大人というのは何時の時代でも身勝手だ。
 自らが為し得なかったことを子供に押しつけ、己はその利益に溺れる。そしてその利権を得ようと何人の数が集まるだろう。
 たとえばソレは資金。
 たとえばそれは権力。
 そして、たとえば。
   それは、欲望。
 そうして得た利権になんの意味があろう。
 もちろんそれがすべての親ではないことは記しておこう。

 だが。

 その被害に遭うモノが確実にいる。
 もちろん世界最高峰の権力を持つネルフにもまた。
 被害に遭うのは……果たしてどちらか。







新世紀エヴァンゲリオン――時の迷い子

第弐話――見知らぬ、天井

presented by 神凪珀夜様




「シンジ君、まず歩くことだけを考えて」
 目の前に使徒と呼ばれる敵生体。使徒との間はわずか30mほどだろうか。人にとっては多少遠いが、巨体を持つ彼らにとってみれば、ほんの一瞬でたどり着ける距離。
(やはり、無能だな)
 0点、どころかマイナス利敵行為。珀は思う。リニアにより身体を拘束されているエヴァが即座に行動することはできない。出撃し地上にでた時点で狙撃されてもおかしくはないのだ。にもかかわらず敵生体とされている物体の目の前に放り出す。近接戦闘でただ歩くだけの行為がどれほどの危険を孕んでいるか。攻撃の的にしてくれと言っているようなモノだ。
 当然シンジも同じ事を考えている。だからこそ、その言葉を受け入れるわけにはいかなかった。
『僕に死ね、とでも?』
「そんなことは言ってないでしょ!」
 それはそうだ。彼女らにしてみれば"動くかどうか分からないから、まず動かしてみて"と言っているのと動議なのだから。だがそれをさらに畳みかけていく。
『動くかどうか分からない機体をいきなり実戦に投入するからですよ。葛城……一尉殿でしたっけ。 戦場で無防備に歩くことの危険が分からないとは言わせません。なんなら、ここに来てみますか?』
 さすがにこの言葉には沈黙せざるを得ない。戦場でたたき上げられた軍人、もしくはセカンド・インパクトを経験し生き延びた大人達には分かっているのだ。彼らとてそれが自殺行為だということが。
『もっとも、アナタの言うことは聞けませんけどね。父さん……碇、司令でしたっけ?みなさんも聞きましたよね。【座っていれば良い】って。 あとはそちらで何かしてくれるのでしょうから、僕はただ座ってるだけです』
「「「なっ?!」」」
 さすがにこの言葉に発令所の人間−3マイナス3人が凍り付いた。

Case1.
(なるほど、あくまで組織ならば上からの命令が優先される、か)
 うまく考えているようで、これでは高得点はやれんな、とも考える。とりあえずここまでで40点。
 確かに組織内部では上層部にいる者の命令ほど執行しなければならないだろう。だが、それは組織内部にいる人間だけだ。
 そして彼らは。まだその組織には属していない。あくまで親孝行で【座っている】のであり、出撃位置は彼らネルフの思惑でしかない。座っているシンジには縁ないことではある。
 深く思考の海に沈みながら、珀は目を瞑る。

Case2&3.
「碇、さすがにこれはまずいのではないか」
 発令所の最上位レベル。そこは司令席となり、先の使徒対戦略自衛隊せんりゃくじえいたい――これを略して戦自と呼ぶ――で首脳陣が陣取った席である。当然現在はこの組織の長であるゲンドウが座っているのだが。
 何時の間にかゲンドウの左後方に位置している冬月――ちなみに役職は副司令になる――が問いかけた。だがそれをゲンドウはただ一言で切り捨ててしまった。
「問題ない」
 シンクロ率は限りなく0に近く、起動を果たしているものの実際に動くのか油断ならない状況。さらに。司令である彼の命令でパイロットは動くこと、つまりエヴァを操作し使徒を倒すことを拒否してしまった。
(本当に、だいじょうぶなのだろうか・・・)
 ここまでの15年間を彼と共に歩いてきた冬月といえども、冷や汗を隠し通せなかった。

 さて。戦闘を拒否し、素直に……とは語弊があるが、座るだけをこころみているシンジに話を戻そう。
 誰もが呆然としている間。初号機が動かずただ使徒――サキエルの前に立ちつくしている間。ただそれだけの筈だったのだが突如サキエルが初号機の頭をつかんだ。そのままサキエルの左掌の穴から白い槍を突き出す。
「シンジくん、避けてっ!」
 だがシンジはソレすらも無視し通した。

 ガンッ! ガンッ!
 エントリー・プラグに伝わる衝撃を感じながら彼は考える。
 この状態で避けるなんて無理に決まっているじゃないか、と。そして分かり切っていたとはいえ結論を下す。
(うん、これでようやく僕一人で動けるね)
 彼とてただ敗北のために戦闘を拒否したわけではなかった。
(だって、痛いのイヤだし)
 それが彼の本音。シンクロ率を抑えた――そう、意図的に抑えた理由でもある。果たして何人が気付いたものか。0.11%とは反転させれば……。 とはいえ、このまま何も手を出さなければ確実に負けてしまう。もちろん、師に言われていることを破るつもりもなく、現状を打破するには初号機を使うしかなかった。
("とりあえず、死ぬな"か。先生も結構難しいこと言うよなー)
 当然、師が希望しているのはもっと難易度が高いことだ。これはあくまで最低条件でしかない。が、このままでは師の最低条件すら到達できなくなってしまう。生身でも良いが、まだその時期ではなかろう。
 その結論に至り、発令所に通信をつなぐ。
「発令所の方々聞こえてますね。さて、これが……使徒に負けている、いや負けた。これがあなた達の命令である【座っていろ】という指示の結果です」
『『『なっ?!』』』
 それは私のせいではない、とミサトは叫びたかっただろう。パイロットが動けない、いや動かないからこそ初号機が負けているのだと。
 それは私のせいではない、とリツコは、オペレータ達は叫びたかっただろう。戦闘指揮までの権限は持たないと。
 それは私のせいではない、と冬月は考えているだろう。自分はゲンドウについて行くのみだと。
 それは私が考えることではない、とゲンドウは考えているだろう。負けることそのものが彼のシナリオ通りであり、そもそも初号機――いや、シンジに勝利など期待していないのだと。

 ちなみに珀夜というと、そういう手段に出たかと考えている。上位の指示で負けるように命令されたことを広報する。これほど組織内の意欲を殺ぐものはない。自分たちは勝つために動いているのに、負けるよう指示するとは何事だ、と。
 珀はともかく、ネルフ組の一切を排除するシンジの声。何の感情も浮かばない、ただ――伝えるためだけの声。幾人かは蒼き髪の少女を思い浮かべてしまう。それほどまでに、感情が、無かった。ただ、その報告に。
 作戦部長、技術部長以下オペレータは驚きを隠せない。対使徒戦のために結成されたネルフ。そのネルフが使徒に対して一方的に負けているという現状。
 確かに彼の命令違反――と呼ぶべきかどうかは分からないが――も影響はあるだろう。だが、彼は依然ネルフの一員ではない。
「僕も死にたくありませんし。親孝行はこれまでにさせてもらいます」
 それだけ伝え、発令所との通信を切ってしまう。だれも疑問を持つこともなく通信は終了してしまった。 しかし、それでも残された者達は動き続けなければならない。その報告がたとえ闇色の絶望に染められていたとしても。

「頭部破損……損傷レベル不明です」
「制御神経が次々断線していきます」
「シンジ君は!?」
「モニターに反応無し、生死不明です!」
「エヴァ初号機、完全に沈黙!」
 そこまでの報告でリツコは決断を下す。いや、彼女だけではなく、ミサトもまた同様の決断を下していた。
「ミサト、もう無理よっ!」
 その言葉にミサトは目線で応え、命令を下した。
「作戦中止!パイロット保護を最優先!プラグを強制射出して!」
 だがそれすらも闇に覆われてしまう。
「だめです!完全に制御不能です!!」
「何ですって!?」

(さて、動くか)
 珀はスクリーンを背に、戦場へと歩を進めた。

 第三新東京市の郊外。市街地のビル群から離れた、農村地区。そこに一つクレーターができていた。
 そのクレーターを囲うように"立入禁止"の看板が立てられている。United Nation(国際連合(略してUN))軍のマーク入りだ。だがそのUNのマークすらカモフラージュにすぎない。中に居る人間はすべてネルフの人間なのだから。

 ネルフの作業員が放射線防護服に身を包んでいる間、とある一室に六人の男が集う。
 周囲に灯りはなく闇に閉ざされているが、テーブルから六色の光が男達の存在を示している。出席しているのはゲンドウと外国籍を持つ男達。
「使徒再来か……。あまりにも唐突だな」
 身体を紫色に染める、バイザーの男が唐突に口を開く。
「15年前と同じだよ。災いは何の前触れもなく訪れるものだ」
 同じく、緑に身体を染める男が同意する。
「幸いとも言える。我々の先行投資が無駄にはならなかった点においてはな」
 赤色。
「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」
 青色。
「左様。いまや周知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作。ネルフの運用はすべて適正かつ迅速に処理してもらわんと困るよ」
 黄色。
「その件に関してはすでに対処済みです。ご安心を」
 白。そしてその白こそがゲンドウである。

『昨日の特別非常宣言に関して政府の発表が今朝、第二―』
――Pi
『今回の事件は――』
――Pi
 どのテレビのチャンネルを開いても似たようなニュースが流れる。昨夜の非常事態宣言の政府発表についての放送だ。
「発表はシナリオB−22びー・ふた ふたか。またも事実は闇の中ね」
 防護服を着込み、頭だけ空に晒しうちわで扇ぐミサトがテレビを消した。
「広報部は喜んでいたわよ。やっと仕事ができたって」
(貴女も仕事したらどうかしらね……)
 同じく防護服を首から下すべて着込むリツコが答えた。声と思考と端末での作業を同時に進める辺りはさすがというべきか。
「うちもお気楽なもんね〜」
 軽い言葉に軽い反応。相手を伺うだけの応酬でしかない。
「どうかしら。本当はみんな怖いんじゃないの?」
 その軽い応酬に、本音を少し混ぜてみた。
「あったり前でしょ……」
 その本音に、真面目に呟くミサト。その対象は今……

「ま、その通りだな。しかし、碇君。ネルフとエヴァ。もう少し上手く使えんのかね」
「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代。国が一つ傾くよ?」
「聞けばあのおもちゃは君の息子に与えたそうではないか」
「人、時間、そして金。親子揃って幾ら使えば気が済むのかね」
「そして君のあの命令。我々の投資を無駄にする気だったのかね。君の息子が働いてくれたから良いようなモノを」
「だがあの力、尋常ではないぞ」
「今は捨て置け。かの計画の前にしては些細な事だ」
「……それもそうだな。"人類補完計画"、これこそが君の急務なのだぞ」
「左様。その計画こそがこの絶望的状況下における我々の唯一の希望なのだ」
「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」
 バイザーの男が議論を打ち切った。彼が議会の責任者らしい。
「では、あとは委員会の仕事だ。」
「碇君、ご苦労だったな。」
 鈍く響く音と共に四人の姿が突然消えていく
「碇。後戻りはできんぞ。」
 一人残ったバイザーの男がそう言い残し鈍く響く音と共に消えた。
「わかっている。人間には時間がないのだ。」
 ゲンドウは自分に言い聞かせるように、ただ一人呟く。

 通路で窓の外をただ眺めているシンジ。窓の外は緑が広がり、ビル群は見えない。その代わりに遠方には壁が見える。
 ジオフロント内ネルフ病院。
 何とはなしに外を眺める彼の時間に終止符を打った者がいた。ドアの開く音が響き、キャスターを転がす音が近づく。シンジがその音の元を確認すると、移動ベッドに一人の患者が居た。
「君は……」
 それは搭乗前に彼が抱きかかえた蒼髪の少女だった。だがその少女は何の表情も浮かべず、何の言葉も発せずにそのまま通り過ぎる。

 エヴァが使う銃器や弾薬等が街中に着々と補充される。その様子をある程度見流し満足したのか、ミサトはトラックから降りていた。
「この町とエヴァとが完全に稼働すればいけるかもしれない」
 そんなミサトに、トラックの窓から顔を出すリツコが反応する。
「使徒に勝つつもり? 相変わらず楽天的ね」
 しかしそこは古くからの友人。売り言葉に買い言葉的に反応が返せる自信はあった。お互いに隠し事をしていなければ、という条件付きではあるのだが。
「あら? 希望的観測は人が生きるための必需品よ?」
「……そうね。貴女のそういうところ、助かるわ」
 その言葉が終わる頃にはミサトは防護服を脱ぎ捨てることに成功している。
「じゃ」
 そしてそのまま、笑顔で愛車に乗り込み爆音を響かせて走り去る。
(使徒には勝てても……あの子には勝てないわよ、ミサト)

 蒼髪の少女と別れて――それが別れてと言えるほどの出会いかは別にして――、待合室に移動したシンジ。誰もいない待合室にただボケっとテレビを見ているその空間を突如破る声がする。ミサトだ。
「シンジくん、迎えに来たわよ〜」
 もちろんはじめましてでもないのでシンジはきっちりを反応を返す。
「貴方ですか…」
「昨日はよく眠れた?」
「さぁ。いつの間にか眠っていたみたいですし」
「ま、何にしろ。身体に何ともなくて良かったわね」
「はぁ……」
 シンジの返答は歯切れが良くないと感じてしまう。もっとも彼は考え事をしていたからでしかないのだが。
「もう、男のコらしくシャキっとしなさいなっ」
 そんなシンジに、ミサトは彼の頭をただ撫で回した。
「ならまずそういう扱いをやめて下さいね。良い大人なんですから」
 シンジの抗議の声にシンジが元気になったことを――半分キレかかりながら――確認する。そして、微笑んだ。
「まいっか。それじゃ行きましょ」
「誘拐ですか?」
 歩き始めたミサトに付いてシンジは歩く。
「……シンジくんは来たばっかりだから何の手続きもしてないでしょ? 住民票の登録とか転校手続きとか」
「それ以前に、アナタがココネルフの関係者で、迎えに来るはずだったのに何も連絡を寄越さずに遅刻、挙句ボクたちの命を危険に晒した張本人であることしか覚えていないのですが。どなたですか?」
(ケージは来たけれども挨拶したっけ?)
 そんなことを考えるシンジ。 一方で事実であるだけにミサトには耳に痛い、はずなのだが……。
「ああ、ゴメンねぇ。ミサト、葛城ミサトよ。よろしく」
「今後会うことはないと思いますが、よろしくお願いします。」
 さすがにこの発言にはミサトが食らいついた。
「会うことはないってどうして?」
「決まってるじゃないですか。帰るんですよ」
 さすがに中学生。至って普通だが、それをミサトは許さない。
「だめよ、そんなの」
「だめもなにも。来たから帰るんです。何か問題でも?」
「大ありよ!良い、シンジくんはサード」
 ミサトの言葉を遮り、シンジは続ける。
「それはネルフの都合です。ボクには関係在りません。
 保護者である先生のところに帰る事も許さないのですか、この組織は」
「そんなことは知った事じゃないの。良いシンジ君、アナタはネルフの特別権限でサードチルドレンへの就任が決定されています。拒否は認められません」
「そもそもその話を受けてない、と言ってるんです」
 受けたのは招集ではなく単なる手紙であることも伝えた、がミサトは一考だにしない。
「関係ないわ、アナタはエヴァのパイロットです! 良いわね」
 良いわけがない。

 とりあえずこのままじゃ話が進まないなと考えて、ミサトを無視し病院窓口に向かう。下り待ちをしていたエレベータのドアが開く。中から誰かがでてきた。
「……」
「碇司令」
 だがゲンドウは、ただ無言で過ごし二人を無視して歩き去って行く。シンジはゲンドウの後ろ姿を見送ることもせず、やはり無言でさっさとエレベータに乗り込んだ。
『あの親にして子どもありか。けど自分の息子のお見舞いはせずにあのコのお見舞いなんて……』
 誰のお見舞いに来たのか、二人とも、分かっていた。

「一人ですって?!」
「そうです。彼の個室は上の第六ブロックに決まりました」
 住居決定の手続きのため、ネルフ総務課にシンジを連れてきた引き摺ってきたミサトはその決定にまず驚いた。
「どうして?! 碇司令と住むんじゃないの?!」
「それが、碇司令から直々の通達が出ていまして……」
 その報告に二度驚くミサト。
「じゃあその通達見せなさい!」
 シンジのミサトに対する対応、ゲンドウのシンジに対する扱い、そして使徒戦の己自身に対し腹が立ち、八つ当たりとは知りつつも総務課の職員に詰め寄るミサト。だがそれをシンジが押さえた。就任に関しては話は出さないように決めたようだ。
 ある意味無駄だしね。
「葛城さん、いいんです。今までも一人ですし、今は先生がいますから。知ってますでしょ?」
 暗に監視報告が上がっているだろうとほのめかすが、それに気付くミサトではないし、後で問題にさせると暗躍しているのは珀夜なのだが。
 そしてその言葉で簡単に引き下がるミサトでは、とうぜん、なかった。
「でも、せっかくこっちに来たんだから。お父さんと暮らした方が……」
「この十年間一緒じゃないんです。三年ぐらい?は顔すら見てませんし、第二でも一人だったんですよ。名目だけの保護者っていうのは慣れてますから」
 ようやくシンジの生い立ちに気付いた――それくらいはミサトも報告書で知っている――。だからこそ、これ以上の追及はできなかった。そしてミサトの別の顔が顔を出す。
「そう? じゃあ私んちに来なさいな」
「は?」
 突然の言葉。人、それを悪癖という。
「私も一人暮らしでさ、部屋も結構余ってるの。どうかしら?」
「僕一人ならお願いするかもしれないところなんですけど、先生も居ますから。今回はごめんなさいということで」
 そっか、とミサトは少々寂しそうになってしまう。
 そのミサトを無視し、職員に声をかける。
「あ、そうだ。先生のこともあるのでできればその第六ブロックの住居から変更したいんですけど、大丈夫ですか?」
「は?」
 今度は総務課職員の方が驚いてしまった。
「おそらくその第六ブロックって一人用の住居ですよね。でも先生と住むにはさすがに一人用だと狭すぎます。
 ですから、二人……いや、大勢で住んでも問題ないような住居に変更したいんです」
「あ、いや変更は可能ですが……」
 突然の申請にさすがに驚きを隠せない。先の住居もゲンドウの指示とだけあってかなり急務で処理したのだ。それをあっさりと破棄するような申請にいらだちをも感じた。
「住居そのものは僕のほうで準備します。それじゃだめですか?」
 それはすなわち、本来ネルフが持つべき家賃や光熱費などを個人で負担すること。それも併せて職員に伝える。さすがにそこまでされればあとは住所登録――これは役所側の仕事なのでネルフがやるべきことはほとんどない――と個人情報登録ぐらいであり、準備された申請を破棄することぐらいは簡単なため職員もこれに応じたのだった。実際に個人で家を持つ職員も少なくはない。
 もっともネルフ職員用の住宅はネルフが提供するのが慣例であり、今回独自で準備するということに色々と――特に諜報部や保安部で――騒動が起きたのはまた別の話。ともあれ。シンジの新居は彼が準備した地上の住宅ということで落ち着いた。

「おまたせ〜」
 コンビニからでてきたミサトは山ほどの袋を両手に、2袋ずつを抱えていた。
「何をそんなにいっぱい買ったんですか……」
 薄い袋を通して、ビールとビールとビールとレトルト食品が見えていたシンジは、ため息をつきながらとりあえず聞いてみる。
「んふ、これはシンジくんの歓迎会の必須のアイテムよん♪」
 さすがにレトルトで歓迎会はないのではないのだろうか……これ、人は"小さな親切大きな……"と言う。
「ま、そのまえにチョッチ寄り道するわよ。シンジくんに見せたいものがあるの」
「見せたいもの、ですか」
「そう。みせたいもの」
 ミサトはいたずらっぽく笑ってその話題を打ち切った。
 ただ外を眺めるシンジを横に乗せたまま、ミサトのアルピーヌは街を走り抜け、とある峠の高台にその車を止めた。まだ空が青かったころにネルフを出たはずだが、すでに陽は燃える赤に変じている。
 その燃える夕焼けの中には、第三新東京市が佇んでいた。
「なんだか、寂しい街ですね」
 シンジはぽつりと呟いた。顔には僅かだが微笑みが混じっているが、ミサトはシンジの後ろに立っていたためその笑みを見ることができなかった。 その言葉に応えず、腕時計を見ていたミサトがようやく声を発した。
「時間だわ」
 その直後。周囲にサイレンが鳴り響く。反響を繰り返し複数の木霊となっていく中、地表のいくつものゲートが開きはじめる。その中から出てきたのは……地下に収容されていた高層ビル群だった。
「ビルが……」
 先ほどまでの寂しい光景はすっかり消え去り、目の前には密集した高層ビルが建ち並ぶ大都市が広がっていた。
「使徒迎撃専用要塞都市。通称第三新東京市。これが私たちの街……そして、シンジ君が守った街よ」
 その言葉になんの反応も返さず、ただ街を眺めるシンジの姿を、ミサトは後ろから優しげに眺めていた。

 第三新東京市郊外。ネルフが陣取ったクレーターとは逆の方向。
 そこにシンジ達の家が存在する。家や土地は珀が買い取り、名義をシンジにしている言わば隠れ家的存在。今回の騒動でそれが表に出てきただけというのが彼らの認識だが。
「お、おじゃまします……」
「はい、どうぞ」
 そのシンジの家に着いたとき、既に陽は沈み、闇が支配する完全な夜になっていた。
 豪邸。まさしくその一言が相応しい。ミサトの自宅も、3LDKと無駄に広いのだが、それを上回る広さがそこにある。玄関だけで、ミサト宅のリビング並という常識はずれた豪邸に招かれていた。部屋の数等数えたくもない。
「し、シンジくんの荷物ももう届いていると思うけど」
「ええ、アレですね」
 見ると端の方に慎ましく積まれた3箱の段ボール箱。荷物の量と部屋の大きさとがあまりにも一致しない。
「どうぞ、上がってください」
「あ、あの、おじゃまします……」

 とりあえず買ってきたビールとビールとレトルト食品とビールをテーブルに広げ、その日の夕食会が始まる。その頃には珀もいつのまにか夕食会に参加していた。
「……あの、どちら様?」
「先刻ネルフで見知ったばかりだろうに」
 その口調でようやく珀だと感付くが、あまりにギャップが激しすぎた。
 ネルフに居た頃は黒マントに軽めの甲冑、そして杖と怪しさ大爆発の姿だったのだが、この目の前にいる男は17,8ぐらいの現代の青年にしか見えない。青い襟付きシャツにジーパンという、腰まで伸びた長い黒髪と腕に巻かれたテープのようなものを除けばどこにでもありふれた格好だ。「あの服との差が大きすぎるんですよ。だからいつも今の格好してればいいじゃないですか、って言ってるのに」
「ま、まぁ……人の好みっていうのがあるのよ……
 とりあえず始めましょ!」
 さてその日の夜はいつになくにぎやかになった、ということを付け加えておこう。

 ミサトの自宅で、かつ隣人が住んでいるならば確実に近所迷惑で文句を言われているだろう夕食会の最中。
 その頃、ネルフ本部内のある実験場にゲンドウがいた。照明を落とされ使用不可となった制御室からは、下半身を特殊ベークライトで固められた巨人が見える。そして……プシュっとドアの開く音がしてリツコが入ってくる。
「レイの様子はいかかでしたか?午後、行かれたのでしょう…病室に」
「あと20日もすれば動ける。それまでには凍結中の零号機の再起動をとりつける予定だ」
「辛いでしょうね…あの子達」
「エヴァを動かせる人間は他にいない。生きている限り、そうして貰う」
「子供達の意思に関係無く…ですか」
 その後返答は無く、重い沈黙が部屋を包んだ。

 夜も遅くなり、アルコールも摂っているということでミサトはシンジ宅で与えられた一室で、ベッドに横になっていた。
 一方シンジと珀も自室に戻り、シンジは運び込まれた引っ越しの荷物を開いている。珀に至っては……聞かない方が良いだろう。
「そう、あんな目に遭ったのよ。また乗ってくれるかどうか……」
『彼のメンテナンスも貴女の仕事でしょ?』
 その一室で、ミサトはリツコに電話を掛けていた。
「怖いのよ。どう触れたらいいか分からなくって」
『あら呆れた。もう泣き言? 家こそ別になったけど自分が面倒を見るって大見得切ったんじゃない』
「うっさいっ!!」
 怒鳴るように答え、ミサトは電話を切った。
 そして、一考する。
 自分が怖いと称する原因を彼女は分かっていた。
――あの時、シンジくんは確かに自分で動いていた……
――私の命令を聞かないで……いえ、百歩譲って司令の指示だとしても……
――でも、あの初号機の力は……一体何?
 目を瞑る。それだけで彼女の記憶が蘇り始めた。

「え、エヴァ初号機……再起動……」
「そんな! 動けるはず無いわっ!」
 しかし、そこまで勢いで言ったのは良いが、ただ一つ思い当たる理由がリツコには、そして彼らには有った。
「まさか……」
「暴走……?!」
 リツコとミサトが呆然と呟く。
≪ウォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオおおおおンっっっ!!!!!!≫
 封印されていたはずの口を開け、不気味な遠吠えを上げる初号機。唐突に大地を蹴り前方宙返り、そのままの勢いでサキエルに膝蹴りを浴びせた。 その蹴りに姿勢を崩し、倒れ込むサキエル。膝を打った時の反動でさらに前方宙返りを繰り返し、サキエルの向こう側へ初号機は着地した。 だが、その後何ら行動を見せない。「す、すごい……」 リツコがさらに呟く「使徒を……吹き飛ばした……」 ミサトもまた呟く。「……勝ったな」 主モニターを見ていた司令席の冬月もまた――もっとも彼らは初号機のそれを暴走だと思っている――まだ勝負は始まったばかりだというのにそう呟いた。ゲンドウはそれに答えず、主モニターを眺め続ける。その口元には、爬虫類を思わせる不気味な笑いが隠れていた。 その主モニターでは、なんとか起きあがったサキエルが初号機に向き直っている。 サキエルに向かって初号機がその一歩を踏み入れたとき、サキエルの前に突然八角形のオレンジ色の光の壁が発生した。「絶対恐怖領域ATフィールドっ!!」「やはり使徒も持っていたのね」
 リツコとミサトは驚愕する。そしてATフィールドにはじかれる初号機の腕。
「だめだわ! ATフィールドが有る限り使徒に接触できない!」
 その声に反応したのだろうか……。初号機はサキエルの攻撃で動かなくなったはずの左腕を、一瞬にして修復を完了させる。
「左腕、再生!」
「す、すごい……」
 さらにオペレータが報告を続けた。
「エヴァ初号機もATフィールドを展開! 位相空間を中和していきますっ」
 しかし、初号機の姿はただ使徒に対して歩を進めているだけにしか見えない。だからこそ、彼女は思う。
「いえ、アレは……侵食しているのよ……」
 そう、中和ではなく、一方的な侵食。初号機が使徒のATフィールドが有ったはずの場所に歩を進めたとき、完全にATフィールドは消去されていた。
「あのATフィールドをいとも簡単に……」
 あらゆる現代兵器では致命傷を与えることができないとされるATフィールドをいとも簡単に破り、その歩を進める初号機にミサトは驚きを隠せない。
 そしてただ歩いているだけだというのに。スクリーン越しだというのに。何たる威圧感か。軍人であるミサトを後怖じさせられるほどの……。
 さらに一歩初号機が詰め寄ろうとしたとき、使徒の目より光線が放たれた。が、それすらも初号機には及ばない。片手で受け止め、さらには弾き返したのだ。
「光線を?!」
 その光線は今は遠い空の彼方。いずれどこかの星にたどり着くだろう。だが驚くべきはその事ではない。オペレータ達だけではない。発令所にいる人間は、先ほどダメージを受けた筈の攻撃に、今度はそれを完全に無力化したという初号機に驚いているのだ。

――コワイ……
――近ヅカナイデ……
(大丈夫。君が攻撃しないかぎり、僕は君を攻撃したりしない)
――……
(だから僕はただ歩いているだけなんだ。君は僕を信じてくれないのかな)
 思考というにはあまりにはっきりした言葉のやりとり。
――シン、ジル……?
(そう。僕は君を無意味に攻撃したりなんかしない)
(だから、その鎧を脱いでくれるかな……)
――……
 手を差し出す。相手の思念はしっかりと、その手を握り返してくれた。
(……ありがとう)
 彼はただ涙を流す。理由も分からずに。

 初号機が一歩進めば使徒が一歩後退する。その繰り返しが、使徒の後退が無くなったことで終わりを迎えた。
 初号機はただ手を伸ばす。その手は使徒の赤く光る球――コアに触れた。
 そして肉体からコアを取り出す。同時に使徒は肉体を軟化させ、球状になってその場にとどまった。
「自爆する気?!」
 土壇場での使徒の逆襲にミサトは意味もなく慌てた。その直後、初号機は光に包まれる。
 大爆発。だがその爆発は地上ではない。なぜか使徒の肉体は打ち上げられ、遙か空の彼方で爆発を起こしていた。
「……あれが……」
「……エヴァの本当の姿……」
 ミサトとリツコは、初めて見たエヴァの本性に恐怖を隠せない。
 だからだろう。誰も他人を気にすることができず、取り出したはずのコアが無くなっていることに誰も気付かなかった。
「シナリオとは違うぞ……」
「問題ない。誤差の範囲だ」

 シンジもまたその戦闘を思い起こしていた。
 一部では暴走だという噂があったが敢えてそれを否定しなかった。敢えて暴走だと思わせることで自身へ向くはずの矛先をすり替えたのだ。
「シンジくん。ちょっといい? 開けるわよ」
 その言葉にシンジはベッドから身体を起こす。シンジの部屋のドアを開けたミサトは、そのまま口を開いた。
「あなたは人にほめられる、立派なことをしたのよ。それを誇ってもいいわ」
「……僕がやらないと結局誰かがやらされるんです。そんなの、誇ることでも何でもありませんよ」
「……じゃ、お休み……これからも、がんばってね」
 ゆっくりと扉を、閉じた。

 そして暗躍者が一人。
「これが、コアか。」
 手のひらで赤いコアを弄ぶ魔術師 珀夜。
「おまえもこの世界で生きていくか?」
 赤いコアが、鈍く光った気がした。

Write by: 神凪 珀夜
Homepage: 徒然草

To be continued...
(2008.04.05 初版)
(2008.04.12 改訂一版)
(2008.04.26 改訂二版)


(あとがき)

1話からなんとか1週間で2話到達。ちょっとだけがんばった!
ということで、おはようこんにちわこんばんわございます、珀夜でございまする。
TVと同じ話数とはいえ、展開が遅すぎますね。申し訳ないです。
ちなみにタイトルは最後に出てきたコアが「見知らぬ、天井」。必ずどこかでエヴァTVのタイトルが絡むことになっています。
とはいえ、もうすぐ話のストックが切れそうで大あわて中。

さて今回も裏話いきましょうか
未だにこの小説の分類を伝えていないのは、先を想像して楽しんでもらいたいからというのがあります。
たとえば AEOEとか逆行とか本編再構成とか。そういう分類をすることはすっごいかんたんです。この小説も例に漏れません。
ですが敢えて不明とすることで、先を想像するということをしていただきたいな、と考えてます。
なので今はどこかとのクロス、としか管理者サマにも伝えていません。

うん、筆者はわがままだ(^^;

とはいえ、ここまで珀という異分子が混じっただけで本編とほとんど変化はありません。
今後を期待……してください(不安


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