第二十話
presented by ジャック様
「ルンルル〜ン♪」
タムズを出て教会本部に向かう途中、ユグドラシル内でシンジは鼻歌を歌いながら歩いていた。その手には工具が握られている。
「あれ? どうしたの、シンジさん?」
ふとマルーの部屋の前を通りかかったら、ヒョコッとマルーが顔を覗かせた。その後ろにはチュチュを抱きかかえるレイの姿がある。レイはシンジの希望でマルーと同室という事になった。人見知りのないマルーならレイと打ち解けてくれるだろうと考えての事だ。
チュチュがいる事もあってすぐに打ち解けたようだ。ちなみにシンジはカヲルと同室である。
「いえ、タムズでいいもの見つけたから手入れをしようと・・・」
「いいもの?」
「ええ。では、そういう事で〜♪」
妙にご機嫌でシンジは部屋にスキップしながら向かって行った。マルーとレイは互いに首を傾げ合う。
「どうしたんだろ?」
「・・・・・・・知らないわ」
レイはシンジが消えていった扉を見つめながらボフッとベッドに腰掛けた。
「レイしゃんはシンジしゃんと仲が良いんでチュか?」
彼女を見上げながらチュチュが尋ねてくると、レイは首を横に振って答えた。
「いいえ・・・イカリ君とは会って間もないわ」
「え? でも、シンジさんは随分と親しそうだったけど・・・」
「ええ・・・私もそれが知りたいの・・・」
「「??」」
全く意味が分からないレイの台詞にマルーとチュチュは益々訳が分からなくなった。
「むぅ・・・」
ガンルームではリコとシタンがチェスをしていた。どうやらシタン優勢のようで、彼はメイソンが淹れてくれた紅茶を飲んでいる。メイソンはいつでもお替わりが飲めるよう、傍に立って微笑んで見ている。
「だから旦那、此処はルークを引くんっスよ」
「うるせぇ! 男なら攻めあるのみ!」
ハマーと二人して色々と口論してるが、シタンはどう来ても対処できるようで笑みを崩さない。
と、そこへカヲルが階段を上がって来たのが見えてシタンが声をかける。
「おや、カヲル君? どうかしましたか?」
「ああ、いえ。シンジ君に部屋を追い出されてしまって・・・・何か集中したいとか言ってましたから・・・」
ほう、と全員が珍しそうに声を上げた。あの穏やかなシンジが部屋から追い出すような事をするのが珍しかった。
「Hな本だな」
「若?」
いきなりバルトが笑みを浮かべて出てきて全員がそちらを向いた。バルトはフッフッフと笑いながら呟いた。
「シンジの野郎、何だかんだで男だからな〜・・・絶対にH本でも読んでるに違いないぜ」
「ま、まさか僕のシンジ君に限ってそんな・・・」
やや気になる発言だが、カヲルが珍しく冷や汗を垂らして震えている。
「さ〜て、シンジが楽しんでる所でも見物に行ってやろうかね」
「な、なりませんぞ若! そのような覗き見は・・・」
メイソンが必死になって止めるが、バルトは引き剥がす。どうやら、これを機にシンジの弱味でも握ろうという腹なのだろう。
が、その魂胆は敢え無く崩れ去った。
「な〜にやってんです?」
「うお!?」
笑顔でシンジに肩を掴まれてバルトは飛びのいた。
「誰がH本読んで部屋で楽しんでるですって?」
「あ・・・いや・・・」
「それはバルトさんじゃないんですか?」
「な!? ば、馬鹿言うんじゃ・・・」
「若?」
びくぅっ!
突如聞こえた後ろからの冷たい声にバルトは恐る恐る振り返った。そこには怪しく目を光らせたマルーがいた。更に横にはフェイの看病をしていたエリィがかなり軽蔑するような目で見ている。
「確信犯ですね、シンジ君」
「・・・・色んな意味で敵に回したくねぇな」
シタンとリコは既に傍観者の立場を決め込んでいる。
「若〜? 後で若の部屋、調べても良い?」
「ちょ、ちょっと待てマルー! 俺は何もやましい事なんか・・・」
「じゃ、良いよね?」
「う・・・」
何故かそこで言葉を詰まらせるバルト。シンジはフッと黒い微笑を浮かべた。
「シンジしゃん、シンジしゃん」
「ん?」
その時、ズボンをチュチュに引っ張られてそちらを見ると、レイがしゃがんで布に包まれた何かを見ていた。
「これ何でチュか?」
「ああ、これ」
シンジはニコッと微笑むと、それを取って布を払った。すると楽器が出てきて、全員が注目した。
「シンジ君、それは・・・」
「チェロです。昔、趣味でやってたんで・・・タムズでボロいのがあったので、それの修理してたんです」
「・・・・・・・・聴きたい」
レイが服の裾を引っ張ってきて言う。シンジは少し困った表情で答えた。
「そんな・・・別に人に聴かせられるもんじゃないよ・・・」
今まで聴いて貰ったというか、聴かれていたのが一人だけで大勢の前で弾いた事など無かった。
「聴きたい」
「いや、だから・・・」
「聴きたい」
「これは趣味程度で・・・」
「聴きたい」
「しかもブランク・・・」
「聴きたい」
「・・・・・・・・・」
「聴きたい」
一向に引く気の無いレイ。チラッと周りを見ると、皆も聴きたそうだった。シンジはこの世界のレイは随分と積極的だと思い、溜め息を吐いた。
「(そりゃ初対面でいきなりドテッ腹に穴空けてくるんだもんな〜)」
あの、『問題ないわ』とか言ってた頃が懐かしいな〜、と目頭を熱くしながら弓を取った。そして、適当な椅子に腰掛け、弾き始める。
幻想的なメロディーが艦内に流れた。音楽には無関心なバルトまでもが魅入っていた。それは儚くも芯の通った曲で弾いているシンジも意外だった。
殆ど暇つぶし程度に思えたチェロが此処まで弾けるとは思えなかった。
「(・・・・・・そういう事か)」
弾きながらシンジはフッと笑った。前の自分は自分に自信を持てなかった。それが演奏にも影響して縮こまった曲になっていた。それが今ではこうして自信を持って弾ける。それだけの事で此処まで大きな違いになるとは、シンジは長い間生きてきてようやく分かった。
そう思うと苦笑が零れた。そっと目を開いて周りを見る。その中には初めて聴いてくれた人の姿はいない。その事だけが心残りだった。
やがて演奏が終わると、マルーとチュチュが拍手した。すると皆が自然に拍手し、シンジは照れたように笑う。
「すっご〜い、シンジさん! 凄く良かったよ!」
「え? そ、そうですか・・・?」
「素晴らしかったよ、シンジ君。是非、僕にも教えて欲しいな・・・ゆっくりと、ね」
肩に手を回してシンジの顎に指を添えるカヲルに周りが表情を引きつらせた。
「もう! 大袈裟だな〜、カヲル君は」
どげしっ!
が、シンジは微笑みながらカヲルの背中を思いっ切り叩いて吹っ飛ばした。カヲルは回転しながら壁に激突し、鼻血を垂らす。
「ふ・・・君の熱い拳、甘美に値するね。気持ち良いって事さ」
「それってマゾだよ、カヲル君〜」
「君が望むなら僕はマゾにでもなろう」
「「「「「(うわ・・・・)」」」」」
何処から出したのかバラの花を持って凄まじい台詞を残し、カヲルは床に倒れ伏した。
「さ〜て、教会に着くまでもう一演奏やりますか♪」
大人数で行くと迷惑がかかるというので、教会本部へはエリィ、シンジ、シタンで向かう事にした。フェイはシタンが背負っている。
教会本部の大聖堂はニサンのものと違い、それほど芸術性を感じられず、またシスターではなく、神父達が多かった。
大聖堂の奥からは関係者以外立ち入り禁止で、そこでビリーは待っていた。
「お待ちしていました。こちらへ」
ビリーはシンジ達を促し、奥へ連れて行く。扉を潜ると、その先は近代的な機械が多かった。
医務室に連れられると、フェイをベッドに寝かせる。それから医者が治療すると、心配そうなエリィに微笑みかけた。
「大丈夫。これなら後数日もすれば目を覚ますでしょう。此処で治療を終えたら、あなた方の艦に移しても大丈夫です」
「本当ですか!? ありがとうございます・・・」
エリィは心底安心したように頭を下げた。
「いえいえ。神の下に全ての人は平等なのです。困っている人があれば助けるのもまた神の道ですよ」
「(どうだかね〜)」
シンジは苦笑いを浮かべ、その医者を疑わしそうに見た。
「では私達はフェイの治療が終わるまで教会を見物でもしましょうか」
「あ、良いですね」
「私はフェイの看病をしてます。二人で行ってきてください」
そう言うエリィの言葉に頷き、シンジとシタンは医務室から出て行った。
「シンジ君、何処に行きますか?」
「そりゃ〜・・・最初は」
「「図書室」」
二人が口を揃えて言った。教会は世界の歴史を管理しているので、図書室には結構な資料がある筈だ。シタンは学者としての好奇心があるのだろう。
二人は図書室にやって来ると、やはりニサンよりも多くの本があった。
「シンジ君は何を調べるんです?」
「ん〜・・・シェバトの事ですかね〜」
これから先、シェバトには行く事になる筈だ。以前、キスレブでワイズマンが言っていたフェイの父親が仕官をしていた国であり、またユグドラシルも艦に付いてる紋章からシェバトで造られた節があった。
シタンは「なるほど・・・」と頷くと、同じようにシェバト関連の本を探し始めた。
シンジは分厚い本を持って一ページ一ページ丁寧に捲る。
「(シェバト・・・天空に住まう罪深き隠者達の家。何で罪深いんだ・・・?)」
眉を顰め、次のページを見るとシンジは目を見開いた。
「(シェバトの人々は天空を手に入れようと巨大な塔を創り上げた。だがその傲慢さが神の怒りに触れ、塔は破壊された。シェバトの人々は天空に逃げ、今も尚、彷徨っている・・・その塔の名は・・・バベルタワー・・・か)」
そこでシンジは本を閉じた。そしてドクンと高鳴る胸を押さえる。
自分の世界にもある・・・これと似たような話が。聖書の一説にある『バベルの塔』だ。それが何で別世界、更には地球でもないような星にあるのか全く分からない。
っていうか聖書関連はシンジ自身余り好きではない。
「(う〜ん・・・でも、これって)」
シンジは本を見ながら首を捻った。今の話、どうも矛盾がある。
天空を手に入れようとした人々が神に天罰を受けて天空に逃げたのはおかしい。普通なら地上に落とされる筈だ。
「(ひょっとして歴史が改竄されてる?)」
だとすると世界の歴史が嘘で塗り固められている事になる。けど一体誰が何の為にか分からない。
「どうしましたか、シンジ君?」
と、考え込んでるシンジにシタンが話しかけてきた。
「あ、いえ・・・ちょっと興味深い本だったので・・・」
「そうですか。そろそろフェイの治療も終わった頃でしょうから戻りますか」
「ですね」
此処で考えていても仕方がないのでシンジは頷くと医務室に戻った。
医務室に戻ると既にフェイの治療は終わっていた。シンジ達はフェイをユグドラシルに移す前にビリーに礼を言いたいと希望すると、ビリーは彼が経営する孤児院に戻ったと言われ、フェイをユグドラシルに移すと一同は孤児院へと航路を取った。
「けどフェイさんが助かって良かったですね〜」
「ええ・・・」
ユグドラシルの医務室ではフェイに付っきりのエリィにシンジが言うと、彼女は深く頷いた。
「でも・・・」
「??」
「そのラムサスって人、どうしてそこまでフェイさんに執着するんでしょうか?」
エリィやバルトの話を聞く限り、ラムサスは徹底的にフェイを狙ってきたそうだ。どうして、そこまでフェイに拘るのか分からない。
片やゲブラーの司令官、片や今まで村から出たことない一般人・・・全く接点がない。
「フェイの・・・なくしてる記憶と関係があるのかしら?」
「う〜ん・・・」
以前、アラエルの能力でフェイの意識世界にダイブした事があったが、その時は何か強大な力に無理やり追い出されてしまった。
やはりフェイの三年以上前の記憶に何らかのヒントがあるに違いない。
「(ま、今はフェイさんを治療しないとね・・・)」
後に考えれる事は後にする。そう思い、シンジは考えるのをやめた。そこへシタンが孤児院に着いたと医務室に入って来た。
To be continued...
〜あとがきの部屋〜
シンジ「2005年! はっぴ〜にゅ〜いや〜&二十話突破で〜す!」
アスカ「とまぁ二十話突破を記念して『あとがきの部屋』なんてのを開通しちゃったわよ〜」
シンジ「わ〜!? 何でアスカが此処に!?」
アスカ「何よ、文句ある? あたし、本編じゃ出番ないから此処に出てあげてるのよ」
シンジ「しょ、しょうがないじゃないか・・・アスカは使徒じゃないんだし・・・」
アスカ「リリンよ?」
シンジ「う・・・」
アスカ「ファーストやナルシスホモは出番あるのに・・・」
シンジ「あ、あの二人は別物であって・・・」
アスカ「ま、と〜っくの昔に死んだアタシには縁の無い話よね〜・・・しかもアタシの断りなくチェロを聴かせてるし・・・」
シンジ「何でアスカの断りがいるのさ?」
アスカ「何でもよ!!」
シンジ「横暴だよ〜・・・」
アスカ「ともかく!! あとがきはアタシの天下だからね! お〜っほっほっほ!」
シンジ「(・・・・アスカ以外にも出番の無い人は多いんだけどな〜)」
バルト「・・・シンジが気圧されてる・・・何者だ、あの女?」
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