愚者たちの断罪の狂宴

第二話

光の王と闇の女王

presented by 光齎者様


《site : 光を司る白き王》




時はA.D.199X年――――




幾重にも深く降り積もった雪と、分厚い氷に地表の一面を覆われた凍てつく大地の世界。

年間を通して気温が氷点下より高くなることは少なく、太陽が時期によっては全く射さず、また時期によっては全く沈まない大陸の地表から遥か地下深い場所。

白く、白く、何処迄も白い『光』の、或いは『闇』の拡がる巨大な球形の星の中心に、【彼】は何をするでも無く、ただ其処に存在していた。

其処は耳に痛いぐらいの無音の静寂に包まれ、半分眠り半分覚醒した状態の彼以外に、生命の気配はひとつも無い。








「此れが、裏死海文書に記されていた【白き月】か?」

「本当に、このようなものが存在していようとは……」

「裏死海文書に記されている事が真実であるのならば、此の中に【彼の者】が?」




(……何…だろう?)

自分が生まれてから、或いは自分がこの惑星の此の場所に着床してからどれ程の時が流れた頃だろう?

悠久の時の流れのほんの一時の中を微睡、揺蕩うていた彼の領域の中に、明確に別々の意思を持つ数個の生命が侵入して来た。

ざわざわとざわめいているその生命達に興味を惹かれ、彼はその意識のみを遥か遠くへと飛ばし、宇宙の始まりから現在に至る迄の全ての叡智の結晶である『神の板』と自分の意識をリンクさせる――――




(【私】からでは無く、【彼女】から生まれし者達…… 【リリン】というのか…………)

単一個体で完成された形では無く、群体として遺伝子を、知識を、文明を次世代へと繋ぎ、発展していくことで常に進化する道を選んだ者達。

自分と彼女のように【陽の個体】と【陰の個体】に分かれ、ひとつの【陰陽】が番いとなって新たな子(個)を成していく者達。

そんなリリン達に対し、彼は純粋に「おもしろい」と思った。

未知の領域の知識を常に探求し、解明していくことで文明を発展させて来た習性の成せる業なのだろう。

彼自身とも云える白き月の中に無断で踏み入り、やがて彼自身を見つけ出して彼を研究し始めたリリン達を寛容に受け入れて、彼は暫しの時間その挙動のひとつひとつを悉に鑑賞し続けてみることにする。








(ほぅ……)

短い時間の間にも、入れ替わり立ち替わり自分の元へと足を運ぶリリン達。

その中のひとつの番いの陰の個体の一個、リリンの言葉で言う女性のひとりの存在が、彼の興味を強く惹いた。




その女性は群体であるリリンの中に於いて明らかに、特殊と言える存在だった。

その卓越した頭脳もさることながら、遺伝子レベルで他のリリンとは一線を画す、絶対的な優性種だ。

おそらく、番いとなっている陽の個体との間に彼女が新たな子(個)を成せる可能性は、数千那由多分の1もあれば良い方だろう――




暫しの間その女性のみに焦点を絞って観測を続けているうちに、彼はその彼女自身が、自分が遺伝子的に他のリリンと比較して絶対的優性種であることを全く自覚していないということに気がついた。

それに加えて残酷な事に、そんな彼女には「母親になりたい」という強い願望があるということにも。

だが、彼女の番いである陽の個体の遺伝子はあまりにも劣性で、彼女の優性遺伝子に負けてしまい、自然に着床する確率はあまりにも絶望的に低い。




それならば――――




そこで一旦思考を止め、彼は生まれてからその時まで長年連れ添った旧い身体を別れを告げ、魂だけの存在となってその絶対優性遺伝子を有するリリンの女性の胎内へと入りこんだ。

その女性の胎内で彼は母体の完全複製になってしまわないように遺伝子に手を加えながら、自分の魂を入れるためのリリンの陽の個体を容作っていく。




そのまま自然に子(個)を成して母親になるという願望が叶わないというのであれば、その母体を自分がリリンとして生まれ直す為に使用して、彼女にその母親となってもらっても構わないだろう。

ああ、そうだ、どうせリリンとして生きるのだから、長くても100年程度のリリンとしての生を終えるまで、自身の記憶も厳重に封印して自身が【何】であるかということを思い出さないようにもしてしまおうか。

リリンとしては長く、彼としては短い生を終え、彼が彼に戻った何時の日にか、ああ、そういうこともあったなと思い出して懐かしめるように。




ある程度、原型を容作ったリリンの胎児に彼の魂が定着して行くに連れ、彼の記憶が次第に薄れ、やがて何の知識も無い真っ新な状態へとなっていく――――




――――【碇ユイ】、それが彼が母体に選んだ絶対的優性遺伝子を持つ、リリンの女性の名前であった。












《site : 闇を司る黒き女王》




(……どうなって…いるというの?)




地球という惑星の北半分、東欧より遥か東に位置する小さな島国の、地表より遥か地中の深い場所。

黒く、黒く、何処迄も果てし無く黒一色が拡がる【星】の中心で、【彼女】は悠久の時の流れを揺蕩うていた微睡からゆるりと覚醒した。

遥か昔に袂を分かち、この惑星の遥か遠くへと降り立ったはずの【彼】

その彼の魂の波動を、手を伸ばせばすぐ届くかと思われるぐらいの近い位置に感じ取り、彼女の中で驚きや喜びの感情が抑え切れないほどに錯綜する。




その魂の波動は細く、か弱く、あまりにも儚い

だが、それは自分が間違いようも無い、紛いも無い彼のものだ。




いったい何が起こったというのか? 彼女はほんの一時前の彼の行動のように、その意識のみを遥か遠くへと飛ばし、宇宙の始まりから現在に至る迄の全ての叡智の結晶である『神の板』と自分の意識を繋いで【彼】の選択した行動の一端を垣間見る――――




(――――ほんの一時【リリン】として生きてみることを選択した彼が、まさか【私】の眠るこの地で一個のリリンとして産まれて来るというの……?)




何という偶然、何という奇縁だろう。

彼自身がこの地に私が眠っていることを承知の上で、この地で生まれたリリンを母体に選んだわけでは無いようだ。

いや寧ろ、彼の母体となり得る特殊なリリンが、偶々この地で生まれた【陰の個体】だったという運びというのが正確な表現であるらしい。

自分と彼の間にある因縁めいた複雑な繋がりを思いも掛けない形で再確認するに至り、彼女は本当に長い間離れ離れになり、一部のリリンの間では「自分が彼を捨てた」と間違った伝承で語られている最愛の彼へと想いを馳せる。








(……さて、それでは私はどうしたものかしら?)




『神の板』で読み取った叡智の中に、リリンの組織のひとつが『裏死海文書』なる万象の記録書アカシック・レコードの劣悪複製品を有し、直に此処【黒き月】に辿り着くであろうことが記録されていた。

【白き月】は既に発見され、そのうえで彼はリリンとして生きてみる道を選択してみたようだ。




それならば、私も――――




――――そこまで考えると徐に、彼女は意識を地表へと向け、自身が眠るこの島国の中に自らの母体となり得る陰の個体、可能であれば既にひとつの番いとなっているリリンが居ないか探してみた。

ほんの数刻の後、御誂え向きと謂わんばかりに彼が母体に選んだリリン同様に、自身では自覚をしていない絶対優性遺伝子を所有する陰の個体を見つけ出し、彼女はその胎内を使用して自分もリリンとなることを決意する。








程無く、白き月を発見した者達はこの黒き月へと辿り着き、やがて私自身を発見して研究をし始めるのだろう。

だが、そのリリンの研究にいちいち、私が付き合わなければいけない筋合いは何処にも無い。

その探求心を満たすために、研究したいのであれば幾らでも研究すれば良い








この私という魂の抜けた、中身の無い抜け殻を――――








――――母体として選んだリリンの胎内で母体の完全複製になってしまわないように遺伝子へと手を加え、自らの魂の受け皿となる陰の個体を容作りながら、彼女は考える。




ああ、そうだ、どうせなら彼が選んだのと同様に、私もリリンとしての生を終えるまで、自身の記憶も厳重に封印して自身が【何】であるかということを思い出さないようにしてしまおう。

そのうえで、双方に自覚が無いままに、リリンとなった私と彼が再び巡り会えたとしたならば、それ以上に運命的なことは他に無い。




(そういえば、私の母親となるこのリリンの名は、なんと言っただろう?)




ある程度、原型を容作ったリリンの胎児に彼女の魂が定着して行き、次第に薄れて真っ新な状態へとなっていく意識の端で彼女は考え、そして更なる偶然の一致に驚いた。

いや、ここまで来ると最早「偶然」では無く、「必然」であったのだろうか?








――――彼女が母体に選んだリリンの陰の個体は、その名を【霧島“ユイ”】といった。












《site : 光を司る白き王…その「陰(闇)」》




「……目覚めの感じはどうかな? 【アダム】より最後に生まれ、その魂を有する者よ」




外見は4〜5歳程度の【彼】という少年の意識が始まったとき、その少年の前には老いて尚、身の丈に合わぬ野心をその裡に滾らせる男体の【リリン】が5人いた。




「……君達は、何者だい? 此処はいったい、どういった場所なのかな?」

「き……貴様っ! 議長や我等に対して、何という口の利き方を……」

「……よい。この者には、それだけの権利がある」

当然の如く問い掛けたその少年の言葉に激怒した老人のひとりを、顔にバイザーを着用した明らかに他の4人より威厳に満ちた老人が諌める。




「我等は人類補完委員会、我が名はキール・ローレンツ。そして此処は我等の人類補完計画の要となる場所、名をSEELEゼーレ)】という」

「……SEELE…か。ドイツとかいう国の言葉で、「魂」という意味だったかな?」

「そう、群体であるが故に不完全である我等リリンが完全なるものへと昇華するとき、正にその「魂」となる場所だ……」

少年の問いに、キール・ローレンツが答える。








「……それで? 僕は何故、こんなところにいるのかな?」




「汝が身は、我等がアダムより作り出せし器……」

「汝が魂は、アダムそのものたる魂……」

「そして汝は、ここで生まれしもの」

「汝は裏死海文書に記されし、自由意志を司る最後の使者【タブリス】」

少年の更なる問い掛けに、キール以外の老人達が代わる代わる答えた。

「理解していただけたかな? アダムの魂を持つ者よ……」




(いや、「違う」…………)




議長と呼ばれたキール・ローレンツの言葉の一部を、少年は声には出さず心の中で否定する。

自分はの魂は、アダムそのものでは無い

それは嘗てアダムが捨てた身体に僅かに残った、アダムの魂のほんの小さな小さな欠片

本質が【陽(光)】であるアダムの魂の、ほんの僅かな【陰(闇)】の残滓








だが――――








「どうかしたかな? タブリス、いやアダムよ……」

どうやら目の前の老人達は自分をアダムそのものであると確信し、アダムである自分に価値を見出しているようだ。

それに、どうやらこの肉の器は不安定で、定期的に調整をしなければ維持し続けることは出来ないらしい。




それならば――――




「それで、その人類補完委員会とかいう貴方達は、僕にいったい何を求めるというんだい?」




自身にとって都合の良いその勘違いを、態々指摘する必要も無いだろう。

この者達が自分に何かを求めるというのなら、等価交換でその代償を払って貰う権利はある。

彼等の願いを聞き入れる代わりに、自分は自身の維持のために、せいぜい彼等を利用させてもらうこととしよう。

そう割り切って、少年は5人の老人達にぎこちなく、アルカイックな笑みを向ける。




「差し当たって、求めることというほどのことも無い……」

NERVネルフ六文儀…… いや、いまはと名乗っているのであったな。奴に収集を任せたEVAシリーズのデータと、使徒である汝のデータを比較する作業程度か……」

「いや、この者は我等リリンとほぼ同じ容姿をしているのだ。いっそのこと、この者とEVAシリーズをシンクロさせたデータというのも、後々何かの役に立つかもしれん……」

「そうなると、戸籍が必要となるな。まさかアダムやタブリスの名で、実験に参加させるわけにもいかんだろう……」




(……そうなると僕自身、自分が「本当のアダムでは無い」という記憶を封じてしまった方が良さそうだ…………)

目の前でいろいろと好き勝手に意見を交わすその老人達の言葉を吟味して、少年はそう判断した。




「この者の戸籍は、既に用意して整えてある……」

キール・ローレンツがそういうと同時に、少年と老人達の間の空間に、正にその少年のためだけに誂えた内容の戸籍の資料が現れた。




そんな事態を余所に、少年は自らが司るその「自由意思」で、目の前の老人達に発覚しては都合が悪い自身の知識に意図的に強固な封印を施す




「この内容の戸籍で、汝には異存は無いかな?」

「……ああ、僕の方に異存は無いよ」

「……では、本日よりこれが汝の名だ。よいな?」

「……全てはリリンの、人類補完委員会の求めのままに」

キール・ローレンツの問いに返しながら、少年は目の前の老人達に恭しい所作で一礼をする。








キール・ローレンツが用意したその戸籍には、【渚カヲル】と記されていた。












《site : 闇を司る黒き女王…その「陰(光)」》




(……「私」は、?)

LCLが満たされた容器の中で、少女が少女に問い掛けた。




(……「私」は「私」)

少女が少女に答えを返す。




(……では「私」とは「何」?)

少女が更に少女へと問い掛けた。




(……「私」は、「綾波レイ」

少女が更に少女へと答えを返す。








(……「綾波レイ」、それは無から生まれた「私」を最初に見出した、ひとりの【リリン】がつけた名前)

(……では、「綾波レイ」とは「何」?)




(……「碇ユイ」という名のリリンと、黒き月リリス)】より生まれしもの)

少女が問い掛け、それに少女が答えを返す。








(……それでは、「綾波レイ」「碇ユイ」?)




(……いいえ、「綾波レイ」は「碇ユイ」の遺伝子構造を模しただけ)

(……「綾波レイ」を構成する細胞組織は「リリス」のもの、「綾波レイ」は「碇ユイ」では無い

少女の問い掛けを、少女が否定する。




(……では、「綾波レイ」「リリス」?)




(……いいえ、厳密にはそれも違う

(……「綾波レイ」は「リリス」の反身ネガ

(……本質が【陰(闇)】である「リリス」の魂が捨てた身体に残されていた、その魂のほんの僅かな【陽(光)】の残滓

少女の問い掛けに、少女が正確な答えを返す。








(……「私」は「綾波レイ」、そして「不完全なリリス」

(……でも、私にこの名をつけたあの男体のリリンは、「リリス」の化身として「綾波レイ」に価値を見出している)

(……それでは、私が「不完全なリリス」であるのだと知れば、あの男は私を捨て去るのだろうか?)




少女は考える――――




――――どうせ「無」の中から生まれた、本来なら生まれるはずの無かった命だ。

自分を生み出した「無」の中に還ることは、少女にとっては何も怖いことでは無い

どうやら「碇ユイ」の遺伝子構造を模し、「リリス」の細胞で構築したこの身体は不安定で、意図的に調整を施さなければ直ぐにでも、LCLへと還ってしまうようだ。

自分が「無」に還るのは、その気になれば今直ぐにでも出来る








しかし――――








(……何故かしら? まだそれは、早い気がする…………)




或いはそれは、少女の魂を構成するほんの僅かな「リリス」の因子の影響でもあったのだろうか?

「綾波レイ」は自分が「無」へと還るのは、まだ時期尚早であると感じた。

それが自分にとってどういう存在であったのか、正確なことはもう忘れてしまった【誰か】

その誰かと、何時か自分は此処で相見える予感がする。








「調子はどうだ? レイ」




何時の間に、入って来たのであろうか? 少女に「綾波レイ」の名をつけたリリンの男が、全裸の少女が入っていたLCLの容器の前に立っていた。




「……問題ありません」




一糸纏わぬ姿をその男に見られていることに対して何も感じず、少女は淡々と機械的に言葉を返す。




目の前の男は少女が「リリス」であることに意義を見出しているだけであり、少女の容姿に亡き妻「碇ユイ」の面影を重ねているだけだ。

「綾波レイ」という一個の少女そのものに対しては、その自我を全く尊重する気配は無い




いや寧ろ、「綾波レイ」に自我などというものは必要は無く、少女は自分の計画を完遂するためだけの言い成り人形として存在していれば良いとすら思っているようだ。




ならば「私」も、せいぜいこの男「碇ゲンドウ」を利用させてもらうとしよう。

自分の中にある「リリス」の因子が待つ「誰か」と、此の地で邂逅する時が来るその日まで――――




少女は自らの意思で自らの自我を押し殺し、生きて来たるべき時を迎えるために、その男「碇ゲンドウ」の望みのままに、暫しの間その言い成り人形を演じる道を選択する――――








――――その少女と、彼女の待ち人たる「誰か」である少年【碇シンジ】との邂逅は、これより更に10年近くの年月の経過を要することとなる。












こうして【彼】である【白き月アダム】と、【彼女】である【黒き月リリス】の魂は【陽(光)】と【陰(闇)】へと分かれ、【リリン】の身体的構造を有する2人の少年と2人の少女へと転生を果たした。












――――それから10年ほどの年月が流れ、物語は動き出す。






To be continued...
(2016.04.30 初版)


(「あとがき」という名の「本編補足」)


取り敢えず今回は、今作における【アダム】と【リリス】たちの設定の回収です。


今回、最も明らかにしておきたかったことは、シンジと六文儀ゲンドウの間には血の一滴、遺伝子の一粒たりとも繋がりが無い――シンジを構成している血や遺伝子は「碇ユイ」だけのもの――ということです。

今後、六文儀には自分勝手な都合でシンジやレイ達に行ったことの報いたぁ〜ぷりと受けてもらいますが、そもそも本当は父子ですら無いので「処遇が酷過ぎるんじゃないか?」という考えは完全に不必要であるいうことをご理解しておいてください。



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