Capriccio

第九曲 〜黒狼と紫苑、そして「染み出す狂気」〜

presented by 麒麟様


 

 

 

 

 

 

モニターの中で高らかと哄笑するシン

そんな彼の姿、あるいは狂気に気圧され、だれもが口を噤んでいた

こういったときに口を開くのは、いつも同じ男だ

いつもは沈黙を常としている割に、無駄に威圧感を撒き散らす男

六分儀ゲンドウ

どう見ても悪役面、あるいは悪の首領面、どちらでも同じだが、とにかく見かけだけでも悪人のように見える男は、静かなそれでいて相手を押し潰すかのような迫力を込めた声音を紡ぎ出す

「この男の個人データは。」

尋ねるわけではない、これは命令だ

NERVという今や世界を支配しつつある組織、今現在存続が危ぶまれている組織の総司令官として、彼は自らの配下に命令を下す

その様は王政時代の国王君主のようにも見えるが、風評と容姿を加えるなら、どう考えても暴君である

「戸籍データが存在しました。『帰還者』として登録されています。」

リツコの報告の声に、人知れず唸り声を上げたのは、少しなりとも世界の暗部を知る諜報部部長だった

彼は世界の裏側、闇社会の者の中でもシンのような能力を持つ者たちは総じて戸籍を持っていないことが多いことを知っていたからだ

それが元から戸籍が無かったり、自らの死を偽装したり、情報を改竄したりと様々だが、個人情報がその身を危ぶませる事が多い事を知っている故に、世界の裏で生きる者達は戸籍を持たない

その裏で生きるシンが、戸籍を持っている

そのことに、彼は驚きを僅かなりとも漏らしたのだ

彼の想像した可能性は二つだ

シンが無知な馬鹿であるか、相当の実力者であるかだ

裏社会でも最高位の実力があれば、戸籍などあろうが無かろうがお構いなしである

そして彼は先ほどの情報から、その想像の後者こそが正しいと判断した

そして理解した

自分は、NERVは敵に回してはいけない者を敵に回してしまったのだと

チラリと横に座る保安部部長の加持を見るが、彼はそのことに気が付いているのいないのか、シンと同じくモニターに移る美女、メティスに見惚れている

この男は駄目だ、と容赦のないことを内心思い、彼は願った

早く、早くこの会議が終わることを

彼はこの組織の長である六分儀ゲンドウが、どのような男であるかをよく知っていた

必ずといって良いほど、この男はシンと敵対するであろうことが、容易く想像できた

シンの要求を呑まぬことが、それこそ常識のように知っていた

ならばどうするべきか

そんな事は決まっている

逃げるしかない

一刻も早くこのNERV本部から、ジオフロントから、第三新東京市から逃げるべきだ

それ以外に助かる道はない

敵対すれば容赦なく殺される

理想がどうとか言って銃を取った人民解放軍とか言う奴らのように、首を折られ眼を穿たれ喉笛を切り裂かれたくはない

逃げる以外に、生き延びる方法はない

彼は彼自身が持つパイプライン、国連とのラインを思い浮かべ、自らが助かる道を模索した

自分の知るNERVの暗部の情報と引き換えならば、生き残る事も、今後の生活も保障されるだろうと、想像した

会議を他所に、彼は裏切る算段と、逃走経路だけを考えていた

組織の一員、それも幹部としては彼の思考は褒められたものではない

だが、生物としては間違ってはいない

いや、言ってしまえば人間としても間違ってはいないのである

人間誰しも、極限状態に陥れば、他人より自分の命を優先する

眼前に肉食動物がいる状態で、群れていない草食動物は逃げる以外の対抗手段を持たないのだ

生き延びる事だけを考えれば、彼の判断は正しく、後に彼が国連との司法取引で生き延びた事からも、それは証明される

彼は、人生最大の危機から、逃げ延びたのだ

 

 

閑話休題

 

 

人知れず裏切りの算段をたてる諜報部部長に気づきもせず、リツコは調べたシンのデータを朗々と読み上げる

「データはその場で計測したものが多く、特筆すべきは彼が記憶喪失である、という事です。」

「記憶喪失?」

冬月の声に、リツコは静かに頷いた

「戸籍登録以前、“帰還する前”の記憶がない、との事です。」

つまりは、シンの過去を探る手がかりが無くなったという事でもある

過去をたどれば、それなりにその人物の弱みも見えてくる

だが、本人でさえその“過去”を知らず、どんな弱みを持っていたかさえわからない

あまつさえ、シンは帰還後は共に在ったメティスと行動を共にしている

その事は、NERVも知ってはいるが、ただそれだけだ

シンの親族や友人、保護する者はいない

そして最も親しいと思われるメティスでさえ、NERVはその居場所を掴んではいないのだ

実際は第三新東京市内にいるのだが………

「ですが………、先ほど司令の執務机から採取した指紋を調べたところ………」

ゴクリとリツコは唾を飲んで、次の言葉を紡ぎ出す

その様はまるで信じがたいことを無理にでも信じなければいけない、そんな様子だった

「行方不明中のサードチルドレン、碇シンジの指紋と一致しました。」

「「「「「なっ!?」」」」」

誰もがその信じがたい事実に驚愕した

それも仕方がないといえよう

彼らは、サードチルドレン、碇シンジを知っている

EVANGELION初号機パイロット

三番目の適格者

人類補完計画のトリガー

そして、NERV総司令、六分儀ゲンドウの実子

「あいつがシンちゃんだってぇの!?そんなわけないでしょ!?」

最初に口を開き、喧しい言葉を発したのは、やはり葛城ミサト

信じられないのは当然だ

碇シンジの性格と、十六夜シンの性格は似ても似つかない

碇シンジは内向的であり、内罰的、優柔不断、そんな脆く、儚げな印象が強い

だが、十六夜シンはどうだろう

攻撃的であり、その様はまさに野生の獣

誰かを傷つけるくらいなら自分が傷ついた方が良い

そう言った碇シンジとはまさに正反対だ

シンは自分や自分の周りの者が傷つくぐらいなら、その前に外敵を排除する

「人の性格なんてきっかけさえあれば変わるものよ。何しろ、彼はサードインパクトを体験したのだから。」

リツコの冷やかなその一言には、ミサトは返す言葉を持ち合わせてはいなかった

全ての生命が停滞し、何者も歩む事の無かったサードインパクトによる三年間の空白

人類はその空白を生めるため、三年という長い時間を元から“無かったモノ”とした

暦にさえ影響を与えたサードインパクト

それを中心となって体験した碇シンジはどう感じただろうか

この場にいる者の全てが、セカンドインパクトを体験している

監視カメラやセンサーからのデータで、サードインパクトの影響はそれ以上のものだという事が判明している

かつては地獄だと思ったセカンドインパクト後の世界

彼らには、地獄以上の煉獄を想像する事はできなかった

「戸籍上、彼の年齢は17歳。そして空白の三年間を足せば、サードチルドレンの年齢も17歳。」

パズルのピースが埋まるかのように、真実が姿を現す

それはあたかも、NERV上層部という道化を嘲笑うかの様に

「もし、サードチルドレンが空白の三年間を生き延びているとしたら。たった一人その時間を体感していると仮定したら。」

此処に、碇シンジ=十六夜シンの等式が、成立した

淡々と報告していたリツコの表情は、いつしか愉悦に歪んでいた

知りたい

飽くなき知識欲

それが今のリツコを突き動かす感情だ

彼女は、実のところNERVに所属したい、辞めたくないという感情は持ち合わせていない

サードインパクトを期に、そういった感情は全て失っていた

何しろ、愛人であったゲンドウ自身に、一度は銃殺されているのだ

その影響か、彼女は愛と言うモノに興味を失った

そしてゲンドウを通して、NERVにも価値を見出さなくなった

彼女が今現在NERVに所属しているのは、そこが研究するために設備が整っているから、そんな理由からである

設備さえ整えば、日本政府だろうが国連だろうが、所属するところはどこでも良い

そう思ってさえいた

リツコは知りたかった

人類が誰も知りえぬ空白の三年間がどのようなものであったのか

いかにして人類は、生命は再び世界に復活したのか

如何して覚醒者なる者が登場したのか

何故、何故、何故

疑問は尽きない

それは科学者としての探究心であり、人間としての本能でもあった

より多くの知識を

より深き真実を

世界の真理が知りたい

それが、その一種純粋ですらある想いがリツコを突き動かすのだ

説明しながらも、リツコの灰色の脳は高速活動を続ける

既にNERVはチェックメイトA−801を受けている

日本政府どころか、国連が敵だ

巻き返しなどありえるはずがない

自他共に認める優秀なリツコの頭脳は、至極あっさりと結論を出す

NERVを切り捨てた方が得策だ

そして、サードチルドレン、いや十六夜シンから少しでも多くの情報を得る

知識欲に押され、今では僅かになりつつある憎しみの炎

それでもなお燻り続けたゲンドウへの憎しみの火が、今燃え立つ

自分を利用するだけ利用して、裏切ったのは向こうが先だ

因果応報、自業自得

今度は此方が裏切る番

「(そうでしょう?六分儀司令?)」

憎しみと言う最高の甘露に浸り、クスリと笑ったリツコは、何処までも妖艶であった

銃で撃たれた痛みを、覚えている

強姦された痛みを、覚えている

知識欲以外の欲望が、リツコの中で芽生える

「(死刑になるのなら、私にやらせてくれないかしら?)」

そんな空恐ろしいことを考えつつ、外見上は酷く冷静に報告を続ける

攻撃欲、加害欲、破壊欲、障害欲、殺害欲、殺人欲、復讐欲、そして支配欲

自らを長年屈服してきたこの男を、虫けらの様に踏み潰してみたい

そう思った

簡単に殺して墓に埋めたりなんかしない

一寸刻みで切り刻み、自分が開発した新薬を投薬してデータを取るのだ

細胞をクローニングして、幾つもクローン体を作って実験の幅を広げよう

気が済んだらプラズマ処理して細胞の一片すらこの世には残さないのだ

あまりにも愉快な想像をしてしまい、口元が楽しげに歪む

「?リツコ?」

「どうかしたかしら?」

ミサトの呼びかけに、すまし顔で答える

大学時代からのこの友人はこれで何も気づかないのだ

当たり障りだけを見て、物事の真実、その裏、内面までは踏み込めない

ある種の見下しを伴って、リツコはミサトを哀れみさえする

この至高の知識を理解できないなんて、なんて可哀想なのだろう

そう思う

たまに母国語もまともに喋れないのだから、しょうがないか

内心で酷い事を考えて、さらに思う

「(一度頭を開いて脳を見てみたいわね。独特の感覚、特に味覚とか。あと脳の皺を。)」

常人離れした行動を見せる者の脳はどうなっているのか

実に興味深い

「(ミサトのクローンも作ってみようかしら。あぁ、でもクローンがそのままミサトとそっくり同じになるわけじゃないし………やっぱり本人の頭を開くべきかしら。)」

真剣にそんなことを考え出す

既に会議の内容など思考の海の底に沈んでいる

「(はぁ、大怪我でもして植物状態にでもなってくれないかしら。)」

合理的な開頭手術の理由を模索して、溜息をつく

取り敢えずは、会議が終わったら研究室の私物を纏めよう

貴重なデータと命より大切な猫グッズはなんとしてでも死守しなければ

国連なんぞに渡すものですか

フンと意気込み、早く会議を終わらせろよ、とゲンドウを睨む

何とも個人の思惑の蠢く愉快な会議である









































十六夜メティスは車の運転席で合図を待っていた

既にBOX内には大量の武器が貯蔵してある

ジッとしていても体力と精神力を消耗するので、少しでも消耗を抑えようと、彼女は眠ったように動かない

いや、眠ったようにどころか、死んだように、あるいは石になった様に動かない

ハンドルに腕を乗せ、その上に頭を乗せて楽な姿勢をとっている

後部座席で騒いでいる少年達と同じように、極東の魔女特性のボディースーツを着ている

レオタードのように身体にフィットするため、ボディーライン、特に胸や臀部が強調される

尤も、彼女にとって羞恥心は感情の中では比較的低位にランク付けされているので、あまり恥じ入る様子はない

だが、少年達の仲間である少女達の進めもあり、上からローブのようなマントを着ている

適当なものが見当たらなかったので、第三新東京市内に用意した潜伏場所セーフハウスのカーテンを切り取って作成した

メティスは料理、掃除だけでなく裁縫も得意なのだ

身体を動かさないためか、頭はとても活発に働き続ける

主に、『シンは今何をしているだろうか』

そんなことを考えていた

唯一の相互関係、と言うよりは、保護者的な考え方のようにも取れる

遊びに行ったやんちゃな息子を心配する母親、そんな感じで

勿論シンの事だけを心配しているわけではない

マナの事だって心配だ

NERVの水を飲んでおなかを壊してないだろうか、とか

NERVの悪い連中から悪影響を受けていないだろうか、とか

………保護者的な考え方だ

尤も、マナの場合は実際保護者であるのだから、その考え方で正しい………正しいのか?

過保護と言うか、親馬鹿的な考えである

ちなみに、サキは今回同盟は組んでいるが、商売敵でもあるためあまり心配はしていない

元々始めて会った時から気に食わないのだ、あの軽い女は

シンにやたらと気安いサキの顔を想像して、少し苦々しく思った

「(だいたい、商売敵だと言うのに………シンは甘いのです。)」

でも甘くないシンも嫌だ、優しい方が良い

実に理不尽な意見だが、彼女的には真っ当な考えなのだ

乙女チック回路がフル稼働している、と言っても良いだろう

メティスは最近保護した少女達と一緒に、少女マンガを読むと言う新たな趣味を得ている

無駄に高額な仕事が多いため、趣味に掛けられるお金は多い

お勧めの漫画は即買いだ

それでも古本屋で内容をチェックしてから買っている辺りがメティスらしいというか、主婦臭いと言うか

そんなことを考えながら、心地よい静けさに身を預ける

後部座席の少年達は、フルフェイスメットの暑さで死に損ない状態なのだ

「(別に今はずっと被っていなくていいと思う。)」

思うだけで、注意はしてあげないメティス

口を開いて声を出すのにだって、体力は消耗するのだ

第一、億劫だ

外して良い、と言ったら少年達は騒ぎ出すだろう

だったら静かな今のままの方が良いかもしれない

心地よい静けさと、クーラーの効いた運転席は快適だ

「(少々、眠くなってきました………)」

襲い来る睡魔と闘いつつ、メティスは合図を待つ

「(今日の夕飯は焼肉にしましょう。手間が掛からないですし………)」

大勢でする焼肉は、各自が勝手にやいているので、準備する方は手間が掛からなくて楽なのだ

この後の大仕事による疲労を考え、夕飯の献立も考えるメティス

実にのどかと言うか、呑気と言うか

流石はずれた感性の持ち主、メティスである









































【殺し屋】ラル・ゼーファンは酷く落ち着かなかった

別にこれからの仕事に緊張しているわけではない

荒事など日常茶飯事であり、大体からして荒事が仕事だ

既に生活の一部になっているものに対して、如何して緊張を抱こうか

彼が落ち着かない理由はただ一つ、隣に座る女だ

【極東の魔女】、【魔法使い】、【奇術師】

最近になって【ユイ】と言う名が明らかになったが、ラルにとってはその名も眉唾物だった

人“で”遊ぶのが三度の飯より好きな【魔法使い】である

偽名ぐらい遊び半分で名乗りそうなのだ

奇抜な行動で周りを脅かせるユイ

そして、今隣に座っている

さらに彼を悩ませるのが、ユイが“何もしていない”という事だ

実に物静かなもので、緑茶を啜りつつボケッと天井を見上げている

そんな静かな縁側の風景的な様子が、逆に怖い

これから何をするのか予想が全くつかないからだ

まだ何かしていてくれた方がありがたい位である

尤も、何かしていたらしていたで退いてしまうのは火を見るより明らかだが

「(こんなことなら、ゼルと代わって貰えば良かった。)」

車の運転と女の子の相手はちょっと苦手だが、この状況よりはマシだ

彼の今現在の仕事はもしもの為の潜伏場所セーフハウス護衛ガードである

いくつかあるセーフハウスのうち、情報の拠点として用意され、A・Dとロゥルの二人が使用しているこの場を護るのが、今現在の仕事だ

勿論、事が始まればラルもまた“出撃”するが

「ねぇねぇ、チョコレート持ってない?」

クイクイと袖を引っ張り「ギブミーチョコレート」と言い続けているのはロゥルだ

十歳前後という外見とあいまって実に愛らしいのだが………

「さっきからずっと持っていないと言っているのだが………」

何度言っても理解してくれないのだ、このお子様は

「(実は俺に買って来いとか言ってるのか?パシリか、俺は。)」

「チョコレート………」

実に悲しげに俯くロゥル

別に何もしていないのだが、何か悪いことをしてしまった様で心が痛む

「そんなロゥルちゃんのためにチョコを用意しておいたのでした!!」

ガバッと急に立ち上がってユイが叫ぶ

その両手には、ゴッソリとチョコレート

「(用意してたんならサッサと渡してあげろよな………。)」

突然の絶叫にも驚いたが、それ以上に疲れた

視界の端で眠りこけるA・Dが羨ましいと切実に思った

合図があるまで実は暇なので、A・Dは人目も気にせず爆睡しているのだ

「(………酒とかないかなぁ。)」

なんかもう、仕事が嫌になったラルであった









































御鎚楓と椿の双子姉妹はファミレスでお茶をしていた

別にサボっているわけではない

ファミレスの道路を挟んで正面に、第三新東京市内にいくつか点在する保安部の詰め所の一つがあるのだ

合図があり次第詰め所に踏み込むのが彼女たちの役目なのだが

「………椿ちゃん。私もうおなか一杯なんですけど。」

「………楓ちゃん。私もおなか一杯なんですのよ。」

二人はずっと珈琲をお代わりし続けて、ずっとこの店で待機しているのだ

先ほどサキから電話があったとき、どれほど歓喜したことか

やっと珈琲を飲まなくて済む

やっと店員の厳しい視線から逃れられる

だがしかし、その期待はあっさりと崩れ去る

サキからA−801を発令しろ的な電話だったのだが、ファミレスにいる二人にそれはできない

だいたい、A−801を発令するのは日本政府であり、政府への連絡はユイがつけることになっている

期待を裏切られた苦しみは大きかった

さらに言えば、珈琲で何時間も粘る心の痛みだけではないのだ、苦しみは

それは他の客からの視線である

御鎚家は戦国の世から続く武家であり、二人も武家の娘として育ってきた

彼女達の“戦場”へ赴くときに着る“鎧”は見事な和服であった

まぁ、着物であるし、ちゃんと袴も着用済みだ

周りからの視線がそりゃぁもう集まる集まる

だったら着なけりゃいいじゃないか、そう思う人もいるだろう

だが悲しいことに、二人には頭の上がらない人がおり、その人から厳しく言われているのだ

二人の師匠であり、実の祖母なのだが、実に厳しい

言いつけを護らなかったら、勘当どころか、首が飛ぶ

物理的に、ポーンと綺麗な放物線を描いて

祖母には子供の頃から厳しく修行をつけてもらっているので、既に本能的に逆らえないのだ

哀れ双子、暫らく客の視線(主に男)を一身(二身?)に集めてもらたい

まぁ、取り敢えずは

「「こ、珈琲お代わりお願いしますぅ。」」

もう少し待機していてもらいましょう









































ハグハグとそりゃあもう美味しそうにおかわりしたご飯を食べるサキを見守りつつ、マナはマユミと談笑していた

話しの内容は最初マナ自身シンに助けられたことがある、と言うものだったが、それが終わってからはNERVの悪口になっていた

主にマナが言っており、マユミも否定するどころか「そうなんですよ。」と相槌を打つ始末だ

周りにいる職員も。耳が痛いのだが、NERVの外聞の悪さは自覚していることもあって、反論すら出来ない

と言うより、反論する勇気すら出なかった

「随分と仲良しだな。」

青葉を伴ってシンが食堂に再び姿を現した

「えぇ、気が合っちゃって。もうお友達です。」

エヘヘ、と愛らしい笑みを浮かべるマナ

お向かいさんのマユミも、少し照れたように頷いた

「ほぅ、そりゃぁ良かった。」

二人の微笑ましい雰囲気に、自然と微笑を浮かべたシンであったが、その向こうで腕白振りを見せるサキの姿に溜息をつくことになる

既におかずは無く、おかわりした白米だけをひたすら食べ続けている

「サキ……腹を壊すぞ。」

「モグ、その時はその時。」

なんとも嫌な答え、投げやりな答えが返ってくる

都合二度の溜息を吐き、シンはマナの隣に腰を下ろした

「マナ、NERVの奴らの会議がいつ終わるかわからんから、今言っておく。」

急に声量を落として、シンがマナに話しかける

隣にいて、ようやく聞き取れるくらいの声量だ

向かい側に座っているマユミは、耳が良ければ聞き取れるかもしれないが、彼女が知っても大して影響はない

「"もしも"の時は、サキと一緒にいろ。俺には近寄るな。」

「え?どうしてですか?」

事前の打ち合わせでは、三人は常に行動を共にする予定だった

先ほどシンが単独離れたことでさえ、予定外の事なのだ

「右目を見てみろ。」

そう言われ、マナは不自然でないよう、出来るだけさりげなく、シンの右目を見た

一瞬、息が詰まる

普段の自信に満ちた漆黒の瞳は無く、獣のように縦に裂けた狂気が見え隠れする瞳がそこにはあった

それはシンの能力でもある"餓狼"の影響だ

その能力は、ヒトの肉体を獣のそれに変化させる

「地下に降りれば降りるほど、酷くなる。」

マナは、この状態を知っている、説明を受けている

満月、あるいは新月による狂化状態

だが、今は満月でも新月でもなく、あまつさえ夜でもない

では何故

「おそらく、【魔法使い】の言っていた"黒い月"とか言うNERVの基盤となっている遺跡の影響だろう。」

黒い月、それは闇夜に浮かべば姿を見せぬ新月となる

「状況も、新月寄りだ。いいか、もしもの時は、俺には、近寄るな。」

「わ、わかりました。」

ジットリと背中を流れる汗が、やけに冷たい

不思議そうに首を傾げるマユミに、なんでもないと愛想笑いを向け、内心溜息をつく

「(こんな時になって言わなくても良いじゃないですか……。)」

だが、NERV内でマナとゆっくり話せたのは此処が初めてなのだから、仕方が無いと言えば仕方が無い

外来受付は地上にあったので、その時はシンでさえ知らないのだ

本部内に入って初めて気づき、ようやく話す機会ができたのだから、シンを攻めるのも酷というものだ

「なんでも屋さん。」

不意に発せられた声に、シンとマナは声の主へと顔を向ける

無論サキはなんでも屋ではないため、視線を向けもしない

声の主、立っていたのは白衣を纏った美女、赤木リツコ

どこか興味深そうに、シンを見ている

いや、見ていると言うよりは"観察"だ

対象を見て情報を得る、そんな様子でリツコはシンを見ていた

その隣に座るマナには、一切興味が無いのか、気にも留めていない様子だ

「なにか?赤木リツコ博士。」

別段気にした様子も無く、シンは答える

シンにとってリツコは、さしたる障害ではない

有能な科学者?MAGIのスペシャリスト?

だから、どうした

シンはそう言ってのけるだろう

互いが生身で相対しているのなら、分は圧倒的にシンにあるのだ

リツコが指一本動かすより早く、口を開くより早く、その頭を力の限り握り締め、その豪腕で細身の身体を振り回し、頚骨をねじ切ることだって可能なのだ

いや、そうしたい、殺したいのだ

柔肉を甚振る様に引き裂いて、骨と言う骨を砕き、肉を噛み切り、血を啜り、内蔵を引きずり出したい

爪で引き裂き、足で踏みつけ、牙で突き刺し、豪腕で力の限り捻り切りたいのだ

だめだ、とシンは眼を閉じた

理性が狂気に掻き消され始めている

駄目だ、駄目だ、駄目だ

自らを抑えるために握り締めた拳、その指、爪が掌を引き裂きかけている

駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、"依頼の保護対象"を殺してどうすると言うのだっ!

内心で自らに喝を入れ、眼を開けリツコを見やる

狂気に傾きかけた瞳が理性を取り戻し、普段の彼の眼が、リツコを見やる

「少し話したいことがあるのよ。来てくれるかしら?」

「………」

シンにとってそれは予想外の誘いに、一瞬息が詰まった

だが、即時に状況を鑑み、結果を割り出す

「ああ、構わない。」

サキに視線で合図を送り、マナのことを頼む

「それはよかった。マヤ、貴方も来なさい。」

それだけ言って、リツコはサッサと白衣を翻し、食堂を出て行く

立ち上がり、それについていくシン

そして、慌てて食器を片付けるマヤ

舞台は、リツコの研究室へ









































リツコの後に続いて歩くうちに、後からパタパタと駆け足でマヤが追いついてきた

さして気にする事も無く、シンはリツコに続く

リツコの斜め後ろ、シンの隣を歩きながら、マヤはチラチラとシンの顔を伺いながら、時折頬を赤く染めている

頬を赤く染めるうちの数度に一度、身体をクネクネとさせるのは、シンにとっては疑問の対象であった

「ここよ。」

リツコの研究室、ドアに猫のプレートが掲げられた部屋に、リツコは颯爽と入っていく

無言で続くシンと頬を赤く染めたマヤ

「それで、話とは?」

「気が早いのね。少し待ちなさい。」

急かすシンに、リツコは冷たく言った

どこか教師が生徒に諭すような感じもあったが、とんでもない

リツコの声は教師のような生徒に対する温かみを持ってはいない

どちらかと言えば、知恵者が高みから忠告する、そういった感じだ

リツコはシンに椅子――安物のソファーである――に座ることを勧め、自身は自前のコーヒーサイフォンで黒々とした液体の生成に掛かる

マヤはたいていが自分が座っているソファーにシンが座ってしまったものだから、所在なさげに突っ立っていた

シンにとってチルドレン以外のNERV所属者は女であろうと敵でしかない

そして、敵に席を譲るほど、神経は太くないのだ

楽しげに三つのカップにコーヒーを分け、リツコはそれぞれ渡す

「……それで?」

一口コーヒーを啜り、シンは先を促がす

だが、その声色は先ほどのものより、僅かだが上機嫌だった

単純に、コーヒーが旨かったからだが、その上機嫌にリツコは、勿論マヤも気づくことは無かった

「………さっき貴方達の要求に対する会議が終わったわ。」

「ほぅ。」

罠か?

二人と引き離し、各個撃破を狙っているのか?

いや、それならばNERVの実質的bRであるリツコがこの役をやるはずがない

逆に人質に取られる事も、十分に考えているはずだ

感情を表面に出さないようにしながら、シンは内心で様々な思考を巡らす

「要求に対する回答は、NO。司令たちは今保安部、諜報部、そしてチルドレンをかき集めているわ。」

「何故、それを俺に言う?」

シンの問いに対するリツコの答えは、至極簡潔だった

「取引よ。情報を教える代わりに、私の身の安全を確証して欲しいのよ。出来るならば、この娘も。」

「そう来たか。」

ククッ、シンは酷く愉快そうに喉を鳴らして笑った

リツコの選択は正しい、そう素直に思ったからだ

保安部諜報部そしてチルドレンを収集していると言うのなら、彼らはシン達を武力的に取り押さえるあるいは殲滅しようとするのだろう

そうなれば、結果は見えている

血の海だ

二流三流、下手すれば四流しかいない保安部諜報部で何が出来る

実力も、覚悟も、実戦経験もないチルドレンに何が出来る

返り討ち、そして報復だ

ただでさえ、新月の狂気に浮かれているシンだ

今の彼なら、戦闘員であろうが一般職員であろうが、そして子供であろうが関係ない

立ちふさがる敵は、滅殺

力振りかざす者は、見敵必殺

ククッ、もう一度、シンは笑った

"それはそれで良い"、この狂気を、たまには解放したい

いつも別のことで解消しているのだから、今日ぐらいは良いじゃないか

狂気に侵された瞳が、縦に裂けた獣の瞳が、愉悦の色に染まっていた

相対しているリツコは、その笑い声にさしたる気も留めず、コーヒーを啜っている

一人話しに着いていけていないマヤは、オロオロと二人を交互にみている

「OK、取引を受けよう。二人の身の安全は保障する。他に要求はあるか?」

「この部屋にある研究結果は、決して誰にも渡さない事。これは、私のものよ。」

リツコのその要求に、シンはけたたましく、背が反り返るほどに哄笑した

リツコの要求が、その姿を見て受ける印象そのまま、と言った感じだったからだ

自分に素直な女、それがシンの持つリツコに対する印象だ

実に、実に愉快だった

だが一つ、気にかかる

自分を最優先させる女が、何故他人を、マヤの身も案じるのだ?

そう思い、リツコにその理由を尋ねてみれば

「マヤは私の助手なのよ。研究結果も知っているし、いなければ研究が滞るわ。必要不可欠なのよ、この娘は。」

ああそうか、シンは納得した

マヤはリツコの言葉に、自らを重要だと思ってくれている、と思ったのか「先輩…」などと呟いて感動している

勘違いも、はなはだしい

研究結果を知っている者が他にいれば、いつ何時他人にその結果が漏れるとも限らない

だから手元において、情報の漏洩を防ぐのだ

要するに、情報の詰まったコンピュータと同じ扱いなのだ

だから、他人には渡すわけにはいかない

彼女が取引を持ち出した時に「出来るならば」と言ったのも、実に愉快だ

情報、それも機密級の物がタップリと詰まったコンピュータは、他人に渡すわけにはいかない

他人に渡るのを阻止するためには、自分の手元に置くか………破壊してしまえば良い

ゲンドウの行動の結果、このNERV本部が血に塗れるのは想像に易い

そのついでに、"破壊"してしまえば漏洩など起こらないのだ

その垣間見える狂気が、どこか同類のようにも思えて、シンは愉快でたまらなかった

「それで、身の安全と引き換えに、何がもらえるんだ?」

ニヤニヤと、唇の端をゆがめてシンが問う

厭らしい笑みではない、愉快で愉快でたまらない、子供のような笑みだった

「今後一切のNERVへの協力を行わないこと、そしてMAGIへの上位権限による停止命令。あとは、貴方への情報提供。」

「情報提供?」

「貴方が記憶を失う前の事、"帰還"する前の事よ………碇シンジ君。」

はぁ?と怪奇に眉を顰めるシン

えぇっ!?と驚きを露わにするマヤ

「さっき、司令室で机に手を叩きつけたでしょう?そこで採取した指紋と、NERVが捜索している"サードチルドレン"の指紋が一致したのよ。」

「ふーん……。」

リツコが楽しそうに説明するも、シンの反応は実に淡白なものだった

「今更過去とか知ってもな、別に興味ないし。」

「興味が、無い?」

フゥと溜息一つ、シンは理由を話す

「帰還した直後ならまだしも、家もあるし、職もある。友人もいるし仕事仲間もいる。俺には、今の俺の生活がある、今更過去なんか穿り返しても、何の徳も無いだろう?厄介なだけさ。」

リツコは声を漏らさず、感心していた

あの少年が、怯えると言う印象しかないようなサードチルドレンが、実に立派に成長したではないか

生活と言う目的のためには、自らの過去も顧みないその姿に、リツコは研究のために自らをも顧みない自分の姿を見た

どこか、似ていると思った

「それなら、取引の材料としては価値が下がるわね。そうね、だったら、私を好きにすればいいわ。抱きたいなら抱けば良いわ。」

そう、研究こそ最優先

自分の身体など、当に見捨てているのだ、赤木リツコという女は

不潔です、と叫ぶマヤを他所に、シンは「機会があれば」と答えるだけだ

自分と似ている目の前の女に、少しだけ興味を持った

言葉の端から、性と言うモノに対して興味を失い、女である事を捨てているようにも感じられる

面白い、率直にそう思った

取引は成立し、緊張感は失せる

リツコはシンに研究の協力を求め、シンは愉快そうに時を待ち、マヤは真っ赤になって不潔ですと喚いていた

ちなみにシンはリツコに言わなかったが、チルドレンの救出とは別の依頼を国連から受けている

それは"赤木リツコの保護"である

彼女の頭脳は既に世界有数のものだ

おまけにNERVのbRであり、その内情、特に機密に詳しい

そんなお買い得な人材を、どうして放って置けようか

NERVと一緒に殺してしまうくらいなら、国連が飼い殺す

研究所でも与えて、国連のために研究させるのだ

優秀な能力を持つ科学者は、得がたい人材だ

マッドサイエンティストだろうが、結果さえ出せば問題ない

だからこそ、赤木リツコはその身の安全を、国連に依頼されていたのである









































いったんリツコ達と別れ、食堂に戻るシン

一人でうろつく訳にも行かないので、リツコはマヤに食堂まで着いて行く様に言いつけていた

食堂に着き次第、マヤはリツコの部屋にとんぼ返りする事になる

事が収まるまで、部屋からは決して出ないこと

シンが二人に言った忠告だ

ノコノコと戦場に出てくるのなら、身の安全は保障できかねる

食堂でマナの隣に座った途端、現れた黒服が司令室に来るよう言い放つ

休憩ぐらい無いのか、と愚痴をこぼしつつ、一人移動距離の多いシンはマナと先の二人を引きつれ司令室へと向かう

この後の事を思うと、笑みが零れるのを止める事はできなかった

戦争だ、戦争だ、戦争だ

血と肉と硝煙と狂宴だ

堰が切れる

戦争と言う濁流の堰が切れる

目に付いた者を全て殺す、見敵必殺の狂った戦争が始まる

手で顔を押さえ、掌で口を押さえても、漏れ出す笑い声は止まらない

その両目は裂け、狂気に彩られた殺戮の獣へと変貌する

その爪は鋭さを増し、獲物を、肉を切り裂けと自己主張を始める

その牙は口内から飛び出すように伸び、血を肉を味あわせろと大合唱を始める

戦争だ、戦争だ、戦争だ

碇シンジ?

ならば総司令の六分儀ゲンドウは、実の父親という事か?

ハハ、ハハハ、それもまた一興

父の肉を裂く感触は、肥え太った父の命を踏み潰すのは、如何なる感触か

戦争が始まる

男も女も皆殺し

大人も子供も皆殺し

狂気に任せた血みどろの戦争が始まる

今日は良き日だ、戦争日和

バタンと扉を開き、戦争を始めよう

戦争を、戦争を、戦争を始めよう

血と、肉と、硝煙と、獣の匂いに塗れた戦争を始めよう

今この時、開戦の合図は鳴り響く











To be continued...


(あとがき)

ご無沙汰してます、麒麟です
Capriccio、第九曲をお送りしました。
九話目ですね。
遅すぎですね、すいません。(前回も同じ事書いてた様な気がします。てか、書いてました…)
マユミ、出番なし。
メティス、ちょっとだけ出番あり。
シンとリツコ、壊れ過ぎ。
狂気のシンとマッドなリツコの設定を見てみると、あら不思議、似ているじゃないですか、この二人。
きっと気が合うだろうと思っちゃいました。
あぁ、同属嫌悪と言う可能性もあったんでしたね、不発です。
シン君、碇シンジであるという事を知りましたが、全く興味無しなご様子。
むしろマヤのほうが驚く始末。
なんだ、こいつ…。(まぁ、そういうキャラだからしょうがないんですが)
と言うより、後半のシンはマジでやばいですね。
歩き方が気に入らないとか言って黒服に絡みそうな雰囲気です。(まるでチンピラのようだ…)
まぁ、絡んだ後惨殺するんでしょうが。(チンピラより性質悪いなぁ…)
またまた戦闘にはいけませんでした。残念!
感想もらえると凄く嬉しいです。(ちなみに掲示板よりメールの方が執筆スピードがアップします。戯言ですが。)
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