Capriccio

第一曲 〜黒狼と紫苑、そして「まずは生活を」〜

presented by 麒麟様














ようやく覚醒した青年は身を起した

女性は先程と変わらず、未だに砂浜に座り込み、青年に膝を貸し続けていた

「おはよう。」

「おはようございます。」

青年は寝転んだ状態から、座った状態へと移行する

ポリポリと頬をかき、クァ〜と欠伸をする

どことなく暢気さが滲み出している、と女性は思ったが口には出さなかった

「ん。まずは、状況の確認でもする?」

「はい。其れが一番建設的かと。」

彼女の口ぶりは、まさしく主人に仕える臣下のそれであった

「俺は、自分のことも、周りに事も何もわからない。俺は誰だ?此処はどこだ?って状態なんだけど、君は?」

「私も似たような状況です。あまりにも多くの情報データが欠損しているため、自身 が誰であるか、此処がどこであるかは定かではありません。」

「情報の欠損って・・・・・残ってる情報ってあるの?」

訝しげに思いながらも、青年は女性に尋ねる

「はい。欠損していますが、貴方様の名前と思われる情報データも多少あります。」

「なんだ、あるんだ。其れを早く言ってよ。」

青年は何もわからぬ状況に一条の光が差したような感覚に陥った

あるいは地獄に伸びた蜘蛛の糸か

「申し訳ありません。私の考えが至らぬばかりに。」

「あー、いや、怒って無いから。そんなに気にしないで。」

悲しげな雰囲気を纏って俯いてしまう女性

慌てて青年は女性を慰める

「お許しいただけますか?」

「許すも何も・・・怒って無いから。」

「ありがとうございます。」

ササッと胸に手を上げ、会釈する

青年は、馬鹿丁寧だな、とは思ったが特に突っ込む気は無かった。

「で、俺の名前って、なに?」

「い・・しん・。です。」

「・・・・・・・・・なに?その間?」

情報データの欠損です。」

そういった後、女性は砂浜にわかりやすく字を書いて説明した

い○○が苗字で、しん○が名前であるのはわかるらしい

が、○に入る文字は彼女流に言えば「情報データが欠損している」ためにわからない との事だ

「い・・しん・。なんだそりゃ?」

「申し訳ありません。私が至らぬばかりに・・・。」

また落ち込もうとする女性を慌てて宥める他称『い・・しん・』であった

「ん〜、いちいち『い・・しん・』なんて間の抜けた名乗り方するわけにもいかないしなぁ。」

「では、便宜上の名を名乗ると言うのはいかがでしょうか?」

立ち直った女性が、キリッとして提案する

「便宜上?それって、偽名って事?」

「はい。名前が無いというのはいささか不便ですし、後ほど本名が判明すればそちらに変更すればよいだけですので。」

それもどうだな、と青年は頷く

誰か自分のことを知っている人に出会うこともあるかもしれないし、とも思った

「あ〜、じゃあ、名前はシンでいいや。」

「シン、ですか?」

「其処までは判ってるんだからさ、なるべく近い名前にしといた方がいいかと思って。」

「流石です。敬服いたしました。」

と、なにやら女性は感服したように青年ことシンを見つめる

微妙に目が潤んでいて視線に熱が篭っているのが非常に艶かしい

「苗字は・・・・・い、だけじゃぁなぁ・・・・・」

「『い』から始まる苗字になさいますか?」

先程までの艶かしさはどこへやら、居住まいを正して女性が提案する

「そうだな、そうしよっか。い、いで始まる苗字っぽいの・・・・・」

「『石井』、『石田』、『石丸』・・・・・」

ポンポンと女性が例を挙げる

「偽名作るんだからさ、もっとパーっと滅多に無い名前とかにしたいよ。」

「滅多に無いもの、ですか?『遺骸』、『遺伝』、『一掃』」

「いや、そういう意味で滅多にないんじゃなくって。てか、そんな苗字ありえないって。」

「申し訳ありません。」

再び、二人で考え出す

「『一角』、『威光』、『遺賢』。」

「『いざよい』、『石動』、『偉業』。」

女性の案にシンが反応する

「今なんて言った?」

「『偉業』ですが、これは苗字には向かないかと・・・」

「いやその前。」

「『石動』ですか?」

「あー、もう一個前?」

「『いざよい』ですか?」

「そうそれ。それってどういう漢字?」

どうやら言葉から漢字が理解できなかったらしい

シンの要望に、女性は嬉々として応え、砂浜に漢字を書いていく

書き記されたのは『十六夜』

「16の夜でいざよいか。うん、いいね。これにしよう。」

「では、十六夜シンが貴方様の名前でよろしいでしょうか?」

「いいよ。」

「では登録しておきます。」

シンは「どこに登録するの?」と聞きたかったが、必死にその意思を捩じ伏せた

人には聞いていい事と悪い事があるのだ

この場合は(作者的に)聞いてはいけない事だ

「では、次はどうしましょうか?」

登録し終えたらしい女性は微笑と共にシンに尋ねた









































「次は、君の名前を考えようか。」

「私の名前、ですか?」

何故?とでも言いたげに、女性は首を傾げる

そのしぐさが非常に愛らしく、シンは頬を赤らめ視線を逸らせ言葉をつむいだ

「俺のだけ考えておいて、君のを考えないわけにはいかないだろ?」

「あ、ありがとうございます。」

よっぽど嬉しいのか、例の如く仰々しく礼をして、女性は頬を赤く染めた

「で、何か覚えてる?」

「いえ、自分の事に関する情報データは一切残存しておりません。私の力が及ばぬば かりに・・・・・申し訳ありません。」

「いや、悪いのは君じゃないから。てか、被害受けてるの君だしね。」

ズーンと沈み、気落ちしてしまっている女性をシンは慰める

どうやらこの女性は感情の浮き沈みが激しいらしく、落ち込んだかと思えばすぐに立ち直るし、立ち直ったかと思えばすぐに落ち込む

感受性が高い、という事もできるだろう」

「で、どうしようか。」

「はぁ。」

あいまいに相槌を打つ女性

自分の名前に対して、あまり関心は無いらしい

簡単に言えば、名前などどうでもいい、という事だ

おそらく「名前など固体名を表す記号の集合体に過ぎないのだから、どうでもいい」とでも思っているのだろう

浮世離れしているとでも言うのだろうか

というか、世間知らずと言うか、常識知らずと言うか

「名前から考える?苗字から考える?」

「あ、苗字はシン様と同じでかまいません。」

じゃあ十六夜ね、と呟いた後、シンは急に押し黙った

「?シン様?」

「何で敬語で、様付けなの?」

尤もな疑問だ

シンは自分が誰なのかを知らないし、彼女が誰なのかも知らない

彼女もシンが誰なのかを知らないし、自身が誰なのかを知らない

要するに、お互い初対面のようなものなのだ

それにも拘らず、行き成り「シン様」と読んだり、終始敬語だったりする

そのように話しかけられるのは、シンにとって非常に鼻持ちなら無いことだった

要するに、違和感があるのだ

記憶がなくなる前の自身がどういう風に生きていたのかは知らないが、少なくとも様付けで呼ばれたりする時代錯誤的な生活は送って いないだろうとは想像に容易い

勿論、目の前の女性もそうなのだと想像するのは同様だ

それにも拘らず、なぜ女性は敬語を使うのか、と言う疑問が発生したのであった

「いえ、シン様は私の唯一であり、主人であり、主君であります。シン様、と言う呼称が御気に召さないのであれば、すぐに変更しま すので。主殿あるじどのmy lordマイロードmy masterマイマスター、我が王、我が君、我が主。どれになさ いますか?」

シンは思った

この女性は世間一般の常識を知らないのだと、世間知らずなのだと

「いや、そういうの堅苦しいから、シンでいいよ。」

敬愛される事に不思議なくすぐったさを覚え、あるいは照れ隠しのためなのか、呼び捨てで呼ぶことをシンは望んだ

だが、女性の反応はシンの予想を遥かに超え、あるいは成層圏を突き破り冥王星辺りに存在するような答えを返してきた

「そ、そんな・・・わ、私、何か粗相をいたしましたでしょうか!?」

「は、はぁ?」

「シン様を呼び捨てにだなんて・・・・・お、恐れ多い。私のような下々はシン様に生涯尽くす事でしか奉公できないのです!」

と、なにやら混乱しているのか、そんな事を言い出し始めた

シンは混乱しているのかと思ったが、女性にしてみれば大真面目だ

彼女の中では『唯一の人=大切な人=至上の人=敬愛すべき人=神に等しき人』などと言う聞けば馬鹿らしくなるような等式が打ち立 てられているのだ。大真面目に

騒ぎ立てる女性を何とか落ち着け、シンは話す

「俺にとっても君は唯一らしいから、あくまで対等なんだよ。わかる?」

「で、ですが・・・・・」

「あーもう、俺が良いって言ってるんだから良いの!わかった?」

「は、はい。」

と、シンが強引に押し切る事で敬称なく呼ぶことが決定されたようだ

が、そううまく行くものでもない

「では・・・・・し、シン・・・・・。な、名前を考えましょう。」

妙に緊張しだすし、言葉遣いも未だに馬鹿丁寧だ

「その口調、普通にならない?」

「も、申し訳ありません。なにぶん、この口調が基本デフォルトであって、容易に変 更する事は・・・。」

慌てて弁明する女性

「あー、じゃ、いいよ。口調はそのままでいいから、とにかく、対等だって事は覚えておいて。」

「は、はい。・・・あ、ありがとうございます。」

緊張しながらも、感激に目を潤ませる女性を見て、シンは「なんだかなぁ〜」などと思っていた









































「何か、こんな名前にしたい、とか言うのある?」

「いえ・・・特には・・・。」

本人にこういわれては、決定のしようが無い

少なくとも、女性が名前を重要視していない分、シンが考えなければいけないと言う重荷は加わったが

「あー、じゃあぁねぇ・・・・・セレネ、とか。うーん、他は、メティスとかかな。」

「その名はどういう意味があるのですか?」

「セレネは月の女神だよ。ギリシャ神話に出てくるんだ。メティスのほうもギリシャ神話で、思慮、知恵、熟慮とかいった意味の名の 女神だね。」

「シン・・・は博識ですね。」

「記憶が無いのにね。こういうどうでもいいような事はわかる。」

困ったものだ、とシンは肩をすくめ、女性もその仕草にクスクスと笑った

彼の言うところの無駄知識は、彼が記憶を失う前に飲み込んだ、あるいは吸収した赤い海の水の記憶によるものであり、個人情報など ではなかったため、基礎知識として残っていたものである

「嫌だったら他のも考えるけど、どうする?」

「そうですね・・・・・・では、メティスの方にします。」

しばし考えてから、女性はそういった

「セレネの方は、月の女神、何故か不快です。おそらく情報データを失う前に何かあ ったのでしょう。」

「そう、じゃあ君の名前は今から十六夜メティスって事に。語呂が悪いような気もするけど、良い?」

「勿論です。シン・・・に考えていただいた名前以外で私に合うものが存在するはずがありません。」

などとたった今十六夜メティスとなった女性が確信と共に言い放った

メティスは知らないが、彼女の月の女神への不快さは、黒き月で眠りについていたリリスに対するものだ

黒と白の違いこそあれ、月と言う物自体に不快さを感じているのである

「さて、名前も決まった事だし、次に何をするか考えようか、メティス?」

「そうですね・・・・・シン。」









































名前を決めた彼らがすることは、寝床探しだった

いつまでも砂浜で寝ていては身体に悪い、と言うか浜風で身体を冷やし風邪を引きかねない

二人は砂浜を離れ、取り敢えず寝られるところを探し始めた

「シン。あそこに街の様なものがありますが。」

街、と言うかボロボロな廃墟郡とも見える

だが、ゴーストタウンのような静けさはなく、かえって騒がしいくらいだ

人が、いる

二人は顔を見合わせ、街へと向けて走り出した

およそ1kmほどあったが、二人とも息を切らすこともなく、ランニング感覚で走っている

尤も、そのスピードは陸上競技の長距離ランナーほどのペースであった事を明記しておこう

要するに、速いって事だ

街の入り口についた二人を待ち受けていたかの様に、一人の男が声をかけてきた

迷彩色の野戦服をきっちりと着こなし、肩にはアサルトライフルをかけている

あるいはサバイバルゲーム愛好者にも見えないでもないが、常識的に考えて、軍人だ

「君達も『還ってきた者』かね?」

その問いの意図がわからず、二人は顔を見合わせる

「ああ、すまんすまん。詳しく説明するからこっちに来てくれないか?どうも外は暑くていかん。」

そういって、入り口近くに立てられたプレハブ小屋へと歩いていく

特に行く当てもなく、自分達の手がかりも無い二人は視線を合わせた後、男についていくことにした

プレハブ小屋は、建設業者が使うような簡素なものだったが、中にはバッテリーと変電機につながれた扇風機があり、外よりは幾分か は涼しかった

パイプ椅子に腰を降ろした男は、二人にテーブル越しのパイプ椅子に座るよう促す

「うむ。では"帰ってきた者"についてから説明しようか。これは"帰還者"とも言われ、サードインパクト当時に死亡していた人が帰っ て来たことからそういう名称がつけられた。」

「死んだ人が帰って来た?」

首をかしげ、シンが聞き返す

「ああ、私も詳しくは知らないのだが、何でもSELLEとか言う組織がサードインパクトを起し、世界を滅ぼしたらしい。」

「世界が滅びたと言うのなら、今此処にあるものはなんなのでしょう?」

メティスの問いに、男は「まぁ待て」とばかりに手で制した

「世界各地の監視カメラなどで記録にも残っているが、信じられん事だが人や動物が赤色の水に転じてしまったのだよ。」

「それが、世界の滅び?」

シンの問いに、男が頷く

「記録では、三年ほど誰も生きていない時間が過ぎたらしい。三年たって、理由は判らんが赤色の水から人や動物に戻ったと言うわけ だ。」

其れはサードインパクトのキャンセル、あるいはフォースインパクトを挿しているのだが、あいにく三人とも其れを知らない

「それでだな、世界が元に戻ったときにだね、なんと当時死んでいたはずの人も生き返ってきたのだよ。」

「そのような事、ありえるのですか?」

メティスは常識的に考えてありえない事象に、不信感たっぷりだ

「ありえるのだよ。何を隠そう、私もその一人だからね。」

「「えっ?」」

男の暴露の、二人は声を失った

あまりにも驚愕な事実の証拠が、目の前にいる

「私はセカンドインパクト後の混乱で死んだはずなのだがね、何故かこうして生きているのだよ。フフ、戦死で二階級特進していたか ら、随分儲けた感じでもあるのだが、何分もとの部署は既に人材が派遣されている。そこで、階級はそのままでこういう新しい対処が必要 となった事にまわされたのさ。給料は良いがね。」

そう言って、男は豪快に笑った

「妻に再会したときなど思わず涙が出たよ。成長した息子を抱き上げたときは少し嫌がられたがね・・・。」

打って変わって、苦笑する

「話を戻そう。サードインパクトが発生した時刻より、時間が遡れば遡るほど、"還ってくる"確率は低くなるらしい。」

つまりは、死亡してから時間が経てば経っているほど、生き返りにくいという事らしい

これは人間が心臓停止してから蘇生処置を施すまで時間が短ければ短いほど蘇生確率が上がることに符合している

時間は、人を死に至らしめるのである

「私は13年前に死んだのだが、中には50年近く前に亡くなった人が還って来たという例もあるらしいぞ。」

「そんなに昔の人まで、ですか。」

「ああ、それで、君たちはどうなのかね?サードインパクト当時生きていたのかい?」

男の問いに、二人は顔を見合わせ、頷きあった

此処は正直に話すしかない

何しろ、当時自分が死んでいたのかどうかも判らないのだから

「実は俺たち記憶喪失で・・・・・死んでいたのかどうかもわからないんですよ。」

「なに・・・・・そうか。いや、帰ってきた者の中には精神に以上をきたす人もいると聞く。記憶を失っていてもおかしくは無いとい う事か。それで、名前はわかるかね?」

なにやら自分だけで納得して、男はさらに聞く

「いえ、わかりません。自分達で便宜上名前は決めましたけど。」

「うむ、そうか。では、その名前とわかる範囲でいいから、この書類を書いてくれないか?」

そう言って男が二人の前に出したのは『戸籍再登録』などと書かれた用紙だった

名前、年齢は勿論、住所や血液型、はたまた家族構成に至るまで書き込める書類だ

「これは?」

「いや"帰ってきた者"は既に死んでいることになっているからね。新しく戸籍を作り直すらしいんだ。其れを提出すれば、僅かだが援助金と市民権、ある程度の保険がかけられる。」

その三つは、二人にとってはとてもありがたいものだ

記憶喪失であるがゆえに自分の証明をする事ができず、市民権や保険などには入りにくい

はては二人とも一文無しなのだ

生活するには、金が要る

先立つものがなければ、アパートを借りる事もできないのである

名前は先程考えたものをそのまま書き、年齢は見た目で二人とも17か8だったので、そう書いた

身長や体重は、プレハブ小屋の中に簡易の物が備え付けられていたので、其れを使って計測した

勿論、メティスの計測の際は、別室で休憩していた女性仕官に計測してもらい、男二人は外に放り出されていた

住所は不定、血液型は不明、家族構成も不明

二人の関係も、「恋人か?」などと男に冷やかされたが、偶然の同姓という事で、別々にしてもらった

提出後に備考の欄に大きく『記憶喪失』と書かれたときは、シンは無性にやるせない気持ちに包まれていた









































援助金の入ったマネーカードと、ペラペラの簡易市民IDを渡され、役所に行くように男に言われた

簡易市民IDを正式なものと取り替えてくれるらしい

マネーカードにはそれぞれ3万円ずつ

3万円でどうしろと言うのか、とも思ったが、国も予算不足らしい

何しろ、サードインパクトの影響で建物は揃って廃墟並みになっているし、復興にも金が掛かる

まして、"帰ってきた者"は意外と多いらしく、元は莫大な学の援助金も一人頭にしてみればこの程度である

「アパートの敷金にもならないな。」

「安アパートなら足りるのでは?」

「ん、そうかもな。」

街に入る際、男に「がんばれよ」と言われ背中を叩かれたシン

その後に、サードインパクトの混乱で治安が悪いから気をつけろ、とも言われた

そして役所に向けて歩き出し、300メートルも歩かぬうちに、この始末だ

「おとなしく金を出しなぁ!!」

「ついでにその女も置いていけ!!」

「ヒャヒャヒャヒャッ!」

どう見てもチンピラだ

よれよれの汚い服装を身につけ、何日も風呂に入っていないような臭いを漂わせている

それぞれナイフや鉄パイプ、中にはリボルバータイプの拳銃まで持っているものもいる

どうやら、拳銃を持っている男がリーダー格のようだ

「はぁ・・・・・」

シンは思わず溜息をついた

サードインパクトで家が倒壊したり、財産を失ったものは多い

中には、こうやって恐喝、強盗を行うものも出てくるのは当然だ

彼らは、所謂『帰還者狩り』だ

狙いは帰ってきた者の持つ援助金で、下手に普通の一般人を襲うより、確実に三万円持っている、と言うのが良いらしい

「おらっ!さっさと出しやがれ!!」

拳銃を持った男が、銃口を突きつけ、近寄ってくる

「はぁ。」

シンは溜息を再びついて、右手を動かした

すばやく銃を掴み、力を込める

「なっ!てめぇ!!」

「リボルバーは、シリンダーを押さえれば弾丸を発射できなくなる。それ位知って置けよ。」

男は引き金を引こうとするが、一向に引くことが出来ない

引き金を引くと、シリンダーが回り、檄鉄が降りる

その機構故の弱点である

「フッ!」

短く息を吐き、アームレスリングの要領で、右手を左に振り下ろす

ボキッ、と言う音とともに、男の人差し指が折れた

「ぎ、ぎゃぁぁぁ!!お、俺の指がっ!!」

喚く男を意に介さず、拳銃を奪うシン

リーダー格がやられた事で、怒り心頭の一人の男が、ナイフ片手にシンに突進をかける

ゴスッ!

銃を逆に握り、グリップをナイフを持つ手に叩きつける

鈍い音を立て、骨が折れたのか、男はナイフを取り落とし、其れが宙にあるうちにシンは左手でナイフを掴んだ

ヒュッ、と風を切る音とともに、ナイフの刃が持っていた男の首筋に突きつけられ、同時に銃を回転させグリップを握る

「動くなよ。動くとこいつが死ぬし、動いた奴にもズドン、だ。」

「くっ!」

「てめぇ!」

立場は逆転した

リーダーは指が折れて地面にうずくまっているし、一人人質まで取られている

逆転した立場を理解せずに、武器を握りなおしシンを睨みつける男達を、シンは呆れた目で見つめ、溜息をついた

ズドン

銃弾が一発

鉄パイプを持って殴りかかろうとした男の足元に突き刺さる

「ひ、ひぃ!や、やめてくれ!!」

同時に叫んだのは、人質となった男だ

ナイフの刃が少しだけ喉に食い込み、うっすらと血が流れ始めている

「武器を棄てろ。あと、有り金全部渡しな。」

などと、シンは警告の後に極悪な事を言い放った

「金目のものも全部だ。あ、おまえ、その時計もだぞ。」

とことん奪う気らしく、時計やらピアスやらベルトやら革ジャンやらを次々と放り投げさせていく

「奪おうとしたんだから、当然奪われる覚悟はあるよな?ま、因果応報って奴だ。さっさと消えな。」

顎で男達を促すと、我先にと逃げ出す始末

「何してるんだよ、お前も行けよ。」

と、ナイフの刃を引くと人質だった男はお約束と言わんばかりに「覚えてやがれ」と言い捨てて逃げていった

「ま、こんなものか。」

何故身体がこんなに軽く動くのか、シンには判らなかった

記憶を失う前に格闘技でもやってたのか、と思ったくらいだが、そのシンの考えは甘い

赤い海の水から吸収した、戦闘関係の知識は幅が広い

空手、柔道、日本湖武道、骨法、剣術、テコンドーやレスリング、中国拳法に戦場格闘技、様々な知識が彼の中にはあるのである

生き残るために鍛えられた肉体で行使されるその業の数々は、もはや殺人技に等しい

が、本人が判っていないので宝の持ち腐れと言えるが

シンが財布や金目のもの、武器を拾っている間、メティスは熱の篭った目を潤ませて「流石です」などとシンを見つめていた

なにやら熱い溜息までこぼしているその姿は、やはり艶かしい

周りから見れば、危険で変人な二人組みである









































恐喝未遂、強盗未遂に障害未遂(殺人未遂も?)をやらかし、シンに恐喝された男達は、あまり金を持っていなかった

だからこそ、やったのだろうと言えるのだが、シンは甚だ不満だった

所持金を二人合わせて6万円から9万円+物品幾つかに増やしたシンとメティスは恐喝した後に堂々と役所に入っていく

自分達は悪く無いといわんばかりの態度である

ちなみに、物品は全て提供(強奪です)してもらった革ジャンにくるんであり、落とさぬよう細心の注意を施してメティスが持っている

Gパンの後腰に拳銃を差込、シンは受付のお姉さんに市民IDの申請を頼む

「お願いします」とシンが微笑んだところ、受付のお姉さんが顔を赤らめた事により、シンは一つ確信した

自分の顔は女受けすると

「(いざとなったら身体売る事もできるな)」

などと、常識では考えられないような金策を立てるシン

尤も、メティスに其れをさせようなどと考えない辺り、彼はまだまともなのかも知れない

ともかく、市民IDの申請を終え、無事にIDをゲットした二人は、近くの喫茶店に入った

持ち金のことを考えて、注文はせず、水だけだ

店から見れば、至極迷惑な客である

「取り敢えず、IDは貰ったけど、この後はどうする?」

「不動産屋に行きましょう。行動するには拠点が必要です。まずは家を定めるのが先かと。」

メティスが水を飲み、全うな事を言う

「じゃあ、その前に質屋にでも行こう。金は幾らあっても困らないからな。」

「そうですね。家賃の足しになるかもしれませんし。」

二人には既に物品が強奪した品だと言う意識は無い

手に入れた時点で、自分達のものなのである

随分とたくましい二人である

「あ、でもその前に何か食べない?俺腹減ったんだけど。」

その言葉に、喫茶店のマスターが目を光らせる

待ちに待った注文が来るからだ

マイペースにメニューを見るシンを、メティスが嗜める

「シン。喫茶店の料理は量の割りに値段が高いと聞きます。自炊した方が経済的です。もう少し我慢して下しさい。」

「ん、そうだな。俺ら貧乏人だし。」

「表現はあまり好意的ではありませんが、その通りです。」

マスターががっくりと肩を落とすのなど、眼にも入らないのか、水を飲み干した二人はさっさと店を出て行った









































質屋にて物品を換金した二人だが、革ジャンやベルトは「古くて汚いすぎる」と言われ換金できなかった

ゆえに、それらのものは専らシンの衣服となるらしい

シン自身がそういう事にあまり気にしない性質であるので、古かろうが汚かろうがどうでもいいらしい

さて、二人の真の目的地である"不動産屋"に辿り着いた

道すがら、また強盗にあったが問題なく撃退している

今度はメティスを羽交い絞めにし、人質にとったようだが、その者はメティスの教科書に載るような華麗な背負い投げで投げられた後 、鳩尾に肘をくらい意識がなくなるまで蹴りつけられたそうだ

なんでも「シン以外が触るな!」などと激怒しており、流石に見かねてシンが止めに入ったとの事である

勿論、そいつらからも財布と金目の物を徴収してあるのはお約束だ

「すいませ〜ん。」

「は〜い。」

シンの呼びかけで、出てきたのは40代半ばと言った感じの恰幅の良い女性だった

妙に「お母んおかん」と呼んでしまいたくなるような女性である

「家を探してるんですけど。」

「出来るだけ安い物件をお願いします。」

メティスが恥じらいもなくそう告げる

「はいはい、こっちにお座りくださいな。」

ささ、どうぞ。とばかりに椅子へと座らせて、お茶を入れる女主人

「予算はどのくらいですか?」

「とにかく安いものを。"還って来た"ばかりで金が無いんだ。」

其れを聞いた女主人は、「あらまぁ」などと言って驚きを表現していたが、実際のところ驚いていたかどうかは随分と怪しい

「じゃあ、こちらのファイルにある物件はどうかしら?」

と青色のファイルを開いて見せてくる

おそらく家賃の料金ごとに分けてファイルされているのだろう、その中のものは確かに安いものばかりだった

「高いな。」

「ですね。」

貧乏街道まっしぐらの彼らにとって、それでも高いものは高い

大体、持ち金が二人合わせて10万ほどなのだ

それで部屋を借りようと言う考え事態が甘い

「もっと安いのはありませんか?」

「あるには、あるんだけどねぇ・・・・」

なにやら女主人は躊躇いがちだ

「あるのなら、見せていただけ無いでしょうか?見るだけでも参考になりますので。」

とメティスが言う

「このファイルなんだけどね、安いと言うか、安くしないとやってられないと言うか。」

「と言うと?」

シンが聞く

どうも女主人答えがあいまいで理解しきれないのだ

「治安が悪いんですよ。すぐ前の大通りでも治安が悪いのに、この物件があるところは殆どスラム状態でね。」

「スラム。大して問題ないと思うが。」

「そうですね。あの程度の輩相手なら十分身を守れます。」

女主人の心配をどこにやら、二人は真剣にファイルされた物件を見ていく

「あの程度の輩って?」

「ああ、先ほど二組ばかり強盗が現れたが、適当にあしらっておいた。」

あしらう所か金を奪っている

この二人の方がよっぽどあくどい

「あらまぁ、二人ともお強いのねぇ。」

「よくわからん。何しろ記憶喪失でな。」

その言葉にも、女主人は「大変ねぇ」と言っただけだった

「シン、これを。」

「ん?」

女主人との世間話に突入しかけていたシンをメティスが呼び止める

指差したのは一軒の物件

三階建てのビルで、電気、ガス、水道、下水が完備されている(勿論、今は止められているが)

「安いな。」

「はい、いかがでしょう?」

ビル丸々一つの貸し物件であるにも拘らず、家賃は驚くほど安い

「駄目だよ、そのビルは。スラムのギャング気取りの若いののたまり場になってるんだよ。」

と、女主人が忠告するが

「ん、これにしよう。そいつらは追い出せば良い。」

「そうですね。私もお手伝いします。」

などと、既に決めてしまったようだ

「あんたたち、ホントに大丈夫かい?」

「おそらく問題ないと思う。」

「地図を貰えないでしょうか?」

恐ろしくマイペースな二人に、女主人は呆れてしまったようだ

地図を貰うと二人はお茶を飲み干して、立ち上がった

「取り敢えず、そいつらを追い出してくる。契約はその後にという事でいいだろうか?」

「そ、そりゃぁ、構わないけど。ホントに気をつけなよ?あいつら程度って物を知らないんだから。」

「はい。ご心配感謝いたします。」

軽く頭を下げるシンと深々と頭を下げるメティス

そして彼らは寝床確保のために選挙された貸しビルへと向かった









































ドンドンとビル内に銃声が木魂する

撃ったのはシンである

銃弾は誰にも当たらず、壁にめり込んで止まった

外れたのではなく、外したのだ

この射撃の意味は威嚇にあった

ビル一階の正面から突入した二人は、あっさりと雑魚共を蹴散らし三階奥の部屋に追い詰めていた

「次は当てる。おとなしく武器を棄てろ。金目のものもな。」

「な、なんなんだよ、お前らはぁ!!」

頬を赤く腫らした男が大声で怒鳴る

彼は二階でシンに殴られた男だ

「今日から此処の住人になる者だ。自主的に出て行かなければ、死体となって道に捨てることになる。其れは面倒だ。自主的に出て行 け。武器と金目の物を棄ててな。」

徴収するのは忘れないシンであった

何処までも、がめつい

ちなみ、彼は大通りで手に入れたリボルバーを右手に、左手に一階でのした男から徴収した自動拳銃を握っている

両方銃口を向けているのだが、実はリボルバーは既に弾切れであり、自動拳銃の方も後二発しか弾がなかったりする

だが、誰しも銃口向けられれば混乱する

結局、たむろっていた者達は、シンの脅しに屈し、ビルを後にするのであった

「二度と来るな。来れば殺す。」

と、最後にリーダー格の男の眉間に銃口を突きつけ鬼気迫るような目で脅すシン

なかなかの徹底振りであるが、死人を出さない辺りは素晴らしいと言えよう

シンが脅している間に、武器や金目の物を拾っていたメティスが歩み寄ってきた

「拳銃が二丁とナイフが十三本。後は鉄パイプや鈍器でした。」

「なかなかの見入りだな。いらないナイフは不良どもに売りつけよう。鉄パイプや鈍器は一応何処かの部屋に置いておいてくれ。」

「はい。」

ナイフを売りつける辺り、何処までも金に貪欲である

いや、金に、と言うより生きることに貪欲なのであろう

ともかく、二人は寝床を確保した(武器と金も)









































「契約に行くけど、メティスはどうする?」

「私は此処の掃除をしています。流石にこの状態では暮らせませんので。」

ビル内には食い散らかしたゴミや空の酒ビン、なんに使うのか木材や木箱、ドラム缶まである

流石にこの状態で暮らす気にはなれない

「じゃあ、これを。誰か来たら適当に撃って追っ払えばいい。くれぐれも、気をつけろよ。」

「はい。シンもお気をつけて。」

「ああ。」

そういって、シンはビルを出て行った

「さて、はじめましょうか。」

メティスの掃除が始まった






シンがビルを出て行くのを見送る幾つかの影があった

先ほどこのビルを追い出された者達だ

彼らは思った

シンさえいなければ、メティスを人質にとって勝てると

そして手に手に鉄パイプや角材を持ち、ジリジリと、静かにビルに忍び寄る

急にドアが開き、中からメティスが出てきた

その姿を見て、追い出された者達は顔面蒼白となり、襲うのを止めた

出てきたのは、確かにメティスだ

軽々とドラム缶を持ち上げて運ぶ、メティスだ

「ど、どんな馬鹿力なんだよ!」

「し、知るか!俺に聞くなよ!!」

「な、なぁ、やめねぇか?」

「そ、そうだな。触らぬ神に祟りなしって言うしな。」

「なんだよ、それ?」

「諺だ。これぐらい知っとけよ。」

「はっ!中卒で悪かったな!!」

「誰もんなこたぁ言ってねぇだろ!!」

となにやら仲間割れまで始めてしまう始末

彼らがこのビルを訪れるのは二度となかった









































こうして住居を手に入れた二人

だが、彼らには未だに収入源となる仕事が無い

"帰還者狩り返し"をやるのもいいが、職業とはいえ無いだろう

彼らは職に就くことを決意した

が、取り敢えず今日のところは眠いので明日にしようと先延ばしにして、就寝した

不良共が置いていったベットで

現在の持ち金、約七万円+物品各種、拳銃四丁に弾丸幾つか、ナイフ十三本

物騒な所持品ばかりである

ともかく、彼らは生きるために精一杯であった










To be continued...


(あとがき)

はじめまして、はたまたお久しぶりです、あるいはおはようございます、こんちには、こんばんはかもしれませんが、麒麟です
Capriccio、第一曲をお送りしました。
一話目ですね。
どんどん元シンジ、十六夜シンが物騒になっていってます。
銃は奪うわ、ナイフ突きつけるわ、金を脅し取るわ、不良共を撃退するわです。
本当にプロローグの後書きどおり「自由に動き回ってそれなりに活躍してくれる」主人公になってしまいました。
自由すぎですよ、貴方。
メティスの名は、機知担当という事で、知に富んだ名前にしようとした結果です
(ぶっちゃけ)シンの名前は適当です。一応主人公なのに・・・・・
この調子だと、原作キャラの登場っていつになるんだろう・・・・・えっと、職業が決まった後になるから・・・・・二話か三話です!!
あー、このままシンとメティスのカップリングになってしまうんでしょうか・・・・・
希望があればメールください。多いキャラになるやも知れません
あ、でもハーレムは無しの方向で。多くても二人か三人が限度ってかこれもハーレム?
感想もらえると凄く嬉しいです。(ちなみに掲示板よりメールの方が執筆スピードがアップします。戯言ですが。)



(ながちゃん@管理人のコメント)

麒麟様より「Capriccio」の第一曲を頂きました。執筆がべらぼーに早いです(汗)。
シン君(元シンジ君)って、性格が変わって、強くもなって、完全に別人ですな。
強盗傷害やらかしても、記憶喪失のせいか、罪悪感も全然なしですね。
なんか日々の生活に追われて、妙に所帯じみているし・・・(笑)。
カネがなければ、ネルフに行って、ドカッとたかりましょう♪
そういえば、ネルフって無事なのでしょうか?なんかゼーレは戦犯扱いでアウトっぽいし・・・。
メティスはリリスを嫌っているようですね。
となると、いずれリリス(綾波レイ)と一悶着あるとみるべきでしょうか。
続きが楽しみですな。
さあ、次話を心待ちにしましょう♪
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