第十七話
presented by ジャック様
「おお! シンジ!」
「バルトさん!」
ユグドラシルのブリッジでシンジとバルトは再会を果たし、シンジは駆け寄っていった。きっとバルトの脳内では、自分がいなくて今まで辛い旅だったと泣き縋るシンジがイメージされて、『やっぱり僕らにはバルトさんの力が必要なんです!』と訴えてるのだろう。
「このボケェェェェエッ!!!!!!!!」
どげしっ!!
「ばぬふっ!!!」
だが、そんな事は微塵もなく、シンジの飛び蹴りがバルトの顎に直撃する。バルトは潜望鏡に頭をぶつけて転げ回る。
「人が乗ってたゴリアテにミサイル撃ち込むとはどういう了見なんですかね〜?」
「のぎゃああああああ!! シ、シンジ! ギブ、ギブ〜!」
倒れているバルトの背中に乗っかってギリギリと腕を掴む。シグルド、メイソン、シタン、ハマー、リコは呆れている。
「とりあえず僕の分は今の蹴りで勘弁したげます。で、まずはシタンさんの分・・・」
ぼきっ!
「はぐぁ!!」
「続いてリコさんの分」
ごきっ!
「のぐぁ!!」
「そんでもってハマー君の分」
ごきゃっ!
「はんぐぁ!!」
「そして・・・・貴方のせいで海の藻屑となったフェイさんとエリィさんとカヲル君の分です!!」
いつの間にかフェイとエリィとカヲルは勝手に殺されていた。(行方不明なのだが)
ごきめきぼきゃぁっ!!
「はらぼぉぉぉおお!!」
鈍い音がしてバルトは動かなくなった。
「シ、シンジ様、それは幾ら何でもやり過ぎでは?」
恐る恐るメイソンが言ってくるとシンジは「は?」と意外そうな顔をする。そして、ポンポンとバルトの頭を叩いた。
「変ですね〜? バルトさん、何処か痛いですか〜?」
そう言って尋ねるとバルトは起き上がって不思議そうに首を鳴らした。
「あれ? 何か体が楽になったような・・・」
「随分と疲労が溜まってたみたいですから整体してあげましたよ」
言われてバルトは腕を回す。確かに砂漠から海に出て肩こりとかが酷かったが、見事に解消されていた。
「お、お〜! サンキュな、シンジ!」
「ちなみに最初の蹴りは本気でした」
「テメェなんか大っ嫌いだぁぁぁぁぁ!!!」
バルトは泣きながらブリッジから出て行った。シンジはフッと笑みを浮かべ、久々にバルトを弄れて楽しそうだった。
「無様ですね」
「しかし・・・フェイ達は大丈夫なんでしょうか?」
唐突にシタンが心配そうな声を上げると、シンジはニコッと微笑んだ。
「大丈夫ですって♪フェイさん、何だかんだで悪運強いですし・・・カヲル君も一緒でしょうから安心です」
「それよりシンジ」
「はい?」
「お前、あの男に腹貫かれて何とも無いのか?」
「「は?」」
リコが物凄い発言をするとシグルドとメイソンは唖然となり、シタンとハマーが訝しげに見ている。シンジはダラダラと冷や汗を流した。
「そ、その〜・・・いや〜・・・あはは・・・あ〜っと、そうだ!! エヴァの整備をしなくては! では皆さん、アデュー!」
言うや否や先程のバルト以上の速さでシンジは飛び出して行った。
「シンジしゃぁぁあああん!! 会いたかったでちゅよぉぉぉおおお!!」
「うっさいわ、ナマモノ!!」
ギアドックへ行く途中、シンジはマルーとチュチュに再会した。涙ながらに飛び込んで来るチュチュを押さえつけ、マルーに微笑みかける。
「やぁマルーさん。ニサンから出てきたんですね」
「うん。若達に助けて貰ったんだ・・・ニサンが心配だけど」
「大丈夫。今回の件、ニサンは関係ないようにしてますからシャーカーンも手出ししませんよ」
そう言って励まされると、マルーは力強く頷いた。
「も、もうチュチュはシンジしゃんとフェイしゃんの事が気がかりで・・・」
「ああ、そう」
チュチュは未だにシンジの足の下で身悶えしていた。それを見てマルーは苦笑いを浮かべながら、思い出したように言った。
「そういえば、さっき若が泣きながらギアドックに行ったけど・・・」
「あ〜・・・」
「何かしたの?」
「マルーさん・・・・子供には知らない方が良い事だってあるんですよ」
「むっ! 僕、シンジさんより年上だよ!!」
一応皆には十四歳と言っているが、実際は物凄い年上だ。マルーはマルーで十六歳には見えない。思わず苦笑すると、シンジはポフッとマルーの帽子を押さえた。
「バルトさん、随分と疲れてましたよ? ちゃんとマルーさんが隣で支えて上げませんと」
そう言われるとマルーは顔を真っ赤にして頭に置かれたシンジの手をバッと離した。
「な、何だよソレ!? ぼ、僕は若の子分なんだから・・・と、とと隣で支えるなんて・・・」
「おや? 以前、ニサンで誰かの支えになって上げたいって言ってたじゃないですか? あの片翼の天使像みたいに・・・・」
「シンジさん、あの話否定してたじゃん!!」
「あっはっは♪僕は否定派ですがマルーさんは肯定派でしょ? 自分の信じてるものが正しいと思うのは人の常ですよ」
早い話、『別に何でも良い』という事なのだが、マルーはム〜ッと膨れた。
「良いもん! 僕は若の生涯子分でいるから!」
「じゃあ親分が結婚しろって言ったら?」
「う・・・そ、それは・・・」
マルーは再び顔を赤くして指をモジモジさせた。その初々しさにシンジはプッと噴出す。
「また笑ったぁ〜!」
ムキーッと本気で怒るマルーを見て、シンジは少しやり過ぎたかと苦笑いを浮かべた。マルーはシンジに仕返ししてやろうと歯噛みする。
「む〜・・・あ! そうだ、シンジさんの初恋とか知りたいな〜?」
「初恋?」
「初恋でちゅって!? そ、それは是非、知りたいでちゅ! ライバルとして!」
何がライバルなのか分からないが、シンジは不愉快なのでチュチュを蹴っ飛ばす。チュチュはまるでボールのようにバウンドしながら遠くに飛んでった。
「あぁ! チュチュ!」
「大丈夫です、マルーさん。ちゃんと手加減しましたから」
親指を立てて無駄に爽やかに微笑んでシンジは誤魔化した。
「しかし初恋か〜・・・う〜ん・・・」
考え込むシンジにマルーは、その話題でからかってやろうと内心、ほくそ笑んだ。シンジは何か思い出したのか、クスッと笑った。
「別に初恋じゃないですけど、好きかもしれなかった子の話をしましょうか?」
「ほっほ〜う?」
ビクッ!?
突然、後ろから声がして振り返るとバルトが突っ立っていた。バルトは楽しそうな笑みを浮かべながらシンジの肩に手を回す。
「是非、お聞かせ願いたいね〜?」
そんでもって主導権を握ってからかう、という何とまぁ似た事を考える従兄妹同士であった。
「ほれほれ、廊下で立ち話も何だし、部屋でゆっくりと」
「若! そこ僕の部屋だよ!」
とか言いつつ、シンジはマルーの部屋に引き擦り込まれてしまった。バルトは当たり前のように椅子に座り、シンジを見据える。
「さぁお聞かせ願いましょうか、シンジ君?」
「随分と楽しそうで・・・」
シンジは白けた目でバルトを見ると『当然!』と親指を立てる。マルーを見ると、彼女も目を輝かせていた。
「聞いても良い気持ちになれる話じゃありませんよ。ほら、以前、バルトさんにも話したでしょ? 僕と一緒に暮らしてた女の子」
「同棲!?」
「ちゃんと保護者もいました!」
バルトがポツリと『甲斐性ねぇな』と呟くが無視しておく。
「その人は僕の持ってないものを沢山、持ってたんです・・・何にでも一番になれる力、人を惹きつける魅力、太陽のように明るい性格、積極性・・・・・ひょっとしたら僕もその子に惹かれてる人間の一人だったのかもしれません。けど心は同じだったんです。脆く、弱い心の持ち主だったんです・・・・って何です? その意外そうな顔は?」
「いや・・・誰の心が脆くて弱いって?」
これでもかってぐらい図太い神経をしているシンジから想像できないようだ。
「失敬ですね。僕、これでも昔はガラスのような繊細な少年だったんですよ」
「昔って、そんな昔じゃねぇだろ?」
「ま、まぁそうですかね〜」
きっとバルト達は二、三年ぐらい前だと思っているのだろう。シンジは冷や汗を垂らし、視線を逸らして話を続けた。
「僕とその子は同じ心の弱い人間だったから正反対になったんです。その子は弱さを認めず、何にでも一番になろうとし、僕は自分の弱さを認めて何に対しても諦めて・・・・けど結局は自分から逃げていたんです。結果、その子が命の危険に晒されても僕は何もせず、見捨てた事になりました」
その言葉にバルトとマルーはハッと目を見開いた。
「じゃあ・・・その人は・・・」
「僕の目の前で死にましたよ。最期の最期まで僕を恨んでね・・・」
「そんな・・・」
「嘘じゃありませんよ。彼女の最期の言葉が僕を見て『気持ち悪い』でしたから」
最期までシンジの望んだ世界を拒絶し、シンジと同じ人間だと分かりながらも認めなかった少女。少女にとってシンジは最も憎むべき存在であり、唯一、助けれた存在。最も近くにいながら遠く距離を置いた二人。
シンジは静かに目を閉じて微笑むと、少女を思い出した。そして頭に明るい声が響いてくる。
『あんたバカぁ?』
「(うん・・・バカだったから、こんな結果になっちゃったんだよね)」
苦笑し、自分の髪を撫でる。
「シンジさんは・・・その人が好きだったの?」
「・・・・そうですね。好きというより・・・守りたかったですね。妹と同じくらい大切でしたから」
「妹? お前、妹いたのか?」
「ええ、まぁ・・・妹みたいなものです」
曖昧に答えるシンジにバルトとマルーは首を傾げる。
「でも、ちょびっと後悔してるんですよ? 二人を守れたら僕はきっと今とは違う人生を歩んでるんだろうなって・・・」
「シンジ・・・」
「でも、そうなるとバルトさん達に会えないでしょうから、バルトさんで遊ぶ事が出来なくなってします。それは困ります」
「俺『で』って何だ!?」
「言葉通りです」
「テメェなんか知るかぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」
バルトは再び絶叫して部屋から飛び出していった。
「無様ですね」
ニヤリと笑ってシンジはバルトを見送った。
「シンジさんってさ・・・」
「はい?」
「不思議だよね」
「へ?」
唐突に言われてシンジは唖然となる。
「そんな辛い事があっても笑えてるんだもん・・・僕、好きな人が死んだら、シンジさんみたいに笑えないよ」
「・・・・・・大丈夫ですよ。今の僕は、今の仲間を守る気持ちで一杯ですから。僕がいる限り仲間を死なせるつもりはありませんよ。
第一、僕に勝てる奴なんてソラリスにもいないでしょうし♪」
両手でVサインするシンジにマルーも笑って頷いた。
「ふぅ・・・」
「待て〜!」
エリィは小さく溜め息を零した。目の前に広がるのは青い海。後ろではフェイが魚を追い回している。そして自分の横ではカヲルが釣り糸を垂らしていた。
「釣りは良いですね〜」
とても漂流したとは思えないほどの暢気ぶりだった。ゴリアテが何者かに撃墜され、フェイとエリィとカヲルはゴリアテの残骸の上で漂流してしまった。ヴェルトールとヴィエルジェは残骸の下に閉じ込められており、起動すると残骸が壊れてしまう。
八方塞りで後は誰かに救助されるのを待つだけだった。
「この〜!」
「ふふふ〜ん♪」
後ろで未だに魚を追い回すフェイと、鼻歌を歌いながら釣りをするカヲル。エリィは再び溜め息を吐いた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
ふとカヲルが海面を見ながら笑みを浮かべて言ってきた。
「自分達が生きる運命にあるなら、こんな所で死にはしません」
エリィはその言葉に目をパチクリさせた。カヲルは彼女の方を向くとニコッと微笑んだ。
「人の運命なんて生きるか死ぬか・・・結局はそれだけなんです。僕の目から見ればあなた達は死ぬ運命じゃない・・・だから大丈夫なんです」
「・・・・じゃあ生きる為に必要な食糧は取れそう?」
「どうでしょう? 餌付けてないですしね」
そう言ってカヲルは竿を上げると、針には餌が付いていなかった。エリィは目をパチクリとさせて尋ねた。
「意味あるの?」
その問いにカヲルはクスッと微笑んだ。
「『暇な時、迷った時はこうして釣り糸を垂らせば色々な事を忘れられて、時には進むべき道が来てくれるかもしれない。待つ事も大事なんだ』・・・シンジ君の受け売りです」
「シンジ君の?」
「ええ。こんな状況で焦っても百害あって一利なしですから・・・こうしてれば、シンジ君の言うように進むべき道が来てくれるかもしれませんから」
そう言ったカヲルは、まるでシンジが言ってるようだった。エリィはつい微笑んでしまった。
「ちきしょ〜! 逃げられた〜!」
すると魚を取り逃がしたフェイが悔しそうにやって来た。
「お! 釣りしてんのか! 何か釣れたかい?」
「さぁ、どうでしょう?」
カヲルとエリィは互いに顔を見合わせ笑うと、フェイは首を傾げた。
漂流してから一夜が明けた。フェイとエリィは並んで座り、カヲルは離れた所でまだ釣り糸を垂らしていた。
「流されっ放し・・・・・か。今の俺みたいだな」
「え?」
「俺さ、今までシンジ君に言われたように自分の意志でバルトを助けていたと思ってた。でも、それは誰かに必要とされてる事を実感する事で自分の居場所を確保してたんだと思う。だから・・・俺は心の底から協力してた訳じゃないんだ。
それは確かにゼロじゃない・・・・だけど決して一でもないんだ」
ギュッと拳を膝に拳を乗せてフェイは顔を俯かせる。エリィはその拳に手を添えて首を横に振った。
「あの時・・・私はキスレブを守る為に任務を放棄した。何もしなければこんな事にならなかったのに・・・でも後悔はしてないわ。何かをしたから前に進めた・・・それが一にならなくても・・・ゼロじゃないわ。たとえ小さくても、いつか一になる時が来る筈よ」
その言葉にフェイは少し癒された気がした。その時、ふとカヲルがフェイ達を見ないで呟いた。
「大物が釣れたようですね」
「「え?」」
二人は揃ってカヲルの方を見ると、水平線の向こうに巨大な建造物があった。水面を漂いながら沢山のクレーンを伸ばしている建造物。フェイ達は、そのクレーンに引き上げられた。
「ほっほ〜う! 誰かと思えば若い兄ちゃん二人に可愛い姉ちゃんか!」
此処は水上都市タムズ。アクヴィエリアで海中にある宝を探す作業――サルベージを仕事としている者達が集まっている。
艦長はアザラシの亜人で、救助されたフェイ達を快く出迎えてくれた。
「海で暮らす俺達にとって海から上がったものは何でも宝物。だから海を漂流してたお前さん達も大事な宝物だ! 丁重におもてなししないとな!」
そう言って艦長は浸水していたフェイとエリィのギアの修理もしてくれると言った。エリィは不思議そうに、何でそこまで親切にしてくれるのかと尋ねると、艦長はニヤリと笑った。
「それはな・・・・俺が! 海の! 男だからだ!!」
わざわざポーズを取って言う艦長にフェイとエリィは表情を引き攣らせ、カヲルはニコニコと笑う。
「お前らも漂流で疲れただろう? 隣のビアホールに行って飯でも食おうじゃねぇか!」
ビシッと親指を立てて艦長は三人をビアホールに誘う。フェイとエリィは背中を押され、カヲルは苦笑しながらその後に続いた。
ビアホールは真昼間からビールを仰ぐ人々で賑わっており、館長が料理を持ってくるよう言うと、テーブルに沢山の料理が並べられた。
「さぁ遠慮せずどんどん食え!」
「は、はぁ・・・」
「い、頂きます」
フェイとエリィは戸惑いながら料理に手を伸ばした。艦長は手をつけていないカヲルを見て尋ねた。
「おう、どうしたお前さん? 食わねぇのか?」
「いえ・・・ちょっと・・・」
カヲルはそう言いながらも料理に手を伸ばした。その視線の先には窓から海を眺める蒼銀の髪の少女がいた。
しばらくすると、テーブルの上の料理がなくなり、フェイは「ふ〜」と息を吐いてお腹を擦った。
「がはははは!! いい食べっぷりだ!! 何しろ・・・男は! 度胸と!! 食い意地だ!!!」
またまたポーズを取って大声を上げる艦長。フェイとエリィも苦笑いを浮かべた。その時、振動が起こった。
「何だ?」
「あれは・・・」
フェイがキョロキョロと首を振ると、カヲルが窓の外を指差した。すると海に大きな水柱が上がった。
「何だぁ? 誰かドンパチやらかしたのか?」
艦長は眉を顰めると、近くにあった望遠鏡を覗いた。望遠鏡にはユグドラシルが映っていた。
To be continued...
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