第八話
presented by ジャック様
ユグドラシルの甲板にてシグルドはマルーを問い詰めていた。シンジは頭に大きなコブを作って倒れていたりする。
「さて、マルー様、窺いましょうか。こうして助かったから良い様なものの、何故お一人で敵陣へ?」
「ごめんなさい・・・・・・だって・・・・こないだ街へ出た時、人が噂してたんだ。
アヴェに捕らわれた法皇府の修道女達がまだ生きてる、って・・・・・」
「明らかに敵のまいたデマですね。貴方を誘い出す為の」
ズバッと切り捨てるシグルドにメイソンが宥めた。
「まあまあ、そう厳しくされずとも・・・法皇府ニサンは、マルー様のお里。心情としては、いた仕方ありますまい」
「それで・・・・・・一人で助け出せると思ったのか! このバカが!!」
思わずバルトが怒声を上げると、マルーがムッとなって言い返した。
「思ったんだよ! 悪かったな!!
でも・・・でも、本当はおばあちゃんもママも、とっくに処刑されてた・・・・
「マルー様・・・・・・」
「さてさて、何はともあれ、こうしてマルー様は無事でおられる。それで、良かったではありませんか。この幸運に恵まれているうちマルー様をニサンに無事にお送りいたしましょう。積もるお話はそれから、という事で。どれ、私はマルー様のお部屋の用意でもしてきます。マルー様、お手数ですが、ご足労願えますかな?」
そう言うとメイソンはユグドラシルに入って行き、マルーも後に続こうとするがバルトが声をかけた。
「マルー!! 次からはちゃんと云え!! 俺達が出てやるから!」
「うん・・・・・・そうする」
マルーは僅かに笑みを零して頷くと、ユグドラシルに入って行った。
「マルー様も随分無理をしておいでだ。若。あなたが、気遣ってあげねば」
「ああ・・・分かってるよ」
目を合わさずに頷くバルトに苦笑し、シグルドもユグドラシルに入って行くと、フェイ、バルトも入って行った。
「・・・・・・・・・無視かい」
しばらくしてシンジが起き上がると、誰も気に留めてくれなかった事にちょびっと涙が出た。
「ありゃ〜、大きなコブでチュね〜」
「・・・・・・・気のせいかヌイグルミが人語を話してる気がする・・・」
ふとシンジにピンク色の謎の物体が話し掛けてきて視線を逸らした。
「砂漠が青いな〜」
「シンジしゃん! 現実逃避しちゃ駄目でチュ!!」
ピンク色の物体は遠い目をして呟くシンジの頭の上にピョンと飛び乗った。シンジは無理やり現実に引き戻され、恐る恐る尋ねた。
「ドチラサマデスカ?」
「棒読みなのが気になりまチュが・・・・わたチュはチュチュでチュ!!」
「安直ですな〜」
「失敬な! でチュ」
「で? チュチュさんは生き物だったの?」
「いやん。チュチュと呼び捨てにして下さいでチュ」
チュチュは顔を赤くして何を妄想したのか、いやんいやんと体をクネクネさせた。
「何を言っとりますか、この人外生物は?」
「シンジしゃん、聞いてくだチャい。わたチュは悩んでいまチュ」
「何を?」
「アヴェのお城でわたチュは二人の男に惚れチャいまちた。ずばり! シンジしゃんとフェイしゃんでチュ!!」
ビシッと頭の上で急に告られてシンジは固まった。いや、告白されるんだったら別に構わない。ただ、それが・・・・。
「(生まれて初めての告白が動物〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!)」
まさか、長いこと生きてきて初めて告白された相手が人外の動物だったとは、シンジも予想だにせず心の中で絶叫した。
そんなシンジの魂の叫びなど露知らず、チュチュは更にシンジの頭の上で身悶えした。
「わたチュは罪な女(?)でチュ。二人の男を惑わすなんて」
「別に僕は惑わされてなけりゃ、フェイさんも君の事をヌイグルミとしか思ってないよ」
「は! そうでちた! シンジしゃん! 急いでフェイしゃんの所に行きまチュよ!!」
「いっそ逝かせてください」
思わず敬語で青い顔をしながら言うシンジの頭をペシペシとチュチュが叩く。
「何を言ってるんでチュか! ほら! 行きまチュよ!」
「(逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げ・・・・ても良いんじゃないッスか?)」
懐かしい言葉を胸中で繰り返しながら、シンジは誰ともなく尋ねるのだった。
その後、一悶着あったもののユグドラシルは隠し通路を通り、ニサンに到着した。ニサンの街はアヴェと違って緑が多く、湖の上に建てられた大きな教会を中心に住宅地が広がっていた。
「うわ〜! 久し振りだな〜!」
「キレイナマチナミデスネ〜」
はしゃぐマルーと対照的にシンジは油の切れた機械のようだった。頭にはチュチュが乗っかっている。どうやら気に入ったようだ。
「シンジの奴も災難だな・・・」
「何か悪い気がするな・・・」
立場は同じなのに扱いが違う――この場合は悪い方が良いかもしれない――フェイは少し気の毒に思った。
「そういえば先生、いつ合流したんだ?」
ふと、いつの間にかユグドラシルに戻っていたシタンにフェイが尋ねると、彼は眼鏡を押し上げて答えた。
「何・・・またサンドバギーのお世話になったんですよ」
「あ〜・・・」
そう言われてフェイは何だか納得した。
「若! 早く早く!」
「だぁ〜! はしゃぐな!!」
帰って来たのが余程嬉しいのだろう。先を急くマルーに苦笑いを浮かべながらもバルトは彼女の方へ向かう。
「良いでチュね〜。ああいうシチューエーションに憧れまチュ。ね、シンジしゃん、フェイしゃん」
恋する乙女のような瞳をするチュチュにフェイは『ま、まぁな・・・』と適当に頷いておく。が、シンジはガシッと頭の上のチュチュを掴むと思いっ切り振り被った。
「いい加減に・・・・しろぉ!!!!!!!」
思いっ切り叫んでシンジはチュチュを放り投げた。
「愛してまチュよおおおぉぉぉ!!!!!」
チュチュはドップラー効果を残しながらキラーンと星になった。
「ふぅ・・・」
「チュチュの奴、大丈夫か?」
「大丈夫です。ちゃんと体毛がクッションになる筈ですから・・・・多分」
頭に付いたピンク色の毛を取りながらシンジが答える。
「あれ? シンジさん、チュチュは?」
ふと先の方へ行っていたマルーがやって来て尋ねると、シンジは爽やかに微笑んだ。
「チュチュならユグドラシルに帰りましたよ」
「そうなんだ・・・」
少し残念そうなマルーだったが、フェイとシタンはシンジに尻尾が見えたそうな。
その後、彼らはニサン法皇府の中心である教会にやって来た。教会ではシスターアグネスを始め、多くの人々がマルーの帰還を喜んだ。
そして、彼女の好意で教会内を案内してもらう事になった。そして、シンジ達は二階の回廊から大きな二つの天使像を見せられた。
天使像はステンドグラスから入ってくる光に当たり、互いに一枚ずつ翼を持っていない。マルーは天使像の説明を始めた。
「ニサンの言い伝えではね・・・神様は、人間を完璧に造る事も出来たんだけど・・・・・そうすると人間達はお互いに助け合わなくなっちゃうから・・・・だからこの大天使様達は翼が一つずつなの。飛ぶ時はいつも一緒なんだよ」
「ほう。そういう理由があったんですね。成る程・・・・良く観れば左の天使像はどことなく男性的だし・・・・・・反対に右のは女性的だ」
シタンは色々な角度から天使像を見て、独り言を言い出した。
「ああ。こういう造作も珍しいなぁ! 本来こういった物は中性的な物が多いのに。敢えて分けてある。そして、その間が神の降臨する道・・・・・否、至る道なのかな?
まぁ・・・・・・とにかくそうなる訳なんだ・・・・・・そうかそうか! これはニサンの教えとも符合するなぁ」
一人の世界に入っているシタンにマルーはキョトンとするが、やがて大声を出して笑った。
「ハハハ! シタンさんって面白い人だね」
「ああっ! いやいやこれは失礼。つい、いつもの癖で・・・・・・」
「先生って物知りなんだよ。ときどき俺も何を言っているのか分かんない時がある」
「・・・・・・ったく、どうでも良いけどよ・・・・・わざわざ二人で飛ぶなんて・・・・・かったるいよな、フェイ?」
折角のムードを粉々にぶち壊すようなバルトの物言いにマルーがムッとなって反論して来た。
「んもう、若はせっかちだなぁ! ボクは、いつかこうやって誰かの助けになりたいな・・・・・」
「それは・・・・無理ですよ」
「え?」
ふと今まで黙って天使の像を見ていたシンジがポツリと呟き、四人が反応した。四人はシンジの雰囲気が少し違う事に表情を変えた。シンジはフッと笑みを浮かべて四人を見て言った。
「自分以外の人間を完全に理解するなんて不可能なんです。人は誰もが拒絶し合い、傷付けあって生きています。たとえ肉親であろうと、誰もが自分だけの秘密を持っているんです。
けど人は独りを恐れるが故に互いを拒絶、傷つけ合いながらも生きていく・・・・この世界は拒絶によって成り立っているんですよ。だから・・・・完全な心を持つものは『神』と呼ばれ、永い時を独りで生きているんです。マルーさん、誰かの助けになりたいと言いますけど、人は誰だって死ぬ時は独りなんですよ? 人って生き物は面白いです。死ぬ時は独りなのに、独りになる事をを恐れて生きる・・・・あの天使像も『互いを支え合って生きる』のではなく、『独りが怖いから拒絶し合ってでも他人と生きる』象徴なのかもしれませんね・・・」
「シンジさん?」
フゥと息を吐いて目を閉じると、ニコッと微笑んで笑った。
「あはは〜。でも何だかんだ言って独りで生きるのってつまらないですからね〜。やっぱ皆でワイワイ騒いで過ごす方が面白いですよ、うん。
っていうか、僕の今の生きる目的は『バルトさんをからかう事』ですから!」
「な・・・シ、シンジ! テメェ、やっぱり・・・・!」
「いや〜。バルトさんみたいなタイプって、からかい易いんですよね♪」
いつものシンジに戻ったようでフェイ達は少しホッとしたが、先程、シンジがとてつもなく冷たく見えた。それこそ本当に全ての人を拒絶するような・・・・。
「若! 此処は教会なんだから暴れないでよね!」
「ちっ・・・分かったよ」
「じゃあ今度はソフィア様の肖像画を見に行こうよ」
「ソフィア様?」
「うん。ソフィア様。このニサンの建国の母と呼ばれているお方で、ニサン正教そもそもの教義を創られた神祖様なんだ。そのソフィア様の肖像画の間がこの上にあるんだよ」
そう言われてシタンは再び目を輝かせた。
「それは是非拝見したいなぁ」
「あ〜・・・僕はもう少し此処にいます。フェイさん達だけで行ってきて下さい」
「え? シンジさん、どうかしたの?」
「ええ・・・・少し・・・ね」
困ったような笑顔を浮かべて頷くシンジを訝しげに思いながら、四人は更に上の階へと向かった。シンジは笑顔を消し、何処か憂いを帯びた表情で再び天使像を見る。
「拒絶し、傷つけ合う世界・・・・それこそが人のあるべき本当の世界・・・。
この世界もその象徴であるATフィールドを誰もが持っている・・・・」
そう言うとシンジはソッと自分の片腕に触れた。するとパシャッと腕がLCLになって零れ落ちるが、すぐに新しい腕が生えてきた。
心の補完されたシンジは、すぐに心の壁であるATフィールドによって新たな肉体を生み出せる。体全てがLCLに溶けようと、すぐに新たな体が補完されるのだ。
「独りを恐れなくなった僕は既に人じゃない・・・・この世界も僕みたいな馬鹿を生み出そうとする人間がいるのかな・・・・?」
別にシンジが人間でなくなったのは彼自身のせいではないのだが、他人を拒絶しない、傷つけない世界を望んだのは他ならぬ自分自身。弱かった心にある。
その結果があの赤い世界だ。シンジは目を閉じると、静かに呟いた。
「独りは恐くない・・・・寂しいとも思わない・・・・あの頃に帰りたいとも思わない・・・・けど・・・・今の仲間は・・・守りたいと思う・・・かな」
クシャッと髪を掻き毟り、苦笑する。前の世界では仲間も敵も全て自分だけを残して赤い海になった。自分のせいで。最後に自分と同じように残った少女も死んだ。だから今度の仲間は守りたいと感じる・・・・それが逃げだというのも理解していた。
「この世界は神が全ての中心にある・・・・だとすると神を創り出そうとする奴がいてもおかしくない。僕みたいな存在は必要ない・・・・いや、創っちゃいけないんだ。そうだろう・・・・綾波、アスカ、カヲル君・・・・」
ギュッと拳を握り、シンジは天使像を睨み付けるのだった。
「あ・・・・・・・・床、拭かなきゃ」
その後、LCLをいそいそと雑巾で拭く、シンジの姿があったとか無かったとか・・・・。
To be continued...
(ながちゃん@管理人のコメント)
ジャック様より「悠久の世界に舞い降りた福音」の第八話を頂きました。
今回、ギャグもありましたが、割とシリアスでしたね。
シンジ君のこの世界での覚悟の程が良くわかりました。
でも寂しくはないと言いつつも、寂しそうです。
たとえ一時でも、この世界で心から彼の支えとなれる女性が現れるといいですね(でもガキはやだ)。
さて、次はどんなドラマが待ち受けていることやら?(ゲームが手元にないので、もはや詳細なタイムスケジュールがわかりません)
次話を心待ちにしましょう♪
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