悠久の世界に舞い降りた福音

第十四話

presented by ジャック様


 彼女は壁に血を撒き散らしてグッタリしているシンジを見つめる。

「命は生きる為に生まれてくる・・・それは誰でも命は一つだから。なのに何で貴方は死なないの?」

 そう言うとシンジはニヤッと笑い立ち上がった。貫通している胴体は見る見る修復されていく。口から垂れている血を拭い、シンジはニコッと微笑んだ。

「あは♪分かった?」

 少女はコクッと頷く。

 ジ〜ッと自分を見つめる少女を見てシンジは眉を顰めた。先程、自分を貫いたのは間違いなくエーテル攻撃だ。てっきりアンチATフィールドを使ってくるのかと思ったが、意外だったので質問した。

「ねぇ・・・アンチATフィールドって知ってる?」

「? 何の事?」

「え? 本気で知らないの?」

 再び頷く少女にシンジは髪の毛を掻き毟った。ジ〜ッと彼女を見ると、使徒特有の生命の実・・・即ちS2機関が見当たらないのだ。

 カヲルは人間の理性というものがS2機関を抑え込んでいるが、彼女の場合は何処にも見当たらないのだ。

「(S2機関が取り除かれてる? けど僕の知る彼女はこの体でS2機関を内包していた・・・と、いう事は彼女は使徒であると同時に人間だ。カヲル君みたいにATフィールドは使えない・・・)」

 シンジは俯いてブツブツと考えを呟く。

「(でも何で彼女だけ・・・・リリスと他の使徒の違いと言えば・・・・)」

 ドクン、とシンジの胸が高鳴った。脳裏に浮かぶのはファティマ城であったインディゴブルーの髪と瞳をした女性。

『ふふ・・・またね、坊や』

 すれ違い様に言われた時の言葉を思い出す。

「(まさか・・・あの女がリリス・・・? いや、“母”・・・なのか?)」

 ヒュッ!!

「!?」

 その時、少女はジャンプして家の屋根に飛び移った。

「アヤナミ!!」

 思わずシンジは叫んでしまう。少女は僅かに目を見開き、振り返った。

「アヤ・・・ナミ?」

 シンジはジッと見つめてくる少女にギュッと拳を握り、震わせながらもはにかんだ笑みを浮かべた。

「君の名さ・・・・アヤナミ・レイ。僕が守りたかった“妹”の名前だよ・・・」

「・・・・私に家族はいないわ・・・」

「分かってる・・・でも君には、そう名乗って欲しいな・・・」

「・・・・・貴方の名前は?」

「へ?」

 急に質問返され、シンジは目をパチクリとさせた。

「名前・・・」

「あ、イカリ・シンジ・・・」

「そう・・・また・・・会いましょ。イカリ君」

 そう呼んだ少女にシンジは大きく目を見開くが、フッと笑うと軽く手を上げた。

「またね・・・アヤナミ」

 すると彼女――レイは僅かに微笑むと、何処かへと去って行った。シンジは、しばらく彼女が立っていた位置を見つめているが、やがてクルッと踵を返した。

「照れ屋なのかな〜」




 深夜、フェイは明日のバトリング決勝に向けてヴェルトールの整備を行っていた。

「ふぅ・・・なぁハマー。もっと良いパーツは手に入らなかったのか? これじゃあリコの奴にはとてもじゃないが勝てないぞ」

 フェイの最もな意見にハマーは

「無茶言わんで下さいよ〜。キングの機体は委員会から支給された特別製ッスよ。それでも、それが俺っち達が手に入れれる精一杯のパーツなんスから・・・」

「そうか・・・」

 そう言われてフェイは顔を俯かせて首を振った。

「カヲル君、レンチ取って」

「はい」

 一方のシンジもヴェルトールの調整をカヲルと共に手伝っている。

「(やっぱブラックボックスの塊だよな〜。初号機も似たようなもんだったけど・・・とりあえず改造できる所は改造しちゃえ♪)」

 まるで玩具のように扱うシンジは手際良く、尚且つフェイに見つからないようにヴェルトールを改造する。

 バルディエルの力を使えばブラックボックスも解明できるだろうが、一から十まで知るのはつまらないのでやらない。微妙にゲーム感覚で今の状況を楽しんでいると改めて認識した。

「ふはははははは!!」

「「「「「!!?」」」」」

 その時、ギアドックの何者かの笑い声が響いた。笑い声は上から聞こえ、全員がそちらを向いた。すると鉄柱の上に仮面とフードを被った男が突っ立っていた。

「あ、あんたは・・・」

「洞窟の時の奴じゃないですか」

「! シンジ君、ワイズマンを知ってるのか!?」

「ワイズマン?」

 尋常でない様子で聞いてくるフェイにシンジは首を傾げた。

「あの男は大武会の決勝でフェイと戦った男です」

「へぇ・・・」

 シタンに言われてシンジは興味深そうにワイズマンと呼ばれた人物を見上げ、フェイに以前、鍾乳洞で会ったと簡単に説明した。

「お前がどんなに良い機体に乗った所で奴には勝てまい!」

「何!? どういう事だ!?」

 その言葉にフェイが激昂すると、ワイズマンの姿が消えた。だが、次の瞬間、彼らの目の前にゆっくりと現れ、ハマーは「ひっ!」と腰を抜かした。

「分からぬか? ならば教えてやろう!」

 ワイズマンはマントを翻し、構えるとフェイに突っ込んで来た。フェイは突然の事で戸惑ったが、彼の拳を防いだ。

「ぐっ!」

 だがパンチの重さにフェイは僅かに退いた。

「はぁ!」

「このっ!」

 ワイズマンとフェイの蹴りが互いに交錯し合う。二人は互いの攻撃を繰り出すが、それを見てシンジは眉を顰めた。

「何か、あの二人・・・戦い方似てない?」

「そうですね・・・・似てるというより同じ・・・ですか」

 シタンが頷いたように蹴りや拳打の型が二人は全く同じだった。だが、ダメージはフェイの方が負っている。

「はぁ!!」

「うわ!」

 最後にはワイズマンの掌底が決まり、フェイは吹っ飛ばされた。

「おっと」

 が、シンジが受け止め壁の激突は免れた。

 ワイズマンは拳を引くと、フェイに向かって言った。

「これで分かっただろう? 力に力で対抗するのは具の骨頂。真っ向からでは体重の軽いお主の方が不利になるは自明の理。私とお前でもこれなのだ。まして相手はお前より一回り以上もあるのだ。
 それはギア戦でも同じ事。勝つには相手の隙を如何につくかが大事になってくるのだ」

 そう言いフェイにアドバイスするとワイズマンは背を向ける。だが、フェイは口許の血を拭って叫んだ。

「ま、待ってくれ! あんたは何者なんだ!? 何で俺にそんな事を教える!? 何で俺と同じ技が使えるんだ!?」

 いっぺんに質問を投げつけるフェイにワイズマンは振り返り、訝しげに尋ねた。

「お主、もしや記憶が・・・?」

「ああ、そうだ。俺には三年前からの記憶が無い」

「そうか・・・あの大怪我なら記憶を失っても仕方あるまい。三年前、ラハン村にお主を届けたのは私だ・・・お主の父の頼みでな」

 その言葉にフェイは大きく目を見開いて驚いた。

「親父? 親父を知ってるのか!?」

 ワイズマンは頷くと、静かに語り始めた。

「私とお主の父カーンとは同門・・・私達は若い頃、武を極めようとともに学んだ仲だった。お主と私が同じ技を使えるのも、幼い頃、お主がカーンに教えられたからだろう。
 私は己を鍛える為に修行の旅に出たが、カーンは、ある国の武官となりカレンという美しい娘と結婚し、子を設けた」

「それが俺か・・・」

 ワイズマンはカレンは随分と昔に死んだと語った。それを聞き、フェイはギュッと拳を握る。

「ある日、私は旅先でカーンから手紙を受け取った。『息子がある男に攫われた。協力して欲しい』と・・・」

「ある男?」

「グラーフという男だ」

「グラーフ!」

 その名にフェイは驚愕し、シンジも目を細めた。

「奴を知ってるのか?」

「ああ。以前、会った・・・」

「そうか・・・」

 ワイズマンは神妙そうに頷くと、話を続ける。

「私とカーンはグラーフを追いかけた。そしてカーンから再び連絡を受けた。『奴を見つけた。息子を助けに行く』・・・と。三年前の嵐の日だ。
 私が駆けつけた時、そこには傷だらけのお前とカーンがいた。恐らく記憶はその時に失ったのだろう・・・」

「親父は?」

「カーンはグラーフを追うと言って、私にお前を預けて旅に出た。それ以来、会っていない」

「グラーフは・・・親父は死んだって・・・」

 それを聞き、ワイズマンは「そうか・・・」とだけ呟くと、踵を返した。

「何処へ行くんだ?」

「・・・・・奴を追う。奴の目的を探らねばならぬ・・・カーンの為にもな」

「最後に教えてくれ! 親父が武官をしていた国って・・・」

 ワイズマンは振り向かず、フェイの質問に答えた。

「自らの犯した過ちを覆い隠すかのように壁に護られ、空をさまよう国・・・シェバト」

 するとワイズマンはその場から消え去っていった。フェイはぼんやりと彼が消えた後を見つめていた。

「・・・・不思議な方ですね」

「ああ」

 シタンの言葉にフェイは頷くと拳を強く握った。ワイズマンから受け取った助言を無駄にしないよう、リコに勝つと強く決心した。




 翌日。

 観客席に大声援が飛び交う。高原を丸ごと使用したリングに佇むのは現チャンピオン、リコが駆るシューティアと、破竹の勢いで決勝まで登りつめたフェイのヴェルトールだ。

「兄貴〜! ファイトっスよ〜!」

 ハマーが他の客同様に応援するのを他所に、シンジはポップコーンを食べていた。その横でカヲルも同じように食べている。

「(もぐもぐ)どう見る、シンジ君?」

「(もぐもぐ)リコさんってバリバリのパワータイプだからね〜。スピードで撹乱して隙を突くのがベストかな。ついでにこのポップコーン塩辛い」

 ゴクゴクとジュースを飲むとまぁ何とも呑気な二人にハマーが叫んだ。

「二人とも! 精一杯、兄貴を応援しなきゃ駄目ッスよ!!」

「ふ、ハマー君。届かない応援をしても無意味じゃないかい?」

「そんな事ないよカヲル君。ほら、メガホン」

 何処から出したのかシンジはカヲルにメガホンを渡した。

「応援とは気持ちの問題だよね、シンジ君」

「そうさ」

 コロッと態度を変えてシンジと共に『頑張れ、フェイさん』とメガホンで応援するカヲル。ハマーは表情を引き攣らせて二人を見る。

「見ていて退屈しませんね〜」

 そんな様子をシタンはほのぼのと眺めていた。




 試合はシンジが予想したものになった。圧倒的パワーで潰しにかかってくるシューティアをヴェルトールはスピードを駆使して避ける。

 序盤は共に様子見といった所か、深く攻め込もうとしない。

 『動』の硬直状態だったが、それを崩したのはリコの方からだった。シューティアのパワーを利用し、地面に拳を叩き付ける事で岩の弾丸を放った。

 それを避け切る事が出来ず、ヴェルトールは防御するが動きが止まった所にシューティアの強烈なパンチが入った。

 吹っ飛ぶヴェルトール。そこにシューティアは追い討ちをかけるように跳び上がった。だが、次の瞬間、ヴェルトールの双眸が光ると起き上がって、両手を地面につくと逆立ちして蹴りを放った。

 シューティアが吹っ飛ぶと、今度はヴェルトールが飛び上がり空中で連打を叩き込んだ。

 ヴェルトールは上手く着地し、シューティアはガシャァァァンと音を立てて倒れた。

 そしてフェイの勝ちが堂々と宣言された。



「・・・・完敗だな」

 試合後、リコは僅かに笑みを浮かべて言った。

「いや。どっちが勝ってもおかしくなかった。勝てたのは運が良かったんだ。ある人の助言もあったしな・・・」

 フェイは謙虚に答えると、リコは首を横に振った。

「どちらにしろ結果は俺の負けだ」

 そう言うとリコは背を向けた。

「キング!!」

 立ち去ろうとしたリコを彼の部下達が呼び止めるが、リコは『もうキングじゃねぇ』と言って、何処かへと去って行った。






To be continued...


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