第五話
presented by ジャック様
「やあ、フェイ、シンジ君。よく無事で・・・・心配したんですよ」
鍾乳洞を出た後、フェイとシンジはバルトの船に合流した。バルトの船にはギアドックがあり、そこにエヴァ、ヴェルトール、ブリガンティアが佇んでいる。
そしてヴェルトールの所へシタンが駆け寄って来た。
「先生・・・・・・」
「どうもご心配をおかけしました」
雰囲気の重いフェイと違い、シンジは微笑んで軽く頭を下げる。そこへ眼鏡をかけた、およそ海賊に似つかわしくない老人がやって来て深々と頭を下げた。
「潜砂艦“ユグドラシル”へようこそ。私は執事のメイソンでございます。
先程はとんだ失礼を致しました」
老人――メイソンは傍に立っているバルトの方に向き直り、
「既に自己紹介はお済みのこととは存じますが、改めて紹介させて頂きましょう。
我等、潜砂海賊の主バルトロメイ様でございます。
ところで若、ちゃんとフェイ様とシンジ様にはお詫びになられたでしょうね?」
そう言われ、バルトは視線を泳がせ、頬を掻きながら頷いた。
「え? あ、ああ・・・・・・ちゃんと『悪い』って言ったぜ・・・・・なぁ?」
話を振って来られ、シンジは『あはは』と乾いた笑いを浮かべた。するとそこへ、シンジよりも僅かに濃い銀髪に褐色の肌をしたバルトと同じように眼帯をした男性がやって来た。
「全く・・・・何かあってから『悪い』では通りませんよ、若」
男性はフェイとシンジの前に立つと、頭を下げて自己紹介する。
「申し遅れました。私はこの潜砂艦の副長で“シグルド”と申します」
「では、何かお望みがあれば、遠慮なくお申し付け下さい」
「ってわけだ。勘弁しろよなっ!!
「こらっ、若! おいたが過ぎますよ」
「いででで!」
遠慮しないで良いから先の事はチャラにして欲しいと言うバルトの耳をシグルドが引っ張って何処かへ連行された。
「それじゃあ私達は到着まで船室へ行きましょうか。これが結構快適に作られていてね。居心地がいいんです」
「・・・・・・」
「どうしたんです、フェイ? 元気ないですね?」
「いや・・・・・ちょっと・・・・・」
明らかに様子のおかしいフェイにシタンは首を傾げながら、シンジにボソッと尋ねた。
「何かあったんですか?」
「う〜ん・・・すいません。説明するのが面倒です」
『詳しくは前回を読んでください』と、掟破りの台詞が言いたかったシンジは苦笑いを浮かべた。
その後、ユグドラシルは砂漠の山の麓にあるバルトの地下アジトへと入港した。アジトの人々はシンジ達を快く迎え入れ、バルトはギアを調整すると言ってドックへと降りて行った。
シンジ達三人は、その間、メイソンのお茶をご馳走になろうと食堂へと案内された。シンジ達は適当な席に座り、メイソンに当家自慢のお茶を入れられた。
自慢するだけあり、そのお茶は美味しくシンジは気に入った。
「いやはや、同じ年頃のお客人は珍しいとあって若のはしゃぐ事、はしゃぐ事。
世が世なら若も砂漠の上暮らしなどでなく王宮で賑やかに・・・・」
「王宮? では、あの少年は旧ファティマ王朝の・・・・?」
シタンの言葉にメイソンはハッとなって、口を塞いで慌てた。
「はっ? い、いえ・・・・これは年寄りのお喋りが過ぎましたかな、ははは・・・・」
「いえ、先程の片目の少年にはそこはかとない気品がありましたからね」
そう言われてメイソンは眉を吊り上げて過敏に反応した。シンジはバルトに気品があるのかどうか微妙な表情を浮かべながら紅茶を口に含んでいる。
「むむむ・・・・よくぞ言って下さった! よろしい、お話ししましょう。
あれこそ憎き宰相シャーカーンに滅ぼされた、誇り高きファティマ王朝最後の忘れ形見、“バルトロメイ・ファティマ殿下”でございます」
それを聞き、シンジは思わず噴出しそうになった。まさかバルトが王子様だったとは。人は見かけによらないとはこの事だった。
「バルトロメイ? エドバルト四世の世継ぎ・・・確か、バルトロメイ王子は十二年前、病死と報じられた筈ですが?」
「はい、表向きには。ですが真相は違うのです。若は、王亡き後アヴェの実権を握ったシャーカーンによって幽閉されていたのです。その若を我々がお救いしたのでございます」
「しかし、なんでまた正当継承権を持つ王子が海賊行為などを・・・・・・?」
確かにそれはおかしかった。正当な継承権を持ってるなら、即座に名乗って政権を取り戻せば良い筈だ。現にシンジが王都に行った時も民衆はシャーカーンの政治を良く思っていない。
彼がクーデターを起こすまではキスレブとの関係も友好だったのに、家族などが戦争に行った民も少なくない。恐らくすぐに政権は取り戻せるだろう。
その理由をメイソンは苦々しそうに語った。
「・・・・・・・・我々はこの地に落ち延びてから、ただ若がご立派に成長なされる事だけを望んでまいりました」
「王位の復権よりもですか?」
「そうでございます。勿論、いつの日にか再び復権を・・・・・・と願っていなかったと言えば嘘になりましょう。実際、その為の準備もしてまいりました」
「その一環が海賊行為である・・・・・・と」
「はい。しかし、これには理由がありまして・・・・。
アヴェ、キスレブ共に遺跡発掘に一意専心。その力は日増しに強大になってゆきました。このままでは同志達の助力を得て反乱を起こしたとしても、シャーカーンが掌握する近衛部隊によって鎮圧されるは必定。
我々にも力が必要でした。ユグドラシルを使い遺跡発掘を試みたのですが、思うになりませんでした。元より遺跡発掘には多大な時間と人と資金が必要。いかに潜砂艦と言えど砂中に埋もれる小さな遺物を発見するのが関の山だったのです」
「それで海賊行為を・・・・・・」
「遺跡技術はアヴェ、キスレブどちらの手に渡っても相手を制圧する戦力となります。両国間の軍事力の均衡をはかりつつ新たな戦力を削ぐ・・・・・・という若の発案に賛同したのです」
「手ずから遺跡を発掘するよりも横からかすめ取る方が遥に効率が良い・・・・・という訳ですか」
確かにそれなら、発掘という労力と資金を使わず、アヴェ・キスレブの戦力を削ぎ、自分達の戦力をアップする正に一石三鳥だ。最も合理的な方法だとシンジも思った。
だが、従来の紳士的な性格からか、メイソンは首を横に振った。
「無論、略奪という行為自体は許されないことなのでしょう。
が、しかし、アヴェを、イグニスを、このままにしてはおけない・・・・・・というのは独善的でしょうか?」
「それについては私達外部の者がとやかく言えることではありません」
シタンの発言にシンジも頷いた。
「ええ。もし、それが良い結果に結び付くのであれば正しい事なんだと思います。此処の人達もそれが分かってバルトさんの下に集まってるんでしょう?」
二人の言葉にメイソンは幾分か安堵したように微笑んだ。
「そう言って頂けると癒されます。
ところでお茶のおかわりは如何で?」
「ああ、どうも。頂きます」
「あ、僕も」
メイソンは頷くと、シンジとシタンのカップにお茶を注いだ。シタンはお茶を飲むと、再びメイソンに質問した。
「先程、戦力が整いつつあるとおっしゃったが、何故事を実行に移さないのです?」
「マルー様さえ幽閉されていなければ、サイは投げられていたはずなのです」
「その方、ひょっとしてニサンの・・・・・・?」
「よくご存じで。ニサン法皇府の教母マルグレーテ様、若の従妹に当たる方でございます」
それを聞いてシンジは大きく目を見開いた。
「え? あの子、バルトさんの従妹なんですか?」
「? マルー様をご存知で?」
「え、ええ。先日、ちょっとファティマ城に入る機会を得まして、そこのコンピューターにアクセスしたんです。確かにマルグレーテという女の子が捕らえられてる情報がありました。茶髪に青い瞳をした、ちょっと少年っぽい子でしたが・・・・」
「ま、間違いありません! 確かにマルー様でございます!!」
メイソンは興奮気味に身を乗り出してシンジに顔を寄せた。シンジは多少、引きながらも続けた。
「そ、それなら助け出しとけば良かったかな〜・・・・」
「いいえ! ご無事を確認できただけで満足でございます」
眼鏡を押し上げて目元を拭うメイソン。シンジとシタンは苦笑いを浮かべながらも、更に質問をした。
「そのニサンの教母を何故シャーカーンが?」
「“ファティマの碧玉”でございます」
「あの至宝の在処を示したといわれる碧玉の事ですか?」
そういえば、そんな事もデータにあったな、とシンジは紅茶を飲みながら思い出していた。
博識なシタンにメイソンは感心したように言った。
「シタン様はあらゆる事をご存知なのですね? いやはや感服いたします」
そうしてメイソンは再び紅茶を注ぐと、ふとフェイのカップの前で手を止めた。フェイの紅茶は全く減っておらず、メイソンは表情には出さないながらも残念そうに尋ねた。
「爺の紅茶はお口に合いませんでしたかな、フェイ殿?」
「いや、そんな事ないけど・・・・」
フェイはそう言うと、紅茶を飲む。メイソンはポットを置くと、話を続けた。
「至宝と言っても、全体どういったものなのかは私共にも皆目分からないのです。ただ、王国の危機を救う力を封じられた至宝・・・・・・とだけ伝えられております」
「マルグレーテ殿がその在処を記した碧玉をお持ちなんですね?」
「正確にはその半片です。若とマルー様、それぞれが碧玉の片方づつを持っておられ、
それが二つ揃わなければ至宝の在処は判らないのです」
「その碧玉ですけど、具体的にどういった物なのですか? 半片の碧玉という言葉から宝石か首飾りのような物を連想するのですが・・・・・・?」
「実は、その実体はアヴェ・ニサン代々の継承者、即ち若とマルー様にしか知らされていないのです」
つまり、そこまで厳重にしてまで秘密にされているという事になる。碧玉も至宝も。
「なるほど、それでマルグレーテ殿が幽閉されているという訳か。私の知るところから判断するに実態が明らかになればマルグレーテ殿は・・・・シンジ君が彼女を見たという事はまだ明らかになってないと考えてよろしいでしょう」
「はい。それについては私共も危惧しておりました。シンジ様、本当にありがとうございます」
「あ、いや・・・そこまで畏まらなくても」
ちょっと興味本位で得た情報で此処までされると流石にシンジも困ってしまう。むしろ居場所が割れてるのに助けなかった事で、ちょびっと責任感すら感じてしまう。
するとシタンがシンジに質問してきた。
「そういえばシンジ君、何でファティマ城に?」
「え? あ〜その・・・・街で喧嘩して王城にしょっ引かれちゃいまして・・・」
まさかスカートに頭突っ込んで腹いせに連行されたなど口が裂けても言える訳なく、適当な嘘を吐いた。
シンジはキョトンとしてるシタンとメイソンに乾いた笑みを浮かべると、咳払いをして別の話題を振った。
「そ、それにしても至宝とは一体何なんでしょうね・・・・・・?」
「さて? 私も一向に・・・・・・」
メイソンが首を傾げると、その時、入り口から別の声が乱入して来た。
「ギアだよ、ギア! それしかないって!」
楽しそうな顔を浮かべて入って来たバルトはシンジ達の真向かいの席に座った。
「若、ギアの整備はどうなさいました?」
「ああ。シールしてんのに関節が砂食っちまってさ。メンドーだから連中に任せてきた。 俺は乗るのがもっぱら仕事。それに俺、機械苦手だかんな、いても邪魔になるだけだって」
「若・・・・・・」
メイソンはバルトの飽きっぽい性格を情けなく思いながら、彼に紅茶を注いだ。バルトは紅茶を一口飲むと、あっけらかんと言った。
「で、何の話だっけ?」
「至宝の正体はギア・・・・・・ですか?」
「ああ、そうそう。
実はな、アヴェ建国の絵巻物の中にそれらしい描写があるんだ」
「絵巻物?」
「よし。じゃあ、作戦室に来てくれ。特別に見せてやるよ」
そう言われて学者のシタンは僅かに目を輝かせた。
「そいつは面白そうですね」
シンジも少し興味があり、そうしてバルトに連れられ、作戦室へと向かった。
作戦室は多くの機械類があり、通信、情報収集などと人々が慌しくしていた。
「こいつは凄い。此処までの設備は都にもそうあるものじゃない」
その設備にシタンが素直に賞賛すると、バルトが自慢げに言った。
「へへへ。 驚いたかい? これらはみんなシグの奴が集めてくれた技術のお陰さ」
そうして四人は作戦室の奥にある床のスクリーンの所にまで移動した。
「おい、例のやつを」
バルトが言うと、天井から投射機が降りて来て、スクリーンにある映像が映る。
「これは・・・・・・?」
その映像は巨大な炎を纏った赤い巨人が膝を突き、一人の人物に忠誠を誓っているような絵だった。
「およそ、五百年前の絵巻物。“総身に炎をまといて巨人と血の契約交わせし王”、ファティマ一世だ。
一世はこの巨人の力を借りてアヴェを建国したと言われてる」
「こんな昔の絵巻物が良く残っていましたね。この類の記録は全て教会が管理しているものと思っていましたが」
「普通はな。親父の遺品の中にあったんだ」
そう答えると、バルトは次の絵を映すように言った。すると今度は、その巨人が眠りに就くような絵が映し出された。
「建国後、一世は後世の人間の為に何処かにこの巨人を眠らせたらしい。もっともその場所がどこなのかは分からない。
だが、別の記録ではこの巨人を“ファティマの至宝”と呼んでる」
なるほど、この巨人は見るからにギアである。だからファティマの至宝がギアだとバルトは言ったのだろう。
「(ひょっとしてコレがギア・バーラーなんじゃ・・・・)」
シンジは映像を見て、そんな事を思った。
「で、“碧玉”の方は?」
「おいおいおい。あんた上手いな。ひょっとしてシャーカーンのスパイかなんかじゃねーの?」
笑みを浮かべながら言ってくるバルトに慌ててシタンは手を振って否定した。
「い、いえ滅相もない。私はただ知的好奇心から・・・・」
「過ぎた知的好奇心は身を滅ぼしますよ、シタンさん」
「は、ははは・・・そうですね。気を付けましょう」
経験談からシンジが言うと、シタンは苦笑いを浮かべて頷いた。バルトはその遣り取りに笑い、その質問に答えた。
「ははは! 冗談だよ。 まぁ、碧玉は至宝を手に入れるためのカギ・・・・・・みたいなものさ」
「カギ・・・・・・ですか。
とにかくそのカギをアヴェを乗っ取ったシャーカーンが狙っている・・・・・・と」
「奴だけじゃない。ゲブラーの連中も碧玉を狙っているらしい」
「そうですか。これはマルグレーテ殿を一刻も早く助け出さねばなりませんね」
その言葉にバルトがキラーンと目を輝かせた。それを見て、シンジは物凄く嫌な予感がした。逃げ出そうと思ったが、バルトの口の方が早かった。
「だろ? そこでだ。あんた等を助けたついでに一つ頼みたい事がある」
「ひょっとして彼女の救出を助勢してくれ・・・・・・ですか?」
「察しが良いねぇ、その通り」
「(やっぱり・・・)」
予感的中だったのでシンジはガクッと肩を落とした。そんなシンジなどお構いなしにバルトは話を続けた。
「シグルドから聞いたけど成り行きとはいえキスレブとアヴェの両方から追われてるんだろ? どうだい? んなに悪い話じゃないと思うが」
「一宿一飯の恩義もありますし、私にお役に立てることでしたら何でもします。シンジ君はマルグレーテ殿の監禁場所を知ってるから尚更いいじゃないですか?」
「何? シンジ、マルーが何処にいるか知ってんのか?」
「ええ、まぁ・・・・」
「だったら尚の事、協力してくれ! 前の事は水に流してやっからよ!」
そうは言うが、鍾乳洞に落っこちたのはバルトが人の話を聞かなかったからなのだが、もはや何を言っても無駄だと悟ったシンジは『分かりました』と溜め息と共に頷いた。
「フェイはどう思います? さっきから一言も喋っていないようですけど・・・」
そこでシタンは、ずっと黙っていたフェイに話を振った。
「そうそう。鍾乳洞でのアレ、凄かったじゃねぇか。あの力さえありゃあシャーカーン部隊の十や二十、ものの数じゃないぜ?」
「・・・・・・」
「なぁ、お前の力が欲しいんだよ」
そのバルトの言葉がフェイの逆鱗に触れたのか、急に大声を上げた。
「何で皆で俺を戦わせたがるんだっ!?」
「お、おい・・・・・どうしたってんだよ? いきなり」
「俺は今、それどころじゃないんだ! 『力が欲しい』? 俺にはそんなもんないんだよっ! なのに、お前も先生もあの男も、何故みんなで・・・・・・。
俺は考えなきゃいけない事だらけなんだ! あのギアの事や、グラーフと親父の事・・・・・そんな事に付き合ってられる程、俺は暇じゃない!!」
言うだけ言うとフェイは作戦室から出て行った。残されたバルトは唖然としたまま、シタンに尋ねた。
「な、何だあいつ? カンシャク持ちかなんかか?」
「い、いえ、決してそういう訳では・・・・すみません。矢継ぎ早に起こった出来事をまだ整理できてないのです。察してやって下さい」
フェイのフォローをするシタンを尻目に、シンジはフェイが消えていった扉を見つめていた。
「(やれやれ・・・・僕も大概、お人好しだな)」
「さ、さっきは・・・・お、俺が悪かったよ・・・」
フェイが去った後、バルトは少し無理強いし過ぎたかと思い、ユグドラシルの甲板でフェイを捕まえて恥ずかしいながらも謝罪した。
「許してくれよな?」
だが、フェイは答えずに黙ったままだった。
「で、またあの話だけどよ・・・・・・」
「断る」
ようやく口を開いたかと思えば、フェイはバルトが言い終わる前に拒否した。
「俺はバルトみたいに戦いが好きじゃない。ギアにも行きがかり上、仕方なく乗っているだけだ。出来れば乗りたくない。そんなにあれが欲しければやるよ」
投げ槍っぽいフェイの発言に、バルトは僅かに眉を寄せた。
「俺が好きで戦っている・・・・・・ってのか?」
「そうだろ? どう見てもそうとしか思えない。戦いを楽しんでいるようにしか俺には見えない」
「聞き捨てならねぇな、今のは。誰が好きで戦ってるって? 撤回しろよ。俺には好きとか嫌いとかじゃなく、戦わなくちゃいけない理由があるんだ。 それをお前は・・・・・・」
怒気を孕みながら静かに言うバルトは、フェイに詰め寄った。するとフェイは再び大声を張り上げた。
「俺には戦う理由なんかないんだよ! 戦いたくもない。静かに暮らしていたいだけなんだ。なのに何故そうまでして俺をギアに乗せたがる!? 何故そっとしておいてくれない!?」
「だからそれはお前の腕を見込んで・・・・・」
「俺は嫌なんだ! 俺がギアに乗れば誰かが必ず傷つく。俺が戦えば誰かが必ず犠牲になる。もう誰も傷つけたくない! 誰も犠牲にしたくないんだ! 嫌なんだよ・・・・・・そういうの・・・・・・」
頭を抱えて言うフェイに、バルトは一瞬、余りの情けなさと甘ったれた様子に殴ろうとしたが、グッと堪えた。
「ふん。目の前の現実から逃げたい気持ち・・・分からん訳じゃないがな・・・・・・お前、そんな事で遺された村の子供達が納得するとでも思ってんのか?」
フェイは何でそんな事をバルトが知っているのかと、僅かに驚いた様子で彼を見た。
「ラハンでの一件なら先生から聞いたよ。だからってお前、何もしないでいて良いのか?
確かに直接的にはお前がギアに乗ったことでの出来事かもしれない。しかしな、たとえお前がギアに乗らなくても犠牲者は出てた・・・・・多分な。
原因はお前じゃない。戦争・・・・・・いや、そういったものを引き起こそうとする人間に原因があるんだ。だったらその原因を取り除かなきゃ何にもなんねぇだろ。原因を無くす為に戦う・・・・・・今は他に良い方法がないからそうするしかねぇが、少なくとも俺はその為に戦っている。別に好きで戦っている訳じゃない。
お前が村の子供たちに対して罪の意識を持ってるのは分かる。傷つけたくないってのも分かる。けどな、その子供達に罪滅ぼしをしたいってのならば、争いは無くさなくちゃいけないんじゃないのか?
お前にだって戦う理由があるんだよ。戦わなくちゃいけない理由がな。だが、その戦いを放棄してお前が逃げ回っている限り村の子供達は絶対にお前の事を許しちゃくれねぇ。それだけは憶えておけ。
それに言っとくが、俺に協力出来ないことを逃げると言ってんじゃねーからな。別に協力してくれなくたって良い。これは俺自身の問題だからな。無理強いして、お前を巻き込みたくはない。ただな、俺は、お前程の腕があればその現実と対決出来ると・・・村の子供達にも罪滅ぼし出来ると、そう思ったんだがな・・・・・・」
そこまで言って、バルトはその場から立ち去って行った。フェイは何も言い返せず、ギュッと拳を握る。
「フェイ君!」
その時、フェイを呼ぶ人物がいた。フェイは声の方を見ると、シグルドとシタンがやって来た。
「シグルドに、先生・・・・何か用・・・・?」
「少し話があるのだが・・・」
「あ、ああ」
フェイは戸惑いながらも頷くと、シグルドに連れて来られた。そして、鉄柵の向こうのユグドラシルの先端を指差した。
「あれを・・・・・・」
そこにはバルトが立っていて、独り言を言っていた。フェイは耳を澄まし、それを聞いた。
なぁ、親父・・・・・・聴こえてるか?
俺、初めてフェイの瞳を見た時、感じたんだ。こいつは俺と一緒だ。こいつなら俺の気持ちを解ってくれるかもしれない・・・・・・って。
でもあれは気のせいだったのかな? 俺は自信がないよ。親父の後を継ぐなら・・・・飾りでいるだけならまだしも、遺言を実行することなんか今の俺にはとても出来ない。
マルーだって救いだせやしない。俺は奴に逃げているだけだなんて言ったけど、本当に逃げ出したいのは俺の方なのかもな・・・・・・。
そこでバルトの独り言が終わり、シグルドが苦笑いを浮かべた。
「若が君に謝っておいてくれとね。おかしいだろう? 自分で謝れば良いのに。素直じゃないんだよ、若は・・・・ああ見えても結構寂しがり屋でね。友人を求めているんだ・・・・・・いつも。だが我々は彼の友人にはなれない。否、我々がそのつもりでも彼はそう見ようとしないのだろう。それを若は分かっているんだよ。
それは若の背負っているものの重さ故なんだ。あの若さでそれら全ての重荷を背負うのは辛い事だ。しかし若はそれに応えようとしてくれている、精一杯ね。だから我々は若に付き従っているんだよ。別に王子だからとかそういうのではなくてね」
そう言ってバルトを暖かい眼差しでシグルドは見ると、真剣な表情になってフェイに向き直った。
「フェイ君、きっと君も何か途方もない重荷を背負っているんだろう。これは私からの勝手なお願いだが、若を助けてやってはくれまいか?
彼の重荷を背負ってくれ、というのではないんだ。若と何かを・・・・・君達にしか解らない何かを共有してやってはくれないか? お願いだ」
そう言って、シグルドは頭を下げる。今度はフェイは頭ごなしに拒否する訳でも、怒鳴る訳でもなく、静かに答えた。
「ごめん。しばらく考えさせてくれないかな・・・・・・」
「ああ、勿論それは君の自由だ。まぁ、どちらにしろ明日は早朝に出港を予定している。旅立ちの準備が整い次第、休息をとって今までの疲れを取ると良いだろう」
「・・・・すまない」
フェイは一人、ギアハンガーで佇むヴェルトールを見上げていた。そして何度もバルトやシグルドの言葉が脳裏に浮かんでくる。
逃げていた・・・それは自分でも分かっている。それは心の何処かで認めていたが、また認めていない自分もいた。そして、重荷から逃げず、真っ向から立ち向かって行くバルトを見て、それが余計に浮き彫りになった。
「俺は・・・」
「う〜ん・・・ますますソックリですね〜」
「・・・・・シンジ君」
その時、背後から声をかけられて振り返ると、シンジが笑顔で立っていた。
「・・・・君も俺を説得しに来たのか?」
「まさか。僕は協力者なだけですから、フェイさんを説得する資格なんざありません」
予想外だったのかシンジの返答にフェイは目を見開く。シンジは笑顔のままフェイの隣に来ると、同じようにヴェルトールを見上げた。
「ただ昔話をしようと思っただけです」
「昔話?」
「ええ。ある馬鹿な少年の話ですよ」
苦笑しながらシンジは、ヴェルトールとは別の所に佇むエヴァを見る。エヴァは生体部品が使われている為、自分で整備すると言ったので、誰も手を付けていない。
「実はエヴァってある組織の兵器だったんです」
「組織? シンジ君、エヴァは君の家に伝わってるって・・・」
「ああ、ありゃ嘘です。説明するのも面倒だったんで・・・・ちなみに、その組織はとっくの昔に無くなっちゃいました。
ただ、あのエヴァのパイロットだった少年は戦う事を知らない、ごく普通の少年だったんです。他の子と違うとすれば、母親を幼い頃に亡くして、父親に捨てられた事でしょうかね。そのせいで少年は余り他人に心を開かなかったんです。
少年は何も知らないまま父親に呼び出され、エヴァに乗せられ戦わされました。何度も何度も傷つきながらも少年は大切なものが出来たと思ったんです。友人、仲間、親友・・・・今までになかったものが出来たんです」
「幸せ・・・だったんだな」
フェイのその言葉にシンジは微笑んで頷いた。
「ええ。確かに幸せだったんでしょう。ですが、少年は得たもの以上に沢山のものを失いました。敵に洗脳された友人の片足を奪ったのが切っ掛けでした。その時から少年の心は段々と不安定になってきたんです。そして、仲間の一人が敵によって心を壊されました。また仲間の一人が敵に爆弾を持って特攻を仕掛けました。そして・・・自らの意思で少年は初めて『好き』と言ってくれた親友をこの手で握り潰した」
そう言ってシンジはギュッと拳を握り締めた。フェイは大きく目を見開き、驚きを隠せない様子だった。
「心がボロボロになった少年は最後に全てを失い独りになりました。そして永遠に傷付けられず、傷付けず、苦しまない世界を得ました。少年は時々、思います。もっと自分が強ければ・・・周囲に流されず、自分の心をしっかりと持っていれば結果は違ったんじゃないか、と。
フェイさん、貴方は少年と同じです。自分の存在価値が見出せず、ただ周囲に流されて生きる。バルトさん達がどんな言葉をかけようと、それは選択肢の一つに過ぎないんです。大切なのは自分で選ぶ事です。少年は最後までそれが出来なかったんです。本当、愚かな少年ですよ」
そこで話を終えたシンジは、その場から去って行く。が、突然、フェイが呼び止めた。
「シンジ君!」
「はい?」
「その少年・・・・今はどうしてる? どんな気持ちで今を生きてるんだ?」
「そうですね〜・・・・案外、似た境遇の人を放っておけないってお節介でもしてるんじゃないですか? ちなみに少年はずっと独りでいたせいか、頭が少しイッちゃってますね」
そう答え、シンジは自分の頭を指で突っついた。フェイは顔を俯かせ、拳を強く握ると僅かに震えながら呟いた。
「俺は・・・俺は何の為に戦えば良い・・・?」
「そんなの知りませんよ。貴方が戦わなくても僕は何とも思いません。ただ貴方自身が戦わない事で後悔するなら、それが戦う理由になるんじゃないですか? あ、ちなみに僕の今の言葉も選択肢の一つに過ぎないんで・・・」
そう言われてフェイはハッと目を見開いた。そしてシンジの方を見ると、彼はエヴァの整備へと向かって行った。
エヴァの所へ向かいながら、シンジは溜め息を吐いた。
「(いかんな〜・・・僕とした事がつい長話をしてしまった)」
だが、今のフェイはかつての自分そのものだ。戦う理由などなく、ただ周囲に流されて戦う。それでは駄目だ。バルト達に協力するにしても、自分の意思でしっかりと決めないと意味はない。そんな風に戦えば、きっと自分のようになってしまう。最後に残るのは孤独だけという結末に。
「(しかし・・・・昔の僕って傍から見るとムカつく奴だったんだな〜)」
別にフェイがどうなろうと知った事では無いのだが、かつての自分を見るようで、ついつい助けてしまう。良くも悪くも人間臭さが残っているシンジは、自覚しながらも笑いを零さずにはいられなかった。
To be continued...
(ながちゃん@管理人のコメント)
ジャック様より「悠久の世界に舞い降りた福音」の第五話を頂きました。第四話と同時投稿になります。
今回はゼノギアスの原作に沿ったお話でした。
シンジ君、なんか丸くなっていますねぇ〜(どうしちゃったの?)。
本来はもっと逝っちゃってる性格のハズなのに(笑)。
次は「マルー」救出作戦ですかね。
次話を心待ちにしましょう♪
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