第十話
presented by ジャック様
「ふむ・・・・こんなものかな」
エヴァに乗ったシンジはニサン国境の西方部隊を上空から見下ろしていた。西方部隊は見る影も無く鎮圧されている。
「何人か死んだか・・・・流石に犠牲者を出さずっていうのは無理だね」
バルトは出来るだけ敵味方に犠牲者は出したくないと言ったが、やはり一個部隊が相手だと、それは無理である。
「と、フェイさん達の所に急がないと・・・」
余り心配する必要は無いと思うが、万が一という場合もあるのでシンジは急いでフェイと合流する岩山へと向かおうとしたが、ふとエヴァのレーダーに反応があった。
「(王都防衛軍か? どうやら引き付けは完了したみたいだね・・・)」
てっきりキスレブ国境部隊の方に行くと思ったが、これなら別に大丈夫と考え、シンジは岩山の方へと向かった。
「ん? ん〜?」
岩山上空に着いたシンジはフェイの乗るヴェルトールを見て首を傾げた。何故かバルトの基地を襲ったゲブラーの特殊部隊と戦っていた。そして、その中に見た事の無い白とピンクのギアがいた。
「な〜んでこんな所に・・・・って、ひょっとしてひょっとすると〜・・・」
まさか、こちらの作戦がバレてるのかもしれない、とシンジは頬に冷や汗が流れた。そんな事を考えていると、見た事の無いギアが幾つもの小さな兵器のようなものを出し、ヴェルトールに向かって全包囲からビームを放った。
その威力は凄まじく、岩山の一部が崩壊してしまう程だった。
「あ、ありゃ〜・・・フェイさん、死んだかな〜?」
縁起でもない事を呟いていると、特殊部隊のギアが上空に上がって来た。シンジは事情を聞こうとワンドナイツの一体を捕まえる。
「すいませぇ〜ん!」
『どわぁ!? な、何だテメェ!?』
『奴の仲間か!』
ランクがいきなり肩を羽交い絞めにされて驚愕し、ヘルムホルツのワンドナイツがビーム砲を向けた。ソードナイト、シールドナイト、カップナイトもエヴァに向かって攻撃態勢を取る。
「別に貴方達を攻撃するつもりはありません。ただ、あのビームを撃ったギアと兵器は何なんです?」
『あ、あれはエアッドだ!』
「エアッド?」
『精神波<エーテル>感応誘導式攻撃モジュール・・・通称エアッド。俺達ゲブラーん中でも、アレを使えるのはごくわずかエレメンツクラスの者だけだ!』
「つまり遠隔操作型の兵器って訳か・・・・で? 誰が操ってるんです?」
『ヴァンホーテン少尉に決まってるだろうが!』
「!!?」
その名前にシンジは目を見開いて驚愕した。エリィがフェイを容赦なく攻撃している・・・彼女の性格からして、幾ら軍人とはいえ、そこまで非情に徹し切れない筈だ。だとすると・・・・。
「ドライブか・・・」
詳しい事は知らないが、早い話が軽い興奮状態に陥らせる麻薬のようなものだ。それを投与する事によって己の潜在能力を引き出す。ソラリスの数多くの人体実験によって開発された薬だと聞いた。エリィがソレを投与したのであれば、フェイを攻撃するのも頷ける。
するとエリィのギア――ヴィエルジェが煙の中にいるヴェルトールに向かって再びエアッドを放った。
「(まずい!)」
黒煙で見えないヴェルトールにエアッドの攻撃が当たったら確実にお陀仏だ。シンジはワンドナイツを解放すると、一気にヴェルトールに向かって急降下した。
ヴィエルジェはエアッドのビームを放ち、ヴェルトールを襲う。
「させない!」
『!?』
が、シンジはヴェルトールの前に立つとATフィールドを前面に張ってビームを防いだ。
『シンジ君!?』
「間一髪でしたね、フェイさん」
どうやらフェイと共に来ていたバルトのギア部隊――確かミロク小隊と言ったか――は彼が先に行かせたようだ。シンジは息を吐くと、ヴィエルジェの方に目を向けた。すると回線でエリィが話しかけてきた。
『シンジ君? 貴方も私の邪魔をするつもり?』
「エリィさん・・・随分と変わり果ててまぁ・・・」
今のエリィの表情は冷たく、まるで人形のようだった。
『シンジ君! エリィは・・・』
「ドライブでしょう? やれやれ・・・・フェイさん、人間って本来自分の持つ力の30%しか使ってないんです。ドライブって薬は100%の力を一時的に引き出す薬・・・けど、長い間、その力を引き出してる自然に体の方が壊れてしまうんですよ」
『な・・・』
「とは言え、今のエリィさんを説得するのは無理ですね」
『そんな・・・』
『薄汚いラムズ共め!!』
エリィは吐き捨てると、再びエアッドからビームを放つ。ビーム自体はATフィールドで防げるが、衝撃までは防げない。
「しょうがないか・・・・フェイさん! 彼女のギアを押さえ込んでくれます?」
『え?』
「五秒、押さえ込んでくれたら彼女を元に戻せます!」
『分かった!』
フェイは頷くと、ヴィエルジェに向かって駆け出した。ヴィエルジェは撃退しようとロッドを振りかざすが、ヴェルトールは避けると相手の肩を掴んで、そのまま押し倒した。
シンジはエヴァから降りると、ヴィエルジェの足に向かって走り出して接触した。そして、アルサミエルの能力を使い、機体と融合した。
「な、何!? 動かない・・・」
エリィはヴィエルジェが全く反応しない事に声を上げる。
「よっと」
「!? き、貴様、何で此処に・・・!?」
エリィは突然、コックピット内に現れたシンジに驚愕するが、彼はニコッと笑うと彼女の額に触れた。
「これだけは使いたくなかったんですけどね・・・」
バルディエルの能力でシンジはエリィの体と同化して、体内のドライブの成分を消去した。これは強制的に他人を支配する事が出来るが、発動まで時間がかかるし、何より、やって気持ち良いものではないので――嫌な思い出のある敵だったし――、シンジはなるだけ使わないようにしている。
気を失ったエリィを抱え、シンジはヴィエルジェから出た。
「シンジ君!!」
それを見て、フェイもヴェルトールから出て来た。
「エリィは?」
「ちょっと待ってください・・・」
慌てて駆け寄って来るフェイを制し、シンジはエリィを座らせると両肩を押して活を入れた。
「う、うん・・・」
「エリィ!」
「フェイ? あれ・・・私・・・」
エリィはキョロキョロと首を左右に振って状況を思い出そうとしたら、背後から声をかけられた。
「エリィさん、ドライブで思いっ切り僕らに攻撃してきたんですよ? まぁ僕のナイスな力でエリィさんを傷付ける事無く正気に戻しましたけど」
「そ、そう・・・」
フッと前髪を掻き上げて言うシンジにエリィは少し冷や汗を垂らした。そんな彼女にフェイが深刻な顔で言って来た。
「エリィ、どうして・・・・・・?」
「だって・・・・・言ったでしょ? 今度会う時は敵同士だ・・・・って」
「だけど、こんな事をしてまで戦う必要があったのか? 俺とお前が戦わなきゃならない理由なんて、これっぽっちもないじゃないか」
フェイの言葉にエリィは静かに首を横に振った。
「他に・・・なかったもの・・・・・・。
私は、ソラリスの軍人・・・・・部下と任務・・・捨てることはできない」
「どうして『ドライブ』なんて使ったんだ?」
「使いたくはなかった・・・・使うと自分がいなくなってしまうから。そして、自分がいなくなって得体の知れない力に支配されて・・・・そんな事望んでないのに・・・・・認めたくない力があるのよ、私の中に。
でも・・・仲間を救う為には『ドライブ』使うしか・・・・・それしかなかった」
顔を俯かせて言うエリィにフェイは静かに目を閉じて呟いた。
「・・・・・・エリィも俺と同じなんだな」
「同じ? ・・・・・・そうね。そうなのかもしれない。貴方と初めて会った時、何か他人じゃないって・・・・そんな気がしたのは、それは私達の境遇が似ていたからなのね、きっと」
「俺で良ければ力になるよ。何も出来ないかもしれないけど・・・・・エリィの気持ちぐらいは理解できる」
「・・・・・・お互い傷を舐め合えって言うの?」
「そういう訳じゃ・・・・・いや、そういうことなのか・・・・すまない・・・」
謝るフェイに苦笑し、エリィは首を横に振った。
「・・・・・・こめんなさい、素直じゃないね、私・・・・」
「そんな事はない。俺が後ろ向きなだけなんだ。だけど・・・・・・それでも・・・・独りで悩んでいるよりは・・・・・・いい」
「フェイ・・・・・」
「変えられないのか?」
「そんな顔しないで。私には選ぶことなんて出来ない。私の唯一の居場所だから・・・・・・」
そう答えたエリィにフェイは息を吐くと、踵を返した。
「・・・・・・俺、行くよ。“仲間”が待ってるんだ。
もし、出来るんなら軍から抜けるんだ。エリィ・・・・・お前にあんな顔は似合わないよ」
そう言ってフェイはヴェルトールに乗り込み、岩山を登っていった。
「フェイ・・・・」
「あの〜・・・」
「きゃあ!?」
ジト目でシンジが声をかけて来てエリィは飛び上がった。
「シ、シンジ君!?」
「いやもうお熱い事で・・・・若いってのは良いですねぇ〜」
「わ、若いって・・・」
「ああ、良いんですよ、僕の事なんか・・・・フェイさんなんか折角、一仕事終えて駆けつけた“仲間”を忘れてるんですから・・・」
愚痴を垂れるシンジにエリィは表情を引き攣らせた。
「シ、シンジ君はフェイの後を追わないの?」
「追いますよ。けど、その前に聞きたい事・・・・・!?」
その時、ハッとシンジは気配を感じ取った。そして崖の方へ駆け出し、下を見るとクモのような怪物がよじ登って来ていた。
「あ、あれは・・・」
同じように覗き込んだエリィはそれを見て驚愕した。
「プロトアイオーン・・・」
「(やっぱり・・・)」
よじ登って来てるのは間違いなくマトリエルだった。
「エリィさん、ゲブラーは、ああいうのを幾つ所持してるんです?」
「え? た、確か五、六体だったかしら・・・・で、でもアレはソラリスの上層部で開発されたもので私も詳しくは知らないの・・・」
「・・・・・・・創ったのは?」
「カレルレン閣下よ」
「(カレルレン・・・)」
その名前を聞き、シンジは眉を顰めると、マトリエルが下から溶解液を吐き出して来た。
「危ない!」
「きゃ!」
シンジはエリィを抱きかかえると、その場から離れた。するとシンジ達のいた所に溶解液が付着し、飴のように溶けた。
「あ、ありがとう、シンジ君・・・・」
「いえいえ」
フェイはエリィを降ろすと、エヴァに向かって行った。そしてコックピットの前で振り返ると、ニコッと笑った。
「エリィさん、フェイさんじゃないですけど・・・・嫌な事から逃げるのは恥じゃありませんよ。逃げる事が出来るのは弱い自分を認めれる事です。そういった人の方が強いんですよ」
「え?」
「じゃ、縁があればまた会いましょう」
そう言ってシンジはエヴァに乗り込むと、マトリエルの真上に飛んだ。
「普通に弱かった使徒が今の僕に敵う訳ないでしょ?」
微笑を浮かべて加粒子砲を放ち、マトリエルのコアを貫いた。そして、エリィに被害が及ばないようATフィールドで閉じ込めると、その中で爆発を起こさせた。
「やれやれ・・・カレルレンって人は何を考えて使徒なんか創ってんだろうね〜」
そんな事をボヤきながらシンジはフェイの後を追った。
「しかし・・・・作戦がバレてると考えたらバルトさん達は大丈夫かな〜?」
シタンやシグルドがいるなら大丈夫だとは思うが、不安を隠し切れないシンジだった。
その頃、ファティマ城に潜入していたバルト達は・・・。
「おいおい、マジかよ・・・」
地下水路を通り、ファティマ城の中庭に出た途端、兵達があちこちから現れた。そして彼らの目の前にはアヴェの実権を握るシャーカーンとラムサスの付き人であるミァンがいた。
ラムサスは彼らの考えを読み取り、ニサンの国境の鎮圧へと向かったのだ。が、恐らくは今頃、シンジに壊滅させられた部隊を見て驚いてるだろう。
「ふふふ・・・・あなた達の考えなんてお見通しよ、ヒュウガ、シグルド」
ミァンは冷笑を浮かべ、シタンとシグルドを見る。
「くっ・・・ミァン! 何故、そこまでシャーカーンに肩入れする!?」
「あら? 私達にとって一国の王など誰でも構わないのよ。ただ必要なのは従順な羊のみ・・・・その坊やは大人しくしてくれそうにないものね」
「このアマ・・・」
バルトは鞭に触れようとしたが、近くで銃の撃鉄の音がしてピタッと止まった。
「さぁ・・・どのように料理してくれようか」
シャーカーンは口許を歪め、手を上げると銃が一斉に放たれた。バルトは此処までかと思い、目を閉じるが、何も起こらなかった。
ソローッと目を開けると、バルト達は赤い壁によって守られていた。
「これは・・・」
それがシンジのATフィールドである事に気付き、バルトは呆然となる。
「・・・・・どういうつもり、bP7?」
ミァンはキッとその方向を睨むと、そこには銀髪に赤い目をした少年がいた。
「(シンジ?)」
その少年を見て、バルトは髪と目の色といい、雰囲気が何処となくシンジに似てるように感じた。少年はミァンに睨まれるが、フッと笑みを浮かべた。
「裏切るつもり?」
「いいや・・・裏切るつもりはない。僕はあなた達によって生み出された存在だ・・・・だけど、彼らは死んではいけない。そんな気がする」
「貴様には関係のない事だ」
少年の言葉にシャーカーンが僅かに怒気を孕んで言って来た。が、少年はシャーカーンを無視して話を続けた。
「僕は何かに惹かれている・・・・彼らからは、それが薄っすらだけど感じれるんだ。その何かが、ひょっとしたら僕が、この世に、何の為に生み出された存在か教えてくれるかもしれない・・・」
「愚問ね。貴方が生み出されたのは私達の目的遂行の為・・・」
「違う・・・少なくとも僕と彼女は何故か他のモノと違って意志を持っている。そして本能が告げるんだ・・・この世界に僕達の真の存在意義を教えてくれる者がいる・・・と」
「・・・・・・」
「現に、あの人も僕達の事は生体組織と能力しか知らない・・・・けど、僕が惹かれている存在は違う。今の僕の意志は、それに会う事だ。その為に彼らを死なせる訳にはいかない・・・・たとえ、貴女を敵に回そうとも」
言うと少年はポケットに突っ込んでいた手を出した。ミァンと少年の瞳が交錯し合い、場の空気がピリピリとし出した。
「若!!」
「「「「「!!?」」」」」
その時、城壁を超え、シタンの開発したランドクラブに乗ったメイソンがやって来た。
「若のカップが割れて妙な胸騒ぎがしたので参りました! お早くお乗りください!」
「すまねぇ、爺!!」
バルト達はランドクラブに乗り込むと、再びプロペラが回り出した。その際、バルトは少年の方を見ると、手を差し出した。
「お前も来い!!」
少年はその行為に一瞬、目を見開くが、すぐに笑みを零すと首を横に振った。
「僕の事なら心配いりませんよ。あなた達が僕の惹かれるものと共にあるなら再び出会う運命にある・・・・それに・・・彼女も既に動いているんでね」
そう言うと少年はミァンとシャーカーンに向き直った。
「早く行ってください。あなた達の脱出の邪魔は僕が絶対にさせません」
「・・・・爺、出せ!」
「は、はっ!」
バルトの命令にメイソンは頷くと、ランドクラブは飛び去って行った。シャーカーンは呆然と空を見上げている。
「・・・・・bP7、bQも動いていると言うの?」
「彼女は僕より強く惹かれているようだからね・・・」
「私達に逆らう事がどういう意味か分かっているの?」
そう言ったミァンの体から強力なエーテルが沸き上がった。少年は笑みを崩さず、赤い壁を張った。
「僕と戦えば此処は消滅するよ? 此処が消滅するのは貴女達にもよろしくないんじゃないのかい?」
「・・・・・・・・・」
「僕は少しの間、暇を貰うよ。己の存在が何なのか・・・・何の為に生まれたのか確かめに行く」
少年はミァンに踵を返すと、静かにその場から退散した。ミァンは少年の後姿を見ながら胸中で呟いた。
「(まさか・・・試作品である彼らが、あそこまで自己主張されるとはね・・・・やはり、あの少年がイレギュラーなのかしら・・・・。
母の楔を抜けている者が彼ら以外にいたなんて・・・・ね)」
To be continued...
(ながちゃん@管理人のコメント)
ジャック様より「悠久の世界に舞い降りた福音」の第十話を頂きました。
小さなことからコツコツと───今回はシンジ君のエリィ攻略のお話でした。・・・いや違うって!(笑)
でも、本来のナイト様(フェイ)のお株を奪って、彼女の心の隙間を地道に埋めていってますからねぇ。・・・もしかしたら、強ち的外れというわけではないのかも?(笑)
まあ、管理人としては大歓迎ですがね・・・。
さて、カヲル・・・いえbP7のプロトアイオーンが登場しましたね。
会ったことはないハズなのに、何故かシンジ君には友好的みたいでしたね。何か因縁でもあるのでしょうか?
bQも同じヒューマノイド・タイプのようですし、あーこれってぶっちゃけ彼女ですよね?
どうやらシンジ君に強く惹かれているみたいですから、いずれはLRSへと進むのでしょうか?
続きが楽しみです。
次話を心待ちにしましょう♪
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