時にあらがうには多大な代償を必要とする。万人に等しく与えられる時、それをコントロールしようというのだから当然だ。
 だが人は代償を支払わずに時をコントロールしようと試みた。その試みの中で発見されたのが世界跳躍である。
 世界を渡り、己がいる世界に似る、僅かに時が戻っている世界に跳躍する方法。もちろん当時の科学者たちはその理論に飛びついた。
 実験に次ぐ実験。だがすべての世界跳躍において"おそらく"失敗。幾度かは成功しただろうが観測者側は一切を観測することが出来ず、失敗した例でも被験者がその場に残る場合を除き観測はできなかった。
 つまり我々の観測機器では世界の向こう側からのデータ送信ができなかったということになる。失敗というのも単にデータが残らないだけで何が原因かまでは追究できなかった。単に被験者の存在が無くなった、それだけなのだ。
 【向こう側】に渡った者のみデータを知ることができる、つまり成功条件や失敗条件を限定できないことになる。生きているのか死んでいるのかすら分からない方法である上、失敗する確率が格段に高い。理論では可能とされていたが結果は推して知るのみ。
 そのせいかどうかは分からないが、命をかけてまで新天地を求める人間が少なくなったのも確かだった。

 尚、時間跳躍は完全に失敗。"実験前日に被験者により、被験者自身の死体が発見された"ことを記しておく。

   ** *夜 著 『時の悪戯』より







新世紀エヴァンゲリオン――時の迷い子

第参話――鳴らない電話

presented by 神凪珀夜様




 エヴァ初号機内部エントリー・プラグ。壁面が虹色に輝き起動を完了させる。この時点でパイロットであるシンジに求められることは平常心のみであり、起動処理そのものはオペレータ達の仕事だ。
 もっともこれが実戦であればシンジ単独でシンクロする方法もあり、その手順もマニュアル化されているが今回は実験或いは訓練なのだ。急ぐ必要は無い。
 ともあれシンジは蒼く身体にフィットした服プラグスーツに身を包み、L.C.L.に身を沈めていた。
『おはようシンジくん。調子はどうかしら』
「悪くはないですよ」
 リツコの言葉に軽く応える。その間も目を閉じ瞑想するように軽く俯いているが、考えていることはまったく別のことだ。そもそも実験・訓練などシンジ自体は必要としていない。仮でしかないが、契約の内容に沿って実験を行っているに過ぎないのだ。そして実験はそのまま訓練に繋がる。
『そう。エヴァの射出口、非常用電源、兵装ビル、回収スポット。全部頭に入っているわね?』
「ええ」
『結構。一度おさらいするわよ。通常エヴァは有線での電力供給で稼働します。非常時には体内電池に切り替えるけれど、蓄電容量の関係で、フルで1分、ゲインを利用してもせいぜい5分しか稼働できない。これが私達の科学の限界ってワケ。おわかりね?』
単三ニッカド電池で動かす掃除機によく似てる電源ケーブルが切れてしまえば役立たず、ということは」
 リツコの確認にやはり軽口で、だが無意識に返すシンジ。
 オーパーツOut Of Place Artifactsもいいところだ、とシンジは思う。少なくとも現代科学が生み出した産物ではないことを知っているがその情報を今まだ味方ではないネルフに与える理由も無い。
 そもそも使徒自体がオーパーツに近いものがある。工芸品Artifactsであるかどうかはともかく、OOP LifeOut Of Place Lives:造語なのだろう。"人間から見れば"という冠詞が付くが。
 ともあれこのような考え事をしつつもリツコにこめかみ引きつりをプレゼントしているあたり、かなり師匠に毒されているのだろう。
『では昨日の続き、インダクション・モード、始めるわよっ!』
 ネルフ本部内部の実験場。コンピュータ群によって作られた仮想世界の中で、エヴァ初号機はサキエルと対峙していた。
 実験の内容は至って簡単。シンクロするしないに関わらずシンジの思考をトレースしエヴァに反映させるというもの。本来ならシンクロを前提に、エヴァと連動させるためのデータを得る実験だがシンクロを抑えているシンジには意味が無いしそもそもエヴァが動かない。急遽シンクロ率より連動を取った実験内容になったのだ。
 そのため今現在もシンジはエヴァとシンクロ"できないことになっている"。

 エヴァが構えるライフル銃バレット・ライフル。エヴァ専用の超巨大ライフル銃というだけで質量を除けば人間が使う場合と変わりはない。現在のエミュレートには弾丸を使用していないが、戦闘時には劣化ウラン弾が装填される予定になっている。
『目標を、センターに入れてスイッチ』
 シンジは先日教わったとおりに銃を撃つ。弾丸はサキエルに命中し、その映像が破裂した。
『次』
 所詮、仮想世界での戦闘である。そうわかっているシンジは特に恐怖を感じる事も無く、次々と現れるサキエルを撃破していく。それはそうだろう。命をかけたやりとりは少なくともこんな仮想空間で作り出されるモノではない。
「よく、乗る気になってくれましたね。」
「人の言う事にはおとなしく従う。それがあのコの処世術じゃないの」
 マヤの言葉にリツコはそう返した。何故彼が乗っているのかはリツコですら知らされていない。だがミサトは漠然とその理由を分かっていた。
(そんな単純な理由じゃないわ…)
 だが口には出さなかった。出せなかった。
(彼は……ネルフの助けを必要としてないのよ……)
『でも』
「何かしら」
『効くんですか、これ。兵士としても、武器としても。あとは環境とか。少なくとも動き回れないと意味が無いような気がします』
 ミサト兵士教育不備の指摘リツコ武器/実験不備の指摘に青筋が浮かんだのは言うまでもない。
 もちろん、シンジが未だにエヴァとシンクロできないことも指すのだが。

 その後この二人から小一時間ほど問い詰められていたのは至極当然である。良くも悪くも、ココは日本だった。

 時を巻き戻すことは禁忌とされているが、少しだけ時間を戻してみよう。
 時はサキエル戦終了後。場所はネルフ司令室。セフィロトの樹を天井・床に描き、全体的に薄暗い部屋。光源はセフィロトの樹のみで、光の受け方によっては不気味に見えることこの上なしだ。その部屋にとある4人が居た。
「用件は何だ」
 シンジサイドはシンジに珀。ネルフサイドはシンジの片親遺伝子提供者であるゲンドウと初老の男。
「契約」
 珀のたった一言。一言だけで対面の二人は何を指すのかを察した。
「こちらもその件で話をしようと考えていたところでね。ちょうどよかったよ」
 答えたのは初老の男。姓を冬月といい、ネルフの副司令を務めている。
「そうですか。こちらが提示するのはふたつです。
 まず一つ目。ネルフには協力者としての、対等な立場を準備してもらいます。あなた方の要請を僕たちが受け、一方的な命令はできない。これが認められないならエヴァには乗りません。
 二つ目は僕の親権を先生に完全移譲し、総司令の碇姓剥奪。この二つです。
 そして当然ながらこの権利を僕と先生の二人に適用すること。まぁ細かいところは後ほどになるでしょうけれどね」
 すなわち戦闘上でも葛城一尉の命令に従わなくても良い権利。非戦闘時に技術部の検査に立ち会わなくても良い権利。
「キサマには失ぼ「碇、だまっていろ」」
 ゲンドウの即答を冬月が一喝する。だが彼もゲンドウの心境をよく分かっていた。ここまでの権限を求められるとは思っていなかったのだ。
 シンジが求めた権利は自由裁量、自由行動権。その権利を持たせるにはあまりにも危険すぎる。ネルフに所属しないことで給金が必要なくなる――正常に支払いさえされれば途轍もない額になり、危険手当等を含めるとパイロットの給金1ヶ月で一生を暮らせる――のはネルフとしてはありがたい。だがエヴァに乗って逃走することも彼には有りになり、獅子身中の虫となる。
 もちろんシンジが望めば、でありそんなことはしないとシンジ自身よく分かっているが、疑心暗鬼にとらわれるのは人間としての業なのだろうか。
「一つ聞いて良いかね」
 冬月がシンジに聞いた
「なんでしょう」
「なぜその権利を選んだのかを聞いてみたくてね」
 その問いにシンジは薄くせせら笑い、答えを返した。
「簡単な話です。
 ……死にたくないし、ネルフが信用できないから。
 もうひとつは、親は先生だけです。総司令に育てられた記憶はありませんから名実ともに、です」
 そんな問いを、シンジは、一言で切って捨ててみせる。
 しばらくの沈黙。最初に動いたのはゲンドウだ。
「よかろう、好きにするが良い」
「碇?!」
 もちろん冬月の抗議に答えることは無かった。
「話はそれだけか、なら去れ。私は忙しいのだ」
(((いったい何に忙しいのだ?)))
 シンジサイドの二人の思考に加え、冬月の思考までがシンクロした瞬間だ。エヴァとこのシンクロ率を出せれば使徒など敵ではないだろうに。――サキエルも敵ではなかったが。
 だがここで、一人の魔術師が沈黙とゲンドウの答えを更に破り捨てる。
「副司令殿、心配だというなら私とも契約しないかね」
 漆黒の魔術師が冬月に投げかけた。

 もちろんというか案の定というか。契約は為されず内部打ち合わせ後に再度交渉ということで解散となったのだが、仮契約ということでシンジが要求した一つ目の要望のみ適用されている状態になった。
 ネルフに命令権が無いのは当然であり、協力関係でない以上は部外者となる。完全にシンジの善意によって動いている状態だ。
「ところで、これからどうするんですか?」
 交渉を終えた後の技術部長殿の個室。個室といえども簡易研究施設に等しい。その部屋の主であるリツコにシンジが問うた。
「そうね、身体検査の後は自由になるはずよ」
「あれだけ調査しておいてまだ調査ですか・・・」
 ため息混じりに呟いたその内容にギクリと肩をふるわせる、ほど弱い人間ではない。当人の観点ではすでに人間の感情は捨て去ったはずだったのだから。だからこそこの言葉に軽いジョークで応えることが出来た。
 もっともシンジがぼやくのも仕方の無いことで、ここ数日、最低で2時間、最長で6時間ほど拘束されている。
「あら、一歩歩くかどうかも分からなかった機体よ? それに調査ではなく検査。初めての経験ですもの、それなりに検査するのは当然でしょう」
「確かに当然ですね。一歩歩くかどうかも分からない機体に無理やり乗せられ、挙句は戦闘までさせられましたしね。これ以上わけの分からない状態で、命令かどうかも理解できない出撃指令?……に付き合ってられません。
 ですけど、一応外部の人間なのでほどほどにしてくださいね?」
 とりあえず毒だけ吐いておく。そうでもしなければやってられないのは経験上確かだ。もちろんシンジにとって隠さなければいけないことも今のところないため身体検査には承諾することにした。そもそも調べられて困るような身体はしていない。
 が、その後思いっきり後悔するのは別の話。解放されたのは約10時間後の、日付が変わるか変わらないかといった時間であり、自分の権利を主張するべきだったとだけ追記しよう。
 シンジの毒が影響しているのも当然だが。自業自得?

「ただいまぁ……」
 プシュッ。
 圧縮空気の抜ける音。扉が開く。
「おつかれさん」
 玄関を入ってすぐのリビング。以前は飾り気どころか何もない広い部屋だったが、今はL字のソファがありテレビがありテーブルもある、普通のリビングに見える。
 ソファに深く座りつつ答えを返すのは珀だ。
「もー、ホント疲れましたよ・・・」
「だろうな。疲れたなら寝ておけ。ソレが一番だからな」
「はい……」
 言われるまでもなく、意識が半分飛びかけているシンジは即座に夢の世界に旅立つことになる。ココはリビング、ソファの上だというのに。
「サキ、シンジを部屋に移し、マッサージでもしてやってくれ……。このままじゃ明日に疲れを引き摺る」
「わかりました」
 サキと呼ばれた女性がシンジを抱え上げ、シンジを部屋につれていった。

 時は全てに等しく準備されている。多少の例外と量的な差はあるが、これは万物にとって離れられない法則でもあり、真理でもある。もちろんここ第三新東京市でも例外ではない。
 天空が蒼く輝き、社会人であればすで活動を開始している時刻。それは子どもでも活動を開始する時刻でもあった。
 降り注ぐ陽光の下、シンジと珀夜が道路をはしる。
「転校そうそう遅刻なんて笑えないよ!」
 どうやらサキの気遣いは早朝までに効果を発揮しなかったようだ。
「授業中に寝るなよ」
 一人は学生服に身を包み、一人は漆黒のマントに身を包んでいる。そして二人を包むのは風。二人の足は地面についていないし走ってもいない。
 シンジ自身、目立つことを決して好む性格ではないが、今回は目的を優先させることにしたらしい。
「みえたっ! じゃ、先生またっ」
「ああ、私はこのままネルフに向かう」
「はいっ」
 シンジのスピードが目に見えて落ちていき、ちょうど学校の校門でその足が止まる。
 珀はというとすでに姿の判別が難しい距離にまで疾り去っていた。ちなみに先にも述べたが自転車や自動車など使用していない。ただ立っているように見えるだけだ。
「……さて今日もがんばるかっ」
 そうして学校に入っていく。

「今日から一人友達が増えます。碇君、入って」
「はい。碇シンジと……」
 といった転校の儀式を突破して既に一週間。ようやくクラスに馴染み、友達も増えてきた頃合い。
 初日にN2爆弾天使の微笑みをたたき落としクラスを壮絶なまでの騒ぎに巻き込んだのも記憶に新しい。そしてシンジに被爆した当てられた学生達は遠巻きに噂ばかりするのみでシンジ本人には話そうとはしなかった。
 そのためにシンジには本当に友達と呼べる友だちが少なかったのも確かだが、今でこそシンジの友達が少なからずいる。そのうちの二人がシンジとは少し離れたところで話をしていた。
「ねぇ相田君、ちゃんとプリント持って行ってくれた?」
「あ、ああ……トウジのやつ、留守みたいでさ」
 どうも届けていないようである。言葉をかけられたとたんに目線をそらし、机のなかに手を突っ込んでかき回しているのだから、素直に考えればまだ机の中にあると考えても良いだろう。
 真面目そうな少女・洞木ヒカリと眼鏡をかけた細身の少年・相田ケンスケ。
 シンジとすぐに仲良くなった親友とも呼べる相手である。知ってのとおり、片割れには裏の目的があることはさておき。ちなみにケンスケとヒカリは、もう一人を含めて小学以来の仲でもある。
「ねぇ相田、鈴原はどうしたのかな?」
「さぁ? 道路に落ちてたモノでも食って腹壊したんじゃないか?」
 その言葉の直後だった。ガラッと音がして教室の扉が開く。
「ワシがンなことするかい」
「重役出勤とはこれまた。けどトウジだから有り得るんだよ」
 ふっと二人の顔が緩む。これこそ親友が為せる業か。
 彼が3人目の親友、名前を鈴原トウジという。常に黒ジャージで身を包むため、見た目より服装で覚えられることが多い悲しいヤツだ。
「ちょっと鈴原! 何で休んでたのよ」
 これは洞木委員長の言。委員長とはいえ、欠席連絡は教師に行くはずだが、単に聞いていないのか無断欠席なのかはケンスケに判断できなかった。
「ちょっとヤボ用や。で、なんやあれ? 珍しいモンが見えるんは気のせいか?」
 トウジが指す先にはシンジが居る。居るのだが、単に居るだけならまったく問題ないのだが、レイと話をしているシンジが居るのだ。

 今でこそ慣れてしまった感のあるクラス内。だが
「や、レイ。これからよろしくね」
 シンジがレイに話しかけるが、クラスメイトは全員
(((どーせまた玉砕だろ……)))
 と思っていたところにレイの反応があったのだ。
「……うん」
「「「なんだって!!!!!!」」」
 ……という妬みなのかやっかみなのかお節介なのか良く分からない騒動で、シンジとレイは同じ家に住んでいることが判明。更に阿鼻叫喚の騒ぎに発展させたことがある。
 騒ぎ云々はともかく、それ以来レイとシンジは常にと言っていいほど一緒に居ることが多かった。
 以前の寡黙なレイしか知らないトウジにしてみれば、見ているだけで不思議な光景なのだ。

 とにかく、ケンスケはシンジを紹介するようにしたようだ。
「ああ、シンジー! ちょっと来てくれるか?」
「うん?」
 がたん、と椅子から立ち上がりケンスケの席に向かう。
「トウジはずっと休んでたからな。自己紹介ぐらいしとくだろ?」
「あ、うん。碇シンジ。シンジでいいよ、えっと、鈴原君?」
「鈴原トウジや。トウジでええ」
「うん、よろしく、トウジ」
 その時シンジが浮かべた微笑みは近くにいたトウジ、ケンスケ、ヒカリのみならずクラスのほぼ全員を再度魅了させたのは言うまでもなく、ただ一人だけ狂喜乱舞していたのは間違いない。

「こんにちわ、赤木博士」
 ちょうどそのころ、珀夜は発令所に居た。
「あら、アナタ。シンジ君と一緒にいた……」
「ええ、先ほど六分儀司令から呼び出しを受けましてね。今ようやくネルフ内部での自由権限を頂いてきました」
「えっ?」
 まさかあの司令が、と普段なら考えるはずなのだが実際は名前のほうに耳が向いた。"六分儀"司令?そんな人いたかしら? それはそうとこんなわけの分からない人物を引き入れたのかしら?それも自由権限なんて……
 一瞬でここまで考えるあたりはさすがマッd(なんですって!)……失礼しました。
「というのは半分だけ冗談です。地位はありませんが特別顧問ということで雇って頂けることになりました。今後とも宜しくお願いしますよ。赤木技術部長殿」
 そう、珀夜は契約交渉のためネルフに赴いていた。シンジの転校初日から1週間掛けてようやくネルフが折れた、というところか。その間毎日ネルフを訪ねる珀夜もたいしたもので、すでに整備部と総務部、保安部と諜報部に彼の存在は知れ渡っていた。
 ……得体の知れない、良いヤツだ、と。
 ともかく珀夜はシンジとは別に、彼自身の独自契約を結んでいた。その内容はいずれ明らかになるだろう。とりあえずそのことはさておき、リツコが珀に聞いた。
「アナタ、何を考えているの」
「師が願うは弟子の成長だけですよ」
 珀夜は軽く笑う。
「シンジ君の?」
「ええ。この世界、いや運命は彼を求めています。それに抗えるだけの力を与えたい、それだけですよ」
 彼は、いや彼らは何を求めているのだろう。ふとそういう考えが頭によぎった。

 もちろん、神は運命を弄ぶ自らの娯楽のために生贄おもちゃを選んでいるのだ。

「碇君」
 珀夜が契約してから1週間後の教室。授業中にもかかわらず彼女――綾波 レイ、ファーストチルドレン――はシンジの手をとる。周りの騒ぎと一緒に、シンジは彼女とはいろいろ遭ったことを思い出す。……決して誤字ではない。
 おおおーーー! いい加減慣れて欲しいものだとクラスメイトの騒ぎを流しつつ、顔をレイに向ける。
「使徒だね」
「ええ。非常招集」
「ん、じゃぁがんばってね。僕はまだ呼ばれてないけど、すぐ行かされると思うから」
 これはシンジの契約というか、結ばれても居ない契約の一部ネルフとしての立場でもある。もちろん本来の契約(予定)でも赤の他人のため、依然として召集令に応じる必要はない。
「え〜、その頃私は・・・」
 当然といっては何だが、あの教師はなにも気にしてはいない。
 教師を無視し、シンジを諦めて手を離し。彼女は教室を出て行った。
「怪我まだ治ってないし、すぐ来るよね」
(ほら、諜報部がドアの外。今回も強制かぁ)

「いいシンジ君」
『全然』
 ピキッ。
 空気が凍るとはこういうことを言うのだろうか。
「いいから聞きなさい。射出と同時にバレットガンを渡すわ。受け取ると同時にフルバースト。いいわね」
『よくありません、なんで連行された上にココに放り込まれてるんですか。
 それ以前にネルフに所属した記憶もつもりはありませんよ』
 ビシィッ。
 そう、第三使徒戦から2週間は経過しているにもかかわらず、ネルフ――というより総司令はシンジとは契約を結んでいない。そもそもその総司令は発令所に存在しない。1週間前に珀夜との契約の後さっさとネルフから出て行ってしまったのだ。
 使徒の襲来を見越しての行動ならたいしたものだが。
 それを知らないオペレータのうちの二人はオロオロしているし、その他このやりとりを聞いている人に至っては不信感値の急速上昇ストップ高だ。
 またある程度目算が付いているリツコに至っては考える風にして一切の口を出していない。
 たぶんその頭はこの一言だろう。
『ふっ、無様ね……』
 ともあれリツコの思考を余所に話は進められていく。一方的に、強制的に。
「良いから聞きなさい! あなたは私の命令を聞く義務があるの!
 日向君、初号機発進!」
 バシュゥゥゥッッッ!!! あっっっ!!!
 押してから声を出すこともないだろうに。伝家の宝刀リツコの名言がとうとう火を噴いた。
「ふっ、無様ね……」
『いいからこっちの話をきいてよおぉぉぉぉおおおお!!!!』
 ものすごいGとドップラー効果と、ネルフが誇る作戦部長無能と共に彼の声は黙殺された。
 ただ一言、彼の師の言葉を残して。
「そもそも、契約は私だけなのだが……。知らないのか?」
 それは彼と懇意にする整備部のみ知っていた。

 初号機が地表に現れる。それは神の使いの顕現。
 意志ある鎧は主の思考を読み取りすぐさま回避行動に出ようとする。
 ……出ようとしたのだ。だが鎧を拘束するリフトがそれを許さなかった。

『エヴァンゲリオン初号機リフトオフ!』
「叫んでるヒマがあったら仕事しろっっーーー!!!」
 間髪入れずにシンジは叫んだ。
 無防備状態の敵を許すモノがあれば是非に問いたい。わざわざ相手が準備できるのを待つのか、と。
 この使徒相手でも同じだろう。お互い命をかけて争うのに、敢えて正面から力と力をぶつけ合う必要は全くないのだ。
 片方が拘束身体を固定して射出されていればそれは願ってもないチャンスになる。
 そもそも初号機は限りなく0に近い低シンクロで起動していても動いたという実績データはないのだ。訓練ですらシミュレーション。
 こう言っては何だが、木偶の坊。今回データを作ってしまうことになるが、今後を考えればまったく影響は無い。
 使徒はゆっくりと身体を起こし、光の鞭を持って初号機に攻撃を開始した!

 シュッッッ!
 ガッキィィィンッッッ

「あ、あぶな……」
 間一髪でATフィールドの展開に成功、僅かな時間だが貴重な時間を稼ぎ出した。ついでにこれ以上のデータ転送をさせないために電源ケーブルも切断させておいた。エヴァ活動限界まで後5分という声も聞こえるが、当事者にとっては気を殺ぐもの以外の何物でもないため意識から除外。
 そのまま左方に跳躍したところを使徒の鞭がATフィールドごとリフトを切り刻んだ。当然、その手にあったはずのバレットガンなど回避行動優先で捨てている。というか持ち逃げするのも無理。
 仕方なく格闘戦を挑むも鞭という中距離武器を持つ相手に近づける事の方が難しい。防戦一方となってしまうのも仕方がなかった。
 それ以前に動いていることに疑問を抱かないのだろうか、発令所の面々は。
『何をやってるの! 私の言うことを聞きなさいっー!!』
 疑問を抱かないからこうも無謀になれるのだろう。
「だったら9割4分7厘はマシな考えを出せ……ってうわっ!?」
 よそ見にはご注意を。

 一方その頃。
 避難シェルターに集まって──外の空気とは一切切り離されたように──のんびりとしていた人たちが居る。
 訓練を重ねた市民にとってはこの騒ぎはいつものこと。むしろ間隔の短い訓練といつも唐突な避難命令ばかりで緊張すら欠け始めていた。
 僅かな例外こそあれ、シェルターに入ったことで尚のこと気持ちが緩んでしまうのも仕方がないのかもしれない。だがそれもシェルターの中だけの話だ。
「あぁ〜、まただよ!」
「なんやねん、ケンスケ。いったい、さっきから何しとるんや?」
 生徒達ももちろんシェルターに避難している。
 ある者はグループで固まり会話を、ある者は本を、ある者はこうやって外部の情報を得ようと画策していた。
「これ見てみろよ」
「……報道管制っちゅうやつか?」
 これはトウジ。
「そうなんだよ。俺たち民間人には外の様子を見せてくれないんだよ。こんなビッグイベントなのに――」
「やから、そう思うとるのはお前だけやて。外でやっとるのは戦争やぞ?」
 そう、戦争なのだ。相手によってはこんなシェルターなど真っ先に攻撃対象に上がるはず。幸いにして今回の相手使徒にはそのことを判断できるほど情報を持ち合わせておらず――持っていたとしても判断できるかは微妙だが――シェルター内部は至って平和なだけにすぎない。
 この二人はそのことを分かっていなかった。分かっていればこんな言葉など出てこないだろう。トウジの妹はそれが原因で怪我を骨折したというのに。
「おい、トウジ。ちょっといいか?」
「ん? なんや、ケンスケ?」
「ここじゃぁ、ちょっとな……」
 人とは己が経験しないことは夢・空想で終わらせてしまうのだ。
「……しゃあないなぁ。委員長! ワシらちょっと便所に行って来るわ!」
「さっさとしてきなさいよ、二バカ」
 っていれば、外に出ようなどとは一切考えはしない。

 所変わって地表。シンジがぎりぎりで鞭をかわし、追撃を兵装ビルでやり過ごした後。
「赤木博士、何か武器はありますか」
 近くでギャーギャー騒いでいるミサトをとりあえず意識から排除しつつ、エヴァ関係を把握しているであろうリツコに問う。
「残念ながら、ないわ。さっきのパレットライフルの他には肩に格納されているプログレッシブナイフだけね」
 銃とナイフ。どこのゲリラ組織だろう、そんな考えが頭を掠める。
 そもそも火力あるいは電力を使って打ち出すだけの銃に、ミサイル以上の威力があるというのか。電磁レールでも使うならともかく。
 とはいえ文句を言っても仕方がない、が一言だけは追加した。
「……ネルフって組織は本当にやる気があるんですかね? トップほど無能じゃ末端はたまったものじゃないですよ」
 シンジにとってのこの対象は3人。作戦部長、技術部長に司令席に陣取る副司令――冬月にも向けられている。冬月には契約の話のことになる。
「私に言わないで頂戴。技術部は作戦部の要請どおりにしているのよ。こちらもいくつか提案はしたけれども回答なし反応なしなんですから」
 実際技術部は近接戦闘用の斬打突――剣・槍・棍棒等――武器から遠距離戦闘用の物理・エネルギー兵器――銃・レーザー等――を数種類ずつ提案している。だが技術部の奮闘虚しく、今頃某作戦部長の机の上でビールまみれになっているのが現実だ。
「そこのそれが無能だということですか」
 音速の鞭を余裕をもって避けつつ、パイロットと技術部長の懇談会と二人のため息は続く。リツコは音速を超える鞭を回避していることに気がついているがそれは後で調べればよいことだ。 
「では武器はこっちで何とかします。
 先生、協力してもらえます?5秒で何とかします」
 発令所の端、入り口に陣取っていた珀に問いかけた。
「ふむ。ならば30秒やろう。
 30秒でそれ武器も含めて対処してみろ」
「30秒ですか?ずいぶん多いですね。わかりました、やってみます」
 この言葉と共に珀は赴く。巨人がうごめく戦場の地へ。

 珀が赴いたのは小高い山の上に建つ社だった。なぜか保安部員も一緒だが、これは途中で捕まえてきた人だ。彼の権限で連れてきた者たちである。
 そしてこの社からなら町も戦場も良く見える。そしておまけも良く見えた。
「で、貴様らはここで何をやっている」
 もちろん出てくるのは
「わ、わいらはその……」
「うるさいなぁ、邪魔すんなよ! 撮れないじゃないか!」
 バカ二人。
「ということだ、スパイ容疑ででも捕縛しておくんだな」
 連れてきた保安部員に指示をだし、さらに奥地に歩を進めた。
「了解しました」
 もちろん命令無視して地表に居る二人だ。扱い等ぞんざいなものだった。
「ちょ、ワシはちが……!」
「あー! 僕のカメラがー!」
 ざまーみろw

 ところ変わってこちらは少し離れた戦場。しかも戦闘地域は市街地ど真ん中だ。
『さてシンジ』
「はい」
 凛と響く声。機械を挟まない純粋な空気の振動珀夜の声が、エントリープラグの内部シンジに響く。
『こちらの準備は整った。おまえの合図で30秒、時間をくれてやろう』
「分かりました。…お願いします!」

「それではまず小手調べ。」
 独特の黒マントと怪しげな杖を片手に、杖の先端を使徒――位置は初号機の向こう、シャムシエルに向けた。この程度の魔法なら詠唱は一瞬!
≪逝け 【Jupitel Thunder】ユピテルサンダー!≫
【Quagmire】クァグマイア!≫
 杖から発する雷球はシャムシエルを幾度も弾き飛ばし距離を作る! さらに泥――コールタールのような粘性が高いもの――で動きを封じた。
 もちろんただやられているシャムシエルではない。雷球はATフィールドで防ぎ――それでもATフィールドごと吹き飛ばされた――、泥は危険ではないと判断したのかそのまま身に受けた。ココまで5秒。
【Fire Wall】ファイアーウォール!≫
 シャムシエルが身を捩り泥を払い落とすと同時に火の壁が出現! 空間を燃やす壁は面で防ぐATフィールドでは防げないようで迂回を余儀なくされるが、シャムシエルは待つことを選んだ。火の壁から後退し、鞭を構える。
「これで15秒。残りは・・・」
≪嵐来たりて吹き荒べ 【Storm Gust】ストームガスト!≫

「なによ…あれ…」
 ミサトがつぶやくのも仕方がないのだろう。発令所スクリーンに映されるのは只ただ白。四季が失われたはずの日本で見ることはできなくなったはずの、雪雹を伴う大嵐なのだ。しかも外気温はすでに氷点下を割っている。
 それが何によって起こされたかなど明白だ。エヴァにこのような機能は、ないのだから。もちろんそれは発令所メンバーも分かっている。要因など只ひとつ、珀夜でしかない。
「なによ、なによなによあれは! あいつも…あいつだってバケモノじゃないの!
 シンジ君、あいつも纏めて殲滅しちゃいなさい!!」
 その瞬間、発令所の空気は一瞬で氷点下に落ち込んだ。
『…今、何と仰いました?』
 ぞくり……
 声質もそうだが、それにつられて振り返った先に映るシンジの顔にさらに驚愕が走る。徹底した無機質な声に、笑っているのに笑っていない顔。そして何よりも、雰囲気が変わっていた。
『先生を殲滅しろと……? それ以上に先生をバケモノだと?』
「何よ、なによなによ! バケモノをバケモノと言って何が悪いのよ! 良い、ネルフからの命令です、使徒とバケモノを殲滅しなさい!!!」
 ミサトが言葉が最後。誰も何も話さない。たかだか5秒程度の時間が1時間にも2時間にも感じられる。 
『……赤木博士、葛城一尉に死化粧を。残電量1分半、シャムシエル殲滅後帰還します』
 そうして通信が切れた後、仕事を思い出し動きだすものは皆無だった。

「さてシャムシエル」
 吹き荒ぶ雹嵐に身を凍らされたシャムシエルに問う。
 すでに準備はできている。炎を手に纏い、力を溜めて。
「ちょっと気分が悪い。すぐに終わらせてあげる」
 その言葉と同時に初号機は姿を消し。
「さよなら」
 次の言葉が終わる前にはシャムシエルのコアは初号機の炎を纏う手刀によって抜き取られていた。――ただし、背中から。
 こうして第四使徒 シャムシエル戦もあっけなく終わることになる。――ある意味、シンジの暴走によって。

Write by: 神凪 珀夜
Homepage: 徒然草

To be continued...
(2008.04.13 初版)
(2008.04.26 改訂一版)


(あとがき)

参話終了。シンジがぶちきれた!? 改めまして珀夜です。お久しぶりです。
参話にしてようやくここでクロス作品のヒントが出てきました。ここまで書けばわかるかなー

正解は、CM次回作の後で! ……だめ?

それはさておき。今回使用した魔法をご紹介。
壱話、弐話でもちょこちょこ使っていましたが、名前の付いた魔法はココが初めてですね。
今回のあとがきは短いですが、また次回作で会いましょう><

でわ、初登場の魔法リストへGO

【Jupitel Thunder】ユピテルサンダー
カミナリを発散する丸い電気球体を敵に発射する。
これに当たった敵は電撃で連打されながらダメージを受けるため、その連打回数程度、後方に弾き飛ばされる。
また相手が伝導体などにより地面と接続されている場合、被電撃回数が減少する。

【Quagmire】クァグマイア
指定された地域に泥沼の空間を作る。
この空間に入ったものは移動速度とすばやさ、器用さ等が減少する。完全に移動できなくなるわけではないが、行動抑制効果はとてつもなく大きい。
空を飛ぶ相手に無効と思われがちだが、立体空間で影響するため問答無用で取り込んでしまう。

【Fire Wall】ファイアーウォール
指定された地域に火炎でできた障壁を設置する。
アンデッドと火属性モンスターを除いた敵がその障壁を通過しようとする場合、ダメージを受け、更に侵攻を阻まれる。障壁のため、触れなければ痛くない。
アンデッド等、痛覚がないモンスターの場合、障壁による大ダメージを受けるが侵攻が阻まれることは無い。

【Storm Gust】ストームガスト
指定された位置に嵐を呼び、吹雪を吹き荒らして敵を攻撃する。主に冷気と風による攻撃。
領域の中で一定時間以上存在する場合、100%で凍ってしまう。アンデッドは凍らない。
凍ってしまった場合、氷により冷気と風は届かなくなるためこれ以上ストームガストによる攻撃は無効になる。


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