あの戦いから、三日。
NERVの一角に在る会議室に、NERV中核人物等が集まっていた。
収集したのは、センリだ。
「――大方、揃ったようだな。では……」
白板の前に立つセンリが、座についた皆の顔を見渡す。

全く表情を見せない、碇ゲンドウ。
僅かに苦渋の表情を見せる冬月コウゾウ。
未だこの場に来ない上司の身を案ずる、日向マコトと伊吹マヤ。
疎外感で肩身が狭い、青葉シゲル。
そして……無表情な顔でシンジの腕に抱き付くメタトロン。
同じように、僅かに拗ねた表情で逆の腕に抱き付くレイ。
美少女二人に挟まれたシンジは……汗だくになって引き攣っていた。

……取り立てて問題は無いな。
センリは満足に頷き、
「――これより、超絶無敵なセンリ先生の、楽しい楽しい授業を始める」
――語れる。
歴史が、力が。
――今まで闇に潜んでいた、全てが。
罪神の口より――カタラレル。



神を狩る罪神 〜The description of end of gods〜

第五話

presented by ガーゴイル様




「先ずは……」
――センリが口火を切ろうとした、その時だった。
「――基礎世界の歴史から、お願い出来ないかしら?」
皆の視線が、声の主に集中する。
入り口に立っていた、その人は――
「――ほう。課題を解いたようだな、赤木リツコ。提出期限までには、ギリギリ間に合ったな」
「私はミサトと違って、提出物はしっかり出す方よ。尤も、今回は出すだけで、中身は保証出来ないけどね……」
更にやつれたリツコは、そう言って束を取り出した。
「――MAGIに遺された、母さん――赤木ナオコの研究データ。内容は――“概念”と呼ばれる力の存在理論と、その歴史……。パスワード割り出しとトラップの排除に、少々時間を取られたわ」
ウフフフ、と不気味な笑いを漏らし、言うリツコ。
一同、ひく。
「一番初めのパスワードが“Tes”なのは良いとして……円周率三十万桁を十五秒で入れろとか、八丈島にお住まいのゴンザレスさんのマイブームは? とか、百人マ○オの謎を数学的に実証しろとか……データの鍵にあんな物採用する何て、何考えてるのよあの人は」
「――何とも二代目セメ婆……もとい。ナオコらしい、他人の迷惑を全然考えていない素敵システムだな」
ナオコの性格を深く知るセンリはリツコの苦労を察知し、珍しく労りの言葉をかけた。
話には加わらないが、ナオコの事を良く知っているおっさん二人も、同意するように頷いていた。
「――まあ、其れは兎も角。リツコ、その話はまだ早い。物事は、順序よく行かなくてはな。先ずは――この世界の成り立ちからだ」
そう言うと、彼女は手に持っていたマジックで、白板に文字と絵を書き綴る。
「実は言うと――ぶっちゃけ、この世界は滅びと再生を繰り返している」
滅びと再生の円環図。
「この世界の前には無数の世界が滅びており、この世界の後には無数の世界が再生する。――価値在る迷走時代、という訳だ」
「……あ、あの行き成りそんな事言われても――」
どんどん話を進めて行くセンリに、マヤが遠慮がちに待ったを掛けた。
其れに便乗するように、シンジも言う。
「そうだよ、母さん。行き成りそんな脳内妄想丸出し電波トークを語られても、神は神でも狂神番付ぶっちぎり一位の母さんの口からじゃあ、まるで説得力が無いよ。先ずは生まれ変わって出直して来て下さい」
「その前に貴様の体から光峨シンジの霊魂を成仏させてやろうか?」
「わ、私を挟んで電波な親子喧嘩しないで下さーいッ!」
マヤを挟んで、火花を散らすアホ親子。
挟まれたマヤは、半泣きだ。
見かねて、今まで黙っていた冬月が、口を挟んだ。
「……いいから、先を続けてくれないか?」
「ああ、そうだな」
あっさりと、頷くセンリ。
白板に向き直り、
「――故にこの事を知る者達は、今の時代を一纏めに“大障壁”と呼んでいる。――其れ以前の時代を古い順に言うと、“前望”“前進”“大先端”“大基盤”と為る」
更に、四つの単語を順に書く。
「この古き四つの時代は連続しており、基礎世界と称され――今我々が知るこの時代は、破壊世界と称される」
四つの単語を線で繋ぎ、円で囲むと、その上に基礎世界と書き込む。
大障壁の上には、破壊世界と書き込まれた。
「まあ、この古き時代には色々在ったんだが――今は関係無いから大方省く」
暴言とも取れる台詞を言い放ち、彼女は前進の文字を指す。
「――今重要なのはこの時代……“前進”だ。この時代、世界は一つではなく、並行的に十二の世界が存在していた」
次に書くのは、円の連。
中心に巨大な二つの円が並び、その周りに十の円が巡る。
さながら、少々変わった電子図のようだ。
「各世界は“G(ギア)”と呼ばれ、周囲の世界には一から十のナンバーが割り振られた。そして、中心の二つには……“Low”と“Top”、つまりは“最低”と“最高”という呼称が付けられた」
周囲の円と中心の一つに+の記号を書き加え、残った只一つには−を書き込む。
「世界を異世界たらしめる最大の原因は……その世界特有の物理法則、世界が持つ自らの振動数、こう為るであろう力――概念だ」
センリは口端を歪め、
「見て解る通り、十二の内十の世界は+である概念の塊――概念核――によって構築されており、全ての+の結集である最高の世界が在った。そして、その対極である−概念は――最低の世界にのみ、存在しうる事が出来た。名実共に、最低というわけだ。だが――」
そして、彼女は徐に、最低以外の円を消した。
「世界の命運を賭けた戦争――概念戦争――により、十の世界は自らの+概念核を最低の世界に奪われ、消滅。最低の対極であった最高の世界も、−概念の侵食により崩壊。――何も無い最低の世界が、戦争に勝利した」
まあ、色々在った訳だ、と苦笑するセンリ。
「――最低の世界は繁栄し、そして……滅んだ。古き基礎世界は残滓を残し、全ては大障壁と受け継がれた……」
遠い目。
「其処に居るメタトロン――つまりは自動人形、“黒き風”を始めとする武神技術、“神砕雷”、私の使う“概念”の全ては――この世に息衝く忘れられたモノ達なのだよ……」
センリは言葉を切り、
「後は、リツコの持つ資料を見ると良い。――ナオコが調べ、遺した“異世界”を形成する全てが記されている筈だ」
言うと、リツコが手に持った資料を配り始める。
一同、配られた其れを一瞥し――首を傾げた。
「あの……何かコレ、読めないんすけど」
青葉が、遠慮がちに言った。
そう、字が書かれているのに、読めないのだ。
正確に言うなら、文字を読んでも、内容が頭に入ってこないのだ。
まるで、文字自体が読まれる事を拒むかのように――
「第一の異世界の母体概念――“文字概念”――による情報隠蔽だ。資格が無い者は、読む事は出来ない。もしくは別の内容が脳に刷り込まれる。ナオコの愚痴日記など、其れの最たる物だ。――盗み読んだキョウコは、三日間まともに飯が食えなかったからな……」
何を見た、キョウコ。
彼女は、何時もの皮肉気な笑みを口元に作り、
「第三の世界――ギリシア神話の元と為った世界“3rd-G”の項目なら、読める筈だ。貴様等が、概念を知る切欠となった、この世界の文面なら――もしかして、な」
皆の目が、指定された箇所の文を追う。
其処には――
「……“3rd-G……金属が生命として存在する世界。数個の巨大な浮遊大陸に支えられたその世界は、生きた金属で作られた自動人形と武神に護られ、長寿種族が各々世界を支える概念を分化したモノを備えていたとされる……死した住民の魂は概念核である冥府機構(タルタロス・マキナ)に送られ、蓄積される。――概念戦争時、戦いと享楽のGと呼ばれていた。その理由は、王“ゼウス”が人を人とは思わぬ虐殺と近親相姦の禁忌を犯した為で――その果てに、滅亡。母体概念は“金属生命概念”。竜の象徴は冥府。ギリシア神話に対応し、世界的に見るなら地中海地方、神州日本で見るなら中部・瀬戸内海地方に対応。概念核は1997年に、我が師“神狩 センリ”が某火山内部より回収。同年、新型“神砕雷”に格納、保管が決定される……”」
淡々と読み上げたのは、レイだ。
真紅の双眸を資料から上げ、
「――神話? 何故、神話なの?」
「良い所に気が付いたな。――全+世界の複製たるTop以外の十一世界は、其々神話に対応している。最低世界は“聖書神話”、第一異世界は北欧神話に在る“ニーベルゲンの指輪”、第二異世界は“日本神話”……と、いう具合にだ」
センリは世界地図を描く。
そして、各地域に番号を割り振った。

北欧の地に一と十を。
日本に二を。
ギリシアに三を。
アフリカに四を。
北・南アメリカに五を。
インドに六を。
中国に七を。
豪州に八を。
中東部に九を。

「――このように、各世界はこの地域に存在する土着神話と対応し――其々の概念核は、その神話に登場する竜と武器の形状を取る事が多い」
番号横に、文字列を書き足していく。

1st-G ファブニール・聖剣グラム
2nd-G 八又・神剣十拳
3rd-G テュポーン・神砕雷
4th-G 木竜ムキチ
5th-G 白創“ケツアルコアトル”・黒陽“テスカポリトカ”・ヴェスパーカノン
6th-G ヴァジュラ・ヴリドラ
7th-G 四竜兄弟
8th-G 石蛇ワムナビ
9th-G 聖槍ビルマーヤ・ザッハーク
10th-G 世界樹・終焉竜・神槍ガングニール

「――まあ、こんな感じだ。さて……未だ半信半疑な疑り深い阿呆に、実演して見せてやろう」
言って、彼女は懐から蒼い拳大の石を取り出した。
そして、徐に――砕く。
瞬間、その場に居る全員が、自らに最も近しい世界の声を聞いた。

・――地に足がついている

――世界が塗り替えられた。
皆が問い掛けをする、その前に。
――皆から見て、壁の部分にセンリが立っていた。
恰も、地面に立つかのように。
そう――地に足がついているかのように。
「……足をつけた部分が地面と認識される概念だ。――何とも解り易いものだ」
歩みを進めれば、壁も天井も地面となる。
センリは、呆気に取られる大人達を逆しまに見据え、
「さて――理解出来たかね」




――会議は終わった。
反応は様々。
告げられたこの世の事実に、戸惑いを見せる者、新たな知識欲に身を震わせて喜ぶ者。
リツコは弟子のマヤを引き摺り、嬉々として得たデータの解析に行き。
青葉は書類を読んだ際に、脳内に刷り込まれた義妹物語を身悶えしつつ思い返し。
冬月は職務へと戻り。
ゲンドウは何処かへと去り。
「――あの……ちょっといいかな?」
会議室に残った日向マコトは、未だ逆さに立っているセンリに、遠慮がちに問い掛けた。
「その……葛城さんは?」
結局会議に出なかった、愛すべき上司の名を、告げる。
センリは、ああ、と頷きを返し。
「――そう言えば、忘れていた。コレを読めば解る」
言うと、彼女は懐から業務用封筒を取り出し、日向に投げ渡す。
彼は、慌てて受け取った封筒の中身を、広げる。
文字面を追う毎に、彼の顔が見る見るうちに強張っていた。
「こ、コレは……ッ!?」
「――彼女は、私の元で暫らく修行する事になった。故に留守中、作戦部長の役職と権限の全てを、君に預けるそうだ」
「しゅ、修行って……戦略のですか?」
日向の問いに、センリは意味有り気に笑うと、
「まあそんな所だ。――生きて帰れると良いが」
何をする気だ、と言いたかったが、怖過ぎて言えない日向だった。




――そして……シンジは、
「……あの、二人ともそろそろ放してくれないかな?」
脇にしがみ付いている女性二人に、悩まされていた。
今彼等が居るのは、NERVの休憩所の一角。
自販機が立ち並び、人通りの余り無い此処を選んだのは、
……殺気がびんびん向けられるんだよね。
美人二人を侍らせているように見えるのか、通りかかる男性職員全員が、危ない目付きで殺気を投げ掛けてくるからだ。
――殺気だけならまだマシだ。
中には、実力行使に走る者まで出る始末だ。
ぶっちゃけ、さっきなんか眼を血走らせた保安部に狙撃されそうになったり。
……微妙に此処もオカシイな。
シンジは溜息を吐き、互いに睨み合う二人の少女に目を向けた。
僅かに頬を膨らませ、メタトロンを牽制するレイ。
無表情に、しかしさり気にシンジの腕に胸を押し付けて、レイに実力の差を見せ付けるメタトロン。
――事の発端は、戦いの直後。
ケージで、二人が出会ったその時だった。
――女の直感。
出会ったその瞬間、二人は目の前の存在が自分の敵だと悟ったのだ。
其れからだ。
この三日間、二人は互いを牽制し合い、張り合うようになった。
レイがシンジに膝枕してもらえば、メタトロンはシンジに添い寝を無言で強請り。
メタトロンがシンジにあーんをすれば、レイがシンジの食べかすを取り。
――酷い時には入浴時、二人が同時に強襲を掛けたりしたり……
……胃に穴が開きそう。
「――少し、いいか……」
其処に、意外な人物がやって来た。
――碇ゲンドウ。
何時もの通り、髭とサングラスで表情を隠した彼は、三人の前に立ち――
「……けじめを、つけに来た」




――急激に、場の空気が冷え、固まる。
シンジは訝しげにゲンドウを見据え、レイは微かに震え、メタトロンは懐から熊でもいちころの痴漢撃退一億Vスタンガンを取り出した。
ゲンドウは、そんなヤバ気な雰囲気でも顔色一つ変えず、
「――シンジ、レイ。今更、私がどんなに謝罪の言葉を口にしようとも――お前達は決して私を許してくれないだろう」
重々しく、言うゲンドウ。
「――其れで良い。其れで良いんだ。私は赦されてはいけない、いけないんだ。シンジとレイを始めとした、沢山の人々に迷惑をかけ過ぎた……」
徐に、サングラスを外す。
穏やかな、鋭い瞳が露になる。
この行動には、皆が驚いた。
……アレって外れるんだ!? てっきり癒着してるとばっかり……
驚く所が違う。
シンジの阿呆な驚きには勿論気付かず、ゲンドウは更に言葉を続ける。
「――シンジ、最早私を父と思わないでくれ。私には、もうお前の父親たる資格は無い。――あの日……お前を捨てたあの日から、私に父と名乗る資格は無くなった」
次に、彼はレイへと視線を向け、
「――レイ。ドグマの予備は、全て土に還した。遺伝子治療も……概念とやらで根本治療が可能だそうだ。――お前に最早は代替は無い。――お前は、人間だ」
――この言葉に、レイは一瞬呆気に取られ……
呆然。そして、喪失感。
体が自然に震え、涙が溢れる。
その感情が、喜びか、悲しみか、レイには判断がつかなかった。
――ただ。
「……大丈夫? 綾波」
優しく、シンジが抱き締めた。
――震えが止まる。
暖かい感触を受け、レイの感情が落ち着いていく。
ゲンドウはその光景を穏やかに見つめ、
「――シンジ。重ねて無責任だが……レイを頼む。この子から奪ってしまった絆を、温もりを、優しさを……この子に、与えてくれ」
懺悔のつもりか、其れとも贖罪か。
シンジは――目の前のゲンドウが、とても小さく見えた。
そして、同時に、彼がとても強く見えた。
罪を悔やみ、故に怯え――其れでも自己を曲げず、おっかなびっくり歩き続ける男。
……ふぅん。
「――言われなくても。僕は綾波を護るよ」
シンジは、レイの髪を撫ぜ、
「――正直、僕は貴方の事が嫌いだ。昔捨てられたって事も含めて、髭とか、サングラスとか、でか過ぎる態度とか、顔とか――貴方のいろんな所が大ッ嫌いだ。だけど――」
余りにもキツイシンジの言葉に、ゲンドウは顔を引き攣らせた。
シンジは、少し表情を和らげ、
「――今の“父さん”は、そんなに嫌いじゃない」
嫌いには変わり無いけど、とシンジは苦笑した。
「――シンジ……」
父と呼ぶな、と言おうとするが、その言葉は第三者に阻まれた。
メタトロンだ。
「イエス。――幾ら虚言を申しようとも、貴方がビジュアル的に認めたくありませんが一応遺伝子学的に父親だという事に変わりはありません。其れと――今の発言は、シンジ様なりの貴方の新たな認識と意趣返しだと判断出来ます」
何故なら、と彼女は前置きし、
「――“父”と呼ばれる度に、貴方は罪を思い出す。シンジ様は、これからずっと貴方の罪悪感をこれ以上無いというぐらいに甚振り続けると言いたいのです」
「いや、僕其処まで思ってないけど。父さんの事見直したし、精々一生懸けて嫌がらせしてやろうとしか……」
「イエス。其れは其れで最悪だと判断します。――流石はシンジ様、ダークサイドに於いても一流です。メタトロン、感激」
「僕は暗黒面に堕ちてないよ!? つかメタトロンさんの方がダークでしょ!」
セメントメイドに絶叫混じりの突込みを入れるシンジ。
「……そう、メイドは黒いの」
便乗するように言ったレイに、メタトロンが厳しい視線を向けた。
「……イエス。小娘は黙りやがれとメタトロンは提案します。――シンジ様。ぶっちゃけ、物理的暴力手段でこの泥棒猫を排除しても宜しいですか? 可及的速やかにシンジ様の超迅速判断を所望します」
剣呑な色が、メタトロンの眼に宿る。
――ヤバイ。
シンジの背に、悪寒がまるで芋虫のように団体行進する。
引き攣った笑みを浮かべ、シンジはメタトロンへと向き直り、
「め、メタトロンさん。落ち着いて、ね。喧嘩は良くないと、僕は思うなぁ。――綾波もそう思うでしょ?」
「……お古のメイドは用済み」
「火にガソリンがあぁぁぁぁぁッ!!」
レイはやる気満々のようだ。
こうなってはもう止められない。
シンジを中心に、立ち上がった二人は対称的に距離を取る。
メタトロンは非致死性概念兵器“止められない止まらない・爆裂河童機殻機関銃”を取り出し、レイはセンリに貰った“はじめてのがいねん・戦闘編”の概念符ワンセットから幾枚か選び、指に挟んで構えた。
一触即発。
「や、やばい。この上なく絶対かつ絶望的に多分恐らく確実にーッ! と、父さん、逃げて! つか髭親父死にたくなかったら逃げろーッ!」
青褪めたシンジはせめてノーマークのゲンドウを逃がそうと、必死で叫ぶ。
しかし、遅かった。
戸惑うゲンドウが、何かを言おうとした、その直前――

――休憩所が、凄まじい爆音を奏で、見事に吹き飛んだ。

余談だが……爆発跡から、アフロ頭のおっさんと少年が発見されたのは、もう少し後の話である。
哀れな。




「……先輩、ちょっといいですか?」
「――何? マヤ」
視線をPC画面に向けたまま、リツコはマヤに答える。
今、彼女等は先の使徒戦に向けてデータの解析を行っているのだ。
マヤは、コンソールを這う指運を止めず、
「さっきの話って、私達が想像出来ないぐらい昔の歴史……なんですよね?」
「そうだけど……其れが、如何したの?」
リツコの気だるげな問いに、マヤは平坦な声で。
「――じゃあ、其れをまるで見てきたかのように話すセンリちゃんって……何者なんですか?」
――リツコの指が止まる。
同時に、マヤの指も止まった。
一拍置いて、リツコが、
「――母さんのデータにもあったわ。“我が師について、“神狩 センリ”という名以外、何も解らなかった。何時からこの世に存在しているのか、何者なのか、何を目的としているのか……全てが、謎に包まれている。もしこの世に彼女の全てを知る者が居るのならば――其れは、文字通り“神”以外居ないだろう”」
リツコは一息吐いて、
「――正直、私もあの子の事は何も解らない。だけど……信用に足る人物よ。マヤは――あの子の事を如何思っているの?」
悪戯っぽい笑みを浮かべたリツコの問いに、マヤははにかんだ笑みで、
「――ちょっと変ですけど、私も良い人だと思います。何となく、ですけど」
……何となく、ね。
リツコは、僅かに口端を緩め、
「――その“何となく”が、あの子の最大武器かもしれないわね」
――暫し、二人は手を休め、センリをネタに雑談を続けるのだった。




――同時刻。
大西洋の遥か先、米国。
望みと失望、成功と喪失、希望と絶望。
相反し、そして同じモノである可能性と感情が渦巻く繁栄都市――ニューヨーク。
見た目の煌びやかさとは裏腹に、道を一つ外せば暗黒の面を曝け出す混沌都市。
その一角――大して広くも無い路地裏――に、一つの集団が在った。
大きく分けて、三種の人種が混在する集団だ。
最も数が多いのは、黒曜石よりも黒い肌を持つ、アフリカ系の者。
数は六。
彼等は険悪な表情で、二つの人種を取り囲んでいた。
一人は女性。
長い灰銀の髪を後頭部で結び、背中に垂らしたゲルマン系の少女。
黒いゴシックドレスを見事に着こなした彼女は、面倒臭そうな顔で溜息を吐いた。
もう一人は男性。
闇に映える黒色の髪を短く切った、モロ日本系の青年。
黒いTシャツを羽織った彼は、よくやるなぁ、と言いたげな表情で取り囲む男達を見つめた。
「――やっと追い詰めたぜ、このクソガキ共」
先頭に居た、リーダ格らしきモヒカンが忌々しげに言う。
――何故かそのモヒカンは、途中から焦げてアフロになっていた。
「――うっさいわね。下品な顔でぎゃあぎゃあ喚かないでよ。そんな愉快な顔で騒がれたら――笑いが堪え切れないでしょ」
「ちげえねぇな。――モヒカンアフロなんて愉快な頭、俺ぁ始めて見たぜ。ヒサオ、大声で笑ってやんなきゃ可哀想だ。――中途半端な同情は、あいつを傷付けるだけだぜ」
「もう充分傷付いとるわッ!!」
男達が、一斉に怒鳴る。
そう。――実はあの愉快な髪型は、この二人の所為でこの世に生まれたのだ。
「――人の頭に火炎瓶ぶつけやがって。下手したら死ぬだろうが!!」
「アンタ達が投げてきたヤツを投げ返しただけでしょうがッ! 自分の事棚に上げんなコラ」
「いや、そもそもヒサオが痴漢してきたこいつ等の仲間を四分の三殺しにしたから、こんな事になったんじゃねえか?」
「“悪は許すな痴漢は殺せ”――あの馬鹿義母の、名言の一つよ」
言い切った。
男達は、更に眉尻を吊り上げ、
「痴漢って何だコラ! 俺達ゃ、お前の身包み剥ごうとしただけだ! 馬鹿にすんな!!」
「余計性質が悪いッ!!」
少女の暴言に、怒りを露にして言う男達。
だが、少女が一喝し、男達を黙らせた。
「だいたい、大の男が寄って集って一人のか弱い少女を追い掛け回すなんて――レディファーストの精神は如何したの、米国人?」
見得を切り、肘布の音を立て、腕を振る。
皮肉な笑みを浮かべ、男達を見据える。
其れに便乗し、青年も剣呑な視線で、
「そーだぜ。か弱いか如何かはさり気に疑問だが、ヒサオの言う通りだ。――俺のヒサオを狙った事を後悔しながら、恥を知りな」
少女の拳が青年を張り倒した。
「――人を凶暴な生物か何かだと勘違いしてない? 張り倒すわよ、コウ」
「もうされている……」
――付き合っていられんと言わんばかりに、男達はどつき漫才を繰り広げる二人に襲い掛かった。




……あの顔は、面倒臭ぇ、とか思ってるな絶対。
青年は横で溜息を吐いている少女を横目で見やり、心中を察した。
長い付き合いだから、出来る芸当だ。
「――コウ。アンタがやんなさい。ぶっちゃけめんどいから」
「ぶっちゃけ過ぎだ、ヒサオ。――まあ、そんなお前も可愛いけどな」
「馬鹿言ってないでとっとと行け」
酷ぇ、と呟く青年。
そうしている内に、六人の内四人が青年に飛び掛る。
青年は、うげぇ、と悪態を吐き、
「――野郎と組み合う趣味はねぇんだけどな」
剛拳一発。
先ずは、先頭の巨漢デブを殴りつける。
呻きを漏らし、青年以上の質量が空を飛ぶ。
拳を引き戻すと同時に、青年は横から迫る細身の男を蹴りつけた。
針金の身体が逆くの字に圧し折れ、煉瓦壁に激突。
――その時、風の音が青年の耳を打った。
直感的に、身を引く。
今まで頭のあった場所に、刃金が通り過ぎた。
見ると、大振りのナイフを逆手に構えたドレッドヘアの男が立っていた。
「……中々いい玩具じゃねーか。だけどな……」
自慢の得物を馬鹿にされた所為か、男はいきり立ってナイフを振り回し――迫る!
しかし、青年は少しも慌てず、
「――こんなモン、怒ったヒサオと比べたら……全然問題ねぇ」
突進をいなし、背中に回る。
そして――思いっ切りぶん殴る。
いい音を立てて、男は地面に頭から突っ伏した。
後は、一人。
「……んな貧相な身体の嬢ちゃんのナイトにしちゃあ、やるじゃねぇか……」
残った一人――額にドクロの刺青を彫った男――が、嘲るように青年に言う。
「貧相だと……ボリュームがあればいいってモノじゃねぇぜ、ヤンキー」
「――ビッグなバストこそ女の魅力であり、男の帰るべき全て遠き理想郷。……洗濯板は無に還れ!」
刺青男の吐き捨てた言葉に、青年は激昂した。
右ストレートが刺青男の顎を砕く。
「――馬鹿ヤロウ! 胸の価値は大きさじゃねぇッ! いいか、重要なのは感触だ! こう、ふんにゃりとしていて、手にフイット感が在る、触っていて満足できるような……そう、特にヒサオの胸なんか。手の平に収まる小振りで、尚且つ弾力とハリが合って、其れでいて固くなく……」
倒れた刺青男を完全に無視し、青年はそのまま空中を卑猥な手つきでこねあげる仕草をした。
「――ぶっ殺す」
取り合えず蹴り倒そうと、少女が青年に歩み寄った。
だが――
「――動くんじゃねぇ」
両側頭部に、火薬臭い鉄の筒が突き付けられた。
六人の内戦闘に参加しなかった、アフロモヒカンと長髪の男だ。
二人は安っぽい量産型拳銃を厭らしい笑いを浮かべて、少女に向ける。
「――おい、其処のイカレタ日本人。ガキの命が惜しけりゃ――動くなよ」
長髪がヒヒヒヒ、と品無き笑いを上げる。
アフロモヒカンも、ニヤニヤと同様に笑っていた。
「……オイオイ。お前ら、正気か?」
青年が、哀れんだ目付きで二人を見やるが、
「――へッ! 俺達を挑発しようとしても、無駄だぜ! 今正に――俺達は、優位に立ってるんだからよ!」
聞く耳持たないらしい。
青年は深々と溜息を吐き――
「――ヒサオ」
「何よ、コウ」
「手加減は、してやれよ」
「――期待はしないで」
へ? と二人が息を漏らしたと同時に――
鉄の塊が、飛沫に似た破裂音を立て、砕け散った。
見ると、砕けたバレルに、白い物が突き刺さっていた。
――其れは……
「紙……だと!? 何でこんなモンが!?」
「――100%再生紙使用。世界屈指の消費国家には、妥当なモノでしょ?」
少女の顔に、凶悪な笑みの華が咲く。
男二人は、砕けた銃を握り締め、大いに青褪める。
「――暫らく寝てなさい」
腰の入った連続ジャブが顎と腹に極まり、大の男二人が路地裏に沈んだのだった。




「――こりゃ暫らく起き上がれねーな。ま、妥当な扱いだとは思うけどよ」
気絶した男達を山型に積み上げ、青年は吐息。
少女はというと、男等の懐から取り出した携帯で、最寄の医療機関に連絡を送っていた。
彼女は、役目を終えた携帯を山の上に放り投げ、
「向こうから仕掛けてきたんだから、しょうがないじゃない。正当防衛よ、正当防衛。其れに、ちゃんと手加減しといたわよ。――何時もコウをぶん殴ってる、五分の一ぐらいに」
「俺は何時もこの五倍を喰らっているのか……」
舌を出してのびているアフロモヒカンに気の毒そうな視線を向け、ちょっぴり青年は肩を落とした。
「――何よ?」
「何でもねぇ」
まあ兎に角、と青年は少女に向き直り、
「――米国に在った自動人形工場は、とっくにもぬけのカラ。……ヒサオ、これから如何するんだ?」
問われた少女は、微かに眉根を寄せ、
「――日本に戻るわ。工場にはデータも何も残って無かったし……其れに、独逸のリリアとジャンが何か掴んだみたい。日本で合流して、一旦態勢を立て直すわ。――全く、こっちは体力自慢の戦闘要員ペアだってのに、何で調査関係の役目ばっかり……。考えて行動するのは、やっぱ苦手だわ」
「まあ、同感だがよ……」
青年は頷くと、道端に放り出していた荷物を背に負った。
――でかい。
二m近く在る其れは、奇妙な威圧感を醸し出していた。
「んじゃ、ホテルに戻るか」
そうね、と少女が同意を返す。
青年は真面目に、
「……ヒサオ。先に一つだけ言っておくぜ」
その只ならぬ気配に、少女は何時もとは違う何かを察知した。
「な、何よ……」
ああ、と青年は相槌を返し、更に深刻な表情で――
「恐らく、部屋に辿り着いたと同時に俺の理性は弾け飛ぶ。――だから、先にエロい事をすると宣言するッ! 具体的に言うと舐めたり揉んだり吸ったり――いやあ、正直だな俺って」
少女は無言で青年を蹴り倒した。
そして、路地裏に延々と肉を殴打する不気味な音が響いたそうな……。




To be continued...


(あとがき)

第五話。
今回の出来はいまいち……。
説明ばかりですいませんです。
ミサトの修行については間章で。
――では、次回又御会いを。

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