STAGE.03
presented by かのもの様
朝。
目が覚めて、制服に着替えているレイは、自分にあてがわれた部屋を見渡していた。
「…そろそろ……色々と買わないといけないかな……」
レイの部屋にあるのは寝るためのベッドと持ってきた私物が入っている梱包されたダンボールのみであった。
★☆★
「おはようございます」
「おはよう」
「……ああ」
着替えが済み、キッチンに来たレイは、ユイとゲンドウに挨拶した。
ユイは微笑みながら、ゲンドウは朝刊を読みながらそれに応えた。
「どう、こっちの生活には、もう慣れた?」
「はい…碇君もいますし…」
「そう、良かったわ…ねぇアナタ」
「…ああ」
相変わらず朝刊を読みながら応えるゲンドウである。
「おはよう、綾波さん」
玄関から蔵馬が戻ってきた。
どうやら、家庭ゴミをゴミ置き場に捨てにいっていたようだ。
「おはよう…碇君」
「ごくろうさま、シンジ」
蔵馬も席に着き、朝食を摂り始めた。
「そうそう、いつまでもレイにお客様用の茶碗を使わせるわけにはいかないわね……。本当は直ぐにでも買ってきたいんだけど、今、仕事が忙しくて……」
ユイは、そう言いながらゆっくりと食事をする蔵馬の方をに視線を向けた。
「シンジ…今日、レイと買い物に行ってきなさいよ。他にも足りないものを色々と買い揃えてくるといいわ」
「でも、おば様…私、別に…」
「いーの。子供が遠慮するもんじゃないわよ」
遠慮するレイに、ユイはにっこりと微笑みそう諭した。
「わかりました」
「じゃあ、シンジ……お願いね」
「ああ。いいよ」
そう応えると蔵馬は食事を再開する。
「シンジ〜〜〜!」
食事を終え、食後の茶を飲んでいるとアスカが迎えに来た。
「さ、早くしないとアスカちゃんがまた怒るわよ」
ユイに促され、蔵馬はため息を吐きながらカバンを持って玄関に向かった。
レイもそれに蔵馬に付いて玄関に向かう。
「ほら、急がないと遅刻するわよ!」
レイを伴っている蔵馬を見て不機嫌そうな顔で促す。
「まだ、時間はあるだろう……何を慌てているんだ?」
蔵馬は急かすアスカに冷静に答える。
「さあ、アナタもそろそろ支度して」
「…ああ」
蔵馬たちを見送ったユイは、まだ朝刊を読んでいたゲンドウを促した。
「シンジ……もてもてだな…」
新聞を読みながら立ち上がり、自室に戻ろうとするゲンドウはポツリとそう呟く。
「羨ましい?」
「ああ…あ、いや……(汗)」
悪戯っぽく問うユイに、素直に答えてしまい、慌てて否定するゲンドウであった。
★☆★
授業を受けながら、蔵馬は隣に座るレイのことを考えていた。
日用品の買い物に行くということは、かなり長い滞在になるということである。
そもそも、短い滞在ならわざわざ転校などしてこないだろうし……。
蔵馬はレイが何をしにこの街に来たのか…その理由は知らなかった。
母方の親戚であるようだが、今まで彼女のことを知らなかった……というのも疑問がある。
何故、今まで付き合いがなかったのだろうか……。
そう考えていたが、過去の自分を思い出して苦笑した。
考えてみれば、昔はそんなこと、まったく気にもしていなかったのだ。
妖力が戻れば、ユイ達の前から姿を消すつもりだったのだから……。
既に妖力は戻り、妖狐だった頃の力を取り戻しつつあるにもかかわらず、未だに『碇シンジ』として生活しているのは、ユイを母と慕い、彼女の息子で在り続けたいからである。
そして今、レイに対して興味を抱き始めている自分がいる。
最初に会ったとき以来、レイが笑っているところを見たことがない…。
あの笑顔を思い出し、またあの笑顔を見たいと思う蔵馬であった。
「こら、シンジ君!」
ミサトが、ぼ〜っと考え事をしていた蔵馬を教科書で叩こうとするが……考え事をしていたとはいえ、そう簡単に一撃を許す蔵馬ではないので、敢え無く空振りに終わった。
「なんですか、ミサト先生?」
ミサトはあっさりと躱わした蔵馬を恨めしそうに見ながら、ぼ〜っとしていたことに注意する。
「私の授業……そんなにつまらないかしら…」
拗ねたようにそう呟くミサトだが、蔵馬の答えは無情であった。
「そうですね……面白いとは思えませんね」
まさか、そう言われるとは思いもしなかったミサトは蔵馬の顔をまじまじと見た。
いかにもからかう気満々といった笑顔に、ミサトは目を瞠っていた。
ミサトは一年のときも、蔵馬の担任であった。
その時の蔵馬に対する第一印象は、『優秀だが、あまり人と関わろうとしない子』であった。
しかし、最近の蔵馬は違った。
二年に進級してから……いや、正確には不治の病に冒されていた母親が奇跡的に完治した後から、蔵馬の周りに対する対応が変化していた。
それまでは、アスカとトウジ、ケンスケ以外とは、社交辞令と事務的な会話しかしなかった蔵馬が、今回のようにミサトをからかったり、困っているクラスメートをさりげなく援けたりするようになったのだ。
昨年までは、笑ったりするのもどこか事務的に見えたのに、今見せた笑顔は心からの笑顔に感じられた。
内心、無感動な蔵馬のことを心配していたミサトは、現在の蔵馬の様子をいい傾向だと感じていた。
「碇!ミサト先生の授業は真面目と受けやな罰が当たるで!!」
「鈴原!!アンタこそ真面目に受けなさい!成績優秀なシンジ君よりも、アンタの方が問題なのよ!!」
自分の成績を棚に上げているトウジに、ミサトはぴしゃりとそう言い捨てた。
「か……堪忍してぇな…ミサト先生…」
教室は笑いの渦に満たされた。
★☆★
放課後になり、教室を出ようとする蔵馬にトウジとケンスケが声を掛けた。
「センセ、今日はもう帰るんかい?」
「一緒に帰ろうぜ」
「悪いですが、買い物に付き合う約束をしているので…」
「そうかそうか。惣流とデートの約束しとったんか。そりゃ悪かったのう」
「俺達に構わず、デートを楽しんできてくれ」
いつものごとく、からかい始める二人に、後ろにいたアスカがむきになって否定した。
「な、なんであたしがそんな事しなきゃならないのよ!!ぜ〜〜〜ったいない!!!」
「そんなにむきになって否定しなくても……」
一緒にいたヒカリが苦笑しながら、呟いた。
蔵馬は、そんなアスカの態度を気にもせず、否定の言葉を口にした。
「アスカじゃありませんよ…」
蔵馬の台詞を聞き、トウジとケンスケのにやけた顔が半眼に変わる。
「『アスカじゃない』……?」
「惣流じゃない?………もしかして…綾波さん?」
「そうですよ」
「「「……………」」」
悪びれもなく答える蔵馬に、一同は一瞬沈黙した。
「ほ、ほんとか、碇〜〜〜〜〜!?」
「綾波さんとデートなのか!?」
「アスカのことはどうするのよ!?」
沈黙から回復したトウジ、ケンスケ、ヒカリの三人が蔵馬に詰め寄ったが、蔵馬はそれをひらりと躱わした。
「そろそろ時間なんで失礼しますよ」
時計を見ながら、蔵馬はトウジたちから離れた。
「碇君がそんな人だったなんて……」
アスカという恋人がありながら、他の女性とデートするなんて……。
と、立腹するヒカリであった。
ヒカリは、蔵馬とアスカをお似合いのカップルだと思い込んでいた。
アスカはともかく、蔵馬にその気がほとんどないことを知らないので、蔵馬を不実な男と思い始めていた。
「惣流、ええんか。ほっといて?」
「あたしの知ったことじゃないわよ!」
トウジにそう言い捨て、その場を後にするアスカであった。
その顔は、どう見ても嫉妬に満ちていた。
★☆★
「綾波さん、お待たせ。待たせてごめん」
「ううん。それじゃあ行きましょう」
校門で待っていたレイは、微笑みながら蔵馬に答えた。
初対面時の時以来のレイの笑顔を見て、蔵馬もつられて笑顔になった。
「それじゃあ、何処からいきましょうか?」
「んーーーー、私まだこの辺りの道がよくわからないし……碇君に任せる」
いつもと雰囲気が違うレイを見て、蔵馬の気分も良くなっていた。
とりあえず、日常品から買うことにして、蔵馬とレイは並んで歩き出した。
和気あいあいと、話しながら歩いていく二人の後を影が尾行していた。
言うまでもなく、アスカである。
「あ〜〜〜っ、もう…様子を見に来てみれば…」
あまり見たことがない蔵馬の楽しそうな顔に、嫉妬と不満が湧き出してきた。
「何かあったら、ただじゃおかないんだから……」
そんなアスカを尾行する影三つ。
トウジ、ケンスケ、ヒカリの三人であった。
「惣流の奴、やっぱ後を尾けとるな」
「もっと素直なればいいのに」
素直じゃないアスカの行動を面白そうに見るトウジとケンスケの二人。
ヒカリはそんな二人を注意し、尾行を止めるように言うが……本心では、自分も気になっているので、結局、二人に付き合っていた。
アスカも、トウジたちも気付かれないよう尾行しているつもりであったが……並の人間ならともかく、妖怪であり……しかも気配を探ることに長けている蔵馬が気付かないはずはなかった。
「綾波さん」
「……何…碇君?」
「あの角を曲がったら……走りますよ」
「…え?……どうして?」
「俺達の後を尾けている奴が一人と、それを更に尾けている奴らが三人います……あいつらに尾けられていては落ち着いて買い物などできないでしょうから…」
角を曲がると蔵馬はレイの手を掴んで走り出し、あっという間に人ごみの中に紛れ込んでしまった。
アスカが角を曲がると、既に蔵馬たちの姿が見えなくなっていた。
「なっ!?ど……何処に行ったの?」
ピリリリリッ!
その時、アスカの携帯がメールを着信した。
携帯を開いてメールを見ると、そこには……。
【人の後を尾ける趣味があったとは思わなかったぞ。悪趣味だな……それと、お前もトウジとケンスケ、委員長に尾けらているぞ】
蔵馬からのメールであった。
尾行していたことがあっさりとばれていたことを知り、更に自分が尾行されていることまで指摘されていた。
「鈴原〜〜〜!相田〜〜〜〜!!ヒカリ〜〜〜!!!」
「げっ……惣流!?」
「見つかった!?」
「あ……アスカ…これは…その…」
隠れていたトウジたちを見つけ、怒りを露にするアスカであった。
「あんた達のせいで、尾行していることシンジに気付かれたじゃない!!」
自分ひとりなら見つからなかったと思い込んでいるアスカは、トウジたちに怒りをぶつけていた。
例え、アスカだけでも蔵馬はたやすく気付くのだが………蔵馬の能力を知らないからそう勘違いするのも無理はない…かもしんない。
★☆★
デパートで日用品などの買い物を済ませたレイは、蔵馬を伴い次の目的の場所に移動していた。
写真立てが欲しいとのことなので、その手のものが売っている場所に移動しているのだ。
その途中の水着売り場を通りかかったとき、見知った声が蔵馬を呼び止めた。
「お〜い。蔵馬ぁ!」
蔵馬が声の方に視線を向けると、そこにはユウスケがいた。
水着売り場に幼馴染みの雪村ケイコと一緒に。
「ユウスケ……。それにケイコちゃんも……」
「お前も買い物か……って…なんだその子は?もしかして……デート?」
「そんなところですね」
あっさりと肯定した蔵馬に隣にいたレイは頬を真っ赤にして彼を見つめた。
そんな風に言われるとは思ってもいなかったのだ。
「おっ!……赤くなって…可愛いねぇ……蔵馬……中々可愛い彼女だな…」
「あまり綾波さんをからかわないでください、ユウスケ。……ところでどうしたんですか。今頃、水着売り場などに……」
夏休みが終わり、今更海水浴でもないのに、何故今更水着売り場で水着を買う必要があるのか。
その疑問に答えたのはケイコであった。
「実はね、最近オープンしたスポーツ施設の無料チケットが手に入ったから行こうと思ってね。夏休み前はどっかのバカの心配で水着を新調することも海水浴に行くこともなかったから……せめて、最新鋭設備のあるプールくらい…と、思ってね」
暗黒武術会より二ヶ月前、蔵馬とユウスケは戸愚呂(弟)から武術会のゲストに指名された。
ユウスケは、それから大会まで師であるゲンカイの元で修行していた。
当然、学校はサボっていた。
約二ヶ月近くも音沙汰がないユウスケのことを、ケイコは心配していた。
せっかくの夏休みに入っても、友達と遊ぶこともせず、毎日、ユウスケの家に顔を出し、ユウスケの母であるアツコにユウスケからの連絡がないかを確認に行っていたのだ。
「それで、ユウスケも付き合わされた……と、いうわけですか?」
「まーな」
ふてくされた表情で、ユウスケは言い捨てた。
「まあ、それはユウスケが悪いですね。いくら修行しなくてはいけなかったとはいえ、家に電話くらい入れるべきでしたね……俺は、桑原君の特訓に付き合っていたときもちゃんと家には連絡を入れていましたし……」
家にはきちんと連絡していた蔵馬であったが、アスカにはまったく連絡しなかったので、アスカはかなり怒っていたのだが、そこら辺は棚に上げていた。
まあ、蔵馬からすれば、家に連絡しているのだから、わざわざアスカにまで連絡する必要は無い……とのことだが……。
「そうだ。蔵馬君もどう?桑原君とシズルさんも誘ったんですよ。蔵馬君も……後、そちらの人と後、もう一人くらいはOKよ」
「おや、ユウスケとデートで行くのではなかったのですか?」
「あーゆー所は、二人より大勢の方が楽しいから……」
「……そうですね。俺はOKです。………綾波さんはどうしますか?」
蔵馬はレイに訊く。
レイは、少し戸惑っていた。
まさか、自分が誘われるとは思っていなかったからである。
「……何日でしょうか?」
「次の日曜日ですよ……え〜っと…綾波さん?」
レイは、ある仕事の為にこの第3新東京市にやってきた。
しかし、丁度その日はその仕事は休みであった。
「……その日なら……大丈夫です…」
特に断る理由もないし、……何よりも蔵馬が行くのなら……と、いうことで了承した。
「さて、あと一人ですが……」
「私の友人達は行かないから、蔵馬君が決めていいですよ」
ケイコは友人達も誘ったのだが、ユウスケが同行するということで、断られていた。
ケイコの友人達は皆、ユウスケのことを怖がっているからである。
「わかりました。では、俺の幼馴染みでよろしければ……」
「へぇ〜。蔵馬にも幼馴染みがいたのか?」
蔵馬の日常での友人のことはまったく知らないユウスケが訊いて来た。
「ああ。夏休みに一緒に遊ばなかったのが不満のようだからな。多少、埋め合わせはしてやらんとな」
少しは気にしていた蔵馬であった。
「では、綾波さん。ケイコちゃんと一緒に水着を選んで買ってきてください。俺とユウスケは自動販売機コーナーで待っていますので」
「あら、蔵馬君も一緒に選んであげたらいいんじゃないかしら?」
「いえいえ、お二人の水着は当日の楽しみにとっておきますよ……じゃあユウスケ、行きましょう」
★☆★
レイとケイコの二人が買い物している間、蔵馬とユウスケは雑談をしていた。
やがて、話は暗黒武術会での話になっていた。
「コエンマの奴も、人が悪いよな」
「何故ですか?」
「ばーさんが死んだとき、ぱーさんの体を埋葬したなんて言ってよ……。実は直ぐに生き返らせられるようにしていたなんてよ」
暗黒武術会準決勝の直ぐ後、ゲンカイと戸愚呂(弟)は人知れず戦い、ユウスケが駆けつけたとき、ゲンカイは戸愚呂に敗北、死に瀕していた。
その後、決勝戦が終わり、ゲンカイは生き返った。
大会優勝者の望みはどんなものでも必ず叶えられなくてはならない。
その為に、言われなくてもユウスケの望みは何であるか解っていたかのように、コエンマはゲンカイを生き返らせたのだ。
「そのことですが……あれは戸愚呂がコエンマに頼んだそうですよ」
「……戸愚呂が…!?」
戸愚呂がコエンマにユウスケが勝った時の為にゲンカイの体を保存するよう依頼していたのだ。
「そうだったのか……」
「師範と戸愚呂は50年前は仲間だったそうですから……袂を別っても……何処かで繋がっていたんでしょう…」
しばらく二人は沈黙した。
「戸愚呂が人間から妖怪に転生した本当の理由ですが……50年前の大会から三ヶ月前に、当時の優勝候補ナンバーワンの潰煉という妖怪に弟子とゲンカイ師範以外の格闘仲間を皆殺しにされたそうですよ」
「何だって!?」
当時、戸愚呂は自分が最強だと錯覚していたが、潰煉にはまったく歯が立たず、弟子を、仲間を助けることが出来なかった。
大会が始まってゲンカイたち他のゲスト達の前に姿を見せたとき、既に戸愚呂の心には鬼が棲んでいた。
潰煉を殺し、大会優勝を決めた戸愚呂は妖怪に転生することを望んだ。
しかし、それは己を責める為であったのだ。
潰煉を殺し、仇を討っても、仲間を救えなかった自分を彼は許せなかったのだ。
「だからこそ、彼は自分とは反対の価値観を持つ、自分よりも強い者に倒されることを願っていたのでしょう。自らを裁いて貰う為に……」
「………」
「彼の人生は、償いというよりは自らに対する拷問だったんでしょう。『強さを求める』と自分自身を偽って……」
ユウスケは、自分にとって乗り越えるべき壁であった男を思い起こしていた。
「……もし、戸愚呂が……あの時本当に桑原を殺していたら……」
ユウスケの真の力を引き出すため、桑原は自分が戸愚呂に殺された振りをした。
戸愚呂も、桑原を殺す振りをしたが本当には殺さなかった。
桑原を殺されたと思ったユウスケは、自分自身が許せず、己に秘められた底力を引き出し、戸愚呂を倒したのだ。
「……俺も……戸愚呂と同じ事を考えたかもな」
「……大丈夫ですよ……貴方はあの時に言ったじゃないですか」
「えっ!?」
「貴方は戸愚呂にこう言ったじゃないですか…『俺は仲間を捨てない。しがみついてでも護る』……と…」
戸愚呂に『強さを手に入れるために全てを捨てろ』と言われたとき、ユウスケはそう返答したのだ。
「そう考えられるのならば……貴方は決して、戸愚呂と同じ過ちは犯しませんよ」
「………サンキュー…蔵馬……」
★☆★
「その水着、結構似合うと思いますよ」
「……そう?」
レイが選んだ水着を見て、ケイコはそう評価した。
レイの選んだ水着は、白いワンピースの水着だった。
特に柄などはなく、本当に真っ白の水着。
ケイコは、ぱっと見てレイのイメージにはそんな無地の白が良く似合うと思ったのだ。
「……碇君の好みはどうなのかな?」
「……そうですね。私も蔵馬君の好みは解らないな……彼と親しくなった……と、いうか話すようになったのは夏休みのときだし……」
蔵馬とケイコは、面識だけなら二ヶ月前に顔を合わせた程度であり、話すようになったのは暗黒武術会の準決勝前からである。
ケイコが蔵馬と知り合ったのは、妖魔街の四聖獣との戦いの後であり、そのときもユウスケが朱雀との戦いで傷ついて、桑原の家で寝かされていたときに、顔を合わせた程度である。
蔵馬自身は、ケイコのことは飛影逮捕に協力したときに知っていたが……。
「……雪村さんは、どうして碇君のことを『蔵馬』って呼ぶの?」
「……ああ、ごめんなさい。私はユウスケが彼の事をそう呼んでいたから、そう呼んでいるだけなの……。彼の本名は知らなかったから……」
ケイコは、蔵馬の人間名である『碇シンジ』という名前を知らなかったのだ。
「……じゃあ、何故『蔵馬』なのかは、わからないの?」
「え……ええ…」
ケイコはそう答えるしかなかった。
流石に、蔵馬が妖怪でその妖怪としての名前だ…などとは言える筈もないからである。
「ところで、蔵馬君の好みを気にしているってことは、綾波さんは……蔵馬君のことが好きなのかしら?」
ケイコの指摘に、レイは頬を真っ赤に染めた。
「正直、私も蔵馬君のことは詳しく知らないから、協力することはできないけど……」
「碇君に……どう接していいのかよく分からないの……。それに……幼馴染みの惣流さんが……」
レイにとって気になるのは、蔵馬の幼馴染みのアスカの存在である。
なんとなくではあるが、彼女が自分に敵意を抱いているのは理解していた。
そして、レイ自身も……彼女に対して含むところがある。
「……私とユウスケも幼馴染み同士だから、なんとも言えないんだけど……蔵馬君の気持ち次第だと思いますよ。私達がそうだからといって、蔵馬君もその幼馴染みの彼女を選ぶとは限りませんし……綾波さんも蔵馬君に少し積極的に接してみてはどうですか?」
「積極的に………」
「昔から付き合いがあると、つい恥ずかしくなって、素直になれないものです。私とユウスケもそうでしたから……。でも、そうじゃないのなら……積極的に自分の気持ちを伝えないと、解ってもらえないと思います。だから、綾波さんは素直に自分の気持ちを伝えるべきだと思います。……すごく勇気がいることですけど……」
「………がんばってみます…」
ケイコはレイのことが気に入ったのか、自分と似たような立場のその幼馴染み(アスカ)よりもレイのことを応援する気になっていた。
★☆★
買い物が終わり、蔵馬とレイはユウスケたちと別れた。
ユウスケとケイコはこの後、映画を見に行く予定とのことだが、水着だけを買ったケイコと違い、レイの荷物は多いので映画を見に行くには邪魔である。
二人と別れた蔵馬とレイは、近くの喫茶店に入った。
蔵馬はコーヒーを、レイは紅茶を頼みしばらく談笑していた。
「……んっ!?」
「……どうしたの、碇君?」
話の途中で、蔵馬が窓の方に視線を向けた為、レイも視線を向けた。
そこには、アスカとトウジたちがうろうろしていた。
どうやら、まだ蔵馬たちを探していたようだ。
「アスカもしつこいですね……。まあ、買い物は終わりましたし、あいつらも呼びますか…」
「……碇君がそうしたいなら……」
蔵馬はメールを送り、アスカ達は喫茶店に入ってきた。
★☆★
翌日。
蔵馬とアスカ、レイの三人で登校していた。
「ちょっと、何ボーっとしてるのよ!」
相変わらずなアスカにため息を吐いているとレイが話しかけてきた。
「碇君…どうかした?」
「いや、別に…」
そう答えながら、蔵馬はレイを見つめた。
(いつもどおりだな……昨日の綾波さんと比べると夢だったかの様に感じてしまうな)
などと考えていたら、レイがちらりとこちらを見た。
「……また……今度…買い物に付き合ってくれる?」
レイは微笑みながら訊いてきた。
それは、蔵馬が魅了されたあの笑顔であった。
「ええ、いいですよ」
レイとの距離が近くなったことを悟り、蔵馬は少し心が暖かくなった。
〈STAGE.03 NEXT〉
To be continued...
(2010.02.13 初版)
(あとがき)
コエンマ「今回も漫画版を元にしているが、幽遊白書寄りの話になっておる」
ジョルジュ「次回は完全なかのもののオリジナルの話になります」
コエンマ「今回の話に、複線をはったしな」
ジョルジュ「では、これからもかのものの駄文にお付き合いください」
作者(かのもの様)へのご意見、ご感想は、または
まで