暗闇の円舞曲

第七話

presented by 樹海様


――第三使徒殲滅後―ゲンドウ―
 「使徒再来か、唐突だな」
 「だが、幸いと言える。我々の投資が無駄にならなかったという意味ではな」
 薄暗い中、碇ゲンドウは会議に臨んでいた。
 周囲に浮かぶのは人類補完委員会。その実態はゼーレの幹部達に他ならない。
 彼らはゲンドウを好いてはおらず、本音を言えばあれこれと理由をつけて責めたい所だ、例えばゲンドウが息子にEVAを与えた事などだ……しかし、問題はそれが上手くいった事だ。確かに一撃喰らった事は事実だし、それにより装甲が一部破損したのも確かだ。
 だが、逆に言えばそれだけだ。
 要塞都市の一部が破損した?下手に言えば、それはより不快な発言となって返って来るだろう、もし、『戦闘で一切損害なしと言う夢を見るならばご随意にどうぞ、すぐにベッドに入られた方がよろしいのでは?』などと言われてみろ。その場では強権でもって黙れと言えるだろうが、それが正しい事を理解する自分がいるだろう。そうなったら、余計に腹立たしいだけだ。ましてや同じゼーレの十二使徒の地位にある連中に後で笑い話のネタにでもされたらたまらない。
 むしろ、それだけの損害で第三の使徒を倒したという事実の方が大きかった。

 「とはいえ、幾つか問題点もある」
 その言葉はそれまで沈黙を守っていた上席の男から発せられた。バイザーで目元を隠したこの老人の名をキール・ローレンツ。ゼーレの長たる議長の地位にある男だ。そして、この人類補完委員会においても委員長の地位にあった。
 「問題とは如何なる事でしょうか」
 ゲンドウも言葉遣いは丁寧だ。とはいえ、相変わらずのポーズを崩さない辺りがこの男というべきか。
 「まず一つ目だ。お前の息子の強制徴兵だが却下された」
 これは内心では驚いた。
 NERVには強制徴兵の権限がある。無論表向き国連議会に諮らねばならないのは確かだが、実質ゼーレの意志となれば普通は通るも同然の儀礼と思っていたのだが……ゲンドウの疑念にはキールも承知だったのだろう、続けて語ってくれる。
 「ヴァン・フェム財団が動いた。奴らめが我らの妨害を仕掛けてきおった」
 忌々しげな口調だが、ゲンドウの疑念は晴れなかった。
 「しかし、かの財団だけならば…」
 「そうだ、奴のみではない」
 ゲンドウの疑念に頷き、更に続ける。
 「他にも動いた組織があったが、その中でも最大のものはヴァチカンだ」
 ヴァチカン。それはすなわち――。
 「……何故彼らがシンジの強制徴兵を妨害するのでしょうか?」
 だが、そこが分からない。確かにヴァチカンは政治的な権限は低くとも、権威がある。そして、宗教の中には衰退してしまったものもあったが、彼らはきっちり生き残った。それどころかセカンドインパクトという未曾有の災害を契機として更に発展したとも言える。まあ、単純に倣岸なる人に神が裁きを下したのだ、と信心深い者は素直に神にすがり、余り信仰の深くなかった者も苦しい日々が続く中、或いは家族を失う中、神にすがったというケースが実に多かったという事だが。
 確かに彼らが動けばヨーロッパ諸国は例えゼーレが背後にいても躊躇いを見せるだろう。素直に従わなかったのも分かるし、実を言えばゼーレも未だヴァチカンには手を出せていない。だが、彼らがシンジの徴兵を妨害するとはどういう事か、理由がない。
 「分からん、だが、いずれにせよお前の息子はあくまで民間の協力者としてEVAに乗る事になる」
 という事は強引に命令で言う事を聞かせるのは難しいという事になる。
 実の所、ヴァチカンがシンジの強制徴兵を妨害した理由は簡単だ。彼らはシンジの正体を知っていた。すなわち死徒二十七祖の一角という厳然たる事実を。それを闇の事など全く知らない組織が徴兵!しかも、少し調べてみればその組織の悪評などぼろぼろ出てくる。
 かくて彼らは一つの結論を下したのだった。死徒二十七祖第十八位【灰/アッシュ】へのNERVの強制徴兵を妨害せよ、その為にはヴァン・フェムとの共闘も已む無し、と。
 かくしてこのような結末が導かれた訳だが、疑念こそ持っていたものの、ゲンドウはこれに関しては然程気にしてはいなかった。
 シンジがどういう理由で彼らの注目を浴びているのかは分からないが、所詮子供、どうとでもなる、という意識がある。少なくとも彼にはシンジにEVA初号機へと乗ってもらう必要があった。
 とりあえずはあいつと話をしてみる必要があるか、とゲンドウはこの後シンジとの会話をする事に決めた。

 この後もゼーレとの会議は続き、ATフィールドの事に関しての質疑などが行われる事になるが、総じての結論は『現状未定、様子見』これに尽きるだろう。実際、ゲンドウもシンジの事に関してはこれまでの情報が全部嘘だったという事で洗い直し確定だった事でもある。無論、それに関しては嫌味を言われまくったが。
 しかし――。
 「では、後は委員会の仕事だ。碇、ご苦労だったな」
 「――は」
 返答は一瞬遅れた。
 サングラスで目は隠れていたからゲンドウが目を僅かながら見開いた所を見た者はいなかった。
 組んだ手で口元は隠されていたからゲンドウの口元が僅かに驚きで開いたのを見た者はいなかった。
 そう、ゲンドウは驚いていたのだ。
 『――何故、シンジのあの力について尋ねない?』
 そう――委員会はただの一言もケージでのあの豪腕について問い詰める事をしてこなかったのだった。


 もっとも、ゼーレにしてみれば言う必要がなかっただけだった。――何ゆえ、ゲンドウにわざわざその事を丁寧に教えてやらねばならない?理由を聞かれれば、彼らはそう答えただろう。
 ゲンドウを排した後、人類補完委員会の面々にゼーレ十二使徒の残る面々を加えた場にて会議は進められていた。
 「しかし、矢張りヴァン・フェムは何がしかの人体の強化を成し遂げる術を有していたか」
 一人が忌々しげに呟いた。
 ヴァン・フェム財団をゼーレは当初侮っていた。如何に母体がかのヴァンデルシュターム財団であろうとも、所詮財団一つ。如何に財界の魔王とまで呼ばれたヴァン・フェムが率いるとも所詮はただの人間、と。
 だが、当初の表からの策が見事なまでにヴァン・フェムにしてやられ、ならばと仕掛けた裏からの策が表以上の失敗に終わってから、ゼーレは見る目を変えた――変えたが、どうにもならなかった。
 ゼーレにも切り札としての魔術師や死徒はいた。
 彼らは協会や大規模な死徒の組織に属している訳ではないフリーで、或いは隠れ場所を得る為に、或いは研究の為の資金を得る為に、或いは、とそれぞれに理由はあれ、何がしかの目的があって魔術や死徒の存在は明かさぬままにゼーレの依頼を受けていた。無論、彼らは魔術や死徒という形での吸血鬼が存在する事は隠し続けていた。明かした時自らが協会らに血相変えて追われるのは目に見えていたし、死徒らはそれを知ったゼーレが自らを解剖しようと図る可能性をどうしても否定出来なかったからだった。故にゼーレは魔術などの実在は知る事なく、そうした知られぬ技術を持つ凄腕として依頼を行っていた。
 だが、ヴァン・フェム財団と敵対を始めて早々にゼーレにとっては誤算だったが、彼らとの連絡が次々と取れなくなった。当然といえば当然の話だ。彼らはあくまで目的があってゼーレと関係を持っていた。死にたい、滅びたくて属していた訳ではない。
 ヴァン・フェム財団は死徒二十七祖の内でも第一位、第六位、第八位、第九位、第十四位、第十五位、第十七位、第十八位と実に八名が名目上所属し、第四位も顧問的な立場にいると言える。彼ら以外の空席でもなく、封印もされておらず活動中の二十七祖はといえば僅かに第十位殺人貴、第十三位シオン、第二十位メレム、第二十一位スミレの四名(しかもこの内フリーなのはスミレのみである)。
 そんな組織相手に喧嘩を売りたいと思うような魔術師も死徒もいなかった。無論中にはゼーレの示す莫大な報酬に目が眩んだような者がいなかった訳ではないが、その程度の輩がどうにか出来るなら教会も苦労しない。あっさりと返り討ちにあった。 
 かくして、以後はヴァン・フェム側にゼーレは肝心の裏の面で好き放題されてきたのだった。その中で得た僅かな情報として、人とは思えない身体能力を誇る者達の存在があった。
 「――これまで奴らの存在は秘められてきた。しかし、何故今回このような目立つ形で自らの手駒を派遣してきたのだ?」
 一人が呟いた。答えを求めての呟きではなかったが、それに答えた声があった。キール・ローレンツからだった。
 「それは分からぬ。だが、一つ気付いた事はないか。あのサードチルドレンの色に」
 色。
 そう言われて、一斉に映像で見たサードチルドレンの姿を思い浮かべた面々は更に別の者を思い出し、息を呑んだ。
 「そうだ、銀とも取れる髪、赤い瞳、抜けるように白い肌――アルビノと言えば確かに似ておるし、そう答えるのは簡単だが、彼の少年は後天的にあの容姿となったという。そして我らはその色彩を持つ、同じく危険な力を持つ者を知っておる」
 沈黙が場を支配していた。
 「議長、ならば彼の者は我ら同様【あれ】を確保し、それを人に組み込む方法を得た、という事でしょうか?」
 その声は厳しい。もし、それが真実ならば下手をすれば自分達の計画の全てが崩されかねない。
 「それは分からぬ。だが、可能な限り早く危険を冒してでも確かめねばなるまい」
 「……とはいえ、しばしサードチルドレンに手を出すのは拙いですな」
 「うむ……むしろ格好のサンプルだが、ヴァン・フェムめが送り込んできた以上何かしらの策が仕掛けられている可能性も高い…」
 「…うむ…碇めにはしばらくは余計な手を出さぬよう申し伝えておこう」
 ぐるりとキールは周囲を見回して告げた。
 「いずれにせよ使徒は再び訪れた。最早時は戻らぬ、我らの願い叶えるか否か二つに一つだ」
 「「「「「「「「「「「全てはゼーレの為に」」」」」」」」」」」
 そうして、彼らの姿はその場より消えた。


――第三使徒殲滅後―シンジ―
 第三の使徒殲滅後、ケージに戻ったシンジを迎えたのは歓呼だった。
 彼ら整備員達はその少なからずが、巨大な照明設備を片手で支えたシンジを見ていたが、それがどうしたと言わんばかりに群がって、降りてきた少年に「やったな坊主!」「おめでとう!」などと声を掛けながら笑顔でもみくちゃにしていた。まあ、シンジとしても敵意を向けられているならともかく、こういう事ならまあ、受け入れるかと半ば諦めつつ笑顔で対応している。
 彼らもどこかで悔いがあったのだろう。一部例外がいるのも確かだが、NERV職員の大多数は真っ当な感覚を持った人間だ。それ故に子供を最前線に放り込んで戦わせるしかない、という状況に歯噛みしていた者も少なくなかったのだ。
 もっとも、そうした歓迎はしばらくすると収まる事となった。
 「はい、はい。それぐらいにしておいてあげてね」
 赤木リツコが葛城ミサトと共にケージにやって来て、声を掛けてきたのだ。もっとも二人の表情は対照的でどことなく嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべた赤木リツコに対して、葛城ミサトはどことなくどんよりとした様子だったが。
 「あ、こりゃあ赤木博士」
 「戦闘の直後って事は疲れも出るし、それに早めにシャワーに案内してあげないと匂いがこびりついてしまうわよ?あ、あと初めて乗ったんだから一応健康診断もしないといけないの。そろそろ解放してあげてくれないかしら?」
 その言葉に一同も納得した。確かにそうだ。
 「じゃあ、納得してもらえた所で貴方達は仕事に戻ってね。使徒の攻撃を受けたのは確かなんだから、次回に支障がないようきっちりとした整備を頼むわよ?」
 悪戯っぽい笑みでリツコが告げると、整備班長だろうごつい男性が胸を張って男くさい笑みを浮かべて請け負った。
 「任せてください!次の出撃の時には万全の状態で出れるようにしておきまさあ」
 「そう、じゃあ、お願いね。シンジ君、シャワールームに案内するわ、ついてきてくれるかしら?」
 という訳で、整備員達は仕事へ、シンジはリツコ・ミサトと共に整備員達の見送りを受けてケージから出て行った。

 「それじゃシンジ君、とりあえずこの後は先程行った通り、シャワーと着替えの後、簡単に健康診断をしておきたいんだけど…貴方からは何かあるかしら?」
 「そうですね、まあ、大体は構いませんよ。健康診断じゃなく研究と判断した場合は抵抗しますが」
 その言葉に内心ギクリとしたのは事実だが、さすがにそれを表に見せる程初心ではない。
 「まさか、そんな事しないわよ」
 「そうですか、あと二つ程お願いがあるのですが」
 「何かしら?」
 出来る事と出来ない事があるけれど、と内心では呟いたが。
 「ありがとうございます、一つは遺伝子上の父と会いたいのですが」
 「ああ、それなら碇司令自身も話をしたいって言ってたから問題ないわ。健康診断の後になるけれどいいかしら?」
 一つ目は既にゲンドウから会議の後にと指示があった事だったので、これは問題なかった。
 「ありがとうございます、もう一つは葛城さん」
 「え?な、何かしら?」
 リツコと話をしている、と思っていたら急に話を振られてミサトは慌てて答えた。
 「実は作戦部のミーティングに参加したいのですが」
 「え?」
 が、言われた事にミサトはぽかんとした顔になった。全く予想していなかった事という顔だったが、シンジはこれを自分が参加したいという事に関して、と取った。
 「ああ、一応了解を得るつもりなのですが、矢張り自分も戦闘を実行した側として気になるのですよ」
 が、ミサトにしてみれば、そもそもミーティングというか反省会というものを考えてなかったので戸惑うばかりだった。
 「え、えーと……み、ミーティングって…何を?」
 恐る恐る尋ねた事でようやくシンジも食い違いに気付いた。
 「……葛城さん?貴方も訓練の後とかに反省会とかそういうのはありませんでしたか?」
 まあ、確かにあった。訓練が終わった後、教育という形で「どこそこの小隊のこの行動は良かった」「これはこうすべきだった」といった形だ。後方勤務が圧倒的に多かったミサトは演習でのこれらをあくまで教育の一環として捕らえていた。護衛任務では開始前に注意事項などが伝達されていたが、特に反省会などはなかった。 
 そうした事を聞いて、シンジは少し考えるような表情になってから言った。
 「……じゃあ、自分が進行役やりますから、是非ミーティングというか今回の反省点がないか会議をやる、としたいんですが」 
 「う、うん……分かった、伝えておくから決まったら連絡するわね…」
 ミサトも馬鹿ではないし、何より初号機を操り今後(少なくとも当面は)戦闘の要となるシンジとの連携を強めておきたい、という気持ちはあった。そうした意味では少なくとも作戦部とシンジの面々で顔合わせをするのは決して悪い話ではない、とそう考えたのだ。
 リツコは止めなかった。決して悪い話ではないと判断した事もあるが、何より彼女は軍事に関して素人だったからだ。
 こうして、後に使徒戦後恒例となる作戦部ミーティングは始まる事となる。


 シャワーを浴び、再び初めて現れた時同様の灰色スーツで現れたシンジだったが、リツコにはまたしても疑念が生まれる事になった。スーツは色彩が似ているが仕立てが異なる感じだったし、シャツもネクタイもまた少々変わっていた。素手だったはずなのに、どこから?そう疑問が生じたのは確かだったが、とりあえず優先すべきは別にあるとその疑問を振り払った。
 健康診断自体はすんなりと終わった。
 別に特におかしな事をした訳ではない、むしろ、初めて乗った事が後でどういう影響が出るかはわからないので何か異常を感じたらすぐ来て検査を受けて欲しい、という注意が主だったとも言える。本音ではもっとアレコレしたかったのだが、先に釘を刺される形になった事が焦って手を出す事を控えさせていた。

 「それでね、まだ碇司令の会議が終わってないみたいだから、良ければ少し質問させてもらいたいんだけど」
 煙草は幾等大人びているとはいえ中学生と話をする場には向いていないだろうと、自慢の珈琲を淹れミルク、砂糖と共に差し出す。
 「ああ、どうも……まあ、時間潰しにはなりそうですしね」
 そう言って言外に了承すると、珈琲を口にして、少し目を見張った。
 「へえ……機械で抽出してるみたいなので余り期待していなかったんですが……これはなかなか」
 そのままブラックで飲むシンジに、リツコも少し顔をほころばせる。
 いい豆と本当なら時間をかけての手間をかけた抽出の方がより美味しいのは確かだが、生憎そこまでの手間はかけられないので、自分なりの改造を行ったコーヒーメーカーで抽出を行っている。が、何せこの部屋に来る面々で珈琲を飲んでいく人間などほぼミサトだけ(偶にマヤなど)で、ミサトの味覚に関しては匙を投げているリツコである。純粋に評価してくれた事が嬉しかった。
 「ありがとう、それで確認したい事なんだけど……貴方、EVAに搭乗して最初のシンクロの時接触してくるような感覚がある、って言ってたわよね?」
 「ええ、そうですね」
 「どんな感じだった?」
 リツコにしてみれば、遺伝子データ以上にあのシンクロ率が既に目の前の少年が碇シンジである事を確信させているが、今はとにかくデータが欲しい。その為にもシンクロ率の原点に関わりそうなシンジの発言に興味があった。
 「と言われても……何かしら、そう、抱きつこうとするような、でも普通の抱きつくとは違うような…」
 うまく表せない様子のシンジに。
 「うーん、お母さんが赤ちゃんを抱くような?」
 「ああ、覚えてる訳ではありませんが、それに近いかもしれませんね。いずれにせよ小さい子を抱くような感覚が近いかと」
 そうした細々した質問から入って、やがて核心となる質問へと及ぶ。
 「で、シンジ君、このデータなんだけど…」
 示すのはシンクロ率のデータ。
 「あの敵生体の攻撃を受けた後、貴方のシンクロ率が急上昇しているの。ATフィールドもこの後から展開出来るようになったみたいだし……今私達はまだATフィールドを展開するのに成功していなかったから、貴方の展開が初の成功なの。是非やり方とかヒントみたいなのがあれば、教えて欲しいのだけど」
 データは取ってあるので、ある程度の推測は立つが、矢張り展開した本人から聞くのが一番だ。
 実際、この時、攻撃を受けた為だろう、直後に若干シンクロ率の低下が起きた後、急激にシンクロが跳ね上がっている。
  
 この質問にはシンジは表には全く出していなかったが、悩んでいた。
 シンクロ率の急上昇。
 この時の状況を簡潔に言ってしまうと、双方から精神干渉を行った結果だった。
 ダメージを受けた際に初号機から沸きあがった感情とより強いシンジを求める感覚が精神干渉系の魔術と同系統の感覚だったので、一瞬反発して(この際シンクロ率も落ちた)弾きかけたが、その反発を理性で捻じ伏せ受け入れる事と、自らも精神干渉を行い侵略する事でシンクロ率を向上させると共にATフィールドを展開させた。
 双方から行ったシンクロ、というのがシンクロ率の向上であり、こちらからも相手がオープンな精神というか自分が精神干渉される事を想定していなかったというか、あっさりと侵略出来たので、相手の能力の一端を把握し、力を用いたというのが正しい。分かりやすい言い方をすれば、こちらのパソコンに侵入してきたのを逆用して、相手のパソコンに侵入してデータを見る事に成功した、という感じか。
 とはいえ、そんな事を馬鹿正直に言う気にもなれないし、そもそも自分から行う精神干渉なんてどこで覚えたのか、と言われたらややこしい事になりそうだったので、一部のみ明かす事にした。
 「そうですね……攻撃を受けた際、最初に述べた抱きつきというか感覚が変わったんですよ」
 「変わった、ってどういう感じに?」
 「そうですね……まあ、先程からお母さんが、と言う言い方をしてるのでそれに倣うと、自分で庇おうとする感じ、ですかね?それで素直に庇われたら、感覚的というかあのATフィールド?それも理解出来て使えるようになった、と」
 とはいえ、その回答はリツコを納得させるには十分だった。
 相手の意志とでも言うべきものを感知して、それを受け入れられるかが鍵なのね。無論今後検証はしていかねばならないだろうが、大まかな流れは間違っていないだろう。
 そう結論を出した時、卓上のランプが点灯した。
 「あら、どうやら碇司令の会議が終わったみたいね……良ければそろそろ行きましょうか?」
 「ええ、お願いします」
 そうして、遂にゲンドウとシンジ。嘗て別れた親子が再会する時が来た。 


『後書き』
何だか1話ごとに長くなっていってるような……
次回はゲンドウとの会談と作戦部ミーティングの予定です

続いてオリジナル設定を少々
【ヴァン・フェム財団】
旧世紀において財界の魔王と呼ばれたヴァン・フェム率いる財団。
以前はヴァンデルシュターム財団と呼ばれていたが、一時引退していたヴァン・フェムの復帰とその後の拡張の際に改名した。
その理由は動揺する組織を静める為に創立者にして運営者であったヴァン・フェムの名を冠した、とされている。実際、ヴァン・フェムの復帰と組織にその名を冠した事は組織の動揺の沈静化と他組織からの警戒による逡巡を招き、立て直す時間を稼ぐ事に成功した。
この間に同様にセカンドインパクトで大きな被害を受けていた会社を自らの財団に取り込む形で更なる急成長を果たし、現在では世界でも最大級の財団の一つとなっている。

と、いうのが表向きの事情である。
正確にはまったくの嘘ではないし、事実組織の沈静化も他組織の警戒も事実である。
ただし、その本当の理由は『将来の組織解体が決まっているから』である。その際ヴァンデルシュターム財団そのものよりは別名称の組織がヴァン・フェムの再度の引退に伴い彼のカリスマによって纏まっていた組織が分裂した、という形で落ち着ける予定となっている。

死徒にもお金は必要だ。例えば、輸血パックの購入などがその代表例となる。こうした事を不審を抱かれる事なく行う為にアルトルージュ派もトラフィム派もそれぞれに表に組織を保有していた(資金的には問題ないが、大量の購入などには矢張り不審が生まれやすい)。
だが、これらがセカンドインパクトを機に一斉に大打撃を受けた為、この際に行われた手打ちを機会に、ヴァンデルシュターム財団の建て直しの為に即効性のある対応として同じように潰れかけている会社を吸収合併する、という形で一旦死徒側の経済組織をヴァン・フェムの元に統合した。その際或いはその後の対応策の為の資金は各自の持つ裏或いは闇の資金から拠出されている。

当初は建て直しの後早々に引退する予定であったヴァン・フェムだったが、ここで予想外の事が起きた。
ゼーレからの勧誘である。
ヴァン自身はこうした事に関心を持てず即座に拒否したが、この結果、ゼーレより暗殺者が複数送り込まれた事がその後の動きを決定づけたといって良い。ゼーレは闇にも多少は関わっているとはいえ、闇に完全に沈み込んだ組織程ではなく、またヴァン・フェムが闇の住人である事も知らなかったが故に送り込まれた者は通常の意味での暗殺者であり、当然ながら死徒二十七祖の一角に挑める程の力がある筈もなく、彼の元へとその全てが辿り着く事なく抹殺された。
とはいえ、これがヴァンを不快にさせた事は間違いなかったが、その後のゼーレ関係の会社群からの経済的な攻防はヴァン自身の退屈を紛らわせるには最高のエンターテイメントとなった。
「面白い、久々に楽しめそうだ」、側近の死徒は当時そう嘯いて笑うヴァンを目撃している。

とはいえ、世界最大級の複数の財団の陰に潜むゼーレと本来真っ向勝負をしては勝ち目はない。
だが、ここで複数の死徒の組織の集合体としての財団が大きな役割を果たす事になった。
如何にゼーレが巨大であっても、重要な情報も禄に奪えず、暗殺も極めて困難。一方ヴァン・フェムからの裏からの攻撃ではこちらは大きな損害を被る、では表の勢力に大きな差があっても潰しきれなかった。また、裏切りというか情報流出を行う者の数も圧倒的にゼーレ側が不利だった。
これらが結果的にゼーレとヴァン・フェム財団の拮抗を生み出している。



To be continued...
(2009.04.25 初版)


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