愚者たちの断罪の狂宴

第三話

使徒の力を宿す者達

presented by 光齎者様


《site:霧島マナ》




「よっ、遅かったじゃないか……」




それがその男【加持リョウジ】の最期の言葉となった。

一発の銃弾が彼の眉間に撃ちこまれ、ドサッと乾いた音を立てて、その体が床の上に倒れこむ。




(さて…… どうしたものかしら?)




その一部始終を目撃し、いままさに加持リョウジの魂がその肉体を離れる直前に立ち会うこととなった少女、【霧島マナ】は右手を頬に当てて軽く首を傾げた。

その存在は魂だけの霊的なものであり、撃たれた加持リョウジの眼にも、彼を撃った者の眼にも映ってはいない。




戦略自衛隊が少年・少女兵を徴兵していた事実を隠滅するために、陸上軽巡洋艦「トライデント」の1体をN2爆雷で破壊処分した際、彼女は仲間であった少年【ムサシ・リー・ストラスバーグ】に脱出ポットへと乗せられた。

だが、そのポットが射出された際の衝撃に、既に内臓が駄目になっていた彼女の身体は耐え切ることが出来無かった。




錐揉み回転しながら近くの海へと投げ出された脱出ポットの中で、【リリン】の霧島マナはその生涯の幕を閉じた。




(あのときはまだ自覚していなかったとはいえ、ムサシには悪いことしちゃったなぁ……)




1人乗り用の脱出ポットに自分を乗せたために、ムサシがトライデント共々N2爆雷で焼き払われることになってしまった。

自分であれば、そのときのリリンの身体がN2爆雷で焼き払われたとしても、どうということも無かったのに。




リリンとしての身体が焼き尽くされても、自分は闇を総べる黒き月の女王【リリス】として覚醒するだけのことでしか無かったのだから。

いまさら後悔しても遅い過去へと思いを馳せ、マナは小さく苦笑を洩らす。




既にリリンとしての命は尽きていたから、港で脱出ポットが回収された時点で既に、マナはリリンとしての自分の身体はもう必要無いと思った。

寧ろ、リリスである自分の魂にとっては、足枷にしか過ぎない――――と。




だからこそ、いま目の前で死に逝こうとしている男の手引きで彼【碇シンジ】と再会し、何時かの再会を約束して別れた後すぐに、彼女は何の躊躇も無く自らの意思で自身のリリンとしての身体をLCLへと還した。

精神だけの存在となり、いまだ覚醒しない碇シンジに関わるリリン達を動向を、使徒にもリリンにも属さない中立の立場で傍観する者となるために。




故に、マナがこの場に鉢合わせたのは、或る意味偶然であって、或る意味必然でもあった。

それは全容からすればほんの些細なこととはいえ、【彼】を取り巻く運命の中の一幕であるということには違い無いことであったから。








凶弾に倒れた加持の遺体を、数名の黒服の男達が黒塗りの車のトランクへと詰めこみはじめた。

彼の遺体はそのまま処理場へと運ばれ、遺棄されたその場所で人知れず土へと還ることになる。

それが彼自身が自分で選んだ道、自分で選んだ人生の末路であるとしても、このまま知人の誰にも彼は死んだという真相を知られることも無く、永遠に行方不明者扱いとして処理されるのであろう。

そんな彼の肉体から離れて行く魂を、マナは両手で包みこみ、そのまま手の中に掬い上げた。




その真意はどうであれ、この人が嘗て自分とシンジに協力してくれたことは事実だ。

ここでそのことぐらいの恩は、返しておいてもいいのかもしれない。




幸い未だ不完全な彼女の力でも、リリン1人分の魂程度であれば、この世界に留め続けることぐらいは出来そうだ。

そのように考えたマナの手の中で、彼女のリリスとしての力に包まれた加持リョウジの魂が結晶化し、オレンジ色の光を放つ小さなひとつの宝珠となる。




(あとはどのタイミングで、この人を彼女に渡すべきかしら……?)




魂をこの世界に定着させたとはいえ、彼は既に死んだ人間であり、その恋人の彼女【葛城ミサト】はいまを生きている人間である。

下手にタイミングを間違えればそれは、葛城ミサトの心を永遠に、死んでしまった恋人に縛り付ける鎖になってしまうかもしれない。




(最良のタイミングは、彼女が死んでしまう直前……ってところかしら?)




霊的な存在となり戦略自衛隊の、国連軍の、NERVの、そしてSEELEの動向までも傍観して来たマナには確信があった。

最後の使徒が殲滅された後、NERVはSEELEの命を受けた戦略自衛隊と国連軍に制圧され、葛城ミサトを含めNERVの職員はおそらく皆殺しにされるのだろう――――と。




だが、それが分かっていてもマナにはそれを阻止するつもりも、その事実をNERVの関係者に伝えるつもりも無い。




何故なら、彼女リリスはすべてのリリンの母。




その本質は所業の善も悪も関係無く、すべてリリンに対して平等で中立なるものなのだから――――












《site : 渚カヲル》




(僕は何故、こんなことをしたのだろう……?)




エレベーターの扉に寄り掛かった状態の葛城ミサトの遺体と、自分の手の中で結晶化させた彼女の魂の宝珠へと視線を向け、魂だけの霊的な存在となっていた渚カヲルは自分が行った所業に対して軽く首を傾げた。

彼の周囲はNERV自身と戦略自衛隊が流しこんだ硬化ベークライトによって固められ、彼が張り巡らせた結界の僅かな空間だけがぽっかりと、小さく虚ろに空いている。




(もう間も無く、おそらくサード・インパクトが始まる…… それならば、この彼女の魂も、溶け合うリリン達の中へと還した方が良いのかな?)




此処NERVのジオフロントの外で、自身の素体を使用したダミー・プラグにより9体の量産型EVAが活動を始めたことを、カヲルは感じ取っていた。

以前カヲルが使役した弐号機とセカンド・チルドレンによっていまのところ善戦をしているようではあるが、彼女達はS2機関を内蔵し、ロンギヌス・コピーを所有した9体の量産型EVAに勝つことは適わないだろう。

NERVの司令の目論む形かSEELEの人類補完委員会の目論む形、そのどちらになるかはわからないが、リリンの手によるサード・インパクトは間違いなく直に発動する。




彼等は本当に、気がついていないのだろうか?

その先に待ち受ける未来は、種としての滅亡でしか無いという事実に。




或いは――――




(――――気がついていても、既に後戻りの出来ない状況なのか……)




NERVの司令の方はよくわからないが、SEELEの老人達の方は結構、強引な無理押しを行っていたようであった。

最早計画を頓挫するには、手遅れだったのかもしれない。




そして、果たしてそれは本当に、リリンどころか地球上の全ての命を巻きこんでまで行うだけの価値のあることなのか?

純粋なリリンでは無いカヲルにはいまひとつ、それを適正に判断することは出来ない――――








「――――こんなところに、先客がいるとは思わなかったわ……」




(っ!?)




思考の海に沈んでいたカヲルの耳朶を突如、第3者の少女の声が静かに打った。

硬化ベークライトに周囲を固められ、第3者の介入する余地は無い筈のその場に響いた声のした方へと顔を向け、カヲルは思わず目を見張る。




何時から其処に居たのだろうか?

自分と同じように手の中にひとつの宝珠を持つ少女が、鼻先が触れ合う程ぎりぎりの処からカヲルに対して微笑みを向けていた。




その少女には、普通の人間の目には映らない筈の霊体であるカヲルの姿が、はっきりと見えている?




「あら? 貴方“も”アダムなのね……」

「……綾波レイ…じゃないよね? 君“も”リリスなのかい?」

「正確には、わたし“も”では無くてわたし“が”よ。リリンとしての名前は霧島マナ。マナって呼んでくれればいいわ。貴方は?」

「……渚…カヲル。カヲルって呼んでくれればいいよ」

「そう……」




ひらりと軽やかに踵を返し、マナは心持ち身体ひとつ分程度、カヲルから身を離す。




「……君はいったい、何をしに此処に来たんだい?」

「……最初はこの人の魂を、恋人であるその人の魂のもとに連れて来てあげるだけのつもりだったんだけどね…………」




手の中にある宝珠をカヲルに見せながら、マナはいまは少し気が変わったと答えて、徐に視線を天井へと向けた。

釣られるようにカヲルも視線を天井に、いや天井を更に越えた先、ジオフロントの外側へと向ける。




「はじまったわね……」

「そうみたいだね……」




ジオフロントの外で、大きな力が解放されたことを2人は感じ取った。

続いて自分達の……アダムとリリスの肉体がひとつに融合したことにも。




「……これから君は、いったいどうするつもりなんだい?」

「……おそらく、貴方がしようとしていることと同じよ」




そうでしょ? とコケティッシュに小首を傾げ、マナが斜め下から上目遣いでカヲルの顔を覗きこんできた。

そうだね。と軽く笑みを返し、カヲルはその右手を彼女へと伸ばす。




差し出された右手にマナが右手をそっと添えると2人の身体は浮き上がり、天井も硬化ベークライトもすり抜けてジオフロントの外まで上昇した。

やがて天空に磔となったEVA初号機と9体のEVA量産機、そしてそれらを内包する様に覆う巨大な白い綾波レイの姿をしたアダムを内包するリリスの姿を視認すると、2人は寄り添った状態で何の躊躇いも無く、そのリリスの中へと入りこむ。




それは闇の王闇の女王が互いに互いの手を取り合い、不完全な自分達の力を完全に取り戻すそのために、リリン達の発動させた不完全なサード・インパクトへとその魂を介入させたことを意味していた――――












《site : 鈴原トウジ》




「よっ! トウジ、生きてるか?」

「ケンスケ?」

「相田君?」




第3新東京市から少し離れた郊外の病院の一室。

入口の表札に【鈴原トウジ】と書かれた個室の中に2人の少年と1人の少女の声が響いた。




「あれ? 委員長もいたのか」

「わ、わたしの疎開先も、この近くだったから……」

ケンスケと呼ばれた少年の言葉に頬を弱冠赤らめて、委員長と呼ばれた少女【洞木ヒカリ】はやや早口で言葉を返す。




「態々見舞いに来てくれる奥さんがいて、トウジは幸せ者だねぇ〜」

「相田君っ!!」

「……おまん、いったい何しに来たんや?」

尚もからかう【相田ケンスケ】と、声を荒げるヒカリを見て、トウジが冷やかに問い掛けた。

そもそもケンスケがどうやって此処を調べたのか? それがまず、皆目見当がつかない。




「あ〜……、親父のPCをちょっと弄ってたら、此処にトウジが入院していることが分かったから、ちょっと見舞いでもと思ってね……」

それに……と、ケンスケは言葉を続ける。

「彼奴は物理的にも、精神的にもトウジの見舞いには来れなそうだし、これぐらいの事くらいは、俺が肩代わりしてやろうかな……なんてね」

「……ほっか…………」

敢えてケンスケが名前を出さず、彼奴という暈した表現をした少年、碇シンジの現状の立場を思い、トウジも敢えてその追及は止めておく。




「……それにしても、案外元気そうじゃないか?」

「まぁ、のう。左足は義足んなってもうたが、それ以外は身体的にも特に問題あらへんしな」

「だからって、鈴原ってばわたしが目を離したら、すぐ無茶をするんだから。本当はもっと時間をかけて、リハビリと同時進行で義足を慣らしていかないといけないのに……」

ケンスケに義足となった左足を見せながら何でも無い事の様におちゃらけて振舞うトウジに、ヒカリが苦言を漏らした。

「妻帯者は、大変だねぇ〜……」

「……るっさいのう…………」

「ちょっ、誰が誰の妻ですって!? っていうかトウジ……じゃなくて鈴原も、ちゃんと否定しなさいよ!!




ほんの数週間前まで、第3新東京市の中学校の教室で行われていたような会話が再現され、どこからともなく彼らのいるその病室が和やかな雰囲気に包まれる――――












――――と、何の前触れも無く唐突にその病室全体を、否、そのような小規模などでは無く地球という惑星全体を大きな力が包みこんだ。












(なっ……何や!?)




その力に唯一、その場にいる人間の中で気づいたトウジの目の前にヒカリと妹のナツミの姿をした『何か』が、ケンスケの目の前に惣流・アスカ・ラングレーの姿をした『何か』が、そしてヒカリの目の前に自分の姿をした『何か』が現れる。

その『何か』が彼らに触れたその瞬間、トウジの、ケンスケの、ヒカリの肉体がパシャンッと軽い音を立てて、紅色の水に変化した。

(くっ……!?)

肉体が失われた瞬間、反射的にトウジは超高次元ATフィールドアウゴエイデス・アイテールで自分の姿を再構築して自分の魂を何処かに引きこもうとする『何か』をまず消し去り、次にヒカリとケンスケの魂を同じように引きこもうとしていた『何か』も同様に消し去った。

続いて引き留めたヒカリとケンスケの魂にトウジが両手を翳すと、その両掌の中で彼女と彼の魂が2つの宝珠の形へと結晶化されていく。




肉体が失われたその瞬間、それが何故かはわからないがトウジには、自身にはそれらのことが出来るという根拠の無い確信があった。

肉体では無く超高次元ATフィールドアウゴエイデス・アイテールで構築した姿で自分そのものを訝しむトウジの視線の先、病室の窓から見える視界の中で河や海が紅色に染まって行き、大地も木々や草花が枯れて紅色に染まって行く――――








「――――僕達の他にも、使徒の力を魂に宿したリリンがいるとは思わなかったな」

「っ!? 誰や!?」

目まぐるしく変化する世界を傍観することしか出来ないトウジの耳に突如、やわらかなイントネーションのボーイソプラノが響いた。

「やっほ〜♪ 久しぶりね、鈴原君」

「……霧島…マナ?」

声の聞こえて来た方へと振り向いた視線の先、アルビノの少年に寄り添い、病室の入り口から自分に手を振る嘗て同級生だったことのある少女の姿に、トウジは思わず目を丸くする。




「ねぇカヲル? 鈴原君の魂に混ざっているのって……」

「……ああ、バルディエルEVA3号機のものらしいね」




淡々と為される渚カヲルと霧島マナのその会話が、呆然とするトウジの耳を意味を為さずに素通りした――――






To be continued...
(2016.05.07 初版)


(「あとがき」という名の「本編補足」)


今回は取り敢えず、第1話目で何故トウジがNERVの副司令だったのか? といったところの設定回収といったところでしょうかね?


――――超高次元ATフィールドアウゴエイデス・アイテールについて――――

読んで字の如く、3次元以上の超高次元に位置するATフィールドの事です。

ちょっと昔のNHKアニメで11次元という設定がありましたが、これはさらにそれを超越した黄河砂や那由多といった単語でも顕し切れない程に高い次元ということになります。

レイ達がこの超高次元ATフィールドアウゴエイデス・アイテールで自らの身体を再構築したのは、サード・インパクトによって地球中に無への還帰衝動デストルドーエネルギーが充満したため3次元の肉体だとすぐにLCL化してしまうからですが、サード・インパクトの依代にされたシンジだけはそのせいで3次元の肉体と超高次元ATフィールドアウゴエイデス・アイテールの特性が変に入り混じってしまったため、テロメアとアポトーシスの限界による寿命が訪れるまで自殺することも出来なくなってしまいました。


その意味でも、自分を依代にしてサード・インパクトを実行した六文儀ゲンドウやSEELEのボケ老人共のことを、シンジは物凄く恨んでいたりします。



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