悠久の世界に舞い降りた福音

第十二話

presented by ジャック様


「コレが・・・・キスレブ?」

 多少の寄り道はしたが、シンジとカヲルはキスレプに辿り着いた。そこは蒸気が所々から噴出し、工場が並んでいる街だった。中央には紅い戦艦みたいなモノが建っており、そこが中枢部らしい。

「アレは原子炉だね」

 カヲルが大きなタンクのようなものを指差して言う。

 キスレブはアヴェと違って資源が豊富で、遺跡も多いから最初の内、戦争は有利だったのだが、アヴェのバックにゲブラーが付いてからは形勢を五分にまで持っていかれ硬直状態が続いている。

 余談だがフェイのヴェルトールはキスレブの新型だそうだ。それをエリィ達が強奪しようとしてアヴェに帰る途中、追撃部隊に追いつかれてラハンに不時着したらしい。

 今、キスレブはバトリングと呼ばれるアヴェでいうギアの大武会みたいなものをやっている。それでキスレブのギアを見たシンジは、とてもヴェルトールを造れる程の技術は無いように思えた。そもそも鍾乳洞でバルタザールはヴェルトールを『神を滅ぼす者の憑代』って言ってたのだ。キスレブが、そんなのを造れるとは到底、思えない。

「シンジ君」

「ん? 何だい?」

 そんな考え事をしていると、カヲルが話しかけて来た。

「どうやら此処はキスレブのD区画・・・・犯罪者を収容する区画のようだ」

「へぇ・・・・道理で悪そうな人達ばっかり」

 誰も彼もが一癖も二癖もありそうな人達ばかりだ。しかも首には何かオレンジ色の首輪を装着している。

「シンジ君、ちょっと」

「おや?」

 いつの間にかシンジとカヲルは変な人達に取り囲まれていた。

「坊や達、此処は子供の来るような所じゃないわよ」

 物凄く気の強そうというか、化粧の濃い女の人が笑みを浮かべながら言って来た。

「(失敬な。コレでも二十億超えてるんですよ。けど、お嬢さんなんて口が裂けても言えない)」

「けど二人とも可愛いわね・・・どう? 私の店で働かない?」

 まぁ内容はともかくとして取り囲んでるから勧誘とは言えない。シンジは疲れ切ったよう溜め息を吐いた。

「ねぇ、カヲル君。僕、こういう人達、凄い生理的嫌悪を催すんだけど」

「僕もだよ、シンジ君」

「あら? どうしたの、2人でボソボソと喋って・・・」

『嫌いって事さ、オバサン』

 まるで長年の親友のようにハモッたシンジとカヲル。オバサン――もうソレで良い――は切れたようで、取り囲んでる人達に取り押さえるよう指示を飛ばして来た。

「シンジ君・・・此処は僕が―――」

「十秒で終わるよ」

 前へ出るカヲルを制し、シンジはニッコリと微笑むと、両手にATフィールドを集中させた。まずサンダルフォンの『熱』の力で身体能力をアップさせる。

 次に指先をゼルエルのようにATフィールドでコーティングする。

「じゃ、気を付けてください」

 そう言うとみなの目の前からシンジが一瞬で消えた。

 で・・・・。

「う、嘘・・・」

 オバサン以外の人達は切り刻まれて虫の息だった。まぁ死んではいないだろう。

「流石だね、シンジ君。コレじゃあ僕なんか相手にならない・・・いつでも殺せるね」

「ま、そうならないように祈ってるよ」

 そう言って苦笑するシンジ。もしカヲルと戦う事になったら・・・と考えるが、その時はその時である。

「(な〜んか、考え方が昔の上司に似てるな〜)」

 行き当たりばったりな上司を思い出し、ククッと笑った。

「何だ、騒々しい?」

「!!? キ、キング!!」

 急にオバサンは声を荒げた。すると人垣の中から現れた人物を見て、シンジは目を見開いた。

「(でかっ!?)」

 その人は全身筋肉の塊で、異様にデカい。2mぐらいあって、体全身が緑色で、顔に大きな傷がある。パッと見、人間じゃない。この世界にいる『亜人』っていう特殊な人種なのだろう。

「ほう・・・こいつ等は貴様がやったのか?」

「え、ええ。まぁ……」

 哀れな敗北者達を見て、その男性が歩み寄って来る。

「俺はリコ。此処ではキングと呼ばれているがな・・・」

「キング?」

「バトリングチャンプだからだ!!」

 ブォッ!!

「うわ!?」

 突如、振り下ろされた拳。シンジは慌てて避けると、地面に穴が空いてリコの拳がめり込んだ。

「な、何するんです!?」

「ほう・・・不意打ちのつもりだったが、中々の反応だ」

 笑みを浮かべるリコを見てシンジは顔を青くした。

「(ヤバイ・・・この人、バトルマニアだ。絶対にバルトさんと同系統だ!)」

 なんて事を考えてると今度は蹴りが飛んで来た。

「くぬっ!」

 流石に避けてばっかりじゃ芸が無いので受け流して、そのままアッパーをかます。

「ぬぅっ!」

 クリーンヒットしたのに、余り効いてないみたい。だが、シンジもATフィールドがあるから喰らっても大したダメージを受けてない。

 案の定、二人は一進一退の攻防を繰り広げた。

「凄いな、シンジ君は。あの筋肉の塊を相手に一歩も引いてない・・・」

 二人の戦いを一番近くで見ていたカヲルだったが、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。

「先生、何だろ? 随分と騒がしいみたいだけど・・・」

「喧嘩じゃないですか?」

「おや?」

「あ! 兄貴、先生! あれキングっすよ!!」

「リコが? 一体、誰が相手を……」

「ちょ、ちょっとフェイ! アレは・・・!!」

「シ、シンジ君!?」

 フェイは何故かリコと戦ってるシンジに驚愕した。





「フェイさん・・・とうとう人の道を踏み外して、まぁ・・・」

「ご、誤解だ、シンジ君!!」

 フェイは外で喧嘩していたシンジとリコを連れて宿舎へとやって来た。

「気が付いたら此処にいたんだから!」

 フェイの話では、彼はキスレブの国境艦隊を確かに倒した。ヴァンダーカムのギアを倒したと思ったら、突然、グラーフが現れてヴァンダーカムに何かをした。するとヴァンダーカムは急に力が上がって、囮になると言ったミロク隊長達がやられてからは頭が真っ白になって、気が付いたらこのキスレブのD区画に収容されていたという事だ。

 そして、フェイは此処でまずリコとその部下と戦わされた。リコに負けた――部下には勝った――フェイはAランクと言われ、今も此処で生活をしている。

「そうだったんですか・・・」

「それよりシンジ君・・・彼は・・・」

 シタンはシンジと一緒にいる銀髪の少年に目を向けた。フェイは、その少年が髪の色や瞳の色、そして纏っている雰囲気も似ているように思えた。

「どうも。貴方にはアヴェで会いましたね」

「アヴェ?」

「ええ。私が若君達と城に潜入した時に・・・貴方はゲブラーの者ではないのですか?」

「さぁ? 生まれはソラリスですが・・・けど今はナギサ・カヲルとしてシンジ君と旅をしているんです」

 フェイは何だか話が良く分からないけど、シンジの友達だと判断し、挨拶した。

「俺はフェイ。よろしくな、カヲル君」

「ええ、こちらこそ。挨拶とは人が生み出した絆の一つ・・・そう思いませんか?」

「え? ま、まぁそうかな・・・」

 不思議な事を言う子だと思いながらフェイはカヲルと握手をした。

「俺っちはハマーって言います! シンジさん、カヲルさん、よろしくっス!!」

 いきなり、フェイ達の間に割って入って来る奴がいた。熊かそっち系の亜人で、眼鏡をかけ大きな鞄を肩から提げている。

「俺っちは兄貴・・・ああ、コレはフェイさんの事っス! 兄貴のバトリングでのサポートをさせて貰ってるっス!」

「バトリング? フェイさん、バトリングなんかに出てるんですか?」

「ああ。成り行きでね・・・」

 そう言ってフェイは事情を話した。リコにコテンパンにやられ、気が付いたら変な首輪をされていた事。この首輪は爆弾で、帝都から出ると爆発する仕組みである事。言わば、手錠代わりといった所だ。この首輪を外す方法はバトリングで優勝して罪を帳消しにするかしないという事でバトリングに参加している事。

「それでリコ。何の用なんだ?」

「ああ。その事で、まずお前に謝りに来た」

「は?」

「バトリング緒戦で起きた爆発事故だ」

「爆発事故?」

「あ、ああ。実はな・・・」

 フェイのバトリング緒戦、不意にギアの調子がおかしくなり、機体――委員会から支給されたギアで、何とフェイと一緒に回収されたヴェルトールだった――が突然、爆発したのだ。

 リコの話では、当日、フェイの対戦相手が彼の部下だそうで、新参者のフェイがAランクである事が気に入らず、ギアが爆発するよう仕組んでいたらしい。

「それで事故に見せかけてフェイを・・・・ですが、なぜ今頃になって?
 彼等が、自ら犯した罪を証言でもしたんですか?」


 シタンの質問にリコは首を横に振った。

「・・・・あいつらはもういない。医者の先生、何も知らないのか? 今、この帝都-D区画で何が起きているかを?」

「此処の地下水道で起きた謎の連続殺人事件ですか?」

「連続殺人!?」

「そりゃまた物騒ですね〜」

 シンジは余り物騒じゃないような態度で物騒だと言うので、説得力が無い。

「そうだ。手練のバトラー達が連続的に殺されている事件。その殺された犠牲者は全て俺の部下・・・小僧――いや、フェイ。おまえを罠にかけ、亡き者にしようとした俺の部下達だ」

 そう言ってリコはフェイを睨み付けて来る。

「だからどうだっていうんだ!? それと俺に何の関係がある!?」

「殺害されたバトラー達がフェイを罠にかけ、殺そうとしたから・・・・それを知ったフェイには彼等を殺す十分な理由がある。
 恨みによるバトラー達への報復・・・そして、“殺人”という訳ですね」

 シタンが、神妙な面持ちで言う。

「この俺が、犯人だとでも言うのか?」

「そういう事だ。今朝、新たな犠牲者が出た。これで犠牲者は五人だ! 地下水道で人が死ぬのは別に珍しいものではない。弱ければ死ぬ、それが摂理だ!
 だが、立て続けに五人ものバトラーが殺されたのだ! 今回の事件、前例がないだけにお前を疑っていないと言えば嘘になるが、黒だとも思えん」

「ちょっと待って下さい」

 ふとシンジがリコとフェイとの間に割って入って来た。

「何だ?」

「フェイさんが犯人である事は100%あり得ません」

「何?」

「おお!」

その言葉にリコは眉を顰め、フェイは目を輝かせた。きっと彼には今のシンジが救いの天使に見えるのだろう。

「だってフェイさん、ちょっと前にギアの暴走で沢山の人を殺しちゃったんで、人殺しなんか出来る訳ありませんよ」

「なるほど・・・トラウマって奴だね」

 思いっ切り古傷を抉られ、シンジは涙を流しながら部屋の隅で縮こまったのだった。




 とりあえず部屋の隅っこで落ち込んでるフェイはハマーに任せといて、シンジは話を進めた。

「あ、兄貴、しっかりするっス! べ、別にギアの暴走なら兄貴が深く責任背負い込む必要なんかないっス!」

「うう・・・すまん、アルル。俺は君を・・・」

「(アルルって誰だろ? まさかエリィさんに一緒に来いとか言っといて、そのアルルって人の事を・・・僕ぁ修羅場はゴメンですからね)」

と、フェイの独り言に聞き耳を立てながらシンジは思った。

「じゃあ何か? 奴が犯人じゃなかったら、バトラー五人を殺せるほどの怪物が他にいるってのか?」

「世界は広いですよ〜? 貴方だって、それぐらいは可能でしょう?」

「ふん、確かにな・・・」

 リコは頷くと踵を返した。

「部下の事もあるんでな・・・これから地下に潜ってみる」

 すると今まで落ち込んでいたフェイが立ち上がった。

「(立ち直り早っ!)」

「待ってくれ、この俺も・・・この俺も一緒に行かせてくれ。自分の無実は自分で証明してみせる!」

「・・・お前とか? ふっ、別に構わんさ・・・だが自分の身は自分で守るんだな」

「あらぬ嫌疑をかけられてしまった以上、フェイ自身の手で解決する他ありませんか・・・・・仕方ありませんね。その地下水道の件、私も一緒に同行させて貰いますよ」

 眼鏡を押し上げて名乗り上げたシタンをシンジは横目で見る。

「(シタンさんが何となく犯人の目星が付いてる様に見えるのは僕の気のせいだろうか? この人、時々、微妙に怪しい言ど・・・げふん! げふん! 微妙に怪しい時があるんだよね〜。第一、ソラリス出身って事も隠してたし)」

「・・・医者の先生がか? どうなっても知らんぞ」

「じゃあ僕も行きましょうか」

 シタンには一応、気遣いの言葉をかけるリコだったけど、シンジにはかけてくれない。どうやら実力は認めてくれているらしいね。

「カヲル君は?」

「いや、僕は遠慮しておこう」

 いたらいたらで心強いのだが、シンジが理由を尋ねるとカヲルは額に指を当てて言った。

「ふ・・・下水道に入ったら汚れて臭くなるからに決まってるじゃないか」

「あ、そ・・・・じゃ、カヲル君、悪いけど僕らが帰って来た時に・・・」

「OK。すぐに食事の準備をするとしよう。君の味には及ばないかもしれないが・・・」

 シンジが言い切る前にカヲルが言った。正に阿吽の呼吸である。

「ううん。ありがとう」

「では、ハマー君。少々、手伝って貰えないかな?」

「は、はいっス!!」

 そう言ってカヲルはハマーを伴って部屋から出て行った。

「じゃ、僕らも行きましょうか」





 シンジ達が出て行った後、上の厨房を借りて料理を作っているカヲルと、食器などの用意をするハマーが質問した。

「そういえばカヲルさんもシンジさんも随分と特徴的ッスね」

「特徴的?」

「ええ。容姿が似てるのもあるんスけど・・・何かこの前、似たような人を見たんスよね〜」

「? 似たような人?」

「はい。お二人よりちょっと青みがかった銀髪に赤い目をした女の人ッス! いや〜、美人だったな〜」

「へぇ・・・」

 カヲルはフッと笑みを浮かべて調理の手を進めた。

「(思ったより速かったな・・・)」

 こりゃ嵐が来そうだと思いながらジャガイモの皮を剥くのだった。






To be continued...


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