ああ駄目だ、こいつは駄目だ。
男の直感、獣の本能が告げる。
こいつだけは駄目なんだ、と。

そのくせ、ああ、なんてこった。
俺の脳裏に浮かぶものは、昔の記憶。
何故今になって思い出す?
これが、走馬灯って奴か。
冗談じゃない。


――先生。
――何だね?
――形而上生物って、居るんですか。
――さあ、どうだかね。

かつての別れ。彼がその日、恩師と交わした言葉。

――私はただ確かめたい、それだけなんだ。
――存在の実証を、ですか?
――逆だよ、加持君。

夕陽の中、初老の男が笑う。

――それが居ない事を証明したい、その為に私は。

西日に照らされ、冬月コウゾウが笑う。

――これは私の祈りなんだよ、加持君。

ここではない何処かを見つめ、呟く。

――私達のDNAに仕組まれた物語の結末は、破綻と終局。
――故に我等は自由を願う、自らの意思で立ちたいと祈る。

目尻に皺、皺の間に闇。彼は何に祈るのか。

――我々は人形だ、誰かに、何かに、繰り糸を引かれた人形だ。
――では、その糸を切ればどうなる。意思? 人形に意思などあるのか。

さあお前は自由だ、と、糸を切られた人形、ではそれは、何だ。

――地面に伏すだけかも知れん。次の操者を待つように。

人形では無く、ヒトですら無く、魂無き塊、忘れ去られた記号。

――だから私は祈るんだ。ただ、祈るんだ。




冬月先生。あの時は先生が何を言っているのか、正直さっぱりでした。
でも、今なら解かる気がします。俺も今、何かに祈りたい気分ですよ、先生。



そして加持は立ちすくむ。
圧倒的、ただ圧倒的な存在を前にして膝がわらう、爪先から血の気が失せる。
まるで、今まさに繰り糸を切られつつある人形のように。
部屋を覆う闇を前にただ、立ちすくむ。眼前に深淵、光さえ吸い込む本当の、黒。


お前は、お前は。


問いたい、叫びたい。だが出ない、声が出ない。その存在は、それを許さない。



「あら、あら、あら」



黒が笑う、艶やかな女の声で。



「あなたも、そうなのよね」



おんなの形をした漆黒がにい、と笑う。



「おいで」



おいで、おいでえ、と手を招く。
ぐぐっ、ぐぐぐっ、と身体が軋む。
男が、おとこの形をした人形が、まるで糸を手繰られるように動く。
無理だ、これは無理だ、と本能が告げる。
こいつだ、ああ、こいつだ。先生、こいつこそが。
声が出ない、出すことが出来ない。もう、これは、と男が折れる瞬間――――あいつが。



「センパイ! 何で待っててくんないんスかあっ!」




ガラリ、と引き戸を開け放ち、空気読めないソバカスデコ参上。



「くはっ!」



息を吐き、どさり、と床に膝を突く加持。



「アオバ!」
「へ?」
「逃げろ!」
「あい?」
「早く!」
「えっと、何から?」
「何からってお前!」

振り返るとそこは病室。朝の日差しが溢れる部屋。
ベッドの上で少年が眠る、ただそれだけ。他には何も。

「センパイ、大丈夫っスか?」

アオバが加持の腕を取る。握り返した手から伝わる温度。

「おめえ、手、冷てえなあ」

額から汗を垂らし加持が応える。

「手が冷たいのは情に厚い証拠っスよ」
「ははっ、まあその、何だ」
「あい」
「助かった、サンキュー」
「へ?」
「そういう事にしといてくれ」

あー、まあいいスけどねえ、とポリポリ鼻の頭を掻く女を横目に立ち上がる加持。
壁に寄りかかり、ネクタイを緩め、シャツのボタンを外し、大きく息を吸い、吐く。
薄いカーテンから差す、柔らかい朝の光に包まれた病室。ベッドの上で静かに寝息を立てる少年。

その光景を目に映し加持が笑う。


先生、あれですね、あれがそうなんですね。
まるでブラックスワンだ、黒い白鳥だ。
先生、残念ながら居ましたよ。具現化した形而上存在。
あれが、みさと、葛城ミサト。

あんた達は、何て化物を。






おねえさんといっしょう

presented by グフ様







手を握る、開く、握る、開く。
握るたび開く度、じっとりと汗が掌から滲む。
目を閉じる、開かない、開かない、開かない。
固く固く閉じたまま、夢だ、これは夢なんだと言い聞かせ。
でも耳は裏切らない。ジワジワと聞こえてくるのは蝉の声。

そして、目を開く。

網膜に焼きつく光、誰も居ない街、照りつける太陽。
夏の陽がアスファルトを照り返し、じりじりと肌を焼く。
視覚と聴覚と触覚、その全てから得られる情報、導く答えはただ一つ。

ああ、やっぱり、そうなんだ。

不意に笑いがこみ上げる。
そうだ、そうか、そうなんだ。
物語のスタートラインは此処なんだ。

無人の街、陽炎が立つ道路の真ん中で少年が笑う。
本当だった、あの噂は本当だった、やったぞ、遂にやったぞ僕は!

不意に消える蝉の声。
少年が直感する。来たな、と。

耳を澄ませば空からヘリの音。
遠く、やがて徐々に近づく羽ばたき。
それに続き、地の底から響く音。
ズシン、ズシン、と音、そして振動。
地面が揺れる、電線が揺れる、空気が揺れる。
やがてそいつが顔を出す。

「サキエル」

突如山間から姿を現す黒い巨人。胸元に白い仮面、両眼に虚空。

「次は」

ヘリからの攻撃、炎に包まれる巨人、突如少年に迫る爆風。

「壁ッ!」

動じる事も無く手をかざす。瞬時に現れるオレンジ色六角形の障壁が爆風を逸らす。

「ははっ」

ABSOLUTE-TERROR-FIELD、A.T.フィールド、絶対領域、心の壁、世界を拒絶する意思。

「設定通りだ」

手のひらを見つめ呟く少年。その頭上、炎に巻かれ落下するヘリの残骸。

「斬ッ!」

振り下ろした少年の手と共に真っ二つに割れ四散する塊。

「はははっ、かっこいいなあ」

無邪気に笑う少年。炎に包まれる街。
そして、彼は振り返る。視線の先、炎を割るように滑り込む青い車。

「あいつだ」

フロントガラスの奥、ハンドルを切る女。
あいつだ、あいつだ、あいつが来た。
にぃ、と少年の唇、その両端が歪む。覗く犬歯、獲物を見つけた獣のように。
キキキキキキキキィッ! と周囲を裂くスキール音と共に眼前に車が止まる。

「乗って!」

窓を開け叫ぶ女。
あいつだあいつだあいつだあいつだ!
その声、その瞳、その唇、その髪、その腕、その胸!
少年が叫ぶ、渇望を欲望を欲情を激情を解き放ち。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

吼える口、地を蹴る足、両腕に光る剣を生やし少年が突進する。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

振り下ろした腕が車体を間二つに割り、吹き飛ばす。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

タイヤがドアがシートがガラスが粉々に宙を舞い、露出したエンジンが燃え上がる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

吹き飛ばされ地面に叩きつけられる女、鈍い音、曲がる首。

「おおおおっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!」

駆け寄りうずくまる女の髪を掴み、少年が振り下ろす。
その腕を振り下ろす、光る剣を振り下ろす、その首元に振り下ろす。
血飛沫を上げ爆炎の空へ弧を描き飛ぶ女の首。どちゃり、と背後で鈍い音。

「ははっ! ははっ! あははははっ!」

少年が笑う、笑う、笑う。
主を失った首から噴出す血に顔を染めながら少年が笑う。
恍惚の笑みを浮かべなおも彼は手を振るう。
光る剣をかざし屍と化したおんなの身体を刺す、斬る、抉る。

「あはははははははははははははははっ!」

服を裂き露わになった豊満な胸を抉り、腹を割き、はらわたを引き摺り出し、炎に染まる空の下、高く掲げ。

「ぎゃははははははははははははははっ!」

剥き出しの臓腑から腐臭、その匂いを鼻腔の奥まで吸い込み、休む事無くかつて女だったものを解体する。
腕が鎖骨が筋肉が指が爪が腿が性器が執拗に刻まれる。その姿を、ただの肉片へと変えるまで。

「なに見てんだよ」

ふと視線を感じ見上げれば空を覆う黒い巨躯、白い仮面、虚空の穴が少年を見つめる。

「何見てんだよっ!」

激情と共に渾身の力で振り下ろされる腕。
大気を震わせ空間を切り裂き、白い仮面と黒い巨躯を切断する。

「ちっ」

雨が降る。黒い煙、黄色い炎、覗く青空、赤くべとついた天気雨。
肉塊となった女にまたがり、舌打ちする少年の上に雨が降る。
BLOODTYPEBLUEの雨に打たれて、世界を赤く染めあげて。

やがて、静寂。

ヘリは全て落ちた、巨人は切断され山間に伏した。
女は首を刎ねられ、身体は陵辱の限りを受け肉と化した。
女の血と巨人の血、赤黒く染まった少年が立ち上がる。

「ははっ、やっちゃった」

でもいいんだ、だってこいつはわるものだ、ひどいやつなんだ、だからなにをしたっていいんだ。
わるものだからどんなことをしたっていいんだ、ころして、ころして、きがすむまでなんども。









「気持ち良かった?」









背後から女の声、驚き振り返ると、そこに。



「ねえ」



目を見開いたまま転がる女の頭。



「きもちよかった?」



その眼球が、ぐりん、と動き少年を見据える。
その口元が、にやあ、と妖しく歪み唄い出す。


「わたしは、みさとっ、あなたの、みさとっ♪」


顔面に驚愕を貼り付けたまま少年が立ち尽くす。


「斬首っ、切断っ、貫通っ、陵辱っ♪」


声が出ない、出すことが出来ない。動けない、動く事が出来ない。


「あなたが望めば なんだってしちゃうわぁ♪」


軽やかに歌う、艶やかに笑う、女が唄う、生首が哂う。


「でもね、キミ」


歌を止めた生首がごろり、と転がる。


「ここでやっちゃったら、駄目でしょ? 」


黒い髪がざわざわと波打ち、生首を支え、立ち上がる。


「あなた、美味しいものは先に食べちゃうタイプ?」


ぞぶぞぶっ、ぞるぞるっ、と音がする。少年の背後で蠢く何か。


「これから楽しい事盛り沢山なのに、せっかちさんねえ」


ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶっ。
ぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるっ。


ひぃっ、と息を呑む少年。


“それ”を見てしまった少年が反射的に瞳を閉じ、本能的に頭を抱え座り込む。
背後から勢い良く迫るその音は、瞬く間に足元を埋め尽くし大群の如く膨れ上がる。
蠢く肉塊の川、それらはやがて赤黒い奔流となって全てを飲み込む。
血が肉片が巨人が仮面が残骸が炎が黒煙が大気さえも女の首の下に集結し飲み込まれ。


「気に入ったわ」


不意に静寂。無音。止まる時間。
恐る恐る瞳を開ける少年、その瞳に映るもの。
抜けるような夏の空、緩く流れる白い雲、誰もいない街並み、陽炎のアスファルト。
炎もヘリも車の残骸も間二つに割れた巨人の遺骸も全て、消えた。

そして、あの女が、立っている。

切り刻み陵辱の限りを尽くした筈の、あの女が。
何事も無かったかのように、艶やかな肢体をさらけ出し、微笑んで。

「いらっしゃい」

ゆるり、と揚がる女の腕。おいで、おいでえ、と手を招く。
逆らえない、拒めない。何かを抜かれたような顔で少年が歩き出す。
両腕を広げる女の胸へ、豊満な乳房を目指し動く、歩く、進む、そして。

「いい子ね」

ぼふっ、と二つの乳房に埋まる小さな頭。
黒い髪を撫でる腕、柔らかい手、しろいてのひら。
少年の頭上から声がする、やさしい声が問いかける。

「あなたは、だあれ?」

少年が応える――――しんじ。

「わたしは、だあれ?」

少年が答える――――みさと。

「なにをのぞむの?」

少年は応える――――せかい。

「なにをするの?」

少年は答える――――ころす。


「はい、よくできました」


やわらかな指が頬を撫でる。
導かれるように顔を上げる少年。
とろん、と呆けるような女の瞳。

「契約、解るわね?」

こくり、と頷く少年、やがて吸い込まれるように
静かに近づく目と目、額と額、鼻と鼻。
そして重なる、くちびると、くちびる。

くちゃ。

女の舌が少年の唇に触れる。抗わず幼い口元が開く。

くちゃっ、くちゃっ。

上唇と下唇を割り歯茎をなぞり、やがて少年のそれに絡まり纏い付く赤い舌。

くちゃっ、くちゃっ、くちゃっ。

共食いする蛇のように絡まる二つの舌、その感触と共に少年の心が溶けて行く。

ぴちゃっ、ぴちゃっ、ぴちゃっ。

女の唾液が少年の舌を伝い口腔に注ぐ。夢中で、ただ夢中で飲み干す喉。

ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ。

おいしい、おいしい、と喉が笑う。女のそれを全身で受け入れる。
ああ、駄目だ。敵う訳が無い、と、まどろむ意識の底で少年は思う。
これはそう、あれだ、きっと、あれなんだ、そうか、そうだったんだ。

ちゅぱっ、ぴちゃっ、くちゃ、ごくっ、ちゅぴっ、ちゅぱっ。

幼い頃図鑑で見た植物、香りと蜜で蟲を誘い喰う花々、あれと同じだ。
耐えられない、絶対堪えられない、こんなものに。
あの話は本当だった、だから僕はここに来た、でもそれは。
ああ、僕は、罠に堕ちたんだ。

にちゃぁ。

やがて、名残を惜しむかのように糸を引き離れる二つの舌。
呆ける少年を見つめ女が呟く。

「そう、君は、そうなのね」

そのくちびるが笑う。

「面白い、面白いわ、そう、あなたの名前。そうなのね、あははっ!」

艶やかな声で笑う。

「他の二人は持たなかったけど」

にい、と口元を三日月に歪め。

「君ならきっと愉しめるわ」

ちろり、と濡れた唇から赤い舌。

「ようこそ碇シンジ君」

青空の下、大きく手を広げ女が笑う。






「世界はもう、あなたのものよ」










【第三話】ワールドイズユアーズ ――前編――








あれからもう、どのくらいたったのだろうか、とシンジは思う。
一年か、十年か、百年か。長く果てしない時間を殺し殺し続けて来た。
けれど、不思議と初めてのあの日の事は未だ、まるで昨日の事の様に鮮明に覚えている。
いや、忘れる事などできるものか。本当の、ひとでなしになった、あの時の事を。

そして、彼は、ここにいる。

現世と幽世の狭間、この世の果て。
朽ちたドライブイン、カフェ・エッジ、暖かな闇の中に。

「シンちゃん」

埃舞う廃屋の中、向かい合う少年と女。

「ねえ、次はどうする?」

女は問う。次はどうする? どうやって殺す? と。

「ねえ」

それに答える事無くシンジが手をかざす。
掌に集まる光、眩い輝き、圧縮されるATフィールド、光球。

「あはっ」

女が嬉しそうに微笑むと同時に少年の手から弾ける光。
勢い良く放たれたそれは豊満な胸に突き刺さり、やがて、爆ぜる。

パンッ、と弾け飛ぶ肢体。

顔も胸も手足もそれらを覆う皮膚も何もかも吹き飛ばしヒトガタが崩れ去る。

「これが精一杯だよ、ミサトさん」

何の感慨も無く、かつての狂気とあの日の狂喜は既に褪せ、少年が呟く。ただ、淡々と。

「弱くなったわねえ、シンちゃん」

誰も居ない筈の背後から声。あの女の声。葛城ミサトの声。

「ミサト、さん」
「なあに」
「もう、駄目だよ」
「だめなの?」

ぞるり、と背後の暗闇からあの音。
少年の背中から女の腕が伸びる、触れる、抱きしめる。
にちゃり、と湿った音が耳に触れる。熱い吐息が産毛を揺らす。

「僕、また殺したんだ」
「いつものことでしょ?」

再び女の形となり、その口がシンジの耳を甘く噛む。
一瞬、ぶるっ、と震える体、しかし抗う事もせずただ握り締める掌。

「あなたがやりたかった事じゃない」

にい、と歪むむ湿った唇。

「殺して殺して殺し尽くして」

彼の勘気に触れた者を。

「愛して愛して愛し抜いて」

彼へ盲目に従う者を。

「それでもまだ足りないなら」

声がする、部屋の隅、光届かぬ闇の底から声がする。
ころせ、ころせ、と誰かが囁く。ころせ、ころせ、おんなをころせ、殺せ、殺せ、牛を殺せ。
しね、しね、しんじまえ、おまえはわるいやつだ、おまえはひどいやつだ、むのうのうしだ。

「私がいるじゃない」

そうだ、こいつはわるものだ、ひどいやつなんだ、だからなにをしたっていいんだ。

「その為に私が居るじゃない」

わるものだからどんなことをしたっていいんだ、ころして、ころして、しんじゃったらまたいきかえらせて。
ころして、ころして、いきかえらせて、ころして、ころして、きがすむまでなんども、なんども、なんども!

「もう嫌なんだよ!」

シンジが叫ぶ、声が消える。

「藤木さんを、殺したんだ」

拠り所を、接点を、良心を、希望を。

「消したんだ、最後の欠片を」

その言葉に女は哂う。

「おめでとう、シンちゃん」











「ほんほうにはいひょうふなんへふは?」
「とりあえず食ってから喋れ」
「はひ」

頬を膨らませたアオバがごくん、とコッペパンを飲み込み、咥えたストローをずずうと啜る。

「あぁ、ツカダのイチゴオレは絶品っスねえ」
「何かおめえ、リスみてえだな」

病室を離れ、同棟内の待合ロビーで腰を落ち着ける加持とアオバ。

「可愛い子でしたねえ」
「まあ、な」

確認出来たのは三つ。現状と容姿、そして標札。

「碇シンジ君。偶然っスかねえ」

本編と二次創作に存在する主人公と同じ名前。

「アオバ」
「あい」
「お前、本編を見たんだよな」
「はい、それが?」

濁った瞳が女を映す。ならば何故、と男は思う。
もっと身近な偶然に気づかないのかこいつは、それとも。

「登場人物の名前、言えるか?」

えーっと、と鼻を掻くアオバ。

「碇シンジでしょ、葛城ミサトでしょ、レイでしょ、アスカでしょ、えーっと」

天井を見つめながら考え込む女。

「以上っス」

ビシッ、と即座にデコピン喰らわす加持。涙目でうずくまるアオバ。

「だ、だって見たのは相当昔に一回こっきりっスから、覚えてませんよぉ」
「ふーん」
「あ、その目! 信じて無いっスね! 本当ッス、本当に見たっす!」

まあ、そういう事にしておこうか、今の所は。

「あ、センパイ、センパイ」

くいくいっ、と何かに気付き上着の裾を引くアオバ。

「何だよ」
「ほら、あの人」

と、待合ロビーの入り口を指差す。
導かれるまま視線を送るとそこに一人の男。

「あのお、ちとお尋ねしますがあ」

二人に声を掛ける中年男。

「実は先程、受付で、甥の部屋に警察の方が来られた、と」
「甥、というと」

ネクタイを締め直し立ち上がる加持。パンパン、とパン屑を払い続くアオバ。

「失礼しました。碇シンジ君のお身内の方ですね」
「いかり? ああ、そういえば、あの子、そんな事を」

男の言葉に微かな違和感を感じつつも会釈する加持。

「加持と申します」
「アオバでございます」

これはこれはご丁寧に、と頭を下げる男。


「わたくし、あの子の叔父で」


黒縁眼鏡、無精髭、小太りの中年男。





「藤木と申します」











おねえさんといっしょう
第三話/ワールドイズユアーズ/前編/了


CAN YOU FOLLOW?
REALLY?

All right.






To be continued...
(2008.10.26 初版)


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