Capriccio

第二曲 〜黒狼と紫苑、そして「就職は大変だ」〜

presented by 麒麟様


 

 

 

 

 

 

シンは窓から差し込む朝日に当てられて、目を覚ました

疲労が溜まっていたのか、随分と寝てしまい、日はもう高く上がっている

起きようと身体を起こそうとしたが、右手に重みを感じて、起き上がることが出来なかった

見ると、メティスがシンの腕を抱いて寝ている

先に言っておくが、昨夜二人が肉体関係を持った、などという事は無い

このビルを昨日まで占拠していた不良たちの持ち運んだベットが一つしかなかったので、二人一緒に寝ただけである

当初は、シンが床で寝ると言い張っていたのだが、メティスが猛烈に抗議した

曰く「主を床に寝かせて私がベットで寝る等有ってはならないことである」

らしい

シンが床で寝るくらいなら自分が床で寝る、と言い張るメティスを、今度はシンが猛烈に抗議した

曰く「自分がベットで寝ていて女であるメティスを床で寝かせるなんて、それではまるで俺が暴君のようでは無いか」

昨日の不良相手の暴君ぶりは記録から除外されているらしい

何しろ記憶喪失だし(関係有りません)

結局、シンが妥協案を出して、二人でベットを使うことになったのだが、それでも様々な問題があった

メティスが「夜伽をする」とか言い出したり、服を脱ぎ出したり、「御情けをください」などと言ったり

シンは肉体的より精神的に疲れていた

そう、起きたばかりで溜息をつくぐらい

「はぁ・・・・・・・・・・腹減った。」

そう、シンは昨日不動産屋でお茶を飲んで以来何も口にしていないのだ

あまつさえ、その前に入った喫茶店でも水しか飲んでいない

今のシンは非常に空腹だ

それこそ、腹が鳴るほど

グゥゥ〜〜〜〜キュルルルルル〜〜〜〜〜〜〜

「やべ・・・・・・・・・限界かも。」

シンは寝床を得て早々餓死の心配をし始めた

食べ物を会に行こうにも

「起きないしなぁ・・・・・」

隣では微妙に着衣の乱れた(自分で乱した)メティスが熟睡しており、目を覚ます気配は無い

前述したとおり、シンの腕を抱きかかえている

「起すのも可哀想だしなぁ・・・・」

シンが不動産屋に行き、契約を済ませてくるまで、メティスは非常に精力的に働いた

大きなゴミを外に出し(路上に放置)、ベットのあった部屋を掃除し(箒と雑巾、バケツは大通りに買いに行った)、寝室だけだが、見違 えるように綺麗になった

いや、元が元なだけに比べるのも失礼なのだが

ちなみに、ちりとりを買っていないのは、ゴミをすべて路上に吐き出しているからである

基本的に彼女は自分とシン以外はどうでもいいらしい

いや、もしかしたら自分さえどうでも良いと思っているのかもしれない

話を戻すが、精力的に働いたメティスは流石に疲れたのか、今もぐっすりと夢の中だ

「・・・・・・・・・・もう少し寝ようかな。」

寝ていれば空腹も忘れられるだろう

だが、現実はそう甘くない

グゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜キュルルルルルルルル〜〜〜〜〜〜〜グググゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜

シンの腹は獲物を求めて雄叫びをあげている

今なら某人型決戦兵器のように生肉も食えるかもしれない

ともかく、シンは眠れなかった

腹が減りすぎて眠れないのだ

腹の音が耳障りで、意識が薄れることも無い

あるとしたら、空腹が過ぎて、餓死でポックリ逝くぐらいだ

そんな死に方、死んでもいやだ(文法が変ですが、気になさらずに)

「悪い、メティス。俺はもう限界だ。」

シンは決心した

「メティス、起きてくれ。俺の腹が大合唱だ。」

メティスを起すらしい

だが

「あぅ・・・・・・・・・ふぁ〜・・・・・・んん・・・・・・」

起きなかった

其れはもう、気持ちがいいほどの寝っぷりである

「お〜い、メティス。俺が餓死する前に起きてくれないと困るんだけど。」

「うぅ〜ん・・・・・・もう食べられませ〜ん・・・・・ムニャムニャ。」

などと空腹のシンに向けてそんな事を言う始末だ

腹をすかしているものにとってそんな夢を見るのは拷問以外のなにものでもない

片や餓死覚悟の空腹者

片や夢の中とは言え満腹者

シンはとっても恨みがましい視線をメティスに向けたとさ









































シンが起し始めてから15分、ようやくメティスは起きた

何事も無かったかのように、其れはもう綺麗な笑顔を見せ

「おはようございます、シン。今日はよい天気ですね。」

「ああ・・・・・・・・・・・・・そうだな。」

シンの雰囲気は天気の反比例してドス黒い

「?どうかなさりましたか?」

「いや、べつに・・・・・・」

「?」

理解できないメティス

それもそうだ、寝ている間の出来事を知ることができる人などいない

「では、シン。朝食にしましょうか。」

「っ!」

待ってました、とばかりに期待度120%を込めたシンの視線がメティスに向けられる

「ですが、この家には何も食べるものがありません。買いに行きましょう。」

その言葉に、シンのテンションは一気に下落した

さながら、ブラックマンデーの如く

「?シン?」

「いや、なんでもない。買い物、行こうか・・・・・」

「はい♪」

シンとの買い物(=お出かけ)が嬉しいらしく、メティスは非常に上機嫌だ

対するシンは、空腹のため起き上がるのも億劫だ

「シン?体の調子でも悪いのですか?ま、まさか!昨日どこかお怪我でも!?す、すぐに病院に!!いえ、私が治療を!!」

「いや、腹減っただけだから。」

大袈裟なメティスにシンはぶっちゃけた

「本当ですか、シン?」

「ああ、本当。」

「本当に、本当ですか、シン?」

「本当に本当。」

「本当に本当に本当ですか、シン?」

「本当に本当に本当だから、とにかく飯を・・・・・」

シンの訴えも、今のメティスには届かない

この後15分ばかりシンとメティスの押し問答が続き、シンは本当に餓死を覚悟した









































待ちに待った朝食だが、いかんせん金が無い

今後の生活の事も考えて、なるべく節約しなければいけない

よって、購入したのはフランスパンと牛乳だった

微妙な量ではあるが、フランスパン一本を食べたときの満腹感は想像以上だ

固いフランスパンも、牛乳があればなんのその

結局シンはフランスパン一本と牛乳1パックを一食で食べきってしまった

メティスがフランスパンをガーリックトーストにすると言い張ったのだが、シンは帰り道がてら食べ終えてしまった

よって、家ではシンは牛乳だけ

メティスは程よい厚さに切ったガーリックトーストと、牛乳コップ一杯だ

食糧をあまり買い込まないのに、生活用品などの必需品は問答無用で買い込む主婦への一歩を見せ付けるメティス

彼女に家計簿をつけてもらえば、取り敢えず赤字になる事はあるまい

朝食を食べ終えた二人は、早速今後の事に取り掛かった

ちなみに行っておくが、現在の時刻は昼ちょっと前であって、朝食と言うよりブランチだ

勿論、昼食は出ない

さらに言うなら、シンは17,8の育ち盛りであり、すぐに空腹になる

・・・・・・・・まぁ、なんとかなるだろう

さて、匙を投げ出したところで話を戻そう

「シン、今日はどうしますか?」

「ん、俺は仕事を探してくるよ。」

「仕事、ですか。其れは大変建設的ですね。私も其れがいいかと思います。」

メティスがニコリと微笑んでシンの案を後押しする

「では、私は今日一日でこのビルを綺麗にしようかと思います。」

「ん、そうだな。酒が零れてたり、タバコの吸殻とかあるしな。」

「はい。では、今から別行動という事で。」

「ああ、行ってくる。」

「行ってらっしゃいませ。」

玄関まで見送り、シンを送り出すメティス

シンの姿が見えなくなるまで見続けた後、戸を閉めて、腕まくり

床には埃とタバコの吸殻が沢山

壁には落書きとタバコのヤニが沢山

天井には雨漏りの後が沢山

「では、はじめましょうか。」









































実はシンには仕事のあてがあった

その仕事を自分がこなせる事は"昨日証明された"し、おそらく今後もやっていけるだろう

「だが、長続きしない。」

やり終えてしまえば、その仕事は其れまでなのだ

また仕事を探さなくてはならなくなる

「・・・まずは、今日と明日のための金か。」

そういって、シンは昨日訪れた不動産屋の扉をくぐった

「すまない。」

「あら?十六夜さんじゃない。なにかあったかしら?」

女主人が機嫌よく出迎えてくれた

「実は、仕事を探している。」

「仕事?だったらハローワークにでも行ったらどうだい?」

ハローワーク、要するに仕事の斡旋所である

「いや、俺自身が何を出来るかがわかっていない限り、早々仕事はもらえないだろう。だから確実な此処に来た。」

記憶喪失であれば、どんな資格を持っているかもわからない

仕事の中には、重機などを扱うものや、資格のいるものもある

シンのような人に容易に仕事を渡すわけには行かないのだ

「と、言うと?」

「昨日の事で、取り敢えず俺が不良共を叩きのめす事ができるという事がわかった。この不動産屋の所有物件でまだそういう物件はあ るだろうか?」

要するに、占拠されてる物件を開放するからお金ください、という事である

女主人の眼がキラリと光る

シンはこの不動産や一番の格安物件(=一番危険な物件)を奪還できるような男だ

他の物件も用意に奪還できるかもしれない

「判った、そういうことならこっちで話しましょう。」

そう言って、ソファーにシンを手招きする

「すまない、恩に着る。」











で、シンは今一つの物件にいる

リュックサック一つ背負って

リュックサックの中には、例の危険物件のファイルのコピーが入っている

一つ一つ虱潰しに潰していくのが、本日からの彼の仕事だ

両手に持った銃の弾数を確認して、深く息を吸う

「はじめるか。」

そう言って、シンは踊るように物件無いに飛び込んで言った

ちなみに、占拠している者達から徴収したもの(脅し取ったもの)はシンのボーナスとなる

彼はとても精力的にボーナスを回収して回ったとだけ言っておこう









































四件の物件を回り、ボーナスを徴収して周り、女主人から本日の給金を貰ったシンはホクホク顔で帰路に着いた

外見おんぼろな貸しビルに辿り着くと、機嫌よくドアを開ける

「・・・・・・・・・・・・」

開けて、固まった

一度扉を閉めて、周りの風景を確認する

そして、もう一度あける

「お、俺は何か騙されているのか!?」

シンは狼狽のあまりそう叫んでいた

だが、出迎えようと中からメティスが出てくる

「お帰りなさいませ、シン。・・・・・?どうかなさいましたか?」

「こ、此処は本当に俺たちの家か?」

あまりにも変わり果てた貸しビル

埃と吸殻だらけだった床は綺麗に掃き清められ、雑巾がけまでしてあるようだ

落書きとヤニは跡形もなく、清楚なベージュ色の壁紙が張られている

雨漏りのひどかった天井も、どうやったのか全くその後が見られない/P>

綺麗過ぎるのだ

昼に出たときの印象とは180度違った印象を受けるその内装

外壁がボロいため、さらにその印象は強くなる

「あ、あの・・・シン?ベージュ色は嫌いでしたか?」

と、メティスはどこか的外れな質問をしてくる

「い、いや・・・良いんじゃないか?それにしても、綺麗になったな・・・此処。」

「はい。頑張りましたので。」

あ、でも。とメティスは口ごもる

「掃除と生活用品を買い揃えるために、だいぶお金を使ってしまいました。申し訳ありません。」

とても申し訳なさそうに頭を下げるメティス

「あ、いや、別に構わない。仕事を見つけたし。これ、今日の給料。」

そういって、茶封筒に入った給金をメティスに渡す

「どのような仕事に就かれたのですか?」

「ああ、うん。其れより何か食べるものある?とにかく疲れて、腹が減った。」

「其れでしたら、夕飯を用意してあります。食べながら教えたくださいね?」

「ああ、わかった。」

そう言って、シンはようやく家に入り、後ろ手にドアを閉めた









































「これで最後の一軒か。」

溜息をついて、シンは最後の欄に×印をつけた

シンが危険物件の開放業を始めて、早10日

ボーナス集めが楽しいらしく、シンは実に精力的に仕事に取り組み、取り組んだ結果、危険物件がなくなってしまった

元々、たむろっていた者は家もあり、家族もあるものたちが殆どだ

要するに、仲間とたむろする場所が欲しかっただけなのである

彼らは基本的に不法侵入者であり、シンに対して文句をいう事もできない

よって彼らはシンのことを【悪夢の開放業者】と呼んで恐れた

彼に有り金を奪われた事が2回や3回では済まされない者もいる

尤も、その金も他人から奪ったものであるため警察に訴える事もできないが

「むむ、明日からどうするかな・・・・・」

非常に金になる仕事であったが、終わるのも早かった

「取り敢えず、今日の給金を受け取りに行くか。」

そういって、女主人に借りた自転車(ママチャリ)をこぎ、不動産屋を目指した











「ありがとう、十六夜さん。おかげで助かったよ。」

実際、女主人にとって見れば大助かりなのである

危険であるがゆえに、低料金でも借り手がおらず、もてあまし税金だけ取られていくという不良物件

危険がなくなったことで、少し値段を上げても借り手がつくようになったし、たむろしていた者達もシンを恐れて物件に近寄る事は無い

まさに、毒を持って毒を制すである(ぉぃ)

「ああ、だが、明日からの仕事がなくなった。」

フゥ、と溜息をついてシンは俯いた

明日からどうやって金を稼ぐべきか、シンには判らなかった

この十日間だけで、実に100万円相当の金と物品を手に入れたので、暫らくは生活にも困らないだろう

だが、仕事がなければどの道金に困ることになるのは明白だ

「おや、なんだい。私はてっきり十六夜さんは請け負い業者を始めるのかと思っていたんだけど。」

だから家に来たんじゃないのか、と女主人は首をかしげた

「請け負い業者?」

「そうそう。なんていうかねぇ・・・・・・・・・そう、【なんでも屋】って言うんだろうね。請け負った仕事は何でもこなすってや つさ。」

「・・・・・・・・・そうか。そういう手があったか。」

「ま、探偵見たくなるのかもしれないけど、荒事に関しちゃこの街で十六夜さんの右に出る人はまずい無いからねぇ。」

「そうだな、最近は警察も戦略自衛隊も役に立たないらしいしな。」

サードインパクト後の混乱で、犯罪件数は激増している

戦自は反日本政府テロ鎮圧に忙しいし、警察も首都や主要都市に多くの人材を回しており、少し田舎に入れば警察の力は激減する

事実、この街では警察は役立たずもいいところだ

よって、シンの仕事があるわけである

「ふむ、なんでも屋か。メティスと相談してみる事にしよう。」

「うん、それがいいね。あ、あと電話はかっておきなよ。連絡手段が無いと色々大変だよ。」

と女主人も商売の置ける連絡手段の重要性を切々と教えてくれる

「いや、助かった。これで今後も何とかやっていけるだろう。」

「助かったのはこっちの方さ。何かあったらまた頼むよ。」

「ああ、任せろ。」

礼を言い合い、シンは笑って不動産屋を後にした

機嫌よく、いつもより若干歩調も速く帰路に着く

その機嫌のよさはメティスのためにケーキを買っていく所からも窺い知れる

「お帰りなさいませ、シン。」

「ただいま。メティス、仕事について相談があるんだが、夕飯の後良いか?」

「はい、勿論です。」











翌日、シンは電話線の工事を電話会社に頼み、自身は自分の分とメティスの分の携帯電話の購入に向かった











さらに翌日、ビル内の一階の一室をオフィスとし、さらにもう一室を備品室として改造した











さらにさらに翌日、ビルにでかでかと【なんでも屋 十六夜】と書かれた看板が掲げられた









































ある時は、不良達の仲裁に割って入り、ある時は双方を喧嘩両成敗

ある時は、古びた古書店の店番をし、ある時はスーパーのレジ打ち

ある時は、黒い噂の耐えない暴力団の事務所に乗り込み殲滅し、ある時は暴力団どうしの抗争の用心棒

【なんでも屋 十六夜】の名は瞬く間に広がっていった

料金は基本的に仕事内容の難度に順じ、バイト程度の額の時もあれば、アタッシュケース一杯の大金のときもあった

そんなわけで、【なんでも屋 十六夜】は大繁盛となっていた

そして、二人がなんでも屋を開き、早半年が過ぎた頃

かつて無いほどの大仕事が、彼の元に踊りこむ

「マジかよ・・・・・・・」

「お、お願い・・・・します・・・・・こ、これ・・を・・・・・・」

とある暴力団の依頼で、麻薬の売買にでしゃばって来ているという不良を嗜めた後、報酬を貰って帰宅するために近道を通ろうとした のが間違いだった

目の前には、痣だらけの野戦服のようなものを着込んだ少女

ほうほうの体で逃げ出したようなその姿は、まさに脱走兵

その少女が、朦朧とした意識の中で、シンに何かを託送と、DVDのようなものを差し出してくる

「あ〜、えっとだなぁ・・・・・」

「お願い・・・しま・・す・・・。・・・・戦自の・・・ふせい・・・が・・・・・・・マスコミに・・・渡し・・・て・・・・・」

どうやらマスコミこのDVDを渡して欲しいらしい

「(戦自の不正ねぇ。そんなのいつもの事じゃねぇか。)」

彼にとって、戦自で良いイメージがあるのは戸籍再登録をしたときの男だけである

他は碌なイメージが無い

例えば、守ってやっているのだから、と金を要求したり

強引に若い女を連れて行ったりなど

金の要求を目撃した事もあれば、娘を連れて行かれた、と言う噂を聞いた事もある

「(腐ってんなぁ、何処も彼処も。)」

「お、おねが・・・い・・・・・」

それだけ言って、少女は気絶してしまった

「あ〜あ、ったく。しょうがねぇなぁ。」

DVDをポケットに入れると、少女を背に担ぎ、歩き出す

「まぁた面倒事だよ。」

報酬の望みも無いしなぁ、と内心愚痴り、帰路に着く









































少女は身体に伝わる振動が、身体を痛めることで意識を覚醒させた

今まで受けてきて訓練の成果か、瞬時にぼやけた意識を覚醒させる

「ん、起きたか?」

「えっ!?」

なんと、男に背負われていた

たくましい、がっちりとした背中

それでいて身体は細身、身長は高い

「ああ、暴れるな。傷が痛むだろ。」

「あぅっ!」

男の言う通りだった

身体を動かすと、体中が痛み、激痛が走る

「取り敢えず、お前を依頼人と認めるけど、依頼を受けるかどうかは依頼内容を聞いてからだ。」

「い・・・依頼って?」

「これだろ。」

男は胸ポケットから一枚のDVDを取り出す

それは少女の、そしてその仲間たちの希望

絶望的状況下における最後の望み

「俺はなんでも屋。依頼があれば受けるさ。内容にもよるがな。」

少女の体重など、彼にとっては何の錘にもならないようで、スタスタと歩く

そんな男の背中に、見た事もない、名前も知らない父親を感じた

「シン、そんな子供背負って何処行くって言うのさ?」

「依頼人だよ。」

話しかけてきたのは、壁に背を預けた、妙に露出の激しい服を着た女だった

「ハハッ、そんな子供より、私を相手にしないかい?あんたなら安くしとくよ。その子と違って胸も尻もあるからね。」

そう言って、女はケラケラと笑う

少女は、無性に恥ずかしくて、頬を赤く染め、女から視線を逸らした

「また今度な。」

シンと呼ばれた男はそういって、女に手を振る

「きっとだよ。」

ケラケラと笑いながら、女もシンに手を振った

少女は、恐る恐るシンに尋ねた

「あの、あの人は?」

「ああ、友人、かな?前に仕事で助けた事があるんだ。あいつは・・・・・そうだな、売春やってる、と言えばわかるか?」

「ば、売春・・・・・・・」

また頬を赤らめ、俯く

「ハハ、初心だな。この街じゃそんな事は日常茶飯事さ。三日に一人は死人が出るし、一日に何度も銃声が鳴り響く。特に、このスラ ムはな。」

「で、でも此処って、首都の第三進東京市からすぐ近くじゃないですか。」

「警察や戦自が守ってるのは首都だけさ。こっちには碌な奴が派遣されない。だから、俺は大もうけ。」

そういって、シンは軽く笑った

「さて、此処だ。立てるか?」

シンが少女をおろし、尋ねる

「は、はい。立てます。」

まだ体のあちこちが痛むが、御しきれないほどの痛みでもない

少女がビルを見ると、大きな看板に【なんでも屋 十六夜】と書かれている

「さて、小さな依頼人。貴方の名前を聞かせてもらえるかな?」

シンに言われて、ハッとする

「あ、はい。私は・・・・・霧島マナって言います。」

「俺は十六夜シン。見ての通り、荒事が得意ななんでも屋だ。ま、よろしくな。」

「よ、宜しくお願いします。」









































二人を出迎えたのは、やはりメティスだった

「お帰りなさいません、シン。・・・・・その子は?」

「依頼人。まずは・・・・・メティス、この子は霧島マナ。彼女は十六夜メティスだ。」

シンはお互いを紹介する

「十六夜メティスといいます。宜しく、霧島マナさん。」

「き、霧島マナです。よ、よろしくお願いします。」

メティスの柔らかな笑みを見て、マナは顔を赤くする

「まずはメティス、彼女にシャワーか風呂を。泥だらけだしな。その後に治療。依頼の話はその後だ。」

「わかりました、シン。さ、こちらへ。」

メティスはマナの手を柔らかく握り、バスルームへと案内する

二人を見送ったシンは、受け取ったDVDを手でクルクルと回し、弄び、思考する

「・・・・・・・儲からねぇだろうなぁ」

嘆息し、溜息をつく











「着ていた物は洗っておきますね。お風呂に入った後は、私のもので悪いのですが、これを着て下さい。サイズは・・・・ちょっと大きいかもしれませんが。」

「あ、ありがとうございます。」

「では、ごゆるりと。」

ニコリと笑い、軽く礼をしてメティスは脱衣所から出て行った

マナが脱いだ後、また来て洗濯するのだろう

「(ここで待っていたほうが早いと思うけど。)」

メティスはメティスなりに、マナを気遣っているのである

見た限り、身体に各所に痣ができている

同じ女だからこそ、そんな身体を見られたく無いだろうという、メティスの配慮だった

尤も、マナにとって同姓に裸を見せる事などなれたもので、其れに気づきもしなかったが

手早く服と下着を脱ぎ捨て、バスルームへと入る

シャワーで泥を流し落とし、湯船にドブンと浸かる

首まで使って、ゆるりと和む

が、徐々にその顔には悲哀が募る

マナに希望を託した仲間たち

マナと希望を守るために、犠牲になった親友

一人助かり、逃げ切り、風呂に入って安堵してしまった自分

涙が流れて、止まらなかった











マナの服から泥と砂を叩いて落とし、服を洗濯機に入れる

洗濯機を回そうとスイッチに指を伸ばしたとき、水音に混じって、かすかな泣き声が漏れ聞こえた

ピクリと動きを止め、悲しげな表情でバスルームへ視線を送るメティス

目を閉じ、開く

スイッチを押し、シンの元へと向かった

一言言いに

「あの少女を助けてあげたい」

そう言いに向かった









































「ちっ・・・・・・ふざけやがって。」

シンは事務所のパソコンでDVDの中身を見ていた

そこには、様々なデータとともに、一つの映像が収められていた

「子供をパイロットにだと?ふざけるなよ・・・・・。」

其れは少年少女たちの訓練風景や日常生活を映したものだった

訓練と言うよりは、虐待

日常と言うには、ひどく苦しい日々

食事の質は悪く、量も少ない

睡眠時間も短く、夜早くに就寝で、朝早くに起される

長時間にわたる、身体を壊して当然といった感じの訓練

教官は子供をなぶって喜ぶサディスト

頼れるのは仲間だけ

身を寄せ合い助け合い

必死に生きて、迎えた限界

仲間の一人が、死んだ

映像の最後には、彼らのメッセージが込められていた

少年少女全員が並んで語るそのメッセージ

その中で、マナは死んだ仲間の写真を持っていた

『私たちは、孤児だからと自由を奪われて、此処に押し込められました。私たちを、助けてください。もう、仲間を死なせないでくだ さい。』

10秒にも満たないメッセージ

だが、込められた想いは重く切ない

「シン。」

開け放たれた部屋のドアの傍に、メティスが立っていた

「あの子を「メティス。」

メティスの言葉を遮り、シンが呼びかけた

「次の仕事は戦自が相手だ。」

「シン!」

喜色の篭った、メティスの声

「それと、あの子は今までろくな物を食ってない。出来るだけ栄養価の高くてうまい物を頼む。」

俺も腹が減ったしな、と笑いかける

「はい。勿論です。」









































「とにかく、食べろ。」

テーブル一杯に並べられた料理を前に、マナは唖然としていた

来ている服はメティスのもののため、随分とブカブカだ

「依頼の話は後で聞く。その前に栄養失調でも起されたら溜まったもんじゃねぇ。」

「栄養失調って・・・」

何故それを、とばかりにマナはシンを見つめる

「DVDを見た。この仕事は受ける。だから、先に食べろ。」

「ほ、本当ですか!!」

驚愕と、喜びとで、マナは身を乗り出して尋ねた

「本当だ。だから、食べろ。」

「ありがとう、ありがとうございます!」

マナは何度も何度も礼を言った

涙を流して、頭を下げて、礼を言った

「判ったから食べろ。食べないなら俺が食うぞ。」

そう言いながらも、既に料理を摘んでいる

クキュルルルゥゥゥ〜〜〜〜

泣いて疲れたのか、マナのお腹が可愛らしく鳴いた

恥ずかしそうに耳まで赤くして、マナは椅子に座った

「いただきます。」

礼儀正しくそういうと、猛スピードで食べ始める

負けじとばかりに、シンも食べるスピードを上げる

メティスは微笑ましそうに二人を見ながら、マイペースに料理を食べる

「「おかわり!!」」

「はいはい。」

同時に差し出される茶碗と、給仕を務めるメティス

ささやかながら、いつもより一人多い夕餉の食卓









































食事を終えた後、依頼の話を仕様と思ったが、疲労のためかマナは眠ってしまった

「メティス、客間のベットを用意してくれ。」

「既にしてありますよ、シン。」

「そうか。じゃあ、"A・D"に連絡して来て貰ってくれ。俺はこの子を運んでいく。」

「わかりました、シン。」

マナを横抱きに抱え、シンは廊下を歩く

「(軽い。)」

其れはお世辞でもなんでもなく、事実

過酷な訓練によるカロリーの消費に少ない食事量では足りなかったのだ

マナの身体は、既に栄養失調寸前だ

そして、未だに戦自にはマナの仲間がいる

彼らは前よりひどい仕打ちをされているだろう

早く事を起さねば、また死ぬものが現れる

「(許すわけには行かない。)」

一度マナの身体を抱えなおしてから、階段を上がる

「(これは、共感なのか?利用される子供と言うことに、俺は共感しているのか?)」

それはシンパシー

同じ経験をした者たちだけが持つ共通感

「(俺も、記憶を失う前はこの子みたいな生活をしていたのか?)」

わからない、思い出せない

二階の客間に入り、ベットにマナを横たえさせる

「ん・・・・・」

「・・・・・・・(あまりにも、悲しすぎるぞ、この子は。)」

シンの目が、悲哀に歪む

「・・・ムサシ・・・・・・・・ケイタ・・・・・・・・・・しな・・・ないでよ・・・・」

眠りながらも涙を流すマナを見て、シンは唇をかみ締めた

逃げるように部屋を出て、怒りに燃えたその身が、自身の爪で自身の掌を破っている事にようやく気づいた









































「やぁ、シン。お久しゅう。」

一階に降りてきたところで、客人が着ていた

「来たか、A・D。」

「だぁかぁらぁ、いつもゆうてるやろ?A・DはTV局の使いっぱ見たいやさかいやめぇって。」

金髪の短髪

その瞳は鮮やかなブルー

背は高く、ヒョロヒョロとしていて、どう見てもインドア派だ

彼の名は【アンドロフェリオス・ディオルゲリアネイト】

長すぎるので、仲間内からは頭文字をとった【A・D】か【アンドロ】と呼ばれている

彼は自称この街一番の情報屋であり、他称この街一番の情報屋である

ちなみに、彼の国籍は日本で生まれはコテコテの大阪だが、人種は判別不能である

彼曰く、「混ざりすぎとって自分でも何人かわからへん。」らしい

「それより、仕事の話だ。」

「って、あんさんはいつも話しが早いのぅ。ま、ええねんけどな。」

ノートパソコン片手に、A・Dはズカズカと事務所に入っていく

「で?どないしたん、こない遅くに呼び出して。」

「情報を買いたい。」

「ま、ええで。需要があればワイはいつでも売りに行きまっせ。」

ニコニコと、A・Dは人好きのする笑みを浮かべた

シンに言わせるなら、商売人の笑い方だ、らしい

「あんさんから情報買いたい、ゆうてくるんは随分久しぃなぁ。前は【ATフィールド】の時やったな。」

「古い話は止めろ。それより、【トライデント計画】ってのは知ってるか?」

「・・・・・あんさん、どこでそないな事知ったん?」

「知ってるんだな?」

「はぁ、知っとるで。戦自がやっとる計画やろ?なんでも孤児集めてパイロット育てとるっつぅ、何とも馬鹿らしい話やけどな。」

「そのパイロットの一人が今うちの二階にいるんだよ。」

「なんやて!?」

驚きのあまり、目を見開き、シンを凝視するA・D

「戦自から逃げてきたみたいだ。トライデント計画の詳細が入ったDVDと一緒にな。」

「はぁ・・・・・・・子供やゆうても馬鹿にできひんなぁ。なんちゅう根性や。」

「仲間が・・・・・死んだんだそうだ。」

「・・・・・・・・・そか。」

「それで、俺はこの依頼を受ける。出来る限りの情報をくれ。勿論、パイロットにも情報は聞くが、あの子が知らないこともあるかも しれない。」

「わかった。ワイは喧しいガキは嫌いやけんど、根性ある奴は好きや。情報出しまくったるわ。」

そう言って、A・Dはニッと笑い、右手を差し出した

「よろしくな。」

「よろしゅうな。」

そして彼らは手を握り合った










To be continued...


(あとがき)

はじめまして、はたまたお久しぶりです、あるいはおはようございます、こんちには、こんばんはかもしれませんが、麒麟です
Capriccio、第二曲をお送りしました。
二話目ですね。
どんどん書きたいことが浮かんできて、執筆スピードが大加速ぅ・・・・・
さらにマナとオリキャラのA・Dが登場して、このまま戦自撲滅変にとっつにゅうだぁ・・・・・すいません、微妙にテンションが変です 。
就職活動はあっという間に終わり、当初の予定通りなんでも屋になってくれたシン君です。
それにしてもええ子やねぇ、メティス。縁の下の力持ちと言うかなんと言うか、影ながら支えると言うか。・・・・・自分で何言ってんだ ろ・・・俺。
人種不明なA・Dこと【アンドロフェリオス・ディオルゲリアネイト】君ですが、バリバリのインテリです。作者も名前長すぎて覚え切れません。一度確認してから打つか、コピるようにします。
難波の商売人、そして情報屋。運動能力ゼロ!ノートパソコンより重いものは持てない!!そして情報のプロフェッショナル!!
こう言うと、凄いのか凄くないのかわかりませんね。いえ、彼は凄いんですよ?
カップリングはメティス推奨派が多いですねぇ。
今回からはマナも参加ですねぇ。あ、勿論後々マユミも出ますので。
希望があればメールください。多いキャラになるやも知れません
感想もらえると凄く嬉しいです。(ちなみに掲示板よりメールの方が執筆スピードがアップします。戯言ですが。)



(ながちゃん@管理人のコメント)

麒麟様より「Capriccio」の第二曲を頂きました。
執筆の早さが異常です(汗)。前回の投稿からまだ数時間しか経っていません!(バケモ○ですか、貴方は!?)
さて、今回のお話は就職活動ですか。ますます所帯じみてますねぇ。
いやーしかし、清々しいまでの仕事ぶりですね。
そして霧島マナとの再会・・・これも運命でしょうか。
でも、マナはシンがシンジだとはわからなかったようですね。昔とは大分容貌が違うのかな?
(もし知ったときは・・・マナもハーレムの仲間入りでしょうか?そうなったら、ダブルのLMSですね♪)
なるほど、次のお仕事は、戦自殲滅(?)作戦ですか・・・。
相手は完全武装した軍隊ですからねぇ〜。流石に「殺しちゃダメ」とは、ここのマナは言わないでしょう(笑)。
派手にやっちゃって下さい。まあ、シンジ君はその辺の罪悪感は欠落しているので、杞憂なんでしょうが。
さあ、次話を心待ちにしましょう♪
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