悠久の世界に舞い降りた福音

第二話

presented by ジャック様


「しまったな〜」

 果てしなく広がる砂漠でシンジは溜め息を吐いた。彼の後ろには砂漠の街の一つダジルがある。が、シンジは入らなかった。理由は一つ。

「この世界の通貨が無い」

 それ以前に、何をするにも金が必要だったと水を買おうとする前まで忘れていた。あの世界じゃ、ずっと一人だったし『買う』という行為など無かったからだ。

「第一、文字も読めん」

 流石に全人類の知識を持っていると言っても、異世界の文字など読める筈も無くシンジは途方に暮れていた。しょうがないので、そこらで遊んでいる子供を捕まえて、文字の読み書きを教わった。その際、『お兄ちゃん、文字も読めないの〜?』と馬鹿にされたり、『凄い田舎から出てきたんだね』と憐れんだ視線を送られた。かなり屈辱的だった。だが、久し振りに人の活気に触れた事もあって嬉しかったりもする。

 そして街で、ある程度、この世界の情勢が分かった。今、自分がいるのはイグニスという大陸で、アヴェとキスレブという二つの国が存在している事。その二国が戦争をしている事。

 戦争の手段は主にギアで、ギアなどが見つかる遺跡はキスレブが多く、以前まではキスレブ優位だったのだが、謎の軍事組織であるゲブラーが、この戦争に加担してきた。

 ゲブラーはアヴェと手を結び、キスレブ優位だった状況を五分にまで持ち直したのだ。

 だが、それ以前に戦争状態になったのはアヴェの宰相がクーデターを起こしたからだ。王族は全て暗殺され、宰相が政治の実権を握るようになってからキスレブとの戦争が始まったのだ。

「やれやれ・・・・文明は進んでるけど、やってる事は原始的だな〜」

 シンジは立ち上がって、ポンポンとお尻の砂を叩くと、傍に佇んでいるエヴァを見上げる。

「こうなったらフェイさんに会うのが一番、良いか。あれが黒月の森だから、こっちから向かって行けば会えるだろ」

 そう言うと、シンジはレリエルの能力であるディラックの海を展開した。ディラックの海の中は虚数空間と呼ばれ、別の場所に移動したりも出来る。が、シンジのディラックの海は、レリエルのものと違い、その中は現実と時間の進み方が異なる。現実での一秒が虚数空間の中では十二時間もの時が経つ為、並の人間の精神力では入る事は出来ない。

 エヴァをディラックの海に沈めると、シンジは黒月の森へと向かって歩き出した。




「こんな動物がいたのか・・・」

 魔物・・・・と呼んだ方が正しいだろう。この世界には獰猛な動物が数多く存在している。だが、シンジの敵ではなく全て一蹴した。

 既に日も傾き、ただでさえ暗い森が更に暗くなっていた。

「結構、深い森だな・・・・フェイさんは大丈夫かな・・・」

 まぁ魔物の強さも大した事ない。多少、武芸を齧ってれば簡単に勝てる程度だ。フェイもその辺は重々承知だから無事だろう。

 そう考えながら森を進んでる内に、シンジは足を止め、ゆっくりと振り返った。

「・・・・・・誰?」

 先程とは打って変わり、鋭く冷たい目をして振り向いた。その先には何もなかったが、薄っすらと黒衣を纏った仮面の男が現れた。

「(こいつ・・・)」

 シンジは黒衣の男を睨み付ける。その男から発せられる感じは自分とは対極に位置するようなものだった。しかも、昨夜のフェイのギアが暴走した時の感じと非常に酷似していた。

「なるほど・・・昨日の翼を持ったギアは貴方だな」

「我が名はグラーフ・・・・力の求道者」

 男――グラーフは名乗ると、シンジに向かってマントの下から手を伸ばして掌を広げた。

「貴様・・・・何者だ?」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

「貴様は母の子ではないな・・・」

「母?」

 急に訳の分からない事を言われ、シンジは首を傾げた。母の子と言われても、実際は母親から生まれてきた訳だし、リリンは全てリリスの子でもある。

 が、グラーフは手から突然、閃光を放った。シンジは慌ててATフィールドで防いだ。

「やっぱりその力・・・・昨日のフェイさんと」

「我は・・・・神を滅ぼすもの」

 そう言うや否やグラーフはシンジに向かって突っ込んで来た。

「ちっ!」

 ガシィッ!!

 シンジとグラーフは互いの腕をぶつけ合う。そこからシンジは蹴りを繰り出すが、グラーフは跳び上がって避けた。空中で静止したグラーフは先程よりも強力な閃光を連発で放って来た。

 が、それも全てシンジのATフィールドは防ぐ。

「ほう・・・凄まじい防御力だな」

「その程度じゃ神を滅ぼすなんて夢のまた夢だよ」

 実際、神だしとシンジは苦笑いを浮かべた。

「ふ・・・ならば見せてやろう。神を滅ぼす力・・・・」

 ズドドドドドドド!!!

「おや?」

 その時、突然、地響きがしてシンジとグラーフは戦いの手を止めた。すると木々を突き破って巨大な肉食獣が突っ込んで来た。

「(きょ、恐竜!?)」

 いきなりの事なのでシンジはディラックの海を展開してその中に避難した。

「や、エヴァ久し振り〜」

 その中に漂うエヴァに軽く手を挙げて挨拶する。別れたのはつい先程なのだが、この中じゃ、かなりの月日が経っているのである。

「(う〜・・・やっぱ此処って慣れないな〜)」

 まさか恐竜に会うとは思わず、此処に避難して来たが、未だに此処の時間の進み具合は慣れないシンジ。

 が、色々と考えれる時間はあるのでシンジは色々と考えた。あのグラーフという男は神を滅ぼすものと言った。だとすれば、その力を酷似していた昨夜のフェイの力も神を滅ぼす力という事だろう。

 だとするとグラーフの狙いがフェイであった可能性が非常に高い。だが、神などという抽象的なものを滅ぼせるのだろうか?

「・・・・・今、自分で自分を否定したような」

 考えてみれば抽象的も何も神って自分じゃんと思わず突っ込んでしまった。などと考えてる間にもディラックの海の中は五年近くの時が経っていた。

 もし並の人間だったら五年もの時間をこんな暗闇の中で一人いる事で確実に精神崩壊を起こす。だが、心を補完され、それ以上に悠久の時を生きたシンジにとっては、五年など大した時間ではなかった。まぁ外の世界は一時間ぐらいしか経ってないのだろうが。

 グラーフも何処かへ行っただろう思い、ディラックの海の出口を開いて飛び出た。

 ズボッ!

「おや? 何で真っ暗・・・・・」

「きゃあ!!」

「ぶふっ!!」

 突如、頭上から女性の甲高い悲鳴がし、シンジは思いっ切り顔面を踏まれて地面に叩き付けられた。

「な、何なの貴方!? 一体、何処から出て来たのよ!?」

 流石に五年振りに外に出た途端に踏み付けられたのは初めてで(当たり前)、シンジは新鮮味を覚えつつも顔を上げた。

 そこには赤い髪を腰まで伸ばした女性が立っていた。着ている服からして何処か軍属っぽい。

「あ〜・・・・臭かった」

「誤解を招くようなこと言うなぁ!!」

「ぷろしっ!」

 何を怒ってるのだろうか、女性はロッドを取り出すと思いっ切りシンジを吹っ飛ばした。

「人のスカートに顔を突っ込んで言うことはそれだけ!?」

「あ、そうだったんですか。そりゃどうもすいません」

 道理で真っ暗だった筈だと思いつつ、シンジは首をコキコキと鳴らした。すると女性はいきなりシンジに向かって銃を突きつけてきた。

「任務中に出会ったラムズは消去せよと命令を受けているの。悪く思わないで」

「ラムズ? ・・・・・・・羊か! あ〜、そういえば長いこと生きてるけど、ラムって食べたことないな〜」

「貴方ね! 今の状況が分かってるの!?」

「銃口に何か詰まってますよ?」

「え?」

 言われて女性は銃口を覗くと、シンジは一瞬で間合いを詰めて銃を奪い取った。

「あ・・・・」

「あの〜・・・・つかぬ事を伺いますが、この森で非常に貧乏臭そうなロンゲの方を見ませんでしたか? あ、歳は貴女ぐらいで」

「・・・・・・それってフェイの事?」

 哀れフェイ。貧乏臭いという事を否定されず、言われてしまった。シンジは苦笑しながら頷くと、女性に銃を返した。

 女性は銃を引くと、溜め息を吐いて尋ねた。

「貴方・・・・フェイの知り合いなの?」

「まぁ知り合いっちゅうか何ちゅうか・・・・」

「フェイなら・・・・ついさっきまで一緒だったわ」

「え? そうなんですか?」

 むしろ、この女性とフェイがどういった経緯で知り合ったのか知りたくなったシンジ。が、女性はシンジの背後を無言で指差した。

「それにしても何なのコレ・・・・?」

「え?」

 そう言われてシンジは振り返ると、木々は薙ぎ倒され、あちこち穴だらけになっていた。木はあの恐竜が薙ぎ倒し、穴はグラーフの攻撃を防いだ時の衝撃で出来たものだ。

「あ、あはは・・・・・・・・・さぁ?」

 まさか、こんな所で人智を超えた戦いをしてたなんて言っても信じて貰えないだろうし、曖昧に答えた。

「まぁ良いわ・・・・・貴方、ちょっと両手を出して」

「は?」

 急に言われながらもシンジは両手を差し出した。

 ガシャンッ!

「おや?」

 すると何故か問答無用で手錠をかけられた。

「フェイの知り合いだから殺すのも躊躇われるし・・・・任務中に出会ったラムズは消去するように命令されてるの。しょうがないから連行させて貰うわ」

「何でやねん?」

 思わず関西弁で突っ込んでしまうシンジ。が、女性は無視して『さ、行くわよ』と言って手錠と繋がったロープを引っ張って行く。シンジとしては、かなり理不尽な気がして訴えてみたのだが、

「人のスカートに頭突っ込んどいて殺されないだけマシだと思いなさい」

「・・・・・・はい」

 何故だか、赤いロングヘアーの人に睨まれると逆らえない。

「(トラウマ?)」

 随分と変なトラウマを引き摺ってると思い、自嘲的に笑いながら、ふとシンジは女性に質問した。

「そういえば、貴女の名前は?」

「・・・・・・・エレハイム・ヴァンホーテン・・・・両親はエリィって呼ぶわ」

「エリィさんですか。僕はシンジ・・・・イカリ・シンジです」

 ニッコリと笑って自己紹介するシンジに、女性――エリィは自分の置かれている状況が分かっているのかと溜め息を吐いた。





「ヴァンホーテン少尉。何かね、こいつは?」

 あの後、シンジはダジルまで戻らされ、そこから迎えとか言う船に――砂漠を走る船にはシンジも多少なりとも驚いた――乗せられ、そのままアヴェの王都であるブレイダブリクまで連れて来させられた。

 そこでシンジは城の地下に作られている軍基地で、軍のお偉いさんの前に引き渡された。

「は! えっと・・・・あの・・・・」

 エリィは口実を考えてなかったのか、上官の男性に敬礼をしながら口篭った。

 その間、シンジは基地を横目で見ていた。

「(なるほど・・・・アヴェに駐屯してるから此処はゲブラーって連中の基地か。エリィさんもゲブラーの人間って事か)」

 だが、シンジは妙に違和感を感じた。その理由は、このエリィという女性だ。先程から上官の男性は『薄汚いラムズは即刻消去だ』などと連呼している。恐らくゲブラーの人間にとって、それ以外の人間はクズ――ラムズ(羊・この場合は家畜だろう)――同然と思われているのだろう。

 だが、エリィはそうは思っていないようだ。もし、そういう教育を受けて来たのであれば、即刻、自分は始末されている筈だ。だが彼女はそれをせず、更にはフェイも見逃した節がある。どうも彼女は他のゲブラーとは違うようである。

 だが折角、助かった命なのでシンジは仕方なく、口を挟んだ。

「うう・・・・申し訳ありません。実はこの方をつい一般の婦女子と間違えてセクハラ紛いの行為をしていまいまして・・・・・罪滅ぼしに何でもします。どうか命だけはお助け下さい・・・・」

「な・・・・!?」

 急に涙を流して土下座するシンジにエリィは驚愕した。上官の男性はフンと冷たい目でシンジを見下すと、彼の頭を踏み付けた。

「薄汚いラムズが・・・・貴様のようなゴミは即殺してやるのだが、俺の銃はゴミを撃つ為にあるんじゃないんでな。冷たい牢屋の中で餓死するが良い。ヴァンホーテン少尉、そいつを地下牢にでも繋いでおけ」

 そう言ってシンジに向かって唾を吐き捨てると、そのまま去って行った。

「ちょ、ちょっと貴方・・・・」

 エリィは慌ててハンカチを取り出して、唾を拭いてやる。シンジは顔を上げると、ニコッと微笑んだ。

「嘘は言ってませんよ。セクハラ紛いの行為はしちゃいましたし・・・・事故ですけど。それよりも口実ぐらい考えてくださいよ」

「五月蝿いわね〜。私も嫌な目に遭って頭に血が昇ってたのよ」

 そうやって後先考えないのって、微妙に昔の上司に似てるな、と思いつつシンジは頬を掻いた。

「・・・・・・・貴方、プライドってものがないの?」

「プライドが高過ぎるのも良くないですよ」

 そう言うと、シンジは『さ、連れてって下さい』と言ってエリィを促した。

 シンジは薄暗い地下牢――恐らく昔に造られたものだろう――に連れて来られ、鎖で繋がれた。

「本当に・・・・良いの?」

「はい。どうせ脱獄しますし」

「・・・・・・軍人の私の前で、そういう事を言う?」

「ま、せいぜいエリィさんの迷惑にならないようにしますよ」

 フフッと笑うシンジにエリィは肩を竦めた。エリィは『お願いね』と言うと、そこから去って行った。

「さて・・・・と」

 誰もいなくなったのを確認すると、シンジは瞳を閉じた。すると薄っすらとシンジの姿が重なり、肌などに赤みが差した。するとシンジが二人に分裂した。イスラフェルの分裂能力だ。

「じゃ、探検はよろしくね」

「了解♪」

 シンジ(乙)はグッと親指を立てると、ディラックの海を展開して中に入って行った。シンジ(甲)はそれを見送った後、グ〜ッと鼾を掻き始めた。



「ひ、ひぃっ!」

 城の倉庫で一人の男の悲鳴が響き渡る。その男はシンジを牢に閉じ込めろと命令した男で、片腕がもげていた。

「良くもまぁ色々とやってくれましたね。嫌悪に値しますよ、嫌いって事です」

 引き千切った男の腕をサンダルフォンの高熱によって一瞬で蒸発させた。シンジの掌からは超高温により煙が立ち昇っている。

「た、助け・・・・」

「安心してください。殺しはしませんよ。ただ貴方の心を満たしてあげるだけです」

 そう言うとシンジはニヤッと笑い、怯える男の額に触れた。すると男はパシャッとオレンジ色の液体に溶けてしまった。リリスの能力であるアンチATフィールドだ。LCLに溶けた男を見て、シンジは眉を顰めた。

「やっぱりATフィールドがある・・・・・」

 此処は異世界だ。なのに彼はリリンと同じATフィールドを心の壁として使っていた。この世界の人類もリリスから生まれたリリンなのだろうか? そう考えたが、シンジは首を横に振って否定した。

 この世界の人々は『エーテル』と呼ばれる不思議な――それこそ超能力や魔法みたいな力を使う。シンジの力も強力なエーテルと言えば誤魔化しが利くぐらいだ。そんな能力、リリンには無い。

 だとすれば別の時間の流れを辿った平行世界という考えも出たが、平行世界といえど大陸などの形は自分の世界と同じ筈である。だが、この世界の地形は自分の世界とは似ても似つかない。

 全く別の異世界でATフィールドで心の壁を張っている人間。この世界には何かがあると、シンジは目を細めた。

「ま、考えてもしょうがないか」

 言うと、シンジはその男の軍服を着て、ゲブラー兵に変装した。

「さて・・・・」

 シンジは倉庫から出ると、真っ先に目指したのは中核部だ。もっとも、それが何処にあるのか分からないので、適当に探した。やがて、ある空部屋を見つけると、そこにコンピューターが置かれていた。

「お、ラッキ〜♪」

 シンジは早速、部屋に入ってコンピューターを弄る。そして、イロウルの能力を使って色々と情報を引き出した。

「う〜んと・・・・マルグレーテ・ファティマ?」

 検索中にふと引っ掛かり、シンジは選択すると、画面に一人の少女が部屋に監禁されているのが映った。監禁とはいっても部屋は一流ホテル並に豪華で拘束されている感じもなかった。

「何々・・・・『マルグレーテ・ファティマ。ニサン法皇府現大教母。ファティマ王家の至宝の封印を解く鍵であるファティマの碧玉の半片を持っている模様』・・・・か」

 確かファティマ王家といえば、アヴェの王家の名前だった筈だ。恐らくマルグレーテは親戚か何かなのだろう。

「至宝・・・・ねぇ」

 彼女の監禁されている部屋を調べると、東の天守閣だそうだ。至宝が何なのかは分からないが、見過ごすのもどうかと思い、助けようかと思ったが首を横に振った。

「もし、見つかって国から追われるのは勘弁だな」

 別に国を滅ぼしちゃえば良いのだが、それでは一般人に迷惑がかかるので出来ない。シンジは電源を切ると、部屋から出た。

「目ぼしい情報は見つからなかったな〜」

 後、得られらた情報を言えば、近々、ゲブラーの総司令がアヴェに来る事ぐらいだ。

「さて・・・・用が済んだら、こんな所はおサラバだね」

 コンピューターの電源を切ると、シンジは再び牢へと戻って行った。




「ふぅ・・・・」

 シャワーを浴び終えたエリィは頭をタオルで拭き、バスローブ姿で出てきた。

「(フェイにシンジ君と・・・・二人とも変なラムズね)」

 エリィは黒月の森で出会った二人の事を思い出した。フェイは、最初、銃で威嚇した時、まるで自殺志願者のようだった。

 後で分かったのだが、フェイはギアの暴走によって親友や村の人々を殺してしまったのだ。そのフェイの乗ったギア――ヴェルトールはキスレブの新型で、彼女はその強奪の任務に付いていたのだ。だが、キスレブの追撃に遭い、ラハン村に不時着した。

 フェイは自棄になって、ラハン村を襲ったギアに責任を押し付けた。それを聞いた彼女はフェイを卑怯者だと罵った。簡単に乗りこなせないギアに素人であるフェイが乗った挙句、暴走。更に、ギアを取り戻しに来ただけのキスレブに戦闘をけしかけたのはフェイ自身だと。彼にも責任があると言ったのだ。

 彼女も似たような経験があった。自分の力のせいで取り返しのつかない事をしてしまった事が。その事を棚に上げて、フェイを罵った事をずっと後悔していた。そして、彼が眠っている間に、後から合流したシタンに言われ、フェイと別れた。

 その矢先に出会ったのがシンジだ。彼もまたフェイとは全く対照的だった。銃を向けると、逆に銃を奪ってこちらを威嚇した。更にはアッサリと銃を返してくれる始末。フェイと同じように死は恐れていないが、死にたいとも思っていない。まるで移ろい行く状況を愉しんでる節があった。

「(違うわね・・・・あの二人が変なラムズじゃなくて、私が変なソラリス人なのね)」

 ずっとラムズは自分達アバル(牧羊者)にとってクズだと教えられて来たのに、何処となくラムズに対して同情してしまう自分が変だと自覚していた。フェイやラハン村の人々に対しても責任を感じていた。

 父親がラムズには寛容だし、乳母がラムズ――隠していたが――だという理由だと思っていたが、根本からして自分はラムズに情を持っているのだ。

「ご飯・・・・持って行ってあげようかしら」

 そう呟くと、エリィはふとデスクに一枚の紙切れが置いてあるのが目に入った。訝しげに思いつつも、紙切れを見ると、大きく目を見開いた。

【探検終わったのでお暇させて貰います。今度、会う時は気を付けますのでお達者で】

「・・・・・・字、汚いわね」

 本当に変なラムズだと思い、エリィは苦笑いを浮かべるのだった。




「さて・・・・・何処に行こうかね〜」

 王都を背中に、シンジはボヤいた。空にはデカデカと赤い月が昇っており、星が広がっていた。

「まずはフェイさんと合流しようかな・・・・」

 やっぱり、この世界で今、頼れるのはフェイだけかなと考え、アテもなく歩くシンジ。恐らくフェイは既に黒月の森を抜けているだろう。だとすれば、この広い砂漠でフェイを探さなければいけない事になる。

 先が思いやられるシンジは、自然と溜め息を吐いた。

「ん・・・・?」

 その時、フェイは何処からか地響きが聞こえた。地面に耳を当てると、ギアの足音が聞こえてくる。数は大体、三機ぐらいだ。戦闘でもしてるのか、爆音も聞こえた。

「行ってみるか・・・・」

 言うと、シンジはディラックの海を展開する。すると中からエヴァが現れた。颯爽とエヴァに乗り込み、爆音のした方へと向かった。




『我はグラーフ、力の求道者。フェイよ、お前の力・・・・ラハンでとくと見させて貰った』

 赤い月を背景に黒衣の男――グラーフは己のギアの肩に乗って、ヴェルトールに乗るフェイを見下ろして言った。

 フェイは黒月の森で、エリィと出会い、彼女が恐竜――ランカーに襲われていた所をシタンが持って来たヴェルトールで撃退した。その際、ヴェルトールの足のパーツが故障した。フェイは直さない方が良いと訴えたが、シタンが『ヴェルトールをラハン村の近くで放置しておけば、取り返しに来るキスレブ軍と、奪取しようとするアヴェ軍とが戦闘を始める』と言うので、それを避ける為にも修理してヴェルトールを村から遠ざける必要があると言った。

 だが、修理しようにも最新型のヴェルトールのパーツはダジルに置いていなかった。そこでシタンは、サンドバギーを使って遺跡までパーツを取りに行ったのだ。遺跡の方は小競り合いが続いて危険だと言われ、フェイは砂漠を追いかけたが、そこでアヴェのギアに捕まりかけた。そこへシタンが修理したヴェルトールに乗って助けに来た。フェイは渋々ながらもヴェルトールに乗り込んで敵を撃退したが、その時、グラーフが現れたのだ。

「俺の力?一体何のことだ?」

『我の目的遂行にはより強大な力が必要なのだ。その力を目醒めさせる引き金として、我はかの地にそのギアを送り込んだ。お前と接触させる為にな』

「引き金だと!? じゃあ、あれはお前が仕組んだ事だったのか!?」

『そう。近しい者の死。それに対する無力な己。そこから生まれる哀しみ、心の叫び、それこそが力の引き金なのだ』

 グラーフの口から出る言葉にフェイは震えながら操縦桿を握り締めた。

「その為に・・・・俺をギアに乗せる為だけに村を襲ったというのか!?
 何故だ!? 村の皆を犠牲にしてまで・・・・!」

『知らぬな。己が課せられた天命を全うせず、ただ日々暮らすばかりの下民外道がいくら死んだとて我は何も感じぬわ。
 それに忘れたか? 村を滅ぼしたのはお前自身ではないか。我は何ら手を下してはおらぬわ』

 責められるのは心外だとばかり言わんばかりのグラーフの言葉にフェイは言葉を詰まらせた。黒月の森でエリィにも同じような事を言われ、余計に胸が締め付けられた。が、フェイは激しく首を横に振って抗議した。

「違うっ!! 俺は村を、皆を救おうと思っただけだ! 滅ぼそうなんてこれっぽちも思っていないっ!!」

『果たしてそうかな? お前は聞いているはずだ。自身の本質、破壊を欲する欲動の声をな』

「うるさいっ! たとえそうだとしても、その原因を作ったのはお前じゃないか! お前さえ来なければ、村はあんな事にはならなかったんだ!!」

『ふん。今度は転嫁か。成る程、如何にも“お前らしい”台詞だな。それも良かろう。どのみちお前の本質は変わらんのだ』

 その言葉にフェイは表情を歪め、唇を噛み締めた。

「くっ・・・・・・俺の力が必要だと言ったな? 力を得てどうするつもりだ!」

『知れたこと。母なる神を・・・・・・・滅ぼすのだ』

「か、神を滅ぼす?」

『そうだ神を滅ぼすのだ。それが我等が目的。我等が天命』

「ふざけるな! 俺はそんなもんに手を貸す気はさらさらない!
神だか何だか知らないが、そんなに滅ぼしたきゃお前一人で殺ればいいっ!」

 自分を変な事に巻き込むなというフェイの言葉に、グラーフは冷笑した。

『ふふふふ・・・・・・・似ておるな、父親に』

「父親? 親父? お前、親父を知っているのか!?」

 記憶喪失であるフェイは三年前からの記憶が無かった。故に今まで本当の家族の事など全く知らなかったのだが、グラーフが『父親』という言葉を発し、フェイは飛びついた。

『あれは・・・・・・・心地よい絶叫だった。我は感じ入った。死の際の絶叫とはかくも美しいものかとな』

「親父に何をした! 親父との間に何があったんだ!!」

『ふん。知りたいか? だが今のお前がそれを知ったとて、仕方の無い事だ』

「何っ!?」

『お前のその力、未だ我の我の目的に適わず。適わぬものは適うまで試練を与えるが道理』

 グラーフが言うと、突如、地響きが起こった。

「な、何だ?」

 すると砂の下から巨大なミミズの化け物が現れた。

「!! 何だこいつは!?」

『さあどうする? フェイ。此処で倒れればそれまでのこと。何も知らぬが故に得られる幸せもあろう。だが、お前が真に望むはそうではなかろう? お前が望むもの・・・・・・・真実を知りたくば、他を滅ぼし、己が力で 我の高みまで這い上がってみせい! その時こそお前は、死への絶叫と引き替えに失われた全てを得る事になろう!! ふははははーっ!!』

『随分と舌が回るじゃないか、グラーフ?』

 その時、グラーフより遥か頭上から別の声が響いた。

『貴様か・・・・』

 グラーフは自分の頭上のエヴァを見て、その肩にシンジが乗っているのが見えた。フェイは突然、現れたシンジに驚愕した。

「シンジ君!? 何で此処に・・・・いや、それよりソイツを知ってるのか!?」

『まぁ色々ありまして・・・・・それよりグラーフ。森での決着、此処で付けるかい?』

『ふん。それも良いが彼奴より面白いものを預かっているのでな・・・・・貴様の相手にはソレで充分だ』

 そう言うと突如、地面から一筋の閃光が飛び出して来た。シンジは慌ててATフィールドを張って閃光を防いだ。

『(こ、この攻撃って・・・・!)』

 シンジは驚きながらもエヴァの中に入ると、ヴェルトールの横に着地した。

「だ、大丈夫か、シンジ君!?」

『ええ。それよりフェイさん、すいませんが、そのミミズの化け物は頼みます。僕は僕の敵がいるみたいですから』

「何?」

 そう言ってシンジは前方を睨み付けると、砂が盛り上がり巨大な化け物が出てきた。黒い胴体に不思議な仮面のようなものを付けた存在。シンジはゾクッと全身が震えた。

『やれやれ・・・・・本当に、この世界は何かあるみたいだな。ねぇ・・・・・サキエル』

 彼の前の前に現れた化け物・・・・それは、シンジにとって忘れられない最初の敵であった。






To be continued...


(ながちゃん@管理人のコメント)

ジャック様より「悠久の世界に舞い降りた福音」の第二話を頂きました。
先が読めない展開、シンジ君のぶっ飛び具合(笑)・・・大変面白いです。
どうやらこの世界にも使徒がいるようですね(グラーフは一体誰から「サキエル」を預かったのでしょう?)。
となると、これからの戦いは、初号機vs使徒、ギアvsギアになるのかな?
さすがに、初号機vsギアではお話にならない(?)でしょうし・・・(爽快ではありますが)。
これは続きが楽しみですな。
あと・・・ここのシンジ君は、誰かとラブラブとなる可能性はあるのでしょうかね?(笑)
さあ、次話に進みましょう♪
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