黄昏の果て

第五話

presented by KEI様


第三使徒サキエル殲滅後、初号機と碇シンジは、メルカバーが所有する飛空艇エルドリッジに回収された。
全長は200メートル、全幅80メートル、高さ60メートル、少なくとも現行の航空力学に喧嘩を売っているのではないか、と思われる形状をした空飛ぶ船である。
形状はかろうじて空気抵抗を考えてはいるものの、空を飛ぶとなると疑問が色々と出てくる。
翼がないから揚力を生み出せないし、飛行船の様な気嚢で浮いているわけでもない、またヘリの回転翼に該当する様な物もない、その他浮力なり何なりを発生させるような仕組みは付いているとは、外見上からは言いがたい。
とりあえず、ジェットエンジンとロケットエンジンと云う、推進器の類はついているのだが、この巨体を浮かせられるような配置でもない、基本的に推進器でしかない。
普通に考えれば、こんな馬鹿でかい鉄の塊が、空を浮くなんて出鱈目を、全く覆してくれそうも無い形状なのだから、始末が悪い。
現段階の科学の常識とやらを、徹底的に無視している。
ここら辺も、後々ネルフがメルカバーを強く警戒する要因となるのであるが、今のところはそれに気付く余裕が、ネルフにはないようである。
そもそも、ネルフとてエヴァンゲリオンなどと云う、現行の科学に喧嘩を売りまくる代物を使っているので、エヴァの実情を知る一部上層部の人間以外は、現状の科学技術に関する感覚が少々一般とは異なってしまっているため、飛空艇に関してこの段階ではあまり疑問を持っていない。
後日、この飛空艇に関してリツコが詳細に調べたり、驚愕したりしている様子から、周りの職員たちも冷静に考えて、その異常さに遅れ馳せながらも気付く事となる。
なお第三新東京市を出る時、吊り下げられていた初号機は、今は飛空艇に収容されている事から察するに、エヴァの運用を考えて建造された物の様である。
つまりは、これの建造計画が出ていた時点で、ネルフからエヴァを徴発する事が決定されていたという事なのだろう、用意周到と言うべきか、あくどいと言うべきか、せめてこれの情報だけでもネルフが手に入れることができれば、むざむざと初号機を奪われる失態を犯す事も無かったのではないか。
事が起こってしまった今となっては、今更な話でしかないのだが。





エルドリッジ内、初号機の格納庫にて

戦闘が終って、大分時間が経っていると言うのに、シンジは未だに初号機から出てこない。
初号機が収容された際、彼は碇ユイのサルベージを行う事を通信で知らせ、通信を切った。
数年前、赤い世界から帰還し、唐突に訪れたシンジを快く向かえてくれ、且つ彼の話を―実際に彼の記憶を投射すると言う方法も使ったが―信じてネルフ、ゼーレと戦う為に数々の協力をしてくれた祖父。
初号機を確保したからには、早々にユイを助け出し、祖父を喜ばせてあげたかった。
だからこそ戦闘終了と同時に、時間を置くことも無く、ユイのサルベージを行おうとしたのだ。
事前の説明においては、今のシンジの能力を用いれば、ものの数分もしないうちにそれを成し遂げるとなっていた。
現段階におけるシンジは、エヴァと云う本能のみの肉人形を、その理性と云う本能の模造品如きで、御する事が出来る。
もちろんそれは、精神力の強さも合わさっている、からのことではあろうが、あまりに足りないが故に、喰らわねばならぬ本能に支配された肉人形を、抑えきれるそれは評価されるべき事である。
さて、ユイのサルベージであるが、既に1時間近くも時間が経過し、なんの音沙汰もない。
数分が1時間、これはトラブルが生じたとしか言い様がない。
だからといって、今の人員で対処が出来るかと言えば、それは無理な話である、ここの人員には科学者や整備員も多数詰めてはいるものの、戦闘による損傷の処置の為にいるのであって、エヴァそのものの深奥へ対処する人員は、メルカバー本部にいる。

「何か変化は?」
「いえ、これといって特には。むしろひどく安定している状態です、第三使徒との戦闘時のほうが、計器の数値上は色々と変動がありました。もちろん異常というようなものではありませんが」
「つまり、何が起こっているかは、判らないと言う事ですか?」
「はい、残念ながら……ですが本部に戻れば、もっと詳細な検査が出来ますので」
「そうね。でも最初の戦闘で、問題を起こしたまま帰還はしたくはなかったのですが……まったくシンジも無茶をします。いくら早急にユイ叔母様を助け出し、お爺様を喜ばせたいのだと云っても、碌な補助もない状態で行動に移すなんて。自分の能力を過信しすぎです」

初号機の前にいるのは、シンジの従姉である九条ハルカ、そしてエルドリッジにおける初号機の整備、検査の担当者の二人である。
口調から察するところ、ハルカはシンジの事をそれなりに心配しているが、重大な事態になるとは見ていないようである。
シンジから見せられた世界の終末、それにおいて現世に帰還し、かつ時まで超えてくるほどの力を有するシンジが、リリスとアダムの融合体にも満たない、初号機如きに敗れ去るだなんて、そんなことは初めから考えてはいない。
だいたい、今のシンジはアダムを取り込むことで、単純なエネルギー総量でみれば、第三から第十六までの使徒、それらのどれよりも、はるかに上回っている、いや超越している。
現状、たかだかリリスの劣悪なコピーにすぎない状態の初号機とは格が違う、取り込もうにもエネルギーが大きすぎて取りこめない、サードインパクトの時の様にリリスと合一してでもいなければ。
だからシンジの身の安全に関しては、さしたる心配はしていない。
彼女としては変なやり方をして、無理をして、それで叔母たるユイをサルベージ出来ないような事にはならないのかと、そういった事を心配している。
もしユイを助ける事が出来なければ、弟の様に可愛がっているシンジも悲しむだろうし、敬愛する祖父も、2度も娘を失う事に悲しむだろう、その様な事はあっては欲しくない。
とりあえずは、何事もなく出て来たシンジの事を、1人で無茶をするのではないと懲らしめてやろうと考えている。
そんなこんなで考え込んでいたら、ようやく初号機に状況の変化が訪れた、エントリープラグが排出されたのである。
心なしか辺りの雰囲気も、張り詰めた様子が薄れていく、とりあえずはこれで初戦からシンジを失いかねないだとか言う、非常事態を心配する必要がなくなったと判断した。
ハルカがエントリープラグの方へ駆け寄ると、ハッチが開かれた。
そして中から、LCLでびしょ濡れのシンジが出て来た、しかし中から出て来たのはシンジだけである、且つシンジの表情も晴れやかとは言い難く、どうにも複雑そうと云うか、単純に暗いと云うようなものであった。
これを見ると、ハルカは早速やろうとしたお仕置を控え、シンジにまずは話を聞いてみることにした。
今のシンジは、まんまとネルフを、そしてゲンドウを出し抜いて、初戦における勝利を手にした者の顔ではなかった、どうにも暗いのである。

「シンジ、無事のようですね。ですが、どうしたのですか?初戦において、見事私たちは勝利を手にする事が出来ました。あの無礼者の計画を狂わせ、ネルフに痛手を与える事もでき、そしてケージでのやり取りを国連に報告すれば、後日彼女を私たちが引き取ることの大きな手助けにもなります。今回の作戦は完遂出来たといって良いでしょう。なのに、どうしてその様な顔をしているのですか?」
「……ハルカ姉さん。ええと、そんなに今酷い顔をしていますか?参ったな……。その、作戦に関してではないんです。母さんをここから解放しようとしたんですが、出て来てもらえなかったんです。いえ、そもそもコンタクトも出来なかった。母さんからは触れてくるのに、此方が接触しようとすると、まるで殻に篭るかのように、拒絶される。今の僕にならば、母さんを助ける事ができるのに、それを母さんが聞いてくれない、感じとってくれない。もう、母さんに守ってもらわなくても、僕は戦える事を理解してもらえませんでした」
「ユイ叔母様のサルベージは出来なかった、と云う事ね。確かにそれは喜ばしくはない事ですけど、最初から何もかもを望むのは、贅沢ですよ。それにサルベージは繊細な作業、と云うではありませんか。いくらアナタでも、そう容易いことではないはずです」

言ってみれば、シンジは少しばかり望みすぎであろう。
かつて、ろくにエヴァを動かせなかったと云うのに、今―シンジ主観における二度目―においては自在に操り、サキエルとの戦いに勝ち、サキエルの<本質>を確保する事が出来た。
ギリギリまでメルカバーの事を隠しぬき、ネルフの権威に傷をつけ、評価をネルフよりも上に、とりあえずは持ってくる事も出来た。
今回は見送ったが綾波レイ、世界に三人しか表向き見つかっていない、貴重な人材に対するあまりにもお粗末な、乱暴極まりない扱いの確認をする事で、やはりネルフの信頼性に傷をつけた。
これだけで、今回の戦果としては充分であるはずだ、碇ユイの存在が彼らにとって大きいとはいえ、それはゆっくりと解決すればいい。

なんでもかんでも自分でやる、いや、どのような事でも出来ないことはない、などと考えるのは全くもって傲慢である。
例えその身が如何なる力を持とうとも、守るべき何かを持つ身で、得ようと欲するものがある身で、万能たらんとする事など出来るわけもない。
ましてや、シンジは帰還してより、本当の意味で壁に当たった事がない、故にかつてのように己の力の至らなさを、どうにかして超えようと、抗うことがなかった。
手にした力は強大で、得ることかなった知識は膨大、されどそれをただ持っているに過ぎぬ身。
何故、どうして、と沈む暇があれば、己の無力を受け入れ、更なる一歩を踏み出さねばなるまい。
赤い海を越えてより、シンジが抱いてしまったもの、その中で特筆すべきは力と知識ではなく、彼が最も憎む父と同じもの、即ちは思い上がりであった。
故に彼は思い続けた、そのような自覚はなくとも、『世界は己の願うがままに動くのだ』と。

「ハルカ姉さん……でも今の僕なら、可能なはずなんです。何故、母さんはそれを分かってくれようとしない?」
「母親として、子を守り抜きたい。その願いが強いのでしょう。まして、今は最初の使徒戦が終ったばかりです。初号機の中の叔母様がより一層、母としての義務感を強めていることは当然なはずです。母、強き母性を超えて、こちらの想いを理解してもらうには、危機と対峙したばかりの現状では、酷く難しいのではありませんか」
「……そうですね。僕も少し焦りすぎたかもしれません。どうせネルフの思い通りには、もう事は進みません。あの男も、後は追い詰められていくだけ、進退極まったあの男の前で、最後の希望すら手に届かぬものになった事を示すまでは、まだ時間もありますし。母さんのことは、もう少し時間をおきましょう」

唯一の希望すら、その手に入らぬ事を示す、それは復讐。
シンジにとって、一度目の流れの中、彼はゲンドウによって、多くのものを奪われてきた。
まともな人生、手にすべき当然の権利、初恋の人、親友、分り合えたかも知れぬ者、そして想い人。
様々なものを奪われ、ゲンドウが彼に与えた唯一のものが、絶望。
故に絶望させなければならない、その魂すら切り裂くほどの痛みを与えなければならない、目には目を、歯には歯を、受けた苦しみの全てを、人類を滅ぼした際に感じた苦痛、それに等しき報いを。
そして手に入れる、手にする事叶わなかった、世界の終わりでの僅かに触れ合い、それで終ってしまった少女を。
故に今回は手にする、彼女には己以外に相応しきモノなどいないと、また己には彼女以外に相応しきモノはいないと、シンジはそう確信しているが為に。
分かっているのだろうか、その執着、それはまさに彼の父親が、彼の母親に向けていたそれと、全くの同質のものであることを……

『九条大佐、間もなく本部に到着します』

シンジとハルカのもとに、通信が入る。

「分かりました。すぐに、艦橋に行きます」

ハルカは通信に答え、シンジの方を向いて言う。

「それでは行きましょうか、シンジ。まずは今回の作戦行動の報告をしなければなりませんし」
「そうですね。他にも、国連に提出する資料も書かなければならないし」
「ええ、綾波レイを我々が正式に引き取る為の伏線。表立っての行動を、取れない様にしなければなりませんからね」
「本当なら、今すぐ連れて来たいのですが……」
「時間はあります。確実にいきましょう」
「はい」

話ながら、二人は格納庫から出て行く。
向かう先はエルドリッジの艦橋、一応この艦の現在の責任者はハルカなので、本部施設内の飛空艇の収容施設に入る時はブリッジに居なければ不都合がでる。
艦橋への道中、ふとハルカが口を開く。

「ようやく始まりましたね。シンジ」
「はい、やっと始まりました。欲深き愚者たちへの裁き、そして無垢なる命の救済。必ず成し遂げて見せます」
「ええ、私も、お爺様たちも力を惜しみません」

確かに始まりであった、<二度目>においては。
然れども<三度目>の今においては、既に始まっている、それに気付かなければ彼らもまた道化になるだろう。
だが、それに気付き、その主導権を握ったならば、時は破滅へと向かうだろう。
彼らの望みは、ある人物の意思を結局のところ鑑みなかった。
故に、押し付けの幸福を拒絶された時、<二度目>は破滅への階段を上り始めてしまった。
今現在の、<本来の流れ>から分岐した<二度目>、それからさらに分かたれた<三度目>は、その破滅を否定する為に仕組まれたのであった。
だが、まだ流れは固定されていないため、<二度目>の流れに戻る事もありうる。
流れが固定される前に<三度目>に気付き、それへの対処が成されれば、<三度目>は<二度目>に合流してしまうだろう。
尤も、それを許すほど<三度目>を成している者は、迂闊ではないのだが。
そう、迂闊ではない、大体にして破滅が定まった<二度目>ましてや<本来の流れ>に近い流れへと戻されでもしたら……オモシロクナイ。
だから深く、静かに、確実に、されどおぼろげに、『彼』は世界を侵している。


メルカバー本部へと向かっているエルドリッジは、山の斜面へと向かっていた。
このまま進めば衝突は必至のコースである。
だがエルドリッジの動きに、一切の停滞はない、そのまま目の前の斜面へと向かっている。

山が動いた、いや正確には斜面が動き出したのだ。
斜面の一角が沈み、下がっていく。
斜面があった場所には、大きな空洞があり、その中は明らかに人の手が加わっている。
そこは、いわゆる大規模なシェルターであった所だ。
しかるべき人間たちが、戦争や災害などによる大規模な破壊から身を守り、快適に過ごせるように整備された施設であった。
使われなければそれに越したことはない、だがいざと云う時、やんごとなき人々だけでも、いや、やんごとなき人々だけは救うために、そこは用意されていた。
<本来の流れ>では、ここはゲンドウによって破壊し尽くされていた。
やんごとなき人々、それはゲンドウにとって、身寄りもなく凶状持ちで人付き合いの苦手さから信頼でき信頼してくれる者もいなかった六文儀ゲンドウにとって反吐が出る存在だった。
泥水すすり、草の根かじることもなく、己たちを特別な位置にあると考え、這い上がるものを見下し排除する彼らこそを憎んでいた、そんな彼がやんごとなき家の娘である碇ユイを愛してしまった、全く以ってなんと皮肉なことか。
だが、ゲンドウの彼らに対する憎しみがなくなったわけではない、だからここはシンジを通して遺産を手にし存在を知ったとき、真っ先に消した。
ところで、これは余談だが、ゲンドウの凶状云々は実際には過剰防衛気味ではあるものの、正当防衛に属するものである。
ただ相手が悪かったのだ、世間の評判が良い人格者と呼ばれる、尻尾を出さない男だった、そんな男を手にかけたのが彼に保護されている身寄りのないゲンドウだった。
世間の目とやらが、どのようにゲンドウを見ていたかは言うまでもない。
皆が皆、主観的事実によってゲンドウを裁いた、公的な機関でさえも。
この時、ゲンドウにとって法だの、道徳だのといったものは、実体のない奇麗事でしかなくなった。

さておき、今はここにゲンドウの手は伸びてはいない。
そして前述の通り、ここは最低でも十年は快適に過ごせるように整備された施設であった。
衣、食、住は言うに及ばず、外部からの武力による干渉に対しても、備えがなされているのである。
わずかな改装によって、わずかとは言ってもリフォームとかよりははるかに資材も人員も使ったのだが、ここはメルカバーの本部として充分な施設となった。
エルドリッジが中に入ると、入り口が閉まっていった。
そしてそこには、エルドリッジ用のドッグが存在し、そこに停泊したのである。

この後、今回の作戦の結果を報告し、またいくつかの書類を作成し、全てが終わったのは丑三つ時といった時間であった。
仕事を終えたシンジは、手のひらに収まる紅い宝玉を持っていずこかへと向かった。
そこに降り立ったとき、そのときシンジは驚愕した、いや放心か。
いずれにしても、『全てを知っている』はずのシンジが知りえないことが起こっていた。



To be continued...


(あとがき)

どうも、お久しぶりです。KEIです。
筆が進まないというわけではないのですが、うっかりすると内容が当初の筋書きからはなれて、アンチシンジへと流れていってしまいます。
私はアンチシンジというわけではないのですが、どういったわけか登場人物たちをドンドン貶めていってしまいます。
おかしいです、筋書き通りならば、シンジもゲンドウも悪ではなくただの人でしかないはずなのですが……
さておき、「黄昏の果て」第五話おとどけしました。
今回はメルカバー、シンジサイドです。そして次回はゲンドウサイド+αでお届けします。
この話の主人公は誰なんだ、といった疑問をもたれそうなのでここで一応言っておきます。
シンジ、ゲンドウ、そして安西シンが主人公です。
それぞれがぞれぞれの目的を持ってこの物語は進んでいきます。
では今後ともよろしくお願いします。

作者(KEI様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで