黄昏の果て

第一話

presented by KEI様


「やれやれ、ご苦労な事だね」

VTOLの中、拘束されているわけではないが、両脇に黒服がいる状況では似たようなものだろう。
その様な状況でその少年は、面白いものでも見ているかのような表情である。
実際面白いのだろう。
これから会う事になる遺伝子上における父。
彼の計画したシナリオ、それを踏みにじる為に少年は黒服達の無礼を許しているのだから。

「楽しそうね、シンジ」

少年の正面に同乗している女性、九条ハルカが言った。

「楽しそう?そんな顔してましたか、ハルカ姉さん」
「ええ、とっても楽しそう。」
「そうですか。でもこれから起こる事を考えると、どうにも押さえきれなくて」
「まだ起こってもいない事を想像して調子に乗っていると、ヘマをするわよ」
「分りました、注意します」

二人の会話の意味を、黒服達は理解できなかった。
尤も、彼らは理解する必要などない。
彼らは少年、碇シンジと言う名の彼をサードチルドレンとして連れて行く事が役目であり、理解、判断するのは別の人間達の役目であるのだから。

彼らがこれから行くところは第三新東京市、その地下に築き上げられた要塞を騙る避難所。
人類を守る為に設立されたとされる、特務機関ネルフ。

そこで一人の男が待っている。
失われたものを取り戻す為に、今だ己が道化に過ぎない事に気付かず。
壊れ始めたシナリオをもって、男は待っていた。
イレギュラーの一人を。

だが、イレギュラーたる碇シンジも知り得ないだろう。
この世界に現れた、彼の意図しないイレギュラーを。


時間を巻き戻し、舞台を移すこととしよう。

国連軍のヘリが海上を飛行している。
その下に何か巨大な物体が潜行していた。
水没したかつての東京のビル街の間を、巨大な黒い物体が、第三新東京市に向かって移動しつつあった。
物体の上陸予想地点には大規模な戦車隊が配置されている。
静寂をうち破り戦車隊向こうの水平線に水柱が上がる。

海中からその物体が姿を現した。


辺り一帯にアナウンスが響いている。

『緊急警報!緊急警報をお知らせします!
本日12時30分、東海地方を中心とした、関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。
住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい。
繰り返しお伝えします。
速やかに指定のシェルターに避難して下さい。』


とある発令所にて、その物体に対して行動が起こされていた。

『正体不明の移動物体は依然本所に向かって進行中。』
『目標を映像で確認、主モニターに回します。』

巨大なモニターに映し出される謎の巨大物体。
それを見て初老の男、ネルフ本部副司令冬月コウゾウが言う。

「15年ぶりだな。」

サングラスをかけた髭の男、ネルフ本部総司令碇ゲンドウがそれに答える。

「ああ、間違いない。使徒だ」


その物体、使徒に対し戦車隊が一斉に攻撃を加える。
砲弾の雨、だが使徒はそれをものともせず第三新東京市に向かい直進して行く。

街中に使徒が至り、戦闘機隊、VTOL隊がミサイルと機銃による攻撃を加えるものの、使徒にとってそれは攻撃とさえ呼べない代物だった。
ときおり使徒は五月蝿い子蝿を払うかのように、光のパイルでVTOLを打ち落とす。
また巡航ミサイルを片手で受け止め、その爆発を至近で受けても傷一つ負っていない。

ちなみにVTOLが落ちた無人の駅に、何故か居た女性が潰されかけていたような気がする。
無残にもスクラップになった車の前で、血の涙を流している。
暢気に戦場にやって来て、その程度で済んでいる辺りそうとう悪運の強い人間のようだ、それとも強運か。


発令所にて、その様子をモニターで見ている国連軍の上級将校たちは歯噛みをしていた。
三人のオペレーターから報告が届く。

『目標は依然健在。第3新東京市に向かい進行中。』
『航空隊の戦力では、足止めできません。』
「総力戦だ。厚木と入間も全部あげろ!」
「出し惜しみはなしだ。何としても目標を潰せ!」

国連軍の更なる猛攻が続く。
だがそれも使徒には何の効果もな平然としている。

「なぜだ!?直撃のはずだっ!!!」
「駄目だ!!この程度の火力では埒があかん!!!」

その背後で冬月が落ち着いた様に言う。

「やはり、ATフィールドか?」
「ああ、使徒に対し通常兵器では役に立たんよ。」

ゲンドウは興味無さげに答えた。

上級将校の一人が電話を取り、どこかに連絡を入れようとしている。
それを見た後ろの二人は、無駄な事を、といった表情をしている。
後ろの二人は、国連軍がN2爆雷を使うのだろうと想像していた。
だが、上級将校の動きは止められた。
止めたのは、国連軍ではなく、戦略自衛隊の士官服を着た男だった。

「少し、待っていただけませんか」
「どういう事だね」
「一応、ここは日本国です。武力をもって国土を守る戦自の人間としては、大規模な破壊をそう易々と容認は出来ませんので」
「そんな事は我々も同じだ。ならば、あれをどうすると言うのかね」
「我々も少し足掻かせていただきます。足掻き終ったら、そちらの判断でどうぞ」
「わかった、やってみたまえ」

言質を取ると、戦自の男は別の電話の受話器を手に取り、何処かに繋げた。

「私だ、『穿』の準備は?そうか、では敵性体を攻撃しろ、許可はもらっている。」


男が簡単な指示をしてから、一分と経たずに状況に変化が訪れた。
悠然と歩いていた使徒が、吹飛ばされた。
吹飛ばされた使徒は、仰向けに倒れた。
だが、体を貫いている何かによって、そのまま地面に倒れこむ事は出来なかった。
丁度その何かがつっかえ棒のようになって、倒れかけた姿勢で停止させられた。

使徒の体を貫いたもの、それは槍だった。
なんの変哲もない、しいて言うならば柄と穂先が一体化して、所々カエシついているところが普通の槍とは違う。
だがそれを除けば形状はただの投槍である、その大きさが異常ではあるが。
そう、その大きさは異常だ。
数十メートルの使徒を串刺しに出来る槍、真っ当な軍隊がこんなものを持つ事などありえない。
質量を武器とするにも、貫通力を武器にするにも、近代兵器が槍の形状を持つ必然性は存在しない。
つまりこれは、近代の戦争に使う事を前提としていない異質な兵器であった。

国連軍の上級将校たち、そして敵性体の詳しい情報を持つ二人の人間。
彼らは一様に驚愕した。
前者は自慢の近代兵器が通用しなかった存在を傷つけた事と、その手段があまりに異質な事に。
後者は普通の攻撃は決して有効打を与えられないという事実を知るが故に。

発令所の職員も驚愕していた。
彼らは使徒を倒す為の組織に属している。
そして、使徒は彼らの組織の保有する兵器でしか倒せない、と知識を与えられている。
彼らにとって、国連軍の使徒に対する攻撃は愚劣なまでのプライドに囚われた行動でしかなく、広義の意味で人類に仇成す行動でしかない。
使徒に対する一撃は、国連軍ではなく戦自が成したものだが、それの彼らに与える影響はどっちにしろ大きい。
自分たちが絶対の存在ではない、それを示されてしまった。

ただ一人、戦自の男だけが態度を変えることなくモニターを見ていた。
強いて言うならば、多少悔しげではあった。
尤も、他の人間にそれを見分ける事は出来なかったが。

「さて、とりあえず我々戦自の足掻きはこれで終りです。後は、お任せいたします」
(ぶっつけ本番で、試射もなく必中必殺はさすがに無理だったか。まあいい、序盤からいきなり倒してしまうのは問題だしな。まあ五十kmの彼方から命中させたのならば、充分過ぎるか。
ヒヒイロカネに込めた『念』でATフィールドに対抗出来る事も、証明できた事だし。以後の予算獲得がやりやすかろう。)

男は話し終えると、すぐにそこから立ち去った。
男が話した事が切っ掛けかどうかは別にして、状況が動き出した。
国連軍上級将校の席に設えた電話が急に鳴り響いたのだ。
上級将校の一人がそれを手に取り、受話器の向こう側から指示出されていた。

「はあ、・・・しかし・・・分りました」

受話器を置くと、苦々しげな表情で背後の男達に言った。

「碇君、今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」

目の前のモニターに写る使徒。
それを串刺しにした兵器は彼らの常識外のものではある。
だが、どのような思考の下で作られた兵器であろうと、それが示した結果は使徒は無敵の存在ではない事を示していた。
つまり、このまま国連軍が攻撃を続行しても倒しうる可能性が示されているのだ(実際のところは無い)。
だと言うのに、可能性が目の前にあるというのに、胡散臭い特務機関に後を譲らねばならない。
憤懣やる方ない、とはこの事ではないだろうか。
いずれにせよ、上の命令には逆らえない。

「了解です」

一度も目線を上げることなくゲンドウは返答した。

「碇君、現在の所我々の所有兵器では目標に対し有効な手段がないことを認めよう」
「だが、君なら勝てるのかね?」

軍首脳の一人は皮肉たっぷりに言った。

「そのためのネルフです」

その声色は、何処かしら見下した色合いをしていた。
それがなおさら上級将校たちの神経を逆撫でる。

「期待しているよ」

だからと言って殴りかかるような、そんな考え無しの行動はさすがにしない。
最初に皮肉たっぷりにこちらが言っているわけでもあるし。
社交辞令ではあるが、それなりの言葉を送りその場を辞した。


『目標は未だ変化なし』
『現在、迎撃システム稼働率7.5%』

国連軍上級将校たちが退席するさまを眺めていた冬月が口を開く。

「さて、多少予想外のことがあったが、大体は予定通りだな。どうするつもりだ」
「初号機を起動させる」
「初号機をか?パイロットがいないぞ」
「問題ない。もう一人の予備が届く」

予備、ゲンドウは実の息子をそうのたまう。
自らの血を分けていようとも、彼にとって息子とはその程度のものに過ぎない。
彼にとって最も重要なのは、この世で唯一愛し続ける妻のみ。
だからこそ、彼ほど哀れな男はいまい。
愛し、愛される事をあまりにも知らな過ぎた、だからこその不幸。
虚構を真実と信じ込んでしまったのだ。
尤も、彼でなくても信じ込んでしまっただろう、あれは己すら偽り抜くほどの魔性故に。

「本当に彼がここにくるのか?」
「あれは私の息子だ。すでに呼び出しもした」

十年近く放って置かれて、今更呼び出されて、それでのこのこ来るような人間はまずいない。
それこそ何かしらの精神的な措置をしなくては。
本来の計画ならば、その精神的な措置が成されていて、碇シンジは馬鹿げた手紙でのこのこと第三新東京市くんだりまで父を求めて来ただろう。
だが、八年ほど前シンジは預けられている家から突如として消え、京都の碇本家を訪ねていた。
そして、そのまま碇本家の保護下に入ってしまった。
その後碇の資産を乗っ取り、シンジを計画通りに元の所に戻そうといろいろ画策したが、全て失敗した。
それでもゲンドウはシンジが父親を否定する事は無い、父親を求めないはずは無い、そう考えていた。
これは、孤児であったゲンドウのトラウマから来る考えである。
誰も信用できない、信用しない、だが無条件に信じて縋り付ける相手が欲しい。
自分を捨てた親を恨み、憎み、されどもその親をこの男はずっと求めていた。
いずれにせよ、この男の身勝手な妄想通りに事は運ばない。

「司令、葛城一尉から連絡が入りました。その、サードチルドレンを発見できなかったそうです」

眼鏡をかけたオペレーター、日向マコトの報告でゲンドウの妄想が否定された。
冬月が慌てて確認する。

「どういう事だね」
「はい、確認したところサードは指定のリニアには乗っていないどころか、京都から一歩も出ていません。」
「何故、今の今までそれが分らなかったのだね」
「サードに関しては葛城一尉が全て引き受ける、そう言っていましたので確認をしていませんでした」
「分った、葛城君に至急本部に戻るよう通達したまえ」

報告を聞き終え、冬月はゲンドウと密談を再開した。

「どうするつもりだ、彼はおまえの呼び出しを無視してしまったぞ」
「・・・問題ない、おおかた碇の連中が足止めしているだけだ。迎えをやればすぐに来る」
(何処からその自信が出てくるんだ?この男は)
「それまでの時間をどう稼ぐ?今のところ使徒はあの槍を抜いて移動する事が出来ない様だが、それとて永遠というわけではあるまい。再度進行は時間の問題だぞ」
「レイを使う」
「使えるのか?」
「足止め程度ならどうにでもなる。場合によってはN2を使わせれば良い。今のレイが壊れても三人目に移行するだけだ」
「分かった、ではサードの迎えの手配をしよう」

かくして、サードチルドレン碇シンジを京都まで迎えに行くこととなった。
京都の碇本家で多少の問題はあったが、シンジは特に抵抗する事もなくVTOLに乗りこんだ、保護者代理を名乗る女性と共に。
これが、ネルフにも、そしてシンジにも予想出来なかった<三度目>の使徒との戦いの始まりとなったのである。


物語は冒頭に戻る。

日も沈み、街の光しか無くなった第三新東京市のビルの一つにVTOLが着陸する。
そこで待っているのは、シンジのとって喜劇を演ずる二人の女性。
赤木リツコと葛城ミサト。
前者はイレギュラーの有無、あるいはその大きさを測る為、後者は自らの復讐の手駒を手懐ける為にその場に居た。
また彼女達の護衛として一ダースほどの黒服たちが控えていた。
本来の歴史とは異なるが、第三新東京市における使徒迎撃戦が始まる。



To be continued...


(ながちゃん@管理人のコメント)

KEI様より「黄昏の果て」の第一話を頂きました。
うーむ、プロローグに続き、話が読めない・・・(笑)。
あの赤い海辺の少女や謎の男は、一体何だったのでしょうか?これから話に関わってくるのかな?
使徒戦が三度目と言っていることから、ここのシンジ君は時間逆行者ということでしょうか?(でも何故に三度目?)
しかもこのお話、イレギュラーなのは、彼だけじゃなさそうだし・・・。
冒頭のハルカって女性の素性も気になるし・・・。まさかプロローグの少女!?・・・って、そりゃ端折りすぎだな(汗)。
ネルフは従来どおりの組織みたいですが、戦自の動きが気になりますね。なんか正義の味方っぽいし・・・。
うーん、伏線がありすぎて、まだまだサッパリですな〜(笑)。
まあ、まだ序盤ですからねぇ・・・。
これから謎は解明されていくことでしょう。
さあ、次話を心待ちにしましょう♪
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