EVANGELION 〜未来に光を〜

第二話 17使徒ダブリス Vanish or pretend?

presented by 琥狼様


「……ここ。ホントにリツコさんの部屋ですか?」

部屋に入り、突如シンジの目に写ったピンク色の壁や、棚に置かれたネコのぬいぐるみ。

ぬいぐるみの横には、リツコとシュウがレイを挟んで取られている写真が置かれていた。

ちなみに、6畳ほどの畳があり、キッチンやユニットバスも付いている。

ネルフ本部の個室にしては意外と広く、3人くらいなら普通に住めそうな空間である。

その部屋の主はレイの血がついた包帯を取り替えた後、実験器具で作ったコーヒーを口に含みながら、机に置かれている資料を1ページずつ捲っていた。

ちなみに、レイはシンジの右腕を抱えるようにして、幸せそうに目を閉じている。

「えぇ。でも、半分以上はシュウ君がコーディネートしてくれたわ」

「シュウさんは……可愛いもの好きだから」

人は見かけでは判断できない。

「えと……あの人は学生の時の同僚とかですか?」

「あら、いいのよ。赤い海になった世界には、居なかった。って思ってるんでしょ?」

「あ、いえ。その……って、何で知ってるんですか!?」

「だって私も、サードインパクトを体験した一人だもの」

資料を読み終わったリツコは平然と言い放ち、呆然と立っているシンジを横目で見ると溜息を吐いた。

レイは未だにシンジの右腕から離れる様子は無い。

「もしかして、ホントに分からなかったの?」

「碇君。こういう事は鈍いから」

右手に捕まっていたレイがリツコの方を向き、軽く微笑む。

シンジは数十秒の間、起動できずに棒立ちしていたが、何かを思い出し、意識を取り戻した。

「そういえば、トウジの妹が!」

「シェルターの入り口で保安部が監視してるから大丈夫よ」

「そう……ですか。よかった」

その言葉を聞いたシンジは、ホッと胸を撫で下ろし、腕から離れようとしないレイの頭を優しく撫でる。

リツコは二人を冷やかすことなく、優しく見守り、改めて戻ってきたことを嬉しく思った。

少しの間、その微笑ましい光景が続いたが、シンジはシュウの事を思い出し、再びリツコに目線を移し、口を開く。

「じゃあシュウさんって、なんなんですか?」

リツコは少し考えた後、口を開こうとしたが、レイの小さな声がそれを制した。

「碇君は、まだ知らないほうが良い……きっと心が壊れてしまうから」

「……僕が知ってる人なの?」

「えぇ。人と言えるなら……だけどね」

先ほどまでの雰囲気とは全く違い、重い空気が三人を包み込んだ。



「カヲル君。プログナイフを構えて、使徒の襲撃に備えてくれ。あと、兵装ビルの後ろに隠れて待ち伏せって言う手もある。ATフィールドを張れるなら、心配は無いと思うが」

「ちょっとアンタ! 作戦部長は私よ!?」

シュウの横でモニターを見ていたミサトは、大声で怒鳴りマイクを奪おうとする。

「なんだ? 資料を見てないのか。特殊作戦部の部長はオレだよ」

「ぬぁんですって!? アンタは特殊技術部の……」

「あぁ、特殊技術部部長と特殊作戦部部長を両方やってる」

つまり、ミサトと比べるのは初めから意味のないこと、と言う事だ。

ちなみにシュウの特殊作戦部での地位は准将。同じ部長でも地位が全く違うのだから、ミサトがシュウに命令しても、すぐに却下されるのである。

ミサトは忌々しげにシュウを睨みつけ、再びモニターに視線を戻した。

そこに映る銀髪の少年は、少しも嫌な表情をせず、それどころか一歩も動かない使徒を見て笑みさえ浮かべている。

カヲルはしばらく、使徒の方を眺めていたが、全く動かないのを見て、シュウに向かって口を開いた。

「アンビリカブルケーブル……だったかい? これを抜いてこっちから向かって言って良いかな? これじゃ、終わりのない睨めっこだからねぇ」

「別にかまわねぇが、5分しか動けなくなるぞ。そこら辺のことを頭に入れとけ」

「了解。インスタントラーメンを作っている間に、終わらせるつもりですよ」

その会話で益々、苛立ちが増しているミサトは、口を挟みたそうにしているが、となりに座っている日向マコトに宥められ、なんとか理性を保っている。

まぁ、ミサトという人物に理性というものがあるのか? という疑問はゴミ箱にでも放り込んでおこう。

シュウはカヲルに一言二言、声をかけるとモニターに移る第三使徒を見て、口元を緩めた。

「外部電源パージ! 第使徒殲滅作戦スタート!」

発令所に響き渡ったシュウの叫ぶような声と共に、カヲルを乗せた初号機が音速のスピードで第三使徒へと走り出す。

兵装ビルを一つも壊さずに、音速で走り抜けるその姿は、風を彷彿とさせる。

シュウは驚いたように目を開き、その横に居たミサトも次元を超えた動きに唖然としていた。

「何て奴だ。空気抵抗すら受けちゃいねぇし、ソニックブームも発生させないなんざ。マジで神の領域だぞ」

「へ、へぇ。でも、早いだけじゃねぇ〜」

だが、その言葉と同時に、発令所にスイカを潰したような音が響いた。

マヤはモニターを指で差しながら、眼に涙を溜め震えている。他の所員もモニターに釘付けになっている。

「なに!? どうし……た、のよ」

モニターに目を移したミサトが見たのは第三使徒の頭を裏拳で潰した初号機の姿と、涼しげな表情をしているカヲルがバストアップされた画面が映されている。

それまでに掛かった時間、12秒。誰もがその実力に期待と不安を抱かずには居られなかった。

もし、敵に回れば一瞬にして本部は消えてしまうだろう。

しかし、第三使徒を倒した初号機はその場から動こうとはせず、顔のない使徒を見据えている。

「第三使徒は殲滅した! よって、第17使徒の殲滅を行う!」

騒然となっている発令所にゲンドウの声が響き渡る。

「何をしている? 人類の敵が居るのだ。エントリープラグだけを爆破させる!」

叫んでいるゲンドウの右手には、赤いボタンが握られている。

「そう来ましたか。でも、残念ですね〜。前もってプロテクトを掛けときましたから、ボタン押すだけじゃ、爆破できませんよ」

「問題ない。今、葛城一尉が解除しているところだ」

ゲンドウはニヤリと口元をゆがめ、マヤの席を奪いディスプレイを見ながら指を動かしているミサトに視線を移す。

席を奪われ、床に押し出されたマヤは復讐心に燃えるミサトの横顔を見て、はじめてミサトという人物に恐怖を覚えた。

余裕の笑みを浮かべているゲンドウに対し、シュウは舌打ちをし、ミサトを止めようとするが、どれだけ怒鳴っても、指を止めようとはしない。

最後の手段として、殴って止める。という方法もあるが、シュウの周りに保安部が集まり、全く手が出せない状況にある。

そして、遂にミサトの指が止まり、その視線がゲンドウへと向けられた。

「プロテクト解除。終わりました」

ミサトの口から無情な宣告が漏れ、ゲンドウの指がボタンの上に当てられる。



その30分前、リツコの部屋では三人のお茶会が開かれていた。テーブルに数種類のケーキが置かれている。

「まぁ、シュウさんの事は聞きませんけど、絶対に父さんは何かしてくると思うんですけど? あ、スリーカードです」

「えぇ。あの男なら、カヲル君を殺しかねないわね。まぁ、幾つか手は打ってあるけどね。残念、フルハウスよ」

「外道髭は用済み。ストレートフラッシュ……モンブラン頂戴」

どうやら、三人でポーカーをやっているようだが、シンジとリツコの二人は、レイのポーカーフェイスに振り回され、既に半分のケーキがレイの前に置かれている。

しかし、二人は諦め切れないのか、何度もレイに挑戦をしている。

勿論、結果は全戦全敗であるが、此処で逃げるのは、二人のプライドが許さないのであろう。

ケーキが全てレイの前に置かれた後も、リツコは今までの給料を賭け、シンジは持ってきた小遣いを机に置く。

その結果……シンジ&リツコ。二人揃って、持ち金ゼロ。二人の目にはキラキラと光る雫が流れていたとか。

「ふ……世の中、お金ばかりじゃダメなのよ」

「……そろそろ、発令所に行かなくていいんですか?」

「あ、そうね。じゃあ、シンジ君。リリスとレイの素体、どっちから先に行く?」

「両方ですよ。父さんの計画は完全に打ち崩します」

そう言うと、シンジは立ち上がり、レイの前にあるケーキの一つに手を伸ばそうとして、手を叩かれた。

(綾波ぃ……もしかして全部食べるつもり!?)

女の子は、甘い物好きである。



『エントリープラグ爆破プロテクト解除。10分後に射出と共に爆破します』

無機質な声が発令所に響き渡り、空気が急速に冷たくなっていく。

オペレーターの三人は、モニターから目線を外し、マヤは声も出せずに目を潤ませてシュウを見ている。

「ふん、外道バカも此処まで来ると笑えないな」

「何度でも言え。使えない道具は消す。シナリオは修正しなければならんのだ!」

突如、司令室のドアが開き、息を切らした青髪の少女がゲンドウの前に立つ。

「あなた……何も分かっていないのね」

呼吸を整えたレイは、椅子に座り手を組んでいるゲンドウを見下すように言い放った。

ゲンドウは深く溜息をつくと、机から拳銃を取り出し、レイの額へと当てる。

「レイ。お前には失望した」

発令所に乾いた銃声が鳴り響いた。

司令室の床には血の池で少しの間、痙攣して動かなくなったレイが転がり、ガラスには数滴の血が付着している。

人が死ぬシーンを見届けてしまった所員やマヤは、床に膝を震わせながら座り込み、何人かは気を失って、床に倒れていた。

「……父さん。母さんはこんな事を望んでないよ」

モニターに移っていたカヲルが、ゆっくりと口を開く。

しかし、その髪は黒く清潔感を漂わせ、赤かった眼も黒くなっている。それはまさしく、シンジの姿そのものだった。

「ふん、使徒が命乞いか? 貴様の身体は、もうすぐ砕け散るのだ!」

「カヲル君が初号機とシンクロできると思うの? カヲル君は誰からも愛情を受けずに育ってきたんだよ? それなのに、いきなり100%を上回ると思っているの?」

そう、最初に気付くべきだったのである。個体で生きている使徒が愛情を求めるはずがない。

それなのに、完全にシンクロをしてしまったこの少年をすぐ疑うべきであったのだ。

ゲンドウは顔を青くして、ミサトに止めるよう命令したが、ミサトは呆然としながら立ち尽くすだけで、じっとモニターを見ている。

「もうすぐ、サヨウナラの時間だね。それから、エントリープラグは射出されないよ。第三使徒……サキエルが押さえてるからね。僕は母さんと一緒に死なせて貰うから。父さんには……失望したよ」

その言葉どおり、顔を失った使徒がエントリープラグを押さえつけ、射出できないようにしている。

『エントリープラグ爆破まで10秒』

ゲンドウは崩れるように床に腰から倒れ、ガタガタと身体を震わせている。

モニターから目を離しているマヤは恐怖からか、掠れた声を発しながら俯き、目から涙を零している。

『爆破まで5秒』
『4』
『3』
『2』
『1』

ドン。

「はいカット! カメラ止めろ」

爆発音と共に、項垂れているゲンドウの周りを黒服の男が周りを囲み、それを見たシュウが満面の笑みを零しながら、司令室を見上げた。

横に居るミサトも、腹を抱えながら笑っている。

そしてモニターには爆発した筈の初号機と、元の姿となったカヲルの姿が映っていた。

ゲンドウは唖然としながら、周りを囲んでいる男達を見回す。

「こ、これは一体どういうことだ!?」

「ちなみに、さっきまでの光景は全世界に流されてるんで、そこんトコ覚えといてくださいね」

「すいませ〜ん。私、パソコンって苦手なんですよねぇ」

爆笑していたミサトが、腰を上げディスプレイをゲンドウに見せる。

そこには、シューティングゲームの画面にゲームオーバーの文字が映されていた。

「結構、簡単に引っ掛かっちゃうのね。つまらないわ」

「……同感です」

司令室に白衣を着たリツコと、先ほど撃たれて死んだ筈のレイが入ってきた。

「よか……た。レイちゃんが……レイちゃんが死んじゃったかと……」

「あぁ! リツコぉ。アンタいつまで私に汚れ役やらせるつもりよ!」

涙を流しながらレイが生きていることを知り、涙を流しているマヤ。

それとは対照的に、ミサトは、下に向かって手を振っているリツコに向かい、声を張り上げる。

「れ。レイなのか!?」

「……もう、あなたの人形では無いわ。あなたが必要としていたリリスの魂は、あなたが自ら撃ち殺したもの」

「これで、人類補完計画は完全に潰れた。もう、無理なんだよ。父さん」

レイの後からシンジが現われ、拘束されているゲンドウの前に立ち、ゲンドウの頬を思いっきり叩いた。

頬は赤く腫れ上がり、ミミズ腫れのようになっている。

「これは綾波の分。母さんや他の人たちの分は……ちゃんと償いなってよ」

そう言うとシンジは、微かに涙を溜め、右手を摩りながらレイのもとへと戻っていった。

「改めて、自己紹介させてもらう。対ネルフ捜査機関ラブニールのbR篠滝シュウだ。ちなみに、葛城一尉には協力してもらったんだ。碇……いや、六文儀ゲンドウと保安部を殺人未遂罪及び大量殺戮の疑い。よって、アンタ等の身柄を拘束させてもらう!」

保安部の者は一斉にホルダーから拳銃を抜き、シュウに向けるが、発令所のドアから現われた別のネルフ所員に殴られ、気を失った。

特殊技術部、特殊作戦部。つまり、シュウの下に居る者達である。

「あぁ、そう言えばゼーレとか言う組織だっけか? 壊滅したらしいぞ。サングラスを掛けた髭面の男って言う証言が取れたんだが、それがどうも、アンタに似てんだよなぁ」

シュウは嬉しそうに、ノートパソコンのディスプレイを、ゲンドウの目の前に置く。

そこには、銃を持ったゲンドウの姿と、机の上で突っ伏している男の姿があった。

その後も次々と画面が変えられるが、全て銃を持って人を殺しているゲンドウの姿が映っている。

そして最後に、ゲンドウがカメラの方を向き、悪寒が走るような笑みを浮かべた後、ディスプレイが青く染まった。

「偽者だ! 私はコイツ等の居場所など知らん! これはダミーだ」

「でもねぇ。ちゃんと落ちていた髪の毛を調べたら、99.89%アンタと一致したんだよ。残念だが、物的証拠がある以上、言い逃れは出来ねぇよ」

完璧な証拠を突きつけられたゲンドウは、糸が切れたように倒れこみ、「知らない」と何度も何度も呪文の用に唱えていた。

横に居る冬月も両手を挙げ、周りを囲んでいる男たちに拘束されていく。

「アンタ。副司令なんだってな? 副司令の仕事って知ってるか? 司令の過ちを正し、最善の方向へ持ってくことだよ。相槌打つことじゃねぇんだ」

冬月は何も言えずに項垂れる。

「そっちは片付いたのかい?」

「あ、もう終わったよ。カヲル君」

「そうかい。じゃあ、まずは初号機の処分だねぇ」

モニターで発令所の様子を見ていたカヲルは、人差し指を額に当て、何かを考えるような仕草をしている。

「どうしたのカヲル君?」

「いやぁ……ねぇ。サキエルのコアを潰したまでは良いんだけど。爆発せずに死後硬直しているんだけど……」

「え、死後硬……うそぉ!?」

「だから、このまま爆破しちゃうけど、それで良いかい?」

もう、返答待たずに話を進めてます。カヲル節炸裂?

「え、と。カヲル君は大丈夫なの? それから、シェルターに居る人たちとかも」

「ATフィールドを二重展開にして、被害を最小限にするから大丈夫だよ。少し、力を使うから、戻るまでは擬態をしてないといけないねぇ」

「そっか、戻ってこれるの?」

「いや、終わったらドイツに行って、セカンドチルドレンと会おうと思っているよ」

発令所の面々はカヲルとシンジの会話に着いて行けず、全員が棒立ち状態となっている。

その中でシュウとリツコ、レイの三人だけは微笑みながら二人を見ている。

「そっか。じゃあ、ガギエルまでは会えないのかぁ」

「おや、寂しがってくれるのかい?」

カヲルは嬉しそうに微笑み、プラグに設置されているモニター越しにシンジを見ている。

「いやね……ミサトさんの食事の手伝いしてくれればな〜って」

「ぼ、ボクは料理用ロボットかい?」

モニターに移るカヲルの口元が引き攣っている。

少し間があり、シンジの方が先に口を開いた。

「じゃ、またね〜カヲル君。それから、母さん……(さようなら)」

「それまで、レイを……妹をよろしく頼むよ」

カヲルは、からかう様に悪戯っぽい笑みを浮かべ、それを聞いたレイが複雑な表情をして、モニターを見ている。

「碇君と一緒なのは嬉しい事。でも、あなたの妹はイヤ」

その言葉で追い込まれていた、カヲルが一気にどん底に叩きつけられ、俯いているその姿はやけに哀愁を漂わせていた。

しかし、すぐに立ち直り、初号機の自爆装置に手を掛ける。

カヲルは名残惜しそうに、モニターに写るシンジとレイの姿を見ながら微笑んだ。

「レイにも心を開いてもらわないといけないねぇ……」

二度目の爆発音。モニターには炎が圧縮され、丸くなり消滅していく映像が写されている。

煙が晴れた時には、既に初号機とサキエルの姿は見当たらなかった。



サキエル殲滅から二日後、雨が降っているドイツの墓地で、紅茶色の髪をした少女が傘を差しながら、片手で花束を抱え佇んでいる。

少女の目線の先にある石には、惣流とツェッペリンという文字だけが辛うじて見えていた。

雨は時を刻むごとに強くなり、少女の肩を濡らしている。

雨に打たれた墓に花束が置かれた。

「ママ……使徒が現われたんだって。だから、もうすぐ私もエヴァのパイロットとして、呼ばれると思うから。そう、弐号機の……エースパイロットとして」

少女は傘を持つ手に力を篭め、俯いた。

その頬には雨の雫に混じり、別の液体の跡が付いている。

しばらく、そのまま棒立ちの状態だったが、深く呼吸をすると、歩いてきた方向へ足を進めようとしたが、足元で自分の顔を見上げている銀色のネコが目に入る。

猫の目は紅く、少女は不思議な感覚に囚われた。

少女とネコは見詰め合ったまま、動かなかったが、ネコの方がなにを思ったのか、少女が先ほどまで立っていた墓の前にちょこんと座り、少女をその紅い目で見詰める。

「……野良かな?」

ポツリと呟くと、少女はネコを雨から遮るように傘を差し出した。

「アンタ風邪ひくわよ(私……なに言ってるんだろ。)」

ネコはその声に反応したかのように、身体をピクリと震わせて、ゆっくりと少女の足元に寄ってきた。

「へぇ、よく懐いてんじゃない」

よく見ると首輪の跡が付いており、捨てられた事がわかる。

それを見た少女は、傘を地面に置き、足元のネコの首を持ち、ひょいと摘み上げた。

「アンタ、泥まみれよ。洗ってやるから、ウチ来なさいよ」

惣流アスカ=ラングレー。彼女自身の止まった歯車が微かながら、確実に動き始めた。



同時期、リツコの部屋では、少年の羨ましすぎる戦いが繰り広げられていた。

「あ、綾波ぃ。ちゃんと、服着なきゃダメだって!」

「問題ないわ。こうすれば温かいもの」

風呂上りのレイは、一糸纏わぬ状態でシンジの首に両手を絡ませ、シンジの逃亡を遮っている。

ちなみに怪我の方は、リリスと接触したことにより、完全に癒えてしまったようである。

そんな二人の様子を、珍しく私服を着ているリツコは微笑ましく眺めているが、その両手はシュウの目に押し付けていた。

シンジとレイは他のマンションが見つかっていない為、隣の部屋に住んでいるが、寝る時は畳で雑魚寝している。

なぜ此処にこの男が居るのか? その答えは簡単である。

ネルフが混乱状態にあり、零号機の修復も終わっていない為、リツコに付き合わされているのである。ちなみに部屋の玄関で寝ている。

そんなやり取りが10分程続けられ、レイがシンジのワイシャツを着る。と言う事で決着した。

「お邪魔しまーす。晩御飯を貰いに着やしたー」

インターフォンも押さずに、軽装で身を包んだミサトが、ペンギンを連れて乗り込んできた。

「お〜汚れ役のミッちゃんか。まぁ、食ってけ」

シュウが手を挙げて挨拶した瞬間、額にペンギンの嘴が刺さっていた。

それを尻目に、シンジとレイは寝室について話し合っている。

「アンタが汚れ役になれって、言ったんでしょーが! それから、ミッちゃんってのもヤメい! それに、まだ特殊作戦部があるんだけど、説明しなさいよ!」

「ミサト。怒ってばっかりだと、シワ増えるわよ」

「そうだって、もっと気楽にやれって。あ〜特殊作戦部だけどな。俺が居なくなるから、事実上は、作戦部のバックアップ役として活動することになったぞ」

テーブルの椅子に座っていたリツコは、紙コップに緑茶を汲み、コクコクと飲みながら突然現われたミサトを睨む。

その横に座っているシュウは、額から血を流し、ミサトの質問に淡々と答えている。

シンジとレイは相変わらず、寝室のことで揉めているようである。

「え、アンタ追い出されたの?」

「アンタと一緒にすんな。司令代行に選ばれたんだよ」

「えぇ、ちなみに私は副司令代行よ」

いきなりの衝撃的発言で、冷蔵庫から缶ビールを取り出したミサトは、ポカンとしている。

「はぁ!? アンタ等、そんな地位高いの?」

「さあ? 私は昔、ある意味では司令に一番近かったんだし、シュウ君はこう見えて、かなり人望厚いから、これで良いんじゃないの?」

2人共、一番上の地位となったというのに、余り嬉しそうではない。

むしろ、迷惑がって居るようにも思える。特にリツコは、その話題になってからは、微笑すらしていない。

「あんま、嬉しそうじゃないわねぇ?」

「えぇ、零号機の修理になかなか手を付けられないのよ。副指令ってのも嫌な仕事よ」

「あ、大丈夫なんですか? もし、使徒が来たら大変ですよ?」

レイに押し切られたシンジが、三人の会話に割り込む。

「使徒を呼び寄せていた原因がリリスだったのよ? しばらくは大丈夫じゃないかしら?」

「じゃあ、次はドイツのアダムですか……セカンドチルドレンの腕の見せ所ですねぇ」

ちなみに、ミサトは逆行者では無いが、リツコにゼーレの人間補完計画や、使徒を倒してもサードインパクトが起こることを先に告げていたらしい。

つまり、レイを持って現われてきてからは全て演技だったと言う事である。

これだけの演技力があれば、女優にでもなれる気がするのだが。

「こら、シュウ! 私のサラミ食うなっ!」

どうやら、シュウとは本気でウマが合わないらしい。もしかして、カヲルも本気で撃ったのか?

ミサト曰く「ゴム弾よゴム弾。当っても、死にゃしないわ」だそうだ。

しかし、だからと言って、人に向かって発砲してはいけません。当たり所によっては、もの凄く痛いそうです。

「じゃあ、少しの間は学校生活を楽しめるんですね」

「……私は碇君と一緒に居れたら、それで良い」

レイは頬を紅潮させ、背中からシンジに抱きついている。

「そういえばさぁ。私がシンジ君に発砲した時に、ATフィールドが発生したわよね? あれって、レイが作ったわけ?」

「あ、アレはカヲル君がATフィールドを僕の前に、空間転移させたんですよ」

「あら、ちょっと興味あるわね。その話」

先ほどまで暗い顔をしていたリツコが一変、身を乗り出してシンジとレイの二人をじっと睨むようにして見ている。

シュウはというと、余り興味がないらしく、サラミに手を出そうとしてミサトに手を叩かれた。

「カヲル君はちょっと特殊で、ATフィールドの種類が多いんですよ。まず、さっき言った空間転移と、爆破のカウントダウン時に僕の顔に変わったのは、ATフィールドで作ったマスクのようなものです。それから、爆発する時のはATフィールドを二重展開したんですよ」

「す、すごいわね。もしかして、エヴァでも使えるんじゃ……」

「いえ、カヲル君が特殊過ぎますから。エヴァでそんな芸当は、出来ませんよ」

少し期待をしていたリツコだが、シンジの言葉により、すぐに否定された。

「でも、タンデムなら、ATフィールドを二人で同時展開すれば、何とかなるかも知れませんよ。まぁ、行動が出来なくなりますけどね」

「あらぁ、丁度いいじゃない。レイとシンジ君で決まりね。あ、さうだ〜ちょっと来なさいレイちゃ〜ん」

ミサトがクスクスと笑いながら、猫撫で声でレイを呼び、なにやら耳打ちし、時折レイの頬が紅くなっている。

その光景を見たシンジは、嫌な予感がして席を立とうとしたが、レイの手にシャツの裾を掴まれて、逃走不可能の状態に追い込まれてしまった。

その手の主は、シンジを上目遣いで見ながら頬を紅潮させている。

「い、碇君。今日は……や、優しくしてください」

「ミサトさ〜ん……今すぐ出て行って下さい! それから、綾波に変なこと吹き込まないで下さい!」

「なんだ!? もう二日もこんな事してんのに、まだ一度も手を出してないと!? 健全な中学生とは思えんぞ!」

そして、ついにリツコが立ち上がり、ミサトとシュウの首筋に手刀を食らわした。

シンジにとって、その時のリツコの姿は神のようであったとか。

「なに、妙なこと吹き込もうとしているの? ホントに子供みたいなことをしないで頂戴」

「うぅ……ありがとうございます。本当にありがとうございます」

危機的状況を脱したシンジは、何度もリツコに向かい頭を下げている。

一方レイのほうは、リツコに適当に丸め込まれて、少し不機嫌そうである。

ちなみに例の二人は首筋を押さえながら、畳の上で転がっている。

「さて、ミサト! あなたは夕御飯を食べに来たんでしょ? なら、食器を並べるくらいは手伝って頂戴」

「あ、昼の残りの肉じゃがで良いですか? 他にもチャーハンとか焼きソバならすぐ出来ますよ。あと、ペンギン用に鰯もありますけど?」

「全部、3人分で頂戴。あと、鰯も3匹くらい炙っといて」

肉じゃがとチャーハンと焼きそば三人分……結構な量である。男性でも、普通はそこまで喰える人はいない。

「そういえば、デザートはないの?」

「……ケーキならあります」

何かを期待しているミサトに、レイが何種類ものケーキをテーブルに並べた。

おそらく、あの時のポーカーで獲得したものであろう。

「シンちゃ〜ん。このケーキに肉じゃが乗せて〜」

「……ミサトさん。ちょっと僕の素朴な疑問を聞いて良いですか?」

「なぁにぃ?」

「ミサトさんって、何処まで食べられるんですか? 生ゴミまでなら大丈夫ですか?」

こうして、リツコの部屋の夜はふけていく。






To be continued...


(あとがき)

はい、2日連続の投稿です。
え〜台風ですね。うちは被害が最小限で収まりましたが、近くの村はヤバイそうな。
学校が休みだったんで、一気に書き上げました。
えぇ、一話目で真っ先に間違えてるフィルターは二話でシェルターに変えました。そりゃあ、もう恥ですからね。
この二話はいろんな意味で、大問題な作品なんです。まず一つとして、黒幕が完全に壊滅してしまったこと。二つ目として、ミサトの補完が呆気なさすぎ。3つ目として、主役である筈のシンジが目立ってない。
この三点は大きな問題だと思います。でも、ゲンドウには、まだ出てもらいます。死んでませんからね。
篠滝シュウの正体。結局、明かされず。でも、シンジは特に不審に思ってないです。勘の良い人はもう分かると思います。
ちなみに、ラブニールと言うのはフランス語で未来という意味だそうです。
それから、アスカが少しだけ出てきました。三話からは、アスカ中心で話を進めます。
三話の更新は、おそらく土日辺りとなる予定です。
それでは、倒れていなかったら、また会いましょう。東北の人は台風に気をつけて下さい。
今度は、凡ミスがない事を祈ります……ハイ



(ながちゃん@管理人のコメント)

琥狼様より「EVANGELION 〜未来に光を〜」の第二話を頂きました。
どうも、うちの投稿作家様は皆、執筆が早いですな〜(汗)。
台風23号ですが、関西から北陸に抜けるかな〜と思ったら、岐阜辺りでカクッと方向転換しやがって・・・こっち来んな!(モロ危険半円・・・ていうか、直撃コースじゃねーかっ!)
コホン・・・結局、ミサトもグルだったんですねぇ〜。
まさか汚れ役を演じていたとは・・・ハハ、まんまと一杯食わされましたよ。ちょっと悔しいです〜(笑)。
ネルフも、あっさり刷新されちゃいましたね。ゼーレもいなくなったし、これからどうなるんでしょう?
アンチ路線も早々に終了ですかね?(とりあえず鬚と電柱は死刑・・・かな?)
アスカ登場しました。妙にお淑やかですが(笑)。
すんごく怪しい猫も出てきたし(笑)・・・もし今後も頻繁に出てきたら、「猫たっぷり♪」マークを進呈しましょう♪
次話を心待ちにしましょう♪
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