因果応報、その果てには

第六十四話

presented by えっくん様


 作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。

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 大破して各所から煙が流れているエクセリオンの第七ハッチから、EVA初号機が腕を組み仁王立ちのままエレベータであがってきた。

 その様子はエクセリオンの艦橋の大型モニターに映し出されていた。それを見た四人の少女は慌てて、直ぐに初号機との回線を開いた。

 四人とも、このタイミングで初号機を出したシンジの意図は薄々は察していた。だが、どうしても確認せずにはいられなかった。


「シン様、まさか初号機を使って巨大隕石を処理するつもりですか!? 無理です!

 幾らS2機関を搭載している初号機とはいえ、規模が違い過ぎます。戻って来て下さい! それに初号機には対宇宙装備は無いはずです!」

『ミーシャ。初号機の全力を使えば、破壊するのは無理でも軌道を逸らす事は可能かもしれない。断言は出来ないけどね。

 光の羽を使えば宇宙空間でも飛行出来るのは確認してある。賭けになるけど、このまま見過ごす事も出来ないしね』


「でも、初号機には零号機と同じ酸素ボンベしか搭載していないはずよ! あれは48時間分しか無いはず!

 だったら初号機を出すのは無駄でしょう! お兄ちゃん、戻って! 御願い!!」

『レイ。隕石群はこちらに向かっているから、初号機が向かえば相対速度は上がるから、計算では約32時間で隕石群と接触する。

 16時間あれば、中型以上の全部の隕石の軌道を逸らせるかも知れない。やってみる価値はあるさ』


「そんな!? シンジさんは死ぬつもりですか!? 待って下さい!

 まだ三日間の時間がありますから、その間に手段を考えれば良いじゃ無いですか!? 少なくとも予備の酸素ボンベぐらいはあるはず!」

『マユミか。駄目なんだ。既にボクの手駒は尽きた。砲撃衛星が二基あるけど、あれは使い過ぎて今は部品交換中だ。

 修理に一週間掛かる。簡易砲台はまだ数はあるけど連射は出来ないし、そんな威力は無い。

 近くに来られては対処のしようが無いけど、今の距離なら初号機を使えば中型以上の隕石の軌道が変更出来る。

 時期を逸しては初号機でも対処は出来なくなるんだ。他に手段があれば試しても良いけど、本当に手段が無いんだ。

 それにエクセリオンに搭載してあった酸素ボンベはさっきの爆発で吹き飛んでいる。

 エクセリオンの亜空間制御システムの復旧に時間が掛かるから、他から持ってくる事も出来ない』


「待ちなさいよ! あたしの使徒としての人生を終わらして、こうしてリリンに生まれ変わった責任はシンにあるのよ。

 責任を取らないで逃げるつもりなの!? 卑怯じゃ無いの! ずっと一緒だよって言ったのは嘘だったの!?

 好きなだけサービスしてあげるから戻ってきて!」

『カオル。まだ死ぬと決まった訳じゃ無いさ。火星軌道にある予備の宇宙船を急いでこちらに向かわせている。

 初号機との合流タイミングは最悪で約52時間後。早めに隕石の軌道を逸らして離脱出来れば、大丈夫かも知れない』


「そんな賭けをしようって言うの!? 地球にいるリリンにシンがそこまでする価値はあるの!? シンが犠牲になる事は無いわ!」

『危険な事は確かだけど、まだ死ぬと決まった訳じゃ無いから。地球の全生命体の滅亡の危機だから、この程度のリスクは背負わないと。

 それに初号機で中型以上の隕石の軌道を逸らす事が出来ても、第二段階で爆破した中型隕石の破片がかなりある。

 それに第三段階で対処する予定だった無数の小型の隕石も残っている。

 このままだと、直径数十メートルから数千メートル程度の無数の小型隕石が地球に降り注ぐ。

 初号機は余裕が無いから中型隕石と巨大隕石に専念するけど、残りの隕石はエクセリオンで防いで欲しい。

 三日もあれば主砲は無理でも第二種兵装の一部は修復出来るだろう。それでも無理なものは残った【ウルドの弓】と

 衛星軌道上にある簡易砲台、そして地球各地の対空迎撃システムに任せるしか無い。後を任せたいんだ。良いよね』

「…………」  「…………」  「…………」  「…………」


 四人の少女はシンジの覚悟を決めた目を見て、これ以上の抗議を諦めた。

 シンジが人類の滅亡を避ける為に、色々と頑張ってきた事は十分に知っていた。

 だが、シンジが犠牲になるリスクを冒す必要が本当にあるのか? 生き延びる可能性を聞いたが、本当かどうかの不安があった。

 それを疑問に思ったが口に出す事は無かった。四人の少女が黙ったのを見て、シンジはさらに説明した。


『これから初号機は隕石群に向かう。接触は約32時間後だ。それまでの指示は通信で連絡する。素直に従って欲しい。

 それじゃあ行って来るよ。四人とも大好きだよ。後を頼む。無事に戻ってこれたら、サービスを期待しているからね』


 シンジは憂いが篭った表情で四人に告げた。四人にはまだ話していなかったが、自分の身体は崩壊中であり、持って二年という

 診断が出ていた。これは核ミサイル攻撃を受けて再生治療した時に、同化した千人の魂の封印が急速に弱まった事が影響していた。

 二年間という時間があれば、何らかの回避策が立てられるかも知れないが、まだその結論が出ていなかった。

 その事が微妙にシンジの精神に影響を与えていなかったと言えば嘘になるだろう。


 初号機で本当に隕石群の対応出来るかの確証は無かった。だが、今のシンジに打てる手はこれだけだ。

 リスクは高いが、やる価値はあるとシンジは判断していた。万が一の時は……その時に考える事にしていた。

 シンジの言葉に何かを感じたのか、ミーシャ、レイ、マユミ、カオルの四人は口を詰まらせていた。


「……シン様」  「……お兄ちゃん」  「……シンジさん」  「……シン」

初号機起動! 全速力で隕石群に向かう!!


 気持ちを切り替えたシンジは表情を改めた。初号機の光の羽を展開させると、宇宙空間を全速力で隕石群がある方向に向かって行った。

 それを四人の少女は目に涙を溜めながら見送っていた。

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 フランツは自分の執務室のTVで、一部始終を見ていた。

 初号機が光の羽を展開してエクセリオンを飛び立つ光景を見て、深い溜息をついていた。


(ゼーレの最後の悪足掻きが無ければ、あの宇宙戦艦で隕石群の対応は出来たはずだ! まったく何処までゼーレは我々の足を引っ張るんだ!

 シン君に最後まで頼む事になってしまった! 必ず、必ず生きて帰ってくれ! まだ君にはやって貰わなくてはならない事が山程あるんだ!

 それと小さい無数の隕石が地球に向かっていると言ってたな。これの対応を考えないと、拙い事になる。

 さっそく、グレバート元帥と打ち合わせをする必要があるな。何だっ!?)


 一人で考え事をしていたフランツに電話が掛かってきた。この非常時にと思ったが、相手はシンジだった。

 慌てながらもフランツはシンジからの電話をとった。


「シン君! 君に全ての責任を押し付けるようになって済まない! だが、今の我々には君に頼むしか無いのだ! 許してくれ!!」

『誰からも強制された訳でも無く、ボクが選んだ道ですから首相が謝る事はありません。それにまだ死ぬと決まった訳ではありません。

 ボクはまだ諦めていませんからね。それはそうと、御願いがあります』

「何でも言ってくれ!」

『中型隕石と巨大隕石は初号機でボクが何とかしてみせます。ですが予想以上に小さい隕石が多いんです。第二段階で爆破した破片でしょう。

 ボクが管理していた衛星軌道上の兵器の管轄は兄さんに渡して、エクセリオンでもある程度は破壊して貰いますが、それでも漏れるものが

 多数発生するでしょう。それは各地の機動艦隊と迎撃基地の粒子砲で対応するしかありません。それを御願いします』

「当然の事だな。分かった」

『それと三日間しかありませんが、念の為に国内や同盟国、友好国の人々を出来るだけシェルターに避難させて下さい。

 迎撃に漏れて地上を直撃する隕石の被害は想像を絶するものになる可能性があります』

「分かった」

『最後になりますが、スペースコロニーへの移住は一時停止状態ですが、三日後の惨劇を食い止められたら兄さんと協議して進めて下さい。

 最悪の場合、隕石の衝突時の被害が少なくても、地球規模で考えた場合は巻き上げられた粉塵で地球が寒冷化する可能性もあります。

 それとも温暖化効果で異常気象が発生するか、全然予測がつきません。スペースコロニーを上手く活用して生き延びて下さい』

「分かった。だが、協議はミハイル君だけで無く、君とも行うつもりだ。必ず、必ず帰ってきてくれ! 頼む!」

『ありがとうございます。ゼーレへの対応は、フランツ首相の判断で行って下さい。

 宇宙で処分出来る隕石が少ないと、本当に消滅する国家も出てくるでしょう。取り敢えずは国内の避難を最優先に御願いします』

「分かった。ありがとう。本当にありがとう」

『簡単に死ぬつもりはありませんが、こればかりは誰も保証はしてくれません。次に会えるか分かりませんから言っておきます。

 色々とお世話になりました』

「そんな事は無い! 君には本当に世話になりっ放しだ! 君の事は永遠に忘れない! 忘れるものか!! 絶対に帰ってきてくれ!!」

『ありがとうございます。では、行ってきます』


 そこまで言ってシンジからの電話は切れた。フランツの顔は涙でグシャグシャになっていた。

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 ナルセスは財団の本社ビルの自室で、初号機が発進していく様子を見守っていた。そして深い溜息をついていた。


(シン。お前が義母と同じ、いやそれ以上の力を持って、それを隠している事は察していた。

 それを咎める気はまったく無い。お前の立場なら、そう考えても当然だ。私でも大きな力を持っていれば、迫害を恐れて隠したろうな。

 だが、幾ら力を持っているとはいえ、此処まで追い詰められてしまった。そしてお前に負担を掛ける事になってしまった。

 済まない。だが、絶対に帰って来い。ヒルダの婿の事は諦めたが、ロックフォード財団にとってもお前は重要な人間なのだ。待っているぞ)


 憂いを込めてTV画面の初号機を見つめていたナルセスに、電話が掛かってきた。

 考え事を中断して、不機嫌さを隠そうともしないでナルセスは受話器を取った。


「私だ」

『ボクです。義父さん、状況は分かっていますか?』

「シンか!? TVを見ていた。お前に人類の運命を託す事になってしまった。済まない。だが、お前に託すしか無いのも事実だ。頼む」

『そんなに大げさにしないで下さい。まだ死ぬと決まった訳じゃありませんから。ただ、初号機で中型以上の隕石を何とかしても、

 無数の小型隕石、分類上は直径十キロ以下ですが、撃ち洩らす危険性が高いです。直ぐに避難して下さい』

「分かった。直ぐに財団全ての職員を避難させる。だけどシン、必ず生きて帰って来い! 待っているぞ!」

『そのつもりです。行ってきます。でも、万が一の場合は、後を御願いします』

「シン!!」

『嘘を言っても仕方ありませんからね。今まで色々とお世話になりました。もし、無事に帰れたら美味しい酒を用意して下さい』

「ああ! 当然だ。秘蔵のワインを用意しておく。待っているぞ!」

『ありがとうございます。では』


 ナルセスの脳裏に幼いシンジを養子に迎えた時の事が浮かんだ。

 セカンドインパクトの被害からまだ復旧が終わっておらず、苦しんでいた時だ。オルテガの予知に従って、破滅を防ごうと動き始めた。

 バルト海の海底工場を利用して、北欧連合の復旧を手早く済ませて、世界の一流国を目指した。そしてそれは実現した。

 その全てにシンジが絡んでいた。当初の目標であったゼーレの補完計画は既に潰した。

 だが、巨大隕石の地球衝突という考えてもいなかった事態になり、それの後始末をシンジに任せている状態だ。

 一個人に、しかもまだ子供にこんな負担を掛けて良い筈が無い。だが、現実にはシンジに任せるしか方法が無い。

 自身の不甲斐無さを痛感しながらも、シンジの心中を思いやって目蓋を閉じるナルセスだった。

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 ミハイルとクリスはバルト海の海底工場にいて、スペースコロニーの安全確保、それと北欧連合国内の治安維持に努めていた。

 その二人だったが、エクセリオンの活躍で隕石群の脅威から解放されると考えていた。

 だが、実際にはゼーレの自爆攻撃でエクセリオンは甚大な被害を受けて、苦肉の策として初号機が発進していく事になってしまった。

 TV中継を見ていて、初号機に搭載してある酸素の残量が少ない事が問題である事は分かった。では、何か対策は取れるのか?

 ミハイルとクリスは念話で対応策を協議していた。


<初号機の活動限界は無いけど、パイロットであるシンは酸素が尽きれば死んでしまう。地球上なら問題無かったが、宇宙空間では当然だ。

 これをどうするかだ。シンを救出する宇宙船は既に発進したが、時間的には間に合わない。別の手段を考えないと!>

<あたしの手持ちは国内の治安維持と『ガラム』と『フェンリル』ぐらいだもの。宇宙では何も出来ないわ。

 ミハイルの方はスペースコロニー用の連絡船は使えないの? あれを出してシンを助けられないの?>

<駄目だ。あれでは速度が遅すぎる。火星軌道から向かった宇宙船の方が早い。亜空間制御装置も距離が離れ過ぎたから使えない>

<だったら、どうするのよ! 初号機で隕石の軌道を変えられても、酸素が尽きればそれでシンは死んじゃうのよ!>

<だから協議しているんだろう。ちょっと待て! シンから連絡が入った。クリスにも中継する>

<御願い!>


 ミハイルはクリスとの念話を中断して、シンジの通信に切り替えた。クリスにも聞こえるようにセットしてある。


『兄さん、聞こえてる?』

「ああ、聞こえている。シン、何か対応策は無いのか? これではみすみすお前を死地に追い遣るだけになってしまう」

『今のところは方法は無し。魔術を使っても酸素は作り出せないからね。距離があり過ぎるから、亜空間制御システムは使えない。

 それより、他の残った全ての設備の管理権を兄さんに移管するよ。その中には宇宙空間にある簡易砲台と砲撃衛星がある。

 初号機で中型以上の隕石を何とか出来ても、無数の小型の隕石は残る。それを使って迎撃して』

「それは分かった。だが、お前の対策も考えなくてはな!」

『それはボクの方で考えるから良いよ。兄さんはスペースコロニーの維持と、小型隕石の迎撃に全力を尽くして』

「シン!? 死ぬ気なのか!?」

『まさか。無駄死にする気は無いよ。でも万が一の事を考えて準備はしておきたい。その時はミーシャ達も御願い』

「……分かった。でも死なないように努力はしろよ」

<シン、必ず生きて帰るって約束して!>

『だから帰れるように努力はするよ。でも、万が一の場合だってあるさ。だから後を御願い』

「シン!」 <シン!>

『兄さんと姉さんにはお世話になりました。二人がいなかったら、ここまでは来れなかった。感謝しているよ。

 もし、生きて戻れたら二人の結婚式に招待して欲しいな』

「ああ、勿論だとも!」  <シン、約束よ! 絶対に生きて帰るのよ!>

『……じゃあ、行ってくるね。後を御願いします』


 シンジの話しから、最悪の場合の覚悟を済ませている事を二人は悟った。

 如何に強大な力を持っている初号機とはいえ、不慣れな宇宙空間で全力を出せるかは疑わしい。

 それに宇宙関係の技術の全てを総括しているシンジが無理と言ったら、それに反論出来る裏づけをミハイルとクリスは持ってはいない。

 本当に打てる手は無いと、二人は悟った。後は其々が出来る事をするしか無い。

 それこそ手を抜いて小型隕石で地球の全生命が死滅したのでは、シンジのした事が無駄になる。

 シンジの運命は天に任せるしか無い。今の自分達にシンジを手助けする事は出来ない。二人の目頭は熱くなったが、何とか堪えた。

 数件の個人的な頼みをシンジは二人に伝え、もし戻れなかったら実行する事を頼んだ。二人は涙を堪えて頷くだけだった。

 そしてシンジの映像が切れると、ミハイルとクリスは管理権を移された簡易砲台の数と位置の情報の確認を始めた。

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 人狼族の住んでいる試作用のスペースコロニーは太陽を挟んだ地球の反対側にあって、今は大騒ぎの状態になっていた。

 シンジの状況を知ったミーナが、半狂乱状態になった為だった。そのミーナを長老と女性二人が必死に抑えていた。


「落ち着かんか! 今、ワシらが騒いでも何も出来ん!」

「で、でも、シンが初号機で特攻するなんて、黙っていられません!」

「ワシらが住むスペースコロニーには、移動用の宇宙船すら無い。亜空間制御装置も無いのに、何処に行けると言うのだ!?」

「そ、それは分かりますが、何とかしないとシンが死んでしまうんですよ!」

「だから落ち着きなさい! 彼は強大な力を持っている。今は彼を信じるだけだ。我々が騒いでも、何にも為らない」

「…………」

「今は辛いだろうが、朗報を待ちなさい。おい、誰か付いてやってくれ」


 一人でいると辛いものがあるだろうと察した長老は、一族の女性の二人にミーナと一緒にいるように命じた。

 確かに一人で居るよりは三人の方が不安は紛れる。だが、ミーナはシンジの言動の癖を知っていた。

 出来る事と出来ない事をはっきり明言するシンジが、此処まで不明確な言動をしたのはミーナが聞く限りは初めてだった。

 女の勘という訳では無いが、ミーナの不安は消える事は無かった。

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 北欧連合以外の各常任理事国はフランツから無条件降伏の勧告を受けたが、結局は何も回答しないで大混乱のままだった。

 ゼーレの幹部リストは公開されたが、政府首脳部や軍部の高官が含まれている事もあって拘束は出来てはいない。

 それ以外のメンバーも何処に雲隠れしたか、行方不明だった。

 エクセリオンの攻撃を受けて各地の軍施設が消滅したが、その後のエクセリオンの隕石への砲撃と、ゼーレの自爆攻撃。

 そして初めて見る初号機が隕石群に特攻を掛けるというTV報道を見て、何をすれば良いのか国民全体がパニックになっていた。


 一部の人間はゼーレのメンバーを拘束すべきだと主張した。だが、軍部は動かず、それに居場所も不明の為に何も成果は出なかった。

 一部の人間は隕石群の脅威は去っていないとして、地下シェルターや安全と思われる場所に避難を始めた。

 政府や軍部の人間でも意見が対立して、統一行動が取れない状態だった。これでは無条件降伏の受諾など出来るはずも無かった。

 ゼーレの事は後回しにして、北欧連合や同盟国、友好国の避難を優先させるべきだというシンジから進言があった事もあって、

 フランツは各常任理事国を責めるより、国内や同盟国、友好国の国民の避難を優先していた。

 【ウルドの弓】の大部分が失われて、北欧連合の各国への対地攻撃能力を喪失していた事も影響している。

 世界全体は混迷の度合いを深めていった。

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 トウジの祖父と妹は一足先にスペースコロニーに移住していた。ヒカリの姉もである。

 同じマンションの隣同士であり、既にトウジとヒカリは家族のところへ送られていた。

 そして二人はスペースコロニーの生活に馴染み始めていた。

 スペースコロニーは元々はサードインパクトの避難所という位置づけであったが、今回は隕石群の地球衝突の危機の避難所という役割に

 変わっていた。此処にいれば隕石群が仮に地球に衝突しても影響は無い。どんなに地球に影響があっても生き延びる事は出来る。

 だが、生まれ故郷が荒廃する事を望む者はおらず、スペースコロニーにあっても隕石衝突回避作戦の事は高い関心を持って注目されていた。

 そしてエクセリオンの発進から始まって、中型の隕石を消滅させた事。ゼーレの自爆攻撃にあってエクセリオンが大破した事。

 初号機が最後の希望を担うべく、隕石群に向かって行った事も知れ渡っていた。

 直接的な脅威が無いので、市民の生活に変わりは無かった。だが、どこか市民の表情は暗かった。


 トウジとヒカリの関係はスペースコロニーに送られても変わる事は無かった。

 そして二人は誰もいない公園のベンチに座って話し込んでいた。


「昨日のTVで驚いたけど、碇君は大丈夫なのかしら?」

「……分からん。あの巨大宇宙戦艦が壊れなんだらあんな無茶をせずに済んだんやろうが、ほんまに手が無いんやろうな。くそっ!」

「ねえ、何でゼーレってあの宇宙戦艦を攻撃したのかな? あれさえ無ければ皆が無事だったんだよね」

「分かるかっ! ……済まん、ついかっとなってもうた」

「ううん、大丈夫よ」

「狂人の考える事なんて分からん。でも碇は皆の為に特攻しているんや。ワシには真似が出来ん。

 碇には妹を助けられ、ワシもヒカリも助けて貰った。なのにお礼も言わせんまま特攻なんて許せん!」

「……トウジ」

「前に碇に怒られた事があってな。ワシが青臭い正義感で碇を死なせ掛けた事があったんや。そん時は責任が取れるのかって怒鳴られたんや。

 今なら分かる。感情で動いて責任を取れんなら、単なる子供の我侭やってな。碇はどんな事でも最後は責任を取ってきた。

 今考えると、碇を見返してやろうと考えた自分が馬鹿にみえるわ!」

「ううん、トウジも立派になったわよ」

「ワシなんて、まだまだや。でも、これからは逃げる事はせん! ヒカリはワシが守ってみせる!」

「トウジ、嬉しい!」


 公園のベンチに座っている二人の影は、一つになっていた。

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 コウジの家族は一足先にスペースコロニーに移住していた。そして捜索願を出していたコウジがやっと合流出来た事を喜んでいた。

 そして将来のコウジの嫁候補であるアスカは、認められてコウジの家族と一緒に暮らす事になった。勿論、部屋はコウジとは別であった。

 既にコウジとアスカの仲を母親と妹は勘付いていたが、北欧連合のある筋からの言葉添えもあってアスカは丁重に扱われていた。

 もっとも、以前のように料理や家事をしないなどは許されない。コウジの母親から厳しい花嫁修業を受ける予定になっていた。


 コウジとアスカは気分転換に展望台に向かっていた。以前の展望台からは地球が見えた。

 もっとも、それは試作のコロニーで撮影された映像であり、今の展望台はただの宇宙の星々が見えるだけだ。

 コウジとアスカはエクセリオンの件、そして初号機の特攻の事も知っていた。

 家族の前では話し辛かったが、今の周囲に人影は無い。自然と二人の話題もその事になっていた。


「彼はどうなるんだろう? 他に手段は無かったんだろうか?」

「ゼーレは世界的な秘密結社。それこそ常任理事国を意のままに操れる程の規模なのよ。あたし達一般人が太刀打ち出来るはずも無いわ。

 それこそあいつみたいな強力な技術力を持っていなければ無理ね。それでも最後は邪魔が入って、特攻せざるを得なくなったのよ」

「でも、彼だけに責任を負わせるみたいで嫌なんだ!」

「コウジの気持ちは分かるわ。あたしもそうだもの。

 でも、お礼を言いたいって言った時の、あのアルファってアンドロイドの言葉を覚えてる?」

「確か、住む世界が違うから、これ以上は関わるなって言われたな」

「ええ。今のあたし達では、あいつの手助けさえも出来ないの。悔しいけどね。下手に関与してもあいつの足を引っ張るだけ。

 だから、あたしはもっと勉強して皆を救えるような人間になってみせるわ! コウジも応援してね」

「ああ。アスカの学校はまだ決まって無いけど、どうするんだい?」

「コウジには言い辛いけど、実はあたしはドイツで大学を卒業しているの。だからこのスペースコロニーで何らかの研究機関に勤められない

 かと考えているの。このコロニーの責任者に掛け合わないと駄目でしょうけどね。でも、説得する自信はあるわ」

「そうか、応援するよ」

「こう言えるのも、あいつのお蔭なのよね。まったく、格好つけちゃってさ」

「彼の事を好きだったのかい?」

「ううん。最初は反発ばっかりしてた。同じEVAのパイロットで、あたしより劣るパイロットだと決め付けていたの。

 でも、あいつのパイロットの技量はあたしより遥かに上だった。それに技術力も世界レベルなのよ。

 十四歳で大学を卒業したって自慢した事もあるわ。今考えれば赤面ものね。昔の思い出よ」

「……そうか」

「……あいつに二度も命を助けられた事があるの。今回で三回目だわ。でも、そのお礼も言えなかった。まったく酷い奴よね。

 あいつが生きて帰って来て会える機会があれば、絶対に文句を言わないと気が済まないわ!」

「……アスカ、こういう時は泣いても良いんだよ」

「……コウジ……うわぁぁぁぁぁ!!」


 泣きそうなのを必死で我慢していたアスカは、コウジの言葉を聞いて、堰をきったように泣き出していた。

 そんなアスカを優しくコウジは抱きしめていた。

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 裏切りが発覚して一人が処分され、モノリスは十一個になっていた。

 セシルのエクセリオンへの攻撃が見事に成功した時は喝采をあげたが、その後の初号機の出撃を見て一旦は解散。

 各自の後始末を済ませると、再び十一個のモノリスが集まっていた。これがゼーレとしての最後の会合になるだろう。


『セシルの攻撃は上手くいったが、魔術師にとうとう手が届かなかったか』

『いや、手は届いた。だが魔術師が我等を上回ったという事だ。まさか最後に初号機を使うとはな』

『もはや我々の管理下にあった国々でも混乱が相次いでいる。収拾はもはや不可能だ』

『初号機が隕石群と接触するまで約半日。隕石群が地球に到達するまで後二日間か。北欧連合がどれほど小型隕石を消滅させるかが鍵だな』

『巨大隕石の方はどうなるのか?』

『魔術師の力を信じよう。あれはやると言ったらやる男だろう』

『確かにな。中型と巨大隕石は初号機が何とかしてくれるだろう。後は小型隕石か。スペースコロニーが健在である以上、我等の補完計画は

 全て潰されたという事だな。既に実戦部隊は全滅だ。我々の警護の者しか残ってはおらん。負けを素直に認めるとしようか』

『さて、地球はどうなるのかな?』

『どれほどの量の小型隕石が地球に降り注ぐかで違ってくる。少なくとも現在の人口が半減するのは間違い無いだろう。

 下手をすれば一割が生き残れば良いかも知れん』

『今となっては打つ手は無い。このまま滅びの時を迎えよう』

『後は北欧連合、いやロックフォード財団に託すか。小型隕石の襲来から生き延びられても、あそこに核ミサイルを撃ち込んだ事は

 追及されるからな。この期に及んで見苦しい真似はすまい』

『では、勢力圏内の各国家には何も指示は出さないというのか?』

『今更指示を出しても、混乱して実行出来ない。時間も無い』

『良かろう。では、運命の日を迎えて生き延びる事が出来たら、また会おう』

『さらばだ』


 十一個のモノリスは徐々に消えていき、後に残ったのは何も無い暗闇だけだった。

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 ネルフ本部施設は日本に駐留している国連軍が接収していた。もっとも、ネルフの中堅クラス以下の職員は今でも勤務している。

 上級職員だけが国連軍の基地に連れていかれ、尋問を受ける事になっていた。

 不知火は後を部下に任せて、国連軍の基地に戻っていた。自室で不知火は険しい表情で考え事をしていた。


(あの青い巨大宇宙戦艦があれば、隕石群の対処も問題無く終わると思ったが、まさかあそこでゼーレの核兵器をつかった自爆攻撃を

 受けるとはな。そして最後に残ったのはあの初号機だけか。しかし、中佐に特攻をさせてしまう事になろうとは!

 我々の技術では宇宙に手は届かない。中佐に関連する人達しか関われない。後悔する事ばかりだ! 生きて帰ってくれる事を祈るしか無い。

 だが、二日後に迫った小型隕石群の襲来も気掛かりだ。ライアーン君が後で記者会見すると聞いているが、地球はどうなる?

 我々国連軍の再度の出番は近いだろうな。今から準備をしておかなくては)

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 ネルフがサードインパクトを企んでいるという理由から戦自に侵攻の命令が下り、その途中にシンジからの要請で侵攻作戦は中止された。

 軍隊では上官の命令は絶対である。各兵士の不満はあったが、素直に作戦を停止して撤退した。

 だが、作戦途中でいきなり中止命令が出されて撤退するなど、早々起きる事では無かった。

 その為、帰ってきた部隊指揮官に上官から経緯の説明が行われていた。


「では、各常任理事国大使が持ち込んだネルフがサードインパクトを企んでいる資料は、全て嘘だったと言うのですか!?」

「以前は確かにあったらしい。だが【HC】を解散する前に使徒が直接ネルフを攻めた時に、魔術師が処分したそうだ。

 捕捉として北欧連合がこちらに介入しないようにと、各常任理事国から核ミサイル攻撃が行われて、三百万人以上の被害が出たそうだ」

「北欧連合で三百万人もですか!? それで報復攻撃は行われたのですか?」

「直接、北欧連合に攻撃を仕掛けた基地は魔術師の手で全て消滅した。そして補完委員会が進めてきたEVA量産機九機がどさくさに

 紛れて第三新東京に接近中だったが、これも魔術師が消滅させた。確かな状況証拠であり、政府は魔術師を信用する事にした」

「それで作戦中止命令が出たんですか。納得です」

「戻って来たばかりで悪いが、再度出動の準備をしてくれ」

「まだ何かあるのですか?」

「補完委員会の裏の姿、ゼーレというらしいのだが、隕石衝突回避作戦を邪魔したそうだ。中型と巨大隕石はあのEVA初号機が特攻で

 何とかしてくれるらしいが、小型の多数の隕石が日本各地に降り注ぐ危険性もある。その対応の為だ」

「分かりました! 直ぐに準備に入ります!」

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 ゲンドウを含めたネルフ上級職員は国連軍の基地に連行され、個室に監禁されていた。

 このまま時期を待って、今までのネルフの所業に関して尋問を受ける予定になっていた。

 個室にTVはついていた。その為に監禁はされていたが、世界の状況を知る事が出来た。

 あの巨大宇宙戦艦が被害を受けて、シンジが初号機で巨大隕石に特攻を仕掛けるという事は全員に大きな衝撃を与えていた。


(あの巨大宇宙戦艦が大破したか。ゼーレの執念という奴か。しかし、これは拙い。シンジは初号機で特攻を仕掛けるつもりだ。

 だとしたらユイはどうなる!? 最悪の時はユイまで失われるのか!? どうする!? 私は囚われの身だ。何も出来ないのか!?)


(あの巨大宇宙戦艦が大破するとは、何と勿体無い事をしてくれたんだ! 一度は乗ってみたいものだ。

 しかし、人類を救う為とは言え初号機で特攻を仕掛けるとはな。生きて帰れる見込みはそれほど大きくは無いだろう。

 そうなった場合は、ユイ君もそうだがシンジ君も失われる。人類の大きな損失だ。何とか為らないものなのか!?)


(さすがの中佐も手段が尽きたの!? 初号機を最後に使うのは意外だったけど、本当に手は無いの!?

 中佐が死んでしまえば、あたしの両足の再生手術は出来なくなるのね。でも、人類は生き延びられる。……嫌な選択だわ。

 あの第十二使徒を焼き尽くした光の柱を使えば、どうなるのかしら? 中型隕石はともかく、巨大隕石にも通用するのかしら?

 破壊するのでは無くて軌道を逸らすだけなら可能かも知れない。後は中佐に期待するしか無いわね。

 でも、火星軌道とか亜空間制御とか、まったく何処のSFの世界の話しなの?

 もし中佐が生き延びて、話し合える機会があったら、是非とも事情を聞きたいわね)


(まだ加持の呼び出しは無いけど、会ったらシンジ君の事を聞かないと! まったく初号機で特攻を仕掛けて人類を救うなんて、

 格好の付け過ぎよ! もうちょっと相談しなさいよ! ……でも無理か。あたしも散々暴走しまくったから嫌われて当然か。

 でも、本当に他の手段は無いの!? これ以上、子供を犠牲にするのは真っ平御免だわ!

 しかし空間転送技術を本当に持っていたのね。あたしをスペースコロニーに送り込んだのもその技術か。

 あれの応用で隕石群に対応出来ないのかしら?)


 四人は考え込んでいた。だが囚われの身で自由は無く、何も出来る事は無かった。

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 シンジが用意した巨大宇宙戦艦がゼーレの核兵器を使用した自爆攻撃によって大破して、初号機が特攻に向かった事は全世界に

 知れ渡っていた。そしてシンジが指摘した、無数の小型隕石が地球に降り注ぐ可能性が懸念されていた。

 【ウルドの弓】のほとんどはゼーレの攻撃で失われていた。世界を覆っていた【粒子砲の傘】は既に無いのだ。

 最後の砦として、北欧連合は世界各地の同盟国と友好国に機動艦隊を派遣していた。機動艦隊の旗艦には長距離用の対空粒子砲がある。

 それで各国に降り注ぐ小型隕石は出来るだけ撃ち落とすと、各艦隊司令官は発表して同盟国や友好国の国民の不安を鎮めていた。

 日本には艦隊は派遣されていないが、旧【HC】基地、すなわち富士核融合炉発電施設にはメガ粒子砲が三基ある。

 ライアーンは発電施設の基地保安部隊の司令として、メガ粒子砲を日本防衛に使用する事を記者会見を開いて説明していた。


「……と言う事で、本国政府からの命令もあって、我が基地保安部隊としては基地内にあるメガ粒子砲三基を使って、日本を直撃するコースの

 小型隕石を迎撃します。隕石の大気圏突入の角度の関係から日本全域のカバーは無理なのですが、出来る限り支援は行います」

「質問です。前回のように特別宣言【F−05】は発令しないのですか? メガ粒子砲のエネルギーは大丈夫なんですか?」

「【HC】は解散したから特別宣言は発令は出来ません。ですが、日本政府から全国に特別避難警報が発令される予定です。

 政府発表はありましたよね。その為に大口需要家である企業等が休業になりますので、そちらの余剰電力をメガ粒子砲の電力に回します」

「事前に発表された防衛範囲に関して、一部の政治家からクレームがついたと聞きましたが、どういうものなのでしょうか?」

「ある政治家が日本だけでは無く、他国も防衛範囲に入れるべきだと言って来たんです。

 位置的にも無理なんですが何度も食い下がって、それならばあなたの地元を防衛範囲から外して他国の一部を守ろうかと言ったところ、

 前言を直ぐに撤回しました。誰でも自分の安全を最優先にする。それは私もです。ですが偽善行為は止めて頂きたい」

「……では、結果的に他国はどうなるんですか?」

「我が国は同盟国と友好国に機動艦隊を派遣しています。その艦隊の旗艦に装備されている大型粒子砲で小型隕石の迎撃を行います。

 日本は私の管理するメガ粒子砲三基で迎撃を行います。ですが、それ以外の国は我が国が迎撃を行う事はありません。

 【ウルドの弓】が全基健在ならまだしも、今の我が国に関係無い他国を救うまでの余力はありません」


 ライアーンの前にいる記者達は声を失っていた。確かに北欧連合は甚大な被害を受けて、迎撃システムに大きな穴が開いている。

 小型隕石の迎撃能力が低下しているのは分かった。でも、迎撃範囲に入らない国に小型隕石が落ちた場合はどうなるのだろう。

 小型隕石と言っても直径が十キロ未満の分類であり、第二段階で爆破した破片(直径数十〜数百メートル程度)も多い。

 直径百メートル程度であっても地上を直撃すれば、都市が吹き飛び周囲に甚大な被害を齎す。それが多数とは気が抜けるはずが無い。

 粒子砲の迎撃範囲に入らない国は、運を天に任せるしか無いのだろうか?

 とはいえ、自国の安全を犠牲にしてでも他国の安全を優先させるような偽善家は、この記者会見の場にはいなかった。

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 シンジのTV放送を聞いて、北欧連合の粒子砲の迎撃網に含まれない各国は大きな不安を抱えていた。いわゆる旧ネルフ支持国であった。

 しかも、その中の各常任理事国はゼーレの表の顔である人類補完委員会を支えた事もあって窮地に立たされていた。

 何せ、ゼーレは隕石群を防ぐ為にロックフォード財団が用意したものを、次々に破壊したのだ。

 しかも各国を偽って資金を提供させてEVA量産機を建造したが、それをサードインパクトに使用するつもりだった事が暴露された。

 各国はセカンドインパクトで甚大な被害を受けて、サードインパクトに脅威を感じたからこそ補完委員会の求める予算を提供したのだ。

 それが逆にサードインパクトを起こす道具に使われるなど、各国にとって補完委員会は人類の裏切り者であった。

 そして補完委員会を支えた各常任理事国に怨嗟の視線が向けられた。

 もっとも、そんな声より間近に迫った無数の小型隕石群をどうするかの対処に追われていた。

 確かに各常任理事国を責める声は高かったが、それより生き延びる事が先決だった。


 各国政府は余裕が無い中で進められていたシェルター設備に、国民を避難させていた。

 もっとも、何処の国も全員を収容出来るようなシェルターは無く、政府関係者か軍関係者の家族が優先されていた。

 そして一部の国は北欧連合に粒子砲の迎撃網に組み入れて貰えないかと交渉をしたが、ゼーレによる被害が大き過ぎた為に拒否されていた。

 初号機はまもなく隕石群と接触する。そして残った隕石群が地球に到達するのは二日後だ。

 それを知って避難出来る場所が無いと分かった群集は、暴動を起こし始めていた。

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 北欧連合の友好国は一時的に攻め込まれて混乱状態にあったが、侵略者を何とか撃退する事に成功していた。

 だが、北欧連合とは関係が無い国同士の侵略行為は、未だに収まる気配さえ無かった。

 侵略する側とされる側。双方の指導部の人間は二日後に迎撃に漏れた小型の隕石群が地球に降り注ぐ可能性がある事を認識していた。

 だが、侵略する方は此処で引いても待っているのは餓死であった。ならばと二日後にどんな事になろうとも侵略行為を止める事は無かった。

 侵略される方も、二日後の危機より現在の危機に対応せざるを得なかった。

 その為に、双方の戦闘は収まる気配は無く、拡大の一途を辿っていた。そして一般市民の被害も増えていった。

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 初号機で全速力で宇宙空間を移動して、もう少しで隕石群と接触する位置にまで来ていた。

 エントリープラグにはシンジ一人。そしてシンジは初号機の魂である【ウル】と話していた。


(もう少しで隕石群に突入する。最初に計算した時刻とそうはずれてはいないな。【ウル】頼むよ)

(マスターに協力するのは当然の事だ。だが我の力が本当に通用するだろうか? 大きさが桁違いなのだぞ!

 それに宇宙空間では我の力が全て発揮出来るとは言えない。それに周囲の隕石も多過ぎる)

宇宙が二分で隕石が八分か。破壊は出来なくても軌道を変えるだけでも良いんだ。

 今なら僅かな軌道の変更だけで危機が回避出来るけど、これ以上地球に接近してからではその機会も失われる。今しか無い)

(既に酸素残量が半分以下になった。支援の宇宙船が来るまで本当に保てるのか? 今なら引き返せる。

 マスターが命の危険を冒してまで行う価値があるのか?)

(地上の人間には救うどころか、ボクが始末してやりたいような人間が大勢いる。

 でも、まだ穢れ無き綺麗な心を持って、未来をあげたい子供だって大勢いるんだ。それに他の生きている動植物を全滅させたくは無い。

 だから、このリスクを冒す価値はあると判断したんだ。別に英雄になりたい訳でも無いし、平穏に生きる事が目標だったボクが、

 こんな事をする破目になるとは想像していなかったけどね。まあ、これも運命ってやつかな)

(……マスター)

(まだ誰にも言って無かったけど、ボクの身体は魂の封印が弱まって崩壊を始めている。見立ではもって二年。

 あの核ミサイル攻撃を受けて、重傷を負ったのがきっかけだ。二年と言う猶予期間があるから回避策が立てられるかも知れない。

 でも、駄目かも知れないんだ。まあ言い訳だろうけど、それも決断した理由の一つになるかも知れないな。

 しかし死ぬと決めた訳じゃ無い。生きて帰れるように努力するさ。さて、そろそろ全力で行こうか、準備は良いかな!?)

(我は何時でも大丈夫だ!)

(よし! ATフィールドで周囲の破片を吹き飛ばして、接近してから隕石に攻撃を加える! 行くぞ!!)


 初号機はS2機関を最大にして、ATフィールドを展開させたまま隕石群に突入して行った。

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 攻撃目標は中型隕石(直径が五十キロ以上、百キロ未満)が十個、それと直径が約三百キロの巨大隕石一個だった。

 それ以外に数メートルから数キロ程度の小型の物が無数にあったが、それらには目も向けずに中型隕石に初号機は突進していった。

 周囲の邪魔な破片は全てATフィールドで蹴散らし、目標に接近するとS2機関を全開にして、展開した光の奔流を隕石にぶつけた。

 宇宙空間は何も足場となるものは無い。純粋にエネルギーを加える事でしか、隕石の軌道を変える事は出来ない。

 そして初号機の発する光の奔流によって、少しずつだが隕石の軌道は変わり始めた。

 最初に中型隕石十個の対処を行い、最後は巨大隕石に対応するつもりだった。

 最初の一個目の中型隕石の軌道変更に成功したが、当初の予想以上のエネルギーと時間が掛かっていた。

 続いて二個目の中型隕石に向かったが、エントリープラグ内のシンジの表情は険しかった。

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 隕石群の近くには観測用の無人宇宙船があり、隕石群の観測データはリアルタイムで伝えられていた。

 その隕石群の観測データは、エクセリオンでも注意深く見守られていた。四人の少女の不安を抱えた視線がモニタに突き刺さっていた。


「これで八個目の中型隕石の軌道が変わったわ。残るは中型が二個と大型が一個ね」

「第二種兵装の修理は順調なの? シン様が頑張って中型と大型の隕石の軌道を逸らしてくれても、多数の小型隕石が地球に降り注げば、

 多くの生命体が死に絶えてしまうわ。そうなればシン様の努力が無駄になってしまうわよ!」

「今のところは修理は順調よ。あの隕石群が近寄ってくる頃には約三割の兵装の修理が終わる予定よ。

 確かに不足しているけど、やらないよりは良いわ」

「今、九個目の中型隕石の軌道が変わったけど、何か初号機の作業速度が落ちて無い?」

「そ、それは気のせいじゃ無いの。もしくは、大きめの隕石だった可能性もあるじゃ無い」

「それなら良いけど、お兄ちゃんの疲れが出たんじゃ無いのかな?」

「……支援に向かっている宇宙船の位置は?」

「初号機まで約十時間。あと二時間以内に大型隕石の軌道を逸らして離脱しないと時間的に間に合わなくなるわ」

「……お兄ちゃん」  「……シンジさん」  「……シン」


 四人の少女が見守る中で、十個目の中型隕石の軌道が変わったのが観測された。

 これから巨大隕石の軌道の変更に挑むのだろう。固唾を呑んで見守る中、初号機からのオープン通信が入ってきた。

 宛先は不知火が居る国連軍の基地宛だった。

 初号機の注意を逸らさないように連絡を控えていたが、シンジから通信とはどんな事が起きたのだろうか?

 四人はそのオープン通信の内容に耳を傾けた。

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 ゲンドウは国連軍の基地の個室に監禁されていた。補完委員会の誘導によって戦自の侵攻を受けたが、ネルフは真っ白な訳では無かった。

 MAGIの機密データの解析が終わった後に、尋問する事が予定されていた。個室にはTVがあり、ゲンドウは初号機の行動を見ていた。

 だが、慌しい靴音が個室の周囲に響き、ゲンドウは指揮管制室に連れ込まれた。

 モニターの前の椅子にゲンドウは座らされ、その後ろには険しい表情の不知火司令が無言で立っていた。

 そこには疲れ果て、息が荒いシンジが映っていた。そのシンジにゲンドウは無表情で話し掛けた。


「さすがの初号機でも宇宙空間で中型隕石の軌道を逸らすのは難しかったと言う事か。まだ巨大隕石が残っているのだろう。

 何故、私を呼び出したのだ? お前が私に話す事など無いはずだ」

『憎まれ口は相変わらずか。まあ良い。初号機とボクはもう限界に近い。中型隕石は無理をしてやっと軌道を変更出来たけど、

 大型隕石には通用しない。だから最後の別れをさせてあげようと思ってね

「最後の別れ? お前が私にか。冗談は止めろ。お前は私を憎んでいるんだろう。そんな嘘を言う必要は無い」

『別に憎んじゃいないさ。それに別れを告げるのはボクじゃ無い。母さんさ』


 シンジは碇ユイの魂を封じた魂玉を取り出していた。

 以前は出来なかったが、身体を徐々に崩壊させている封印が解け始めた今は魂玉に封じた魂を解放出来た。

 その力を使って、魂玉からユイの魂を解放していた。薄っすらとしたユイの姿がモニターに映し出された。

 後ろが透けて見えた。実体では無く、あくまでも霊体だった。表情は虚ろだったが、一度もゲンドウが忘れた事は無いユイの顔だった。

 それを見たゲンドウは目の色を変えて、モニターに顔を近づけた。


「ユイなのか!? シンジ、これは一体、どういう事だ!? ユイを封印していたのでは無かったのか!?」

『封印していたさ。だからこそ、最後ぐらいは姿を見せてあげようと思ったんじゃ無いか。感謝して欲しいな』

「最後だと!? お前はユイをどうするつもりだ!? まさか初号機ごと自爆しようと考えているのか!?」

『以前に言ったと思うけど、ボクには魂を扱う能力を持っている。母さん以外に、ボクの命を付けねらった奴らの魂を封印した魂玉を

 持っている。そしてこの魂玉という奴は、ある事をすると消滅する代わりに結構なエネルギーを発生させるんだ。

 初号機の自爆のエネルギーだけじゃ計算では足りない。だから、手持ちの魂玉全てを魔方陣を使ってエネルギーに変えるんだ。

 人類を危機から救う礎になるんだから、母さんも本望だろう』

「や、止めろ! お前も死ぬ事になるんだぞ! 止めるんだ!!」

『どの道、支援の宇宙船は間に合わない。だったら、この手段しか無いんだ。人類補完計画の原案をゼーレに持ち込んだのは母さんだ。

 その責任は取って貰わないとね。お詫びにボクの命もつけてあげるよ。大サービスさ』

「止めろ、シンジ! 止めるんだ!!」

『夫婦だったんだろう。だから最後ぐらいは顔ぐらいは見せてあげたいと考えたんだ。もう会う事も無いだろう。

 ああ、一つ言い忘れていた。ネルフにあったアダムは魂を抜き出して、細胞劣化するナノマシンを組み込んである。

 もうじき身体が崩壊する頃だけど、心配する必要は無いからね。後の事は生き残った人達の判断に任せるさ。不知火司令、後は頼みます』

「ありがとう! 君に永遠に感謝する!」

『どうせ死ぬなら無駄死にはしたく無いだけです。では、お元気で!』

「待て! シンジ、待ってくれ!!」

『さよなら。父さん』


 疲れた表情だったが、シンジは寂しそうな笑みを浮かべたまま通信を切った。

 シンジが自分を父と呼んだ事は、ゲンドウに大きな衝撃を与えていた。

 ゲンドウは必死になって呼びかけたが、シンジが応答を返す事は無かった。その様子を不知火は複雑な表情で見つめていた。

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 オープン通信で流れたシンジとゲンドウの会話を聞いて、エクセリオンのミーシャ、レイ、マユミ、カオルの顔は真っ青になっていた。

 どうすれば良いのか!? 混乱する四人だったが、シンジからの通信が入ってきた。

 メインモニターに疲れた、だが寂しそうな笑みを浮かべたシンジの顔が映し出された。


「シン様! 初号機で自爆だなんて止めて下さい! 帰って来て下さい!!」

「お兄ちゃん、帰って来て! 御願い!! 何でもするから! 我侭なんて言わないから、御願い!!」

「シンジさん、帰ってきて下さい! まだ披露していない料理もいっぱいあるんです! だから帰って来て!!」

「シン、帰って来なさい! そうすれば、あなたの好きな服も着てあげるから! 何でもしてあげるから、御願い!!」

『四人ともごめん。でも、中型隕石十個だけでこれだけの時間が掛かって、過負荷からS2機関の出力も落ち始めている。

 支援の宇宙船は間に合わない。だったら無駄死にじゃ無くて、皆に未来を残したいんだ。分かって欲しい』

「そんな!」  「嫌!」  「分かりません!」  「納得出来ないわ!」

『巨大隕石を何とかしないと、地球上の全生命体は一瞬で滅亡する。小型隕石の被害でも最終的には同じかも知れないけど、時間は稼げる。

 それに四人には言って無かったけど、核ミサイル攻撃を受けた時に封印が解けて、ボクの身体は徐々に崩壊している。

 もって二年ぐらいだろう。治る見込みは今のところは無い。二年あれば対策を立てられるかも知れないけど、今は不明だ。うっ!』

「シン様!」  「お兄ちゃん!」  「シンジさん!」  「シン!」


 エントリープラグ内には透明の衝撃緩衝液が入っており、その中にシンジの口から出た血が染み出てきた。

 それを見た四人の少女は顔が真っ青になり、何も出来ないもどかしさを感じていた。


『もう時間が無い。早く巨大隕石の軌道を変えないと手遅れになる可能性がある。こんな事が無ければ、二年以内に皆の身の施し方を

 考えたかったけど、今となってはそれも無理だ。皆の事はミハイル兄さんに頼んでおいた。事が済めば、兄さんのところに行ってくれ。

 これまでありがとう、ボクはこういう運命だったかも知れないんだ。でも、四人は幸せに生きて欲しい』

「駄目です! あたしの幸せはシン様と一緒に生きる事です!」

「あたしもよ! お兄ちゃんのいない生活なんて考えられない!」

「あたしもです! 最後まで責任を取って下さい!」

「そうよ! シンは男らしく最後まで責任を取るべきだわ! やり逃げなんて許さない! 絶対に許さないから!」


 四人の少女は目に涙を浮かべながらシンジに抗議した。だが、それを寂しそうに笑いながらシンジは聞いていた。

 そして今後の事と、機密施設の使用権限を移譲する手続きを済ませると通信を切った。

 ミーシャ、レイ、マユミ、カオルはその場に泣き崩れた。

 しばらくの間は顔をあげる事は無く、エクセリオンの艦橋には四人の少女の啜り泣きの音が悲しそうに響いていた。

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(【ウル】ごめんね。でも自爆しても魂は残る。【ウル】の使い魔の身体は北欧連合にあるから、そこに戻れるだろう。

 後は【ウル】の自由なように生きて欲しい。ユインの義務も解除した。百年以上は生きられるエネルギーを渡してあるからね)

(我の事は大丈夫だ。しかし、マスターを救う方法は本当に無いのか?)

(S2機関を内蔵した初号機の自爆。そして破壊エネルギーを増幅させる為の魔方陣を、魂玉を使って展開させるんだ。

 直径三百キロの巨大隕石の軌道を変えられる程の力だよ。人間の身体なんて微塵も残らないよ。亜空間転送も距離があり過ぎて使えない。

 ボクの事はもう良いさ。初号機の周囲の魔方陣が輝き始めたら、S2機関を暴走させてくれ)

(……分かった。マスターに従おう。最後にマスターに礼を言わなくてはな)

(ボクも【ウル】にはお礼を言わないとね。短い間だけど、楽しかったよ。ありがとう)

(もし生まれ変わったら、次の生もマスターと共にあらん事を祈る)

(転生か。それもありかな。じゃあ始めるよ)


 シンジは持っていた魂玉を使って、初号機を中心にした巨大な魔方陣を宇宙に展開させ始めた。

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 不知火財閥の総帥である不知火シンゴは、家族と屋敷の使用人達と一緒に地下シェルターに避難していた。

 既に日本政府からは全国民に対して特別避難警報が発令されており、企業も全て休業。

 警察や軍隊などの非常事態の対応組織を除いて、全ての国民が避難の対象となっていた。

 シンゴが居るシェルターは個人で用意したもので、三十人が避難生活出来る仕様だ。そして現在は二十人が避難していた。

 食料備蓄も自家発電装置も用意されており、二百日間の避難生活が可能だった。

 その中央の広い部屋の大型モニターには、巨大隕石の望遠撮影映像が映っていた。それを見ながらシンゴは深い溜息をついていた。


(ゼーレの邪魔が入って、あの巨大宇宙戦艦が使えなくなり、初号機が特攻を掛ける事になってしまった。

 シンジの事だからひょっとして上手く行くのでは無いかと考えたが、無理だったか。しかし、初号機の自爆を決意したとは。

 あの嫌っていた母親を最後は父親に会わせて、父さんと呼んだか。シンジは覚悟を決めたのだな。

 済まない。そして頼む。今の地球を救えるのはお前しかいない。エゴイズムかも知れんが、お前に頼むしか無いのだ!)


 シンゴが目を瞑ってシンジの事を静かに考えていると、孫のメグミが画面の変化に気がついた。


「あれは何? 小さな光のマルがあるよ。変な模様」


 はっとしたシンゴは大型モニターに目を向けた。そこには望遠撮影の為に小さく映っていたが、間違い無く魔方陣だった。

 その魔方陣は徐々に輝きを増していった。宇宙に魔方陣とは、あれの中心に初号機が居るのは間違い無いのだろう。


「……シンジ、済まぬ!」

「お義父さん、あれはシン・ロックフォード博士なんですよね。ご存知なのですか?」

「お祖父ちゃん、凄い!」


 息子の嫁のアカネと孫のメグミは、以前にシンジが旅行で広島にやってきた時に、顔を会わせていた。

 だが、その後に誘拐に遭い、二度とこのような事が無いようにとシンジと会った記憶を消されていた。

 そう、シンジと会った記憶はアカネとメグミには無いのだ。その事を思い出したシンゴは涙を堪えて、笑みを浮かべた。


「……まあな。以前に何度か会った事がある。酒を酌み交わした事もな。その事を思い出していたんだ」

「博士のお蔭であたし達は生き延びられるんですね。感謝しないと」

「メグミも会ってみたかったな。あっ、光ったよ」

「何っ!?」


 輝きを増していた魔方陣は終に真っ白な光を解き放ち、巨大隕石の側面に突き刺さった。同時に巨大な爆発が発生した。

 そして……巨大隕石が地球への衝突コースから外れた事が示されていた。地球への重力干渉が若干はあるが、衝突は免れたのだ。

 その事を知った他の家族や使用人達からも歓声があがった。今頃は世界各地で大歓声が起きているだろう。だが……

 その結果は初号機の自爆。ある少年の犠牲によって齎されたものだ。その事を考えたシンゴは人目も憚らずに、涙を流していた。

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 シンジとの通信が終わった後、ゲンドウは再び個室に監禁されていた。

 もっとも、ゲンドウは監禁されている事は全然気にせずに、TVの前の椅子に座っていた。

 あのシンジが自分を父と呼んだ。ユイの事も気にはなったが、何故かシンジの事も異様に気になっていた。

 巨大隕石の地球衝突を回避する為に、初号機を自爆させるという。シンジは確かに覚悟を決めた目をしていた。

 それくらいはゲンドウにも理解出来た。今までのシンジを知っているゲンドウからすれば、信じられない思いだった。


 TVには真っ暗な巨大隕石とその周囲の微かな星々の光しか映っていなかった。

 だが、小さい魔方陣が宇宙空間に展開されて輝きを増していった。そして巨大隕石にぶつかると巨大な爆発を起こして消えていった。


「ユイ……シンジ……」


 宇宙に描かれた魔方陣が初号機を中心にして行われた事は疑ってはいなかった。あれはシンジの行った事だ。

 どういう理屈で出来たかは知らない。ゲンドウに分かった事は初号機が消滅。同時にユイとシンジも消滅した事だけだった。

 巨大隕石の軌道が地球への衝突コースから外れたというアナウンスも耳に入らず、ゲンドウは呆然として涙を流していた。

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 冬月も国連軍の基地内の個室に監禁されていた。そして部屋にあるTVで一部始終を見ていた。

 初号機と周囲の魔方陣が巨大隕石にぶつかって消滅。巨大隕石の軌道が変わった事まで見届けてから目を瞑った。


(地球の危機を救う為とはいえ、初号機、シンジ君、そしてユイ君までも消え去ってしまったか。

 これでユイ君の望んだ世界を見る事は出来なくなった訳か。しかし、あのシンジ君が六分儀を父と呼ぶ日が来るとな。

 中型以上の隕石の地球衝突が無くなったとはいえ、無数の小型の隕石は残っている。小型と言っても分類上では直径が十キロ未満。

 嘗て恐竜を絶滅させたのは直径十キロぐらいの隕石の地球衝突が原因だという学説もあったな。そのクラスの隕石が何個あると言うのだ?

 ゼーレの攻撃で小型隕石の迎撃システムにも穴が生じていると言う。撃ち洩らした場合は、地上にどんな被害が出るのだ?

 瞬時に地上の生命体が絶滅する事は無いだろうが、気候が激変するのは間違い無い。私は老い先短い身だから構わんが、どうなる事やら)

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 リツコも冬月と同じ状況だった。個室では何もする事は無く、静かにTVに見入っていた。


(まさか中佐が初号機ごと自爆する結末になるとは思わなかったわ。そして中佐の言った通りにユイさんも消滅か。

 でも、あの中佐が司令を父と呼ぶとは予想外だったわね。司令は取り乱していたようだけど、あれはユイさんの為? それとも……

 それにしてもアダムの細胞劣化の原因は中佐の仕込んだナノマシンが原因だったとはね。まったく最初から出し抜いてくれた訳か。

 その中佐も死んでしまった。これであたしの両足の再生治療は無くなった。これからどうなるのかしら?

 無数の小型隕石をどれだけ撃ち洩らす事無く攻撃出来るかで結果は変わってくる。もう、あたしの出番なんて既に無いわね。

 黙って沙汰を待つしか無いのもじれったいけど、他に手段は無いわ。悪足掻きをする気も無いし、待つしかなさそうね)

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 ミサトも個室に監禁されていた。だが、加持の手配によって別室に連れ出されて、今は二人でTVに見入っていた。

 初号機の自爆を見て、二人の表情は沈んでいた。


「……初号機とシンジ君の犠牲と引き換えに地球は救われたのね。捕まっていたアスカまで助けてくれたのに、あたしは何も出来なかった」

「葛城、それは少し違う。シンジ君は俺達の力なんて、まったく当てにしていなかったんだ。北欧連合とロックフォード財団がサポートした。

 俺達の出る幕なんて最初から無かったんだ。自分の力を過信しても仕方が無いさ。それより、無数の小型隕石が残っている方が心配だ」

「……そうね。撃ち洩らしがあれば、地球の気候が変わるぐらいの影響が出る可能性があるわね」

「そういう事だ。その結果次第では、ネルフの裁判も出来なくなるかも知れん」

「あたし達の裁判か……確かに司令や副司令、リツコのやってきた事は裁かれるべき内容もある。あたしもそうだけどね。

 でも、地球がかなりの被害を受けて生き延びる為に必死の努力を強いられるような状況になったら、裁判どころじゃ無いわね」

「そういう事だ。あと一日ちょっとで結果が出る」

「シンジ君のお蔭で瞬時に人類が滅亡する事は無くなったけど、まだ危機は残っているのね。最後は覚悟を決めた目だったわね。

 あんな目のシンジ君を見るなんて、最初の頃から考えると想像すら出来なかったわ」

「司令を父さんと呼んでいたな。シンジ君の気持ちは俺達には分からない。俺達は出来る事をすれば良いんだ」

「そうね……ちょっと! さっき五回もしたのに、まだするつもりなの!? あたしの身体がもたないわよ!」

「以前に俺の体力が落ちて、馬鹿にされた意趣返しさ。俺の底力を見せてやるよ」

「きゃっ! ちょっと待って! あっ!」


 ミサトの抗議を流して、加持は強引に動き始めた。それを邪魔する人間は誰もいなかった。

***********************************

 冬宮は偽装で使っていた車椅子から自らの足で立ち上がっていた。

 ゼーレの補完計画を潰すまでは車椅子を使う約束をシンジと交していたのだ。そしてそれが終に実現した。

 長かった。二年以上も人前では車椅子を使う不便な生活だった。だが、それからも解放されて冬宮の心は明るいはずだった。

 だが、巨大隕石の地球衝突を回避させる為に、初号機は自爆してシンジは犠牲になってしまった。その為に冬月の心は暗かった。


(博士は約束を守ってゼーレの補完計画を潰して、さらには巨大隕石の脅威からも人類を救ってくれた。いや、まだ安心するのは早い。

 無数の小型隕石をどれだけ撃ち落とせるかに人類の存亡は掛かっている。博士の犠牲を無駄にしない為にも、生き残らなくてはな。

 シン・ロックフォード博士、あなたの事は決して忘れません。日本が救われたのは博士のお蔭です。永遠の感謝を捧げます。

 ……さて、私も避難するとしようか。車椅子を使わない事で騒ぎになるだろうが、隕石騒ぎに比べればましだろうな。

 博士は遺してくれた粒子砲システムで、どれだけの人達が生き残れるだろうか。そして生き残っても、地球の気候がどう変わるかだ。

 これはしばらくは多忙な日々が続くだろう。博士の供養は落ち着くまでは出来そうに無いな。申し訳ありません)


 冬宮がシンジの死を悼んで黙祷を捧げたのは一瞬だった。そして車椅子を使わない事に驚く周囲の人々を指揮して、避難を始めた。

***********************************

 要請に従ってゲンドウを指揮管制室に呼んだが、交信が終わってゲンドウを個室に戻した後、不知火は自席に座って中継を見ていた。

 モニターに小さな魔方陣が輝きを増していくのを不知火は複雑な表情で見つめていた。


(補完計画は潰せたが、予定外の隕石群の脅威がここまで響いてくるとは。

 ゼーレの邪魔が入らなかったら、ここまでの犠牲は必要無かったんだが。地球の未来の為に中佐の犠牲を強いるとは。

 済まない。そして頼む。可能なら私が代わっても良いんだが無理だしな。だが、問題はこれで終わる訳では無い。

 一瞬で人類が消滅する危機こそ避けられるだろうが、無数の小型隕石の衝突は地球に大きな被害を齎すだろう。

 大混乱が考えられる。我が軍の出番はこれからが本番だな)


 やがてモニターの魔方陣は巨大隕石に衝突、そして爆発した。それを見届けた不知火は、立ち上がってモニターに向けて敬礼した。

 それを見ていた部下達も、一斉にモニターに向かって敬礼した。そして黙祷したが、一瞬だった。

 巨大隕石の軌道が地球衝突のコースから外れた事を知った不知火は、部下に治安維持の為の出動準備命令を出していた。

***********************************

 北欧連合の衛星管理局のモニターにも、初号機が宇宙空間に魔方陣を描いて光り輝いていく様子は映し出されていた。

 その光景を一人の佐官が複雑な表情で見ていた。


(最初の頃は、彼がエコ贔屓されているとして軍から外そうと画策した。今から考えると馬鹿な事をしていたんだな。

 彼が此処までの力を持って、自分の命を犠牲にしてまで地球を救おうとしているなんて! 俺達は彼の足を引っ張っただけだった!

 スペースコロニー、巨大宇宙戦艦、そして魔方陣か。彼の秘密が明らかになる事は無いだろう。だが、我々は君を永久に忘れない!)


 やがて輝きを増した魔方陣は巨大隕石に衝突して大爆発した。それを見た衛星管理局員全員が、モニターに向けて敬礼していた。

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 北欧連合の各機動艦隊、並びに生き残った迎撃基地の職員達。それ以外にも同盟国や友好国の政治家や軍人達は胸に複雑な感情を

 抱きながらも、初号機が自爆した映像を映し出されているモニターに対して一斉に敬礼した。


 その映像を見ている一般人の中には泣き出す者もいた。瞑目する者もいた。

 だが、まだ脅威が完全に去った訳では無いのだ。まだ僅かだが避難する余裕があるだろうと判断した人々は慌しく動き始めた。

 もっとも、TVを見ていた全員が同じような事を考えて行動した訳では無い。

 既にシェルターに避難済みで、余裕があると考えている人間の中にはシンジの行動を非難する者も居た。


「魔術師が死んだか。どうせ死ぬなら全部の隕石を何とかしてみせれば良かったのにな」

「まったくだ。大口を叩いた割には大した成果をあげていないじゃ無いか。これで小型隕石で地球に被害が出れば責任をどうするつもりだよ」

「どうせなら俺達のような優秀な選ばれた人間だけを助けりゃ良いんだ! 無駄死にだろう!」

「カミカゼ攻撃か。やっぱり魔術師にも下劣な日本人の血が流れていたんだな。もっと上手くやる方法だってあったろう」

「俺が全体の指揮を執っていれば、もう少しは良い結果が出せたろう。やっぱり子供に任せるべきじゃ無かったんだ!」


 十人いれば十人なりの考え方があるだろう。何処にも批判的な人間は居るだろうし、それは否定すべき事では無いかも知れない。

 だが、そのような事を声高に主張すれば、周囲から白い目で見られる事ぐらいは発言者達も理解していた。

 その為に批判は無記名ネット、又は気心が知れた友人達との会話だけなど限定されたエリアのみであった。

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 既にゼーレは組織としては解散していた。そしてキールは秘密の隠れ家の一つに居て、TVに見入っていた。

 補完計画はシンジによって簡単に潰された。そしてゼーレの悪足掻きによって、初号機が隕石に特攻する事態となっている。

 この事態を引き起こした責任者の務めとして、最後まで見届ける義務があるとキールは考えていた。

 キールの前のTVに、初号機が宇宙に魔方陣を描いて光り輝いていく様子が映し出されていた。


(今から振り返ると、我々は何をしてきたのか? 人類が行き詰っていたのは確かだ。だからこそ碇ユイの提唱した人類補完計画を発動した。

 今から考えるとこれで本当に良かったのか? 魔術師と協調路線が取れたら、また違った道が選べたかも知れぬ。

 結局は双方が相打ちに近い形になってしまった。どうせ小型隕石の被害から生き延びても、ゼーレは非難され弾劾されよう。

 まだ、あやつらの組織は残るから人類は生き延びられるか。後は生き残った組織が考える事。敗れた我々の口にする事では無いな。

 天武、スペースコロニー、パターンイエロー、巨大宇宙戦艦、そして宇宙に魔方陣か。まったく、あやつはどんな秘密を持っていたのだ?

 もはや叶わぬ夢だが、あやつと酒でも酌み交わして見たかった。一度は本音で語り合ってみたかった)


 やがて輝きを増した魔方陣は巨大隕石に衝突して大爆発した。それを見たキールは無表情のまま瞑目した。

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 旧【HC】の戦闘指揮所にライアーンとアーシュライトは居た。

 初号機が自爆して巨大隕石の軌道が変わった事を確認すると、二人は静かにモニターに向かって敬礼していた。

 そして真剣な表情に戻って協議を始めた。シンジの死は痛ましい事だが、二人には責任があった。

 その責任を全うしなくてはならない。感傷に耽る余裕は二人には無かった。


「中佐の犠牲で中型以上の隕石の軌道は全て変えられた。これで一瞬で地球の生命体が絶滅する事は避ける事が出来るが、小型の隕石の

 地球衝突を防がなければ気候が変わるなどの異常気象を誘発する危険性もある。その対応をしなくてはな」

「はい。既に基地のメガ粒子砲の準備は万全です。ですが、観測網が被害を受けています。

 ゼーレの攻撃で監視衛星は全て破壊されました。幾ら小型隕石を破壊出来る威力があっても当たらなくては意味がありません」

「それは分かっている。小型隕石への攻撃は、まず宇宙であの巨大宇宙戦艦エクセリオン、それと中佐が秘かに準備していた簡易砲台を

 使って行われる。そこでどれだけの数の隕石を破壊出来るかが鍵だ。残った隕石は生き残った【ウルドの弓】三基、それと各地の機動艦隊、

 それに固定砲台としては本国の各迎撃基地と、我々のメガ粒子砲で行う予定だ」

「本国には隕石の侵入コースを観測出来る設備はありません。

 現在はミハイル博士と連絡をとって、観測網の追加が出来るか検討して貰っています」

「あと一日だ。間に合うのか?」

「努力します!」


 ライアーンとアーシュライトの肩には、日本の安全が重く圧し掛かっていた。一つ間違えば、数百万人もの被害が出る事が予想される。

 最初から範囲に入っていないところはどうしようも無いが、最善を尽くそうと二人は心に誓っていた。

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 あと半日で隕石群が地球に降り注ごうとしていた。そんな状況の中、グレバート元帥はフランツ首相の執務室を訪れていた。


「シン・ロックフォード博士の犠牲によって、中型以上の隕石の脅威は去った。だが、無数の小型隕石の脅威は残っている。

 対応は大丈夫なのか?」

「ゼーレの自爆攻撃を受けて被害を受けた迎撃基地の約四割の復旧は間に合いました。本国の隕石迎撃能力は万全とは言えませんが、

 期待出来るレベルかと。ですが、監視衛星を全て破壊された為に、隕石の侵入コースが事前に分かりません。

 今はミハイル博士に観測網の追加手配を依頼しています」

「間に合うのか?」

「はい。シン博士の遺してくれた高高度無人偵察システムをリンクさせ、それを世界各地のユグドラシルネットワークに提供させます。

 間も無く稼動が開始されます」

「頼む。小型とはいえ、地表に直撃すれば大都市でも消滅して、最悪は地球の気候ににも影響を与えかねない。

 昔の恐竜が絶滅した時のように地球の気候が激変しては、シン君のした事が無駄になってしまうぞ」

「はい。既に全市民は以前から準備していたシェルターに避難しています。同盟国や友好国は我が国ほどはシェルターは普及していませんが、

 それでも粒子砲で隕石を迎撃出来ますから、生き延びれる可能性はあります。ですが、嘗てのネルフ支持国は何の対策も取れません」

「それは仕方あるまい。我々だって余力が無いのだ。生き延びるのに精一杯だ。関係の無い各国の責任までは取れん。

 それは各国の責任だと割り切るしか出来ない」

「それは分かっています。ただ、ユーラシア大陸とかアメリカ大陸、オーストラリア大陸などに大きめの隕石が衝突したら、

 地球規模での気候変動がありえるかも知れないという事です」

「……確かに粒子砲の迎撃範囲に入らない場所に隕石が落ちてくるのは止められない。それは分かる。

 後はミハイル君達に、出来るだけ宇宙で隕石を破壊してもらうしか無いだろうな」

「はい。此処に来る前に連絡を受けました。間も無く宇宙での作戦が開始されます」

「これで生き延びる事が出来たら、やるべき事は山程あるな。その為にも軍は全力を尽くしてくれ!」

「勿論です。核攻撃を受けて我が国の国民の三百万人以上が被害を受けています。これ以上の被害は出さないよう、努力します!」


 無数の小型隕石の脅威を跳ね除ければ、何とか生き延びられるだろうという局面になっていた。

 ゼーレの攻撃によって国内は甚大な被害を受けていたが、これ以上の被害はさすがに許容は出来ない。

 グレバート元帥は、何としても国民を守るという決意に満ちていた。

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 無数の小型隕石が地球に迫っていた。そしてこれを迎え撃つべくミハイルとクリスは必死に準備を行っていた。


<隕石の観測網の整備はどうだ!?>

<もうすぐ終わるわ。高高度無人偵察機の観測データをネットワークに流す準備は出来たわ。

 でも、大気圏内からの観測データだから精度は落ちるわ。簡易砲台に高精度な観測システムがあれば良かったんだけど>

<今はそんな事を言っても遅いだろう。簡易砲台は本来は狙撃機能しか求められていなかったからな。

 二基の砲撃衛星は修理中だが、その観測システムは使える。あれでだいぶ観測精度が増したから大丈夫だろう>

<簡易砲台の制御は大丈夫なの?>

<ああ。全て私が制御する。数は多いが、攻撃力が弱いのと射程が短いのがネックだな>

<本国と同盟国、そして友好国を直撃するコースの隕石を集中して破壊ね。他の国は気の毒だけど、余裕が無いものね。

 それと直径五キロを超えるものは優先的に破壊しておこないと、地球規模の影響が出る可能性もあるわ>

<ああ。【ウルドの弓】や各人工衛星を落とされたのは正直痛かったからな>

<仕方無いわね。エクセリオンの方も準備は出来たみたいだしね。そろそろ始まるわ。最初はエクセリオンからの攻撃ね>

<彼女達は大丈夫だったのか?>

<ええ。あたしが発破をかけてきたわ。大丈夫よ>

<エクセリオンからの攻撃が始まる。これから終わるまでは気を抜けないぞ!>

<分かっているわ。あたしは『フェンリル』を使って、突入してくる隕石に体当たり攻撃するように指揮するわ。少しでも被害を抑えないと。

 まったく『フェンリル』を大気圏外でも稼動可能なように製造しておいて正解だったわ>


 こうして地球の未来を左右する無数の小型隕石の迎撃作戦が開始された。

 この時、地球の将来がどうなるか、予見出来た人間は誰も居なかった。






To be continued...
(2012.10.07 初版)


(あとがき)

 第七ハッチからは初号機の登場でした。やはりEVAの二次小説ですからね。

 初号機の活躍で中型隕石の軌道は逸らせましたが、巨大隕石には力及ばず自爆する事になってしまいました。

 異論もあるかとは思いますが、納得して下さい。拙作は暇潰し小説ではありますが、作者の考えた問題提起も含んでいます。

 どう受け取るかは読者様の自由です。こんな考えもあるんだなと考えて頂ければ幸いです。



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