Capriccio

第五曲 〜黒狼と紫苑、そして「子供の行く末」〜

presented by 麒麟様


 

 

 

 

 

 

二台の車の周りに、マナを含む十人ほどの子供達が集まっている

全員が、【トライデント計画】のパイロット候補生であり、つい先程からは脱走兵である

子供たちに近づく、一つの影

シンが、メティスを背負って戻ってきたのだ

基地を脱出した後、車までの道のりを半分ほど来た所で、シンはメティスのほうへ向かった

当初から決めていた作戦では、最終的にメティスの能力が物を言うからだ

そのせいで、メティスの消耗は大きく、限界に達するだろうという事を、シンは予期していたのだ

シンとメティスが戻ってきたところで、いったん休憩だ

「おつかれさん。」

「あぁ。」

A・Dの言葉に、シンはいつも通り完結に応える

「メティスちゃんが起きたら出発かいな?」

A・Dは「早く酒を飲ませろ〜」と言わんばかりに、うずうずしている

「いや、一つ問題が発覚した。」

「なんやて?」

シンの言葉に、A・Dは瞬時に真剣な顔に切り替える

思考をシャープに、雰囲気をクールに

如何なる問題にも対応できるように

それが、プロフェッショナルと言うものだ

「車二台では全員乗せて帰れない。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぬかった。」

「ああ。」

どうしようもない問題だった

武器を積んでいた車の後部座席は、既に空っぽになっているので無理をすれば6人は乗れるだろう

だが、それでもまだ足りない

此処で余談だが、後部座席に乗っていた武器、弾薬や爆弾は良いとして銃火器が何処に行ったかと言うと、メティスの【BOX】の中である

【BOX】は中に物を入れていれば、入れている間中能力が発動しているとみなされて、体力・気力共に消耗していく

ゆえに、メティスはギリギリまで武器を車で運搬していたのだ

便利な反面、消耗が大きいと言うハンデがあるのである

話を戻すが、乗員数の問題は終わっていない

「あ〜、どないする?数人残って、また迎えに来るか?」

「いや、連絡が取れなくなった事を不審に思って、調査に来るかもしれない。」

せやな〜、とシンの説いた危険性に相槌を打つ

「・・・ああ、そうか。A・D。」

何か納得したように、シンはA・Dに声をかける

「なんや?解決策でもみつかったんかいな?」

「お前の荷物を棄てていく。そうすれば全員乗れる」

そのシンの言葉を、A・Dは一瞬理解できず

「な、なんやて?もう一遍ゆうてくれへんか?耳がおかしゅうなったんか、空耳が聞こえたわ。」

対するシンは

「お前の荷物を棄てる。」

「ななななななな・・・なぁんやてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

A・Dの大絶叫が、静かな夜の森に木魂する

「自分なにゆうてるかわかっとんのか!?あれだけ集めるのにどれだけゼニと時間使ったかわかっとんのか!?」

「知ったことか。」

A・Dの鬼気迫る怒りの猛りだったが、相手は鬼そのものだったようだ

一切取り合おうとしないし、既に彼の中では決定事項らしい

立ち上がり、車に歩み寄るシン

もう荷物を下ろす気満々である

「まっまままま、まちんさい。せ、せめてメティスちゃんの【BOX】にいれたってぇや。たのむ!後生や!!」

「メティスは既に限界だ。」

「そこを何とか!!あぁ!!地面に降ろさんといて!!砂がつくぅぅぅぅぅぅ!!!」

砂どころか、ぬかるんだ泥がへばりついている

子供達からしてみれば、下手なコントにしか見えないのだが、本人達は大真面目である

「自分なんでそんなことするん!?ええ加減にせんとワイも切れるで!?」

我慢の限界に着たのか、A・Dは本気で怒鳴り出す

切れるで、と言っているが、既に切れているようだ

「さっきふざけた発言をしてくれた奴の荷物など知ったことではない。」

「あ・・・・・・・・・」

そう、シンは先程の発言をしっかり覚えていたのだ

『化け物みたいに強いさかいなぁ。』

『ホンマ、乱暴者やさかいなぁ。』

そういったのは紛れも無いA・Dで・・・

シンが機嫌を損ねるには十分な暴言だった

「すまん!この通りや!!だからそれだけは勘弁してくれぇ!!」

A・Dは恥もプライドもかなぐり捨てて土下座している

それこそ、額を地面にこすり付けて

「・・・・・ちっ。メティス、帰るまでもちそうか?」

そこまでされてはシンも無碍に出来るはずもなく

労力をになうものに尋ねかける

「はい。それぐらいでしたら問題ないでしょう。すぐに収納します。」

メティスのその言葉に、A・Dが顔を上げて心の底からの笑みを浮かべる

「ホンマ!?たすかるわぁ・・・おおきに、ホンマおおきに、メティスちゃん。この借りはいつか返すかんな。」

シュバッと目にも留まらぬ速さでメティスの傍まで移動して、その手をとり感謝する

そのまま踊り出しそうな勢いだが、もし踊り出してしまったら、シンが荷物を棄てそうなので踊らなかった

シンの怒りから逃れるためだけに車に走りより、手早く機器を片付ける

「ほな、メティスちゃん、たのんますぅ。」

ペコリとメティスに頭を下げるA・D

元々『プライド?なにそれ?』といった風に生きているA・Dには頭を下げる事にこだわりなど一つも無い

だからこそ先程ぬかるんだ泥に額をこすりつけてまで土下座できるのだが

 

 

 

こうして空っぽになった二台の車の後部にそれぞれ子供達が乗り込み(座席は無いので、適当に座ったりしている)、さっさと帰路に着くのであった

運転は片方をシンが行い、もう片方は戦時の少年兵がやっていた

メティスは消耗が激しく、運転中に寝てしまいそうだったため、運転できる少年に任せたのだ

大人のA・Dが運転すればいいじゃないか、と思うかもしれないが、彼を舐めてもらっては困る

彼は情報の専門家

プロフェッショナルであり、それはそれで凄いのだが、彼の欠点として、それ以外は何もできないのだ

免許を持つ以前に、運転をしたことが無い

実を言えば、シンもメティスも果ては運転している少年も免許は持っていないのだが、この際それは置いておこう

問題は、運転できるか、出来ないかだ

A・Dは運転できない

その事実だけは、確かなのだ

A・Dに言わせれば、『インドア派のわいが運転なんてできへんでもかまへんねん。』らしいのだが

インドア派だって運転免許ぐらい持っているだろうというのが、一般的なことだと思われる

尤も、A・Dは口にこそ出さないものの、それなりの理由がある

彼は日本生まれであり、その両親も日本生まれであった事もあり、少年時代は普通の日本の学校に通っていたのだ

そこで彼は、いじめにあった

子供のいじめの理由など些細なものでいい

自分ではどうしようもない事、髪や目、肌の色など、そんなことで子供達はいじめを始めた

当然のように、彼は学校へ行くのが嫌になった

子供のいじめに遠慮と言うものは無い

物を隠されたり、机に落書きされたり、中に汚物を詰め込まれるなどまだ生易しい

殴られ、蹴られ、階段から突き落とされ、便器に顔を突っ込まされる

肉体的に、そして精神的に追い詰めるのだ

程度の差こそあれど、それは拷問にも通じるものがある

違いは、目的が有るか無いかの差だけだ

目的の無いいじめに終わりなど無い

終わりの無いいじめに、彼が取った行動は登校拒否だった

自宅にこもり、自室にこもり、誰にも、親にも心を開かず

そんな彼の心のよりどころはコンピュータだった

少ない小遣いから捻出し専門書を買い、あるいは立ち読みで覚え、彼は知識と知恵、そして技術を学んでいった

彼に師はいない

敢えてあげるなら、本が師である

こうして彼は、自称インドア派、他称ひきこもりとなり、同時に情報技術のプロフェッショナルになったのである

"外"が嫌いな彼にとって、"外"を行き交う車の存在もまた嫌悪の対象であった

だが、便利なものは便利なので、乗っているに過ぎない

本来ならば運転どころか、乗る事さえいやなのだ

出来る事ならば、ずっと自室に居続けたかったのだ

そんな彼に"外"への興味を持たせたのが、シンであり、メティスだった

情報屋として暴力団に利用されるだけの状況から助けてくれた二人こそ、A・Dにとっての救いの神であり、初めて出来た親友なのだ

だからこそ、彼らには、全幅の信頼が置ける

まぁ、大事な大事な機器を棄てる事だけは許されないが









































シンは来た道と同じ道を運転しながら、来たときと同じように火をつけていないタバコを銜えて不機嫌そうにしていた

後部座席には、5,6人の少年少女が疲れ果てて眠ってしまっている

毎日の戦自から与えられた苦しみ、その中で保ち続けてきた緊張感が、開放と言う自由で一気に緩んだのだろう

バックミラーでその様子をチラリと盗み見て、シンは僅かに笑った

口の端を少しだけ上げ、声も立てず、自分の行った事、自分の信じた末の結果を見て、少しだけ満足げに笑った

「?どうしたんですか?」

隣に座るマナが、問いかける

「いや、なんでもない。」

あっさりとそう答えて、再び不機嫌そうに運転に集中する

「ホントに、運転嫌いなんですね?」

「ああ。つまらん。」

本当に、シンは車の運転が嫌いだった

狭い車内で座り続けているのが嫌いだった

シートベルトで固定されるのが嫌いだった

なにより、"走ったほうが速い"というのが最も嫌いな点だった

流石にスポーツカーにはかなわないが、彼が【LevelU】で全力疾走すれば、軽く100km/hはでる

そして、彼は車と違って車道だけでなく、山道も河も、あるいは屋根の上も走ることができるのだ

自分の足が、一番信頼が置ける

それを差し置いて、他の足、あるいはタイヤに頼るのは、自分に対する裏切りだととらえているのだ

だからこそ、彼は運転が嫌いだった

「お前は寝てなくていいのか?」

気分を紛らわせるためか、それともただ単に暇なだけなのか、シンはマナに問いかけた

急に声を掛けられ――今まで運転中に声をかけるのはいつも自分だったから――マナは一瞬ひるんだが、すぐに答えた

「はい、なんとなく、落ち着かなくて。」

そういって、左腕の時計を撫でる

来るときは一つしかなかった友情の証

帰りは、三つに増えていた

「そうか。」

その様子をチラリと見て、シンは押し黙った

此処2,3日で、彼女を取り巻く環境はめまぐるしく変化している

大切な仲間も、失っている

今は落ち着かせるのが先決であり、早々に傷口をえぐるような事はしてはいけない

そう思ったのだ

その気使いに気づいたマナは、小さくクスリと笑った

会ってまだ数日の男だが、彼の不器用なそれでいて心温まる優しさが、妙に"彼らしく"感じたからだ

「・・・なんだ?」

「いーえ、何でもありません。」

クスクスと笑いながら、マナは答える

笑顔に満ち溢れ、とても楽しそうに笑った

対照的にシンはマナの笑みが自分を元にしたものだと気づき、自分が笑われたような気がしたのか、少し不機嫌になった

馬鹿にされたとでも思ったのだろうが、子供相手にかなり大人気ない

尤も、彼は戸籍上も事実上も17歳であり、半年後にようやく結婚の出来る18歳になる(戸籍上の)誕生日を迎えるのだが

よって彼も社会的に見れば未だ子供、成人前の子供であり、彼が望めば高校に通っていてもおかしくないのである

「そういえば、シンさんって何歳なんですか?」

マナが思い出したように聞いた

自分のことは多く話したのに、シン達のことは何も知らないな、そう思ったからだ

知っているのは、シンとメティスが互いに唯一であり、A・Dが二人の友人である事だ

「何しろ記憶喪失だからな、正確な年齢は知らない。戸籍では、今年で18になるな。」

「じゅーはち!?」

さも驚いたように、マナはシンに問いただす

「そうだが、それがどうかしたか?」

「18だったら私と殆ど違わないじゃないですか!それなのに人をガキだガキだと何度も何度も!!」

マナは散々子ども扱いされた事に怒り心頭のようだ

「あぁ?言ってるだろ、俺にとっちゃ15以下は全部ガキなんだよ。」

「あと三ヶ月もすれば私だって15です!!」

以下だって言ってるだろうに、とシンは内心毒づく

「てことはなんですか?今は17?三つしか違わないのに人を子ども扱いして!!」

やはり文句の原点はそこなようだ

「はっ、俺は就職して自立しているからな。15って言えば、まだ中坊だ。就職もして無い学生が大人ぶるな。」

「私は学生じゃありません。」

就職云々の前に、軍人だった

今ではその前に"元"が付く脱走兵だが

ちなみに、マナを筆頭とした少年少女兵はA・Dの情報操作で全員死亡という事になっている

富士青木ヶ原樹海秘密基地の通信ログをたどり、偽の報告を送っておいたのだ

ちなみに、基地を襲撃したのもいまや悪の代名詞と成り果てた"SEELE"という事になっている

シンの立てた筋書きでは、"SEELEが日本の新兵器の操縦者を訓練している基地を遅い日本政府介入の足がかりにしようとした"という事になっている

欧米を中心として世界を支配していたSEELEはその役目をNERVに奪われ、今や世界中で犯罪者の汚名を被っている

彼らも世界経済の発展と安定に一役かっていた面もあるため、一概に悪者とはいえないのだが

結局のところはNERVの誇るMAGIの情報操作によりすべての悪事を押し付けられたわけだが、当然シンがそれを知るはずも無い

『どうせ悪者扱いされてるから一つ二つ悪事が増えたとしても問題ないだろう』と言うのがシンの考えだったりする

SEELEにとっては迷惑極まりない話しだ

話しを戻すが、シンとマナの言い合いだ

「じゃあ、言ってやろう。考え方が未熟で、幼稚である事。それに、自分が子供である事を認めない時点でまだ子供だ。つまりお前は子供だ。」

「くっ、ああ言えばこう言いますね。」

「ガキに言い負かされる事は無い。」

「またガキって言いましたねっ!!」

「何度でも言ってやろう。そこまで反応している時点で、お前はガキだ。」

微妙に二人とも楽しそうなのは何故だろうか

あれほど悲しげだったマナが言い合いをするほど元気を取り戻している

シンなりの励まし方なのかもしれない

「大体ガキは煩くて堪らない。少しぐらいは、文字通り"大人しく"していろ。」

・・・・・単に素で言い合っているだけかもしれない









































夜通し運転を続け、一向はようやく【なんでも屋 十六夜】の貸しビルの前に辿り着いた

寝ている者達を起し、ビル内に入るよう指示を出す

シンが乗っていなかった方の車の助手席では、静かにメティスが寝息を立てていた

目に隈を作った運転していた少年にさっさと寝るよう言い渡し、シンはメティスを抱きかかえる

疲労のため完全に寝いているメティスは、抱きかかえた程度では起きはしない

先程の少年があけたことで閉じ始めていたドアに蹴りを入れて再び開く

そのまま二階のメティスの私室へと向かい、片手でドアを空けようとする

片手で何とかメティスを支えようとしたが、バランスを崩すシン

そんな時、無意識だろうがメティスは寝入ったままシンの首に腕を回し、自らの身体を支えた

自分の胸に顔を埋め、寝息を立てるメティスを見入り、シンは愛らしさと共に、申し訳なさを感じていた

目を細め、一度メティスの顔を見てから、部屋に入りベッドにメティスを寝かせる

手入れの行き届いた長髪をさっりと撫でてから、シンは部屋を後にした

一階に降りてくるとリビングの床やソファーの上で少年少女が思い思いに寝転がっていた

どうやらA・Dに案内されて部屋に入ったらしい

そのA・Dだが、何故かテーブルの上で丸まって寝ている

木製の堅いテーブルの上でだ

起きた時にはさぞや身体を痛めていることだろう

そんなA・Dには目もくれず、シンは身体を寄せ合い眠りについている子供達を見て微笑ましげに笑う

全員が何も羽織らずに眠ってはいるが、未だ四季の戻らぬ日本で風邪を引くことも無いだろうとシンは判断した

余談だが、サードインパクトの影響か、それともフォースインパクトの影響かはわからないが、環境はセカンドインパクト以前のそれに戻りつつある

とはいっても、完全に元に戻るまでには何十年も掛かるらしいが

取り敢えずシンは入り口付近の壁で空調を制御し、念のため、風邪を引かないような快適な空調にしておく

「・・・・・」

自分だけ起きているのも嫌なのか、部屋を出て二階の寝室へと向かう

荒事を専門としているシンでも、流石に今夜の仕事は大変だった

【LevelU】も使用し、体力も消耗している

嫌いな運転もして、精神的にも疲れていた

二階の自室で寝ようと、階段を上ろうとしたとき、不意に玄関のドアが開いた

こんな夜中に、無断で進入してくる人物の心当たりは、心底嫌だったが、シンは一人だけ知っていた

知っている、とはいっても名前は知らない

その女は決して本名を名乗らないし、A・Dの情報網にも本名は引っかからない

知っているのは二つ名だけだ

【極東の魔女】、【奇術師】、【魔法使い】

例を挙げるのならこの三つだが、本人が呼ばれて答えるのがこの三つだけなのだ

何しろ本名がわからないので、皆好き勝手に呼んでいる

「こんばんわ。」

「・・・・・・なに?」

シンはさも嫌そうに顔を顰め、女を出迎えた

「はい、これお土産。」

女は小脇に抱えていた薄い箱をシンに手渡す

「生八つ橋?」

紙製の箱の蓋にはそんな文字が書かれていた

「この前から久しぶりに実家に帰っててね、それ、お土産ね。」

「・・・どーも。」

貰える物なら貰っておくシンだが、正直この女からは物を貰いたくはなかった

特に食べ物のもらい物は好ましくない

手料理だといって持ってきたものを食べたときは、腹痛で三日寝込んだ

以前旅行の土産だといってもらったものには、女が調合した薬が盛られていた

「薬盛って無いでしょうね?」

疑い深く、女と生八橋の箱を交互に見る

盛られても、それは盛られたことに気づかなかった自分の責任でもあるのだが、この女の作る薬は巧妙すぎるのだ

シンは何も女が年上だから敬語(もどき)を使っているわけではない

女が"自分より強い"から、敬語(もどき)を使っているのだ

日常でも何かとシンの予想の斜め上を行き、戦闘になれば無敵、それがこの女だ

「盛ってないって。私を信じなさい。」

「そう言った、前の奴には下剤が入ってましたが?」

シンの冷め切った視線に、女は「アハハ」頭をかいて誤魔化す

「それにしても、ここの所見ないと思ったら、実家に帰省してたのか。」

はぁ、と溜息をつき、「もっと実家にいてくれたら平和なのだが」と内心だけで思う

もし口に出そう物なら、取り敢えず拳が飛んでくる

「そぅ。京都なのよ、実家。」

だから八つ橋、と女は少女のように無垢な笑みを見せる

「じゃ、用事が済んだなら帰ってください。」

話しは終わりだ、とばかりにシンが言い放つ

視線が「帰れ、帰れ」と連呼しているようだ

「もうちょっといいでしょ?」

「だめです。もう寝る。だから帰ってください。」

シンは身を持って知っている

女を家に招く事が、どれほど危険な事かを

そう、あれは一ヶ月前

昼時にやってきた女は、手料理をご馳走すると言い張って、やめろと言うシンの制止も聞かずに、キッチンを"爆破"した

おそらくガス爆発なのだろうが、おかげで業者を呼んでキッチンを改装する羽目になったのだ

新しく使いやすいキッチンにメティスは喜んだが、シンはどうしても納得できない

野菜を炒めていて、どうやったら爆発するのかを、だ

「ねぇ、いいじゃない。ほら、お客さん一杯いるみたいだし。」

女はこのビルにいつもより人がいることを気配で知っていた

「依頼人がいるだけ。寝るから、帰れ。」

女のペースに乗ってはいけない

多少暴言を吐こうが、女が帰ってくれるのなら御の字だ

「つれないわねぇ、ちょっとだけ、ね?ね?」

「いいから、はよ帰れ。」

そう言って、シンは一つの妙案を思いついた

女が決して名乗らぬ事を利用して

「名前を教えるなら。教える気が無いのなら帰れ。」

それは実益を踏まえた条件でもあった

この業界、主に裏社会と呼ばれる業界だが、その業界では女の名は誰にも知られていない

表に出ているかは判らないが、少なくとも表の情報関係には名前が出ていない

この目の前の女ほどの実力と実績があれば、名前という未確認情報一つで大金を稼げるのだ

A・Dと提携して情報を流せばかなりの儲けに成るのは間違いない

だが、シンにしてみればこの実益もおまけに過ぎない

純粋に、その名前に興味があった

「ん、私の名前?言ってなかったっけ?」

「ああ、誰も知らない。」

はて、と首をかしげた女に、シンは無表情で答える

「ユイって言うんだけど、そっか、言ってなかったっけ。」

シンは唖然とした

なんとこの女、"名前を隠していた"のではなく"名乗り忘れて"いやがったのだ

何とも悪質、そして礼儀知らず

「じゃ、名前言ったからあがらせてもらうね〜♪」

呆然と立ち尽くすシンの脇を抜け、女・ユイはとっとと中に入っていった

「(ああ、もういいや、寝よ。)」

どうしようもないやりきれなさを感じ、シンはユイへの対応を放棄した

朝になってどうなっていようが知ったことではない

もうどうでもいい、疲れたから寝る

シンの出した結論は、それだった

現実逃避とも言う









































翌日

10時を過ぎた辺りでようやく起きて来たシンを迎えたのは、メティスの作った朝食だった

シンの好みに合わせ和食で統一された朝食は、実にうまそうである

ズズズッと味噌汁をすすり、シンは思い出したように口を開いた

「あの人はどうした?」

「?誰の事ですか?」

幾ら唯一の相互関係にあろうと、それだけで判るはずが無い

シンは自分の安直さを窘め、言い直す

「ユイ、極東の魔女。」

「魔法使いさんでしたら朝食を食べてからお帰りになりましたが・・・。あの方、ユイさんと仰るのですか?」

シンが差し出した茶碗におかわりのご飯を盛りながら、メティスは答える

塩鮭を突きつつ、シンは頷く

「名乗り忘れてたそうだ。A・Dと組んで情報を売ったら幾らになると思う?」

「さぁ、私はそういったことは詳しくありませんので。」

「それもそうだな。A・Dに聞いてみよう。」

二人とも、勝手に他人の個人情報を売りさばくのに嫌悪感は無いようだ

元々、二人の個人情報自体が高額で取引されているのだ

自分が売られていれば他人のなど頓着する必要も無い、そう判断したのだろう

早々におかわりしたご飯を食べ終え、最後に緑茶を飲むと、シンはご馳走様と言って立ち上がる

「ガキ共は?」

「たぶん事務所のほうにいると思いますよ。」

そうか、と答え、シンは事務所に向かう

シンが事務所に入ると、A・Dを含めた全員がそこに揃っていた

A・Dはシンがいつも使っている椅子に座ってウトウトとしているが、大して問題は無い

問答無用でA・Dを椅子から蹴り落とし、床に突っ伏したその姿に一瞥もくれずに子供達に視線を向ける

「さて、ガキ共。報酬の話しをしようか?」

「ほ、報酬?」

お互いに顔を見合わせたり、唖然とする子供達の中で、比較的シンに慣れているマナが鸚鵡返しのように言葉を返した

「なに間の抜けた顔してるんだ。【なんでも屋 十六夜】は仕事の内容に合わせて報酬額が変動する。」

「って、聞いてませんよ!そんな事!!」

「なんだ?知らなかったのか?」

マナ達がシンやメティス、A・Dが暮らす裏社会のことなど知るはずも無い

「こっちは仕事をしたんだ。報酬を払うのは当然だろう?」

今時ただで仕事をする馬鹿などいない、とばかりにシンは呆れたような表情と共に溜息を一つつく

「そ、それで・・・・・幾らなんですか?」

「そうだな。今回の仕事は、経験上から言ってランクはB+。一人当たり100万ってトコかな。」

「ひゃ、100万円!?」

一人当たり100万円とすると、子供達全員分を合わせれば1000万を超える

「ん?A・D。こんなもんだと思うが、おかしいか?」

「ええんちゃうか?てか、安い方やろ、これやと。」

A・Dはようやく起き上がり、恨みがましい視線を真に送った後、蹴られたわき腹をさすりつつ答えた

「嬢ちゃん。シンのあんさんやから一人100万で済むんやで?高いトコ行ったら一人500万はとられるさかいな。」

「ご、500万・・・・・。」

マナは驚きのあまり言葉が続かない

それもそうだ、彼女らはほぼ一文無し

持っている財産と言えば、今身に付けている物だけだ

そんな状態で、一人100万など払えるはずも無い

「住む所と仕事ぐらい斡旋してやるよ。ま、そっちは別料金で加算するがな。」

金利は無しにしといてやる、とシンは欠伸交じりに言い放つ

「仕事・・・」

仕事といわれ、マナが最初に思いついたのもの

それは、初めてシンと出合ったとき、初めて背負われたときに会った女性のことだ

曰く、『あいつは・・・・・そうだな、売春やってる、と言えばわかるか?』

シンの言葉が延々と脳内に響き渡る

そして、想像

お金のために、と男(何故か脳内で配役はシンとなっていた)に身体を開く自分

顔を真っ赤に染め、両手で頬を押さえ、想像改め妄想を振り払う

「なにやってんだ?」

「な、なんでもないでしゅひょ!!」

よほど混乱していたのか、最後の方はかんでいた

「?まぁ、いい。」

最初から興味が無かったかのように、あっさりと話題を変えるシン

それはそれで嫌だなと思うマナ

乙女心は複雑なのである

「あーっとだな、今すぐ仕事したい奴には仕事紹介してやるし、学校行って就職してから払いたいって奴は支払いは待ってやる。」

「あの、良いですか?」

一人の少女が、ご丁寧にも手を上げて質問する

「ん?」

「学校って、どういう事ですか?」

「あぁ?学校は学校だろ?」

どうして学校と言う単語が出てきたのかわからない少女と、学校も知らないのかと聞き返すシン

微妙に会話が繋がっていない

「嬢ちゃんら、14か15歳やろ?」

会話に割ってはいるA・D

未だに蹴られたわき腹をさすっている姿は哀愁を誘う

コクリと頷く少女に、A・Dは満足げに頷く

「せやったら中学校やな。中学までは義務教育やで?いかなあかんて。」

「引きこもりが何言ってやがる。」

「ちゃう!わいは不登校児やってん!引きこもりとはちゃうねん!!」

シンの言葉に過剰な反応をみせるA・D

何か譲れないものでもあるのだろうか

「なにか違うのか?」

「大違いや!それこそ洋式と和式の便器ぐらい違うわ!!」

「本質はどっちも便器だろ。つーか、何でたとえが便器?」

「えぇい!そないな事どうでもええねん!!」

突っ込みどころの多いA・Dの台詞に、シンはホトホト呆れ気味だ

「さて、馬鹿は放っておいて話しの続きをするぞ。」

誰が馬鹿やねん、と勇猛果敢にシンに向かっていったA・Dだったが、鳩尾を一突きされて沈黙した

随分と貧弱な勇猛果敢である

「あのな、学校出といた方が良い職にありつけるんだよ。その方が給料も高い。」

「で、でも・・・・・行けるんですか?学校。」

問題はあるだろうに

脱走兵である事とか、戸籍とか

「戸籍とか情報はこっちでいじっといてやる。A・Dがやるから問題ない。」

「ワイがやるんか!?」

聞いてないことを言われ、A・Dが絶叫するが、テンプルを見事に右フックで打ち抜かれ沈黙

「学校行きたい奴は、学校行け。行きたくない奴は働け。支度用の金ぐらい貸してやるよ。」

「あの、良いんですか?そんな、悠長にしてて。」

一人の少年が聞く

おそらく彼の中では、金を貸した者の取立ては強引にすばやく、と言うイメージが確立しているのだろう

主に家の戸をドンドンと毎日叩いて怒声を上げるような感じのイメージで

「あ?別に金には困ってねぇし。俺も仕事すりゃいいだけだし。」

シンにとって、そしてメティスにとっても、金は生きるための手段に過ぎず、目的ではないのだ

金儲けが目的で危険な【なんでも屋】をやっているわけではない

尤も、これと言って目的があるわけでも無いが

「俺はお前ら家調達してくるから、なるべく早くどっちにするか決めておけ。」

困惑する子供達を残したまま、シンは出て行ってしまった

向かうのは勿論、顔なじみの不動産屋のオバちゃんのところだ









































シンがマナ達のために借りてきた住居は、シンとメティスの住む家から歩いて3分ほどのところにあった

元々はマンションだったらしいが、壊れかけていたため建て直したばかりだそうだ

「取り敢えず、一階と二階がお前たちの部屋だ。一階が5部屋、2階が6部屋な。適当に住む部屋を決めろ。」

シンは投げやりにそういうと、一人ずつ茶封筒を渡していく

「まずは一ヶ月の生活資金だ。その中に家賃も入ってるから、大家には自分で払え。A・Dが口座作っておくから、次からは家賃と生活費はそこから下ろすこと。わかったか?」

はいっと全員揃って答える子供達

軍人としての訓練を受けていただけあって、返事は確りとしたものだ

「家賃は一月3万5千。生活費は一人3万で。節約すれば何とかなるだろ。足りなきゃ俺のところに来い。間違っても、金融業者から借りたりするなよ?容赦なく内蔵売り払われるからな。」

インパクト後の混迷に乗じて、金融業者の容赦は無くなってしまっている

世の中はとても物騒になっているのだ

「それ、と。あー、後なんかあったか?」

隣のメティスに訪ねるシン

「生活用品のことについてが残っていると思いますが。」

「ああ、そうだった。部屋の中には今何も入ってない。これから知り合いの業者を紹介してやるから、自分好みのものを買え。ちなみに、その料金分の6万を封筒の中に入れてある。封筒中には10万以上入ってるから、絶対盗まれたり落としたりしない事。以上、何か質問はあるか?」

「はい。」

少年が手を上げる

「どうしてここまでしてくれるんですか?」

「仕事にゃアフターサービスってのは付き物なんだよ。勿論、家賃と生活費の5割はは借金にプラスするぞ。」

「どうして5割なんですか?」

今度は少女が尋ねる

「お前な、学校卒業して就職するまで幾ら掛かると思ってるんだ。全額合わせたら今お前らが抱えてる100万の借金なんざ屁でもねぇぞ。」

子供が育つためにはお金が掛かるのである

特に教育にはお金が掛かる

入学金や授業料は馬鹿に出来ない金額である事が多い

「ちなみに、俺とメティスが保護者って事になってるから、覚えておくよーに。」

そう言って、シンは話しを締めくくった。









































マナを合わせて、脱走した子供達の人数は11名

内、5名が男子で、6名が女子

3名の男子と2名の女子が就職を希望し、残りは揃って最寄の中学校に入学した

男子の三人はそれぞれシンの紹介した仕事で自分にあったものを選び、それぞれ就職

それが大工であったり、工事業者であったりと力仕事が主であるのは軍人として身体を鍛えてきたゆえであろう

女子の一人はA・Dのところに助手として派遣された

暗い部屋の中で一人鬱々と仕事に励んでいたA・Dは仕事場に花が出来たと喜んでいたそうだ

そして最後の一人の女子、霧島マナの就職先は【なんでも屋 十六夜】だった

社長(所長?)であるシンの助手役を務めるらしい

後方支援が主なメティスとは違い、主にシンと共に仕事に出かける事が多くなるとの事

依頼を頼み、皆に借金を作ってしまったと言う負い目でもあるのか、給料から皆におごったりしているらしいが、それも一回で止めた

皆容赦なく食べていくので、金欠で困った事になるらしい

ちなみに、就職組みに家賃・生活費はシンから給与されていない

自分で稼げる奴は自分で何とかしろ、と言うのがシンの言い分らしい

通学組みは初めてかよう"普通"の学校に緊張していたようであり、教師に対して"教官"という厳しいイメージを抱いていたが、2、3日も通えばそれも払拭されたようだ

勉学に励むなり、部活で活躍するなり、学生生活を満喫している

中には入学(書類上は転入という事になっている)1ヶ月で恋人を作った強者もいたらしい

彼らは伊達に約10年の生活を共にしてきたわけではない

その連帯感、チームワークは抜群であり、助け合って生活している

何人か集まって食事をするなど日常茶飯事であるし、洗濯・食事の準備は当番制で順番にやっている

一人部屋というものになれないのか、誰かの家で寝泊りする事も多いらしい

彼らは彼らなりに、"軍隊の外"と言う世界に順応しようと努力しているのだ

まぁ、時々ヘマもやらかすが、それは些細な問題である事が多い

そんな仲間の一人であるマナは、今日もシンの助手として仕事に励んでいた

「今日はどんな仕事なんですか?」

「あ〜、ボディーガードだとよ。」

面倒そうにシンが答える

「どこかのお嬢様とか?」

「ばーか、そういう金持ってる奴にはちゃんとお抱えのボディーガードがいるんだよ。一流のな。」

苦笑しつつ、シンが言う

「じゃあ、今日の依頼人は?」

「ヤクザの次男坊。他の組の島荒らしちまって、親父が話しつけるまで守ってくれだとよ。」

「面白みにかける上に、面倒な仕事ですねぇ。」

マナには今日のシンのやる気の無さの理由が理解できたようだった

「金払いはいいんだよ。ま、敵なんかこねぇから安心してろ。」

少しつまらなそうに、すねたようなマナの髪をシンが撫でる

少し気恥ずかしそうに、マナは不思議そうに首をかしげた

「どうして敵が来ないってわかるんですか?」

「島を荒らされた方の組に、俺の方から連絡しといた。以前その組から依頼を受けたことがあってな、向こうも俺の実力を知ってる。」

その言葉に、マナは納得したように手をポンッと叩いた

「余計な争いはやめにして、無難なところで手を打って置こうって事ですね。」

「そういう事だ。情報提供料も貰えるしな。いいか?馬鹿正直に依頼全部受けるだけじゃ駄目だ。そんなんじゃ、周りに敵を作るだけだからな。うまく立ち回らないと孤立化して、潰されちまうからぞ。」

「はい、勉強になります。」

興味深げに、マナは何度も頷く

「物分りがいいな。よし、ご褒美だ。」

「キャァァァァァァァァ!!!」











To be continued...


(あとがき)

随分間が空きました、麒麟です
Capriccio、第五曲をお送りしました。
五話目ですね。
あぁ・・・・・・・・・・・随分と間が空いてしまった。
せっかく毎日投稿してたのに、行き成りの一ヶ月ブランク、猛省します。
体調を崩したことをきっかけに、大学が忙しくなってしまい、執筆時間が取れなくなってしまっていました。
えーと、第五話ですが、子供達の身の振り方でした。
A・Dの過去が少し出てきたり、ユイが出てきたりと色々ありましたが、メインは子供達です。
マナはめでたく【なんでも屋 十六夜】に入社しましたし、住居も手に入れました。
アフターサービスだのなんだの言ってますが、うちのシン君は世話焼きさんです。
シン本人は知りませんが、ありえないほど悲惨な少年期を過ごしていますので、子供には幸せになってもらいたいようです。
えっと、本文で出たメティスが後方支援と言うのは、よっぽどの事で無いと仕事についていかないという意味合いを含んでいます。
彼女はシンの家を守っているのですね。後は仕事中に緊急の情報を伝えたりするくらいです。普段は家で掃除したり買い物に言ったりしてます。普通に主婦業を楽しんでますね、この人。
カップリング希望があればメールください。多いキャラになるやも知れません
感想もらえると凄く嬉しいです。(ちなみに掲示板よりメールの方が執筆スピードがアップします。戯言ですが。)



(ながちゃん@管理人のコメント)

麒麟様より「Capriccio」の第五曲を頂きました。お久しぶりです(いえいえ、これが正常では?)。
さて、今回無事に子供たちの救出に成功しました。・・・有料で(笑)。
助けた子供たちの面倒もキチンと看ました。・・・有料で(笑)。
まあ、これがシンなりの優しさというものなのでしょうが・・・。
結局、マナはシンの会社に残ったわけだし、四六時中いつも一緒・・・これで益々LMSに磨きが掛かりますね。
───え?ココにきてカップリングの募集ですか?
LM(メティス&マナ)Sだけでは飽き足らず、ハーレム計画を進めるということでしょうか?
まあ、それはそれで男の浪漫ですが♪
あと、ユイ・・・謎の女性が登場しましたね。もしかしてあの"ユイ"なのでしょうか?(しかもシンより強いとは・・・)
もしそうだとしたら、記憶があるかどうか(シン=シンジと認識しているのかどうか)気になるところですね。
まさか同名の別人・・・ってオチではないでしょうし(笑)。
で、最後に訊きますが、・・・物分りがいいマナ(15歳未満)に、シンは何のご褒美をあげたのでしょうか?
何かすんごく気になるんですけど・・・。まさかシン、ケダモノの本領を発揮したとか?(笑)
さあ、次話を心待ちにしましょう♪
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