神を狩る罪神 〜The description of end of gods〜

間章の一

presented by ガーゴイル様


注 このSSは死にネタです。この事に嫌悪感を覚える方は読まないでください。
この事を了承出来た方のみ、先をお読みください。






暗い。
もう外は日が沈み、辺りは紅い暗闇に染まっていた。
日当たりの良さそうな、大きな窓を持つこの部屋も薄暗い夕闇に沈んでいた。
調度品は多過ぎず少な過ぎず、小さなオルガンと大きなキャンバス以外は目立つ物が無い、普通の部屋だ。
そんな部屋の中に、二つの人影があった。
一つは、大きなベッドに身を横たえた、妙齢の女性。
もう一つは、壁に背中を預けた、黒衣の少女。
女性は長い灰銀の髪を背中に流し、つりがちの紫目を伏せ、年齢よりも若く見える端整ながらも幼い顔は、重ねられた年月と苦痛で僅かに色を無くしていた。
黒髪で左瞳を隠した少女は、全く感慨を感じさせない声で。
「――具合は如何だ?」
「最悪よ。――久し振りにアンタの顔を見たから」
「相変わらず、セメントだな君は」
苦々しげな女性の言葉に軽く応じ、少女は苦笑と取れる表情を返した。
全く嫌味が通じない少女の鉄面皮さに、思わず女性は溜息を吐いた。
「――所で、その手に持っている物は何?」
「見舞いの品だよ。角のコンビニで新発売されたIAIの新製品、“マジ切れ炸裂ッ!ブッチンプリン!!”だ。――思わず切れそうになるぐらい甘ったるいプリンと苦すぎる黒焦げカラメルソース、其れとバケツ並みに巨大な二キロ容器がウリだ」
「私、前にプリンは好きじゃないって言わなかったかしら?」
「ああ、そう言えばそうだったね。ついうっかりワザと失念していたよ」
「……相変わらず、腹立つわねその芸風」
憎まれ口を叩いているが、女性の顔には僅かに笑みが浮かんでいた。
――楽しい。
そんな、顔だ。
少女はワザと大きく肩を竦め、
「当たり前だ。――私は変わる事が無いよ。永遠に」
何故なら、と続け、
「私ほど完璧過ぎる存在には、何処にも弄る要素が無いからな。しかし、君も変わらないな。――特に胸が」
「黙りなさい一遍死んできなさいそして非安らかに眠りなさい。其れとも、後で姉直伝の作法で粛清してあげようかしら。――どんなにいかれた馬鹿でも、一撃で素直になるわ」
「ははは、何を言っているんだ■■■■■■・■■■。私ほど素直で心優しい存在は、この世に存在しないよ」
「――末期ね。手の施しようが無いわ」
可哀想なモノを見る目で、少女を眺める女性。
しかし少女は、全く調子を崩さず、
「ははは。――まあ、戯言は此処までにして……正直、後どれくらいだ?」
少女の顔が、真剣なものへと変化する。
目線は鋭く、気配は鋭利。
問われた女性は、疲れた笑みで応え、
「……もう、長くは無いわ」
女性の言葉に少女は、そうか、とだけ答えた。
――そして、双方とも黙り込む。
数刻ほど沈黙が続き。
先に口を開いたのは、女性の方だ。
「――居なくなったわね、誰も」
少女は応えない。
ただじっと、女性を見つめていた。
「寿命が他種族より長いっていうのも……考えものよね。まあ、神族連中に比べたら、短いけど。――でも、気付いたらアンタとこいつを残して、知り合いの殆どが居なくなってた……」
言って、女性は身を起こし、自分の膝の上に居る物体を見る。
黒い毛皮の塊。
猫だ。
目を伏せたまま微動だにしない、老いた猫。
生きているのか、死んでいるのかも定かではない。
「……長く生きてきたけど、あの時ほど濃くて、騒がしくて、くだらなくて――楽しかった時は無いわ。馬鹿な事や人ばかりだったけど……とても、快かった」
瞳を閉じる。
瞼の裏に、風景が浮かぶ。
森から始まり――学校で終わる。
世界の滅びから――新たな世界の始まりまで。
自分の中にある年代記を、噛み締めるように思い出す。
「――其処を開けて見なさい、■■■■■」
彼女の細い手指が示したのは、ベッドの向かいに在るクローゼット。
言われた通り、少女は躊躇い無く、其れを開け放った。
中に在るのは――

「1st-G製概念兵器“鎮魂の曲刃(レークイヴェム・ゼンゼ)” ……全てが解放されたこの世界では、もう力が宿っていないも同然の代物……」

刃を前後に折り畳んだ、巨大な鎌。
文字の彫り込まれた其れは、淡い光を宿していた。
「其れ――貰ってくれないかしら?」
女性の何気無いその台詞に、少女は少し驚く。
「――いいのか? コレは、君にとって大事なものなのだろう?」
ええ、と女性は答え、
「――だからこそ、よ。このまま放っておけば、何時かは朽ち果て、消えてしまう。書物に記された文字が、掠れて風化していくように……。だから、貴女に管理してもらいたいの」
紫の瞳が窓の外――沈み行く夕日――に向けられる。
「――覚えていてもらいたいの。“私達”が、この世界に生きていたという事を」
少女は、呆れた顔を見せ、
「そんな事をしなくても――覚えているさ」
笑う。
快い笑みだ。
女性は、安らかな表情で応え、
「……ねえ。ついでにもう一つ、頼めるかしら」
言って、白い手指を起こし、ある物を指差す。
其れは――

「一曲、弾いてくれない?」

古めかしい、オルガンだった。
少女は少しの間考え、頷いた。



夕暮れに染まる部屋の中に、音が響く。
オルガンの音だ。
暖かい音色が、ゆっくりと部屋の中に満ちていく。
少女が弾く曲は、女性がリクエストしたモノ。

――“清しこの夜”。

神の子が生まれ、祝福される歌。思い出の曲だ。
ゆったりとしたテンポで、曲は進む。
そして、女性はまどろむ。
『――■■■■■■』
音に混じって、声が聞こえた。
懐かしく、久しく聞いていない声だ。
『――起きてよ、■■■■■■』
声が呼ぶのは、自分の名前だ。
女性は、眠気に震える瞼を、無理矢理開いた。
すると、自分の膝の上に居た猫が身を起こし、こちらの方に向いていた。
猫は、やれやれという風に尻尾を振り
『――全く。ホント■■■■■■は寝起きが悪いよね。何時も起こす僕の身にもなってよ。高血圧のくせに、ねぼすけなんだから』
何時も一言多いこの猫は、最近は自分の老化の影響を受け、動く事もままならない筈だ。
なのに、何故?
女性の戸惑いも知らずに、猫は姿勢を正し、
『――ねえ、■■■■■■』
此方に、問いを掛ける。
『――楽しかったよね?』
その問い掛けは、全ての意味を含む。
女性は、満足そうに微笑むと、

『――ええ。全てが、満たされた気分だわ』

同時に、小さな甲高い音が聞こえた
数は二つ。
すると、何時の間にか空中に小鳥が飛んでいた。
二羽の小鳥は輪舞を踊るかのように、互いの身を寄せ合い、くるくると回る。
そして。
彼女は見た。
何時の間にか、オルガンを演奏していた少女の姿が、別の人物のものへと変わっていた。
金の短髪を持つ、黒衣を纏った長身の青年。
その姿を見て、女性は息を呑んだ。
――音楽が止む。
同時に、彼が振り向いた。
椅子から立ち上がり、彼はゆっくりと、女性が居るベッドへと近付く。
そして、やせ細った女性の手を取り――
『――行こうか? ナイン』
女性は、涙した。
再び、彼に会えた事に。
再び、その名で呼ばれた事に。
何故かは解らないが、彼女は熱い雫を瞳から漏らし、頬を濡らした。
彼女は涙も拭わず、彼の手を握り返し、

『――ええ。行きましょう、ジークフリート。――皆の、所へ』

告げると同時に、全てが優しい光に包まれた。
鳥達の声と猫の声が、最後の鼓動のように、世界に響いた。



「――終わったぞ、■■■■■■……ッ!?」
曲を弾き終わり、振り返った少女の表情が凍り付いた。
何故なら、視線の先に居る女性は――
少女はゆっくりと立ち上がり、女性に歩み寄る。
膝の上に、猫はもう居ない。
彼女が“行った”と同時に、風と為って消えたのだ。
女性の顔は、笑顔だった。
涙を閉じた瞳から溢れさせ、穏やかな微笑を湛えて。
――見る者の心を癒す、最高の笑顔だった。
少女は、泣きも笑いもせず、自らの指で彼女の涙を拭い、頬に手を当てた。
まだ温もりが残る白い頬を、優しく撫ぜる。

「――御休み。ブレンヒルト」

たった一人で、たった一言の、別れの挨拶を告げる。
何時の間にか、外は闇色の帳が下り、空は満天の星に覆われていた。



意識が浮上する
目が覚める、というやつだ。
少女――【神狩 センリ】――は、眠気に狂わされる意識を必死に覚醒させる
……作業の休憩をしていて、眠ってしまったようだ。
しかし、今のは一体。
センリは、考えを巡らせる。
出た結論は、
「――夢か」
いや、只の夢ではない、とセンリは即座に考えを改める。
そう考える理由は、目の前の物体。
作業台の上に在る、巨大な武器。
――“鎮魂の曲刃”。
先程までセンリは、これの改修を行っていたのだ。
「こいつの影響か……。私の持っていた賢石と相互干渉して、過去の出来事を、第三者的視点から追体験させた……獏の夢と、ほぼ同じだな」
しかし、
「懐かしく……辛い夢だな」
幾ら何でも、知り合いが死ぬ夢とは……
センリは難しい顔をし、
「――忘れられんな」
センリは、覚えている。
今まで出会ってきた人々の事を。
今まで起こった全ての出来事を。
忘れず、全て記憶していた。
――其れが、自分という存在だから。
「――有難う」
最早この世にはいない友人達に、届くように。
センリは、只一言だけ、呟いた。
「――さて。作業に戻るか」
言って、彼女は台上の鎌を取る。
「――冥界を司る、鎮魂の鎌。文字世界の遺産たるコレを使えば……」
背後を、見る。
其処には、巨大な立方体の群れ。
数は十。
しかし、其れ等の半分は中身が無いらしく、中空な中身を晒していた。
中身が在るのは――1、3、 4、 5、 7、 9、10――と刻印が打たれたコンテナのみ。
その内の一つ、1のコンテナを見つめ、
「――セカンド・インパクトはこの世界に、多大な歪みを与えた。故に、目覚め始めている。――世界の根底に眠る、十の竜が」
センリは、冥界の鎌を見つめ、
「――ブレンヒルト。私が知りうる限り、文字世界最高の魔女よ。――君から譲り受けたコレを、遣わさせて貰うよ。……文字の竜を宿す、新たな器として」
詠うように、呟くセンリ。
まるで、誰かに告げるように。
彼女は、昔と同じ快い笑みを浮かべ、

「願わくば――新たな担い手が、君の眼鏡にかなうといいが」

此処は、孤児院地下に在る巨大倉庫。
――過去が眠る、歴史から消えたモノの辿り着く場所。
全てを知る者が居る、知識の牙城である。



To be continued...


(あとがき)

過去話です。
ブレンヒルトファンの皆様、申し訳ありませんでした……。
ちなみに、間章といっても時間系列はバラバラです。
一応今回は、第三話直後です。
……今度はどの時間に飛ぶのか、自分でも解りません。
では、次回学校編を。

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