EVANGELION 〜未来に光を〜

第四話 人形の様な…… Her Concealed by Mind

presented by 琥狼様


予鈴の5分前、教室のドアが開き、シンジとレイが手を繋ぎながら隣り合う、お互いの席に足を進める。

教室にある席の半分は、既に主が居ない。

物好きなものと、親が居ないもの以外は全員、疎開していったのである。

「あ、おはよう。綾波さん。碇君」

「おはよ。委員長」

「……おはよう」

ソバカスのある、おさげの女の子。洞木ヒカリが、二人の席に近づき、軽く挨拶をする。

それに気付いたシンジは、ヒカリに向かい軽く手を挙げる。

それに気付いたレイも、コクリと頭を下げる。

「お〜転校生やないか。おはよぉさん」

ヒカリの後に続くように、関西弁の男子。鈴原トウジが顔を出し、シンジとレイに軽い挨拶を済まし、自分の席に向かう。

それに代わるかのように、眼鏡の少年。相田ケンスケがシンジとレイの席に駆け寄り、手に持っていたカメラのシャッターを押す。

放たれるフラッシュの光を浴び、レイは嫌そうに眉を寄せる。

「なぁ? お前ら、いつも二人揃って学校に来てるけど、もしかして、同棲してんじゃないのかなぁ?」

レイの様子を見たケンスケが、慌ててカメラを仕舞い、シンジに向かって、からかう様に質問する。

「もあしかしても、なにも……今の所、リツコさんの家に住まして貰ってるし」

「ええ。引越し予定のマンションも、隣同士になる筈……」

その言葉にレイも相槌を打つ。

突然の衝撃告白に、クラス中の男子が口を開閉させながら、呆然としているのを見て、シンジは言葉を続ける。

それに希望を求め、男子たちは耳を向ける。

「今、ミサトさんが探してくれてるから、マンションが見つかるのも、もうすぐかな」

帰って来た言葉は、奈落に落とすような言葉。

その言葉を発した当の本人は、嬉しそうに自分の腕を抱いている少女の髪を撫でている。

男子は一斉に生気を失い、そして一変、ゾンビの如くシンジに襲い掛かってきた。

洞木ヒカリ曰く。『その光景はB級ホラー映画より怖かった』とか。

「おのれぇ! 綾波さんとの同棲なんぞ、俺達が許すと思うか!?」

「そうだ! 男女が二人揃って屋根の下なんて、しかも今度は隣同士で保護者もいないぃ!? 綾波さんを襲うつもりかっ!?」

横から唾が飛んでくる中、シンジは完全に無視を決め込み、レイと世間話に徹している。

それを自分のカメラで取っているケンスケ。彼は一体、何を撮りたいのやら。

「あ、今日の夕御飯。リツコさんの要望で、茶碗蒸だけど……鶏肉は大丈夫?」

「えぇ、大丈夫。一応、シュウさんの分も作るの?」

既に、この2人には周りの喧騒など、蚊の羽音にも満たない。

レイの言葉に、シンジは少し考えたが、小さく首を横に振った。

「ううん。なんか、海外に出かけるって、言ってたから。今日は三人分かな」

ちなみに、シュウは特殊作戦部に居た時に、給料を貰っていたが殆ど旅行費に費やしていた為、家賃や食費、光熱費が払えなくなっている。

しかし、それでもシュウの旅行癖は直ることなく続いているらしい。

しかも、今は司令という立場である。全体の指揮は、全てリツコに任せきりなのである。

本人は、それを『大切な仕事の一環』と言っているのだが、帰ってくるたびに大量の土産が渡されるため、全員が娯楽であると睨んでいる。

「へぇ、碇君って、料理できるのね」

喧騒に巻き込まれそうになっていたヒカリが、男子を掻き分けて驚いたような声を出す。

彼女も料理好きな為、彼が作っている料理に興味を持っていた。

今の時代、男が料理を作ることなど珍しくないが、それでも中学生で家庭の料理を作っている者は珍しい。

「うん、綾波にも手伝ってもらってるから」

レイは嬉しそうにシンジの首に腕を回しながら、後で恨めしそうに見ている女子達に、甘々ぶりを魅せつけている。

それを見た男子達がより一層、荒れている。

「何で碇ばっか、美味しい役とってんだよぉ!」

その様子をカメラで取り続ける少年は、嘆くように叫んだが、男子達の喧騒により掻き消された。

無論、そのおかげで、1限目は完全に潰れたのは言うまでも無い。


そして放課後。比較的、2人と仲の良いトウジ、ケンスケ、ヒカリは一緒に校門を通って岐路に着く。

「なぁ、転校生。ゲーセン寄ってかへんか?」

交差点に差し掛かり、シンジとレイはバス停に足を進めようとしたが、トウジの言葉で静止した。

シンジはニッコリと微笑み、レイのほうに顔を向ける。

「構わないよ。じゃあ、綾波も一緒に行く? 楽しいよ」

「碇君が行くなら構わないわ」

その微笑を向けられたレイは、頬を朱に染め、遠慮がちに頷く。

前は無表情だった彼女の反応にヒカリは思わず、表情を緩める。

「ふっ。綾波は碇至上主義者……か」

カメラを携えている少年は、彼女とは対照的に、首を垂れながら、目じりに雫を溜めている。

そんな少年をレイはどうでも良いように、シンジの腕に抱きついた。

「他には何もいらないもの」

「せやけど、友達も作っといた方がええでぇ? 仲人がおらへんだら、嫌やろ」

からかうつもりで言ったのだろうが、レイは真剣に悩んでいるようである。

しばらく思案した結果、出た結論は「……考えておくわ」であった。

その言葉に、流石のシンジも苦笑している。


10分程進んだ所で、トウジの歩みがピタリと止まる。

その視線は道路脇に注がれており、そこには列をなしている、黒い外車がギッシリと停まっていた。

この車から悪人面の男が出てきても、おかしくは無い。

「あ? 何やアレ。黒い車が仰山、停まっとるけど」

「もしかして、ネルフの車か!?」

目を輝かせたケンスケが身を乗り出して、駆け出そうとしているのを、トウジが何とか食い止め、足早にそこから去ろうとする。

しかし、合図をしたかのように、全ての車のドアが一斉に開き、黒いスーツを着込んだ20人ほどの男が5人に向かって走ってきた。

それに驚いたヒカリとケンスケは、身体を震わせながらトウジの背後に隠れている。

レイは、そんな2人の手を引っ張って、店の前に避難させる。

それを確認したシンジは、屈伸運動をしながら、トウジに問う。

「違うみたいだね。鈴原君は喧嘩とか出来る?」

「あったりまえや! 後ろでガタガタ震えとれるかい! ワシもやらせてもらうで」

その集団を前に、トウジは臆することなく、拳を作る。

「じゃ、2〜3人は頼むよ」

その言葉に「おう!」と答えるのが早いか、前方まで迫っていた男の体が、突然回転し地面に打ちつけられた。

その男の腕は、シンジによって、しっかり絞められている。

それを狙うかのように、もう一人の男がナイフを振り上げシンジを見下ろす。

しかし、シンジは怯えずに冷静な目で男を見ると、ナイフが刺さる寸前で横に転がり、その凶器を回避する。

下に寝ていた男の腹に、ナイフが刺さり、血が噴出す。

それに逆上し、もう一度シンジの腹に向けてナイフを突き出すが、その手首の間接を極められ、あっさりと宙に浮き、地面に叩きつけられる。

男が情け無い声を出しながら、地面にうずくまったのを確認したシンジは、銃を構えている男たちを見据え、挑発するように拳を半分ほど開き、男たちに向ける。

数秒ほど経ち、5人の男がシンジを囲み、一斉にナイフを振り上げる。

布が切れる音と、人の呻声が聞こえる。

立ち上がったシンジのシャツの両肩に、血が滲む。しかし、与えられた傷はそれだけで、囲んでいた男達はその場で気を失っている。

シンジはふと気付き、トウジの方を見る。力任せに殴っているだけだが、十分効いている様だ。

「ゼーレも惜しいことするね。こんだけ良い人材なのに。って言っても、ちゃんと鍛えたらだけど……ねっ!」

味方のナイフに刺され、腹部の出血を押さえながら立ち上がった男を、シンジは容赦なく片手で投げる。

悲痛な叫びが通りに木霊し、徐々に後ずさりしている残りの男たちの前に、それが転がる。

一人の少年によって追い込まれた男たちは、躊躇いながらも拳銃を抜く。

形勢は男達の方が有利であろう。

防弾チョッキの付けていない、息を切らしながら立っている少年と、拳銃を構えた十数人の男達では、勝敗は見えたようなものである。

シンジは、落ち着かせるように一度だけ深呼吸をし、男達を見る。

「やっぱり、拳銃相手はキツイよね」

そう言いながらも、頭を掻きながら、困ったような顔をしている。

「い、碇君って一体、何者。っていうか、アレは何」

「……合気道と太極拳。きっと、前の学校をサボって習ってたのね」

冷汗をかいているヒカリの問いに、レイは呆れた様に答える。

その横から、カメラでそれを収めていたケンスケは手を休め、首をかしげてレイのほうを見た。

「それでも、あんなに強いのは何でだ? 普通、5年位やってても、あそこまで強くはならないんじゃないのか?」

「使い方さえ良ければ、ナイフ相手でも充分、勝てるわ……ちょっと、手助けしてくる」

突然、レイが立ち上がり、シンジと男達が対峙している方向へ足を進める。

ヒカリの静止する声が聞こえるが、レイは聞こえない振りをしながら、シンジの横に立ち、鞄から小型の銃を取り出し、何本かを手渡す。

「デリンジャー……麻酔銃だから大丈夫よ。でも、単発式だから気をつけて」

それを受け取ったシンジは、小さく頷き、その銃口を男達に向ける

勿論、黙って打たれる筈も無く、男達も握っている銃のトリガーに指を掛けた。

2発の乾いた音と、十数発の銃声が鳴り響く。

男達が放った銃弾は、レイが作り出した微量のATフィールドによって、軌道が逸れ、一発も当ってはいない。

それとは逆に、銃を構えていた2人の男は仰け反る様に後ろに倒れた。

男達の殺気が一層強まり、第2射が放たれようとしている。

レイもすかさず、新しいデリンジャーをシンジに渡して、相手を待つことなく麻酔弾を吐き出させる。

第2射目もATフィールドにより、逸らされ、また2人が倒れていく。

シンジとレイは、ゲンドウ張りの笑みを作り、5個目のデリンジャーを向ける。

「なんか、形勢逆転しちゃったみたいだね」

「……無様ね」

その時、2人の背後に、悪魔の影が見えたとか、見えなかったとか。

それを見ていたヒカリとケンスケは、呆然としながら、その場に座り込んでしまった。

「……もうすぐ、スーパーのタイムサービスが始まるの」

その言葉と共に、最後の一人がその場に倒れこんだ。

「あ、鈴原君の方も終わった? とりあえず、物騒な物は取り上げといてね」

3人ほど殴り倒したトウジは、顔面に痣を作りながらも、シンジの方に向かって手を振っている。

どうやら、トウジの方も大丈夫らしい。

「せやな……って、そないな事より、何でコイツ等、ワイら襲ったんや?」

もっともな質問である。ただの中学生を襲う理由など、はっきり言って無いに等しい。

しかも、此処に居るのは、平々凡々な中学生である。

「アレ、言ってなかったっけ? 僕と綾波は零号機パイロットだよ。良く狙われるんだ」

どうやら、これが初めてでは無いらしい。

しかし、そんな情報を漏らすのは不味いのでは無いだろうか?

「なんやってぇ! 何で今ま「なんだってぇ!? マジかよ。この時期に転校してきたから、まさかとは思ったけど……どんな、訓練するんだ? 階級は? やっぱ、揺れるのか?」

トウジの言葉を遮り、ケンスケが洪水の如く、シンジに質問を浴びせる。

「とりあえず、その質問は置いといて、っと。で? 何が目的なのかな?」

質問をはぐらかしたシンジは、腹部を押さえながら転がっている男の髪を掴み、尋問を開始しようとする。

しかし、男は口元を吊り上げると、奥歯を噛み締めた。

「っ……ゼーレは不滅だ。人類補完計画もまだ終わってはいな……い」

男の息が止まり、全く動かなくなる。口からは、濁った液体が流れている。

「自害なんて古臭いなぁ。綾波ぃ、リツコさんに電話して。すぐに、実験材料を送ります。ってね」

「わかったわ……でも」

心配そうに見つめるレイの頭を、優しく撫でたシンジは溜息を吐き、苦笑いを見せる。

そして、囁くようにレイの耳に口を寄せる。

「うん。多分、リリスの魂は消えてないね。オリジナルかコピーかは、分からないけど」

「じゃあ、すぐにアダムを消すべきね。あと、ロンギヌスの槍の回収も」

その言葉に、シンジは相槌をして、回りに倒れている男たちを見下ろす。

強さから見て全員、下っ端であろう。幹部クラスは一人もいない。

催眠を掛けられ、情報が漏れるよりは、良いと判断したのだろうか?

シンジは、ハンカチで汗を拭きながら、ゼーレの事を考えていた。

「そうだね。そろそろ、カヲル君が動き出すと思うよ」

「おーい。碇ぃ、早くゲーセン行こうぜー」

「あ、ゴメン。今から行くよ」




――もう、普通に暮らせると思っていた。人類補完計画は完全に潰れている。この目で見ているのだから、疑う余地も無い。

リリスの魂は消えた。アダムの処理も、もう済むであろう。おそらく、否、絶対に発動されることは無い。ゲンドウも牢に入れられ、綾波レイが苦しむ事は無くなった。

これで終わる筈。もう、終わった筈だ。


だが目の前に飾られた、Lilith Project と綴られているプレート。そして、赤い液体が張られた水槽に浮かんでいる同じ顔をした9人の少女。

綾波レイと同じ存在。命令だけを忠実に聞く生き人形。

身につけていた携帯の着信音が、その永遠とも思える静寂を掻き消すように鳴り響く。

周りには人の気配すら無い。

「よぉ、どうした。ボケ老人の足取りは、ちゃんと掴んだんだろうな?」

『篠滝……キール=ローレンツが、また姿を晦ました。居場所が特定できてない。すまん……捜査官を総動員させたんだが』

水槽に向かって歩いていたシュウの足がピタリと止まり、携帯から流れる声に耳を傾けた。

目の前に浮かぶ少女達は、無感情な瞳をシュウに向けたまま、静止している。

その少女達から視線を逸らし、目線を上に向ける。塗装が剥げ落ち、辛うじて原形を留めている天井。周りに人の気配は何も無い。

「もうしなくていい。こっちも丁度、ネバダでヤバイもん見つけちまった」

床に埃は積もっていない。人が来なくなったのは最近、固く見積もって、2週間前であろうか。

ゼーレを制圧した時期と一致する。

再び、水槽に目を移すと、少女達は未だにシュウの方を見ながら、ぷかぷかと浮いている。

彼女たちは、何の目的で作られたのか。

プロジェクトの資料を見つけようと、シュウが本棚に手を向ける。

しかし、ファイルに手が触れる寸前で、透き通るような白い手に、その行動を阻まれた。

赤い髪。しかし、シュウの染められた髪とは違い、はっきりとせず、朧気な光を放っている。

金色の眼。だが、その光は濁り、どちらかといえば黄土色となってしまっている。

その姿は、水槽に浮かんでいる少女達の姿と酷似しており、彼女も同じように、無感情な眼をシュウに向け唇を動かすが、声は出ずに空気だけが漏れている。

「ん? もしかして、話せねぇのか? もう一度、口動かしてくれ。出来れば名前も教えてくんない?」

少女は理解したのか、再び口を開く。

『誰?』『名前』『知らない』『フォースチルドレン』……唇から作られていくのは、単語ばかりで、少女のコミュニケーション能力が根元から欠けている事がわかる。

ジッと黙っていたシュウは、全て聞き終えると、少女の手に納まっていたファイルの中から何枚かの紙を抜き取ると、少女から目を離し、資料を読み始めた。

「文として繋がってない。小学生か、それ以下ってトコだな……まぁ、名前の方は、考えておくかね。それよりも……(フォースチルドレン何かあるな)」

そう言うと、シュウは少女の喉に手を伸ばす。少女は一瞬、肩を震わせたが、喉が撫でられると、ゆっくり身体の力を抜いた。

「うーん。声帯は正常だし、耳も聞こえる。こりゃ、コミュニケーションの仕方を教えてもらってないだけだな。ところで、単語はどうやって覚えたんだ?」

その問いかけに、少女は本棚から、何冊かの分厚い本を取り出し、シュウに見せる。

「あ? もしかして、本だけで覚えたのか?」

少女は小さく頷くと、踵を返して、奥の部屋へと歩き始めた。


暗い。部屋に入っての、第一印象がこれである。電気が無く、生活観も全く無い。

二つの意味で真っ暗な部屋。少女は、プラスチック製の丸いすに座り、本を読み始めた。

本を読む少女の眼は、やはり相も変わらず、無感情。最初の内は、感情を隠しているだけかと思われたが、何かが違う。

表情も緩む事が無く、コミュニケーションの仕方もわかっていない。

本当に操り人形のようで、人の感情を持っていないような……そう、仮面ではなく、そのまま仮面と同化してしまったような表情。

その仮面を剥す為には、耐えがたい苦痛を強いられるのだろうか。

シュウは、少女の横にしゃがみ込むと、本に釘付けられていた顔を覗き込み、口を開く。

「んで、これからどうすんだ? お嬢ちゃん。もう、ココには誰も来ないぞ」

本を眺めていた少女は、顔を上げてシュウを見ると、本を閉じて、音を発することの出来ない唇を開いた。

『どうして?』なにも分からない少女は、答えを求めるが、シュウは訴えを振り切るように、少女に手を差し伸べる。

「オレの知り合いに引き取ってもらうも良し、此処に残ってモノクロの世界に浸っていても文句は言わん。とりあえず、答えが出たら合図かなんかしろ」

そう言うと、シュウは壁に身を委ねて瞼を閉じた。


何時間か経ち、シュウの耳に本を閉じる音が聞こえ、椅子に座っていた少女が立ち上がったのを確認すると、シュウは水槽があった部屋へ歩いていく少女に向かい、口を開く。

「どうした? どっちにするか決まったか?」

歩みを止めた少女は、シュウの方を向くと小さく首を振り、再び歩き始めた。

シュウは溜息を吐いて、少女をあとを追うように立ち上がり、ドアに向かって足を進める。

来た時には気付かなかったが、床には多種類の銃器が転がっている。

最近、使用していたのか、ボロボロになった絨毯からは、硝煙の匂いがしつこく染み付いていた。

訓練に使われる穴の開いた、張りぼてのターゲットが立ったまま、放置されている。

そして極めつけは、少ない光の中で揺らめいている首のない巨人の姿。おそらく、エヴァンゲリオンであろう。破壊されたのか、もしくは……。

寂れた部屋を後にしたシュウは、水槽のある部屋で少女を探す。

すると、水槽の中に入っている赤い液体を啜っている、あの少女の姿が目に写った。

それを見たシュウが一瞬、表情を歪ませるが、すぐに表情を元に戻し、少女のもとに駆け寄る。

そして、少女の横から手を出して、赤い液体をすくう。

「へぇ。それって美味いの? ちょい貰って良いか? ……っ」

シュウの口に血の味が広がり、口を押さえながら咽込んだ。

「うぇ。血の匂いと、変な舌触りが……キモチワルぅ。おまえ、良く飲めるなぁ?」

少し涙目になっているシュウが、苦笑いをしながら少女に顔を向ける。

少しずつ赤い液体を飲んでいた少女は、シュウの笑みに小首をかしげた。

そう言う仕草だけを見れば、ごく普通の可愛らしい少女であろう。

「赤木姐さんの料理は美味いぞぉ。あ、赤木姐ってのは、オレの大切な人でぇ。まぁ、完っ璧に片思いなんだけど」

楽しそうに、笑いながら話すシュウを、少女は無表情のまま見続ける。

その様子は、第三者から見れば、歳の離れた兄妹か恋人の用に思えただろう。

だが、実際には一方的に話す男が、それを聞いているのかさえ分からない少女に対する、唯一のコミュニケーションであった。

シュウは欠伸をすると、立ち上がって、さっきまで寝ていた場所へ足を進める。

「ん、もう一度寝るわ。ま、答えはいつでもOKだからな」

水槽の前で立っていた少女は、頷きもせずにシュウのうしろ姿を見送ると、床に落ちている2丁の拳銃を握り締めて、あの部屋に向かい歩き始めた。

その目には何も映ってはいない。彼女の心は、白く白く白く……そして……赤く。





「カヲル〜。ちゃんと留守番してたぁ?」

薄いドアが開き、紅茶色の髪をした少女が、銀色のネコを抱き上げる。

ネコは不満そうな顔をしているものの、内心嬉しいらしく、無意識のうちに喉を鳴らしている。

そのカヲルの様子に、アスカは満足そうに彼の頭を撫でている。

「惣流さん……一応、ボクの心は人間のままなんだよ? そういえば、随分遅かったんだねぇ?」

「ほら、前の戦いで命令無視しちゃったじゃない? アレのお咎め」

ようは、自分達が立てた作戦ともいえぬ作戦が、全く意味を成さなかったのに、駒である少女が、命令を無視して、ネコをプラグに入れた。

それだけなら、アスカを一方的に攻める事が出来ただろうが、ネコがトリガーにでもなったかのように、弐号機とのシンクロ率が一気に跳ね上がり、使徒を瞬く間に殲滅してしまったのだから面目は丸潰れである。

しかも、戦闘が終わった直後にプラグスーツのまま逃げ出して、発令所を混乱させていったのだ。

だが、戦闘というものは勝てれば良いのである。もし、あのまま戦っていたら、弐号機の損害は多大なものであっただろう。

それでも、納得できないから『八つ当り』なのである。

「彼等は結果論というものを知らないのかい?」

「その結果論てのを認めたくないんじゃないの? なんか、今まで此処に居たのが馬鹿みたいよ」

そう、戦闘に過程などはいらない。勝ったか、負けたか……この二つしかない。

「つまらない所だねぇ。早く日本に行きたいものさ。ドイツ語も日常で使える程度だしねぇ」

「そうだ! アンタ、ファーストとサードに会った事ある? なんか、ファーストの方は人形みたいって、聞いたんだけど?」

アスカは、ドイツ司令から渡された二人のデーターを思い出し、ファーストチルドレンの写真と添えられていた文章で、適当な印象を言う。

勿論、悪気は無いのだろう。実際に会えば、そういう印象は一気に吹き飛ぶものである。

「レイの事かい?」

「な、ファーストと知り合いなの!? どう言う関係よ!」

アスカが声を張り上げて、カヲルの胴を掴む。

そのアスカの反応に、カヲルはクスクスと笑いながら、問いに答える。

「とりあえず、ボクの妹になってるけどねぇ。嫉妬してくれるのかい?」

まぁ、第三者から見ても、そう思うであろう。

声を張り上げていたアスカも、耳の先まで真っ赤になっている。

「す、するわけないでしょ! っていうか、アンタ苗字は渚じゃなかったっけ!?」

出来るだけ、話題を逸らしたい為、少し気になっていたことを問う。

「今は綾波カヲルだよ。勿論、ファーストチルドレンと血は繋がってないけどねぇ」

「ふ〜ん。じゃあ、サードの方は? 司令の息子って聞いてるけどぉ?」

シンジにこの事を聞かせれば『アレとの血の繋がりは認めないっ!』と叫んだであろう。

幸い、その元凶の髭オヤジは牢に入っており、もう出てくることは無いだろう。

「シンジ君のことかい? 今頃はレイと一緒に冷やかされてるんじゃないかな?」

「え、ファーストとサードって付き合ってんの?」

アスカが驚いたように、目を丸くする。

「まあ。そうだね……むしろ夫婦同然だよ。ボクの居ない間に行くとこまで行ってるかもねぇ」

「へぇ、日本の中学生も進んでるのねぇ」

色々間違えられてはいるが、そう表しても間違いでは無い。

しかし、これによってアスカの日本の中学生像が固定されてしまったのは、言うまでも無いであろう。

後に、日本に居るヒカリとトウジは、彼女に振り回されることになる。

「それより、惣流さん。加持リョウジって人の部屋を知らないかい?」

「え? 加持さんなら、今日は用事があるから出掛けてるみたいだけど……って、なんで知ってんのよ!」

流石に逆行してきたから。とは言えず、悩んだ末に出た結論。

「まぁ、そう言うのは突っ込まないでほしいねぇ。そういえば、昼御飯を食べたいんだけど」

「なっ……分かったわよ。もう、ちょっと待ってなさいね」

そう言って、アスカはソファーから立ち上がり、キッチンに向かった。

「出来れば、パスタ以外のものでお願いするよ」

「贅沢言わないの! 普通なら、ドライフードで済ますとこなんだから」

と、言うか普通のネコはそれで良いと思う。

だが、カヲルの要望で、タマネギ料理以外のものを作っているのである。

今のところは、パスタ止まりらしいが。

「そ、それはゴメンだねぇ」

睨まれたカヲルは身を震わせて、ソファーに座りなおす。


その10分後には、アスカがさらに盛り付けられた熱いパスタと野菜を、机の上に置いた。

ちなみに、猫用の皿が無いので、カヲルも同じ食器である。

「ハイ。前よりは、野菜が上手く切れたわよ」

と、出されたトマトは、確かに前よりも形は整っている。

しかし、カヲルは手をつける様子も無く、皿を睨みつけていた。

その様子を見ていたアスカが、不満そうな声を上げる。

「……なんで食べないのよ? 毒なんか盛っちゃいないわよ」

「いや猫舌だから、ちょっとねぇ」

猫だから当たり前であろう。

しかし、タマネギ中毒と猫舌だけを受け継ぐのは、妙である。

アスカは怪訝そうな表情をしたが、すぐに元に戻った。

「ふ〜ん。ネコも大変ねぇ……はい。これで良いでしょ」

そう言って、自分のフォークでパスタを絡めとり、息を吹きかける。

そして、それをカヲルの口の前に出す。

差し出されたそれを美味しそうに食べるカヲルを見て、満足したのか、アスカは自分のパスタを食べ始めた。

「あ……間接キスだねぇ」

カヲルの小さな頭に、アスカの拳が振り下ろされた。






To be continued...


(あとがき)

1週間ぶりです。こんばんは
ようやく、四話更新です。学校編と言っておきながら、今回は対人戦でした。
対人戦が大好きなので、これから増える可能性もあります。
とりあえず、シンジ君は銃の扱いが上手くなってます。
中盤は番外編として出すべきだったなぁ。と、今更ですが思っています。だって、オリキャラ対談なんて……ねぇ?
とりあえず、役者が揃いました。勿論、シンジが主人公です。これまでの話をプロローグだと思ってもらっても、構いません。
ちなみに、首の無いエヴァンゲリオンは四号機です。これ以上はネタバレなので触れませんがね。
えぇ、途中から描写が少なくなってるのは……すいません。途中で燃え尽きてました。
なんか、緊張が抜けたと言いますか……。
今回のサブタイトルを直訳すると、彼女は心を隠された。という意味になりますが、他にも色んな解釈できるかもしれません。(私は余り、考えなしにやってますが)
あと、次の更新は水曜日に出来ればいいなぁ。という希望が自分自身にあります(あくまで希望です)



(ながちゃん@管理人のコメント)

琥狼様より「EVANGELION 〜未来に光を〜」の第四話を頂きました。
ネルフは完全にシンジ君たちの手に落ちたようですけど、ゼーレという組織はまだ暗躍しているようですねぇ。
それに何やら原作とはまた違うような秘密を持っているようだし・・・。
今回のように襲われるのは日常茶飯事なのでしょうかね。
しかし、いきなりの狙撃ではなくて、白昼堂々とシンジ君たちに刺客を送ってきたということは、目的はチルドレンの「殺害」というよりは「誘拐」なんでしょうか?(深読みしすぎかな?)
しかし刺客に襲われ、目の前で自害した人間もいたというのに、暢気にゲーセンとは・・・ケンスケたちも結構豪胆ですな(笑)。
アダム・・・リリス・・・そしてロンギヌスの槍───まだ何も終わってはいないということですかね。
今回出てきた「リリス・プロジェクト」っていう存在も気掛かりです。
そして謎の赤い髪の少女(謎といえばシュウもそうですが)は、一体何者であるのでしょうか?
非常に気になるところです。
次話を心待ちにしましょう♪
作者(琥狼様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで