Capriccio

第四曲 〜黒狼と紫苑、そして「戦自殲滅計画発動中」〜

presented by 麒麟様


 

 

 

 

 

 

医務室の凍ってしまった雰囲気の中の三人

十六夜シン、霧島マナ、そして軍医だ

シンは上着を着ておらず、現在はズボンを穿いている途中だし、マナは先ほど二人目の兵士を騙すときの演技のため、服装が乱れている

この場面を瞬間的に見た者、つまりは軍医にとっては、どう見ても"事後"にしか見えないのだ

一番最初に動き出したのは、シンだった

取り敢えず、いつまでもズボン穿きかけの状態でいるのは嫌だったのか、残った片足を通し、ベルトを締める

「お、・・・・・・おまえ・・・なにを?」

震えた声で、軍医がシンを指差す

彼にとって見れば、シンはか弱い少女に手を出した変態だ

「あ〜・・・・まぁ、内密にしてもらえないかなぁと。」

「お、お前、自分が何をしたのかわかっているのか!?」

怒鳴り、シンに詰め寄る軍医

実に良識的な大人の発言だ

「相手は子供だぞ!軍人として、いや、人間として恥ずかしくないのか!きさまっ!!」

軍医は顔を真っ赤に染めて怒りの言葉を放つ

実際やってないシンとしては、因縁吹っかけられているだけのようなものなのだが、相手が勘違いしてくれるのならそれはそれでいい

あとは、黙らせるだけだ

「と、とにかく落ち着け。」

「これが落ち着いていられるか!!恥を知れ、恥を!!」

ギャーギャーと騒ぐ軍医

このままでは騒ぎを聞きつけた誰かが医務室に入ってきてもおかしくない

そんななか

バチッ

「アギッ!?」

マナだけが冷静に、軍医にスタンガンを食らわせていた

テキパキと軍医の口にガムテープを張り、手錠をかけ、足を縛る

先ほどの兵士と同じようにベット下に転がし、シンに視線を向ける

「行きましょう。」

返事を待たず、マナは医務室を出る

「・・・なんか、逞しくなったな。」

妙に冷たい汗と共に、シンはそう洩らした









































カリカリと音を上げるハードディスク

モニターの明りのみが支配する車内で、A・Dはカタカタとキーボードを打ち続ける

「おっしゃ、見つけたでぇ。」

乗っ取り、モニターに回した監視カメラの映像

モニターに移る10人以上の少年少女

「シン、聞こえとるか?」

ヘッドホン型の通信機で、シンに呼びかける

『なんだ?』

返って来るのは短い答えだけ

シンらしい答えだ、と内心ほくそ笑み、A・Dは口を開く

「お嬢ちゃんのお仲間を見つけたで。」

『場所は?』

「あいたぁ、南口側の部屋や。C−13って部屋やけど、お嬢ちゃんわかるか?」

この基地の中のことについて一番詳しいのはマナだ

何しろ、孤児院から引き取られてから10年以上この基地で生きてきたのだ

基地の内部構造ぐらい熟知している

『はい、わかります。』

「OK。ほな、がんばってぇや。」

相手の顔は見えないが、ニコリと笑う

ひとまず自分の仕事に区切りが付いた事で、A・Dは安堵した

後はシン達の仕事だ

そして、シン達なら必ず成功させると言う確信が、A・Dにはあった

それはシンの実力を知っているからでもあるし、【なんでも屋 十六夜】が創立以来成功率100%を誇っているからでもある

そして、A・Dが目の前でシンの戦闘を見た事があるからでも、ある

「ホンマ、シンは化け物みたいに強いさかいなぁ。安心したってや、お嬢ちゃん。」

独り言のように呟き、腕を思い切り伸ばして関節をほぐす、が

『誰が化け物だって?』

シンの声

通信は先ほどから繋がりっ放しだ

「あ・・・・・・・・き、聞こえてたん?」

『覚えていろ。』

アハハ、と愛想笑いをするが、シンは取り合わない

「勘弁したってやぁ・・・・・・」

逃げ出したいなぁ、と思い出したが、此処から逃げるにはA・Dには無理だった

まず車の運転が出来ないし、最寄の街まで歩く体力も無い

「世知辛い世の中やなぁ。」

などと、恨みがましく社会を批判する

だが、先ほどの言葉に偽りは無い

シンは強い

だから、マナが心配する必要など無いのだ、とA・Dは思っている

「ホンマかなわんわぁ〜。【フェンリル】、【黒狼】、【黒爪】、【切り裂き魔】、【THE BEAST】、【瞬殺者】、そんでもって【Lightning Wolf】。伊達に半年でこの業界に名が知れわたっとるわけちゃうって事やな。ホンマ、幾つまで増えるんやろうなぁ、二つ名。」

しみじみと呟き、初めてシンの戦闘を見たときの事を思い出す

血と火薬の臭いに満ち満ちて

彼の前に立つ者はおらず

彼の敵はことごとく臓物をぶちまけ床で眠る

『アンドロフェリオス・ディオルゲリアネイトだな?』

腰を抜かしたA・Dに彼はそう尋ねた

震える口は本来の役目を果たさず、ただ何度も頷く事しかできない

『依頼により、お前を誘拐する。なに、お前に用がある男がいるだけだ。』

そう言って、シンは血溜まりと肉塊を踏みしめ、A・Dに歩み寄る

その後のことをA・Dは覚えていない

延髄に一撃をくらい、気絶させられたからだ

「ホンマ、乱暴者やさかいなぁ、シンは。」

気絶させておいて、次に会った時は平然と情報を要求してきた

そんなシンを思い出し、A・Dはクックと喉を鳴らして笑う

だが・・・

『誰が乱暴者だと?』

「あ・・・・・・・・・・・・」









































南側施設に向かうシンとマナであったが、早速戦自の兵士達に発見されてしまっていた

兵士達が通信機を使えず、援軍を呼べないのが僥倖だ

北側の囮に引き寄せられた兵士達は、南側にどんどん集まってきている

まさしくシンの予想道理なのだが、このままでは埒が明かない

「ちっ、しょうがない。使うか。」

「え?あっ、ちょっと!!」

曲がり角で身体を隠し銃撃戦を繰り広げていた二人だったが、なんとシンがマナの呼び声むなしく通路に飛び出して言ってしまったのだ

当然、兵士達の銃口は次々とシンに狙いを定め、銃弾と言う凄まじい運動エネルギーを秘めたものを発射する

カキィーーーンッ!!

金属と金属がぶつかった様な音

その時マナは見た

シンの正面に展開された赤色の盾が銃弾を弾くのを

そして呟く

「え、ATフィールド。」

八角形の平面のようなそれは、容易く弾丸を弾く無敵の盾

「展開及び拡大。」

赤色の盾はググッとその大きさを増し、通路一杯に広がる

床、壁、天井

通路の上下左右ピッチリに広がったATフィールドは既に盾ではなく壁だ

「出て来い。なに、危険は無い。」

呆然としているマナに呼びかける

その間も兵士達の攻撃が続いているが、まさしく蟷螂の鎌、弾き返されるだけで何の進展も見られない

弾薬と言う武器を減らしている分、非効率的である

「し、シンさんって・・・・・【覚醒者】だったんですか?」

「?覚醒者?・・・・・ああ、これの事か?」

そう言ってチラリと壁と化したATフィールドを見やる

半透明なその壁は、薄さを感じさせないにも拘らず、圧倒的な防御力を誇る

「俺たちの仲間内では、これを使える奴は単純に【能力者】って呼んでるがな。」

【覚醒者】、あるいは【能力者】

それは人の身でありながら人外の業を使う者

マナの言った【覚醒者】はNERVや戦自、あるいは日本政府などがつけた呼称だ

シンの言った【能力者】は、同じ者達の事を流石、言葉としては裏社会よりの者達がつけた呼称だ

【覚醒者】、【能力者】どちらでもいいが、それは世界の復元と共に、非常に低確率ながらも、確実に現れている者達だ

彼らは突如その能力を発露する

自分が【力】を持っていることを自覚する事で、その能力は顕現し、扱い方を知る

ATフィールドの発現など、彼らにとって見れば初歩の初歩だ

「俺は一応、【High Power】・・・戦自風に言えば【LevelU】だな。」

どちらも、ATフィールドの発現より、さらに高みへ至った者達をさす言葉だ

物理法則を捻じ曲げ、常識を卓袱台の如くひっくり返し、彼らはその力を行使する

此処からは、統一して【覚醒者】、そして【LevelU】と呼ぼう

【LevelU】へと至った【覚醒者】は、その能力を"内側"、あるいは"外側"に作用させる

内側とは自身の肉体、精神などを指し、力の増強、肉体の変態、テレパスなどの力を発露する

外側とは肉体外、つまりは大地、空、あるいは空間など、肉体の外に存在するものを指す

外側の場合は、念力、発火能力、地電流操作などが例としてあげられる

旧世紀的に言えば、【超能力】と呼ばれるものにも似ている

あるいは、神話の世界である

赤い海から帰ってきたものは、例外なく【覚醒者】になる確率がある

統計的に、年が若い方が能力は発露しやすい傾向にあるらしいが、正確なところは誰にもわからない

だいたい、どうしてこのような能力を持つ者が現れるのかもわかっていないのだ

さらに言えば、一般人に【覚醒者】が現れても、基本的に彼らがその能力の露見を防ぐため、力の有無を黙秘する事が、調査の妨げとなっている

理由としては、今は関係ないので、後々語ることにしよう

話は戻って、通路である

シンから一定の距離を開けて発現しているATフィールド

「すぐに片付ける。少し待て。」

そうマナに告げると、シンは腰を落としバネを縮める様に身体を小さくする

そして、瞬発力を生かして、疾走

彼の勢いに押されるかの様に、ATフィールドも前進する

滑る様に、そしてどんどんスピードを増し、兵士達に接近していく

銃を撃って抵抗の意思を見せるものの、ATフィールドの堅固な盾は破れない

抵抗を止め、逃げ出す兵士達だが、T字路に行き当たり、彼らが曲がる前にシンが追いつく

スピードを全く緩めず、ATフィールドを押し付ける

ATフィ−ルドに押され、バランスを崩した兵士達は、そのまま赤い壁に押され、壁に叩きつけられ、二つの壁に板ばさみ

そして

グシャッ

二つの壁に挟まれた兵士達に、襲い掛かる膨大な運動エネルギーは、容易くその肉体を破壊した

「ふん、こんなものか。」

どこか不満そうに、シンはATフィールドを解除するが、すぐに展開

左右に一枚ずつ展開されたATフィールドが銃弾から彼を守る

「疾っ!!」

強烈な気合と共に、掌底打の様に、両手をそれぞれ左右に打ち出す

その気合に押し出されるように、ATフィールドは床を奔り、兵士達を追い立てていく

「さて、お前の仲間たちは何処にいるんだ?」

振り返り、マナを見る

唖然としていたマナだが、呼びかけられて気を取り直す

「あ、そこを左です。」

走りよってきたマナは壁にべったりとついた血の後と床に無残に転がる潰れた死体に絶句した

スプラッタなど生易しい

人間の肉体が、板状に変形までしているのだ

骨は砕かれ、肉は裂け、血が吹き出ている

誰がそれを直視できようか

まさしく、惨殺死体と言っていいだろう

「あの、どうやったら・・・・・こんな風になるんですか?」

常識的に考えて、人間の力では無理だ

廊下を走りながらたずねたマナに、同じく走りながら、シンが答える

「なに、【LevelU】の応用だ。俺の能力は"内側"に作用し、能力の発露と同時に身体能力が上昇する。ああ、俺の能力は肉体の増強とか、そんなありきたりな物では無いぞ?」

身体能力の上昇

先ほどのシンの疾走を見たマナには、すぐにそれを信じる事ができた

出来た、と言うより、それ以外考えられないのだ

マナの見たシンの疾走、それは自動車やバイクのそれに等しいスピードだ

「詳しく講釈してやりたいところだが、そういう場合ではないんでな。」

ククク、とマナをからかう様に笑って、シンは口を閉じた

それが子ども扱いされているように感じられて、マナは反発感を覚えたが、あえて文句をつけるほど場違いな考え方を持っているわけでもなかった

そして、二人は辿り着く

扉にC−13とかかれた部屋

「鍵が掛かっています。」

開け様としたマナが、引っ掛かりを感じてシンに告げる

「どけ。」

シンはマナの方を掴んで下がらせ、ヒュッと息を吐く

強烈な、ヤクザキック

鉄板を仕込んである軍用ブーツのそこが、扉に命中し、衝撃で蝶番は壊れ、扉は部屋の中に倒れた

「みんなっ!!」

マナが部屋の中に飛び込み、呼びかける

「マナッ!?」

「どうしてここに!?」

「まさか、さっきからの騒ぎはマナが!?」

次々と、少年少女たちがマナの下に集まる

「話は後。すぐに逃げるから。」

「持って行く物はあるか?」

マナの後から、シンが呼びかける

「ムサシとケイタの荷物を。」

マナの言葉に、子供達は「どうして」と聞き返すかの様にマナを見つめた

「二人は・・・・・・たぶん、形見になるから。」

顔を顰め、それでもマナははっきりそう言った

それが、絶望的な言葉であっても

驚きを隠せない子供達に代わり、マナはムサシとケイタの荷物を探すが、見当たらない

元々生活していた部屋とは違う部屋

脱走者となったマナの物も、マナを庇って死んだと思われる二人の荷物は此処には無い

マナは、形見すらないその状況に、唇を噛んだ

「マナ、これ。」

少年の一人が、マナに腕時計を渡す

「これ・・・・・・ムサシの?」

PXで売っている、安物の腕時計

ムサシが、いつもつけていた時計

「準備を始める前に、ムサシが・・・・・」

「これ、ケイタが。」

別の少年が、ムサシのものとは同じデザインだが違う色の腕時計をポケット取り出す

二つの腕時計を受け取り、マナは歯を食い縛る

思い出す、休憩時間の他愛も無い話

『この時計が俺たちの友情の証ってやつさ。』

『ムサシ、良くそんなくさいセリフ言えるよね?』

『うるせぇぞ、ケイタっ!』

『あ、痛いって、ムサシ。』

もう会えないであろう、親友

だが、マナは泣かなかった

歯を食い縛り、悲しみに震え、それでも涙を堪え、前を向く

二人の時計を、自分の時計と並べてつける

同じデザイン、それぞれ違う色の腕時計

三人の、友情の証

もう来ない、懐かしき日々の思い出

振り向き、シンを見る

シンはただ黙って頷く

優しく抱きしめるわけでもなく、ただ、見守る

刹那

「後ろっ!!」

マナの叫び

部屋に突入した一人の兵士

銃口を向け、引き金を引く

だが、それよりも早く、マナの叫びよりも早く、男は舞っていた

振り向くと同時に左手で銃身を打ち据え、跳ね上げる、

銃弾が天井に穴を開ける中、彼は独楽のように回り、舞った

右手、左手、また右手

回転しながら繰り出されるその手

シンの回転が止まったとき、男は死んでいた

顔、首、胸、腕、腹、足、全身に広がる引き裂いたような裂傷

ドシャッと死体が床に倒れ、地が伝う

「その手・・・・・・」

マナは血に濡れたシンの手の異変に気がついた

つい先ほどまでの、白くスラッとした指はなく

角張った無骨な指

5cmほどに伸びた鋭利な爪

手の甲を、うっすらと艶やかな毛が覆っていた

「【LevelU】の応用だ。部分的に能力を発動させた。・・・・・・・怖いか?」

「いいえ。」

マナは即答した

打算も何も無い、正直な想い

その答えと、真剣な目で見つめてくるマナに、シンは苦笑して言う

「さっさとずらかるぞ。荷物があるなら早くしな。」

そのシンの声は、どこか照れくさそうだった









































メティスは未だ北口前の物資運搬用に造られた道路にいた

周りには沢山の穴と、多くの死体

囮役を果たし、一度退いたメティスだったが、子供達の部屋が南側にあると知り、すぐに再出撃したのだ

再び北口を襲う事で、シンとマナ、そして子供達に向かう兵を減らそうとしたのだ

メティスから30メートルほど離れて、男達が数人

いずれも戦自の兵士達だ

メティスの強さに恐れをなし、恐慌状態に陥りつつ、銃を撃ち続けている

だが、メティスは冷静にATフィールドを張り、防御する

「【BOX】発動。」

彼女の言葉に呼応するように、空中に黒い円が現れた

薄っぺらく、紙のようなその円に、メティスは迷うことなく腕を突き入れた

肘ほどまで腕を突きいれ、引き抜く

入れる前までは何も握っていなかったその手には、中途半端の鉄パイプの先に膨れた何かが付いて様な物だった

それの全体像が、月明かりの下に晒される

膨れた何かは、弾頭だ

対戦車用兵器、パンツァーファウスト

狙いをつけて、トリガーを引く

メティスには、絶望した兵士の表情が鮮明に見えた

爆発

数人の兵士達を巻き込んだその爆発は、道路に新たな穴を開けた

絶望する者達を見ても、メティスはその表情を変えない

他人、特に男はメティスにとってはどうでもいい存在だ

メティスの唯一、唯一の男は彼一人

「こちらメティス。北口を制圧しました。」

『相変わらずメティスちゃんも仕事速いなぁ〜。シンのあんさんも子供達、助けた見たいやで。』

「然様ですか。では・・・」

『そやな。最後の仕上げまで待機っちゅうことで。』

A・Dのおどけた声

だが、メティスの声は何処までも平坦だ

「いえ、仕事がもう一つ増えました。」

『は?』

メティスにゆっくりと歩み寄る男の影

軍服をきっちりと着込み、銀縁の眼鏡をかけて不機嫌そうな男

「先ほどまでの雑兵とは、雰囲気が違います。本命、とでも言うのでしょうか。」

『あ〜、がんばってな。ワイんトコまで敵がこんように頼むで?』

「・・・・・・・・・。」

『お〜い、ホンマに頼みまっせ?』

「善処します。」

通信を終え、メティスは紫苑の瞳で男を睨み据える

「面倒ごとを起してくれるものだな、女。」

暗い、憂鬱そうな男の声

ずり落ちた眼鏡を指で上げ、鋭い目でメティスを睨む

「面倒でした、お引取りください。」

「それはこっちのセリフだ。」

言い合い、押し黙る二人

炎の猛る音と、風音だけが、辺りに響く

「【BOX】発動。」

「ふん。」

北口、最後の戦いが始まる









































そして、シンの前にも一人の男が立ちはだかっていた

長身でがたいの良い男

短髪に刈り上げ、額から右目を通り頬にまで大きな切り傷の後が見える

野戦服のズボンに上着を羽織り、仁王立ちでシンを待ち構える

「・・・・・・・・・【能力者】、いや【覚醒者】だったか?、お前、【覚醒者】だな?」

シンが男を睨む

「そうだ。」

男はニィっと唇の端をあげて笑い、答える

「消えろ。」

「それは無理な相談だ。」

冷淡なシンの言葉に、男はニヤニヤと笑って答える

「俺の目的は強い奴と戦う事なんでな。こういうチャンスを逃すわけには行かないんだよ。」

「だったらまず自分の実力を考えてからにしろ。」

シンの罵倒に反応すら見せず、男はただニヤニヤと笑い続ける

「ふん。」

クイックドロウ

腰に装備していた自動拳銃を抜き、引き金を引く

シンの目にも留まらぬ早撃ちだったが、男はすばやくATフィールドを張る

「ククク、銃は俺にきかねぇよ。」

「そうか。」

だからどうした、と言わんばかりに、シンは男を見下す

まるで、哀れな者を見るような目つきで

「ガキども、下がっていろ。」

シンの言葉に反応して、マナが仲間を下がらせる

「外もそろそろ終わった頃だ。こちらも早く片付けるか。」

シンがゴキリと首を鳴らす

銃口は男に向けたまま、一点の揺らぎすらない

「外ぉ?ククク、外にはさっき相葉の野郎が向かったぜ?今頃お仲間は死んでるんじゃないのかぁ?」

愉快そうに、男は笑った

「・・・・・・・・・。」

シンは何も反応せず、男を睨み付けるだけ

「シンさん・・・・・。」

心配そうな声を上げたのは、マナだった

渡されていた拳銃を握り締め、シンの後姿を見つめる

「心配するな。」

マナに掛けたシンの声は、安心を齎す柔らかなものだった

「メティスが死ぬはずは無い。あいつは、【LevelV】だぞ?」

「えっ!?」

【LevelV】

【LevelU】の上を行く者達で、さらに強力な能力を持つと言われている

その高みまで上り詰めるものは少なく、1億人に1人とも言われている

まさに、幻の存在

「じゃあ、シンさんも・・・・・・・・?」

メティスの相棒は、シンだ

メティスがそうならば、シンもまたそうなのではないか

マナは希望と共にそう問いかけた

「いや、さっき言ったろ?俺は【LevelU】だ。」

反動で、マナの心中を不安が掻き乱す

「フッ、メティスは強い。あいつを殺せるような奴は、俺以外いない。同時に、俺を殺せる奴もあいつ以外いない。」

そういう意味でも俺たちは唯一だ、シンは言う

「わかるか?俺は【LevelU】であいつと対等なんだよ。」

言うな否や、シンは駆け出し、引き金を引く

再び展開されたATフィールドが銃弾を弾くが、それは承知の上

接近し、ATフィールドの端を潜り抜ける

が、男のナイフによる攻撃がシンのすぐ目の前を走り抜け、バックステップを踏み、置き土産だ再び銃弾

三度ATフィールドが弾く

弾薬を込め、牽制、接近、ナイフの攻撃をかわしてバックステップ、そして再び銃撃

それは舞踏だ

敵の攻撃と盾を掻い潜り、仕留めようとする獣の舞

ナイフの切っ先が、シンの頬を掠めた

「チッ、ウゼェ奴だ。」

男は決して自分からは動かない

ATフィールドで防御し、相手が自分の射程に入るのをじっと待つ

入れば、すぐにナイフで攻撃

「【LevelT】でも【LevelU】に勝てる。ようは戦い方だ。」

愉快そうに、楽しそうに男が笑う

「フンッ。」

男の言葉を鼻で笑い、シンは2・3度バックステップを

マナ達のそばまで下がったシンは上着を脱ぎ、マナに手渡した

「ならば見せてやろう。【LevelU】と言うものが、如何なるものかを。」

一歩一歩ゆっくりと歩み寄りながら、シンはタンクトップも脱ぎ捨て、上半身裸になってしまった

「シンさん・・・・・」

不安げに、マナ達がその背中を見つめる

『お嬢ちゃん、心配せんでもええで。』

「え、A・Dさん?」

突如入った通信に、慌ててマナが相手の名前を呼ぶ

『シンのあんさんはな、めっぽう強いねん。二つ名だけでも幾つあると思う?』

A・Dはどこか楽しげだ

監視カメラからこの戦いを見ているのかもしれない

『【フェンリル】とか【黒狼】とか呼ばれとるんやけどな。見とればその意味がよぅわかるで。』

A・Dに促され、じっとシンを見つめる

「ふぅ。」

シンは深く息を吸い、そして吐いた

そして一気に全身に力を入れ、能力を発動させる

「【餓狼】発動。」

全身の筋肉が脈動する

骨格が変形し、皮膚を黒い艶やかな毛が覆う

爪が伸び、口には牙が伸びる

ドン、と右手だったものを床にたたきつけたシンは、既に人間の姿ではない

2メートル近い、黒色の毛をした狼

頑丈な骨格と強靭な筋肉を黒色の毛で覆う一匹の大型の狼だった

咆哮

空気が震え、ビリビリと衝撃さえ感じる

『どや?凄いやろ?シンのあんさんの能力は【狼化】なんや。だから【フェンリル】とか【黒狼】とかつけられとるんやな。ま、ワイが一番好きな二つ名は【Lightning Wolf】やけどな。』

我が事のように自慢するA・D

『あ、ちなみに【フェンリル】っちゅうのは、北欧神話に登場する、神々に敵対する狼の魔物の事や。ごっつう強い魔狼らしいで。』

陽気に語るA・Dだが、マナは驚きのあまり声も出ない

それも当然だろう

目の前で、人が狼に変化したのだ

常識を打ち破られてしまっているのである

元々【覚醒者】の能力に常識を求める事が間違っていると言えば間違っているのだが

「クッ・・・フフフ、アハハハハハハハ!!」

怖気を奮うようなシンの咆哮に触発され、男は大声で笑う

その顔は歓喜と狂気に歪み、まさに狂喜の笑みだった

「面白い!こんなに緊張感のある戦いははじめてだっ!!」

ナイフを眼前に構え、狼と化したシンを睨み据える

睨み合う一匹と一人

誰かが唾を飲む音が、やけに大きく聞こえる

動いたのは、シンだった

凝縮された筋肉をしならせ、バネの様に、跳ぶ様に駆ける

一歩一歩加速し、それはまさに黒い砲弾と化す

そして、最後の加速

『【Lightning Wolf】の意味やけどな。狼化したときのシンは身体能力むっちゃあがっとるねん。んでな、すっごい強い力も自慢なんやが、一番凄いのは、その"瞬発力"や。まさに消えたように見えるんや。閃光のように近寄り、稲妻の一撃を食らわせる。それが、【Lightning Wolf】の二つなの由来や。』

瞬発力を生かした大加速

男は、シンが消えたように見えた

そして次の瞬間、喉笛を食いちぎられ、絶命した









































元の姿に戻ったシンは、口の中に溜まっていた血を吐き出す

「狼化した時はうまく感じるが、戻ったときは相変わらず不味いな。」

シンは不快気に何度も口の中の血を吐き出す

「ったく、手間取らせやがって。」

ペッと転がっていた男の生首に、唾を吐きかける

その鋭い牙と強靭な顎で繰り出される一撃は、まさに必殺だった

喉笛を噛み千切り、骨を噛み砕く

そして、ゴロンと首が転がったのだ

そんなシンの元に、上着を持ったマナが歩み寄る

「・・・・・・・・・怖いか?」

マナの手は、少し震えていた

それもそうだろう、あの戦いを見て、あの圧倒的な力を見て、恐怖を感じない者は、どこか壊れている者だけだ

「少し・・・・・・・・・」

「正直だな?」

「シンさんは、シンさんですから。」

「・・・・・・・・・そうか。」

どこか嬉しそうに、シンは受け取った上着に袖を通す

「よし、さっさと脱出するぞ。」

シンが子供達に視線を向けると、会って間もない子供達は、完全に怯えていた

その中でマナだけが、まだ幾分か平気そうなのである

苦笑して、先頭に立って脱出する

入ってきた入り口とは別の、南口から脱出

自由

開放

彼らは、歓喜した









































『メティスちゃん、シンのあんさんらが脱出したで。』

「そうですか。」

淡々と答え、男を見据える

男は拳銃を片手に持ち、空いた片手で眼鏡のずれを直している

両者の攻撃手段は銃、もしくは爆薬

双方とも、ATフィールドで防御する

メティスの【LevelU】は先ほどの黒い円だ

あの中に色々な物を仕舞い込んで置き、使いたいときに取り出して使うのである

彼女の二つ名は【パンドラ】

災厄と言う名の銃火器、ロケットランチャーや爆弾を詰め込んだ【パンドラの箱】を開く女

「仕方がありません。決め手が無いのですから、やむを得ませんね。」

そう言って、メティスは一度目を閉じ、喝と見開く

「【LevelV】、【Pitfall】発動。」

男の足元に、黒い円は現れた

今までメティスの手の届く範囲にしか現れなかったその黒い円が、はじめて手の届かぬ場所に発現したのだ

「なっ!?これは!?」

男の足が、ずぶりと円の中に沈んでいく

【Pitfall】それは【落とし穴】を意味する

行き先は、先ほどまでの【BOX】とは違う

此処では無いどこか、どこでも無いどこか

あるいは、死

もがき苦しむように脱出しようとする男だったが、一度はまってしまっては逃れられない

ズブズブと沈み、腰、胸、首、そして頭まで全部沈みきってしまった

【BOX】、【Pitfall】内は双方共に、時間の流れが違う

通常時間より、時間の流れが遅いのである

【Pitfall】は中に入れたものが、時間を置いてから不特定な場所に出現する

それは通常の時間の流れでおよそ72時間、三日程である

だが、中の空間、異空間ではその何十倍、何百倍、はては何万倍もの時間を体感する

何も無い空間で狂い死ぬか、餓死するだろう

もし奇跡的に空間内で生き延びたとしても、こちらの空間に戻ってくる位置は、メティスにもわからない

真空の宇宙空間かもしれないし、太陽のコロナの直撃を食らうかもしれない、深海の底かも知れないし、土の中かもしれない

死ぬ確率は、圧倒的に高い

「では、最後の仕上げを。」

『がんばってやぁ〜。それ終わったら帰って肉に酒の大盤振る舞いやで〜。』

【Pitfall】が発動し、トライデント計画が行われていた基地全体を飲み込む

その全てを飲み込むまで、メティスは気が抜けない

額には玉のような汗が浮かび、力を込めすぎで掌が爪で破れて血が流れている

【Pitfall】は圧倒的な致死率の能力だが、消費する体力気力は半端ではない

基地全てを飲み込んだところで、メティスは力尽き気絶してしまい、その身を重力に任せた折れ込む

だが、その崩れ落ちる身体を、駆け寄った彼女の唯一が支え、助け起す

「ご苦労様、だな。メティス。」

そういって、彼女の唯一は優しく唇を落とした










To be continued...


(あとがき)

はじめまして、はたまたお久しぶりです、あるいはおはようございます、こんちには、こんばんはかもしれませんが、麒麟です
Capriccio、第四曲をお送りしました。
四話目ですね。
あぁ・・・・・・・・・・・もういっぱいいっぱいです。
ようやく戦自編が終わりましたぁ・・・・・まだ物語の前半という事で、世界観の説明を交え簡単に殲滅しちゃいました。
ちなみに、一般兵にとってATフィールドは越えられないハードルであり、敵が持っていたらまず勝てません
それに秘密基地という事で、関わる人員も最小限。それで、基地内に詰めている人も少なかったんですよ。そういう事にして置いてください。
えっと、戦自編は、もう少し続いて、マナとその仲間の身の振り方や、後日談的なものが少し導入されます。それが終わったら、次はようやく、ようやくNERVの出番ですね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶんね。
【覚醒者】、【能力】、【ATフィールド】、あとは【BOX】に【Pitfall】と【餓狼】。
彼らの凶暴っぷりを少しでも理解していただけたら良いかなぁと思っています。
紫苑の由来はメティスの瞳ですが、黒狼の由来はシンの能力でした。
シンの瞳の色からとるなら【黒曜】でいいですものね
あぁ・・・・・うぅ・・・・・・第三曲でのながちゃん様のコメントで「ケダモノ」とあったのを見てドキッとしてたりしてました。ごめんなさい、ホントにケダモノでした。
カップリング希望があればメールください。多いキャラになるやも知れません
感想もらえると凄く嬉しいです。(ちなみに掲示板よりメールの方が執筆スピードがアップします。戯言ですが。)



(ながちゃん@管理人のコメント)

麒麟様より「Capriccio」の第四曲を頂きました。日替わりのご執筆、ご苦労様です(汗)。
今回、ケダモノ「シン」君が大活躍でしたね。
ま、ケダモノのくせに年中発情期なのは、玉に瑕(きず)ですが・・・(笑)。
いろんな能力が出てきました。
【覚醒者】とか【Level】とかの話が、これからのストーリーの根幹に大きく関わってきそうですね。
あと、掲示板のほうでも指摘を受けましたが、前回の管理人の疑問は的外れでしたね(汗)。
このお話が、ゲームの鋼鉄のガールフレンドの時間軸とは違う未来の世界観とのことで、甚く恥じ入るばかりです。
いわば、ここのシン(シンジ)とマナは、これが初対面であるということなんですね。納得です。
さて、いよいよ次はネルフ退治ですね♪(笑)
そろそろレイ(リリス)も出てきそうな気もするし、いろんな意味で楽しみです。
さあ、次話を心待ちにしましょう♪
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