暗闇の円舞曲

第八話

presented by 樹海様


 「失礼します」
 そう告げ、リツコは司令室に入る。無論シンジを連れて、だ。
 司令室は広く、そして無機質だ。
 照明はやや薄暗く、特にインテリアがあるでもない。ただ机と椅子があり、床と天井にはセフィロトの樹が大きく描かれている。更に部屋の天井は広さに見合わず低い。普通の部屋とそう大きな差はないのだが、何しろ部屋の広さが違う。がらんとした空間は入ってきた者に圧迫感を与える。
 ただし、この場にいる者は誰も気にしていなかったが。
 一人はこの部屋の主故に、二人は慣れ故に、そしてもう一体はこのような舞台装置によって造られたソレを越える真の圧迫感というものを知っていた為に。
 
 ゲンドウの正面にシンジが立ち、案内してきたリツコはゲンドウを挟んで冬月の反対位置に立つ。
 これで、シンジとNERVの最高責任者と言える三名が対峙する形になる。
 「シンジか」
 ぼそり、とでも言うような声でゲンドウが呟いた。
 「久しぶり、と言うべきなのでしょうか?最後に会ったのが小さい頃の事ですので、まともに顔も覚えていないというのが正直な所なのですが」
 無愛想なゲンドウに対してシンジはあくまでにこやかで口調も丁寧だ。だが、そこには肉親に対する親愛の情はない。
 当然だ、『生みの親より育ての親』という言葉があるが、シンジにとってあくまで家族とはアルトルージュやトラフィムなのだ。10年の間放置しておいて、今更父親面されても困る。が、こちらも無愛想に、或いは攻撃的になるのは現在のシンジの立場である勅使としては極めて宜しくない。いや、双方了承しての演技としてのそれならば全く問題ないが、そうでないならば、顔で笑って心で殴り倒す、という二枚舌三枚舌を要求されるのが本来の外交官であり、シンジの立場もそれに当たる。
 ましてや、ゲンドウを今のシンジは憎む、という気持ちはない。愛情の反対は憎悪ではない、無関心なのだという。
 今のシンジにとって、目の前の碇ゲンドウという男は、初対面の無愛想な中年男と認識されていたから、今の段階では何の感情も抱きようがない。あくまで仕事として淡々とこなすのみだ。
 「……ひとまず確認しておく、当初はお前を強制徴兵する予定だったが、それは却下された」
 えっ、という顔になるリツコ、対照的に冬月も初めて聞いた話だったが、ぴくりと眉を動かしただけだった。この辺は研究者のリツコと現在外部交渉を多数引き受けている冬月との差という事だろう。
 「従って、我々はお前に今後もEVAに乗れと強制する事は出来ない。その上で、お前にEVAに乗ってもらいたい」
 本音を言えば、「お前には今後もEVAに乗ってもらう、反論は許さん」とでも言いたいのだが、先の会談の後キール議長直々に釘を刺されてしまった。つまりはここでシンジが怒って、乗らないとした場合でも力ずくで取り押さえたりは出来ない。
 そして、現実問題として、ゼーレに秘密裏に行ったとしても、抵抗してシンジが暴れた場合もし、あのケージで見せた怪力が現実のものだとしたら取り押さえるのは殆ど不可能だろう。銃を使う訳にはいかないから、薬を使うぐらいしかないが……何時までもそんな状態にしておく訳にはいかないし、大体乗せないといけない訳で未だダミープラグは完成していないから乗せる際は正気に戻さないといけない。そうなればまたそこで暴れる可能性が、と堂々巡りだ。それならば今ここで了解を得た方がいい、というのがゲンドウの判断だった。
 「成る程……それで乗る事による自分の利点は?」
 「報酬を出そう、1戦闘につき円で1億出す。1戦闘というのは最初の出撃で倒せず、結果として出撃が複数回になった場合を考えてのものになる」
 「つまり……今回のような1体の敵が出現したとして、それを倒すまでが1戦闘という事ですか?」
 「そう考えてもらって構わない」
 ここでゲンドウが敢えて使徒と断定していないのは双方とも了解した上での駆け引きの種になっている。
 「……こちらからも幾つか条件を出したいのですが?それをある程度飲んでもらえるなら引き受けましょう」
 実の所、シンジは最終的には引き受けるつもりだ。アルトルージュからも幾つか指示を受けてはいるが、それに従えばここで断って事態を終わらせるという選択肢はない。が、ゲンドウはそんな事とは知らない筈だし、素直に引き受けるのは却ってゲンドウらに疑念を持たせる事になるだろう。
 「聞こう」
 案の定ゲンドウはむしろ当然という様子で聞いてきた。

 シンジが出した条件の内主だったものは以下の通りだ。
1:作戦部の作戦立案やミーティングへの自身の参加
2:一定レベルの拒否権と自由戦闘許可
3:戦闘に参加した際の損害に関してはシンジは責を負わない
4:シンジに関する情報はNERV外には漏らさない。洩れた場合は責任者に対する処罰(最低でも降格と役職からの解任以上の処罰)とシンジへの賠償として10億を提供する
 まず、1に関しては問題なく受け入れられた。
 戦闘に参加して欲しい、というならば作戦立案段階から関わらせて欲しい。また同じ戦闘に関わる者同士普段から接点を持てるように各種ミーティングにも参加出来るようにして欲しい、というものだったが、この辺りゲンドウも軍事に関わる人間ではない事もあり、あっさりと了承を得た。
 2に関してだが、これは少々揉めた。
 ゲンドウらにしてみれば、一旦作戦に組み込んでしまえば、という意識があるが、当然シンジにしてみればその逆に戦闘に組み込まれたからといって、使い潰されるようではたまらない。
 それにシンジとしても、別段戦闘の度に命令違反を犯したいと思ってはいない。そもそもそうならないように、作戦立案段階からの参加を希望している訳だし。
 この場合、シンジの思惑としては、自身を外した作戦立案乃至作戦目的の強制。作戦立案に参加したが、自身の懸念なり提案なりを無視された場合において、立案された作戦が明らかに無謀無効と戦闘中に判断された場合。当初立案された作戦が効果なしと判定され、且つ新たな有効な作戦が即時に立案されない場合、といった状況を想定している。
 最終的にはシンジの意見が通った。今回のように戦闘が始まったけれど、何も作戦立てられていませんでした、作戦も提案されません。という状況を経験した後ではゲンドウや冬月としても黙らざるをえなかったのだ。
 3、だが。
 これはゲンドウらも認めざるをえなかった。
 シンジからは戦闘に参加して、『これだけの破損が出たから』『君、うちに所属してるんじゃなく、協力者だから』と実費を請求されては敵わない。
 ただし、例外として、シンジ自身が個人的理由でEVAを使った場合は除くとされた訳だが。無論、NERVの依頼で出撃した後で状況に応じて個人レベルで対応する事はあるが、それは除く。あくまで、シンジ自身が例えば『誰かを助けたい』という理由でEVAの使用許可を求めた場合だ。そう……例えば出撃した後でNERVとしては使徒戦に関係がないので戦闘に参加しない、と結論を下したがそれを無視してシンジがEVAを用いて戦闘に加わった場合などがそれに当たる。
 尚、これに関してはその時点(NERVが戦闘に参加しないと決定した時点)からシンジ自身が生身で動く事は許可する、という条件が入れられたのだが、この時点ではゲンドウらはそう深くは考えていなかった。
 最後に4だが、これはゲンドウらが更に渋った。
 が、素直にその本当の狙いを言う訳にはいかないので、表向きとしては『対立する組織に動かれた場合、例えば日本といった国レベルの諜報機関が動いた際、完全に情報を防げるかは断定出来ない』という反論を行った。
 とはいえ、別にシンジとしてそこまでは期待していない。シンジの求めたのはあくまで、個人レベルに対してのものだ。政府上層部などに知られるのはある程度仕方ないが、一般市民レベルにまで情報が洩れる事はないように、という訳だ。というより、一般市民にまで情報が駄々漏れというのは仮にも非情報公開の軍事組織としてはどうよ、と言われては先の反論が正に口を閉じさせる理由となった。
 ちなみにゲンドウは罰金に関して、情報漏れを起こした責任者自身に払わせる、と提案したが、逆にシンジからは了承するが、代わりに司令命令で周知徹底を行う事、最低でも館内全域での放送を行う事、書類による最重要伝達事項としての回覧を行う、と定めた。
 ちなみに、シンジ自身が抜き打ちで適当な面々に確認を行うから、してなかった場合とその場合の罰金は当然司令と副司令が負うんですよね、と確認を取られてしまったのだが。尚、書類の回覧が遅れたから、情報が洩れた場合は矢張り司令と副司令が責任を背負う事、とされた。
 まあ、これ以外にも細々したものはあるのだが、主だったものはこの辺りだろう。
 ちなみに内心は歯軋りしつつも、ゲンドウは冬月に言われて、シンジの目の前で館内全域への放送を行った。……冬月にしてみれば、連帯責任を取らされる事は御免だ、という考えからだったが。
 
 『伝達事項だ』
 館内全域にゲンドウの重苦しい声が響く。
 さすがにこの声を間違える奴はいない。一体何が、とスピーカーを見る者が多い。中には手を動かし続けている者もいるが、そうした者でも聞き流している様子はない。
 原因は簡単だ。声がアカラサマに不機嫌な事。
 ゲンドウが館内放送などかける事はこれまで一度もなく、逆に言えば何かしら重要な事が放送される可能性が高い事。
 そして。
 『――以上だ、これより只今をもって、以後サードチルドレンに関する情報流出を起こした者は即その責任を取ってもらう』
 そう告げて、館内放送は切れた。
 この一つの放送はNERV全体を大騒動に巻き込む事になった。情報に関わる者は無論の事、家に端末を置いていた者で取りに帰る許可を得る者が続出した。服務規程には違反しているのだが、仕事を片付ける為に黙認されてきた事だった。が、それも今日限りになりそうだった。幾等楽がしたいからといって、その結果として降格や罰金(しかも莫大な!)を請求されてはたまらない。
 こうした者の中に相田という名前の課長がおり、彼は急遽家に戻って、息子がシェルターから帰ってくる前に自分の端末を避難させる事に成功していた事、端末がなくなった事を知った息子が酷くがっかりした事などを付け加えておく。

 「……これでよかろう」
 「そうですね」
 ちなみにゲンドウの横では冬月が書類を作成して、最重要の判と共に回覧を命じていたりする。この辺り、NERVでは紙の書類ではなく、画面上で作成が行われているので送信は楽だった。
 「じゃあ、僕はそろそろこれで失礼します。正式な契約はまた後日」
 さすがにきちんとした書式に乗っ取った契約書はすぐには用意出来ないので、とりあえず手元のコピー紙に条件を書き連ねて、互いの拇印を押してある。
 その書類を手に、立ち去ろうとするシンジの背中にゲンドウは声を掛けた。
 「シンジ」
 「何でしょう?」
 振り向いたシンジに向け、ゲンドウは声を掛ける。
 「お前は私を憎んではいないのか?」と……。
 だが、思わず冬月とリツコが息を呑んだその問いかけも、シンジから帰ってきた返答は至極あっさりしたものだった。
 「いえ、別に」
 「……正直に言えば、お前に罵倒されるぐらいは覚悟していたのだが」
 そう告げるゲンドウの表情はサングラスと手で隠され、よく見えない。ただ、ゲンドウらしからぬ言葉に左右に立つ二人は驚きの表情を浮かべている。
 「うーん、不幸と言われましても2年ぐらいですし、何しろせいぜい6歳でしょう?正直『あの頃は』と思い返してもよく覚えていないのですよ、余り楽しい事はなかったという記憶は微かにあるのですが」
 加えて、その後が濃厚すぎた。
 「そうか……」
 「それだけでしょうか?」
 シンジの口調はあくまで丁寧だ。
 「いや、シンジ。お前には学校に行ってもらいたい」
 「学校、ですか?」
 「そうだ、お前が海外で大学を卒業しているかどうかは知らんが、今のお前は日本では中学生だ。折角なので日本の学校というものを体験してみてはどうだ」
 その言葉に少し考えた。
 ……確かに知識に関してはそれこそ博士号を取れるぐらいに詰め込まれたが、反面同年代の子供と遊んだ、という記憶はない。周囲にいたのは皆齢数百を重ねた化け物ばかりであり、それ相応の成熟さを皆持っていた。これはトラフィムの元へ行くようになっても変わらなかった。当たり前といえば当たり前だが、死徒のトップの傍に侍るような輩がふさわしくない相手を主の元へと近づける筈もない。自動的に若い生まれたての死徒など周囲から消えてしまう訳だ。シンジは途轍もない程の例外なのである。
 そういう意味では、楽しんでみるのもいいかもしれない。アルトルージュからはある程度の指針は示されているが、それに反しなければ自由に動いていいと言われているし(正体を知られる事や、最初から物語を破綻させる事などが上げられる)、中学で学生気分を楽しむぐらいは構うまい。そう結論づけるとシンジはいともあっさりと。
 「分かりました。まあ、気分転換と思って入学させて頂きましょう」
 承諾の言葉を返した。
 「そうか、ならば整い次第制服と書類は届けさせる」
 その言葉を最後に、今度こそシンジは部屋から退出した。ちなみにシンジを案内したのは少し離れた休憩所で待っていたミサトだ。彼女は中に入る許可を得られなかったし、作戦部に関しては日向にとりあえず明日皆を集めて欲しい、今回の使徒戦に関する意見交換を行う、という事を伝えてしまうと、手持ちぶたさになってしまったのだった。ので、本来シンジを案内する予定だった黒服の代わりに待っていたという訳だった。
 尚、明日とした理由はさすがに時間が遅かったから、とか結構戦闘時間が長かったので皆疲れているだろう、とかいった理由だった。実際そうだったのだが。
 「あ、シンジ君、終わったの?」
 「おや……待っていて頂けたのですか?」
 「あ〜ちょっちね」
 そんな会話を交わしながら、二人はそのままその場を離れていった。
 尚、この後、シンジが一人NERV内部の宿泊施設に泊まる、という事を聞き、憤慨した彼女がシンジを自身の家に引き取ろうとしたのだが、それはシンジ自身によって拒絶された。
 と、言っても将来姉らが来る可能性が高いので、皆で住めるようこちらの住宅を近い内に手配する必要がある、と告げる事で納得させたというべきなのだが。ミサト自身はお父さんと一緒に住みたくないの?とか聞いたのだが、十年以上会ってなかった父と、その十年の間家族として過ごした人達のどちらを選びますか?と問われたら答えられないでいた。
 後にこの問題に関してはミサトと同じマンションの、ミサトの上の階丸ごと提供するという形で収束する事になる。この辺りには、建設ラッシュな上に使徒が来たら破損する可能性がある一般住宅とNERVが責任持って修復するマンションのどちらがいいか、といった部分もあるのだが、その辺りの駆け引きは省略する。


 一方その頃、シンジの立ち去った司令室ではゲンドウが問い詰められていた。
 「何のつもりだ?」
 問い詰める、という言い方をしたが、正確には疑問の解消といった辺りか。冬月の口調には責める響きは感じられない。
 「……今のあいつが私を憎んでいるというならば、それはそれで楔となると判断したのだが」
 生憎、どうやらその線は薄そうだ、と嘯く。
 「成る程な、では?」
 「ああ、なければ作るしかあるまい」
 ゼーレから命じられている事もあるので、直接に手を出す気はないが、仕込みは構うまい。
 「しかし、どうする。中学校に行かせたとて、今のシンジ君とすんなり友達になれる者がいるか?」
 外見からして日本人であるのに、日本人とは異なる容姿。外見だけなら珍しさでちょっかいをかける者もいるだろうが、生憎あの存在感だ。先程までの交渉で平静を保てていたのは、いや保っていたように見せていたのは自身の矜持と見栄、それに経験に過ぎない。
 あの交渉の時、シンジの雰囲気は変わった。
 態度が変わったのではない、見た目が変わったのでもない。口調が変わった訳でもない。だが、明らかに、そう場の雰囲気とでも言うべきものが変わった。そこにいたのは未だ中学生程の年齢の未熟な少年ではなく、熟達した交渉の経験者だった。引くべき所は引き、押すべき所は押す、引いてもそれと交換に別の条件を付け加え、少しでも自らに有利となる条件を引き出していく。こうした事柄に関してはリツコは完全に役に立たず、主として会話をする冬月、時折譲れぬと重要点において口を出すゲンドウ二人が相手をする結果になったのだが、その内容はといえば、シンジ自身の意見が大体通ってしまっている有様だ。それ故の懸念だった訳だが……。
 「問題ない、シンジの情報をリークする」
 「なっ!?知られた時どうなるか分かっているのか!?」
 責任者の降格と罰金。ゲンドウらが降格する事はないがその分罰金が増える。だが――。
 「問題はない。冬月、奴には我々がリークしたという証拠を掴む方法はない」
 ニヤリ、と言いたげな様子でゲンドウは呟いた。
 「加えて、我々に素直に証拠を明らかにする道理もない。協力を求めてきたならば、せいぜい探る様子を見せた上で戦略自衛隊辺りからリークされたものだとでも伝えておけばいい。いいな、赤木博士」
 「分かりました」
 他組織から明らかにされたものに関してはNERVが責を負う必要はない。それ故の言葉だった。
 
 彼らは気付かなかった。
 もし、この部屋がもっと明るい部屋であったならば、そしてこれ程に広大な部屋でなければ、或いは気付いていたかもしれない。
 舞台装置としての空間がそれ故にその一角に潜む黒い塊の一群に彼らが気付く可能性を永遠に失わせた。


 さて、翌朝、NERV作戦部ではシンジと作戦部の面々との面通しが行われていた。
 「以上で、全員よ。これからよろしくねシンジ君!」
 にこやかな笑みでミサトが告げる。
 「指揮系統としてはシンジ君は立場としては三尉ぐらいになるかしら?いずれにせよ私の命令系統に――」
 「あ、それナシだそうです」
 「え?」
 「何でも私の強制徴兵が正式に却下されたので、民間協力者として戦闘に参加する事になります」
 「な、なんですって――――!」
 ミサトの声が大きすぎたので、他の者の声は目立たなかったが、彼らとして驚いていた事には変わりない。
 「ど、どういう事よ、それ!」
 「さあ?私も司令室でその旨聞いただけなので、どのような展開で徴兵が取りやめになったのかは聞いていませんので……」
 実を言うと、大体の想像はついている。が、そんな事を明かす必要はないし、大体嘘は言ってない。そう、聞いてはいない、ただ知っているだけだ。
 「そ、そう……それもそうかもね……」
 だからミサトはそれを信じた。いや、ミサトのみならず日向を含めた他の者もそれを信じた。確かに、中学生が裏事情を知っているとは誰も思わない。
 「とりあえず、それは後で葛城さんから司令なりに確認してもらうとして、ミーティングを開始して構いませんか?」
 「え、ええ、始めて頂戴」
 その時点ではミサトはミーティングがどれだけ長くなるかは想定していなかった。もし、知っていたら翌日に回していただろう。彼女はせいぜい30分ぐらいのものだと思っていたのだった。
 「では、まず。今回の民間の怪我人はどの程度だったでしょうか?ああ、あくまで第三新東京市におけるものですが」
 「えっ?し、シンジ君?怪我人とかはいないと思うよ、避難は終わってたし、戦闘開始の時点では誰も外にいなかったはずだから」
 そう口を挟んできたのは日向二尉だった。正直に言ってしまえば、士官学校卒業後一年で通常自動昇進する二尉が作戦部のナンバー2という事でシンジの不安は増大したのだが、黙っておく。
 「確かにそうでしょう、ですが、避難が行われた際の怪我人、そして本当に誰も外にいなかったのかを検証する必要があります。避難の際に転倒しただけでも場合によっては重傷となる場合もありますので」
 「う〜ん、それは確かに……」
 人は転倒しただけでもそれが場所によっては惨事となる事だってある。場所によっては一人の転倒が雪崩を打って連続して人を転倒させる事態にだってなるのだ。
 誰も準備していなかったので、急遽日向が調べた結果。
 「……こうしてみると結構怪我人は出てますね、死者は出てないようですが……」
 という数字が上がってきた。
 「そうなの?」
 ミサトは少なくとも悪人ではない。だから、そうした数字にも罪悪感は感じてしまう。
 「ええ、重傷者だけに絞っても転倒による骨折とか、或いは避難の際に……おや!?」
 急に日向の口調が変わったので作戦部の一同の視線がどうしたのか、と問いかける視線に変わる。
 「……一人、シェルター外にて重傷を負った者が使徒戦後に発見されています」
 「え!?使徒戦後って……じゃあ使徒戦の時に外に出てたの!?」
 さすがに驚愕の声が上がる。まさかそんな、とか全員避難した筈じゃなかったのか!と言った声が作戦部に満ちる。
 「その人の名前は?」
 「名前は鈴原ナツミ、9歳です。第一次直上会戦の際、瓦礫の下敷きになり入院、となっています」
 「ちょ、ちょっと!シェルターに全市民の避難は完了していた筈よ!?」
 そう、その筈だった。人数確認自体はMAGIで行われており、照合済だ。そこに誤りはない。では何故?調べていく内に驚きの結果が出てきた。

 「……一度避難した後に、忘れ物に気付いてシェルターの外に出た、かあ……」
 渋い表情のミサトだ。
 「つまり、一度避難された段階で管理が終わってしまい、更に外に出ても感知されない、これは問題ではないのですか?」
 シンジからの指摘に唸る一同。確かにその通りだ。今回は一人の少女だったが、今後も同じような事が起きないとは言えない。いや、むしろ起きる可能性の方が高いだろう。
 「……とりあえず何かしら対策考えましょう」
 と、ミサトが告げた事で戦訓会議は始まった訳だが、早々に行き詰った。シェルターの扉は電動と手動とがあり、今回は電動の大型扉の方から出た訳だが……これに関してはMAGIで入った人数を計測していたが、満杯になるまでは扉は開いていた。これは直上会戦が避難命令が出てからしばらく余裕があった事も大きい。少女の場合、一旦外へ出て、そして戻ってみれば満杯となったシェルターの扉は既に閉まっていた、しかも少女は別のシェルターの場所を知らなかった、という事もあった。
 何しろ小学2年生の女の子だ。『避難命令が出たらシェルターに避難』『ここにありますからね〜』といった事は学校の研修で受けていたようだが、別のシェルターがどこにあるのか、とか入れなくなったらどうしたらいいのか、までは分からなくて、仕方なく建物の陰で震えていた、らしい。
 とりあえず電動の大型の扉に関してはMAGIによって入った人間と出て行った人間の数双方を管理するよう改める事になった。
 その上で、人数が合わない場合は保安部に協力を要請して、人員を派遣してもらう事になるだろう……という所でシンジから問いかけが入った。
 「それならば保安部も参加してもらった方が良くはないですか?」と……。
 その言葉に苦い表情になる一同。何でも余り仲がよろしくないのだとか。理由は単純で保安部は規模が大きい。何しろ、巨大な都市一つ丸ごと規模の警備を担当する訳だから当然そうなる。結果、保安課にはミサトより階級が高い者がいる関係上命令する事が出来ないのだという……非戦闘時においては。
 「そうですか、それならミーティング終了後に自分が保安部に赴いて協力を要請しましょう。案内だけお願い出来ますか?」
 これにはミサトからそれなら自分が行くといった発言が出たのだが、この辺りはシンジの「お互い面子のようなものもあるでしょう。ここは来たばかりでしがらみのない自分が出向いて協力を要請した方が角も立たないでしょう」といった説得も重ねて押し切った。はっきり言ってしまえば、シンジがミサトらの交渉を信頼出来なかったからなのだが。
 「で、後は手動よね…」
 こちらは更に問題だった。元より本来の出入り口ではなく、シェルターの本来の出入り口が破損或いはシェルターが危険に晒された際の脱出用なのだが、その性質上人力でも開けて出られるのだという。これはNERVの緊急用の出入り口も同じだ。おまけに何を考えていたのか、普段は使わない場所だからと監視カメラやセンサーの類までないのだという。
 「……設計者は何を考えていたんでしょうか」
 思わずシンジから本音が洩れたが、改めて認識させられた一同の感想でもあった。
 「……とりあえず開閉を感知するセンサーの設置だけでも上申を出すとして……当面はこれも矢張り保安部に頭下げるしかなさそうねえ……」
 センサーを設置と一言で言ってもこれはそう簡単な話ではない。
 シェルターの非常用出口は一つや二つではすまないし、センサーの設置には当然お金がかかる。その為に書類を出して、上に申請し、予算が降りたら今度は業者の選定と契約、それにそもそも配線自体が通っていないからそこから引き直さないといけない。配線が壁に剥き出しでいい、というならともかく、外に出ようとする人間がいた場合、果たして見るからにドアのセンサーに繋がっていそうな配線をそのまま放っておいて出るだろうか?では、壁に埋め込むか、となるとこれまた一大事だ。こうなってくると、果たして上申が通るかさえ怪しくなってくる。
 となれば、一番の上策としては出入り口に保安部の強面を配置する人海戦術しかないだろう。
 「というより、何故作戦部にシェルターの管理業務なんてあるんです?人手足りないでしょう?」
 とのシンジの言葉には皆苦笑いしていたが。何でもこれまで避難訓練ぐらいでしか使う事がない場所であった為、これまでもっとも暇な部署として知られていた作戦部が管理業務を引き受ける形で行っていたのだという。
 「では、これを機に管理権限を戻す、という形で保安部と交渉する事にしてよろしいですか?」
 というシンジの言葉には皆頷いた。これが利権がたっぷり絡んでいたりしていたらそう簡単にはいかなかっただろうが、幸いそんな事はなかったようだった。
 こうしてミーティングはこの他にも色々な案件に関して進められていった。作戦部はようやっと仕事が得られた、という事もあり、皆張り切っていた。
 尚、この後のシェルター管理の保安部への権限復帰とそれに伴う出入り口の管理に関しては作戦部からの依頼という形でシンジが交渉役となった事から割かしすんなりと終わった事を追記しておく。救出や事故発生の防止といった面からの観点ならば断る必要はなかったし、作戦部ではなく、サードチルドレンが就任の挨拶の際に『お願い』という形で切り出してきた事も意地を張る事を避けれた理由だろう。その理由に関して、出入り口の監視体制の不備を伝えられた時には保安部の部長や課長らは頭を抱えていたが……。  



To be continued...
(2009.05.02 初版)


(あとがき)

さて、段々と1回ごとの容量が増えていっている……。
何故でしょうねえ

さて、今回の話はケンスケとトウジが関わるイベントをこれにて排除……とはなりません
何せ、陰謀の背後にはゲンドウというNERVの司令がついてます
シンジとて常にゲンドウを監視している訳ではないので、全てを知る事は出来ません

……尚、シンジは今後ミサトとは1階異なる部屋に入る訳ですが
じゃあ、誰か来るのか?と言われると……来ます。ただし、一番は実は今まで姿自体は見せた事ない方ですがw
さて、誰が来るでしょうね、名前は月姫世界だとそれなりに出てるんですが



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