第十話
presented by かのもの様
アスカは敗北した。
二体に分離した第7使徒の攻撃を受け地面に頭から突っ込んだのだ。この時点でアスカは気絶している。
「………やれやれ……。」
蔵馬は溜息をつきながらそれを眺めていた。
「……シンジ君。どうしたらいいの……。」
ミサトが情けない声で話しかけてきた。
「……どうもこうも無いでしょう。先程から使徒を観察していましたが……どうやら奴らは二体で一つ。これは間違いないでしょう。しかも、片方だけを傷付けても、もう片方が補完する。つまり、アレを倒すには寸分たがわず同時に倒さなくてはならない……ということですね。」
(もしくは……再生が追いつかなくなるくらいの圧倒的な力によって、消滅させるか……。)
実際、蔵馬が妖怪としての能力を全開して戦えば、問題なく倒せるだろう……。今まで戦ってきてわかったが。使徒の戦闘レベルは妖怪でいえばA級妖怪レベルである。S級妖怪の蔵馬にとってそれ程脅威ではない。仙水シノブとの戦い以前なら、脅威だっただろうが……。しかし、まだ早い。いずれ正体を現さなくてはならなくなるかも知れないが。まだ時期尚早である。
さてここで、余談であるが現在明らかになっている妖怪たちの戦闘レベルを表しておこう。
S級TP(妖力値)1,000,000以上 雷禅、黄泉、躯、煙鬼、孤光、棗、九浄、痩傑、周、才蔵、鉄山、電鳳。
S級TP100,000以上 蔵馬、浦飯ユウスケ、飛影、修羅、鈴駒、酎、凍矢、陣、死々若丸、鈴木、北神、奇淋、時雨。
S級TP10,000以上 鯱。
S級TP10,000以下 東王、西山、南海。
A級 久遠。
B級 戸愚呂兄弟、鴉、武威。
C級 乱童、朱雀、青龍、是流、画魔、爆拳、吏将、黒桃太郎。
D級 剛鬼、八つ手、白虎、玄武、魔金太郎、裏浦島。
これが、D級以上の高等妖怪たちのランクである。ちなみにE級以下の妖怪は下等妖怪として、人間の霊能者たちに簡単に退治されるものたちである。
では、話を戻そう。
「ここは、対策を練る為に使徒を足止めして、一時撤退が無難でしょうね……。」
「……それしか、無い……か…。」
蔵馬の提案にミサトは悔しそうに頷いた。
☆ ☆
《本日、午後3時58分15秒、二体に分離した目標甲・乙の攻撃を受けたEVA弐号機、活動停止。この状況に対する、計画責任者のコメント……『無様ね……』》
先の戦闘の結果報告を受けていた。
最前列に、蔵馬、アスカ、レイが座り、その後ろに加持、リツコ、ミサト。最後列にゲンドウが座りその横に冬月が立っていた。
「恥をかかせおって。」
「……すいません。」
忌々しく呟く冬月にミサトが謝罪した。
《午前4時3分、EVA初号機パイロットの進言を取りNERVは作戦指揮権を断念。国連第2方面軍に譲渡。同5分新型NN爆雷により目標攻撃。》
「また、地図を書き直さなきゃならんな。」
映像を見ながら冬月がまた呟いた。
《これにより構成物質の28%の焼却に成功。》
「…死んでるんですか、これ。」
「足止めに過ぎんよ、再度進行は時間の問題だな。」
アスカの問いに冬月が答えた。
「パイロット両名…。」
「は……はい。」
「………。」
ゲンドウが重々しく蔵馬とアスカに問いかけ、ビクつきながら返事をするアスカ。蔵馬はまるで反応しない。
「君達の仕事は何かわかるか。」
「……EVAの操縦です。」
恐る恐る答えるアスカ。
「違う。使徒に勝つことだ。こんな醜態を晒す為に我々NERVは存在している訳ではない。」
「素人は黙っていて下さい。」
捨て台詞を吐いて、立ち去ろうとしたゲンドウに蔵馬が反論した。
「……なんだと。」
怒りの表情で蔵馬を睨むゲンドウ。
「以前、副司令が言った台詞でしょう。『私も碇もプロの軍人ではない。素人が口を挟む必要はない』…と。」
第5使徒戦の時の台詞を言われ、沈黙するゲンドウ。
「その時に言った筈です。敵の情報を知るために様子見の戦いが必要だと。そして今回は『彼女に様子見をしてもらう』と俺は言ったと思いましたが……。記録にも残っている筈です。」
蔵馬の追求は続く。
「敵があのような能力を持っていることも解らないのに、いきなり最初に倒すなど不可能でしょう。それとも……貴方たちは知っていたんですか。知っていたのなら、それを提示しなかった貴方達にも問題がありますが……。」
「…シンジ君、そんなの知っている訳がないだろう。」
「…だったら、こちらの行動に口を出さないで下さい。」
その時、ゲンドウが反論した。
「無様なお前達の所為で私たちは外部に恥を晒したのだ。」
「部下のフォローもできない、戦闘では役立たずとあっては、残る仕事は責任者として責任を取ることだけでしょう。恥を掻く程度で済んでよかったですね。」
蔵馬の容赦ない皮肉にその場は凍りついた。
「そもそも、自業自得でしょう。特務機関なのをいいことに色々と理不尽なことを行ってきて、散々外部に恨まれているんですから。戦自にしろ国連軍にしろ、もっと友好的な協力関係を結んでおけば、そんな恥も掻かずに済んだでしょうに……。」
暗にNERV上層部の普段の態度を非難する蔵馬。
「……まあ、恥を掻いたのはお二方がいかにも戦略、戦術というのを知らなさ過ぎるからです。戦略的撤退というのも1つの作戦なんです。あらためて使徒殲滅の作戦を考える時間を作ることが出来たのですから……。そんな事も解らない無能だから恥を掻くんですよ。恥を掻くのが嫌なら、以前言ったように、さっさと辞表でも書いてくれませんかね。」
ゲンドウは蔵馬を睨みつけながら、しかし無言で冬月と共に退出して行った。
「あと、リツコさん。」
「…何かしら……。」
いきなり呼ばれ、困惑するリツコ。
「貴女のコメントですけど……何様のつもりでしょうか。」
「えっ……。」
リツコは何のことかわからない。
「パイロットの士気を下げる様な不用意な言動を公式記録に残さないように……。技術面だけサポートして、他で足を引っ張るのが貴女達技術部の仕事ですか……。」
「………御免なさい……。」
リツコはゲンドウ達とは違い素直に謝る。反論してもさらに反論されダメージが深くなるのを理解しているからである。その点がゲンドウ達とは違うところである。
☆ ☆ ☆
驚いた……ミサトから聞いてはいたけど本当にシンジは司令と副司令を堂々と無能呼ばわりしている。
「それにしても、シンジ君、君は凄いな……。」
加持さんも驚いているようだ。
「何がですか、加持さん。」
シンジが加持さんに応える。
「いや、司令は君のお父さんだろう。それ以前に、NERV内外で恐れられている司令をよくもまあ、あそこまで扱下ろせるものだなあ……。」
「確かに、とてつもなく嫌なことにあの男は俺の遺伝子提供者です。正直、母さんの趣味を疑いますね。しかし、あんな小者をいちいち怖がってどうするんですか。」
「司令が小者ってどういうことよ……。」
あたしはつい、シンジと加持さんの話に割り込んだ。
「ああ、あの男はあんな顔してかなりの臆病者なんですよ。人の心を……自分の心が傷つくのを怖がっている。だから、あの顔を利用して自分を偉く見せているだけなのさ。」
「……マジ……。」
それが事実なら、怯えていた自分が馬鹿みたいじゃない。
「母さんが居た頃は、そうでもなかった。母さんは父さんを愛していたようだし……母さんがいれば怖くなかったんだろう。しかし、母さんを失って、縋るものが無くなったあの男は他人の心を無視するようになった。心を無視すれば怖くないからな。サングラスと髭で威圧し、自分の弱い心を守っているのさ。だから、さっきも最後は何も言わずにサングラス越しに俺を睨んで逃げたのさ。サングラス無しでは怖くて俺を睨むことが出来ないんです。」
シンジはそう言うとミサトの方に顔を向けた。
「ミサトさん。とりあえず次の作戦立案をお願いします。」
「…うん。その後でシンジ君の意見を聞かせて。」
シンジはファーストと共に部屋から出て行った。
「あいつら、朝も一緒だったわね……。まさか、そういう関係なわけ……。」
「……シンジ君は分からないけど……レイは、シンジ君に恋してるわね。」
あたしの呟きにミサトが答えた。
「……レイが……シンジ君を……まさか……。」
リツコが何か驚いた顔でミサトに反応した。
「この前、レイから相談受けたからね。間違いないわ。でも、シンジ君がどう思っているかはまったく分からないわ……正直、シンジ君は底が見えないからね。……時々、シンジ君が本当に高校生なのか疑っちゃうから。」
「……確かに、シンジ君は只者じゃないな。」
何か加持さんはシンジに興味を持ちはじめたようだ。
本当にあいつは厄介な奴だ……あいつが居る限りあたしはEVAのエースパイロットとは認められない。
☆ ☆
執務室に戻ったミサトは、デスクの上に山の様に積み上げられた書類を見て青ざめていた。
「関係各省からの抗議文と被害報告書はそれで全部よ。あと、これがUNからの請求書。」
「EVAの修復……どれくらいかかりそう。」
リツコから受け取った請求書放り出しながらミサトはリツコに聞いた。
「フルピッチで5日ってとこかしら。」
「使徒は。」
「現在自己修復中。第2波は5日後とMAGIは予測しているわ。」
「初号機だけなら直ぐに出せるけど……とりあえず万全を期す為に5日は稼げたわね。」
「碇司令、カンカンだったわね。最も今はシンジ君に対する怒りの方が強いでしょうけど……。でも、次しくじったらクビね。」
「ちょっとォ、やな事さらっと言わないでくれる。」
確かに今は蔵馬に対する怒りの方が強いだろう。しかし、だからこそ、そのとばっちりがミサトに及ぶかもしれない。
「貴女のクビが繋がるいいアイデアがあるんだけど……いらない…。」
その言葉に嬉々としながらリツコの持っているディスクをもらう。
「いるいる。いるに決まっているじゃない、流石赤木リツコ博士。」
「残念。私が考えた作戦じゃないんだけどネ。考えたのはあなたの『彼氏』……よ。」
ディスクには『マイハニーへ♥』と書かれたラベルが張ってあった。
「げっ、あいつの……」
そう言いながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。
☆ ☆ ☆
翌日、ぼたんとゲンカイの滞在しているホテルで、レイは最後の心霊治療を終わらせた。
「これで、レイの肉体と魂は完全に調和した。」
「もう、レイちゃんは遺伝子治療を受けなくて済むよ。」
レイは嬉しそうだった。彼女自身も身体が安定していることを感じ取っているようだ。これで必要以上にゲンドウと顔を合わせなくて済むことも嬉しいようだ。
「で、師範。これからどうしますか。」
蔵馬が今後の事を聞く。
「ふむ、今回の件は人事で済ませることはできまい。あたしはこのまましばらく滞在させてもらう。あたしに出来ることなら協力しよう。」
「ありがとうございます。」
「お婆ちゃん。これからも遊びに来ていいですか。」
レイが甘えるようにゲンカイにお願いしていた。ゲンカイはユウスケや桑原には厳しい態度をとるが、ケイコや雪菜、レイには優しいのでレイはすっかり懐いたようだ。
「ああ、いいとも。」
ゲンカイもレイを孫のように思い始めたようだ。とても優しそうな顔をしていた。
そんな二人を見て、蔵馬は微笑んでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
家に戻った蔵馬とレイの前に大量の荷物が運び込まれていた。
「あんた、今日からお払い箱よ。」
中から出てきたアスカが蔵馬ににやけた顔で言った。
「ミサトは、あ・た・しと暮らすの。」
「……つまり、俺はここから出て行かなくてはならないということか……。」
「そうよ。」
アスカは何故か勝ち誇っていた。
「それじゃ、仕方がないな。とりあえずミサトさんが帰ってきたら、俺の引越し先を聞かないとな。」
蔵馬があまりに冷静だったので、アスカは拍子抜けした。
「あら、随分物分りがいいじゃない。」
「別に好きでここに住んでいたわけじゃない。むしろ、ミサトさんの世話は大変だからな。これからは惣流がミサトさんの世話をしてくれるなら、その方がありがたい。」
その言葉にレイが反応し、蔵馬の裾をつまんだ。
「……蔵馬君。わたしは……。」
「……レイはどうしたい…。」
「………蔵馬君と一緒に居たい。」
「じゃあ、一緒に来ればいいさ。前にも言ったように、うちに泊まるということにすれば問題ないからな。」
その言葉にレイは嬉しそうに微笑んだ。
「……こら、あたしを無視して何、2人の世界に入っているのよ。大体、なんであたしがミサトの世話しなけりゃならないのよ。」
「ミサトさんと暮らすということは、嫌でもそうなる。あの人は炊事、掃除ができないからな。ミサトさんの料理は限りなく毒物に近い料理だ。だから、ほとんど外食かレトルトになる。部屋は放って置くと夢の島だしな。いわゆる『家事ができない女性』を絵に描いたような人だ。」
蔵馬は一度だけ食べたことのあるミサトのカレーの味を思い出し、一瞬、気が遠くなった。
あれは、おそらく黄泉や躯さえも倒すことのできる最強の武器?だろう。自分が作る毒草より遥かに強力な……。
「……ところで、久遠は何処にいった。」
蔵馬とアスカが言い争っていた頃、久遠は蔵馬の部屋の隅で気持ちよさそうに丸くなって昼寝していた。アスカの荷物が運び込まれているときも寝ていたようだ。……ほんとに妖狐の族長かこいつは……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
帰宅したミサトの答えは、アスカの考えとはまったく違っていた。
「第7使徒の弱点は1つ。分離中のコアに対する二点同時の過重攻撃。これしかないわ。つまり、EVA二体のタイミングを合わせた攻撃よ。その為には二人の強調、完璧なユニゾンが必要なの。そこで、あなた達にはこれから、2人で暮らしてもらうわ。」
そして、2人で同じダンスを踊り、寸分たがわぬ動きをマスターする。それが今回の作戦であった。
当然ながら、アスカは真っ向から反対した。
「ちょっと、ミサト。コ……碇君が、ムラムラしてわたしを襲ってきたらどうするのよ。」
「……心配するな。今のお前に対してはまったく魅力を感じん。」
「何ですって…あたしじゃ不満なわけ。」
襲われても困るが、相手にされないのもまたむかつく。
女心は複雑であった。
その時、レイが話に割り込んできた。
「弐号機のパイロットが嫌なら、私がやります。」
レイにしてみれば、最愛の人が他の女性と二人っきりになるのはなんとなく嫌だった。
まだ、レイはそちら方面の知識は小学生以下であるが、本能というかなんというか、漠然と嫌な気分になっていたのだ。
「ごめんね、レイ。零号機が使えないから、この作戦はシンジ君とアスカに決まったの…。」
「零号機が使えないとは。」
その件に初耳の蔵馬がミサトに聞いた。
「零号機は試作機で戦闘用じゃないから、改修するってリツコが言っていたの。だから、今回は間に合わないわ。」
「じゃ、あたしとファーストでやるっていうのは、どうなの。確か、ファーストは初号機にも乗れるんでしょう。」
アスカとしてみればレイも気に入らないが、男の蔵馬よりはマシ……と思っている。
「作戦部の判断としては、不測の事態に備えてシンジ君を作戦から外すのはメリットより、デメリットの方が大きいと結論を出したの。」
ようするにこの作戦が失敗しても、蔵馬ならなんとかしてくれるという、甘い期待を抱いていた。
「あと、聞き忘れたんだけど、シンジ君。この作戦、君の意見はどうなの。君がこの作戦を無理だというなら、この作戦は却下するけど……。」
ミサトは以前、自分の指揮で使徒を倒すことに執着していた。しかし、蔵馬が自分より確実に有能であることを見せ付けられ、その執着は薄れていたのだ。しかし、簡単に薄れる執着なのか………実はこれには、蔵馬が少し係わっているのだが、それは、後日明らかになるだろう。
とにかく、作戦部長として蔵馬の意見を聞き、蔵馬が反対すれば自分の権限で作戦を却下するという考えを今のミサトは持っていた。
「そうですね。客観的に見れば、悪くない作戦です……。ところで、これ本当にミサトさんが考えたんですか。」
「うっ……。実は、……これ加持君のアイデアなの。」
ミサトの答えにアスカは絶句した。
つまり、これは憧れの加持さんが考えた作戦。なので余り意固地になって反対し続ければ、加持さんに嫌われる。等と考えていた。
蔵馬は、作戦の有効性から考えてミサトの考えではないことを見抜いていた。
結局、しぶしぶだが、アスカはこの作戦を了承し、蔵馬も反対はしなかった。ただし、本当に二人っきりではなく一応、レイも一緒に生活することになった。レイの役割は二人のサポートである。レイはとりあえず、蔵馬とアスカが二人っきりにならずに済んで、ホッとしていた。
(私……どうしても、弐号機のパイロットを好きになれない。……何故かしら……。)
蔵馬を悪く言うからなのか、それとも、他に理由があるのか……まだ、レイには判らなかった。
☆ ☆
蔵馬とアスカ、レイの3人は3日も学校を休んでいた。
トウジとケンスケは蔵馬とレイの見舞いの為、葛城宅を訪れたが、そこでヒカリと鉢合わせした。
「なんで委員長がここにおるんや。」
「惣流さんのお見舞い……鈴原たちこそなんでここに……。」
「蔵馬……碇と綾波のお見舞いさ。」
「そういえば、碇君と綾波さんってNERVの上司と同居しているんだったわね。」
そして、同じ部屋の入り口に立ち、3人そろって同じインターホンを押した。
「「は〜い。」」
そこから出てきたのは、色違いの同じ服…いわゆるペアルックの蔵馬とアスカだった。
「…蔵馬…綾波だけじゃ飽き足らず、惣流まで……。裏切りモン……。」
「……しかも、今時ペアルック……。イヤ〜ンな感じ……。」
トウジとケンスケは嫉妬で悔しがり……(相手がアスカだというのはともかく…)
「……不潔よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
そして、ヒカリの絶叫が辺りに響いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「「「ハハハハハハ……・」」」
帰宅したミサト(何故か加持と一緒に)から事情を聞いて、先程の険悪な雰囲気など忘れたかの用に和んでいるトウジたち。
「そんならそうと、はよに言うてくれたらよかったのに……。」
「それで、ユニゾンは上手くいっているんですか…。」
ヒカリの問いにミサトが苦々しく答えた。
「それは、見てのとおりよ……。」
2人のダンスはまったく息が合っていなかった。というか、アスカが自分勝手に動き、蔵馬とまるで息を合わせていないからである。
「シンジのレベルまで下げるなんて無理よ。こいつ下手糞なんだもの。」
確かにアスカのダンスは見るからに上手かった。そして、蔵馬のダンスは何処かぎこちなかった。
つまり、蔵馬のダンスが下手糞だから合わせられない。これがアスカの主張であった。
「……そいつはどうかな……。」
加持が口を挟んだ。
「……どういう意味ですか、加持さん。」
まさか、加持が否定するとは思っていなかったらしく、アスカは普段の態度を忘れて加持を睨みつけた。
「………シンジ君。ちょっと、1人で踊ってくれないか。本気でね。」
「………わかりました。」
加持の意図に気付いた蔵馬は了承した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
レイと加持を除いた他の者は、声がなかった……。
先程までとは違う、蔵馬の見事なダンスに絶句していた。間違いなくアスカよりレベルが高いダンスである。
元々、蔵馬は華麗な戦いを身上としている。乱戦の中、薔薇棘鞭刃を振るいながら激しく動き回っても、自分や仲間を傷付けず敵のみを倒すなど、図は抜けた反射神経や身体能力がなければ不可能である。
つまり、先程はアスカと呼吸を合わせようとしていたのだが、アスカが全く合わせなかった為、蔵馬のダンスは不恰好になってしまっただけなのであった。加持はそれを見抜いていた。かなりの洞察力である。
「……じゃあ、次はレイとやってみてくれ……。」
蔵馬とレイは、初回で見事にユニゾンしていた。レイは蔵馬を信じ全てを預けている。蔵馬はそんなレイと上手く呼吸を合わせていた。
「…ユニゾンとはお互いが完全に合わせようしないと上手くいかない。正直、レイはアスカよりダンスは上手とはいえないだろう。しかし、シンジ君を信頼し彼に全てを委ね合わせようとするレイと、レイと呼吸を上手く合わせるシンジ君は、完全にユニゾンできる……。つまり、シンジ君にまったく合わせようとしないアスカでは上手くいく筈がない……という訳さ。」
加持に自分が悪いと言われアスカは口を九の字に曲げ、俯いていた。
「……零号機が改修中じゃなかったら、迷わずレイとシンジ君を組ませていたわね。」
ミサトの無情な台詞にアスカが激昂した。
「もうイヤ!!やってられないわ!!!」
そういってアスカは部屋を飛び出した。
「い〜か〜り〜く〜ん、追いかけて!!女の子を泣かせたのよ。責任取りなさいよ!!」
ヒカリが蔵馬を責めた。しかし、その時レイがヒカリを睨みつけた。
「…蔵馬君の何処が悪いの。勝手に蔵馬君を悪者にしないで!!」
教室では見たことが無いレイの怒りを受けて、ヒカリは狼狽した。
「…え…いや…それは…その…。」
トウジとケンスケはレイが怒る所を見るのは二回目の為、特に驚いていなかった。
「……惣流も頭を冷やせば戻ってくると思うが………。まあいい、ちょっと行って来る。」
蔵馬はそのまま部屋から出て行き、レイは何も言わず蔵馬に付いて行った。
「……吃驚した。まさか、綾波さんがあんなに怒るなんて……。」
「委員長はまだマシや、ワイらは殴られたんやからな。」
「とにかく、理不尽に蔵馬に危害を加えると間違いなく綾波は怒る……という事さ。」
呆然としているヒカリにトウジとケンスケが諭す。
「まあ、レイはシンちゃんにラブラブだからね。」
ビールを飲みながら、面白そうに言うミサトであった。
☆ ☆ ☆
蔵馬は一直線に目的地に向かっていた。
アスカの居るコンビニにである。蔵馬は並の人間より鼻が利く。つまり、アスカの匂いを辿っていたのだ。なんか、言い方が悪いけど……。
「何も言わないで……。分かっているわ、あたしはEVAに乗るしかないのよ……。」
蔵馬やレイだけではなく、自分に言い聞かせるように話すアスカ。
蔵馬達の横で買い食いをするアスカは、もはや普段のアスカに戻っていた。
「こうなったら、なんとしてもアンタやミサトを見返してやるわ!!」
レイを睨みながら、アスカは宣言した。
「傷付けられたプライドは何倍にして返してやるから。」
「フッ……。もう大丈夫だな。」
蔵馬はアスカに微笑んだ。その笑顔にドキッとなるアスカ。
(何だって〜のよ。何でこんな奴にドキドキしなきゃならないの。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ようやく、わかった。
私が弐号機のパイロットを好きになれなかった理由。
『あたしはEVAに乗るしかないのよ。』
彼女は昔の私を思い出させる。EVAに乗ることでしか絆を得られないと思い込んでいたかつての自分を……。
そして、彼女は本で読んだ物語のヒロインのような女性。
私にはない魅力を持つ人。
蔵馬君がこの人を好きになって、恋人同士になったらどうしよう。
蔵馬君は私の傍に居てくれる。これは信じている。でも、それは『仲間』として……。『恋人』としてじゃない。
蔵馬君と弐号機のパイロットが恋人同士になれば、私はずっとそれを見続けなくてはならない。蔵馬君と離れるのはイヤだから……。
どうすれば、私が蔵馬君の恋人になれるのだろう。今度、葛城一尉……は止めて、ゲンカイお婆ちゃんに相談しよう。
☆ ☆
それからの2人のユニゾン訓練は順調だった。
蔵馬のダンスが自分以上であることを認めたアスカは、積極的に蔵馬に合わせるようになった。
元々、アスカは才媛であり、センスがある。その気になれば、蔵馬と呼吸を合わせるのは簡単だった。つまり、独りよがりではなくなった為、スムーズに事が運ぶようになったのだ。
そして、出撃前日の深夜。
「…ミサトは…。」
「今日は仕事で遅くなるそうだ。」
「ふ〜ん。」
「じゃあ、今夜はあたし達だけって訳ね。」
入浴を済ませたアスカは、レイの隣の自分の布団に寝転んだ。一応、ミサトからの厳命は遵守するようだ。実際、蔵馬が同意なく女を襲う人間(?)ではないと確信したようだ。ちなみにレイは久遠と一緒に既にぐっすり眠っていた。
「ねぇ、アンタは何でEVAに乗るの。」
アスカは蔵馬に少し興味を抱いていた。敵愾心もあるが、何故か胸が高鳴るときがあるからである。
「……大切な人達を守る為……かな。人類が滅ぶならその人達も死ぬから……。」
「大切な人…って。」
「俺が幼いときに母さんは俺の前から姿を消した。そして、俺は父さんに捨てられた。」
「捨てられたって……アンタのパパって碇司令でしょ。」
「父さんは俺を育てることを放棄して、俺を置き去りにしたのさ。その後、伯父夫婦が俺を迎えに来た。しかし、彼らは父さんから送られる金が目当てで俺を引き取っただけだ。父さんから送られる金をほとんど着服し、俺は勉強部屋とは名ばかりの離れで1人で生活していたようなものだった。しかし、その娘さん…南野シオリさんは違った。彼女は全寮制の学校に通っていたから伯父たちとは一緒に暮らしていなかったが、帰省して帰ってくると、よく、俺を可愛がってくれた。」
彼女がいなかったら、蔵馬は慕った母、ユイとの思い出と共に人を捨て、妖怪社会に戻っていただろう。
「彼女は今、好きな人……中小企業の社長をしている畑中さんと結婚して幸せにしている。畑中さんも俺によくしてくれたよ。その息子の畑中シンジ君も…同じ名前だからか、俺を慕ってくれた。」
アスカは黙って聞いていた。
「そして、俺はかけがえの無い仲間と出会った。ユウスケ、桑原君、飛影、ぼたん、ゲンカイ師範、ケイコちゃん、雪菜ちゃん、シズルさん、アツコさん。惣流も、会った人がいるだろう。」
アスカは、その中の桑原、雪菜と面識がある。
「まあ、ユウスケや飛影はともかく、人類が滅べは彼らも滅ぶ。だから、EVAに乗るのさ。」
(SEELEの人類補完計画阻止が一番の目的だが……。)
蔵馬は心の中でそう付け加えた。
(こいつもそれなりの理由があるのね。)
とりあえず、ちゃんとした目的があってEVAに乗る蔵馬に満足するアスカだった。チルドレンとしての誇り。それが、アスカの全てだからである。
「それで、アスカは何の為にEVAに乗っているんだ。」
今度は逆に蔵馬が聞いてきた。
「あたしの優秀さを世に示すためよ。」
アスカは誇らしげに言った。
「あたしは一番にならなきゃならない。だから、シンジ。あたしはアンタを超えなきゃならないのよ。」
「………惣流。優秀さを世に示すも何も……NERVは非公開組織だろう。パイロットが誰かなんて公表されないのにどうやって世に示すんだ。まあ、うちのクラスの連中はほとんど俺達がEVAのパイロットだと知っているが……。それでもそれ以上は公式には広まらないと思うが……。」
「……そ…それもそうね。」
今、初めて気付いたアスカだった。
「それにな…EVAには上層部以外知らされていない、秘密がある。」
「なによ、それは……。」
「今の君には教えられない。その程度の覚悟では……な。」
「その程度ですって〜〜〜!!」
アスカがムキになった。
「騒ぐな、レイが起きる。……久遠は起きないだろうが……。」
微笑みながらアスカを抑える。
「覚悟とは、場合によってはNERVを敵に回す覚悟さ。……NERVは……特にトップは決して、正義の味方じゃない。……だが、この秘密は別に知らなくても問題のないものだ。むしろ、知ってしまったら……君の身は危なくなるだろう。」
「何なのよ……。」
「あと、ミサトさんも知らないだろう。リツコさんに問い詰めれば……間違いなく、警戒されるだろうな。俺は既に警戒されているが…。だから、リツコさんに訊こうなんて考えるなよ。」
「……何で、あたしにそんなことを言うのよ。」
アスカは疑問だった。蔵馬はむしろ、アスカにキツク接していたのに……。
「確かに、最初は君に何の魅力も感じず、面倒な奴としか思っていなかったが……、多少は気に入った…ってとこかな。」
またも、微笑む蔵馬。アスカの鼓動は再び跳ね上がった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まただ。また、こいつにときめいてしまった。
でも、少しは理解できた。こいつの微笑は、暖かいんだ。
そして、同時に気付いた。加持さんの笑みは、あたしを子供扱いしている。
こいつは、加持さんより大人に感じる。でも、けっしてあたしを子供扱いしていない。包み込んでくれるんだ。
碇シンジ……。まだ、敵愾心は消えないけど……。
「シンジ、あたしのことはアスカでいいわ。」
あたしは、シンジに呼び捨てを許した。
そして、こいつにあたしを認めさせる。いつか、こいつのあだ名『蔵馬』と呼べるように………。
☆ ☆ ☆
作戦決行日。
事故修復を終えた第7使徒は、活動を再開した。
「目標は、強羅絶対防衛線を突破。」
「来たわね。今度は抜かりないわよ。音楽スタートと同時にA・Tフィールドを展開、後は作戦通りに。二人ともいいわね。」
蔵馬たちにミサトは確認を取った。
「いいわね。最初からフル稼働最大戦速でいくわよ。」
「わかってる。62秒でケリをつける。」
アスカと蔵馬がお互い確認を取る。
「目標、ゼロ地点に到着します。」
EVAはアンビルカルケーブルを切り離し、内部電源に切り替わった。より、迅速に動くためである。
「発進!!」
ミサトが号令した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
地上の射出工から飛び出した宙へ舞ったEVA二機。同時にソニックグレイブを構え投げつける。
二つに切り裂かれた使徒が、前と同じように分かれて再生した。
着地した初号機が武器庫ビルから飛び出したライフルを手にして、攻撃を開始する。
同じく、弐号機がボジトロン・ライフルで銃撃。
使徒の反撃に寸分違わぬ同じ動きで後転しながら、攻撃をかわすEVA二機。
盾の影に隠れながら、再度銃撃を開始。
蔵馬とアスカの呼吸はぴったりとあっていた。
使徒に跳びかかっていくEVA二機。それぞれに拳を振り上げ使徒を殴打、さらに足蹴り。
EVAの攻撃を受け、使徒の形態が変化を始めた。二体に分離していた身体が元の一体に戻ろうとしていた。
二体に分離していたコアが一点に集まる。二人はこの好機を見抜き動いた。
EVA二機は、そろって宙高く跳躍し、優雅に空転、上空から一気に使徒に迫る。EVA二機の蹴りが同時に使徒のコアを直撃。EVAの足は使徒に食い込みコアにダメージを与え続けた。
第7使徒はとうとう殲滅された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「EVA両機、確認。」
モニターに、見事に着地したEVA二機が映っていた。
「ナイスよ、シンジ君。アスカ。」
ミサトが賞賛した。
「まっ、あたしたちにかかればこんなものよ。」
アスカが得意そうに応えた。
「……へぇ〜、『あたしたち』か、珍しいなアスカがそういうふうに応えるとは。」
加持が面白そうに、指摘した。
「……今のところ、シンジの方があたしより、優れているのは認めましたから……でも、何時までもシンジの下に甘んじる気はありません。必ずシンジに追いついてみせます。」
ミサトや加持が今まで、見たことがない魅力的なアスカの笑顔だった。
そんなアスカを見て、なんとなく面白くないレイであった。
〈第十話 了〉
To be continued...
(2009.06.06 初版)
(あとがき)
ジョルジュ「アスカさんが蔵馬さんを認めましたね。そして、まだ完全には自覚してませんが…蔵馬さんのことが気になり始めました。」
コエンマ「どうやら、彼女は墜ちなかったようだな。」
ジョルジュ「ところで、『畑中シンジ』って……。」
コエンマ「うむ、原作の『畑中秀一』だ。蔵馬が『南野秀一』ではなく『碇シンジ』な為、それに合わせて作者が変更した。」
ジョルジュ「あと、レイちゃんには、最大のライバルができてしまいましたね。」
コエンマ「甘い。レイのライバルは彼女だけではない。まだまだ、登場しないが、ある意味本当の最大のライバルがいずれ登場する。」
ジョルジュ「誰なんですか。」
コエンマ「それは、秘密。では、これからもかのものの駄文に付き合ってくれい。」
ジョルジュ「コエンマ様、そりゃないですよ。」
作者(かのもの様)へのご意見、ご感想は、または
まで