第三話 雨上がり Who Are You?
presented by 琥狼様
部屋に目覚ましが鳴り響き、布団を被っていたリツコが欠伸をしながらベッドから降り、キッチンから漏れる香りに釣られ、足を進めた。
リビングの真ん中に置かれているテーブルには、味噌汁や漬物など、日本独特の和風食が並べられている。
「これ、全部シンジ君が作ったの?」
早めに朝飯を食べ、キッチンで弁当を作っているシンジは手を止めて、起きてきたリツコの方を向いた。
リツコは、ゆっくり味わうように味噌汁を啜っている。
やはり見慣れた金髪でない所為か、シンジには少し違和感がある。
「ええ、そうですよ。ちょっと食材が足りなかったんで、これだけしか作れませんでしたけど」
そうは言うものの、テーブルの上には味噌汁や漬物だけでなく、アジの開きや煮物、梅干など、充分に満足できるような量である。
「これだけ、作れれば上出来でしょうに……ミサトに酷い扱いを受けていたのね?」
「ええ、掃除や洗濯は勿論やらされましたし。ミサトさんの料理は……もう思い出したくもありません」
「それでボランティアだものね。貴方も、あの温泉ペンギンも、よく生きていたわ」
「順応能力ですよ。ようは慣れです」
随分な言われようであるが、これは仕方ないであろう。ホントの事ですし。
「いやーホント美味いな」
いつの間にかリツコの目の前に、味噌汁のお椀と箸を持って、口元に米粒をつけたシュウが座っていた。
突然現われた男に、リツコは平然と箸を進めているが、やはり神出鬼没である。
まぁ、来た限りには何か目的があるのだろうが。
「食堂での朝飯は飽きちまってな。やっぱ、手作りに限るねぇ」
「週一で私のところに来てるのに? とにかく、貴方は司令代行なんだから、早く発令所に行った方が良いわ」
このやり取りだけを見れば、殆ど夫婦同然のような気もするが、リツコの方はシュウに全く興味を持っていないようである。
リツコは、目の前で黙々と食べているシュウを無視するように、箱におかずを詰めているシンジに向かい、口を開いた。
「それで? 今日から学校に行くのよね?」
「えぇ、そのつもりなんですけど……」
折角、学校に行けるというのに、シンジの表情は何故か暗い。
「何か都合が悪いことでもあるの? なるべく処置はするつもりだけど」
シュウも箸を休めて、顔を顰めているシンジの方へ目を向ける。
「いえ、前の戦闘で僕の格好したカヲル君が自爆する所まで映されて、全世界に放送されたんですよね? 学校で、すごい問題になると思うんですけど」
「それなら、問題ないわ。全員シェルターに避難していたし、関東、東海地方には放送されてないから」
「そうですか。なら安心ですね」
それ以前に、使徒が来ている時にテレビを見ようとする人は居ないであろう……一人の少年を除いては、だが。
「シェルターに避難してた民間人から、ノートパソコンや液晶テレビを盗んどいた。此処の周辺じゃ、まず見れねぇよ」
いくらネルフの権限とは言え、そこまですると越権行為では、なかろうか?
しかし、シュウは悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべている。
「さて、と。起こさなきゃ、いけないよね」
時計の針は7時を差している。
溜息をついているシンジの目線の先には、腕を抱くような格好で、幸せそうに眠っている青髪の少女が居た。
「ほら、綾波。本部から学校までは遠いんだから、早く行かないと遅刻しちゃうよ」
布団まで歩み寄ったシンジは、その場で膝立ちし、レイの肩を優しく揺すると、まだ寝ぼけているのか、掠れた声を発しながら、シンジを見つめている
「……ぁ。いかり……くん?」
「ほら、寝癖ついてるよ。早く、顔洗って御飯食べないと」
シンジは寝癖のついたレイの青髪を優しく撫で、手串で髪を整えていく。
以前とは違い、シャンプーとリンスで髪を洗っている為、綺麗な青色をしているが、寝癖の方は元々の髪質の所為なのか、あちこち毛が跳ねている。
いつの間にか、レイの腕はシンジの首に回し、もう一度眠ってしまっていた。シンジは呆然と固まっている。
「おい、固まってんのは良いけどな。もう時間じゃねぇのか?」
シンジとレイが固まってから、既に30分が経過していた。
「……え、あ! もうそんな時間なの!? あやなみぃ。早く起きて」
こうして、シンジは何とかレイを起こし、ようやく本部を出る事が出来た。
そして、部屋にはリツコとシュウの2人が残される。
「シュウ君。零号機の修理は、どの位進んでるか聞いてる? まぁ、その事で来たんでしょうけど」
「ん? 零号機なら70%直ってるそうだ。ま、実戦に出しても、なんら支障は無いだろうさ」
「コアの方は? ちゃんと出来てるんでしょうね?」
「ああ、技術部の奴等は良くやっくれてるよ」
シュウはポケットからタバコを取り出し、口に咥えようとしたが、リツコの手によって叩き落とされてしまった。
「そう……此処から先はドイツ支部の対応次第で良くも悪くも……と言う事ね」
マグカップに注がれているお茶を飲み干し、リツコは軽く溜息を吐く。
「案外、すんなり行くかもよ? 勝利の女神様ってのは、招き入れちまえば絶対に裏切りはしないさ。まぁ、招き入れるのは骨が折れそうだけど」
「あら? 勝利の女神ならこっちにも居るでしょう? もう、パートナーは見つかっちゃったみたいだけど。それに、神の使徒を倒す女神なんて、聞いた事も無いわ」
茶葉のカスが残るマグカップをテーブルの上に置き、先ほどまで妹同然のレイが眠っていた布団に慈愛に満ちた眼で見つめる。
「ん? じゃ、女神じゃなくて、魔女がいいか? どちらにせよ、一人よか二人の方が良いさ」
「そう言うものかしら?」
「そーいうもんなの。ところでさ……住んでるマンションの家賃を払い忘れて追い出されちゃってさぁ。此処に住ませてくんない?」
「……司令室で寝れるでしょ」
ドアが開き、中性的な顔立ちの少年が教師の後に続いて、教室の中に入ってきた。
「はじめまして、碇シンジです。趣味はチェロと家事全般です」
自分の名前を黒板に控えめに書き、シンジはクラスメートに向かい、一礼する。
所々の女子から黄色い声が聞こえる中、カメラを構えている眼鏡の少年がシンジの目に映る。
「では、碇君は綾波さんの横の席に座ってください」
シンジは足早に窓際の席に座っているレイの方へと向かっていく。
「これから、ヨロシクね。綾波」
「えぇ。よろ……しく」
笑顔で挨拶をするシンジにレイは、頬を朱に染め少し俯き加減で返事を返した。
それを見た男子生徒と一部の女子生徒が口をポカンと開け、2人を見ている。
しかし委員長である、おさげの少女によって、その沈黙が破られた。
「あ、えと。綾波さんは碇君と知り合いなの?」
「……ええ。とても大切な人」
レイの言葉で男子が全員、床に平伏し、滝のような涙を流しながら、ブツブツと呪文の用に言葉を呟いている。
その光景に、シンジは少したじろいだものの、レイの横の席に腰を下ろした。
「クソッ! 45回も振られ続けたオレの心はどうなるんだ!」
キミの努力は賞賛に値する。
「俺なんか、毎日の用に校門で待ち伏せて、ラブレター付きの花束を渡してたのにっ!?」
それは、一種のストーカーではなかろうか?
自分の机をシンジの席につけて、教科書を開いていたレイは、2人を睨んだ。
「だって……キモチワルイもの」
またしても冷酷なレイの一言に、男子生徒はとどめを指され、動かなくなってしまった。
「綾波さん。思っていても、言ってはいけないわ」
「そうだよ。せめて、何処が嫌なのか位は……ね?」
シンジとおさげの少女が、なるべくフォローしようとするが「……なら、全てがイヤ」と、レイが呟いた為、床に転がった男子生徒は一時間ほど再起不能となってしまった。
「遅刻やー!? ってなんや、こいつら?」
昼休みになったところで、大阪弁の少年が勢い良くドアをあけて教室に入ってきたが、すぐにおさげの少女に、咎められた。
「もう、鈴原! 遅刻しすぎよ。このままじゃ、卒業出来ないかもしれないわよ!」
「せやかて、妹が起こしてくれへんかってん。かんにんしてやイインチョ」
「まったくもう! あ、そうそう。今日、転校生きたのよ。仲良くしてあげてよ? えっと、たしか……あれ?」
おさげの少女は窓際の席に座っているレイの方を向いたが、シンジもレイも居なくなっている。
すこし、悩んでいたが、昼休みなのだから、何処かに食べに言ってるんだろう。そう区切りをつけ、自分の席で弁当を広げた。
その頃、屋上ではお互い寄り添うようにして、弁当を食べているシンジとレイの姿があった。
シンジは、黙々と箸を進めているレイのかばんの上に、眼鏡ケースがあるのを見つけ、自分の父の姿が頭に浮かんでしまい、箸を弁当箱の上に置き、レイの顔を見る。
それに気付いたレイが、シンジと同じように箸を下ろして、眼鏡ケースを取った。
「これは、碇司令のものでは無いわ」
「……え!?」
自分の心を見透かしたようなレイの発言に、シンジは素っ頓狂な声を上げる。
「碇くんや、赤木博士以外で、始めて作る事が出来た絆だから……」
その歪んだ眼鏡のフレームには小さく『S.Sinotaki』と掘られている。
「これ、シュウさんの眼鏡なの?」
レイは肯定の言葉を発せず、コクリと頷いた。
「そっか……綾波は変わったんだね(……過去を引き摺ってるのは、僕だけなんだ)」
「碇くん。いかりくんは、変わらなくてもいいの」
その言葉を聞いたシンジは、首を横にも縦にも振らずに、ただ黙々と弁当を食べ始めたが、半分ほど食べ終わると、再び重い口を開いた。
「此処に居る綾波は……二人目の魂を持っているの? それとも三人目?」
「どちらでもないわ。私は、綾波レイだから……」
「……うん」
自然と二人の顔が近づき、ゼロになろうとした瞬間、2人のもっている携帯が同時に鳴り響いた。
「ドイツに使徒出現……か」
その同日、ドイツ支部の所員用の個室に、濡れた服を身に纏ったアスカと一匹の猫が訪れた。
「やっぱ、支部ってだけあって、造りが質素ねぇ。ま、仕方ないかな」
とは言え、シャワーもキッチンもあり、人が一人住むくらいなら広いくらいである。
家具もしっかり設置されており、本部までとは行かないものの、良い部屋なのは確かである。
アスカの腕には、しっかりと銀色のネコが抱えられている。
そして、肩に掛かっている旅行バッグをフローリングに置くと、ネコを抱えながらシャワールームへと足を進めた。
「泥流してあげるから、ちょっと待ってね」
そう言うと、おもむろに上着、ズボンと次々と脱いでいき、遂に一糸纏わぬ状態となった。
アスカの裸を見たネコはまるで、何かに取り付かれたように、ドアに向かい爪を立てている。
「あ、こら! 逃げるな……って、もしかして、コイツって雄?」
慌てているネコを抱え上げ、下半身を見ると、しっかりと雄の証拠が付いていた。
「もしかして、アンタ。雌猫よりも女の子の方がスキなのぉ?」
銀ネコは、それを否定するように首を振ったが、アスカの手により拘束され、しっかりと泥を落とされる羽目になった。
しかし、泥が落とされたネコの毛は、先ほどの銀より淡く綺麗になり、優雅さも漂わせている。
バスタオルを身体に巻いたアスカは、誇らしげに綺麗になったネコを抱えて、ソファに腰を下ろした。
「なんだ。アンタも結構、綺麗じゃない。私程じゃないけどぉ。って、アンタ雄だから関係ないか」
抱えられたネコは、手足を動かして腕から出て行きたそうにしているが、何処と無く嫌がってはいないようにも思える。
そのネコの様子をアスカは、表情を緩めながら見つめている。
「そうだ。アンタお腹空いてるんじゃない? えっと、タマネギは確かダメだから、ハンバーグは却下よねぇ」
散々、考えた結果、アスカはパスタを取り出し、キッチンへと向かった。
「よし、私の料理の腕を見せてあげるわ! ありがたく思いなさいよ」
と、言いながらも、野菜を切る包丁捌きも危なっかしく、全くの初心者である事がわかる。
そして、ナベの火の調節も勘でやっているようなものなので、あまり期待が出来ない。
しかし、本来は茹で上げるだけなので、そこまで劣化することは無かった。
ただ、切られた野菜の形は歪で、お世辞にも美味しそうとは言えない。
「ま、まぁ……味は良いわよ。きっと」
そんな事を言いながら、自分の皿から適量のパスタを摘み上げると、紙の上に置き、ネコの前に差し出す。
ネコは、一本のパスタを食べようと口を近づけるが、驚いたように顔を引いた。
「な、なによぉ! これでも、頑張って作ってんのよ!?」
別に、不味かったという訳では無いであろう。猫舌なのだから、熱いパスタを食べるには、もう少し覚まさなければならないであろう。
目上から怒られたネコは、困った顔をしながら、一本ずつゆっくりと食べていく。
「そういえば、名前考えて無かったわねぇ」
突然、アスカは思い出したかのように、ソファで毛繕いをしていたネコを抱き上げた。
ネコは、もう安心しきっているのか、尻尾を床に向けてゆらゆらと、揺らしている。
「う〜ん。meer……そうね、メーアってのは、どうかな? 私が付けてあげたんだから、誇りに思いなさいよ!」
勝手に付けられた名前に、文句は無いのか、ネコは尻尾を揺らしながら、アスカの顔を凝視している。
そうしている内に、夜は更けていき、時計が10時を差した時に、ソファに座っていたアスカが立ち上がり、メーアを抱きかかえ寝室へと足を進めた。
「じゃ、明日はシンクロテストあるから、早く寝ましょ。まぁ、アンタは留守番だけどねぇ」
寝室に入り、ベッドに転がると、メーアも引っ張り込み、布団を被せる。
メーアは最初の内は嫌がっていたものの、数分後には大人しくなり、アスカの腕に抱かれ小さな寝息を立て始めた。
そして、横を見たアスカの目に入ったのは、一体のサルの人形。昨日までは、その生命の温かみが感じられない人形を抱きしめて眠っていた。
しかし、今は自分の腕の中に、ささやかながら生きている一匹のネコが寝息を立てている。
「そっか、こうやって一緒に寝るのって、ホント久しぶりだったんだ」
アスカはポツリと呟くと、瞼を閉じ、数分後にはメーアとユニゾンするように、規則正しい二つの寝息が重なっていた。
紅茶色の髪をした少女が息を弾ませながら、病室の前に立っている。
まだ、幼く9歳くらいであろうか。
「ママ! ママ聞いて! あたし選ばれたの」
ガラス越しに映る母と思われる女性は、人形を抱きながら、少女の方を向いた。
「あたし選ばれたの。人類を守るエリートパイロットなのよ。大勢の中からあたしが選ばれたの!」
女性は動かない人形に言葉をかけるが、少女に声をかける様子は無い。
「あたし特別なの。ママの望んだとおりになったのよ。だからママ、こっちを向いて! ……ママ……ママぁ」
「因果な物だな。提唱した本人が実験台とは」
「精神崩壊。それが、あの接触実験の結果か」
「しかし、あんな小さな娘を残して自殺とは、残酷なものだな」
「いや、それだけが原因ではないと、もっぱらの噂だよ」
紅茶色の髪の少女が墓の前で、母とは違う別の女性に手を繋がれ、周りを囲んでいる人々の中で棒立ちしている。
そして、少女の肩に女性の手が乗せられる。
「アスカちゃん。心配しなくて良いのよ。皆で相談して、私があなたを引き取ることになったから」
そして、少女の肩から手を離し、続けるようにして口を開く。
「アスカちゃんは、お利口だからおばさんの家でも、ちゃんとやれるわね」
そう言って、その少女を残して、女性は踵を返し、来た道を帰っていった。
空に黒雲が立ち込め、周りの人間がいなくなり、雨が降ってきても、少女はそこを動こうとはしない。
その目には感情が無く、喪失感だけが漂っていた。
紅茶色の髪を伝い、雨の雫が少女の頬を伝っていくが、涙は全く出ない。
少女は、自らの肩に爪を立て抱くようにして、微動だにしない。
しかし、突然さっきまで降っていた雨がピタリと止んだ。上を見上げると、銀髪の少年が傘を自分の頭の上に差し出し、雨を遮っている。
少女と大体、同じ年齢であろう。だが、その表情は何処と無く大人びている。
「雨はいいねぇ。悲しいことを、全て洗い流してくれる。でも、楽しかったことを流してしまってはいけないねぇ」
一方的に離し始めた少年を、少女は無言で見上げている。
「キミに頼みたい事があるんだけど、良いかい?」
「……ぇ?」
「もし、今度会う事が出来れば、友達になってくれないかい?」
その頼み事に、少女は驚いて顔を上げる。
目の前に映る少年の眼は、紅く澄んでおり、微笑みながら少女を見ている。
「名前は……なに?」
「僕の名前は渚……ヲ……。キミと同じような存在さ」
少年の声は雨音に掻き消され、掠れたようにしか聞こえない。
「な……ぎさ?」
「ドイツ語ではmeer……海と言う意味さ」
「メーア……海」
「もう帰らなければいけないんだ。それじゃ、また会いたいねぇ」
少年が先ほどと同じように微笑み、少女に傘を渡すと、踵を返し、墓地の出口へと足を進めた。
そのうしろで、少女は傘を渡した少年の背中を見ながら、出せるだけの声を振り絞る。
「あたしは……私は惣流アスカ=ツェッペリン! エヴァに乗って、人類を救うの。それで、お母さんと同じように、みんなに認めてもらうのっ!」
少しずつ距離を離していた少年は、再び少女の方を向き微笑むと、優しい口調でアスカに問い掛けた。
「キミは、そのままでも、充分魅力があると思うけどねぇ? エヴァに乗るのは、自分を創ることじゃないんだ。キミはそのままで良いんじゃないかい?」
「ママは……ママは一番になれって、いつも言ってたの」
「キミは、それで良いのかい? ただ、一番になるだけにエヴァに乗って、すこしの時間だけ有名人になることで、キミは満たされてしまうのかい? ……キミの心はガラスのように繊細なんだねぇ。もし、次に会う時はその答えを考えておいてくれないかな?」
それだけ言い残すと、カヲルは雨の向こうへと消えていく。
墓の前には、少女の傍に残された一本の青い傘が、少女に当る雨を遮っていた。
「……ママ」
布団を被っていたアスカが、頬に違和感を感じ、鏡を見ると、両頬には涙が乾いた跡が残っていた。
腕の中で眠っていたメーアもアスカに気付き、顔を上げる。
その赤い瞳は、どこか心配そうにアスカを見上げていた。
「ごめんね。起こしちゃって。さ、早く寝ましょうか」
アスカが再び、布団を被り瞼を瞑ろうとした時、耳を突くような非常警報が鳴り響く。
布団を被ったアスカの頭の中に、使徒という文字が浮かんだ。
「メーア! 絶対に、部屋から出ちゃダメよ!」
そう言い残すと、アスカは服を着替えて部屋を飛び出していく。
残されたメーアは、そのドアをじっと睨んでいた。時計の針は夜中の一時を差している。
ドイツ支部の発令所のモニターに、戦闘機による攻撃を受けつつ、真っ直ぐこちらに向かい、ゆっくりと浮遊している使徒が映っている。
「セカンド。準備は良いか? 発進、地上に出ると同時にパレットライフル一斉射。訓練どおりにやれば絶対に勝てる!」
「了解。アイツを倒せばいいのね」
アスカの目に、巨大なシャコのような使徒が映り、自らの心臓が脈打っているのが分かる。
「エヴァンゲリオン弐号機、発進!」
弐号機が、射出ルートから地上に吐き出される。
紅い色の弐号機は、すぐにパレットライフルを構え、目の前に浮かんでいる使徒を睨みつける。
モニターに使徒が映り、狙いを定めるや否や、アスカはパレットライフルのトリガーを引いた。
しかし、銃口から吐き出されるウラン弾は、放射能と煙を吐き出すだけで、全く効果が無い。
弾が無くなった事を感じ取ったのか、浮遊している使徒は、触手のような物で弐号機を攻撃する。
だが、弐号機も後に飛び、それを軽くかわすと、発令所が移っているモニターを見た。
発令所から、次の命令が下される。
「ソニックグレイブで応戦しろ。鞭には絶対に触れるな!」
「了解!」
弐号機はパレットライフルを捨て、予め用意されていたソニックグレイブを握り締める。
「これで、どうよ……っ!」
使徒の真上から、ソニックグレイブを垂直に振り下ろす。
しかし、紅い光に阻まれ、逆に弾かれてしまう。
「なによ、これぇ!? こんなの聞いてないわよ」
「それは、ATフィールドといって、使徒独特の防御方法らしい」
「そんなの始めっから、言ってよ!」
もう一度、ソニックグレイブでの殲滅を試みるが、紅い光によって、全く歯が立たない。
「クソッ! どうすれば、良いと言うんだ!?」
『こちらネルフ本部。作戦部長の葛城ミサトです。ATフィールドは普通の武器では歯が立ちません』
「ミサト!? じゃあ、早くATフィールドの張り方を教えてよ!」
発令所から漏れてきた、知り合いの微かな声に、アスカが弐号機を一旦止めて、声を張り上げる。
だが、ミサトがそれに答える前に、弐号機の足が敵の触手に絡みつかれた。
「ちょ、待ちなさいって……のよぉぉ!?」
弐号機の身体は、そのまま宙に投げられ、山に叩きつけられる。
外部電源を装着していた為、なんとか時間が来て止まる。という、最悪の事態は避けられた。
「っ……痛いじゃないのよ!」
弐号機は体勢を整え、反撃を開始しようと、手を付いた。
しかし、その目には在り得ないものが映っている。闇夜に光っている紅い瞳、そして闇夜に映える銀色の毛。
それは、確かに少し前までに一緒に寝ていたメーアの姿であった。
それを見た発令所は、迷うことなく使徒殲滅を続けるよう命令する。
確かにメーアを助ければ、人類は助かるであろう。
人類と比べれば、ちっぽけな命であるのだから、捨ててしまうのが普通である。
しかし、アスカは命令に躊躇し、手の間にいるネコを見つめている。
(そう……私は、あの男の子とネコを重ねてる。理屈とかじゃなくて、なんとなく)
遂に、アスカはエントリープラグを半分射出し、軽い足取りで飛びついて来たメーアを抱きとめる。
「メーア。ちょっと、苦しいけど我慢してね」
弐号機が再び、戦地へと降り立つ。しかし、発令所から、絶望とも思えるオペレーターの言葉が聞こえてきた。
「弐号機シンクロ率。著しく低下! 起動出来ているのが不思議なくらいです!」
「当たり前だ! 獣なんぞを乗せて動いているだけでも奇跡だ」
使徒の前にソニックグレイブを持ち、降り立った弐号機に、容赦なく槍の様な触手が突き刺さる。
発令所に、アスカの悲痛な叫びが響き渡る。
その叫び声を聞いたミサトは焦り、声を張り上げる。
『ちょっと!? なにがあったのよ!』
「弐号機パイロットが異物をプラグに入れた! もう、こっちは終わりだ!」
ドイツ支部の作戦部長は、完全に取り乱し、アスカに向かい、何度も怒鳴りつけている。
しかし、オペレーターの言葉により、その怒鳴り声は止むこととなる。
「弐号機との通信、完全に途絶えました!」
「っぅ……大丈夫だから。もうすぐ、終わらせるからね。メーア……!?」
突然、全身の痛みが和らぎ、体が軽くなる。そして、自分の右手には、白く暖かい手が重ねられていた。
アスカは驚き、後にいるメーアを確認をしようとするが、そこに居たのは、昔見たおも陰のある少年が、後から抱くようにして、一緒に操縦桿を持っている。
光を弾く銀色の髪、透き通っている紅い眼。そして……
「ホントにキミの心はガラスのようだねぇ」
心を和ますような微笑み。記憶に残っている、銀髪の少年と一致していた。
「……バカ。最初から言いなさいよ……おかえり、カヲル」
「もう一度、会う事が出来たねぇ。答えを聞きたいね」
「折角の再会なんだから、もうちょっと雰囲気作んなさいよ」
気丈に振舞おうとするアスカだが、その目から流れるモノはLCLに溶けている。
「じゃあ、まずは使徒を倒さないかい? その後で色々と話もしたいからねぇ」
「分かったわよ。アンタ、操縦できるんでしょうね?」
操縦桿を強く握り締めたアスカは、再びカヲルの方に向き、勝気な笑みを向けた。
「弐号機のシンクロ率上昇中!? 100%を超えました。まだ上がり続けます」
その言葉に、ドイツ支部の司令の総毛がよだつ。
「200%で安定。え、あ……弐号機ロスト!? モニターに映っていません」
次々と起こる、妙な事態に発令所全体が慌しくなる。
『おい、ちゃんと見とけ。こっから、エヴァの本領発揮なんだぜ?』
本部から、聞きなれない声が漏れる。しかし、妙に威圧感のある声に、全員がモニターに目を向ける。
そこに映ったのは、何の音沙汰も無いまま、使徒の後ろに現われ、プログナイフでコアごと使徒の身体を貫いた弐号機の姿であった。
発令所は、数分の間は固まっていたが、すぐに歓声を上げた。
『ステルス・エヴァか。こりゃ、予想以上だな』
弐号機から降りたカヲルとアスカは、射出されたプラグの上に並んで座っている。
「ねぇ、何でネコの姿で出てきたのよ?」
「ちょっと訳ありでね。こういう力を使い過ぎたのさ」
そういうと、カヲルは右手でATフィールドを作り、アスカに見せた。
最初の内は、目を丸くしていたアスカだったが、すぐに気を取り戻して、カヲルに向かい笑って見せる。
「キミは怖くないのかい? 使徒と同じ力を持ったボクが横にいるんだよ?」
「あのねぇ、なんて言うかさ。アンタって、全然怖くないのよねぇ」
そのアスカの言葉に、アルカイックスマイルを浮かべる。
「そうかい? でも、その気になれば、簡単に人を殺せるんだよ?」
「するつもり無いんでしょ?」
アスカは張り合うかのように、同じような笑みを浮かべて見せた。
すると、カヲルはクスクスと笑いを漏らし、アスカの横に座る。
「ホント……キミは好意に値するねぇ」
「こうい?」
「好きってことさ。惣流さん」
笑みを浮かべていたアスカだったが、カヲルの言葉に、顔が熱くなり下を向く。
それを見たカヲルは、笑みを浮かべて、再び言葉を紡ぐ。
「まぁ、この星空も木も動物も好意に値するよ」
「な、なによ、loveじゃなくてlikeなわけぇ?」
アスカは困ったように微笑を浮かべる。しかし、今までの作っていた笑みとは違い、自然と出す事が出来た笑み。
その微笑にカヲルは見惚れ、ゆっくりと言葉を発した。
「そのキミの表情は『大好き』だけどねぇ」
「な、なに言ってんのよ!」
照れ隠しに背中を叩こうとしたが、そこにカヲルの姿は無く、変わりに銀色のネコの姿があった。
「どうやら、そんなに長くは人間の姿を維持できないようだねぇ」
「ねぇ? あんたは、これからどうすんの? ……どっか行っちゃう?」
アスカは心配そうにネコを見つめる。
「日本に行きたいんだけどねぇ。この姿じゃ、難しいねぇ」
「じゃあ、どうすんのよ?」
「もう少し、キミの部屋に泊めてもらっていいかな? 出来れば食事とベッドつきで」
「……勝手にしなさいよ」
月の光を浴びたアスカの頬は、少し赤味を帯びている。
雨の中で濡れていた少女が、差し出された傘を拾い、最初の一歩を踏みしめた。
To be continued...
(あとがき)
遅れました。随分、遅れました。
台風来たり、地震来たりしている北の方の方々。本当にお疲れ様です。
今回は、アスカとカヲルが中心です。そして結構、甘々に仕上げたつもりですが、あまり満足はしてません。あくまで、私はLRSが一番好きなんです。
でもLAKも結構、書きやすかったりします。台詞が多いですから
えぇ、ところで掲示板で指摘されていた、ダブリス→タブリス……私の完璧なミスです。すいませんでした。あと、色々と細かいミスが目立っていますが、指摘したい所は思いっきり指摘してくださって結構です。その方が、私としても、間違いを無くし易いので。
そう言えば、日本とドイツの時差……勘です(すいません
と、今回もシンジが目立たない。一応、主人公なのに……。これは仕方のないこと……か?
とりあえず、今回でアスカ編は中断して、次は学校編書きます。でも一話で終わりそうですけどね。
次話の更新は、私の熱意次第で変わります。三日後に更新するかもしれませんし、一週間後に更新する場合もあります。
では、また。私が倒れていなかったら会いましょう。
それでは、これからも、よろしくお願いします。
(ながちゃん@管理人のコメント)
琥狼様より「EVANGELION 〜未来に光を〜」の第三話を頂きました。
執筆が早いです。全然遅れてなんかいませんって!(汗)
今回は、主にドイツ、アスカ編でしたね。とても良かったですよ。
カヲル君もキザな登場の仕方をしますなぁ〜。
しかもアスカの過去に「仕込み」をしていたとは!
初っ端からラブラブですな、この二人は(笑)。・・・まあ、日本の二人も人のことは言えないですけど(汗)。
まだまだ続くのでしょうね。この甘々な雰囲気のドイツ、アスカ編って・・・(笑)。
しかしシンジ君たちの敵って、後はもうゼーレくらいしか残っていませんよね?
使徒なんて今さら「何それ?」の状態だと思うし、これから新たな強敵でも出てくるのでしょうか?(深読みしすぎか?)
うーむ、続きが気になりますね。
次話を心待ちにしましょう♪
作者(琥狼様)へのご意見、ご感想は、 または まで