暗闇の円舞曲

第九話

presented by 樹海様


 「かくて真実は闇の中、か…」
 クーラーの効いた指揮車の中、珈琲を口にしながらミサトは呟いた。その視線の先にはTVの画面、先程から幾つかのニュースを流し見していたのだが、先だっての使徒との戦闘はいずれもカモフラージュされて表には出ていない。無論、被害を完全になかった事にするのは不可能だが、それだってテロであったり事故であったり、複数の案件を混ぜる事によって一件一件の規模を縮小し、全体としてみれば何でもない事件のように扱われている。
 「広報課は喜んでいたわよ、ようやく仕事が出来たって」
 リツコが作業を行いながら告げる。
 これまで広報課は作戦部と並んで殆ど仕事がなかった。まあ、この辺りは仕方ない面もある。非公開組織である以上NERVに一般市民の見学だのが来る事もなかったし、パンフレットを気合入れて作っても配る相手もおらず、偶に視察に来るような人は例外なく権力持った面々、当然ながら下っ端の広報課が案内を仰せつかるような事もなかった。
 「そうね」
 と答えつつもミサトは何やらノートにあれこれ書き込んでいる。答えもどこか相槌を打っているだけのような印象だ。
 「何をしているの?」
 さすがにリツコも興味が湧いたらしく、ミサトの手元を覗き込む。
 「ん〜とりあえず、幾つかの状況の想定かしら」
 
 作戦部はこれまで殆ど使徒戦において何をすればいいのかが分かっていなかった。
 当然と言えば当然だ。何せ最上位のミサトでさえ、どんな情報をどう活かせばいいのか分からなかったのだ。
 「例えば、今回の使徒とその使徒との戦闘だけでもかなりの情報が分かります」
 記録画像を表示しながらシンジが告げた。
 それに従えば、通常兵器との交戦から相手の耐久力が分かるという。
 少なくともこのLvの兵器ならば足止めは可能、このLvの兵器ならば相手にもされない、というのは重要な情報だ。相手に効いている武器があれば、相手の皮膚強度も判明するし。
 「また、今回の使徒は格闘戦に杭、遠距離戦に光線兵器を持っていました」
 そうした点からシンジが書き出した簡単な使徒を生体兵器と看做しての分類としては。
・接近戦型
・遠距離戦型
・特殊型
・複合型
 の四つに大別出来るという。
 接近戦型ならば拳、爪だったり、剣だったり、或いは鞭や槍といった武器が想定される。無論、生体兵器である以上爪にしても長く伸びたものになるだろうし、それ以外にも違いは出てくるだろうが、基本はその応用になっていくだろう。
 遠距離型であれば、当然射撃に特化した形状を保有しているだろうから、余り格闘戦に向いた形状をしているとは思えない。
 特殊型だが、これは真っ向勝負をしてこないタイプ。電子戦闘や催眠術の一種に分類される精神干渉攻撃、或いはそれ以外。
 最後に複合型だが、これは上記に上げた三種類を複数組み合わせたもの、例えば前回のサキエルなどが正にそうだった。
 「隕石をアステロイドベルトとかから空間転移させる爆撃型なんかがいれば、この内特殊型の範疇に入るでしょうね」
 「そ、それって世界が終わらない?」
 恐る恐るミサトが告げるが。
 「何を今更。元より使徒戦に負けたらサードインパクトが起きると散々貴方達は主張してきたんでしょう、今更隕石が落ちてこようが焦るものでもないでしょう」
 と、あっさり切って捨てられた。
 
 「……んでまあ、それぞれのタイプごとに作戦部の人間が対応策とか考えてみる事になってさ…」
 接近戦を得意とする使徒なら、どのような対抗策が有効か、想定していた武器とかが有効でないならどのように対応するのか。或いは遠距離攻撃型ならどのように対応するのか、特殊型に関してはどこで見分けるか、その場合の対策は、と今作戦部はようやっと自分達のすべき仕事とでも言うべきものを与えられて張り切っている。こうした複数の人物による提案も、『何の為に参謀という役職があるのか』と怒られた結果だ。
 そもそもナポレオンの天才的な軍事の才能に対抗する為に編み出されたものが、ドイツに端を発する参謀制度であり、それすなわち如何に天才的な軍事才能を持つ相手でも複数の人間の知恵の結晶に破れるという事を示してもいる。これまで作戦部の人間はミサトの手伝いのみで、作戦はミサトが考える予定だったと知ったシンジは呆れながら、そんな事を説明してくれた。
 とりあえず、様々なタイプとその対応を考えて、今度はそれを元にしたシミュレーションを行う予定だ。
 「いい事じゃない、それでミサトの担当は?」
 「一応全部よ」
 
 
 さて、そうした研究が行われている一方でシンジは中学に通っていた。
 最初からシンジを中学に入れるつもりだった、というより、本来は確かに親の都合で転校させた、という状況だった訳だから引越し先に新しく通う予定の学校とその手配をしてあるのはむしろ当然だったのだろう。早々に制服と教科書が届き、シンジは学校に赴いた。
 紹介された当初、クラスはかなりざわついていた。
 当然といえば当然で、明らかに日本人としての名前なのに見た目は日本人とは思えない。が、それでも割かしすんなりと受け入れられたのは綾波レイという前例がいたからだろう。
 尚シンジの席は当初窓側になりかけたが、強い日光だと肌が弱いので、と壁側に変えてもらった。まあ、嘘ではない。
 当初はとにかく、大勢の人間が興味を持って話しかけてきた。
 これらに対して、焦らず落ち着いた様子で丁寧に答えていった。無論、話せないような内容はぼかして、だが。
 『どこから来たの?』
 「ドイツだよ」
 え〜っと驚きの声が上がった。じゃあ、ドイツ人なの?という声も上がったのはシンジの外見からだろうが、これは外見は病気と薬の影響で色が抜けたから、自身はれっきとした日本人だと話した。
 『なんで今の時期にここに引っ越してきたの?やっぱり親御さんの仕事の関係?』
 「まあ、そんな所」
 ここで一人のオタクが『へえ、NERVってドイツにも支部があるんだよな、ひょっとしてそっちの転勤?』と口を挟んできたが、これに「想像に任せるよ」と語った事から、皆の間では自然と親御さんがNERVのドイツ支部からこちらに転勤になったのだろう、という推測が一人立ちしていた。何分にも彼らの親も皆NERV勤務なのだ。自然な流れだっただろう。
 『趣味は?』
 「うーん、特にないかな?一応体を動かす事と読書かな」
 この世界においてはもう修行に次ぐ修行だったから、音楽などやっている暇はなかった。もっとも、単なる戦闘機械を作るつもりはなかったのか、音楽を聴く事自体は結構あったし、本を読む事も多かった。ただ、自分で音楽をやるとか、そういった事はなかったのだ。 
 『どこに住んでるの?』
 「それは秘密、その内もっと仲良くなった時にね」
 といった具合だ。
 人当たりが良く、にこやかに相手を見下す様子もなく応対するシンジの様子には皆好感を抱いたらしい。何時しか友人というか仲の良い相手も出来、自然とクラスに溶け込んでいた。

 学校という日常があれば、放課後は非日常が広がる。
 「それじゃ始めるわよ」
 CGで作成された映像の第三新東京市に使徒の姿が浮かび上がる。と、言ってもその姿は先の戦いで戦ったサキエルのそれではない。
 実は当初はサキエルの姿そのままで、更に能力や強度もほぼそのまま流用されていたのだが……先だっての様々なパターンを試すという意味で、或いは武器を様々に変更し、或いは長距離武器を主体に搭載し、或いは強度を変えたり、或いは形状を様々に変えてみたり、と色々な状況下での戦闘を行っている。尚、本日の対戦相手は一撃離脱を得意とする高速飛行型だった。
 「どう、シンジ君は?」
 リツコがミサトへと話しかける。今回のシミュレーターのプログラムは技術部の全面協力の元に作られているのだから、様子を見に来るのは当然なのかもしれないが。
 「そうね、今回みたいな相手にはちょっと苦戦気味ね」
 大体ミサトにもシンジの戦い方が分かってきた。
 「シンジ君はね、接近戦闘、特にナイフを使った戦闘には相当長けているわ。護身術の一環、というには物騒だけど達人にきちんとした訓練を受けてるわね」
 我流のそれで戦い方を構築した者と、きちんとした系統だった訓練を受けた者とではまた武器の扱い方が違う。我流にはどこか無駄が残るが、きちんとした訓練を受けた者のそれには完全には再現しきれず無駄が出る事はあっても目指す動きには無駄が極めて少ない。この辺りは長い時をかけて、試行錯誤の末に完成していった武術とはそういうものだというしかない。
 「反面、銃器の扱いには余り慣れてないみたいなのよね〜」
 「ま、それ普通じゃない?あの年で銃器の扱いに慣れてるっていうのはちょっとおかしいわよ」
 まあ、それもそうなんだけどね〜と返すミサト。まあ、ナイフ戦闘だって仕込むのは変といえば変だが、銃を撃つよりはまだ家でもそれなりの広さがあれば可能だろう。
 「で、リツコ、こっちから頼んだ件はどう?」
 この一週間程のシミュレーションの結果として、幾つか難点が発見され、その改善を頼んでいた。
 「そうぱっと完成する訳ないでしょう?とりあえずプログレッシブナイフの大型化はまだ割りと順調ね。もう数日で完成するでしょ」
 ナイフ戦闘を行う場合には、これまでのサイズではどうにも小さいのがプログレッシブナイフだった。これを現在より大型のアーミーナイフをモデルにしたものを試作中だ。
 「とりあえずお願い。シンジ君の戦闘の最も得意なのがそれみたいだから、早急に欲しいの」
 「分かってるわ、あとパレットライフルの弾頭だけど、こっちは予算ついてからね」
 劣化ウラン弾芯を用いていたのがこれまでのパレットライフルだった、のだが。サキエルよりもっと純粋に装甲強度を高めた使徒を出した際に片端から砕けて粉塵となってしまったのだ。お陰で粉塵が晴れるまで接近戦を挑もうにも挑めなくなってしまったという苦い経験がある。そこでせめてストッピングパワーを例え貫通しないにしても発揮出来るようにしようと、タングステン・カーバイド弾芯への変更を行う予定だったのだが、生憎タングステンを大量に調達するには結構なお値段がかかる。
 劣化ウランは加工にお金がかかるのであって、加工全てを自前やってしまうNERVでは原材料がタダ同然の劣化ウランの方が調達しやすいのだ。
 「うーん、とりあえず次の使徒で砕けない事を祈るしかないわね〜」
 粉塵になった劣化ウランなんて吸うのはやっぱ嫌だし、と呟く。鉛や水銀よりはまだマシらしいが……いずれにせよ重金属なのは変わらないし、放射能だって少ないとはいえない訳じゃないのだ。  
 「まあ、とにかく頼むわ。もう一度のセカンドインパクトなんて御免よ」
 そう、その為ならば何だってしてやろう。

 
 そしてそれから更に日が経ち、シンジが転校してから、およそ二週間弱経った頃の事だった。
 「相田君、鈴原にプリント届けてくれた?」
 カメラを構えてチェックしている少年に話しかけたのは、学級委員長を務める洞木ヒカリだった。
 「え?いやあ、それが家にいなくてさ」
 言いつつ、机の中に入ったままのプリントを更に奥へと突っ込む。頼まれていたし、実の所行っていなかった訳ではなかった。来ない友人を気にして、一応様子を伺いには行っていたのだ。ただ、不在のまま結局プリントは届けられる事なく翌日カバンの中に入ったままで、その内机に位置を移動して、忘れられていた。
 「ひょっとしたら誰か怪我でもしたのかもな」
 「え?だってTVでは怪我人はいないって」
 「まさかあ、あんだけの事件だぜ。三沢や入間からも上がってるんだ、それこそ数十人単位で出てたっておかしくないね」
 実際民間人の怪我人も出ているのは前に記したとおりだ。
 さて、ここでこの辺りの情報が流出しているのでは、と思った方もいるだろうが、実の所NERV職員とその家族の間でこれらが問題になった事はない。職員らもサードチルドレンの情報に関しては家族にも話をしたりはしなかったが、それ以外に関しては結構ポロリ、と漏らしたりしていた。これまで情報の秘匿、という概念についてまともに教育されてこなかった以上仕方ないのだろうが……これが技術部や整備課となってくると口はずっと堅くなるが、この辺りは常から機密指定されている情報に接しているからだろう。
 無論、こんな状況に呆れている者がいるのも確かなのだが、自分には関わりない事と無視を決め込んでいたりする。
 と、そこへ教室の扉が開いて一人の黒いジャージを纏った少年が入ってきた。
 「あ、おはようトウジ」
 「あっ、おはよう鈴原君」
 「おはようさん」
 そう答え、荷物を降ろしてから、鈴原トウジはぐるりと教室を見回した。
 「なんや随分と減ったみたいやなあ」
 確かに、以前は殆ど埋まっていた教室は現在至る所が歯抜けのようにきちんと片付けられた机と椅子が点在している。
 「仕方ないよ、実際に街中でドンパチが始まったらね」
 街の各所に設けられたシェルター、かねてより噂されていた戦闘の為の準備、それらが先だっての件で現実のものだと実感したのだ。こればかりは如何にNERV広報課が偽りの情報を流そうと、実際に街に住んでいればあちらこちらで明らかに事故以外で破損した建物を目撃するし、更には家族から実際に起きた話が噂という形で流出する。
 そうして、実感としてこの街で戦闘が起きている、起きるとなると疎開という形での避難が行われるようになってきた。
 さすがにNERVで働いている親が避難する訳にはいかなかったが、子供だけでもと離れた所に縁戚がある家はそちらに我が子を預けるようになってきたのだ。
 「喜んどるのはお前ぐらいじゃのう」
 言いつつ椅子に座ったトウジにヒカリが話しかける。
 「そういえば、鈴原最近学校に来なかったけど、どうしたの?まさか怪我とか…」
 「妹がな……」
 渋い表情になって言う。
 瓦礫の下敷きになって、怪我をしたのだという。
 「うちはおとんもおじじも共働きじゃから、俺がいてやらんと…」
 いて何が出来る、というのはあるが、この辺りは気持ちの問題だ。少なくとも目覚めるまでは傍にいてやりたかった。とりあえず、昨日ようやっと意識も戻って、峠も越したようだったので学校に来た、という訳だ。
 「しっかし、あのロボットのパイロット、ほんまにヘボやの!もっと上手く操縦せえっちゅうんじゃ!」
 そう怒ったような口調で言うトウジにケンスケが話しかける。
 「それなんだけど……」 
 
 授業が始まって間もなく、学校提供のパソコンのチャット画面にある文字が躍った。
 『碇君が、ロボットのパイロットって本当?』
 『違うよ、というかロボットって何ですか?』 
 即効で否定。
 が、向こうは向こうで食い下がる。
 『碇君が来た前の日にこの街で戦ったっていう巨大ロボット。碇君がそのパイロットなんだっていう話があるんだけど』
 『僕はロボットのパイロットなんてしてないよ?そういうのは大人が乗るんじゃない?』
 実際これも、嘘はついていない。EVAはロボットではないからだ。
 その後もしばらくは質問が続いたが、結局シンジが最後まで否定し続けた事もあり、何時しかその類の問いは来なくなった……チャットでは。

 「なあ、碇ってあのロボットのパイロットなんだろ?」 
 屋外の木陰、そこで昼食を広げかけたシンジにケンスケが話しかけてきた。直射日光を浴びずに済み、尚且つ教室で食べようとすると未だというか、以前にもましてシンジと一緒に食べたがる女の子が増えた為に避難している、というのが表向きの理由だ。本音は血液パックの血を吸うのを見られたくないから、というのが正しいのだが。
 周囲に人の気配がない事を確認した上で、懐から薄い紙入れのようにも見える黒いそれを取り出すと……そこからにゅるん、とでも言いたくなるような動きで弁当が出てくる。実はこの紙入れ、ゼルレッチからの卒業祝いで、空間が捻じ曲がっており、紙入れのような見た目の癖に中には相当量の品が入る。実の所一番シンジが愛用している道具でもある。
 バスケットの中味を広げた所で、シンジを見つけたらしいケンスケがトウジと共に近づいてきた。そして、先程の質問となった訳だ。
 「君もしつこいですね、違うって何度も言ったと思うのですが?」
 「いや、だってさ」
 ケンスケが言うには、確かな筋からの情報でシンジがパイロットだという情報を掴んだのだという。
 「確かな筋、ねえ……NERVとかそういう所の極秘情報という事ですか?」
 「まあ、そんなところさ」
 正確には戦略自衛隊なのだが、自慢げなケンスケの態度はシンジの言葉で打ち砕かれた。
 「でも、そんな所のセキュリティって中学生の目のつく所に機密情報なんて置いておくかな?」
 トウジも後ろでそういえば、というような顔をしている。
 「ハッキングとかしたんですか?」
 「い、いや、HPを閲覧してたら……偶然見つけて…」
 ますますトウジからの視線が胡散臭いものを見る目になる。まあ、確かにそんな所で手に入れた情報を本物だと思う奴はいないだろう。舞い上がっていたケンスケも話す内に気付いたのだろう、気まずげな様子になる。
 「はあ、まあ、悪かったの、転校生。ほな、わしら行くわ」
 「気にしないでいいですよ、それより早くしないと食べ損ないますよ」
 そう言われて、気付いたのか、ほれ、いくで!とトウジは慌ててケンスケを引きずるようにして走って行ってしまった。
 「……さて」
 くるり、と後ろを振り向くと声を掛ける。
 「何か用かい?」
 そこに立っていたのは……ファーストチルドレン、綾波レイ。
 「召集」
 ぽつり、とそれだけを告げる。支給された携帯を確認すると、成る程確かにメールが来ている。それを合図にしたかのように、避難警報のサイレンが鳴り出した。

 第四使徒シャムシエル来襲。



To be continued...
(2009.05.09 初版)


(あとがき)

風邪引きました
熱は出るわ、鼻は止まらんわ、咳は出るし、喉は痛い……
豚インフルエンザではありませんでしたが、季節の変わり目は体に気をつけんといかんですね

まあ、お陰で、完成はまあギリギリというか…実は現時点で既に土曜に入ってたり
とりあえず緊急送信ー間に合うか?   



作者(樹海様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで