神を狩る罪神 〜The description of end of gods〜

第四話

presented by ガーゴイル様


「――はぁ……」
「どないしたんや、センセ? 腹でも痛いんか?」
唐突に溜息を吐くシンジに、左隣に座った男子生徒が心配そうに声をかける。
服装はジャージ。
彼の名は【鈴原 トウジ】。
彼の妹をシンジとセンリが助けたという縁により、シンジと一番初めに友となった人物だ。
「……んな訳ないだろ、トウジ。お前みたいに単純じゃないんだからさ」
そう言ったのは、シンジの右隣に座った少年だ。
ソバカスと眼鏡が印象的な彼は【相田 ケンスケ】。
ロボと戦争と写真と美女をこよなく愛する、ナイスガイだ。
トウジと仲が良く、故に彼もシンジと直ぐに仲良くなった。
――ちなみに彼をレベルで表すなら、六分の一大城レベルぐらいだ。
「んやとこらぁッ!!」
ケンスケの一言に、トウジは頭に血を昇らせた。
荒々しく立ち上がった為、机と椅子が大きな音を立てた。
「――二人ともッ! 食事中の人も居るんだから、静かにしなさい!! ――ね、綾波さん」
「…………」
真面目そうな少女――【洞木 ヒカリ】――の問い掛けに、隣に座っていたレイが咀嚼を止めず、コクコクと頷いた。
ちなみに食べているのは、シンジお手製のベジタブルピザだ。
ケンスケとトウジは、小さくなってヒカリに平謝り。
何時もの光景である。
――あれから一週間。
シンジとレイはあっという間に仲良くなり、世話焼き女房と化したシンジはレイの身の回りの世話をする為、こまめにレイのマンションに通うようになった。
レイも僅かに明るくなり、シンジを通してクラスの中に徐々に溶け込めている。
この事に、NERVは何も言わなかった。
トップであるゲンドウは前にも増して仕事に没頭するようになり、副長の冬月は疲れた顔で其れのアシストをし、リツコは仕事の合間を縫って何かに没頭するようになっていた。
――最早彼等に、レイを束縛する理由は無い。
計画は、露と消えたのだから。
故にレイは漸く、人間らしい生活を手に入れ、自由と楽しさを満喫しているのだった。
「……別に、大した事じゃないよ。ただ……」
意味深なシンジの台詞に、皆の注目が集まる。
「「「……ただ?」」」
トウジとケンスケとヒカリの声が、唱和した。
「……届かないんだよ、荷物が。一週間も前に、出た筈なのに」
深刻な事だ。
彼の私物や衣服類、食器、家具、その他もろもろ。
現在、生活必須用具は隣人である葛城ミサトの私物を借りて急場を凌いでいるが、其れも長くは持たない。
――二枚しかないパンツなんかは、毎日洗って乾かしてのフルサイクルだ。
「……メタトロンさんの事だから、迷ってるんだろうな……」
――そう。実はメタトロンは……

超弩級の方向音痴なのだ。

……一体、何時になるやら。




――同時刻。
旧東京近くの高速道路に、侍女服姿のメタトロンが在った。
彼女は巨大な唐草模様の風呂敷を背負い、無表情な顔で右手親指を立てて、

「……ヘイ」

ヒッチハイクをしていた。
関東から北陸、近畿、中国、四国、九州から飛行機に乗って北海道、フェリーで漸く東北へ戻り、此処まで来たのだ。
――しかし。
如何に美人であろうとも、こんな怪しい人物を乗せるお人好しが早々居る訳は無く。
――素通りしていく乗用車。
メタトロンは、ポーズのまま固まり、その場に立ち続けるのであった。
哀れなり。




「……で、メタトロンは一週間前に出たんだな? ――地図とコンパスを持って行くのを忘れて」
『其処まで気が回らなかったんだよ。――やっぱり、かなり浮かれてたんだろうねえ、あの子。見た目は変わらんかったけどさ』
「メタトロンはシンジの事が大好きだからな。――シンジに修行をつけていた私を、崖から突き落とすくらいに」
『そのぐらいじゃセンリ姉は死なないから、問題無いと思う』
「唐突だが明日のおかずはお前の嫌いなマグロの目玉脳味噌掛けに決めたぞ、ヒアリ」
携帯電話越しに、不毛な会話を繰り広げているのはセンリとヒアリだ。
今センリが居るのは、NERV内の食堂。
何故センリがNERVに居るかというと……シンジのアシストをする為、“上位組織からの出向”という名目で、此処に居座っているのだ。
ちなみに、泊り込みではなく奥多摩からの通いである。
移動手段は秘密だ。
『そ、そいつは激しく遠慮したいねえ。――ああ、其れとセンリ姉。独逸に居る二人から、電報が届いてるんだけど』
「今時電報とは、何処の何時代の住人だ? 独逸というと――ジャンとリリアか。あの時代遅れ猫娘め、相変わらずのようだな。――で、内容は?」
『……“チチ キトク スグ カエレ”』
「無視しろ」
ヒアリの溜息混じりの台詞に、間髪無くセンリは答える。
……あの米国産トップスピード娘め。微妙に勘違いしているな。
遠い海の向こうに居る義理の娘の顔を思い出し、深々と吐息。
「――常識人である私には、理解出来ない思考体系だな」
『センリ姉。――鏡見ろ』
「毎日見ているぞ。――美しい私を思う存分愛でる為に、一日朝昼晩一時間ずつ、計三時間ほどな。満足メータにはまだ余りが在るが、世の中は腹八分目。――何事も、程々が一番だな」
『センリ姉。一つだけ言わせて。――病院行け』
「ははは。何を言っているんだこのアホ娘。張り倒すぞ」
其処まで言って、センリは言葉を切り、
「まあ兎も角、リリアたちから連絡が来たという事は……向こうの事件は片がついたようだな」
『みたいだねえ。――でも、“奴等”の正体って一体何なんだろうねえ、センリ姉。自動人形の出来損ないみたいなのを使ってくる事から、概念技術を持ってるってのは解るんだけど――其れ以外は全然って如何いう事さね』
ヒアリが言っているのは、数年前から活動を始めたある“組織”の事だ。
断続的に世界各地で騒ぎを起こし、裏の世界で暗躍している謎の集団。
――彼女等が言っている事件というのも、その事である。
解っている事は、二つ。
その騒ぎを実行しているのが自動人形――メタトロンのような上等なモノではなく、意思を持たない形だけのもの――である事。
故に、その“組織”が概念技術を保有している可能性が高いという事。
其れ以外に、情報は無かった。
不安定なこの時代。
未知の技術――概念――が与える影響は計り知れない。
しかも、其れが悪用されている。
故にセンリは、その“組織”の殲滅を選択したのだ。
――時代が概念を受け入れるようになれる、その日の為に。
「――SEELEの情報網に引っ掛からないという事は……奴等は少数、もしくは個人である可能性が高い。……皆にも、苦労をかける」
『別に構わないさね。――アタシらは、好きでやってるんだからさ』
からからと笑うヒアリ。
そんなヒアリに、再度センリは、すまん、と謝り、電話を切った。
役目を果たした携帯を懐に仕舞い、一つ溜息。
「――難しいものだ」
……全く、この世というものは……
「アレほど、子供は巻き込みたくないと言って置きながら……」
未熟だ、とセンリは自らを叱責。
思い起こすのは、数年前の出来事。
――旧奥多摩大崩落。
一般的には、大雨による大規模な崖崩れと謂われているこの事件。
しかし、実は……
「――思えばアレが、“組織”との初接触、か……」
過去を思い出し、センリは再び溜息を吐くのだった。




――遥か遠く。海の向こう。
かつて、世界でも有数の軍事国家で在った――“独逸”。
その中枢である首都“伯林”の小さなカフェに、二人の男女が居た。
一人は黒い長髪を無造作に結んだ、黄色人種の青年。
黒いロングコートを肩に羽織り、鋭い双眸をサングラスで覆い隠した、彫りの深い男だ。
その相方は、金の柔らかそうな髪を肩口で切り揃えた少女。
背丈は青年の胸ほどしかなく、白いワンピースの上に青いジャケットを羽織った、青い瞳の幼い少女。
徐に、男が口を開く。
「――で、リリア・ゾーリン。俺が君に頼んだ電報に、何と書いて送った?」
「え、ええと……日本に居た頃に見たドラマの通りに……」
「大体想像出来た。――少しは常識を知れ」
「い、行き成りセメント発言ですのッ!?」
少女の叫びを聞き流し、青年は手元に在る紅茶を一口。
香りを楽しむ間も無く、眉を顰め、
「言われても仕方が無いだろう」
斬って捨てる。
少女は目の幅涙を流し、テーブルに突っ伏してしまった。
「うう〜……。ジャンは、私を苛めて楽しいんですの? やっぱりジャンは酷いですの、最低ですの。――女の子を言葉で苛めて、悶えるのを楽しそうに眺めて、悦に入ってるんですの。……この鬼畜ドS犬畜生――ッ!!」
突然少女が立ち上がり、日本語で絶叫した。
周囲の欧州人は怪訝そうな顔で彼女を見つめ、日本語が理解出来る者は冷ややかな視線を青年にぶつける。
青年は、額を押さえつつ……
「……リリア・ゾーリン。君は一体何時、そんな日本語を覚えた? ――犯人はもう既に解っているが、言ってみろ」
「……シュウさんとヒアリさんとセンリ義母様ですの」
よし。
「……戻ったらあいつ等、蜂の巣にしてやる……ッ!」
「ジャン、暴力はいけませんのッ! ――せめて半殺しぐらいに……」
少女の台詞に、青年は更に眉を顰めた。
彼は、声を落ち着けて。
「――リリア・ゾーリン。君の脳内暴力定義は、一体どうなっているんだ?」
問われた少女は、慌てて。
「え……えと、ええと……あの人たちなら、大概の攻撃は無傷に終わりますの」
「成る程。なら、死んだ場合はどうなる、リリア?」
「軽傷ですの」
……確かに。
思わず、納得してしまう。
だが、青年は頭を振り、
「――其れは極一部の頭のオカシイ連中だけだ。一般人には通用しないという事を覚えておけ、リリア・ゾーリン。――特に俺のような」
「…………」
少女は応えず、半目で青年を恨みがましく見つめた。
青年は無視し、再び紅茶を飲む。
――その時。
「――何やってんのよ、漫才夫婦」
元気の良い別の少女の声が、青年の背を押した。
少女は驚き慌てふためいて、
「――ま、まだジャンとはそんな関係じゃないですのッ! 確かに私とジャンさんは身も心も一つに為った仲ですけど――」
「突っ込む所は其処じゃないぞ。――後、脳内妄想を解き放つな、リリア・ゾーリンッ!」
見ると、声をかけてきた金に近い茶髪の少女が、半眼で此方を見ていた。
――絶対誤解されている。
青年の思いも空しく、少女は更に声を張り上げ、
「ひ、酷いですのッ! 昨日の夜なんてあんなに激しく私を突き上げて、一緒にイこうと言って下さったのに!!」
日本語で激しく絶叫。
周囲の目が、更に冷たくなった。
茶髪の少女など、携帯を取り出して手近な警察署に連絡しようとしている。
……何でこうなる。
青年は思わず天を仰いだ。
そして、正面へと向き直り、
「――リリア。君は一体何の話をしている?」
怒りを噛み殺し、平然を何とか取り繕って、少女に問い掛ける。
少女は、へ?、と間の抜けた表情をし、
「――昨夜のドライブの話ですの。砂利道は振動が凄くて……丁度あの時、ジャンが“一緒に行こう”と言って下さって――もの凄く、嬉しかった……」
「解った、黙れ、今直ぐに」
さ、三段論法ですのーッ! と更に少女は叫びを上げた。
青年は無視した。
もう一人の少女に向き直り、
「――で、惣流・アスカ・ラングレー……一体、俺たちに何の用だ?」
青年の問い掛けに、少女――アスカ――は取り出した携帯を仕舞い、眉を顰め、
「大通りを歩いてたら、リリアのデッカイ声が聞こえたのよ。――全く、何時も何時もあんな事を人前で叫ぶだなんて……アンタたち頭オカシイんじゃない?」
「オカシイのはコイツだけだ。一緒にするな」
また何か少女が叫ぶが、青年は一切無視。
アスカは疲れたように嘆息し、
「もういいわ……。――そう言えば加持さんに聞いたんだけど、近々日本に戻るって本当?」
「ああ。――もっとも、小さい仕事がまだ幾つか在るから、もう暫らくは居るがな」
ふぅん、とアスカは頷き。
「――漸く、静かになるわね。ここ数ヶ月、ずっとアンタたちの所為で騒がしかったから」
「くどいようだが、殆どコイツの所為で、俺は無関係だ」
気難しげに眉を寄せて言う青年に、アスカは言葉の代わりに冷たい視線を投げ掛けた。
と、その時。
「あ、あの……。ジャン、この“独逸人も吃驚! 三段重ね鉄血衝撃ビスマルクパフェ”、頼んでも宜しいでしょうか?」
躊躇いがちな少女の声が、二人の間に入った。
青年は再び溜息を吐き、
「――伸びるぞ、リリア。主に横方向にな」
「そ、其れは太ると遠回しに仰っているんですのッ!?」
「――あ。アタシはアイスコーヒー、お願いね」
「君もか、惣流ッ!」
何時の間にかアスカは少女の隣にちゃっかり座り、メニューを嬉々として開いていた。
青年は憤り混じりの息を吐き。
……とんだ散財だ。
中身の少ない財布を取り出し、そっと溜息。
独逸の午後は、ゆっくりと過ぎて行く。




――NERV、技術部総務室。
薄暗いその中で、一人の女性がPCのディスプレイと向き合って居た。
金の髪は疲労で褪せ、頬はこけている。
しかし瞳と表情は力を失わず、ギラギラと餓えているかのように輝いていた。
「……過去のデータベースに該当無し。MAGIに一切のデータが残っていないなんて……逆に怪しいわね」
ブツブツと呟き、更にキーボートを叩く指の速度を速める。
赤木リツコが今行っているのは、MAGI内に在るデータの捜索。
――母の研究データの。
仕事を何時もの三倍速で終わらせ、家にも帰らずずっとこの作業をぶっ通しで続けているのだ。
疲労は限界に達している。
しかし、頭は極限にまで冴え渡り、指は自分の意思以上に動く。
所謂、ハイってやつだ。
次々と表示される文字を次々と読み飛ばし、リツコは電子の海に沈んでいく。
目的のブツを探す、海賊やハンターのように。
そして。その内、リツコの瞳が、ある項目に止まる。
蒼い枠に彩られた其れは――

「“汝、過去を知りたければ誓約の意を示せ……ッ!”」

ご丁寧に三点リーダと感嘆符付だ。
リツコは訝しげに眉を歪め、
「……“誓約”? 如何いう事かしら?」
怪しい。
其れは解る。
だが、如何いう意味か?
「誓約、誓約、誓約……」
問題文の下には、答えを入力する箇所が在る。
更には、カウンターが表示されており、数字の3が刻まれていた。
「解答チャンスは三回まで……。シビアね」
さて、と思考を切り替える。
「“take an oath”“swear”“vowp”“ledge”……どれもしっくりしないわね」
――恐らく、普通にこれ等の単語を入力しても、如何にも為らないだろう。
リツコは、更に思考の海に沈む。
……恐らく、この問題は母さんが遺していったモノ。
ならば解答は、此処――NERVもしくはゲヒルン――に対応するものの筈。
ヒントは誓約、そして……
「NERV……」
つまりは。
……NERVの至る箇所に、配置されているもの。其れは……
「……キリスト教。――聖書ね」
聖書と誓約、その二つが鍵だ。
「とは言っても……余計選択肢が増えたような気がするわ。答えは単語とは限らないし、文の場合も在るわ」
様々な文や単語が、脳裏を飛び交う。
ううむ、とリツコは頭を抱えてしまった。
そして、彼女は胡乱気な瞳で天井を見つめ、
「……私、何やってるんだろう」
今、何故私は此処にいる?
母の影を追い越す為?
好きな人に尽くす為?
しかし、今私は望んで母を追っている。
好きな人は目にも増して仕事に打ち込むようになり、望んだ計画は水泡に帰した。
リツコは気付いていた。
ゲンドウの心が、漸く妄執から解放された事を。
其れに伴い、自分の心から楔が外れた事を。
――全てが覆され、意味を無くした。
ならば、何故私は……
「此処に居るのかしら……」
私を縛り付ける、心の“制約”は無くなったのに……
……未練ね。
リツコは自嘲気味に笑い、デスクの端に目線を移した。
其処には、二つの写真立が在る。
一つは、幼い自分と母が写っている物。
もう一つは……年若い自分と、少し幼いレイが写っている物だ。
リツコは、其れ等を見つめ。
「…………」
……何と言うべきかしら。
ゴメンなさい、有難う、こんちくしょう。
母には感謝と問いかけの意を。
レイには謝罪と涙を。
ゲンドウという楔を無くし、リツコの心は漸く、素直な気持ちで二人の姿が見れた。
――気持ちがざわめく。
――心が渦を巻く。
――瞳が熱い。
何時の間にか視界が、潤んでいた。
言葉に出来ない感情が、頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。
「…………」
ヤバイ、とリツコの理性的な部分が判断する。
目を拭う為のティッシュか何かを、反射的に手が探す。
コツン、と手に何か当たった。
手探りで、掴み取る。
其れは――

「……聖書?」

旧約聖書。
参考に、と取り寄せた物だ。
……神に縋りつくなんて、柄じゃないわね。
涙を流したまま苦笑し、リツコは其れを膝の上に乗せた。
「……気分転換とおさらいに、丁度良いわね」
誰ともなしにそう言うと、リツコは其れを読み始めた。
――静かに、時は流れる。




――そして、数日が過ぎた。
第三新東京の郊外に在る公園に、二つの影が在った。
黒衣を纏ったセンリと、薄汚れた武道着を纏ったシンジだ。
二人の手足が、目視すら叶わぬ速さで交わされる。
乾いた肉の打ち合う音が響く。
シンジが撃つ。
センリが防ぐ。
拳を撃てば掌で防がれ、蹴りを撃てば受け流される。
見る人が見れば解る。
――桁が違う、と。
センリの動きを例えるなら、霧水。
水のように流れ、霧のようにおぼろげ。
そして――
「――エイプキラー直伝……」
センリの掌がシンジの拳をいなし、その動きを利用しつつ、腰溜めに構え――
「リバーブローッ!」
シンジの五体が、華麗に宙を舞った。
ごづぼぎん。と、嫌に痛そうな音を立てて無事に着地した。
センリは一連の動作を見届け、
「……まだまだだな」
「――じゃないでしょッ!! し、死んだら如何するんですか母さんっ! ――うわ、今度は視界が百二十度ばかり斜めに!?」
瞬時に復活したシンジが、ツッコミを入れる。
……首を百二十度ばかり傾けて。
言われたセンリは、何を言っているんだとばかりに。
「――馬鹿を言うな、シンジ。コレくらいで死ぬ訳が無いだろう。――私の知っている変態は二、三十ばかりこの攻撃を喰らったが、ピンピンしてエロい事に励んでいたぞ」
「――其れは極々一部の頭のオカシイ母さんの同類だけだと思うけどなあッ!!」
「黙れ畜生息子。――其れに、お前の言に則るなら……お前も変態という事になるが」
センリの言に、シンジはうっと詰まる。
「――シンジ君、変態?」
「いや、其れは違うよ綾波――って何時の間に何で此処に居るんですか貴方ッ!? け、気配がまるで無かった……」
何時の間にか、シンジの背後にレイが立っていた。
センリの治療符のお陰か、手足に軽く包帯を巻いただけの元気そうな姿だ。
彼女は、可愛らしく小首を傾げ、
「? 何故って……お昼ご飯、貰いに」
――実は、シンジは今日学校だったのだ。
しかし、学校に行く途中センリに拉致られ、此処で鍛え直されていたのだ。
故にレイはシンジから弁当を受け取れず、ご飯を求めてシンジの所までやって来たのだ。
どーやって此処まで来たかは、聞かないで頂きたい。
「あ、ああそうだったね。今日は綾波の好きな高菜チャーハン……って、勝手に人の鞄あさって弁当食べないでよ母さんッ!! しかも其れ僕の分だしッ!」
「腹が減った。――問題無い」
「暗黒髭残虐超人の真似しても駄目だよッ! 僕の弁当返せ―――ッ!」
無表情な顔で弁当を食べ続けるセンリに、シンジのドロップキックが襲う。
しかし、其処は武術の達人センリさん。
あっさりかわす。
シンジはそのまま一直線に爆進。
――少し遅れて、遠くの植え込みの方で何かが突き刺さる音が聞こえた。
その時。

ピピピピピピピピ……ッ!

耳を劈く電子音が、静かな公園に鳴響く。
レイの携帯からだ。
レイは静かに其れを取り出し、液晶部分を凝視。
暫し、間を置き、
「――シンジ君。非常召集」
植え込みに突き刺さっている棒状の何かに、そう告げた。
少し遅れて、街中に物々しい警報音が響いた。
第四使徒――襲来。




宙を飛ぶ、不可思議な物体。
其れは只一直線に、飛ぶ。
目的地を目指して。
其れの肌に、何かが触れる。
カトンボのような何かが放つ、小さな熱。
――鬱陶しい。
其れは光の筋で、カトンボを薙ぎ払った。
ついでのように、地面に居る小さな何かも滅していく。
――虫けらを、追払うかのように。
其れは、只一直線に、飛んで行く。




目前の大型スクリーンに映った其れを見て、葛城ミサトは真剣な表情で言った。
「――僅か一週間と少しで、次の使徒が襲来とはね……」
未だ此方の準備が充分に整っていないというのに……
ミサトの目は、充分に心情を語っていた。
其れに、オペレータ席に居る眼鏡――もとい、日向マコトが相槌を打った。
「前回は十五年、今回はたったの十数日……」
「――女性に嫌われるタイプね。がっつくと女は寄って来ない――もっと大人の余裕を持たないともてないわよ……」
二人の軽口に、第三者が割り込んでくる。
「――アレが雄だとは限らないぞ。……性別が在るか如何かも解らんがな」
言わずと知れた、センリである。
何時の間にか直ぐ傍に居た少女に気付き、マコトはぎょっとした。
「か、葛城さんッ!? 一般人を此処に入れたら――」
「あー、いーのよ。何でもセンリちゃんって、上の方からの出向らしいし。ちなみに司令と副司令の許可も在るらしいわよ」
ミサトが投げやり気味に答えた。
始めは彼女もこの事に異を唱えていたのだが……意気込みよく挑んだ戦略シュミレーションでセンリにボロ負けし、以来何故か逆らえずにいるのだ。
……流石は元軍人。
身体に染み込んだ上下の本能には逆らえないらしい。
「――ところでセンリちゃん。今回の使徒……如何見る?」
表情を瞬時に作戦部長のモノに戻し、センリに問うミサト。
センリは、うむ、と答え、
「未だ何とも言えないが……先程の戦闘映像から見ると、近接に特化しているようだな。尤も、だから遠距離戦闘は出来ないという訳ではないが。――注意は必要だ」
「言われなくても。――初号機は?」
「エントリー完了。何時でも出せます!」
センリに軽口を叩きつつも、ミサトは表情を緩めない。
一戦一戦が正念場。
――負けたら次は無い。
「……行くわよ」
作戦部長の号令の元、死合は開始された。




一方、その頃、トウジたちは……
「何や、意外やったな〜」
「何がだよ」
地下シェルターの男便所からの帰り道。
トウジとケンスケは並んで歩いていた。
「いや、お前やったら何が何でも上の戦い見に行こうとするやろうな、と思っとったんやけど……全然そんな事言わんし」
言われたケンスケは、溜息を吐きつつ。
「あのなぁ……幾ら何でも、親友の妹が死に掛けた戦場にのこのこ出て行って、足手纏いになるって最悪じゃん。――ガキの俺でも、其れぐらいの分別は在るさ」
自嘲気味に言うケンスケ。
トウジの目が見開かれ、すまん、と彼は謝った。
そうこうしている内に、皆の居る場所に辿り着く。
すると。
「――ねえ、あんた達!」
一人の女生徒が、二人の目前に走り込んでくる。
落ち着かない様子で、彼女は二人に向き直り、
「ヒカリ、見なかった!? あの子、何処にも居ないのよ!!」
女生徒の台詞に、トウジとケンスケは顔を見合わせた。
「「……まさか……」」
嫌な予感が、二人の背筋を這い回る。
気付いたら、二人は駆け出していた。
――シェルターの、出入り口へと。




「――いい、シンジ君。先ずは武装ビルの攻撃で使徒を牽制……後は、使徒の背後に射出するから、貴方得意の近接格闘に持ち込んで頂戴。……ゴメンなさい。作戦部から出来る事は、コレが限界なの」
ミサトの申し訳無さそうな言葉に、通信機向こうのシンジは明るい声で答え、
『――いえ、別に良いですよ。戦闘は、僕の自由にして良いんですね?」
「ええ。存分に暴れて。――本当に不味い場合は、此方から指示を出すから。その時は、お願いね」
シンジの了承を表す意が、機械を通して伝わる。
ミサトは、固い笑みで通信を終えた。
「――パレットライフルは使わないんですか?」
最近出来上がったばかりの武装を思い出し、マコトがミサトに問う。
この事に、ミサトではなくリツコが答えた。
「――MAGIによる試算の結果、現状の威力では傷を付ける事すら不可能と出たの。放射線の問題も在るし、更なる改良が望めるまでライフルは封印よ」
ライフルに使用されている弾薬は、劣化ウランと呼ばれる放射性物質。
粉々に砕けるコレは、故に被爆の危険性が在るのだ。
都市部では、危なすぎて使えない。
マコトは、成る程、と頷いた。
其れに、とミサトがリツコの言葉を続ける。
「――シンジ君の格闘スキルは、そこ等の軍隊上がりより上よ。上手く扱えるかどうか解らない武器より、なんぼかマシってもんよ」
自嘲気味に、言うミサト。
……ヤバイ。あたしって、何も出来ること無いなあ。
自分の本音を心中で押し殺し、ミサトは気合を入れ直す。
「――日向君、敵が予定のポイントに入り次第、一斉射撃をお願い。――やりましょう、私達が出来る、精一杯全力の抗いを」
「――はいッ!」
場に、緊張が走る。
皆の顔が、引き締まる。
――そんな様子を、黙ってセンリは見つめていた。




――街に、巨大な生物が現れる。
赤紫の肌を持つ、烏賊に酷似した巨大な生物。
名を、第四使徒“シャムシェル”と言う。
こいつの通った後には、二通りの傷が残る。
進む事により出来た、這い跡のような傷。
そして――鋭利な何かに斬られたような真っ直ぐな傷痕。
こいつは、悠々と進んで行く。
――だが、人間も黙ってはいない。
シャムシェルが背を見せた瞬間、周囲のビルが展開し、内部構造を曝け出す。
中に在るのは、武器、武器、武器。
瞬く間に周囲は、弾薬庫と化した。
様子に気付いたシャムシェルがATFを張ろうとする。
――だが。
その直前、全ての火薬が炸裂した。




衝撃が奔る。
大地に吐き出された紫の鬼神が、全身の筋肉を弓のように撓らせ――

爆走――ッ!

金属を踏み抜く飛沫に似た音が響き、音速超過のスタートダッシュにより水蒸気が爆発する。
全身に水霧を纏い、初号機は駆ける。
目標は、アレだけの爆発を浴びてもビクともしない使徒。
その背中に、渾身の飛び蹴りを喰らわせようと、初号機とシンジは駆ける。
……僕の昼ごは――んッ!!
先程の恨み(八つ当たり)を充分に籠め、初号機は大きく跳躍。
そして、足裏の先を使徒へと定め、即降下!
位置エネルギー全てを運動エネルギーに変え、弾丸と化した初号機が使徒へ迫る!
――しかし。
シャムシェルが振り向く。
煤けた頭部を初号機に向け――瞬間。
二筋の閃光が、天空に昇る。
其れは――鞭。
其れは高速で落下する初号機の腰と首を難なく絡め取り――
山肌へ、叩き付ける!
重音と共に土砂瓦礫が舞い上がり、辺りに土煙が立ち込めるのだった。




「――な!」
「……前より、運動性が上がっているようね」
ミサトが絶句し、リツコが冷静に告げる。
――場は、刃のような空気に支配される。
誰も、何も言う事は出来ない。
いや、例外が居た。
「――初号機の状態は?」
「は、――はい。損傷軽微、シンクロ率に乱れ無し――大丈夫です!」
センリの声に、伊吹マヤが慌てて答える。
最早、センリが居る事に違和感も何も無い。
「そうか。――待てッ!」
センリの大声に、皆の視線が集中する。
「何、センリ――」
「馬鹿が。あそこを、良く見ろ!!」
センリの何時に無く真剣な様子に、ミサトの気が圧される。
ミサトが、センリの指差した物――スクリーンの隅――を見てみると……
「……嘘ッ!」
初号機の指の間に、四つの人影が。
ジャージの少年、眼鏡の少年、制服姿の少女に、泣きじゃくる幼い子供。
――一瞬、ミサトの思考が停止しかけた。




――時間は少し遡る。
洞木ヒカリは、戦場と化した街から少し離れた小山の中を歩いていた。
その手には幼い子供が縋り付いていた。
避難の中、親とはぐれたのだろう。
人ごみの中で泣きじゃくるこの子供を見過ごせず、ヒカリは一人こっそりと皆から離れ、この子の親を探し……その結果、
……締め出されちゃった。
シェルターはもう開いていない。
先程の爆発も気になるし、向こうから見え隠れする巨大な怪獣も怖い。
山中をおっかなびっくり歩きつつ、ヒカリは泣きそうになった。
……駄目駄目! 私が泣いちゃったら、この子が不安になっちゃう。……私が、頑張らなきゃ。
気合を入れ直し、ヒカリは子供の方を見る。
まだぐずついている、幼い少年。
短く切った髪が、大きく震えていた。
「……大丈夫よ。もう直ぐ、あの怪獣は正義の味方がやっつけてくれるから。だから、大丈夫よ」
……そうよ。光峨君なら、きっと……
ヒカリは、シンジがエヴァのパイロットだという事を知っている。
というか、クラス全員が知っている。
ヒカリのシンジへの印象は、

料理が得意。
優しい。
強い。
何処か少しかなり頭がオカシイ。

……あれ?「……何か、考えれば考えるほど不安になってきちゃった……」
などと、のたまっていたその時。
――茂みが、大きく動いた。
ビクリ、と二人が飛び上がらんばかりに身体を振るわせた。
……何、何、何!? く、熊かしら……
更に、ガサガサと大きく動く茂み。
堪らず、ヒカリと子供が悲鳴を上げようとしたその時――
「なーにやっとるんや、イインチョッ! ほんま、探したで!」
茂みの中から、黒い塊が飛び出した。
黒いジャージを着込んだ、短髪の少年。
トウジだ。
「全く、探すのに苦労したぜ」
後ろから、ケンスケも出てくる。
予想だにしない出来事に、ヒカリは一瞬呆気に取られ……
「す……鈴原ぁ……」
涙をぼろぼろ溢して、泣き出してしまった。
箍が外れた。
もう、如何にも止まらない。
ヒカリは無意識にトウジに抱きついて、わんわん泣く。
「な、なぁッ!?」
不意の出来事に、今度はトウジが慌て始める。
……ケンスケはというと……
「う、裏切り者……」
恨みがましい眼つきで、トウジ等を睨んでいる。
血涙も流しそうな雰囲気だ。
「お、落ち着けやイインチョ。んで、どないしたんや? 皆、心配しとったで」
「……うん、この子がね、お母さんとはぐれたって、其れで……」
「大体解った。もう、何も言わんでええ」
ヒカリの肩を叩き、言うトウジ。
顔がにやけていなければ、締まるのだが。
「――委員長も居たし、さっさと戻るぞトウジ! このまま此処に居ちゃ、シンジに迷惑かけるぞ!」
「そうやな! なら、とっとと――」
その時だった。
大空に、影が生じたのは。
其れは――投げ出された初号機の陰だった。
なす術も無く、四人は衝撃を受け大地に投げ出された。




――如何すれば。
ミサトは悩んだ。
目の前では、使徒が初号機を蹂躙している姿が在る。
使徒の猛攻を受けても、初号機は微動だにしない。
庇っているのだ。
地面に投げ出され、起き上がった初号機が先ず取った行動は――
「……背後に、子供たちを」
自分を盾にし、子供たちを護る。
其れが、初号機の取った行動の全てだった。
この攻撃の前では、初号機の中に子供たちを避難させる事も出来ない。
退却なども、不可能。
――如何すれば。
ミサトは、無限思考に陥った。
「……如何すれば、如何すれば、如何すれば……」
ポン、とミサトの肩に誰かの手が乗せられる。
センリの左手だ。
彼女は、呆けた表情でセンリを見つめる。
センリは、何時もの通り無表情。
冷たい声と表情で、センリは言う。
「――点はやれんな。もう少し、精進しろ」
センリは、徐にコンソールに歩み寄り。
「――今回、今回だけ助けてやろう。後は知らん。宇宙以上に広く、神よりも慈悲深い私の心に感謝するがいい」
センリは、パネルに在る一つのボタンを押す。
通信機だ。
「――シンジ。偉大なるGMS(グレート・マザー・センリ)がいい事を教えてやろう。心して訊くがいい」
少し、間を置いて。
「――援軍が来ているぞ。後十――いや、五秒程待て。……おや、言っている内に、もう来たようだな?」
瞬間。
スクリーンに閃光が奔る。
画面を焼く、強烈な光。
目を閉じるその瞬間、彼等は見た。
使徒の背後に在るビルに佇む、人影を。
メイド服を身に纏った、人影を……。




「……不十分、と判断します」
肩に担いだ試作兵器七号――超小型粒子加速銃“も、もうイっちゃうよ……ッ!”――をその場に捨て、メタトロンは冷静に言った。
この兵器は試作品の為、一発撃っただけで壊れてしまう為だ。
威力は高いが、コストも高い。
しかしその攻撃も、殆どがATFに防がれてしまった。
だが。
「陽動には充分、と評価します。では――」
背に負った巨大な風呂敷を丁寧に置いて、彼女は身を大きく屈させ――
「シンジ様の手伝い、と参りましょう」
消える。
――凄まじい身体機能による、高速移動。
高速でビルとビルを飛び移り、宙を蹴るように進む。
彼女はメタトロン。
主の敵を討ち払う、自動人形。
天使の名を持つ、侍女人形。
人と人形の狭間である彼女は、自らが定めた使命を果たすべく、駆ける。
――主の、助けと為る為に。




トウジとケンスケとヒカリと子供の前に、一人の女性が現れた。
左肩を曝け出した――試作兵器砲身の熱の所為――緑髪の美しい女性。
一同、見惚れる。
だが、次の瞬間、子供を除いた三人の目が大きく見開かれた。
理由は――彼女の肩。
人であるはずのその肌には黒い線が刻まれ、作り物めいた関節とワイヤーが覗いていたからだ。
彼女は、未だ人に為りきれない人形。
故に、人形の部分が残っているのだ。
三人の注視も気に留めず、彼女は口を開いた。
「――民間人ですか? 此処は戦場です、直ぐにお帰り願います」
「そ、そうしたいのは山々なんですけど……」
有無を言わさない彼女の眼光に怯えつつ、ケンスケが遠慮がちに言う。
メタトロンは眉を顰め、
「では、帰りたくないと。其れは随分、可笑しな趣味ですね。――イエス。メタトロンはありとあらゆるご要求に対応できるようロールアウトされております。――では、ご存分にお楽しみを」
そう言って、踵を返すメタトロン。
無言でトウジとヒカリがケンスケをどつき、
「そ、そうじゃなくて! 帰りたくても、帰れないんです!!」
悲鳴混じりのヒカリの呼びかけに、メタトロンは振り向き。
「イエス。なら、始めからそう言って下さい」
「――何か、目茶苦茶腹立つわ」
トウジが釈然としない顔で、言った。
メタトロンは無視し、
「――では、お助けします」
言って、メタトロンは行動を開始。
背に子供とヒカリを負い、両脇にトウジと気絶したケンスケを抱え――
「……しゅっぱつしんこー」
暴走機関車も真っ青な速度で、駆け出す。
ヒカリとトウジの叫び声と、子供の楽しそうな悲鳴が、戦場に響いた。




「……い、今のはメタトロンさん」
一連の騒動を視覚素子で見ていたシンジは、頭を抱えた。
「よりによって何てタイミングで……いや、結果オーライか」
まるで狙ったようなタイミングの良さに、思わず苦笑するシンジ。
「まあ、兎に角助かった。――コレで、心置きなく戦える」
言って、彼は構えを整える。
反撃を、繰り出すために。
「――此処からが、本番だ!」
震脚を繰り出した、その瞬間!

――ぶつり。

嫌な音が、聞こえた。
背中から聞こえてきたその音に、シンジは若干引き攣って。
「……まさか」
その、まさかでした。
シャムシェルの放った一撃がものの見事に、ケーブルを切断していました。
一難去ってまた一難。
シンジ、再びピンチ。




「――此処まで来れば、大丈夫です」
戦場から遠く離れ、着いた場所は大きな広場。
メタトロンは背のヒカリと子供を優しく降ろし、脇に抱えていた男二人を地面に投げ捨てた。
微妙に扱い悪い、トウジとケンスケだった。
「――では、私はこれで」
「あの――何処へ行くんですか」
ヒカリの心配そうな問いに、メタトロンは僅かに微笑んで。
「――掛け替えの無い人の、助けに為りに」
其れだけを言って、メタトロンは駆け出す。
遠ざかるメタトロンの背中を、ヒカリはずっと見つめていた。




「――退いて、シンジ君!」
『駄目です……このまま退けば、こいつにジオフロントまで攻め込まれてしまいます。此処で片付けないと――』
「エネルギーはもう三分を切っているのよ! ――退きなさい、コレは命令よ」
『――ゴメンなさい、ミサトさん』
その言葉を最後に、通信が切れる。
ミサトは俯き、拳を血が滴らんばかりに強く握り締め……
「あの、馬鹿……」
押し殺した声。
感情が制御出来ない。
ミサトが思わず拳を振りかぶった、その時。
センリの手が、ミサトを圧し留めていた。
「――思い知ったか?」
センリの突然の問いに、戸惑うミサト。
しかし、センリは構わず、言葉を続ける。
「自らの力の無さを、無能さを……無力感と絶望を、思い知ったか、葛城ミサト」
気が付くと、ミサトはセンリの襟首を掴んでいた。
しかし、センリは表情を変えない。
ミサトは憤怒の表情でセンリを睨みつけ、
「あんたに……何が解るのよッ!」
センリは対照的に、冷の表情で。
「解る。私には、解るのだよ葛城ミサト」
センリは襟首を掴むミサトの手を優しく振り解き、冷静に言う。
「――全てを失い、何も無かった私には。痛いほど、解る」
センリの瞳には、言い表せない色が宿っていた。
何時の間にか、周りが静まり返っていた。
ミサトも、何も言わない。
「――観ていろ、葛城ミサト。そして、全てが終わった後、未だ戦う事を選ぶのならば――私の所に、来るがいい」
センリは、口端に何時もの笑みを浮かべ、
「――鍛えてやろう。貴様の意思を、力を。戦い続ける、その為にな」
彼女の声が、発令所に響き渡る。
「――此処に居る皆も、見るがいい。――過去に消えた、力在る存在を」
彼女の視線は、スクリーンへと向かう。
鬼神と使徒が戦う、その姿を目に焼き付ける。
「――福音を伝える者の前身と為った存在を、な」
そして、画面の端に何かが映る。
其れは、緑の髪を靡かせていた。
其れは、感情の薄い緑の瞳を輝かせていた。
其れは、漆黒と純白が交わる侍女服を着こなしていた。
其れは――意思在る表情を、持っていた。




――危険、と判断します。
目前の使徒を見据え、メタトロンは高速思考を以って、そう判断した。
「……シンジ様」
傷付いているのは、この身を捧げるに相応しいと決めた人。
……一生懸けて、使えると決めた人……
イエス、とメタトロンは呟く。
「主の敵は私の敵、主の痛みは私の痛み、主の涙は私の涙」
詠うように、歌うように。
メタトロンは、声に想いを乗せて誓う。
「私は貴方に奉仕する為に、貴方は私を使う為に。――命令を下さい、ご主人様。――いいえ。たとえ、貴方の命令が無くても――私“メタトロン”は、貴方の幸いの為に……。故にメタトロンは、人形であって人形では在りません。――貴方の為だけに踊り続ける、愛を求める哀れな女で御座います」
彼女は、ビルの上から飛び降りる。
風が身を切り、空気の流れが耳朶を打つ。
流れに身を任せ、更に彼女は詠う。
「故に、誓いを。貴方に、誓いを。――私の全てを誓いに籠め、貴方に捧げます」
彼女が継げる言葉は、誓約。
遥か昔、悪役達が居た組織が好んだ、誓いの意を示す言葉。
故に、彼女は言う。
組織ではなく、個人へと。
愛しい人に、誓いを捧げる。

「――Tes.(テスタメント)」

其れは誓約。
聖書からちなんだ、意味在る単語。
地に落ち行くメタトロンは、さかしまになった風景から、愛しい人の乗る機体を選別する。
そして。
「――お助けします、シンジ様」
薔薇色の唇から、力在る言葉が迸る。

「――“SCHWARZ BRISE”」

漆黒の金属が、メタトロンの背後から出現した。




先ず現れたのは、漆黒の金属フレーム。
周囲に、纏わり付くかのように駆動パーツや人工筋肉、四肢を形成するフレームパーツが出現。
接合、合致する。
頭部、胸部、背部、四肢と人工筋肉が其れ等を繋ぎ、次いで出現した各部装甲が押さえ、ボルトが全てを繋いで行く。
響くのは、金属の音色。
出来上がった素体に、追加パーツと増設装甲が合致する。
華奢な金属体は、厳かな鎧武者へと変貌していく。
背に生えた六枚の金属翼の根元に、二本の金属刀が設置。
――開いた金属胸の中に、メタトロンが取り込まれる。
分解、そして同化。
加速する全ての感覚をメタトロンは受け入れ、自らの肉体と化した巨大な金属に電気信号を飛ばす。
確立した五指が、背の一刀を握り抜く。
確定した両足が、大地を踏み締める。
頭部の視覚素子に、彼女の色――若葉の如き、鮮烈な緑――が宿る。
『――――』
スカートに近い形状の腰部装甲を翻し。
六枚の翼に意思を通わせ。
『――良好、と判断します』
此処に、漆黒の武神と座天使の合一は為ったのであった。




先ずは唐竹の一撃。
真っ向から振り下ろされる刃が、シャムシェルに迫る。
だが、乾いた音を立てて、刃が阻まれる。
薄らと紅い色を帯びた透明な防壁が、二者の間を別っていたからだ。
『――ATF。拒絶の意思を源に発動する、概念ですか』
弾かれた刃を構え直す。
『姑息です』
連撃。
縦横無尽に繰り出される刃が、シャムシェルを斬り刻まんと襲い掛かる。
しかし、其処は近接特化型使徒。
二本の鞭で、“SCHWARZ BRISE”の繰り出す剣嵐と互角に渡り合う。
甲高い金属音が、無数に鳴響いた。
止めと言わんばかりに両者共に最大の一撃を放ち、激突と同時に距離を取った。
『――中々やります』
その時。
『――メタトロンさん!』
初号機から、シンジの声が発せられる。
音声素子から声を飛ばしているのだ。
彼は、焦った調子で。
『幾ら何でも、その装備で使徒とやり合うなんて無理だよ! 此処は――僕が戦う!』
『イエス。其れは――駄目です』
強い否定の意が、シンジに告げられる。
彼女は、強い口調で。
『見た所、その機体の両腕は既にボロボロです。――エネルギー供給も絶たれ、機能停止も時間の問題です。故に……此処は私がけりをつけるのが、最良と判断します』
刀を二振り抜き、構え。
『――私の身体は貴方の為に。幸いの為に――私を戦わせて下さい、シンジ様』
シンジは、黙り込む。
――そうしている内に、距離を取ったシャムシェルが、再び襲い掛かろうと身構えていた。
『――メタトロンさん』
『イエス、シンジ様』
シンジの言葉が、メタトロンに響く。
彼は恐らく、プラグの中で表現し難い笑みを浮かべているのだろう。
苦笑と取れる口調で、
『勝ちに行こう。――君と、僕の二人で』
『――イエス。仕方が無いですね、シンジ様は』
漆黒と紫の機神が、御互い肩を並べ、シャムシェルに向き合う。
――最後の、ぶつかり合いが始まる。




『――はぁぁぁぁぁ……ッ!!』
先ず行動したのは、シンジが駆る初号機だ。
彼が気合を溜め始めると同時に、四肢が盛り上がる。
――筋肉だ。
『あぁぁぁぁぁぁぁ…………ッ!!』
拘束が弾け飛び、不気味な生体組織が露になる。
顎のジョイントが外れ、生々しい咥内と乱杭歯が外気に晒され、瞳は獣のようにぎらつき始める。
――シンジのスイッチが、切り替わった証拠だ。
制限時間は、既に一分を切っている。
彼は、冷たく燃える瞳を使徒に向け――
『――“断空脚……』
足を大きく振り上げ、
『……双迅”ッ!!』
下す!
衝撃波が二度走り、大地に対称な爪痕を刻む。
――衝撃の刃は易々とATFを食い破り、シャムシェルの両脇を斬り走る。
そう……彼の者の、鞭を切落として。
この一瞬、シャムシェルは完全な無防備となった。
『――今だよ、メタトロンさんッ!』
シンジの令を受け、天空に漆黒の金属が過ぎる。
『――イエス』
六枚の翼を駆使し、天を駆ける黒天使。
彼女は、眼下に居る使徒を見据え、
『――受けなさい、天の眷属。……大いなる過去から伝えられる、神の雷を……ッ!』
徐に両手を突き出し、拳を握り合わせる。
同時に、声が挙がる。
――神をも砕き、暴竜をも打ち据える雷を呼ぶ声。
彼女の喉は、ある武器の名を呼んだ。
『――神砕雷(ケラヴノス)ッ!!』
言葉と同時に、併せた拳の周りに、bRと刻印が施された巨大パレットが出現。
弾け飛び、中身のパーツを空にぶちまける。
先ずはフレームが合致し、拳と合着。
耐ショックアブソーバが腕と本体を接合し、爪がロックをかけていく。
次に現れたのは、弾槍を発射するレールだ。
側部と上部に別れ、其々の位置に収まり装着。
緩衝帯、ショックアブソーバ、ワイヤー、放熱器、スタビライザー等が合わさり、その存在を確定していく。
最後に現れたのは、この兵器の本体である弾槍だ。
五つに分かれた、五連槍式杭打機。
止めにボルトが各部パーツを最終結合し、その力を確実なものとしていく。
ボルトの奏でる金属重奏を背景に、“SCHWARZ BRISE”は地に降り立つ。
同時に、兵器の確定が終了した。
其処に在ったのは、全長八m超過の杭打機。
ギリシア神話に於いて、全能神が持つ雷とされる兵器。
冥府を司る概念核兵器――“神砕雷”の出陣である。
『イエス。コレで、終わりです』
パーツがスライドし、槍が装填される。
同時、背に光が奔り――爆走。
背のブラスターから大加速を得、シャムシェルに突進。
前に構えた“神砕雷”にも力強い鼓動が宿り、その力を不動のものとしていく。
シャムシェルは、慌ててATFを張る。
――だが、もう遅い。
力を顕現した雷が易々とフィールドを砕く。
――詰みだ。
『――冥府に……』
彼女の声を乗せ、槍が力を増し、
『……堕ちなさい……ッ!!』
――ぶち抜く。
槍は容易くコアを貫き――そして。
破砕音と共に、シャムシェルの上半分を消し飛ばした。
――一拍遅れて、生物だった物体の倒れる音が、街に響いた。
第二次会戦――終了。




――始まる。
過去を告げる闘いが。
未来を創る闘いが。
憤りと悲しみを刃に、欺瞞と傲慢を盾に。
始まる、始まる、始まる……




To be continued...


(あとがき)

色々動き出します。
引越しまでに一回は書き終わりたいと思いますが……(汗)。
次回は第五使徒の前に、話し合い。
――では、次回に。

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