!」

「止めて下さい! それを持っていかれたら私達は飢え死にしてしまいます!」

「煩い! 死ねっ!」

「ぎゃああああ!!」


「おい、良い女は殺すなよ! 一箇所に纏めておけ。後でじっくりと可愛がってやる!」

「へへへ。後が楽しみだな」

「御願いです! あたし達を帰して下さい!」

「戦争に負けたお前達が悪いんだ。諦めるんだな。なあに、絶対に気持ち良くさせてやるよ。期待しているんだな」

「駄目っ! お姉ちゃんに乱暴しないで!」

「ええい、煩い! 子供は引っ込んでいろ!」

「止めて下さい! 妹に乱暴はしないで下さい!」

「そうして欲しければ、大人しくしているんだな」

「きゃああああ!」


「我々は武力闘争はしない。話し合いたい。責任者を出してくれ」

「煩い! 死ねっ!」

「ぎゃああああ!!」


 何処からも支援が無くて、一国だけで侵略軍を撃退出来ない国には悲惨な運命が待っていた。

 侵略する方も切羽詰っての事であり、自分達の欲望を満たす事に躊躇いは感じていなかった。

 そのような相手に話し合いなど無意味であった。無抵抗主義者でも殺された人間の数は多かった。

 自然と略奪や虐殺が各地で発生して、侵略される側の被害は徐々に拡大していった。

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 侵略軍から国民を守る為に戦っている部隊があった。その臨時司令部に急報が入り、緊迫した雰囲気に包まれていた。


「首都が陥落したと言うのか!?」

「はい。敵は秘密の地下トンネルを使って守備隊を急襲。守備隊は全滅して首都では大虐殺と略奪が行われているそうです!

 それに敵の大半は既に南下を始めています。此処に来るかは不明ですが、南部エリアは守備軍は少なくて占領される危険性が高いです!」

「くそう! 同じ民族同士だというのに戦わなくては為らないと言うのか!?」

「攻め込まれたら守る為に戦わざるを得ないだろう。こちらの方面は奴らの数が少ないから何とか持ち堪える事が出来ると思ったが、

 首都が陥落した以上は敵の増援が来る可能性が十分にある。直ぐに総司令部に援軍を頼んだ方が良い!」

「無駄だ! 今の我が軍に増援を出せる余裕など無い!」

「南部にまだ予備の部隊があるだろう!」

「総司令部に交渉したが、あれは政府首脳部を守る為の部隊だから援軍には出せないと言われている!」

「くそう! 政府は国民より自分達の身の安全の方が大事なのか!? あのクーデター未遂で軍部の足並みは乱れていると言うのに!」

「それを言うなら日本の援軍も来ない。これも政府の奴らの所為だ!」

「そんな事を言うな! ならばお前は日本の要求を呑むべきだとでも言うのか!?」

「誰もそんな事は言ってはいない! 上手く日本と交渉して奴らの協力を引き出すべきだと言ったんだ!」

「止めないか! 此処で言い争っても意味は無い。偵察部隊を送り込め。敵の増援があれば直ぐに対応する必要があるぞ!」

「緊急電です! 敵は避難行動中の市民を無差別に攻撃しています。守備隊から支援要請が来ています!」

「分かった! 直ぐに航空機と攻撃ヘリを向かわせろ!」


 クーデター未遂で軍の優秀な人材が粛清されて、軍全体に動揺が走っている最中の侵略行為だった。

 その為に隙をつかれて首都が陥落してしまった。その国には援軍に来るような友好関係を保った国家は存在していなかった。

 これも今までの国の存在の在り方が影響している。四面楚歌の状態で満足な迎撃戦闘が行えるはずも無い。

 こうして某国は孤立無援の状態で、亡国の道筋をゆっくりと歩んでいた。

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 某国の日本人街に北の侵略軍が迫っていた。北の軍隊は民間人を次々に虐殺。そして食料や物資を奪って南下を進めていた。

 この街にはろくなものが無い。日本を追い出された工作員や、その協力者達が駆け込んだ街であるから当然の事だった。

 僅かな食料なら奪っても仕方が無いと考えるだろう。話し合いで争いが避けられるものなら避けたい。

 日本での慣習が身に染み込んでいたその政治家だったある男は、街のゲート付近に一人で立っていた。

 その周囲を慣れない銃を構えた日本人達が、障害物に隠れて潜んでいた。


「北の侵略軍と話し合いか。お人好しと言うか、あれは日本人を騙す為じゃ無くて、本当に話し合えば何とかなると信じていたのか?」

「俺達も騙されて片棒を担がされた訳だから、馬鹿には出来ないがな。まあ交渉なんて出来るはずも無い。戦闘になるのは間違い無い」

「生まれ故郷にも戻れない。此処で死ぬしか無いのか?」

「日本からしてみれば、俺達は売国奴だからな。まったく二千万ぐらいの金を受け取って、便宜を図ったぐらいで売国奴扱いは無いだろう」

「……俺は二十万の報酬で、書類を偽造したからこうなった。悪因悪果とはこの事か」

「俺は日本から見捨てられたが、怨んじゃいない。自業自得の結果だからな。そして日本を捨てられない。

 日本には北欧連合がバックについたから軍事的に負ける事は無いだろう。その点は安心だ。心残りはあの娘達だな」


 この日本人街には親についてきた女の子がいた。小学生と中学生の二人である。他に身寄りも無く、追放された親と一緒にやってきた。

 現地の人が憂さ晴らしに日本人に暴行を加えたが、この女の子への暴行だけは周囲の日本人達が必死になって阻止してきた。

 自分達が死ぬのは自業自得だ。だが、何の罪も無い幼い女の子が巻き添えをくって被害を受けるのは許せない。

 慣れない肉体労働に疲れて休んでいた時に、二人は皆に飲み物を用意してくれた。気配りが出来る気立ての良い娘達だ。

 飢えた北の軍隊が街に雪崩れ込んだら、二人の女の子も酷い事をされるだろう。そんな事はさせないと男達は誓っていた。

 もっとも、その決意をしたのは逃げてきた日本人達の一部だった。

 中には戦闘は嫌だと言って、日本人街から逃げ出した者もいる。そんな人間には野垂れ死ぬか、射殺される運命が待っていた。


「あの娘達の笑顔で気持ちがだいぶ救われた。あの娘達は絶対に守ってみせる! その為なら、俺の安い命ぐらいは差し出してやるさ!」

「……そうだな。どうせ野垂れ死にするなら、少しでも誰かの為になって死にたい。あの娘達の為なら、十分に納得するよ。

 前は金が全てで、自分さえ良ければと思っていた。でも、こんな状況になると自分にも日本人の血が流れているんだって納得する」

「最後の最後になって、自分の血を思い出すか。まったく、後悔先に立たずとは良く言ったもんだ」

「誰にも認められず、此処で死ぬ事になっても良い。自己満足だがな。せめて希望を持って死にたい。後に何かが残せると信じたい」

「どうせ、飢えた北の兵士達と話し合いが出来る訳も無い。このまま虐殺されるくらいなら一矢報いてから死にたい」

「俺は市民活動に参加していた。日本に居る時は感じなかったけど、こうして異国に来ると日本の有難味が身に沁みる。

 今から考えると満足な証拠も無いのに日本を批判して、馬鹿な事をしたと思っている。あの頃の自分を殴りたいくらいだ。

 どうせ、このままじゃ死ぬだけだ。だったらあの娘達を救って死ぬのも良いな」

「俺は弁護士だった。金の為には何をしても良いと思っていた。だけど、こういう状況になってつくづく馬鹿だったと思い知らされたよ。

 日本には娘がいる。妻とは離婚してきたが、あの娘の為になるんだったら、この命を差し出すさ」

「俺はTV局の局員だった。内緒と言われて金を貰って、偏向報道番組を作ってきた。今から考えると、日本を侮辱していたんだな。

 銃なんて撃った事は無いが、少しでも日本の為になるなら馬鹿な俺の命を捨ててやる」


 色々な日本人が集まっていた。誰もが一度は祖国である日本を裏切った。だが、日本への望郷の念は捨てられなかった。

 そして力の無い幼い女の子が被害に遭うのを見過ごせなかった。素人集団で北の軍隊に抵抗出来るかは分からない。

 だが、幼い女の子を見捨てて逃げる事はしなかった。全員が決意を秘めてじっと待機していた。

 そして交渉を始めようとした嘗ての政治家が話す前に撃ち殺されると、集まっていた日本人全員は北の軍隊に攻撃を始めた。


 『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』

 寂れた日本人街に来た北の兵士の部隊が少数だった事もあり、覚悟を決めた素人集団は被害は受けたが北の部隊の撃退に成功していた。

 生き残った日本人達は大きな歓声をあげていた。

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 艦橋のような場所に、シンジ、ミーシャ、レイ、マユミ、カオルの五人は居た。

 シンジは中央奥の全体が見渡せる席に座り、ミーシャ達四人は周囲の操作盤がある席に座っていた。

 正面の大型モニターには何も映ってはいないが、五人とも色々な確認や、最終チェックと思しき操作を真剣な表情で行っていた。


「ネルフはどうなった? 各国に何か動きはあるのか?」

「MAGIは落して、ネルフは降伏しました。現在、国連軍がネルフの各施設の掌握に努めています。

 六分儀司令や冬月副司令等の幹部は拘束されて、国連軍の基地に連行されています。

 クリスさんからMAGIから吸い出した機密情報はマスターユグドラシルのデータベースに保存してあると連絡を受けています。

 ゼーレの支配力が強い国では大混乱が発生していますが、収拾の気配はありません。これ以上の攻撃を懸念する必要は無いかと。

 本国は軍を各地に派遣して、混乱の収拾に動いています。本国の混乱が収まるのも時間の問題です」

「分かった。ミーシャは引き続き周囲の確認を行ってくれ。発進の準備はどうだ?」

「バリアシステムとESPジャーマーは使用可能です。メインエンジンと補助エンジン、動力炉も正常。発進可能状態です」

「分かった。レイは引き続き本艦の発進準備を進めてくれ。『フェンリル』の状態は?」

「搭載している『フェンリル』1200機の発進スタンバイOK。反応兵器の準備も済んでいます」

「分かった。浮上と同時に周囲に『フェンリル』50機を展開。制御はマユミに任せる! 本艦の各兵装の状態は?」

「艤装は約67%終了しているわ。艦首主砲と各対空、対地砲撃の準備はOK。ミサイルのストックは約一割で殆ど使えないと思って!

 副砲の二割と対空迎撃砲の四割に問題があるけど、作戦実行に問題は無いわ」

「分かった。カオルは引き続き、各兵装に問題が無いかをチェックしてくれ。全員準備は良いな!?」

「「「「はい!」」」」

「よし! エクセリオン発進!!」


 シンジの号令で四人の少女は各々の分担範囲の操作を開始した。五人がいる艦橋らしき部屋に小さな振動が走った。

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 某国のある地方都市のビルの大型TVの前で、気落ちしていた群衆が騒いでいた。

 誰もがこれからどうなるか漠然とした不安を抱えていたのだ。自然と口数も多くなっていた。


「隕石衝突回避作戦の第三段階で使用するコロニーレーザーが爆発して、これからどうなるんだよ!?」

「知るかよ。でも、肉眼でコロニーレーザーが爆発するのが見えたなんて、凄い爆発だったんだな」

「超能力者が直接テレポートして攻撃したって言ってたけど、そんな荒唐無稽な事がありえるのか?」

「さあな。しかし、あの鉄壁の防御陣と思われていた北欧連合の粒子砲の迎撃網を無効化して、三百万人以上の被害が出たんだろう。

 普通の方法じゃあ、あそこに被害を与える事なんて出来ないはずだ。でも、それをやってのけたという事は超能力者の可能性はあるさ」

「核兵器を持った超能力者によるカミカゼ攻撃か。防ぐ手段なんて無いよな」

「ESPジャーマーって言ってたな。でも、隕石の衝突回避作戦の為に各国は核兵器を全て提供していたはずなのに隠し持っていたんだ。

 こりゃあ、後でえらい騒動になるんじゃ無いのか? 下手をすれば国家解体もありえる。国際政治環境が激変するぞ」

「その可能性は十分にあるな。魔術師が人類補完委員会の裏の姿であるゼーレがサードインパクトを企んでいたと言ってたな。

 あれはどういう事何だろう? サードインパクトを企むなんて普通じゃ無いぞ!」

「さあな。証拠不足で良く状況が分からないよ。でも、量産機って言ってた九機の輸送機を一瞬で蒸発させたあの攻撃は凄かったな」

「まあな。その後にネルフを占拠するような事を言ってたな。あの悪名高い特務機関ネルフを占拠か。これからどうなるんだ?」

「サードインパクトなんて胡散臭いものを信用出来るかよ。それより隕石の方はどうなっているんだ?

 第三段階が実行出来なくて、第四段階を本当に実行なんて出来るのかよ!?」


 ビルの大型TVには、ロックフォード財団から中継されている映像が映っていた。

 今まで、ミハイルの途中の説明や、コロニーレーザーが爆発した事、シンジの日本政府への脅迫行為などが映し出されていた。

 現在は巨大隕石の軌道コースだけが表示されているだけの味気無い映像で、集まっていた群衆は不安を抱えてガヤガヤと騒ぐだけだった。

 だが、突如画面は切り替わって何も無い海面が映し出されて、シンジの声が響いて来ていた。

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 シンジが用意した隕石衝突回避作戦の第四段階の作戦準備は完全とは言えなかった。

 だが、完成を待っている余裕は無く、途中であっても作戦に使用出来ると判断していた。今は何より時間が大切だと判断していた。


「よし! 地球の大気圏を脱出するまでは反重力エンジンを使用。宇宙空間に出たらメインエンジンに切り替える。

 海上に出るまでは出力は10%に抑えて。浮上後は周囲を警戒。第二種警戒態勢!」

「了解。反重力エンジン出力10%で起動。エクセリオン発進します!


 レイがシンジの指示に従って操作を行うと、バルト海の海底に小さな地震が発生していた。

 そして海底の周囲の堆積物を撒き散らしながら、ゆっくりとその巨大な物体が海中に姿を現していた。

 反重力エンジンの出力を全開にして浮上すると、勢いがあり過ぎて巨大な津波になってしまう。

 その為に敢えて海中での移動速度は低く抑えていた。それでもバルト海の海上にも大きな影響を与えていた。

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 ゼーレの攻撃が始まってからは、北欧連合の近海には出航禁止命令が出されており、本来ならば海上に一隻の船もいるはずが無かった。

 だが、ある海域には他の船がいない事を幸いと考えて、密漁船を出している者がいた。


「へっ。戦争なんだか知らねえが、監視船もいないこのチャンスを見逃す事はねえ。一気に稼ぐぞ!」

「へへへ、大漁だな。こりゃあ結構な稼ぎになるぜ。おっ、何だ、船が揺れているぞ」

「せ、船長! 海中にデカイ反応が!?」

「何だと!? 魚群でも見つけたか!? とっ、何だか船の揺れがでかくなっているじゃねえか」

「い、いや、そんなレベルじゃねえ! とてつも無くデカイものが浮上してくる! 危険だ! 早く逃げないと!」

「な、何だって言うんだ!? わ、分かった直ぐに退避だ! 急げ!」


 慌てて密漁船はこの海域からの離脱をしようと、最大速度で航行を始めた。

 だが、いきなり海面が盛り上がって、密漁船は大揺れの状態になってしまった。

 船内は急角度で傾いてしまって、操舵手は慌てて回避しようとしたが間に合う事は無かった。

 そして大波に呑まれて沈没する寸前の密漁船の船長が目にしたのは、青い巨大な流線型をしたものが海面に出てくる光景だった。

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 世界の状況や艦外の様子に気を配っていたミーシャは、これから浮上する海面に一隻の小型の船がある事に気がついた。


「シン様、海面に一隻の小型の船を確認。このままでは本艦が浮上する時の影響で沈没する可能性があります」

「その小型の船はどんな船かは分かるかな?」

「はい。待って下さい。……どうやら漁船のようです。どうしますか?」

「この海域は船舶の航行禁止区域になっている。密漁船だ。気にする事は無い。このまま浮上する」


 正義感の強い人間なら、たとえ密漁船であっても人の命は大事だとして浮上を停止していたかも知れない。

 だが、シンジには急ぐ必要があった。それに大事の前の小事であり、密漁船の保護など考えもしなかった。これは価値観の違いだ。

 そしてレイに機関停止命令を出す事も無く、そのままエクセリオンは海上に出た。


「エクセリオンは海面に到達。反重力エンジンの出力を30%に上昇」

「『フェンリル』の第一中隊を発進! 本艦の防衛に当たらせろ! 進路変更、欧羅巴の主要国の上空を通過してから宇宙に出る。

 第二種対地兵装の準備!」

「第二種? シン、対地攻撃を行うの?」

「本国を攻撃した各国の基地に攻撃を仕掛ける。既に攻撃手段は尽きているはずだけど、残しておくと危険だからね。

 ESPジャーマーを本艦の周囲二キロに展開。自動防衛システム作動。

 接近してくる航空機は無差別に攻撃せよ。艦内にいきなりテレポート出来なければ、恐れる事は無い。準備を急げ!」

「は、はいっ!」


 水飛沫をあげながら全長七キロ以上の巨体が海中から姿を現していた。

 青く塗装されて、流線型の形状をしたエクセリオンは水飛沫の音だけ響かせて空中に浮かび上がった。

 そして、上部と側面のハッチが開いて、次世代の無人戦闘機『フェンリル』五十機が次々に発進。

 周囲に展開すると、エクセリオンは欧羅巴の中心エリアに向けて針路をとった。

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 某国のある地方都市のビルの大型TVに、バルト海の海中から水飛沫をあげて空中に飛び立ったエクセリオンの姿が映し出されていた。

 コロニーレーザーが破壊されて、隕石の衝突が本当に回避出来るのか疑念を持っていた群衆は、その映像に目を釘付けにされていた。


「な、何だよ、あれは!? 嘘だろう!?」

「す、すげえ!!」

「大きさを比べるものが無いから分からないけど、あの航空機が普通の航空機と同じサイズだとしたら、全長は数キロレベルだぞ。

 あんなものが空を飛べるっていうのか? 非常識過ぎるぞ!!」

「反重力エンジンとか言ってたな。そうか! あの移民を運んだ宇宙船の噴射炎がやたらと小さいと思っていたけど、

 やっぱり偽装だったんだ。反重力エンジンをつけていて、それを誤魔化していたんだ。魔術師は此処までの技術を持っていたのか!?」

「青い流線型の宇宙戦艦か。何処かで見た記憶があるぞ。名前も何処か聞き覚えがある。何だったっけ?」

「そんな事はどうでも良い! 艦首を見ろ! 今はシャッターらしきもので塞がれているけど、巨大な開口部がある。

 あれがエネルギー発射機構だとしたら、コロニーレーザー並みの破壊力になるんじゃ無いのか!?」

「昔のSFアニメの波○砲みたいな物だってのか? 冗談だろう!?」

「冗談であれ程までの宇宙戦艦を造れるか!? 魔術師は本気だぞ。北欧連合に攻撃を仕掛けた基地を攻撃するって言ってたな。

 それを見れば、どんな武装があるかも少しは分かるかも知れないぞ!」

「これなら上手くいけば、巨大隕石も何とかなるかも知れないな」


 あまりに常識外れの巨大な空中に浮かぶ宇宙戦艦を見て、群衆は色を失っていた。

 これが以前から魔術師が言っていた隕石衝突回避作戦の最後の切り札なのだろうか?

 その事に思い当たった群衆は期待を持ち始め、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 あまりに巨大なその姿に、どれ程の破壊力を秘めているかは分からない。

 だが、その巨大な姿が与える威圧感は凄まじいものがあった。これなら巨大隕石を何とかしてくれるかも知れない。

 そう感じた群衆は、ビルの大型TVに向けて大きな歓声をあげていた。

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 バルト海の海底には、約五万年前に地球に不時着した巨大宇宙船が沈んでいた。そして動力部分と生体コンピュータは動作していた。

 加工精度と材料の問題から同じ物は地球では製造出来なかったが、使用する事は出来た。

 約五万年前に不時着した時はエンジントラブルで飛行は出来なかったが、長期間自動修復装置を稼動させる事で修理は完了していた。

 そして万が一の切り札として、内部に約一万人が居住出来る空間と、戦闘艦としての機能を持たせた改造を十年前から行っていた。

 本当の意味での箱舟として機能出来るように準備していたものだった。

 巨大隕石の地球衝突の危機が無ければ使用する事も無かっただろう。だが、それは今、人類最後の切り札として飛び立っていた。

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 欧羅巴の某国にある空軍基地の迎撃戦闘機はスクランブル発進をしていた。エクセリオンが自国の領空に無断で入ってきた為である。

 スクランブル機は二機。指定された空域に向かっていたが、その途中で自分達の目を疑う光景を目にしていた。


「お、おい。この距離で肉眼で確認出来るって嘘だろう!」

『やっぱりお前の目にも見えるのか!? 嘘じゃ無いって事か!? しかし、この距離で見えるなんて、全長が何キロあるんだ!?』

「あんなデカ物をどうしろって言うんだ!? この機に積んであるのは空対空ミサイル四基だけなんだぞ。あんなものに通用するか!?」

『とはいえ命令だ。近くにまで接近するぞ』

「了解!」


 だが、そのスクランブル発進した二機は、エクセリオンに領空侵犯を警告する前に撃墜されてしまった。

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 エクセリオンは高度五千メートルを維持して、欧羅巴の中央エリアに侵入していた。これは勿論、国境侵犯行為である。

 だが、ゼーレに操られたとはいえ、宣戦布告もしないでいきなり弾道ミサイルや巡航ミサイルを撃ち込んできた国に配慮する気は無かった。

 言い換えると、既に戦争状態なのである。既に弾道ミサイルは尽きているのは分かってはいたが、その施設を放置するのは危険であった。


「中央エリアに到着。現在までに本艦に接近してきた敵航空機十八機は自動防衛システムによって排除されています。

 本艦の周囲に機影無し。何時でも攻撃出来ます」

「待って下さい。本艦が居る国家の元首から通信が入っています。どうしますか?」

「それは無条件降伏の受諾の通信かな?」

「いいえ、話し合いがしたいと言っています」

「ならば無視だ。フランツ首相が提示したのは無条件降伏だけ。宣戦布告もしないで我が国に核攻撃を仕掛けてきた国と話す事など無い。

 ゼーレに操られていたという言い訳は通用しない。我が国の国民三百万人以上が失われたんだ。その責任はきっちりと取って貰う。

 手始めに各国の攻撃を仕掛けてきた基地を攻撃する。示威行動はもう十分だ。

 高度十万メートルまで急上昇。第二種対地兵装のエネルギーキャノンの連射準備!」

「「了解!」」


 高度五千メートルであっても、全長が七千メートルを超えれば地上から肉眼で確認出来た。

 もっとも反重力エンジンを使用しているので、ジェット機のような轟音は聞こえなかったが。

 ゼーレの組織や一般市民に対する示威行動としても十分だろうと判断したシンジは、高度を上げて一気に各基地を攻撃する事にした。

 反重力エンジンによって意外なほどスムーズに高度を上げ、そして艦体の下部エリアに設置されている三連装対地主砲である

 エネルギーキャノンを露にしていた。そして目標の高度に達するとエネルギーキャノンは火を噴き始めた。

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 欧羅巴の某国のとある山の中腹に一軒の家があった。あまり人付き合いの良く無い老人は、自給自足の生活をしていた。

 TVなども滅多に見ない為に、世間の動向など全然知ってはいなかった。

 その老人は畑の雑草を取っていた。そこからはかなり遠方まで見渡せる見晴らしの良い場所だった。

 老人は疲れた身体を休めようと、仕事を止めて遠方の景色に見入っていた。少しの雲はあったが、今日は地平線まで見渡せた。

 まさに平和で静かな世界だと老人は感じていた。だが、次の瞬間、キノコ雲が発生したのが老人の目に入ってきた。


「何っ!?」


 キノコ雲がどんな時に発生するかは老人は知っていた。続けてかなり遠方から衝撃が伝わって来て、身体がビリビリと震えた。

 少し遅れて突風も来た。身体が吹き飛ばされるまではいかないが、慌てて足を踏ん張っていた。


「な、何があったと言うのだ!?」


 老人の目に入ってきたキノコ雲は一つでは無かった。二つ、三つと徐々に増えていった。

 それが意味している事を知り、老人は愕然としていた。これからどうなるのか?

 不安に駆られた老人は家に戻って、情報を仕入れようとTVの電源を入れた。

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 フランツは自分の執務室で、エクセリオンの艦橋から中継されている映像を見て唸っていた。

 シンジが隕石衝突回避の為に、最後の切り札を用意しているのは知っていた。

 だが、それがまさか全長七千メートルにも及ぶ巨大宇宙戦艦だとは想像すらしていなかった。

 海中から水飛沫をあげながら姿を現して、飛び立つと同時に周囲に戦闘機を展開させるなど、演出もやり過ぎでは無いかと思ったほどだ。

 今は北欧連合に攻撃を仕掛けて来た各国の軍基地に攻撃を加えているシーンが映っていた。

 今までの粒子砲とは異なり、着弾しただけで巨大な爆発が発生してキノコ雲まで発生させるとは、どれほどの力を秘めているのだろう。

 画面は二分割されており、左画面には着弾ポイントの様子が、右画面には攻撃ポイントの地図が表示されていた。

 そして右画面の攻撃ポイントの地図の赤いマークが次々に消えて行った。

 攻撃を受けて消滅したのだろう。この調子でいくと、十分も掛からないで攻撃ポイントを全て消滅出来るだろう。

 その後は自分の出番だ。シンジの攻撃で各国は無条件降伏するしか選択肢は無いだろう。抵抗する気も起きないはずだ。


(シン君の準備していたものが巨大な宇宙戦艦だったとは驚きだ。あの大きさのものを造るのに、いったいどれほどの日時が掛かるのか?

 まさに奥の手に相応しい威容としか良い様が無いな。あれなら巨大隕石も吹き飛ばしてくれるだろう。頼むぞ!)


 フランツがTVを見ていると、エクセリオンは攻撃を止めていた。そしてシンジの声が聞こえてきた。

 北欧連合に攻撃を仕掛けてきた各国の基地は全て消滅して、これから隕石への攻撃を行うと言っていた。


 人類の滅亡まで後三日。ゼーレを除く全人類の期待を背負って、エクセリオンは宇宙へと旅立っていった。

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 一つは脱落したが、十一個のモノリスはエクセリオンの様子を見ながら会議を行っていた。だが、精彩は無かった。

 EVAの量産機九機を一瞬で失い、それならば隕石を地球に衝突させて再生の為の滅びを行うべきだと結論したゼーレだが、

 シンジが用意した第四段階の策を潰す必要があった。だが、その第四段階が巨大な宇宙戦艦だとは、ゼーレの誰しもが予想しなかった事だ。

 既にゼーレの戦力は殆ど無かった。この僅かな戦力でシンジの用意した宇宙戦艦を無効化出来るのか? 重い声で会議は続いていた。


『……まさか魔術師が用意したものが、あのような巨大宇宙戦艦だったとはな。これでは我等の戦力では手は届かぬか』

『あの宇宙戦艦の周囲にESPジャーマーを展開させると言っていた。

 核爆弾を抱いたテレポータを使っても、艦内で爆発させねば効果は出ないだろう。もはや計画は泡となって消えたのか?』

『まだ分からぬ。最後まで諦めるな。既に量産機を失った我等だ。後は失うものなど無い』

『そうだな。如何なるものであっても弱点は存在する。完璧なものなど無い。諦めるにはまだ早い』

『セシルよ、我等の希望をお前に託す』

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 魔術師の用意した第四段階を何としてでも無効化して、隕石衝突回避作戦を失敗させろと上司からセシルは命令を受けていた。

 もっとも命令を受けた時は、魔術師がどんなものを用意したかなどは分かってはいなかった。

 その為に、手っ取り早い情報入手ルートはTVだと判断して、セシルは一人でTVに噛り付いていた。

 今のセシルの顔は引き攣っていた。シンジが用意したものが、巨大宇宙戦艦だと分かった為であった。


(な、何て物を用意していたのよ! 全長が数千メートルにも及ぶなんて、スペースコロニーと遜色無い大きさじゃ無い!

 そんなものをバルト海の海底で建造していたと言うの!? しかも反重力エンジンが予備の扱い?

 完全な惑星間移動を前提にした宇宙戦艦じゃ無い。いや、まさか恒星間移動まで出来るんじゃ無いでしょうね!?

 しかもあんなに洗練された構造だなんて、どういう事よ! 各国の基地を一瞬で消滅させたあの砲撃は小型の核攻撃に匹敵するわ。

 それが第二種兵装? だったら第一種兵装ってどれだけの破壊力があるのよっ!

 あれを落せって言うの!? もう、どうすりゃ良いのよ!?)


 セシルは洗脳を受けているので、基本的に命令には逆らえない。だが、出来る事と出来ない事がある。

 TV画面に映っている宇宙戦艦など、どうやって落せば良いのだろう?

 残っている手駒はES部隊のテレポーターだが、ESPジャーマーがあの巨大宇宙戦艦の周囲に展開されている。

 如何に核爆弾とはいえ、あの巨大宇宙戦艦の外部で爆発させても破壊出来るとは到底思えない。外壁に傷がつくかさえも怪しいものだ。

 セシルは悩み、巨大宇宙戦艦の弱点を探そうと目を皿にしてTVに見入っていた。

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 不知火はネルフ本部に居て、ネルフ占拠の指揮を執っていた。もっとも、降伏勧告に素直に応じた為に、あまりトラブルは発生していない。

 今は順調にネルフの各施設を接収しているところだ。各所でベークライトを注入されたり、戦自に虐殺されたネルフ職員の死体が

 散乱していたりして邪魔になるものは多かったが、それでも少しずつ接収は進んでいた。

 そして、ゲンドウを始めとする幹部メンバーは護送車で国連軍の基地に向かっていた。

 不知火はTVでシンジの様子を確認しながら、部下に命令を下していた。


(戦自の虐殺にあったが、中佐の介入であれ以上の被害は避けられたか。しかしネルフを占拠する事になるとはな。

 MAGIの機密データも技術者が解析しているから、追々に結果は分かるだろう。

 幹部を裁くのは全てが終わってからだろうが、どういう結末になるのか?

 ゼーレの量産機九機が消滅したから、補完計画の方はもう実行出来ないから大丈夫だろう。

 もっとも、ゼーレの組織をどう解体するかは今後の問題だな。これは各国の上層部が決める事か。

 残る問題は巨大隕石の件か。コロニーレーザーが爆発した時はどうなる事かと考えたが、まさか中佐が巨大宇宙戦艦を用意していたとはな。

 まったく、発進シーンの演出も凝っているし、良くやるものだな。……兄貴が見たら狂喜するんだろうか?

 まあ良い、後は巨大隕石の件をどうにかしてくれれば、平和が戻ってくるだろう。もう少しの我慢だな)

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 ネルフの幹部職員、つまりゲンドウから始まって各部課長レベルの人間は全て拘束されて、護送車に乗せられて国連軍基地に向かっていた。

 護送車にはTVがついており、乗っているゲンドウ、冬月、リツコ、ミサト達はシンジが用意していた巨大宇宙戦艦を見て絶句していた。


(巨大宇宙戦艦か。あんなものまで用意していたとはな。『天武』、スペースコロニー、そしてパターンイエローか。

 ゼーレの用意したEVA量産機九機を一瞬で消滅させた事もある。シンジは私の想像を遥かに超えていたな。

 さて、ゼーレに力は残ってはいないだろうが、どう出てくるかだ。あの諦めの悪い老人達がこのまま素直に滅びるとは思えん。

 捕まれば、今までの悪行が晒し出されて、裁判で極刑になるのは間違い無いだろう。それに協力した自分も同じだろうがな。

 こうなったら、私が裁かれるのは仕方が無い事だ。だが、何としてでもユイを初号機から出さないと!

 シンジに頼むしか方法は無いだろう。せめて最後に一目だけでもユイに会わないと死にきれぬ)


(彼には驚かせられっ放しだったが、最後の最後まで驚かせてくれるとはな。

 最後は巨大宇宙戦艦か。しかも海中から発進とは、演出が良い。

 戦闘機を周囲に展開させるなど、以前に熱中したアニメを思い出してしまった。

 欲を言えば戦闘機も海中から一緒に海中から出てくれば完璧なんだろうが……いかん、いかん。趣味に走るところだったな。

 ゼーレの戦力は壊滅して、EVA量産機も消滅させたか。これで補完計画は実行出来なくなったが、ゼーレがどう出るかだな。

 あの老人達の事だ。大人しく滅びの時を待つとは思えん。シンジ君が巨大隕石の件を片付けたら、ゼーレの処理が問題になるだろう。

 さて、それまで我々が生きているのだろうか? せめて死ぬ前にユイ君に会いたいものだな)


(今まで何度も中佐には驚かされてきたけど、今回のは特大ね。反重力エンジンとは別のメインエンジンを持っているのは、惑星間の移動を

 考慮されているのでしょう。でも、独力で此処までのものが造れるはずが無いわ。中佐のバックには何があると言うの!?

 知りたい! でも、中佐は教えてはくれないでしょうね。MAGIが落された今、あたしには中佐と取引出来るものが無い。

 ……でも、あそこまでの技術を持っているなら両足の再生技術を持っていても不思議じゃ無いわ。寧ろ、当然の事だわね。

 あたしの今回の動きを中佐がどう評価してくれるかで、あたしが両足の再生手術を受けられるか決まる訳ね。

 そしてユイさんの事をどうするのか? あたしが司令と二人で暮らせる事はありえるのかしら?)


(まったくシンジ君は何てものを用意していたのよ!? EVAの量産機九機を一瞬で消滅させたって半信半疑だったけど、

 あれを見せられると納得するしか無いわね。でも、これじゃあ補完計画にどう対応しようか悩んでいたあたしが間抜けじゃ無い!?

 あっさりとゼーレの補完計画を潰すだなんて、シンジ君が最初から全力を出していたら、あたし達は一瞬で滅ぼされたという事か。

 加持君を助けてくれたし……でも、あたしを加持君のところに送った意味は何!? まさか加持君の欲求不満の解消の為!?

 だったら怒るわよ! まったく加持君ときたら、この護送車に入れる前に見えないところに連れ込んで、あんな激しいキスをするなんて。

 まったく、溜まっているのかしら。まあ、アスカが無事に生きていてスペースコロニーに行ったって聞いたから、そっちは一安心か。

 後であたしだけ別の場所に移してくれるって言ってたけど……加持の身体はかなり逞しくなっているし、あたしの身体は持つかしら?)


 四人は各々の思惑があった。だが、それを口に出す事は無く、静かに考え込んでいた。

***********************************

 北欧連合へ攻撃してきた各国の基地を消滅させると、エクセリオンは地球の重力圏から離れて隕石群に攻撃を行おうとしていた。

 隕石群が地球に到達するまで、三日間の時間的猶予はあった。その為、まだかなり距離は離れている。

 宇宙空間の空間の物質密度は大気中と比べると比較にならないくらいに低い。エネルギー砲撃を加えても、殆ど減衰しないのだ。

 その為に拡散するようなタイプの兵器で無ければ、遠距離からの砲撃でも効果はあまり変わらない。


 ここまでTV中継を行えば、不安を感じていた全世界の人々に安心感を与える事が出来たろう。

 此処でTV中継を切ると、変な勘ぐりを受ける可能性もあると考えて、面倒だがTV中継は継続する事にしていた。

 まあ、地球の重力圏を離れており、このエクセリオンに危害を加えるものなど無いという自信もあった為である。


 隕石群の攻撃に使用するのは、エクセリオンの艦首にある巨大な主砲である。

 動力炉からのエネルギーを圧縮して溜めてから撃ち出す構造で、本来はこの宇宙船には無かった機能である。

 艦内にある生体コンピュータのデータバンクにあって、別のタイプの宇宙船には搭載されていたが、シンジとしては初めて使用する

 機構という事もあって、慎重に事を進めていた。まあ、他の攻撃手段では隕石群に通用しないという理由もあった為である。


「エンジン停止。艦首主砲発射準備!」

「了解。エンジン停止。現在位置に固定。動力炉の出力の95%を艦首主砲に接続。ESPジャーマーはそのまま展開」

「主砲発射機構に問題は無いか?」

「今のところ、全発射機構は正常に動作しています。大丈夫です。現在、エネルギーを圧縮中!」


 レイの目の前の表示器に異常は見られない。無事に動いているのを確認してレイは内心で安堵の溜息をついた。

 そして無事に艦首主砲の機構が動いているのを確認して、シンジは次のステップに移った。


「観測用宇宙船からのデータをリンク。攻撃目標の位置座標の設定完了!」

「照準の誤差修正。艦首を右+0.0002、上下角−0.00007!」

「艦首付近に障害物はありません。現在、問題は無し!」

「エネルギー充填率、50%……60%……70%……80%……90%……100%!」

「よし、艦首主砲発射!」


 エクセリオンの艦首に光の粒子が集まり、そして一定の圧力を超えた時、光の奔流が飛び出していった。

 その光の奔流は勢いを落す事無く、かなり遠方にあった隕石群に到達していた。そして光の奔流は直撃した中型隕石を破壊した。

 その結果は、隕石群の近くに配置してあった観測用宇宙船からエクセリオンに届けられていた。


「今の砲撃で中型隕石の一個目を完全破壊! 艦首主砲による超遠距離砲撃は無事に成功しました!」

「よし、この調子で連続砲撃を行う。次の砲撃準備だ!」

「了解です」


 一発目の遠距離砲撃が上手く行った事を受けて、エクセリオンの艦橋には楽観視する空気が漂っていた。

 シンジさえも顔に笑みを浮かべていた。このまま行けば、巨大隕石全てを消滅か破壊出来るだろう。それを疑う人間は居なかった。

***********************************

 某国のある地方都市のビルの大型TVに、エクセリオンの艦橋の様子と、消滅していく隕石群の様子が映し出されていた。

 エクセリオンの艦首主砲から光の奔流が溢れ出し、次々に隕石群が減っていく報告が流れてくると、TVを見ている群衆から

 歓声があがった。このままいけば、隕石群全てを消滅させる事が出来る。群衆全員がそう信じていた。


「おい、このままいけば隕石群は大丈夫だよな」

「ああ。あのエクセリオンって宇宙戦艦は凄いよな。あれさえあれば敵無しだぜ」

「まったく、あんな宇宙戦艦をどうやって造ったんだろう。後で魔術師が発表しないかな?」

「さあな。機密情報の塊である事は間違い無いだろうがな。でも、これで俺達は生き延びる事が出来るぞ!」

「今度は第六射目だ。もう少しで中型隕石の半分が消滅した事になる。えっ、何だ!?」


 エクセリオンの艦首主砲の威力を見て、これなら隕石群も何とかなるだろうと思えてきた。

 その時、シンジの緊迫した声が聞こえてきた。群衆は何事かと大型TVに視線を向けた。

***********************************

 ゼーレの指導者達から何としてでもシンジの隕石衝突回避作戦を失敗させろと命令を受けたセシルは、TVに映るエクセリオンの様子を

 目を皿にして見つめていた。そしてエクセリオンの弱点かも知れないところに目をつけた。

 だが、それが弱点だという保証は何処にも無く、実行するにも困難を伴う。

 そこで待機しているES部隊のテレポータ五名を呼び出した。そして真剣な表情で質問を始めた。


「単刀直入に聞くけど、TVに映っているあの宇宙戦艦までテレポート出来る?」

「あの位置にまでですか!? 無理です! 我々も部下の観測チームから位置データを知らされていますが、あのコロニーレーザーを

 あった位置より離れているんです! 辛うじて位置は把握出来ていますが、我々五人の能力を振絞っても届きません」

「それにあのエクセリオンはESPジャーマーを展開しているって言ってました。

 艦内に到達出来れば良いのですが、艦外では意味がありません。無駄死にしか為りません!」

「後一人、テレポータが居れば届いたでしょうが、全て北欧連合とコロニー攻撃で全て消耗しています。無理ですね」

「ちょっと待って! 後一人のエネルギーがあれば届くのね!」

「はい。我々に同期して飛べる人間がいればの話しですが」

「あたしを使って! あたしは使徒細胞を試験的に摂取しているの。テレポートは無理でも、あたしの生体エネルギーを使えるでしょ!」

「……確かにその方式を取ればあの宇宙戦艦に届くかもしれません。ですが、ESPジャーマーで艦内に転移は出来ないでしょう。

 意味がありません」

「違うの! あの艦首主砲の前面にテレポートするのよ! それも発射のタイミングに合わせてね」

「それはどういう……そうか! あの艦首主砲のエネルギーを逆流させようと言うのですか!?

「あの艦首主砲は途方も無いエネルギーを持っているでしょう。それを一瞬でも堰き止められれば、主砲のエネルギーは逆流して

 逆にあの戦艦にダメージを与えられるわ。もう、これしか方法が無いの!」

「……分かりました。残った核兵器はちょうど六個。一人が一つ抱えて同時爆発すれば、エネルギーの逆流が出来るかも知れない」

「ESPジャーマーの影響が無いギリギリの箇所を選ばないと駄目ですね。あの距離でそこまでの転移精度が出せるのか?」

「それはやってみなければ分からないわ!

 こんな博打みたいな方法は好きじゃ無いけど、これしかあの巨大宇宙戦艦にダメージを与える方法なんて思いつかないわ!」

「……分かりました。急いで準備します!」


 セシルもそうだが、ES部隊もゼーレの洗脳を受けていた。目的の為なら自爆攻撃さえ辞さない覚悟は出来ていた。

 こうしてゼーレの最後の抵抗が行われる事となった。

***********************************

 エクセリオンの艦首主砲の砲撃は順調に行われて、少しずつだが隕石群も消滅しつつあった。

 このままいけば、無事に全ての隕石群を処理出来ると艦橋の五人全員が考えていた。

 そして六射目を発射しようとした瞬間、レイの前面のパネルから警告音が鳴り出した。それを見たレイは顔色を変えて報告した。


「エネルギー充填率、90%……えっ!? ESP反応有り! 艦首主砲の前方です!」

「まさかっ!? 拙い! 艦首主砲発射停止!!」

「駄目です! 既に自動発射シーケンスに切り替えています! エネルギー充填率、100%! 発射されます!」

「全員、対ショック体制! 全艦に緊急態勢をとらせろ! 各通路の隔壁閉鎖! 急げ!!」

「は、はいっ! くっ!」


 自動発射シーケンスに従って艦首主砲が発射される直前、艦首の前方二キロのところでに六つの核爆発が発生した。

 艦橋の大型モニターが真っ白になったが、それ以上は自動調節機構が働いた。

 この核爆発が艦体の側面なら何も被害は出ない。その程度の装甲は持っている。

 だが、艦首主砲の前方で主砲に溜められたエネルギーが発射されるタイミングというのは問題だった。

 一瞬だが、艦首主砲のエネルギーの行き先が核爆発のエネルギーで塞がれた事で、主砲のエネルギーが艦内に逆流した。

 核爆発の位置が少しずれるか、タイミングも数秒ずれてくれれば、主砲のエネルギーの逆流は発生しなかっただろう。

 ゼーレの科学者セシルの最後の意地かも知れないが、位置、そしてタイミングはベストであった。

 そして艦首主砲のエネルギーの逆流を受けたエクセリオンは甚大な被害を受けてしまった。

 全長七千メートルの巨体の前半部分の一部が吹き飛び、別の場所からは巨大な炎が宇宙に噴出していた。

 そしてその爆発の振動は艦橋にも及び、各ブロックに深刻なダメージを与えていた。

 艦橋の振動が収まると、全員が被害状況の確認に動いた。次々に声を張り上げてシンジに報告を始めた。


「艦の前方エリアの大半が吹き飛ばされるか、火災が発生しています。幸いですが、隔壁が閉じていたので、これ以上が広がりません!

 前方の格納庫、及び居住エリア、倉庫が破壊されました!」

「ミサイルの搭載数が少なかったので、誘爆による被害は少なめです。ただ、『フェンリル』の第八〜第十五の格納庫に被害を受けました!

 半数以上が失われました! 残りの発進可能機数は約400機です!」

「動力炉にダメージ! 爆発は避けられましたが、出力が最大21%まで低下! 艦首主砲に甚大な被害を受けました!

 再発射は不可能です! 第二種兵装の約83%が使用不能!」

「バリアシステムとESPジャーマーは大丈夫です。現在、自動修復機能が稼動を始めましたが、全体の復旧までには約八ヶ月掛かります!」

「動力炉と艦首主砲を重点的に修理した場合の日数は!?」

「ちょっと待って下さい……出ました! 約三週間です!」

「……そうか。分かった。ゼーレの最後の抵抗で、此処まで被害を受けてしまったのか……」


 四人からの被害報告を聞いて、シンジは顔を青褪めながらも深い溜息をついた。

 エクセリオンの艦首主砲こそが隕石群に対する切り札と考えていただけに、衝撃は大きかった。

 だが、まさか地上から地球の重力圏を離れたこの位置までテレポートによる核の自爆攻撃を仕掛けてくるとは予想の範囲を超えていた。

 もっとも、いくら後悔しても既にエクセリオンは大破の状態で、巨大隕石の衝突回避作戦には使用出来ない。

 その悩むシンジの顔は全世界に生中継されていた。

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 某国のある地方都市のビルの大型TVに、艦首主砲のエネルギーが逆流してエクセリオンが甚大な被害を受けた様子が映し出されていた。

 その状況を周囲の群衆は唖然とした表情で見ていた。あのままいけば、隕石群は全てエクセリオンの砲撃で消え去っただろう。

 その邪魔をしたゼーレとは何なのか!? そして自分達はどうなるのか!? このまま巨大隕石が地球に衝突して滅んでしまうのか!?


「お、おい。あの巨大な宇宙戦艦が被害を受けるなんて、これからどうなるんだよ!?」

「知るかよ! ゼーレが邪魔したって言ってたけど、この落とし前をどうするつもりだ!」

「確か、国連の裏組織の補完委員会の裏の姿だって言ってたよな。という事は各常任理事国の所為って事になるんじゃ無いのか!?」

「北欧連合の首相が無条件降伏を勧告していたけど、巨大隕石が衝突したら人類は滅びるんだよな。どうなるんだ!?」

「こんな事になるんだったら、俺もスペースコロニーに移住しておけば良かった!」

「今更、そんな事を言っても手遅れだ!」

「何処か地下シェルターは無いのか!? そこに逃げ込めば少しは生き延びられるぞ!」

「無駄だ! 個人用の地下シェルターは政府が準備しているけど、数人分しか無いんだ。食料がすぐに尽きる!」

「その前に蒸し焼きになるかも知れない。俺はそんな事は嫌だ!」

「こうなったら、最後は好きな事をしながら死んでやる!」

「そうだ! こうなったら我慢しても意味は無い! 隕石が衝突するまであと三日だ。思い残す事が無いようにしたいぜ!」


 自棄になった群衆がパニックになって暴徒化しようとする寸前、大型TVから甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 群衆の視線はビルの大型TVに集まっていた。

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 エクセリオンの艦長席で、シンジは暗い表情で悩んでいた。


(切り札と考えていたエクセリオンは使えなくなった。惑星間宇宙船はまだあるが、火星軌道付近で距離があり過ぎる。

 時間的に間に合わないし、それほどの武装も無い。駄目だ! あの二基の砲撃衛星も使い過ぎて修理に入ってしまった。

 このエクセリオンに集中して準備したから、本当に他に手駒が無い! どうする!?

 確かにスペースコロニーに約二百万人いるから、隕石が地球に衝突しても人類の絶滅は避けられる。だが、地球にいる人達は……

 積極的に抹殺したい人間もいれば、助けたい人間もいる。残り三日間では助けられる人も極僅かだ。気休めに過ぎない。

 ……あれが残っているか! 確かにあれを使えば、大物だけでも何とかなる。

 残りの小物はエクセリオンと残った兵装で対応するしか方法が無いか。どれだけ漏れなく撃ち落とせるかが鍵か。

 大物の隕石を凌げれば、一瞬で地球生命が絶滅する事態は避けられる。大きな被害を受けるだろうが、時間は稼げる。

 問題は戻りの余裕が無いって事か。片道特攻しか無いのか!? いや、諦めるのはまだ早い! 人事を尽くして天命を待つか。

 最悪は……。あれを使うにしても時間が問題だ。遅れれば遅れる程、成功率は下がる。リスクはあるが、賭けるに値する価値はある!)


 覚悟を決めたような表情でシンジは直ぐに立ち上がって、四人に指示を出した。


「四人は本艦の復旧に努めて! ボクは別の方法が無いかを確認してくる。此処は任せるよ!」

「シン様、別の方法ってまだ準備していたものがあるんですか?」

「いや、これ以上の準備はしていない。でも、あるものを使えば出来るかも知れない。それを確認するのさ」

「お兄ちゃん、あるものって何?」

「まだ分からないから言えないよ。一人で行ってくるから、ここは頼む。動力炉と第二種兵装の修理を急いでくれ」

「シンジさん。まだエクセリオンで迎撃するつもりなんですか?」

「ああ、まだどうするかを決めて無いけど、まだ生きている兵装もある。三日間で出来るだけ修理したい」

「シン。あたしも一緒に行って良いかしら?」

「駄目だよ。確認は一人で出来るから。それよりも復旧を急いで!」

「……分かったわ」


 シンジは急いで艦橋を出て行った。それを見届けた四人は被害状況を詳細に分析して、効率良く復旧作業が出来るように指示を出していた。

 この間、中継用のカメラは回っていたが、あまりにも多くの事が発生したので、四人ともカメラの事は失念していた。

 既に酸素が尽きているので艦首の火災は収まっている。後は復旧用作業ロボットをどう効率良く運用するかになる。

 その作業中、カオルはふと艦体の一部が不審な動きをした事に気がついて、大きな声をあげた。


「何ですって!?」

「どうしたの!?」

第七ハッチが開いているのよ!

「「「何ですって!?」」」


 少女達の悲鳴は全世界に中継されていた。






To be continued...
(2012.09.29 初版)


(あとがき)

 一応はシリアスな展開だったのに、敢えて宇宙戦艦ネタを使ってしまいました。まあ御都合主義という事で納得して下さい。

 演出をして堂々と披露したエクセリオンですが、あっさりとゼーレの最後の特攻で被害を受けて使用出来なくなりました。

 まあ、幾ら準備をして大丈夫と思っても、想定外の事で駄目になる事は現実にもあるでしょう。

 地球上ではゼーレの指導者達は拘束されてはいませんが、事態は収束方向に向かっています。既にゼーレの実働部隊は全滅です。

 『第七ハッチ』ネタは分かる人には分かるでしょうねえ。宇宙戦艦ネタを使うと決めた時に、これは絶対に出そうと思っていました。

 これから最終話まではシリアス路線になります。



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